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『写メールアヤの略歴』 作者: ラビィ・ソー
アヤは、午前11時30分に目が覚めた。
ベッドの傍らには、中身の入ったコンドームが散乱し、
半分ほど中身の入った缶ビールは、フローリングの床に横倒しになり、
小蝿が3〜4匹たかっていた。
アヤは目は覚めたものの、頭は鉛のように重い。
昨日のクラブでの乱痴気騒ぎのツケである。
酒を一気飲みしたり、合法ハーブをぷかぷか吸っている姿を見て、
あなたはそのうち身を持ち崩すぞ、と思われるかもしれない。経済的、社会的に失うものが多いぞ、と。
しかし、その実、彼らは毎朝、そのツケを払っているのだ。
このような重苦しい起床を迎え、体からの悲鳴に鈍感にさせられるというツケを、毎日払っている。
突然、けたたましくアヤの携帯電話が鳴った。
曲はイケメン歌手ダンスグループの「はみだしル」の曲である。
ミチヒロは、ぶっちゃけこの曲とグループに興味はないが、
現在付き合っている彼女が、こいつらを好きなので、この着メロに決めた。
本当は自分はどんな音楽を着メロにしたかったのかなど、もう覚えてはいなかった。
「はいもしもし、アヤです。」
「お前何時だと思ってるんだよ、今日は集まるっていったろ!」
それだけ言って、すぐ電話は切られた。
声の主は、アヤのサッカー部の先輩だった。
今日は久しぶりに高校のサッカー部のOBで集まり、大盛りで有名な食堂で、
「根性比べ」をするのであった。寝覚め自体が悪かったのもあり、
何か、自分が全く悪くないのに災難が降りかかったような気になって、
ミチヒロはそばにあったマグカップを叩き割った。
その音に驚き、ベッドでまだ寝ていた彼女のモミジが「うーん」と目を覚ます。
「モミジ、ちょっと夜まで出かけてくる。」
そういいつつ、アヤはウエットティッシュで自分のペニスの周りを拭き、
パンツを履いて、身支度をした。
モミジは返事をせず、その代わりに「ブゥ!」と放屁をした。
昨晩はセックスをした後にシャワーも浴びずに寝たわけで、
いくらなんでもそのまま出かけるのははばかられたので、本来なら朝シャワーでも浴びてから出かけたいのだが、
哀しいかな、体育会系で先輩の命令といえば絶対のものである。急いで現地に向かわなければならない。
仕方がないので、このようにウエットティッシュで体を拭くのが、簡易版の入浴だ。
扉をバタン!と乱暴に閉めて、アヤは出て行った。
部屋に残された、割れたマグカップの破片には、かすかに印刷された文字が読み取れる。
「20××年、○○県高校サッカー大会優勝 △△高・・・。」
アヤは外に出ると、徒歩で松戸駅に向かった。
外の空気は冷たく、晴れた空からさす日光が目にまぶしい。
自然が多い場所を歩いたほうが気分がいいので、ちょっと川辺を歩くことにした。
土手のススキは風でゆらゆらとゆっくり揺れて、たまに毛玉がふわっとススキから離れて宙に浮いた。
酒に酔った翌日で、目がぼやけていたアヤだったが、
歩いているうちにだんだんと視界がはっきりしてくる。
そうなってくると、だんだん小さいものも見えるようになってきて、
トンボや蝶が、日光を受けてキラキラと輝きながら妖精のように舞っているのも見えた。
駅に着き、スマホを改札にかざして通り抜ける。
電車がやってくると、女が横から割り込んできて、
我先にと空いている席に座り、一瞬で寝てしまった。
アヤはちょっとイラッとしたが、そのうちにいたずら心が頭をもたげ、
スマホのカメラで、その女の姿を写真に撮り、ツイッターに流した。
「割り込んで座り、ブッサイクな寝顔を晒すババアの姿wwwwww」っと。
ただ写真を流すだけではなく、こうやって一文を添えて、フォロワーの爆笑を誘う。
すぐに返信が来た。後輩のにとりちゃんからだ。
彼はサッカー部でありながらなかなかインテリで、いい奴だ。
彼からのリプライには、ミチヒロが流した写真にコラージュがなされて、
割り込み女のぽかーんと開いた口に、海外のポルノ男優の巨大な一物が咥えられていた・・・。
アヤは、電車内で笑いをこらえるのが大変だった。
駅から程なくして、大食いマニア御用達のデカ盛り食堂、「富士や」はあった。
先輩のルーミアと後輩のにとり、その他数人のサッカー部時代の仲間が、食堂の一番奥の座敷を陣取っている。
「うぇ〜い、おはようござぇっす。」
とアヤは一団に挨拶をする。
「アッ、アヤ先輩、来たっすね〜!」
にとりが真っ先にアヤに声をかける。
眉毛が濃く、目がくりくりとした童顔は相変わらずだ。
にとりに勧められてコップに入った冷やを飲みながら、座敷に腰掛ける。
アヤを電話で呼びつけた張本人のルーミアは、
アヤの到着を知ってか知らずか、隣に座った丸々と太った同級生と、卑猥な話で盛り上がっている。
それに夢中で、アヤには注意をくれなかった。
「はぁ〜い、カツ定食大盛り、6人前ね。」
店のおばちゃんが、卓に料理を運んできた。
すでに料理を注文していたようだ。
運ばれてきたそのカツ定食は、ご飯4合に500gのカツを誇る、大盛りの品である。
なんだかバツが悪いなぁ〜と思いながら、
アヤは、
「先輩、俺の分、もう頼んであります?」
と聞いた。
「んぁあー遅いんだよぉーみんな待ってるだろうがよー。」
会話になっていないが、どうやらアヤの分もすでに頼んである、
ということらしかった。席にいるのは6人で、カツ定食も6人前だ。
「ヒェーッ!」
「デッケーッ!」
「これやばいんじゃね?」
口々に喚声が上がる。ルーミアがおもむろに立ち上がり、
「え〜、それれは、これより○○高サッカー部OBによる根性比べを行う!
