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『獣』 作者: 日々の健康に一杯の紅茶を
昼間でも薄暗い森の中をマミゾウは力の限り駆けていた。
何時もの飄々とした様は微塵も残らずただひたすらに、無心に、不様に、決死に、全力で駆けていた。
背後から来る何かから逃れるために。捕まらないために。少しでも距離を離すために。
最早いつから追われていたのかそれすらも思い出せぬほどにマミゾウの全精力は駆けることに集約されていた。
ただ分かることはこの背後から追いかけてくる途轍もない何かに追いつかれたらろくでもないことになるという事だった。
時折部下の化狸が側によってくるのに対して指示を飛ばしながらマミゾウはひたすらに駆け続けていた。
指示の内容はいたって簡単、『引き付けるから違う方向に逃げろ』
マミゾウは全力で囮になり背後から迫りくる何かを引き付けていたのだ。頭領の義務だった。
マミゾウよりも若く足の速い化狸も何匹かはいる。
にもかかわらずマミゾウが老体に鞭打って囮となっているのは長年生きてきた知恵、目を瞑ってでも歩けるほどに覚えこんだ幻想郷の地形、妖怪の駆逐された外の世界ですら生きていけるほどの老獪さに裏打ちされた自信からだった。
しかしマミゾウは本当に囮になっていたのだろうか。
これほどの恐ろしいもの追われてなおその狡猾な知恵袋は保身と言う甘い誘惑に屈しなかったのだろうか。
実際の所は誰にも分からない。今考えることでもない。だが可能性は大いに存在する。
結果として引き付けてしまっただけで本当の所はただ逃げていただけではないのか。
あるいは、あるいは仲間を囮にし自らは逃げ去ろうとしているのではないだろうか。
しかしそれで彼女を責めることは出来まい。
それ程に大きく、強く、おぞましいバケモノに追われていたのだ。
やがて夜が訪れる。
長きに渡る逃走がマミゾウの理性を、精神力を、恥じらいを削ぎ取っていく。
人間社会で生きていくために染み込ませるようにして手に入れてきた習慣がボロボロと零れ落ちていく。
帽子が吹き飛び、服が枝に引き裂かれ、眼鏡をかなぐり捨て、命の次に大事な手帳も放り投げ、下駄を潰すほどに大地を踏みしめ駆けていく。
やがて文明が失われ太古の時代の野生が目を覚ます。
透き通るような柔肌には鍛え抜かれた刃をもはじく剛毛が逆立った。
手足の爪は眼前に立ちはだかる障害物を引き裂き破壊せんがためにその爪は太く長く肥大化し触れただけで手が裂けるような鋭利さを備えていった。
眼は爛々と地獄の炎のような光を放ち耳は鋭くとがった。
妖力の象徴たる尻尾は一層巨大化し逆立った毛は岩のような頑丈さで覆っていた。
巨大な足は風のごとく森を駆け抜けしかも足跡を残さないほどに静かだ。
眼前に立ちはだかる大木を紙のように引き裂くその姿はまさしく大妖怪そのものだった。
もはやマミゾウの思考からあらゆる思考が消え去りただただ駆けることにのみその全力は尽くされていた。
速さを追い求め更に体が変化していく。最早マミゾウの面影は無い。
やがて背後の何かを引き離し始めた時ふとマミゾウだったものは我に返る。『何故駆けているんだ?』
茂みを掻き分けるとそこには月明かりを受けてきらめく沼が広がっていた。
マミゾウだったものはそこで移動を止める。凄まじい速度からの急停止にもかかわらず地面には一つのあとも残っていない。
背後から追ってきた何かも足を止める。
マミゾウだった何かは沼に写る2つの影を見比べる。そこには同じ姿の何かが映っていた。
湖に近いマミゾウだった何かが向き直り背後から追ってきたものと対面する。
マミゾウは全てを思い出した。
獣に化けた事を、化けた事を忘れていたことを。
自分は背後の何かと同じ存在であることを。
理解した瞬間その喉の置くから幻想郷中に響くかのような絶叫があふれ出した。
書き溜めておいた獣化短編集から。ちょっと(ダクソ2で)忙しいので短めで。神の芋っぽいマミゾウさんが1番好きだったりする。
日々の健康に一杯の紅茶を
- 作品情報
- 作品集:
- 10
- 投稿日時:
- 2014/05/22 16:03:06
- 更新日時:
- 2014/05/23 01:03:06
- 評価:
- 8/10
- POINT:
- 670
- Rate:
- 12.64
- 分類
- 産廃創想話例大祭B
- マミゾウ
日々の健康に一杯の紅茶を先生の次回作に期待。
いつまでも逃げ続けてる訳だよ……