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『産廃創想話例大祭C『訳が分からないよ』』 作者: あぶぶ
「ったく、何でこんなに椅子が硬いのよ。クッションの一つも引いてないなんて」
清蘭は月の軍の輸送トラックの乗り心地の悪さに悪態をついた。
「あなた緊張感ないわね……危険な任務だってわかってる?」
「すみません。でも鈴瑚先輩、これどう考えても設計ミスっすよ。私、お尻が痔になっちゃって大変なんですよ?」
鈴瑚と呼ばれた軍人は団子を頬張りながら銃のチェックを行っている。
「まあね、私達って職業柄何時でもトイレに行けるわけじゃないもんね」
「実は私もなの」と言って腰の辺りを擦った。
トラックには彼女ら二人の他にも数人の軍人が乗っており、悪路に揺られながらそれぞれ喋くっている。上官の悪口で盛り上がる者や、今夜の飲み会の場所などが主な話題のようだ。
トラックの揺れが小さくなる。清蘭が窓から外を窺うと、月の都の外れにある貧民街の路地を進んでいるところだった。めくれ上がったコンクリートでもこの揺れをマシにしてくれるならありがたい。
「相変わらず汚い所ね。都会とは大違い」
「まあね、月の汚点って呼ばれているだけの事はあるわ」
「うわっ、あれ見てください。一人を大勢が取り囲んで殴ってる」
清蘭が汚物を見たかのように舌打ちする。
「もちろん治安も最悪よ。くれぐれも一人で行動しないことね」
通りに並ぶビルの合間に見える曇り空から時折雨粒が降りてきている筈なのに、車が巻き上げる土埃と工場の黒煙により町全体が光化学スモッグで汚染されひどく視界が悪かった。
トラックは黒い水が泡立つ水路の傍で止まった。三台の車両からそれぞれ十人ほどの武装した月兎が現れる。
部隊長が広場に各小隊を集めて点呼と任務の確認を行った。
「ここまでの事で質問があるものはいるか?……よし、では作戦に入る前に今回は民間人の協力者から敵勢力について多少の補足がある。ではドレミー殿、こちらへどうぞ」
ガウンの様な衣装に身を包みナイトキャップをかぶった少女があてどない歩みで隊の前に出る。白黒の玉であしらった不思議な衣装といいどこか道化を思わせた。
「あー、ご苦労様です。えーっと第五強襲部隊の武勇伝はかねがね聞き及んでおります。恐縮です。はい。えーっと何でしたっけ?……ああ、すみませんゲリラの詳細でしたね。はい」
隊列を組み作戦実行を目前に控えてようやく緊張感が出てきた兵士達にも失笑がおこる。
「皆様御存知と思いますが、先月のレジスタンスの掃討作戦で政府に対する反乱分子は大方片付きました。ただその時、一つのアジトから見つかった薬品が非常に特殊な物だったので私が呼ばれたんです。はい」
ドレミーという少女は手に持っていた緑色のカプセルを掲げて一同に見せた。
「DDD呼ばれる向精神薬の一種です。これを服用すると中枢神経系に作用して……」
清蘭は二、三分で欠伸をした。専門用語ばかりだし、彼女の話し方と声色はどうにも眠気を誘う気がする。隣に並んでいた鈴瑚に関しては口に入れた団子を地面に落として慌てて涎を拭くという有様だ。
「ねえ、鈴瑚先輩。何かおかしな女でしたね。あの声聞いてると異常な眠気に襲われます」
「そうね。彼女は獏の妖怪だから、それでかもしれないわ」
「え、あの夢を食べるって動物っすか?」
「いつかの任務にも参加していてね。その時本人から聞いたの」
やがて部隊は散開し、鈴瑚の率いる小隊は水路から地下に潜る事になった。前回の大規模作戦で大方のレジスタンスは片付いた筈だが、もし残党がいればそれを殲滅しろというのが今回の任務だった。
同じトラックに乗っていた八人がいつもの仕事仲間であり、鈴瑚は数ヶ月前から清蘭らの部隊の小隊長に任命されていた。
汚水を流す底の深い川が外気から街を支えるコンクリートの下に潜り込む地点から、地下を蟻の巣のように延びる水路が今日の仕事場であるらしい。
おのおのライトを構えトンネルを進む。すぐに分岐点に差し掛かった。鈴瑚は半数を横穴に割り当て自分も真っ直ぐ奥へ進んでいく。そんな分岐を数回繰り返すとすぐに鈴瑚と清蘭は二人きりになった。
