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『産廃創想話例大祭C『号砲轟き平和という名の幻想は終了した』』 作者: NutsIn先任曹長
博麗大結界の側というのは、ハイリスク・ハイリターンの狩場である。
草木も眠る丑三つ時。
年配の猟師は彼しか知らない穴場にやってきた。
木が疎らに生えた杜。
何の変哲も無い景色にただ一点、染みがあった。
博麗神社に生じた綻び。
外界と幻想郷が不正に接続されているここには、しばしば『大物』が出たり入ったりしていた。
まさに『穴場』である。
猟師は香霖堂で大枚はたいて購入した『ギリースーツ』を着込み、同じくらい高価な博麗神社謹製の妖怪避けの札を懐に忍ばせていた。
そして手にした猟銃をコッキングして銃身下のチューブマガジンに詰まっている実包を一発、薬室に装填すると倒木の陰にうつ伏せに寝転がった。
うとうとと夢心地で待機する事しばし。
サク、サク、パキ。
枯葉や小枝を踏む音。
「――なぁにが『全てを受け入れる』だ!! 畜生……」
『鳴き声』。
闇夜に獲物の姿が浮き上がって来た。
そっと頭と猟銃を倒木の陰から出した猟師は、姦しくさえずる獲物の目立つ赤いメッシュのかかった頭に狙いをつけた。
「今に見てろよ……。『外』でほとぼりを冷ましたら、またひっくり返してやる――」
パンッ!!
シャコンッ!!
猟師は発砲!!
間髪を容れずに排莢及び次弾装填!!
倒れ伏す妖怪少女。
離れた場所にポツンと落ちた便所サンダル。
猟師は身を起こし体の凝りを解すと、それらを回収して物陰――猟師が陣取っている倒木の陰に捻じ込んだ。
獲物が流した血に足で土や枯葉をかけておざなりな偽装をし終えた猟師は自陣に戻ると次の獲物を待ち始めた。
ちらりと横を向く猟師。
額に風穴を開けられ、白目を剥き、舌をだらりと垂らした、外見年齢は彼の孫くらいの天邪鬼の死体。
見るに耐えなかったのか、猟師は死体の顔にそっと、彼女の履いていた便所サンダルを乗せた。
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『っ!!』
杜(もり)から進出してきた、防護服を着込み突撃銃を携えた兵士達は息を飲んだ。
彼らが目指している建物の一角が倒壊しているのが見えたからだ。
暑苦しい防毒マスクをかなぐり捨てて、清浄な空気を肺いっぱいに吸いたいと思う者多数。
薬室に実包を装填して安全装置を解除した銃をしっかと握り締めて、兵士達は静かに迅速に、建物――神社の居住部に近づいた。
『―――――ァァァァァッッッ!!!!!』
獣(ケダモノ)の咆哮!!
武装した兵達の銃を握る手どころか、引き金に触れている食指にも力が込められた。
彼らはおずおずと後ろを振り向いた。
兵達と同様の防護服に身を包んでいるが武器は携行していない、胸と尻が強調された細身のシルエット。
彼らを指揮する立場である『彼女』は、完全武装の男達に顎をしゃくり、前進を命じた。
斥候が壁の崩落箇所から建物内を覗き込み、大丈夫(クリア)の合図を後続に出した。
兵士達は銃口と己の頭を同時に建物に侵入させ、斥候が一足先に目にした光景を確認した。
床が畳の居間らしき部屋。
ちゃぶ台や箪笥が横倒しになっていた。
部屋の片隅に、ズタズタになった紫色のドレスと黒色の下着を纏った、金髪の美女が血塗れで横たわっていた。
そして、部屋の中央では――。
紅白の装束を纏った黒髪の少女がロープ状の光に縛られ、もがいていた。
兵士達は二手に分かれ、一隊は少女を取り囲んだ。
美少女と呼んでも差し支えない愛らしい顔を憎悪に歪ませた少女は一同を満遍なく睨みつけた。
その忙しなく動く血走った双眸が、彼らの後ろにいる上官らしき女に固定された。
「あ゛あああああああああっっっ!!!!! 殺す!! 殺す!! 殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっ!!!!!」
まるで蝶のような赤いリボンを結った頭を振り回し、女の喉笛に喰らい付かんばかりの勢いで暴れる少女。
屈強な男数人がかりで押さえつけ、ようやく少女の動きを封じる事ができた。
「死゛ね゛死゛ね゛死゛ね゛死゛ね゛ぇぇぇぇぇっ!! 薄汚い――は死ねぇえええええ!!!!!」
なおも騒ぐ少女だが――。
カシュッ!!
カクンッ……
女が少女の首筋に押し当てた拳銃――の形をした注射器の引き金を引いた途端、少女は糸の切れた操り人形のように、意識の糸を断ち切られた。
少女の意識が堕ちた事を確認した女は少女の体を一撫で。
それで光のロープが消えた。
彼女に自前の拘束具を使用するのに金髪美女が施したであろう縛が邪魔だから消したのだ。
ぐったりした少女に駆け寄った兵士達は迅速に猿轡や鋼鉄製の手かせ足かせを少女に填めて、棺桶のような完全密封のカプセルに封入した。
指揮官の女はもう一隊のほうを見た。
応急処置を施された金髪女性が、点滴と共に同様のカプセルに丁度納められたところだ。
苛立ちを感じた女は足元に転がっていた黒白陰陽模様のボールを蹴り飛ばした。
バチッ!!
