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『あなたのために』 作者: pnp / 紅魚群

あなたのために

作品集: 10 投稿日時: 2014/06/24 01:39:38 更新日時: 2014/06/27 14:05:50 評価: 13/21 POINT: 1480 Rate: 15.05
 レミリア・スカーレットは、ベッドの上に並べた二着の服を、腕を組んでじっくりと見比べた。一方は純白のシフォンワンピース。肩に少し膨らみを持たせてあり、腰に大きな赤いリボンを巻く、愛用の一着だ。そしてもう一方は新たに調達した薄い桃色のプリーツワンピース。腹部に記事と同色のリボンの装飾が付いている。さて、どっちがより素敵だろうか?
 あれこれ思慮を巡らせながら今日の一着を選考している最中、私室の扉が三度叩かれた。その打音を追うようにして「失礼します」と十六夜咲夜の声がし、次いで扉が開かれた。入室するや否や、咲夜は「まあ!」と頓狂な声を上げた。
「静かにしてよ! 服を選んでるんだから!」
 レミリアはベッドの上の二着を睨みながら怒鳴った。咲夜は咄嗟に「失礼しました」と返事をしたが、「こんなにお部屋を散らかして」と、いかにも呆れた様子だ。咲夜の方を横目で見てみた頃には、部屋中に撒き散らした衣類が全てすっかり片付けられていた。
 再び衣類に目を戻すレミリア。咲夜が歩み寄って来て、背後から肩越しに覗き込むようにして、懊悩の種を見やった。
「どちらも素敵ですね」
「そうでしょ。ねえ、咲夜はどっちがいいと思う?」
 そう言うとレミリアは右手で白色の衣服を、左手で桃色の衣服を拾い上げて振り返り、両手を差し出した。咲夜は右手を顎に、左手は右肘に添えて「うむむ」と演技がかった唸り声を上げた後、「たまにはこちらもいいかと思いますよ」と、薄桃色の方を指差した。
「さすが咲夜! 私も何となくこっちがいいような気がしていたのよ」
 レミリアはシフォンワンピースをベッドへ放り、薄桃色のプリーツワンピースを試着するように体に当てた。くるりとその場で一回転して見せると、裾がふわりと舞い上がる。今の心模様そっくりに。
「いいと思います」
 咲夜はにっこり笑って言った。レミリアも微笑み返す。
「それじゃ、今日はこっちにするわ」
 レミリアは寝間着を脱ぎ始めた。咲夜は白のシフォンワンピースを拾い上げると、ベッドの横に置いてあるクロゼットを開いて、中のハンガーにそれを掛けた。
「悪いわね」
 言いながらレミリアはワンピースの着用に取りかかる。襟から顔を出して見ると、咲夜は脱いだばかりの寝間着を拾って腕に掛けて立っていた。にわかに薄く笑んだ。
「よくお似合いですよ」
 レミリアは顔を綻ばせた。咲夜は穏やかな笑みを湛えたまま、銀色の懐中時計を開いた。「神社へ向かうにはいい頃合いですね」
 それじゃあもう出発しましょう。……と言いかけて、レミリアはハッと思い至った。
「そうだ、手ぶらで行く訳にはいかないわ」
 言下にレミリアは出入り口の扉に向かって駆け出した。扉の脇の壁に掛けてある白色の小さな肩掛けバッグと、同じ色の日傘を引っ掴むと、扉を開いて廊下に出た。すぐさま濃紺の翼をはためかせて体を宙へ浮かせる。それから一気に加速して飛行に移る。幻想郷最速を謳う鴉天狗にも引けをとらない速度で長い廊下を飛翔する。
 僅か十数秒で階下へ続く階段に到達した。減速せずに階段へ突入する。踊り場へ出る寸での所で、手摺の突起に手を掛ける。突起を起点にぐるりと折り返して階段を降り切る。
 同じ要領で更にもう一つの階段を抜けて、レミリアは一階へ到着した。二階と同じように長い廊下を飛翔して進み、中程にある台所へ続く茶色い木製の扉の前に降り立った。扉を乱暴に押し開けて部屋へと踏み入る。使用者がおらず、掃除にも入られていない台所はシンと静まり返っていて、私室から一気に飛んで来たレミリアの少し乱れた呼吸がやけに室内に大きく響く。
 レミリアは後ろ手に扉を閉め、それから駆け出した。部屋の一番奥にある冷蔵庫に到着すると、観音開きになっている扉を開けた。漏れ出した冷気が心地良い。
 少しだけ涼を堪能した後、レミリアは内部を物色し始めた。軒を連ねる生鮮食品を掻き分けて冷蔵庫の深奥を覗いた。次いでドアポケットも確認した。だが、目ぼしいものは見当たらない。扉を閉じた後、屈んで引き出しを開けてみたが、ここにあるのは野菜類だけで、見るからに菓子などの手土産になりそうなものは無さそうだ。
 がっかりして、レミリアは引き出しを閉めて、冷蔵庫の前で周囲を見回した。すると、食器棚の上にぎらついた紅色の小さな袋を見つけた。何の袋かは分からなかったが、興味をそそられ、レミリアは浮き上がって、棚の上に置かれているその袋を掴んだ。やけに軽い。これはまたつまらないものかもしれない。
 地面へ降りると、レミリアはその紅色の袋をいろいろな角度から観察してみたが、中身の判別に役立ちそうな情報はおろか、そもそも文字が一切記されていない。振ってみると、中からかさかさと軽々しい音がした。しかしその軽量感は失望へは繋がらなかった。レミリアは一つの期待感を抱いて、中を覗くべく袋を開けた。途端に鼻孔を突いて来たのは、香しく高貴な香りであった。
「これは紅茶だわ」
 レミリアは袋を閉じると、斜め掛けしているバッグにそれを放り込んだ。……霊夢が好きこのんで紅茶を飲むとは思えないけれど、たまには変わったものを飲むのも喜ばれるかもしれない。

 足早に台所を抜けて廊下に出ると、十六夜咲夜が待機していた。少しだけキョトンとして「お土産は決まったのですか?」と首を傾げた。レミリアが見た所手ぶらであることが疑問だったのだろう。
「ばっちりよ」
 レミリアは笑ってバッグをポンと叩いた。それを見た咲夜も微笑み、そして頷き返した。
「神社まで一緒に行きましょうか?」
 咲夜が問う。
「いいえ、一人で行けるわ」
 レミリアは首を横に振った。
「承知しました。それでは、玄関までお送り致します」
 そう言うと咲夜はレミリアを抱きかかえた。そして次の瞬間には、レミリアは紅魔館のエントランスホールの真ん中に降ろされていた。
 振り返ると咲夜が立っていて、にっこり笑って手を振った。
「いってらっしゃいませ」
「ええ。行ってくる」
 レミリアは手を振り返した後、踵を返して玄関の巨大な扉へ向かって歩き出した。両手で扉を少しだけ開けると、方膝で扉を押しつつ、両手で日傘を構える。少し開けた扉の隙間からするりと玄関を抜けると、間髪入れずに日傘を開いた。扉や傘の開閉の音に感付いた門番が、門の向こうで振り返った。主の外出を目にし、鉄製の大きな門を引き開けた。
「悪いわね!」
 言下にレミリアは駆け出した。門を抜けると、門番を務める妖怪、紅美鈴は、再び門を閉じた。それから背の低い主を見下ろして尋ねた。
「お出かけですか?」
「霊夢の所へ行って来るわ」
 レミリアはそう告げ、早々と踵を返して博麗霊夢のいる博麗神社に向けて飛翔し始めた。美鈴が後ろから何か言っているのがおぼろげに聞こえたが、内容までは聞き取ることが出来なかった。きっと、怪我に気をつけろとか、あまり帰りが遅くならないようにとか、そんなことだろう。美鈴は私を子供扱いする傾向にある。
 霧に覆われた湖を、そして、広大な森の上空を飛び越える。森の向こうは開けていて何も無い広大な平地だ。主に人間達が歩いたことで大地に直に刻まれた道が長々と伸びている。その土色の道の一つを辿って行けば、博麗神社に辿り着く。目印は山である。博麗神社は山の麓にあるのだ。
 妖怪の山と呼ばれる霊峰目指して飛ぶ。森を飛び越えておよそ三分が経過した時、再び深々とした森林が現れる。その森の木々に囲まれ、霊峰を背景にして建てられている博麗神社が見えた。
 *



 神社へ続く階段の前に降り立つと、レミリアは階段の果てを見据えた。階段に現れた木陰が、風に吹かれる度にそよそよと蠢く。木々に囲まれているだけあって、蝉の声がうるさく響き渡っている。
 レミリアは、胸中に渦巻く興奮を収めるようにふぅと一呼吸置くと、階段をゆっくりと上がり始めた。半ばで一気に駆け上がりたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。霊夢はそう言う節操の無さを好まないからだ。
 ……しかし、七割程上がった所で、我慢の限界が訪れた。日傘の柄をぎゅっと握り締めて陽光から己の身を守りながら、レミリアは階段を駆けた。駆け出した勢いを生かして、三歩目には一段をすっ飛ばした。勢いは止まず、次は二段飛ばし。接地した足に力を込めて一気に蹴上がる。
 蹲るように神社に着地し、顔を上げてみると、博麗霊夢がそこにいた。年齢にしてはやや高めの背丈を持つ巫女は、いつもの紅白の装束を纏い、艶やかな長い黒髪を赤色のリボンで結っている。少しばかり痩せぎすの手が竹箒の柄を握っている。掃除中だったのだろう。
「吸血鬼の癖に、こんだけ明るい時分から元気なことね」
 博麗霊夢は呆れたように言う。言下に箒で石畳を一履きした。掃除のつもりなのだろう。
「陽光なんかを恐れていられるもんですか」
 レミリアは左手を腰に当てて胸を張った。霊夢は苦笑を浮かべ、肩を竦めた。
「勘弁してよ。退治のしようがなくなっちゃうわ」
 霊夢はくるりと軽やかに方向を社務所の方へ向けて歩き出した。それからちらりと後ろを見て、また視線を戻した。付いて来い――と言う合図だ。
 レミリアは走って霊夢に追い付くと、その横に並んで歩き出した。
「何となく、あんたが来るかもって気がしてたのよ」
 霊夢は前を見たまま言った。レミリアは霊夢を見上げなくてはいけない程、二人の間には身長差がある。こうして横に並ぶことが多いのは咲夜だが、彼女は小柄で、今感じている程の背丈の差はない。だからレミリアは、霊夢の横に並ぶと、母親と連れ添っているかのような感覚に陥る。とうの昔に両親とは離別してしまったが故に、その感覚が呼び寄せる哀愁は深い。甘えて腕にしがみ付いたりしてみたくなる程に。
 私らしくもないわ――と、レミリアは俯き、頭を振ってその思考を振り払う。
「どうしたの?」
 霊夢の声が頭の上から聞こえた。視線を霊夢の方へ上げてみると、彼女はきょとんとした表情でレミリアを見下ろしている。まさか先程まで考えていたことを口にする訳にもいくまい。
「リボンが可愛いわね」
 レミリアは霊夢の頭上で揺れるリボンを指差した。霊夢は「リボン?」とぼやくと、怪訝そうに顔を顰め、右手で己のリボンに触れた。
「ただのリボンじゃない」
「そう。ただのリボンよ」
 レミリアは努めて意味深な笑顔を浮かべて見せた後、前を向き直すことで強引に会話を絶ち切った。社務所まではあと十五メートル程。霊夢は「妖怪の考えてることは本当に分かんないわ」と、釈然としないと言った具合にぼやいている。
 しばらく歩いていると、霊夢が横目でレミリアを見て、薄く笑んだ。
「あんたもリボン、なかなか似合ってるわよ」
 レミリアはきょとんと首を傾げ、傘を持たない手で己の頭に触れた。リボンを付けて来た覚えがない。
「帽子よ。帽子のリボン」
 霊夢が苦笑いを浮かべながら帽子を指差して指摘する。
「ああ、帽子のリボンね!」
 レミリアは帽子を手に取って見つめた。白色のナイトキャップの口を絞るように、赤地に白のラインが入ったリボンが巻かれている。レミリアはいつくしむように、帽子のリボンをそっと撫でた。
 その直後に社務所の前へ到着した。レミリアは帽子を被り直した。霊夢が小走りで玄関へ近付いて戸を開き、すぐさま横へ逸れた。「さあ、上がって」
 レミリアは「ありがとう」と一言添えて、敷居を跨いで屋内へ入る。玄関に腰掛けると、水色のサンダルを脱いだ。初めてここへ招かれた時は『土足禁止』の存在すら知らず、早々に霊夢から御札を投げ付けられ、酷い目にあったものだ。
 サンダルを綺麗に並べて霊夢の方を見る。霊夢は腰に手を当て、ふっと呆れたような苦笑を浮かべた。「何を得意げにしてんのよ。さっさと上がんなさい」
 霊夢がとんと背を叩いた。押されるようにしてレミリアは社務所へと踏み上がる。玄関に上がると早速廊下は二手に分かれるのだが、右には事務的な作業の為の部屋なんかがあるだけで全く面白くないことを、レミリアは分かり切っている。
 レミリアは左奥にある客室に向かった。玄関からほんの数歩で、目的の部屋に続く襖張りの戸に辿り着く。からりと開くと、瞬く間に畳の香りが鼻孔を突いて来る。西洋文化に囲まれて生きて来たレミリアは、この香りがそれとなく好きであった。
 レミリアは入室すると、すぐさま肩掛け鞄を放り、畳の上に仰向けで寝そべった。それから目を閉じた。景気良く全開された縁側へ続く戸の口から、神社を囲繞する森林の香りを携えた風が入って来る。その都度、軒下に吊るされた風鈴がちりんちりんと可愛らしい音を奏でる。夏の忌々しい太陽光線も、厳しい暑さも、こうするだけぐっと和らいでしまう。
「私も風鈴欲しいなァ」
 思わずぽつんと呟いた。
「あんたの豪邸にはちょっと似合わないと思うよ」
 霊夢のからかうような声。レミリアはぱっと眼を開けた。覗き込むようにこちらを見下ろしている霊夢がいた。
「ほらほら、年寄りじゃないんだから、しゃんとしなさい、しゃんと」
 霊夢が手を差しだした。レミリアはその手を握る。よっこらしょ――と音頭を取って、霊夢がレミリアを引き起こした。そして正座しているレミリアの背後に回った。
「背中が汚れちゃってるじゃないの」
 少し乱暴な手つきで霊夢が背中を払った。レミリアは肩を竦めて霊夢の行為に身を委ねていた。
 やがて霊夢の手が止まった。それと同時にレミリアは、膝立ち歩きで放った鞄に近付き、それを開いて中から紅茶の袋を取り出し、霊夢に差し出した。霊夢の目がぱっと大きく開かれた。その双眸からは喜びがありありと感じられる。
「紅茶の茶葉を持って来たの。あなたの好きなタイプのお茶とは少し違うと思うけど……どう?」
 レミリアが尋ねると、霊夢はその場に膝を付いて視線をレミリアに近付けて袋を受け取り、屈託なく笑った。
「ヘンなもん入れてないでしょうね」
「台所に置いてあったんだから飲食物に決まってるわ」
 レミリアは腕を組んで頬を膨らませる。霊夢はからからと笑い、吸血鬼のおでこをツンと突いた。
「分かってるわよ。怒んないで」
「別に怒ってなんて」
 言い返そうとするレミリアの頭を霊夢が撫でて宥める。
「ありがとう。淹れて来るから、少し待ってて」
 言下に霊夢は立ち上がり、踵を返して部屋を出た。後ろ手に引き戸を閉める。ぱたん――と小さな音を合図に、レミリアは部屋に一人になったことを認識する。たちどころに場はしんと静まり返った。
 レミリアは小さく息を吐き、再び畳の上に大の字に寝そべった。風が靡き、風鈴がちりんちりんと鳴いた。レミリアはぼんやりとそちらを見つめた。透明のガラス玉に、黄色や青色の線で模様が描かれている。
 目を閉じる。爽やかな風と、伴って響く風鈴の風情ある音色を感じることに集中する。汗ばんだ体表を風が撫でると、とても夏とは思えない涼しさが感じられた。そこに響く風鈴の音色は、さながら子守唄と言ったところか。現に若干の眠気を帯び始めた。瞼がずっしり重たい。段々と思考がおぼつかなくなって行く。今日、霊夢と話すこと、いろいろ、たくさん、考えていた筈なのだけど――。


 刹那、夢見心地の世界に不相応な噪音が聞こえた。
 レミリアはハッと目を見開き、咄嗟に状態を起こし、部屋の出入り口である引き戸を見た。戸は霊夢が閉めたままの状態でそこに佇んでいる。風が靡いた。横で風鈴が鳴った。
「霊夢?」
 レミリアは呟くように巫女の名前を呼んだ。だが、霊夢は茶を淹れに行っているのだから、こんな声では聞こえる筈がない。
「霊夢! 大丈夫?」
 努めて声を張り上げる。返事はない。うとうとしていたから確信は持てないが、遠くから何かが落ちて割れるような音が聞こえたように思った。食器が割れたのだとしたら、手伝った方がいいかもしれない――。
 レミリアは立ち上がると、すぐさま引き戸に歩み寄り、それを開いて部屋の外に出た。音を立てないように後ろ手に戸を閉める。
「霊夢!」
 廊下で再度声を上げた。声は、薄暗い廊下の深奥に吸い込まれるように消える以外、何の効果も齎さなかった。社務所の台所は客室の反対側――つまり玄関から右へ進んだ先にある。レミリアは気持ち足早に台所へ向かった。まだ室内の灯りの技術の普及率が悪い為、外光を取り込む窓の無い廊下は深まるにつれて暗くなる。台所は廊下の突き当たりにあるのだが、ちゃんと灯りの準備があり、加えて戸が開かれているから、台所は薄暗闇の中に鮮明に浮かび上がっている。
 廊下の右手には木製の壁が続き、左手には障子張りの引き戸が連なる。レミリアは壁に手をやりながら暗がりを進んで台所へ向かった。台所まで残り五メートルと言った所へ辿り着いた時、ふとレミリアは物音に気付いて足を止め、耳を欹てた。衣擦れのような音が主だが、その間隙に、苦悶に満ちた唸り声が認められる。
「霊夢?」
 これまでと全く同じ調子でレミリアは立ち止まったまま問うた。返事はない。代わりと言わんばかりに、ドンと何かを蹴るような音が台所から聞こえて来た。レミリアはびくりと肩を震わせ、弾かれるように駆け出して、台所へ飛び込んだ。
 横長長方形の形をした台所、食器や調理器具を置く為の棚や、ゴミ箱、いつか博麗の有志が調達したが電気がない為まだ使用されていない冷蔵庫なんかが置かれている右奥に霊夢はいた。床で狂ったようにのたうち回っている。破損して散乱したティーカップやティーポット、床に広がる毒々しい赤色の紅茶、倒されたゴミ箱とその中身――そんなものに囲まれながら。
「霊夢? 霊夢? どうしたの!?」
 レミリアは霊夢に駆け寄り、のたうち回る彼女の身を押さえ付けた。霊夢は口を開いたのだが、硬直した舌をだらりとだらしなく口の端から出して涎を垂らして、微かに頬の筋肉を動かすばかりで、言葉を発しない。発することが出来ない、と言った方が適切だろう。
 レミリアは当惑したが、やがて自分がなすべきことは何かを察し、霊夢を抱き起こした。
「霊夢、しがみ付ける?」
 問うと、霊夢は緩慢な動きで首を横に振った。「分かった」とレミリアは頷くと、霊夢を横抱きして踵を返した。その際、陶器の破片で足の裏を傷付けてしまったが、構っている場合ではないと黙殺した。
 台所を脱し、廊下を駆け抜け、サンダルも履かずに玄関へ降り、傘立てに入れていた日傘を抜き取る。玄関の戸を開いて外へ出ると、片手で傘を器用に開いた。霊夢を抱いたまま空へと舞い上がり、遥か遠くに広がる竹林を睨む。両翼を力強くはためかせて一気に加速し、空を翔る。吸血鬼が如何に高い身体能力を持つとは言え、年頃の少女一人を横抱きし、手を無理矢理使って日傘を差しつつ空を飛ぶのはなかなか骨の折れる作業である。頬や背中にじわりと汗が浮かんだ。超高速で空を翔る体は、夏とは思えない冷涼を帯びた。この嫌な涼感は、汗で体が冷えた所為ばかりではないだろう。

