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『【産廃創想話例大祭C】 永い夜。』 作者: うらんふ

【産廃創想話例大祭C】 永い夜。

作品集: 12 投稿日時: 2015/07/04 03:15:35 更新日時: 2015/07/04 12:15:35 評価: 9/12 POINT: 910 Rate: 14.38
「そろそろ帰るとするかな」

 魔理沙は大きく背伸びをすると、くまのぬいぐるみを抱えたままで座っているフランに向かってそう言った。フランは寂しそうな眼をして、口を開いた。

「魔理沙、もう少し、遊ぼうよ」
「悪いな、フラン」

 魔理沙はやれやれといった風に首をふった。

「今夜しなくちゃいけない魔法の実験があるんだ。明日にはまた来るから、それまで、一晩だけ、まつんだぜ」

 そういうと魔理沙は立ち上がり、悲しそうに背中をみつめるフランに向かって「また来るぜ」とだけ言って地下室から出て行くと、帰りに少しだけ図書館に立ち寄り、魔道書を何冊か借りて紅魔館を後にした。




 翌日。


 いつも通り眠っている門番の横を通り過ぎ、無駄に広い中庭を通り過ぎて豪奢な扉を開き、紅魔館の中に入っていった魔理沙を出迎えたのは、レミリアであった。

(珍しいな)

 そう思いながら、魔理沙は言った。

「遊びに来たぜ」
「……パチェの本を返しに来たわけじゃないのね」
「返却期限まではまだあるはずだからな」
「人間の寿命は短いものよ」

 ゆっくりと魔理沙に向かって歩いてくるレミリア。その瞳は、少し悲しそうだった。

「……あなたには、感謝しなければならないこともあるし……恨めしく思っていることもある」
「心外だな。図書館から本を借りたことはあっても、レミリアから何かを借りたことはないぜ」
「貴女は」

 レミリアは、悲しそうに笑った。

「フランを、地下室から出してくれた」
「これはこれは」

 魔理沙は頭の後ろに腕を組み、背の低いレミリアを少し見下ろす形で、ちょっと皮肉気味にいった。

「閉じ込めた張本人の言うべき言葉じゃないな」
「……あなたは、どうして私が、495年もフランを地下室に閉じ込めたのだと思っているの?」
「それは……」

 そういえば、深く考えたことがなかった。魔理沙はしばし考えた。紅魔館の豪奢なシャンデリアの照らす光が、魔理沙の顔を淡い色に染めている。

「悪い事をしたからか?」
「……」

 レミリアは何も答えず、おぼろな瞳で魔理沙が入ってきた紅魔館の外へと続く扉を眺めていた。しばしの沈黙の後、レミリアは口を開いた。

「あの子は……狂っていた……いや、狂ってくれた方が、よかった」

 レミリアは傍に置いてあった椅子に腰かけた。見事な装飾の施されたその椅子からは職人の思いが感じられる。ぎぃ、と椅子は音をたてて軋んだ。なんとなく、魔理沙もレミリアに見習い、ちょうどレミリアと向かい合う位置で椅子に腰かけた。

 時計の音が聞こえてくる。時を刻む音が聞こえてくる。どれだけの時間がたったのだろうか、レミリアは、その白皙の腕を伸ばすと、傍らのテーブルの上に置いてあったチェス盤を手に取った。
 チェス盤の横に、綺麗な宝石箱が置いてあった。値段は分からないが、年期を感じさせる豪奢なつくりの宝石箱だ。レミリアはそっとその箱を開けた。中には、レミリアの瞳のように真紅のビーズが沢山入っていた。
 レミリアはそのビーズを一つ取り出すと、チェス盤の一番端のマスにそっと置いた。

「もしも……」

 レミリアは口を開いた。口元から牙が見える。吸血鬼の牙だ。落ち着いた声で、ゆっくりと、言葉を続ける。

「魔理沙に、宝石をあげるとして」
「くれるのか?」
「例え話よ」

 悪戯そうに答える魔理沙に対し、くっくっくと目を細めてレミリアは笑った。

「そうね、どれだけあげようかしら」
「沢山欲しいぜ」
「魔法使いに宝石は値段以上に触媒としての価値もあるらしいものね」

 これはパチェからの受け売りだけど、とレミリアは付け加えるのを忘れなかった。

 レミリアは、宝石箱から再びビーズを取り出すと、先ほどビーズを置いたマスの隣のマスに、2個のビーズを乗せた。そして、そのまま、次のマスに、4個。その次のマスに、8個というふうに、小さなビーズを置いていく。

