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『東方奉崇亭』 作者: 変態牧師
どこにあるかもわからない、暗い部屋の中――――
そこは、ぞっとするほどにシンと静まり返っており、更には深い闇により、何も見通すことは出来ない。
けれども、そんな中、闇の中に光が生まれる。
マッチによる揺らめく炎はランプに淡い照明を灯し、二人の人影がぼうっと照らしだされた。
ただ、光があまりにも弱すぎるため、二人の正体は、わからない。
辛うじてわかるのは、一人は椅子に座っており、もう一人はその傍で佇まいを正して立っている……そんな程度だ。
その代わり、照明が載せられたテーブルのような台の上は、比較的良好に見通すことが出来る。
そこには、数枚の写真と数十枚の書類の束がクリップで留められたものが、所狭しと敷き詰められるように並べられていた。
「"支配人"、次の商品はいかがなさいましょうか?」
椅子に座っている影――――"支配人"――――に、傍に立っている影――――従者のように付き従う"給仕"――――は、淡々とした口調で尋ねた。
主に対する声にしては、どこか無感情かつ無機質であり、いささか不躾ともとれるような口調だ。
「そうだね、まずは君の意見を聞こうか」
けれど、"支配人"は、不遜な態度を見せる"給仕"への怒りを露にすることはなく、逆に問いかける。
「…………」
そんな"支配人"の様子に、"給仕"は 言葉を詰まらせ、無言のまま何も答えない。
その内心を読み取ることは出来ないが、"給仕"が放っている雰囲気は、どこか呆れているようであった。
「いいんだよ、はっきりと言って。 君は誰を犠牲にしたいのかな?」
その一方で、"支配人"は、まるで少年が好きな少女をからかうかのように、愉快そうに尋ねてゆく。
「……生意気で恨みを買ってそうな方が良いんじゃないでしょうか? あなたのように」
「ひどいなぁ、君は。ははははは」
"給仕"が最後に付け加えたキツイ一言を、"支配人"はさらっと受け流すと、並べられた書類と写真のうちの一つを手に取った。
手袋を纏った指先が、その中身を数枚めくっては、"これでない"と言いたげに、元の場所へと戻してゆく。
給仕は、そんな"支配人"の行動をただ眺めるだけではあったが、まるで悪びれるようにも見えない様子に大きく、ため息をついた。
「生意気そうなのなら……ふーむ、湖の氷精かな? いや、彼女は生意気だが恨みは買ってそうにないな。
他には、吸血鬼、天人あたりか……あとは――――」
一つの書類の束には、例外なく同じ被写体の写真が数枚添えられていた。
そして、束ごとに写っている人間も――――殆どが女性ではあるが――――千差万別であり、人間だけではない。
背に蝙蝠の翼を持つ幼女や、桶に入ったまま頭だけ出している少女など、"人外"と見受けられる者もちらほら見える。
ただ、共通するところは、写真の被写体は、全員が全員、見目麗しい少女や美女であることだ。
「……彼女、いいね」
そんな中、書類を手に取っていた"支配人"の指先と視線が止まった。
"支配人"の手に握られている書類の束の上には、数枚の写真が留められており、そこには、一人の黒髪の少女の姿が映っている。
肩口まで伸びた艶やかに輝く黒い髪に、修験者のような赤い六角帽子。
同じく悪魔を思わせる烏のような黒い翼が、華奢な身体の背のあたりから生えており、乳房は小さすぎず、大きすぎず、白いブラウスを少女らしい自己主張のままに盛り上げていた。
ウエストはきゅっと締まったまま、艶めかしいカーブを描いて臀部へと続き、膝上10センチのスカートからは肉付きの良い両足がすらりと伸びている。
顔は意志の強そうな吊り目が印象的で、鼻筋は気位の高さを示すようにまっすぐであり、濃い桜色に染まった唇がほんのりと艶を放っていた。
写真は、本人も気づいていない間に撮影したのか、被写体の顔は明後日の方向を向いている。
とはいえ、殆ど横顔しか見えないものの、彼女が人並み以上に整った容貌を持っていることは間違いない。
「"射命丸 文"……か。 新聞記者だったっけかな。
ゴシップ的な記事で、恨みを買ってそうだし。 "競売"でも結構値上がりするんじゃあないかな」
"支配人"は、文の書類を手に持ったまま、同意を求めるように"給仕"へと問いかける。
"給仕"は、それに対して、どこからか算盤を取り出すと、パチパチと弾いてテーブルの上に置いた。
「彼女でしたら、予測では――――下限がこの額、予想最高値がこのあたりになります」
「よろしい、ならば 下限額の1.2倍からスタートで行こうか」
「仰せのままに」
"支配人"が満足げに頷くと、"給仕"は愛も変わらず無感情なまま、恭しく頭を垂れる。
そして、そのまま静かに 部屋の隅にあった扉を開いて去っていった。
・ ・ ・
"支配人"と"給仕"の怪しげな会合から数日後……
年が開けてから間も無いため、周囲には肌を切るような冷たい空気が立ち込めていた。
けれど、雲ひとつ無い青空の上では、太陽が燦々と輝いており、それなりに暖かな日差しを地表に恵んでいる。
相対的に真冬と言えど、それなりに過ごしやすい気候ではあったが、風の吹く上空は凍え死ぬほど寒く、一羽の鳥の姿さえも見えない。
……そんな寒空の中を、黒い人影のようなものが駆け抜けていった。
鳥類最速のアマツバメを、遥かに上回る速度で飛翔する謎の飛行物体は、とある神社の傍へ来ると、そのまま勢いをつけて急降下し――――
「毎度おなじみ射命丸です!」
――――ずどん、という激しい音とともに、境内に着地した。
濛々と巻き上がる土煙の奥から、一人の黒い翼をもつ天狗の少女―――― 射命丸文が姿を現す。
溌剌とした笑顔はとても朗らかで、柔らかな雰囲気は周囲に柔らかな空気を振りまいている。
ただし、それは『万人に対して』とはならない。
「来るな、鬱陶しい」
「ああん、もう、つれないですねぇ……」
ひどくやかましい来訪に、閉じられていた障子がガタンと開くと、3人の少女達がコタツに篭ったまま三者三様の視線を向けていた。
一人は、金色の長い髪を持ち、黒と白のエプロンドレスの服を着た少女。
活発なように見える彼女は、比較的好意的な表情で文を迎えている。
もう一人は肩の辺りまで伸びた金髪の少女。
こちらは青い瞳に青と白の清楚な衣服を纏っており、騒がしい文に呆れ気味の表情を浮かべている。
そして、最後の一人は紅と白色の巫女のような衣服を纏った黒髪の少女。
