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『姫の戯れU』 作者: んh
注意 東方神霊廟の4〜6ボスが出ます。5ボスが主役です。EXボスはでません。神霊廟未見でネタバレを嫌う方は、また後日お読みください。
また、まだ解釈途上の新キャラゆえの強烈な妄想が入ってますので、ご注意を。
「あー、失礼つかまつる。この度この幻想郷に越して参った、物部布都という者だが」
竹林に妙に格式ばった声が響く。横にいた霍青娥は、その仰々しい口ぶりに思わず苦笑した。ちょっと気恥ずかしかったのか、布都もむっとした表情を返す。
「お待ちしておりました。布都様と、青娥様、それに豊聡耳様でいらっしゃいますね。」
玄関から顔を出したのは八意永琳。丁寧な物腰に布都は満足げな表情を浮かべる。それは後ろに控える豊聡耳神子の徳にふさわしい応対と映ったからだ。彼女にとって神子は絶対の存在である。
「ささ、中で姫がお待ちです。どうぞ。」
布都が永琳と知己を得たのは人間の里での布教がきっかけだった。ちょうど神子の偉大さを知らしめんと里へ赴いていた最中、永琳の方から声を掛けられたのである。
布都は彼女がたいそう腕の立つ薬師であるということだけは人づてに聞かされていたが、特に何か接点があったわけではなかった。もとより尸解仙を自称する彼女にとって薬など自前の丹があれば十分だったし、永琳が人妖関係なく診ているということも聞かされていたので、どこか胡散臭い目で見ていたこともあった。
彼女にとって妖怪というのはあくまで退治すべきものでしかなかったわけである。しかし永琳が持ちかけてきた相談は正にその信念に沿うものであった。なんでも彼女の主である姫君が人ならざる奇っ怪な存在に命を狙われていて、困っているというのである。
「たいそう徳の高い方々が幻想郷の人を救うべくこの地に越してきたと伺いまして……どうかお助け願えませんでしょうか」と切実な顔で乞われれば、元来自信家の布都である、後は簡単な話だ。神子の力を幻想郷に示すため、またとない機会と考えたのもあったのだろう。
長い長い廊下を抜け、3人が通されたのはこれまた広い客間であった。外から見た時からは想像もつかぬほど広々とした屋敷に布都は一瞬疑念を覚えたが、あまり詮索はしなかった。別の事柄に気を取られていたからだ。一つは廊下で何度も妖怪兎とすれ違ったこと。人である永琳と妖怪が共棲しているという事実――これは今の幻想郷ではめずらしくもなくなりつつある光景だが――に、やはり布都は不自然さを感じずにはいられなかった。そしてもう一つ、先程から神子の顔色が優れないということも気になっていた。それは玄関を通されてから廊下を渡る時もずっと変わらなかった。
客間は屋敷の奥にあるのだろうか、光の少ない、どこか物寂しい空間だった。敷き詰められた畳が遥か彼方まで伸びていて、薄暗い室内では最果てがどこなのかも窺えない。間取りは布都たちからすればかなり新しく見えたが、現代の基準からするとかなり古く、歴史の重さを思わせるつくりである。にもかかわらずそこに全く朽ち折れた調子が見られないことに、布都はなんとも言えない格調高さを感じていた。
「お待たせいたしました。ようこそ永遠亭へ」
永琳の淹れた茶を飲みながらしばし待つと、ようやく奥からこの屋敷の主人が顔を出した。それは布都や青娥はおろか神子さえも一瞬見とれるほど美しい、見事ななりをした少女であった。床に着くほどの長い黒髪は、身につけた風雅な衣がくすんで見えるほどの輝きを纏い、一点の歪みのない造りの顔に浮かぶ表情はまさに珠と喩えるにふさわしい。
「蓬莱山輝夜と申します。本日はこちらからお呼び立てして大変申し訳ありませんでした。」
神子達の真向かいに腰掛けた輝夜は、そのまま流れるような所作で頭を下げた。それは完璧な立ち振る舞いであったが、布都はどこか不服であった。いくら自分の屋敷とはいえ神子を待たせるというのは失礼に思えたし、それに輝夜の応対は見事なまでに洗練されているがどこか白々しくも映ったからである。それは横に座る青娥の目にも同じように映った。二人からは前に座る神子の感情は読み取れない。しかしその背中からはやはり落ち着かない様子が窺えた。
「――して」通り一遍の挨拶を済ませ、布都は威を示しながら口を開いた。「本日伺い奉った用件であるが、なんでもお主の命を付け狙う不届き者が居るとのこと。詳しく事情を話しては下さらんか。」
「はい」またやたらしおらしい様子で輝夜は返す。「お恥ずかしい話にございます。なんでも父の恨みと言って、一人の娘が私のことを殺そうとこの竹林に身を潜めているのです。怪しげな術を使い、背中に炎の翼を纏わせながら、満月の頃になるとこの屋敷に攻め入ってくるものでして、おそろしくて寝ることすらできませぬ。」
「なるほど。それは確かに恐ろしいことでありましょう。しかし、その父の恨みというのが道理にかなったものであるのなら、いくら豊聡耳様とて手立てはできません。そうでありましょう?」
青娥の呼びかけに、神子ははっと肩を動かした。
「……あ、そうですね。その恨みとは、いかなるものなのでしょうか。」
「それもひどい話にございまして」今度は永琳が引き継いだ。「その娘の父親が、姫に望まぬ婚儀を申し込んできたのでございます。姫は家の決まりで徒に結婚できぬ身であったのですが、それでもしつこく迫ってきますので、一つ難題を与えたのです。珍しい品物を持ってこられるか、それほどまでに姫のことを想っているのか確かめるため。