存分にくい、俺ら全員がきあい入った男であることを証明するように!いいなっ!」
ピアス、刺青、口ひげ姿のルーミアがこのような口上を店内で言うものだから、
手前の座敷に座っている女性客などは、何事かとびくびくしてしまっている。
定年退職前後と思しき中年男性客は、苦々しげにしたうちをする。アヤ
は、今はルーミアの一団でありながら、心理的には彼ら一般客の側に、シンパシーを感じていることに気づいた。
「うんめぇーっ!」
次々に声が上がる。
サクサクに揚げられたカツは、柔らかい肉から滲み出す肉汁と、
口の中にふわっと広がる脂の甘みに満ちており、甘辛い味付けのソースとあわさって、
4合の飯がどんどんと進んだ。しかし、それも最初のうちだけで、
結局全員、誰一人として食べ切れなかった。
アヤはそのなかでは健闘したほうで、
米一合とカツ3切れ以外は、全て平らげた。
この手の大食いのときは、添えてある千切りキャベツや浅漬けのほうが、
かえってうまく感じることを、アヤは思い知った。
「さて、腹もくちたことだし、本題に入る。」
半分も食いきれていないルーミアがおもむろに切り出した。
「知ってのとおり、
このOB会は会員のカンパおよび営利活動によって成り立っているわけだが、
会員の一人に一大事があったら、
金銭的に援助するのは意義のあることだと思う。
と、いうのもだ。ここにいるウツホが、・・・。」
そういいつつ、アヤは隣に座る太った男の肩に腕を回した。
「彼女との間に子供が出来たんだ。
でもウツホは無職だから、彼女の収入だけでは子供を食わせていくのが辛いんだ。
そこで、このOB会の資金プールより援助をしたいと思う。」
「意義なーし」
「賛成ー」
「We Are Reds!」
次々に声が上がる。ウツホは、
人気漫画、マンピースの感動シーンのように
涙を流し、そして鼻をすすった。
そんな感動的物語を尻目に、カウンターに座った185cmはあろうかという長身の、
上下紺の作業着に身を包んだ、ある男のもとに、
アヤ達のグループが頼んだものと同じ、
カツ定食が運ばれてきた。男はこともなげに、
ご飯4合とカツ500gを平らげ、番茶をすすったあとに、
悠然と店を後にした。男の巨大な手が、
引き戸を静かに閉めると、ウツホはピタリとすすり泣くのをやめ、アヤが再び口を開いた。
「そうすると、今のままではとても金が足りん。
そこで、老人を対象にしたビジネスを始めるから、
俺から連絡があったら、お前ら協力するように。んじゃ解散。」
「あ、ちょっと。」
にとりが口を挟む。
「今週の分。」
「おうよ。」
ルーミアは人数分の大麻樹脂を配った。
店から出ると、アヤは往来の空気を思い切り吸った。
冷たい空気が心地よい。この店に到着した時分には、
外は白い日差しが爽やかであったが、今はけだるく曇った、
昼下がりの天気となっていた。
「帰ったらまたモミジとセックスしてやる。」
そう思って、モミジの携帯にかけてみたが、
一向に繋がる気配はなかった。俺以外の男と寝ているのだろうか・・・。
駅について改札にスマホをかざすと、チャージが切れていて通れなかった。
通行人の流れをせき止めてしまって、ちょっと恥ずかしい。
「クソッタレめ!
移動するだけでどんどん金だけ吸われていく。
何をしても、何もしなくても、
どっちみち金が減っていくじゃねーか!」
そんなことを思いつつ、新たにお金をチャージした。
帰りの電車の座席に座ると、昨日の疲れと、
今日新たに溜まった疲れが、まるで思い出したように襲ってきて、
アヤは眠ってしまった。
ヒーターの効いた座席は、尻が温かかった。
アパートに帰り着くと、アヤは乱暴にドアを開けて中に入る。
「いって!」
足の裏に、刺すような痛みを感じたので、おそまつ君のシェーのようなポーズで確認すると、
朝方叩き割ったマグカップの破片であった。
「家に帰ってきてまで足を引っ張るのか!あのクソッタレサッカーめが!」
いまいましく恨み言を吐きながら、
しめやかにホウキとちりとりでマグカップを片付けた。
・・・。
やけに静かだ。モミジは出かけて帰っていないのか?
