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『産廃創創話例大祭C『たった一度の過ちであり二度とsiません』』 作者: HJ
「妹紅っ……、僕、かわいいっ……?」
少年が――少女の姿をした少年が、上気した顔で問いかける。膝を付き、短いスカートを捲り上げ、白い太腿を露わにしている。飾り気のない小さなショーツからは、紛れもない男性器が窮屈そうに頭を覗かせている。少年――宇佐見菫子は自身のそれに右手を伸ばし、忙しなく上下に動かしている。手を動かすたびに男根の先端が包皮で弄ばれ、切なげな感情をもたらしてくる。汗ばんだ衣服が背中や腰にじっとりと張り付いてきて、菫子は鬱陶しそうに身体をくねらせた。浅い呼吸と衣擦れの音が、狭い小屋の中で微かに反響する。菫子が恍惚とした表情で見つめる先にはもう一人、少年の姿があった。
「ああ」菫子の視線の先にいたもう一人の少年――藤原妹紅が答える。「可愛いよ、菫子」
妹紅は衣服を身に着けていなかった。薄い筋肉を帯びた裸体を曝け出して、壁にもたれ掛かるようにして座っている。菫子の淫らな姿を眺めながら、膨れ上がった自分自身をゆっくりと扱いている。少年らしい見た目相応に決して大きなものではないが、硬く反りかえった男性器は、手を離せば腹部に張り付かんばかりだ。絶頂の快楽を求めるためというよりは、男根を扱くという行為そのものを愉しむかのような緩慢な動きで、妹紅は自身を慰め続ける。
妹紅の返答にぞくりと身を震わせながら、菫子は右手の動きを一層加速させる。前を肌蹴たブラウスからは、余計な脂肪のない薄い胸板を隠すように、これもショーツと同じく飾った様子のない、凡庸なブラジャーが覗いている。菫子はもどかしげに左手を胸元に突っ込むと、薄布に覆われた桜色の先端を抓るようにして弄り回す。まだあどけなさの残る、中性的な顔立ちの菫子が眉間に皺を寄せて身悶えし、あまつさえ少女の衣服に身を包んでいるというのはひどく背徳的で、それを見た者に暗い情欲を抱かせずにはいられないだろう。ましてや普段の自信に満ちた表情を見慣れている者なら尚更だ。菫子は身体の奥から込み上げる衝動に抗うように腰を引き、快楽の波に呑まれたかのように背筋を反らす。それはどんどんと押し寄せてきて、菫子を一気に絶頂へと押し上げる。身体の奥底に力を込め、登りつめた快感を限界まで堪能する。
「んっ……イクっ……! っ、はっ、あぁ」
掠れた声を漏らしながら、菫子は勢いよく精を放つ。ぱたぱたと湿った音をさせながら、受精することのない半透明の精液が、床の上にまだらな模様を描いていく。二度、三度、四度と身体を痙攣させ、最後の一滴まで快感を絞り出す。快感の波がすっと引いていき、菫子は大きく息を吐くと、満足しきったかのようにぱたりと床に倒れこんだ。射精直後特有の心地よい気怠さと、過ぎ去った快楽の残滓にしばし身を委ねながら、菫子は妹紅の姿を見つめる。菫子の気付かないうちに妹紅も果てていたのだろうか、妹紅も下半身への愛撫を止めていた。菫子と視線が合うと、何故か妹紅は肩をすくめた。菫子はなんとなく視線を逸らしつつ、やや間を置いててから改めて口を開く。
「……妹紅。ちゃんとイった?」
「いや。どうも最近調子が良くなくてね。菫子がもっと過激にしてくれればうまくイケると思うんだが」
「病院でも行けば?」
「病院か、そいつは面白いな。この身体が元に戻ればいいんだがね」
「……頭の病院って言いたかったんだけど」
菫子の言葉に、二人はしばし沈黙して見つめ合う。やがてどちらからともなく吹き出すと、互いが互いに釣られるようにして大きな声で笑い始めた。他愛のない会話で笑いあうことの出来る、どこにでもある、それでいて掛け替えのない貴重な関係。二人だけの空間で一緒にいるだけで、とても満ち足りた気分になる。物心のついて以来他人と関わり合うことがなかった菫子にとって、妹紅は初めての友人であり、また恋人と言える存在であった。菫子は笑いを抑えながら、ぽつりと呟くように言葉を漏らす。
