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『産廃創想話例大祭B『道具の幸せ』』 作者: んh
袖をまくると雷鼓姉の綺麗な腕が露わになった。スタイリッシュなジャケットの下に隠された瑞々しく、なよやかな肌。
「やめてよ八橋、くすぐったい」
腕を引き抜かれる。はっと我に返った。思わず撫でてたらしい。
「ゴメンよ雷鼓姉。惚れ惚れしちゃってさ」
「ふざけないの」
笑いあう。そんな雰囲気には似つかわぬ鋭利な刃物が、私の手には握られている。
「じゃ、ちょっと痛いかもしんないけど、いくよ」
軽い口調のまま、刃を柔肌に添わせた。「あんまり深くやらないでよ」と返す雷鼓姉にも、笑みは残っている。
「大丈夫だよ。妖怪の体って治癒力高いもん」
「それでも痛いことは痛いの――っぅ!!」
「へへへー、隙ありー」
白い肌がたちまち血でにじむ。結構深く刃が入ったのか、圧迫しても流血が止まる気配がない。肘から床へ伝う血に、雷鼓姉は苦笑いで私を見やる。いたずら好きの妹には困ったものね――そう言わんばかりの優しい眼差しだった。
そう。これは敬愛する姉との、秘密の時間。
*
私には二人の姉がいる。一人は弁々姉さん。付喪神になった頃から一緒にいて、ずっと良くしてもらった。もう一人は雷鼓姉。この人は私にとっても弁々姉さんにとっても命の恩人だ。雷鼓姉がいなければ、私たちは今ごろ普通の道具に戻っていただろう。お調子者の私と違って、二人とも大人っぽくてかっこいい。つまるところ自慢の姉だ。
「おはよう弁々、今日の朝ご飯何?」
「ちょ、ばかっ。いきなり抱きつくんじゃないよ……」
そして二人の姉は、恋人同士でもある。
「八橋だって見てるってのに」
「いいじゃない、あの子からもお墨付きはもらってるんだし」
「そーそー。気にせずイチャイチャしてもらちゃってぜーんぜん構わないから」
告白は雷鼓姉の方から。正しく言えば、弁々姉さんの気持ちに気づいた私が、雷鼓姉に告白するようアドバイスした。姉さんは色恋沙汰に関してはとんと奥手だし、雷鼓姉も頭良いくせに惚れた腫れたには案外鈍いところがある。お墨付きどころか、ほとんど私がくっつけたようなもんだ。
だから二人が仲良さそうにしてるところを見るのは嬉しいし、誇らしくさえも思う。二人には、なんとしても幸せになってほしい。それが不肖な妹の願いだ。
「その手、どうしたんだい?」
あ、姉さん気づいてくれた。うまくいきますように。
「ああ、昨日弾幕ごっこしてた時当たっちゃってね」
「もう……なにやってるんだか。待ってなよ、今薬箱持ってくるから」
「いいって。こんなの妖怪の体ならすぐ治る」
「だからってそのまんまって訳にはいくもんかい」
そう言って、姉さんはいそいそと隣の部屋へ走っていった。
「うまくいったね」
「まだ分からないじゃない」
「大丈夫だって」と言って、私は席を立つ。「じゃあお邪魔虫は去るとしますか。しっかりやるんだよ」
頬杖の上で苦笑いする雷鼓姉に手を振って、私はスキップで台所を出る。このまま外でもぶらついてた方がいいんだろうけど、やっぱり気になってしまう。結局内なる誘惑には勝てず、裏口の小窓からそっと様子を見守ることにした。
「あら、八橋は?」
「あの子なら遊びに行くって出かけてったよ」
「まったくもう、お椀の片づけもしないであの子は」
と言いつつ、弁々姉さんは傷が気になって仕方ないようだ。雷鼓姉に寄り添うように腰かけると、まじまじと患部の具合を見つめる。
「ああ、なんてこと……」
昨晩あれほど深くつけた傷は、もうほとんど塞がっていて、わずかな赤みが残る程度だった。それでも姉さんは傷を指先でさすってはため息をつき、苦悶の声を漏らす。そして、傷痕にそっと唇を添わせた。
ずっと気恥ずかしそうにしていた雷鼓姉は、瞬間びくっと手を引っこめた。夢から覚めたように見つめあう二人。