チンケな妖なら一発で逝ける程の残存霊力によって、女は期待した爽快感の代わりに足に我慢できるギリギリの激痛を得た。
バキバキ……。
植え込みや物干し台をなぎ倒して、女達が無線で呼び寄せた2台の装輪装甲車が庭に侵入してきた。
いずれにも白地に紅い十文字のマークが描かれていた。
2台の装甲車にそれぞれ1つずつカプセルが運び込まれた。
程なくして作業完了の報告が女にもたらされた。
撤収の指示の後、装甲車の一台に向かう女。
ちらと後ろを振り返る。
幻想郷を守護する博麗神社。
正確には、守護者たる博麗の巫女が住まう場所。
女は、彼女の主より緊急の命令を受け、NBC(核兵器、細菌兵器、化学兵器)+呪術対策の装備をした部隊を率いて幻想郷にやって来た。
そこで発見したのは、半壊状態の博麗神社で斃れた女の主と錯乱状態の巫女だった。
2人を確保した女の部隊は直ちに幻想郷を離脱。
可及的速やかに完全隔離の医療機関に2人を移送して、しかるべき処置をする手筈になっていた。
その後は――、
そこでようやく、
女は今回の一件の原因究明に動き出す事ができる。
女の主が回復するまでの間――。
主の代理として――。
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カチャカチャ……。
人里と妖怪のそれぞれの領域の中間点。
そこに店を出していたミスティアの屋台では、女将の友人であるチルノ、ルーミア、リグル、大妖精が片づけを手伝っていた。
チルノとリグルが屋台や周辺の地べたに散乱した食器を回収し、
大妖精は腫れや擦り傷だらけになったミスティアを手当てし、
ルーミアはたった一人でここまでの乱暴狼藉を働いた人間を腹に納めていた。
「終わりました」
「ありがとう大ちゃん。今度奢るわね♪」
手当てしてくれた大妖精に弱弱しく微笑むミスティア。
「手ぇ切っちゃった☆」
「絆創膏ある?」
割れた食器の破片でチルノとリグルは指先を切ってしまったようだ。
「ごちそうさまー♪ ちょっとイキが良過ぎたのかー☆」
ルーミアの服や顔を彩る血のいくらかは、彼女自身のものらしい。
3人にも簡単な治療を施しながら、大妖精は違和感を感じていた。
(傷が治らない……?)
『物理的な負傷』など、瞬きする間に完治する筈だ。
妖とはそういうものだ。
なのに、ミスティアの美しい顔には痣が残っているし、チルノとリグルの指に巻いた絆創膏には血が滲んでいた。
バタリ。
唐突にルーミアが倒れた。
「ちょ、ちょっと……、痛い……の、か……」
今更だが、大妖精達はルーミアの腹に包丁が刺さっているのに気づいた。
ミスティアの屋台の備品ではない。
ミスティア達を襲い、ルーミアが食い殺した人間の常連客がわざわざ持参した物だ。
一同はありったけの医薬品をルーミアに使った後、空になった救急箱の供給元である永遠亭に全速力で向かった。
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幻想郷の外のセカイ――いわゆる『外界』。
ここも幻想郷かと見間違えるかのような、木が生い茂った山中。
何箇所ものチェックポイントがある舗装された道路を進むと、そこに辿り着く。
『秘密基地』。
情緒あるものなら、そう呼びたくなるような施設が聳え立っていた。
正式名称は『ボーダーメディカルセンター』。
この世界的大企業『ボーダー商事』傘下の医療機関では現在、ボーダー商事CEOが療養していたが、ごく僅かの関係者以外誰もその事を知らなかった。
廊下を進む女。
導師服に身を包み、九尾を誇らしげにたゆたわせながら、とある部屋の前に来た。
「失礼します」
礼を失した箇所など見当たらない所作で一礼をすると、彼女は手すりの付いた引き戸を開けた。
そこは豪華な寝室だった。
天蓋付きの広大なベッドの傍らに医療機器と白衣の医者と看護士が控えているのを見ても、大抵の人は病室ではなく、そう誤解するだろう。
「紫様、ご自愛ください」
「ええ、私は私を愛しているわん♪」
若干顔を険しくした女――八雲 藍に気安い笑みを返すベッド上の美女――。
ボーダー商事CEOにして幻想郷創造に一役買った大妖怪。
式神である藍が忠誠を誓う主である妖怪の賢者。
――八雲 紫はベッド脇のサイドテーブルに、さっきまで弄っていた情報端末と外した伊達眼鏡を置いた。
医療スタッフが退室したのを確認すると、藍は紫が身を起こしているベッドの傍らに進み出た。
紫は編み棒のような太さと長さの『針』を寝床で玩んでいた。
「ゆっ紫様っ!? そ、それは――」
「ええ、霊夢の退魔針よ♪」
紫はうっとりとした表情で博麗の巫女の名を口にして妖怪殺し用の得物を見つめた。
藍の自慢の九尾の毛を逆立たせるほどの恐怖を与えるほどの霊力を迸らせるソレは、紫の心臓すれすれの場所から摘出されたものだ。
紫は、己の忠実な式神が後ずさりしたくてしょうがないというような表情をしているので、名残惜しげに自分を殺しかけた針もサイドテーブルに置いた。
「で、御用とは?」
ホッとした顔になった藍に紫はクスリと笑った。
「ふふ♪ 幻想郷は今でも封鎖できているかしら?」
「はっ。外界、冥界、彼岸、魔界、天界、仙界。いずれも『接続』を絶っています」
満足げに息を吐く紫。
「そう。進行状況は?」
『何の』状況かを言わない紫と、理解しているので聞かない藍。
「なおも拡大中です。このままでは――」
ポチ。
紫はサイドテーブルに置いた端末に手を伸ばし、適当なキーを押した。
間髪いれずに点灯する表示装置。
何の操作もしていないのに幻想郷の地図が表示された。
地図は博麗大結界に沿った赤い縁取りがなされていた。
中でも博麗神社はどす黒いまでの赤に塗り潰されていた。
リアルタイムで更新される地図。
紫と藍が見ている最中も、赤の侵食は毎分1ドットずつ進んでいた。
高解像度で表示されている所為か、細菌のように蠢く赤い侵略者が、幻想郷を生々しく穢している様に見えた。
「棄てるしか――ないわね」
「御意……」
紫は不貞寝でもするかのように、藍に背を向けてベッドに横たわった。
-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
魔法の森と人里――魔とヒトの領域の中間地点に、一軒の店が建っていた。
『香霖堂』と墨痕鮮やかに木の板に店名が書かれたそこに、一人の少女が来店した。
「ぃよぅっ!! 香霖♪」
「やあ魔理沙」
<普通の魔法使い>霧雨 魔理沙の来店に店主の森近 霖之助は一瞬、心底どうでも良いと言いたげな視線を送ると、すぐに文庫本の読書に戻った。
「相変わらず愛想の悪い店主だぜ」
「いくら僕でも、金払いの良い客には愛想良くするよ」
「ツケばっかで悪ぅござんしたねぇ♪」
軽口を叩きながら魔理沙は、霖之助のいるレジカウンターに歩を進めた。