二人の足音が無音の空間では大きく際立った水音になる。
「こんな陰気な所に潜んでる奴なんかいるんですか?」
「ドレミーさんの情報ではね」
「はー、貧民街の奴等ってどうしてこう愚かなんでしょう。都に楯突いて勝てると思ってたんですかねー?」
「……たぶんメッセージだったのかもね。自分達の生活がどんなに差し迫ってるか知って欲しかったのよ」
「先輩は優しいですねー……私にはこんな底辺の気持ちなんて分からないっす」
「……気を付けて、前方から足音が近づいてくる。数は四つ。武器を構えなさい」
清蘭が慌てて杵を構える。
「どれ位っすか?」
「後350ってとこね。数分で接触するわ。清蘭、他の子達に連絡を」
月兎の通信信号で呼ぶがノイズばかりで反応がない。
「通信不能です……!」
「まさか……仕方ないわね、一旦引くわよ」
通路を音を殺して逆走する。最後に分かれた分岐点で再度通信を行うがやはり反応がない。
「先輩、まさか……皆やられたんじゃ」
冷や汗と涙で汚れた顔を袖で拭いながら鈴瑚に詰め寄った。
「落ち着きなさい。まだやられたと決まったわけじゃないわ。でも待ち伏せされた可能性もある。あなたは一刻も早く地上に戻って本隊と合流を」
「先輩は?」
「私はここの横穴を確認した後で合流するわ……何してるの!走りなさい!」
「う……はい!」
一喝されて気を取り直した清蘭は杵を握り締め地上への水路を走る。最初の分岐点まで戻っても本隊に通信が届かない。攻撃を受けたのだろうか?……最悪の事態を想像してしまう。日の光が差す最初の曲がり角を折れた所で何者かにぶつかった。
「わっ!待ってください!私です!」
杵を振り上げた清蘭は地上からの光がぎりぎり届く地下水路の入口付近で尻餅をつく少女が先の獏の妖怪だと気付いた。
「あ、あなた。こんな所で何を?」
不自然だが外の状況を知る絶好のチャンスだった。
「そ、それが、地上のトラックがレジスタンスのゲリラに襲われて……全滅です。はい」
「そ、そんな……」
敵地で孤立したも同然だ。悪態をついて杵を壁に叩き付ける。
「と、とにかく逃げましょう。入り口はレジスタンスに包囲されていますから奥へ行かなければなりません。はい」
ドレミーは精神的に参っている清蘭を促して通路を奥へと進む。魚の死体が流れていく。行き足は重かったが奥からも何かが近づいているので出来るだけ早く鈴瑚と合流しなければならない。
小走りで彼女と別れた横穴まで辿り着くが、幸い敵と遭遇することはなく急いでそこに入る。息を潜めて窺っていると何者かの人影が二人が進んできた水路を横切っていった。
そのまま二人で円形の横穴を進む。今までの比較的広い水路よりさらに枝分かれが激しかった。それなのにドレミーはまるで我が庭だと言わんばかりにどんどん先に進んで行く。清蘭は当てがあるわけも無く、黙って彼女に続いた。
やがて無言に堪えられなくなったのかドレミーがおずおずと言葉を発する。
「あ、あの、他の方達は?」
「……恐らく私と隊長以外はやられてしまった……私達も……ヤバイ……かも」
「隊長というと、鈴瑚さんでしたっけ」
「ああ、そういえば知り合いなのね……」
極限の緊張状態で頭の重い清蘭にも彼女の声は不思議と心地よく響いた。
「はい、ええ、そうなんです。気さくな方で自分の事いろいろ話してくれましたよ。部隊の後輩が可愛いとか、仕事はきついけど給料が良くて両親のためにもやめられないとか……」
先輩はそんなに金に困っていたのかと驚く。清蘭は今度それとなく助け舟を出してやろうなどとぼんやり考えていた。
瞼が重かった。
「おや、どうやら広い空間があるようですね?」
ドレミーが異常にのんびりした声を上げる。
どうやらいくつかの水路が合流している場所らしい。壁に開いた大小の穴(二人が通って来たのもこの穴の一つ)から水が流れ落ち、一つの大きな流れになって鉄格子の向こうに流れ出ていった。
一寸信じがたい広さのようで、照らした天井にのびる数百本の柱が摩天楼の様相を呈している。奥行きは軍用ライトで照らしてもただ暗闇が広がるばかりで底が知れない。
「やっぱり貧民街の出だと苦労するんですかね?」
「え?」
「鈴瑚さんの話ですよ」
