偶には洋酒で月見などいかが

今日は十五夜。

晴天に恵まれ、中秋の名月が大きく美しく夜空に君臨していた。



永遠亭の一応は敷地内である広場。
ここに、こじんまりと縁台がしつらえられ、
何人かの人影が腰をかけていた。

屋敷から離れたここまでは、因幡達の陽気な餅搗き歌も微かにしか聞こえてこない。



「地上から見るぶんには、月も美しいものね」

ほう……。

八意永琳は少し酔ったのか、顔を赤らめ、やや目を潤ませて天空の満月を見上げていた。



「この姿で月を愛でるのも、偶には良いものだ……」

一対の角。

ふさふさの尻尾。

普段は人里の知識人である上白沢慧音は、
満月時には気性の荒い獣人となるワーハクタクであった。

だがしかし、今夜は知識の塊であるハクタク本来の性格であろう穏やかさで月を見つめていた。



「宴会ではなく、静かな月見ってのも、オツなものね」

からん、とグラスが鳴った。

楽園の素敵な巫女、博麗霊夢は、皆と同じように、ウイスキーのオンザロックをちびちびと舐めていた。

永琳がアイスピックで削って作った氷の球体は、かつてのまがい物の月を連想させたが、
その透明さは、まさに真の月に匹敵するものであった。

異国の紳士と斜めに貼られた赤帯が特徴の四角いビンからとくとくと、
霊夢は手酌でウイスキーをグラスに継ぎ足し、
半ばほど顔を覗かせた氷の月を琥珀の海に沈めた。



後二人、静かな月見をしている者達がいる。

永遠亭の名目上の当主であり、不死身の蓬莱人である、蓬莱山輝夜。

彼女を仇敵として、常日頃から殺し殺される間柄の、これまた蓬莱人である、藤原妹紅。



二人は、ただあんぐりと口を開け、

目の前の酒にも手をつけず、

仲良く月見をしていた。



二人が静かなおかげで、皆、穏やかな気持ちで月の鑑賞を楽しむことができた。



グラスを何度も干しているうち、酒好きの小鬼の悪戯か、氷の月がやせ細り砕けた。



これにて、月見はお開きとなった。

各人ご機嫌で自宅に、或いは永遠亭の本館に帰っていった。



輝夜と妹紅は、仲良く並んで、

いまだ飽きずに天を仰いでいた。










永琳から後片付けを命じられた彼女の弟子である、鈴仙・優曇華院・イナバは、
労働前に、月見会場に残された酒食で腹ごしらえをしていた。

誰かのグラスに残っていたウイスキーは思ったより溶けた氷で薄まっておらず、
鈴仙の空きっ腹に沁みた。



移動式の調理台から湯気の立ち上る丼を手に取り、座って食べようと縁台に向かった鈴仙は、

酔ったのか、足元がふらつき、

輝夜と妹紅に躓いてしまった。



地面の上の敷物から二人の生首は転がっていき、

その拍子に二人の後頭部に貼られていた、リザレクションを阻害する札が剥がれてしまった。





永琳と慧音が企画した、輝夜と妹紅の親睦を深めるための月見会であったが、

案の定、二人は顔を合わせた途端に罵り合い、後、殺し合いをおっぱじめてしまった。

こんなことは予測済みで、輝夜と妹紅が相打ちになったところで、

『保険』として招いた霊夢の術によって、

二人は頭だけの状態で復活を阻止されてしまった。



二人の『おいた』が過ぎるようであれば、彼女達抜きで月見を挙行する事に、当初からなっていた。



輝夜と妹紅は、殺し合いの最中で、時が止まっていた。

月など見ていなかった。



五体満足で復活した輝夜と妹紅。

殺しの時間が、再び流れ出した。



躓いた拍子に地面にぶちまけてしまった、鈴仙の夜食。

月見うどん。



鈴仙は、

ツキに、見放された。



爆音や、殺し合いに巻き込まれた不幸な誰かさんの悲鳴は、

宴もたけなわのてゐ達因幡や、

就寝前の読書に勤しむ永琳の耳に届くことは無かった。