彼の背後にある居住部でセルフサービスのお茶を淹れるためだ。
「おろ? ここに私が拾ってきた――ゲフンゲフン、発見した刀があったろ?」
「『霧雨の剣』かい?」
「香霖……。あんなオンボロ刀に恥ずかしい名前を付けないでくれよ……」
「発見者である君に敬意を表したんだよ」
「こんな事なら、もっとマシな鉄屑を見つけるんだったぜ……」
ウィッチハットのつばを両手で引っ張って恥ずかしがる魔理沙を、霖之助はちらと見た。
彼の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。
「剣ならあそこだよ」
霖之助は文庫本を読み耽りながら、正確に指で指し示した。
「なんだよ。使いっぱかよぉ」
「コレを読み終えたら研ごうと思っているんだ」
本好き鳥妖怪の骸に突き立てられた『霧雨の剣』を呆れたように眺めていた魔理沙は霖之助のほうを向いた。
霖之助の言う『コレ』とは、彼が読んでいる文庫本『全巻』の事だろう。
カウンター上には、同じタイトルで数字だけ違う文庫が山積みになっていた。
その際、空の湯飲みが目に留まった。
「おっと。そうだった。お茶を飲もうと思っていたんだぜ♪」
「ちょっと待った!!」
霖之助の湯飲みに手を伸ばそうとした魔理沙はビクリと静止した。
「な、何なのぜっ!?」
「先ずは手を洗ってくれないか?」
「あ、ああ……」
魔理沙は店の奥の『お手洗い』と書かれた小部屋に向かった。
部屋の中には便器があるが、魔理沙が必要としている『お手洗い』はその部屋の前にあった。
「うわ……」
魔理沙の顔が嫌そうに、悲しそうに、憎憎しそうに歪んだ。
洗面台の鏡には上記の表情を浮かべた美少女魔法使いと、つばが汚れたお気に入りのウィッチハットが映った。
「やっちまったぜ……」
魔理沙はスクールアイドルグループと同じ名の外界製薬用石鹸を使い、出掛けに包丁でメッタ刺しにしたアリス・マーガトロイドの血がベットリこびり付いた両手をガシガシ洗った。
当座の生活物資と包丁の他に、洗濯用の洗剤も必要だぜ。外界製のチョー強力なヤツ。
魔理沙は手を洗いつつ、顔パスクレジットを使用して香霖堂で購入予定の品々をメモッた脳内リストを修正した。
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「調査した結果、細菌も化学物質も呪いの類も発見されませんでした」
「やっぱりね……」
「現在、追試を行なって――」
「必要無いわ」
「は……」
スーツを着た藍は、病床の紫の一言で報告を止めた。
「ではコレは何なんでしょうか……」
「『幻想入り』でしょうね。『外』から幻想郷に浸透しているのが証拠よ」
ベッドの上で胡坐をかくネグリジェ姿の紫は、手にした端末に表示された幻想郷の地図を見つめていた。
幻想郷の外縁部は真っ赤だった。
赤は紅に迫りつつあった。
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ワー!!
キャー!!
ホフゴブゥゥゥゥゥッ!!
チュパカブーラッ!!
湖のほとりに聳え立つ、城を髣髴とさせる威容を誇る紅い屋敷。
紅魔館。
悪魔の館内は、只今悪魔の襲来にあったかのような喧騒に満ちていた。
「れ、レミリア・スカーレット嬢、戦死!! 繰り返す!! おぜう様、戦死ィィィィィッッッ!!!!!」
「妹様!! ほら、ほらぁ!! 早くいつものっ!! 『キュッとしてどかーん☆』ヤッてくださいよぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
無線機は、紅魔館当主レミリア・スカーレット及び彼女の後継者である妹のフランドール・スカーレットが非業の死を遂げた事をがなり立てていた。
程なく、その報告をした使用人の絶叫、後、沈黙。
「むっきゅむっきゅむっきゅうううううぅぅぅぅぅっっっ!!!!!」
レミリア・スカーレットの朋友、智嚢にして、現・紅魔館当主――レミリアが生前に告知していた遺言で自動的に襲名した――の魔女。
<七曜の魔法使い>パチュリー・ノーレッジは頭脳ではなく肉体を酷使していた。
彼女の根城である地下大図書館、ではなく屋上。
特設へリポートにはリグルの眷属を彷彿させる面構えの武装ヘリが鎮座していた。
かつて、レミリアが『故郷』で有事に備えて――というか衝動に任せて購入した物だ。
ロシア製Mi−24D攻撃ヘリコプター『ハインド』の兵員輸送も可能な収容スペースには、大量の魔道書がギッシリ詰まっていた。
「急いで急いで早く速く疾くぅぅぅぅっ!! 英知が!! 魔道が失われちゃうわぁぁぁぁぁっっっ!!!!! むっきゅうぅっぅぅぅぅぅっっっ!!!!!」
パチュリーはメイド妖精やホフゴブリン、小悪魔達に、大図書館の蔵書を一冊でも多くヘリに詰め込むよう急き立てた。
一刻も早く屠殺場と化した悪魔の館から脱出しなければならないのに、パチュリーは未だ本の持ち出しを優先していた。
エレベーターや階段から続々と運び込まれる本本本。
ついでに『銀髪の殺人鬼』も到着したようだ。
本を両手一杯に抱えた紅魔館の使用人や使い魔が無数のナイフを全身に突き立てられ、ハリネズミと化した。
「むっ!? むっきゅうううううぅぅぅっ!?!?!?」
「あら、パチュリー様ぁん。お出かけですかぁ?」
瀟洒の欠片も無い、水飴に血を混ぜたかのような、ねっとりとした淫靡な従者の声。
ざしゅっ!!
「ごぁあっ!? ぱ、ちゅりー、さまぁ……」
メイド長の十六夜 咲夜は、忠誠を誓ったはずの紅魔館当主姉妹や恋人でもある門番、そして今、小悪魔の血を吸った鉈のようなナイフをチロチロ舐めながらパチュリーに迫ってきた。
「パチュリー様、お覚悟――む?」
「ひぃぃぃぃぃ……」
パチュリーを切り刻むべく、ナイフと懐中時計を構えた咲夜は悲鳴のした方を向いた。
たった今、階段を登ってきたメイド妖精が、抱えていた貴重な本を床にぶち撒けながらへたり込み、ジョロロロロと失禁していた。
咲夜が『時止め』で哀れなメイド妖精に肉薄して彼女を膾切りにしている一瞬の間に、パチュリーはヘリの操縦席に飛び込んだ。
間一髪で閉ざされた風防の防弾ガラスに、投擲されたナイフが火花の彩を添えた。
パチュリーは予めおつむに詰め込んでおいた知識に従い、武装ヘリを起動させた。
化け物じみた咆哮をあげながら、その巨体を浮かべるヘリ。
ハインドに弾幕、スペルカード、肉弾戦を仕掛ける咲夜。
全て装甲で弾かれた。
安全なゆりかごは、操縦者のパチュリーに安寧と復讐心を与えた。
もし、咲夜がハインドの武装である大口径機銃やロケット弾の威力を知っていたのなら、『時止め』を駆使してその場から離脱しただろう。
狂犬と化した従者に惜しげもなく奢られる、外界の人殺しの武器!!
