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『黄金の蝶』 作者: 灰々

黄金の蝶

作品集: 1 投稿日時: 2011/10/14 21:16:59 更新日時: 2011/10/17 02:03:55 評価: 9/13 POINT: 870 Rate: 12.79
オリキャラ、オリ設定がてんこ盛りでございます。ご容赦下さい。
うみねこタグがついてますが、うみねこのなく頃にを知らなくても全く問題ありません。重大なネタバレになるような部分もございません。
うみねこキャラは出て来ません。え、朱志香が出てるって?バカモーン!そいつが魔理沙だ!!
では、本編をどうぞ↓

























―プロローグ―



今日も、博麗神社の巫女は境内の掃除に余念がない。
毎日しているのだから、一日くらいサボっても問題ないような気もするが。
時折、塵を集める箒を止めて、何も無い空を見上げ、虚ろな目をするのだ。
もしかしたら、彼女にしか見えない何かがあるのだろうか?それとも、ただ、考え事をするのにその方向を見ながらのほうが捗るのか、それはわからない。
掃き掃除を終えるとお茶を入れて一休み。
いつも通りだ。
もし、何も異変が起こらなければ、博麗霊夢は一生を神社の掃除とお茶を飲むことだけで終えてしまうのではないだろうかとさえ、思えた。
みんなが異変を起こしたり、神社でどんちゃん騒ぎをしたり、彼女にいたずらをするのは、霊夢が退屈しないようにかまってあげてるのではないかと、欅の木の上から巫女を観察していたチルノは思った。
もし、アタイが今よりももっとサイキョーになったら、彼女が暇しないようなすごい異変を起こしてやろう。そう決心した。


「おーい、チルノー」


友人のリグルとルーミアがやってきた。弾幕勝負の約束をしていたのだと思いだした。
まずは、湖の水を全部凍らせられる位には強くならなければ、その為にこいつらと修行するのだ。
チルノは、


「よーし」


と意気込むと木から飛んだ。
そのまま彼女らと合流し、三人で弾幕勝負をしているうちにそのことも忘れてしまった。








『黄金の蝶』







―1―



「いいですね。やりましょうよ」


思った通り、私の提案に東風谷早苗は飛びついた。


「流石は魔理沙さん、わかってらっしゃる。そうですよね、夏と言ったら怪談ですよね!ホラーですよね!百物語ですよね!!」


爛々と目を輝かせ、楽しそうな声を上げる。


「場所はどこでやるんですか?」
「博麗神社だ。許可は今から取りに行く」


私は、今いる守屋神社の他にもう一つだけこの幻想郷に存在する寂れた神社のことを頭の中に思い浮かべた。
早苗が出してくれた氷菓子を食べ終え、麦茶のコップを空にして立ち上がる。


「メンバーは誰にします?」
「特に決めてはいないが。そうだな、最低でも10人は欲しいな」


なんせ、怖い話を100個もしなきゃならないのだ。ノルマ一人あたり10個だとしてそれくらいいる。


「早苗は山の妖怪で参加者を募ってくれ、私も知り合いを誘ってみる」
「了解です」


私は箒にまたがり早苗に「頼んだぜ」と言うと、空に舞い上がった。








神社が近づくにつれ、ジージーという蝉の群声が聞こえてくる。
境内に降り立つと、賽銭箱を素通りし裏に回る。巫女の姿が見えないので茶でも飲んでいるのだろう。
案の定、博麗霊夢はそこにいた。


「よお、休憩中か?」


霊夢はガラスコップを口に付け傾けると一気に飲み干した。流石に夏は玉露ではないらしい。


「そうよ、炎天下ではこまめに休憩を挟んで水分を補給しないとね」
「ふんふん、いい心がけだ。……で、そちらさんは?」


霊夢の隣には涼しげな半透明の羽衣を羽織った、青髪の女が座っていた。
纏っている衣服や装飾品から、仙女を彷彿とさせる。


「ああ、仙人よ。なんだかこの間からいついちゃって」
「どうも、はじめまして。霍青娥と申します。以後お見知りおきを」


そういって、青娥は幻想郷の年長者がよくするように人を食ったような笑顔を向けた。


「よく、仙人に好かれる巫女だな」


確かこの間も赤い仙人と一緒にいたのを思い出した。この調子で五色揃えて仙人戦隊ミコレンジャーでも作って欲しいものだ。


「全く、いい迷惑よ」
「ひどいですわ、お師匠様」
「だ、誰が、師匠よ!」


なんでも、この青仙人は霊夢の弟子らしい。物好きなこったと私は二人を笑った。


「お師匠様の力に惚れ込みまして、それ以来こうして弟子として仕えている次第です」
「仕えておらーん!弟子なんかとらないわよ。私は」
「そんな、あんまりですお師匠様。私たちはたしかに師弟の熱い契を交わしたではありませんか」
「ちょ、ちょっと、誤解をまねこうとしないでよ!一緒にお酒を飲んだだけじゃないの」


青娥からのお熱いラブコールを霊夢は一つ一つたたき落としていく。こうして見るとこの問答も夫婦漫才のようではないか。
「キマシタワー」と横からちゃちゃを入れたら、対妖怪用兵器である陰陽玉を投げつけられた。


「もう、ふざけないでよ」
「ふざけてなどおりませぬ。青娥の目をよく御覧ください」


青娥は霊夢の手を取ると、その深い青の瞳から霊夢の双眸へと視線が注がれる。
霊夢はさっと、目を逸らし俯いてしまった。私は霊夢の頬がほんのりと桜色に染まっているのを見逃さなかった。この巫女と仙女なかなかお似合いではないだろか。
普段なら、もう一度ちゃちゃを入れて反応を楽しむのだが―普段余り感情を表にしない霊夢がこうも慌てふためくことはめったにないのだ。勿体無い―これから、お願いをする立場である以上、グッと堪える。


「実は話があってきたのだぜ」
「はぁ、何よ?」


眉宇を歪めて霊夢が睨みつけてきた。


「百物語することになったから」
「は?どこでやるつもりよ」
「もちろんここでやるつもりだが」
「ちょっと、ちょっと!ダメよ。百物語ってあれでしょ、蝋燭百本立てるやつでしょ。ダメに決まってるじゃない。神社が火事になっちゃう」
「もう、決定なんだ。じゃあ、要件はこれだけだから。私はこれで……」
「な、待ちなさいよ!」


霊夢が私のスカートをつかもうと手を伸ばすが、ひらりとかわしてみせた。


「青娥、アイツを捕まえなさい」
「あ、私もそろそろお暇させていただきますわ」


青娥は立ち上がると、ペコリと一礼すると「それではまたー」と言い残し、空の彼方へと消えていった。


「ちょ、役に立たないわね。あ、魔理沙!」
「8月の19日だからー」


霊夢が青娥の方を向いてる間に私は絶対逃走距離まで箒を駆り立て移動していた。霊夢が何か叫んでいるが、聞こえない振りをしておく。
なんだかんだで、いつもこうして博麗神社のイベントは決定するのだ。きっと、当日は霊夢もノリノリで百物語に参加してくれるに違いない。








お次に私が向かったのは、湖の畔にそびえ立つ真っ赤なお屋敷、紅魔館である。
あまり、侵入者撃退に効果を発揮しないと有名な華人風の女の上を素通りして窓から入館する。私専用の入り口だ。


「まあ、うろついていれば出くわすだろうさ」


私は何気なしに館内をうろつく、内部は外観よりもずっと広く感じる。なんでもここのメイド長が空間をいじっているとか。
いつもの癖か私は馴染みの大きな扉の前まで歩いてきてしまった。


「まあ、今日は盗み……死ぬまで借りにきたわけじゃないんだし、何も咎められることもなかろう」


不法侵入のことはさておいて、私が巨大な扉をくぐった。


「いい匂いだ」


出迎えたのは数えきれないほどの書架の森。いつみても壮観だ。


「パチュリーはいないのか?」


この巨大図書館に住み着いている魔女を探す。
いつもなら奥の机に読むようの本と読み終わった本に挟まれてせっせと読書にふけっているはずなのだが……
と、いつも、パチュリーが座っている机の上に何かが置かれているのに気がついた。


「留守なんて珍しいこともあるもんだぜー」


近寄ってみると、どうやら封筒らしい。手にとってみると、封は既に切られているようだ。


「おいおいー、こいつは見てくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」


まさか、罠だったりするか、と一応警戒してみたが杞憂だった。


「ただの手紙か……何々」


文字は、これは魔界文字だ。まあ、自分も魔法使いの端くれであるから読めないことはない。


“先日送っていただいたお薬がよかったみたいです。体のほうも最近はすこぶる元気で外を歩くことも出来ます。お医者様も驚いておられました。もし、私の体が完全に良くなったならぜひともパチュリー様に直接お会いしてお礼を申し上げたく思います。思えば、唐突におくられてきた見ず知らずの者にこうしてお返事を下さったことがすべての始まりでした。病床で親しい友もいない私にとってパチュリー様から手紙は唯一の楽しみでありました。次のお返事がくるまでは、次のお手紙が届くまではと生き延びてきました。パチュリー様は私にとっては光です。私に希望を与えてくださいました。必ずや良くなってパチュリー様に一目会いた……”


「コラッ!」
「痛っ」


頭に固い物が思いっきり叩きつけられた。
振り向くと館のメイド長十六夜咲夜が分厚い本をポンポンと弄んでいた。私の頭を殴った凶器はあれだろう。


「人様の手紙を勝手に読むだなんて……」
「こいつが読んで下さいって感じでおいてあるのがいけないんだぜ……あ、うそうそ、冗談だって」


咲夜が再び本を振り上げたので急いで平謝りする。


「そういや、パチュリーはいないのか?」
「ええ、なんでも、薬草の調達に行くとか行ってたわね。パチュリー様に何か御用?」
「ん、まあ、パチュリーでなくてお前でもいい用なんだが」


