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『よくないこと』 作者: 仙人掌うなぎ
咲夜が三ヶ月に一回くらいどこかよくないところからポコポコ飛び出してくるなにかよくないものと壮絶な死闘を繰り広げているのは紅魔館の住人だけが知っている秘密。
紅魔館は昔っから広くて持て余し気味だったんだが、時間と空間を操る十六夜咲夜がウチのメイドとして働くようになってからさらにバカみたいに広くなってしまった。どれくらいかっていうとお姉様が一階の廊下を端から端まで全力疾走したら半日は余裕でかかるほど。私は外に出ないから知らないけど私の部屋だけで博麗神社の倍くらいあるらしいし、パチュリーの図書館にいたっては冥界より広いと聞いている。
室内でお手軽にスペルカードバトルを楽しめる環境が欲しかったしウチの面子はヒキコモリというかインドア派が多いから運動不足とか心配だしちょっとくらい広いほうがいいじゃないかとお姉様は言う。たしかに私もお姉様も生命力は無駄に高いが体力、というより耐久力が絶望的に低くて張り付き撃ち込み速攻にめっぽう弱く、スペルカード発動するだけでかなり消耗する。
しかし咲夜はやりすぎだ。
今はどうやら三十階建てくらいになっている紅魔館の構造をちゃんと把握しているのは咲夜だけなのにまだ広げようとしている。地下だって私は私の部屋までしか知らないけど咲夜のことだから確実にもっと深くまで作ってる。咲夜は空間とか時間とかをグニグニ引っ張ったりねじ曲げたりくっつけたりするのが好きなのだ。手品師気取ってるだけはある。
紅魔館の中の空間が引き延ばされても困るのは掃除とかほぼ一人でやっている咲夜のはずなんだけど、その辺りのメイド系スキルがカンストしてる咲夜は時間を止めてる間に全部済ませてしまう。
そんな咲夜も完璧じゃない。いつもどこか抜けている咲夜はどれだけ完成されているように見えてもなぜか絶対に一つはミスをしてる。咲夜がメチャクチャにかき回した紅魔館の時空の歪みはどこかよくないところに繋がってしまったらしくて、そこからなにかよくないものが入ってくるようになる。
なにかよくないもの。
それがなんなのかはわからない。お姉様がなにかよくないものと呼んでいただけだしお姉様もたぶん適当に言っただけだと思う。パチュリーは小難しい魔術的な専門用語による説明を試みていたが最終的になにかよくないものとしか言い表せないものだという結論に辿り着いた。でもなにかよくないものと言うからにはいいものではないのは間違いないし、どちらかというと悪いものと考えたほうがよさそうだ。
むしろ悪いことはだいたいなにかよくないもののせいだと見なされている。博麗霊夢や霧雨魔理沙やたまに咲夜が、明らかにピンチなのに調子に乗って気合いで避けようとしてボムも打たないで無様に被弾する現象があって、そういうのを抱え落ちと呼ぶんだが、それはなにかよくないものの増加が原因だという説を唱える者もいる。
あまりになにかよくないものが増えてしまうとどいつもこいつもスペルカード使う前に欲張ったアイテム回収に失敗して妖精に体当たりをかますようになり、せっかくの弾幕ごっこが崩壊してしまう、とパチュリーは主張している。我らが知識の魔女の見通しでは、放っておくと十年後にはボムったはずが打ててなくて被弾する事故の発生率が幻想郷全土で現在の二十倍以上になるという。しまいにはコインいっこじゃ遊べなくなったり誰もコンティニューできなくなったりするかもしれない。
咲夜が遊びすぎたせいで幻想郷の危機。いや幻想郷はどうでもいいけどウチにそんな気持ち悪い、かどうか知らないけどとにかくそんな意味わからないものがうろちょろしているのはちょっと、よくないことだと思う。お姉様も変なヤツが自分の屋敷をうろついているのが気に食わないようで、徹底的になにかよくないものを紅魔館から駆除する、と意気揚々と宣言した。