「む゛っぎゃぎゃぎゃぎゃあああああ♪ 死゛ね゛死゛ね゛死゛ね゛ヱヱヱヱヱヱヱヱヱヱッッッ!!!!!」
発狂したかのような狂乱の魔法少女が発狂する直前まで忠勤に励んだメイド長に送った冥土の土産は、地獄の業火〜紅魔館の屋上と時計塔の瓦礫添え〜であった。
木っ端微塵にされた上方の構造物から崩壊する紅魔館!!
咲夜の豪勢な葬式を終えたヘリは機首を紅魔館の廃墟から180度回転させた。
パチュリーはとりあえず、知識のいくらかを手土産に魔界か妖怪の山に避難するつもりだった。
彼女を脅かす咲夜は、最早この世にいない。
だから、パチュリーの寿命を縮めたのは、パチュリー自身のヘマが原因である。
快調な空の旅をすること数秒。
突如出力低下の悲鳴(アラーム)を叫ぶ計器類!!
人っ子一人、妖精一匹乗り込む余地も無いほど本が詰まったハインドのキャビン。
どう見ても重量オーバーであった。
「むきゅぅっ!? むっきゅうううううっ!! 飛んで!! 飛んでよヲヲヲヲヲッッッ!!!!!」
紫もやしの底力で操縦桿を引くパチュリー。
そのど根性の甲斐あって、湖に墜落する直前で上昇を始めたヘリコプター。
何艘かのスワンボートの首を回転翼で撥ねて、ハインドは再び霧に霞む空を飛翔した。
パチュリーは世界中の神や悪魔、ブッダに感謝した。
彼女の敬虔な態度に感激したのか、御仏の使いがお礼参りに来たようだ。
パチュリーの眼前に命蓮寺の住職、聖白蓮がいた。
パチュリーがもっと広い視野を持っていれば、船内で暴動が起きた聖輦船の艦橋内でバリケードを築いて立てこもる白蓮と彼女の弟子達の姿を把握できたであろう。
空中で衝突する武装ヘリと聖輦船の中枢部。
双方の武器弾薬や危険物、犠牲者の膨大な魔力妖力が暴走、爆発!!
大規模な事故にも拘らず、それが起きたのは霧に包まれた湖の上空だったため、惨事が幻想郷の中心――人里に知られることは無かった……。
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「紅魔館と命蓮寺が壊滅しました」
「はぁはぁ……。ぁえ?」
まるでスポーツジムであった。
ここは医療施設内のリハビリを行なうための部屋である。
ルームランナーで42.195kmを2時間ほどかけて完走した紫は汗だくになっていた。
Tシャツは汗で紫の体に張り付き、その豊満な胸の形と乳首を浮き上がらせていた。――ブラジャーなど着けていない。
「衛星が紅魔館の崩落と聖輦船の墜落を観測しました。生体反応は皆無です」
藍はさっきよりは詳細な報告を、タオル、スポーツドリンクと共に主である紫に渡した。
ベンチに腰掛けてドリンクをちうちう飲っている紫に代わり、藍が紫の端末を操作した。
表示された幻想郷の地図は、まるで加熱しすぎたローストビーフのようにほぼ真っ赤に染まっていた。
辛うじて幻想郷中心の人里と妖怪達が密集している妖怪の山はまだ白かった。
幻想郷内の情報は寸断されているため、ひょっとしたら『空白地帯』では赤い場所で起きている惨事など知らずに、平和な日常を謳歌しているかもしれない――。
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人里はいつもより賑わっていた。
甘味処で茨木 華扇は特大パフェをいただきつつ、先ほど配っていたチラシに目を通した。
『妖怪バンド 店頭でライブ!! (*<鳥獣伎楽>は諸事情により出演中止になりました)』
「歌舞音曲に現を抜かすなんて……。幻想郷は今日も平和ねぇ♪」
ニコニコしながら一匙パクリ♪
「霊夢、最近見ないけど、また怪しげな儲け話にノッたりしてないでしょうねぇ……」
また一匙。
華扇はカカオ100%のチョコレートを食したような苦々しげな表情を浮かべた。
ワァァァァ――。
外が騒々しくなった。
再び華扇はチラシを見た。
ライブとその後のサイン会の会場であるレコード店は、華扇がいる甘味処の道路を挟んだ向かい側だ。
「幻想郷って、そんなに蓄音機が普及しているのかしら……?」
以前、香霖堂の数少ない『売り物』の蓄音機に貼られていた値札を見たが、華扇は右腕が霧散するかのような衝撃を受けたものだ。
「贅沢品が出回るほど景気が良いのかしら……? 幻想郷は平和ねぇ♪」
パクパク。
パフェを完食した華扇は、追加注文したジャンボクリームあんみつが来るまで表の人ごみを眺めた。
ペタンッ!!
