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『私には私にあった家があるはずだ。そう言って飛び出してきたけれど、未だに住む家がない。射命丸不動産に行けば素敵な物件が有ると聞いて来たんだ。』 作者: ギョウヘルインニ
老後は一人でやっていくと決めた射命丸は、幻想郷駅前の好立地条件で悪徳不動産屋を開いてお金を貯めることにした。
不動産屋の仕事は基本的にお客さんを待つことなので、射命丸は自分で過去に発行した新聞を読み返して自画自賛して待っていた。
するとそこに、お客さんがやってきた。命蓮寺の問題児ナズーリンだ。
「こんにちは、ナズーリンさん今日はどうしました?」
「不動産屋に家の無い者が来たんだやることは一つしかない」
ナズーリンは寅丸と同棲していると思われていたが、あるときを境にそうでないことが判明した。
普段別の家で暮らしていると、郷の歴史家はそう思っているようだったが。実際は家などなく、持っているゴザ一枚広げたところがナズーリンの棲家で全てだった。
「もしかして、家を借りたいと思って来たのですか?」
「もしかしても、それ以外ないだろう?」
「失礼ですけど、お金はお持ちですか?」
「ん。……これから、ネズミの手下どもを使って見つけさせるさ」
ナズーリンには決まった収入がないから普段は無一文だ。収入を得ようというときは手下のネズミを使って悪どいことを行う。
それで今回は郷中の自動販売機の下を調べてきて収入を得ようとしている。とんでもない小悪党だ。
「お金を見つけるというのは拾わせるんですよね? 拾ったものは交番に届けないと罪に問われる可能性がありますよ」
「心外だな、罪なんてものはばれなければいいんだ」
「薄汚いですね」
「お客に対して何だ」
下賤な輩に対する対応は、郷の商店なら一様でこういうものだった。
「まあ、良いじゃないですか。薄汚いのは間違っていないですよね?」
「私は薄汚くなんかない」
「え? そうだったんですか?」
「お前は風呂に入るか入らないかで綺麗汚いを決めるのか違うだろ? 大事なのは心の在り処だろ?」
射命丸は別に、風呂の話はしていないのにナズーリンはそんなことを言い出した。しかも、なんだか良い事を言っているつもりらしい。
実ののこというと、射命丸も風呂は烏の行水なのだがそれは幻想郷の極秘事項だった。
「……じゃあ、物件は風呂なしで良いですね?」
「そんなことは言っていない」
「そのなんでしたっけ? 体が汚くても心が綺麗ならいいんですよね?」
「そうだが、このナズーリンは毘沙門天様から庇護を受ける身としては家に風呂位ないと体裁が保てない」
……話を整理すると、ナズーリンは家が欲しくて、風呂付でないと嫌らしい。そこまではわかった。
「風呂とトイレは別が良いですか?」
「風呂トイレが別なのは当然だろう? トイレという不浄な場所と風呂という清潔な場所が一つの場所に存在していいはずがない」
「風呂とトイレは別々が良いんですね。いちいち、回りくどいですね」
「なんだ。やっぱりその態度は気に食わない」
射命丸は結構これでも抑えていた方だ。これが客でなくて路上での出来事だったら、今頃はもう無視していることだろう。
ネズミの棲家などに興味がない。タカやワシ程に射命丸は猛禽類というわけではなかった。
「この物件なんてどうでしょう? 風呂とトイレが別ですよ?」
「アリス記念公園?」
「そうです。あそこなら、噴水がありますし、公衆トイレもありますよ」
「なるほど、面積も日当たりも良好で若干駅からは遠いか」
射命丸はかつてアリスが疫病から皆を守るために爆死したことにより作られたアリス記念公園を勧めた。あそこは幻想郷運営の公共施設なのだがお構いなしだ。
ナズーリンの1匹や2匹まぎれても、あそこなら仲間も居るし大丈夫だろうと思った。
「どうでしょうか?」
「月いくらだ?」
「2万円ですね」
「2万円は高いな。今の自動販売機の下を調べる業界の一日当たりの平均給与はいくらぐらいだと思う?」
そんな、業界が存在するのか射命丸は知らなかった。思うに、この不景気の時代だからお金を落としてしまったら1円でもみんな拾うだろう。
そうすると、ナズーリンの収入は思っている以上に少ないのではないかと推測した。
実のことを言うと、アリス記念公園に住むのに家賃はいらないがそれは教えてはあげない。
「へぇ、ナズーリンさんは高給取りだったんですね」
「話聞いていたか?」
「……それで、風呂、トイレ以外にご希望は?」
「おい! ……ペット可の物件じゃないと困る」
ネズミをペットというのではあれば、この世のありとあらゆる動物はペットとなりえるのかもしれない。
「ペット可と、ナズーリンさんは料理とかしないですよね?」
「なぜわかった? 私が料理しないことを?」
「普段から拾い食いしていたら料理の必要ないですから」