「こうやって、チェス盤のマス目毎に、倍々にしてビーズを置いて行って、最後のマス目に置いた数だけの宝石を魔理沙にあげるっていったら、どう思う?」
「もっと沢山欲しいぜ」
「あらあら」

 レミリアは笑う。

「欲張りね」

 そういうと、宝石箱をひっくり返した。中から真紅のビーズが零れ落ちる。テーブルに乗り切らなかったビーズは床下に堕ちていった。

「チェス盤のマス目は、8×8で、64マス。こうやって倍々にしておいて行ったら、1個、2個、4個、8個、16個、32個……最初は少なくても、64個、128個、256個、1012個、2024個……と加速度的に増えていき、最後のマス目に乗ったころには……乗るのは不可能だけれど……紅魔館の全財産どころか、幻想郷、いや、世界、いいえ、この宇宙全ての存在よりも多くなるわよ」
「……まぁ、そうだな」

 魔理沙は答えた。
 そんなこと、魔術師ならだれでも知っている、指数関数の初歩の初歩だ。

「フランは、狂っているの……いいえ、狂えないのよ……だから……」

 零れ落ちる真紅のビーズを真紅の瞳で眺めたまま、レミリアはいった。

「狂えなかったから……私が狂いそうだったから……私は、フランを、閉じ込めたのよ」

 それなのに、と、レミリアはいった。

「あなたは、地下室から、フランを出してくれた」

 その瞳は、空虚だ。
 レミリアの口調に何か深いものを感じ取り、魔理沙は少ししどろもどろになりながら答えた。

「べ、別に悪い事をしたわけじゃないぜ。一人ぼっちでいるのは寂しいじゃないか。寂しいのはつらいじゃないか。だから、外に出してあげただけだぜ。昨日だって遊んであげたし、今日もフランと遊びに来ただけだ」
「魔理沙、あなた」

 レミリアはビーズを一粒手に取ると、少し力を入れた。ビーズは粉々に砕け散り、さらさらと小さな粉となってレミリアの手から離れていった。

「ちゃんと、寝てる?」
「また変な質問だな」

 ころころと変わる話題に、それでも魔理沙はついていった。

「当たり前じゃないか。魔理沙さまはいつも快眠ぐっすりだぜ!」
「貴女は」

 ちゃんと、眠れるのね、と、レミリアは悲しそうにいった。

「495年前のあの日」

 レミリアはチェス盤を眺めている。8×8の、64のマス目のあるチェス盤を眺めている。

「私と、フランは、吸血鬼になった」

 知ってた?私たち、生まれながらの吸血鬼じゃないのよ?もとは人間だったのよ?と、レミリアは自嘲気味に笑った。

「身体は蝙蝠になり、空を飛び、血を吸い、不老で生きる、幻想の王。人ならざる者。私はそれで満足だった……けれど」

 突然、レミリアは魔理沙の方に振り向いた。

「あの子は、違った。あの子は、普通だった。あの子は、普通に化け物に……なりきれなかった」

 レミリアは笑わない。
 しばしの静寂。
 息の音。
 心臓の音。
 時計の音。

「……私が、あの子の首を切り落とした時」

 レミリアは顔をあげた。
 その表情は、普通だった。

「あの子は、初めて、真の意味での吸血鬼になったのよ」

 遠い昔を思い起こす。時計塔の影。霧の街。

「その夜、私たちは沢山話をしたわ。たった二人の姉妹なんですもの。これからどうするか、これから何をしたいか、吸血鬼の生き方、吸血鬼の誇り……でも」

 レミリアの瞳が曇る。

「翌朝、フランが言ったの。お姉さま、咲夜、どこに行っていたの?何してたの?って」

 魔理沙は何も答えない。
 レミリアは話を続けた。

「最初は、冗談だと思ったわ。吸血鬼になったばかりだから、少し調子が悪いのかとも思ったわ。私、フランに言ったの。私、ずっと貴女の傍にいたじゃない、ずっとあなたを抱きしめていたじゃない。どうしたの?フランって。でも、あの子は、ずっと、私をみて、言うの。昨日は何してたの?一人で何してたの?私、一人ぼっちで寂しかったのよ、って」