「きゃあっ!?」
窓ガラスに張り付く女性の顔。
華扇は不覚にも驚いてしまった。
「タ、タスケ――」
襤褸を身に纏った太鼓の付喪神は群集によって窓から引き剥がされ、人並みに揉まれ、血しぶきを上げて解体された。
「はぁ、ビックリしたわぁ……。なんて演出するのよぅ……」
俯いて胸を押さえていた華扇の動悸は、ようやく治まったようだ。
顔を上げた華扇は、丁度席に来た甘味処の店員と目が合った。
華扇のオーダーした特盛りスイーツを持ってきたようだ。
先ほどのパフェを塔と例えるなら、城塞と形容できるようなソフトクリームや餡子、白玉が盛られた巨大なあんみつ。
――ではなく、
一振りの刺身包丁だった。
刃は狙い過たず、華扇の胸の、さっきまで華扇自身が手で押さえていた箇所を刺し貫いた。
-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
紫の病室。
ベッドではなく、窓際の応接セットで紫は寛いでいた。
紫の対面ではなく隣に座した藍は、ガチガチに緊張していた。
二人は例によって端末の映像を眺めていた。
今回は地図ではなく、幻想郷のライブ映像である。
人工衛星による空撮で、人里の暴動の様子が臨場感タップリに映し出された。
台車に乗せた風呂桶だか水槽だかから引きずり出された人魚が、大男が手にした鋸で上半身と下半身を分割されていた。
獣の耳をした妖怪女が厚手の衣装を引き剥がされ、さらに毛深い生皮まで剥がされていた。
暴徒に向けて弾幕を放っていた9つの頭が、自警団または幻想入りした警察官達の拳銃の一斉射撃によって次々と撃ち落とされていた。
里であらかた獲物を狩りつくした暴徒は、大河の流れのように移動を開始した。
暴徒の先頭には灰色の4輪駆動自動車――幻想入りした警察の機動隊が使っていた指揮車か。
車の屋根に設けられたお立ち台には寺子屋の教師がいた。彼女が群集を扇動しているようだ。
幻想郷の管理人と彼女の部下に、現在、見守る以外にやる事は無かった。
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妖怪の山。
ここは幻想郷の残存する妖怪達の最後の砦となっていた。
それも、陥落寸前の――。
幻想郷中で、人間達が突如凶暴化した。
妖怪や妖精を無差別に襲撃し始めたのだ。
人々は反妖怪派、親妖怪派問わず、手に思い思いの得物を握って身近な妖を殺そうとした。
当然、妖怪達は反撃した。
だが、人間を遥かに凌駕しているはずの能力が思うように発揮できなかった。
怪力が出ない。妖術のキレが悪い。弾幕薄いよ何やってんの。
幻想郷の至る所で、妖怪達が無慈悲に討たれていった。
負傷した妖怪達のいくらかは幻想郷一の医療機関、永遠亭に逃げ込んだ。
迷いの竹林と悪戯兎のベトコン真っ青のブービートラップに守られた亡命月人の安息の地。
――のはずだったが、罠の数や生えている竹の本数を凌駕する人海戦術の前には無意味だった。
人間という人間。
それこそ、入院患者の重傷者や寝たきりのジジババまでもが、医療スタッフの因幡兎や治療を受けに来た妖怪達に襲い掛かってきた。
緊急手術中に医者達に逃げられたルーミアは、麻酔が効いているうちに出血多量で苦しまずに逝けただけ幸せだろう。
ミスティアの精神安定の歌は暴徒に効果はなく、
リグルが操った、研究棟で飼われていた実験用のローチ達は悉く踏み散らされ、
チルノの冷気も氷柱も群衆の頭を冷すに至らなく、
大妖精は彼女が庇おうとした妖怪の子供達と運命を共にした。
永遠亭側の反撃は芳しくなかった。
ご自慢の月製の超兵器がその威力を十全に発揮できないのだ。
せいぜい外界の軍用兵器に毛が生えた程度。
総崩れになる永遠亭防衛隊。
だがかつて臆病者のそしりを受けた玉兎、鈴仙・優曇華院・イナバと真っ先に逃げると思われた因幡 てゐは最後まで奮戦した。
彼女達が命と引き換えに稼いだ時間で、蓬莱山 輝夜、八意 永琳、藤原 妹紅の三名の蓬莱人をコールドスリープカプセルに収容して永遠亭の地下深くに封印する事ができた。
炎上する永遠亭。
死と破壊の炎は、月の英知も病人怪我人の生への執着も、なにもかもを灰に変えた。
地表に見える範囲で……。
鬼や覚り妖怪が治める地底に逃げる妖怪は多数いた。
人間の少ない、かつて忌み嫌われた妖怪達の流刑地。
だが、彼の地への避難は下策だった。
核融合炉の実用化に向けての研究を行なっている施設、間欠泉地下センター。
そこで働く外界出身の研究員達が妖怪への悪意と殺意を以って、炉を暴走させたのだ。
生ける核融合炉、霊烏路 空は八咫烏の力を制御できずに一気に発散!!
妖怪の山の一部と、逃げ場の無い地底世界のほぼ全部を崩落させた。
地上の出入り口でバリケードを築いていた黒谷 ヤマメは、友人のキスメや配下の土蜘蛛達と共に岩盤に押し潰されて致命的な瑕疵を負い――、
星熊 勇儀は倒壊して奈落に落ちようとしている大橋の上で緑眼の嫉妬深い情婦(おんな)、水橋 パルスィを抱きしめ――、
砕けて煌びやかな凶器の雨と化したステンドグラスが降り注ぐ地霊殿では、古明地 さとりは妹のこいしやペット達を邸内の中心に招き――、
その他の地底住民達は土砂や鍾乳石が降り注ぐ旧都で、見ず知らずの同胞達と肩を組み、旧都中の酒場が無料で放出した酒肴に酔いしれ――、
しめやかに、住み慣れた嫌われ者達の楽園と共に土中に没して最期を迎えた。
妖怪の中には幻想郷と外界を繋ぐ『抜け穴』を知っている者が僅かながらいた。
狸の親分こと二ッ岩 マミゾウもその一人だ。
彼女は配下の狸妖怪やライバルであるはずの狐妖怪、そして正体不明ならぬ意識不明の重傷を負った封獣 ぬえを率いて『狸穴(マミアナ)』を目指していた。
だが彼女達は目的の穴を見つけることが出来ず、代わりに額や心臓に穴をあけられた無数の妖達の死体を目の当たりにした。
タンッ!!タンッ!!タンッ!!
立て続けに3回、きな臭い匂いを伴った炸裂音。
困った時はお互い様と同道を許可した狐の妖怪達。
少年の姿をした者、黒白魔法使いの格好をした者、そして管狐がパタパタパタリと斃れた。
タンッ!!
今度も魔理沙の姿をした者が撃ち倒された。
彼あるいは彼女は、尻尾を出すようなヘマはしていなかった。
狙撃手は狸が変化した姿だと見抜いているのか!?
