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『幻想郷にバスが走った日』 作者: 魚雷
小悪魔は、腕時計を見ると、車庫内の灰皿に吸いかけのタバコを投げ入れた。
「それではパチュリー様、定刻になりましたから、行ってきます」
「あなたも毎日大変ね。気をつけて行ってらっしゃい」
小悪魔はバスの裏側に回り、木炭の釜がしっかり温まっているのを確認すると、運転席に乗り込んだ。
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幻想郷にバスが通ったのは、ごく最近の話だった。
最初は、無縁塚に1台の古錆びた木炭バスが転がり込んで来たのが始まりだった。
それまで幻想郷にはバスという物が無かったのであるから、みな見当がつかない。
ある者はこれは移動式の当番小屋だと言い、ある者は共同住宅だと言った。
しかし車輪が付いている以上、動く乗り物に違いないとの話になった。
河童はたいへんな興味を示し、とりわけ、にとりなどは毎日の様に通っては内部構造を眺めていた。
にとりは、来る日も来る日も「あの乗り物」の事だけを考えていた。もう周囲の河童が興味を無くしても。
そんなある日、にとりは風呂に浸かっていると、パッと目を見開いて風呂桶から飛び出した。
体も拭かずに作業服を着て、持てる限りの工作器具を袋に詰めると、夜道の中を無縁塚へと向かった。
そして周囲にかがり火をいくつも焚いて、暗い光を頼りに、トカコン、トカコンとやり始めた。
夜に蠢く妖怪たちは、あの河童はきっと頭が狂ったのだろうとしきりに噂していたのだが、
翌朝には、白く塗られたバスが、モクモク煙を上げながら妖怪の山のふもとを走っていたのである。
その翌日には、ウイスキー入りの紅茶でほろ酔い加減になったレミリアが、図書館の扉を足で蹴り開いて入って来た。
扉はこれまでに3回修理されてるし、もう誰も何も言わなくなっている。
「こあ、あなた確か運転の技術を持っていたわね?」
「は、はい」
「パチェ、あの変な乗り物は何と言うの?貴方なら知ってるでしょう」
「バスよ」
「決まったわ。紅魔館営バスを幻想郷に走らせるの。古本の整理など妖精にやらせればいいわ」
こういう事は頻繁であるから、もう誰も何も言わなくなっている。
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小悪魔は再び腕時計を見て、運転席の温度計と太陽を見た。
今日は少し暑くなりそうなので、後方の窓と、運転席の窓を、少しだけ開けておいた。
そして、「よし」と一人つぶやくと、アクセルを踏んで、紅魔館の門から飛び出した。
最初のバス停、魔法の森入口に差し掛かると、魔理沙が立っていた。
「魔理沙さん、ご乗車ですか」
「今日は日差しが暑くて飛ぶ気にもならないから、こあの乗合を使わせてもらうぜ」
「(私のじゃなくて紅魔館のなんですけど…)」
なんだかんだで、それなりの需要があった。
「次は人里西口、人里西口・命蓮寺前です。本日も紅魔館営バスをご利用いただき有難うございます。運転手は、」
「こあ、いつもこの区間の客は私ぐらいなんだから、もうアナウンスなんか要らないだろ」
「そういう規則ですから」
バスは人里へと差し掛かった。ここからは舗装道路になるので、小悪魔もやや安心していた。
命蓮寺を過ぎると、目の前をテクテクと山彦妖怪が歩いていた。
山彦妖怪は、その大きな耳でバスの音を察知するや、振り向いて手を上げた。
小悪魔はゆっくり停車すると、手を伸ばして、乗降口の折れ戸をガシャッと開いた。
「人里までお買い物ですか、どうぞ」
「やっぱり今日は暑いんで乗合を使っちゃいますね。へへ」
なんだかんだで、それなりに住民に愛されていた。
「次は、人里中央、人里中央。お降りの方ございますか」
「降ります」
「降りるぜ」
人里中央のバス停には、里の人間が何人も立っていた。
小悪魔はバス停に横付けすると、大きな革のがま口を取り出した。
「区内均一3銭、魔理沙さんは5銭になります」
「はい、ちょうど」
「すまん、これで釣りを頼む」
小悪魔は折れ戸をガシャッと開いた。
「お降りの方を先にお通し下さい。ご乗車ありがとうございます」
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人里からはどっと乗客が増え、補助席を使う者も出てきた。
「ご乗車ありがとうございます。人里からお乗りの方、博麗神社参道まで3銭、永遠亭口まで5銭でございます」
なんだかんだで、それなりに黒字であった。
守矢神社への乗客はわずかなので、それはあえてアナウンスしない。
妖怪の山に差し掛かると、乗客はめっきり減った。
永遠亭から乗ってきた、翼を怪我して飛べない天狗が、1人ばかり乗ってるだけである。
「次は、天狗住宅前、天狗住宅前、終点です」
翼を怪我した天狗は運賃を払うと、人目を気にして、こそこそ隠れるように住宅街へ消えて行った。
おそらく天狗が飛べないでバスに乗ってるのは恥ずかしい事なのだろう、と小悪魔は考えた。
「さて、Uターンしますか」
"紅魔館バス専用転回場 荷置き厳禁"と看板が立てられたスペースでぐるっと一回りすると、バスは再び元来た道を戻り始めた。
こういった往復を、小悪魔は日に何度も繰り返すのが、仕事であった。
その後も入れ替わり立ち代り乗客は増え、小悪魔も大忙しであったが、彼女はこの仕事が好きだった。