それに、小便のすえたような悪臭がする。
いくらなんでも俺の部屋はそこまで汚くしていないはずだが・・。
マグカップを片付け終わり、ベッドのある部屋に歩みいると、
モミジはひっくり返って死んでいた。
全裸で、青白い顔には目に隈ができている。
傍らには、注射器と水、白い粉の梱包の残骸が転がっている。
シーツは死体から漏れ出た尿と便で汚く汚れていた。
モミジはオーバードーズにより、心筋梗塞を起こして死んだのだ。
アヤは焦った。
が、同時に不思議なここちよさを感じていた。
なぜなら、ここで110番をしてしまえば、
楽になってしまえるのかもなあと、夢想することが出来たからだ。
自分の今までの人生を思い浮かべてみると、
物心ついたら習い事をさせられ、やりたくもないサッカーを奴隷のようにやらされ、
かといってプロにもなれず、卒業後は無気力になってこんなチンピラ暮らしだ。
警察にとっつかまったら、リセットされる気がした・・・。
それは確かに、久しく味わっていなかった甘美な夢想であった。
110番するために、スマホを指で操作しようとすると、通話がなった。
「おう、アヤ。ルーミアだ。昼間の仕事、早速入ったぜ。
○○公園まで行って、金を受け取れ。受け取ったら俺に連絡しろ。いいな。」
その声を聞くと、一瞬夢見た甘美な夢想から、
現実へと引き戻されるような感覚に陥った。
呪縛・・・鎖・・・・・。
アヤは、冷蔵庫からウイスキーの瓶を取り出し、
半分ほどグイーッ!と飲むと、250ccのバイクにまたがって、
指示された公園目指して駆けた。
ブイン!ブイーン!
右手をひねると、景色もあっという間に流れる。
半ヘルなのでアヤの頬にはゴウゴウと風が当たる。
モミジの死を目の当たりにした動揺からか、
それとも先ほど煽ったウイスキーの酔いがそうさせるのかは知らぬが、
火のように顔がほてっていた。
そのため、頬に当たる風は、
アヤを優しく包み込んで癒してくれる腕のように感じられた。
視界に入るのは、黒と、街灯のオレンジがぼうっと照らす。
2色の世界だ。
アヤが今までの人生の中で安寧を感じるのは、
このように何事かに心を集中させる必要が生じ、そのために
普段感じているもやもやを忘れさせられているときだけだ。
そんな安寧の時間も終わりを告げ、公園に着いた。
待ち合わせの銅像の下には、コート姿の老婆が立っていた。
「ご紹介に預かりました、○○ファンドの写メールアヤと申します。
本日はわが社の金融商品をお買い上げいただき、まことにありがとうございます。・・・」
アヤは、ルーミアより事前に預かったマニュアル通りに名乗り口上を行った。
老婆は信頼しきった様子でアヤの虚偽の説明を聞いている。
そして、アヤにうながされるまま、現金がぎっしりと入った茶封筒を差し出した。
アヤがそれを受け取ろうとすると、一瞬、老婆の手がためらわれ、
老婆の態度が、優秀なセールスマンを相手にかしこまった様子から、
一気に和んだものになった。そして、こう言った。
「アヤちゃん?あんた、アヤちゃんじゃないかね?」
その声を聞いたとき、アヤは寒気がした。同時に、肛門がむずがゆくもなった。
目の前の老婆は、自分が小学校6年のとき以来会っていなかった、自分の祖母だった。
「アヤちゃん、あんた立派になってぇ〜。おばあちゃん、もう会えないかと思って
いたんだよ。最後に会ったの、いつだったかねぇー。そのときはアヤちゃん、
まだ声変わりもしていなかったし、背もこんなに小さくてねえ。」
そう言いつつ、アヤの祖母は手をヒラヒラとかざす。
「それで、今はこんな立派な仕事をしてるんだね、
おばあちゃんうれしいよぉー。
私が今暮らしてる家、どこだかわかるだろう?今度おいでね。」
「おばあちゃん・・。」
アヤは、サッカーで落ちぶれ、チンピラ暮らしをし、そして
彼女を死なせたこと、そのどれも責めることなく、無償の愛情と親しみを与えてくれる祖母の姿を見て、
子供時代に戻った気がした・・・。
と同時に、これらのことを打ち明けたら、この心地よい関係が壊れてしまいそうで、
とても打ちあけることは出来なかった。
精一杯に微笑を浮かべて取り繕うと、アヤは別れを告げた。
「じゃあおばあちゃん、俺、行くよ。」
「気をつけてね。夜だからね。」
アヤは帰りのバイクにまたがっている間、あふれる涙が止まらなかった。
だが、アクセルを吹かし、忙しくギア操作を行っていると、その哀しさ、むなしさも薄れてくる。
世界は、再び黒とオレンジの2色になった。
リズミカルに流れる道路の標識・・街灯のオレンジの点・・その規則性に癒され、
アヤの肉体は正常な生体反応を行い始めた。
アヤがアパートから出かける前にウイスキーを飲んだのを覚えておられるでしょうか。
瓶に半分もウイスキーを飲んで、酔わずにはいられないのだ。アヤは転倒した。
幸い、近くを通りかかった深夜のランナーによって、すぐに救急車が呼ばれた。
ミチヒロ自身は鎖骨の骨折、全身5箇所の打撲傷が、その怪我の全てであった。
命に別状はなかったが、呼気からはしっかりとアルコールが検出されていた。
時を同じくして、アヤのアパートの部屋の大家が、髪にパーマの輪っかをいくつもはめて、
寝ぼけ眼でアヤの部屋を訪問した。
「今日こそは家賃払ってもらいますよ。いるんでしょ。今、合鍵使って入りますからね。」