 やがて竹林へ到着した。レミリアはその傍へ急降下する。着地寸前の所で再び微かに身体を浮上させ、低空飛行で竹林の中を突き進む。竹の葉に覆われた竹林は昼間でも薄暗い。吹いている風や、レミリアが生じさせる風圧で、竹と言う竹がざわざわと薄気味悪い音を立てて揺れる。
 レミリアは飛び荒みながら左右を睨み、舌打ちを打った。前後左右どちらを見ても竹、竹、竹。これまで、ある種の風情としか捉えていなかった、月の姫を隠す為に施された竹林の魔力が、こんなにも忌々しく感じる日が来るなんて!
 目的の家屋を探してきょろきょろと辺りを見回しながら進んでいる最中、不意に右肩に鋭い痛みが走った。レミリアは驚きのあまりバランスを崩し、墜落してしまった。抱いていた霊夢と持っていた傘が地面に放られる。肩に手を当ててみると、血の温かみを感じた。ワンピースの肩部分に五センチ程の一文字型の裂け目が生じており、その周辺に血がじわりと滲んでいる。竹の枝で切ってしまったようである。
 レミリアは肩を押さえながら、放り出してしまった霊夢の元へ駆け寄った。落ち葉や土に塗れてはいるが、目立った外傷はない。しかし、今の霊夢の状態を鑑みるに、恐らく受け身などは一切取れていないだろう。視認できない重篤な怪我を負っているかもしれない。
「ごめんなさい、霊夢」
 謝りながらレミリアは霊夢を再び抱き起こし、同じように竹林の中を翔けた。竹の枝に体を掠めたり、時には竹にぶつかりそうになりながらも一心不乱に竹林を進んで行き――十数分は彷徨った時、ようやく目的の家屋を見つけた。
 傍若無人に振る舞っていた竹達が、突如として慇懃に脇道に逸れたかのように竹林が開け、豁然と現れる空間に、永遠亭は何も変わらない姿で鎮座していた。
 レミリアは玄関扉を蹴破った。破壊された扉の残骸がカウンターにぶち当たる。白い小さな兎達が足元でちょろちょろと、蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行く。
「何してんだ!」
 もくもくと湧き起こる土埃の向こう側から見知った化け兎の声がした。
「あいつを……あいつを呼んでッ!」
 レミリアは叫んだ。土埃の中から噎せながら姿を現した鈴仙・優曇華院・イナバは、レミリアの手の中でぐったりと横たわっている霊夢を見て、赤い狂気の瞳を真ん丸に見開いた。
「どうしたの? それ……」
 唖然として霊夢を指差す鈴仙。
「後で話すから、早くあいつを!」
 一層語気を強めてレミリアは言う。鈴仙は弾かれたように踵を返し、邸内の奥へ駆け出した。



*



 不意に目の前に、茶らしき液体の入った透明のコップが現れた。視線を床から上げてみると、大きな兎の耳を頭に備えた黒い髪の妖怪が、それを差し出していた。裾が大きく膨らんだ薄桃色のワンピース姿で、首にはニンジンのペンダントがぶら下げている。
「どうぞ」
 化け兎が言う。扉のあった場所の大穴から入り込んで来る竹の葉擦れの音以外は何も聞こえてこなかった永遠亭の受付に、久しぶりに響いた何者かの声であった。随分悪戯が好きな者だと言う噂を小耳に挟んだことがあった。だが、今の彼女の神妙な面持ちは、到底悪ふざけをしているようには見えない。
「ありがとう」
 レミリア・スカーレットは礼を言い、コップを受け取ると、遠慮なくその中身を一息で呷った。茶はよく冷えていて、少女一人を抱いて全力で翔けた為に熱っぽくなった体を、心地良い冷涼さが駆け抜けて行った。
 レミリアは息を吐き、また視線を床へ落とした。手持無沙汰に、茶の冷たさを引きずっているコップを弄ぶ。
「大丈夫よ」
 化け兎が言った。レミリアは再びそちらを見やる。化け兎は誇らしげに口の端を吊り上げている。ふん――と尊大そうに鼻息を漏らすと、レミリアの左隣にぴょこんと腰掛けた。やけに高さのある長椅子なので、背丈の短い化け兎は足をぶらぶらとぶらつかせている。そのまま視線を上に上げた。
「永琳様に治せないもんなんて無いから。あの巫女に何があったのか知らないけど、きっと永琳様なら助けてくれるわ」
 化け兎の表情は自信に充ち溢れている。確かに、永遠の命を持つ月の民である八意永琳の知能と薬学の知識量は半端なものではないことは分かっている。しかし、事が自身の想い慕う者に及ぶと、何故かその信頼性に陰りを感じてしまうのであった。
「そうね。大丈夫よね」
 レミリアは口元だけを吊り上げて呟いた。そして、また視線を床に落とし、コップを弄ぶ。淵を親指で強く擦って、無意味に音を鳴らしたりした。なんとなく、静寂が恐ろしかった。――あの月の民が霊夢への処置を始めてどれくらい経つだろうか? まだ治らないのか? あの月の民の力を持ってしても? そんなに重篤な状態なのか? もしかしたら、霊夢は、死――

 ピシッ――と鋭い音が手元で鳴った。レミリアは恐ろしい空想から追いやられて我に返り、手元に目をやる。コップが割れていた。尖った割れ口が親指を傷付けており、血がコップの内側をつつと伝って、破片の待つ底へと滴り進んでいる。
「大丈夫?」
 てゐが少し戸惑ったような口調で問うた。
「平気よ。……ごめんなさい、コップを壊しちゃった」
 レミリアは頭を下げた。てゐは首を横に振る。
「いや、そんなのは別にいいんだけど」
 てゐは、レミリアの手から割れたコップを引き取った。それから、傷付いたレミリアの右手の親指をまじまじと見つめた。
「絆創膏とか要る?」
「いらない」
 レミリアは傷付いた親指を左手で包みながら頭を振った。左手を退けてみると、もう親指の切傷は塞がっていた。てゐは感嘆のため息を漏らした。「さすがは吸血鬼」
 レミリアは薄い笑みをてゐへ投げ掛けたのであるが、その時、てゐのいる方の先にある廊下の深奥に、こちらへ向かって歩いて来る八意永琳の姿を捉えた。刹那、視界の端でてゐがぎくりと表情を凍り付かせた。「え、どうかしたの?」
 レミリアは矢庭に長椅子から立ち上がると、永琳の元へと駆け出した。永琳も足音でこちらの存在に気付いたらしく、足元に落としていた視線を上げ、その場に立ち止まった。
 永琳の元へ辿り着くと、レミリアは彼女の衣服の腹部を引っ掴み、その身体を揺すった。永琳は揺さぶられながらも全く表情を変えないで、かなりの身長差があるレミリアを見下ろしている。
「霊夢は!?」
 レミリアは声を上げた。すると永琳はレミリアの両肩にそっと手を置いた。
「安心なさい。生きているわ」
 永琳は穏やかな声で言った。レミリアは顔を綻ばせた。あの恐ろしき空想は実現しなかったのだ。
 しかし、喜びは長く続かない。永琳の表情に怪しい陰りを見た。彼女は。ほんの僅かな笑顔さえ見せようとしない。永琳の陰鬱さが伝染したかのように、レミリアは表情を固くしてしまっていた。
「霊夢――どうかしちゃったの?」
 レミリアが問う。声も手も震えている。永琳は肩から手を離し、吸血鬼の小さな手を包んだ。
「先ず、何があったのかを私に話して頂けるかしら?」
 実に穏やかで、それでいて冷然たる声色。レミリアの記憶の中に微量残っている母親のことが想起された。すると嫌でも気付いてしまえる。この月の民は、私を咎めている。
 レミリアは首を縦に振った。永琳も呼応するようにゆっくりと頷く。
「博麗神社に遊びに行ったの。霊夢は、台所で倒れていたわ。私が持って来た紅茶を淹れに台所へ行って、そこで倒れてた」
 丁寧に、ゆっくりと語る。
「紅茶? それはどんな紅茶かしら? 普段飲み慣れている?」
 刹那に永琳が鋭く質疑した。レミリアは恐々と頷き、紅茶の仔細を思い起こした。
「紅色の銀紙に入ってたわ。私は紅茶を淹れないから知らないけど、たぶんいつも飲んでるものよ。台所にあったから。本当よ!」
 レミリアは身を乗り出した。永琳は何度も頷き、肩に置いた手に力を込め、レミリアを制する。
「信じるわ。信じるから。……あなたは紅茶を飲んでいない?」
「飲んでない。霊夢は一人で台所に倒れていたの。倒れた時に床に食器が落ちて、その音で私はおかしいなって気付いたんだから」
 レミリアは永琳の服から手を離した。永琳は怪訝そうに眉を顰め、腕を組んで溜め息を一つ挟んだ。
「そうすると、霊夢は自分だけ淹れたばかりの紅茶を台所で飲んだと言うことになるのだけど?」
 声色が冷ややかだ。高みから見下ろして来る月の民の視線は刺々しく、そしてとてつもなく威圧的だ。
「私が嘘をついてるって言いたいの? 本当なんだから! 嘘だと思うなら霊夢に聞けばいいじゃないッ!」
 レミリアが怒号を上げる。廊下に並ぶ木製の引き戸ががたがたと音を立てて揺れる。後ろで因幡てゐが「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。永琳も反射的に両目を瞑り、肩をびくつかせた。
 レミリアは下唇を強く噛み締めた。血の味が口中に充満し、やがて生暖かい雫がつつと口の端を伝って落ちて行くのを感じた。次いで目尻から涙が一つ二つと零れて、頬を濡らした。永琳が憐憫の表情を浮かべている。人前で泣くなんて、こんなみっともないことはしたくなかったのに。
 両手の甲で涙と血を拭い、鼻を啜り上げると、レミリアはまた永琳の目を見上げた。永琳はゆっくり頷いた。
「ごめんなさい。あなたを信じるわ」
 永琳は浮かない顔のまま言った。
「ねえ、霊夢は本当に無事なのよね?」
 レミリアが問うと、永琳はしっかり頷いた。
「無事よ。危ない所だったけど、命は助かった」
「会わせて、貰える?」
 躊躇いがちにレミリアは言った。永琳は目を細め、口を固く結んで押し黙ってしまった。面会させたくない――と言う意思がありありと感じられる。
「お願い。どうしても霊夢に謝りたいの!」
 再びレミリアは永琳の服を引っ掴んだ。永琳はじっとレミリアの目を見つめていたが、やがてレミリアの肩を押して掴みかかる吸血鬼を引き剥がし、屈んで目線の高さを合わせた。
「恐らく、あなたは幾らかショックを受けてしまうと思う。それでも平気?」
「ショック……? 何それ。霊夢、無事だったのよね?」
 レミリアは尋ね返す。すると永琳は悲しげに眼を伏せた。しばらくして視線を上げ、ゆっくりと口を開いた。そこでまた少し逡巡した後、
「博麗霊夢は――視覚と聴覚を失ったわ」
あの逡巡の中にあったのは、決心か、諦めか。とにかく、やけにキレのある声色だった。



*



 永遠亭の長い廊下は静寂に包み込まれていた。以前レミリアが、明けない夜の異変に際してここを訪れた時は、月の姫君を防護する為の戦線が敷かれていて、かなり騒然としていたが故に、彼女にとってこの静寂はとても異質であった。この闃寂の世界は、を責め立てているようでもあった。体外から来る雑多な刺激が皆無であるが故に、恐ろしい程に己が内面と向き合うことが出来てしまえる。
『霊夢が視覚と聴覚を失った』
 この事実が脳内をぐるぐると巡っている。コーヒーに落としたミルクさながら、ぐるぐると。やがてそれは脳髄に溶け込んで行って同一となり、もう隔離も逃避も出来無くなってしまうのであろう。その兆候はある。
 レミリアは足元に視線を落として、永琳の左隣に並んで歩んでいる。夏の盛りだと言うのに、前進に氷塊でもぶつけられたかのような寒気を感じていた。手は小刻みに震え、奥歯はかちかちと引っ切り無しに鳴り続けている。
「ねえ、大丈夫?」
 後ろから声がした。レミリアは体を跳ね上がらせ、振り返った。因幡てゐが心配そうに見つめている。永琳が歩みを止めた。てゐもレミリアも合わせて立ち止まる。
「顔色が悪いわ」
 てゐが言葉を重ねる。
「ありがとう。大丈夫だから」
 レミリアは首を横に振って言った。そして永琳を見上げる。
「さあ、行きましょう」
 永琳はこれと言って表情を変えること無く、また前を見直して歩み始めた。レミリアもそれに続いて歩む。
 五分程歩いた頃、右側の壁の進行方向にある襖の一つが開いた。中から出て来たのは鈴仙であった。彼女も歩いて来る二人に気付いたらしく、尖った耳をピンと立てた。後ろ手に襖を閉めて、待ち構えるようにその前に立ち止まった。
「御苦労様」
 永琳が遠巻きに声を掛けると、鈴仙は会釈をして応えた。神妙な面持ちだ。きっとあの襖の先に、霊夢がいるのだろう。
 堪らずレミリアは駆け出していた。「待ちなさい」と言う永琳の声を無視し、鈴仙の立ちはだかる襖へと駆け寄る。襖を開こうと猿臂を伸ばしたが、鈴仙に引っ掴まれてしまった。
「離して!」
 レミリアは鈴仙の腕を振り払った。すると鈴仙は体全体で襖の前へ立ち塞がった。両腕を大きく開き、悲しげな表情を浮かべて首を横に振った。
「霊夢さんは、今、寝ているから……」
 歯切れの悪い物言いは、きっと彼女なりの気遣いなのであろう。
「いいのよ、鈴仙」
 少し遅れてやって来た永琳が言った。「師匠?」とだけ鈴仙は呟き、ゆっくりと両腕を降ろした。レミリアが振り返る。永琳は相変わらずこれと言った表情を浮かべていない。
「霊夢は寝ているの?」
 少しばかり威圧的な声で永琳が問う。鈴仙は少し口五持った後、首を横に振った。
「寝てません」
「容体は?」
 続けて永琳が鈴仙に対して問いを重ねる。
「ぼんやりと起きています。薬が効いてるので意識は薄いです。ですから、しばらくは暴れたりはしないとは思うんですけど……」
「霊夢に会わせて」
 レミリアが鈴仙の言葉を遮るように言う。鈴仙は困り果てたように眉を顰め、レミリアの背後に立っている永琳の顔色を窺った。
「入れてあげて」
 永琳が厳粛な声色で言った。鈴仙は目を見開いたが、やがて素早く頷いた。そして引き手に手を掛け、ゆっくりと襖を開き、手を室内の方へ差し出した。
 レミリアは一度大きく息を吸って、恐々と開け放たれた出入り口に立った。部屋は八畳の四角形をしている。丸型の障子窓が入口から見て正面に設えられている。部屋の真ん中には焦げ茶色の脚の短い四角形のテーブル。急須と湯呑みが載せられた盆が置かれている。それの傍には抹茶色の座椅子が二つ。
 部屋の右奥に、真っ白い布団が敷かれている。その中に、同じく真っ白い浴衣のような形をした衣装に身を包んだ博麗霊夢がいた。下半身を掛け布団で覆い、上半身を起こして、何も無い真正面の壁を見つめるようにぼんやりと佇んでいる。
 レミリアが部屋に踏み入った。憔悴した足取りで歩くと、畳がざらざらと音を立てた。しかし、霊夢はそれに一切反応してくれない。
「霊夢」
 レミリアは声を掛けてみた。しかしそれでも、霊夢は動かない。まるで人形にでもなってしまったかのように、呆然と前方を見据えたままだ。
 ふらふらと霊夢に近付いて行く。あと三歩――と言う所で、転んでしまった。どすんと音がし、テーブルの上の急須やら湯呑みやらが少しだけ飛び上がる。すると霊夢はびくりと体を震わせた。
「な、何かいるの? ねえ鈴仙、今の揺れは何!?」
 霊夢が恐々とした声を上げた。するとたちまち鈴仙が飛んで来て、霊夢の右手首を握った。そして右手を開かせ、手のひらを指先で撫で始めた。どうやら、文字を書いているらしい。これが、視覚と聴覚を失った霊夢の為の新生したコミュニケーション手段なのだ。
 レミリアはその様子を呆然と見つめていた。霊夢は不安そうに鈴仙の肩に手を触れながら、手のひらに書かれた文字から状況を探ろうとしている。
「……なんでもない? 本当に平気なのね?」
 鈴仙の方とは全く異なる方向を見たまま霊夢が不安げな声を漏らした。鈴仙がその場を離れようとすると、途端に「待って」と小さく叫んで、宙を手で掻くように鈴仙の体を探し求めた。偶然、左手の小指が鈴仙の肩にぶつかると、まるで磁石に近付けた砂鉄のようにひしと鈴仙に抱き付いて、小さく身を丸くして震え始める有様である。
 レミリアの視界が白と黒で明転する。目に映るのは、つい先程までの、知性と高貴さに満ちた博麗の巫女ではなく、現存する何もかもに怯えて震えるか弱い少女。彼女の潜めるような息遣いと、ちょっとした動作に伴う衣擦れ以外、世界中の全ての音が消えてしまったかのよう。意識と言う意識が霊夢に向けられた。霊夢の動作一つ、呼吸一つに秘められている悲哀と絶望が過敏に感じ取られ、心を抉る。
 レミリアは膝歩きで距離を詰めて、霊夢に向かって手を伸ばした。その中指の先――前日、時間を掛けて綺麗に磨いた爪の先が、少しだけ霊夢の柔肌を小突いた瞬間、霊夢はまたもやいちいち悲鳴を上げるのである。
「何かいるの?」
 幾分か落ち着いた声色なのは、傍に鈴仙と言う味方がいるが故の安心感から来ているのであろう。
 鈴仙が霊夢の手首を握り、こちらを向いて来た。困ったように、そして悲しげに眉を顰め、小首を傾げて来た。
「いいわ。教えてあげて」
 レミリアは深く頷いた。鈴仙は決心したように首を縦に振り、霊夢の手に文字を描き始めた。『レミリア』の四文字を。

 片仮名の造形は、霊夢の新たなコミュニケーションにとって有利であるらしい。四文字全てを書き終わらぬうちに、霊夢の形相が豹変した。恐々と虚空を見ていた少女は、途端に眉間に皺を寄せ、目をギンと引ん剥いた。
「あいつがいるの!? どこよ!? どこにいるッ!」
 霊夢が大声で喚き散らし、腕をぶんぶんと振り回し始めた。鈴仙は驚いて退いた。後ろで襖の開く音がした。騒ぎを聞き付け、永琳が入ってきたに違い無い。
 レミリアは暴れる霊夢に近付いた。そして、左の手首を引っ掴んだ。たちどころに霊夢は竦んだのだが、その委縮も長くは続かない。また鬼のような形相を浮かべた。
「レミリア? レミリアなのね!?」
 途端に霊夢が布団から飛び出して来た。手首を掴んでいるのが誰なのかも確信しないまま全体重を掛けて、レミリアを押し倒した。そのまま馬乗りになって、まためちゃくちゃに両手を振り降ろし始めた。視界も聴覚も無いから。自分がいかに残酷なことをしているのか、感覚でしか感じられないから。そして、相手を殺しても尚冷め遣らないであろう底知れぬ怒りがあるから――まだ成人もしていない少女の我武者羅な暴力は、とてつもなく痛い。
 レミリアは抵抗せず、仰向けに寝転がって微動だにしない。目の上が腫れて視界が狭まった。吸血鬼自慢の牙が折れて破片が畳の上に転がって行った。悩み抜いた末に選んだ薄桃色の服に血の斑模様が描かれた。霊夢の見えない両目から涙が溢れて来て、血だらけのレミリアの頬を洗い流して行く。
「あんたのせいだ!」
 霊夢が声を震わせて言う。
「あんたのせいでこんなことになったんだ!」
 レミリアの瞼がじわりと熱くなった。頬を流れ落ちて行った霊夢の涙を追うように、溜まった滴が目尻から離れて行く。
「ごめんなさい」
 レミリアは呟いた。しかし、霊夢の暴力は止まない。当然だ。聞こえていないのだから。私のせいで。
「ごめんな」
 開口するや否や、口に拳が振り降ろされ、言葉を遮られた。二つ目の吸血歯が折れ、先端が霊夢の手に刺さっている。

 突然、鈴仙が霊夢の背後に現れた。暴れ狂う霊夢を羽交い締めにして後退する。不意打ちを受けた霊夢は恐怖に顔を引き攣らせて悲鳴を上げた。すると、今度は横から永琳が踊り出て来て、霊夢の腕に注射器を用いて、手慣れた手付きで素早く薬液を注入した。霊夢はしばらく悲鳴を上げ続けていたが、突如減勢し始め、やがて糸が切れた傀儡のようにぐったりと鈴仙に身を沈み込ませた。
「薬で興奮を抑えていたのに、まさかここまで昂るとはね」
 永琳が溜め息混じりに言う。鈴仙も安心し切ったように溜め息を一つ漏らし、そっと霊夢を布団へ戻した。
「そうだ、手の怪我の手当てをしなくちゃ」
 そう言って鈴仙は立ち上がり、早足で部屋を出て行った。
 レミリアは血まみれのまま仰向けに寝そべり、両手で手を覆って泣き始めた。両手では隠し切れない程の涙が両方の頬を伝って落ちて行く。
「大変なことになってしまったわね」
 永琳の声がした。
「私……もう、どうすればいいの?」
 涙声でレミリアは問う。月の頭脳の返事は無かった。寂々たる絶望感が身を包む。その絶望感に潰されて、そのまま無くなってしまいたい衝動が、全身を駆け抜けて行った。