宣言したのはいいものの、なにかよくないものなんていったいどうすればいいのかさっぱりだったお姉様は、小一時間ほど頭を捻らせた末に、どうも時間や空間が絡んでいるのは間違いないようだしそもそも咲夜がウチを無駄に引き伸ばしたのが原因なんだし、こういうのは咲夜が適任だ、とメイド長に丸投げしてしまった。得体の知れないのが相手なら、咲夜が一番向いてるだろうとは私も思う。
そんなわけで、咲夜はたまになにかよくないものと戦っている。
咲夜は能力がチート性能なわりにはそれほどじゃない。それでもなかなかに強いから、なにかよくないものもどうせまたパパっとやっつけちゃうんだろうなぁとあまり気にしていなかった。しかし思ったより敵は手強かったみたいで、襲来するなにかよくないものを一通り撃退するのに丸一日はかかる。
結局最後には咲夜が勝つんだが、でも熾烈を極めた戦いは紅魔館全土を巻き込んで繰り広げられる。だから流れ弾やらなんやらで私たちもタダじゃ済まない。……主に私が死にかける。
咲夜となにかよくないものの戦いは唐突に始まる。頻度としては平均すると三ヶ月に一回程度だが時期の予測は難しい。しかし来客中になにかよくないものが出たことはない。だからこの戦いのことは今のところ紅魔館の住人以外には知られていない。お姉様が運命がどうのこうのと言っていたがたぶん嘘だ。
弾幕ごっこにおける咲夜の戦闘スタイルは、基本的に能力に任せて投げナイフをひたすら連射するというものだ。それはこんなどう戦ったらいいのかわからないような場合でも同じで、深く考えずにナイフを投げっぱなしてるから紅魔館はそこらじゅうにナイフが飛び回ることになる。
ただ飛ぶだけならよかったんだけど、咲夜のナイフはなぜか壁や床に当たると反射する。どんな原理なのか知らないけどどう跳ねても切っ先は常に進行方向を向くようになっているし、ゆっくり飛んできていても当たると深々と刺さる。柄のほうに触れてもなぜか刺さる。詐欺だ。しかもこれがまたかなり痛い。
おまけに最近ナイフを新調したらしいく、勝手に近くの生き物に向かって飛ぶようになった。このナイフは刺さると抜けないし、刺さっている間は身体の動きが鈍くなる。さらに放っておくと爆発する。意味がわからない。時間操作どこいった。その上、咲夜自身が妙に好戦的というか自分の技術を披露したがっている節がある。そのため近頃の紅魔館は普段からどこかしらで爆発してるんだけど、なにかよくないものと戦うときの咲夜は輪をかけてはっちゃけている。
いったい何本ナイフを用意しているのか。紅魔館の出費の何割かはナイフなんじゃないだろうか。ぼーっとしているとあっという間に滅多刺しにされてしまう。
そういった具合でどこもかしこも爆発している。おかげで館は酷い荒れようだ。後片付けも咲夜の仕事だからそれは別に置いておくとして、それよりまずそんな物騒な戦いに巻き込まれると私たちの残機がいくらあっても足りない。だからなのか、実は安全地帯がある。クリア不可能に見えるヤツはいつだってそんなのがあるものだ。
安全地帯は二階の一番東の端の普段は使われていない小さな部屋で、そこならナイフもなにかよくないものも入ってこない。二十四時間の耐久ガチ避けはいくらなんでも無謀なので安地を目指すのが妥当だけど、これがどうにも難しい。メイド妖精なんかは途中でナイフに全身を貫かれるか、なにかよくないもののせいで全滅する。といってもメイド妖精は死んでも死なないからそれはあんまりたいしたことじゃない。問題は私。私は死んだら死ぬ。しかも地下の私の部屋から二階の安地まで何時間もかかる。それ以前に気がついたときには部屋が半分くらいなくなってたりする。
