Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/imta/req/util.php on line 270
『『産廃創想話例大祭B』柵から飛び出た乱暴寅』 作者: まいん

『産廃創想話例大祭B』柵から飛び出た乱暴寅

作品集: 10 投稿日時: 2014/05/18 10:28:57 更新日時: 2014/06/22 00:23:47 評価: 12/14 POINT: 1160 Rate: 15.80
注意、この物語は東方projectの二次創作です。
   オリキャラ、オリ設定が存在する可能性があります。





空を覆うは漆黒の闇夜。 地を照らすは満月の光。
寺に置かれた、いくつかの石燈。 その一つに黄金色の点が二つ、灯かりは灯っていない。
ただ、月明かりを受けて影を伸ばしている。
月明かりが森や林に明暗を分けている。 そよ風を受けてザワザワと揺れる様は非常に幻想的だ。

住職の聖は胸騒ぎに目を覚ました。 いつもの魔道着を纏わず、楽な白衣のまま魔法で光源を漂わせた。
敵意は感じ無い。 騒ぎも聞こえ無い。 それでも警戒は怠らなかった。
部屋を出て、廊下を渡る。自重で床がギシギシと鳴る。
それに混じって何かしらの音が無いか、耳をそばだてながら歩いていた。
玄関にて履物を履き、辺りを見て回った。

石燈のある場所に至る。 月明かりに照らされた人影が一つある事に気が付いた。

「こんな夜更けにどうしました?」

黄金色の虹彩が向いた。 敵意の無い光に肩を落とし、力を抜く。
だが、ただならぬ雰囲気に緊張感は抜けない。

「聖、今日は月が綺麗ですね。 ただ、明る過ぎる月夜は人を狂わすと言いますが……」

上げていた目線を下げた。 ふと見れば、石燈の下に毬状の物体が転がっている。
暗がりの中、少し離れているので目を細める。
そして、気が付いた。

「星! 貴女は……何という事を!」

聖から星に声がかけられる。 星は石燈から降り立ち、聖に向かってゆっくりと歩んだ。
何かされるかもしれない。 聖は姿勢を気取られない様に身構えた。

「言ったでしょう? 明る過ぎる月夜は人を狂わすと……」

バシンッ……。
聖の綺麗な手の平が星の頬を叩いた。

「痛いですね」
「星、貴女を破門します。 人を殺めておきながら反省の色も無い、貴女をここに置いてはおけません」
「短絡的ですね。 本尊である私を破門できる筈がありません」
「星! 自戒なさい!」
「貴女が何と言おうが、私は私の好きな様にさせてもらう。 ナズーリン!」

聖の言葉を無視し、星は体を翻す。 足元にはナズーリンが片膝を着いて待機していた。
一連の話の中で現れた事に気が付いていなかったのだ。

「あれを片付けなさい」
「かしこまりました」

言葉とは裏腹にナズーリンの片眉がピクリと反応した。
鉄面皮を装っている彼女の心境は疑問で一杯だったからだ。
しかし、命令は命令。 彼女は配下の鼠を呼び出す。
すると、数千の鼠が集まり、林に半分隠れていた死体をすぐさま隠した。
ナズーリンも毬状の……頭部を掴むとすぐさま林に隠れていった。

聖は命令した星の背中を見たまま固まっていた。
以前から様子がおかしい。
仲間と喧嘩に発展する事も少なくないと知っていたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。

幻想郷に復活した時、自身の為に涙を流して、過去の過ちを悔いた彼女は何処へ行ったのか?
それとも、自身を封印した時の彼女が本性なのか?

聖は星の事が改めて分からなくなった。
力で止めようとも、軍神毘沙門天の化身である星に敵う事は難しい。
背中から目線を外し、満月を見上げる。

林に隠れ、鈍く、怪しげに光る匕首に気が付く事はなかった。



数か月前。

霧の霞む中、数条の光が地上を照らしていた。
その光の中、星は歩み、転んだ。
在家信者である人妖はいつもの事と明るく微笑み、皆が率先して手を貸して起こした。

「あはは、皆さんすみません」

転ばなければ神々しい事この上ない。
微笑ましい彼女を見ていたいと誰も彼もが思うが、挨拶をして自身の業務に戻っていった。

とは言え、星の優秀さは周知の事実であり、彼女が手伝う場所は他の所よりも早く終わる。
外掃除、内掃除、炊事、洗濯等何をとっても同じだ。

皆は知らないが、監視役のナズーリンも鼻高々だ。

いつも笑顔を崩さない星だが、最近は気がかりな事があった。

信者を大量に獲得し、幻想郷の一翼を担う迄に成長した命蓮寺である。
だが、初期の頃からいる仲間や困った時に力を貸してくれた仲間が輪に入っていない事だ。

当然、彼女が相談をしない筈が無い。
聖に一輪に村紗にぬえにマミゾウに……ナズーリンに。
だが、返って来る返答に目新しさは無い。

「ぬえの事かしら? あの子はああ見えても強いから大丈夫よ」
「鵺さん? 余計な事はしない方が良いわよ」
「そんな奴居るか? あいつとは仲良いし、マミゾウとも馬鹿な事やってるしな」
「誰がぼっちだ、てめえ潰すぞ! あぁん? 違う? 悪かったな、酒あんぞ、呑むか?」
「儂は儂で好き勝手やっとる。 特に困っとるこんはないのう」

「ご主人様、君はお節介が過ぎる。 他人が望まないならば手を出す必要は無い。 少なくとも私はそう思う」

言葉では皆がそう言う。 それは解っていた。
昔からそうだ。 それも知っている。

「嫌ですね。 昔から人の顔色ばかり窺っていると、心中が解ってしまって……」

〜〜

「ご主人様、最近思い詰めている様だが何か心配事でもあるのか?」

星の使い魔のナズーリンが開口一番尋ねた。
現在の彼女は命蓮寺に住んでおらず、無援塚付近の掘建て小屋に住んでいる。
のであるが、度々寺を訪れている。
元々、主人との仲は悪く無く、その主人の星もナズーリンを嫌ってはいない。
その為、呼集に応じては手伝いをしに来ているのだ。

「いえ、特には……」
「そうは言ってもな、目つきなんか人食い虎の様だ。 獲物でも探しているみたいだぞ」

人の事を余り詮索しないナズーリンであったが、今日は珍しく食い下がらない。
二度、三度と押し問答が続き、漸く星の口が開かれた。

「実は以前聞いた事なのですが……」

ナズーリンの心に思い当たる節があった。 星から難しい顔で相談された事があったからだ。
それも数回に亘る。 その度に考え過ぎだの、お節介だのと言った事も思い出す。

「またか?」
「そうです。 もう隠す事も無いので実名で言います」
「大方、ぬえかマミゾウの事だろう? 何度も言うが、あの二人は気ままに生きるタイプの妖怪だ。 余計な世話を焼く必要は無い」
「貴女もそう言うんですか」
「貴女も? どういう事だ」
「皆にも相談したんですよ。 それも何度も」
「……答えはどうだった……」
「皆、貴女と同じ」
「そら、見た事か。 余計な事はすべきではない。 あの時の様にな」
「ナズーリン!」