「妹紅はいいよね。羨ましい」
「うん? 何のことだ?」
「滅びることのない不死身の生命。変わることのない不老の肉体。僕が年をとって大人になっても、妹紅はいつまでも変わらない、その姿のまま生き続けるんだ」
「はは」
羨望の目で見つめられて、妹紅は反論もせずに曖昧に笑った。これまでに何百回、あるいは何千回と聞いた言葉だろうか。他人が考えるほど、不老不死なんていいもんじゃない。ありきたりの返答を返すのも億劫になって、最近は反論する気も起きなくなった。まあ、別に理解してもらおうとも思っていないし、理解してもらえるとも思っていない。誰だって最初は羨むものなのだろう。そんな妹紅の態度をどう思ったか、菫子は床の上でころりと転がって、天井に向けて右腕を伸ばす。ぱっと開いた自身の手を見つめながら、菫子は言葉を続ける。
「髭は伸びてくる、声は低くなる、無駄毛はどんどん増えてくる。昨日もお風呂場で脇の毛が伸びてきているのを見つけたよ。もう十何年もすれば僕なんかどこにでもいるただのおじさんで、五十年も経てば立派なおじいちゃん。いくら化粧をしようと、例え整形しようとも、人間が年齢に勝つことなんて出来やしない。別に死ぬのなんて怖くないけれど、老いて、衰えて、醜く朽ちていくのは絶対に嫌」
「だったら、その分今の瞬間を好きなだけ楽しめばいい。今という瞬間を精一杯生きる、お前なら十分それが出来るはずだ」
「いやだね。今なんて一瞬で過ぎてしまう、僕が生きるには短すぎる。いくら全知全能や永遠の命を手に入れたところで、そのときに老いぼれてしまっていては元も子もない。この世界では妹紅、君のように少年の姿のまま永遠を手に入れた人がいくらでもいる。もし僕もそれを手に入れられたのなら、どれだけ素晴らしいことか」
「永遠か。そんなものを手に入れた奴がいるのなら、まったく羨ましい限りだな」
「冗談言わないでくれよ、それとも嫌味のつもりかい? 僕は妹紅のことが羨ましいって言ってるんだ」
菫子は床に寝転がったまま、妹紅の身体へと手を伸ばした。だが、菫子の手は妹紅の身体をすり抜けるようにしてそのまま沈み込んでしまう。何もない空間をきゅっと握って、菫子は瞑目した。よくよく目を凝らせば、菫子の姿は霧で出来た精巧な人形のように曖昧で、その身体を透かして背後を見ることさえ出来る。菫子にとって幻想郷は夢の中の世界でしかないのだ。現実の世界で眠っている間のみ、この世界を訪れることが出来る。故に他者に触れることも、何かを持ち帰ることも叶わない。せっかく手に入れた新しい世界も、ここでは他人と身体を重ねるどころか唇を交わすことも、手を繋ぐことさえ出来はしない。他人と――妹紅と親密な関係を築いても、出来ることはこうやってお互いに自慰を見せ合うことくらいしかないのだ。
それでもこの幻想郷は、菫子にとってまさに理想郷と呼ぶべき場所であった。可憐な女装男子が己の素性を隠すことなく、堂々と好きな恰好で表を出歩いている。そしてそれが当たり前のことなのだから、誰かにからかわれることも、見つからないようにとびくびくする必要もない。偏見に凝り固まった、価値のない、哀れで、惨めな大人たちはここには存在しないのだ。確かに危険もあったが、菫子にとってはそれさえも刺激的で魅力的なものだった。しばし物思いに耽っていた菫子は、不意に何かを思い出したかのように顔を上げる。
「妹紅が飲んだのって、蓬莱の薬って言うんだっけ。月に行けばその薬が手に入るのかな」
「さあな。仮に行けたところで簡単に手に入るとも思えんし、そもそも今あれが月にあるのかどうか」
「昔、人間が月に行ったって話、知ってる? それからもう何十年も経つけれど、月に人が住んでるだなんてオカルトどころかおとぎ話にもならないよ。そこには何も存在しない、荒れ果てた大地が永遠に広がる無人の星。それが今の常識さ。――ああ、愚かな人間達は物事の表面しか見ることが出来ないんだ。僕が考えるに、真実の月の姿はここみたいに結界で覆われているに違いない。そんな凄い薬を作れるような連中が、わざわざ下等な地球人と関わる気なんてないだろうからね。でも僕ならうまくやってみせる、きっと近いうちに蓬莱の薬を手に入れて、月の『裏面』を暴いてみせる」