「無理は、してほしくないんだよ」
吐息のような姉さんのつぶやき。さっきまでとは別人のよう。
「大げさねえ。こんな怪我ぐらいで」
「でも、嫌なの……大好きな人が、こんなことするの――」
雷鼓姉の腕が姉さんの顔を持ち上げて、そのまま物言わず口を塞いで……ああ、完璧なタイミング。さすが雷鼓姉。
「だめ……」
「いいから」
形ばかりの抵抗を見せた姉さんも、たちまち愛する人の腕の中で従順な女へと変わっていった。深く、優しく互いを求めあう二つの唇。
これ以上覗くのは野暮が過ぎるだろう。姉さんたちの幸せな姿が見られれば、私はそれで十分なのだ。
*
「なんで、キスで終わっちゃうかなー」
「いくらなんでも朝っぱらからはないでしょ」
雷鼓姉と作戦会議を練るのは基本夜、雷鼓姉の部屋と決めている。いくら妹でも、雷鼓姉とおおっぴらに内緒話するのは弁々姉さんに申し訳が立たない。
「そもそも、まだそういう関係にはなってないんだしさ」
「雷鼓姉はのんびりしすぎー。女ってのはねぇ、好きな相手には押し倒されたいもんなんだよ、やっぱ」
「私だって女よ、これでも」
「そうだっけ?」
首をすくめた雷鼓姉に、私は調子よく続けた。
「女って言ってもちょっと違うんだよ。分かるでしょ。姉さんって、はすっぱに構えてるくせに中身は乙女なんだから。雷鼓姉がガンガンリードしてやんなきゃダメ」
「そんなもんかしら」
「そんなもんなの」
私はぴょんと椅子から立ち上がると、雷鼓姉に上着を脱ぐよう促した。
「やっぱりまたやるの?」
「当然。雷鼓姉も実感したでしょ、姉さんって、傷痕を見ると途端に乙女モード発動するんだよ。たぶんあれだね、母性本能が刺激されるんだろーね」
「だからって、姉のために怪我してくださいって恋人に頼む妹はいないと思うわよ」
「いいじゃない、擦り傷切り傷くらいで女を落とせるんなら安いもん安いもん。さあ、シャツも脱いで」
「全部脱ぐの?」
「毎度腕ばっかじゃ芸がないじゃん。あ、下着はいいよー」
雷鼓姉は渋々Yシャツを脱ぎ出した。細身の腰つきながら、必要な部分にはしっかり肉がついている。同性として、素直にあこがれる肢体だ。
私はベッドに雷鼓姉をうつ伏せにさせると、用意しておいた鞭を取り出した。狙いは腰のあたり、名づけて「いざ事に及ぼうと服を脱いだら傷痕が出てきて、姉さんたちまちメロメロ作戦」だ。
「そんなの使うの?」
「二日続けて切り傷ってのも変かなと思って。弾幕ごっこの傷ってごまかすんなら、痣の方がそれっぽいし」
そう説明してから動かないよう告げる。なんせ私も鞭を振った経験なんてない。自然と手に力が入る。
「つっ!」
「ごめん! ……強すぎた?」
「大丈夫よ。もういい?」
「あ、ちょっと待って」
見ると薄皮がほんの少し裂けているだけで、腫れは薄いようだ。
「もう一回いい?」
「はいはい」
「ごめんね、すぐ終わらすから」
とは言ったものの、鞭は存外扱いづらく、何度やっても思い通りの傷をつけられない。次第に焦りが募る。
「ん……あっ……」
ムキになって鞭を振り回していた私を正気に戻したのは、そんな間の抜けた声だった。まじまじと声のした方を見つめる。雷鼓姉は目で謝っていた。
「ぷっ、くくく……何今の声、ぷはははっ!」
「違うわよ、ちょっと声が裏返ちゃっただけで――」
「いーや違った! 今のは絶対喘ぎ声っぽかった。だって『あん♪』だよ? ぷくく……『あん♪』って……」
笑いが止まらなかった。それまで焦りで追い込まれてたせいか、くだらないことだって分かってるのに腹を抱えてしばし笑い転げた。
「いつまでも笑ってんじゃないの。それよりもういいの?」
「ああ、そうだったそうだった」
腰を見たらずいぶんと赤みが広がっている。「やりすぎちゃった」と舌を出すと、雷鼓姉から「もう……」と呆れられた。でも言葉ほどの怒りは表情にない。いつもと同じ、不肖者の妹へ向けるそれだ。