神社で百物語をやるという旨を伝える。


「ふむ、まあお嬢様が参加なされるのでしたら私も付き添いで参加させていただくわ」
「どうせ、暇してるんだろ?来るに決まってるさ」
「まあ、お嬢様なら食いつくだろうけど」
「じゃあ、私の要件はこれだけだから。他にも参加者集めで回らんにゃならんのでな」


そそくさと図書館をあとにすると入ってきた窓から空へと飛び立つ。微動だにしない門番と大きな屋敷をあとにした。


「次は、白玉楼だな。妖夢は是非とも参加させたいね」


魂魄妖夢は半人半霊の半分幽霊だが、怪談や肝試しといったことが大の苦手という変わり者だ。
怪談を語る以上怖がってくれる役がいないと面白くない。
問題はどうやって、百物語に参加させるかだ。


「どうするかな。幽々子が行ってきなさいよ、と言ってくれりゃ断れなくなるんだがな」


私が良いアイデアは無いものかと頭を捻っていると、


「おどろけー!」


目の前に突然紫色のお化け傘が現れた。
油断していた上に突然のことで少し驚いてしまったが、悔しいのでそんな態度おくびにも出さないよう注意しつつ、


「なんだ、小傘か」


傘の持ち主である少女の名を呼んででやる。


「残念でしたー!ぬえちゃんでしたー!」


くるりと傘が翻ると想像していた水色髪のオッドアイ少女はおらず、黒髪、黒のドレスに、黒のニーソ、奇っ怪な青と赤の羽を生やした、封獣ぬえがしてやったりという顔でこちらを見つめている。


「バカヤローが」
「いで!」


カチンときて手刀を叩き込む。


「バカでもないし、ヤローでもない」
「傘の持ち主はどうしたよ?」
「さあ?今頃傘を探してるんじゃないかな」


どうやら、傘は勝手に持ってきたらしい。いつも肌身離さずにこの傘を持っている小傘はさぞかし慌てふためいていることだろう。
全くひどいことをするものだ。まあ、私も人のことを言えた義理ではないが。


「そういや、今度、博麗神社で百物語をするんだが……どうだ、おまえも参加してみないか?」
「ほほう、百物語とな」


こんな時でも営業トークは忘れない。ぬえほどの妖怪なら怖い話のストックも相当なものだろうと期待してのことだ。


「なかなか粋なことをするじゃないか、人間」
「8月の19日だ。きてくれるかな?」
「いいともー」


ぬえは二つ返事でOKした。


「任せな、とっておきの話を聴かせてやるよ」
「期待してるぜ」


こいつは、いよいよ百物語が楽しみになってきやがった。是非ともビビリ要因の妖夢は確保せねば。
私は箒の速度を上げる。白玉楼はもうすぐだ。



―2―



霊夢がさっきから箒を握ったまま立ち尽くしている。なんだか熱っぽい表情を浮かべている。
これは、悪い兆しだ。また、あの青い邪仙にそそのかされたか……。
少し前から、頻繁に霊夢に接触しているようだ。勘が働くのか、私が現れると、すぐにどこかへ消えてしまう。


「クソー!ルーミアのやつ最近また強くなったんじゃないか!?」
「ルーミアのくせに生意気だぞ」
「ははは、かかってきなよ、虫けらにバカ」


履き集めた塵を再び散開させる小妖怪どもに注意もしないとは、随分してやられたな。


「クソがー!クソッ!クソッタレー」
「生意気なぁー!クソー」
「バカがー。虫けらめー」


随分とボキャブラリーの貧困な雑魚共のことなど眼中に無いように霊夢は虚ろな表情を浮かべている。


「クソクソクソクソ!」
「うああーー、このぉぉおお!」
「バカ虫がー!!」


私はクソバカ虫を素通りして霊夢の前まで歩み寄る。


「これ、霊夢!」


ピシャリと頬を叩くと、ハッとしたような表情で私の顔を覗き込む。


「あ……あんた、えっと……」
「華扇です。茨木華扇」


すっかり、敵の術中に嵌ってしまって、と嘆息する。


「また、あの女が来たのですね」
「あの女?ああ、青娥のこと」
「そうです。霊夢よく聞きなさい。あの女は危険です」
「危険って……大丈夫よ私の方が強いし。それに、別に何かされたってわけでもないし」
「されているのですよ。あなたは自覚が無いかもしれませんが」
「はあ?」


病識が無いというのは厄介なものだ。


「今だって霍青娥のことを考えていたんでしょう」
「だ、誰がアイツのことなんて……!」


耳たぶを真っ赤にしながら言われても説得力がない。図星のようだ。


「このままでは何れ彼女のこと以外考えられなくなるわ」
「だから、考えてないって!」
「これ以上あの女に関わってはなりません。あの瞳ご御覧なさい。欲深な燐光を振り撒き徐々に獲物を弱らせる。邪悪そのものではありませんか」
「別にそんな感じしないけどなぁ」
「霊夢!」


語気を強め、霊夢を鋭く睨みつける。


「な、何よ……」
「追い返しなさ。多少乱暴な手を使ってでも」
「流石に何もしていない相手をやっつけるのは気がひけるわ。どうして、そんなに青娥のことを悪く思うのよ」
「実際に悪いからです」
「……ははーん、わかったわ、あなた嫉妬してるんでしょ。最近かまってあげなかったから?同じ仙人として?」


呆れてしまって、暫くのあいだ固まってしまった。


「馬鹿なことを言わないで。同じではありません。奴は邪仙、私は仙人。性質は百八十度違います。邪仙は悪事を重ねるほどその力を増すのです」
「ふーん。良い事より、悪い事するほうが簡単そうね」


霊夢の感想はそれだけだった。そりゃあ、行うなら悪事の方が遥かに楽ではあるが……。
まあ、悪事を働けばそれだけ恨みを買う、いずれは誰かが奴に罰を下すだろう。いや、このまま行けば、私が直々に……


「でも、アイツにも良いところあるのよ。時々お饅頭とか持ってきてくれるし」
「饅頭ですって!?」


また、古典的な方法を使ってきたものだ。それに引っかかるこの巫女も思慮が浅すぎる。


「どこです?」
「え、客間の戸棚の中だけど……ああ、ちょっと盗らないでよ?」


私は霊夢の制止を振り切り神社に上がりこむ。客間は玄関を入ってすぐ左だったな。


「これか」


戸棚の中に桐で出来た箱を見つける。中を開けると厚紙で十に区切られ、綺麗に饅頭が収められていた。
だが、既に中身は五つしかなく半分は霊夢の胃袋に消えたに違いない。


「コラ、泥棒!」
「食べたりなんかしないから安心なさい。それより、あの女が持ってきたものは饅頭だけ?」
「その煎餅もアイツの差し入れだけど……」
「饅頭と煎餅だけですか?」
「うん、他にもあったけど食べちゃったわ」


それだけ聞くと私は饅頭と煎餅を持って外へ出る。霊夢は饅頭たちを心配そうに見つめながらついてきた。


「ちょっと!何するのよ!」


私は外へ出るなり饅頭と煎餅を地面に投げ捨てる。如何せん見た目が綺麗でこの巫女なら砂を払って食べかねんと判断し、靴で踏みつぶして、均しておく。


「これは毒です。食べてはなりません」
「何が毒よ。もし、そうだったら、私はとっくに死んでるわ」
「そういった毒ではないのです。これらには徐々にあなたの心に蓄積し支配しようとする……」


パン!


頬を叩かれた。左の頬がジンジンする。


「帰って」
「霊夢、私はあなたの為を思って」
「いいから!」


霊夢は怒ったような、でも、今すぐにでも泣き出しそうな顔でこちらを睨みつけている。


「私の心配?ホント、余計なお世話。私はなんとも無いって言ってるでしょ。ほっといてよ」
「……」


少し行動が浅はか過ぎたか、饅頭の処理にはもっと慎重を期すべきだった。説明を怠ったことを悔やむ。
霊夢は箒もほっぽり出して神社の中に閉じこもってしまった。夏だというのに戸もすべて閉じている。


「ね、熱中症になってしまいますよ」
「あんたが帰ったら戸を開けるわ」
「はぁ……」


あの子も意地になってしまっている。そりゃ、頭ごなしに、あれは悪いものだからするな!と言われればいい気はしない。
今の彼女は不貞腐れたただの子供だ。暫く、時間を置いたほうが得策だろう。


いつまでも、未練がましい視線を神社に向けていても仕方あるまい。
私は踵を返し、おとなしく石段を下る。


「どこへ行こうというのです?」


私は物陰にうごめく、それに言い放つ。


「おやおや、バレてましたか……」
「それで、姿が隠せていたと思っていたのならお笑い種ね」


背の高い草をかき分け霍青娥が姿を晒した。
蒼く、吸い込まれるように深い瞳。底しれぬ野望を宿しているようだ。


「食べ物を粗末にするなんて関心しないわね」
「毒入りの饅頭を食べ物と呼ぶなど、滑稽だわ」
「せっかく霊夢にプレゼントしましたのに……」
「あの子にこれ以上関わるな。どうせ、お前には扱いきれんさ」
「何をおっしゃってるかさっぱりね」


青娥はとぼけてみせるが、それはますます私の神経を逆なでするということに彼女は気がついているのか。


「私はこれから、お師匠様に会いにいくのよ。傷心を癒してあげなくてはね。おいしい茶菓子を添えて……というわけで、どいてくださる?」
「通りたくば、力付くでどかして御覧なさい。卑しい死体で太刀打ち出来ると考えているのならね」
「……はぁ。私はあの巫女と親交を深めたいだけなんですがねぇ……お師匠様も面倒な方に付きまとわれて、可哀想ですわ」


軽口を叩いてはいるが目は笑っていない。腸は煮えくり返っているに違いない。


「日を改めるわ。お邪魔虫がいない静かな昼下がりにでも伺うとします」
「近付けさせなどしないわ」


青娥は勝てないと悟ったのか、羽衣を棚引かせて遠ざかる。


「私は、諦めないわ」


さり際にそうつぶやいた。
覚悟の上である。奴は目的のためにはどんな事でもするだろう。できることなら絶対に関わりたくはない輩。
ああいった者は時に考えもよらぬ方法で目的を成し遂げようとする。それが、あまりに凄惨で憚られるであろうことでも躊躇することはない。
さり際に見せた恨めしそうな青い瞳がいつまでも脳裏に焼き付いていた。