「やれやれ、そこまでして不老不死になりたいのか? 月人の知り合いもいるにはいるがな、あいつらは本当に頭がおかしい連中だぞ。連中と関わってもロクなことにならん。ここの奴らが善人ばかりとは言わんが、月の奴らと比べりゃどんな悪人だろうと仏様みたいなもんだろうね」
「だとしてもだよ。それだけの危険を冒す価値が、不老不死にはあるんだ。五十年そこらかの命なんて、妹紅からすれば虫の一生みたいなものだろう?」
「……お前が考えてるほど、こんなの良いもんじゃないよ。命を賭ける価値なんてありゃしない」
「どうしてだい? ずっと綺麗で可愛い姿のままいられるし、病気や事故に怯える必要もない。そして最早寿命さえ意味を為さず、永遠の生を謳歌することが出来るんだ。これ程素晴らしいことが他にあるのかい? ……僕がどんどん年を取っても、妹紅はずっと今の関係でいてくれるだろうか。ああ、きっと妹紅ならそう言ってくれるだろう。そして僕が死ぬのを見届けてくれるのだろう。ひょっとしたら、それはとてつもなく素晴らしいことなのかもしれない。この上なく幸せなことなのかもしれない。でも僕はそれを許さない。僕自身が、その事実に耐えられない。他のくだらない人間と同じように、僕にもせいぜい何十年の寿命しか与えられていないということに。ねえ妹紅、妹紅と一緒に永遠を生きたい、妹紅と同じ不老不死の存在になりたい、そう僕が思うのはいけないことなのかい? 君は僕に、他の人間と同じように死ねと言うのかい?」
「それは――」
菫子は早口で怒涛の如く捲し立てる。言い返そうとして妹紅は口ごもった。いつの間にか菫子は、まるで押し倒さんばかりの目の前にまで身体を寄せている。今まで見たことがないような真摯な表情を浮かべ、妹紅の瞳をじっと見つめている。もし出来るのなら、今すぐ掴みかかってきてもおかしくはないだろうなと、妹紅は頭の片隅で考えた。いっそのことそうしてくれた方がいくらか楽な気分になれたかもしれない。妹紅には無理矢理会話を終わらせることも出来た。あるいは曖昧に、言葉を濁してもよかった。しかしながら、いつになく真剣な菫子の熱意に促されるように、妹紅の口はそれとは違う言葉を紡ぎ始める。それがどういう結果を導くことになるのか、ひょっとしたら妹紅はこの時既にどこかで理解していたのかもしれない。
「――人魚の伝説は知ってるか? 人魚の肝を口にした人間は、不老不死になれるって話だが」
「それくらいは知ってるよ。もしかして、わざわざ月にまで行かなくても、その辺で人魚を捕まえてくればいいってこと? でもここって海があったかな。湖ならあったと思うけど。でもそいつを食べるだけでそんな簡単に不老不死になれるなら、もっとたくさん不老不死の人間がいてもよさそうだけど、いったいどこまで本当なのやら――」
「まあ最後まで話を聞きなって。別に人魚を探せって言ってるわけじゃない。その伝説とやらにあやかろうってだけだ」
「……へえ。それは、つまり」
「ああ、流石に菫子は察しがいいな。その通り、俺の肝を喰らった人間は、おそらく不老不死になれるだろうな」
「……」
「実際それで不老不死になれるのかは分からんが、試してみても悪くはないと思ってな。もっともそれを決めるのはお前次第だし、そもそもこっちに来れないんじゃどうしようもないが。……少し、疲れた。俺は寝るから、菫子も帰るなり好きにしてくれ」
妹紅はそう言い残すとわざとらしく横になり、菫子に背中を向けた。妹紅の白い背中を無言で見つめながら、菫子は何事かを考えている様子だった。どうしてあんなことを言ってしまったのか、自分らしくもない、と妹紅は思考を巡らせる。答えの出ない思案を続けているうちに、いつの間にやら本当に眠ってしまっていたようだった。はっと目を覚ました妹紅が慌てて振り返ると、菫子の姿はもうどこにも見当たらなかった。やれやれとばかりに妹紅はあくびを噛み殺して、所在無げにぽりぽりと頭を掻いた。