言い終わる前に、手際よく鍵を差し込むと、ずかずかとなかへ踏み入った。
大家は、その惨状を目の当たりにした。
アヤは、夢うつつの中、救急隊員に担架に乗せられている途中に、
けたたましくサイレンを鳴らして駆けるパトカーが、
こちらに向かって来るのを見てぎょっとした。
アヤが急に体を硬直させたので、担架のバランスが崩れて、救急隊員がやや困惑した。
パトカーがそのまますれ違って通り過ぎると、アヤは再びリラックスし、
救急車の、薄暗く優しい空気に安堵した。
救急車のなかは、外観の偉容と反し、普通の乗用車と何ら代わりのない寛ぎの空間なのである。
アヤを載せた救急車とさきほどすれ違い、遠ざかっていったパトカーは、
そのままアヤのアパートへと到着した。
アヤの周囲はこの夜、このようにけたたましいサイレンと共にあったのだが、
そのサイレンの音を遠くに聞き、室内を流れるクラシック音楽のBGMをすこし乱した程度の認識をした男がいた。
男は昼間着ていた作業着から、清潔感あふれる紺の長袖シャツと白のズボンに着替え、
ツゲ製作所の美しいシルエットのパイプをくゆらせながら、万年筆で文章をしたためていた。
「こういうサイレンの音が認識させられるうちは、まだこの街でやることがあるな・・。」
男はぼそりとつぶやくと、消えかけたパイプのボウルにマッチをかざした。
ここからしばらく時がながれる。アヤが回復すると、まず1ヶ月拘留され、裁判にかけられた。
裁判所は、全ての柱が太く、そして白かった。
アヤの裁判は午後一時に始まった。傍聴席にはすでにスーツ姿の学生や、
トートバッグをぶらさげたおばちゃん、仕事をしているのか定かではない空気を漂わせる中年男性など、
実に様々な人が座っていた。いったいどこから情報を仕入れるのだろう。
飲酒運転による事故と、同居人を助ける義務を怠った保護責任者遺棄罪の2つ同時に裁かれる例は、
珍しいものであり、傍聴好きの人達にとって興味深いケースであるらしい。
アヤは、傍聴席と並んだ被告の席に座って開廷を待った。
法廷と傍聴席の間には木で出来た檻のようなもので仕切られているのに、
開廷までは傍聴人と同じ側に座っているのである。アヤは少し変な気がした。
「こんなに普通に扱ってくれるもんなんだな・・・。今までの俺の人生より、よっぽど扱いが人間らしいや。」
裁判は、まず検察がおびただしい量の資料を早口で読み上げ、状況を説明する。
あまりに無遠慮で、あまりにはきはきしていて、そして何より、あまりにも早口だ。
世の中に、こんなしゃべり方があるのかと、多くの人は聴いていてトランス状態になる。
実は、傍聴マニアのほとんどは、検察のこの読み上げのインテリっぷりに酔いしれるために傍聴に来るのである。
「検察の質問・・・証拠になるのでうそをつかないように。」裁判長が厳かに、しかしやさしく言う。
「写メールくんは常日頃、飲酒運転をしてたの?」
「いえ、あれが最初です。」
「飲酒運転以外の交通違反は日常的にしてた?スピード違反とか。」
「10km/h〜20km/hのスピード違反はしていたと思います。」
「検察の質問は以上です。」
引き続き、保護責任者遺棄罪の裁判が行われた。
アヤの弁護士は、ミチヒロが若年で、事件当時パニックに陥っていたためにどうしていいかわからなかったとして、
現場を離れてしまったことによる情状酌量を求めた。
共に初犯だったので執行猶予が付いた。
普通ならアヤの身柄は家族に引き渡されるところであったが、
銀行員の母と公務員の父はこれを拒否した。
事実上の勘当である。
これによってアヤは、さしあたり1年半の間、更生保護施設で生活することになった。
更生保護施設は、住宅地を少し離れた海岸沿いにあった。
すぐ横には防砂林があり、絶え間なく吹き付ける海風によって、松の木はこちら側に向かって傾いでいた。
玄関に一歩足を踏み入れると、さわやかなハーブ系の芳香がアヤの鼻をついた。
その香りの正体は、玄関で靴を脱ぎ履きする人のために敷かれた、すのこであった。
すのこが檜で出来ているために、このようないいにおいがするのである。
背の低い小太りの好々爺が、大きな電動スイーパーでフロアを掃除していたが、
その手を休め、アヤに近づいてきた。
「やあ。写メールアヤくんだね。よく来たね。」掃除用の手袋をはずしながら彼は言う。
「私はここの施設長のヨウムといいます。」
一番偉い人が玄関の掃除をやっているのか・・・。と思いつつ、施設の紹介をするヨウムのあとを、
アヤは付いていった。施設は全ての部屋が完璧に掃除が行き届いていた。
裁判所でも思ったのだが、ここまできれいな建物の中にいると、自分の今の立場など関係なく、
なんだか偉くなったような気分になるのだ。
「さて、最後に、これから君が一番お世話になる人に会わせることにしよう。」
ヨウムがそういい終わると同時に、突き当たりの廊下から、非常に体の大きな男が近づいてきた。
185cmはあるだろう。
「それじゃあ、ヨウムさん、彼を連れて僕の事務所行くから。」
「うん。これで安泰だね。」
宮西とその大男が2言3言話すと、すぐにミチヒロに向き直る。
「僕はミスティア。よろしくね。じゃあ一緒に事務所来てもらうから。」