―3―



「アリス、あそぼうよ」

「嫌よ」

「お勉強なんていいからあそぼう」

「うるさい、あっち行って!」

「怒ってるの?アリス、私の事嫌いなの?」

「……ええ、大っきらいよ!」

「ひどいよ……」

「お願いだからもう二度と私の前に現れないで!」

「どうして、そんな事言うの?ねぇ、どうして」



ド ウ シ テ・・・



「っ!!」


私はハッとして飛び起きる。
また、あの夢だ。
私はこの悪夢に未だ苛まれている……。


「寝てしまったようね」


窓を見るとカーテンから光が漏れている。もう朝か。
机の上に視線を向けると、作りかけの蝋燭が転がっていた。


「あと、40本くらいか……」


手にこびりついた蝋をこそぎ落としながら残りの作業を考えた。


「今日中には終わらせたいわね。他にやらないといけないことが沢山あるし」


机の前に座り、作業を開始しようと構えたとき、


コンコン


ドアがノックされる。


「アーリスー。いるんだろう?」


はぁ、とため息を吐いてから椅子から立ち上がる。私にこの単純作業を押し付けた張本人の登場だ。
ドアを開けると霧雨魔理沙が立っていた。


「おはよう、どうだ、ろうそく作りは」
「今日中には終わらせるわ。それより頼んだ物は手に入れてくれた?」
「ん、ああ。一応六個ほど見つけたんだがな……」


そう言って魔理沙は持っていた袋から白と黒の斑模様をしたキノコを取り出した。
シロクロマダラカサタケといって、猛毒を持っているが、豊富な魔力を含んでおり精製すれば大量の魔力が手に入る。
とてもレアなキノコなので素人では到底見つけることは出来ない。
私は蝋燭を100本ほど作ることの交換条件としてキノコ採り名人である魔理沙にこのシロクロマダラカサタケを10個取ってくることを申し入れたのだ。


「いくら何でもシロクロマダラカサタケ10個は足元見過ぎだぜ」


魔理沙がぼやいてみせたので、私は魔理沙の前まで歩み寄ると地面に視線を落とした。


「何…だ!?何をしている?」
「いや、ちょっと、なんていうかさ。私はほら……見てるのよ。魔理沙の、足元を」
「……あ、蟻が!アリスがッ!」
「そー興奮しないでよ魔理沙。仕方ないでしょ立場的に…こーいうものなのよ、世の中って」


クスクスと笑ってみせた。馬鹿な掛け合いはこれくらいにしておこう。


「まあ、無理なら代わりの物で賄ってもらおうかしら」
「なんだよ、代わりの物って?」


魔理沙が訝しげに顔を覗き込んでくる。


「魔理沙の家にあったあの人形ちょうだいよ」
「あん、もしかして香霖のとこからパクったやつか」
「そうそう。あれは私が目をつけてたのよ」

私の住む魔法の森の入り口には香霖堂という無愛想な半妖の男が開いている店がある。
店には外の世界から流れ着いた様々な物―そのほとんどがガラクタとしか思えないが―が商品として並んでいる。
私も時々暇なときに店を訪れては、めぼしい物を買ったりする。大抵は外の世界の人形で、これを集めるのが私の一つの趣味である。
集めた人形からヒントを得て作った人形もあるのだから、最近は趣味の域に留まらぬところもあったりする。
魔理沙が盗っていった“マトリョーシカ”という人形も私が購入しようと思っていたものだった。そのときはたまたま持ちあわせが無かったため、後で買いに来ようと思って店を出たのだ。
まさか、自分以外に人形を購入する奴などいないだろうと思っていたのだが、暫くして店に行くと人形が元いた場所には陶器の置物にとって変わられていた。
店主の森近霖之助に尋ねると、


「ああ、あれかい。あれなら魔理沙が持って行っちゃったよ。ホント店の物を勝手に持って行かないで欲しいね」


と嘆いていた。


「しょうがないなぁ、じゃあ、あの人形譲ってやるよー」


魔理沙は思いの外あっさりと人形の譲渡に同意を示した。
ああ、これは一本取られたか。私は無理を言ってその交換条件としてあの人形を手に入れようとしていたのだが、どうやら魔理沙は私が外界の人形集めを趣味にしていることを知っていたのだろう。
きっと、あの人形は何かの取引に使えると思ってとっておいたのだろう。それが今役に立ったという話だ。


「じゃあ、交渉成立ね」
「おう」
「まあ、上がって行きなさいよ。飲み物くらい出すわよ」
「お言葉に甘えるぜ」


魔理沙は箒を玄関に立てかけると、ドアをくぐった。


「おー、やっぱ、太いな」


出来上がった蝋燭をみた魔理沙が感想を述べる。


「まあ、一晩もつようなのだとこれくらいにはなるわよね。で、集まったの?百物語のメンバーは」
「まあな。早苗も協力してくれて結構なメンツが揃ったぜ」
「ふーん、よかったじゃない」
「へへへ」


魔理沙の話では、天狗記者や永遠亭の姫君も来るのだという。長く生きた妖怪の怪談話には純粋に興味がある。


「アイスティーとアイスコーヒーどっちがいい?」
「私はコーヒー派だぜ。ミルクとお砂糖もつけてな」
「はいはい、上海!アイスコーヒーとアイスティーお願い。魔理沙のには砂糖とミルクを」


私がオーダーを言うと、しばらくして上海人形―30センチ程の女の子型の人形である。私の自信作だ―がトレイにアイスコーヒーとアイスティーを乗せて現れた。砂糖とミルクも忘れてない。


「相変わらずすげぇな。生きてるみたいだぜ」


魔理沙は上海からアイスティーを受け取るとさっと、人形の髪を撫でた。


「アリガトウゴザイマス」
「ははは、可愛いな」


自慢の人形を褒められて嬉しくないわけがない。私は少し誇らしい気持ちになる。


「簡単な会話や、命令は理解して応答できるのよ」
「へぇー良く出来てるんだな。これなら、自立人形の完成も近いな」
「ふふふ、ありがと。より人間らしい動きができるように色々と苦労したわ。ただ、歩くだけでもかなりの技術は導入しているのよ。常時重心を測定する機能や各種のセンサーで測った自分の位置、駆動部に掛かる力、スピードなどの情報を中枢回路に伝える受容器があって、その活動によって運動を調節するの。その運動調節から運動パターンを……」
「あー、あー、ナルホドー」


魔理沙はわざとらしく語尾のイントネーションを抑揚の無いものし、小難しい話はわからないアピールをしてきた。残念だが、魔理沙には確かに難しい話だったかもしれない。こういった話は河童の連中とでもしたほうが盛り上がる。私は百物語よりこういう技術的な話のほうが好きだったりするのだ。
まあ、この小さな人形に詰め込められた技術や開発のドキュメンタリーは三日三晩寝ずに話し続けても語り尽くせぬだろうが。


「んーまた、人形が増えてるぜ」
「そうそう、この前香霖堂で購入したのよ。外の世界の人形で“ねんどろいど”というらしいわ」


私は棚から二頭身しかない頭でっかちな人形を手にとって見せてやる。
棚には私が今まで集めた外の世界の人形がところ狭しと並んでいる。
オランダ人形、フランス人形、インディアン人形、マリオネット、ギニョール、ビスク・ドール、キューピー、バービー、等々。
ここにもうすぐ、マトリョーシカも加わることになる。


「色々あるもんだなぁ。でもこんな人形があると大勢にみられてるみたいで落ち着かなくないか?」
「そんなことないわよ」
「人形が動いたりとかそういう怖い話いっぱい持ってそうだな」
「怖い話?人形が動くのは当たり前じゃない。魂が宿るんだもの」


魔理沙は笑ってアイスコーヒーを飲み干した。私はそれをぼーっと眺めていた。
私がここまで人形に執着するのは友達が欲しかったからなのだろうか。
昔から私には友人と呼べる者は疎か、話し相手ですら……。唯一の話し相手であったあの子は……。
だが、あれはもう過去の話だ。いつまでも囚われていてはいけない、前を向かなければ。


「魔理沙……」
「ん?」
「ううん、なんでもないわ。ありがと。上海人形を褒めてくれて。嬉しかったわ」
「やめろよ、照れくさい」


わたしは、こういう生活にずっと憧れていたんだ。心置きなく話せる友人とちょっとした趣味、こういう生活がずっと続けばいいなと思っていた。
ずっと……。



―4―



姿など見せぬほうが良い。見た目というのは人の印象を大きく左右する。
美しければ持て囃され、醜ければ蔑まれ、大きければ畏れられ、小さければ見下される。
人によっては評価も変わろう。どんな容姿が良いとか悪いとか、そんなことは決めれれない。ならばいっそ、その見る者によって姿を変える正体不明になってしまえばいい。
それが、一番ラクなのだ。
人を脅かすのにもそう、だから大妖怪には変化の術が使える奴が多いのだ。


「誰もワチキを怖がってくれないの〜」
「ふっふ、小傘は可愛らしい顔をしてるからねぇ」


私は、命蓮寺の境内で、勝手に傘を借りてきてしまったお詫びとして小妖怪から相談を受けていた。
目の前で瞳をウルウルさせているのは多々良小傘。ひとを驚かせ、その恐怖を糧とする実に妖怪らしい妖怪だ。
だが、最近は誰も彼女の事を怖がってくれないのだという。
まあ、一番の原因は見た目が全然怖くない事。
男ならば娘や伴侶に欲しいを思うような可愛らしい見た目をしている。
妖怪慣れしている幻想卿住人ならば、誰も怖がりはしないだろう。
あとは、やっぱり、驚かし方がワンパターンだということか。
突然ばぁーとやるだけじゃ、またお前かとなってしまう。
次々に斬新な驚かせ方えお考え実行する必要がある。