星の口から怒声が響いた。 ナズーリンは逆鱗に触れたと内心思った。
小心者の彼女が、自身よりも優れた攻撃性を持つ星を恐れるのに時間はかからない。
いくら表情を隠そうとも、次の瞬間には頬を叩かれ、組み伏せられてもおかしくは無い。
そして、今この瞬間に逃げ出そうとも逃げ切る事は出来ない。
親しき者と言う二人の間柄が幸いし、彼女は自ら好んで逆鱗を踏みに行ったのだ。
そこに弁解も何もある筈が無い。
ガチガチと鳴りかねない奥歯を噛み締め目線を外さず、次の星の行動を待った。
星がナズーリンに背を向ける。

「……ナズーリン、行きなさい……」
「……へっ?」

出た言葉は傍から見れば、驚く程間抜けな言葉であった。
先の状況から考えれば無言で去るのが普通だろう。
ただ、自身の想像とかけ離れた言葉に、つい聞き返してしまった。

「わ、私は君に、君に呼ばれたんだぞ。 それを……」
「用件は終わりました。 少し感情的になってしまった様です。 今は貴女を傷つけたくは無い。 黙って去りなさい」

星の言葉に黙って従う。
用件が無いならば、長居するのも悪い。 自分にそう言い聞かせた。
だが、本心は解っている。 自分が悪い。
ご主人様と呼んでいても、驕りがあった。 調子に乗っていた。 立場が分かっていなかった。

後味の悪さの中、星の背中に頭を下げ部屋から出て行った。
障子を閉める刹那、星に一言思念を飛ばした。

[ご主人様、ごめんなさい]

〜〜〜

ある日を境に段々と星が部屋から出なくなった。
本来ならば気が付かぬ筈は無い。 だが、一日に数回顔を見る。
丸きり出ないと言う訳では無いからこそ誰もが気にしなかった。

気が付いた時に少し疎遠気味だな、と思う程度。
今度会ったら話をしよう、誰もがそう思う程度だった。

その日、星は珍しく部屋から出ていた。
日は当に登り、南中へと至ろうとしていた。
まだまだ、食事まで時間がある。
今日の献立は何だろう? 普段の彼女ならば、そう考えただろう。

寺の角、六畳程の室内を有する離れ。 廊下と屋根が続く場所である。
ただ、何となしに通ったのであるが、廊下の繋がる反対側の柱に手を当てた。

「ふっ!!!」

勢い良く息を吐いた星が、四本ある柱の一つに一撃を加えた。
バキッ! 乾燥していた木材の音が鳴る。 まるで中に空間でもあったかの様だ。
その大きな音は寺中に響く。 誰も気が付かない等と言う事はありえない。
離れ自体は倒れない。 他の三本の柱がしっかりと立っていたからだ。

星は今折ったばかりの柱を余所に渡し廊下に戻る。
そこで、今度は脚を上げて、床を踏み抜く。 廊下の中程、本堂側の床、更に床数か所。
踏み抜く度に大きな音が鳴る。 乾いた木材の音、湿って弱い音、軽い音。
傍から見たら乱心したと思われてもおかしくは無い奇行であった。

「星! 一体何をしているの!?」
「と、寅丸様……?」

そこに至り、漸く人が現れた。 音を聞いて駆け付けた一輪と外に居たので気が付いた響子だ。
一瞥した星は顔を正面に戻し、何事も無く去ろうとした。
所が、一輪は納得がいかない。 何をしたと聞きながら、何も言わず去ろうとする態度に納得がいかなかった。

「星! 答えなさい!」

数歩歩いた星の動きが止まる。 片目を瞑り、ゆっくりと一輪に体を向けた。
響子は響子で箒を持って内股のまま、固まっている。

「何をしているって、柱を折って、床を踏み抜いただけです」
「柱を折って床を踏み抜いた? 怪我とか無かったのかしら?」
「ワザと折り、ワザと踏み抜きました」

その言葉に一輪の顔が険しくなる。
聖の下で信者になり、長い期間を過ごすが、彼女は無条件に人を信じられる程出来た人物では無い。
ただ、ワザと、と言われて、はいそうですかと言える人物が居るかと言うと、間違いなく聖以外には該当しないだろう。

「どうして、そんな事をしたのかしら? 言葉によっては……」
「あ〜、あ〜、うるさいですね。 いつもの様に”聖様に”と言うのですか?」
「なっ!」
「それとも、雲山の力を借りて私を罰するのですか? 生憎ですが、修繕する様、すぐに依頼します。 聖に言いたいのならばご自由に」

そう言い放ち、星は体を翻し離れていった。
物を壊して物怖じせず、悪人の居座りの如く、堂々と言い放った星に何一つ言い返せなかった。
それも、言いたい事だけ言って去って行くのだから当然であるが。
一輪としては、我に返った時、言葉に言い表せぬ、腸が煮えくり返る感覚があった。



「少し良いかしら?」

一輪に妖怪信者が呼び止められた。 星の小間使いとして、大工職人へ遣わされたからだ。
一言、二言、何を指示されたか聞くのであったが、聞けた事は星様から、大工を呼ぶ様に、と言われただけであった。
件の離れには大工数人と星の姿がある。 一輪は遠巻きにそれを見ていた。
寺の図面を広げて大工に指示をする星、その中には仏師の姿もあった。 それを黙って見ていた。
星が気付いた様だが、何も言われない。 だから、ただ見張っていた。
寺の中を歩む一同、少し離れて一輪も追った。

本堂の中に入った所、一同と共に一輪も見た。 毘沙門天の木像が縦に割れていた。
誰かが見ていてもおかしくは無い。 しかし、寺に居た自分が見ていないのは不自然だった。

(星の奴……)

一輪は、その場から駆け出した。 在家回りで寺を留守にしている住職を待つ為、部屋に戻ったのだ。

星の騒ぎで本堂には誰も近づいていなかった。
その日の昼、経を唱える当番は一輪であった。 だからこそ星の元へ、いの一番に駆けつける事が出来た。
だが、騒ぎの所為で本堂には誰も、一輪さえも近づかなかった。
その為、彼女は別の場所で経を唱えたのであった。

〜〜〜〜

「聖様、聖様」
「まぁ、一輪。 慌ててどうしました?」
「どうしました? ではありません」

日の入りが過ぎ、今日の分の在家回りを終えた聖は笠を外して草鞋を脱いでいた。
慌てる一輪を諭し、一先ず顔を合わせて話が出来る様に待って貰う事にした。

あ、と気が付いた一輪は聖の荷物を持つ。 自身の行いを省みて聖の部屋へ共に歩んだ。

「それで、私が留守の間に何かあったのですか?」
「はい、星が」

一輪の口から説明される。
星との押し問答、離れの事、床の事、像の事。
聖は静かに聞いた。 そこで見積書を取り出した。

「これは、それに関係しているのね」
「そ、それは……何と説明がありました?」
「寺の改装が必要と……」
「聖様の相談も無しに?」
「ええ、ですが星にも考えがある筈です」
「考えも何も……すみません」