*



 咲夜が赤い銀紙で出来た小さな袋を四方八方から見回した。それから改めて中を覗き込むと、ひと呼吸置いて頷いた。
「ええ――これは確かに、お嬢様が愛飲している紅茶です。間違いありません」
 そう言うと椅子からおもむろに立ち上がり、八意永琳が向かっている机の隅に袋を置き、後退して椅子に座り直した。すると永琳は、紅茶の袋を一瞥した後、回転椅子をくるりと回してこちらを振り返った。苦り切った顔をしている。
「こっちでも成分を調べてみたけど……劇薬を飲む習慣でも吸血鬼にはあるの?」
 いいえ――と囁き、咲夜は首を横に振る。
「人間と吸血鬼を同一視してはいけません。吸血鬼には吸血鬼の食生活、嗜好があるのです。猫にチョコレートを与えてはいけない――それと同じこと。あの紅茶は吸血鬼にとってはこの上ない嗜好品であり、人間にとっては極めて危険な毒なのです。現に霊夢は、紅茶としてあれを淹れてみて、毒だと思わず試飲してしまったのでしょう? とても高性能な毒ですわ。何せ、対象にこれは毒だと思わせすらしなかったみたいですから」
 言下に咲夜はふっと息を吐いた。永琳は更に渋面を深くし、何か言おうと口を開いたが、言葉は発さず、また回転椅子をくるりと回して机に向かい直してしまった。重苦しい沈黙が永遠亭の診療室を包み込む。
 レミリアは右隣に座っている咲夜の服の丈を握った。すると咲夜は、服を握るレミリアの手を己の手で優しく包み込んだ。暖かな手だ。視線を上げてみる。咲夜は微笑んでいた。双眸には言い知れない信頼感があった。彼女はこんな状況になっても、私の味方をしてくれているんだ。
「二人とも分かっているとは思うけれど」
 永琳が開口した。途端に咲夜が柔和な表情を一変させてそちらを向いた。レミリアも服から手を離し、永琳を見る。永琳は再び回転椅子を回して二人の方を向き、縦長長方形の紙を右手でずいと押し出して来た。紙面には意味の分からない文字がずらずらと書き込まれている。走り書きされているので増々内容の理解が出来ない。
「これ、何?」
 レミリアが尋ねる。咲夜は厳しげな表情を浮かべて、紙面の字を眼球だけ動かして追っている。
「紅茶の成分表みたいなものです」
 表情も向きも変えずに言う。しばらく紙面を睨んでいたが、やがてこくりと頷いた。
「大体間違いは無いわね」
 永琳は嬉しそうにもしないで、紅茶の紙袋の傍に紙を置いた。
「霊夢が倒れたのは、紛れも無くこの紅茶の毒が原因。そして、視覚と聴覚を失ったのは、毒にやられて心肺停止の時間が長過ぎたことによる後遺症ね」
 紅茶の毒が原因、後遺症――こんな言葉がレミリアの頭の中をぐるぐると巡り回る。分かっていたことではあるが、いざ口頭で伝えられると、計り知れない衝撃があった。
「治せないの?」
 レミリアはおずおずと問うた。永琳がはっきりと首を横に振って見せた。
「残念だけど、私の薬学を持ってしてもどうしようもない。あなたこそ、運命操作とやらでどうにか出来ないものなの?」
 永琳が尋ねて来る。今度はこっちが首を横に振る番だ。
「無理よ、そんなの。ありえない運命を呼び寄せることは出来ないわ」
 レミリアは即座に否定した。永琳が「そう」とだけ言い、三度回転椅子を回し、机に向かった。回転椅子の金具の接合部分からキィと小さな音が鳴り、虚空に空しく響いた。永琳はまた何かペンを走らせ始めた。カリカリと神経質な音が引っ切り無しに空間を跳梁し始める。咲夜は行儀よく座っているが、表情があまり愉快そうでない。
「一つ、考えていることがあるんだけど」
 レミリアは呟いた。「何でしょうか?」と咲夜。永琳は机に向かったままだが、ペンを走らせていた手が鈍った。こちらに気を向けているのが分かる。
 レミリアは俯きがちの視線を微かに上げた。視線を二者のいずれからも外して、大きく息を吸い、口を開く。
「霊夢の面倒を、私が見ようと思うの」
「お嬢様!」
 悲鳴のような声を上げたのは咲夜であった。永琳は弾かれたように回転椅子を回してこちらを見た。微かに目を剥いている。
「霊夢がああなってしまったのは私の所為よ。だから、彼女の世話をするのは私でなくてはいけないと思うの。責任をとらなくちゃいけない」
 視線を永琳に定めてレミリアは言う。永琳は目を細め、鋭い眼光を向けている。横で慌てふためき、言葉にならない言葉を切れ切れに発していた咲夜が、ようやく落ち着きを取り戻して口を挟む。
「しかし、お嬢様。霊夢は目も耳も聞こえないのです。そんな状態の人間の面倒を見るのが、どれだけ大変か分かっておられますか?」
「大変なことくらい分かるわよ! だけど、誰かが助けなくちゃ霊夢は生きて行けないじゃない!」
 レミリアは咲夜の方を向き直して叫んだ。咲夜は陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと動かした。言葉は無かったが、表情から心底困惑していることが窺える。
 レミリアは永琳の方を向き直した。永琳は相変わらず厳しげな眼差しを向けている。
「お願い、私にやらせて。そうでないと私の気が済まないわ」
 レミリアが懇願すると、永琳は小さく息を吐き、両手を組んだ。
「あなたがそうしたいと言うのならそれでいいとは思うのだけど、あなたの施しを受ける者の苦しみを考えると……少し悩ましいわね」
 そう言うと脚を組んだ。上にある右脚の大腿部に両肘を突き、前かがみになって組み合わせた両手の上に顎を乗せた。じっとりと陰湿で、冷たい鋭さを秘めた視線が真っ直ぐに突き刺さって来る。レミリアは微かにたじろいだ。永琳はその状態で開口した。
「霊夢は間違い無く、あなたを恨んでいるわ。恨んでいる者に介助されて生きて行くって、とてもつらいことだと思うのだけど、どうかしら?」
「恨まれているからこそ、よ」
 レミリアは即座に反駁する。永琳は「ふぅん?」と、それとだけぼやいた。
「私のことが嫌いならとことん嫌いになればいい。仕返しのつもりで何でも私に言いつければいい。それこそ、奴隷を一人、手に入れた気分でね」
「お嬢様、何もそこまでなされなくてもいいのではありませんか? 確かに償うことは必要です。ですが、介助は知識ある者に任せておいた方が賢明だと思います。私達はその支援に集中した方が……」
「やると言ったらやるのよッ!」
 レミリアの怒号が咲夜の声を遮った。咲夜は驚き、目を瞑る。ややあって永琳が小さく息を吐き、口を開いた。
「本当は私達がここで面倒を見ようかと思っていたけれど……あなたがどうしてもと言うのなら、そうするといいわ」
 レミリアはきゅっと口を噤み、堅く頷いた。咲夜が横で狼狽えている。彼女の態度も無理は無いと思う。尤もだ。やると言った自分でさえも、不安に押し潰されそうなのだから。
「但し、一つだけ忠告しておくわよ」
 永琳が冷然たる声を漏らした。レミリアは思わず姿勢を正し、永琳を見た。永琳は対象を射抜くかの如し鋭い目線を向けている。
「途中で投げ出したり、逃げ出したり――そう言ったことは絶対に許されないわ。倫理的にも、常識的にも。それから、私個人の感情的にも、ね」
「分かってるわよ、そんなこと」
 レミリアは言い返した。冷え切った永琳の眼を見返しながら。「霊夢は私が守るわ。絶対に。一生よ」
 永琳はしばらく微動だにせず、じっとレミリアを見つめていたが、やがて深く頷き、椅子から立ち上がった。
「まだ経過を観察したいから、霊夢をここから出す訳にはいかない。三日後、もう一度ここへ来て、霊夢を迎えに来て頂戴。それまでに、私は霊夢を説得しておくわ」
 説得とは、何とも嫌な言い方だ――レミリアはしかめっ面を浮かべて頷いた。永琳はそのまま歩いてレミリアの横を通り抜けた。振り向いてその姿を目で追う。永琳は診察室の戸の前に立って振り返った。
「とりあえず、今日話すべきことは話せたわね。後は別に用事も無いでしょ? 見送るわ」
 レミリアは咲夜の方を見やった。咲夜も同じように主を横目に見つめて来ている。咲夜がちょこんと頷いた。何もありません――の合図だろう。
「そうね。それじゃあ帰るわ」
 言下にレミリアは椅子から降り、足早に永琳の元へ向かった。咲夜も追うようにして椅子から立ち上がって歩んだ。二人が来たのを見計らい、永琳は戸を開け、廊下に出た。廊下には外でやかましく鳴いている蝉の声が入り込んで来ている。それを聞いてレミリアは、今が夏であることを思い出した。背筋も凍るような恐ろしい出来事が続いた所為で、暑気と言うものをまるで意識していなかったのだ。
 永琳は無言で廊下を歩み、二人を玄関口まで先導した。二人も彼女と同じように黙々とそれに従って歩いた。
 歩きながらレミリアは霊夢のことを考えた。人間らしくないくらいに強く、それでいて優しく、年齢の割に少しだけ大人びた態度。あまり愛想がいいとは思えなかったが、だからこそふとした時に見せる微笑みが愛らしく、そして愛おしかった。たった一度だけの過ちで、その全てが水泡に帰してしまった。目も見えず耳も聞こえないとなれば、今までのような力は発揮出来ないだろうし、他者に優しく接する心的余裕も失われたことだろう。そして、もう二度と微笑み掛けてなどくれないだろう。
 レミリアは零れて来た涙を手の甲で拭った。右隣を歩む咲夜が肩に手を乗せて来た。
「ありがとう」とだけレミリアは応えた。



*



 扉が叩かれた音が聞こえた。レミリアは目を開け、ベッドの上で上体を起こした。ずっしりと重たい頭は、芯が締め付けられているかのような疼痛を抱えている。睡眠が足りていない証だ。
「何?」
 ぶっきらぼうに扉に向かって発声すると、一呼吸分の間を挟んだ後に扉が開け放たれた。現れたのは十六夜咲夜。白や水色を中心とした、清涼感溢れるメイド服に身を包んでいる。
「失礼します。おはようございますお嬢様」と、咲夜は早口に告げ、恭しく一礼した。
「どうかした?」
 レミリアが尋ねると、咲夜は「はい」と神妙な面持ちで頷いた。「霊夢が退院する――と、永遠亭の使いから連絡がありました」
 途端にレミリアは目を見開いた。咲夜はゆっくり頷く。「彼女の所へ行かなくてはいけません。出掛ける支度をお願いします」
 そう言うと咲夜はクロゼットに向かい、それを開いた。中に掛けてあった薄手の白色のワンピースを取り出し、簡素に折り畳みながらこちらに歩み寄って来た。そして、ずいとワンピースを差し出した。
「さあ、御着替え下さい」
 レミリアはそれを受け取り、ゆっくりとベッドから降り立った。畳まれたばかりのワンピースを広げ、まじまじとそれを見つめる。これを着たら、霊夢に会うのだ。会わなくてはいけない。そして、彼女が死ぬまで、彼女の面倒を見続ける生活が始まる。お互いに、何の展望も、何の希望も無い生活が――。
 レミリアは頭を振った。そして、勢いよく寝間着を脱ぎ、ベッドに向かって放り投げた。素早くワンピースを着て、適当に手で髪を梳かした。ベッドの脇の小テーブルに置いてある、赤いリボンの巻かれた白色のナイトキャップを被った。次いで、テーブルの元に放置してある日傘を引っ掴んだ。大きく深呼吸をし、後ろを振り返る。咲夜はひどく悲しそうな顔をしている。
「そんな顔しないで頂戴」
 レミリアは努めて笑顔を浮かべて言った。咲夜はしかし、表情を変えることはしなかった。ゆっくりと歩み寄って来て、目の前で跪いた。レミリアの肩にそっと、咲夜が手を置く。
「お嬢様。不明瞭なことや要望などがあったら、迷わず、遠慮なく申し出てください。お嬢様の気持ちを踏み躙らない範囲で、私もお手伝いしますから」
 レミリアは口を閉じ、息を呑んだ。真っ直ぐに見つめて来る咲夜の双眸には、並々ならぬ迫力があった。その迫力が、今後待ち構える苦難を表しているかのように思えた。
 肩に乗せられた手に手を乗せ返し、レミリアはぎこちない笑みをどうにか深めて見せた。
「ありがとう」
 言下に肩に乗る従者の手をそっと退けた。咲夜がゆっくりと立ち上がり、己の手の甲を撫でている。
「行きましょう」
 言下にレミリアは歩き出した。部屋を出て、長い廊下を歩む。少し遅れて咲夜が駆け寄って来て、背後にぴたりとくっ付いて歩き出した。
「博麗神社で、永琳らが霊夢と一緒に待っているそうです」
「博麗神社?」
 レミリアは頭だけ後ろを振り返らせた。「神社で生活するの?」
 咲夜が頷いて見せた。
「霊夢が希望したのだそうです」
「そう」
 再びレミリアは前を向き直した。廊下にはメイドとして働いている妖精達の姿がちらほらとあった。すれ違うと各々朝の挨拶を飛ばして来た。あまり役に立つ者がおらず、時には疎ましくも思える存在であったが、今は何となく、別れが悲しく感じられた。
 長い廊下の突き当たりに差し掛かり、階段を下りて、一階へ。エントランスへ向かうべく歩いていると、台所の前を通りすがった。レミリアはそちらに目をくれてみる。灯りが消されていて、中は真っ暗で何も見えない。己が最大の失態の原初となった部屋――そんな風に思うと、夢の詰まったこの一室も、禍々しく、忌々しいものに思えて来る。
 レミリアは台所から目を逸らし、少しばかり歩みを速めた。
 やがてエントランスホールに到着した。後ろを歩いていた咲夜が不意に歩みを速め、玄関扉の取っ手に手を掛けて待機する。レミリアは歩みを止めることなく、日傘の紐を解き、開閉用のボタンに手をやる。頃合いを見計らって咲夜が扉を開けた。十数メートル先にある門の前に、見慣れた門番の後ろ姿があった。扉を開ける音に感付いたようで、振り返って控え目に手を振って来た。他言していないから、彼女は何も知らないのだ。気楽なものだ。
 レミリアは薄く笑んで手を振り返した。それから玄関扉を通り抜ける。同時に日傘のボタンを押して、それを開いた。屋根が作り出す微かな日陰から抜け出すと、太陽の熱が齎す高い気温が強く肌に感じられた。今日はまた、空が一段と晴れ渡っている。
 日傘で体を防備しつつ、レミリアは門へ向かって歩き出した。足音を聞き付けた門番が、門を引き開けた。門を潜るや否や、門番が声を掛けて来た。
「お嬢様、歩いてお出掛ですか? 珍しいですね」
「ええ。何となく、今日は飛んで行きたい気分じゃないの」
 ――何となく、だって? 理由なんて分かり切っているだろうに。
 レミリアは小さく息をつき、軽く右手を上げた。
「じゃあね。ちゃんと仕事するのよ」
 そう門番に告げて、博麗神社のある方へ向けて歩き出した。
「はい、がんばります!」と、後ろから門番の元気な声が飛んで来た。途端に背後で、咲夜が忌々しげに息をついた。
「咲夜。そんなにカリカリしないの」
 少しだけ後ろを振り返ってレミリアが言う。「すみません」と、咲夜が頭を下げた。
 レミリアは前を向き直して黙々と歩みを進めた。通い慣れた博麗神社への道だ。数日そこらでは見た目に大きな変化はない。しかし心は、まるで天地がひっくり返ってしまったかのような激変を遂げている。まさか、こんなにも心踊らぬ神社への道中なんてものがあったなんて。

 およそ三十分が経過した頃、神社に続く階段に到達した。
 レミリアは一度足を止め、高く伸びる階の末を見上げた。景色が陽炎で微かに揺らめいている。熱っぽい風に煽られた木々がざわざわと音を立てる。何だか実に不穏な感じだ。
「お嬢様」
 後ろから咲夜の声がして、途端に言い知れぬ不吉な幻覚は消え失せて行った。
「ごめんなさい。行きましょう」
 レミリアは振り返ることもしないでそう言い、階段に足を掛けた。鉄塊でも埋め込んだかのように足が重たい。一段だけ上がるのに多大な労力を要求されているかのようであった。頬を、首筋を、腋の下を、背中を、汗の雫が伝って落ちて行く。夏の暑さによる爽やかなものとは程遠い、冷たい嫌な汗であった。
 階段の中腹まで辿り着いた時、境内から誰かが階段を覗き込んで来たのが見えた。
「あっ、来た!」
 その者が声を上げた。レミリアは目を細めて段上を凝視する。因幡てゐであることが分かった。途端にてゐは踵を返して去って行った。
「少し急ぎましょうか」
 咲夜が助言する。レミリアは無言で頷き、少しばかり足を速めた。

 階段を上り切り、境内に足を踏み入れる。拝殿へ続く石畳の参道の中程にてゐが立っており、ちょいちょいと手招きして来た。
「永琳様が社務所で待ってるから!」
 そう言うと、兎らしい軽快な足取りで駆け出した。社務所へ向かっている。
 レミリアはてゐを追って歩き出した。てゐは二人よりも遥かに早く社務所に辿り着き、屋内へと姿を消した。社務所に近付くに連れ、その建物はどんどん大きくなって来る。数日前、霊夢を絶望の淵に叩き落とすこととなった、その現場に、再び歩み入ろうとしているのだ。
 少しだけ俯いて、社務所の全貌から目を背けるようにして、レミリアは歩いた。咲夜が気を利かせ、レミリアの片腕をとり、自身の腕に絡めて先導して歩いた。
 石畳の道が終わり、玄関戸が視界の隅に映った。レミリアは顔を上げた。見慣れた社務所の戸がやけに大きく見えた。
 咲夜が戸を横に引いて開いた。玄関には、霊夢が愛用している焦げ茶色のローファーと、クリーム色の突っ掛けの他、三名分の履物が丁寧に揃えて並べられてあった。
 レミリアは履物を脱ぐと、それらの横に並べて置いた。恐々とした足取りで玄関へ上がる。
「お邪魔します」
 レミリアは声を張り上げた。すると、すぐ左にある客間の戸が十センチ程開いた。開いた先には鈴仙が立っていた。隙間から姿を覗かせている鈴仙は、右手で手招きをして来た。レミリアは小走りで客間へ近付き、鈴仙が開けた隙間に手を入れて、戸を開け放った。
 途端に三人分の視線が突き刺さった。視線を投げ掛けて来た三人の他に、客間にはもう一人、人間がいる。だが、彼女は目が見えないし、音も聞こえないから、レミリアの入室には全く気付いていない様子だ。不安そうな表情を浮かべて、少女――博麗霊夢は、永琳の服の裾を握り締めている。
 レミリアは唇を噛み締め、その場にゆっくりと腰を降ろした。少し遅れて入室した咲夜が戸を閉め、レミリアの左横に座った。てゐが嘆かわしげな目線を向けている。ふと、永琳が霊夢の肩を叩いた。霊夢は少しだけ体を震わせた後、右手の掌を天井に向けた。永琳はそこに己の人差指で文字を書き始めた。
「レミリアが来たのね?」
 霊夢が言う。永琳は、霊夢の頭をぽんぽんと二回叩いた。霊夢は憎々しげに大きな溜め息を付いた。今の頭を叩く動作は、肯定を意味していたのかもしれない。
「さて」
 永琳が音頭を取った。たちまち、てゐと鈴仙が姿勢を正した。レミリアも少し遅れて姿勢を正した。
「レミリア。今日からあなたが臨んだ通り、ここで霊夢との生活が始まるわ。最後にもう一度確認しておくけれど――逃げることは出来ないわよ。それでも、後悔は無いわね?」
 永琳の声は実に厳粛だ。開け放たれた縁側でちりんちりんと騒ぎ立てている風鈴の愛らしさが、場に似つかわしくない。
「無いわ」
 レミリアは厳然たる声色で言い放った。咲夜がこっそり溜め息を吐いたのが聞こえたが、気付かないふりをした。
「霊夢は私が責任を持って面倒を見る。何があっても、絶対に見続けるわ」
 永琳が鈴仙を見た。視線に感付いた鈴仙は、困ったような表情を浮かべ、しばし固まっていたが、やがて首を縦に振った。次いで永琳は咲夜の方を向いた。
「あなたは何か言いたいことはある?」
「はあ」
 咲夜は気の抜けたような声を漏らした。レミリアも従者の方を見る。咲夜はわざとらしい空咳を一つ挟んだ後、居住まいを正した。膝が畳をざらりと鳴らした。
「私はお嬢様の意思を尊重します。許容される範囲で支援をしていくつもりです」
 永琳は「そう」とだけ言い、三度視線をレミリアへと向けた。
「霊夢も昨日、あなたの庇護の元で生活することを許諾したわ。反対している者は一人もいない」
「それじゃあ」
 レミリアは僅かに身を乗り出した。永琳は厳粛な表情で頷いた。言葉は無かった。もはや言うまでもない、と言った感じであろう。霊夢は視線を床に落とし、口を噤んでいる。今現在、どんな会話が行われているかさえ、彼女は知る由も無いのである。暗黒と闃寂の世界で、何の刺激も与えられないでそこにいるだけというのは、とてつもない苦痛を伴うことは想像に難くない。それでもあれ程に端然としていられるのは、さすがは博麗の巫女と賛美すべきか、それともただ単純に全てを諦めただけのことなのだろうか。
 レミリアは立ち上がり、霊夢に駆け寄った。たちまち永琳が霊夢を庇うように身を乗り出した。
「落ち着きなさい。あんまり急に刺激しちゃ駄目。何をするつもり?」
 永琳の声色は強張っている。
「報告しなきゃ。私がずっと一緒にいるって、霊夢に」
 そう言い、レミリアは霊夢の前に座った。床の震動を通じて、霊夢は目の前に何者かがやって来たことを悟ったようで、眉を顰めた。
「誰?」
 おもむろに両手を前へ伸ばし、やみくもに眼前に居座る物体を探り始めた。右手が帽子に触れた瞬間、霊夢は即座に手を引いたが、すぐにそれを繊維と認識したらしく、また手を伸ばして来た。たどたどしく動く手が、頭頂、こめかみ、そして耳へと降りて来た。
 見かねたように、永琳が霊夢の肩を叩いた。すぐさま霊夢は手を横に伸ばし、手のひらを天井に向ける。永琳はそこに文字を綴る。
「レミリア。やっぱりそうなのね」
 霊夢の声は暗澹としている。永琳は少し考えた後、また手のひらに別のことを記し始めた。何か学べることがあるかもしれないと、レミリアは身を乗り出し、永琳の動作を眺めた。霊夢は一文字一文字、感知した語を口にし、意味を拾って行っている。
「……レミリアも、話したい?」
 言下に永琳が霊夢の頭を二度叩く。すると霊夢は、永琳の方へ伸ばしていた手を真ん前に伸ばした。手のひらは上を向いている。
 レミリアは体勢を戻し、そっと霊夢の手首を左手で握った。そして、永琳の見よう見まねで手のひらに文字を記し始めた。
「何? もっと大きく書いて。分かんないわ」
 霊夢が不満げに言う。
「ごめんなさい」
 口にした直後、気付いた。この声は彼女に届いていない。
 霊夢に言われた通り、なるべく大きな動作で手のひらに字を書いて行く。書き終えても、霊夢はしばらく反応しなかった。伝わらなかっただろうか。もう一度レミリアは霊夢の手をとったが、瞬く間に振り払われてしまった。
「ごめんなさい、じゃないわよ」
 声を震わせて霊夢が言う。すぐ傍で永琳が小さく息を吐いた。まるで、これから続く長く険しい茨の道を鮮明に脳裏に思い描いたかのように。
 レミリアはもう一度、霊夢の手を握った。霊夢は「もういいから」と、また振り払おうとして来たが、しつこく強く握っていると、堪忍したようにおとなしくなった。レミリアは先程と同じように、手のひらに文字を記して行く。「よろしく」と、四文字。
 書き終えると、霊夢は「ふん」と素っ気なくぼやいて、手を突っぱねた。それからは何も言わないで、堅く口を閉ざし、開け放たれた縁側の方に目を向けてしまった。
 レミリアは元いた場所へと引き下がった。腰を降ろすと、すかさず咲夜がそっと背中をさすってくれた。
 重苦しい静寂が客間を包み込む。その最中、風鈴がりぃんと、場違いに美しく、澄んだ音を立てた。永琳がにわかに風鈴の方を見た。鈴仙も、てゐも、咲夜も皆、その清廉な音色に気をとられたようで、そちらに目をやった。レミリアも何の気なしに風鈴の吊られている縁側を眺めた。誰もが同じ方向を向いている。向いているのに、見えている景色は、たった一人だけ、まるで異なっているのだろう。



