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『時を翔ける星』 作者: まいん
注意、このお話は東方projectの二次創作です。
オリ設定が存在します。
「ん〜、今日も疲れたぁ〜」
日の入りの頃、雲一つない晴天の空が先まで空を青く染めていた。
今は赤とも朱とも呼べる綺麗な色に染まっている。
地平線には黄金色の太陽が煌々と光を放ち景色そのものを染めていた。
屋根も壁も木々も草葉も、何もかもがその光を受けて日と同じ色に染まっている。
門より拝殿までの掃除をしていた寅丸星は、一日の終わりに掃除用具を片付け始める。
猫の様に背伸びをし、気持ち良さそうに声をあげては用具入れに向かっていた。
用具を綺麗にし、用具入れに丁寧に片付ける。
手を合わせて、一日皆の為に汚れ続けた用具に感謝した。
振り返って戻ろうとする。
今日も一日疲れた。 当番が美味しい食事を準備して待っているだろう。
食事の楽しみを胸に、逸る気持ちを押さえて献立が何かを考えていた。
頭から楽しそうな記号が出ていると、周りの人に間違いなく見えるだろう。
そんな彼女に敵意とも何ともいえぬ、不自然な視線が降り注ぐ。
足を止め、辺りを見回した。
「悪戯?」
一言呟くも、誰かに見られている状態は同じであった。
不安に駆られたので辺りを見て回る事に。
建物の外側、拝殿や本殿の外を回り、地蔵群、墓場周り、階段下と次々と回って行った。
不自然な事はあった。 本来居る筈の忠実な死体や化け傘が居ない。
夕方の薄暮時とはいえ、客の姿さえ無い。
風は無く、音も無い。 まるで世界に自分一人だけが取り残された様であった。
不意に強い既視感が思い起こされる。
「ここは?」
今まで”命蓮寺”という寺を聞いた事が無かった。
虎から妖怪になり、妖怪から代理になった。
長い時を生きたにしても、同じ名前の寺の名さえ聞いた事が無い。
見た事がある。 そう思える景色があったのだ。
「夢? いや、そんな夢、見た事が……」
咄嗟に身構える。 何か得体の知れない攻撃を受けている気分である。
夢か幻か、幻術や精神に由来する何かに襲われているかの様であった。
身内にこういった攻撃を得意とする者がいる。 頭に浮かんだが、今回は違う。
その者であれば、私がやりました。 と自分の正体を言いふらす感情が働くからだ。
「遂に思い出してしまいましたか……」
後ろからの言葉に、ギョッと驚く。 先まで警戒する為に細めていた目が、カッと見開いた。
首に襲い来る不快感。 振り向く事はおろか、言葉さえ返せなかった。
普段の彼女には、あり得ない事であった。
「出来れば、思い出して欲しくなかった……」
口腔内が酷く乾いた。 その声が誰かなぞ、すぐに分かる。
心当たりがあり過ぎる声を聞いたからこそ、心が大きく乱された。
「あ……か……」
棒の様に固まった脚を思い切り動かす意思を与え、心の中で動いて振り向くと黙唱した。
「どうした? 私の顔に何か付いているか?」
星が見た者は見知った者、千年来の仲のナズーリンである。
声も姿も何もかも普段と変わりない。 変わりないと思いたかった。
何かが違う。 そう思えずにおれない雰囲気があった。
「ナズーリン……ですか?」
「そうだ。 君の良く知っている私だ」
帰って来る声が口調が、余りに普通で普段通りで、それが余計に不安感を思い起こさせた。
それが、そのまま顔に出ている。 その事を彼女は知り様も無い。
「ふふ、混乱している様だね……まぁ無理もない。 その正体を今から君に教えよう」
そう言ったナズーリンの手には宝塔が乗っていた。
いつ、出したのか? どこに持っていたか?