「よくまた結界を抜けられたな。巫女に見つからなかったのか?」
「簡単なことさ。今度は僕自身がオカルト――都市伝説になっただけ。夜中に飛び回って人間を驚かすのはそれなりに面白かったし、僕自身が学校の怪談とやらになるのも悪くはなかったね。こっちの方から『都市伝説』を引き込んで来たのだから、巫女だろうと何だろうと誰にも文句を言われる筋合いはない」
「とんだ無茶をするなあ。正体がバレたら不味いだろうに」
「ふふっ。僕が都市伝説の正体だなんて、誰が証明出来るのか。それに今の高度情報化社会、新しい情報が常に供給されていなきゃ、作られた流行なんて一瞬で過ぎ去ってしまう。みんなとっくに僕のことなんて忘れて、次のブームに夢中になってるよ」
「よく分からんが、そういうものなのか」
「よく分からなくていいけれど、そういうものなのさ」
妹紅の前で得意げに語る菫子。その姿は夢の物でも、幻影でも影でもない。菫子は実体を以って再び幻想郷の扉を潜り抜け、妹紅の前にその姿を現したのだった。しかしながら、幻想郷の本質がオカルトの集まる場所ではなく、忘れられた幻想の流れ着く先だということを、菫子は理解していたかどうか。
「それよりさ、妹紅」期待の色を隠しきれない声で、菫子は妹紅の手を取った。菫子が幻想郷を――妹紅の居場所を直接訪れた理由。それは不老不死の力を手に入れる為に他ならなかった。幻想郷のことを知るまで、菫子は自分が一番優れた人間であると信じて憚らなかった。だが、ここには人間そのものを遥かに超越した存在が何人もいた。彼らの姿を目にするたびに、菫子は羨み、妬み、そして憧れた。菫子の次の行動はその瞬間に決まっていた。彼らの力を、自分も手に入れてみせる。
ふうん、と一つ頷いて、妹紅は何かを菫子に渡す。菫子は逸る心を抑えながら、それを手に取ろうとして――「……え?」目を丸くして妹紅を、それからに手渡された物体に視線を泳がせる。それは期待していたような物ではなかった。黒塗りの鞘に納められた、一振りの短刀。その意味するところを即座に掴みかね、困惑を隠せずにいた。普段見ることのない菫子の表情に、妹紅はくつくつと笑った。
「生憎自分から用意してやれるほど人が出来ていなくてね。……こいつで俺の身体から奪い取ってみせな。欲しけりゃ力尽くで、だ。そういうのも悪くないだろう?」
「っ! そんなことしたら」
「ははっ、そうだな。下手すりゃ死んじまうかもしれんな。まあ、お前になら殺されるのも悪くはない。不老不死を手に入れるんだ、それくらいの覚悟はあってもバチは当たらんさ。所詮は真似事に過ぎんがね」
「それは……、妹紅は、どうだったんだい。妹紅は不老不死になるために、誰かを犠牲に――?」
「さて、どうだったかな。何せ昔のことすぎてな、忘れてしまったよ」
「……」
「別に無理強いするつもりはない。考える時間ならいくらでも――」
「嫌だ」自分でも驚くほどの大声だった。妹紅も意外そうな表情を浮かべ、菫子を見つめている。僕らしくもない。菫子は深く息を吸って、吐いた。躊躇や狼狽は、愚かな人間にしか必要ない。僕には相応しくない言葉だ。こうしている間にも身体は少しずつ老いていく。ヤスリで削られるように、残りの寿命もゆっくりと、確実に減っていく。そんなことを許していいのか、菫子? 「――ごめん、少し寝不足なんだ。……分かった、やるよ。やってみせる」
菫子は妹紅から黒鞘を受け取る。どちらかと言えば小ぶりのそれは、しかし見た目よりもずっと重く、菫子は思わず声を上げそうになった。鞘から刀を抜くと、銀色に輝く無骨な刀身が露わになる。音さえ吸い込まれてしまいそうな薄い刀身をじっと眺めていると、吐き気にも似た不快な感覚が、背中をじりじりと這い上がってくるような気がした。刀を片手に立ち尽くす菫子の前で、妹紅は上衣を肌蹴て横になる。そのまま無造作に自分の脇腹のあたりを指し示す。――ここを斬れということか。小さく頷いた菫子は、妹紅の傍らに膝を突き、刀の狙いを定めようとする。妹紅の白い身体に左手を添えようとして、これが妹紅に直接触れる初めての機会だということに今更気が付いた。菫子は自嘲するように唇を歪める。