だから私も変に重たい空気にならないよう、めいっぱい茶化した口調で返した。
「いやー、でもまさか雷鼓姉がMだとはねぇ。今度姉さんに言っとかなきゃ」
「それ以上からかうと本当に怒るわよ」
と、雷鼓姉がげんこつを構えたので、私は慌てて「ごめんごめん」と拝む格好を作った。
*
結論から言うと、初めてのSEXは上手くいったらしい。雷鼓姉からそう教えてもらった。私も一から十まで知りたい訳じゃない。だから深くは聞かなかった。
初夜の後も、私は雷鼓姉に傷をつけ続けた。もともと仲を深めるきっかけになればと思っただけで、長く続けるつもりはなかった。でも雷鼓姉から頼まれたら断れない。なんでも傷があるとないとじゃ、弁々姉さんの反応が段違いなんだそうだ。正直そこまで極端とは思ってなかったからびっくりした。
「はい、もういいよ」
と、私はいつものようにうつ伏せの雷鼓姉に声をかけた。
「……もういいの?」
雷鼓姉は意外そうだった。そういえば最近、鞭の使い方がどんどん上達してる気がする。それが良いことなのかは分からないけれど。
「もう十分だよ。ほら、二つもあるんだよ」
「でも、もうちょっとしっかりつけておいた方がいいんじゃない?」
「そんなに目立ったら逆に変だって」
私はからからと笑い飛ばす。ここのところは傷のつけ方にも注文が飛んでくるようになった。それだけ姉さんを喜ばせたいという思いがあるのだろう。
うまくやってねと一声かけて、私は着替えが済むのを待たず雷鼓姉の部屋を出た。
「おや、めずらしいね」
思いもよらぬ呼びかけ。廊下には姉さんがいた。
「何してたんだい?」
「あ、いや、今度のセッションで相談したいことがあって……それで」
やばい、明らかに怪しんでる目だ。ただでさえ雷鼓姉は着替え中。絶対に部屋へ入れるわけにはいかない。
「それよりどう、最近雷鼓姉とは」
とっさに訊いた。姉さんは恥じらった表情を見せる。
「そりゃ、好くしてもらってるよ」
「へぇー。じゃあさ、二人きりの時ってなんて呼びあうの?」
「ばか、そういうことを訊くもんじゃないよ」
「だってー、姉さんって私の前じゃなかなか雷鼓姉とイチャつかないからさー。ちょっと不安になっちゃって」
「私はいいんだよ。それより、お前はどうなんだい、あの人と」
なんだか妙に含みのある訊き方だった。
「いやだなぁ、今さら改まってそんなこと訊かれると」
返事はない。嫌な予感がした。こういう姉さんは、あまり見覚えがない。
「ちょっと、私の部屋に来てくれないかい。話したいことがあるんだ」
私は「はい」とも「いいえ」とも答えられなかった。ただ怖さから頷いてしまったらしい。
姉さんは軽く頷くと、無言で踵を返した。私も黙ったまま、その後ろに引っ付いて廊下を進む。見えない縄で引っ張れているような感じだった。何かが終わってしまうような予感が、他人事のように頭をよぎる。そんな体それたことはしてないはずなのに。
姉さんの部屋に入るのは久しぶりのように感じた。ここのところ雷鼓姉のところばかり行ってたから。並んでベッドに腰を落とす。雷鼓姉と愛を語らったであろうベッド。そこに姉さんと座っていると、何故だかひどく罪深いことをしているように感じた。
「あの人ね、ここのところ生傷が絶えないんだ」
ぎくりとする。
「……ああ、そうだったね。こないだ私も見た」
「あんたが、つけたんじゃないのかい?」
姉さんから真っ直ぐ見つめられて、たちまち頭が真っ白になった。ダメだ、何か言い返さないと。
「いや、そんなことは……ああ、もしかしたら弾幕ごっこの時かな? 最近よく雷鼓姉と遊ぶから、その時のかも」
「……いいんだよ」
ぎゅっと抱きしめられる。伝わる姉さんの温もり、それがたまらなく怖かった。汗ばんだ頬や伝わる鼓動で、何もかもが露見してしまう気がしたから。
「姉さんは分かってるから。だから正直に話しておくれ。あんた、あの人のこと憎んでるんだろう?」
「……え?」
姉さんは何を言ってるんだ?