 レミリアは瞳を閉じる。
 昔を思い起こしながら、瞳を閉じる。

「その次の日も、フランが言ったわ……お姉ちゃん、2日間も、どこに行っていたの?私1人ぼっちにして、どこに行っていたの?って」

 レミリアは震えている。

「フランは、1人で寂しかったって。ずっとずっと一人で、寂しかったって。とんでもないわ。私、ずっとフランと一緒にいたのに。ずっと、フランを抱いていたのに。ずっと、フランを抱いて、どこにも行かずに、一緒にいたのに。なのに」

 嗚咽。

「また次の日、フランは言ったの……お姉ちゃん、どこに言っていたの?4日間も、私を1人にして、どこにいっていたの……って」

 しばしの沈黙。
 レミリアは息を吸い込み、心を落ち着けて、いった。

「ここまで来たら……私にもわかったわ……どうしてかは分からないけど、理解はしたわ……私が、私たちが、真の意味での吸血鬼になった時から……フランの中の何かが壊れてしまったということを……理解したわ……」

 涙は流れていない。
 もう流す涙もない。

「私が1晩寝るたびに、フランは違う時間を過ごす。最初は1日。次は2日。次は4日。倍々に、私のいない、誰もいない、一人ぼっちの時間を、倍々に」

 レミリアは、眼下のチェス盤を見下ろした。

「チェス盤は、64マス……でもね、魔理沙」

 魔理沙は、唾を飲み込んだ。

「495年は……何夜あるの……?」







 狂えない。
 狂えない。
 狂う事が出来れば楽なのに、狂う事もできない。
 一人ぼっちの何もない夜。
 永遠に続くかと思う、永遠に続かない夜。

 1人で。
 膝を抱えて。
 何を思い。
 何を思わず。

 いつ明けるか分からない、でもいつか明ける夜。

 ずっと想い。
 ずっと心に想い。

 笑顔を。







「あ、魔理沙!」

 声がした。
 明るい声がした。
 足音が聞こえてくる。
 かけよってくる音が聞こえてくる。

「待ってたよ!ずっと、待ってたよ!」

 フランが駆け寄ってきた。
 昨日別れたばかりの、一晩ぶりの、フランの笑顔。
 溢れんばかりの、喜びに満ちた、笑顔。

「ずーっと、ずっと、待ってたよ!」

 この思いだけを、胸に。
今日は6月20日と336時間……なんとかギリギリ産廃創想話例大祭Cに間に合いました(汗)。
うらんふ
https://twitter.com/uranhu777
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2015/07/04 03:15:35
更新日時:
2015/07/04 12:15:35
評価:
9/12
POINT:
910
Rate:
14.38
分類
産廃創想話例大祭C
魔理沙
レミリア
フラン
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POINT
0. 90点 匿名評価 投稿数: 3
2. 80 名無し ■2015/07/05 15:30:11
オチに変わらないセンスを感じました。
3. 100 名無し ■2015/07/05 16:10:35
最後の部分だけを抜き出して読めばなんてことない普通の文章なのに、全体を通すとおそろしく見えるものが違ってくる話大好き
5. 100 名無し ■2015/07/11 04:35:55
ニートしてると曜日間隔狂うけどニートだから狂っても問題ないよね
6. 90 んh ■2015/07/13 02:33:18
8.359610679844611324394119409016444111713416634867×(10^54425)日ぶりのフランちゃんうふふ
7. 100 名無し ■2015/07/13 15:36:35
うらんふさんの作品は永遠を感じてすき
8. 70 あぶぶ ■2015/07/15 00:40:28
絵番とのギャップにアゴはずれそうになった
9. 80 まいん ■2015/07/16 21:21:44
最後の言葉がどちらの意味かで、感じ方が変わりますね。
フランちゃんに幸あらんことを。
11. 100 NutsIn先任曹長 ■2015/07/18 14:51:09
うらんふさん!!
あなた、無限の悪魔かっ!?
相変わらず、無尽蔵な時の暴力に希釈されない個を執筆させたら、描かせたら、うらんふ先生の右に出る者はおりませんね!!
12. 100 県警巡査長 ■2015/07/18 22:44:10
うらんふ氏の紅魔館勢に対する愛は凄まじいものを感じます…。
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