*



 畏怖、好奇、侮蔑――様々な感情を含んだ視線が、まるで突き殺しでもしたいかのように飛んで来ている。どうしようもなく、居心地が悪い。
 レミリアは下唇を噛んだ。俯いて目線を足元に落として歩く。すれ違う人々は一様に道を開けてくれる。当然と言える。右手に日傘、左手に籐細工の買い物籠を下げた吸血鬼が人里を歩めば、何事かとも思うだろう。
 俯き加減のままレミリアは、眼球だけを動かし、視線を横に向けた。人里の真ん中を一直線に突っ切る大通り。それに沿っていろいろ商店が開かれている。肉屋、魚屋、雑貨屋、菓子屋……。似たような造形の店舗が幾つも並んでいたが、やがて『八百屋』の看板を飾った店舗を発見した。
 レミリアは立ち止まった。服のポケットに手を入れ、底に入れておいた十センチ四方のメモ用紙を取り出す。ここで買うべきものがあることを確認すると、メモ用紙を服のポケットに入れて、店へ駆け寄った。店頭で木製の丸椅子に座って店番をしていた妙齢の女性がぎくりと立ち上がった。そこまで怖がることはないのに。
 レミリアは商品が並べられた台の前で立ち止まり、目当ての品を探した。
「何をお探しです?」
 店番の女性が尋ねて来た。優しげな声だが、少しばかり声が上ずっている。商品から目を離し、女性の方を向くと、「ひっ」と小さく悲鳴を上げて狼狽えられてしまった。
「きゅうりと、なすと、かぼちゃ」
 レミリアが言うと、言下に女性はやけにてきぱきと、指名した商品を籠にとり、値段を告げて来た。メモを入れた方とは逆にあるポケットからがま口を取り出し、言われた通りの金額を握り締めて差し出す。女性は商品を乗せた籠を座っていた丸椅子に置いて、恐々と両手を差し出して来た。手を開いて、手中の金をその手に落とす。
「はい、ありがとうございます」
 言下に女性は丸椅子の上の籠を手に取り、載せていた商品を買い物籠へ入れた。
「ありがとうございました」
 引き攣った笑顔を浮かべながら、女性は深々と一礼した。仕方のないことだと分かってはいるが、何だか癪だ。
 レミリアは小さく溜め息を吐き、振り返った。すると目の前には大柄な男が立っていた。顔を見上げてみると、男も「うわ」と声を上げ、脱兎の如く横へ飛び退いた。店の周囲では、野次馬達が砲列を成していた。
「邪魔したわね」
 レミリアが歩き出す。後ろにいた男は「いえ、とんでもないです」と、首をぶんぶん横に振りながら応えた。途端に野次馬達もばらばらと蜘蛛の子を散らすように解散して、皆無関心を装うように視線を宙へと泳がせる。人里で買い物する吸血鬼がそんなに珍妙か。
 レミリアは顔を赤らめ、視線を足元に落とした。そして足早に歩き出す。買い物籠を持つ手を大きく振り、人里の大通りを歩む。人間達は勝手に退いてくれるから、前方を気にすることも、速度を遅くすることも不要だ。一秒でも早く、この理不尽な羞恥から逃れてしまいたい。
 順調に歩み進んでいたのだが、しばらくすると、何者かが前に立ちふさがった。視線を地面へ落としていたから脚しか見えないが、吸血鬼の進行に臆する様子がない。焦げ茶色のローファーのつま先がこちらを向いている。
 レミリアは立ち止まり、顔を上げた。十六夜咲夜が立っていた。目が合うと彼女は、ぎこちなく微笑んだ。
「お嬢様、御苦労様です」
 そう言って軽く頭を下げて来た。
「どうしたの、咲夜。私は急いでいるの」
 レミリアは歩き出し、咲夜の横を抜けようとした。しかし、咲夜は素早く横に一歩出て、進行を妨げた。一体全体、何の嫌がらせだろう? 一刻も早くここから逃げ出したいくらいだと言うのに。
 レミリアは買い物籠を持つ手に力を込めた。少しだけ肘を引いた、その瞬間、咲夜は胸に手をやり、深く頷いた。
「お嬢様がお忙しいのは承知しています。いえ、寧ろお忙しいと思ったからこそ、私はここへやって来たのです」
「どう言うこと?」
 握り締めた拳から力を抜き、レミリアは首を傾げる。咲夜は「はい」と頷くと、懐から懐中時計を取り出した。
 全体が銀色で、表面に白色で幾何学的な模様が描かれている。長い鎖を手にじゃらりと巻き付け、蓋を開け、時計の面を向けて見せて来た。六十秒を数える小さな時計と、一時間を数える主たる時計。両方の時計の針が規則正しく動いている。現在刻まれている時は十一時。予想外に時間が経っているではないか。
 咲夜は時計を示しながら口を開いた。
「お昼ご飯とした時間まで、あまり時間がありません。早く神社へ戻らなくては」
「分かってるわよ。今から帰る所だったの!」
 レミリアは再び、咲夜を横切ろうとしたが、またも咲夜は肩に手を置いてそれを阻害した。
「何なのよ!」
 レミリアは金切り声を上げた。後方から人間の小さな悲鳴が聞こえた。咲夜は苦り切った表情を浮かべた。
「今から歩くなり飛ぶなりして帰ったのでは、間に合わない可能性が大いにあります。ですから、ここは私と帰りましょう。時間を止めて、神社までお連れ致しますから」
 そう言うと咲夜は、懐中時計を持つ手を肩から離した。時間を操る能力を用いる媒介として、彼女はこの銀の懐中時計を用いる。時間を止めて、神社まで瞬時に移動しようと言うのだ。
「冗談じゃないわ、こんな早々にあなたの助けなんて――」
 ――受けられる訳ないじゃない。
 レミリアは言葉を飲み込んだ。景色は人里から、博麗神社の境内に一瞬にして変化してしまった。人々の視線も、ひそひそとした話し声もない。人気は無く、蝉の声と葉擦ればかりが周囲で木霊している、閑静な神社だ。
 レミリアは周囲を見回したが、咲夜の姿は無かった。咎められるのを見越して、早々とどこかへ逃げてしまったのだろう。時間を止められて動かれたのでは、追おうにも追えない。
「……お昼ご飯、作らなきゃ」
 レミリアは社務所を目指して駆け出した。参道を抜けて玉石の敷き詰められた一帯を突っ切り、社務所へ至ると、すぐに戸を引いて中へ入る。後ろ手に戸を閉めると、外で鳴り響いている環境音の全てが遮断された。社務所の中はしんと静まり返っている。不意に風鈴の音がした。
 靴を脱いで玄関に上がる。脱いだ靴を綺麗に揃えると、レミリアは客間へ向かった。戸を引くと、霊夢が座っていた。壁に背を預け、人形のように微動だにせず、縁側の方向を向いてぼんやりとしている。何も見えていないし、何も見えていないのだろう。しかしそれでも、一縷の期待を込めて、「ただいま。霊夢」
 霊夢は動かない。こちらの存在に気付いてもいない。
 レミリアは戸を閉め、買い物籠をそっとその場に置くと、霊夢に歩み寄った。肩をそっと叩くと、霊夢ははっと目を丸くした。
「誰? レミリア?」
 レミリアはそっと頭を二回叩いた。霊夢は一度安堵の溜め息を吐いたが、すぐにまた表情を険しくしてしまった。複雑な心境が、目まぐるしく変化する表情や態度に如実に表されている。
 ややあって霊夢が右手を差し出し、手のひらを天井へ向けた。レミリアは左手で彼女の手首を握り、右手で手のひらに文字を描く。『ただいま』『ごはんにする』
 霊夢は無言のまま頷いて、手を撥ね退けた。そして口を不機嫌そうに『ヘ』の字にひん曲げ、閉口してしまった。
 レミリアはそっと立ち上がり、踵を返し、台所へ向かった。出入り口である引き戸の近くに置いた買い物籠の取っ手を左手で引っ掴み、右手で引き戸を開いた。廊下に出て、戸を閉める。小さく溜め息を吐いた後、廊下を歩き出した。
 台所へ向かうまでの道のりは、あの悪夢のような出来事が起きた日の光景とほとんど同じであった。台所に霊夢が倒れていても、何らおかしくないくらいの近似性。もしかしたら台所に踏み入ってみると、血と見まがう程に紅い紅茶の絨毯、その上に霊夢が倒れているのではないか?
 途端に、体がよろけた。同時に頭の真中がずきずきと痛み出した。思わず廊下の壁に手をつける。買い物籠が壁にぶつかって大きな音を立てた。直後に籠はするりと手を抜けて、地面に落ち、また音を立てた。背や頭頂から冷たい汗がじわりと吹き出して来て、体表を伝って落ちて行く。
 レミリアはその場に座り込んだ。背を壁に預け、頭を押さえて頭痛が引くのを待った。おもむろに顔を上げてみると、景色の輪郭がぐにゃりとひん曲がっているではないか。まるで、あの日の光景との相違を無理矢理作り出そうとしているかのよう。精神が、脳髄が、この景色を拒絶しているらしい。――こんなことじゃいけない。私が霊夢を支えてあげなくちゃいけないんだから。
 壁に身体を押し付けて、レミリアはゆっくりと立ち上がった。手を壁に沿え、台所を睨む。一度目を閉じ、大きく深呼吸をした。そして、ゆっくりと目を開けてみる。好き放題婉曲していた景色は、少しばかり落ち着きを取り戻しているように見えた。
 落ちている買い物籠を拾い上げると、ゆっくりと台所へ向けて歩み出す。着実に台所に続く扉が大きくなって来る。歪んでいた景色も着実に精度を取り戻している。自然と口の端が釣り上がった。大丈夫、私はあの景色に負けてなどいない。あの景色を、恐れてなどいない。
 やがて、扉のノブが手の届く所にまで近付いた。レミリアは猿臂を伸ばし、銀色のドアノブを握る。素早くノブを回し、荒々しく扉を開け放つ。
 扉の先は、しんと静まり返った、狭苦しい台所であった。いつか、河童に作らせていた、古風な神社には似つかわしくない利便性を持つ水道と流し台。正面にはすり硝子の窓が設えられている。水場の左横には食器を乾かす為のスペースが備えられていて、銀色の食器立てが置かれている。右横は作業用の空間があり、その下には雑多な調理器具をしまう為の引き出しが、上方の壁にはまな板や鍋が掛けられている。霊夢はああ見えて、実は洒落ていて便利な台所に憧れていた節があるのかもしれない。
 レミリアは台所に一歩踏み入った。立ち止まって横を見る。霊夢が倒れていた場所には、何も無かった。毒々しい色の紅茶も、ぶちまけられた茶葉も、割れた食器も、全て綺麗に片付けられている。咲夜がしてくれたのだろうか?
 しばらくレミリアは床の一点を見ていたが、頭を振って、そこから目を離した。買い物籠を作業用の場に置くと、その中に手を突っ込んだ。その瞬間、中指の先が、べっとりと粘性のある生温かい感触を捉えた。「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、レミリアは買い物籠から手を引いた。中指の先を見ると、色が無く透き通った液状のものがひっ付いているではないか。
 レミリアはその指先をそっと鼻に近付けた。首を傾げた後、恐る恐る口へと運んでみる。舌先でちろりと己の中指を舐め、ああ――と嘆息をついた。
「卵、割れちゃったんだ……」



*



 昼食を満載した黒色のお盆を持ち、レミリアは廊下を歩む。歩きながら、自作の彩りの悪い昼食を眺める。普段食べているものの見よう見まねで切って盛り付けた野菜サラダ、小さく切って焼いて塩を振っただけの肉、気まぐれで咲夜の炊事を手伝った時を思い出して作った味噌汁に、知らない間に炊かれていたご飯。……ご飯はきっと咲夜の仕業だろう。悔しいけれど、本当に助かった。
 レミリアは溜め息を吐いた。一歩歩く毎に、胸中に渦巻く不安が増大して行くのを感じる。この程度の出来で、果たして許されるのだろうか? だからと言って作り直している時間も、食材の余裕も無い。
 懊悩している内に、レミリアは霊夢のいる客間の前へ到着していた。左手でお盆を持ちながら、戸を叩く。
「霊夢、入るよ」
 そう言えば、聞こえていないのだっけ。
 戸を横に引いて開ける。霊夢は、買い出しから帰って来た直後とほとんど変わらない場所で、ぼーっと宙を見ている。
 レミリアはお盆を床に置き、戸を閉めると、霊夢に歩み寄り、肩を叩いた。霊夢が少しだけ目を見開き、探るように手を宙にやった。
 レミリアはその手首を捕まえた。霊夢が「あっ!」と声を上げる。驚いて、レミリアが思わず手を離してしまうと、霊夢が少しだけ身を引いた。
「レミリア、よね?」
 すかさず、霊夢の頭をそっと二度叩いてやる。霊夢は安心したように息をついたが、やがて思い出したようにむすっと表情を険しくしてしまった。
 レミリアは再び霊夢の手をとり、手のひらに文字を描く。食事の準備が出来たと言う旨を伝えると、霊夢は素っ気なく「そう」とだけ言った。すかさず立ち上がり、置いて来た昼食を載せたお盆をとりに帰る。霊夢の元へ戻ると、その場に腰を降ろし、一息つき、昼食達を見やった。野菜から食べた方が体にいいと言う話を聞いたことがある。
 レミリアは霊夢の手をとって「食べさせてあげる」と手のひらに記した。霊夢は顔を顰めて頷き、そっと少しだけ口を開いた。右手で箸をとり、左手で野菜サラダが盛り付けられている直径十センチ程度の小皿をとる。ぶつ切りのキャベツを箸で摘まんで、そっと霊夢の口へ近付ける。
 箸の先端が唇に触れた途端、霊夢は少しばかり身じろいだ。しかし、すぐに立ち直り、口の近くにあるものの正体を唇や舌で慎重に調べた挙句、ようやくそれを口に入れた。租借の動作がやけに緩慢に見える。やがて喉仏がぐりんと動き、直後に霊夢がそっと息を吐いた。美味しいのだろうか? 確認したいが、逐一そんなことをしていたら日が暮れてしまう。
 レミリアは再びキャベツを摘まんで、霊夢に食べさせた。先程とは違い、霊夢は早々と差し出されたものを口に含んで、噛み、飲み込んだ。しかし、その表情からは満足感も幸福感もまるで認められない。
 三度、レミリアは野菜を摘まんだ。霊夢の口元へ持って行くと、霊夢は口先でつんと野菜を突いた。そして、顔を顰めて首を振った。
「別のものが食べたいわ」
 レミリアは慌てて野菜を摘まむ箸を持つ手を引っ込めて、お盆の上を見やった。ご飯か、肉か、味噌汁か。霊夢が食べたいのはどれだろう。
 確認をとるべく、霊夢の手をとる。手のひらに此度の献立を大雑把に記してみたのだが、途中で霊夢が手を突っ撥ねた。
「ああもう、面倒くさいわね! 何だっていいから野菜以外のもんを食べさせてよ」
 霊夢が声を荒げる。
「ごめんなさい」
 レミリアはすぐに味噌汁を手に取った。野菜を食べさせた時と同じように茶碗を口へと近付けようとしたのだが、手を止めた。野菜と味噌汁では食べ物の性質が違いすぎる。温度も、形状も違う。これくらいのことは知らせた方がいいに決まっている。
 味噌汁をお盆に戻して、霊夢の手をとったのだが、即座に払いのけられてしまった。
「しつこいわよ! 何でもいいって言ってるでしょう!?」
 霊夢はいよいよ怒り出した。気遣いを怒気で無碍に扱われた怒りよりも、焦りが勝った。これから彼女を支援していかなくてはならないのに、初っ端からこんな調子では、霊夢も自分もあまりにも不安ではないか。
 再度、レミリアは味噌汁を選択し、茶碗を慎重に霊夢の口元へ持って行く。霊夢の下唇が茶碗に触れた。物体を感知し、追うようにして上唇も茶碗を捉えた。中の羹を口へ流し入れてやるべく、茶碗を傾ける。
 その途端、霊夢が「熱い!」と悲鳴を上げて飛び退いた。足が脇腹に命中する。バランスが崩れ、左手から茶碗が落ちてしまった。左手を離れた茶碗は霊夢の腿の辺りへ落下し、内容物を容赦なくぶちまけた。脚に羹を受けた霊夢は悲鳴を上げる。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
 レミリアは引っ切り無しに謝辞を叫びながら周囲を見回したが、こぼれたものを拭きとれそうなものは見つからなかった。とりあえず衣服ででもいいかこぼれたものを拭わなくては――と、霊夢の方を向き直した。その瞬間、熱さにのた打ち回る霊夢の足が、レミリアの腹部を捉えた。ひっくり返るレミリア。すると、右の肘がお盆を打ち、載せられていた全ての食事が畳へぶちまけられてしまった。
 レミリアは起き上がり、台無しになった食事と、口汚く自分を罵っている霊夢とを何度も見比べた。霊夢は怒っている。しかし、目も耳も機能していない彼女に謝罪し、状況を説明するのは非常に困難だ。だからと言って激昂する彼女を一切無視して床にこぼれてしまった食事を掃除するのは如何なものか。どうすればいい。どうするべきだろう。どうすれば。
「れ、霊夢。お願い、落ち着いて……」
 哀願するように言うのだが、当然、霊夢は少しも黙らない。役立たずとか、死んでしまえとか、そんな呪詛を次々に吐き出している。しかし彼女はこちらに大してそれ程の――いや、それ以上の怨嗟を抱いていて当然なのだ。しかし、やはり、罵られ続けるのはあまりにもつらい。先ずは謝らなくては。