ニヤニヤ笑いを口元に浮かべてドレミーはさらにゆっくり話した。
「聞いているでしょう?彼女がこの街の出身ってこと。両親の家も数ブロック先にありますよ。
背筋に寒いものを感じる。
「嘘……」
「ああ、そういえば月兎の仲間には内緒でしたっけ?特に兎は生まれで生涯の職業が決まることも珍しく無いですもんねえ。やはり偏見とか強いんでしょうか?」
「それは……そうよ」
清蘭と鈴瑚は歳が近く、同じ部隊に入ってからは親友といっていい間柄だった。鈴瑚が自分の生い立ちを語る事は無く、ただ彼女の言葉遣いがなんとなく洗礼されていたので、どこか良い所のお嬢様だろうかなどと妄想していた位だ。
「あなたが知らないのも無理無いですよ。きっと気付かれ無いように必死で演技してたんでしょうから……私はメッキだって一目で分かりましたけどね」
友人の侮辱になぜか言い返せなかった。彼女の語り口はどこか懐かしく、まるで子守唄の様で、もうそれは考える事を放棄させられる程心地よかった。
清蘭は少しの間、鈴瑚との記憶を想起していた。十五夜の夜にススキの原っぱに二人で寝転がって団子を食べたのが昨夜の如く思い出す。
「私は……彼女が好き。貧民街の出でも、今は関係ない……」
「清蘭さんは良い人ですね。鈴瑚さんに聞いたとおりの人で嬉しいです」
「そうかしら……」
突然、広間が大きく振動した。地震?地下で?
混乱気味の清蘭にドレミーはどこか悲しそうに微笑んだ。
「今のは?」
ドレミーは答えなかったが変わりに聞き覚えのある声がした。数間先の柱の影から顔を苦痛に歪めた鈴瑚が歩み出た。
清蘭が声を上げて駆け寄る。
「ああ!先輩、大丈夫ですか?すみません。私、先輩の生まれの事を知らずに失礼なことを……先輩?」
「あ、頭が……痛い!」
鈴瑚は気遣いで自分の肩に置かれた手を払いのけ、呻き声を上げると仰向けに倒れ込んだ。いくら声をかけてもただ額を覆ってもがくばかりで、何かないかと清蘭が焦って周りをライトで照らす。広間は倉庫としての役割も兼ねているらしく、ロープや麻袋が少し高い所に積まれていた。清蘭が薬品を求めて木製の箱をあさってると、突然大きな水音が広間に響いた。反射的に杵を拾い上げ、二人が出てきた場所に溜まっている水場に目を凝らす。高速で泳ぎ回るのをチラッと見た感じでは黒い甲殻類とでも呼ぶべきか、なんとも妙な生き物だった。
レジスタンスでない事にほっと胸をなでおろしていた清蘭は、水から這い出てきたその姿に戦慄した。
幾つもの節がある足から甲虫の一種かと思ったが黒い毛に覆われた湿った胴体が線虫のようにのたうっていた。恐らく頭であろう一端には鋭い歯が放射状に並んでおり、その一本一本が意思を持っているかの様に独自の方向に動いている。
清蘭はあまりの嫌悪感に杵を振り降ろした。一列に並んだ多くの足ですばやく動き回るそれを数度の努力でとうとう仕留める。
「うまいですね」
ドレミーが感嘆の声を上げた。
「ただ地上の様子から察するにすぐにもっと大量に流れ込んでくるでしょうから奥へ移動したほうがいいでしょうね」
「何ですって?地上がどうかしたの?」
「先程大きく揺れたでしょう。あれで上の町が全滅したようです」
「そんなバカな」
「ここはシェルターの一部ですから……今は使われていない古い施設ですけどどうやら耐えられたみたいですね」
「耐えられるって……」
「政府軍の空爆ですよ。数時間もすれば月の都では追い詰められた革命軍の自爆としてニュースになりますけど」
「何を言って……私達がいるのにそんな事」
「はっきり言ってあなた達はこの大嘘の道具にされたんです。まあ、真偽の程は生きて地上に出られれば分かりますよ。りんごさん達の処遇位は私が働きかければどうにかなるので、今日の事は胸の内にしまい日常に戻るのをお勧めします」
「信じられないわ!」
「……ところで鈴瑚さんを奥へ運びましょうか。また水から何が出てくるとも限りませんし」
「……。」
蒼白になった清蘭はドレミーと共に鈴瑚を両側から支えて部屋の中央へ進む。コンクリに寝かした鈴瑚は高熱にうなされ様態は時と共に悪化している様だった。
繰り返し水音が広間にこだます。闇を何かが蠢いている気配がする。
「あの虫の正体を知りたいですか?」