聖の言葉に反射的に語気を荒げてしまう。 それにすぐ気が付き謝罪した。
今日の所は、と言う聖に一輪はそれ以上何も言えず、部屋へと戻って行った。

一輪が絢爛豪華な改装と指摘した見積書と改装予定図。
聖は考えた。 ここまでの改装が果たして必要なのかと。
一輪の言葉に心が惑う。 許可しても良いかどうか。

ただ、本尊の木像があのままと言うのは忍びない。
また、外の者へ安心感を持たせないといけない。
心にわだかまりを持ちつつも、聖は寺の判と自身の名を署名した。

〜〜〜〜〜

星の態度が厳しい事は、この頃には仲間内に知れ渡っていた。
寺の業務に支障はなく、また在家信者や人里に悪い噂は立っていない。

だが、仲間内には至極評判が悪い。
以前から、他人を悪く言って憚らないぬえだが、村紗やマミゾウと語らっては憂さを晴らしている。
自然と語らう機会が増えて、仲間内に溶け込んでいるとも言える。

その日は、聖と一輪が在家回りをしていて帰りが遅くなっている。
その為、村紗、響子、ぬえ、マミゾウ、ナズーリンは先に夕飯を囲んでいた。
囲炉裏を囲み、障子は開け放たれている。
満月ではないが、月明かりは室内を照らし、炭と灯籠の灯りも相まって非常に明るい。
部屋の入口と部屋の奥。 丁度、上座と下座には誰も座っていない。
左右に分かれて、鍋が煮えるのを待っていた。

そこに上座から入って来る星。 両手には一杯の食糧を持っていた。
入って来るなり皆の視線を集める。
そして、何の躊躇も無く鍋を蹴飛ばした。 鍋は中身をそのままに放物線を描いて外に投げ出された。

ベシャ、と地面に中身を撒き散らし、ガラガラ、と音を立てて鍋が着地点で回っていた。
あっけにとられる一同に、星は何もなかったかの如く言い放った。

「今日は備蓄食料の期限が近いから、ありがたく頂く日でしょう。 忘れていたのですか?」

事も無げに言う星にワナワナと怒りが込み上げる村紗。
手を思い切り握り締めると、ガタンと床を鳴らして立ち上がった。

「星! お前、何て事を……」
「貴女も忘れていたのですか? まったく、配膳の手伝いをして下さい」
「そうじゃねえ! 折角マミゾウが用意した物をこんなに……」
「ああ、すみません。 すぐに片付けますね」

鍋の片付けに行こうとする。
皆が感情的になる。 マミゾウは静かに腕組みをしていた。
重たそうに紡がれた口元はテコでも開きそうになかった。
各々が非難する中、星が入り口付近に至り、そこで漸く口が開いた。

「待てい……寅丸よぉ。 儂に恥を掻かせたまま行く気か?」

マミゾウの雰囲気は穏やかではない。 他の感情的な非難とは訳が違った。
普段の柔和な表情は無く、細めた目は静かな怒りを表していた。

「恥? 恥とは?」
「儂の用意したモンをぶちまけよってからに、しらを切る気か? ええ加減にせんと痛い目に遭うてもらうぞ」

ゆっくりと立ち上がり星を睨み付ける。
明らかに本気では無いと分かるのはぬえと星だけであるが、このままでは一触即発の事態となるのは目に見えていた。

「この前は響子の対応している前で客をしばいたそうじゃし。 儂にも堪忍袋ちゅうもんがある」
「親分さん、あれは……」
「響子、黙っとれい」

「くすっ、これは面白い。 貴女が恥を掻かせたと言うのなら、その通りなのでしょう。 ですが、それは貴女の不注意によるものではありませんか?」
「一度口から出た言葉は取り返しがつかんぞ……おう?」

激昂に任せて、マミゾウは星の胸倉を掴み顔を引き寄せた。
対する星は冷ややかな笑みさえ浮かべている。
マミゾウの怒りは尋常ではなくなった。 女性の彼女が阿修羅の様な形相を浮かべていた。

「皆、一体何があったのです?」

そこに戻って来た聖が水を差した。
既にマミゾウが星の胸倉を掴んでおり、場の雰囲気はただならぬものであった。
だが、聖の登場で鋭気がくじかれてしまう。 あっけにとられるマミゾウの手を星が弾く。

「離して下さい。 自分でやったんですから、あれを片付けないといけないんですよ」

皆の視線を集め、聖も心配したままであった。
それを半ば無視する形で部屋から出て縁側から庭に下り立つ。
皆が星の一挙手一頭足を見守った。
鍋を片付ける間、辺りには何かの爛れる臭いが充満していた。
それに気が付かぬ筈は無いが、負の感情はその事を希薄化させ、あまりの異常性に考えが及ばなかった。
結局、星が大量の水で流し終え頭を一つ下げて去るまで、誰も言葉を上げる事はなかった。

今日の事は皆から聖や一輪に伝えられる事となったが、聖はにわかに信じられなかった。

鍋を台無しにされた一同は渋々と言われていた通りの備蓄食料を口にする事とした。

〜〜〜〜〜〜

表情を変えず、手を隠す様にしたまま部屋に戻る星。 足音はいつもの通り。
何ら気分を害して不機嫌という訳でも無い。
途中、水場にて手を流し、先程の掃除をした手を労わっていた。
手から熱が消え、漸く一息吐く。 そこで、部屋に改めて戻る事にした。

ガラッ。

「……おや?」
「ご主人様、やってくれたな」
「やったとは、何の事です?」
「何が君を不機嫌にさせているのかは知らないが、もっと穏やかに出来なかったのか」

「穏やかとはこういう事ですか?」

部屋にはナズーリンが既に居た。 星と比べると明らかに不機嫌だ。
普段の取り澄ました表情は無く、苛立ちを隠していなかった。
向けられた毒を無視し、星はナズーリンに近づく。
座っている彼女の肩を固めると、その場に畳に押し倒した。

「痛っ! 何だ? 私が君の癇に障る事でも言ったか?」

制す言葉もまったく意味が無い。
星は自由の利くもう片方の手で懐から乾燥させた生薬を取り出す。
元々、持っていたのか、それとも食料を持って来ていた時に仕舞っていたのかは分からない。
拘束したナズーリンの口に押し込むと、口を無理矢理閉じさせた。

「む”んんん……んんんんんっ!!!」

抵抗も虚しいだけであった。 口を閉じさせた手は、そのまま顎を動かさせ、咀嚼させた。
口の中には、何とも言えぬ苦みが広がり、その時々で拒絶する様にえずいた。
それは想像を絶する物である。 咀嚼した物は無理矢理飲み込まさせた。