 レミリアは霊夢に近付き、肩を叩こうと手を伸ばした。指先が目的の部位に触れ掛かった刹那、レミリアの右肩に優しい重力が加わった。驚いて振り返ってみると、咲夜がいた。
「咲夜!?」
 レミリアは声を上げる。直後にはっとして周囲を見回した。怒り狂う霊夢に、床に散らばる、見るも無残な昼食。レミリアは顔を赤くし、口を開いたが、言葉を出す前に咲夜がそっと人差し指を鼻さきに持って来た。そして、困ったように微笑んだ。私にお任せ下さい――憎たらしいくらい優しい笑顔が、そう語っている。
 レミリアは霊夢を振り返る。それから汚れた床に目を向けた。唇を噛んで一歩退くと同時に、咲夜が一歩前に出て、入れ違う形で霊夢の前に立った。相変わらず罵詈雑言の限りを尽くしている真っ最中の霊夢を見て、憐れむような深いため息をつき、懐から懐中時計を取り出した。上蓋を開き、外縁にあるスイッチを押す。次の瞬間には、床の昼食の残骸はすっかり片付けられて元の綺麗な畳に戻っていた。時間を止められるから、一瞬で終わったように見えてしまうだけとはいえども、悔しさを抑えることが出来ない。
 咲夜は「さて」と呟いて霊夢を見た。暴言はまだ尚続いているが、そろそろ終息を見せ始めている。咲夜はまた溜め息をついた。今度の溜め息は、憐憫と言うよりは、嘲笑にも近しい、冷然としていてとても残酷な響きが隠見された。レミリアは寒気を覚え、思わず身を震わせた。その直後、咲夜が霊夢に向かって歩き出した。足の入口の周りにおとなしめのレースをあしらった白色のロークルーが、畳を擦って音を立てる。その音にすら、何か冷酷なものを感じた。
「咲夜」
 レミリアが声を出した。咲夜がぴたりと立ち止まり、ゆっくり振り返った。
「何か?」
 小首を傾げる咲夜の表情には微笑が張り付いている。よからぬものを隠蔽する、蓋のような、そんな笑顔だ。
「もういいわ」
 レミリアは言下に歩き出した。咲夜は微笑を浮かべたままレミリアを見つめている。
「いい、とは?」
 咲夜が静かに尋ねて来た。咲夜の横に並ぶと、レミリアは彼女の肩にぽんと手を置いた。
「後は私がやる。床の掃除、ありがとう。たぶん、お昼ご飯が足りないと思うから、何か作っておいてくれる?」
 レミリアは肩から手を離し、霊夢に駆け寄った。その頃には霊夢の口汚い言葉の数々もすっかり落ち着いていた。すかさず霊夢の肩を叩いて意思疎通を試みた。しかし、霊夢はしばらく手を出そうとしなかった。すっかりへそを曲げてしまっている。応答してくれることを願って肩を叩き続けていたのだが、次第に背後からの視線を感じた。振り返ると、咲夜がぼうっと突っ立っている。
「何してるの、咲夜。昼食をお願い」
 レミリアは語気を強めて言う。すると咲夜ははっと肩をびくつかせて、「承知しました」と一言。次の瞬間、彼女の姿は掻き消えた。
 レミリアは嘆息し、再び霊夢に向き直した。そして肩を叩いて応答を待つ。
「ごめんね、霊夢。本当にごめんね」
 この声は届いてはいないであろう。



*



 バサリ――と音がした。その瞬間、心地良い暗黒から強制的に排除される。夏の強い日差しが解放された縁側から感じられる。すぐ隣では博麗霊夢が穏やかな寝息を立てている。少し、痩せた感じがした。
 レミリアは上体を起こし、目を擦った。寝汗で湿っているブラウスの襟首を煽いで衣服の内へ空気を送り込む。唐突に風鈴が鳴った。涼を求めた途端に風が吹くとは、なかなか乙なものではないか。
 縁側を見やると、新聞が一部、放置されているのが見えた。眠りの世界を壊してしまったのは、きっとこいつに違い無い。
 霊夢を起こしてしまわないようにそっと立ち上がり、縁側に向かって歩く。縁側に置かれた新聞は日光を多分に浴びている。吸血鬼故、日光は避けなくてはいけない。
 レミリアは辺りを見回した。近くに置いたままにしていた箒を手に取り、新聞を寄せた。手が届く所まで新聞を寄せると、箒を放り、新聞を手に取る。『文々。新聞』と銘打たれた薄っぺらい新聞だ。それとなく霊夢のことを気に掛けていた、憎たらしい鴉天狗が書いたものである。両手を広げて新聞を開き、中を見てみると、虚偽・偏見・憶測・願望、なんでも御座れの駄文が長々と綴られている。いつものことだ。元々興味などなかったが、いざ購読してみると、いかにこれが無価値なものであるか思い知った。
 レミリアは溜め息をつき、新聞を小さく畳みながら客間を出た。廊下を歩んでいる最中、畳んだ新聞に再び目を落とす。日付が目に入った。頭の中で数字の計算をしてみると。霊夢の介助を始めて、三週間が経過したことが分かった。初めて天狗のくだらない新聞が役に立った瞬間だ。
 レミリアは台所に入った。右手に置かれている棚の戸を開き、新聞を放り込む。一週間分の新聞の山がずるりと形を崩したが、修正はせずにすぐさま戸を閉めて強引に崩落を封じた。邪魔で仕方が無いのだが、掃除道具としてはなかなか優秀だと咲夜が言っていたし、小うるさい鴉天狗の口止め料となってくれるのなら、安いものだ。
 レミリアは冷蔵庫を開いた。何だか、ひどくがらんとしている。思っていた以上に食べるものの備蓄が無い。
「買いに行くべきかしら」
 この生活を始めて三週間も経過するのに、こんなにも管理能力が欠如しているとは。少しずつでもいろんなことを学び、成長しているつもりでいたのだけど。
 レミリアは冷蔵庫を閉め、顎に手をやって思案を始めた。そろそろ咲夜が紅魔館から微小な食料の援助をしてくれる頃合いであろうが、定期的なものと言う訳ではないので、アテにしていると泣きを見る可能性もある。
「買い物、行こうかな」
 言下にレミリアは踵を返し、出入り口に向かって歩き出した。道すがら、新聞を入れた棚の脇に掛けてある買い物籠を手に取った。廊下を歩き、客間に入る。霊夢はまだ眠っている。室内に置かれているちゃぶ台に置いていた財布を拾い上げ、買い物籠に放り込む。ちらりと霊夢を見る。深く眠っている様子だ。起きる気配が無い。出掛けると言うことを伝えておきたいのだが、書き置きなどが出来ない以上、彼女の眠りを妨げなくてはならなくなる。睡眠を妨害された時の霊夢の不機嫌さは手に余る。元気な頃からその傾向はあったが、最近は特に顕著だ。絶望的な現実から逃れるべく、夢の世界を強く欲しているのかもしれない。
 レミリアはちゃぶ台の傍に座し、台上のペンとメモ帳を取り寄せた。ペンを手中で回しながら、必要なものを思案し、メモ帳に書き連ねる。その最中、何度も霊夢の方を見やった。
 およそ五分で必要なもののリストアップがすっかり終わってしまった。しかし、霊夢は結局目覚めてはくれなかった。
「弱ったわね」
 レミリアは立ち上がり、メモ帳を買い物籠に放り込んだ。霊夢の顔を覗き込んだが、やはり目覚める気配はない。みだりに霊夢を一人残してしまうことはしたくない。留守番や見張りを付けたい所だが、頼める者は限られている。咲夜なら請け負ってくれるだろうが、霊夢の見張りと言う役に関して、咲夜はあまり適任でない。……何となく、そう言う印象がある。
 レミリアは時計を見やった。短針は『11』を過ぎ、長針は『8』を示している。もう昼食の時分だ。霊夢を一人にするのは気が引けるが、このままでは昼食の準備も出来ない。
「出来るだけ素早く買い物を済ませれば、大丈夫かしらね」
 レミリアは大きく息を吸い、腕や脚、背の筋肉を入念に伸ばした。準備が整うと、もう一度霊夢を見やった。もしかしたら準備運動の最中に起きてくれるかも――と言う期待はもろくも打ち砕かれた。
 そっと客間を出て、廊下を小走りに進み、玄関へ。白と水色をしたサンダルに足を突っ込む。つま先で地面を叩きながら、傘立てから日傘を一本引き抜いた。母屋の玄関を開く。右手で戸を閉め、左手でスイッチを押して日傘を展開する。ぴしゃりと玄関の戸が閉まる音。同時に一気に空へ舞い上がる。容赦ない夏の日差しから身を守りつつ、人里へ向けて飛翔する。あまり速度を出し過ぎると、手から日傘が離れてしまうから、速度と安全の均衡を保ちつつ、空を翔ける。
 程なくして人里が見えて来た。減速し、草臥れた木製の門の前に降り立つ。いきなり里のど真ん中に降り立つと人間達がうるさいのだ。
 門を潜って人里に踏み入る。人の姿は疎らだ。昼食の時頃だから、多くの者は屋内にいるのだろう。そちらの方が有難い。いちいち物珍しげに見られるのは鬱陶しくて敵わない。
 レミリアは買い物籠に入れたメモ帳を取り出し、その内容を再確認した。そして必要なものが揃う商店に向かった。
「やあ、吸血鬼のお嬢ちゃん!」
 横から不意に大声が飛んで来た。レミリアはすばやく声が飛んで来た方を向いた。白いタオルをバンダナのように頭に巻いた初老の男が、にこやかな表情を浮かべて手を振っている。無意識的にレミリアは会釈を返してしまったのだが、それを見た男は、野良猫に餌付けでもするように「おいで、おいで」と手を振った。吸血鬼といえども、あの年頃の人間から見れば、所詮こちらは子供にしか見えないと言うことだ。
 レミリアはゆっくりと男へ歩み寄った。男は漬け物や干物などの加工食品を取り扱う店を営んでいる。時々世話になるが、今日の買い出しのリストに、この店の売り物は一切無い。
 レミリアはカウンターの前で立ち止まった。男は両手をパチンと音を鳴らして合わせて「何か必要なもんはあるかい?」
 男の表情に嫌味や畏怖は少しも感じられない。人里へ通い始めて間もない頃は、それこそこの世の終わりみたいな顔をしていたと言うのに。これも、三週間と言う時間の賜物であろう。
「ありがと。だけど、今日はここで買わなくちゃいけないもんは無いの」
「そうかい。それは残念だ」
 男は大袈裟にがっくりとうなだれた。しつこい押し売りをして来ないのは、仮にもこちらを吸血鬼として見ている証であろうか。
「しかし……」と、男はむっくり顔を上げ、顎に手をやって宙を見やった。
「お嬢ちゃんがここらへ入り浸り始めて結構な時間が経つよな? どれくらいだろう」
「三週間くらい」
 レミリアは即答した。
「三週間か!」と男は頓狂な声を上げ、顎に当てた手をそわそわと動かした。
「あの頃と比べれば、お嬢ちゃんも手慣れたもんだ」
 男は昔を懐かしむような口調で言う。
「当たり前よ。私を何だと思ってるの?」
 レミリアは腰に手をやり、男を睨みつけた。男はハッハッハ……と豪快に笑った。その笑顔は少しだけ引き攣っている。
「失礼した。いや、あんまりお前さんの成長ぶりが目覚ましくてね」
 言下に男は、陳列している品々を見回し、川魚の干したものを三枚手に取り、手早く笹の葉に包んで差し出して来た。
「どうぞ。お詫びの印に」
 差し出された魚は、霊夢も好んで食べるものだ。
「今日はお金に余裕がないんだけど」
 レミリアが少し勿体ぶった仕草で男を見上げてみると、彼はまた声を上げて笑った。
「サービスだよ。とっといておくれ」
「そう。それじゃ、遠慮なく」
 レミリアは差し出された品を受け取り、買い物籠にそっとしまい込んだ。小さく頭を下げて「それじゃ」と囁き、踵を返す。
「今後とも御贔屓に!」
 男の声が聞こえた。振り返り、小さく手を振った。

 店を離れ、大通りを進む。メモ帳の内容を思い出し、肉を売る店へ入った。小太りの妙齢の女性店員が「おや」と目を丸くした。持っていた肉切り包丁を、丸い木製のまな板に置き、微笑んだ。
「いらっしゃい、レミリアちゃん」
 人間に『ちゃん』を付けて呼ばれるのは少し癪だ。どこで私の名前を知ったのだろうか?
「ここに書いてあるものを頂戴」
 レミリアは買い物籠の中からメモ用紙を取り出して差し出した。店員はそれを受け取り、目を細めて字面に目を走らせる。
「はいはい、ちょっと待ってね」
 女性は右手の傍に吊るしてある肉を降ろして、包丁を用いて細かく切り分け始めた。手付きが乱暴で、ドン、バタンと大きな音が響く。穏やかな笑みを絶やしていないので、微かな狂気めいたものを感じる。
 肉を切り終えると、笹の葉に包み始めた。打って変わって、この作業は至極丁寧だ。
「はい、お待たせ」
 笹の葉に包まれた鹿の肉が差し出された。レミリアはそれを受け取り、買い物籠にしまい込む。次いで、手渡ししたメモ用紙が差し出された。
「ありがとう」
 レミリアは小さく頭を下げ、メモ用紙を受け取り、買い物籠に入れた。入れ違える形で巾着袋を手に取り、代金を取り出して、カウンターに置かれているザルに硬貨を入れた。女性はザルから硬貨を掬い取り、手のひらの上でそれをまじまじと見つめた。
「はい、確かに。ありがとうね」
 女性は笑みを深くし、手中の金を缶の中に流し込んだ。がらがらとやかましい音が響く。
 レミリアは踵を返した。直後に「それにしても」と女性の声。レミリアは何事かと振り返る。女性は屈託なく笑っている。
「あなたも買い物に慣れたものねぇ。初めてここへ来た時は恐ろしかったけれど、もうずっと昔のことみたい」
 またこの手の話題か。
「ほんの数週間前の話じゃないの」
 レミリアは薄く笑んだ。
「その筈なんだけどねェ」と、女性店員は続ける。「あんまりあなたがいい子なもんだから、随分時間が経ったような気がしてくるのよ」
 いい子だのなんだのと、こいつらはこちらが吸血鬼であることが頭に入っているのだろうか?
「そんな風に褒められても、あまり嬉しくないわ」
 レミリアは苦笑をもらしつつ言った。女性は快活な笑声を放った。
「そっか。あなたは吸血鬼だからね。人間に大きくなっただの、成長しただの言われても嬉しくないわね」
「そう言うことよ、人間。よく分かっているじゃない」
 とって付けたような尊大さは我ながら滑稽であった。相手も同じ感情を抱いたようで、笑い声は一層大きくなった。馬鹿にされているとしか思えない。
 レミリアは溜め息を吐いて踵を返した。ようやく女性も己が無礼に気付いたようで、ピタリと笑いを止めた。
「それじゃ、私はもう行くから」
 そっと手を振り、レミリアは歩き出した。「今後とも御贔屓に」と言う声が後ろから聞こえて来たが、特に反応はしてやらなかった。
 レミリアは日傘の柄をぎゅっと握り締める。大通りの左端を歩いて次の商店を目指しながら、何の気なく、先程の会話を思い出した。
 三週間――人間達はやけにこの時間の流れを強調していた。寿命が短い人間達にとって、三週間と言う時間は尊いものだったのかもしれない。
 言われて改めて思い知った。まだ霊夢の介助を始めて三週間しか経過していないと言う、この現実を。

 レミリアはふと歩みを止めた。日傘が作り出す小さな安全圏の元、呆然と突っ立つ。歩む道の先では陽炎があやしく揺らめいて、見慣れた人里の景色をぼやかしている。道行く人々が訝しげにこちらを見て、通り過ぎて行く。頬を汗の雫がするりと滑り落ちて行く。それが体表を離れた瞬間、人里の大通りが無限の広がりを見せた。蝉の声も、人の声も、風の音も、瞬時にすべてが消え失せた。ただただ、視覚情報だけが身勝手に暴走し、景色を歪ませて行く。まるで、心を過った慄きを反映して見せたかのように。
 霊夢は後何年でこの世を去る? たった三週間でこの苦労だ。彼女が円満な死を遂げるのは一体全体何週間後の話で、それまでにどれ程の苦労が待ち受けている? 対価はあるか? 苦しみを緩和する、楽しいこととか、嬉しいこと。そんなものが、今の霊夢から得られるのか? そもそもそんなもの、求めることすらおこがましいのか?
 無論、楽しい何かを期待していた訳ではないし、そんなものが多分に獲得出来るとは端から思ってはいなかった。しかし、思い返してみれば、この三週間は想像を絶する多忙と過労の連続であった。それを後、何度繰り返す? どれくらいの時間続いてしまう?
 三週間。これがまだ、序曲に過ぎぬとしたら。


「ちょっと、大丈夫?」
 不意に背後から声がし、思考が断絶された。振り返ってみると、見知らぬ少女が心配そうにこちらを見ていた。前髪は切りそろえられ、後ろ髪は肩甲骨の辺りまで伸びている。艶やかなその黒髪は、快活だった頃の霊夢を思い出させた。
「ええ。大丈夫」
 レミリアは歩み出した。少女はまだ気遣いの言葉を投げ掛けて来ているが、無視した。早く帰らなくては。早く帰って、霊夢を安心させてやらねばならない。早く、霊夢を――。

 霊夢。

 そう。帰れば霊夢がいる。目が見えず、耳が聞こえない、弱小極まる博麗霊夢が。そしてまた、苦労が始まるのだ。叡智と筋力を得た赤子の如く、わがままで粗暴な少女の世話が始まるのだ。
 レミリアは溜め息を吐いた。買い物籠を握る手に力が籠る。何の気無く、手を見やった。大抵のものは破壊出来てしまう強靭な力の宿る手は、慣れない家事に傷付けられてぼろぼろになっている。
 前を向き直した。人里の大通りが随分短く見えた。もっと長ければ、もう少しだけ、神社へ帰らずとも済むと言うのに。



*



 博麗霊夢は覚醒した。頭では『眠りから覚めた』と知覚出来ているのに、何も見えず、そして何も聞こえない――こんな不可思議な状況にも、すっかり慣れてしまった。日にちを数えるのは止めたし、カレンダーは勿論、朝焼け夕焼けすら見えないから、どれ程の日数が経ったのか、知る由も無い。レミリアによって提供される食事が唯一の時間の手がかりだ。無論、そんなもので時間を数えることなどしていないし、また、これからする気もない。夢も希望も無い時間を数えて、一体何になると言うのだ。
 霊夢は上体を起こし、手で髪を梳かした。髪質が前と比べて落ちたような気がした。目と耳の機能を失ってから、それらを補う為なのか、そこ以外の感覚が研ぎ澄まされ始めたような気がしていた。顕著なのは触角だ。触ったものの形状とか材質が『目に見えるように』分かるのだ。
 上体を起こしたまま、霊夢は暗中で両手を探った。すると、左手の中指が、畳でない質感を捉えた。そこを重点的に探り当て、手に触れた異物を手中に収める。それは、一つの紐であった。『ナイロン』と呼ばれる外界の利器だ。細い円形で、つるつるとしていて、しかし極めて丈夫な材質だ。レミリアが食材か何かの梱包をこの部屋で解き、そのまま捨てるのを忘れて放ったのだろう。後できつく叱らねばなるまい。
 霊夢は、左手の親指と人差し指の中腹で紐を軽く握り、そのまま右手で紐の端を摘まんで引っ張り始めた。右手に引っ張られた紐は、左手の指の間をするすると抜けていたのだが、やがてふっと、その感触が失せた。右手が摘まんでいる方とは対の端が左手の掌中で静止した。正確なことは分からないが、三十センチ程の長さはあるようだ。
 霊夢は、両手でそれぞれの紐の端を摘まんだ。真っ黒の世界の中で、指先の感覚だけを頼りに、紐を結んで遊んだ。一つの過程を終える度、指先で丹念に半端な結び目に触れ、紐がどんな状態であるかを確認し、次の過程へと移る。作業は極めて難航したが、一先ず、やろうと思っていた作業は全て終えることが出来た。これだけの時間を掛けてみても、正しく紐を結べているかどうかを確認する術は無い。だからと言って、こんなくだらない児戯の成果をレミリアに見せる気は無い。

