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『産廃創想話例大祭B『おはよーございます!』』 作者: 魚雷
シャッシャッ、シャッシャッ・・・・・・
早朝の霞がかったお寺の境内に、ホウキの音だけが響き渡るのは、気持ちが良いものです。
私はそれから釜戸に行くと、火打ち石をカチカチ打って、火を入れます。
こうやって、命蓮寺の一日は始まります。
それからは、信徒の方にお茶を出したり、椅子を並べたり、御本尊や廊下を掃除したり、することは山ほどあります。
辛いと思った事はありません。ひとつひとつが修行だと思っています。
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だんだんと太陽は傾いて来ました。
皆が夕食を食べ終わったら、日が落ちる前に、私は山の我が家へ帰ります。
我が家といっても、森の中に放置されていた作業小屋を勝手に使わせてもらってるだけです。
もともと山の妖怪ですから、寝られる広ささえあれば、それなりに暮らせます。
小屋の横には、緑の苔むした、石仏が置いてあります。
帰るとまず、私は石仏に向かいあい手を合わせて、それから小屋の扉をギイと開いて入ります。
私は、燭台に蝋燭を立て、火を灯しました。
そして小屋の片隅にある、小さな厨子の扉を開きます。
厨子の中には、黒ずんだ木製の、小さな仏さまが立っています。
私は巻物を取り出しました。
聖が私のために書いてくれた、ひらがなでも読める経典です。
こうやって毎日、晩のおつとめを始めるんです。
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昔の事が思い出されます。
あの年は、ひどい冷害で不作の年でした。
私が住みかにしていた山の麓も、例外ではありませんでした。
田の稲はみな枯れ、集落にある樹の皮は、すべて剥がし尽くされていました。
集落から米粒が消えた後は、みな樹の皮や雑草を煮たよく分からない物を、毎日食べていました。
どこにも食料が無いのですから行商人が来るはずもなく、来るのは人買い商人ばかりでした。
村人たちは、自分の力で生き抜かなければなりませんでした。
深刻なのは塩でした。樹を焼いて、灰の中に含まれたわずかな塩を、必死で舐め取るのです。
私は山彦を返す妖怪です。
しかし近ごろ山に来る人間といえば、げっそり痩せた顔つきで、みな無言で木の実や茸を探す者ばかりです。
みな、だんまりとしたまま、フラフラとした足つきで食べられそうな物を探すのです。
山彦妖怪の出番などありません。
飢えた人間たちは、山の食べられるものを、根こそぎ取って行ってしまいました。
それは山の動物たちの食料が無くなることでもあります。
そもそも、イノシシや鹿などは、とっくに見つけしだい人間が捕えて持って行ってしまいました。
それは同時に、いちばん困った事として、私の食べる物が無くなった事でもあります。
山の妖怪は、山の恵みを糧に生きています。
そうして、私は見ているだけの存在から、自分も飢えに苦しむ立場になったのです。
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私の飢えは日に日に酷さを増し、体力の消耗を抑えるために、動かない日が多くなりました。
ある日、私が樹の上で休んでいると、下を通りがかる人間が居ました。
歳は十五、六でしょうか、痩せこけた娘でした。
つぎはぎの着物を着て、フラフラとした足取りで、何か食べられる物を探している様子でした。
そのとき、その娘の十間ほど先に、同様に痩せこけた野犬がフラフラと現れたのです。
突如、娘の眼はカッと開かれ、爛々と輝きました。
今までの足取りからは信じられないほどの速さで、娘は野犬のもとへ走り寄り、がっしりと捕えました。
そして、懐から小刀を出すと、野犬の首に深く突き刺したのです。
それから娘は、突き刺した穴から、野犬の血をすすり飲み始めました。
娘の眼は活気を取り戻して輝いて、このうえなく幸せな表情をしていました。
そのあと、腹に小刀を突き入れると、縦に引き裂いたのです。
次は臓物を喰らうつもりで居たのでしょう。
私はそれまで、人間と動物とは別の存在だと思っていました。
でもその時は、目の前に動物が二匹居るとしか見えなかったのです。
私は妖怪です。飢えれば何だって食べます。
その時はそうするしか無かったんです。
私は樹から飛び降りると、すぐさま娘の背後に回りました。
振り向いた娘は、きょとんとした表情で、私の顔を見ていました。
そして何かを言おうとしたのですが、その時には、もう私は娘の首の骨を折っていました。
私は妖怪です、是非もありません。娘も犬もすべて平らげました。
実を言うと人間を食ったのはこれが初めてなのです。
けれど数ヶ月ぶりの食事です。美味しくないはずがありません。
その時の私の表情は、犬を食ったときの娘の顔と同じものだったのでしょう。
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次の日から、困った事が起こりました。
毎日どこからか、おばあさんが山に来ては、大声で女の名前を呼ぶのです。
そのうちに気付いた事は、どうやら私が食べた娘のおばあさんなのです。
私には悪気は無かったんです。
でも、おばあさんは、泣きながら、大声で娘の名前を叫ぶのです。
どこにそんな体力が残っているのでしょうか。
おばあさんは、毎日のように山へ来ては、娘の名前を叫んで探していました。
朝に来て、夕方に帰るのです。
私の自慢は大きな耳ですが、その時ばかりは逆にそれを恨みました。
声が耳に響いて仕方がありません。
そのうちに、耳でなく頭の中に直接響くようになりました。