「私が悪いんだよね……淋しかったんだよね、だから」
「いや、ちが――」
「いいんだよ、何にも言わなくて、ごめんね、んぁっ、ダメな姉さんで本当にごめん……」
頬を伝う生ぬるい感触。姉さんの舌だった。胸に抱きしかれて、顔中を舐められる。口の中に入ってくる。吐息が熱い。
「ああ、優しい八橋。んちゅっ……私のために……んんっ♪ ごめんね、辛い思いさせてごめんね……」
「やめてよっ!!」
押し剥がした。我慢の限界だった。おかしい。姉さんは、さっきから一体何を言ってるんだ?
そんな、雷鼓姉に見せるような惚けた顔して、いったい何がしたいんだ?
「どうしちゃったのよ? もう意味分かんないわよ……私はただ、姉さんたちに――」
「泣かないで八橋、はぁ……ん、ごめんね……全部姉さんが悪いんだから」
「だからやめてよっ!!」
私は泣きはらす姉さんを突き飛ばして部屋を出た。
廊下を駆ける。頭の中はぐちゃぐちゃだ。あの姉さんは一体誰だ? 私はたぶん悪いことをした。でも姉さんが考えてるようなことはしてない。私は雷鼓姉が大好きだし、尊敬してる。ただ二人の幸せを願ってただけなんだ。断じて二人の仲を疎んでなんかいない。そんなはずはない。
涙があふれてきた。たまらない孤独感が押し寄せてくる。こんな時、私がすがれる相手は一人しかいない。無我夢中でさっき来た道を戻った。
「雷鼓姉!!」
雷鼓姉はベッドの上に座っていた。服をはだけたまま、まるで私が戻ってくるのを待ち構えていたような居ずまいで。
「その顔からして……あの子と話して来たんだね?」
「どういうことなの……?」
雷鼓姉は答えをもったいぶった。いつもと違う、ちっとも優しくない薄笑いを浮かべながら。
「早く答えてよ! 何があったの? なんで姉さんは、姉さんに何を言ったの!?」
「大したことじゃないわ。ただ、あんたに傷を付けられたことがあるって一度話しただけ」
あっけらかんとした告白に、頭を殴られたような気分がした。
「なんで、それは内緒だったはずじゃ……なんでそんなこと――」
「それは、八橋に私の気持ちを知ってほしかったから、かな」
雷鼓姉はそう言って立ち上がると、私の前まで歩み寄った。
「あの子と話してびっくりしたでしょう? 私も同じだった。初めて結ばれた夜、あの子の正体に触れたの。八橋の付けてくれた傷を見ながら、同じように愛されたの」
そして、私の涙と姉さんの唾液でべちゃべちゃになった頬を撫でまわし始めた。
「あの子にはね、お気に入りの妄想があるの。愛している人が、その身を投げ打って自分を守ってくれているっていう妄想。そう、あの子は自分の妄想に沿ってでしか、誰かを愛せないのよ」
さっきから何を言ってるんだこの雷鼓姉は? ……違う。こんなの、雷鼓姉じゃない。
「もちろん最初は戸惑ったわ。どうすべきか悩んだ。でも私は受け入れることにしたの。あの子の妄想を、愛し方を。だって私はあの子を愛してるんだもの」
弁々姉さんはそんなことしない。そんな人じゃない。やめろ、もう聞きたくない。しゃべるな、お前は誰だ?