拘束を解かれたが、拘束された時に暴れたのと、生薬を無理矢理飲まされた事が余りに消耗に繋がったのだろう。
ナズーリンは全身に力が入らずぐったりしている。
星は一仕事終えたと言うのに倒れている彼女を一瞥もせず、自分の机に戻って行った。

「……許さん……絶対に許さんぞ……」

呻き声が上がった。 星の手が止まり、耳がピクと反応した。

「星、毘沙門天様に貴様の所業を報告してやる。 今更、慌てても、もう遅い! 精々短い時間を楽しむんだな」

どう聞いても負け惜しみにしか聞こえない。 ナズーリンは乱暴に障子を開けると部屋から出て行った。
元々が相部屋なのに他に何処へ行くのだろうか。
部屋に残された星は、静かに立ち上がると、これまた静かに障子を閉めた。
彼女の顔に少し光るものがあった事は彼女しか知らなかった。



翌々日、この二日間は先々日の騒ぎが嘘の様であった。
最近は忙しかった、在家回りも一段落している。
朝、昼、夕と最近からすれば、平和な内に業務が終わっていた。

ナズーリンの手には、毘沙門天からの書状が握られていた。
足音は大きく、目は自身に満ち溢れている。
頭では、星が解任される事が決まっていたからだ。

ガラッ!

「見ろ! 毘沙門天様から返事が来たぞ! これで貴様はおしまいだ!」

悪役でも演じそうにない嗜虐心に満ちた表情を浮かべている。
勝利を確信していると表情から窺えた。
書状の封印を解くと内容の確認を始める。

星は書き物を止めて、ナズーリンの顔を見上げただけ。
一連の動作を、ただ見守っていた。

「……な、何だと……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……」

書状を見て我が目を疑った。 ポロリと書が地面を転がる。
そこには、ナズーリンの意見は一切認めず、と言う内容だけが書かれていた。
呆然自失。 まさか、そんな、と言葉を出す事で精一杯だった。
周りの意見、寺にある空気、客観的に見た事実から間違っていないと思っていたからだ。

星が立ち上がり、向かって来る。
取り繕う事が頭をよぎった。 だが、すぐに無駄であると理解できた。
目を瞑り跪く。 自身の役割を冷静に思い出し、主である毘沙門天の意思に従った。

「数々の非礼をお許し下さい。 私は貴女の補佐であり、すべては毘沙門天様の意思に従いま……」

言葉はそこで途切れた。 ナズーリンの胸倉を掴むと無理矢理立ち上がらせた。
小柄で体重の軽い為、抵抗などまったく意味を成さない。
引き寄せ顔を近づける。 牙を剥いて、怒りを露わにした。

ナズーリンの背中に冷や汗が流れる。
普段の冷静さは何処吹く風、本性である小心が前面に出ていた。

「解ったのなら、その臭い口を閉じろ! 許可した時以外喋るな!」

声は驚く程大きい。 まるで、寺の全員に聞こえる様に怒鳴っていた。

「お前が納得したとか、意思に従うとかは、どうでも良い。 貴様と部下達が八つ裂きにされたくなかったら黙って従え!」

そこまで言って、軽く突き飛ばす。
そのまま、不機嫌な様子で机に戻り、書き物を再び始めた。

支えを失い、体が重力を感じた為、咄嗟に体勢を立て直すナズーリン。
先の書状の所為か、今の罵声が正しい事にしか聞こえなかった。
静かに障子を開けると、星に向かって深々とお辞儀をして、静かに出て行った。

星の顔に再び光るものがあった。 何故あったか、理由は彼女しか知りえないだろう。

今宵は満月である。 おかしな雰囲気を感じた彼女は顔を拭うと石燈のある場所に向かって行った。

〜〜〜〜〜〜〜

星は仲間に当たった。 それにはしっかりとした理由があった。
言えば解る。 それが普通の考えだろう。
星は言わない、何故といった理由を。
だから、皆は星を恨んだ。 後から理由が解れば、そうも言えないかもしれない。
しかし、暗く沈んだ気持ちはそう簡単に晴れる事はない。
そして、理由が解っても前述の考えに戻ってしまう。

星が憎い。

皆が皆、その考えに染まったのは、星が変わってから、そう時間が経っていない。
それでも、同じ屋根の下に暮らす者同士、いがみ合ってばかりではない。
会話は無くとも、同じ業務や日課は行っている。

「聖。 お話があります」

聖の部屋。 障子越しに問答があった。
声で誰か判った聖は顔にこそ出さぬものの、一瞬思考が止まった。
人を疑う事をしなかった彼女に、ここまでの感情を持たせたのは流石としか言いようがない。

「入りなさい」

一呼吸の後に声が返された。
障子を開けて見えた者は星。 毘沙門天の代理。 寺での一番の弟子。
最近の素行不良に頭を悩まされていた者。

星は立ち上がらず、膝立のまま部屋に入り、障子を丁寧に閉める。
再び向き直した彼女は聖に深々と頭を下げた。

「聖。 皆を集めて下さい」
「……理由を聞きましょう」

唐突な言葉に聖は理由を尋ねた。
前から感情的な所はあったが、最近は目に余る。
今一度、ここでの会話の端々から心の内を察しておきたかったからだ。

「はい。 近頃は感情的になり過ぎてしまい、皆に不快な思いをさせてしまった事を反省しました」
「唐突ですね。 何か心変わりする事でもあったのですか?」
「この前の聖の言葉が私を変えたのです」
「私の?」
「ええ、あれから自問自答しました。 そして、私が間違っていた事に漸く気が付いたのです」
「そうですか……」

聖の心中では、何か納得できないものがあった。
だが、心を入れ替えたと言う、弟子の手前その様な邪心を払う。
自分の言った事を理解し、悪い事を改める事がどれだけ本人にとって有益であるか知っているからだ。

「それでですね。 皆に一言謝罪したくて……」
「ええ、集めましょう」

聖の顔は久方ぶりに見る笑顔であった。
また、皆と一緒に仲良く生活が出来る。
闇夜に包まれた空から一筋の光が降り注ぐ様な希望に満ち溢れた良い笑顔であった。

〜〜〜〜〜〜〜〜

皆から向けられる視線は槍の如く鋭かった。
聖の手前、集まったが他の者全員が聖の様な人格者では無い。
むしろ、強力な妖怪である者々は根に持つ。
忘れてしまっては、いつ命を狙われるか知らないからだ。 それは遥か昔の事であるが。

星の謝罪が続く。 皆からの言葉が雨霰の如く降り注ぐ。
静かに冷静に、どの様に厳しく激しい言葉であっても、冷静に真摯に対話した。

「言いたい事もあるでしょうけど、日々の生活でまた話していけばいいじゃない」

少し対話が切れた所で聖が水を差した。
あまりに責められる星を哀れに思ってだ。 今日の対話はお開きとなった。
星の心中を思ってか、いたたまれない気持ちの聖は退室を促した。