「あんたの妄想に付き合ってる気分じゃない」
清蘭は鈴瑚が回復したらすぐに地上に出る腹積もりだった。だがさらに熱が上がるようなら危険を覚悟で彼女を背負って行かねばならない。
「まあ聞いてください。鈴瑚さんの変調とも関わりのある事ですから」
「これはストレスか、病原菌か何かが原因よ。噛まれた痕も無いし残念だけど無関係だわ」
しばらく沈黙が続く。意識をなくして悪夢にうなされる鈴瑚が何やら聞き取れない音を発する。
気配が近い。三人から数メートルの地点でカチカチという何かひどく耳障りな物音がした。そのすぐ後に長いものが体を引きずる擦れる音が清蘭らを取り囲むように、けれど置かれたライトの光の届かないぎりぎりの位置を這い回っていた。
「もう限界よ!先輩を連れて外に向かわないと……!」
杵を握り締め目を血走らせて周囲を警戒していた清蘭だったが、背後に一際大きな物音を聞いて弾ける様に飛び上がった。
「いえ、どうやら手遅れみたいです。鈴瑚さんは置いて行きましょう」
まるで臨床の患者の瞳孔から臨終の時を告げる医師の様に事務的に言う。
普段の清蘭なら掴みかかって怒鳴り散らしたかもしれないが、この妖怪にはどこか抗い難いものがあった。自身の命から何から全託してしまいそうな危うさだ。
「ほ、本当?」
「ええ……清蘭さん、その手に握り締めてるのは……」
「杵の事?」
「はい、それで彼女の頭を叩き割ってください」
清蘭が青ざめる。置き去りにする位なら苦しまないように介錯しろという事だろうか。
「え……あう……」
「冗談です」
「……。」
「ほら、見てください。鈴瑚さんの首筋のところ。白く変色しているでしょう」
彼女の首元は不自然に膨らんでいた。色合いなどから何処となく彼女がいつも頬張っている団子に見える。
「これは霊的な要因によるものです。人が大勢亡くなったのでその無念が怨霊となって彼女を内側から蝕んでいるのです」
首のおできはみるみる大きくなり、又、彼女の足首や肩などいたる所に白玉の様な塊が生まれていった。
「だ、大丈夫なの……!?」
「いえ、良くないですね。ただ良いニュースもあります」
「何?」
「いや、美味しそうでしょう。和菓子みたいで」
そう言って首元に顔を近づけ、膿を吸い出す要領で白い瘤を飲み込んでしまった。出血も陥没も何の痕跡も無い。心なしか鈴瑚の息遣いが落ち着いた様に見える。
「うん、悪くない味ですね」
「それって簡単に取れちゃうものなんだ」
「いや、これは私みたいな獏の妖怪だから出来ることであって普通は剥がすのに苦労しますよ」
ドレミーは全く躊躇せず鈴瑚のズボンを下ろして今度は太ももの辺りに出来た瘤に取り掛かった。
「あなたも見ているだけでなく手伝ってください」
「え、でもどうしたら」
「ナイフを持っているでしょう。それで彼女の上半身のおできを処理してください」
言われるがままに、鈴瑚の服を捲り上げ、臍の上に指先ほどの大きさに膨らんだ塊にナイフを当てる。かなり痛いようで苦悶の表情を浮かべた。
ナイフを滑らして皮膚から引き剥がす。少し湿っており、まるで米粉で作った団子だ。ためしに口に含むとドブ川の汚泥の味がした。
「うっ、ひどい味……」
「はあ、はあ……清、蘭」
「あ、先輩!」
痛みによって高熱で意識が無かった鈴瑚が目を覚ます。
「ほら、清蘭さん。サボってないで作業を続けてください」
「う、うん」
「痛い、痛いよ……」
乳房を覆う巨大な瘤にナイフを当てる。
「ぎゃっ!!」
「せ、先輩。ごめんなさい!」
手元が狂って傷を付けてしまう。左の乳首から血が流れて鈴瑚の日焼けした肌を流れ落ちる。
「ナイフは最初だけで良いんです。切れ目を入れればそこから剥がせるので」
「痛いじゃないの、ばかぁ!!」
「ごめんなさいっ、つ、次はもっと上手にやりますから……」
どんなに慎重に作業しても痛みは伝わるようで、その度に鈴瑚は口汚くののしり、その度に涙を流しながら清蘭は何度も謝罪する。
「良し、それじゃあ鈴瑚さんをうつ伏せにしますよ」
あらかた瘤を取り終えたと思ったが、裏返した彼女の背中は何十という大小の腫れ物で埋め尽くされていた。これに全てナイフを入れるのかと考えて清蘭はその場に嘔吐した。