「でもね八橋、私気づいちゃったの」
それでも目の前に居るのは紛れもなく雷鼓姉だった。優しくて、頼もしくて、かっこいい雷鼓姉が、全然違う顔して立っていた。
「気、気づいたって……何に――」
唇をふさがれる。雷鼓姉の舌が入って……やめてっ。
「ん! んん……んぶっ、ゃだっ!」
「ふふっ、それはね、私が愛してるのはあの子だけじゃないってこと」
ダメだ。その甘い囁きは、弁々姉さんに捧げられるべきものだ。違う、私にじゃ――
「八橋に傷つけられて、気づけたの。結局自分は道具なんだって。叩かれて、乱暴に扱われて、壊れるくらいにされるのが一番幸せなんだって。そう、八橋のおかげで思い出せたのよ……」
ひざまずかれる。私を見上げる雷鼓姉は、完全に女の顔をしていた。
「だからね、八橋には私の"持ち主"になってほしいの。ね、私をいくらでも好きにしていいから……代わりに八橋にいっぱいご奉仕するわ……お願いよぉ」
足元にすり寄られて、腰回りを撫で回される。膝にキスされる。恋人みたいに情熱的に。
「な、何言ってんの……? 意味分かんないよ。さっきからみんなおかしいよ。今だって姉さんのこと好きだって――」
「おかしくなんかないわ。あの子は恋人、八橋はご主人様。あの子とは別れない。本当に愛してるんですもの。それにね、これはあの子のためでもあるの。大事な妹が、自分のために愛する人を虐げ、愛する人は自分のために妹の暴力に耐える。あの子にとっては、これ以上ないくらい幸せなシチュエーションに違いないわ」
指をつかまれる、しゃぶられる。ペチャペチャと犬みたいに這いずる舌の感触を、頭より先に体が拒否した。
「やめてよっ!!」
振り払った雷鼓姉は、ベッドの角に頭をぶつけて床に倒れこんだ。鈍い音が部屋に残響する。
「あ……ごめ、雷鼓姉――」
「あ、い、イイのぉ……♪」
返ってきたのは悶え声だった。雷鼓姉はこめかみから血を垂らしながら、股ぐらに手を突っ込んでよがっていた。
「そう、こうされたかったの……♪ もっとぉ、八橋ぃ、もっとしてぇ……」
「あ……ぁぁ」
腰から崩れ落ちた。雷鼓姉は四つん這いで近寄ってくる。流血に彩られた、ギラギラ光る目。獣みたいな吐息……違う。間違ってる。こんな奴は雷鼓姉じゃない!
「来るなっ!!」
発作的に、"そいつ"の頭を蹴りあげた。
「ひゃぅ♪」
「気持ち悪いッ! 近づくな!! かえせっ、お前なんか知らないっ、私の雷鼓姉を返せっ!」
「ひゃん♪ そう、これ、これよ! ずっとこうされたかったの♪ ぶごっ! こうやって、あぎっ、あの子じゃこうしてくれうげっ! 八橋じゃないとダメなのぉっ♪」
「私の雷鼓姉を返せッ! 弁々姉さんを返せっ! 私の大好きだった姉さんたちを返せよぉッ!!」
気づいた頃には、ボロ雑巾のようになった女が目の前にいた。さんざん踏み潰した白い肌は隈なく青黒い斑模様に彩られ、小刻みに震えている。それは下着のはだけた胸も同じ。足痕がくっきりと残った形の良い乳房の上には、固く膨らんだ乳頭が見えた。下には水たまり。漏らしたらしい。
雷鼓姉は仰向けに寝転がったまま、眼を私の方へ向けた。そして私によろよろ手を伸ばしながら、囁きかけた。ろれつの回らぬ口ぶりは、蹴られた衝撃のせいではなく、何度も絶頂に達したせいだった。
「大丈夫よ……心配しなくていい。あの子に、弁々に申し訳ないって思ってるんでしょう? んっ……♪ 全部、話してごらんなさい。あの子はきっと、貴女のこと受け入れてくれる。私たちの関係を認めてくれる。あの子にとって私たちは、自分の妄想を叶えるための道具でしかないんだから。
そう……道具。私たちはしょせん道具なの。何かに依存しなきゃ生きていけないのよ。だから八橋も私たちを道具だと思えばいい。貴女の願う幸せな姉、幸せな家庭を演じてくれる道具だと思えばいいの」
伸びた手が触れる。おぞましい感触に全身が慄いた。