「でも、ぬえちゃんも可愛いよ〜?」


小傘が私を見つめてそういった。お前のほうがもっと可愛いさと言ってかじりつきたくなるがじっと耐える。
代わりに「ははは」と笑って彼女の頭をワシワシしてやった。
実に可愛い。妹にでもしたい気分だ。


「あとねぇ。最近、裏の墓地に変なのが出るのー。なんとかして欲しいの」
「ふぅむ、可愛い妹分の願いならば聞かぬ訳にはいくまい」


大体、検討はつく。
裏の墓地といえば、最近厄介な奴が復活した。
豊聡耳神子……そして、その取り巻き連中。
妖怪を滅しようと画策するとんでもない奴らだ。
人は妖怪を恐れる。いや、妖怪だけではない。自分たちと形の違うものを排除しようと考える。醜いもの、恐ろしいもの……。
同種の間ですら、そういった事をする連中だ。人間とは、まあなんと浅ましい種族よ。
しかし、その中にもいい奴ってのはいるもので、白蓮もその良い奴の一人。
今なら解る。村紗や一輪が彼女に心酔しる気持ちが。
彼女は私達のために身を粉にして働いてくれている。
彼女の復活を邪魔した私にもやさしくしてくれた。故に感謝している。
そんな白蓮の邪魔をする連中が命蓮寺の裏手にいるのだからいい気はしない。
二ッ岩の婆さんだけじゃ、心もとないかもしれない。
ここは私が直々に動くしかないようだ。


「ちょっくら、焼きを入れてやるかね……」


首をゴキリと鳴らし、伸びをする。全身の筋肉をほぐし終え、私は寺の墓地へと飛び立った。



―5―



夕刻、夏のお天道様は働き者である。午後七時を回っても外は明るい。
今宵の宴の為に続々と神社に語り部達が集まってくる。


「こんばんはです。霊夢さん」
「こんばんは。悪いけど、お皿並べて貰っていいかしら?」


私は、百物語前の晩餐の支度であくせくしていた。丁度神社にやってきた文にも準備を手伝ってもらおうとお願いする。


「ふむ、人手不足のようですね。わかりました。手を貸しましょう」


まあ、自分たちが食べる夕食なのだから、本来は進んで手伝うのが礼儀だろうと思ったが、断らないだけマシだろう。
文には、取り皿と箸と並べて貰う。座敷に出した宴会用の長い卓には既に小鮎や唐辛子、南瓜の天ぷらの乗った大皿が置かれている。


「霊夢さんお釜吹いてます!」
「あー、はいはい!」


台所でじゃがいもの皮を剥いている早苗に呼ばれ、急いで釜の火を弱める。


「あー、もう、なんだって夕飯も一緒に食べなきゃならないのかしら」
「一晩中話をするわけですから、しっかりと英気を養わなければなりません。腹が減っては怪談は語れぬのです!」


早苗が包丁を握りしめてそう主張する。危ないので刃物は置け、と思う。
私が酢の物を皿に盛りつけていると、


「ははは、来てやったわよ霊夢!」
「お邪魔しますわ」


意気揚々と吸血鬼とその忠犬が現れた。
吸血鬼のお嬢様、レミリア・スカーレットはなんとも場違いな煌びやかなドレスで着飾っているではないか。


「レミリア……今夜は怪談話をするのよ?」
「ふふ、どうかしら?今夜のために特別に仕立てさせたドレスよ」


レミリアはスカートの端を指で摘み上げてくるりと回ってみせる。


「はあ、いつもと何か違うのかしら?」
「な!?わからないの??ここ、こ↑こ↓。金の刺繍が入ってるでしょう?あと後ろのリボンなんかもほら、あと襟元のレースもよく見なさいよ!」
「んー」


正直、普段のドレスと大きな違いがあるとは思えない。目を細めてどう言おうか迷う。そんな私の態度が気に入らなかったのか、


「どういう、感覚してるのよ!このドレスのエレガントさがわからないだなんて……」


顔を真赤にして喚いている。肌が白いから興奮するとすぐに顔に出るため、吸血鬼はいつも冷静に振舞っていなければ格好がつかないなと思った。


「まあまあ、お嬢様、霊夢はお嬢様はどんなドレスを着てもエレガントだと言いたいのですよ。どんなに煌びやかなドレスもモデルが悪ければ輝けませんわ。お嬢様は普段のドレスからパーティー用のそれまで完璧に着こなします。その自然さ、当然の高貴さが霊夢に違和感を感じさせなかっただけのこと。霊夢を攻めることはありませんわ」
「むう、そうだったの。全く霊夢は確かに口下手でボキャブラリーが貧困なとこらがあるからな。仕方ないわね」


咲夜のフォローですっかり機嫌を良くしたレミリア。私は、少しもそんなこと思っていないが、反論すると面倒な事になるのは目に見えているので、黙っておく。そのことも織り込み済みなのだろう。このメイドの頭の回転の速さには関心する。


「そうだ。霊夢もオーダーメイドのドレスを仕立ててあげましょうか?私が懇意にしている仕立屋ならきっと霊夢も気に入るようなドレスを作り上げてくれるはずよ」
「え、いや私は巫女服だけで十分よ。これがフォーマルなの」
「そんな遠慮しなくていいわ。女性なら誰でもオーダーメイドのドレスってのは憧れるものよ。一着くらい持っておくべきよ!んー、ブルネットの霊夢にはどんな色のがいいかしら」


私の意見は完全無視でもう、ドレス作りの構想に着工しているところは、いつものレミリアらしい。まあ、タダで作って貰えるのなら特に断ることもないだろう。
二、三度来てみせて、満足させたら押入れに閉まっておこう。


「あ、そうそう。咲夜悪いけど夕飯作るの手伝ってくれるかしら?」
「かしこまりましたわ。お嬢様はディナーの準備が整うまでお座敷の方で寛いでおいて下さいませ」


レミリアは早くしてね、私お腹すいてるんだからと吐き捨てると座敷の方へ歩いていってしまった。


「すぐに終わらせますわ」
「助かるわ」


私が瞬きした瞬間に、早苗が手にしていたじゃがいもや火にかけてあったお釜、その他造りかけの料理は台所から綺麗に姿を消し、流しに溜まっていた野菜のクズや、魚の腸は綺麗に片付けられている。
早苗と共に座敷に移動すると、そこには私たちの作っていた料理が頭に描いた完成図以上に美しく盛りつけられ、食卓を彩っているではないか。しかも、予定になかったおかずも何品かある。あとでレシピを教えて貰おう。


「咲夜さん一人いれば私たちいらなかったんじゃ……」


早苗がボソリと確信に触れる一言をつぶやいた。それは言うな、悲しくなる。


食事の準備が出来た頃、続々と参加メンバーが神社に姿を見せる。


「参ったわよ」
「あら、あんたも参加するの?」


月のお姫様、蓬莱山輝夜がふわりと神社の境内に降り立った。


「永遠亭に閉じこもっているより、いくらか面白いと思ったから来てみたわ」
「あら、そ。……それとそっちの小妖怪も参加するのかしら?」


私は、輝夜の後ろにぴったりとついて、触覚を覗かせている、虫の妖怪、リグル・ナイトバグに声をかける。


「うん、輝夜さんが神社で面白そうなことやるって言ってたからついてきたんだよ」
「ついてきちゃったのよ」


輝夜は両手の掌を高く掲げ、やれやれのポージング。


「私も参加していいよね?」
「まあ、いいんじゃない?魔理沙もいいって言うと思うわ」


宴会も祭りも人数は多ければ多いほどよいと常々言われているのだから、今宵の怪談語りも大勢の方が盛り上がるし、多種多様な話が聞けて楽しめるのではないだろうか。


「他には誰が来るの?」
「さあ、私は聞いてないのよ」


魔理沙と早苗が勝手に決めたことらしいので私は誰が来るかを知らない。一体後何人来るのだろうか?魔理沙は十人ちょっとと言っていたが、こうして途中で参加者が増えることも想定しているのだろうか?夕食を多めに作っておいてよかったと思う。


「まあ、妹紅以外なら誰が来てもいいけど。じゃあ、私達は上がらせて待たせてもらうわ」
「ええ、座敷にみんないるから座って待ってて」


輝夜とリグルは母屋の方へと歩いて行った。
それより、言いだしっぺの魔理沙はまだなのだろうか。本来、いの一番に来て準備を手伝うのが筋ってものじゃないのか。
そんなことを思っていると、3つのシルエットが鳥居をくぐってこちらにやってくる。


「こんばんはー」


はじめに挨拶をしたのは真ん中のツインテールの河童、河城にとりだ。


「珍しい組み合わせね」
「来る途中に会ってな。自分も神社の百物語に参加するっていうんで一緒にきたんだ」


そう答えたのは白沢の上白沢慧音。正確には半分人間のワーハクタクだが。


「安心しな、このぬえ様がとびっきりの話をしてやるよ」


封獣ぬえはドンと胸を拳で打ってみせた。


「期待してるわ」


三人が神社の中に入った直後、ようやく主催者の魔理沙のお出ましである。しかも、アリスと同伴出勤とは、イイご身分である。


「遅かったじゃない。もう、夕食の準備できてるわよ。7時半集合って言ってたじゃない。もうちょっと、早くきて手伝ってよ」
「悪い悪い、こっちも色々準備してたんだよ」


魔理沙は手に持った風呂敷を掲げてみせた。


「蝋燭よ。魔理沙に頼まれて作ったの20時間は持つわ」


アリスが自慢気に言う。


「今誰が来てる?」
「えーと、早苗と文、レミリアに咲夜、輝夜、リグル、にとり、慧音、ぬえ、あと、一応萃香がいるけど」


青娥と華仙はいない、この間華仙とちょっとあってからは、姿をみていない。いれば彼女達にも参加してもらおうと思っていたのだが。
華仙とも仲直りをしたいと思っている。彼女は私のことを心配してくれて言ってくれたというのにきつくあたってしまった。青娥のこととなると少し頭に血が登りやすくなる。
もしかしたら華仙の言うよう私は……


