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『産廃創想話例大祭C『初代秘封倶楽部 プレ活動報告』』 作者: んh

産廃創想話例大祭C『初代秘封倶楽部 プレ活動報告』

作品集: 12 投稿日時: 2015/06/13 12:49:15 更新日時: 2015/06/18 21:34:15 評価: 15/16 POINT: 1450 Rate: 17.35
 



「この段落の主人公の気持ちを考えてみましょう。では宇佐見さん」
 不意に当てられたので、あてずっぽうに答えた。教師は私の答えに適当な賛辞を送って、予め用意されていた授業計画を元に、私の解答とは全然違う方向に授業を進めていった。
 こんな授業を聞くことが義務とは、つくづく現代社会は人に拷問を課すのが好みらしい。それとも我が"クラスメート"の皆様方は、この時間に何がしかの価値を見出しているのだろうか? 誰もまともに聞いてるようには見えないが。
「では次のページを開いてください」
 興味があるわけじゃない。所詮、こいつらは私と別の世界にいる人間だ。思考回路など分かるわけがないし、知りたいとも思わない。
 こんな時は決まって妄想に耽る。トイレに行くと言って教室を出て、テレポーテーションで学校の敷地外へ飛び、念力で校舎を薙ぎ倒す。ここにいる連中は逃げる間もなく、哀れ建物もろともグチャグチャに潰れて死ぬ。あいつも、あいつも、あいつもだ。
 もちろん校舎を倒す時は校庭側に倒れるよう角度を調節するから、体育の授業を受けている奴も無事ではすまない。みんな死ぬ。私だけが生き残る。
 中学生なら、誰でも似たような妄想で憂さを晴らすのだろう。だが私の場合は事情が異なる。今考えたことをその通り実行するだけの力がある。そう、超能力が。
 私は選ばれた存在なのだ。ここにいる連中は、言うなら私の慈悲によって生かされているに過ぎない。
「東風谷さん。次の段落を読んでみて」
「はい」
 だが私は神様じゃない。慈悲を与えるだけの日々にもそろそろ飽きてきた。



 放課後、私は一目散に帰宅すると、準備を整えて家を出た。
「すみれちゃーん」
 いつもどおり、玄関を出てすぐ、間の抜けた声で呼ばれる。
「いつも言ってんでしょ、私は菫子。略すな」
「ごめーん」
 ヘラヘラと、知恵遅れらしい笑い方。聞いてるだけでイラつくが、今日は我慢だ。
「今日親は?」
「いなーい」
「じゃあさ、一緒に遊ばない?」
「するする! 何する?」
「こないだ話したやつだよ。探検ごっこ」
 私は周囲に人がいないのを確認してから、金切り声ではしゃぐガキに囁いた。
「秘密の場所に連れってってあげる。手繋いで、目つむって」
「こう?」
「いいって言うまで目開けちゃダメだよ」
 力を込める。行き先をイメージする。すっと体が軽くなる――テレポーテーション、私の超能力の一つだ。
「目、開けていいよ」
「わぁ!! ここどこ?」
 突然場所が変わったことに大喜びだ。奇妙だと疑う様子もない。こういうところはバカだと助かる。
「さ、行くよ」
 手を差し出す。あっさりと掴んできた。
 夕方というには少し早い時間、寂れた神社の裏手にある冥い雑木林を歩く。光と影の境界が曖昧になった薄闇の道を進むのは、どうしてか胸が踊った。こんな気持ちになったのは、果たしていつ以来だろうか。
「いたいっ、痛いよすみれちゃん」
 夢中で突き進んでいく。目指す建物はすぐ視界に入った。
「ここ?」
 今にも潰れそうな廃屋だ。
「そう。入るよ」
「いいの?」
 愚図りだした。めんどくさい。
「大丈夫、お姉ちゃんがついてるから」
 無理やり背中を押して、中へ連れ込んだ。
 ひどい臭いだった。カビ臭いというより、何かが腐ったような臭い。虫の羽音がやかましい。