「触らないでっ」
「あっ……♪」
雷鼓姉は拒絶されたことに快感を覚えていた。
*
その夜は一人部屋に立てこもった。ベッドの隅にうずくまって、今日起こったことを必死に整理しようとした。戸の向こうからは、弁々姉さんの呼ぶ声が聞こえたが、到底顔を合わせる気にはならなかった。
もちろん頭の整理なんかできるわけがない。どう考えても何かが狂っていることは事実で、私の望む平穏な結末には辿りつけそうになかった。ほんの数時間前までは、おかしなことなんて何一つなかったはずなのに。
何かのはずみで私だけが別の世界へ紛れこんでしまったのではないかと疑ったりもした。姉さんたちそっくりの別の生き物が住む異世界に。それは理想の姉たちを傷つけないという意味で、私をいくらか慰める考えであった。しかし、私が元の世界の元の姉さんたちに会えない以上、結局は気休めにもならない空想だとすぐ気づいた。
夜が白む頃、私は一つの、ひどく凡庸な結論に達した。もう一度弁々姉さんと会って、起きたことを話そうと決めたのだ。それは雷鼓姉が最後に言ったことを否定するためだった。姉さんはあの雷鼓姉の言うような、爛れた欲を受け入れはしない。私の罪を許しはしない。それを証明したかった。証明しなければ心がもたなかった。
これは雷鼓姉を拒絶する道でもあった。けれどそれについては、一晩悩んだあげく諦めがついた。もうあの人とは会いたくはなかった。怖かったのだ。
こうして一人で考え事をしていると、雷鼓姉との楽しかった思い出が蘇った。冗談を言いあって、笑顔を交わして、白く美しい肌に鞭をふるった思い出。そして、あの雷鼓姉の皮を被った女を蹴りあげた時の興奮。「持ち主になってほしい」って誘惑。あの、きれいでかっこよくて、尊敬してやまない雷鼓姉を好きにできる――もしそうなったらって想像してる自分が、頭のどこかにいた。それがたまらなく気持ち悪くて、何度も吐いた。もう胃液しか出てこないのに、それでも吐いた。これ以上雷鼓姉のことを考えていると、私が私でなくなってしまう気がしたのだ。
朝日が昇ってすぐ、私は姉さんの部屋へ行った。ノックをすると姉さんの声が聞こえて、私はそれだけでほっとして泣きそうになった。もし今この時姉さんと会うチャンスを逃したら、もう一度この部屋の前に足を運べる自信がなかったのだ。
姉さんもほとんど満足に寝付けなかったみたいだ。ベッドに横たわってはいたが、顔色は優れない。それでも姉さんは静かに笑って、ベッドに座るよう、私に無言で告げた。
「あの、ごめんなさい……」
いの一番に謝った。そして昨夜ベッドの上でさんざん暗唱してきた通り、これまでのことを洗いざらい白状した。夜な夜な雷鼓姉の部屋に行っては傷をつけていたこと。でもそれは憎んでたからじゃなくて、二人の仲が進展するのを願ってのことで、雷鼓姉もそれに同意していたこと。そもそも告白するよう勧めたのは私だったことも。
それとおかしくなった雷鼓姉のことも話した。話すべきことじゃないかもしれないけれど、話さずにはいられなかった。もちろん、何があろうと私が願っているのは、姉さんと雷鼓姉の幸せなんだと最後に伝えた。これだけは絶対に言わなければならない、心からの思いだった。
姉さんは優しい顔で、私の話にずっと耳を傾けてくれた。その姿は私を大いに励ました。やっぱり姉さんはどこもおかしくない、いつもの姉さんなんだと思えたから。
私がひとしきり語り終えると、姉さんは深く頷いてから口を開いた。
「そうか、そうだったんだね……ありがとう、本当のこと話してくれて」
「姉さん……姉さん!」
思わず抱きついた。今は何かにすがりたかった。涙がぼろぼろこぼれてくる。
「ごめんなさいっ……姉さんごめんなさい……」
「姉さんこそごめんね。お前にこんな辛い思いをさせて」