「そっか、じゃあ、あとは――」


魔理沙が言いかけた時、


「すいませーん。遅れてしまいました」


背の低い銀髪おかっぱ頭の魂魄妖夢が白玉のような半霊を連れて現れた。最後の参加者はこいつのようだ。


「幽々子様の夕食の支度を終えてから来たもので、遅くなってしまいました」
「気にするな。私たちもさっき来たところだ」


妖夢の場合は仕方ないとして、魔理沙は少しは気にすべきだろう。


「みんな待ってるから早く座敷行きましょう。これで全員なのよね」
「ああ、全員だぜ」


魔理沙はにっ、と白い歯を見せて笑った。


「しかし、夕食後に座談会をするなんて珍しいですね。いつもならお酒でも飲みながら好き好きに話す、宴会が普通なのに」


ん、と私は小首を傾げた。これはもしかすると魔理沙の奴、妖夢をだまくらかして連れてきたのではなかろうか。
肝だめしであれだけビビリなところを露呈した妖夢だ。普通に誘っても断られるのがオチとみて座談会と言葉を濁したのだろう。


「そうね。それについては夕食後ゆっくりとね。夜は長いもの」


アリスが微笑する。それを見た妖夢の顔に疑問符が浮かんでいる。


「さあさあ、まずは飯だ。とっとと行こうぜ」








「百物語だなんて聞いてないですよ〜!」


妖夢が涙目で訴えかけてくる。


「怖い話について話しあう座談会だぜ」


悪びれもせず魔理沙が言う。
私は夕食の皿を片付けながら二人の問答を見ていた。


「私怖い話とかそんな持ってないんで帰ったほうがいいですよね?ね?」
「妖夢はただ座って話を聞いているだけでいいんだぜ」
「えー、いや、私いる意味ないですし」


妖夢はおそらく今夜の座談会の花形、驚き役に違いない。
せっかく、怖い話をするのだから、怖がってくれる者がいなけれが楽しくあるまい。
ここにいる面子で怪談の類で怖がってくれる者など妖夢以外にいないのだから。


「蝋燭は倉に立てるの?」
「ええ、最悪神社が燃えてしまわないようにね」
「地震で潰れたこともあったし一回位燃えても大丈夫だよ」


横から伊吹萃香が馬鹿なこと言ってくる。


「よし、蝋燭並べに行くか。早苗と咲夜は机と鏡持ってきてくれ」
「了解です!」
「アリスは私と蝋燭並べるのを手伝ってくれ」
「わかったわ」


魔理沙とアリスが倉の方へと歩いて行くのがみえたので、私は食器洗いを文とにとりに任せると二人を追いかけた。


「お、霊夢も手伝ってくれるのか」
「蝋燭が倒れないようにしっかりと立てないといけないからね。倉だって燃えてもらったら困るし」


蝋燭の一本に火をつけ、垂らした蝋で残りの蝋燭を地面にくっつけていく。一つ一つきちんと接着されているか確認し終わると、私はバケツに水を組んできて蝋燭の林立する周り等間隔に並べた。
ぐるりと囲ったバケツたちが蝋燭の炎を食い止めてくれる気がする。これぞ、完全防火陣形、火の用陣!……などと頭の中に浮かんだが口にすれば失笑を買うのは目に見えているので声にはしない。


「これで準備完了かしら」


咲夜が机の上に鏡を設置すると、魔理沙が蝋燭に火を灯す。


「さあ、百物語の開幕だぜ!」



―6―



「さあ、誰から話すよ?」


私の右隣の魔理沙がこれから怪談話をするにはおよそ似つかわしくない威勢のいい声をはっする。
座敷の卓をどけ、畳の上に私たちは車座に座っている。部屋は灯りを消して真っ暗でよく見えないが私から時計回りに早苗、萃香、輝夜、リグル、にとり、文、ぬえ、妖夢、咲夜、レミリア、慧音、アリス、魔理沙の順番のはずだ。


「じゃあ、私から」


一番手に名乗りを上げたのはにとりだった。


「最近さ、人里の方でもハイカラな建物が増えてきたみたいでさ、基本私たち河童が建築工事とか受け持ったりしてるんだ」


確かに、私が小さい頃より洋風な建物が増えたなと思う。


「幻想郷に迷い込んでくる者には色んな人間がいるからな」


と慧音。


「そういった人間達のニーズに応えてそういう家を建てたりしてるんだ。でさ、建てるだけじゃなくてメンテナンスとかもやってたりするんだよ」


河童はホント手広くやっているなと毎度感心する。


「屋根の修理とか立て付けが悪いドアとか直したり、外壁の塗装なんかもするね。で、ある日の依頼でさ、壁に変なシミができてしまったから壁紙を張り替えてくれって言われてさ。まあ、壁紙の張替えなんてのもアフターサービスの一つでちょくちょく頼まれりするんだ。依頼人の要望で壁紙の接着剤は人体にやさしいモノを使ってくれって言われてね。あと、ホルムアルデヒドの測定なんかも頼まれた。もともと壁紙の糊や木材の接着剤にホルムアルデヒドとかを多量に含んでるものなんか使ってないんだけどさ。その依頼主の家族がどうにも最近皆体調を崩してるみたいでね。診てみますつって。そんで、壁紙を張り替える為にその家に行ったんだけど、その壁紙を張り替える原因になったシミってのがさ、目を凝らして見てみると人の顔にみえるんだよね。シュミクラ現象だっけ?点が3つあったら顔に見えるってやつ。そんなんじゃないんだよ。すすで汚れた顔を壁にぎゅーって押し付けたみたいな……そう、デスマスクのようなシミがあるのさ。話を聞くと家を建ててから暫くしてからその部分がシミてきてだんだん大きくなったって言うんだ。嫌な予感がプンプンするよね。でももしかしたら通気性の問題でカビが発生して偶然そんな形になっちゃったのかな、なんて考えもあってさ。まあ、とりあえず剥がしてみようと思ってね。洋風の建物に住んでるアリスやレミリアなんかは知ってると思うけど壁紙ってのは部屋のを全部剥がして貼り直さなきゃならないんだ。でだ、壁紙を端から剥がしていこうと思って、シミとは反対側の壁紙にをペロンって剥がしたんだ……」


いつの間にか夕食の頃の雰囲気はどこへやら、皆にとりの話に聞き入っている。溜めの作る張り詰めた静寂に、誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。


「うわっ!」
「ひっ!!!」


突然のにとりの大声に妖夢が情けない悲鳴を漏らす。


「って思わず声が出たね。剥がした壁一面にびっしりと手形が付いてたんだから。部屋の壁紙を全部剥がしてみたけど部屋中手形がスタンプされててさ、気味が悪いったらありゃしないよ。そんで問題の壁のシミの部分なんだけど、そりゃあもう、くっきりと人の顔が浮き出てるんだ。表情までわかる位ににね……」


そして、もう一度溜めが入る。


「笑ってたんだ。満面の笑みで」
「ひいいいやぁ……」


暗順応してきた私には妖夢が咲夜に抱きついているのがはっきり見えた。


「ははは、これでお終い」
「いやぁ、よかったぜ。トップバッターとしては申し分ないな」


魔理沙が絶賛しているが私としてはこの話、実は知っていたためあまり驚きは無い。
何せその手形尽くしの家のお祓いをしたのは他ならぬ私だからだ。


「ちょっと、妖夢、暑いわ。もうちょっと離れてくれない?」


正直私としてはあの家に取り付いた悪霊なんかより目の前でビクビクしているコイツの主人のほうが何千倍も厄介だし危険だと思う。
そもそも、半分幽霊の妖夢が幽霊の話に怯える理由がわからない。白玉楼にならいくらでも幽霊がいるだろう。


「えっと、私は蝋燭消しに行くんだっけ?」
「そうだぜ、蝋燭消したら鏡で自分の顔を見るんだぜ」
「あいよ」


にとりが席を立ち、蝋燭を消しに倉へ向かう。


「やっぱ、倉は少し遠くない?外出るの面倒だし」
「そんなこと行っても仕方ないじゃない」


輝夜が今更、蝋燭を置く部屋割りに文句を垂れる。


「まあ、話し手が消して戻ってくる間は余韻を楽しみましょうよ。それに、消しに行く距離が長いほうがスリルがあるじゃないですか。ちょっとした肝だめしですよ」


早苗がご自慢のポジティブシンキングでフォローしてくれた。


「ただいまー。特には何もなかったよ」
「まあ、一人目だしな。次、誰行く?」
「じゃあ、私が行きます」


早苗が手を上げた。


「これは、外の世界の話なんですがぁ……」


早苗の怪談は、外の世界の専門用語が多く正直良くわからない。早苗も私たちにはわかりにくいと思われる言葉は逐一説明を入れてくれたが、それでも私たちにはちんぷんかんぷんだった。河童のにとりだけはわかったような表情で時たま「なるほど」とか、「へぇ」とかつぶやいていたが。


「それで、暫くしたら>>1から書き込みがあったんですよ。でも、どうも、さっきと様子がおかしい。急に淡々とした口調で何もなかったってレスしてきて、私は無事です、相談に乗って下さってありがとうございました。っていったきり書き込みが途絶えたんです……怖くないですか!?」


早苗の話は、外の世界にはインターネットという式神を使った通信手段があるのだそうだ。そこの大きな掲示板ば存在し、式を通して書き込めるのだという。
その大きな掲示板に式を使ってストーカーに悩まされている>>1さんという人が相談していたところ、書きこんでいる途中にストーカーの男が外から自分の家を除き見てるのに気が付く。自警団に連絡しようと試みるのだが、暫くしておんなじ式からの書き込みでもう大丈夫と書き込みがあった。なんで同じ式だとわかるのだと聞いたところアイディーとかいうのが一緒だからだと言っていた。
要するに、ストーカーの男が>>1さんの振りをして掲示板に書き込んでいたという話だ。