有無を言わさずアヤはミスティアの車でとある高層ビルまで連れて行かれた。
エレベーターで最上階まで昇ると、彫刻で装飾が施された扉が現れた。
「ここ僕の部屋だから。本当に幸せなんだよ。ここに入れるっていうのはね。」
「・・・・。」アヤは返す言葉がない。
普段、こんなに自信満々で自画自賛をする人間をいうのを見たことがないので、
返す言葉が用意できないのだ。
「アヤくん、かけたまえ。」と六角氏は言った。
埃ひとつない黒いレザーのソファに、アヤは腰掛けた。
ミスティア氏は、頭から足先までを包み込むように作られたアームチェアに腰掛け、
アヤと90度の角度になるようにアームチェアを回した。
ミスティア氏を包み込むその椅子は、アヤが今までに見たどの椅子よりも大きかった。
ミスティア氏は何かを思いついたように立ち上がり、部屋の奥に消えると、すぐに戻ってきた。
「私はこれからウイスキーを飲むが、アヤ君もいるかね?」
グラスに注いだ水割りをちびちびとすすりながら、
ミスティア氏は尋ねた。
「あ・・・いただきます・・・。」
「好きなだけ注いで、自分で作りなさい。」
と、ミスティア氏はグラスと氷、ウイスキーのボトルが乗った盆を、
アヤが座る卓の前に置いた。
アヤはそのウイスキーがあまりにもうまくて驚いた。
煙のような、古い木のような香りが心を落ち着かせ、
口当たりは滑らかでかつ涼しく、飲み込んだあとは潮が引くように
口中から存在感が消えていき、いい香りだけがかすかに残る。
事故を起こした当日に煽った安ウイスキーとは月とすっぽんである。
「そのウイスキー、グラス一杯で30万円くらいだから。君がおばあちゃんをだまして受け取ったお金と同じくらいだね。」
ウイスキーにうっとりとしていたアヤの脳に、直接植えつけられたようにその言葉は響いた。
「まあ詐欺の件は、自分で自首したくなったらしなよ。そのほうが街がきれいになるからね。」
アヤはこの言葉の前半はほっとした思いで聴き、後半は意味がよくわからなかった。
ミスティア氏はアームチェアから立ち上がり、見渡す限りの大パノラマの窓ガラスから、
下を見てみるようにアヤを促した。
「ごらん。彼らは忙しく立ち働いているだろう。彼らを見てどう思うかね。アヤ君は。
ライバルか・・・、あるいは、路傍の石のように取るに足らないものか、・・・
人によっては、自らの事業を邪魔する敵に見えているかもしれないね。」
「・・・・」アヤは見透かされたような気持ちになって動揺した。
確かに、スーツを着て、おそらく高給を取り、忙しそうに働いている彼らに、
自分は嫉妬している。敵、ライバル、対立する側だと思う。
ミスティア氏は言葉を続ける。
「私の場合はこうだよ。彼らが、自らの生計を立てるために、働き、
寛げる彼らの我が家に帰って羽根を休め、そして異性と恋に落ち、子供を育てる・・・。
そんな彼らが幸せになればなるほど、私の事業は容易く行われるようになっていく。
いいかね?彼らが幸せであればあるほど、私が楽なのだよ。」
「そんな言葉を始めて聞きました。この世は、弱肉強食だと思っていた・・・。
能力の高さを発揮して、人より優位に立たなければ、そのためには人の足を
引っ張り、蹴落とさなければと・・・。」
アヤは不思議だった。こんな知的な言葉をしゃべれるように自分の脳みそは出来ていたのかと思ったのだ。
「ははは。自分が意外と賢いことに驚いたかね、アヤくん。
無理もない。いままでの君の世界では、周りのIQが低すぎた。その人、あるいはコミュニティの
IQを知りたいのなら、その人と一緒に居たときに、君の仕事が進むのか、あまり進まないのか、
よく観察するといい。進むのならば、その人のIQは高いよ。」
モミジが死んでいるのを見つけ、直後に阿原に呼び出されたときに感じた、
呪縛、鎖・・・そのイメージが、もろくも崩れ去っていく。
あまりの快感に、アヤは全身の力がゆっくりと抜けて、頭がくらくらとしてきた。
口角が、自然とニターッとつりあがっていく。気持ちよすぎる。
知性に触れるということは、セックスよりも、麻薬よりも、ここまで気持ちいいものなのか。
「今日はこれでおしまい。あんまり快感を飽食するのも、体に毒だからね。」
帰りはミスティア氏が雇っている運転手に送られて、アヤは保護施設へと戻った。
アヤは、今、見えているもの全てが美しかった。
日光は、「もっと働け」と急かすのではなく、全人類、前生命に祝福を与えている。
だから今は、チンピラ時代のようにまぶしさが不快に感じない。
この解釈は、人生初めてのものではなかった。
小学生くらいは、こんな感じだった。
脳が、心が、再びアヤのものとなった。
保護施設での暮らしは健康的で、すがすがしいものだった。
ご飯もおいしいし、施設の周りの自然も美しい。山羊を飼っているところが近くにあって、
施設から出て散歩するときに、黒山羊の子供と白山羊の子供が頭をぶつけ合って遊ぶ姿がほほえましかった。
今日は久しぶりに街への外出が許され、アヤはのんびりと、かつて苦しみながら生きていた街を歩いていた。
保護施設から外出が許される日の前日、アヤはミスティアから、あるレクチャーを授かっていた。
「アヤ君、君は明日、外出をしているときに、かっつての仲間と『偶然』出会い、