そのまま二人で抱きあって、しばらく泣きあった。相変わらず頭の中はぐちゃぐちゃだったけど、昨日みたいな不安や恐れはなかった。私には信頼できる人がいる。変わらないものがある。この事実に勝る心強さなんてない。
姉さんはずっと謝っていた。全部自分が悪いんだと、ひっきりなしに繰り返していた。
「もういいよ姉さん。姉さんが悪いんじゃないんだから」
「そんなことないよ。私がダメだから、こんなことになったんだ。あの人だってそうさ」
「大丈夫。雷鼓姉はわたしがどうにかする」
そうだ。諦めちゃいけない。雷鼓姉だって、ちゃんと話せば前みたいな雷鼓姉に戻ってくれる。昨日はもう会いたくないなんて思ったけど、やっぱり見捨てるなんてできやしない。今度は私たちがあの人を助けてあげる番なんだ。そうすれば、私たちはきっとまた元通りに――
「やっぱり、あの人と戦うんだね」
姉さんの腕が私から離れた。
「ね、姉さん……?」
「私のために、あの人と戦ってくれるんだね? 私を奪いあって……あぁ、ごめんね、姉さんなんかのために、二人が争わなきゃいけないなんて、ごめんなさい……」
「姉さん何言ってるのよ!? 言ったでしょ、私は姉さんたちの――」
「ああ、私のせいで八橋とあの人が、あぁだめぇ、考えただけで……んんっ、あっ、ダメなのにぃ……素敵ぃ♪」
姉さんはうずくまった。慌てて抱きかかえる。何度も呼びかける。でも無駄だった。姉さんは私を見てなかった。
「姉さん……やめてよ……やだっ、やだやだ。ヤだよぉ……帰ってきてよぉ、お願い」
「はぁ……泣かないで八橋。八橋はなぁんにも悪く無いから、悪いのは姉さんだから……ん、っはぁ♪ ごめんねぇ、ごめんねかわいい八橋、今日は姉さんが慰めてあげるからねぇ」
そう言って、姉さんは私を押し倒した。もう何を叫んでも無意味だった。会話は成り立たず、返ってくるのは自分を恋人から取り返そうとする妹への、謝罪と感謝の言葉だけ。裸に剥かれ、組み敷かれ、せめてものお礼と体中を愛撫された。自分の妄想を完遂するために。
そうして私は、わずかな希望もろとも、初めてを姉に奪われたのだった。
*
「二人ともー、ご飯よー」
台所から姉さんの声が聞こえた。もうそんな時間だった。
「りょーかい。もうちょっとだけ待っててー」
そう答えてから、私はおもちゃの片付けに取りかかる。
「だってさ雷鼓姉。さっさと済ませてよ」
壁の鎖を解くと、吊るしてあった雷鼓姉がどすんと落ちた。私はその頭を踏みつける。
「ほら、そこ。さっき雷鼓姉がションベン漏らしたんだから、責任とって自分で拭いてよね」
「ふぁ、ふぁぃ……♪」
後ろ手を縛られたままの雷鼓姉は、自分が粗相したものの所までもぞもぞ這って行くと、舌でそれを舐めとり始めた。けれど床にたまった水たまりは一向に減る様子を見せない。ダメだ、これじゃあご飯が冷めちゃう。
「早くしてよー。ホント使えないねぇ雷鼓姉は」
「ごめんなひゃい……今すぐ終わらすからぁ……♪」
「しゃべってる暇があったら口を動かす!」
雌穴に拳を突っ込んで尻ごと持ち上げた。こうやると動きが良くなるのだ、このおもちゃは。
「んぎぃっ!!」
「特別に手伝ってあげるよ。とっとと済ませろこの便所太鼓」
「ひぎっ、それダメっ、いひっ♪ イイ、ギもぢよしゅぎるっ♪」
「盛ってんじゃないの。もう……あはっ、こうやって奥つかんで前後に動かすとホント掃除機みたいだねー」
「ぅぶっ、うびぇっ!! ぃぐ♪ ひきゅう握っちゃ、あぎ、ぶふっ、あぎぃっ♪」
見せ物としてはそれなりに無様で面白いが、床はちっとも綺麗にならない。雷鼓姉は掃除機にもなれないみたいだ。仕方ないと、拳に体重をかけて雷鼓姉の顔面を床に押し付けてやる。そのまま前後に動かすと、髪の毛がちょうどモップ代わりになった。これなら早く終わるかもしれない。
「今どき外の道具は自分で考えて掃除するらしいよー。ちょっとは見習ったらどうよ。ねえ聞いてるー?」