そうするとその男、贋物をこさえて持ってくる始末でございまして。その謀りを指摘し改めて求婚を拒んだところ、父親がひどい恥をかかされたとその娘が怒ったそうなのです。今では鬼女に身をやつし、恨み晴らさんと隙をうかがっているという次第で。いつまでも、いつまでも」
「ふむ……」
布都は腕を組んだ。事情を聞くに彼女たちに非はないように思える。それはちらと視線を送った青娥も同意見のようだった。神子はまだ戸惑っているふうに見える。らしくない逡巡を疑問に思いながら、布都は何気なく尋ねた。
「して、その娘はいつごろからお主の命をつけ狙っておられるのか?」
広い客間が一瞬だけ静かになった。輝夜は一つ呼吸を置いてから、ゆっくりと答える。まるでその問いを待ちわびていたかのように、うっすらと微笑みを浮かべながら。
「はい。かれこれ……1000年ぐらいになりましょうか。」
また沈黙。布都も青娥も、返された言葉の意味が理解できなかった。
「――帰りましょう」
呆然とする二人の前で、神子が憤然と立ち上がる。布都たちはますます場の状況に取り残されたまま、立ち上がった主の裾をさっと掴む。
「太子様、いったいどうなされ――」
「申し訳ありませんが、この話はなかったことにしましょう。君達は、なんというか……禍々しい。」
「豊聡耳様!」
「さあ二人も早くお暇を。この方々からは一切が聴こえません。この者たちは生きていない。いったい君達には欲というものが――」
布都の視界が歪む。強烈な眩暈に、目の前の神子が横転したように見えた。
「――本当に判っていないようですね」
霞む感覚に届く声。はらわたごと握り潰されたような、ぞっとする低い声。布都はようやく気付く。目の前でもんどりうっている神子や青娥は、自分の見間違いなんかではないことを。
「やっぱり地上の土くれなんてこんなものよね。」
さっきとは別の声。心の底からひねり出された、甲高い愉悦。なのにさっきよりずっとおぞましい。布都は目の前にあった湯呑みを畳に転がしながら、己が主を守るため屋敷の主の前に躍り出ようとした。足をもつらせ惨めに転倒した彼女の視界を覆ったのは、神々しく微笑む輝夜だった。
「よく効いてるじゃない。仙人用の毒薬。さすが永琳ね。」
その声に一顧の感慨を見せる気配もなく、永琳は弓を構え、放った。青娥に向けて。
「ひぐぅっ!!」
矢は肩を、腹を射抜き、それでもまだ止まない。飛び散る血沫はやがて畳を朱に染め抜いてもなお余るほどになった。輝夜は目の前でのた打ち回る神子を掴み上げ、強かに殴りつけた。奇怪な音を響かせながら神子の細い体が畳に潰れる。
「やめろぉっ!!」
布都はわけもわからぬまま叫んだ。本能的に輝夜の足を掴み追撃を止めようとした彼女を満足げに見下げた月の姫は、その前にゆったりと腰を落とす。
「ねえ、物部? あんた本当に判ってないわけ?」
「黙らぬかっ! この狼藉者め。それ以上太子様に手を出すな!!」
「なにやってんだ布都!!」
暗かった部屋に閃光が走る。それは雷。布都の頭上に浮かんでいたのは蘇我屠自古だ。天から落ちた雷撃は真っ直ぐ輝夜と永琳を射抜いた。炭となった畳に残っていたのは焼け焦げた黒塊だけ。
「屠自古か! た、助かった……」
「早く立て! 私は太子様を――」
だが、布都に舞い降りた希望は正にその刹那だけだった。神子を介抱しようと振り向いた背中に襲い掛かったのは、青娥の時の倍はあろうかという、矢の束。
「……ぐふっ」
「と、屠自古……?」
「――あら、まだなんかいたの?」
布都はもう訳がわからなかった。矢の飛んできた方向から聞こえてきたのは、もう聞こえないはずの声だったから。
「霊体のようですね。今除霊をしましょう。」
「ありがと、永琳」
立っていたのは輝夜と永琳。さっき雷に打たれて炭になったはずの二人が、何事もなかったように会話を交わしている。布都は本能的に身をよじる。だが輝夜が逃がすはずもない。首を押さえつけ、すっころがった布都を見下ろしながら、嬉々とした口調で先程の問答に戻る。
「▲△×……これでも判らない?」
猛々しかった布都の表情がその瞬間瓦解した。怒りで真っ赤だった顔がみるみる青ざめ、おろおろと狼狽した視線が輝夜の珠のような笑顔を見上げる。無理もないことだった。その言葉――物部氏の中でもごく限られたものしか知りえないはずの、普通の者には発音することさえできない秘中の秘――それをこんなところで聞かされたからである。
「ニギハヤヒ、そう言った方がいいかしら? あんたらの氏神、ウマシマジの父親。当然知ってるわよねぇ? その昔、あんたら物部の連中を天磐船に乗せてやって月まで案内し、わざわざ秘術まで教えてあげた大恩人の名前。ねえ、八意××?」
そして後ろに立つ永琳に軽く目配せする。永琳は立ったまま、突っ伏したまま痙攣する屠自古に除霊の札を貼り付ける。その体は音もなく溶けていった。
「またそんなふうに呼ばれる日が来るなんて思っても見なかったわ、輝夜。まあその顔を見るに子孫には伝えてなかったってところかしら。ニギハヤヒ、▲△×の師の真名なんて。」
そしてくすくすと笑う。およそ人間ができるとは思えない蔑みに満ちた冷笑を。布都はガタガタと、もう完全に怯えきっていた。今自分が、そして自分の主と先導者がどんな状況にあるか、今目の前で長年の臣下がどんな末路を辿ったかということも忘れて。