何も分からなかった。 そうこう思う間にも宝塔は光を放ち始める。
「何も不安になる事は……いや、言うのも野暮だな……すべては、毘沙門天の導きのままに……」
ナズーリンの言葉を最後に、星は深い眠りに就く様に意識を手放した。
〜〜〜〜〜
喧騒が聞こえる。 ずっと昔に聞いた声の様であった。
ほんの数瞬、そう他人が眠っていたと気が付かぬ程、数瞬の微睡。
星は、目を覚ました。
「白蓮さん! いい加減に説明して下さい!」
「あんたが妖怪を、オラ達の災厄を庇っているって噂になってるんですよ!」
下の村から押しかけた村民達。 星は彼等が何の理由でここに来たかを知っていた。
今日、この時、彼女を、悪い妖怪として封印する事が決まっていたからだ。
覚えている記憶が蘇る。 村民達が星の名を呼ぶと、そのまま黙って立ち去った。
白蓮達の助け声を後ろに聞き、何食わぬ顔で拝殿に戻ったのだ。
そこから、白蓮や仲間達の泣き叫ぶ声を冷徹な感情で聞き、機械の如く冷たい感情で普段通りに職務を遂行していたのだった。
勿論、辺りでナズーリンが監視している事も知った上でだ。
何年も何十年も何百年も……やり直したいと思い続けていた場面。
「星様! 貴方からも何か言って下さい!」
彼女の知る記憶とまったく同じであった。
やり直したい。 その一心で言葉を絞り出す。
「違います。 白蓮はそんな事はしていません!」
辺りが静かになった。 先までの騒ぎも一瞬にして静まった。
小さく言葉が行きかう。 話と違うぞ……などと。
「違う? と言う事は……」
「ご主人様」
村民の一人が星に詰め寄り、事の真意を問いただそうとした。
その時に監視していたナズーリンが、星を呼んだのであった。
顔には、余計な事をしたと不機嫌な感情が露わになっていた。
「よ、妖怪だ!」
ナズーリンの耳と尻尾を見た村民が咄嗟に叫んだ。
口々に慌てふためく村民達。門の外で待機して鍬などで武装した者達が現れた。
星はすぐさま弁解をしようとした。 だが、思いもよらぬ言葉に遮られてしまう。
「妖怪……妖怪!」
他ならぬ白蓮の声であった。
その言葉が引き金になったか、村民達は暴徒と化した。
止めに入ろうとする星が白蓮に押えられると、村民達はナズーリンを嬲りものとした。
鍬で切りかかり、服を破き、各々の下半身で好き放題にした。
血に塗れるナズーリン。 口に逸物を押し込まれ、嘔吐する程に咳き込んだ。
下も乱暴に弄られ、すぐ様逸物を押し込まれた。
声の出せ無い状況で目だけが助けを求めていた。
だが、その懇願も虚しく。 妖怪を退治する為だけに、ここへ来た者達には通じなかった。
何人、何十人、まぐわい犯され、傷つけられ、声に出せ無い状況のまま痛めつけられた。
彼女を押さえている白蓮は知っている人間では無かった。
白蓮の姿をした、利己的なただの人間であった。
その姿が問題であった。 心を乱され、跳ね除ける事も出来ない。
やがて人々は、清めたと口々に言い合い、ナズーリンを磔にした。
体中に傷をこさえ、血に染まる。
股からは男に犯された痕に血の赤と精液の白が混じり、腿を伝って垂れていた。
口からは涎の如く、白濁が垂れ続けていた。
「やめろ、やめろ!」
星の叫びが辺りに響く中、ナズーリンは村民達に首を斬られた。
村民達は喜び、白蓮の顔に安堵と喜びが見て取れた。
「良かったですね。 あの子一人の犠牲で、私達が救われたのですよ」
星の頭で何かが弾けた。 ここに居るのは自分の知る……自分の救いたかった人物では無かった。
「……黙れ……黙れ! 生臭坊主が!!!」
星が振るった手刀が白蓮の首を刎ねた。
喜ぶ村民達の顔がたちまち青くなっていく。
掌に引き寄せた宝塔が、怒りを露わにした仏像の如く赤く、赤く染まっていった。
閃光……。
放たれた一条の光は、爆炎と共に辺りを地獄に変えた。
一瞬で死ねた者は幸せであった。 中途半端に傷を負った者、死ねなかった者は自分勝手にも、痛い痛いと呻いていた。