本当なら山彦を返さないといけないのですが、あの時期は、そんな事はもう忘れていました。
日中ずっと、娘の名前を叫ぶ声が、頭の中に響いて来るのです。たまったものではありません。
そのうちに、おばあさんが居ない夜にすら、娘の名前を呼ぶ声が、頭の中で聞こえるようになりました。
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しかし、ある日を境に、その声が聞こえなくなったのです。
私は静かになったのを喜ぶよりも、むしろ心配になりました。
おばあさんが立っていた場所に行き、そこから人間の臭いをたよりに、クンクンと痕を辿りました。
行き着いた先は、村のはずれにあるドブ川の横の、粗末な家でした。
しかし家の中から、人の気配はしません。
それを良いことに私は、玄関の扉をガラリと開けました。
やめておいた方が良かったのかもしれません。
すぐ目の前に、おばあさんが、ぶら下がっていました。
おばあさんの足下には、汚物にまみれて、掘りの荒い、小さな木製の仏さまが落ちていました。
すべてが活動を停止するまで、これを握りしめながら、息の止まるのを待っていたのでしょう。
最後まで、最後まで、人間は何かにすがるのものだと思いました。
私は、しばらくその場に立ちつくし、ぶらさがった物体とにらめっこをしていました。
そして、なぜそう考えたのかは分かりませんが、汚物と体液にまみれた小さな仏像を手に取ったのです。
私は、横のドブ川で仏像をパシャパシャと洗いました。
ドブ川の水の方がまだ綺麗だと思ったからです。
これが、私が仏さまと出会った、最初でした。
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それからしばらくして、とある朝、私は地面から響き渡る轟音で目を覚ましました。
麓の方を見れば、沢山の人夫が集まっています。
驚いた事に、私の住む山に、横穴を開けようとしているのでした。
帽子を被った青い目の人が、あれこれと指で指図をしています。
轟音に山の鳥たちは驚いて飛び立ち、右往左往していました。
そうして、鉄の道は、どんどんと伸びていきました。
鉄の道が伸びる先には、おばあさんが住んでいた、あの粗末な空き家がありました。
邪魔だったのでしょう。
人夫たちが家に幾つもの縄を掛け、掛け声とともに、一斉に引っ張りました。
おばあさんの家は、いとも簡単に、ペシャンコに倒れました。
翌日には、おばあさんの家は、跡形も無くなっていました。
そして、鉄の道が出来上がると、大きな鉄の塊が、ポーポーと鳴き声をあげながら、やってきたのです。
箱の中には、人間がぎっしりと詰まっています。
こうして、私の住みかの山には、四六時中ガタゴトとポーポーという音が響く事になりました。
とても落ち着いて住めたものではありません。
山に入ってくる村人もめっきり減りました。
若い村人はみなあの鉄の塊に乗って行き、それっきり村に帰っては来ないのです。
私はいちど試しに、鉄の塊のポーポーという鳴き声に、山彦を返してみました事があります。
鉄の塊には何の変化も無く、ただただ無表情で前に進むだけでした。
箱の中の人間も、誰ひとりとして気にとめる者はありません。
この時、私は、今までの世界から出て行く事に決めたんです。
小さな木製の仏さまだけを持って、ここにやって来て、そして命蓮寺の門をくぐったのです。
私が選んだ道は間違ってなかったと思います。
小屋の横の石仏は、あの子のお墓なのです。
命蓮寺の片隅にあった、苔むした誰の物とも知れぬ、由緒の分からない仏さまを、聖に許可をもらって持ってきたのです。
石の下にはあの子の身体を埋めるべきなのですが、しかし、ぜんぶ私が食べてしまったのです。
私の中にはあの子が居て、ずっと自分の罪と共に居なければなりません。
私は、自分の身体の一部を削ぎ取り、石仏の下に埋めることにしました。
それが、命蓮寺で、誰かと一緒にお風呂には入らない理由です。
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はらそーぎゃーてー、ぼーじそわかー・・・
私は読経を終えました。
おつとめを終えたら、もう寝ることにします。
明日の朝も早いのですから。
私は、蝋燭にフッと息を吹きかけました。
炎がプツリと消えて、そして、山は本来の闇の姿に戻ったのです。
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シャッシャッ、シャッシャッ・・・・・・
早朝の霞がかったお寺の境内に、ホウキの音だけが響き渡るのは、気持ちが良いものです。
「あっ、村紗さん。おはよーございます!!」
「ふあぁ・・・、こんな朝から元気なこった」
「挨拶は心のオアシスですから!」
(完)
こういった夢の断片を書き集めただけのものは、SSではなかったのかもしれません。
読んで下さった方ありがとうございます。参加できて良かったです。
魚雷
作品情報
作品集:
10
投稿日時:
2014/05/24 11:37:59
更新日時:
2014/05/25 22:33:39
評価:
11/14
POINT:
1040
Rate:
14.20
分類
幽谷響子
おばあさんの家と同じ用に命蓮寺にも鉄の道が。
娘さんの呪いです。
人気作者さんだけに残念でしたね。
『老人が自殺する町はそのうち滅びる』のことわざそのもの。滅んだ後、未来への道が出来た。
そのまま滅びるか、未来へ旅立つか。
仏様のお導きで、山彦は食材への贖罪ができる未来を得た。
どれだけ取り繕っても畜生には変わらず。体の中にいるの娘は罪か免罪符か。
さておき、綺麗にまとまったお話お見事です。欲を言えばもう少し緩急が欲しかった。
ナズあたりは動揺しそう
特にこういう可愛い子とかだとグッと来る