顔を袖で隠し、静かに退室する。
室内では、やれやれといった具合で静かに談笑がなされていた。

退室した星を待っていたのは、宝塔を持ったナズーリン。
顔を伏せ、次に指示されている事が間違っていないかを疑問に思っていた。

「ご主人様。 次の指示を確認します」
「ナズーリン。 任せました」

静かに優しくナズーリンの頭に手が置かれた。
実際にはたいした時間は経っていない、だが、数十年ぶりに感じる程の優しさであった。
唐突な事もあり、呆気にとられてしまう。

「ご、ご主人様」
「後は指示した通りです」

星が静かに去る中、ナズーリンは指示通りに行った。
宝塔の力を使い、全員が集まる部屋に結界を張った。
中には聖やマミゾウを筆頭に強力な妖怪が多数ひしめいている。
そこで、まずは妨害用の結界を張った。
毘沙門天直属の遣いである彼女にとっては朝飯前である。
そこから、次々に強力な結界を張っていく。
皮肉であったのは聖が封印された際のものが二番目に張られていた事で、その次が村紗と一輪の力を奪ったものであった事だ。

「ふう……しかし、本当にこれで良かったのか……いや、毘沙門天様が認めたのだ、何を疑問に思う」

張りも張ったり。 その数、八重。 一つを破ろうとも他と連動する結界は破るのに時間が掛かる。
すべては星の指示であった。 この後に何が行われるか、知らされていない。
先から騒がしくなり始めた広場に向かって行く。



目は疑わなかった。 だが、立ち竦んだ。
外に向けては、まったく危害を加えなかった星が信者である人間に危害を加えていた。
それも一方的な虐殺だ。 皆が皆、安堵の表情を浮かべ、礼を言いながら殺されていた。

星が腕を振るう。 人間の首が宙を舞う。
星が爪を立てて頭を突き刺す。 頭蓋骨を指が貫通し、人間が痙攣する。
星の掌が首を折り、側頭部を粉砕する。
すべてがすべて、即死である。

恐怖故か、人間は一様に血を纏っている。
目から血が流れ、口からも血が溢れ、鼻からも出血している。
星が血に塗れていく。 戦場を掛ける一陣の風、無人の野を行くが如くであった。

制止を叫ばなければならない筈が声が出ない。
立ち竦んで、動く事も出来ない。 この無情な殺戮を見守る事しか出来なかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「のう、気付いておるか?」
「ええ、突然雰囲気が変わりました。 まるで、外と隔絶された様に」

マミゾウが周りを混乱させない様に聖に呟いた。
聖も魔法使いの端くれである。 妨害結界に消されている僅かな気配を感じていた。
他にぬえの表情が険しくなっている。 次にどこから狙われるかを警戒しているのだ。

「あ〜、あ、厠にでも行くか……」
「村紗、待て……」

障子に近づく村紗を止めるぬえだが、それよりも早く開けてしまった。
そこには、外の景色がそのまま映っていたが、外にそのまま出られる訳ではなかった。

「あん? 何だこれ?」

手を伸ばし、外に出ようとする。 すると、そこに結界によって光が満ちた。
皆が良く知る光。 毘沙門天の正義の光。
聖の良く知る光。 自身が封印から解かれた時に満ちた光。
そして、自身が封印された時、体中に纏わり付き力を奪った光。

「いやっ……いやっ……いやぁぁぁぁぁあああああっ!!!」
「聖様!」

トラウマに叫ぶ聖に慌てて一輪が走り寄った。 頭を抱えて震え縮こまる聖を介抱した。
反対に他の者は怒りを燃やした。
謝罪の直後の裏切り。 何をしたいかの理由等どうでも良かった。
何につけても邪魔をするから、星が憎い、それだけで良かった。

「星の野郎! 許さねえ!」
「最早捨て置けん! 儂の我慢もこれまでじゃ!」
「聖様がこんなにも心配していたのに、恩を仇で返すのね」

如何に毘沙門天の結界と言えど、ここの妖怪達に働き続けるとは考えにくい。
何か考えが星にあったと考えられる。
部屋の中にある箱は、マミゾウの鍋を蹴飛ばした時、星が持って来た物と同じであった。
マミゾウ、ぬえは強大な妖力を放出し、村紗は強大な腕力で結界を破り始めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

死体は山となり、血は川を作った。
血に塗れ、息を切らした星による殺戮は一応の平穏を取り戻した。

安寧の表情であった老人は、そのままの表情であった。
子を抱き締め、悲痛の表情であった親は死の瞬間には、その苦痛から解放されていた。
恐怖と苦しみから泣き続けた赤子も、今では物言わぬものへと変わっていた。

疲れた体で星は次の行動を取り始める。 未だ立ち竦み動けぬナズーリンは見守るしかなかった。
死体を集め、あらかじめ用意していた藁と共に積み重ねる。
死体の山に近寄れば解る事だが、油の臭いが鼻に突く。
同じく用意されていた油を掛けていく。

合掌。 目を瞑って何かを祈る。 口は僅かに動いていた。
油の浸された松明に火を灯し、山を見つめる。
乾き始めた顔の色と同じ色の炎が顔を照らす。
かざされた火は下から上へ、山と積もった人間を飲み込んで行った。

「ゴホッ、ゴホッ……ナズーリン……」

立ち竦み、見守っていたナズーリンに声がかけられる。
ビクと肩を震わして、反応する。 次は自分か? 彼女の心中に思いたくも無い事が浮かび上がる。

「寺の裏に祠があります。 そこまで一緒に来なさい」
「あ、う、つ、次は……私の番……か?」

心ここに在らず。 ちらついた思考から、次に始末されるか恐れていた。
そんな事とは露知らず、星は同じ事を再び言った。
抵抗は無駄、逃げる事は叶わない。 そのまま後に付いて行った。

ここにも同じく用意されている。 油壺。
ナズーリンの鼓動が跳ね上がった。 先に思った事が現実に起こると思った結果だ。
そのナズーリンを余所に星は準備を始める。
祠に入り、油を撒いて、入り口に戻って来た。

「良いですか? 今から一刻後に火を放ちなさい」
「火? 私がか?」
「そうです。 他に誰がいるのですか?」
「何の為に?」
「貴女は知る必要はありません。 黙って言われた通りにしなさい」

そう言い残し、星は祠に入って行った。
意図が解らず、目的も理解出来ない。
火を放てば、間違いなく星は命を落とすだろう。
残った時間は、たったの一刻。 彼女が悩むには余りに時間が少なかった。

一刻後、松明に火を灯す。 目の前で見ていた。 死体に火を灯す前の星と同じ様に。

「ご主人様? 居ますか? 火を着けますよ?」

応えが返って来ない。 中に居れば、焼け死んでしまう。
逃げているのは当然であろう。
少なくとも分が悪ければ、すぐに逃げ出すナズーリンはそう思った。

思った。 思った筈であった。 だが、松明を油溜まりに降ろす事は出来なかった。
毘沙門天は彼女にとっては正しい標である。
その毘沙門天が星を正しいと示した。 故に星の言う事は正しい。
そう、疑問に思おうとも、そうやって自分に言い聞かせて来た。