天をも焦がす紅蓮の炎を背に、逆鱗に触れられ、怒り狂う毘沙門天を目の当たりにした人々の戦意は最早無かった。
ただただ、己の愚かさを悔い、星に対して戦慄していた。
そんな者達を、血の涙を流し、無慈悲に処理していった。
頭を踏みつぶし、動けぬ所をレーザーで打ち抜き、宝塔で殴り殺し……。
自分を中心に宝塔のレーザーで大地を焼き払った。
空に放ったレーザーは、黒雲を集め、空より降り注いだ雷撃は、見渡す限り地平の果てまで降り注ぎ、有象無象の区別なく、生きとし生けるものことごとくを葬り去った。
焦土と化した大地の上で物言わぬナズーリンの首を下に見た。
星はその場に泣き崩れた。 首だけのナズーリンは星に何も返す事は無かった。
〜〜〜〜〜
「泣いているな……何を見たか大体予想がつく」
「ナズーリン……ナズーリン!」
星は咄嗟に後ろへ跳んだ。
目の前のナズーリンの姿をした者から距離を取った。
「お前はナズーリンじゃないな!」
「私は私さ。 君ならわかるだろ?」
「黙れ! こんな事、私の知っているナズーリンがする筈が無い」
「その顔は、私が偽物とは思っていない様だが……受け取れ」
ナズーリンが持っていた宝塔を投げ渡す。
急な事もあり、壊れたら一大事と思ってしまった星は慌てて宝塔を受け取る。
「これは……本物?」
「そうだ」
受け取った宝塔……先まで使われていた宝塔は、本物であった。
他の者なら判らないかもしれない。 しかし、長年使い続けた星が検分したのだ、間違いないだろう。
「で、では、さっきのは……」
「その宝塔に記録されている君の記憶だ」
にわかには信じられなかった。
信じられる筈が無かった。 自分の知っている記憶ではないからだ。
「さっき、君は何か既視感を持ったと思う」
不安に駆られて寺中を見て回った事を思い出した。
時間は、それ程経っていないのだが、記憶の再生の時間が感覚を麻痺させていた。
「その情報が私を行動させた。 君に宝塔を使い、嘗ての記憶を見せる様に」
「何の為に?」
「君が望んだんだ。 君が望む世界に行く様に……。 さて、宝塔を貸してくれ」
ナズーリンが一歩踏み出す。 蛇に睨まれた蛙。
星はナズーリンが本物と信じて疑わなかった。 疑えなかった。
先に疑った事も、偽物に至る事に繋がらなかった事はすぐに分かった。
だから、今はナズーリンが非常に恐ろしい存在だと思えてしまう。
「辛いかもしれんが、これが現実だ。 受け止めても否定しても、受け止めきれなくても良い」
〜〜〜〜〜
妖怪の跋扈する山。 僧侶を喰った者は妖怪としての格が上がる。
誰も彼もが他者を喰らい、その権利を手に入れようとしていた。
その中で、ただの寅妖怪如きが他の妖怪に見向きもされなかった。
正しくは、手が出せなかったのだ。
その寅妖怪は、僧侶にも興味がなかった。
腹が減れば他の者を喰い、好きな場所で眠り、発情期が訪れれば子を作り、強者としての野性を満喫していた。
「お前が噂の寅妖怪か?」
「ああん? 何だ手前は」
体長がゆうに八尺を超えている大柄の虎に話しかける鼠の少女。
寝ていた所に突然の来客。 虎は不機嫌極まりなかった。
「今度、そこの寺に世話になるんだろう? 私の下で働く事になる……」
「うるせぇ!!!」
立ち上がった虎は、その大柄な体に見合わず俊敏な動きで飛びかかった。
鼠の少女は咄嗟に横に跳ぶも、体当たりとは別に横に大きく薙がれた前足は的確に腹に減り込んだ。
骨の無い、柔らかな腹に食い込んだ爪は、その周囲を数寸程盛り上がらせた。
しかし、皮膚や肉の弾力を超える程の力が加えられると、爪に追随したまま肉が引き裂かれた。
虎の力に、そのまま体が宙を舞った。
落ちる前、虎は強靭な顎で体に噛みついた。
「が……は……」
腹から内臓が飛び出、口から血を吐き、口元から血が伝った。
一瞬の幕切れ、彼女を中心に血溜りが形成された。
ビクビクと痙攣する少女。 寅妖怪は、その死に様に興味なく、何事もなく睡眠に戻って行った。