「痛い!くそっ、痛いって言ってんでしょうが!!」
普段の彼女からは想像出来ない口調でどなる。罵声を浴びながら嗚咽して、清蘭は震える手で瘤を取っていった。
「鈴瑚さん、みっともなく騒がないでください。お里が知れますよ」
鈴瑚の肉がついた尻に噛み付きながらドレミーが嘲り笑う。
「う、うるさい!!」
「清蘭さんはそんなに卑下することないですよ。自分を見殺しにしようとした人なんですから、多少手元が狂うのはご愛嬌ってやつです」
「……どういう……?」
「実は今回、街が爆撃されるのは事前に鈴瑚さんに打ち明けていましてね。まあ、友好がありましたのでそのよしみで……このシェルターに鈴瑚さんがいたのはその為なんです」
「うるさい!言うな!」
「私はてっきり清蘭さんも連れて行くのかと思ってましたけど……どうやら好きだって思ってたのは清蘭さんだけだった様で」
「ち、違う!!ただ、一寸魔が差して……清蘭がこの街の事、いろいろと言ったから……!!」
「だから?どうしたというんです。元々あなたもこんな街どうなっても良いと思っていたんでしょう。両親も逃がそうと思えば時間はあった筈……お荷物だと思ったんでしょう?あなたは頭の良い人です。何が最善か分かっていたんです。金のかかる両親は空爆で、口を滑らすかもしれない友人は彼女の心無い言葉で、仕方なく、死んでしまう。それが一番都合が良かったんですよね」
清蘭はすすり泣く鈴瑚の背中に真っ白になった頭でナイフを入れていった。ただ、彼女が両親を呼ぶ度に手が動かなくなり、やがて俯いて力なく手を下ろした。
「清蘭さん?」
「あ、ごめんなさい……今、続けます」
「ああ、それはもういいので。危険ですから下がっていてください」
「え?」
成長したのう胞同士が合体して、さらに大きな瘤となる。それは自身の成長を加速させ、数分もしない内に鈴瑚の全身を覆う。彼女はもはや搗き立ての餅が服を着ている風にしか見えない。
清蘭が半狂乱になってドレミーにしがみ付く。もち米の塊になった鈴瑚から数本ムカデの足に似た突起が突き出した。それから彼女の下半身だった部分が不自然に伸びて、そこに一列に細長く節だらけの足が次々と生えていった。上半身にはどこか鈴瑚の面影が残っており、身体をくの字に曲げて上体を起き上がらせ、新たに獲得した無数の足で移動し始めた。
それは闇の中を疾走し、あまりに勢いがつきすぎると上半身を仰け反らせ、勢いが落ちるとまた折り曲げている。どうやら無数の足に引っ張られる上体は下半分の意思に振り回されているらしかった。
「ひっ!?きゃあああああああああああ!!」
「本質はさっき貴方が潰した虫と同じものですから怖がらなくてもいいですよ」
狂ったように叫び声を上げていた清蘭だったが下半身の先端の蜂の針に似た鋭い突起を向けて走ってくる鈴瑚の姿を見て気を失った。
ドレミーは静かになった暗闇の中、清蘭を抱えてひょいっと身をかわす。方向転換に手間取っている内にその背中に飛び乗った。
「こんなご馳走にありつけるなんて危険を承知で来た甲斐がありましたね」
彼女が口をつけて吸うと、麺を啜る音を立てて身体を覆っていた白い粘液はあっという間に吸い込まれて、後には全裸の鈴瑚が落ち着いた寝息を立てて横たわっていた。
ドレミーは闇の中に溶けていく。
闇の中、絶えず何かを頬張る音は、目を覚ました二人が広間を出た後もしばらく止むことはなかった。
一寸気分を変えて書いてみました。それで早く書き終わったので今回は間に合いましたww
あぶぶ
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2015/06/16 14:22:26
更新日時:
2015/06/16 23:22:26
評価:
6/8
POINT:
620
Rate:
14.33
分類
産廃創想話例大祭C
清蘭
鈴瑚
ドレミー・スイート
場所の汚さは文章からよく想像がつきました。
この話の背景が、ちょっと気になる。
月の貧民窟の描写が良かったです。
存分に堪能させていただきました。
二人の玉兎兵は捨て駒であり、悪夢――獏のエサやり係だったのですね……。
当分、蟲が入っているか気になって、団子が食えねぇや……。