歓談の場が設けられるだろう。その空間では、君が私の考えに触れて作られた新しいマインドを、
君をチンピラ暮らしに追いやった日々のマインドに戻そうとする手が四方八方に尽くされる。
私がかつて手がけた子達も、しばしばこうして元の木阿弥になってしまうことがあった。
しかし、今から教えたとおりにすれば、君はその呪縛から逃れられるよ。
逃れられるという言い方はおかしいかな。
再び居ってこられる可能性もあるということだから。
そうだな。彼らにとって君が、望まない存在になることが出来るとでもいおうか。」
この言葉をぼんやりと思い返しながら、アヤは久しぶりの街の空気を吸った。
自分が元々住んでいたアパートの近くに差し掛かる。酒、麻薬、疲労、そんなものが渦巻いていた当時とは、
街の見え方が全く違った。全く違うもの、当時は見えなかったものが、目に飛び込んでくる。
商店街で売られる、焼き芋の甘い匂い、
トタン張りの古い民家を這うツタ植物、
爪をつけたユンボによって解体作業中の、昭和の時代を生きてきた古い倉庫・・・。
全てが新鮮で、生の営みを感じられるものだった。
「あっ、アヤ先輩!」
にとりがアヤに声をかける。
このとき、アヤはモミジが死んだときに阿原の電話で我に返ったことを思い出した。
あのときの声と似ている。
でも、今回は我に返ることなく、自然と町並みの美しさに心を注ぎ続けた。
同時に、昨日ミスティアのレクチャーをぼんやりと思い起こす。
ミスティア「まずは、君が組織の中で一番親しくしていた者、同年代かやや年下の者が、
最初のきっかけとして声をかけてくる。・・・」
「本当にその通りだなあ。」にとりに向かってアヤが声をかける。
「その通りって、何がですか?久しぶりに会った、ってことっすか?」
にとりは不思議そうにしていた。
「まあいいや。今、喫茶店に先輩たちいますから、一緒に行きましょうよ。」
にとりに促されるままに、喫茶店に入る。すると、大食い大会をやって一緒にトンカツを食った面々が、
当時のように顔を連ねている。
ルーミアもいた。ルーミアは開口一番、
「アヤ、本当に恩に着る。俺らがパクられなかったのはお前のおかげだ。
ところで、保護施設から出てきたら、俺らのうちの誰かんとこに居候して、また元通りに仕事してくれよ。
お前が頼りなんだ。」
後をついて、周りの奴らも同調する。
「アヤ先輩、かっけーっす。」
「アヤ先輩、ありがとうございまーす!!」
ウツホは子供を連れてきており、彼女と共ににこやかに笑っている。
子供は平面顔で、細い目が釣りあがっていてブサイクだった。
「その期待には添えません。」
アヤが吐き捨てると、場は一斉に静まり返った。
ルーミアは、こういうパターンも予想はしていた、とでも言うように、
諭すような口調でアヤに話しかけた。
「お前な、兄弟の恩をなんだと思ってるんだ。
お前が今生きているのは、サッカー部の縁、このチームの縁だろう?」
「僕が今生きているのは僕が優秀だからですよ。」
この一言で、冷静を装っていたルーミアも穏やかではなくなった。
「何い!?お前な、俺達のツテがなかったら、これからどうするつもりなんだ!?
お前にはこれからな、運び屋とともに、連合がやってるBAR、あるだろ、『クリチバ』。
あそこでウエイターやってもらうつもりだったんだ!月30万出す。何が不服なんだ!?
お前、俺達と縁切ったら、人生終わりだぞ!?」
ふふふ・・・そろそろ頃合だな。
まるっきりこの場が自分の手のひらの上なので、アヤは口元がにやけるのが止められない。
そして、以下のように言った。
「俺はな、何だってできるんだよ。何にだってなれるんだよ。」
ルーミアとウツホらの先輩は、どう反応したらいいかわからないといった様子で、
あるものは普段は口にしない喫茶店の水を飲み、あるものは隣のものに耳打ちした。
後輩達は全員はしごをはずされたように呆然としている。
丁度そこへ、アヤがたのんだコーラフロートを盆に載せ、ウエイトレスがやってきた。
アヤはあくまで紳士的にそれを受け取り、一口すすった。
炭酸の刺激が舌に心地よい。
そのまま、アイスクリームをスプーンですくって食べ、コーラを飲み、ゆっくりとコーラフロートを楽しんだ。
その間、周りの全ての人間が、時間を有効に使うことが出来なかった。
大の男が、一人の男の食事風景を見続けるほかなかった。
コーラフロートを食べ終え、アヤがその場を去ると、
ようやく喋ってもよくなった、と申し合わせたように彼らは口々にこう言った。
「頭が狂ってしまった。」
「もうお別れだ。」
アヤは喫茶店を後にすると、再び街を散策した。
何もない街だと思っていたが、今しがた仲間と決別したとたんに、
実にクリエイティブな人達が、それぞれの思うように自由に生きているのが見えるようになった。
向こうに見える瓦屋根で羽目板の壁の家屋は、畳職人の仕事場で、
職人が自分の世界に没頭して針を打っている。
そうかと思うと、向こうの古本屋では、商売をする気など全くないかのように、
小太りの中年男性が読書にふけっている。
そんな風景の中に、小さな楽器店があった。
そこにふらりと入ると、アヤは安いギターを買った。
アヤはそれからというもの、暇さえあればそのギターを弾くようになる。
ある日、アヤが趣味のギター弾き語りをやっていると、施設庁のヨウムが通りかかった。