「よおやく事態が飲み込めてきたみたいねぇ、物部?」輝夜はそれまでの芝居がかったそぶりが嘘のように生き生きと続ける。「あの時、私たち月の民は、あんたらの氏族に力を与える代わりに何を命じたっけ? ほら答えて? それとも頭に蛆が湧いて忘れちゃったのかなぁ」
「も、もももうしわけありません……もうしわけ……」
蚊の鳴くような声で戦慄く布都。そこに先程までの尊大な物腰はなかった。彼女とて自分が行った裏切りの意味がわかっていないはずもない。
「別に謝れなんて言ってないんだけど。覚えてるの? ねえ?」
「お、お覚えています!! わすっ、忘れなど致しません。我らを大和の支配者として推挙してくださったご恩を、わ、忘れるわけが……」
もう見苦しいほど動揺して、布都は声を裏返す。向けられた返事にうっとりとした表情を浮かべ、輝夜は元奴隷の襟首を掴みあげた。
「そうよねぇ。正解。私達はニギハヤヒを遣い、天孫降臨に先だってこの穢れた大地を平らげた。そしてあんたら物部に寵愛を与え、大和を統べよと命じた。でーもー、救いがたいほどの役立たずだった物部ちゃんは、結局月夜見の懐刀であるアマコノヤネを侍らせたニニギに天孫降臨をむざむざと許し、おまけに神武の東征にも屈した。
おかげで月夜見とその息のかかった藤原の連中がこの国を押さえることになってしまったってわけ。そのせいで永琳やその弟子達が月でどれだけの迷惑を被ってきたか、考えたことある?」
「そう、おかげであの連中の取り巻きが月の覇権を奪い、それ以外は傍流扱い。藤原の氏神であるアマコノヤネがオモイカネと同一だっていう馬鹿げた噂まで広まったのよ。これほどの屈辱があると思って?」
「もうしわけございませんもうしわけございませんもうしわけ――」
「それも普通に争って負けたんだったらまだ仕方なくもあるわ。でもあんたは祖先が守っていた廃仏の思想を捨て世に仏教を広めた挙句、あろうことか道教なんぞに改宗した。あはっ、道教。この意味判んないわよねぇ、お馬鹿さんの物部には。」
そして布都に無理やり横を見させた。そこには涼やかな顔をした永琳と、髪を掴み上げられた血みどろの青娥がいた。
「ほぉら、よく見なさい物部」輝夜は布都に囁きかける。「あんたを唆した道士。不老不死の仙人様。あんたはあんなものになりたくて、私たちを裏切ったのよね。嫦娥、ああ物部のちんけな頭でも理解できるように言ってあげると太陰星君だっけ? あんなこそ泥を月の神と崇めてる道教の仙人様に。ふふふっ……でもね物部。どれだけ行を積もうと丹で力を保とうと、仙人の不老不死なんて私から見ればゴミみたいなもの。行を怠ればすぐ朽ちてしまう体なんて、永遠には程遠い。」
永琳は無言のまま、小瓶を取り出す。入っているのは不老長寿など一瞬で滅する劇薬。
「お、お助けを……なんでもしますなんでもしますからぁ……だから命だけは……」
奥歯を鳴らしながら頭を振り乱す青蛾、永琳は手慣れた様子でその口を抑えつけ、瓶の液体を無理やり飲ませた。
「残念だけど、あの女の信徒を見過ごすわけにはいかないからね。さようなら」
そのまま無慈悲に青娥を突き飛ばす。残り僅かになった時間に彼女ができたことは、畳の上で這い回ることぐらい。
「やだぁっ! 芳香! ょじがはどこ!? はやぐぅっ、だれでもいぃがら早ぐだすけて……い゛や、じにたぐなぃ、わだじ死ぐぃ、だぐ……だ……だじゅ……」
それが最期だった。後はなにやら訳のわからない呻き声を漏らしながら、時折り痙攣するだけだった。布都の足から力が抜ける。もはや彼女は輝夜に掴んでもらわなければ姿勢を保っていられなかった。
「ほら、こっち見て物部」輝夜は優しく布都を呼ぶ。振り向いた先には小さな薬瓶があった。「さっき私たちが黒焦げになったところ、ちゃんと見てたよね? そうなの、私たち死なないの。だって月の民からすれば不老不死なんて児戯。この蓬莱の薬があれば、貴女の願いなんて簡単に叶ってしまう。一本飲めば四肢に力がみなぎり、二本飲めばどんな怪我でも治る。三本飲めば体は老いず、四本飲めば永久に朽ちることのない体となる。」
「あ、ぁあ゛……」
「ちゃぁんと私達に忠誠を誓い続けて、私達の望む通りに事を為していたのなら、貴女にもこの薬を飲ませてあげたのに。それを目先のことしか考えない低脳な振る舞いのせいで、せっかくチャンスを逃しちゃった。仙人ごときで満足しちゃって、真の不老不死をもたらしてくれるはずだった大恩人を裏切っちゃった。ねぇ、物部。下賎な土ぼこりでしかない貴女でもさすがにもう判ったわよねえ。自分がどれだけの大馬鹿者か。」
輝夜は満足げに嗤う。目の前にある惨めな顔は、暇潰しのおもちゃとしては最高だった。まん丸の瞳孔をうろつかせ、あけっぴろげの口から涎をたらしながら、もはや泣くこともなく不気味な声を立てていた布都に、小さな嘲笑がとぶ。永琳だった。
「けど輝夜、やっぱりよく似てるわね。あの時求婚してきたこれの子孫に。」
それは思い出し笑いだったらしい。輝夜もわずかばかり記憶を漁ってから、懐かしそうに微笑み返す。
「石上麻呂だっけ? 燕の子安貝を持ってこいって言ったら燕の糞を持ってきた、ふふっ、あれは傑作だったわね。」
「そうそう」永琳は笑みを絶やさず言った。「まあ糞でも持ってきただけましかしら。これは貰うだけ貰って泥を引っ掛けたんだから。」