 紐の端と端を重ねて結び、糸を輪状にしたところで、霊夢は一息ついた。その瞬間であった。背中に何か硬い物が触れたのだ。
「きゃっ」と、霊夢は甲高い声を上げ、身をよじらせた。結んだ紐を布団の中に隠すと、身の回りに両手を這わせた。すると、左手の親指が硬質な物体を捉えた。五本の指を使ってそれを引き寄せ、掌中に収め、手のひら全体でその物質の正体を暴き出した。
「何これ……石?」
 霊夢は眉を潜め、物体を握る手に力を込めた。その直後、今度は右の肩に何かがぶつかった。咄嗟に左手に収まっていた石を手放し、右肩を抑える。ほのかな痛みが、微弱な熱を伴ってじわりと体表に広がって行く。左手で肩を抑えたまま、右手で布団の上を探ってみると、またしても石ころに手が触れた。確かに、縁側の戸は解放されているから、屋内外が完全に隔絶されている訳ではない。ないが――。
「誰よ、こんなことするのはッ!」
 霊夢は右手で石を拾い上げて投擲した。しかし、どちらの方向へ、どんな軌道で飛んで行って、結局何に当たったのか。それらが一つとして分からない。思えば、目と耳が不自由になってからすっかり気力を失い、布団の上で何もしないで生活し続けて来た。紐を結ぶ。石を投げる――こんな何気ない動作からも離れていた。己が行動の結果が一切分からないと言うことの不快感、恐怖感――そんなものが今になって痛感された。
 霊夢は掛け布団の端を握り締め、息を呑んだ。掛け布団に埋もれている右の大腿に衝撃が走った。驚いて脚を引くと、その直後にまたも肩に硬質なものがぶつかって来た。
 霊夢は両手で掛け布団を引いて、その中に素早く潜り込んだ。夏の暑気と興奮によって体温はぐんと引き上げられていて、掛け布団の密閉感がそれを助長させた。潜めるようにして繰り返す呼気が布団の中を蒸らして行くのを肌で感じた。頬に雫が伝う。汗ではない。涙だ。どう抗おうとも察知することすら出来ない悪意が、どうしようも無く恐ろしかった。
 突如として掛け布団が捲り取られた。外気が汗ばんだ体を冷やしたが、それは絶望に他ならない。魔の手はすぐ近くにまでやって来て、防具たる布団を剥ぎ取ってしまったのだから。
 霊夢は両手で顔と頭を覆った。体のいろんな所に、何者かが触れている。ある時は脚、ある時はわき腹、ある時は腕――規則性がまるで見られないその接触は、まるで怯える自分の姿を見て楽しんでいるかのよう。霊夢はぐねぐねと布団の上をのたくった。
「レミリアッ!」
 霊夢は助けを呼んだ。あらん限りの力を込めて叫んだ。今の自分を護ってくれるのは、あいつしかいない。しかし、いくら待っても、体のあちこちを突いて来る悪意ある手は動きを止めない。レミリアの助けが無いことを意味している。
「レミリアったら! どうして来てくれないの!? レミリアッ! 聞こえてるでしょ?」
 まさか声が上手く出せていないのか? 全聾者は次第に声が上手く出せなくなっていく――と聞いたことがある。
 霊夢が身をよじらせていると、何者かが駆けている衝撃を背中で感知した。少しだけ霊夢は緊張を解いた。レミリアが来てくれたに違い無い。
 次の瞬間、冷たい液体が頭の上から降り注いだ。満水の桶を頭上でひっくり返したかのような感触。鼻や口から少量、水が入り込んだ。呼吸が遮られ、苦しみの余り噎せ込む最中、霊夢の脳裏に一つの予感が過った。もしやこれらの悪意は、全部レミリアの仕業なのではないか? 介助に嫌気が差して自棄を起こし、何も見えない、何も聞こえないことをいいことに、悪意を差し向けているのではないか? これまでの横暴や我儘による鬱憤を晴らす為に。
 前髪から滴る水が、鼻先を掠めて行った。キンと冷たい感触が体表を撫でる。たったそれだけ細やかな物理現象に対してすら、今の霊夢は体を震わせてしまう。物音にいちいち振り返る猫のような、そんな無力感が彼女の一挙手一投足から滲み出ている。
 そうだ。無力。私は無力なんだ。
 霊夢は口の端を吊り上げた。頭からぶっかけられた冷水とは異なる熱い液体が頬を伝って、顎の先から落ちて行く。レミリアは何でも言うことを聞いてくれた。食事が不味いと言えば作り直したし、傍にいろと言えば何時間でも座っていた。そんな生活の中で、何か勘違いが起きてしまっていたのだ。護られているのは、強さの証なんかじゃなかった。護られねば生きて行けないくらい、弱かったのだ。行く所に敵ナシの博麗の巫女であったのは過去の話。吸血鬼に護られる姫君であったのは単なる思い違い。そんな弱者の横暴など、許される筈が無いではないか!
「ごめんなさい」
 霊夢は体を丸めたまま、頭を庇っていた手をゆっくり布団の上へ降ろした。びしょぬれの敷布団のシーツをぎゅっと握り締め、額を床に押し付ける。――ほら、見ろ。暴力が止まってる。
「もう、我儘言わないわ。おとなしくしてるから、だから……もうやめて」
 霊夢が鼻を啜りあげた。直後、強大な風が横から体を殴るように吹き抜けて来た。



*



 レミリアは境内に降り立った。右腕の肘の辺りに掛けている買い物鞄を大義そうに引き上げて肩まで移動させると、社務所へと歩み出した。足元に目線を落とすと、お気に入りのサンダルを履いた自分のつま先や、見慣れてしまった石質の参道なんかが目に映る。次第に道は玉砂利に変化した。ゆっくりと一歩進むごとに、ジャラジャラとどことなく陰気な足音が響く。四方八方から聞こえてくる蝉の鳴き声は、境内を閉鎖的なものに仕立て上げた。逃れることを許さない呪縛を張り巡らされた気分に陥った。
 レミリアは顔を上げた。およそ二十メートル先にある社務所の縁側の戸は開け放たれている。あそこに霊夢がいる。起きてしまっているだろうか? 呼んでも誰も来ないことを怒っているだろうか?
 ぎゅっと目を細めてみた。輪の趣に囲まれた茶けた縁側。その向こうには薄暗い客間がある。白い薄手の装束を纏った霊夢が眠っているだけの悲しい空間。……である筈のその部屋に、妙に目に痛い三つの異物が確認できた。
 レミリアは歩みを止めた。脱力して投げ出した肩から、するりと買い物鞄が抜けて、ドサリと音を立てて地面へ落ちた。その音を号砲としたかのように、レミリアは地面を蹴った。黒色の翼をこれでもかと言う程に羽ばたかせて低空を翔ける。本能的に手放すことをしなかった日傘が巨大な空気抵抗を生んだが、それに負けじとぐんぐん前へ進む。近くて遠かった社務所までへの距離はあっと言う間に埋まった。日傘が拉げるとほぼ同時、レミリアは縁側に飛び込んだ。
 畳の上で受け身をとって即座に立ち上がる。それぞれ赤いリボン、青いリボン、黄色い巻き髪と言った特徴を持った三名の幼い女が一斉に振り返り、ぎょっと顔色を青くした。三名の間隙から見える霊夢は頭を庇いながら布団の上で身を丸めて震えている。
「ちょっと、スター!? 人が来てるじゃない。早く教えてよね!」
 赤色のリボンが青色のリボンの方を向いて声を荒げた。しかし当の本人は何も応えないで、この世の終わりでも見たかのような顔をして一歩退いただけ。黄色の巻き髪もあんぐりと口を開けてレミリアを見ているばかりであったが、やがてハッとして、手に持っていた箒を投げ捨てて、諸手を腰の後ろへ隠した。三名全員妖精と見受けられる。弱小で頭の悪い妖精といえども、目の前に現れた者が吸血鬼であり、その吸血鬼というやつは如何なる存在で、今現在どの様な感情を持って目の前に立っているのか――これくらいのことはしっかりと理解しているようだ。

 レミリアは翼をはためかせ、黄色い巻き髪の妖精に飛びかかった。襲撃に目聡く反応を見せた妖精であったが、いざ行動を起こした瞬間、足元に転がっていた湯呑みに足をとられて転んだ。「ルナ!」と叫んだのはまたも赤色のリボン。他人の心配ばかりしている場合ではないことを、あいつは理解しているのだろうか?
 即座にルナと呼ばれた妖精に接近したレミリアは、相手の胸倉を左手で引っ掴み、一気に持ち上げた。妖精は咳き込みながら、宙づり状態になった足をバタバタと動かしている。絶え絶えの呼吸の合間から「ごめんなさい」と言う言葉が辛うじて聞き取れた。
 左腕に力を込め、後ろに立っている赤色のリボンの妖精目掛けてルナを投げ飛ばしてやる。二名分の悲鳴を聞きながら、すかさず青色のリボンの妖精へ飛び掛かる。さっき、スターだとか、そんな風に呼ばれていた。
 レミリアは右手を伸ばし、青いリボンの妖精の艶やかな黒い髪を引っ掴んだ。おののいた妖精が屈んだので、黒髪がぷちぷちと音を立てて数本抜けたが、手中から逃れるまでには至らない。強く髪を引っ張ってスターの体を強引にこちらへ寄せると、左手で首根っこを掴んでやった。見る見る内にスターの顔から生気が失われて行く。両手の爪を立てて左腕を引っ掻いているのは抵抗の意思であろう。
 その時、背後でドタドタと足音が聞こえた。振り返ってみると、巻き髪と赤いリボンが逃げようとしているではないか。陽光の元に逃げられては追おうにも追えなくなる。
 レミリアは手中の青いリボンの妖精を逃げる二人目掛けて投げ付けた。巻き髪の方に命中し、一人は足止め出来たが、赤いリボンの方は難を逃れた。すかさず右手に力を集中させる。腕の中軸を熱いものがすさまじい勢いで迸り、手のひらに集約されて行くのが感じられた。程失くして紅と黒の閃光が右手に宿り、手中に一本の槍が生成された。
 屋根と庭先の境界に立ったレミリアは、空を見上げた。弱小な妖精はまだふらふらと空を漂っている。本人は全力で逃げているつもりなのであろうが、吸血鬼からしてみれば、如何せん、遅すぎる。
 大きく右腕を振り被り、空目掛けて紅い槍を投げ放つ。重力、空気抵抗、風――そんな現世の理をも貫いて一直線に飛び荒んだ槍先は、のろまな妖精の矮躯を穿ち抜いた。同時に庭先から「ひぃ」と二名分の悲鳴。仲間のあまりに呆気ない死を目の当たりにし、怖気づいたのであろう。
 レミリアは一歩前に出て、縁の下で抱き合って震えている二名の妖精の前に立った。陽光が少しだけ、レミリアの身を削った。
「二度とここへ立ち入るな」
 妖精達はひしと抱き合いながら、一も二も無く首を縦に振った。紅の光が燻る右手を軽く振ってやると、光はぱっと霧散して消えた。思い出したみたいに蝉の声が耳に飛び込んで来た。妖精二人は互いに支え合いながらよたよたと立ち上がると、瞬時に振り返り、猛然と神社から逃げ出して行った。

 妖精達の行方を見届けたレミリアは、踵を返し、霊夢の元へ駆けた。妖精達の悪戯がピタリと止んだことに困惑しているようで、見当外れな方向を向きながら、両手で宙を掻いている。霊夢まであと三歩と言ったところで、霊夢がぎくりと硬直した。
「誰?」
 悲鳴にも似た声。レミリアは歩みを止めた。霊夢は宙を掻いていた両手を布団へ降ろし、びしょ濡れの掛け布団を引っ掴んで膝元まで引っ張り上げた。身を護っているつもりなのだろう。
「霊夢、大丈夫。私よ」
 言下にレミリアは歩き出し、霊夢の傍にそっと腰を降ろした。そして、肩をぽんと叩いてやった。途端に霊夢が悲鳴を上げた。無造作に、力任せに振られた右手がレミリアの右頬を打ち抜いた。予期していなかった加減の無い一撃に、レミリアは大きくのけぞった。
 赤くなった右の頬を抑えながら、レミリアは体勢を立て直した。霊夢はまた布団を握り締めて震えている。会話の合図も忘れてしまう程取り乱すとは、相当怖い思いをしたに違いない。
「落ち着いて、霊夢」
 レミリアは再び肩へ右手を伸ばした。指先が肩を叩く寸前で手を止めてしまった。しかし意を決し、なるべく刺激の少ないように、ぽんと肩を叩く。霊夢はやはり悲鳴を上げた。しかし、今度は手が出てくることはなかった。レミリアは胸を撫で下ろし、次いで手首を握った。いちいち霊夢は驚き、悲鳴を上げるのだが、少しだけ落ち着きを取り戻していたようで、諸々の所作から、盲目の闇の中にいる人物に見当を付けたらしかった。
「レミリア……?」
 左手首を握るレミリアの右手に、霊夢が右手を添えた。慣れない水仕事で荒れた手がヒリヒリと痛んだ。生気も覇気も萎びてやせ細った少女の手は、巣に帰した親に糧をせがむ雛鳥のような必死さがある。
 レミリアは伝って来た涙を左手で拭い、霊夢の手にゆっくりと言葉を記した。
『ただいま』『ごめんなさい』『もうだいじょうぶ』
 霊夢は何度も頷いた。記した言葉の意味を理解しているのか分からない程取り乱して、何度も。



*



「ごめんください」
 十六夜咲夜の声。レミリアは首だけ動かして玄関のある方を振り返り、しかしすぐさま正面を向き直した。霊夢がゆっくりとした手付きで、レミリアの手から綾取り紐を取ろうとしている。複雑に交差している綾取り紐に霊夢のしなやかな指が絡んで行く。やがて、霊夢が手を引いた。レミリアの手からするりと紐が抜けて行く。広げられた霊夢の両手には、美しく絡み合っている綾取り紐。
 レミリアは霊夢の頭を撫でた。霊夢は照れ臭そうだが、しかし嬉しそうにはにかむ。少しだけ間を置いた後、ぽんと肩を叩いた。霊夢は笑みを止して、軽く首を傾けて、綾取り紐をぽいと地面へ落とした。そして右手を差し出した。レミリアはその手首を左手で握り、右手の人差指で手のひらに文字を記す。『らいきゃく』
 霊夢が頷いた。「行ってらっしゃい」
 レミリアは再び霊夢の頭を撫で、座布団から立ち上がった。客間を出て、廊下を少し歩いて玄関へ行くと、大きなバスケットを持った十六夜咲夜が立っていた。
「こんにちは、お嬢様」
 咲夜が恭しく一礼した。
「ああ、咲夜。いつも悪いわね」
 レミリアは咲夜の持つバスケットに手を伸ばした。応じた咲夜がそれを手渡して来た。詰め込まれた食料品のお陰で、バスケットはずっしりと重たい。
「暇があったら上がって行きなさい。お茶淹れてあげる」
「ありがとうございます」
 咲夜はそう言って、素早く靴を脱いで社務所へ上がり込んだ。
「しかし、お嬢様のお手を煩わせる訳には……」
「いいのよ。私、お茶淹れるのすごく上手くなったのよ?」
 レミリアは台所の方を見た。次いで、霊夢のいる客間を向く。その後、正面に立つ咲夜を見上げ、バスケットを差し出した。咲夜は不思議そうに首を傾げながらも、律儀にバスケットを受け取った。
「霊夢にお茶を淹れて来るって言わなきゃいけないわ。悪いけど、これ、台所に運んどいてくれる?」
 咲夜は「ああ」と呟き、客間の方を見た。
「霊夢はあそこに?」
「ええ。いつもの所」
 レミリアは客間に向かって歩き出した。咲夜はその後ろについて歩く。
「私も先に挨拶に行きます」
「そう」
 レミリアが客間の戸を開いた。布団に正座して、大腿の上で綾取り紐を弄っていたらしい霊夢が、ぴくりと顔を上げ、二人の方を向いた。
「聞こえているんですか……?」
 咲夜が背後からレミリアの耳元に囁いた。レミリアは首を横に振って見せた。
「治ってないよ。戸を開けた時や、歩く時の震動を感じてるだけ。二人分あるから、少しびっくりしたんでしょう」
 レミリアは霊夢の元へ歩く。少し遅れて入室した咲夜が戸を閉め、小走りで後方で追随する。
 霊夢の目の前に膝立ちになったレミリアが霊夢の肩を叩いた。霊夢がそっと右手を差し出す。普段通り、レミリアは手のひらに字を書き記す。『さくやがきた』
「まあ。いらっしゃい」
 霊夢が戸の方を向いて軽く頭を下げた。咲夜はバスケットを自身の傍らへ置き、ゆっくりと礼を返す。咲夜が頭を上げると、新たにレミリアは霊夢に伝達をする。『おちゃをいれてくる』
「分かった」
 霊夢は頷いた。レミリアは霊夢の頭を撫で、立ち上がる。咲夜はぼんやりとした表情で霊夢を見ている。
「咲夜も来る? 台所」
 咲夜ははっと肩をいからせ、すっと立ち上がった。
「ええ。是非」
「そう。それじゃ行きましょう」
 レミリアは咲夜の横を抜けて廊下へ向かう。咲夜は背後を歩いて付いて来ている。戸に手を掛け、横に引こうとした所で、レミリアは振り返り、放置されたバスケットを指差した。
「それ、忘れないでね」
 咲夜は「ああ」と頓狂な声を上げ、小走りにバスケットに近付いてそれを抱え上げた。「申し訳ありません。うっかりしていました」
「どうしちゃったの? らしくないじゃない?」
 レミリアは小さく笑い、戸を開いた。一歩を踏み出して廊下に出ると同時に、
「何と言うか、少し意外だったもので……驚いていたのです」
 咲夜が声を潜めるように言った。
「意外?」
 レミリアは歩みを止めず、顔だけ後ろを振り返る。咲夜が神妙な面持ちで頷いた。
「霊夢、意外と楽しそうにしていましたよね。その……言葉は悪いですが、あんな境遇なのに」
「ああ、そう言うこと」
 レミリアは前を向き直した。自然と口角が下へ落ち込んでしまう。“あんな境遇”に陥れたのは、間違い無く自分だから。
「まぁ、いろいろあったのよ」
「いろいろ、ですか?」
 咲夜が即座に応える。
「そう。いろいろ」
 言下に台所へ続く戸の取っ手を握り、扉を開いた。吸血鬼の特性上、陽の光を遮断せねばならず、台所は日中でも倉庫のように暗い。
「一度ね。霊夢が襲われたの」
 レミリアは入口のすぐ傍に置いている、燭台に立っている蝋燭に火を灯した。燭台を持ち、後ろを振り返る。煌々と輝く蝋燭の火に照らされ、暗がりの中に浮かび上がる咲夜の表情は、驚愕と当惑に満ち満ちている。
「襲われたと言いますと、まさか、その……」
 言葉を選ぶように口籠る咲夜の顔は少しだけ上気しているようにも見える。
「ああ、言葉が悪かったかも。大丈夫。その、犯されたとか、そう言うのじゃないの。度の過ぎた悪戯って感じね」
 レミリアは咲夜に背を向けた。調理台に燭台を置く。乾かしている最中の調理器具類の中から、やかんと急須と小型のスプーンを手元に寄せ、先ずやかんに水を注いだ。
「妖精が三人、悪戯に来てたのよ。買い出しに行ってて、対処が遅れた」
「妖精」
 咲夜が復唱する。レミリアはこくりと頷いた。直後に水を止めた。調理台の横に設えられたコンロにやかんを置き、ボタンを押して着火する。後ろを振り返ると、咲夜が畏まって突っ立っていた。
「ちゃんと追い払ったから、もう来ないとは思う。とにかく、あんなことがあったのは初めてで、その時霊夢はとても怖い思いをしてしまったの」
「そうなのですか。それは大変でしたね」
 レミリアは棚に歩み寄った。上部の引き戸を引いて開き、中から茶葉の入った缶を取り出し、再び調理場に向き直した。咲夜がゆっくりとした歩調で真横に歩み寄って来た。見れば、視線はレミリアの手元に向けられている。
「不謹慎だけれど――私は少しだけ、あの妖精達に感謝してる節があるわ」
「まあ。それはどう言うことです?」
 咲夜が弾かれたように目線を手元から顔へ上げて来た。声は驚きに満ちている。
「あの一件で、霊夢は今の自分の無力さに気付いたのよ。それは悪いことではあるけれど、いいことでもある」
「無力さ……」
 咲夜が感慨深げに一つの単語を口に出す。レミリアは無言のまま頷いた。小型のスプーン三杯分の茶葉を急須に投入した。やかんに目をやったが、湯が沸いている様子は無い。手持無沙汰に、蓋をゆっくりと開閉してカコカコと音を鳴らし始めた。
「嫌な言い方をするとね。霊夢は妖精から暴力を受けたことで『自分は他者の介助がなければ妖精すら相手に出来ない身なんだ』ってことに気付いたらしいの。身をもって」
「そうなのですか」
 咲夜が苦しそうに一言だけ反応した。レミリアは再び黙ったまま頷き、肯定を示した。
「あれ以来、彼女はすごくおとなしくなったわ。我儘も暴言も無くなったし。霊夢は、自分自身を見限ってしまった」
 やかんの蓋が小さく音を立て始めた。口からは白色の熱い蒸気がゆらゆらと吹き出し始めている。沸騰の兆しを見せたやかんを尻目に、レミリアは手悪さを続けたまま訥々と語る。
「霊夢は、霊夢らしさを放棄した。自分が自分らしくあることを諦めた。いいえ、諦めてくれた。――私は、そのことにこの上ない安心を覚えてる。霊夢のお世話がすごく楽になったから」
 レミリアは両手の人差し指で、それぞれの方の目元を拭った。
 咲夜は「お嬢様」と、ぽつんと一言漏らしただけであった。とても静かで小さな声だ。そのたった一言の中に、どの様な感情が凝縮されているのだろう。侮蔑か。失望か。それとも同情か。或いは憤懣だろうか。知ることはできないし、知りたいとも思わない。しかし、あまり嬉しくない感情が渦巻いていることくらい、分かる。
 レミリアはしゃくり上げ、手の甲で目元を乱暴にふき取った。一度大きな溜め息を吐く。その陰気な吐息を追うようにして、負の感情が歯間を抜けて行く。
「咲夜。言葉は悪いかもしれないけどね、私は――」
「お嬢様」
 咲夜が言葉を遮った。思わずレミリアは振り返った。咲夜は口をきゅっと一文字に噤んで、ある方向を指差している。レミリアは咲夜が示している方に目をやった。火に掛けられたやかんがある。やかんの自己主張はいよいよ激しくなって来ていた。
「お湯が沸いたようですので、そろそろお茶のご用意を」
 レミリアは少しだけ立ちすくんだ後、ゆっくりとスイッチを押して火を消した。取っ手を掴んでやかんを持ち上げ、急須に湯を注ぐ。茶葉を数秒蒸らした後、三人分の湯を目分量で注ぎ込んだ。
 咲夜が気を利かせ、湯呑みを三つ並べた。
「ありがと」
 レミリアは小さく頭を下げた。その声は鼻を詰まらせたかのように掠れている。味の濃さが均一になるように順番を工夫して茶を注いだ。咲夜はそれをさっさと盆に乗せ、自らが率先して盆を持ち上げた。
「さあ、早く霊夢の所へ行ってあげましょう。きっと不安がっていると思いますから」
「ええ」
 咲夜が歩き出した。レミリアはお茶を載せた盆を持ってその後ろを歩む。
 廊下を抜けて、咲夜が客間の戸を開ける。
「あら、まあ」
 咲夜の頓狂な声が上がった。
「どうしたの?」
 レミリアは咲夜の身体の横から客間を覗き込んだ。白い布団の上に霊夢が座していて、綾取り紐で手悪さして遊んでいる。咲夜が左へ逸れ、畳の上に正座した。レミリアは前進し、霊夢の真ん前に腰を降ろした。
「おまたせ、霊夢」
 レミリアが肩を叩くと、霊夢は僅かに目を見開いて、手を差し出した。差し出された手のひらに「おまたせ」とゆっくり記し、手を離す。
「遅かったわね」
 不機嫌な様子もなく霊夢はそう言い、再び指に絡む綾取り紐を弄り始めた。
「ところで咲夜。さっき何を驚いていたの?」
 レミリアはお茶の入った湯呑みを咲夜に差し出した。咲夜は「ありがとうございます」と、小さく頭を下げ、湯呑みを受け取った。それをすぐに膝の前へ置き、
「霊夢が綾取り紐で遊んでいるものですから、驚いたんです」
「何をそんなに驚くことが?」
 次いでレミリアは、湯呑みを持って霊夢の方を向いた。手首を握り、指に絡む綾取り紐を外し、形はそのままに畳へ置いた。そして、湯呑みの口の辺りへ指先を導いてやる。熱さを恐れる霊夢はおっかなびっくり先導を受けていたが、やがて湯呑みの在り処と、そのおおよその形状を掴むと、慎重な手付きで湯呑みを手に持った。
 咲夜を振り返ってみると、彼女は指に絡まっていた形状のまま畳に置かれた綾取り紐をまじまじと見つめていた。やがて、供え物にでも触れるかのように、綾取り紐に指を這わせた。
「目が見えていないのに、こんなに器用に綾取り紐で遊べるんですね」
「そうなのよ。霊夢は、すごく器用なの」
 レミリアは一度言葉を区切り、湯呑みに口を付けて傾けた。茶の香りが混じる吐息を一つつき、湯呑みをお盆に置く。
「ちょっと前に、布団の中から綺麗に結んである紐を見つけたの。それで、もしかしたらって思って、綾取り紐をあげてみたら、まあ器用に遊ぶのよ」
「そんな才能があるなんて、知らなかったです」
 咲夜は感心したように息をつき、霊夢を見た。霊夢は音も立てないでお茶を楽しんでいる。
「せめてもの退屈凌ぎになればいいのだけど」
 レミリアは湯呑みから立ち上る湯気を吐息で吹き飛ばし、再び茶を一口分、口に含んだ。同時に霊夢が咳き込んだ。湯呑みを畳に置き、右手で口を抑えている。
「霊夢、大丈夫?」
 レミリアが霊夢の背中をさすった。霊夢はまだ苦しげな表情を浮かべて咳き込んでいる。そんな最中、不意に咲夜が「あっ」と、悲鳴にも似た頓狂な声を上げた。レミリアは肩をビクつかせ、勢いよく振り返る。
「咲夜、急に何なのよ!」
 咲夜は顔を強張らせ、右手の人差し指で霊夢を指差している。左手で覆われた口から、微かに声が漏れ出した。
「お嬢様。血です。血が」
「血?」
 レミリアは霊夢を向き直した。怪訝な表情を浮かべ、霊夢を正面から見据える。前のめりになって咳き込んでいた霊夢が、大きく息を吸い、状態を上げた。ぽかんと開け放たれた口の周り。飛沫を防ぐ為に口に宛がった右手。その両方に、真っ赤な血がべったりとひっ付いているではないか。