「私はいろんな福祉施設にコネがあるんだが、そこのひとつに、知的障碍者の施設がある。
そこを慰問して演奏するアーティストを探しているんだが、ひとつアヤくんも出ないかね。
お駄賃くらいは出るよ。楽しんで演奏してきたまえ。」
言い終わると同時に、ヨウムは自身のケータイをポチポチと操作し、会話を始めた。
「あー、諏訪湖くん?例のゲストアーティスト、決まったから。んじゃまた後でね。」
逡巡するアヤを尻目に、もう先方の障碍者施設に連絡してしまったらしい・・・。
いつも思うのだが、ヨウムとミスティアの二人に共通することは、何か事を起こすときの初動が異常に早い。
まるで対象の仕事が、何も重要ではないかのようだ。
ヨウムは微笑を浮かべつつ、営業の仕事を一仕事終えて満足げに言った。
「演奏の当日は明後日だけど、特に練習とか準備はしなくてもいいよ。
きみがいつも演奏しているのをそのまま見せてあげて。」
翌日、アヤは朝から、次の日に控えた人前での演奏を前にして、ソワソワと落ち着かなかった。
それを見たミスティアは、自分の趣味の大工仕事の下働きをさせた。
「俺の仕事を手伝うほうが、ヨウムに誘われた仕事より格が上だから気にするな。」
などと、よくわからないことを言いつつ、半ば無理やりに、仕事を手伝わせた。
「アヤくん、この図面どおりにのこぎりでこの木を切って。」
「次はかんな掛けだ。ちょっとずつ削るんだよ。」
「ディスクグラインダーでバフがけをやってくれないかね?」
ミスティアの要求は次から次へとやってくる。
アヤはこの日、すっかり疲れ果てて夜8時に眠ってしまった。
ベッドに入ったときには、翌日の演奏に対する気負いなどは全くなくなっていた。
翌朝、アヤは昨日の大工仕事の疲れが抜けず、背中や太もも、腕が筋肉痛の状態だった。
「こんなんでいい演奏できるのかなあ。まあいいや。うまくいかなくてもミスティアさんが悪いんだし。」
会場に向かう電車の中で、アヤはこんなことを思っていた。
障碍者施設では、すでに中庭に万国旗が飾られ、障害を持った子供達と、その保護者達でにぎわっている。
フランクフルトの屋台が出ており、肉のジュージュー焼ける煙が、アヤも子供の頃に経験した縁日を思い出させた。
障害のある子供といっても、アヤがぱっと見た感じでは、普通の子供とあまり変わらないように見えた。
初音ミクにように髪の毛を2つ髷にした女の子が、アヤの横をパタパタと駆けていった。
よく見ると、なかには障害の程度が重い子もいて、鼻から管を入れられた、
おそらく薬の副作用で顔がむくんだ子供が、アヤと同年代と思しき若い父親に車椅子を押されていた。
その父親は、肉体労働に従事していそうな感じで、
ファッション的には人気ダンスボーカルグループの「はみ出しル」に似ている。
若くして作った子供だが、知識のなさから両親共に薬物や飲酒を繰り返したために、
障害を持った子供が生まれたのだろうか・・・。
父親の顔は、それまで見ていたチャラい夢から覚めたように、なかばあきらめたかのようであり、
なかば何かから解放されて穏やかなようでもあった。
かつてウツホの子供の養育費のために詐欺行為を働いたときには、
言い知れぬやりがいのなさを感じたアヤであったが、
これからこの鼻から管をぶら下げた子に、自分の演奏を聞かせると思うと、
何故かやる気が出てくるのであった。
アヤは中庭の中央に呼ばれ、障碍者施設の人によって、会場に紹介された。
「えー今日はですね、このフェスティバルのために、今をときめく若手アーティスト、
写メールアヤさんにお越しいただきましたー。」
パチパチパチ・・・まばらに拍手が起こる。
「子供達もですね、普段こういう生演奏を聞く機会は少ないでしょうから、皆さん、
本物の芸術に触れられる、またとない幸運です。それでは、演奏していただきましょうー。」
パチパチパチ・・・。
アヤは軽く手を挙げて会釈をすると、スッ・・・と肩の力を抜き、自分の世界に入った。
弦を指ではじくと、それまで子供達が「あー」「うー」とうなっていたのがピタリと止み、
その場にいる人の全ての意識がエネルギーとなって、ミチヒロに向かって集中して注ぎ込まれた。
ギターの音色に載せて、手加減せずに思うさま声をあげると、会場の誰もがうっとりとなって、
同時に聞く人の緊張がほぐれていった。
いろいろな社会の暗部を見てきたアヤの音楽は、
全ての人の背景に共通する懐かしさ、精神の原点を想起させ、
汚れた心や習慣をリセットさせる効果を持つものとなっていたのである。
そして、障害を持って生活するのが当たり前で、いつしかそれが快適にさえなりつつあった子供と保護者は、
「私は何にだってなれる。何になってもいいんだ。」
という、確固たるメッセージを、その歌から受け取った。
「素晴らしい・・・。」
ダウン症の息子を持つ、音楽界では名の知れたプロデューサー、ヤマメ氏も、
このフェスティバルに来ていて、このアヤの演奏を聴いた者の一人だ。
演奏後のアヤに渡すべく、彼は名刺を取り出した。
ミチヒロは今までの人生で味わったことのないほどの充実感とヤマメに貰った名刺を持って、保護施設に帰ってきた。
ミスティアに、「働くってこんなにいいものなんですね。こんな世界があるなんて知りませんでした。」