 持ってきた懐中電灯を点ける。てっきり荒れ放題かと思ったら、中は意外とすっきりしていた。部屋を大きく占拠するような粗大ゴミもなく、外から見るより広々しているように見える。一つ不気味なのは、どこにも窓がないことだった。その代わりなのか、天井からは裸電球が申し訳程度にぶら下がっている。
 懐中電灯の光を部屋の奥に当てると、隅の方には平積みした廃材にボロ布をかぶせてあった。ベッド代わりにできそうだ。
 さっさと始めよう。
 探検しようと適当なことを言って、ガキをベッドまで連れて行こうとする。が、言うことを聞かない。ビビったのか、「帰りたい」と私の体にしがみついてぐずり始めた。
「ウザ……」
 時間がもったいないので、念力で弾き飛ばした。ちっちゃな体はボールみたいに吹っ飛んでいって、頭からベッドに落ちた。ピクリとも動かない。
「ヤバっ」
 慌てて様子を確認する。コブはあったが、息はしていた。助かった。まだ死なれちゃ困る。
 大の字で仰向けに寝かせてから、準備してきたロープとテープを取り出す。手足を固定しようとするが、よく考えると括りつけられるような支柱がない。どうしたものかと思い、ボロ布をめくった。
「うぶっ!」
 思わず顔をそむける。鼻のひん曲がるような臭い、無数に湧き出す蝿。動物、猫の死骸だった。それも一つや二つじゃない。白骨化してるのから、蛆の巣になってるのまで、何匹分かの判別もつかない。
 だが一番キモかったのは数の多さじゃなかった。どれもこれも首から上の部分が、キレイさっぱり見当たらないのだ。
「何よこれ……」
 その時、天井からぶら下がった裸電球が点灯した。
「誰だ!?」
 とっさに振り返る。入口近くに誰かいる。
「そこから離れ――」
 私はとっさに念力でそいつを殴り倒していた。



 頬を引っぱたくと、その女は目を覚ました。
「お目覚め?」
 女は自分の置かれている状況をすぐ理解したようだった。壁際に座らせた格好で、ロープとテープでグルグル巻きにしてある。ちょっとやそっとじゃ抜け出せない。
「言っとくけど、大声出したり抵抗しようとしたら首の骨へし折るから」
 首を鷲づかみにして念押ししてから、口に貼ったガムテープを剥がした。女は何も言い返してこなかった。
「アンタ、同じクラスよね?」
 そうだ。このピーマン色の髪には見覚えがある。暇があればブツブツ独り言を呟いているキモい女だ。そんなだから友達もろくにいなくて、教室の隅でいつも陰気な面をさらしている。名前は、知らない。
 それにしてもふざけた格好をしている。巫女服みたいだが、肩口がぱっくり割れて脇が丸見えだ。蛇と蛙のダサいアクセサリは学校でも頭につけてた気がするが、一丁前に持っていたお祓い棒のミスマッチ感も合わせて、ぶっちゃけ悪趣味なコスプレにしか見えない。
 こういうタイプは大嫌いだ。なぜなら自分は頭がおかしいと、大なり小なり自覚してやっているからだ。自分を何か特別な存在だと思っている。ところがどっこい、そんなものは所詮ありきたりの狂気なのだ。お手盛りの狂気に酔いしれてる奴くらい、傍から見て醜悪なものはない。
 ピーマン女は何も答えなかった。相変わらずブツブツブツブツ、口の中で呟いている。キモい。
「そういや家が神社の奴がいるって誰かが言ってたっけ……あーもう、クソッ」
 全然思ったとおりにいかない。こんなはずじゃなかった。考えるのもかったるくなってくる……もう、いいじゃないか。1人が2人になっても。
「あんた、何しに来たの?」
 やっぱり返事はない。延々呪文を唱えて……ああマジウザい。
「あのさぁ、いつまでそうやって不思議ちゃんぶってるわけ?」
 床板を念力で引き剥がす。
「なに、趣味は動物虐待? それともリスカ? 悪霊にでも取り憑かれちゃった? 神様でも見えんの? 今日のお薬は何錠? ああくっだらない!!」
 その板切れを、ピーマン頭の真横めがけて突き刺した。
「全部聞き飽きてんのよ! 病人のキチガイアピールはもうウンザリなのよ!!」
 いったい何度、こういう連中と同類扱いされたろう。「かわいそうな子」と、憐れみを受けただろう。何の力もない、カスどもから!