マミゾウは一行に散り散りになって逃げるよう指示を出し、自分は憎きライフル魔を仕留めるべく、その場に留まった。
その場に留まって正解だった。
『穴』が消えた時はどうしようかと思ったが、今回の狩りの対象は幻想郷内の妖怪だったので問題なかった。
鬼人 正邪を初めとする有象無象共を仕留めた猟師は、ギリースーツを脱ぎ捨てて立ち上がった。
雄たけびを上げ、担いでいた妖怪少女の骸を放り出して襲い掛かってきたたマミゾウに、猟師は静かに村田連発銃を向けた。
煮ても焼いても食えない古狸を、猟師は鉄砲で撃った。
妖怪の山の麓は地獄だった。
河童のアジトがあった場所。
炎上する工房と川を血に染める河童達の死体。
彼女達の中でも最も人間を愛した者がいたが、手にした白旗を朱に染めて彼女もまた骸と化していた。
かつての同胞達の亡骸を山中から目撃した山童達は静かに涙した。
そして、山頂には破壊神が降臨していた。
二柱の神、八坂 神奈子と洩矢 諏訪子を屠った風祝の東風谷 早苗は、奇跡を起こしてアドバルーンに過ぎない非想天則を本物の戦闘ロボットにしたのだ。
昔のアニメから抜け出したようなロボットの攻撃対象は、もちろん眼下の妖怪達である。
山童や哨戒天狗達の防衛線を打ち破って御山を登ってくる、幻想郷中の人間達。
山頂から妖怪限定で奇跡という名の破壊の雨を降らせる、荒ぶる鉄巨人。
上級天狗達が振るう神通力は、時が経つにつれて弱体化していった。
耳をつんざく轟音。
幻想入りしたジェット戦闘機が多数飛来したのだ。
操縦しているのは、同じく幻想入りした自衛隊や軍隊、航空会社のパイロットだろう。
対空、対地の武装が施された鉄の鳥の編隊を見た妖怪達は、制空権を奪われた事を認めざるを得なかった。
天魔は己の館に生き残った天狗や妖達を招集した。
呼び出した者も集まった者も武装していた。
新聞記者の射命丸 文や姫海棠 はたても天狗の正装に身を包み、カメラやケータイではなく実家から引っ張り出した業物の日本刀を携えていた。
天魔から総攻撃の命令が下された。
妖怪達は、ある者は山頂を這い登り、ある者は崖同然の斜面を駆け下り、またある者は刀を大上段に振りかぶって飛翔した。
幻想郷妖怪の誇りに殉じた華々しい散り際であったが、それを後世に伝える妖怪は幻想郷にいなかった――。
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「終わった――わね」
紫は億劫そうに端末を操作して、表示を真っ赤に染まった幻想郷地図から幻想郷のライブ映像に切り替えた。
天邪鬼も成し得なかった下克上。
妖怪に食われる存在であった人間が、ついに幻想郷から妖怪を駆逐したのだ。
その新たな支配階級の座に座った種族は――。
彼らは――彼らが操る車両も航空機も――、
呆けたようにその辺を彷徨っていた。
もし寺子屋教師が頭から角でも生やせば、幻想郷の人間達総出で彼女をバラすだろうが、しばらくはその惨劇は起きそうに無かった。
「幻想郷の重要な構成要素が喪われたのだから。そして彼らの役目も失われたのだから――」
端末の電源を消し、紫は立ち上がった。どっこいしょっとという掛け声と共に。
「藍。橙の首尾は?」
「問題ありません。タイムスケジュール通りに任務遂行中です」
「宜しい。なら、私も予定通りに『あのお方』をお迎えします」
紫は病室の中央で衣服を下着も含めて全て脱ぎ、美術館に展示されるのが相応しい裸体を藍に晒した。
そのまま紫は藍の横を通り、病室内のユニットバスに入っていった。
妖怪の賢者らしからぬだらしない格好で『あのお方』の気分を害さぬよう、身を清めるのだ。
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とある超大国の政(まつりごと)を行なう施設。
国家元首の執務室。
元首は緊張した面持ちでアタッシュケースから白い板を取り出した。
ゴクリと生唾を飲むと、彼は右掌を板に乗せた。
板から発せられた光が指先から手首まで丹念に撫でた。
ピーッ!!
びくんっ!!
元首は全身の毛が逆立つほどビックリした。
――が、スキャナーが正常に作動した事を表すグリーン・ライトが点灯しているのを見て脱力した。
「おい、誰かいるのか?」
ノックもせずに、執務室にスーツ姿の男が入ってきた。
施設を警護する私服警備員だ。
彼は懐から拳銃を抜くと、国の長が仕事を行なう部屋を見て回った。
世界中から紛争を撲滅した元首が映画スターのドサ回りよろしく遊説に出ている間に賊の侵入を許したとあっては、警備スタッフ全員が罷免される。
今は無人であるはずの室内を探索する警備員の鋭い視線が、執務机に何か置いてあるのを発見した。
彼はそっと机に近づいた。
警備員は机上の機械を見て顔面蒼白になった。
世界中の国の重要な場所に予め狙いを定めた無数の破壊兵器。
それを弾頭に搭載したミサイルの発射指令装置――普段、国家元首が持ち歩いている物の予備。
そんな物騒な機械が、全ミサイルを発射完了した状態で放置されていた。
「た……、大変だああああああああああっっっっっ!!!!!!!!!!」
警備員は絶叫すると、コケそうになりながら不安定な姿勢で走り出し、執務室を飛び出した。
彼の絶叫に、椅子の上で腹を出して爆睡していた子猫は文字通り飛び起き、二本の尻尾の毛をボワァッと逆立てて、警備員と同様に執務室を走り去っていった。
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ある軍事大国から、強力な破壊兵器を搭載したミサイルが大量に世界中に放たれた。
世界中の軍隊は、基地や航空機、艦船、移動式発射台から迎撃ミサイルを発射した。
大リーグの4番打者に匹敵する命中率を誇る数多の迎撃ミサイルは、天空を剛速球のように駆けた。
成層圏。
長距離恋愛の末にカッ飛んできて、あっという間に相思相愛の相手とアツいキスを交わすミサイル達。
カップリングでは、誰一人としてぼっちにもダブルブッキングにも『ごめんなさい』にもならなかった。
100%の成功率を達成した世紀の見合いのお膳立てをした世話焼き婆さんは、よほどのやり手に違いない。
地上で歓声を上げるごく一部の政治と軍事の関係者達。
この多幸感たるや、まるで彼らは神にでもなったかのようだった。
実際は、地球上のかなりの数の電子機器が降り注いだ電磁パルスでオシャカになった。
『文明』という守護者を、人類は喪った。
守護者が人の世への帰還に要した時間は国や地域によって様々だが、早ければ数分、遅くても数ヶ月程度だった。
その僅かの期間、原始時代に戻った人間社会に守護者の代理としてやって来たのは――、
忘却のセカイから帰還したのは――、
生命が持つ根源の感情。
――『恐怖』だった。
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草木も眠る丑三つ時。
紫が滞在している医療施設は闇に包まれ、さらに施設の敷地内に限定されたゲリラ豪雨にも襲われていた。
唐突に止む大雨と雷。
そして徐々に復旧する施設中の照明や機器。
まだ明かりが点かない応接室で脱力した紫は、ソファに深々と腰を静め、冷めた上物のお茶を一息に干した。
「帰ったようね……」
紫の向かいの席には空になった湯飲みと茶菓子が乗っていた皿。それらが二組。
コンコン。
「失礼します」
ノックと入室の挨拶をして藍が闇に包まれた応接室に入ってきた。
「紫様……」
「ん? お茶のお代わりちょうだい」
藍は差し出された紫の湯飲みとマイ湯飲みにそれぞれ適温の茶を注いだ。
ズズズッ……。
紫と立ったままの藍は闇の中でお茶を飲んでしばし沈黙。
二人は客の事を思い返していた。
一人は竜宮の使いである深海魚の美女、永江 衣玖。
そしてもう一人は、衣玖が仕えている『あのお方』――。
客の来訪後、すぐに紫に遠ざけられた藍はもとより、ついさっきまで差し向かいで話し合った紫も、衣玖を従えた『あのお方』の詳細な容姿を思い出せなかった。
だが『あのお方』は――、
万人が一目見て、『龍神』と呼ばれる至高の存在である事を容易に理解できた。
パッ!!
