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『異食症霊夢』 作者: 大宇宙の虚無

異食症霊夢

作品集: 12 投稿日時: 2015/07/29 14:20:14 更新日時: 2015/07/29 23:20:14 評価: 2/2 POINT: 190 Rate: 14.33
近頃の幻想郷は、嘘のように平和である。異変らしい異変もなく、妖怪達も大人しい日々が続いた。霊夢のところに最後の依頼が来たのが、三ヶ月前だ。それから彼女は、一銭も収入を得ることができていない。

晴れ晴れとした気持ちの良い日差しが、幻想郷中を等しく照らしていく。もちろん博麗神社も例外ではない。気温もちょうど良い涼しさで、外出するには最適の日和である。そんな中であったが、霊夢は外出する気になれないでいた。気分が乗らない、などという贅沢な理由ではなく、ただ単に空腹だったからである。
彼女の記憶の限りでは、台所にはもう、カップ半杯の塩と、2合分の米しかない。塩は湿気りきっていたし、米には米虫がうじゃうじゃ沸いていたが、そんなことに文句を言っている場合ではなかった。これから先、いつまで依頼が来ないのかわからないが、それまでに食料が尽きるのは確実だった。

そんな霊夢を見かねて、食料を持って来てくれた友人もいたにはいた。だがそれにも限りがあるし、霊夢のちょっとしたプライドが、それに頼り切ることを良しとしなかった。つい先日も、魚とキノコを大量に持って来た魔理沙と口論になり、追い返してしまったばかりである。今更素直になっても遅いように思われた。

霊夢の腹に巣食う虫達が宴会を始めた。キュルキュルゴロゴロドンドンチャカチャカ、彼女の腹から音がする。節約のため、最近の彼女は3日に2食しか食事をしていない。それもご飯がお茶碗一杯と、塩ひとつまみだけである。2日に1食にまで減らそうかとも考えていたが、この様子では難しかった。
空腹を紛らすため、霊夢は爪を噛んだ。その瞬間、彼女の頭に、ある天才的なアイデアが浮かぶ。


この爪を食べてしまえばいいのではないか?


いやいや、でも、と彼女は頭を振る。そんなことをするくらいであれば、まだ友人達に頼った方がマシである。人間としての何かが失われてしまう。
それでも、1度食べたいと思ってしまったら、その気持ちを振り払うことはできなかった。しばらく切っていなかった、長い爪が霊夢を誘惑する。唾液に濡れて、爪はてらてらと光っている。霊夢の頭に、「私を食べて!」という声が、うるさい程に響く。いや、直接耳に飛び込んでくる。



「私を食べて!」



やがて霊夢は、自分の手を、おずおずと口元に運んだ。右手の中指をしゃぶるように咥え、歯で爪を撫でる。指と爪の間に限界まで歯を入れ、そして、いつもよりも強く噛んだ。意外と弾力があり、一回では噛み切れない。二回、三回と力を入れて噛み、ついに爪の端が切れた。その調子で、どんどん爪を噛み切っていく。もう一方の爪の端を噛み切ると、口の中に、固く、細く、弧を描いた物体が転がり込んだ。
魚の骨のようである。そのままでは喉に刺さってしまうと思い、彼女は爪を細かく噛み切っていった。小動物のように前歯をうまく使うと、さっき指から切り離した時よりも、いくらか楽に刻むことができた。味らしい味はしなかった。
久しぶりの食事は、ひどく惨めなものだった。しかし、霊夢の体は正直にそれを喜んだ。食べる、ものを噛む、という本能に基づいた充足感が彼女を支配した。

彼女は細かくなった爪をしばらく舌で転がしていたが、満足したのだろうか、ある時それらを飲み込んだ。喉にザラザラとした感覚が走る。霊夢は小さくむせた。
ギラついた目が手の指に注がれる。まだ爪は9本分も残っている。そう思うと、いてもたってもいられず、指を咥えこんだ。


手の指の爪を全て食べ切ってしまった後、足の爪に興味が行ったのは必然のことであった。足の爪は手の爪よりも幾分かぞんざいに扱われているようで、随分と長い間伸ばしっぱなしになっていた。
少し臭い足に顔を近付け、少し苦しい体勢で左親指の爪を噛んだ。足の爪は彼女が思っていたよりもかなり固く、この体勢のままでは噛み切れそうもなかった。不服ではあったが、彼女は爪切りを使うことにした。