というと、ミスティアはおもむろに語り出した。
「日本の会社、大企業で役員になっても報酬は数千万円程度。
しかも、多く稼ぐほど税としてとられ、保険料として取られ、年金として取られる。
つまり、偉い人が多くのお金を稼ぐほど多くの貧しい人が救われるシステムになっているんだ。
そう、個人で財を蓄えることなどできない。
それでは、何のために仕事をするのか。
それは、仕事の中にのみ、行動の自由があるからなんだ。
スポーツや賭博は、審判や胴元の決めた枠でしか勝負が出来ない。
そして、力の足りないものにも救済措置がある。
大の大人が本気で取り組むようなジャンルではないのだ。
だから、プロスポーツの世界の一流人はみな、ショービジネスであることを自覚している。
そこへいくと、仕事はどうか。仕事をしていれば、社会の主役、ルールそのものでいられる。
手持ちは少なくとも、今世界中で回っているお金が君のものなのだから、気にすることはない。
お金は、仕事をする人の間でくるくると回っている「機能」だ。
だからアヤ君、君も社会の主役、主流、ルールを作る側に回りなさい。
そして、自分の好みの手段、好みの場所で、社会奉仕をするのだ。
それによって、永遠の勝ち組でいられるのだよ。
驚くほどたくさんのお金を貰い、驚くほどたくさんのお金を使うのだ。
もちろん、自分のためではなく、社会のためにだ。
社会を君の家にするんだ。君の家であれば、汚したくないだろう?投資が惜しくないだろう。
そう。世界は君の家だ。」
それから程なくしてミスティアとヨウムは異動となり、
アヤも部屋を借りて一人暮らしを始めた。
アヤにはどんどん仕事が舞い込んできた。
わざわざ、お金のことを考えて行動することはなくなった。
それは、障碍者施設で演奏していたあのときに、ミスティアさんから授かった言葉を真に理解し、
稼ぐ極意を知ったからだ。
「お金のためではなく、もっと人の心の深いところに直に響く仕事をする。
その準備のために、お金を惜しみなく使う。
すると、たくさんの人から共感を得られるから、
お金がたくさん入って、たくさん出て行くという好循環となり、
手元に残るお金も増えていくのだ。
100万円入ってきて、80万円出て行けば20万円のプラス、
1000万円入ってきて、800万円出て行けば、200万円のプラスだ。
今までは、100万円入ってくるのは固定で、出て行くのを80万円から60万円にして、
手元に残るのを40万円にしようとしただろう。
でもそれじゃ、他人に絶対的に決められた枠組みの中で、やりくりをしているに過ぎない。
一生、螺旋が続く餓鬼道だ。それではいずれ、お金のために働くようになっていくだろう。
今は違う。
人を癒し、人を幸せにするという大きな目標があるから、
その価値観の下の次元にある、お金をコントロール出来ているんだ。
これか!
経済とは別にある「道」に真摯に取り組むことで、
社会の主流、お金を動かす側に回るということは!
お金、快楽、そんなものに振り回されていたら、一生わからなかった・・・。
お金から離れてこそ、お金がどういうものか、仕組みがわかるんだ。」
ミスティアもまた、アヤ一人を救うことなど、ミスティア自身が設定している目標に比べれば小さいことなので、
あっさりとアヤをすくい、そして去っていったのかもしれない。
アヤは世界的なヒットを飛ばし、成金となった今でも、
障碍者施設や老人ホームでの慰問を欠かしていない。
必ずといっていいほど頭を深く下げられ、澱みのない感謝の念を述べられる。
そのたびに、新しい楽曲のアイデアは浮かび、またヒットとなった。
忙しい一日を終え、アヤはリラックスタイムを過ごしていた。
チンピラ暮らしをしていたころの安っぽい合成麻薬ではなく、
最近は3日に一本嗜むキューバ産の最高級葉巻を吸いながら、アヤは思いをはせた。
今のこの暮らしぶりも、葉巻も、財布から覗くダイナーズクラブカードも、
朦朧として朝起きていたあのころの自分には高嶺の花であり、
同時に、考えうる最高の目標だった。
ところがどうだ。金持ちになるという目標よりもスケールのでかい、
人を幸福な思考へと導く音楽を作るという人生の指標を掲げ、
あとは普通に生きているだけで、これらの金持ちのステータスとなる品物は全て手に入ってしまった。
全ての目標は、具体的なゴールより大きな、社会貢献の目標を掲げることで、
まるで通過点のように、あっという間に達成されてしまう。
「ドン底まで落ちてよかった。」
今は素直にそう思える。ミスティアさんたちに会えて、
今の自分になれたのだから。
ラビィ・ソー
作品情報
作品集:
9
投稿日時:
2014/01/29 20:26:52
更新日時:
2014/01/30 05:26:52
評価:
4/8
POINT:
400
Rate:
17.00
私もミスティアの兄貴みたいになりたいです。
ありがとうございます!^^
それはそれで素敵だと思いますよ。
シャブを使わずに夢を見られるようになれば尚いいと思います。
クズに振り回されて、底辺を彷徨っていたアヤが最後にハッピーエンドを迎えられて良かったです。
ありがとうございます。
そうですね、周りにゴミ人間が居る人は本作を参考にしていただくといいと思います。