どこか不機嫌そうに見える彼女は、文をまるで歓迎しておらず、それどころか今すぐ出て行けと言い出さんばかりだった。
どう考えても――――黒白の少女以外――――良い印象は持たれていないが、それでも、文はその歓待を気にしてはいない。
そのうち、文は何かを探すように、きょろきょろと首を捻り、そしてほくそ笑むように黒髪の少女に話しかける。
「さては、霊夢さん、初詣の客を守矢神社に取られて閑古鳥なんでイラついてるんでしょう?」
「うるさい。 アンタも御利益を得たいんなら、お賽銭入れていきなさい」
その発言に、霊夢と呼ばれた少女は不機嫌のレベルを跳ね上げ、殺意さえ篭った視線で文を睨みつけた。
確かに、文の言葉通り、年明けからそれほど時が経っていないにも関わらず、その神社には異常なほど人がいなかった。
それこそ、賽銭箱の前などはうっすらと埃が積もっており、足跡の欠片さえも見えない。
文の発言からも、掻き入れ時に、客を他所に取られてしまっているのは明らかだった。
「まあ、いいじゃないか、霊夢。 それより、お前もやっていかないか、占い?」
「うらない?」
「ああ、アリスの占いだよ。結構当たるんだぜ」
そんな険悪な雰囲気をとりなすように、黒白の少女――――霧雨魔理沙が文を室内に招き入れた。
というよりも、占いは口実で、室内に寒気が入り込み寒かったために、手早く文を招き入れたと言う方が正解であろう。
それは、他の二人も同じだったようであり、文を疎んでいた霊夢でさえ、文が室内に入り込むことを咎めることはしなかった。
「ふーん、ま、いいですよ」
靴を脱ぎ、部屋の中に入った文の目に留まったのは、コタツの上に並べられたカードの束だった。
タロットというモノなのか、表になったカードの上には、足首を吊られた男や、車輪のような絵が描かれている。
文は後ろ手で障子を閉め、コタツに入り込みながら、真正面にいる金髪ショートボブの少女――――アリスに相対する。
(占い、ねぇ……)
文にとって、占いというものは 特に意味があるものではなかった。
いや、新聞記者である彼女も、一度は"今日の運勢は"などといった小さなスペースを新聞に作ろうと考えたことはある。
しかし、占いに疎いために、結局はいい加減な記事にしかならないため、迷うことなく切り捨てたという記憶しかない。
とはいえ、アリスの占いが当たるものであれば、それを記事にするのも悪くは無いか、とぼんやりそんなことを考えていた。
そうこうしているうちに、アリスは慣れた手つきでカードを机の上に並べてゆく。
「はい、3枚選んで」
並べられたカードは縦に2列、横に5列、計10枚。
文は、さして迷うことなく、直感で下段の左から3枚目のカードを手に取った。
「"月"のカード……」
文にとっては、そのカードの意味は知らなかった。
ただ、アリスの表情はやや渋いものであり、少なくともあまり良い結果ではないと予測する。
仕方なく、残り二枚で巻き返しを狙うことを考え、右上のカードを選択してめくると、落雷の描かれた建築物の絵が現れる。
「"塔"のカード……」
アリスの反応から二枚目もあまり良いカードではないことを理解した文は、苦い表情を浮かべながら上段真ん中のカードを選択した。
それをめくりあげた瞬間、アリスの表情が変わった。
いや、アリスだけでなく、その占いを眺めていた他の二人の顔色も変わる。
カードの上には、巨大な鎌を携えた骸骨の絵が描かれていた。
「……これ、は――――」
「はい、ストップ!」
言葉を詰まらせながら占いの結果を口にしようとしたアリスを、文の一喝が遮った。
3人の視線が一斉に集まるとともに、文は苦虫を噛み潰したような表情で、炬燵から抜け出し、その場に立ち上がる。
「どうせ悪い結果だったんでしょう? 私は、そういう悪い結果は信じないんですよねぇ」
それだけ言うと、文は炬燵の上に置いていたペンとノートを持ち、もう用は済んだと言わんばかりに踵を返した。
そして、障子を開け放つと、うすら寒い空気に身を晒しながら、ふわっと身を浮かせ、縁側へと降り立つ。
「待ちなさい」
そんな中、アリスの声が静かに響く。
文はひどく面倒臭そうに首を捻り、神社の庭から、アリスへと目を向ける。
その視線は何処か嶮しいものが入り混じっており、まるで占いはおろか、アリス自身を見下すような傲慢かつ冷酷な雰囲気を孕んでいた。
「なんですか? あなたのインチキ占いなんて信じる気はありませんよ」
「おい、そんな言い方無いだろ!」
「いいえ、その考え方で正しいわ」
決して良いものではなかった結果だったとはいえ、あまりの物言いに魔理沙も不快感を隠せない。
炬燵から身を乗り出すようにして文に食ってかかるが、アリスはそんな魔理沙を言葉を静かに制した。
「占いというのは、本来そういうものでいいのよ。 誰にも未来は見通せないもの。
良い結果はそのまま信じてもかまわない、悪い結果は別に信じなくてもいいの。
少なくとも、後ろ向きに引き籠るよりは、前向きに生きたほうが、大概は何でもいい方向に進むから」
そこで、アリスは炬燵の上に置いてあった湯呑を手に取り、その中身を一口啜った。
「ただ……この3枚のカードは、あなたの思うとおり、かなり悪い結果よ。
だからこそ、気をつけなさい。 危険っていうのは、日常のどこにでもあるものだから」
その言葉は、真剣に文のことを気遣っての言葉であった。
少なくとも――――霊夢は、殆どどうでもいいような仏頂面ではあったが――――魔理沙は、アリスの思いやりの言葉を理解していた。
けれども、記事のネタの取得に忙しい文には、そんな忠告も届かない。
「ふん」
文は、馬鹿馬鹿しい、と言いたげに鼻を鳴らすと、三人に背を向ける。
そして、太陽の光を浴びて黒く輝く翼を大きくはためかせ、そのまま去って行った。
「まったく、ちゃんと閉めていきなさいよね……」
最後に、忌々しそうに呟きながら、霊夢が障子を閉める。
三人が文を目にしたのは、それが最後となった。
・
・
・
博麗神社を飛び出した文は、風を切り、スカートをはためかせながら人里へと向かっていた。
尤も、文自身も、取り立てて人里に用事があったわけでは無い。
ただ単に、新聞記事のネタがありそうな場所が、他に思い浮かばなかっただけだ。
「まったく、とんだ時間を食ってしまいました……あんな占いなんて、当たるはずが……ん?」
そんな最中、文の手の中に納まっていた手帳から、何かがひらりと落ちていった。
黄色い小さな紙切れの様なものであるそれは、風に揺られ、ひらひらと森の上空を漂いながら、ゆっくりと落下してゆく。