応接室の照明がようやく灯った。
予備に切り替えたり修理をしたことによって、施設の機械類が遥か高みで起きた某かの影響から復旧したのだ。
「藍」
「はっ」
「幻想郷を『再開』するわよ」
「御意」
「それと」
「はい」
「お菓子のお代わりもお願い♪ あなたも食べて良いわよん☆」
「クスッ♪ すぐに持ってきます」
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『幻想入り』した恐怖が具現化したもの。
それが『妖』(あやかし)である。
本来、『幻想入り』とは外界で忘れ去られたモノが幻想郷に流れ着く現象を指す。
だが、今回の『厄災』――『異変』などという生易しいものではない――は、従来とは違う『幻想入り』によって引き起こされた。
妖怪の賢者が設けた『幻と実体の境界』と博麗の巫女が代々メンテナンスを行なってきた常識/非常識を分別する『博麗大結界』。
外界と幻想郷を隔てる二重のフィルターが機能不全に陥った。
外界で飽和状態になった『恐怖の克服』が侵食してきたのだ。
外界からの想定を超える圧力で幻想郷に沁み込んだ『毒』。
その結果、恐怖やそれに付随する神秘の存在である妖怪、妖精、神々は弱体化し、
恐怖を妖達に提供していた人間達は、代わりに妖を誅する刃を振るい始めた。
真っ先に影響を受けた恋人でもある博麗の巫女によって残酷に退治されかける前から紫はこの事態を憂いており、対抗策を考えていた。
『内側』で二つの防壁を守り抜くのは、もう限界。
ならば、
『外側』の猛威を減らせば良い。
台風襲来に際し、家の守りを固めるのではなく台風を消滅させようというかのような、愚考に等しい逆転の発想!!
だが、可能なのだ。
自分達を『神』だと驕った外界の人間達が創造した、模造品の『神の鉄槌』を用いれば――!!
闇が人類から夜を奪還した『あの日』。
『あの日』に失った神の御技を模した技術を、数日間の奮闘の後に奪還した人類が最初にした事は――。
ごく一部の天上人が握っていた『あの日』の真相を面白おかしく加工して、世界中にばら撒く事であった。
大量の『幻想』を添加された情報は、人々の『恐怖』に対する免疫機能を破壊した。
巷には身近な物陰を怖れ、通常と異なる事象の原因究明に理性ではなく妄想(モノガタリ)を用いる人々が溢れかえった。
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端末に表示されたレッドスクリーンは払拭され、今は鮮明精巧な幻想郷の地図に取って代わられていた。
殺戮を行なった人間や半妖達は散り散りになり、自宅や職場、遊び場、あるいは道の上といった『初期配置位置』で屍の如く佇んでいた。
幾つもの鍵と水準器が取り付けられた厳ついトランクから、藍は小指の爪ほどの大きさの記憶素子を馬鹿丁寧に取り出して紫に手渡した。
紫が無造作に端末の端子に素子を突っ込むと、表示装置の上にあるCCDカメラめいたレンズから赤いレーザー光が照射され、紫の人間と異なる瞳を刹那の間射抜いた。
〜♪ 〜♪ 〜♪
紫の網膜を走査した端末から軽快な音楽が流れ出した。
公共放送の学問か趣味の講座番組で流れていそうなBGMだ。
紫は伊達眼鏡をかけると、地図画面に新たに表示された操作ボタンを確認した。
「幻想郷、リニューアルオープンよ♪」
丹念に手入れがなされた紫の細い食指は、『Reboot』と書かれたボタン表示をタッチした。
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場末の安宿で目覚めた正邪。
追われる身の彼女は、昨日考えていた外界への逃亡計画を翻し、あえて人里の繁華街を堂々と闊歩する事に決めた。
朝飯を食い終わる頃には、また決意をひっくり返すかもしれないが。
夜雀の屋台では、女将も含めた妖怪、妖精の美少女達に一人の男がちやほやされていた。
男が上物の酒と料理を奢る事を宣言すると、美少女達の賛辞とキッスが男に降り注いだ。
外界からの漂流物を商う『香霖堂』。
店内ではカネ払いの悪い常連客の魔理沙と名も知らぬ鳥の美少女妖怪が言い争いをしていた。
やたらと霖之助の名を連呼した二人は表に飛び出した。
淑女らしく『弾幕ごっこ』でケリをつける事にしたらしい。
霧に包まれた湖の上空を遊覧飛行している攻撃ヘリコプター『ハインド』。
本来は二人乗りの操縦席だが、ヘリを操るパチュリーと小悪魔のお膝の上にはレミリアとフランドールが鎮座していた。
スカーレット姉妹のどちらかが何かをしたらしく、ヘリの両翼に取り付けられたロケット弾ポッドが火を吹いた。
笑顔でヘリに手を振っていた咲夜と美鈴が飛びのいた刹那、紅魔館の正門が木っ端微塵に吹き飛んだ。
人里のレコード店の店先は若者達でごった返していた。
乗り付けられた八目鰻の屋台に乗った女将さんと命蓮寺の門前の小僧は大音声で流行の歌をがなり始めた。
さらに楽器の付喪神トリオや騒霊三姉妹の演奏が賑々しさと騒々しさに拍車をかけた。
そんなレコード店のお向かいにある甘味処では、華扇は心穏やかに塔の如きパフェと城塞の如きあんみつを美味しく腹に詰める行為に勤しんでいた。
妖怪の山と地底は、文字通り上を下への大騒ぎだった。
没交渉気味の両勢力と親交があり信仰を得ている守矢神社が提唱した観光フェアだそうだ。
要するに、互いの縄張りで楽しく遊んで飲み食いしましょうという事だ♪
守矢神社の境内で行なわれたバーベキュー大会では、二柱の神々が大盤振る舞いした大量の肉と上等な酒に、地霊殿御一行様は色々な意味で目を回した。