「分かったでしょ? これが正真正銘の、偽りない異能の力よ。あんたみたいなファッションキチガイには逆立ちしても真似できない、そう、私はね、そういう人間なの」
 ピーマンはぴくりともしない。ビビって声すら上げられないか。ざまぁみろ。
「ずっと不思議だった。なんで私にこんな力があるのか。他の人間にないのか。死ぬほど悩んで、調べつくして、考えに考えた」
 でも、結局答えは見つからなかった。
「結果、ある仮説に至った。私は神に選ばれた、特別な存在なんだってね」
 ピーマンの体が微かに震えた。
「私は世界を革新する。そのために生まれてきた。今の社会を、選ばれた人間による、真に豊かで優れたものに作り変えるの。私にはそれだけの力がある。あらゆるルールも慣習も、私の前では何の意味もなさない」
 そうだ、そうでなきゃおかしいじゃないか。
「あのガキはね、生まれた時からの出来損ないよ。生きてても何の役にも立ちやしない。あんな物はさっさと処分すべきよ。それが最も合理的で健全だわ。でも、誰もやらない。最善だって分かってるくせに。だから私がやってあげるの。私にはできるの。
 ああそうだ、ついでにアンタも処分してあげる。人っ子一人来ないオンボロ神社の、統失病みの巫女なんて、何の利益も生み出さないもんね。大丈夫、アンタがいなくなったって、誰も困りや――」
「――八坂の神よ」
 声が響いた。やけに通る、人間らしくない声だった。
「風を吹かせ給え!」
 体が軽くなる。目の前で、何重にも縛り上げたはずのロープとテープがちぎれていく。そのまま、訳もわからず、吹き飛ばされた。
「ガハッ!!」
 目の前が一瞬真っ暗になる。上と下が分からない。はっきりしてるのは背中の痛みだけ。世界との接点を必死で探っていると、首筋に鋭い感触を覚えた。
「動くな」
 ナイフだった。それも肉厚のサバイバルナイフだ。
「ちょっとでも妙なそぶり見せたら、殺すわよ」
 迷った。ピーマンがナイフを滑らすより早く超能力を使えるか、確信が持てなかった。
 普段ならこんなふうに迷ったりしない。躊躇なくテレポーテーションで逃げるなり、念力で反撃するなりした。できなかったのは、コイツの目のせいだ。それは、およそ生き物に向けていい目じゃなかった。
 もし遅れたら、間違いなく首を掻っ切られる。
「アンタ……何なの?」
「一つ質問があるの」
 女の目つきは変わらなかった。
「あんたは、その神様の声を聞いたの? 殺せって、神様から言われたの?」
 一瞬、質問の意味を理解できなかった。上に覆いかぶさった顔は、真剣そのものだ。
「ぷっ……アハッ、あははははははッ!」
「笑うな」ナイフが皮膚に食い込む。「早く答えなさい」
「ははっ、バッカじゃないの、あんなん物の例えに決まってんじゃない。神様なんかいるわけないでしょうがっ!」
「ハッ」
 女は嗤った。心底軽蔑しきったような声だった。
「いいわ。この場所貸してあげる」ナイフが皮膚からほんの少し浮いた。「一つ条件飲んでくれたら、だけど」
「……何よ」
「首をちょうだい。無傷で」
 ベッドの下に転がっていた猫の首なし死体を思い出す。キチガイの考えることなんて知りたいとも思わない。でも、コイツの首に対する執念は知りたくなくとも分かってしまう。誰のかはどうでもいいんだろう。そう、例えば私の首でも、だ。
「待ってください! ちゃんと考えがあるんです!」
 と、女が突如喚きだした。
「分かっています。これが正規の方法ではないことは。でも八坂様……違います! そういうつもりではありません!! これはお二人の信仰を取り戻すためであって――」
 立ち上がり、あさっての方向に向かって、まるで誰かと怒鳴り合うかのようにまくし立てている。おかげで私は自由の身となれた。それでも逃げ出そうとか、反撃してやろうとかいう考えは浮かばなかった。本物のキチガイを前にすると、刺激しちゃいけないと本能が告げる――そんな万国共通の感覚が、自分にも残っていたことに、少し驚いた。
「だって他にないじゃないですか!? もう方法なんて……だからそれは分かっています。……はい……はい。でも……大丈夫ですから……だからそんなのはどうでもいいんです!!」