一瞬、文はそれを放っておこうかとも考えたが、メモに書ききれなかったネタを適当な紙に書いた記憶もあり、翼を大きく広げて急降下すると、その黄色い紙を、ぱしっ、と手に取った。
「…… 福引券……?」
黄色い紙の上には、その面積の大半を占めるように"福引抽選券"と記されていた。
無論、新聞の記事などとはまるで関係が無いが、文はそれを目にすると同時に、そういえば、と記憶を蘇らせる。
数日前に人里で買い物をしたときに貰った物であり、新聞の作成に忙しかったため、完全に忘れてしまっていた物であった。
しかも、紙に書かれた抽選日は、今日が最終日であり、陽もだいぶ傾いている今、そう間を置くことなく終了してしまうはずだ。
「占いじゃ、運勢は悪かったですけれど――――」
文の脳裏を、アリスの占いの結果がチクリと掠めた。
結果は聞かなかったものの、今日の文の運勢はロクでも無いのかもしれない。
だが、いずれにしても、このまま見過ごせば唯の紙切れになってしまう。
ならば――――
「――――やるっきゃ、ないですよねぇ」
性格的に前向きな文は99%失敗する可能性があっても、損が無ければ1%の可能性に賭ける方だ。
仮に福引の結果が"スカ"であったとしても、元々行くつもりもなかったようなものであるため、大して痛手ではない。
それに――――まだ、当たりが出ていないとして――――特賞が出る瞬間まで待てば新聞のネタにもなる。
「ようし……!!」
意を決した文は、今まで以上のスピードを持って、人里のほうへ飛んでいった。
幻想郷最速の名は伊達ではなく、かなり距離があったにも関わらず、数十秒後には人里へとたどり着く。
そして、抽選会場の大広場が見えたところで、勢いをつけて急降下し――――
「毎度おなじみ射命丸です!」
「おう、文さんいらっしゃい! やってくかい?」
――――ずどん、と激しい勢いで着地した。
落下と呼んで良い程の衝撃により、周囲にはもうもうと砂埃が舞い、福引を引いていた客が一人強く咳き込む。
普通、それだけでも迷惑極まりなく、突然の乱入には面食らうものだが、抽選会場にいた中年の男は何ら驚くことは無かった。
とはいえ、肝が据わっているというよりかは、むしろもう慣れっこ、と言った方が正解だったのだが。
「もちろん、これでできますか?」
「ああ、一回だけだけどな。 さ、回してくれ!」
福引抽選機を回していた客が、お手伝いと思われる少女からハズレのチリ紙袋を貰ってすごすごと退散した後で、文は抽選券を受付の男に手渡した。
最終日とはいえ、特賞をはじめ、3等の高級家具、6等の牛肉10人分や、10等の高級文具など、意外にまだ良いモノは残っている。
これは、ひょっとすれば……という期待を込め、文は抽選機の前に立つと、その取っ手に手を据えた。
「さて、と……」
心の中で当たりが出るよう強く念じ、腕をぐるりと一回転させる。
すると、ジャラジャラと鳴る抽選機の内側から、金色のボールが、ぽとりと落ちた。
金色は何等だったかな、と文が当たり表に目を向けた瞬間、受付の男が、おおっと叫び、傍にあった鐘を鳴らした。
「いやあ、文さん運がいいねぇ!! 特賞の温泉宿への無料宿泊券が当たったよ!!」
「……え?」
呆けた顔を浮かべる文の置き去りにしたまま、受付の男は大声で叫ぶ。
お手伝いの少女が、眩しい笑顔を浮かべたまま、抽選所の奥から熨斗袋を手に姿を現し、文にそれを差し出した。
周囲には、ざわついた雰囲気が立ち込め、人だかりが出来始める。
文の背後では、直前に福引を引いた青年が、羨望と嫉妬の眼差しを彼女に向けていた。
「ふ、ふふふふふ……!」
現実を把握してゆくにつれ、文は こみ上げてくる喜悦を抑えきれずに肩を震わせた。
喉から迸る笑い声を抑えることができず、顔はどうしようもない悦びに緩んでゆく。
「ふふふ、はははははははは!!! やっぱり! 占いなんて当てになりませんね!!」
甲高い高笑いが広場に響かせながら、文は天を仰いでガッツポーズをキメる。
アリスの占いなど、全く屁でもなかったという、勝ち誇った意気が胸をつき、気分は有頂天そのもの。
その時、文は、まるで世界を手に入れたような心地だった。
「バカな天狗。 案外、チョロい仕事でしたね」
……だからこそ、上機嫌な彼女には、聞こえなかったのだ。
福引抽選所の裏側で、一人の少女が冷笑を浮かべながら、文の未来――――いや、悲惨な末路を想像していたことを。
彼女の手には、本来文に渡るはずであった本物の温泉宿≠フ無料招待券が握られていた。
・
・
・
そして、数日後――――
「ふわぁ……」
数日分の着替えや、日用品の入ったカバンを手にした文は、ひどく豪華な温泉宿の様相に驚いていた。
その敷地は相当に広く、湖の傍に佇む紅魔館や、竹林の奥にある永遠亭……はたまた、冥界の白玉楼といった名だたる豪邸に勝るとも劣らない。
四季の風景を楽しめるよう数多の花や樹木が植えられた庭はきちんと手入れされ、文は『美しい』以外の感想を つけることができなかった。
感嘆の溜息をつきながら、入り口へ移動すると、そこには奉崇亭≠ニいう看板が掛けられていた。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
大きな玄関に手をかけて開くと、女将と見受けられる年配の女性が跪き、恭しく頭を垂れた。
直後、女将の背後にいる数人の仲居が、一様に、一糸乱れることなく女店主のお辞儀に続く。
その中から、三十近い仲居の女性が人懐っこい笑顔を浮かべ、文から宿泊券と荷物を受け取った。
「お客様、お部屋の方へご案内いたします」
仲居は、宿泊券を女将に手渡すと、いそいそと文を部屋へと案内してゆく。
そして、数分後――――
「はぁぁ……いい部屋に、いい景色……すばらしいですね」
一人で使うには かなり広い部屋に通された文は、窓からの景色や、綺麗な部屋に満足げな笑みを浮かべていた。
従業員もかなり躾けられているようであり、その気配りや振る舞いには文句の欠片さえもつけられない。
これから、数日の滞在は楽しい骨休めになりそうだなと、文は景色を写真に収めながら期待に胸を膨らませていた。
「お客様、御入浴と御食事は何時頃になさいますか?」
「お風呂には、今から入りたいです。その後ですぐ食事を摂ります」
「畏まりました。それでは入浴後にお食事をお持ちいたします。
御準備ができましたら、露天風呂に案内させていただきますので、お呼びくださいませ」
露天風呂の一言に胸を躍らせ、文はさっそく入浴の用意を済ませると、仲居に連れられて移動を始めた。