〜〜〜〜〜
記録の再生が終わり目を覚ます星。
息を切らし、顔面は蒼白。 自分の口にナズーリンを噛み千切った感触が残る。
手も同じだ。
自分の行いに、手や肩が震える。
「まだ、少しだけしか終わってないぞ。 まだまだあるからな」
〜〜〜〜〜
聖達が封印され、寺には星とナズーリンだけが残されていた。
二人だけは封印されずに無事であった。
その日を境に人が段々と寺を訪れなくなった。 今では誰も訪れる事は無い。
だが、二人は変わらずに生活が出来ている。
質素だが食事には困らない。 野盗等に襲われる事も無い。
昨日も、その前も大丈夫であった。 きっとこれからも大丈夫であろう。
星は軽くひび割れた廊下を歩みながら、これからも二人で過ごせる事を疑いもしなかった。
ドスッ……。
星が背中に違和感を覚えた。 そのまま力が抜け、その場に倒れ込んだ。
うつ伏せに倒れ、手を腰に当てると真っ赤な血が手一面に広がっている。
身体を起こし振り向くと、そこには目の焦点の合っていないナズーリンが仁王立ちしていた。
「ご主人様が……ご主人様がいけないんだ」
星に突き刺した短刀とは別の物が手に握られている。
すると、躊躇なく鳩尾に突き刺した。 刺した短刀を抜き、そのまま首を掴み馬乗りになった。
持った短刀を両手で逆に握ると、更に胸へと振り下ろした。
「こんな所で……こんな所で一生を駄目にしてたまるか!」
視界が霞んでいく。 腕から力が抜けていく。
錯乱したナズーリンが自分の首を短刀で掻っ切った。
救う事が出来なかった。 気付けなかった。
自分の無力を恨むも、最早すべてが手遅れであった。
寒気と襲い来る睡魔に抵抗できず、星はゆっくりと目を閉じた。
〜〜〜〜〜
仲が良かった。 仲が悪かった。 それでも一緒だった。
一緒では無かった。 殺した。 殺された。 他者に殺された。
犯されて殺された。 殺してさらし首になった。 犯されて慰み者にされた。
舌を噛んで自殺した。 錯乱した。 錯乱して死んだ。 殺された。
殺した、殺した、殺された。 殺し合いの末、死んだ。
殺された、殺された、殺して殺された。
撲殺、刺殺、斬殺、惨殺、薬殺、謀殺、轢殺……。
自死、水死、滑落死、縊死、失血死……。
あらゆる死が、事故が、襲って来た。
死んで、死んで、死に続けた。
殺した。 殺された。 記憶の再生に脳が処理できずに発狂、錯乱。
〜〜〜〜〜
目が覚めた。 耳に残る不快な声。 出来れば眠っていたかった。
股に走る異物感。 記憶に残る感覚に堪らず覚醒する。
「へへへ、漸くのお目覚めだぜ」
癇に障る声を放つ男は、自身の逸物を星の股に埋めている。
星は土の地面に寝かされ、両手は縄で縛られ、ご丁寧に杭で地面深く固定されていた。
「くそっ! 離せ! このっ!」
「離せと言われて誰が離すか! この虎女が!」
星に対して雑言を吐きながらも、男は腰を打ち付けて止める事はしなかった。
身体をくねらせて逃げようとする度に、自身の逸物が普段では体験出来ない向きに刺激される。
男の表情は直視に耐えられない気色悪い表情をしていた。
鼻息が荒くなると、息が顔に当たる。
歯磨きも余り無い時代である。 口臭は耐えがたい臭気を放ち、毒気の様でもあった。
身体を襲う怖気と共に、顔を背ける。
自身のよく知る声も聞こえていた。 皆が皆、星と同じ憂き目に遭っているのだろう。
「そんなに嫌がっても、お前は何度も膣内に射精されている。 いい加減に観念しろ」
男がそう言うと身震いをし、胎内に注がれる不快な感覚が全身を支配した。
「……ふぅ……やはり、体が引き締まっていると、ココの締まりが良いな。 どうだ? 儂らと一緒に来んか?」
そう言いながら、顔を近づける男。
目を瞑って、まぐわい終わり呆けていると思っている様だ。
星は目を見開くと、首筋に向かって噛みつこうとした。
大型の猛獣、虎の如し牙を剥いた。
「お……ご……!?」