 数分経って、ようやく"話し合い"にケリが付いたららしい。キチガイ巫女は、肩で息をしながら振り返る。ぎょろりとぎらつく瞳……ああ、コイツやっぱりイッちゃってるわ。
「OKもらえた?」
「うっさい」思いきり舌打ちされた。「今準備するから。待ってて」
 殺そうと思えばやれる自信はあった。さっきの感じから見て、アイツは呪文なり宣言なりを事前に済ませないと力を使えない。不意さえ突かれなければ、私の超能力の方が先を取れる。
 そうしなかったのは、あのキチガイが何を仕出かすか見届けたかったから。だって奴は曲がりなりにも異能力者、ただの統失患者じゃない。ちょっとばかり興味がわいたのだ。
 空いた時間を使って、ベッドに放置してたガキの様子を確認する。あれだけ騒いだというのに、まだ目を覚ましていなかった。頬を引っぱたく。
「起きろ」
「ふぇ……すみれちゃぁん、あたまぁ、ぃたいぃ……」
 意識はあるようだ。そうでなくちゃ張り合いがない。
「もう少し寝てな。すぐ楽になれるから」
「ふぁ……」
 キチガイ巫女が戻ってきた。水の入ったお椀を持っている。
「手出してないでしょうね?」
「まだ生きているかチェックしただけよ」
 キチガイは何も答えず、ベッドの下から麻縄を引っ張りだして、私へ放り投げた。
「使うならどうぞ。そこの柱と、奥に隠れてる台座に結わえれば、多分外れないわ」
「気ぃ効くじゃない」
「ところで、この子どこの子?」
「近所のガキよ。昔から私のこと見かけるとお構いなしに寄ってきてさ。マジキモ」
「じゃあ、捜索始まったらアンタすぐ疑われるわね」
「へーきへーき。ここまではテレポーテーションで来たし、家の前には誰もいなかったし」
「この子が出かける前、アンタに会いに行くって親に伝えてたら?」
 返事に詰まる。その間にもキチガイ女は手際よく縄で生贄の手足を結わえ付けていく。
「それは、ないんじゃないかな……」
「死体の始末はどうするつもりだったの?」
「それならバッチシ! 持ってきたゴミ袋に詰めて、テレポーテーションで遠くの山に遺棄するの。これならアリバイになるでしょ」
「死体に付いたアンタの指紋は? ビニール袋にも残りやすいのよ」
「え、それは……」
「あとこの現場。血痕や髪の毛の処理とかも考えてなさそうだから、ここで殺されたってことはいずれ警察にバレる。ついでにアンタの指紋や髪の毛もごっそり残ってるでしょうから、遺棄場所が遠いってだけじゃ逃げおおせられないんじゃない?」
「そ、そんなのどうだっていいのよ! 私は選ばれた特別な存在なんだから!」
「……稚拙ね」
 所詮は子供の思いつきか――そう言わんばかりの溜め息だった。ムカつく。なんで私がこんな奴に。
「つうかアンタ、妙に手馴れてない? もしかして何人か殺したことあんじゃないの」
「そんなことないわ」
「どうだか」
「アンタみたいな快楽殺人者と一緒にされたくない」
 そう吐き捨てて、キチガイ巫女はガキの頭上に覆いかぶさるようにしてベッドにまたがった。お椀の水を手で掬い、何やら呪文を唱えながらガキの顔へ水を振りかける。よくある"お清めの儀式"ってやつだろうか。
 ガキは見ず知らずの女から突然水をかけられてびっくりしているようだった。呂律の回らない口調はそのまま、私に助けを求めている。
 けど残念。私は菫子、「すみれちゃん」じゃない。
「哀れな子よ。守矢の神に救いを求めなさい」
 出し抜けにキチガイ巫女がベタすぎるセリフを吐いたので、思わず吹き出しそうになった。でも下手に刺激して逆上されるのもかったるいので、必死でこらえた。
 ガキは相変わらず「すみれちゃん、すみれちゃん」とやかましい。
「……ダメですか」
 ピーマン巫女は肩を落とすと、ベッドから降りて、私へ目配せした。
「どうぞ」
 やっと出番だ。
「すみれちゃん、いたいょ……おうち帰りたい……」
 手始めに指からいくか。
「ぎぃぃっ!! ひたぃ、手ぇいだ―― 」
 小学生の骨は思ったより柔らかいな。こないだの不良とは手応えが全然違う。こりゃ気をつけてやんないとあっという間に壊れるな。
 とりあえず右手の指を全部折っておくことにした。一本折るたび、ぎゃあぎゃあ喚いてベッドの上をぐにょぐにょ跳ねる。たまにフェイントで左手や足の指を折ると、全然違う跳ね方をするのでなかなかウケる。