雷鼓姉は何か言ってるみたいだったが、カエルの潰れたような音がするだけで中身は分からなかった。どうせよがってるだけだろう。
掃除はなかなか終わらない。拭いた先から雷鼓姉が吐くからだ。いよいよ面倒くさくなったので、少し強めにゴシゴシやると、手を挿しこんでた穴がきゅっと締まった。イったらしい。穴の先から生温かい汁が垂れてくる。そろそろイキションする癖を直してあげないといけないなぁ。
「うわ、きったな」穴から手を引き抜いた。「モップのくせに拭き掃除中に床汚すとか、頭おかしいんじゃないの?」
「ごめぇ……ゆりゅひて、ごひゅじんしゃまぁ……♪」
雷鼓姉は白目を剥いて幸せそうに痙攣している。血とゲロとションベンまみれだが、やっぱりこのおもちゃは愛おしい。ますます壊したくなる。
「ほらぁー、まだ寝ちゃダメだよ。ったくもー、どうしょもないポンコツ太鼓だなぁ。立って、立ってー」
「二人とも、いつまで待たせるんだい?」
腹を蹴っていると、丁度よく弁々姉さんがやってきた。ずたぼろの雷鼓姉に、たちまち顔面蒼白である。
「ああ、なんてこと……なんてことしたの八橋!」
「うるさい!」
金切り声を上げる姉さんの頬を、思い切りひっぱたいた。怯んだ隙に体を抑えこんで、雷鼓姉の前に突き出す。
「ほら、全部姉さんが悪いんだよ。姉さんがこんなガラクタと付き合うから」
「ああ、やめて、そんなひどいこと言わないで八橋……」
顔をそらそうとするので、頬をつかんでキスをした。口では嫌だ嫌だと言っているが、舌を入れてて唇を閉じてこない。それどころか自分から舌を絡めてくる。股ぐらに指を滑らすともうビチャビチャだ。
雷鼓姉によく見えるようにしながら、私はしばし姉さんの体を弄んだ。こうするとますます反応が良くなる。子供のおもちゃみたいに簡単にイクのだ。
「もういいや。飽きた」
散々よがらせてから、私は姉さんを雷鼓姉の側に放り捨てた。
「今日はこんくらいにしといてあげるよ。その掃除用具は姉さんに返すから、責任持ってきれいに片付けといてねー」
すっかりイキ疲れた姉さんと雷鼓姉は、芋虫みたいな動きで抱き合った。
「ごめ、ごめんなさい……目の前にいるのに……気持ち良くなっちゃいけないのにぃ……♪」
「いいんだよ……私こそ、助けられなくてごめんね……」
「違うの……悪いのは私なの……こんなになるまで、ああ、私のために……」
茶番が続いているが、これは日課のプレイだ。雷鼓姉も姉さんも、端からお互いを助けようなんて思っていない。
「あぁ……ごめんなさい……私のせいで、あぁかわいそう……♪」
そう言って、姉さんは汚物にまみれた雷鼓姉の顔を舐め始めた。恍惚に身を悶えさせながら、自分のために妹の暴力に耐える恋人を慈しむのだ。私に壊され幸せそうにイキ狂う雷鼓姉を慰めること、それが姉さんにとっての幸せ。
そして二人が幸せそうにしているのを見るのが、私の幸せなのだ。
我が家には幸せがあふれている――そんな実感を噛みしめながら、私は睦まじく抱き合う姉たちを肴に自慰に耽った。
「投稿開始前日から書き始めてはいけない」と自戒しながら、おもむろに弾幕アマノジャクを起動する。
最近書くのはおろか読む時間も取れていなかったので、こうした機会を作ってくださった主催のbox氏には毎度のことながら頭が上がらぬ思いです。
んh
作品情報
作品集:
10
投稿日時:
2014/05/23 14:29:42
更新日時:
2014/05/23 23:29:42
評価:
10/13
POINT:
1010
Rate:
14.79
分類
産廃創想話例大祭B
八橋
雷鼓
弁々
雷鼓姉って運転うまそうな名前ですね。
付喪神トリオが奏でる淫靡な楽の音をBGMに踊るのはルンバか……♪
弁々さんがかわいい。
でも最終的には元の鞘に収まるわけでありまして。
道具なだけに。
見習いたい