星の口に剣が突き刺される。 脇に控えていた男に気が付かなかった様だった。
口腔内に満ちる血液。 鉄錆びの味。 剣ごと地面に突き刺されて固定された。
目だけを動かして、見渡した景色。
聖が他の信徒を人質にされ、三人の野盗に立ったまま犯されていた。
一輪は地面に倒され、両手を頭の上で押さえられて、泣き叫びながら犯されていた。
村紗も雲山も実体が無い筈なのに火に焼かれていた。
寺は大炎上。 今にも燃え落ちそうな状態である。
すでに首を刎ねられた者が晒されていた。 親愛なるナズーリンであった。
恐らくは、その体も好きにされているのかもしれない。
「ひゃっはー!」
首に衝撃が走った。 息が詰まる。 気道が少々切断された様であった。
口に次々と剣が刺される。 二本、三本と……。
息が段々と荒くなった。 強靭な肉体を持つ妖怪が人間程度の腕力で切断される。
切れ味の悪い刀は、易々と首を切断してくれなかった。
「ぶっ……ご……」
声はそこで止まった。
首と胴は永遠に袂を分かつ事になった。
口に突き刺された剣を抜いた別の男は、自身の反り勃った逸物を星の口に捻じ込んだ。
死んで虚ろな瞳と半開きの口に興奮した男は、猿か猪の様に鳴くと鼻息を荒くして、出し入れを続けた。
〜〜〜〜〜
ええじゃないか、ええじゃないか。
人里に厭世観が蔓延した。 人々は各々仮面を被り、妖怪を無差別に殺傷した。
逃げる妖怪、妖怪を庇った人間が寺に逃げ、人妖が溢れた。
話せば分かる。 そう言った聖は真っ先に殺された。
腹を包丁で一突き。 超人の呆気ない最後であった。
一輪や村紗、ぬえ。 寺の強力な妖怪が応戦したが結果は散々たるもの。
一人残らず殺された。 いや、生き残った妖怪が二人。
星とナズーリンであった。
寺の本尊とその従者。 彼女ら二人は信者から必要と思われて逃がされたのだ。
だが、その二人も疲れ果てていた。
「ナズーリン。 もう駄目です」
「いつになく弱気だな」
断崖絶壁に追い詰められた二人。 胸を合わせて手を握り合っている。
二人にとって幸せであった事は、既に過去の記憶を持っていた事であった。
二人にとって不幸だったのは、既に過去の記憶を持っていた事であった。
いつかこういう日が来る事を覚悟していたのだ。
信者を失った神に如何程の価値があるのか。
自分を信じた者を失った神に如何程の価値があるのか。
信仰を失った神に如何程の価値が残されているのか。
言葉は違えども、考える事は二人とも同じであった。
辺りは夜の帳に包まれている。
彼女達が見れる光は篝火だけである。
人里から逃げ込んだ山の麓まで一直線に続いていた。
所々で火の列が乱れている。 そこでは歓声が上がり。
人間を襲いに来た妖怪が返り討ちに遭っていた。
そうして、何事もなく篝火が元に戻る。
星とナズーリンは眼下に広がる光景を見ていた。
二人の気持ちは決まっていた。
重ね合わせていた両の手を名残惜しそうに離した。
そうして、崖の直前まで歩んでいく。
顔は悲しそうではあるが悲壮感に包まれてはいない。
死んでも、これで終わりでは無い。 いつかまた会えるかもしれないからだ。
「ナズーリン、さようなら」
「ご主人様、また会いましょう」
二人、互いに互いを愛おしく思い抱き合った。
そして、崖から身を投げるのであった。
〜〜〜〜〜
「やめろおおおおおおおおお!!!」
息を切らして、目を覚ました星。
時間は同じ、記憶が再生されてから全然時間が経過していない。
「ご苦労だったな」
「もう良い……もう大体思い出した」
この短時間で目の下にクマが出来る程にやつれていた。
精神的に追い詰められたとも言える。
自分に襲い来る理不尽にも似た記憶に、ただ恨めしそうに宝塔を睨み付けた。
「何の……何の目的でこんな事を……」
「さっき……自分の記憶を見続けた君にとっては遠い昔の事かも知れないが、君が望んだと言ったぞ」
にわかには信じ難かった。