しかし、これほど豪華な宿にも関わらず、廊下を歩いている最中、他の宿泊客には一人も会わないことに、文は首を傾げる。
奉崇亭≠フ存在は 文も知らず、知る人ぞ知るという穴場なのかと、ぼんやり考えていた。
「お客様、こちらが露天風呂になります」
けれど、その疑問は露天風呂に到着したことで打ち切られる。
仲居に礼を言うと、文はすぐに脱衣所へ入り、服を脱いで籠の中に入れた。 そして、手拭いを手に浴場へと向かう。
まだ時間が早いためか、他の湯治客の服はどこにも無く、ほぼ貸切状態のようだ。
「……うわぁ、すごい……」
露天風呂への暖簾をくぐった文は、その豪勢な造りに、感嘆の溜息を抑えることができなかった。
切り出された岩が美しく敷き詰められ、少し離れたところに楓や桜の樹木が植えつけられている。
秋には真っ赤に染まった葉が鮮やかに輝き、春には満開の桜を肴に夜酒が愉しめるだろう。
「あー……生き返りますねぇ……」
ちゃぽん、と湯につかった文は、思わず年寄り臭い呻き声を上げ、全身をリラックスさせた。
心地良い湯は肌に染み込み、頬にまとわりついてくる熱は身体全体をぽかぽかと火照らせる。
食事が終わり、酒を入れた後でもう一回湯に浸かりに来ようかな、と考えたとき――――
「あら?」
――――文の視界に、何か人影のようなものが過った。
けれども、それが見えたのは一瞬だけであり、あとは目を凝らしても何も見えない。
他の湯治客かなとも考えたが、今、脱衣所には文以外の服は無い筈だ。
それに、文は入口に近いところで湯に浸かっているいるため、誰かが入ってくれば気付くはず。
「……? 気のせい、でしょうか……」
けれど、文はその違和感を見間違いかな、と特に気にすることは無かった。
・
・
・
部屋に戻った文を迎えたのは、山や川の幸をふんだんに用いた豪勢な食事だった。
ちょうど空腹を意識し始める頃であり、文句のつけようもないタイミングに、文は頬を緩ませる。
「おー、美味しいですね!」
焼いた鮎にかぶりつくと、塩味の効いた熱い魚肉の肉汁が口腔内に弾ける。
山菜の天ぷらはサクサクした食感とともに、ほろ苦い味が舌を楽しませ、文は極上ともいえる料理に舌鼓を打ちつづけた。
人里の高級料亭を遥かに超える味に、文は、自分が天国にいるかのような心地さえ味わっていた。
「お客様、極上の焼酎が入りまして……如何でしょうか?」
「もちろん、いただきますよ!」
仲居は酒瓶を傾けると、文が差し出したコップへ酒を注いでゆく。
とくとく、と注がれてゆく焼酎は 八分くらいまで器を見たし、文はそれを口元に持って行くと、一気に呷って飲み干した。
「ん、くっ……はぁ……」
舌先に絡み付く甘辛い味と、喉が焼け付くような感覚に、文は喉奥から呻きを絞り出す。
極上というだけあり、これまで飲んだ酒の中でもかなり上位に入る味は、流石と言うしかない。
この時点で、文はこの奉崇亭≠ニいう宿に、必ず、また来ようと決意していた。
「あ、れ……?」
けれど、その上機嫌も長くは続かなかった。
酒を飲み下して、数秒後――――文の視界がぐらりと揺らぐ。 そして、そのまま、彼女の意識はゆっくりと薄れていった。
酒の回りが早かったのか、と考えるが、その思考さえも掠れて消えてなくなってしまう。
急速に暗幕がかかり始める視界に、一人の少女が現れたところで、文の意識は完全にブラックアウトした。
「仲居さん、ご苦労様でした。いつものところに運んでおいてください」
「かしこまりました、"給仕"様」
最後に、意識を失った文の前で、仲居はぞっとするような冷笑を浮かべ、給仕≠ヘ哀れみの表情を浮かべていた。
・
・
・
「…………んっ……」
思考の全てをすっ飛ばされたかのような感覚と共に、文の意識は唐突に蘇った。
けれども、彼女の目に映るものは青い空ではなく、部屋の天井でもない。 視界の殆どが闇に覆われた薄暗い空間の中だった。
更には、鼻腔を擽るのも、和室の中に溢れていた檜の良い匂いでなく、饐えた空気であることに気付く。
「――――あれ?」
自分がどこにいるのかわからないが、何かの上に座らされている感覚だけはわかる。
ただ、周囲の雰囲気が、高級旅館の一室などでないことは、明らかであった。
状況が飲み込めず、身体を動かそうとした文であったが、次の瞬間、身動きが取れないことに気づいた。
両手首と足首、腹部や胸のあたりを何かで固定されているようであり、立ち上がることができない。
「え、ええ? な、ここは!?」
次第に、目が闇に慣れ始めると、周囲の光景が文の視界に飛び込んでくる。
壁はゴツゴツとした長方形の岩が敷き詰められており、窓が一つもないため一筋の光さえも刺さない。
不衛生で、じめじめと湿った空気が周囲を支配し、周囲には何かが腐ったような悪臭が漂っている。
そんな申し訳程度の照明の灯された空間は、牢獄のような≠ニいう形容が一番適当だろう。
高級旅館の一室が、いきなり牢屋へと変わり、文の思考は状況の変化に追いつかないまま、混乱の渦中にあった。
「――――な……ッ!?」
カツン、という足音が背後から響き、首を捻ると、そこにはガスマスクを被った男が立っていた。
いや、ガスマスクと厚い服に覆われて性別は良くわからないが、体格や立ち振る舞いから男のように見える。
ただ、文の身体は椅子の上に拘束されたまま 身動きが取れず、その男に生殺与奪の権限を握られている事は明らかであった。
暴行を加えられても抵抗できない状況を前にして、文の心を、そこはかとない恐怖がじわじわと侵食し始める。
「あ、あなた……誰なんですか!?」
僅かな怯えの色を含んだ文の言葉にも、男は何も答えない。
かわりに返ってくるのは、シュコー、シュコーというガスマスク越しの呼吸音だけだ。
男は、文の恐怖心を煽るように沈黙を保ち続けていたが、暫くの後、彼の傍にあった衝立のようなものに手をかけた。
キャスター付きのそれは、きゅらきゅら、と金属がこすれる音を立てながら文の目の前に移動する。
文の全身が、衝立に映し出されたことにより、文はそれが鏡であることを理解した。
ただ、男が何のためにそれを用意したのかは、一切わからないままだ。
「……誰なんですか、あなたは!! 早く離しなさいっ!! 聞こえてるんでしょう!?」
男の無言の雰囲気に飲まれて一瞬だけ気圧されるも、文は がなり立てるように吠える。
怒りに満ちた言葉は、長く生きた妖怪の風格を醸し出しており、並みの者であれば尻餅をつきかねないほどの迫力があった。
しかし、男は相も変わらず何も喋らないまま、つかつか、と文へ歩み寄る。
パァン!!