「変な感じだね。また妹紅と逢えたら、手を繋いだり、キスしたり、もっといろいろ出来ると思ってたのに。まさか最初にすることが、こうやって刀を突きつけることになるなんてね」
「はは。まあどうせ死にはしないんだ、思いっきりやっちまいなよ」
菫子は黙って首を振った。刀を強く握りしめ、妹紅の脇腹目掛けて突き立てる。震える短刀の切っ先が、薄い皮膚にそっと触れる。鋭い切っ先は一切の抵抗を無視するかのように、妹紅の体内へと簡単に沈み込む。突き破った皮膚から、真っ赤な血液が染み出すように零れ落ちてくる。あまりにも鮮烈な赤色に、菫子はぞくりと背筋を震わせた。己の心臓の鼓動が、急にはっきりと感じられる。度し難い衝動に苛まれて、堪らず刀を引き抜いた。刀の先端から血液が滴り落ちて、二人の身体を平等に汚す。菫子ははっとした表情を一瞬浮かべ、ばつが悪そうに妹紅を見上げた。妹紅は苦笑を浮かべながら、腹部の傷口を指で拭う。指先が通り過ぎると何事もなかったかのように傷は消えてしまっていて、そこには血の流れた痕が僅かに残っているだけだった。これが不老不死の肉体か。妹紅が自分とは違う存在であることを改めて理解して、菫子は唇を噛んだ。
「くすぐったいな。……やっぱり、やめとくか?」
「っ! やるって、やるから! 少し、黙ってて」
「はいはい」
心を落ち着かせようと、菫子は瞑目する。そうだ、妹紅は死なないんだ。刀で斬ったところで、傷つくことなんてない。僕は人間を超えるんだ、これくらい出来なくてどうする。こんな機会、もう来ないかもしれないんだ。ここでやり遂げてみせなきゃ。
手の甲で額を拭い、刀を握り直す。ぐっと右手に力を込めると、刀の鋭い切っ先は、やはり簡単に体内へと侵入する。滲み出る血液と込み上げる吐き気を無視しながら、菫子は刀を動かしていく。妹紅が微かに身を捩らせたような気がしたが、それを気にすることも――あるいは余裕もなく、憑りつかれたかのように黙々と肉を切り裂いていく。傷口から零れる血液が妹紅の身体を、そして菫子の腕をあっという間に汚していく。気が付くと妹紅の腹部には、割れ目のような一直線の傷口が大きく広がっていた。止め処なく溢れる血液を透かして見れば、その先に小さく脈動を続ける内臓があるのだろう。……蓬莱人の、不老不死の内臓が。一度刀を引き抜いて、菫子は大きく息を吐いた。ほんの十何センチ程しか刀を振るっていないというのに、どっと疲れが押し寄せてきたような気がする。ここからどうしようかと妹紅の傷口を観察した菫子は、ふと違和感に気付いて叫びそうになった。せっかくつけた妹紅の傷口が、端からどんどんと塞がり始めている! 愕然として辺りを見回すが、それを止める手立てなど何処にも在りはしない。菫子は助けを求めて声を上げる。自身が今まさに傷つけている妹紅、その本人に向かって。
「嘘、傷が――。どんどん塞がって、どうしたら」
「手を、突っ込め、それが、いちばん、早い」
肩で大きく息をしながら、妹紅が菫子に囁いた。妹紅の言うがままに、菫子は開いた傷口へと左腕を突っ込む。その瞬間、潰れたような声と共に妹紅がびくりと身を跳ね上げる。「妹紅っ」菫子も流石に不安になって、妹紅へと呼びかける。生暖かい肉の塊を掻き分けると、指の先で何かが痙攣するように収縮している。真っ赤な血の海に浮かんで、妹紅の身体は一際白く見えた。
「早く、どこでもいいから、斬れ」
