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『少名針妙丸は針妙丸に殺されろ』 作者: 片想い天極
「ゆびきーりげーんまん、うそついたら針千本のーますっ」
指を切った。
「痛たっ」
まな板の人参に、ぽつりと血が落ちる。わたし、針妙丸の血だ。赤い雫が、黄土色の輪切りの中に浸み込んで、消えていく。
じんじんと熱をもった人差し指を、口に含んだ。ちゅう、と吸い込むと、口の中に鉄の味が広がっていく。霊夢ー、絆創膏ぅ。後ろを見ずに言った。
私のことばは台所から、居間の方へ反響して――返事はない。
……そういえば、出かけたんだっけ。手に持った包丁をまな板の上に置いて、薬箱はどこだったかな、と頭を叩く。秋いろの着物に血が零れないよう、できるだけ指を胸元から遠ざける。ぷくり、と風船のように膨らんだ血の塊は、線香花火のように床へ落ちていった。
ぽつり、ぽつり――ぽたん。
赤い雫が畳に模様を作るのを、被っていたお椀でもって遮る。黒いお椀の裏は、朱い。つい、とすべり台を滑るように、血が降りる。
器の底に溜まっていく鉄分は、さびた針の匂いがした。
「ばんそーこー、ばんそーこー……」
からだが大きくなって、まだいろいろと慣れないことがおおくって。
――こんな風に、こまることがいっぱいある。
止まらない血をぺろりと舐めると、それはやっぱりにおいとおなじ、さびた針のあじだった。
うえっ。
もう、いいか。あたまの中のさがしものを、薬箱から裁縫道具に変える。布があったはず。それを巻こう。
口の中に、まだ苦味が残っている。ころころと転がって、舌にまとわりつく。
唾液を出して、血を薄めることにした。よだれの味と混ざった鉄のあじを、――ごくり、と、喉の奥に、落とす。
「…………うっえ……っ、ぅぶっ!?」
突然何かがむねをつきあげた。肺と肺の間を通って、口に満ちる固形状のなにか。おもわずそのばに倒れ、両手を着く。
「うぶっ、げぼっ、うっ、えっ、えろぉおッ」
なにこれ。なんなのっ。
下を向いたわたしの唇から、どぼりどぼりと何処にたまっていたのか柔らかなかたまりが床に転がる。唾液と胃液にまみれたそれは、げんこつぐらいの大きさで、畳の上をのたうち回った。
――針千本のーますっ。
そのかたまりには、手があった。
足もあった。
あたまには、お椀を被っていた。
『わたし』だ。
わたしが、少名針妙丸が、わたしの口から、うまれてくる。
「うぼおっ、ろっ、おオッ、おおオっ」
まだまだ生み出される小さなわたしの分身。胃が焼ける。いや、むねぜんたいが、あつくて、きりさかれたように。見れば、その『わたし』たちは、小さな針――小人の秘宝、輝針剣をおのおの持っていた。ぞくぞくと喉から込み上げる『わたし』も、おなじように針を手に持ち、ゆかいそうに振り回している。こんなものが、わたしのなかでたくさん生まれているのだとすると。暴れているのだとすると。
「うぶぅっ、っアッ」
腕の力が抜け、ほっぺたを畳に叩き付ける。それでも出てくる針妙丸。見上げると、出てきたわたしの数はもう三十くらいになっていた。
みなおのおの別のいきものらしく、その小さな顔は、まるで鏡を見ているようで。
わたしがわたしたちにかこまれて。
「――っ、っ、かッ、アッ」
ついに、出てくる私が喉を詰まらせた。顎の下で暴れるわたし。行き場を無くした針たちが、喉から、胸から、お腹から突き出てくる。
びり、びり、びりッ……ぶしゃっ。
「―――――――ッウウウあアッ!」
破裂感。おなかのなかのぜんぶが、ひっくりだされるように、私のからだからはみ出してくる。ぞくぞくぞくぞくと背筋がふるえ、いや、もうこれは、痙攣の域だろうと思うけれど――思うこともない。脳のなかが、あたまのうしろが、キレて、ショートして、ヤキキレて――
からっぽになったおなかから、ぶくぶくと生まれるわたし。まっかに染まった畳の上を、むじゃきに走り回っている。
わたしがわたしにころされる。そんな悪夢じみた未来が、あたまのなかをよこぎった。
「――ぁあッ、やァッ、やダああッ!」
血反吐と一緒に、詰まっていた『わたし』が口から吐き出された。それといっしょに『わたし』の獣じみた叫びも放たれる。いやだ、いやだ。
いやだ、やだっ。やだやだやだやだっ!