「――――ッ!?」
文の頬に、鋭い熱が生じた。
頬に走る熱い感覚と、直後に走る苦痛により、平手で叩かれたことを理解したのはその数秒後。
文の表情が、みるみるうちに険しく変貌してゆき、叩かれて赤く染まった頬は、興奮により更に紅潮してゆく。
視線には憤怒の感情が籠り、ガスマスクの男を射殺すように睨みつけた。
「あ、あなた……こんなことして、ただで済むと思っているんですか!?」
わなわなと身体を震わせる文は、先程までとは比較にならない獰猛な怒気――――いや、殺気を周囲に放ちはじめた。
椅子の拘束を引き千切り、男を半殺しにしてやろうと画策するが、手足の戒めは天狗の剛力をもってしてもビクともしない。
いや、正確に言えば……何の変哲もない拘束さえ破れないほど、弱体化させられているというほうが正解だろうか。
「何とか喋りなさいッ!! このっ――――え?」
それでも、文は気丈な態度を崩さず、男に向かって叫ぶ。
しかし、ガスマスクの男の手にナイフが握られたことにより、文の表情は 一瞬で呆けたものへと変わった。
刃渡りは15センチ程度だが、銀色に輝く刃は研ぎ澄まされており、鋭い光を放っている。
それを何に使うのか、という疑問が脳裏を埋め尽くし、文の精神は次第に追い詰められていった。
「――――ひっ……」
怯え始めた文を気にも留めず、ガスマスクの男は哀れな天狗少女が身に纏ったブラウスの衿を掴んで引っ張った。
そして、千切れそうになるボタンの辺りにナイフの刃を宛がうと、一直線に振り下ろして裂いてゆく。
ビィィィッ、と甲高い音を立てながら、文の気に入りの上着は、胸に巻かれた下着とともに、ただの布切れと変わった。
「き、きゃあああああああああッ!!」
先程の気の強そうな怒声はどこへやら、絹を引き裂くような羞恥の悲鳴が迸る。
文の顔は、かあぁぁっ、と凄まじい勢いで上気し、憤怒の朱色と交じり合った。
意外に着痩せする方なのか、細い体からは想像もつかない豊満な乳房がぷるんと飛び出て、形の良い桜色の頂が露になった。
男は、乳房を根元から絞り上げるよう掴むと、親指と人差し指で乳首を引きちぎらんとするばかりに、強く摘む。
「いっ、痛ぁぁっ! この……っ! 女の扱いも知らないんで――――」
明らかに、女性に苦痛しか感じさせない行為に、文は侮蔑と憤怒の表情を浮かべながら、更に怒りの炎を燃え滾らせる。
けれど、ガスマスクの男が、乳首の付け根に刃を押し当てると、その表情はぎくりと強張った。
「ちょ、ちょっと待ちなさい……何を――――ひぃぃっ!?」
鋭いナイフは、次第に強く押し当てられ、薄皮が裂けはじめる。
朱色の鮮血が乳首の付け根から滲み出て、下乳やナイフの峰を伝い、ポタポタと流れ落ちた。
男は、狼狽する文の表情を覗き込むように、顔を寄せて――――
「ま、まちなさ――――っぎゃあああああああああぁぁああああっ!!」
――――摘んだ乳首から先端を、ズパッ、と事も無げに切り裂いた。
上ずった声で男の行動を抑止しようとした文の声は、凄まじい金切り声へと変わる。
男は、そんな文の乳房を根元から掴んだまま、搾乳するように、強く絞りあげた。
乳房の頂からは溢れるような滴り落ちた血液が噴きだすように流れ落ち、下乳から腹部をべっとりと朱に染め上げる。
「ぐぅ、ううううぅっ……うぁぁ!?」
万力のような力で乳房を握られ、血液を絞り出される苦痛に文は悶絶する。
男は、ひとしきり血の搾乳を行いながら、文の苦痛の悲鳴を聞き続けていたが、不意にもう片方の乳房を掴むと残った乳首の付け根にナイフを押し当てた。
「ま、待って! 待ちなさいッ! 後悔しますよ!? 後で酷い目にあわせて――――ひぎいいいいぃぃぃぃぃいいッ!!」
何をされるのか理解した文は、先程とは比べ物にならない程の殺意を滲ませながら、押し殺した声で男を恫喝する。
けれど、震えている抑止の言葉などは一顧だにされることなく、文の残った乳首は無残にも切り取られた。
再び、苦痛の絶叫が牢獄内に激しく残響し、再開された流血の強制搾乳が文を苛む。
「く、ううぅぅあぁっ……!! な、なにをするの……返して! 返しなさいッ!!」
男は切り取られた文の乳首を皮手袋に掌に載せて、手をゆらゆらと揺らしながら転がし始めた
文は苦痛に呻きながら、それを返すよう叫ぶが、そんな願いなど聞き届けられるはずもない。
文の両乳首は無残にも地面の上に落とされたあげく、男の重厚そうな靴底で踏み潰される。
桜色の乳首は男の体重によってぐしゃぐしゃに潰れて、二度と元には戻らないことを文に自覚させた。
「ぐぅ、ぅぅ……この、クソ野郎ッ!! あとで、覚えてなさい!!!