慌てて菫子は右手の刀を脇腹に刺し込んだ。今にも泣き出しそうな顔になりながら手の感覚だけで何かを掴むと、勘を頼りにして闇雲に刀を振るう。斬ったか斬っていないかも分からないまま、必死で刀を動かし続ける。菫子の額から汗が流れ落ちて、血だまりと化した妹紅の身体の上で弾け飛んだ。菫子の服の端を、妹紅がきつく握りしめる。それを振り払うようにして、菫子は大きく刀を薙いだ。……どれだけの時間が経っただろうか、妹紅の身体を無我夢中で切り刻み続けていることにようやく気が付いて、はっと菫子は我に帰った。菫子は刀と共に左手を引き抜く。妹紅は一度だけ小さく痙攣すると、それきり糸の切れたように動かなくなった。
「妹紅?」唐突に湧き上がる不安。それはあっという間に膨れ上がり、菫子を押し潰さんばかりに責め立てる。目の前に転がっているのは、変わり果てた妹紅の姿。腹部はどこを傷と呼べばいいのかも分からないくらいに出鱈目に斬り刻まれて、赤黒い内部を曝け出している。痛ましい傷口からは内臓の切れ端のようなものが胡乱に飛び出しており、周囲には肉か内臓かも分からない赤い断片が散乱している。小さな小屋の中は一面赤黒塗り潰されたかのようで、全身の血を噴き出してしまったのかと錯覚してしまう。そしてそれを見つめる菫子の姿も、妹紅の返り血を全身に浴びてしまっているのだろう。言いようのない戦慄に襲われて、菫子は刀を取り落した。「嘘でしょ、やめてったら、お願い……」
「ああ……、死んだよ」
「妹紅! よかった、生きてた……」
「残念ながらな。そんなことより、ちゃんと取れたのか?」
「えっ、ああ、大丈夫、だと思うけど」
妹紅は憔悴しきった様子で薄く目を開けた。促されるがまま、菫子はきつく握り込んだ血塗れの左手を恐る恐る開く。そこには間違いようもなく、妹紅の身体から切り取った、歪な形をした血みどろの肉片がしっかりと存在していた。妹紅の内臓の断片を、菫子はまじまじと見つめる。何とも言えない奇怪な感触と微妙な温もりの残った肉の欠片は、菫子の手の内で微かに震えているようにも見える。鮮血に塗れた生々しい桃色は、それがつい先ほどまで身体の一部分であったことを嫌でも意識させる。菫子自身が刀を振るい、苦しげに悶える妹紅の身体を切り刻んで、その身体から奪い取ったことも。そしてこれから菫子が踏み出そうとしていることについても。自分の行為が途端に恐ろしくなって、菫子は身震いした。
――同族食い。人間が、同じ人間を切り刻んで、それを口にする。もしかすると、これから自分がやろうとしていることは、人間として最低の行為なのではないだろうか? 文字通り他人を喰った殺人犯の話なら、掃いて捨てるほど知っている。だが自分は違う。自分は至って正常な精神を持っている。ああ、きっと彼らも自身をそう騙るのだろう。ただの精神異常者か、その出来損ないのくせに。だが自分は本物だ。自分だけが本物だ。自分は彼らとは違う。それにこうして妹紅は生きている。妹紅も内臓を食べられることに同意している。そう、僕は他の人間とは住む世界が違うのだ。その僕が寿命で死ぬなんて許されることじゃない。僕は、僕に相応しい不老不死を手に入れなければならない。――本当に? 自分の目的の為だけに他人に刃を向け、その肉を奪い取って口にする。その行為を傍から見れば、菫子もそいつら殺人鬼と変わらないのではないか? そんな猿にも劣る畜生染みたた行いで手に入れた不老不死に、どれだけの価値がある? 「なあ、菫子」沈黙したまま肉塊を見つめる菫子に、妹紅が声を掛ける。まるで諭すような、平坦な口調だった。流石に血を流し過ぎたせいだろうか、妹紅の顔面は蒼白で、しかし、血に汚れた以外はいつもと変わらない妹紅の表情であった。菫子が腕を突っ込んで切り刻んだ腹部の傷はまだ治癒しきっていないのだろうか、未だ歪な口を大きく開いたままで、菫子は堪らず目を背けた。
「考え直すならこれが最後だ。お前が思っているほど、この身体はいいもんじゃない。気が変わったからと言って元には――」
「っ、馬鹿を言うなよ、僕はいつだって本気だ。ここまで来て、引き返せるものか。……ああ、塩か醤油でも持ってくればよかったって思っていてね。せっかく妹紅を味わえるんだし、美味しく頂きたかったよ」
「……そうか。なら、もう何も言わないよ」