*



 足の甲を何者かに小突かれた。
 レミリアは目を覚ました。痩せ細り、不健康な白さを湛えた少女の手。その中指が、懸命に足の甲を突いている。
「ごめんなさい、霊夢っ!」
 蹲っていたレミリアは、すぐに膝立ちの状態になり、博麗霊夢へ近寄った。枕とその周辺が真っ赤に汚れている。その赤色の汚れの中で、霊夢は大の字を描くように仰向けになり、息を荒げている。
「ごめんなさい。寝てたのに。どうしても苦しくって」
 息も絶え絶え、霊夢はこんなことを言う。
「いいえ、あなたは悪くないわ」
 レミリアは首を横に振り、霊夢の額を撫でてやる。今日も今日とて、ひどい高熱だ。冷水に浸したおしぼりでどれだけ額を拭ってやっても、汗の粒がぷつぷつと出でて来て、憎たらしい程の躍動感を持って、体表をつるんと滑って、布団へ落ちて消えていく。
 おしぼりを額の上へ置くと、レミリアは立ち上がり、客間を出て台所へ向かった。すっかり所望されなくなって埃さえ被り始めた茶葉の缶。それに、手のひら大の縦長長方形の白い紙袋が立て掛けてある。レミリアはそれを乱暴に引っ掴み、右手で入れ口を膨らませ、中身を左手に放り出した。出て来た清潔感のある白い布を開くと、小さな錠剤が五つ包まれていた。
「もうこれだけしかないの……」
 レミリアは薬と、苦しみにうなされる霊夢の待つ客間を何度も見比べた。これさえ飲ませれば、霊夢は一時的に苦しみから解放される。しかし、飲ませ過ぎは禁物だと、永遠亭の薬剤師から釘を刺されている。迷った挙句、レミリアは薬を持って一度客間へ駆け戻った。
 霊夢は丸めた掛け布団を抱くようにして横になっている。相変わらず苦しそうだ。額から落ちたおしぼりの水分が敷布団の血を滲ませ、陰惨たる赤い模様を白地の布団に描いている。
 レミリアは立ち尽くし、苦悶する霊夢を見下ろした。じわりと涙があふれて来た。薬を持つ手に力が籠る。くしゃりと音を立てて、紙袋がひん曲がる。
 レミリアは霊夢の傍に跪いた。錠剤を一つ手に取ると、霊夢の右手を握り、その手のひらに薬を押し込んだ。
「飲んで、霊夢。さあ!」
 一も二も無く、霊夢は薬を飲み込んだ。握らされた手中の粒を飲んでおけば、今の苦しみから逃れることができる――これが、光と音を失った暗闇の世界で霊夢が見つけた真理の一つだ。きっと、薬と偽って毒物を握らせたとしても、霊夢は少しも迷うことなく、手中の小さな粒を飲み込むことだろう。
 レミリアは枕元に置いてある水差しを手に取り、容器に移すこともせず、直接霊夢に水を飲ませた。口から溢れ出た水が胸元を濡らす。やがて霊夢が水差しから口を離し、枕へどすんと頭を落とした。左腕を顔の上へ置き、両目を隠している。荒かった息が徐々に落ち着きを取り戻して行く。
「ありがとう」
 霊夢がぽつんと呟いた。
 レミリアは霊夢の手を取り、文字を描く。
『だいじょうぶ?』
 霊夢は、目は隠したまま、弱々しく口の端を吊り上げた。
「大丈夫じゃないわよ。だけど、楽にはなった」
 そう言うと霊夢は一度、大きく深呼吸した。そして、左手をゆっくりと布団の上へ降ろす。パサついた黒い長髪。大きな隈を湛えた目。扱けた頬。からからの唇。痩せ細った腕に手に足。着衣の上から形が分かる程に浮き出たあばら骨――まるで木乃伊みたいな状態であるのに、瞳だけはしっとりと潤んでいる。その潤いは、霊夢の体に残された、最後の希望であるかのように煌めいている。永遠亭の薬剤師の手をも煩わす病にこれ程にまで打ちのめされ、身をぼろぼろにされても尚、瞳だけは人間らしい瑞々しさを残している。まだ、霊夢は生きている。
 レミリアは握り締めた拳を自らの腿の上に置き、霊夢の傍に佇んだ。手の甲に熱い透明の液体がぱたりと落ちる。
 再び霊夢が大きく息を吸った。深く長い吐息と平行し、両方の目がゆっくりと閉じられる。
「少し休んだ方がいいんじゃない?」
 蚊の泣く様な霊夢の小さな声。
「私は、大丈夫、平気。そもそも、さっきも寝てたし――」
 レミリアは言葉を切った。鼻を啜りあげ、手の甲で一拭いし、霊夢の手を取る。『だいじょうぶ』
「そう。平気ならいいんだけど」と、霊夢は微かに笑った。
 レミリアは慄然たる思いで、霊夢を覗き込む。これ程に傷付き、これ程に弱り、これ程に苦しんで尚、どうしてこんな風に笑えるのか? 確かに、妖精の一件で霊夢はすっかり変貌してしまったが、これもその変貌の一端とでも言うのだろうか? ――そんな筈はない。霊夢はあそこで、無力の恐ろしさを学んだのだから。霊夢は、また何かが変わってしまっている。一体何が彼女に、新たな変化を齎したのだろうか。
 レミリアは霊夢の手を取った。決まり事であるかのように、霊夢が手のひらを天井へ向ける。しかし、レミリアはその手に文字を記すことはしなかった。そもそも、語り掛けたい訳ではないのだ。ただ、胸中に黒雲の如くどんよりと現れた茫漠とした不安に煽られて、どうしてもこうしていたくなっただけのことだ。
「どうしたの? レミリア?」
 霊夢が問うて来た。目を開いた彼女は不審そうな眼差しを向けて来ている。
『なんでもない。ごめん』
 レミリアはそう手のひらに記し、手を離した。霊夢の手がのろのろと掛け布団の下へと戻っていく。霊夢は再び目を閉じた。
 詳しいことは分からないが――とかく、霊夢の中で何かが変化していることは間違い無さそうで。その不明瞭な『詳しいこと』が、どうしても何か、不吉なものであるような気がしてならなかった。気遣いなんて普通、心に余裕がある時くらいしか向けられないものだ。今の霊夢のどこに余裕などと言うものがあると言うのか! 漠然とした不安の種は、きっとここだ。霊夢の振る舞いは、あまりにも不自然なのだ。
「霊夢――」

 レミリアは立ち上がり、うたた寝をしていた壁際へ戻った。帽子が置いてある。白の生地に、赤色のリボンを巻いたナイトキャップ状の帽子である。お気に入りの品だ。
 レミリアはそれを手に取ると、巻かれているリボンの軌跡を手で辿った。構造的に取り外しが出来るようにはなっていない。ことが分かった。
 そこで、力まかせに帽子を引き裂いた。ぶちぶちと惨たらしい音を鳴らしながら、帽子が見るも無残な姿になって行く。しかし、そんなことは厭わないようにして、レミリアは解体を続ける。
 やがて帽子は、白い残骸と、赤いリボンに分けられた。レミリアはリボンを手に取り、霊夢の元へ駆け戻る。何者かの接近に感付いた霊夢が、肩を叩くよりも早く目を開けた。
「レミリア?」
 霊夢がぼんやりとした声色で呟いた。
 レミリアは傍へ座ると、霊夢の肩を叩いた。霊夢がもぞもぞと、布団の中から左手を出した。出された手の手首を握り、レミリアはその手のひらに文字を記す。
『プレゼント。おまもり』
 先程バラバラにした帽子に巻かれていたリボンを、痩せ細ったその手に握らせる。霊夢は不思議そうな表情を浮かべ、リボンを引っ張ったり、撫でたり、こすったりしていたが、やがてふっと笑みを浮かべた。
「ありがとう」
 言下に霊夢は、左の手首にリボンを垂れ掛けた。それから一方の端を左手で握り、もう一方の端を右手に持ち、ぐるりと手首を一周させ、輪の内へと右に持つ端を通して、ぎゅっと引っ張った。不格好ながら、リボンは手首に巻かれた。霊夢は満足げに息をつき、左手を掛け布団の内に入れた。
 レミリアはすかさず霊夢の肩を叩き、右手を取り、文字を書く。
『もっとかわいくまいてあげる』
 霊夢は枕に後頭部を付けたまま、おもむろに首を横に振った。
「これで平気」
「だけど……」
 レミリアは再び霊夢の手を取ったが、霊夢は手のひらをぎゅっと握り込み、開こうとしなかった。衰弱した彼女の指など、簡単に開けさせることは出来る。だが、気が引けた。思えば、霊夢が“言葉”を拒絶したのは、これが初めてだ。
「霊夢」
 レミリアはそっと霊夢の手を布団の上に戻した。ゆったりと、霊夢の細い五本の指が開かれる。時の流れが滞ったかのようなその動作は、開花を思わせる荘厳さに溢れている。手は、やはりゆっくりとした動作で、布団の下へと潜り込んで行った。霊夢が笑む。
「忙しいでしょう? 私にばっかり構ってないで――やることやっちゃいなさい」
 霊夢が深く息をつき、ゆっくりと目を閉じた。規則正しい呼吸に合わせて、布団に隠れた胸元が上下する。本当に、霊夢は優しい。
「ありがとう」
 それから――本当にごめんなさい。



 



 レミリアは溜め息をついた。うだるような暑さであった。げんなりと視線を胸元に落としてみると、無地のワンピースに汗で描かれた斑模様。さらけ出した腕からもふつふつと汗の粒が浮き出ている。買い物袋の中の食品の鮮度が心配になって来る。
 肩に人がぶつかった。大柄な男であった。
「ああ、申し訳ない」
 男はそれだけ言って歩き去って行った。人々も随分吸血鬼に慣れたものだ。ここへ来るようになったばかりの時は、モーゼが割った海の如し人垣が形成されていたと言うのに。
 レミリアは視線を前に戻した。陽炎でゆがむ人里の景色が広がる。行き交う人々の姿はまばらで、しかもどこか活気がなく、猫のように背を曲げてだらだらと歩いている。皆、暑さにやられているのだ。
 額から汗の雫が垂れ落ちて来た。レミリアは左手で額と、頬を拭った。鼻孔を突いたのは、蒸し上げられた不健康な血の香り。レミリアは吐き気を覚え、思わず口を抑えた。血で汚れた霊夢の寝具を取り替えたばかりなのが原因だ。
 吐き気、暑気、疲労感――レミリアは眩暈を覚えた。絶えず響き渡っていた蝉の声が遠くなり、景色は黒色に染まって行く。
「吸血鬼ちゃん!」
 甲高い女の声がした。蝉の声が近くなり、視界はまた真っ白い灼熱の幻想郷に支配される。レミリアが横を向くと、行きつけの雑貨屋の店員が手を振っていた。意図せずして“気付け薬”となってくれた感謝の意も込め、レミリアは薄く笑み、手を振り返し、店員に駆け寄った。
「暑いわねえ」
 店員の女はのんきな声で言う。白い無地の団扇を懸命に煽いでいる。
「本当ね。嫌になっちゃうわ」
 レミリアは肩をすくめた。
「嫌になっちゃう、かあ。吸血鬼はお日様の光をとことん嫌がるもんだと思ってたから――そんな人並みな嫌がり方だと、何だか可愛らしいね」
 店員はカラカラと笑った。レミリアは小さく息をついて、また肩をすくめた。何か言い返す気さえ湧いてこなかった。
「前々から疑問だったんだけどさ」
 いつの間にか店員は笑い終えていた。しかし、声色は笑いを引き摺っている。
「何?」
 言いながらレミリアは店先に出されている陳列棚に目線を落とした。レモンのような形をした黄色い石鹸が目を引いた。添えられているメモ帳曰く、外界から偶然入り込んで来た珍品らしい。
「あなた、ある時から急にこの人の里へ買い物に来るようになったみたいだけど……それには何か理由があるの?」
 レモンの形の石鹸に伸ばした手がぴたりと止まった。首筋を汗が滴って行く。猛暑に召喚された、ひどくべたついた汗ではなくて、身体の深層から噴いて出て来たような、冷たくてさらりとした、冷徹な雫だ。
「病気」
 レミリアはやっとの思いで言葉を紡いだ。石鹸も手に取れた。
「病気の者がいてね。それの看病をしているの」
「へえ。あなたが看病してるの?」
 店員の声の頓狂さには全く陰りが無い。
「何かおかしい?」
 レミリアは手中の石鹸を鼻に近付けた。ビニールに包まれた石鹸の香りは確かめようがない。
「いやあ、大きな館に住んでいる、深窓のご令嬢と噂で聞いてたからね。お手伝いみたいな方も沢山いるんでしょうに、わざわざあなたが誰かの看病なんてするもんなんだと思って」
 少しばかり店員の語り口に焦燥と畏怖が感じられた。慣れ親しもうとも、やはり人間。吸血鬼の逆鱗には触れたくないと見える。
「私がやらなくちゃいけないって思うから、私がやっているだけのことよ」
 レミリアはそっと石鹸を棚に戻した。店員は「そっか」と言って、言葉を噤み、一つ息をついた。しかしすぐにぱっと顔を上げて、右手に持った団扇で左の掌をパンと叩いた。
「いや、立ち入ったことを尋ねて悪かったわね。お詫びにこれ、持って帰っていいよ」
 店員はレモン型の石鹸を手に取り、差し出して来た。
「外界の珍品らしいけど……いいの?」
 レミリアは石鹸を受け取りつつ首を傾げる。店員は呵々と笑った。
「いいの、いいの。これくらいしか手伝えることがなくて申し訳無いけどさ」
「ありがとう」
 レミリアは薄く笑んで、石鹸を買い物袋に放り込んだ。店員は優しげに微笑み、ばさばさと団扇を仰ぎながら開口した。
「あなたにこんなに頑張って看病して貰っているんだもの、きっと病人の子も幸せでしょう」
「幸せ……? そんな訳無いじゃない」
 だって霊夢は私のせいで――言いかけて、レミリアは咄嗟に口を噤んだ。口を閉じたまま息を呑み、ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。
「……その子、私のせいで病気になったんだもの。幸せなんて、感じてる筈がないわ」
「そんなことないよ」
 店員は軽快に笑った。
「ここらで店を出してる人達、みんな言ってるんだよ。最近よく出入りしてる吸血鬼の子、前よりも楽しそうにしてるって」
「そ、そうなの?」
 レミリアは少しだけ顔を赤らめ、咳払いを一つ。肘の所まで降ろしていた買い物袋を肩まで持ち上げた。店員は何やら愉快そうに笑っていたが、やがて笑声を止めた。惰性の笑顔はとても柔和だ。
「そうとも。あなたがここで幸せそうにしてるってことは、買い物に帰ってからも幸せってことだろう? 耐えられない程の不幸を抱えながらあなただけ幸せ者面するなんて無理な話さ。だから、きっとその病床に就いてる誰かさんも、幸せを感じているってことさ」
「そうかな……そうなのかしら」
 レミリアは胸に手をやった。目を閉じて、神社での生活を思い出す。ここ最近は霊夢の病症が重く、苦労が絶えないが、少し前まで、確かに幸福を感じてはいた。嫌な騒動はあったが、それを機に良くも悪くも霊夢は変わった。自身の無力さを受け入れると言う悲しい変貌ではあるが、以降の霊夢は優しくて穏やかで――看病と言う事実を忘れることが出来ることがあった程だ。
「……ああ、時間とらせて悪かったね」
 店員の声。レミリアははっと目を開く。
「それじゃ、がんばってね」
 店員が小さく手を振る。レミリアは一礼して、踵を返した。そして、景色をも歪めんばかりの猛暑の中を歩き出す。
 人里の大通りを歩み進んで門口まで来ると、ようやくレミリアは翼をはためかせた。薄い翼の膜が虚空を仰ぐと、不快な熱気が翼を包み込み、また珠のような汗が体の至る所から吹き出して来た。ああ、なんと鬱陶しい暑さだろう!
 レミリアは勢いよく空へ舞い上がった。襲い来る熱波を打ち払うべく翼を躍動させる。日傘でしっかりと身体を守りながら、博麗神社へ向けて飛翔する。若干の風を感じた。

 やがて、長い石階段の先に、深緑に囲繞された境内を携える博麗神社が見えて来た。風に煽られてざわざわと揺れる木々は、まるで一つの生物のようになってうごめいている。さあ、もう一息――レミリアが翼をはためかせた。
 その時、石階段を囲う木々の影から、何者かが飛び出した。レミリアははたと飛翔を止め、その正体を視認する。赤、青、黄の、小さな影。――たったそれだけの情報だけで、レミリアは肌が、髪が、ざわりと波打つ程の悪寒に襲われた。黄の動きが止まった。転んだのだ。そう、黄色はどんくさい。赤は止まらなかったが、青は立ち止まり、黄色に逃走を促している。
 もはや間違う余地も無い。三妖精だ。無力な霊夢をからかった妖精が、再び神社にやって来たのだ! 加えてあの慌てぶり――報復しに来たことなど、火を見るより明らかだ。
「あいつらッ!」
 レミリアは急降下した。目的点は、三人の妖精だ。日傘の影からあぶれた陽光が肌を焼いたが、そんなことに構っている場合ではない。
 先頭を切って逃走していた赤色の妖精――サニーミルクの目の前に落雷の如し勢いで着地する。サニーミルクは「ひゃあ!」と甲高い声を上げて尻もちをついた。何やらぐちぐちと小言を漏らしていたが、レミリアが砂埃の中から腕を伸ばして胸倉を引っ掴んだ途端、黙った。
「お前達、霊夢に何をしたッ!」
 レミリアはサニーミルクを引き寄せて怒鳴り声を上げる。サニーミルクは、まさか空から吸血鬼が降って来るとは予想だにしていなかったと見え、目を丸くし、顔を青くし、陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと動かしている。
「サニー!」
 黄色――ルナチャイルドの悲痛な声。そちらに目をやると、青――スターサファイアもおり、とにかく慌てふためいている。
「一回死んだくらいじゃ分からないようね。いいわよ、分かるまで殺してやるわ!」
 レミリアはサニーミルクを投げ飛ばした。空いた手に深紅の槍を生み出し、後ずさるサニーミルクににじり寄る。
「きゅ、吸血鬼さんっ!」
 スターサファイアが声を上げた。声が震えている。
「何?」
 レミリアはスターサファイアを睨みつける。スターサファイアは目に涙を浮かべ、ぶんぶんと首を横に振っているばかりで、言葉を発する様子が見られない。
「何だと聞いてるのよ」
「こんなことしてる場合じゃないです」
 地べたから声がした。レミリアは視線を下方へ落とす。サニーミルクが尻もちをついたままがたがた震えている。
「こんなこと?」
 レミリアが一歩前に出る。サニーミルクは狂ったように首を縦に振り、右手で神社を指差した。
「霊夢、霊夢さんが、あの、すごく、大変な、ことに」
 刹那、レミリアの脳髄に冷たい衝撃が突き刺さった。その嫌な予感は腹の底にじわりと広がって行く。
「私達が神社に行った時にはもう……本当です、信じてください!」
 サニーミルクの言葉を補うようにスターサファイアが喚き散らした。
 そうだ、霊夢の容体は最近ひどく悪いのだ!