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そして、もうすっかり夕暮れになり、小悪魔は最後のUターンをした。
電灯の無い幻想郷では、夕暮れになると寝るといった暮らしであるから、この時間帯になるとほぼ客は乗って来ない。
小悪魔は、博麗神社参道のバス停に、いったん停車した。
博麗神社の参拝客を最終バスで取り残すと、あとが色々怖いという理由で、念のため警笛を鳴らす事になっている。
プァーン。プァーン。
遠くから、カタカタと雪駄が石段を叩いて駆け下りる音が聞こえる。
「・・・・・・ぉーぃ、待ってくれい」
声と音はだんだんと大きくなる。
バスの横に現れた金貸し狸は、外からドアを開けて乗り込んで来た。
「マミゾウさんちょっと待って下さい。もう偽札で支払いはしませんか。車内で酒は呑みませんか。この2つを守って下さい」
「わかった、わかったから乗せてほしいぞい」
「いちばん前の座席にどうぞ」
「信用されとらんな」
炊事の煙も消え、暗闇の迫った人里の道を、バスはガタガタと走っていた。
「なあ小悪魔や、おぬしはこの仕事を続けるつもりか」
変な事を聞くもんだな、と小悪魔は思った。
「ええ、やってて楽しいですから」
「そうか、そりゃあ良いことじゃ」
この狸はいつもにも増して変だな、と小悪魔は思った。
「次は人里西口・命蓮寺前です。マミゾウさん、着きますよ」
「ん?わしゃ降りんよ」
「あとは車庫、というか紅魔館に戻るだけですよ」
「いや、路線図には載っとらんが、もう一つ終着があるじゃろう。"結界口"バス停まで乗せてくれ」
小悪魔はブレーキを踏み、バスを停めた。
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小悪魔は唾を飲み込むと、運転席から出て、マミゾウの座席の前に立った。
「乗車券と越境許可証はお持ちでしょうか」
「ああ、ほら、ここにある」
「乗車券はこちらで回収します。それから許可証を拝見します」
「ずいぶん慣れとるな。わしの前にも、そういう奴が居ったのかい」
「それは言えません」
「じゃろうな」
小悪魔は乗車券を回収すると、許可証に押された八雲と博麗の印を、穴があくほど見つめて、何度も確認した。
「結構です。到着は夜明けまで掛かるのと、あと道が相当悪いですから、覚悟して下さい」
「わかっとる」
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森の中にある、言われないと気付かないような、細い側道へと、バスは入っていった。
「マミゾウさんは、どうして出て行く事になったのですか」
「それは単にわしが、ここに要らない存在になったと思ったからじゃ」
「というのは」
「わしは金貸しじゃ。ところが、わしが金を貸した人間は、みな立ち直って、今は挨拶にも来んよ」
「お金を借りたい人は、いつでも居るのではないですか」
「もう最近は、わしの所に来るのは、ろくでもないバクチ打ちだけじゃ。そういうのは客と言わん」
「幻想郷の人々には借金なんか要らなくなったという事ですね」
「嫌味な事を言う奴じゃ。わしは元より、金貸しは人を立ち直らせる為にあると思っとる」
バスはぐねぐねした暗い山道を、薄暗いヘッドランプを頼りに、何度も、何度も抜けていった。
はるか遠くにみえる最後の山の向こうには、大きな光が見えていた。
「これから、どうするのですか」
「また狸どもの世話でもしとるよ」
「あの、マミゾウさん」
「何じゃ・・・ふわぁ。もう何時間経ったか、眠たいのう」
「最後のご乗車ありがとうございます」
返答はなく、エンジン音に混じって、小さなイビキが聞こえて来ただけであった。
小悪魔は左手でぎゅっと大きなハンドルを握り締めると、右手で胸ポケットから煙草を1本取り出し口にくわえた。
それから右手でポケットからライターを取り出すと、煙草に火をつけた。
車内禁煙なのだが、今日くらいは良いと思った。
そして、遠くに見える大きな光に向かって、左手でハンドルを握りつづけた。
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魚雷
- 作品情報
- 作品集:
- 10
- 投稿日時:
- 2014/04/26 16:10:15
- 更新日時:
- 2014/04/27 01:14:16
- 評価:
- 12/17
- POINT:
- 1330
- Rate:
- 15.06
- 分類
- 魔理沙
- 小悪魔
刺激的なルーティンワークこそ、小悪魔の生きがいなのかもしれない。
ああ、マミゾウさんが金を貸す行為は、未来への投資という意味もありましたね。
煙管じゃなくて紙巻(だよね?)に宗旨替えする程度には、幻想郷も発展したんですね……。
ところで、許可証はどこでもらえますか?
幻想郷の衆生に忘れ去られつつある金貸しが浮世へと旅立つ。
バス経路のルーティンが幻想郷という特殊舞台の循環的時間を心地好く演出しながらも、
その中にぽっかりと空いた穴のように置かれた不可逆的時間が対照を浴びながら共存し、
その中から変わり行く周縁と変わらぬ遠景を名残惜しく眺めるのは、ただ我々浮世の人だけ。
……つまり、何故分類タグの先頭が「小悪魔」より「魔理沙」なのか、不思議に思うということです。
こう言う書き方に憧れてる身として、凄く参考になります。
大好きですまた作品期待しております。