喰いつめ保安官もみじ　最終回

＜友人の証言＞

あの頃の椛っていうのは、本当に困っていたの。
何かっていうと、失業の恐怖ね。哨戒の仕事が無くなるの。
見ての通り、今の山は平和だわ。
それもこれも、あの機械警備システムが導入されてから。
機械が敵をセンサーで判断して自動で撃つなんてどうかしてるわ。
非人道的じゃない？
敵か味方かを、容赦なく人工知能が判断するようになったの。
もう密猟なんてする奴は居ないんじゃない？
だって密猟者は全員「システム」に射殺されて、失業の不満を述べるものはいなくなったもの。
あら、印刷工場から電話だわ。ごめんくださいませ。



＜観光ガイドの天狗の案内＞

本日はようこそ、天狗本庁へお越しくださいました。
実は皆様の目の前の空地には、天狗タワーという大きな展望塔があったのです。
しかし10年前、不慮の事故と、耐震強度とコロナ対策を理由に、解体されました。
現在この地域において、過去の展望塔の図画や写真を出版することは、禁じられています。
しかし、お客さん！
私は、その当時の写真をいつでも画面に出すことができるのですよ。ふふふ……、私だけの写真。
いえいえ、どれだけお金を積まれても無理ですってば。


＜天狗本庁法務局　国境警備課　課長代理の証言＞

あ、いえ、彼女には決して強制はしておりませんでございます。
わたしが哨戒の仕事を辞めて、事務員に転属を推奨したことはあります。
でも、それは命令ではありませんよね。
同時期に導入された新型哨戒監視システムとは関係がございません。
彼女自身が、様々な状況を考慮し、いちばん待遇の低い事務員に、自ら転属したのです。
あの、ちょっと10年前の話で、そのへん記憶があいまいでして……
ええ、彼女はとても優秀な事務員でございました。
職務内容ですか？
おーい兵隊！ちょっと人事録を持ってこい！（ぶっきらぼうに）
いや、失礼。
パラパラパラ…あ、ありましたね。
「郵便開封」です。
ハサミで郵便を開ける仕事ですね。立派な仕事のひとつですよ！


＜人質となった天狗の男児の供述＞

とてもよく、はれた日でしたた。
ぼくは、お父さんと、てんぼう台にあそびに行きました。
上までのかいだんをのぼると、へやの全ぶがガラスでできていて、
ぼくたちがすんでいる山だけでなく、
はくれいのじんじゃ、人げんのすんでいる村のけむり、
げんそうきょうの大きな、きれいな風けいにびっくりしました。
ぼくはまだ、とぶことができないので、こんな風けいははじめて見ました。

お父さんは、かわやへ行くといって、かいだんをおりました。
しばらくすると、だれかが、かいだんをのぼってきます。
知らないおねえさんが、たくさんの長いぼうを持って、かいだんをのぼってきました。
おねえさんは、てんぼう台にぼくひとりだけなのを見ると、
　　「ぼうや、ひとりだけ？」
とたずねました。
ぼくは、
　　「はい」
と答えると、おねえさんは、
　　「よかったね」
と言いました。

それからあったことは、よく思いだせません。
どうしても思いだそうとすると、頭の中がとてもキリキリといたくなって、まっ白になります。
思いだそうとするのを、からだが、むりやりしばりつけている気もちです。

おねえさんは何かさけんでいましたが、
ものすごい音がドンドンとひびいていて、
たくさんの、大人のてんぐや、ようかいの、頭や身体が、トマトみたいに、はれつしました。

思いだしたときには、おねえさんは、ぼくの手をとって窓のほうにいき、
　　「見ろ、これが大人たちの望んだ最期だよ」
と言いました。
ぼくは、そのことばのいみが、よくわかりません。
でもさいごに、おねえちゃんは、
　　「生きるか？」
と聞いてきたので、ぼくは、
　　「うん！」
と答えました。

そして、おねえちゃんは長いぼうを頭に当てると、当てると、えっと、
ここからも思いだせません。

おねえちゃんは、自分がただしいと思うことを、やったのだと思います。

もう話すのには、つかれました。
いつになったら、パパやママに会わせてくれるのですか。
こんなせまい部屋は、とても息がくるしいです。
あなたたちは、ぼくをきちがいだと言いますが、ぼくはきちがいではありません。
ここから出してください。