(だが、もし、もしもだ。 まかり間違ってご主人様が中に居たら……)

何度も押し問答する内に更に二刻が経とうとしていた。

「星!」

突然の叫び声と共に村紗が松明を奪い取る。
結界を破るのが余りに早い。 ナズーリンはそう思わざるを得なかった。
その場に居る者の顔は怒り心頭で怒りの矛先は星に向かっていた。
過去の哀しみに、聖の顔は若干の窶れ跡があった。

「ち、違うんだ、これは……」
「黙ってろ。 お前が星に脅されて、仕方が無くしていた事は知っている。 おいっ! 星!」

怯えるナズーリンを窘め、再び祠に向かって叫ぶ。
反響した言葉は山彦となり、中へ吸い込まれていった。
小さく弱弱しく、言葉が返って来る。
間違いなく星の声。 何ですか? 悪びれる事も無く返って来た。

「あの時の封印を持ち出しやがって、さっきのお前の言葉は嘘だったのか? どうなんだ、答えろ!」
「……うふふふふ、あはははははははは……」
「もう許さねえ! お前とは絶縁だあああああああああああああああああ!」

村紗が怒りと共に松明を油溜まりに落とした。
火は星の笑いが反響する祠の中に向かって吸い込まれていく。
本来ならば止める筈の聖も、この時ばかりは止めなかった。 止める事が出来なかった。
鬼気迫る皆の表情を目の当たりにしたナズーリンは、星の笑い声が止まり、火が消える時まで微動だにする事は出来なかった。



死は、その者の罪を禊ぎ、罪を洗い流してくれる。 死して、すべての生物は平等となる。
だが、罪多き者は閻魔の前に連れ出され裁かれ、罪の過多によって極楽に行くか地獄に落とされるかが決まる。
いつからか、そう言われる様になり、地獄を恐れて一部の者は生活を改める事となる。

笑い声が止まり、火が消えた。 中には死体が一人分だけ残っていた。
死体の傍には異常に焼け焦げた箱が散乱しており、恐らくは火の届いた瞬間、中は超高温の灼熱地獄と化しただろう。

「……馬鹿野郎が……」

村紗がぽつりと零した一言にどれだけの思いがあったかは分からない。
怨恨、後悔、悲哀、様々な感情が混じっていたかもしれない。
生前は多くの恨みを買っていようと、仏をこのままには出来ない。
なにより、元本尊を無下に扱う事は寺の威信にかかわるだろう。

聖は魔法を使わず、素手で火葬の終わった星を抱き上げた。
暗く落とした顔色は何を考えていたのだろう?
火が消えたとはいえ、まだ熱い事に変わりはない。
人を呪わば穴二つとは、よく言ったものだ。 それも星本人が用意したものだから、皮肉なものである。
人一人が十分横になれる穴が寺の裏に用意されていた。
案内したのはナズーリン。 こちらもあらかじめ、星から指示されていた。

永久の別れ。 聖が死体を丁寧に寝かせる。
埋葬。 村紗と一輪が盛り土を被せていく。
弔い。 聖が経を唱え、響子が続いた。

純粋に弔える雰囲気はない。 ここに留まりたくなくなる空気しかなかった。
これから、星が好き勝手やった後片付けをしなければならないのだ。
仮の墓標が刺されると、ナズーリンを除く皆が片付けに奔走し始めた。

〜〜

星が亡くなり、百年余りが経過した。
彼女の墓に立派な墓石は無く、墓標の役割を果たす粗末な木簡が用意されているだけであった。
何度用意しても壊され荒らされてしまう。 いつからか、立派な物は用意されなくなった。
寺で聖が起きる頃には木簡が立てられ、線香と花が添えられている。
だが、寺の門が夕方に閉まった後には荒らされてしまう。
星に加担していた為、身の危険を感じたナズーリンは寺に立ち寄る事は無くなっていた。

当初こそ在家先に頭を下げて回る日々が続いたが、寺の方で手厚く葬ると提案すると皆は感謝した。
中には手を取り涙を流して感謝する者もいた。
信者の数は大分減ったが、それでも皆で協力して平和を祈り、作物を育て、暮らした。



ある日、人里の歴史結社の一員と名乗る妖怪が寺を訪問した。
特に疑う必要も無いと、聖は客を通した。

『以前の騒ぎで優秀な弟子を亡くしたとか……』
「不出来な弟子でした……ところで此度は当院にどの様な用件でしょうか?」
『此方に世話になっていた、上白沢慧音が先日亡くなりました』
「それは、ご愁傷様でした」
『それで今回の用件なのですが、彼女に起因します』

そこで、彼は絵巻を取り出し、聖に差し出した。
危害を加えられる気配はなく、魔術等が込められた様子も無い。
手に取ると目を伏せて、傍に置いた。

『亡くなる数か月前から、彼女は妖怪になりました。額に目が現れ、一対の角と山羊髭を蓄え、肩から背中にも三つの目が現れました』
「まるでハクタクの様」
『そして、一心不乱に歴史を綴り始め、作成した内の一つをこちらに渡す様厳命されました。何が書いてあるか、我々は知りません。 皆で見て下さい』

そう言うと、聖に目通り出来た事を感謝し、頭を深く下げて立ち上がった。
そして、聖に送られると、そのまま寺から去っていった。
見送る聖に影から様子を窺っていた皆が慌ただしく寄ってくる。
何があったか気になるのだ。

「広間に集まって下さい。 彼の言う事が何なのか、慧音さんが我々に伝えたかった事が何なのか見届けましょう」

この場に居る皆を広間に誘う。
渡された絵巻に何が書いてあるのか、一同は不安混じりにお互いの顔を窺がう。
聖は封印を外すと、絵巻を伸ばし先頭から読み始めた。
入り口には中の様子を窺う人影が一人、耳をそばだてて聞き耳を立てていた。

〜〜〜

昔々、ある所に地上の楽園がありました。
そこは柵で囲まれていました。
大きな鼠の住職を筆頭に雲を纏った猿、幽霊、虎、小さな鼠、トラツグミ、子犬、大狸が仲良く暮らしていました。
肌の色が違うだけで、いがみ合い、奪い合い、殺し合う、人間が見れば楽園に見えるでしょう。
何故ならば、違う種族同士が諍いも無く仲良く暮らしていたのですから。
争いの無い世界も長くは続きません。 外から争いがやってくるからです。

それよりも虎には気がかりな事がありました。
トラツグミと大狸が仲間の輪に入っていない事です。
皆に聞いても解決策は見つかりません。 ですが、その時に自分の姿が見えました。
自分の身体が大きいから、そこを退けば二人は輪に入れると思ったのです。
虎は大きな身体を動かし、自分の場所を空けました。
悲しくも辛くもありません。 ある筈がありません。
虎にとって、自分の場所は自分の場所では無いからです。
彼女の場所はこの寺なのですから、悲しい筈がありませんでした。