「わたしっ、まだっ。せい、正邪にっ、いいたいことッ、いえて、あッ、なッ、いぃッ!」
べたん、と体を回す。芋虫みたいにせなかを折り曲げると、じゅる、とおなかのなかから何かがおちた。かまうものかっ。妖怪だもの、これくらいなんてことないっ。胸にまで近づけた後ろ足が、そのなにか、やわらかくてじゅぶじゅぶとしたほのあたたかいみずふうせんを、踏みつぶして、じゅぷるッ、中の水をはじけさせた。
「せいじゃっ、あッ、まだッ、あッ、あ――ッ」
持ち上げた背中が、おちてべしゃり。
畳の上に赤の透明の飛沫がひろがって、花が咲く。その花弁のひとつが、落ちたわたしの頬をぴしゃりとはたいた。
涙のように零れる血筋。
わあわあと、わたしをころしたわたしのむれが騒ぎはじめる。わあ、ぎゃあ、ヒトのことばには聞こえない。森の叫びか、海鳴りか、無数の針ががちがちと、たがいにぶつかり合うおと。
「あっ――っ、は、か――ふ――」
ひとさしゆびの爪がはじけとぶ。カルシウムのかたまりと、剥がれた肉とが、いっしゅんだけ赤いアーチを描く。皮がほどかれて、ぶつり。布をぬうように、縫い目をほどくように、ちいさな針が現れる。それはのこぎりのようにわたしの皮を切っていって、あたらしい道をひらくのだ。にょきり……地面から頭を出すつくしの芽のように、小さなお椀がゆびの傷口を広げる。
また、わたし。
わたしがゆびさきから手の甲へ無理矢理クレパスをつくる。さけめから、われめから、生まれる、うまれる、うまれる、うまれる、うまれる、うまれる。
わたしがひとおり、
わたしがふたあり、
わたしがさんにん、
わたしがよにん、
わたしがごにぃん、
わたしがろくにぃん、
わたしがななにぃん、
わたしがはちにぃん、
わたしがくにぃん、
わたしがじゅうにぃん、
わたしがじゅういちにぃん、
わたしがじゅうににん、
わたしがじゅうさんにん、
わたしがじゅうよにん、
わたしがじゅうごにん、
わたしがじゅうろくにん、
わたしがじゅうななにん、
わたしがじゅうはちにん、
わたしがじゅうくにん、
わたしがにじゅう、
わたしさんじゅう、
わたしよんじゅう、
わたしごじゅう、
わたしろくじゅう、
わたしひゃあく、
わたしひゃくにじゅう、
わたしひゃくごじゅうご、
わたしひゃくはちじゅうごじゅうせん、
わたしひゃくきゅうじゅうきゅうてんはっぴゃくせん、
わたしひゃくごせんろくちょうさんびゃくごせんとさんぶんのごせんろっぴゃくにじゅうに、
わたしひゃくにじゅうろくせんはっぴゃくごじゅうなゆたいちけいごがいはっぴゃくまんちょうごじゅうせんこうねんにん。
眩暈がするほどの私が、けたけたざわざわかさかさぎゃあぎゃあと嗤うのだ。
腹から腸をとびださせた、いもむしのわたしをゆびさして。
「せい、じゃ」
わたしの頭は、未だ、クリアだった。
まだ、やるべきことが、やりたいことが、のこってる。
鬼人正邪。
まだなかなおりしてないお友達。
私をこびとのせかいから、つれだしてくれたひと。
ふたりで下克上を誓い合って。
たがいに裏切らないと誓い合って。
だれもが幸せになれる、弱者もしあわせになれる世界をふたりで夢見て。
一緒に挫折して。
ふたり、はぐれて。
わたしだけ、この神社にかくまわれることになって。
そしてこのまえ、やっと会うことができた。
そのときも、彼女を取り戻すことはできなかったけれど。
でもぜったい、いつか。正邪をとりもどすんだ。
どんな手を使ってでも、満身創痍にしてでも、なんなら、殺してでも。
そのために私は、九十九に、人魚に、やばびこに、飛頭蛮に、狼に、蓬莱人に、邪仙に、亡霊に、てんぐに、かっぱに、にわしに、めいどに、まりさに、れいむに、
せいじゃをころせと、うそを、ついて
「あれ、嘘?」
――ゆびきーりげーんまん、うそついたら針千本のーますっ。
裸の足で、頭をだれかに潰された。
作品情報
作品集:
10
投稿日時:
2014/06/19 16:49:09
更新日時:
2014/06/20 01:53:44
評価:
2/2
POINT:
200
Rate:
15.00
分類
少名針妙丸
血の味、裁縫箱、大切なヒト、そして嘘。
実際には、台所で針千本どころじゃない鉄分を含んだ血液を失って倒れていたりして……。