「ひ……だす、すみれちゃ……」
「だからさぁ、違うっつってんだろ?」
 肘を逆に折り曲げた。
「アタシの名前は、す・み・れ・こ。『子』略すなっつってんのに、マジで失礼じゃない?」
「ごめっ! んぎ……ごめんなしゃ、ゆるひ、ぁ……もうしなあ゛あ゛ぁっ、ひぎぃっっ!!」
 ゆっくり力をかけて、逆の腕をジグザグに折り畳んだところで、ぴたりと悲鳴が止んだ。「ごめんなさい」と、壊れたように呻くだけだ。
「哀れな子よ。今こそ守矢の神に救いを求める時です」
 突然キチガイの声がした。
「神の名を呼びなさい。そうすれば貴女は苦しみから解放される」
「……ちょっと、邪魔しないでよ」
「気にしないで。早く続きを」
 ほんとウザい。何なんだコイツ。
 ……いかん。気にしてもしょうがない。目の前のことに集中しよう。
「ほら、ブツブツブツブツ言ってんじゃねえよ。そういうのキモいから」
「はっ、はひ! ごめんなさい!!」
 腹に手を置いただけでビビることビビること。マジウケるわ。
「もうごめんなさいは聞き飽きた。アタシの名前は? ちゃんと言えたら許したげる」
「すみ、れ……」
「すみれ?」
「子、さま……です」
「よくできました」
「うぶっ!!」
 おーよく悶えるわ。骨バラバラの手足タコみたいにくねらせて、何されてるかも分かんないんだろう。
 意外と上手くいくもんだ。今まで念力は、直接「見える」ものにしか使ってこなかった。見えさえすれば離れていようと、押すも引くも曲げるも潰すも自由自在。でも見えない物に試すのは初めてだ。
「へぇー。胃ってけっこう伸びんのね。ほれ、グニグニーっと、気持ちいい?」
「う゛、う゛ごっ……ぅぶぇっ、ぅ、ぇぅ゛……」
 あーゲロりやがった。
「うわーキモっ」
「ダメじゃないですか」
 またもピーマンだ。死にかけの口に指を突っ込んで詰まったゲロを引っかき出すと、あごを持ち上げてガキの気道を確保する。
「アンタさ、マジで一体何なのよ!?」
「声が出せなくなるのは困るの。さあ、大丈夫ですか?」
 激しくむせるガキの胸をさすりながら、ピーマン巫女はこりもせず「神に救いを求めなさい」コールを唱えている。
 ……あーダメだ、限界だ。やっぱ殺そう。とっととこっちを片付けて、グッチャグチャにしてやる。
「どけ」
 私はピーマンを突き飛ばした。
 左の腿とふくらはぎに力を込める。二カ所同時に、逆向きの力をかけられるかテストだ。
 膝がみちみちと軋む。ガキの喉から、今までにない叫び声が噴き上がる。
「さあ早く! 早く守矢の神に救いを求めなさい!」
 黙れピーマン。次はお前がこうなるんだ。目と耳を潰して、歯を引っこ抜いて、脳みそをグチャグチャにかき回した後、テレポーテーションで内臓を便所にシュートしてやる。
 骨の外れる音がする。肉の千切れる音が、皮膚の破ける音が、靭帯の弾ける音がする。
 声帯まで引き千切れたかのような音が、部屋中に響いた。
 私は即座に膝の切断面を念力で潰して止血する。まだだ。
「まだ死ぬなよ。次は爆破実験だ。腎臓だけピンポイントで吹き飛ばしてやる。そしたらアバラを後ろからこじ開けて背中に羽生やしてやるよ。死ぬ時くらいは『天使みたい』って言われたいだろ? なあ?」
「ぁだ……いやだっ……」
 ガキは血とよだれをまき散らしながら言った。
「たしゅけて、神様、お願い助けてぇっ!!」



 何が起きたのか、とっさに理解できなかった。
 寒い。尻餅をついている。床がベタベタする。目の前が煌々と輝いていた。光に照らされた腕へ目を移すと、赤色がべったりと皮膚に貼り付いている。血だ。返り血じゃない。だって、痛い。
 声も出せなかった。腕だけじゃない。足にも、お腹にも、顔にも首にも手の甲にもすねにもナイフですっぱり切られたような傷がある。"かまいたち"にでも襲われたみたいに、全身が切り傷だらけなのだ。
 寒かった。傷口はカッカと熱を発しているのに、血の滴るところは死んだかのように冷たい。
 目がかすむ。怖い。
 それでも、私は視線を外せなかった。光を放つ一角に、あってはならないものがあったから。
「どうですか?」
 あのガキだ。2本の足で立って、正しく伸びた腕でピーマン巫女に抱きついて、すすり泣いている。
 私は、あの世にでもいるのだろうか?