小気味好い音を立てて切り取られたその爪は、固く、大ぶりの立派な爪であった。若干黄ばんだそれを、霊夢は躊躇うことなく口に含んだ。噛みごたえは申し分ない。爪の垢の塩加減が絶妙だ。いくらでも食べられそうに思う程、美味に感じられた。唾液が洪水のように押し寄せ、爪をふやかしていく。数十分かけて丹念に咀嚼し、ついに霊夢は足の親指の爪も飲み込んだ。

なんという満足感だろう。霊夢は満たされていた。こんなに素晴らしいものがこの世にあったとは。この時ばかりは、2合分の米も、カップ半杯の塩も、霞んで見えた。爪であれば、食べきってしまっても、また生えてくるのだ、と思うと、顔がにやけてしまうのを止められなかった。


明くる日も、霊夢は爪を食べた。空腹に任せて、昨日食べ残した爪を、その日のうちに全て食べてしまった。


そしてその次の日、霊夢は少し困ってしまった。もう食べられる爪が無かった。伸びるまで、まだしばらく時間がかかるだろう。諦めて米を炊こうとした時、ふと彼女の目にあるものがとまった。爪と指の肉との境目で、皮が少しめくれていたのだ。少しひりひりするかもしれないが、爪も皮膚も似たようなものなのだから、食べられるだろう。「私を食べて!」という皮膚からのラブコールに、今度はあまり迷うことなく従った。
台所の棚から、爪楊枝を1本取り出す。それを皮の境目に入れ、皮を剥こうという算段だ。少しでも手元が狂えば、爪と肉の間に爪楊枝が刺さってしまうかもしれない。そう思い、彼女はできる限り慎重に皮を剥いていった。意外と痛みは無かった。ただ、皮の剥けたところは、外気に対して少し敏感になっていた。
指の腹に達すると痛みを感じたため、霊夢はそこで皮を剥くのをやめた。そして、恐る恐る噛み切る。当たり前だが、爪よりはやわらかい。味も違う。ほんのりとした汗の味がする。指紋が舌に気持ち良かった。
指の皮も、ひとしきり満足したところで飲み込んだ。こうなっては、後は言うまでもない。全ての指の皮を、剥いて食べてしまった。

霊夢は、引き返せないところに来てしまったかなあ、とぼんやり思った。





食料を突き返されてしまった魔理沙は、あの後、ある複雑な魔法に取り掛かっていた。その魔法がひと段落つき、もう霊夢の怒りも冷めただろうと、魔理沙は博麗神社に行くことにした。
茶菓子を持って石段を上がると、妙に静かすぎることに気が付いた。社殿に近付くにつれ、違和感が強くなる。霊夢の身に何かあったのか。不安になり、魔理沙は急いで居住空間へと向かう。戸を開けた瞬間、少女らしい悲鳴が、幻想郷中に響き渡った。


霊夢は永遠亭に担ぎ込まれた。飢餓により意識を失ってはいたが、命に別状は無かった。永琳が魔理沙に告げたところでは、栄養を与えれば身体の方は回復するが、精神の方には異常が残るかもしれない、とのことであった。
不幸な偶然が重なった結果だった。この十数日間、理由は様々であったが、人妖の誰一人として博麗神社に赴けなかったのだ。誰のせいというわけではない。そう理解はしていても、霊夢の友人達は皆心を痛めた。魔理沙はなおさら辛かった。病室の寝台に横たわる霊夢を見る度に、自責の念にかられるのであった。
霊夢は寝台に手を縛り付けられていた。そのままにしておくと、いつ異食症の症状が出てしまうかわからなかったからだ。手足の爪はボロボロで、指の皮は出血するまで剥いた痕があった。髪や体毛を食べた形跡もあり、実に痛々しい姿になっていた。
霊夢に付きっ切りの魔理沙は、ずっと同じ思考を繰り返していた。あの時、無理にでも食料を渡していれば、いや、どこかで一度霊夢のもとを訪れていたら……………。今更どうしようもないことを悔いて、魔理沙は爪を噛む。その様子を、霊夢があのギラギラした目で見つめるのであった。
アリスは落胆した。綿密に準備したはずの魔法が、発動しない。どこにミスがあるのかすらわからない。彼女は唇を噛んだ。


アリスが爆発した。
大宇宙の虚無
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2015/07/29 14:20:14
更新日時:
2015/07/29 23:20:14
評価:
2/2
POINT:
190
Rate:
14.33
分類
霊夢
指の皮
異食症
魔理沙
簡易匿名評価
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POINT
1. 90 名無し ■2015/07/30 22:50:17
脈絡ないアリス爆発に懐かしさを感じる
2. 100 名無し ■2015/08/01 20:17:45
気味が悪い
もちろん良い意味で
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