「うーん、ちょっと外の世界のことはわからないわ」
「そうですか……やっぱ、この話は幻想郷向けの話ではなかったのかもしれませんね」


早苗はがっくりと肩を落として部屋から出ていった。


「じゃあ、早苗が戻って来るまでに次の奴」
「じゃあ、私が」
「期待してるわよ、咲夜」


レミリアが肘で咲夜の横腹を突っつく。
早苗がのそのそと戻ってきて、再び私のとなり着座する。


「ええ、では……」


咲夜はコホンと小さく咳払いすると語り始めた。


「少し前のことですわ。いつものように厨房でお嬢様のおやつであるプリンを作り終わった時です。これから、お嬢様にお出ししようとトレイに乗せた時、ガシャーンと大きな音がしたのです」


咲夜が大きな声を出すものだから妖夢がまた、ビクリとのけぞる。


「まあ、それはうちの妖精メイドが花瓶をひっくり返した音だったんですけど」


がくりと頭を畳にぶつけそうになる。


「妖精メイドに説教をして綺麗に掃除しておくよう言い残して厨房に戻ってみると……無いんです。お嬢様に出すはずのプリンが」


咲夜が皆がぐるりと見回し、口を開いた。


「あ、終わりです」


がく、とういう音が聞こえてきそうだ。皆も畳に頭をぶつけぬよう必死に抗った。


「レミリアが待ちきれずに食べたんじゃないか?」
「失礼ね、私はそんなはしたない真似しないわ!」


レミリアが反論する。


「妖精メイドの誰かが食べちゃったんじゃないですか」


早苗が吹き出しそうになるのをこらえながら尋ねる。


「そんなはずはありませんわ。うちの妖精メイドにそんな度胸があるとは思えませんもの」


だとしたら、もう犯人は明らかであろう。私の頭の中には時たま神社にやってきてはいたずらをする三人の妖精の姿が頭に浮かんだ。彼女らは音を消したり姿を消したりする能力を持っていた。プリンを盗み食いするくらい訳ないだろう。


「でも、あまり怖くはないな」
「いえいえ、恐ろしいことですわ。私もお嬢様も犯人ではない。パチュリー様も使い魔も勿論違う。妖精メイドにそんな恐れ多い事をする者もいない。屋敷内には犯人と思わしき者がいないんですもの」
「じゃあ、部外者の犯行でしょ」
「そんなはずは……だって、うちには立派な門番がついていますのに」


一度の沈黙。なるほどこれは背筋も凍るような話だ。門番にとってだが。
いや、門番が一体どんな責め苦を受けるか想像するとこれはなかなかホラーかもしれない……


「では、蝋燭を吹き消してきますわ」


咲夜がすっと立ち上がり座敷の戸を開く。


「じゃあ、次だな」
「あ、私が話すよ」


リグルが挙手をする。


「ええと、では、私ホタルの妖怪なので、ホタルの怖い話をば……ホタルというのは、基本幼虫の時は肉食で、水生のカワニナや餌、陸生のカタツムリなんかの貝類を餌にするんだ。冬の間水中で生活してきた幼虫は暖かくなってくる4月ごろに川の岸辺に上がって土中に繭をつくる。40日ほどじっとしてるんだ。蛹になって5日ほどすると、複眼や足が黒化し11〜14日たつと脱皮して成虫になる。実はホタルの成虫ってご飯が食べれないんだよ。口器が退化して水以外のものを摂取できないんだ。だから寿命もすごく短い」


さっき、ご飯食べてたじゃないかと突っ込みたかったが話の腰を折っては悪いと思い、控えることにする。


「成虫になったホタルは腹端に発光器を点滅させてオスとメスがコミュニケーションをとるの。光らない種類もたくさんいるけど、みんなが思い浮かべるホタルはこの種類でしょ?実はね、このホタルの点滅、発行パターンが種類ごとに決まってるんだ。だから別種のオスメスが出間違えることはない……んだけど中には例外もある。この発光パターンをりようする種類のホタルが存在するんだ。この種類のホタルのメスは他の種類のメスの発行パターンを真似て、勘違いして近づいてきた別種のオスを食べちゃうの!勿論この種類のメスは自分たち独自の発光ターンも持ってるよ。後尾する時は自分の発光パターン、餌が欲しい時は別種の発光パターン。うまく使い分けてるってわけ。実はオスも二種類の発光パターンを持っていてね。メスが餌を求めて発光しているのに合わせて光るんだ。餌だと思って近づいてきたメスを逆に捉えて、強制交尾するんだよ。……どう?みんながきれいだなと思って見ているホタルの光、その中でこんな冷酷な騙し合いが行われているんだよ。これで、私の話はおしまい」


リグルはそう言って話を締めくくった。


「……あれ?あんま怖くなかった?」
「うーん、まあ。でも、面白かったぜ。なんというか生命の神秘を垣間見たって感じだ」


確かに、昆虫の話となると怖さや残酷さというよりも、そのようによく進化したなという関心が優先してあまり怖くない。カマキリが蝶を捉えても別に残酷とはおもわず、自然の摂理だと納得してしまう。


「でも、まって、これってリグルで脳内変換したら、別の女の振りして近づいて行ったリグルちゃんが別の男の振りしたリグルきゅんに強制レイプせれるってことよね……」
「ちょ、ちょっと!!変な想像しないでよ!!」


輝夜が真顔で下卑た妄想を垂れ流す。
リグルは恥ずかしそうにしながら部屋から出ていった。
彼女が出ていった直後、早苗が、


「今、リグルさん蝋燭消しに行ってるんですよね。蝋燭の点滅に自分の種類のオスを思い出して突っ込んだりして……これが本当の飛んで火にいる夏の虫……なんちって」


と馬鹿な事を小声で言うものだから吹き出しそうになった。
リグルが帰ってきても、皆がくすくす笑っていたので、リグルはムッとしたことだろう。


「くく、よし、気をとり直して、次」
「じゃあ、私が話そうかね」


今まで寝そべって聞いいていた萃香がその重い腰を上げた。


「あんたも参加するのね」
「まあね、聞いてばかりってのも暇だしね」


萃香の怖い話とはどんなものだろうか。彼女にそんなものがあるとは思えない。酒が飲めないのが一番怖いというオチだけは勘弁願いたい。


「昔のことだがね。私たち鬼が最も鬼らしかった時代の話さ。千年も前のことで鬼もまだ沢山いてね。幾つかの派閥があったのさ」


萃香の話は、派閥同士の血で血を洗う抗争話だった。


「なめられちゃお終いだ、てんで、首を切り落として睾丸を切り取り口に詰めて敵に送り返す。すると今度は屋敷の前に部下が青竹で鮎の塩焼きをするみたいに串刺しに刺された死体が転がってたり……いやぁ、あの頃は自分で言うのもなんだが恐ろしい時代だったなぁって」


萃香はこれでお終いと手をパンと叩く。
なるほど、現実問題としてやくざ者が一番怖かったりするのかもしれない。慧音が若干引き気味で暗くてよくはわからないが青い顔をしていることだろう。文などはこの暗闇でも顔がひきつっているのがよくわかる。萃香が席を立つと半ばほっとしたように息を吐いた


「んじゃあ、次の人……」
「もう、時計回りでいいんじゃないの?名乗り出るのを待つのもあれだし、話が無かったらパスで」
「じゃあ、そうするか、とりあえず、さっき話したやつは一回飛ばして、二周目から話すってことでいいか?」


大方の人物が頷く。


「ええと、てことはつぎは輝夜。頼むぜ」
「あら、私?参ったわねぇ。私は今回暇つぶしで参加したに過ぎないのだけど、まあいいわ。特別に何か話してあげてもいい。何せ私以上に上手い語り部はここにはいないでしょうしね。本当はただでこうして話すなんてこと普段はないんだけどねぇ……」


輝夜がじろりと私たちを見る。


「んー?ちょっと、ちょっと。私がわざわざ話してあげるって言ってるのよ。ありがとうございます輝夜様。くらいあって然るべきじゃない?誠意が感じられないと気持ちよく話せないわー」


何なんだコイツは……。一気に室温が上がった気がする。怒りのボルテージが溜まっていくのを肌で感じる。


「ほら、主催者。早く言ってよ」
「……ありがとうございます。輝夜様」
「よしよし、では話してあるわ。私は乗った事無いし、乗る予定もないんだけどね。死神の船ってあるじゃない。三途の川を渡る。でね、彼岸会の日に普通の川を船で扱いでると……でるのよ。幽霊が。間違って乗っちゃうんでしょうね。船首が船を向こう岸に渡そうとしてた時……乗客が言ったのよ。この船揺れおんなぁ〜ってね」


これは……酷い。幽霊がいるなという意味と揺れているなという意味を掛けたくだらない駄洒落である。


「ふざけんな!」
「あれだけ勿体ぶってこんな話かよ!」
「張り倒すぞ!」
「馬鹿じゃないの!?」
「スンバラリアがッ!」


次々と怒号が輝夜に向けて発せられる。


「な、なによぉー。不満だっていうの?」


まさか、あれで満足するとでも思ったのだろうか?いや、まだ、あの腹立たしい前置きがなければ笑って次の者に話が回っただろうが、既に遅い。


「しょうがないわね。話すわよ。話す。えー……とある村にそれはそれは貧しい家で育ったお杉という女がいました」


皆の反応が思った以上に激しかったのか急に丁寧な語り口で話し始めた。


「八つの時、親に売られ、そこそこ大きなお屋敷で下女として働いておりました。ある日、下女お杉は屋敷の一人娘に当てられた艶書をひろいました。みればまだ、読まれた形跡はありません。悪いとは思いつつも中を見てしまいます。中には遙か遠くに住んでいる貴族の息子から、今日昼間通りかかった時一目惚れした。是非とも嫁として国に連れて帰りたい。もしよろしければ満月の夜、川の畔にある大きな松の元でお逢いしたく思います。と書かれていました。これは、と思いお杉は手紙を懐にしまい込みます。これはしめた。私にもようやくツキがまわってきたのだと喜びます。屋敷のお嬢様に悟られぬよう満月の夜までじっと待ちました。夜、仕事を終えて、寝床に就くと、息を潜め、屋敷の者が寝静まるのを待ちます。隣のお煎がくーくーと寝息を立て始めたころ、お杉は布団から這い出ると、お嬢様の服を箪笥から引っ張り出して身にまといます。顔はそこそこ美人だったお杉は暗がりの中でならばれないだろうと思ったのです。喜び勇んで大きな松の木の元へ行き、待っていると大きな牛車が現れ中から立派な出で立ちの男が降りてきました。そっと、お杉に手を差し伸ばすを、中に乗って下さいと言われます。お杉はにっこりと笑ってその手をとりました。中へ入ると牛車が走り始めます。照れくさくてなかなか顔を見れずにいたので、物見からそっと外を見ました。するとどうでしょう。牛車は空を飛んでいるのです。ぎょっとして男の顔をみます。男の顔は狐に変わっているではありませんか。女は叫びます。狐の男は言いました。今宵はよく来てくれた。人間の女はすぐに死んでしまうので代わりがすぐに必要になる。今度は大事にするので安心してくれと。こうして女は狐の嫁にされていまいましたとさ。めでたしめでたし」