「恐れることはありませんよ。これが守矢の奇跡です」
 よろけた。尻餅をついたままなのに。まるで地面ごと傾いたような、そんな奇妙な感覚。慌てて床をまさぐると、ずぶりと手がめり込んだ。板張りの床が溶けて、ぬかるんでいる。
「貴方の篤い信仰心が、あの不信心者から貴方を救ったのです」
 泥みたいなぬかるみは体を伝い、蛇みたいに這い上がってくる。傷口に潜り込んでくる。痛みが不快感に塗りつぶされていく。
「っぐ、ひっぐ……こわかった、こわかったょぉぉ……」
「もう大丈夫」光の中で、巫女が子の頭を撫でている。「貴方には神様がついています。ほらあそこ、見えるでしょう?」
「わぁ!」
 煮えたぎった血が全身を駆け巡っているのに、体温はどんどん失せていく。「吐け」と脳が命ずれど体は一向に応えず、五感だけが明瞭すぎるほど冴え渡っている。
 たちの悪い毒だ。これからどうやって死ぬのか、最期の一瞬まで隈なく教えてやろうってつもりらしい。
「見えるでしょう? あの二人が、貴方を救ってくださった神様なんですよ」
「見えます、見えます!」
 やだ……私、死にたくない。
「ありがとう、かみさま!」

 光が、真っ赤に染まった。

 赤色はこっちまで飛んでくる。まとわりつく泥の上に散って、たちまち溶けてなくなる。まるで泥がその赤を啜ってるみたいに見えた。
 噴き上がる赤の真ん中に、銀色の煌めきが見える。あのガキの首の辺りからだ。
 ああ、やっと分かった。この噴水、血だ。
 ごきゅりと、骨の外れる音がして、首から下が崩れ落ちた。
「神よ。守矢の神よ」
 床が盛り上がる。ナニカが出てくる。
「今、信者の首と血を捧げます。どうかお受取りください」
 巫女が首を投げると、伸び上がった黒い影がそれを一瞬にして飲み込み、たちまち地面に沈んでいった。一瞬しか見えなかったが、蛇だった。頭だけでもゆうに人を超える大きさの。
「――さて」
 靴音がする。体はまだ動いてくれない。
「不信心者に罰を与えなくては」
 返り血がべっとり貼り付いたピーマンの顔には、何の感情も浮かんでなかった。それを前にしても不思議と冷静でいられる。次は自分の番だってことくらい、予想はついていた。首をもがれるのか、蛇に丸呑みされるのか、はたまた違うやり方か――どれも嫌だな。
「――もう十分よ早苗」
「八坂様?」
 声が聞こえる。あのピーマン以外の気配を感じる。とうとう私もイカれたか。
「ですがっ」
「無駄だと言っているの。今のでも、たいして力は戻らなかったわ。やっぱりもう無理なのよ」
「そんな……」
「この声、誰……?」
「聞こえるんですか!?」
 キチガイ巫女がキチガイ顔を寄せてきた。
「八坂神奈子様です。この神社の神様です。見えるでしょう、あそこに!」
 私の襟首をつかんで、虚空を指さして、何度も見ろと言ってくる。
「なんにも、見えないわ」
「そんなわけないでしょ!? 声が聞こえるんなら姿だって見えなきゃおかしいでしょ!? ふざけたこと言ってると――」
「やめなよ早苗。コイツは本当に見えてないよ」
 別の声が聞こえた。
「さっきからずっとコイツの隣にいたんだ。見えてるならとっくに気づいてるはずだよ」
「洩矢様……」
「それに、こいつの畏れの心はもう食っちゃったよ。今さら殺っても搾りかすしか出ないさ」
 頬を舐められた気がした。
「でも、でも、声が聞こえるようになったってことはお二人の力が戻ってるってことで、何度か続けていけばもしかしたら――」
「ダメだね。正式な祭礼に則ってない御頭に、そこまでの力はない。多少は腹が膨れたけど、それだけ」
「そうね。やっぱり、こっちは放棄するしかないわね……」
 ピーマン女はいきなり泣き出した。初めて見る、弱々しい姿だった。
「早苗、私達は向こうへ行く。だから」
「私も行きますよ」
 キチガイ巫女は涙を拭って答えた。
「でも、貴女は普通の人間で――」
「人殺しは普通の人間じゃありませんよ」
「はははっ。なぁるほど、それも見越して殺したのか。神奈子に反対されないために。頭いいねぇ」
「諏訪子、冗談が過ぎるわよ」
「いいよ。行く気なかったけど私も行く。もう一遊びくらいしてやらないと、さっきの贄に悪いしねぇ」