菫子はようやく覚悟を決め、肉片を指先で摘み上げる。今更だ。既に妹紅の身体を傷つけたことには変わりない。ここでこの肉を口にするのとしないのと、どれほどの違いが生まれるだろうか? それに不老不死の存在に、善も悪も関係ない。そんなくだらない人間の感傷に囚われる必要など、元からありはしない。僕は人間を超える。人間を超えなきゃならない。……幻想郷に来て、自分がどれだけ小さな存在であるかを思い知った。人間を遥かに凌駕する存在というものを目の当たりにした。彼らから見れば、菫子も他の人間と同じ取るに足りない生物なのだろう。その事実が菫子には許せなかった。
菫子はもう一度だけ、名残惜しそうに肉片を見つめた。そして躊躇することなく、一息に口の中へと放り込んだ。口に入れた瞬間、濃密な鉄の臭いが一気に鼻を衝く。反射的に思わず吐き出しそうになり、菫子は慌てて自分の口を手で塞いだ。手に付いた血液が、菫子の顔をべっとりと汚す。目尻に涙を浮かべて悶えながら、菫子は肉片を咀嚼し始める。肉に歯を立てるたびに、生々しい鉄の味が鼻の奥まで刺しこんできて、脳まで犯されている気分になった。何度も吐き出そうと拒絶反応を示す肉体を、菫子は理性で抑えつける。これで名実ともに他の人間とは違う存在になれる。自分に相応しい、理想の身体を手に入れることが出来る。妹紅と同じ、不老不死の肉体になれる。それだけを思い浮かべて必死に顎を動かし、肉片を――蓬莱人の肝の欠片を、少しずつ体内へと送り込んでいく。弾力のある肉片はなかなか噛み千切ることが出来ず、いつまでも口の中に残り続ける。これ以上吐き気を抑えきれなくなった菫子は、口内に残った肉片を、唾液とともに強引に飲み干した。
「っ、ごほっ、けほっ、あぁ、はぁっ、……、これで、本当に不老不死になれたの?」
「だと思うがね。そうだな、ひとつ試してみなよ」
「試すって――」
怪訝な表情を浮かべる菫子に、妹紅が身振りで何かを示す。菫子が目線を移したその先には、妹紅の返り血に濡れた先ほどの短刀があった。まるで吸い込まれるように腕が伸びて、菫子の手が刀の柄を握る。短刀は心なしか先ほどよりも軽くなっているように感じられた。――試す。その言葉の意味するところを、理解出来ない菫子ではない。だが……。不安を露わにして、菫子は妹紅を見上げる。「大丈夫さ、俺が見ていてやる」妹紅は曖昧な微笑を浮かべて、菫子を見つめている。
頭の一部が麻痺したような感覚だった。菫子は考えるのも億劫になっていた。ただ、妹紅を見ていると自然と心が安らいでいくのだけが感じられた。落ち着いた気持ちで短刀を逆手に持ち替え、両手でそっと握りしめる。自分がこれから何をしようとしているのか、菫子には分からない。
分からないまま、短刀を自身の腹部目掛けて思い切り突き刺した。
「うっ!? ぐっ……うぅ、あっ、がっ! か、はっ」
最初に感じたのは細さだった。一瞬感じたそれを踏み潰すかのように、激痛が腹部から全身を一気に駆け巡る。喉の奥から悲鳴が吐かれる。痛みだけが全身を支配する。頭の隙間まで激痛に犯されて、何も考えられない。真っ赤な血液が、傷口からどくどくと流れ落ちていく。痛みで何も考えられない。心臓が跳ね上がり、耳元で大きく唸りを上げる。叫びながら横一文字に薙ぐと同時に、投げ捨てるように刀を手放した。刀が引き抜かれても、焼きごてを押し付けられ続けているような激痛が消える気配は一向にない。胃袋がひっくり返るような感じがして、堪らず嘔吐する。酸と血の入り混じった強烈な臭いが、小屋の中に充満する。焼けつくような痛みは不安へ、そして恐怖へと次第に変わっていく。血と涙と涎と吐瀉物とで顔をくしゃくしゃにして、菫子は妹紅へと訴える。
「がぁ、あぁっ!? おっ、げぇ、えぐっ、はーっ、はーっ……、いっ、うぐっ! なっ、なんで……、やだ、いっ、痛い、痛いよ……」
「何でってそりゃあ、腹を刺したら痛いのは当たり前じゃないか。不老だろうが不死だろうが眠いときは眠い、腹が減るときは減る、腹を壊しだってする」
「も、こ、たす、けて、……死にたく、ない、いやだ、なんで――」