はじめの下らない駄洒落とは打って変わって、これはなかなか古風な怪談らいしい怪談を語って見せるではないかと見なおした。


「ふふ、この話が恐ろしいのは一体どういう意図で作られたのかというところね。身分不相応な者はそれ以上のものを望むべきではないのだということをすり込む目的で作られたとしたらなかなか面白いと思わない?」


輝夜はくすくすと笑った。それは話に登場する狐の男の顔と頭の中で重なって見えた。
平等主義の白蓮や、妹紅あたりが聞いたら憤慨していただろう。


輝夜が蝋燭を消してくると、次の話し手である文が、姿勢を正す。


「ついに私の出番ですか。ではとっておきのお話を」


日夜、幻想郷の新しい情報を求めて跳び回っている文の話だ。皆の期待が高まる。


「人里の話です。とある豪農の屋敷でも出来事。幻想入りした人間に住む家と耕す田畑を提供して栄えている裕福なお家なのですが、そこの娘の一人が生まれつき心臓が悪いっていうんで、離れ家に隔離されてたんですね。療養の為とは言いますが、周りにあまり知られぬようにというのが大きいでしょうか」
「なんで隠すのかしら?」


とレミリアが口にした。


「色々あるみたいですね。その家の血筋からそういった病人が出ると一族の結婚に関わりますからね。以前は遺伝病だと思われてたハンセン病なんかが出た家なんかはカッタイ筋なんて言われてどこも結婚してくれなかったみたいですね」
「酷い話ね……」


アリスが顔を顰める。


「まあ、そんな不幸な娘さんがいたのですが、なんなんでしょうね。やはり病弱な娘というのは男の保護欲ってのをくすぐるものなのか、彼女には恋人がいたんですね。鍛冶屋の跡取りで中々男前だったそうですよ。家の者としては病弱な娘の事は内緒にしたいわけですから、二人が会うことには反対していたようです。しかし、男にとってその程度のことは乗り越えるべき恋の障害。家の者の目を盗んではちょくちょく彼女と会っていたみたいです。彼女の体調がいい時なんかは二人して屋敷を抜け出しては人里を散歩していたみたいですよ。そんな二人に屋敷の使用人なんかは好意的な目でみて二人が逢うのを黙認していたようです。しかし、この恋は突如として幕を下ろすことになるのです。娘さんが住んでいる離れ家が火事で焼けてしまったんですね。娘さんと男が無残な焼死体となって発見されました。里の人間は悲恋を嘆いての無理心中だとこのことを噂していましたね。しかし、屋敷の人間はそうとは思っていなかったようです」


文は声のトーンを落とし、溜めを作った。


「二人の焼死体が妙なことになっているんですよ……」
「妙って?」
「はい、まず、男の方なんですがね。男は自分のとこで鍛えた牛刀を握りしめて亡くなっていたのです」
「……それは、火事で死ぬのは辛いからって先に牛刀で殺してそのあと火をつけたんじゃないか?」
「ええ、男の遺体だけならそういう説明も付くんですがね。妙なのは娘のほうの遺体です……」


文が人差し指を眼前に立て、皆の注意を一層集める。


「バラバラだったんですよ……娘さんの遺体が。首、両腕、両足。それだけじゃありません。無いんです。胴体がどこを探しても見つからないんですよ。一体胴体はどこへ行ったのか……未だに見つかっていません。それから暫く経ってからですね。その屋敷の人間に相次いで不幸が起こったのは。ある者は階段で足を滑らせ、ある者は屋根から瓦が降ってきて……。屋敷の人間はこれは亡くなった娘の呪いだと言って恐れました。あの火事の時あの離れ家で一体何が起こっていたのか……男が牛刀で一体何をしようとしていたのか、どなたかこの真相を暴いてくれることを期待します」


文はそう、話を締めくくった。


「それって、マジなのか?」


魔理沙が文に問う。


「ノンフィクションですよ!慧音さんもご存知ですよね?」
「ああ、火事があったのは本当だ。私も将来を嘆いた二人が焼身自殺をはかったものと思っていたのだが……事実は違ったみたいだな」


慧音が腕を組み難しい顔をしている。


「しかし、こんなスクープを文が今まで新聞の記事にしなかったのはどういうわけだぜ?」
「真相を暴いてから記事にしようと思ったんですが、なかなか新しい情報が出てこないので、今夜こうして話した次第です。もし、真相がわかった方は私射命丸文にご一報下さい。それなりのお礼はいたしますよ」


文はそう言い残して倉に向かった。


「まさか、人里でこんな怪奇が起きていたなんて……気になりますね!」


早苗が鼻息荒く、言い放つ。


「えっと、次はぬえだな。どんな話か楽しみだ」
「私にまっかせてー」


ぬえが元気に答えた。
文が戻ったところで話を始める。


「私、最近は白蓮のお寺でお世話になってるんだけど……命蓮寺ってさ妖怪寺の割に結構人間にも人気あってさ。白蓮も美人だし、スタイルいいし、人気なわけよ。それで、あちこちで引っ張りだこになっててさ。色んなとこで説法をきかせたり、妖怪保護の運動をしたりと最近はほとんど寝る暇のないくらいでさ。んで、久々に白蓮が寺に戻ってきたんだ。もう、一週間は働きっぱなしで、殆ど休んでない。村紗も一輪も、ゆっくり休んでくれって言ってて、白蓮も、じゃあ、お言葉に甘えてって言って、寝室に布団敷いいてさ、横になったわけ。でさ、白蓮が寝てるのを私戸をそっとあけてみてたんだね。そしたらさぁ……そのぉ」


なぜか、話の歯切れが悪くなる。


「おっぱい揉みたいって思ってさ」
「おい!」
「おいィ!」
「こら!」
「すべらない話をする場じゃないんですよ!」


皆から総ツッコミが入る。


「でまあ、その、揉もう思ってさ、そっと、中に入ったんだ」


ツッコミも気にせず、話続けるぬえ。


「ここは、早まってはいけないと思って、白蓮の眠りが深くなるまで、ジッと耐えてさ。そしたらこんどはいよいよ、タッチだよね。白蓮がの呼吸と共に上下に動く胸にさこう、逆らわないように私もさ」


ぬえはおっぱいを触るジェスチャーをしてみせる。それを実際にやったのかと思ったら、思わず吹き出しそうになった。


「でさあ、白蓮のおっぱいに触ったはいいものの、やっぱ、感触を楽しみたいじゃん。それで今度は動きに逆らって揉んでみようと思ってさ。こう、グイッと押してみたんだよね……そしたら、白蓮が、ガバッ、起きて。スパン!!って正拳突きを放って、もう、うわあああってなっちゃってさ」


ぬえが先ほど同様、正拳突きをするジェスチャーを披露してくれた。


「ああ、ぬえですか?っていったから、……はい。ゴメン、起こしちゃった?って言ったら、いえ、いいのですよ。でも、もう少しだけ寝かせてくれるかしらっていって再び横になったんだよ。流石にまたおっぱい揉む勇気はなくて部屋を出ようとしたらさ……戸に穴が空いててさ、え、えええって、まさか、さっきの正拳突き!?マジでって、怖ッって思って……えー、白蓮がマッハ菩薩拳を習得した瞬間である」


なんじゃそら!と全員が口にした。これは怪談に入るのか、いや、入らないだろうなと思ったが、蝋燭をとっとと鎮火させたいので、ぬえを倉へいくように促した。


「今みたいな話ばっかだったら私も嬉しいんですけど」


と妖夢が笑っている。文の話では終始咲夜に抱きつきっぱなしでレミリアがジェラシーをこめた視線を投げかけていたほどだったが、今は元気みたいだ。


「次は妖夢だから、飛ばしてもいいんだが……せっかくだしなんか話すか?」
「……そ、そうですね。私が話せばその分他の人の怖い話を聴かないで済みますし……」


なるほど。考えたなを私は思った。まあ、私としてはとっとと終わってくれれば問題ないのだが。


「えーと、人から聞いた話でもいいですか?……これは幽々子様が懇意にしておられる和菓子屋のご主人から聞いて話なのですが」


妖夢が話し始めた。


「ご主人が里の外へ華のスケッチをしに行った時の事です。ご主人の作る和菓子は味もさることながら、その造形が美しく、飾っておきたい程の出来なのです。新作和菓子を作る時には草花のスケッチをしながら考えるというのがご主人流なのです。ですからその日も里の外へスケッチをしに行ったのですが、いつもと違う道を行ったため、帰り道がわからなくなってしまったらしいです。日もくれてしまいどうしようかと困り果てていると、遠くの方で足音がするのです。ご主人はもしかしたら自分を探しにきてくれた里の人間たちかもしれないと思い、その足音のする方へかけて行きました。しかし、近づくにつれ、違和感を感じます。足音の数が多すぎるのです。しかも、自分を探しに来たのなら自分の名前の一つくらい呼ぶものだと、そこで気が付き、足を止めました。しかし、正体が気になり、もう少しだけ、近づこうと思ったのです。恐る恐る、近づいてようやく、足音の正体が見える位置まで来ました。木の影から覗くとそこには謎の大名行列が居たのです。真っ暗なのに灯りも付けず、ただひたすらどこかに向かっているというのです。その行列の内の一人の顔が雲間に現れた月の光で一瞬照らされました。……無かったのです。顔が……のっぺらぼうです!その行列は人ならざる者が織り成す百鬼夜行だったのだと、ご主人は言っていました。……おわり」
「へぇーなかなからしい、怪談を話すじゃないか。じゃあ、蝋燭を消してきてくれ♪」
「え、……あー!!そうだった!話した人は蝋燭消しに行かないと行けないんだった!!うわー、私のバカバカ!」