生きてることを後悔するほど、思い知らせてやる……ッ!!」
なおも心が折れない文は、憎悪に満ちた視線を男に向け続ける。
その意気にどんな感情を残したのかはわからないが、男は覗き込むように寄せていた頭を離すと、そのまま文の背後へと去って行った。
鏡に映った 文の背後の光景は暗闇しか無かったが、十数秒後の短い時間の後 足音がつかつかと近づいてくる。
男の手には、刃の荒い、錆びた鋸が握られていた。
「な、何を……するの……!?」
震える声で問いかける文に、男は無言のまま、行動によって答えを返す。
椅子の上に拘束された彼女の右腕が、男の手によりしっかと掴まれ、人差し指の付け根に錆びた鋸刃が宛がわれた。
白魚のような指に、赤茶けた錆を纏わせた刃が食い込み、薄皮が破れて赤い血が滲む。
刃の方に集中して付着している錆が、血液によるものと理解した瞬間、文は心の底から男に対し恐怖を抱いた。
「こ、殺してやるからッ!! 今ならまだ許してあげます! 私が本気で怒らないうちに――――」
けれども、天狗としてのプライドが――――おそらくはただの人間である男に対して、屈服することを許さなかった。
そんな文の負けん気にも、男は何一つ喋らないまま、鋸を強く押し当てて地獄の往復運動を始める。
「や、やめっ――――いぎぁぁああああぁぁぁッ!!」
ギザギザに尖った刃が肉を裂きはじめ、血を吐くような絶叫が、耳を劈かんばかりに部屋に木霊する。
ぐちょべちょと湿った音は、次第グゴゴゴガガガガガギゴギゴギゴ と骨と硬い刃が擦れる音へと変わっていった。
肉を裂き、骨を削られる激痛に、文は拘束を引きちぎらんとする勢いで暴れ狂うが、それでも強靭な拘束からは逃げられない。
筆舌に尽くしがたい苦痛に、脳内麻薬が分泌され始め、痛みが僅かに薄れかかった頃、完全に切り離された人差し指が、ぽとん、と椅子の肘掛から落下した。
「ひ、ぃぃっ、やっ、やめっ――――ぐぅぅうううぁぁぁああああああああ!!!」
新聞記事を書くための大切な指を一本失った――――
文は絶望と悲嘆に涙するが、そんな哀しい感慨に精神を浸らせる間も与えられず、鋸刃は中指へと宛がわれる。
そして、後は指が一本一本落とされてゆく地獄の工程が、延々と繰り返されるだけ。
中指の次は薬指、薬指が終わったら、小指……と、次々に刃を押し当てられ、荒い鋸刃で肉を抉られる。
「いぎぃああああああぁっ!! いあぁぁっ!! いいいいがあああああああああぁぁっ!!!」
この世のものとも思えぬ苦痛に、文は喉が張り裂けんばかりの絶叫を迸らせた。
その顔は、涎や鼻水、涙によってぐしゃぐしゃになっており、美しかった顔は みっともない有様へと変わっている。
そうして、最後に残った親指がぽとりと石畳の床の上に落ちると、漸く文の絶叫は 収まった。
「はぁー……っ、はぁー……ぐ、ううううぅうぅ……!!」
指を落とされたことは、肉体的な苦痛よりも、心の方に激しい傷跡を残していた。
利き腕の指を全て切断された今、文には、もうかつてのようには素早く記事は書けないからだ。
現実的に考えて、神経がグチャグチャに磨り潰された指は元へは繋がることは無い。 それどころか、錆びた刃による破傷風の恐れすらある。
けれども、これほどの地獄にあっても、文はまだ希望を捨てず、もう片方の手があれば、まだ――――と考えていた。
「な……!?」
けれども、文の涙の滲んだ瞳は、絶望の色を孕むとともに大きく見開かれることになる。
べっとりとした鮮血を纏わせ、刃の目に肉をへばりつかせた鋸が、もう片方の手の指へと押し当てられたからだ。
そして、男は懐から 白い粉のようなモノが詰まった小瓶を取り出すと、片手で器用に蓋を開け、鋸刃と指の上に中身をひっくり返した。
「これは……――――ッ!?!? や、やめっ、やめなさいッ!!」
その触感から、粉の正体を悟った文は、半狂乱になりながらそれを振り落とそうとする。
けれど、男は文の掌を強く抑え込んで、その動きを阻害した。
「お、おねがいっ!! おねがいだからぁ!! それだけはっ、それだけは、やめてえええっ!!!!」
粉の正体は――――塩=B
ただでさえ神経が鋭敏な指を削られながら、傷口に塩分擦り込まれたらどうなるかは、言うまでもない。
文の言葉はやめろ=Aからやめて≠ヨと変わり、強靭な意思は、地獄のような暴行を前に萎えてゆく。
「ひぃ、いギャアアアアアアああああああああアッ!!! うぁ、あががぁああああああああああああああぁぁッ!!!」
そして、鋸が肉をこそぎ落とす音と共に、再び地獄の時間が始まった。
しかも、今度の苦痛たるや、これまでの比ではない。
肉を引き裂かれると同時に、傷口を焼き尽くすような苦痛が、文の脳に激痛の信号を送る。
ともすればショック死してしまいそうな衝撃に文は狂ったような咆哮をあげ続けるが、苦痛は全く和らぐことはない。
「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!! い"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
普段の自信たっぷりな表情など想像もつかないほど顔を歪め、文は 全身をガタガタと狂ったように暴れさせる。
見開かれた双眸からは滂沱と涙を溢れさせ、喉奥からは延々と苦痛の叫び声が続くだけだ。
精神が激しい勢いで摩耗させられてゆく中、文の人差し指がぼとりと落ち、次いで中指が落とされた。
男は、文の手を抑えながら、朱色に染まった塩を鋸刃で傷口に擦り込むように弄び、残る指を次々に落としてゆく。
「やめ……おねが……はぁ、はぁぁっ……」
そうして、哀れな天狗少女の両手からは、すべての指が落とされた。
文の着衣は凄まじい量の汗でぐっしょりと濡れ、心と身体は身動き一つできないほど疲弊しきっている。
まだ地獄の中にいる心地の中、項垂れたまま必死で息を整える文の髪を、男の手が掴み、ぐいっと上を向かせた。
「う、ぁ……あぁぁ……」
いつの間にか、男の手には鋸は無く、別の道具が握られていた。
それ≠目にした瞬間、文の表情は一瞬呆けたようなものへと変わり、強張ったまま動かなくなる。
しかし、その用途を理解した瞬間、その身体は瘧にかかったようにガクガクと震え始め、表情はみっともなく怯えたものへと変わった。
男が手にしていたのは2つ。 ひとつは、太さは5ミリ、長さは5センチ程度の、先端が鋭く尖った螺子釘。
そして、もう一つは、電動式の捻じ込み機――――俗に言うインパクトドライバーだ。
「やめ、て……やめ……おねが……」
無論、その道具が日曜大工などに使われるはずがなかった。 今、この場での用途は、文を肉体的に苛むものでしかありえない。
暴行≠ニいう言葉が生温い拷問≠ノ、文はとうとう震えながら 許しを乞いはじめた。
けれども、哀れな天狗少女には、情けや温情の一欠片さえも与えられることは無く――――
椅子の肘掛の上にある掌の甲の中央あたりに、螺子釘が宛がわれる。
「や、やめてぇぇ!! お願いッ! おねがいだから、もう、ゆるし――――」
ギュウアアアアアアアアアアア!!!!