それでも、感情とは裏腹に目から溢れるものを止める事は出来ませんでした。



皆が虎から疎遠になり始めた頃、虎は寺を壊しました。
彼女には見えていたのです。 張りにヒビが走っていた事が見えていたのです。
床も同じでした。 鴬張りなど張る筈の無い寺で、それは空恐ろしい音が鳴っていたのです。
彼女にとっては都合が良かった。 これで後に戻る必要がなくなったから。

皆が怪我をする前にすべてを破損させました。
柱を折り、床を踏み抜き、像を割りました。
その所為で寺は大きな出費を支払いましたが、倒壊等の危険を被る事はなくなりました。
雲を纏った猿はその事を知りません。 虎が知らせなかったからです。



ある日、大狸は皆の為に大量の茸を採ってきました。
それを、豆や野菜と煮込んで鍋にすれば、多くの者と楽しむ事が出来ると考えたからです。
知識が豊富で可食植物に明るい大狸は次々と茸を狩りました。
その中に良く似た猛毒茸が紛れている事に気が付けなかったのです。
可食茸と非常に似通っていたからです。
彼女が悪い訳ではありません。 誰が悪い訳でもありません。

同じ時、人々の住む里では乾いた風が吹き荒んでいました。
人々は風と同じ乾いた咳をしていました。
大鼠の住職は自分を信ずる在家の家を訪れては病人を看護した。
持参した薬を煎じて飲ませ、それを何件も繰り返しました。

寺では虎が暴れていました。
鍋をひっくり返し、大狸を威嚇していたのです。
大鼠の住職が割って入り、その場は一応とりなされました。
虎には見えていたのです。 鍋から覗く猛毒の悪魔が。

虎は泣いていた。 愛すべき者に手を掛けねばならない事を。
虎は泣いていた。 皆から敵対され、愛すべき者と決別しないといけなかったから。
虎は泣いていた。 顔に出さずに泣いていた。
生きていようとは思わなかった。 皆に病に効く薬草を食べさせようとも自分は食べなかったのです。
病に侵されて力尽きる事こそが、皆を欺き続けた罰だと思っていたから。



月明かりの下、大鼠の住職と虎は話しをしました。
住職は虎を糾弾しました。 むやみやたらに人を殺した事を咎めました。
しかし、他の誰にも見えていませんでした。
藪の中に潜み、血を求めて鈍く光る匕首の姿が見えなかったのです。



里に病が蔓延した時、寺には多くの人が集まりました。
人々は苦痛に生きるより、安楽の内に死ぬ事を願いました。
大鼠の住職なら苦しんでも良きよと、希望を持つよう言うでしょう。
事実、在家回りの時に希望を持つ様に言い続けたのです。

ですが、それも限界でした。
彼女が里を回らぬ内に状況が変わったのです。
多くの人が死にました。 あちこちで煙が上がっていました。
若い人々は皆が飲んだ薬草のおかげで生き延びた者も多かったのです。

それでも死を免れない人は多くいます。
虎は最後にもう一回だけ皆を欺く事にしました。
身体が鉛の様に重い。 もう横になって目を瞑りたい。 床に就いて、そのまま眠ってしまいたかったのです。

鼠は皆を封印します。 少しの間、皆を足止めできれば良かったのです。
すべては虎から命じられた通りです。

虎は殺到する人々を殺戮しました。
頭を潰しました。 頭を砕きました。 首を折りました。 首を刎ねました。
延髄を壊しました。 心臓を貫きました。 首を掻っ切りました。
殺し。 殺し。 殺して。 殺して。 殺しました。
病に染まった鮮血は、病に蝕まれ弱った虎を更に弱らせました。

虎は弱った体を引きずり、洞穴に隠れました。
すべての後始末が容易に出来る様、準備はしてありました。

虎は自分がもう一日も生きていられない事を知っていました。
そのとたん、涙が溢れてきました。
こんな方法でしか恩を返せない悲しさに泣きました。
声を上げずに泣きました。 もう戻れない事に、友に再び会えない事に……。
時間の感覚は既にありません。 ただ、火が上がるまで後悔を続けるだけでした。

外から声が聞こえます。 幽霊の声です。
裏切られた事に酷く腹を立てているようです。
枯れたと思った目から再び涙が溢れました。
あれだけ裏切り続けた彼女に対して、まだ怒ってくれていたからです。

虎は笑いました。 泣いている事を気取られぬよう笑いました。 もう心は決まっていました。
最後まで悪役を貫かねばならないと思いました。
泣きました。 でも、笑っていました。
このまま、皆に知られない内に悪のままで死んで行ける事を喜び笑いました。
友が病に苦しむ自分を助けてくれる事を喜びました。

炎に包まれ、虎は体が癒されていく気分がありました。
灼熱の炎に肌を肉を心身を焼かれ、呼吸より入った炎が内部を焼き、苦痛に苛まれている筈なのに、表情は安堵に包まれていました。
友の手向けは彼女に浄化を与えているようでした。

やがて、動かなくなった彼女は最後に自分の居なくなった柵の中で皆が手を取り合い、平和に暮らす幻を見て、息を引き取りました。
無論、その輪の中にトラツグミと大狸の姿もありました。

作、上白沢慧音

〜〜〜〜

「何という……何という事じゃ」

多大な衝撃を受ける一同の中でマミゾウが最初に声を絞り出した。
顔を手で覆い、天を仰いで自分の不明を嘆いた。

「どうして、言ってくれなかったの……」

手を合わせて、呟く聖は言葉とは裏腹にずっと信じてやれなかった自分の不明を恥じた。
それと同時に封印された時の事を思い出した。
その時の星の顔が思い起こされる。 一方的な被害者と時折思っては払いのけていた、あの時の顔が思い起こされる。
加害者であった星の顔は、あの時、確かに悲しみに包まれていたと。

「馬鹿、野郎が……」

直接手を下し引導を渡した村紗は手を握り締めて、悔しさに歯噛みしていた。

「どうして、そんなに苦しんでいたんだよ! 何で相談してくれなかったんだよ!」

どう叫ぼうとも、もはや手遅れであった。 過ぎた時は戻らない。
もし戻ったとしても、どの面を下げて星と対面出来るであろう。

響子はぬえに抱き締められ、大泣きをしていた。
一輪は自身の行いに恐怖を覚え、ガチガチと歯を鳴らして怯えていた。
そんな一輪を雲山はしっかりと支えていた。



一方の入り口付近では静かにすすり泣く声が聞こえていた。

「良かった……本当に良かった」

立ち聞きをしていたナズーリンは、星の行動が正しかった事を喜びうれし涙を流していた。
疑問に思いながらも従った事、毘沙門天が正しかった事、そして、星の名誉が復活した事。
すべてを喜んだ。
この百余年、毎日欠かさず墓を綺麗にして弔った事が無駄にならずに済んだのである。

〜〜〜〜〜

麗らかな風のそよぐ日、ナズーリンは寺の広間で転寝をしていた。
傍には毘沙門天の書状と思われる書が転がっている。

寺の門はある日を境に閉じられ、信者達は一時的、もしくは永遠に命蓮寺と別れる事となった。
聖と幾人かの弟子は、人を信じられなかった事を恥じ、修行に出て行った。
ナズーリンが、転がっている書を見せても、頑なに聖は修行に出ると言い、言い直す事はなかった。