この数々の災難が自分が望んだものであると思えなかったのだ。
「私が?」
「そう、君が……最初の君が望んだ。 誰も不幸にならない世界で過ごしたいと」
「誰も不幸にならない世界?」
確かに何度も望んだ。
あの時ああしていれば、こうしていればと。
後悔は彼女の過ごした記憶、二人で過ごした数百年に何万回としていたからだ。
「だが、そんな世界はある筈もない。 世界は君に優しくないんだ」
「私は何回、世界を繰り返しているんですか?」
「物分りが早くて助かるよ。 宝塔によれば……正確な数字は野暮だな。 万を超えているよ」
「万……」
「なぁ、もう良いだろ? 皆不幸になったが、ここまで来たんだ。 そろそろ妥協しても良いだろ」
冷徹とも例えて良いナズーリンの表情から険しさが消えた。
星に対して憐みにも似た感情を覚えていたのかもしれない。
又は、何千、何万、何億と一緒に居た為に情が湧いたのかもしれない。
懇願にも似た表情から、涙ぐむ様に言葉が少し震えていた。
「聖は皆を失って封印された。 一輪は地獄で鬼に慰み者にされ続けた。 水蜜は死なない筈の体で溺死し続けた」
「小傘も響子も皆に忘れ去られた。 ぬえも地上で憂き目に遭わされ封印された。 マミゾウだって友の為に故郷を捨てた」
そこまで聞いた星に、ふと気にかかる事が浮かんだ。
絶望にされるがままであった自分に希望の光が射しこんだのである。
今が、これだけの不幸や絶望の末にたどり着いた場所であるなら……。
「……待って下さい。 と、言う事は皆が不幸にならない世界もある筈です」
「……君は……君は、この世界が不満なのか?」
「違います。 ですが……」
「はっ、ははっ……それでこそ、私のご主人様だ」
我慢していた感情を抑えられなかった。
先の震えた声は、彼女の本音の一部であった。
「ナズーリン、泣いて……ごめんなさい……」
「気にするなよ。 さぁ、ご主人様、これからも辛い世界が君を襲うんだ笑って行け」
「はい……宝塔よ。 私を皆が悲しまない世界へ導いて下さい」
〜〜〜〜〜
「……はぁ、行ってしまったか」
(ナズーリン、苦労をかけます)
「良いですよ。 ですが、私も痛かったり苦しかったりするんですからね」
(すみません)
「未来のご主人様……いえ、毘沙門天様に頼まれたんですから。 それより、そちらの私にもよろしく伝えて下さい」
そう言うと、ナズーリンの全身が発光し始めた。
「さてと、私の中にある力よ頼むぞ。 探し物を探し当てる程度の能力よ……ご主人様の元への道を指し示してくれ」
ナズーリンがこの世界から姿を消した。
と同時に世界が歪み消滅する。 何もなくなった暗黒の空間だけが残された。
やがて、この世界自体の存在が無かった事にされるだろう。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
相も変わらず拙い話でございますが、楽しんで頂ければ幸いです。
コメントありがとうございます。
>1様
毎回のコメント感謝。
>NutsIn専任曹長様
ワンダーランドは主人の為の世界。
苦行を積んで戻って来るは主人かネズミか?
いずれにしても、二人は元も場所に戻る。
>3様
貴方にあって、私にない。
私になくて、貴方にある。
その可能性が私の望むナズ星の世界。
まいん
https://twitter.com/mine_60
- 作品情報
- 作品集:
- 11
- 投稿日時:
- 2015/01/26 11:58:16
- 更新日時:
- 2015/02/07 23:56:26
- 評価:
- 3/3
- POINT:
- 300
- Rate:
- 16.25
- 分類
- 星
- ナズーリン
- 命蓮寺
- 星が自分に課した幸せになる為の苦行の話
- 2/7コメント返信
そら、あれだけの苦行を積めば神仏にだってなれますわな♪
ダウザーは道を指し示し、虎は遥か彼方まで旅をして――、やがて戻ってくる。