「ひ、ぎぃああああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」
螺子の頭にインパクトドライバが添えられて、勢いよく回転を始めた螺子が薄皮を貫き、肉を抉り始めた。
男の持つインパクトドライバーは出力がかなり高められているのか、文の筋肉の抵抗をものともせず、骨までもを易々と貫く。
程なくして、釘は文の体を貫通し、掌が肘掛へと縫いつけられるが、もちろん捻じ込み作業は一本では終わらない。
「イヤああああああああ!!! たすっ、たすけてえええええっ!! ゆるしてええええええええ!!!」
男の足元には、かなり大き目の木箱の中に一杯詰められた螺子の山があり、それを目にした瞬間、文は狂ったように泣き叫んだ。
無論、男は 文の哀願など涼風のように聞き流したまま、ただひたすら文の身体に螺子を埋め込むだけだ。
手の甲の次は、手首に螺子を宛がい、それが終われば肘の関節へと、次々と螺子が抉り込まれてゆく。
そうして、長い時間が経過した――――
「あ、ぅ……ぅぁぁ……」
十数分後、全身の至る所に螺子釘を打ち込まれた文の姿は、見るも無残な有様へと変わり果てていた。
顔には一切の釘を刺されてないが、豊満な乳房や、すらっとしていた腹部は まるでヤマアラシのような姿へと変わっている。
黒い濡れ羽色の翼は、椅子の背もたれに打ち付けられ、もはやピクリとも動きはしない。
全身からは、今なお途切れることなく だらだら血が溢れ、椅子や床に血だまりを作り続けていた。
けれど、強靭な妖怪の生命力は、文に“死”を許さない。
「うぁ、ぁぁ……」
かちゃ、かちゃと、小さな金属音とともに、文を椅子の上に拘束していた枷が外された。
けれども、文は小さく呻き声を上げるだけで、逃げるどころか、身動き一つとることもできない。
手の甲が指先、更にはアキレス腱などが椅子に縫い付けられている事もそうだが、関節の骨と神経を完全に潰されているのだ。
拘束があろうがなかろうが、もはや関係はなかった。
「……うぐぅ!!」
力ない呻きを絞り出しながら、項垂れていた文の前髪が、男の手によって、ぐいっ、と掴まれた。
そして、そのまま男の片足は椅子に掛けられ、文の身体は思いきり引っ張られる。
「っぎゃああああああああああああああっ!!!」
完全に枯れ果てていた筈の悲鳴が、再び文の喉奥から迸る。
男の全体重により身体を引かれ、螺子が椅子に縫い付けられたまま、螺子の頭が文の身体を貫きはじめた。
そして、男が一際強く前髪を引っ張った瞬間――――文の綺麗な黒髪が、頭皮ごと、べりっ、と破れる。
「あ、あぐぶぐぅぅぅ……!! うぐ、ううううぅ……!!」
もはや、限界がどうとかいう問題ではない。
文は口の端から泡すら吹きながら、白目を剥き悶絶する。
破り取られた額からは血が噴き出し、文の美しかった顔をべっとりと朱色に染め上げた。
男は忌々しそうにその前髪を放り投げると、今度は文の首を抱え込み、そのまま体重を掛けて、思いっきり引き続ける。
「ひぃぎゃああああああああああ!!!! あぶぅふあっががががががあああああああ!!!」
アキレス腱が千切れ、翼を毟られ、文は苦痛の悲鳴と絶叫を血反吐とともに吐き散らし続ける。
そして、最後に 螺子の頭が肉を貫いた後で、文の身体は完全に椅子から引き剥がされた。
「あぐあっ……ぐ、ぐぼっ……あ、あぁ……うぅぅ……」
男は文をゴミでも放るように床に打ち棄て、そのまま彼女を振り返ることなく立ち去ってゆく。
地面に打ち据えられた衝撃で、打ち込まれた釘が余計に刺さり、文は筆舌に尽くしがたい苦痛に悶絶していた。
けれど、遠ざかる男の姿がうっすらと目に映ったため、命だけは助かった、と心の底から安堵し、全身を弛緩させる。
この先、生きながらえたとしても、不自由な体を抱えたままになるのだが、文はただ、命があることに心の底から感謝していた。
「……え?」
そんな文の耳に、ゴ、ゴ、ゴ、と、奇妙な音が聞こえ始めた。
重量感のある何か≠ェ床を擦る震動が肌に伝ってくる。 恐る恐る首を傾けると、そこには釘抜き付きの金槌を携えた男の姿があった
ただし、その金槌の大きさたるや、そこいらにあるものではない。
柄は人の背丈もあり太さも直径5センチほどの太さであり、金槌は人の頭ほどの大きさもあるだろうか。
そして、ハンマーの逆側には、二股に分かれた巨大な釘抜きが取り付けられている。
「ひぃ……ひいいいいいいいッ!! ま、待って……待って、まって、まってぇぇ!!」
今度こそ、完全に心を圧し折られた文は、引きつった悲鳴をあげて逃げ出した。
全身はズタズタで身動きさえもままならないが、それでも 何とか身体をよじらせて男から遠ざかろうとする。
けれど、その速度は欠伸が出るほどに遅く、ともすれば赤子が這うほうが早いと言っても過言ではない。
かつては、自身に満ち溢れ、天空を自由に泳いでいたはずの文は、今やイモムシのように身を捩じらせることしか出来なかった。
「おねが、っ、話をっ、話を聞いてぇぇ! 少しだけ、1分だけでいいですからぁァ!!」
ゆっくりと迫ってくる男の足音と、大金槌が床に擦れる音に、文はとうとう逃げることを諦めた。
そして、少し前までの罵り声をあげていた態度は何処へやら、心の底から男に屈服し、必死の形相で命乞いを始める。
「おねがい、です……命だけは、たすけてください……おねがい、ですから……ね、ねっ、ねっ??」
文は男の足元にずりずりと這いよると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を必死に歪め、媚び諂うような愛想笑いを浮かべた。
そして、男の靴に頬ずりさえしながら、猫撫で声で命だけは助けてほしいと哀願する。
けれど、そんな命乞いが通じるのであれば、文はここまで虐げられることは無かったはずであり――――
男は何の言葉も発することもなく、ゆっくりとハンマーを振り上げた。
「も、もしよろしければ!! 貴方の……いいえ! 貴方様の靴を舐めますッ!