河童のアジトの大会議室では、河童と土蜘蛛が互いの技術を披露して酒を飲みながらの議論に花を咲かせていた。
旧都で鬼達は、天魔が親善使節として送り込んだ鴉天狗達を有り余る酒と腕力でもてなしていた。外界ではこの手の接待を『あるはら』とか申したか……。
幻想郷のいたるところでお祭り騒ぎが起き、そのしわ寄せが幻想郷一の医療機関『永遠亭』にキた。
飲み過ぎ食べ過ぎ熱気にのぼせた肉体言語を用いたレクリエーション等等で負傷した人妖が、まるで暴徒のように永遠亭に押し寄せてきた。
迷いの竹林の案内で小遣い稼ぎをしている藤原 妹紅は、団体様を何組も竹林外に待たせて永遠亭への行き帰りの引率を行なっていた。
ブレザーの上に白衣を羽織り聴診器を首にかけた鈴仙・優曇華院・イナバは刹那の休憩を費やして、河童製の携帯電話で恋人の魂魄 妖夢にデートのキャンセルを必至こいて詫びていた。
ナース姿のちんちくりん、因幡てゐはケータイにヘコヘコしている鈴仙の尻尾と縞パンが可愛いおヒップ様を蹴り上げ、二人で血塗れの患者を乗せたストレッチャーに走っていった。
永遠亭の『実質的な当主』にして医療部門の院長を務める八意 永琳が病院内を走り回る中、『一応、本当の当主』である蓬莱山 輝夜は休憩所でコーヒーを啜ってのほほんとしていた。
平和な幻想郷の一日が、また、始まろうとしていた――。
「ん……」
懐かしいような、慣れ親しんだような、温もりと香りに包まれて、少女は目覚めた。
「っ!? ――?」
<楽園の素敵な巫女>博麗 霊夢はほんの一瞬、二日酔いを何百倍にもしたような不快感を覚えた。
だがその一瞬を過ぎたら、再び心地良さしか感じなくなった。
霊夢はさらに快感を貪るため、枕に顔を埋めてグリグリした。
「あらぁん? お目覚めの挨拶にしては積極的ねぇ♪」
「んが……?」
蕩けた恍惚の表情をしていた霊夢は、ここでようやく我に返った。
枕は枕でも、それは紫の膝枕でした。
「きゃあっ!?」
「あらあら……」
霊夢は居間の畳で2、3回ローリングし、さらに海老反りブリッジ状態でシャカシャカと部屋の隅に逃げ込んだ。
「ゆっ紫ぃっ!? 何であんたがココにいんのよぉっ!?」
「ご挨拶ね、霊夢。ゆかりん悲しい……」
紫がシクシクと嘘泣きすると、今度は四つんばいの状態でシャカシャカと霊夢が這い寄って来た。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのよ……」
「ええ、分かってますわ♪」
柄にも無く心配した霊夢に、紫は顔を覆った扇子をどけておどけた表情を魅せた。
「紫の、ばかぁ……」
「あらあら……☆」
ボフッ♪
霊夢は紫に抱きつくと、ふて腐れた顔を紫の豊満な胸の谷間に埋めた。
しばし紫の少女臭を堪能した霊夢は、顔を紫の胸に突っ込んだまま話し出した。
「私ね……、嫌な夢を見たの……」
「そう……」
「……」
「……」
霊夢は紫の胸からようやく頭をどけて、泣き出しそうな顔で見上げた。
(言いたい事があるなら、霊夢ちゃんの恋人であるゆかりお姉さんが聞いてあげるわん♪)
そう言っているような頼もしい笑顔の紫が見下ろしていた。
「私が何か、酷い、悲しい事を、したの。何かを、誰かに……」
「そう……」
「……」
「……」
霊夢の悪夢によって混乱した頭は、紫の温もりと、博麗神社を通り抜けて行った幻想郷の優しい涼風によって癒された。
悪夢の内容も、苦しんだ事も、見たことすら霊夢の記憶から霧散するのに時間はかからなかったが、
霊夢は未だ、紫から離れなかった。
幻想郷が博麗神社限定で授けたかのような、平穏な優しい時間。
続いては、幻想郷の住民達による騒乱と混沌に満ちたバンケットタイムの授与である。
博麗神社に殺到する幻想郷中の実力者。
石段を駆け上がる者。
上空から箒や要石に乗って急降下して来る者。
杜からはしゃぎながら、時々コケながら姦しくやって来る者。
境内にある守矢神社の分社から酒臭い息を吐きながら転がり出て来る者。
石畳や壁に穴を開けてインする者。
何も無い空間に突如湧いて出る者。
拠点ごと移動して神社に横付けする者。
酒と料理を手に殺到した一同は、紫と霊夢の抱擁という名のダダ甘いウェルカム・ドリンクにごちそうさまを言った。
幻想郷という箱庭の楽園は、今日もいつもと変わらぬ平常運転だった。
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2015/06/20 02:00:52
更新日時:
2015/06/20 19:41:37
評価:
9/10
POINT:
830
Rate:
15.55
分類
産廃創想話例大祭C
八雲紫
八雲藍
博麗霊夢
ゆかれいむ
幻想郷壊滅
虐殺
殺し殺される幻想郷の住民達
ハッピーエンド
平和には血生臭いバックグラウンドがつきものですね。咲夜さんてマジで自分のこと人間だと思ってるんでしょうか
所々に漂うハリウッド映画風な空気に楽しませて貰いました。
もうちょっと狂った人間達の内面が見てみたかったです
ところで元人間はアウトでハーフはセーフなのかw
そんなあなたの紫が好きです
何とも血なまぐさくダイナミックな”リセット”でありますね…。
ほんでもって、それが外界までも絡んでいるとは!!
幻想郷警察、および幻想郷自衛隊の皆様、ものすごい活躍ぶりでしたね…。
通常状態の妖怪達相手にもあんな調子で渡り合えるといいんですけどね。
あと、一週間少女さんにはロシアの戦闘ヘリに乗るより、安心安定安全なMADE IN JAPANのJ隊でも運用されているUH-1の方が良いんじゃないかなと言おうとしましたが、手遅れになっちゃったようなのでまぁいっか、と思った次第です。はい。