「そうよぉ物部。何か言うことはないの? 私達にさぁ」
そう言って輝夜は布都から手を離す。ふらふらと崩れ落ちた彼女のスカートには大きな染みがあった。漏らしたことも気に掻けず、布都は鼠のような素早さで血みどろの畳に額を擦り付ける。
「も、もうしわけ……申し訳ございませんでした!! 違うのです。私は、畏くも天上人様から拝受した御言葉を片時とて忘れたことなどなかったのです!! ほんと、本当です!」
「あらぁ、じゃあなんで尸解仙なんかになろうとしたわけ?」
「ち、違うのです……そ、そう! こいつが、全部こいつが悪いのです!」と布都は永琳に踏まれて身動きが取れない神子を指差した。「こいつが、私を唆して、実験台にしたのです! 不老不死になるためとか言って……私は反対したんです。やんごとなき方から享け賜った勅語を守るため、道教などに手を染めたくないと……でもこいつが無理やり!!」
「布都! 君は何を言っているのです!?」
「黙れっ、黙れ黙れペテン師が!!」
と、畳に押し潰されたまま喚いた神子に向かって忌々しげに吐き捨ててから、布都は震える両手を組んで、再び輝夜にひれ伏した。
「本当なのです姫様。我は物部の姓を、その使命をないがしろにしたことなど一度たりとてないのです。こうして現世に立ち返ったのも、今こそニギハヤヒノミコトの御誓願を、かくも麗しき皆様方のための大和を再興せんがためなのです!! どうか、どうかお許しくださいっ! 我に、もう一度挽回の機会を賜りくださいませっ!!」
血と尿で穢れた畳に頭を押し付け、組み合わせた両の手をその上に差し出しながら、ろくに呂律の回ってない調子で必死に喚きたてる布都に、輝夜は小さく溜息を返す。それは失望というより、恍惚さが漏らした吐息だったのかもしれない。すっと直立した輝夜は、その足でかしづく下民の頭を踏み潰す。
「それだけ? もっと頼み方ってものがないのかなぁ? ねぇも・の・の・べ」
「どうか、どうか御慈悲を。我の、いやわたくしめのこの体は全て、恐れ多くも神々しき姫様のものにございます。姫様に生涯忠誠を誓い、この命全てを姫様のために捧げとうございます。本当にございます!! 穢れた生まれであるわたくしめなぞ、仰ぎ見るのも憚られるほどのやんごとなきお方に在らせられる姫様の道具として御奉公させて頂くだけでももったいなきことなのです!! 御神の道具という余りある立場を拝受したその名誉だけが、わたしくめの生きる全てなのです!」
ふっと笑みを落とす。踵でぐりぐりと、結わえた後ろ髪をもてあそんでいた輝夜は、そのままつま先を使って地面に貼り付いていた布都のへつらい顔を持ち上げる。
「ねえ物部。あんたのきったない頭踏んでたら足が穢れちゃった。どうしたらいい?」
そして足指を鼻先に押し付ける。すぐさま意図を酌んだ布都はいっぱいの笑みを造って叫んだ。
「は、はい! 今すぐこの舌で、おみ足を清めさせて頂きます!」
「清めるぅ?」
ずっと嗤っていた輝夜の顔がさっと歪んだ。開いたままだった口ごと蹴り上げるように、つま先を突っ込む。
「あんたが、私を清めるですって!? 立場わかってんの? ねえ物部、あんた自分がどういう存在か、まだわかってないわけ? どんだけ頭悪いの? どんだけ私を失望させれば気が済むのかなぁ、ほら返事は!?」
喉奥まで荒々しく犯されて、布都が言葉を返すことなどできるはずもない。まともに息さえ吸えぬ彼女にも、すぐ横でじっと自分のことを見下ろす永琳の眼光はしっかと見えた。それは目が合っただけで命を凍てつかせるほど冷酷で、およそ生き物に向けていい視線ではなかった。布都は悟る。もし今度なにか礼を失することをのたまえば、間違いなく彼女は自分を殺すだろうと。それこそ羽虫を揉み潰すよりあっさりと、何の感慨もなく。
ようやく口から出た輝夜の足は、くるぶしのところまで唾液でぬらぬらと光っていた。唾液と鼻水と涙で顔をぼろぼろに浸しながら、布都は喘ぎ喘ぎ返答する。
「ぼ、ゴフォしわげござぃませんでした……わたくしめはゴミです。雲上人で在らせられる姫様の御前では、本来息をすることも赦されない虫けらにございましゅ……そのようなわたくしめに触れてしまったその高貴なおみ足を、畏れ多くもかように不浄な唾液にて穢させて頂くという聖恩を賜り……本当に、本当に言葉で言い表すことのできぬほどの感謝でいっぱいにございます。腑の底の底まで腐り果て、悪臭を撒き散らす醜悪な穢れそのものであるわたくしめも、畏くも姫様の高邁なる叡慮によってその穢れを払うことが、できたのですぅ……だから、どうかお許しをぉ……」
今度はべちゃべちゃに泣きながら、頭を振り回し必死に命乞いする。もうそこにはかつての彼女を思わせるものは一つもなかった。一連の光景を呆然と見つめるしかない神子にも、それはとうてい現実の世界で起きていることには思えなかった。
「わたしはね、物部」そっと、輝夜は声を落とす。「別に貴女を恨んでたりはしないのよ。あまりの忘恩にちょっと腹が立っただけ。だからあんたがちゃぁんと改心してくれれば、もう気にしないわ。だって月の民はとても慈悲深いんですもの。そうよねぇ物部?」
「はい!! 仰せのとおりにございます! 畏くも姫様はわたくしめなぞがおしはかることができぬほどの御慈愛を日々地上の賎民に注がせられています!!」
「そうよね。よくわかってるじゃない。いい子いい子」と輝夜は唾液を拭うように帽子ごと布都の頭を踏み撫でる。「だから、今日はこんなどうしようもない不肖者の物部に挽回のチャンスを上げようと思ってここに呼んだの。うれしい?」
「光栄でふ!! 光栄でふ光栄でふ、こへほでぉの聖徳があひえまひょうか!? まっひゃくもっへ人智のおひょばにゅふりゅまひにござひまひゅ!!」
口を畳に押し付けられたまま、布都は懸命に賛辞を並べる。輝夜はそろそろ飽きたのか足を外した。
「あそう。じゃあさっきの話、引き受けてくれるかしら。」
「慎んで! 死力を以ってその勅賜ります!!」
布都はようやく顔を上げようとしたが、輝夜を仰ぎ見ることはできなかった。見た瞬間殺されそうな気がしたのだ。
「うれしいわぁ。それにね物部、これは貴女にとっても復讐を果たす絶好の機会になるのよ」輝夜はとたんに馴れ馴れしげな口調に変わる。「私の命を付けねらってるのはね、藤原不比等の娘なの。貴女の子孫と同じく私に求婚した身の程知らず。そして、その石上麻呂を宮の要職から追いやり、私たちと物部の栄華自体をも歴史から抹殺した、忌まわしい男の娘。」
そして布都の顔を持ち上げ、その瞳で包み込む。すっかり奴隷と化した彼女は催眠術に掛かったかのようにその輝きに魅入られていた。
「どう、腹が立ってきたでしょう? 月夜見一派の要、物部と私達が紡ぎあげた大和の歴史を改竄したあの悪鬼の子を、貴女は討つ資格を得たの。これほどの僥倖はありえないわよねえ?」
「……あ、は……はひぃ……姫様ぁ、本当にもったひなきことにございますぅ……」
どうやら布都は感極まってしまったらしい。ありえない邂逅の連続、そしてそれを巧みにけしかける輝夜の言葉に、いまや彼女の頭は完全に正常な判断を失ってしまったと見えた。
「そのような……そのような叡旨に満ち満ちた勅命に浴する光栄をわたくしめなんぞに……本当に言葉も出ません……」
布都は芯から吐露した。正に彼女は完全に目の前の姫君のとりことなってしまったのである。輝夜は満悦げに頷くと、先程の薬瓶を袖口から取り出した。
「そんなに喜んでもらえるとうれしいわぁ。じゃあ、もし憎き藤原の娘を仕留めることができたのなら、この蓬莱の薬を貴女にあげましょう。これで貴女も本当の不老不死を手に入れることができる。よかったわねぇ、貴女のその忠誠心が、貴女を救うの。幸せ?」
「……あ、あ」布都はもう身を震わせながら咽び泣いていた。「姫様……なんという、なんという……」
「ほら、泣かない泣かない」輝夜は布都の背中をさすってやる。「じゃあこうしましょう。凶悪な呪術を繰る藤原の娘を倒す力を授けるため、貴女には先だってこの薬を三本あげましょう。一気に飲むと体に悪いから、まず一本ね。」
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「でもその前に確認。」
輝夜は身を正して座りなおす。一瞬遠ざかる宿願に、布都はたまらず薬瓶を目で追った。
「私は、貴女のなにかしら?」
布都は淀みなく返す。
「はい! 姫様は、わたくしめの唯一にして絶対の君主にて在らせられます!」
輝夜はにっこりと微笑む。そしてちらと視線を横にやった。
「じゃあ、そこで転がってるのは、貴女の何かしら?」
輝夜に顎で差されたのは、神子だった。布都は答える。やはり、淀みなく。
「こやつは、我らの敵にございます! 忌まわしき邪教に手を染め、わたくしめの眼を曇らせた、魔物にございます!」
輝夜も嗤う。今までで一番の笑みを。土下座する布都の前に薬瓶を一つ。そして粛然と告げた。
「飲みなさい。そしてその力で以って忌まわしき異教徒を討つのです。」
伏せたままの布都もにやりと嗤った。そして犬のように薬瓶を毟り取り、一気に飲み干した。
「こ、これは……」
変化を感じたのはすぐだった。たちまち体に力がみなぎる。それは今まで飲んだ丹ではとうてい得られない昂揚感。体のしびれも眩暈もすっかり失せる。しばしそれが本当に自分の体なのか確かめるように手の平を握り開きしていた布都は、何かを確信したかのごとく高笑いを始めた。腹の底から噴き出す、ゆるぎない歓喜の咆哮を。
満面の笑みで足元に転がる女を見下ろす。なんせこの力を確かめる実験体が主人から与えられているのだ。布都は輝夜の配慮に心から感謝した。
「や、やめなさい……布都、やめ……」
最期の呻きはもう届かない。布都は獲物に飛び掛る。そのまま馬乗りになって拳を落とす。信じられない軽やかさだった。痛みも疲れも感じない。なのに一撃ごとの重みは、それまでとは比べ物にならない。拳を振り落とすたびにひしゃげる神子の顔は、布都の嗜虐心を大いにそそった。この力で殴り続けれたなら、この端正な顔はどれだけ醜く砕けていくのかと。
神子はやはり何がしかを布都に告げようと足掻いていた。それが説得だったのか、命乞いだったのか、それとも長年連れ添った同胞への最期のはなむけだったのかはわからない。そんなものに耳を傾ける者など、もうここにはいなかったからだ。畳を鈍く揺らす響きと汁が飛び散る不快な音。愉しそうなのかどうでもいいのか判別のつかない顔つきでそれに耳を傾けていた輝夜を置いて、永琳は打ち捨てられた青娥といずれ増える神子の亡骸を処理するため、兎を呼びに部屋を出ようとしていた。
布都はかつてないほどの自信を携えて竹林を闊歩していた。それはかつてこの国の中枢で姦計を張り巡らせていた時にも、神子の圧倒的な才に触れ道教へ帰依することを決断した時にも感じたことのない力感である。正に絶対的な存在に身も心も捧げること――そこから生じる一種特別な優越感――に全身を悶えさせることができたのだ。
歩くたびに腰元で揺れる二本の薬瓶。それをぶら下げているだけで自分が選ばれし者なのだと実感できる。瓶と瓶がこすれあう音を聞いているだけで力が湧いてくる。布都は確信していた。なにが藤原の娘だ。今の我にとって畏るるに足らず! と。
そこまでの増長をもたらしたのは、おそらく彼女に討伐を命じた月の民の力を、あたかも自身の力のように捉えていたが為なのかもしれない。その輝夜に千年以上恨みを抱き、命を狙うだけの力を、これから手合わせする娘が持っているという指摘などとうに頭から抜け落ちていたに違いなかった。
綺麗な月夜だった。一面の薄墨色に、白雲がかすかに糸を引いている。丸々と肥えた月は地上を焼き尽くさんばかりの禍々しい光を放ち、竹そのものが光っていると見まがうほどであった。
「おぬしが、不比等の娘なるものか!?」
藤原妹紅はそんな丑三つ時の竹林にいた。そこだけ丸く開けた一角は、決闘場そのものだ。予想だにしない来客に、巌に身を預けていた妹紅の眉間が僅かに歪む。布都はこれでもかと威を示しながら、同じ言葉を繰り返した。
「おぬしに訊いておる。藤原氏の生き娘とは、そなたのことで間違いないな?」
「妹紅だよ」苛立たしげに返す。「藤原妹紅だ。そんな通り名、もう忘れたよ。」
返事を聞き遂げることなく布都は不敵に笑う。妹紅は巌から身を跳ね上げた。目の前の見知らぬ女が向けてくるもの全てが、彼女への軽侮に満ちていたからである。布都は得意げにスペルカードを出した。
「勝負じゃ! 我が名は物部布都。かの麗しき蓬莱山輝夜様の勅旨を拝し、おぬしを討伐しに馳せ参じた次第じゃ。我が一族の末裔を宮中から追いやった、忌々しき藤原不比等の娘に復讐の機会を賜りたもうた姫様の聖恩を携え、かの神々しくあらせらる姫様のためこの身全てを捧ぐ覚悟なり。さあ我が物部氏1000年の恨み今こそ晴らしてくれようぞ、尋常に参られい!」
勇ましい宣戦布告に、妹紅もしばしきょとんとせざるを得なかった。今更こんな時代錯誤な台詞を自信満々の顔で言われるとは夢にも思っていなかったのだ。でも唖然としていたのはほんの一瞬だった。
この布都と名乗った少女の口から出た名前、輝夜という名前が妹紅の意識を尖らせる。それが彼女にすべてを悟らせたのだ。またあの性悪女が、適当なインネンをつけてこいつをかどわかし、刺客として遣わせたんだろうと。こういうたちの悪い戯れは一度や二度ではなかった。いつだかの人妖四組ぐらいひどいものは流石になかったが。
「ああそう、輝夜の遣いねぇ……」だから同じように、いやそれ以上の威圧感で以って妹紅はカードを示す。「見たことない顔だけど、後悔しても知らないよ。」
「たわけ! 姫様から賜った我が力、とくと見るがよい!」
布都は二本目の薬瓶を飲んだ。いっそう高まる力。一気に妹紅との距離を詰める。
皿符「物部の八十平瓮」
撒き散らされた皿が巌を砕く。竹をなぎ倒し、細切りにする。それは投擲した布都自身も驚くほどの制圧力だった。
「――終わり?」
なのに、それは届かないのだ。
貴人「サンジェルマンの密告」
返ってきたのは炎の渦。飛散した皿を尽く溶かし、しかし一向に勢いが衰えることはない。たちまち布都は火に巻かれる。
「な、なんだと!?」
強化された体が焼き尽くされることはない。しかしそれでも熱く、痛いことには変わらなかった。布都は躊躇する。その隙を逃す妹紅ではない。
「遅いよ!」
不滅「フェニックスの尾」
今度は一面に降り注ぐ火の粉の雨。体勢が整わぬ布都に捌き切れる数でもない。彼女もカードを切る。
炎符「桜井寺炎上」
全く同じ炎のスペル。全く同じばら撒き型の弾幕構成。だからこそ勝てるはずもない。布都の反撃では自分の身を逃がす間を作るのがせいぜいであった。
「くそぉっ、なんだ、なんなんだあいつは!」
「なにぶつぶつ言ってんだよ!」
不死「火の鳥 ―鳳翼天翔―」
鳳凰を象った炎の高速弾が休む間もなく布都に迫る。もう避け切るための手立ては残っていなかった。
「え?」
あっという間にどてっぱらに一発もらった布都は無様に尻餅をついた。痛みは微塵もない。ただ弾幕ごっこの弾が当たっただけだ。だからこそ込み上げる屈辱感は凄まじかった。唇を歪ませて、布都は悠々と地面に降り立った妹紅を睨みあげる。
「偉そうなこと言ってた割にはたいしたことないね。どうする、もう一戦やるの?」
「と、当然だ!」
布都は憤然と躍り上がる。そして腰にあった三本目の薬瓶を飲んだ。
天符「天の磐舟よ天へ昇れ」
舟に乗り忌々しい仇敵に突撃する。頭はいっそう冴え、四肢は綿のように軽い。妹紅が繰り出す札の嵐も一つ一つがナメクジのように見える。間違いないと布都は思った。自分は不老不死に限りなく近い存在となったのだと。
「きえええぇぇぇ!!」
迎撃をものともせず、奇声を上げながら突っ込んでくる布都に妹紅も一瞬動揺する。一度目の特攻はすんででかわしたが、舟の旋回は彼女の想像以上に速かった。
「まずっ!」
「遅いわっ!!」
船の舳先は飛び上がろうとした妹紅の脛をとらえた。バランスを崩す彼女に飛びついて、そのまま地面に叩きつける。
「死ねぇっ不比等の娘!」
取り出したのは七星剣、神子から奪った邪教の秘宝。それを振り上げ妹紅に突き立てた。最初から彼女にとって弾幕ごっこなぞどうでもよかったのだ。今果たすべきは、この女の抹殺のみ。
「ぐっ!」
「死ね、死ね死ね死ね死ねえぇぇ!! 」
引き抜き、また振り下ろす。何度も何度も。鮮血が布都の衣を彩る。月に照らされて、布都は狂ったように剣を振り続けた。胸に、肩に、首に顔に眼に鼻に額に口に脳に。
「死ねっ、死ね死ねっ! 死ね死ね死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!! 死んでしまえ、死ね死ね死ね死ねぇ!」
ようやく我に返った布都の足元に転がっていたのは、千々に刻まれた残骸だけだった。
「ひひひ……ひひゃは、ひゃひゃひゃひゃひゃ! やった、やったぞ! これで我も不老不死だ。勝った、ざまあみろ! ひゃーっはっはっはっはっはっは!!」
最後に顔面のあった場所へ思い切り七星剣を突き立てて、布都は飛び上がった。そして四肢を振り乱して踊り狂った。天に鎮座する月に向かって祝詞を捧げるように。
「勝った、我は姫様の勅命を果たしたんだ。これも我は不老不死だ! 蓬莱人だ! ひゃは、うひゃひゃひゃ!!」
蓬莱「瑞江浦嶋子と五色の瑞亀」
狂乱の布都がそのスペルに対応できなかったのは当然であったろう。しかし彼女はそれ以上に稚拙さを見せてしまった。突然後ろから迫った弾塊に驚き慌てたのは仕方がない。しかし布都はその弾塊の意味を悟ろうとはしなかった。瞬間パニックに陥った彼女は四方八方を逃げ回ってそれを交わそうとしたのだ。そうなればどうなるか、言うまでもない。
「な、なんだこれは!? う、うわぁっ!」
拡散した自機狙いはもう手の施しようがなかった。無惨に弾幕のつるべ撃ちをもらった布都は、妹紅を返り血を撒き散らしながら悲鳴だけを残して吹き飛んだ。完全に動転した彼女の上に影が覆いかぶさる。月光を背中に拝した妹紅は、いっそう禍々しく映った。
「え?……あ? な、なんで……?」
「なんだこのペテン師。弾幕ごっこのルールだけじゃなくそんなことも知らなかったのかい?」
自分の血が滴る布都の首を掴み、そのまま締め上げる。恐怖でいっぱいだった布都の顔が苦痛に染まる。
「私もね、蓬莱の薬を飲んじまったのさ。もう死ねないんだ。不老不死なんて忌まわしい体に落ちぶれたんだよ。」
さらに締め上げる。布都の顔が紫に歪む。苦痛はもう感じない。再び襲い掛かってきたのは死への恐怖だけ。
「あひぃ、ゃ、じにだ……く、な……」
「そうかい、死にたくないかい。そりゃ羨ましいことだ。命乞いなんてもう飽き飽きして夢でも見ないよ。死ねる身を幸せに思うんだね!」
妹紅の手を掻き毟り、千切れんばかりに足をばたつかせる。しかし不死の人は手を止めない。骨の軋みが手を伝う。
「ゃ……だ、じゅ……げ」
「あとな、最後に一つ教えといてやる。私は物部なんて奴ぁ見たことも聞いたこともない。なんせ京にいた頃はずっと蟄居生活で、人と会うことなんて許されてなかったんだからなっ!!」
その憤激が布都に届いていたのかはわからない。彼女は既に泡を吹いて白目を剥いていた。妹紅は手を離り払う。そして痙攣する布都を忌々しげに一瞥して、そこを経とうとした。
「――あら妹紅、もう帰っちゃうの?」
声は広場の向こうからだった。妹紅はその方向を睨みあげる。布都に向けたのとは比較にならないほどの憎悪に燃やした瞳で。
「ようやくご登場か。高みの見物とは結構な身分だな、おい」
「あら、私は妹紅が喜ぶところが見たかっただけよ。どう、今夜の趣向は? 懐古に浸れた?」
うっとりとした声で囁くのは輝夜、彼女もまた嘲りと親愛がない交ぜになった視線を妹紅へ捧げる。お返しは竹林を揺らすほどの舌打ちだった。輝夜はにっこりと微笑む。
「満足してもらえなかったのかな? 妹紅もたまにはお父さんのこと思い出した方がいいかなあと思ったんだけど。」
「てめぇの顔見てりゃ嫌でも思い出すさ。」
邪気のない輝夜の声に、妹紅はポケットに手を突っ込んだ格好で唾を吐く。ちょっと残念そうに唇を尖らせた輝夜は、音もなく近づく。妹紅も踵を返そうとはしなかった。気付けば二人は顔が触れ合わんばかりの距離にあった。恍惚とした表情ではにかむ輝夜と、眉間にしわを寄せながら見下ろす妹紅。とこしえに続く一夜の逢瀬、しかしそれを乱す無粋者がいた。
「ひ、めさまぁ……どうか、お助けを……」
布都だった。二人の足元に転がったまま、しかしなんとか息を吹き返したらしい。今度は輝夜が眉をひそめる。妹紅はなんともいえない表情で首を振るだけだった。
「なぁに物部、あんたまだ生きてたの?」
「どうか……どうか……」
薬が効いていたのだろうと輝夜は思った。返り血でべとべとの四肢を這々の体で持ち上げ、野良犬みたいに輝夜の足元へと擦り寄った布都は、必死に頭を下げ続ける。
「おねがひしましゅ……どうか御慈悲を……おねがいですぅぅ」
いよいよ溜息が漏れた。輝夜はめんどくさそうにうなじを掻きあげてから、ようやく布都へ視線を落とす。
「はいはい。なぁに、じゃあ物部はどうしてもらいたいの?」
「どうか、今一度挽回の機会を……次こそは、次こそは必ず姫様の勅旨を――」
「ああもういいわ」
にべもない返事は布都を奈落へと突き落とす。絶命したのではというほど顔を蒼白にし、終いにはすすり泣きを始める始末だ。輝夜は再び妹紅に視線を上げ、滑稽な調子で尋ねた。