いくら私が吸血鬼だからってなにかよくないものと爆弾ナイフがひしめく中を長時間飛び続けて無事というわけにはいかない。数が多すぎてこっちから撃ち落とすのにも限度がある。なにかよくないものなんてそもそもどうやって攻撃すればいいのか見当もつかない。だから避けきれなかったナイフが刺さる刺さる。ナイフの効果で動きが遅くなるし、その間にもまたどんどんナイフが飛んでくるので放っておくと全身を貫かれた上に爆発して満身創痍。そのくせこのナイフは刺さるとなかなか抜けない。油断するとすぐ詰む。
たいてい真っ先に当たるのは羽だ。どういう構造になってるのか自分でも常々不思議に思っているゴテゴテした形をしているせいでこの羽はやたら被弾する。当たってしまったらしかたがない。他のナイフが飛んでくる前に羽ごと千切って捨ててしまう。こういうとき肉でも骨でもまとめて壊せる私の能力は便利。普段は使い道が謎すぎるけど。
避けてる間に手とか足とかにもやっぱりザクザク刺さってその度にブチブチ千切り落とす。痛いし出血も酷いのは、こればかりはどうしようもない。ただ、頭だけは絶対に守らなくちゃならない。首が飛んだくらいでは死なないが、目も見えないし頭も働かないんじゃ真っ直ぐ飛べなくなってしまうからだ。
妖精メイドの死体やなにかよくないものの残骸らしきすごくおかしなものが転がっている廊下を突っ切っていくうちに身体がなくなっていく。羽がなくても飛べる身体で本当によかった。
私が二階の東の端の部屋に入ると、そこにはもうお姉様とパチュリーとあと、あの図書館にいる……赤毛のあいつ。名前なんつったけ。忘れた。けどその赤毛もいる。三人とも無傷。美鈴はいつもと変わらず門番やってるからいない。私以外はノーミスだったということだ。
「フランドールは動きを覚えようとしすぎね」
毎度身体の大半を失ってくる私にお姉様は呆れた声を出す。
「こういうのは気合いよ。気合いで避けるのよ」
これは弾幕ごっこじゃないし、パターン作りだけじゃいけない。……理解してるつもりだけど苦手なのだ。
「ま、そのうち慣れるだろ。紅茶飲む?」
「いらないわ」
両腕捨てちゃったからティーカップ持てないし。それより血が欲しい。けっこうな量の血をなくしてしまった。
「血はないねぇ」お姉様が苦笑する。私たちが摂取する血液は全て咲夜が管理しているのだ。
この部屋には何もないが、何もなくとも分厚い本とティーセットだけはある。紅魔館では紅茶と本はどこにでもある。この部屋にいる間、お姉様は紅茶を飲んでいるし、パチュリーと赤毛は本を読んでいる。咲夜が忙しいしメイド妖精もいないのでお姉様が自ら紅茶を淹れる。咲夜もたまに変なものを紅茶に混ぜるが、これがこういう日のお姉様だと混ぜなくても紅茶ではない味がする。
「うん、今日も頭が灰になりそうなほどまずいわ」
なら飲まなきゃいいのに。
「紅茶飲まなかったら死んでしまうからなぁ」
吸血鬼ってなんだっけ。
椅子もないのでお姉様たちは床に座っている。腰から下がほとんど残っていない私は回復するまで横になることにする。血が足りてないから回復には時間かかってしまう。
パチュリーと赤毛は黙々と本を読み続けている。お姉様はまずいまずいと文句を呟きながら紅茶を飲み続けている。
きっと、いまさら紅魔館を元には戻せない。もう昔の紅魔館じゃ図書館の本が入りきらない。
だからお姉様はまだまだ狂った紅茶を飲まなきゃならなくて、それは本当に、よくないことだと思うので、咲夜にはもう少し頑張ってもらわないと。
仙人掌うなぎ
- 作品情報
- 作品集:
- 9
- 投稿日時:
- 2014/02/11 16:48:52
- 更新日時:
- 2014/02/12 01:49:25
- 評価:
- 8/10
- POINT:
- 830
- Rate:
- 15.55
- 分類
- フランドール
弾幕シューティングでポカミスするのは『そいつら』のせいだったのか。
イカレた状況でも、予定調和を尊ぶ紅魔館勢は芸人の鑑。
フランちゃんはいつ見ても可愛い也