 レミリアはサニーミルクの頭上を飛び抜けた。背後で妖精達が何やら喚いている。日傘の損壊も厭わず超高速で飛翔する。境内へ続く石階段を撫でるかの如し低空飛行。
 深緑の隧道に囲われた階段を抜けると、玉砂利だの参道だの石畳だの、色彩に乏しい境内に到達する。すぐさま着陸して、母屋へ向かって駆けた。揺さぶられた買い物袋ががしゃがしゃと不吉な音を立てている。きっと中身は台無しだろう。
 母屋に辿り着くと一も二も無く戸を開ける。サンダルを脱ぎ捨てて素早く玄関に上がり、廊下を駆け抜ける。霊夢が床を構えている客間の戸に手を掛けた。
「霊夢! 大丈夫!?」
 レミリアは戸を引き開けた。
 血まみれの布団があった。しかし、空っぽだ。誰もいない。すっぽりと人一人が抜け出した様に山をなした掛け布団だけがそこにある。
 すぐ傍には倒れた水差し。畳に水が染み込んでいる。
「霊夢……?」
 霊夢は、どこへ?
 レミリアはそっと客間に踏み入った。荒れた呼吸を抑えつつ後ろ手に戸を閉める。と、同時に、風鈴が鳴った。音のした方に――左にふと視線を移す。
 開け放たれた縁側の戸。軒下に吊るされている風鈴。その横に、霊夢がいた。病に侵され、骨と皮だけのような状態となり、そのままで軒下に吊られているものだから――干物のように、見えないでもない。
 艶を失った黒い髪を掻き分けて飛び出しているのは深紅のリボン。吸血鬼の数多の諍いをくぐり抜けてきた強靭な装飾帯は、痩せこけた少女一人を支えることなど、たやすいと見える。

 買い物袋がするりと手から抜け落ちた。吹き抜けた夏風が涼と死臭を運ぶ。遠くなり始めた蝉の声のただ中で、風鈴が場違いにかわいらしく、りぃんと鳴り響いた。



*



 レミリアはティーカップを手に持った。半透明で真っ赤な液体がなみなみと注がれており、湯気を立てている。カップを口元にまで持って行く。かぐわしい香りが鼻孔を突く。唇がカップに触れた。しかし、一滴たりとも口には入れず、カップをソーサーに置いた。もう一生、この紅茶を口にすることはできない予感があった。想い人を殺める原因を作った、こんなもの。
「あなたはよくがんばりました」
 背後から十六夜咲夜の声。レミリアはちらりと後ろを振り返り、また無言で前を向き直し、紅茶に視線を落とした。赤色の水面に薄らと映る自身の顔は、だいぶやつれている。しかし、どこか安心しているようにも見える。
 レミリアは右腕を薙いだ。ティーカップとソーサーが床に落ち、派手な音を立てて損壊した。背後にいた咲夜が無言のまま、落ちたティーカップに歩み寄る。その場に屈んで、白亜の破片を拾い集め始めた。
「霊夢は、自ら死を選んだのです。病の体に鞭を打って起き出して、見えない目でリボンを結んで首を吊るなんて手間をかけてまで、です」
「やめて、咲夜」
 レミリアは首を横に振る。
「あれが彼女の幸福だった」
 咲夜が語気を強めた。カップの破片を手に持った咲夜がじっと見つめて来ている。レミリアは思わず目を逸らした。
「光と音を失いながらも、霊夢は確実に生きようと言う意思を一度持ち直しました。それは紛れもなくあなたのおかげです。それでも彼女は、今回のような結末を選んだ。病気がつらかったのでしょう。……お嬢様、あなたはしっかり罪を償ったのです。あなたは、彼女の生きる希望となっていたのです。霊夢が自死したのは霊夢の意思。ですから、どうか――どうか、今回のことを気に病むのはおやめください」
 言下に咲夜が後ろからレミリアの矮躯を抱きすくめた。
「もうあんな苦労をなさらなくてもよいのです。あなたは――本当によくがんばったのですから」

 レミリアは咲夜の抱擁を振りほどいた。そして両手で自らの顔を覆い、深い溜め息をついた。蝉の声も、夏の風も、風鈴の音も、血の香りも無い、暗澹たる吸血鬼の根城。安寧の闇は小さな己の全てを包み隠してくれるかのよう。
 涙が頬を伝った。悲しいやら、嬉しいやら。なんだかよく分からないし――考えたくもない。
「ねえ、咲夜」
 レミリアは両目を擦った。何でしょう――と、咲夜が傍で居直った。
「最後に、もう一回だけ、お別れをしたいわ」




*



 階段を上り切ると、鈍色だらけの陰気な境内が広がる。レミリアは立ち止まり、境内を眺め回した。蝉達は何も知ったこっちゃないようで、相変わらず賑やかに生命を謳歌している。大切なモノがすっぽり抜け落ちてしまった博麗神社は、ただただ空虚で、殺風景なのに。
 母屋の方を向き、レミリアは顔を顰めた。玄関の戸が開いている。誰かが、中に入っている?
 玉砂利を踏み鳴らしつつ母屋へ向かう。玄関に一歩踏み入り、耳を欹てる。微かに子供の声が聞こえた。
「誰かいるの?」
 レミリアが声を上げると、奥から一層大きな子供の声が聞こえて来た。サンダルを脱いで丁寧に並べ、玄関を上がり、右に折れる。開け放たれた台所の扉。その向こうに、四人の妖精がいる。見知らぬ者ばかりである。
「そこで何をしているの!」
 レミリアは廊下を歩み進む。妖精達はしかし、悪びれた様子もなく、レミリアを眺めている。近付くにつれて、皆一様に何やら口を動かしているのが分かった。物を食っているようだ。
 レミリア台所に到着すると、一番前にいた水色の髪の妖精が「こんにちは」と頭を下げた。それに釣られたように、周りの妖精も同じように挨拶をする。レミリアは腰に手をやり、妖精達を見回した。四人で一つのバスケットをとり囲んでいるのだが、そのバスケットに見覚えがあった。
「それ、うちのじゃない!」
 レミリアはバスケットを拾い上げた。籐を編んで作り上げられた、何の変哲もないバスケットだ。咲夜が差し入れに使っていたものだろう。
「お姉さんも『きもだめし』に来たの?」
 そう言って首を傾げたのは、赤色の髪の妖精だ。言下にリンゴにかじりついた。
「肝試しですって?」
 レミリアは問い返すと、赤い髪の妖精は無言で頷いた。その右隣にいる群青色の髪の妖精が、
「ここの神社の食べ物は『いわくつき』なんだよ!」
 と、赤い髪の妖精の言葉を引き継ぐように言った。
「どういうこと?」
 レミリアは首を傾げる。丁度咀嚼を終えた茶髪の妖精が「うん」と頷いて、言葉を続けた。
「ここには食欲の深〜い巫女が住んでいたんだけど、無念の内に死んでしまったから、ここにある食べ物に呪いをかけたんだって! ここにある食べ物を食べると、呪いにかかって、苦しくなったりするんだって!」
 愉快そうに茶髪の妖精は言って、今度はプチトマトを口の中に放り込んだ。
「何よそれ。下らない」
 レミリアは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。赤い髪の妖精が首を横に振った。
「本当だよ? 妖精三人組が言ってたもの。ここから盗んだ食べ物を食べると、どうも体の調子がおかしくなるって」
 妖精三人組――サニーミルクらのことだろう。霊夢にちょっかいを掛けたのに加え、食べ物まで盗んでいたとは!
「それで? 何が肝試しなのよ」
 レミリアが問うと、水色の髪の妖精が唸った挙句、
「えっと、呪われし食材への挑戦……?」
 こんなことを言った。レミリアは溜め息をつく。
「ああ、下らない下らない。私、これからここを掃除するの。さっさとどいて頂戴」
 野良猫を追い払うようにレミリアが手を振る。三名はキーキー喚きながらそこをどいたが、茶髪の妖精だけは動かなかった。
「まあまあ、お姉さん、そんなに気を張らないで。食べ物を粗末にしてはいけないもの。ほら、お姉さんも食べよう?」
 そう言って、トマトを一つ差し出して来た。冷蔵庫に入れられていたものだから、まだ鮮度は保たれている。
 レミリアは口をヘの字に曲げて、そのまましばらく妖精と睨み合っていたが――結局、差し出されたトマトを右手で受け取り、かぶり付いた。
 削られた果肉から真っ赤な果汁が溢れ出て、床に点々と零れ落ちた。まるで滴り落ちた血液のよう。
 “あの瞬間”を思い出した。何もかもが狂い始めた、あの最悪の瞬間を。そして、感じる。あの悪夢は、もう過ぎ去り、そして終わってしまったのだ。
 レミリアは身を震わせた。頬を熱い雫が伝って落ちて行く。
「え、ちょっとお姉さん。まさかもう呪いにやられちゃったの!?」
 赤い髪の妖精が戸惑ったように言った。
「そんな訳無いじゃない。馬鹿ね。何が呪いよ」
 レミリアは両頬を左手で拭い、一度啜り上げ、大きく息をついた。茶髪の妖精が床に零れた果汁に目を落として「勿体ない」と口を尖らせた。
「こんな立派なトマト、人里なんかじゃ絶対に盗めないのに」
「盗まないわよ。あんた達と一緒にしないで」
 言下にレミリアは再びトマトを齧った。結局、退いていた妖精三人も元の位置に戻って、それぞれ食していたものにまたありつき始めた。五名が齧り、噛み、咀嚼し、飲み込む音ばかりが、あまり広くない台所に引っ切り無しに響き渡る。冷房などある筈も無い蒸し暑い空間で、五人で円を成し、物を食う。なんと暑苦しい光景だろうか。
「はぁ、食った食ったぁ」
 きゅうりをヘタまで食べ切った水色の髪の妖精が声を上げ、後ろに倒れ込んだ。床に大の字になって、苦しげだが、満足感と達成感に満ちた表情を浮かべている。
「食べすぐ寝ると牛になるよ」
 茶髪の妖精が言うと、水色の髪の妖精は不敵に笑った。
「いいよ、牛でも。強そうだし。牛なら呪いにだって勝てるかも!」
 まだ呪いなんて言ってる。レミリアは無言でトマトに齧り付く。
 水色の髪の妖精が寝返りを打ち、アスパラを食べている赤色の髪の妖精を見上げ、「それにしてもさあ」とぼんやり呟いた。
「こんなすごい食べ物、どこから持ち込んだんだろうね? 間違いなく人里で買った訳じゃ無いしさ」
「博麗の巫女様よ? きっと超偉い人からの貢ぎ物なのよ」
 群青色の髪の妖精が即答する。確かに、貢ぎ物と言えば貢ぎ物だろう。悪魔の根城が出所とは言え、さすがに呪いは掛けていないが。

 ――呪い。
 どうもこの言葉が胸に突っかかる。一体、この風聞の根拠は何なのだろう? 火のない所に煙は立たぬ、とも言う。こんな謂れが生じるのには、何かがあったに違い無いのだ。
「ねえ。さっきから言ってる呪いって……その、どう言うことなの? どこからそんな話が出回ったの?」
 言下にレミリアはトマトの残りを全部口に詰め込んだ。妖精四人の視線が一斉にレミリアに集中する。みっともない食事風景を注視され、顔が熱くなる。しかし、妖精らは何も気にしていないと見える。
「だから、妖精三人組が言ってたんだってば。いつも一緒にいる三人よ。赤、青、黄の」
 こう言ったのは水色の髪の妖精。
「スターサファイアとか、そんな名前してるやつらよね?」
 右手で口を隠しながらレミリアが問う。
「そんなだったっけ?」
 水色の髪の妖精が首を傾げる。
「そうだよ、そんな名前」
 すぐさま群青色の髪の妖精が頷き、
「前からちょくちょく、この場所から食べ物をくすねていたんだけど、食べるとどうも体調崩しちゃうから、その内やめちゃったんだって。それを彼女らは『呪い』と呼んでるの。その場では何とも無いのに、帰ってしばらく経ってから変になるから、これはきっと度を越した食べ物の恨みだーって、ずっと言ってた」
 こう続けた。
「で、食べ物を盗むことが出来ないならばってことで、ここで寝ていた巫女さんにちょっかい掛けたら、とんでもない魔物に襲われて……それを原因に神社に行くのもやめたんだって」
 群青色の髪の妖精の言葉に付け加えたのは茶髪の妖精。
 どうにかトマトの塊を飲み込み終えたレミリアは、すかさず開口した。
「じゃあ、さっき私が食べたトマトにも、その呪いってのがあるっていうの?」
「あるよ! ……って言うか、呪いが無けりゃ肝試しにならないじゃん。それなのにわざわざ野菜なんか食べないよ」
 赤色の髪の妖精が口を尖らせた。
「呪い……」
 レミリアは右手を見やった。トマトの果汁でべたつく手がぬらぬらと光っている。ただの果汁なのに、呪いなんて言葉を聞くと、なぜか妙に禍々しく、そして毒々しい光沢を放っているように見えて来る。小さな種子を伴った汁の付いた中指を、そっと口に近付ける。

「こらっ!!」
 背後から怒声が響いた。レミリアは即座に振り返る。右手にモップ、左手に雑巾を引っ掛けたバケツを持った、十六夜咲夜が立っていた。
「人様の家の食べ物を漁るなんて、意地汚い妖精ね」
 咲夜がバケツを放った。がらんがらぁんとけたたましい音が鳴り響く。薙刀でも持つかのようにモップを両手に携え、咲夜が台所に乗り込んで来た。モップを振り回し、妖精達を追い立てる。のんきに物を食っていた妖精達は悲鳴を上げて咲夜から逃げ回り、やがて蜘蛛の子を散らすように台所から退散して行った。残ったのは、息を切らす咲夜と、残飯の山。さっきまでの愉快で殷賑な食卓はもう無くなってしまった。
「……何故お嬢様も何一緒になって食べてるんですか?」
 レミリアははっと体を震わせ、口の周りを両手で拭ってトマトの果汁を拭き取る。咲夜は呆れたように首を横に振った。
「全くもう。しっかりして下さい。天国の霊夢もきっと呆れていますよ」
 そう言い、咲夜は放ったバケツの元へ歩んで行った。その中から大きな麻袋を取り出した。口を開きつつ台所の真ん中へ行き、モップを床に置いた。そして、妖精達が置いて行った食べ物を素早く麻袋の中にぶち込んで行く。
 咲夜、勿体ないわ――レミリアが口を開こうとしたその時、咲夜が麻袋に落としていた視線を上げ、にっこりと微笑んだ。
「さあ、お嬢様。早く神社の整理をしてしまいましょう」
 言下に咲夜は麻袋の口を紐で縛って閉め切った。
「ええ。分かったわ」
 レミリアは頷いた。空っぽのバケツを拾い上げると、水道へ持って行き、水を張った。満水のバケツを床に置くとモップを水に浸した。先程零してしまったばかりの、赤色の果汁の元へ立ち、キュッとひと拭き。
 何の変哲も無い木質の床が、そこに戻って来た。
文章:pnp
プロット:紅魚群ちゃん


緊張しました。自分では考えることがなさそうなタイプの話を書くことができて、よい経験になりました。(pnp)

霊夢ちゃんかわいい(紅魚群)



ご閲覧、ありがとうございました。

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このコメ返しはpnpの提供でお送りしております。

>>1 魚群さんも霊夢ちゃん可愛いと言っていました。

>>2 今度からはパスワードを入れるようにしましょう!

>>4 魚群さんも霊夢ちゃんが襲われる所はよかったと褒めてくれました。

>>5 ありがとうございます。

>>6 こわくないですよ!

>>7 毎度毎度あなたのコメントはかっこよすぎて何を言えばいいのか分からなくなります。

>>8 真相は用意してはおりますが、ここで言うべきではありますまい。

>>9 咲夜さんとは一体……うごご

>>10 それはそれで風情がありますね。

>>11 楽しかったのなら点をくれ! みんな弱い霊夢が好きなんですね。

>>12 咲夜も霊夢もヒトではありますよね。人ではないかもしれませんけど。

>>13 そうすれば事の全貌は明らかになるでしょう。
pnp / 紅魚群
作品情報
作品集:
10
投稿日時:
2014/06/24 01:39:38
更新日時:
2014/06/27 14:05:50
評価:
13/21
POINT:
1480
Rate:
15.05
分類
レミリア・スカーレット
博麗霊夢
十六夜咲夜
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 180点 匿名評価 投稿数: 6
1. フリーレス 名無し ■2014/06/24 16:10:05
弱った霊夢ってほんとうに可愛い。大好き。
考えてみたら初めのほうで咲夜さん自供してたんですね。
吸血鬼は平気でも、人間には毒になるって……。
2. 100 名無し ■2014/06/24 16:11:49
↑すみません得点入れ忘れ。
4. 100 名無し ■2014/06/24 20:34:37
三月精に襲われた時の霊夢の怯え方とかもう大好き、可愛い、ゾクッと来た
ssでここまで感動したのは久しぶりです、作者のお二方凄い
5. 100 智弘 ■2014/06/24 21:14:49
やっぱり妖怪ってどんなにうまく付き合えても、根っこの部分では人間とあわない。
面白かったです。
6. 100 名無し ■2014/06/24 22:05:12
にんげんこわい
7. 100 NutsIn先任曹長 ■2014/06/24 23:04:06
黙っていても噂は広まる。
霊夢が沈黙しても。レミリアが後悔しても。咲夜が掃除をしても。
黙した呪いは祈り。
分かっていた。皆が終焉を呪った(祈った)事など。
類は友を呼ぶ。霊夢もレミリアも咲夜も、互いを思いやった。
苦しくなど無い。三者が互いに与えた、優しい痛み。
何故こんな事に……。
言うならば、これぞ『運命』。
8. 100 名無し ■2014/06/25 06:44:01
これ霊夢は自殺じゃなくて咲夜さんに殺されたんじゃないのかな
食べる事さえ満足に出来ない人間が首吊り自殺出来るとは思えないし
ただそうだとしたら毒持ってったのは何なのかって話だけどレミリアが弱ってくの見て悠長にしてられんと強行したのか
まああれだ子供の手の届く範囲に劇薬置いちゃだめだよねって事か
9. 100 名無し ■2014/06/25 08:58:01
介護疲れに壊れるレミリアかと思って読んでいたら・・・
10. フリーレス 名無し ■2014/06/25 17:41:44
怪しすぎる。。

それはともかく、楽しく読ませて頂きました。
しかし、毒を持ってこられてもカンが働かない霊夢、
にとりなら見える義眼とか作れそう…。
霊夢も音は無理でも温度とか風とかですごい精度で空間把握しそう。

とか細かいところが気になりましたが、これらが伏線とか狙ったとおりならすごすぎますね。
そうでないなら恐らく私のキャラクターのイメージの相違なのでお気になさらず(汗

弱い霊夢は可愛いですね。
11. 100 名無し ■2014/06/26 02:59:17
ヒトを殺すは大抵ヒト
12. 100 ギョウヘルインニ ■2014/06/26 21:06:59
コレは、永琳先生による。司法解剖とかは無粋ですね。
14. 100 あぶぶ ■2014/06/28 19:46:02
レミリア一人に介護は無理だった
霊夢に友達が少なすぎたのが悲劇の要因か?
魔理沙あたりが力になれば違っていたかもしれんね
15. 100 名無し ■2014/06/28 20:16:21
私が咲夜さんの立場だったとしても同じことしてしまうかもしれないから切ない
16. 100 名無し ■2014/07/02 01:55:13
ニヤニヤが止まらなかった
21. 100 名無し ■2020/10/20 16:33:54
『あなたのために』ってそういう意味だったのか
鳥肌が立ちました。
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