い、いや、舐めさせてくださいッ!! お願い舐めたいのぉ!!」
如何に妖怪の身体が頑強と言えど、この圧倒的な重量感を持つハンマーに殴られれば、ひとたまりもない。
背筋を凍りつかせる恐怖に震え、文は恥も外聞もなく ずりずりと男に這いより、男の靴に舌を這わせはじめた。
男を楽しませ、命だけは助けてもらおうと足掻く今の文には、天狗としての誇りなど欠片も見えない。
はふっ、はへぇっ、と熱い吐息を吐きながら、顔を背けたくなるほどにミジメな様をさらしながら、みっともなく靴をしゃぶりあげる。
舌を刺激する砂や泥の味も気にならないまま、文は靴の上面からソールまでを血の滲んだ唾液でベタベタにしていった。
「ぐぅ、は、はいぃ……靴の、ウラもキレイにしますッ!!」
不意に、男が足を上げて靴の裏が文の眼前に晒された。
男の意図を悟った文は、泣き顔の上に無理矢理 笑顔を貼りつけながら、靴裏を舐めはじめる。
うつ伏せになりながら靴の裏を舐めるのは難しいため、文は身体に残ったバネを使って仰向けになる。
その小さな衝撃でも 身体に刺さった螺子が肉を貫き、激痛に呻くが、死ぬよりはマシだった。
そうして、顔を天井へと向けた文は靴裏に舌を伸ばすが、吐き気のする悪臭に、思わず顔を顰めた。
男の靴裏から漂う臭気は、おそらく、ガスマスクの男によって殺された犠牲者達の腐った肉にちがいない。
文は男によって齎される圧倒的恐怖から逃れるため、涙をぽろぽろと流しながら汚い肉を靴裏からこそぎ落とし食んでゆく。
「舐め、ましたぁぁ……」
そうして、胃がひっくり返るような吐き気に苛まされながら、文は、男の両足の靴裏を綺麗に舐めあげた。
かつては、道行く男を振り返らせていた美しい顔は泥に塗れ、千年の恋さえも冷めるほどに酷い有様へと変わっている。
男は、そんな文の姿を更に汚そうと、彼女の頭をグリグリ踏みにじり始めた。
破れた頭皮に土を擦り付けられ、文は苦悶の表情を上げる。
「ひぃ、ぎぃぃ……」
そのうち、男の靴は、文の頭から顔の上へ移動しはじめた。
乳房に刺さった螺子が肉をゴリゴリと削り、死にそうになるほどの苦痛が脳を焼きつくす。
文は、その地獄の時間が終わることをひたすら願いながら、じっと耐え続けていた。
「あぅ、ううぅ……私の、顔も、身体も、服もぉぉ……足拭きマットとして、お使いくださいぃ」
生殺与奪を握っている男の機嫌を損ねるわけにもいかず、文は自ら屈辱的な台詞を口にする。
その哀願の言葉とほぼ同時に、ガスマスクの男は、文の豊満な乳房を足蹴にしたまま、大金槌で彼女の身体を撫で上げはじめた。
固い金属の感触が、太腿から、股へ、そしてそのまま胴を通過し、首筋へと移動してゆく。
そして、金槌が顔を通り越した、そのとき――――
ぐちゃッッ!
「え?」
文の頭のあたりをなぞるように動いていた大金槌の釘抜きの部分が、文の両目を抉りぬいた。
「ひ――――いぎゃああああぁぁ!!? 目、が、ぁぁぁ!!」
一瞬にして視界が完全に暗転し、眼球を潰されたことを理解した文は、度重なる絶叫で壊れかかっている喉から、更なる悲鳴を絞り出した。
同時に、視界を失ったことにより、恐怖の感情が、一瞬で胸中を塗りつぶす。
両目を奪われた文には、ゴルフの要領で大金槌を振り上げる男の姿は見えるはずも無く――――
ドゴォッ!!
「ぐぼぉぉっ!? あ"、あぐぅぅ……あ"あ"あ"あ"あ"……!!!」
文の腹部に強烈な一撃が加えられ、口腔内からは鮮血の入り混じった吐しゃ物が噴き出てきた。
余りに強力な衝撃により、内臓が幾つか破裂したようであり、文の口からは、血反吐が絶え間なく零れ落ちる。
目の辺りからは、赤い血液と、硝子体が文の目から涙のように飛び散り、地面の上に赤い水たまりを作り始めた。
そして、息を整える間もなく次の一撃が――――
ゴキャッ!!
「ぐぁ、あアアアアアッ!! 許してッ! ゆるしてぇぇぇ!!!」
アバラと背骨が同時に圧し折れると共に、文の身体は吹き飛ばされ、壁へと打ち付けられる。
あまりにも残虐過ぎる拷問は、もはや常軌を逸しており、文は殺される恐怖に怯え、必死に泣き叫びながら、慈悲を乞う。
「イヤっ、イヤああああぁぁぁ!! お願いっ! お願い許して!! 助けてェェェ!!!」
チョロッ、ジョボジョボジョボ……
文の血に染まった黒いスカートが、失禁により濡れて重くなった。
小便を撒き散らしながら、泣き叫び、まるでミミズのようにのそのそと もがいて暴れる様は、もはやみっともないを通り越して見苦しい。
そんな文の痴態を十分楽しみ、そして飽きたのだろうか――――
男の手に握られたハンマーは、文の命を完全に停止させるべく、勢いよく振り上げられる。
「いのち だけはぁ! いのぢだけはァァァァ!!!」
ゴガンッ……ッッ!!!
命乞いの言葉は、男に届くことは無く――――ぶんっ、と鋭い風を切り、文の顔面にハンマーが強烈に叩きつけられた。
暫くの間、文の身体は潰されたゴキブリのようにビクビクと痙攣したまま、ぞっとするような無音の時間が流れる。
そして、ハンマーがゆっくりと文の顔から離れると、鼻の骨は粉々に砕けて顔面が大きく陥没した 酷い顔が見えた。
「は、はが……ぁぁ……」
二度と見れない醜い顔は、涙と、鼻水と、涎でぐしゃぐしゃになっている。
頭蓋骨も砕けたのか、脳漿さえも飛び散り、砕けた骨や歯が皮膚を突き破って肉の間から見えていた。
もはや、文の命は放っておいても あと僅かであるのは誰の目に見ても明らかだった。
「た、ひゅ……け……」
意識さえも朦朧としたまま、文は呂律の回らない口調で、なおもうわ言のように、救いを求めていた。
未だに助けてもらえると思っているのか、何度も何度も、諦めずにその言葉を繰り返す。
「……さようなら、射命丸 文」
ガスマスク越しのくぐもった声が文に投げかけられ、男は、ハンマーの釘抜きの部分を文の顔面に向けた。
そして、トドメを刺すために金槌を大きく振り上げる。
ひゅん――――ブチャァァ……ッ!!
「……………………あ……ぶぁ…………」
二股に分かれたハンマーの釘抜きは、それぞれが文の潰れた眼窩を貫き、脳幹までもをぐちゃぐちゃに潰した。
最後に、文の身体は、びくん、と大きく痙攣した後、しばらくすると永遠に動かなくなった。
東方奉崇亭 END
HOSTELへようこそ
愉しんでいってくださいね(しろめ)
変態牧師
- 作品情報
- 作品集:
- 11
- 投稿日時:
- 2014/09/05 15:10:28
- 更新日時:
- 2014/09/06 15:45:22
- 評価:
- 3/6
- POINT:
- 360
- Rate:
- 12.83
- 分類
- R-18G
- 奉崇亭へようこそ
- 拷問
- 殺害
- グロ
- 射命丸文
とても面白かったです
後、誤字ですが「博麗神社」が「博霊神社」になっています
奉崇亭は幻想郷キャラをリョナり見世物にするための『セカイ』のようですね。
牧師様、懺悔せねばならないことがあります。
あやややが暴力と汚辱を受けて逝く時にイッてしまった私を御赦しください。
……で、次回に獲物が入荷されるのはいつですか♪
また貴方の作品が読めると思うと興奮しちゃう///