「拾い食いとは心外だな。ゴミ捨て場という小料理屋で外食しているだけだ」
ゴミ捨て場を荒らすと言えば、烏なのかもしれないが郷の烏は天狗達に手厚い保護を受けているからそういうことはしない。
しかし、その弊害といえるのかネズミのゴミ捨て場荒らしが頻発している。
「じゃあ、ゴミ捨て場という小料理屋が近くにあるといいんですね」
「そうだ。それにコンビニが近くにあるとなおいい」
「へぇ、ナズーリンさんってコンビニの便利さを知っている人だったんですね」
「そうだ。裏口にいると余った弁当くれるからな」
なんか聞いてはいけないことを射命丸は聞いてしまったと思った。
「じゃあ、これなんてどうです? ネズミを特に飼い放題ですよ。自然繁殖もするネズミにとっては揺り籠のような物件です」
「下水道?」
「そうです。下水道です。トイレを奥にして手前をお風呂にすれば問題ないですよ。それに、マンホールを開ければご希望の施設があります。ついでに、この下水道は排水口から絵とかも流れてくる不思議な空間なんです」
「なるほど、有名デザイナーブランドか」
下水道はナズーリンの為に作られたと言って過言ではないと射命丸は悪意を持ってそう考えた。
読者様はお気づきだと思うが、ナズーリンにまともな家を紹介するつもりなどなかった。
「日当たりが悪いかもしれませんが、マンホールを開けておけば警察が事件だと思って下水道の中をライトを捜査で照らしてくれますから。採光にも問題ないと思いますよ」
「おおそうか?」
「きにいりましたか?」
「ああ気に入った。いくらだ?」
ナズーリンは大層下水道が気に入ったらしく、値段さえ合えばここに居を構えるつもりだ。
もしかしたら永住の地にすらなるのかもしれない。
「そうですね。月々20円で良いですよ」
「だいぶ安いな。よしそこにしよう」
「じゃあ、決まりですね?」
「いや、待て20円は安すぎないか? 何かあるのか? 事故物件じゃないだろうな?」
やはり、そもそも下水道は公共施設だ。勝手に人に貸して良い物ではない、
それに料金をとること自体がおかしい。だから、射命丸はナズーリンが払えそうな額にしたのだった。
「事故ですか? いいえ、ありませんよ」
「本当か? 本当は幽霊が出たりするんだろう?」
「まさか、幽霊なんて出ませんよ」
「そうか」
下水道なんて幽霊すら拠りつかない。
「ここにしますか?」
「そうだな、そうしよう」
「では、契約書作りますからハンコお願いします」
「いや待て、その前に一回この物件を見に行こうと思う。案内してくれ」
そして、下水道なんて射命丸も行きたくない。
「あちゃ〜。すいません忘れていました。ここはもうほかの人に貸してました」
「なんだと」
「すいませんね。ほかの物件にしてください」
「く! そういうことなら仕方ない」
もちろん出まかせ。下水道に物件見学なんて鼻が曲がっても射命丸は行きたくない。
仕方ないので射命丸は落としどころになりそうな物件を紹介することにしたのだった。
ナズーリンには早く帰ってもらいたい。
「じゃあ、ここなんてどうでしょう?」
「命蓮寺?」
「そうです」
「でも、ここはご主人様、星が居るから」
命蓮寺は助けを求める人妖に広く門を開いているから、ナズーリンが住んでも大丈夫だろう。
風呂とトイレは別だし、妖怪もペットみたいな物だし、敷地の中には専用のゴミ捨て場まである。コンビニすら命蓮寺の繁盛具合にあずかろうと2件程近くにできた。
「そうだ。実は私は、寅丸さんから伝言を預かっているんですよ。もしも、ナズーリンさんがここに来たら伝えるように言われていたんです」
「伝言だと?」
「『ナズーリン、私はお前がどんなに薄汚くても怒ったりはしないからただ蔑視するだけだから戻っておいで』だそうです」
「そうか、ご主人様がそんなことを言っていたのか。……そうか」
もちろん、射命丸の出まかせだ。でも、ネズミちゃんは少し涙目になってしまったよほどうれしかったようだ。
「ここにしますか?」
「そうだな、ここにしよう。賃料は幾らだ?」
「あの、もう無料で良いです。契約とかもしなくていいです」
「無料? 射命丸は本当は良い奴だったんだな」
こうして、ネズミちゃんは命蓮寺に戻ることになったのだった。
「いや、これはネズミの嫁入りじゃないですよ! いや、本当にネズミの嫁入りじゃないですよ!」
射命丸は誰もいない店内で大きな声で独り言を言った。
なんだか、言わないといけない気がしたのだった。
祭りの作品書いているといつの間にか脱線してしまって違う作品が出来ていたりして。
ギョウヘルインニ
作品情報
作品集:
10
投稿日時:
2014/04/19 11:34:55
更新日時:
2014/04/19 23:50:56
評価:
5/6
POINT:
520
Rate:
15.57
分類
射命丸
ナズーリン
物件紹介の下りが自然で面白かった。
この話はナズーリンがかわいそうだった。
それにしても何故気付かない!?