喉の奥から絞り出すような掠れた声。全身から熱が急速に奪われていく。混濁する意識の中で、焼けるような腹部の痛みと強烈な嘔吐感だけがいつまでも残り続ける。傷口からは太い紐のような内臓がどろりと零れ出ている。無意識の内に腹部に手を当て、飛び出したそれを体内に押し戻そうとするが、当然元に戻るはずもなく、気が狂うような激痛をより強くしただけだった。目の前で星屑のようなものが何度も瞬いて、視界を侵食していく。口の中に先ほど味わったような鉄の臭いを感じて、菫子は再び嘔吐した。
鮮血の海に座り込む菫子の傍に妹紅はさっと身を寄せて、今にも倒れそうなその身体を支える。吐瀉物の付着した菫子の口元を、自身の指先でそっと拭う。菫子は荒い息を吐きがら口を動かしたが、意味のある言葉が妹紅に届くことはなかった。妹紅は腹部から垂れ下がった内臓に触れないように気を払いつつ、菫子のスカートを捲り上げる。未だ穢されていない純白の下着が曝け出されるが、妹紅は躊躇することなく血で汚れた己の手をそれに掛ける。抵抗することなく露わになった男性器は小さく萎縮していた。妹紅は菫子の手を取ると、菫子自身のそれを握らせる。そして血液を潤滑油替わりにして、菫子の手をゆっくりと上下させ始めた。朦朧として虚ろな目を彷徨わせる菫子の頭を撫でながら、妹紅は愛しげに語りかける。
「ああ菫子、今のお前は本当に可愛いよ。お前の最初の死に看取れるのが俺で本当によかった。死にたくないのは最初だけだ。そのうち死なせてくれと願うようになる。そしてそれにさえ飽きるようになる。……俺はお前にどうして欲しかったんだろうな。俺みたいな存在になって欲しくなかったのか、それともお前となら永遠にいるのも悪くないと思ったのか。だから、お前自身に決めさせようとした。お前はまだ子供なのにな。卑怯だよな。これが永く生き過ぎた奴のやり方なんだ。……お前の選択が間違っていたかどうかは、まあいずれ分かるだろう。分かったところでどうしようもないかもしれんが」
妹紅がそっと手を離すと、菫子は蹲るようにして床に崩れ落ちる。自らが撒き散らした吐瀉物と血液に突っ伏して、菫子は痙攣するように身を震わせた。腹部から零れ落ちた内臓が、くちゃりと湿っぽい音を立てる。それでも菫子にはまだ息があった。倒れ伏し、今の自分に何が起こっているのか理解できないままに、股間への手慰みを続けていた。菫子が死ぬことはないのだ――これから、永遠に。妹紅は転がった短刀を手に取り、妹紅自身の血液と菫子の血液の両方で染められた刀身を一瞥する。血濡れの刀身の隙間から、鈍い光が僅かに反射する。血で汚れた柄を両手でしっかりと握り、妹紅は短刀を構える。切っ先を向けた先にあるのは、俯せになった菫子の姿。妹紅は慈しむような目で見下ろした。妹紅の身体には、最早かすり傷一つ存在しなかった。
「好意を持った奴の手で死ぬのは、上から二番目に良い死に方だと思ったよ。果たしてイキながら逝くのは何番目の死に方だろうね? ――さようなら、菫子。そして歓迎するよ、死ぬまで後悔し続けるといい」
妹紅が短刀を大きく振りかぶる。小屋の窓から差し込んだ月明かりが、血濡れの刀身を一瞬照らそうとする。短刀が振り下ろされる。風を切るような鋭い音。刀が肉を、骨を一度に切断する。重い物がぶつかるような、湿った鈍い音。静寂。静寂。
悲鳴は、ない。
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2015/07/04 06:12:51
更新日時:
2015/07/06 02:44:13
評価:
9/11
POINT:
900
Rate:
15.42
分類
産廃創想話例大祭C
妹紅
菫子
ショタ化
カニバ
セップク
こいついつも遅刻してんな
実は不老不死になれてない、なんてオチも妄想してしまいました。
アナルを使ってくれなかった事はちょっと残念でした
二人ともすごく精液濃そう
ショタ要素はあったけど、ほも要素は無かったですね。