「おっと、眠っていたか……しかし、あの時と同じだな……」

あの時は、皆が封印され、残った星とナズーリンは千余年を二人で過ごした。
今度は、皆が出て行き、ナズーリンが百余年、主人の帰りを待っている。
残った者と言えば墓守となった小傘だけだ。

再び書に目を移す。 本当の事だと解っていても、にわかには信じられない。
もう何度見たか解らない。 穴が空いても可笑しくない程に見ていた。
中には毘沙門天からの知らせが書かれていた。

曰く

[この者の積まれた功徳、山を凌ぎ、この者の温情、海よりも深い]
[その功、多大にありて、ただ悪戯に輪廻転生を繰り返す事忍びない]
[よって、毘沙門天の代理を解任し、幻想郷の毘沙門天に任命せし]
[死後、仏界にて更なる苦行に耐え、修行が終わりて後、着任する]
[毘沙門天代理監視役ナズーリンは、彼の者の着任を以って幻想郷毘沙門天補佐に任命する]
[毘沙門天]

見終わって、彼女は昔を思い浮かべた。
自分が皮肉に言った事を思い出したのだ。

「余計な事はすべきではないか……我ながら皮肉が効いている。 余計な事をしなかったから、後悔した今があるのだからな」

この百余年、後悔のしっぱなしであった。
もっと主人を信じていれば、この様なことにならずに済んだ。
行動していれば、相談に真摯に応じていれば、皆が後悔をしなかったかもしれない。

ナズーリンは宝塔を抱き締めると、座ったまま転寝に戻った。

〜〜〜〜〜〜

銀の髪、髪には黒い縁取り。 青を基調とした服装。
虎の様な、神の様な独特の雰囲気を醸し出している。
中性的で美しい顔立ちは、性別の隔てを超えていた。
片手に持った槍を杖代わりに、寺の長い階段を登っている。

彼女が戻れば、寺は昔の様に戻るであろう。
他ならぬ、財宝が集まる程度の能力を持つ者が戻るのだから。

固く閉ざされた寺の門に至り、緊張からか、それとも疲れからか、息を整える為に一呼吸置いた。
少しの時間の後、意を決して門を叩いた。

「すみません、寺の関係の者に会いたいのですが」

〜〜〜〜〜〜〜

昔々、聖白蓮は妖怪を匿う悪い魔女として人間に迫害され魔界に封印された。
仲間の妖怪も例に漏れずに同じく封印された。
身分を隠していた星とナズーリンはその難を免れた。
時は過ぎ、千余年。
村紗と一輪は封印された地から逃げ出し、星達と合流した。
皆は一つの目的の為に協力し、そして、聖を助け出した。

寅丸星は皆の意見を聞かぬ悪い妖怪として仲間の妖怪から糾弾され、結果亡き者とされた。
最後まで疑問を持ちながらも協力したのはナズーリンだけであった。
時は過ぎ、百余年。
墓は荒れに荒れた。
彼女が行った事は良かった事か当事者達には解らない。
だが、天は彼女が歴史に埋まる事を許さなかった。

近い未来、毘沙門天の化身と成った彼女は皆を探し出して和解するであろう。
財宝が集まる程度の能力が、待つ仲間と別れた仲間達を再び出会わせてくれるのだから。
ここまで読んで頂き感謝します。
タイトルの通り悪役の星ちゃんでした。楽しんで頂ければ幸いです。

採点期間終了につき、コメント返信。

匿名評価ありがとうございます。

>1様
踊れ踊れ

>NutsIn先任曹長様
結果は大勢の人を救ったのです。光の下に戻れない訳がありません。

>3様
そこがミソです。悪役であって、外道ではないのです。

>4様
旧読みは、せうちゃんですよ。え?星を読んだだけ?

>ギョウヘルインニ様
ここぞで発動するは毘沙門様の加護です。
ナズーリンも主人の前ではマウスエチケットを学ぶべきです。

>8様
彼女は良い人です

>9様
星ちゃんは戻りました。皆を連れ戻し、元に戻るのはもうすぐです。

>穀潰し様
ありがとうございます。もう自分を偽る必要は無いのです。元の星ちゃんに戻るだけです心配はありません。

>pnp様
聖の為に一致団結するぐらいですから。

>んh様
初めからこういう話になると決めていたので、隠しきれなかった様です。

>あぶぶ様
ドヤ顔星ちゃん可愛い。

>県警巡査長様
お節介過ぎた事が原因でしょうか。ただ、見て見ぬふりが出来なかった事も彼女らしいと思いました。
まいん
https://twitter.com/mine_60
作品情報
作品集:
10
投稿日時:
2014/05/18 10:28:57
更新日時:
2014/06/22 00:23:47
評価:
12/14
POINT:
1160
Rate:
15.80
分類
産廃創想話例大祭B
命蓮寺
悪の星ちゃん
6/22コメント返信
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 60点 匿名評価 投稿数: 2
1. 80 名無し ■2014/05/18 21:55:03
まい
2. 100 NutsIn先任曹長 ■2014/05/20 06:50:05
柵から飛び出し大暴れした虎。
不器用な虎は暴力によってでしか、
自分が嫌われ者になることでしか、
大勢を救済する事ができなかった。

闇に葬られた虎が、光に蘇る日は近い。
3. 100 名無し ■2014/05/23 23:29:46
外道かと思ったら聖人だった星ちゃん大好き
4. 80 名無し ■2014/05/24 13:25:10
せいちゃん
5. 100 ギョウヘルインニ ■2014/05/25 22:08:43
幻想郷では死んで、はい、お終いではなくいつまでも続くのですね。
ナズーリンの息は臭い。
8. 100 名無し ■2014/06/02 00:05:19
星ちゃんいいやつ
9. 100 名無し ■2014/06/08 16:34:44
星ちゃんが早く帰ってくるといいね
10. 100 穀潰し ■2014/06/17 01:52:47
読み終えた後に、ほう、と思わずため息の漏れる綺麗なお話。
でも星ちゃんが聖人すぎてどうなるか怖い。
11. 70 pnp ■2014/06/18 12:33:50
やはり星勢はすばらしいんやなと
12. 80 んh ■2014/06/20 20:26:58
読み応えがあっただけに途中で星ちゃん良い奴オチだって分かっちゃったのが残念だった
13. 90 あぶぶ ■2014/06/21 19:27:34
星ちゃん「漸く分かってくれましたね・・・私が悪役を演じていた理由(ドヤ)」
14. 100 県警巡査長 ■2014/06/21 21:32:32
星ちゃんは親切、しかしそれ故の弊害に苦しむというのを痛感しました…。
この物語を読んで「性善説」や「性悪説」は妖怪にも当てはまるものだろうか、と感じました。
名前 メール
評価 パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード