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『お客様は神様ではありません』 作者: 智弘

お客様は神様ではありません

作品集: 1 投稿日時: 2011/10/07 16:19:19 更新日時: 2011/10/08 01:19:19 評価: 5/11 POINT: 650 Rate: 11.25
「すばらしい品ですよ!」

 森近霖之助は我慢できずにかん高い声でいった。
 その声はかび臭くせまい店には不釣合いなものだった。

「ちょっとした逸品といってもいいでしょう。凡人から見ればただの薄汚れた、廃棄寸前の猫車ですがね。そのさえない風貌からは想像もできない逸話を腹の中に隠しているのですよ。ええ。ええ。もちろん、お教えいたします。私どもの役目は、あなたの選択だけが正解であるとご自身で確信できるように……たとえば料理店でメニューを前にあれやこれやと悩み続け、ようやくこれだと決めたものを口にした瞬間に決まって襲う後悔! やはりあちらにしておけばという苦い味わいから逃れるためのちょっとした手助け、それこそが私どもの」
「あー、あーはいはいはいはい。もういいですもういいです」

 東風谷早苗は店主の口上を、煙草の煙を払うように手を振ってさえぎった。

「なんですか、その喋り方。気持ち悪いんですよ、さっきから。無理してる感でいっぱいいっぱい、聞いてるこっちがイライラするじゃないですか。なんでお客様の私が気をつかわなくちゃいけないんですかねぇ? 私、神様なんですよ? ねぇ?」

 こういった客に口答えをするべきではないと霖之助はわかっていた。しかし、それでもいわなければいけないことがあった。
 彼は自分の長年の経験から得られたことをそのまま口にした。

「お客様、お客様は神様ではありません。神様なんてその程度では……。もっと、それ以上のものなのです」
「なら言うとおりにしてくださいよ。ほら、さっさとして。お客様に同じことを何度いわせれば気が済むんです? ん?」
「……それはすまなかった。きみは初見の客だからこちらも相応に迎えようと思っていただけだよ」
「はあ? あれでですか? 本気で? あーもうお店やめたほうがいいですよ、ほんと。ね? さっきもいったでしょう。私、これでも神様なんですよ、神様。わかります? だからちゃんと言うこと聞いておいたほうがいいですよ。ね?」

 早苗の細い眉はぴくぴくとほんのわずかに震えていた。
 霖之助は一度深く胸をふくらませ、それから重々しく息を吐いた。
 そして、彼女の言葉に自分はまったく気を悪くしてなどいないと宣言するような態度でいった。

「続きを話そう。その猫車はある火車の持ち物なんだ。その火車には仕事とはまったく別の、死体の収集癖があってね。使い古した肢体、壊れた生物のパーツ、腐った肉片、火車はそれらの中で気に入ったものをコレクションしていたのさ。特に破損のまったくない死体はお気に入りだったらしい。だけど、そんなものはなかなかお目にかかれるものじゃない。生物の死肉というものには妖怪も人間も目がないからね」

 霖之助はそこで口を閉ざし、色の薄くなった茶で舌を一度ぬらした。
 ちらりと霖之助は早苗を見た。彼女の視線はすでに別の陳列棚に向けられている。
 構うまいと霖之助は考えた。

「火車はいよいよ趣味が高じて、強引な手口も使っておぼれるように集めだした。同じ趣味という口実で呼び寄せ、つまり収集家同士の集会を自室で行い、そこで身体にまったく傷を負わせない優れたやり方、毒だね、これでお気に入りのコレクションを増やし続けたのさ」
「で、その妖怪はどうなったんですか」

 早苗は針が十本以上もある、蓋の欠けた懐中時計を弄り回しながらいった。

「もちろん、死んだよ。火車の分身たる猫車がここで売られているんだからね。まあ、獲物になってしまった誰かのイイ人がどうにかしてしまったんだろう。年頃の娘にはイイ人というのが必ず一人以上はいるものさ」
「イイ人?」
「イイ人だ。きみにだってそれくらいいるんだろう?」
「死んでください。男が女性に聞いていいのはリクエストだけです。そんなことも知らないんですか? だから男って嫌いなんですよ、まったくもう。ま、私には霊夢さんがいるからいいんですけどねぇ」
「霊夢かい。ふむ、だが彼女は、うん、まあ、そういうことも…・・・それよりさっきの話の続きだが、コレクションに夢中になってしまった結果、一番に大事な道具がこの有様だ。この品をそういう目で見るとなにか感じ入るものがあるだろう?」

 誇らしげに語る霖之助に、早苗はまったく同意できなかった。
 どう見てもそのすばらしい一品とやらが、泥と血で塗装された、埃を積もらせるだけが能の鉄くずにしか思えないのだ。
 かろうじてなんとかくっついている車輪には髪の毛がびっしりとこびりついていて、髪色は黒く塗りつぶされている。その汚れが泥か血か、はたまた別の何かなのかはまるで判別がつかない。
 だが、持ち主の最期は容易に想像できるようだった。

「私はですねぇ」

 早苗はいった。
 
「外の世界のものが売っているって聞いてわざわざこんな辺鄙なところまで来たんですよ」
「そうかい」
「わかります? どこぞの妖怪雑魚の死に様になんてちぃっとも興味ないんです」

 いいながら早苗は目の前の棚からしなびた枝のようなものを手に取り、それを手と手の間でもてあそんだ。

「おい、あまりそこらをひっくり返さないでくれ」

 霖之助はぴしゃりといい放った。
 店内におけるすべての商品は、数学的な正確さをもって適切な位置に置かれているのだ。
 それらを乱されることは、そのまま自分の神経をも荒らされるように霖之助は感じていた。
 しかし、早苗はまったく相手にしなかった。店主の言動など客の気分ひとつでどうにでもなると彼女は考えていた。
 こういった行いは、目当ての品にめぐり会えなかった哀れな客のささやかな慰めになるのではないだろうか。許されるべき当然の権利ではないだろうか。
 きっとその通りなのだろうと、早苗は結論付けた。

「それで? こんな枝っきれにもなにかあるんですか?」
「頼むから振り回したりしないでくれよ。それは一角獣の角なんだ」
「へえ、これが一角獣の。可燃ごみにしか見えませんね」

 早苗は店に入ってから四度目になる同じ感想を口にした。

「そいつはある一人の人間の死因となったおもしろい代物でね。その人間というには吸血鬼のお気に入りの下僕だったんだ。その下僕はなかなか優秀で、気まぐれな吸血鬼のもとでも結構長く生きたものさ」
「下僕! うらやましい話ですねぇ」
「だが、吸血鬼が一角獣に興味を持ったところで下僕の運命は決まってしまったんだよ。一角獣といえば本当にまっさらな身体しか好まない偏食の獣だ。そんな一角獣を下僕が七日七晩費やしても捕まえられず、そのあとに吸血鬼がたまたま一角獣を捕まえてしまったものだから、いよいよ下僕の正体が暴かれてしまったのさ。吸血鬼は怒り狂って下僕を殺してしまったよ。なんたって、お気に入りで毎日楽しんでいた特別のデザートが実は安物だったと知れたんだからね」
「童貞みたいな吸血鬼ですね、処女じゃないとダメだなんて」

 上品に微笑みながら早苗はいった。

「というかですね、それのどこがおもしろい話なんですか。自分の好みじゃなくて逆上したってだけじゃないですか」
「ああ、実のところ下僕は処女でね」
「は?」
「つまり、一角獣の潔癖症はただの迷信というわけさ。僕だって以前、一角獣を見つけたことがあるよ」
「そういえば、私も前に見かけました」

 ここでふと、霖之助はずるい手を思いついた。

「へえ、相手は霊夢かい? それとも、ひょっとして魔理沙かな」

 早苗はすぐに食って掛かった。

「あなたって本当に最低の屑ですね。霊夢さんとはそういうんじゃないんです。あなたみたいな人には想像できないでしょうけど、そういった低俗な勘ぐりからは及びもつかない、かけ離れたところにいるんですよ。私たちは。そもそもなんで魔理沙、さんが出てくるんですか」
「いやちょっとね。そうか、しかしどうも。随分とおかしなことをいうもんじゃないかと思っていたところなんだ」
「はい?」
「いや、きっと僕の思い違いだろう。それよりも早くその商品を棚に戻してくれ。ああ、もちろん丁寧に頼むよ。僕はその品が本当に好きなんだからね。由来や逸話に踊らされた者は、大体が不愉快な目にあう。道具の価値は様々で、その中には人よりも高い位置にたやすくたどり着くものもあるものさ。命をいくつも吸った道具がそこら中にあふれているということを、僕はその角を見るたびに思い知るんだよ」

 とろりとした熱っぽい目つきで霖之助はその品を眺めた。その視線はあまりに粘性の愛情に富んでいる。
 早苗は形容しがたい怖気のようなものに襲われた。

「ところで、一角獣の角のとなりにある品がわかるかい。丸い石のようなものが二つ並んでいるだろう。僕はその品も本当にすばらしいものだと思うよ」

 早苗は視線だけそちらに向けると、言葉どおり真っ黒な丸石が二つ、敷かれた紫色の布の上に置かれていた。
 丸石はビー玉くらいの大きさで、その表面は鉱石のような鈍いかがやきを放つことはなく、干しぶどうのようにしぼんでいた。

「なんです、これ? 動物の糞?」
「おい、なんてことをいうんだ。それはある姉妹の愛情の証なんだ。少しは雰囲気というものを学んだらどうなんだい」

 霖之助は苛立たしげにいった。
 早苗はその商品を棚ごと叩き潰したい衝動に駆られたが、手元に鈍器の類がなかったのであきらめた。仕方なく彼女は、店主の態度がまったくの見当違いだとわからせてやる楽しみで我慢することにした。
 都合のいいことに、店主はすでにその商品への愛に先走っていた。

「それは覚り妖怪の姉妹の絆さ。覚りといえば二つの目玉以外にも瞳をかがやかせているんだ。だがある日、その視線がまぶしすぎる輩の手によって、妹のほうがその覚りの象徴をつぶされてしまったのさ。妹はそのことを大して気にしなかったが、姉は違った。愛しい妹がさみしくないように、目が足りない欠陥となった覚りがせめて一人ぼっちにならないようにしなくてはと、姉は必死に考えた」
「お姉さんやっさしぃー。やっぱり姉妹っていいですよねぇ。私もお姉さんタイプなんですよ。霊夢さんったらほんとに可愛らしくてつい甘やかしちゃうっていうか、もうほんと私がいないとダメで」
「頼むから大人しく聞いていてくれよ。僕はこのすばらしい品々の話を人にするのが大好きなんだ。少しの間だけでいいんだよ。きみが残念とも気の毒ともいえるようなタイプだってことはわかったつもりだから」

 その言葉に早苗は今すぐにこの陰気な穴蔵から飛び出そうと考えた。
 しかし、霖之助の声音がほとんど鼻の燃えたような調子になっていたので、彼女の足はまだ居座ろうという気になり、床からわずかも離れなかった。
 早苗はたしなみを失わない程度にはげしく首を振り、そのあとに無言で待った。
 その光景を見て取り、霖之助の舌は活力を取り戻した。

「そして、そしてだ。姉はだよ、せめて妹が仲間はずれにならないようにと、自分の両目をえぐったのさ」
「はぁ、両目……それって結局ダメなんじゃあないですか」

 霖之助は素直に驚いた。

「なんだ、きみ。賢いじゃないか。そのとおりだ。姉は妹への愛情と覚りの生を秤りにかけて、どちらも捨てられない半端な選択をしてしまったんだ。姉の姿を見たときの妹の胸中はどうなっていただろうね。これはこちらで想像することしか許されない問題だよ。自分のための献身。自分とはやはり違うという疎外感。どうしてそこまでしてくれたのかというある種の喜び。どうして自分よりも覚りの瞳を選んだのかという憎しみ。いずれがその場にいたのかを、その正解を、この二つの目玉は知っているんだ」

 語る霖之助の口は一種の陶酔状態により、ひどく億劫そうな動きをしている。
 それでも、話すことをやめることはなかった。

「道具はなにも話さないと思うかい。無知であると。違うんだよ。なにもかもを詰め込んでいるんだ。すばらしい品というものは……」

 突然、霖之助は早苗と視線を交わせた。
 そこで早苗は店主から寄せられる親しみのようなものを確かに感じ取った。
 途端に、怖気がはしる。かゆくもない頭をわしゃわしゃとやった。緑色の髪が風に吹かれた草のように数本散った。
 やがて早苗は、はっきりといった。

「あなたがそういう趣味、というかフェチだっていうことはわかりましたよ。でも私をそこに巻き込もうだなんて考えないでください。そういうのは、ほら、魔理沙さんとでもやってくださいよ。小さい頃からのお知り合いなんでしょう?」

 店主は不思議そうにいった。

「いやそんなことは……というかそもそも、魔理沙には霊夢がいるからね。確かにうんと幼い頃から魔理沙のことは知っているがね、馬には蹴られたくないんだ」
「は、あ? ちょっと何いってんですか、あなた」
「何といわれても、周知の事実だよ」
「え、え? は? だ、だって、霊夢さんあれだけ甘えて、あんなに擦り寄ってきて、なのにあの金髪が、小便みたいな色の小便くさい小娘が、邪魔だったけど私たちとは相手にならないって、私」
「ああ、知らなかったのかい。霊夢とは親しい仲だといっていたからてっきり、いやまあ、失敗したな。今のは忘れてくれ。そうだ、この品について話そう。こいつについて話すのを忘れていたとは、この店の主としてどうかしていたよ。さて、この赤い壷だがこの中には霊が宿っていてね。元は半霊だったらしいんだが、今では尾が一つなのに頭の部分が二つ」
「すみません、ちょっと用事を思い出したので帰ります」

 店主はまたもや不思議そうにいった。

「帰るのかい? すばらしい品のとっておきの話があるというのに」
「ええ、すみませんね。ところでこれ、売ってくれません?」

 早苗はところどころ黒い染みのある、古い猟銃を手に取っていった。
 霖之助はすぐに頷き、口を開いた。それは値段を教えるためではなく、やはり話をするためだった。

「うん、その猟銃はなんとも悲劇的な代物なんだよ。ある妖精がやってきてね。親しい友達が久しぶりに来るからお祝いしたい、何かくれというんだ。そのとき、店内で妖精が目に付けたのがこれなのさ。もちろん、名前から狩猟のための道具だとはわかっていたんだが、詳しく調べてみると鉛玉をプレゼントする程度の能力を持っていたんだよ。妖精にそう教えてやると、プレゼントできるならそれがいいといわれて」
「はい、お金です。お釣りはいりません。足りないならまた今度払います。では」

 早苗は店主の話を当然のようにさえぎって代金を払うと、そのまますぐに出て行った。
 霖之助は風のように去っていく彼女をぼんやりと眺めた。
 しばらくしてから霖之助はゆっくりと立ち上がり、先ほど客がいた場所に向かう。注意深く、その周囲の床をじっくりと時間をかけて見回した。
 やがて、数本の髪の毛を見つけ、それをそっとつまんだ。

 髪の毛は見覚えのある緑色だった。

 霖之助はその数本の髪の毛と、机に置かれた紙幣を慎重にガラスケースにおさめた。
 そして、そのガラスケースを棚の空いている場所に置き、満足げにその棚を眺めた。
「もちろんすばらしい品だよ、それは。ある悲惨な末路をたどった女が最後に残したものでね。女にはどうしようもなく好きになってしまった人がいて」
智弘
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/10/07 16:19:19
更新日時:
2011/10/08 01:19:19
評価:
5/11
POINT:
650
Rate:
11.25
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森近霖之助くん
博麗霊夢ちゃん
霧雨魔理沙ちゃん
東風谷早苗
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0. 170点 匿名評価 投稿数: 6
1. 80 NutsIn先任曹長 ■2011/10/08 01:49:32
その緑髪の女、死神かい? それとも疫病神?

道具というものには二種類ある。
役に立つものか、面白い逸話があるものか、だ。
私が欲しい道具は前者だ。

ではご主人、そこの茄子色した傘を頂こうか?
あ、いや、強姦魔を殺した唐傘お化けの話はいい。
ショットガンを中に仕込もうかと思っているんだ。
2. 100 名無し ■2011/10/08 02:16:28
所々の地の文がアメリカン過ぎてかっこよすぐる・・
5. 100 名無し ■2011/10/08 13:05:31
鉛玉をプレゼントする程度の能力、か…
7. 100 名無し ■2011/10/10 18:46:04
良作でした。
9. 100 名無し ■2011/10/13 08:56:51
良い
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