 なにか話がまとまったのか。ピーマン女は笑顔を弾けさせている。陳腐なホームドラマか何かを観せられた気分がした。
「さてお嬢ちゃん」
 急に体が軽くなる。
「そろそろお別れの時間だ」
 見れば、体中にまとわりついていた泥が消えていた。
「アンタの悪意はあらかた喰ったから、しばらくは落ちついて暮らせると思うよ」
「私達が言えた義理じゃないけれど、これからはもう少しまともに生きることね」
「ああ、もし警察に聴かれたら、全部早苗のせいにしちゃえばいいから。いいよね、早苗」
「はい。こっちの世界に未練はないですから」
 ピーマン女は笑って即答した。キチガイなんて言葉じゃ片付けられない、おぞましい笑顔だった。
 少しずつ体に力が戻ってきた。よろよろと立ち上がる。立っているのが精一杯なのは、弱っているからだけじゃない。地面が揺れている。この揺れはめまいでも幻覚でもない。
「貴女、テレポーテーションができるのよね?」
 空が割れる音がする。吹き上がる風はなんとも心地よく、爽やかな匂いがする。ここは、どこだ?
「早くここから出た方がいいわ。神社ごと引っ越すから」
 その時、私は確かに見た。
 高く切り立った山、斜面に鬱蒼と茂る原生林、大瀑布――境界の向こうに広がる景色は前にテレビで見た秘境のようで、なのにひどく懐かしくて。
 あれは、どこなんだ?

「さよなら」



 翌日、私は警察に保護された。
 雑木林で倒れているところを捜索隊が見つけたのだそうだ。全身に無数の切り傷があったから、すぐに救急車で運ばれ、そのまま入院することになった。
 当然、警察から繰り返し事情聴取を受けた。まいったのは、例の神社が消えてなくなっていたことだ。警察含め誰一人その存在すら覚えていなかったので、私は精神的に錯乱していると診断され、余計に入院する羽目になった。
 あのガキについてもあれこれ聴かれた。私は言われた通り、全部あの巫女のせいにした。二人で雑木林に行ったら同級生の巫女に襲われた。ガキは殺され、私もあやうく殺されかけた――警察がどこまで真面目に受け取ったかは分からない。
 アイツは一応この世界に存在していたことになっていたが、あの日以降まったく行方がつかめないそうだ。間違いない。アイツはこの世界を去ったんだ。
 半年後、私は退院した。復学して初めの何日か、学校の奴らは私を「可哀想な被害者」ともてはやした。だが、私がそういう扱いをしてくる連中を心底見下してると肌で悟って、たちまち距離を置くようになった。なんともあっけなく、前と変わらない生活に戻ったわけだ。

 後悔するのに時間はかからなかった。

「しけんてんなー」
 前にも増して、何をしても満たされなくなった。あれほどハマっていたスナッフビデオや殺人妄想にも、ちっとも楽しさを見いだせない。気づいたのだ。そんなもの、今どきネットで検索すれば腐るほどあふれてると。
 世界を創りなおすという野望も、どうでもよくなってしまった。そんな手間を掛ける価値を見いだせなくなった。早い話が、この世界に興味を失ったのだ。
「頼む、殺さないでくれ……」
 死にたかった。なぜあの時ピーマン女は、私を殺してくれなかったのか。あの声の主は、私を喰ってくれなかったのか。罰のつもりだろうか。確かに罰かもしれない。ほんの一瞬だけ見えた"ここではない世界"、あちらへ魂だけでも逝けたガキが、今は羨ましくたまらない。
「頼む、絶対に誰にも言わないから……金なら全部やる――」
「うっせーよオッサン」
 必死になって調べた。オカルト、都市伝説、異世界のこと。私やあのピーマン女のような異能の存在についても研究を重ねた。もはや寄す処は、そこにしかなかったから。
「財布すっからかんじゃねーか。貧乏人が援交なんかしてんじゃねぇよクソが。そっちの腕も折ってやろうか?」
 その結果、少しずつだが見えてきた。消えた妖怪、幻想の仕組み、結界で隔たれた世界のこと、その結界を越える方法――もっと力が必要なことも。
 力は金で買えない。でも努力だけじゃ足りない。強いマジックアイテムが要る。そして資本主義社会でマジックアイテムを手に入れるには、結局金が必要なのだ。
「まあいいや、時間ないし」
 札だけ抜いて財布を投げ返す。東京は金持っている奴が多いかと思ったらこのザマだ。これじゃあパワーストーン一個分にもなりやしない。次の待ち合わせは10分後。そっちに期待しよう。