「ねえ妹紅? あんた今日これに何回殺された?」
「……一回だけど」
「あらら、一回こっきりかぁ。それじゃ妹紅が不満たらたらなのも納得。」
気乗りしない表情で答えた妹紅に、輝夜は大袈裟な声で応じる。そのまま嗚咽する布都へ視線を向けた。
「まあ、最初だから仕方ないかなあ。ぎりぎり合格ってことにしましょうか。殺せって言いつけはちゃんと守ったんだし。」
そして袖から薬瓶を出し、ぞんざいな手つきで少し遠くへと投げ落とした。布都は家畜のようにそれに這いよる。妹紅はうんざりした顔で空を見上げた。
「ほら、それ4本目。飲んでいいわよ。」
「ぁ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
薬瓶を開けた布都の指は制御の利かないくらいぶるぶると震えていた。たぶんそれは生命が見せた最後の抵抗だったのだろう。生者ではなくなることへの、本能的な畏怖。布都は滑り落ちそうな小瓶をゆっくりと口元へと運び、そして一気に飲み干した。あの爽快感が、湧き上がる力が――しかし今度は一向に感じられない。
「――ああ、ごめん物部。私ったらうっかりしてた。」
月明かりの下、輝夜は心の底から嗤う。その龍顔はまさに布都への餞別だった。
「それ、蓬莱の薬じゃなくて国士無双の薬だったわ。ごめんなさいねぇ」
「……え? ひ、ひめ゛ぶっ――」
なにか言おうとした布都の顔が醜く膨らみ破裂した。穢れを撒き散らしながら爆散する土くれに、もう輝夜の視線はなかった。
「きったなぁい」
「へえ、あれで死んじゃうんですか。やっぱり地上の連中って弱いですね」R・U・Iさん(薬師見習い)
そのなんというか、日本史の裏ボス物部守屋の妹と日本史のラスボス藤原不比等の娘が並存する世界とか考えただけで脳汁が沸騰しちゃうじゃないですか。
それで妄想したのが下図です。わかりにくくてごめんなさい。
http://thewaterducts.sakura.ne.jp/cgi-bin/up/src/fuku9245.jpg
要するに布都ちゃんを爆破したかったということで
8/1 コメント感謝です
>NutsIn先任曹長さん
前作覚えていて下さって感謝です。なぜか輝夜が再登板できたので。
いろんな意味でとても味のある方なので、是非プレイを。他のキャラもとっても素敵です。
>2さん
どうしてもやった当初はこういうイメージしかできませんでした。ごめんなさい
ただ、最近は愛すべきへたれでもいいかなと思い始めました。
>3さん
もう細かいことはいいや!という感じで書いちゃいました。永遠亭強すぎという指摘はもっともです。
不老不死ネタ連発の中、妖夢EDがとてもいいアクセントになってて一人ニヤニヤしてました。
>4さん
私も輝夜様のおみ足舐めたいです
>5さん
これで守矢ネタまで絡めるともう発狂しちゃいますよね。永琳は儚以降どっか詰めの甘い人というイメージが抜けません。
>6さん
相関図は完全に自己満ネタなのでスルーして下さい。次は神子様が命蓮寺を失墜させるネタができれば…
>7さん
前作のことまで覚えていてくださって、ありがとうございます。
布都ちゃんは真っ向勝負で勝てる気がしなくて…
>9さん
どうもありがとうございます。米は7つくらいがなんか自分っぽくて好きなので感謝します
>ジンベエさん
遅ればせながらありがとうございます。良かったです
>11さん
返信遅れました
口授の布都ちゃんがやっぱり気位高そうだったので嬉しかったです
>13さん
姫様は絶対に幻想郷一美人
んh
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2011/09/14 15:36:25
- 更新日時:
- 2013/08/01 23:17:23
- 評価:
- 10/14
- POINT:
- 1000
- Rate:
- 14.64
- 分類
- 神霊廟ネタバレ注意
- 布都
- 輝夜
- 永琳
- 妹紅
- 布都ちゃんかわいい
- 8/1米返し
前回のお話もそうですが、綺麗事ばかり言う連中が堕ちる様にはカタルシスを感じます。
まだ『神霊廟』はプレイしていませんが、『そのキャラ』を見るたびに下衆だと思うようになるでしょうね……。
いくらドーピングしても、姫様や永琳、『永夜抄』自機キャラペア達と『遊んだ』事のある妹紅にとっては小物とはねぇ……。
汚ねぇ花火だ。
では東方の新作が出た時に、新キャラの聖人君子が永遠と須臾に屈するお話を、またお願いします。
布都ちゃんマジ小物、マジ頭(と意志)の弱い子w
蓬莱人つえー!
まあしかしなんだ、それぞれ時代が違うとはいえ
星蓮船の白蓮や神霊廟の神子が追い求めていた不老不死が過去作の永夜抄で実現済というのはなんかシュールだ
朝ヌいて無かったら勃起してた、絶対に。
今も心臓がドキドキしている。
ゆっくり虐めの井戸の話を読んだ以来かもしれない。
>する世界とか考えただけで脳汁が沸騰しちゃうじゃないですか。
完全に同意
思兼の父が創造神である高木神だと考えると月夜見なんかにやられて情けないな永琳w
輝夜の鬼畜っぷりだけは理解できた
そりゃまあ弱点の突きようの無いチートな永夜組相手に
アレな子揃いの神霊組が勝てる訳ゃねえやな…
藤原vs物部って燃える展開にくらべて、実際の妹様の姿のくだらなさときたらwww
その壮大なる腰砕け感が面白かったです。