「大丈夫、ちゃんとサービスはするよ」
 念力で脳みそを軽くかき回してやると、どの男もあっという間にションベン漏らしながらイッてしまう。私は車を降りて、念力でアクセルをめいっぱい踏み込む。
「まいどありー」
 車が交差点に突っ込んでいくのを遠目で見ながら、私は博多へテレポーテーションした。


 
ポーリン・パーカーとジュリエット・ヒュームみたいな百合百合しい殺人カップル書こうと思ったら、酒鬼薔薇聖斗と鈴木正人がエンカウントしたみたいになりました。
んh
作品情報
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投稿日時:
2015/06/13 12:49:15
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2015/06/18 21:34:15
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分類
産廃創想話例大祭C
宇佐見菫子(中二)
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1. 100 七面 ■2015/06/14 00:19:24
菫子さんとピーマンさん、どっちも本物の異能者なのにこうも貫禄に違いがある。その対比が面白い。
あと貴方の書く現実世界での早苗さんは悉く怖いですね。
2. 100 名無し ■2015/06/14 02:12:28
こんな強くてかっこいい早苗さん大好き!素敵!
3. 100 名無し ■2015/06/14 09:48:50
いかにもな産廃仕様の菫子のご生誕である。
4. 80 名無し ■2015/06/14 09:51:50
ピーマンなんて形容する人初めて見た気がする
5. 90 まいん ■2015/06/14 10:00:26
御首祭は外の世界で禁止されているから仕方がないですね。
原作からして迂闊さがにじみ出ていた菫子に相応しい良い性格をしてますね。
少しこの菫子に腹が立ちました。
6. 90 名無し ■2015/06/14 14:19:29
早苗さんの迫力がすごかった。
この早苗さんの信仰心が二柱を支えてるんだろうな……
7. 90 名無し ■2015/06/24 10:51:51
このドリームマッチ感いいですねえ
すみれちゃん視点の八坂様の上位存在っぷりと台詞から垣間見える苦労人っぷりとのギャップが面白かったです
8. 90 名無し ■2015/07/01 03:29:17
不思議と安心感のある早苗さんだ…
9. 100 名無し ■2015/07/08 03:44:43
幻想郷で再会しても中身すかふわピーウーマンは菫子のこと覚えてなさそう
10. 100 レベル0 ■2015/07/12 11:50:19
緑のピーマン巫女って……早苗ですよね?
早苗と菫子はなんとなく仲良くはできない気がしますね。
なんでだろう
11. 80 あぶぶ ■2015/07/15 00:04:42
前半の鬼畜っぷりを見るにこの菫子ちゃん神も仏も信じてないだろって思ったけど、実際目にしても全く改心してないっていう。
早苗ちゃんってイカレ信者に感化されてむしろ悪化してるし
12. 100 ■2015/07/16 20:43:42
異能の独善者すみれちゃん。そんなすみれちゃんをダシにするピーマンさん。
どっちも異常で、ある意味正常
13. 100 名無し ■2015/07/16 23:52:14
邪悪!
15. 100 NutsIn先任曹長 ■2015/07/18 13:06:14
神に選ばれたと嘯く異能者と、神の僕である現人神の邂逅。
神の御使いは神の元――神の引っ越し先に召され、異端は現世に残された……。
幻想を夢見る利己的な能力者の物語、堪能致しました♪
16. 100 県警巡査長 ■2015/07/18 20:37:16
早苗さん、とんでもねぇですなぁ…。
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