妖夢は、意を決して、立ち上がると駆け足で部屋を出て、すぐさま戻ってきた。
蝋燭を倒していないかと少し心配になる。


「じゃあ、レミリアの番だぜ」
「……無いわ」
「え」
「怖い話なんてないわよ。私に怖いものなんて無いもの」


レミリアはそう言ってのける。


「十字架とか流水は?」
「それは、ちょっと苦手なだけだ」


結局、レミリアはパス扱い。で、慧音が話すことになった。


「えっと、じゃあ、話すそ。実は、今私の寺子屋で、怪談話が流行っててな。外からきた子とかもいるから内外様々な怖い話を聞けるんだ。先生も何か話してよ、なんてせがまれたりする。まあ、今回は生徒たちに聞いた話をさせてもらう。皆はテケテケとう妖怪をご存知かな?」
「tktktktkr!」


早苗だけが何故か目を輝かせながら奇妙な外界語を発しているあたり、外の妖怪なのだろう。


「やはり、早苗殿はご存知だったか。私も外から入ってきた生徒に聞いたんだ」
「ええ、外じゃあ、かなり有名な都市伝説、怪談ですからね。あ、どうぞどうぞ話を続けて下さい」
「では、テケテケは上半身のみの妖怪でな、元は普通の女の子だったみたいなんだ。何でも、外の世界の電車とかいう乗り物に轢かれて上半身と下半身がバラバラになってしまったらしいんだ。轢かれたときは真冬でな、血管が萎縮してなかなか死ぬことが出来ずにたいそう苦しんで亡くなったらしい。しかし、妙なんだ。少女の上半身はあるのに、下半身はどこを探しても見つからない……その少女の亡霊は下半身を探し求めて彷徨い続けることになる……。出会った者は追いかけられ脚をもぎ取られると言う。逃げようとしても時速100キロ以上で追ってくるので回避不能だとか。そこで、呪文を言えば助かるのだが、言っても助からないとかいう生徒もいるし、実際のところわからんな。因みにこの話を聞いた者には三日以内に、テケテケが会いにくるらしいぞ」


妖夢が「ええー!」と飛び上がる。


「うわああ、慧音さんのバカバカ!何でそんな話するんですか!?そういう話するんだったら話す前に了解を得るのが常識ってものなんじゃないですか??来たらどうすればいいんですか!?」


とりあえず、落ち着けと妖夢を咲夜がなだめる。


「ははは、大丈夫ですよ。私はこの手の話を何回も聞きましたけど、実際にきたためしがないですから」


早苗が笑って妖夢に説明します。


「テケテケにも結構バリエーションがありまして、呼び名や、テケテケが女の子か大人の女性かってのも各地で変わってきます。ネットで有名な鹿島さんなんかもモロテケテケのパクリですよね。失った人体を取り戻す為に追ってくる。聞いたものの元に数日以内に現れる。追い払う呪文がある。これらが、この怪談の人気なんじゃないかと思うんです。100%助からないんじゃ、聞いた人は全滅してこの話を語り継ぐ人間もいなくなっちゃいますからね。聞いても助かる可能性があるというほうがかえって不気味だったりしますし」


早苗が怪談好きをアピールしている。どうぞどうぞと言っていたのに。


「あ、すいません。出しゃばっちゃって」
「いや、構わないさ。詳しい説明をしてくれて助かるよ」


妖夢が「あのぉ、助かる呪文ってなんですか」と小声で訪ねているが無視されている。
まあ、この場にいる者で今聞いたテケテケに遅れをとる者はいないだろう。魔理沙や、文なんかはテケテケ以上のスピードで動けるのだし、咲夜に限っては、移動するのに時間を要しない。輝夜は脚をもがれても再生するし―まあ、逆に叩きのめすだろうが―萃香やレミリアなんかは同族の怪力でもなければ素手で脚をもぎ取るというのは不可能だろう。アリスやにとり、慧音も実力はそれないりにあるほうだし、ぬえも幻想郷のなかでも上位に位置する妖怪だ。私も早苗も一亡霊ごときにやられるはずがないし、妖夢の主人である幽々子のほうがテケテケよりもよっぽど強い能力を有してるじゃないか。なぜ、怯えるのかがわからない。


「でな、実は、テケテケを見たという者がいるんだ」
「え、マジですか!?」
「ああ、これが、生徒たちが言っているのならしょうもない嘘をついてからに……と思うところなんだが、目撃したという者は自警団に務める男なんだよ。私の知るかぎりではそんなお茶目な嘘を吐くような男ではないし、どちらかと言えば堅物の部類にぞくする男なんだ、そいつは。その男が血相を変えて、私のところに助けを求めてきたのだから私もびっくりしてな。どうしたと聞いたら、見た、と。夜の見回りで、里を巡回していたところで木の影でゴソゴソとうごめくモノがいたんだそうだ。もしかしたら泥棒か何かかと思ったそうだ。こんな夜中に隠れてゴソゴソしている者なんて疚しいことをしている奴しかいないだろうと思って、彼は近づいて行ったんだ。すると、男と思われる足が二本見えてな、その上に誰かが乗っている。もしかすると夜中にこんな場所で愛の契でも結んでいるのかとその時は馬鹿なことを思ったのだそうだ。こらこらと思って更に近づいたところでぎょっとする。その際にランプを落としてしまって、はっきりは見えなかったと言っていたのだが、これだけは確かだとも言っていた。乗っている者の脚がどこにもないのだ。上半身裸の女の子のようで、そいつが、ピクリとも動かない男の脚を、弄っていたのだという。どう見てもテケテケだ、と男は言っていた。ランプを落とした音で、テケテケが男のほうに気づいたようでな、男はそれよりも早くに踵を返し、全速力で私の家まで走ってきたらしい。そろそろ、寝ようと思っていた時にドアを蹴破っていきなり家に上がりこんできたからな。強盗かと思って驚いたよ。何でも私の家の前までは追われていたと言っていた。見てはいないが、気配が後ろから迫ってきたのだとか……そしてそれは、気のせいでは無かったみたいだ。男の後ろ脚に引っかき傷のようなものがついていたからな。暫くは私の家の近くに泊めてやって注意していたからかな、三日経っても彼は無事だったよ。三日間は生きた心地がしなかっただろうな。まるで経のように追い払う呪文を唱え続けていたのだから。その後は現在に至るまで彼は無事だよ。でも、一つだけ、はっきりした。テケテケはいるってことだ……というわけで私の話はこれで終わりだ」


妖夢がいよいよ、泣きそうな顔をしている。きたら追い払えばいいじゃないか、とどうしても思ってしまう。


「すごいです!ついに、テケテケが幻想入りなんて!胸熱です!」


妖夢は正反対の反応を見せるのが早苗である。まあ、強力な二柱のご加護と類稀な霊力を持っていれば、テケテケなんぞは希少動物と変わらないのだろうなと思った。どちらかと言えば私もそういう認識だ。


「よし、アリスの番だぜ」


慧音が帰ってきたので、アリスが話すことになる。アリスが何か言おうとした時、


「あ、あの……」


妖夢がおずおずと手を上げて、発言権を主張している。


「そ、その前にお手洗いに……」
「ん、おう。わかった。いってこいよ、それまで待っとくから」


魔理沙がそう言うが、妖夢はなかなか席を立とうとしない。


「えー、と、どなたか一緒に行きませんか?その、連れションに……」
「私はいいぜ。まだ、大丈夫だ」
「私も」
「私もいいですわ」
「魔法使いはトイレ行かないわ」
「遠慮しときますよ」


皆、妖夢のお誘いを尽くお断りしていく。
私も丁度行こうと思っていたとこだが、ここは空気を読んで、遠慮しておこう。
助けを求める妖夢を皆がニヤついた顔で見つめる。
怖くてトイレに行けないなんて中々可愛いじゃないかと笑ってしまいそうになる。


「ひ、酷いですよ……誰もついてきてくれないなんて。意地悪すぎです!鬼!悪魔!」
「鬼だけど」
「悪魔ですけどなにか?」


萃香とレミリアが即答する。


「くぅ〜……。さっき出た時、行ってくればよかった」


妖夢は観念したらしく席を立つ。座敷の戸を閉める時まで未練がましく私のほうを見ていたが。


そんなこんなで夜は更けていく。はじめは時計回りで順々に話し手いたが、終盤は話したい奴だけが、手を上げて話をし始めるスタイルに移行した。


「でさ、そのゾンビが怒ってこっちやってくるのよ。うはっ、って思ってさぁ」


ぬえが言っているのは青娥の使役するキョンシーの芳香のことだろう。


「でもう、ここはおっぱい揉むしかないって思ってさ」
「なんでだよ!」
「おっぱい好きすぎでしょ」
「奴の攻撃をひらりとかわして、後ろに回りこんでさ……こうもみーんって」


ぬえのジェスチャーで全員が爆笑する。もう、終盤になると、ネタも切れかけてカオスな様相を呈している。


「魔理沙、魔理沙。もう蝋燭一本しかありません」


戻ってきたぬえが次がラストで有ることを告げる。


「いよいよ、ラス1ですね。ここは、主催者の魔理沙さんがバシッと決めて下さい!」
「おう、そうだな!つってももうネタが切れ気味だが……何話すかな……そうだ」


何か話があったらしい。最後ということで、気合を入れて、背筋を伸ばすと、話し始める。


「阿求のところのさ幻想郷縁起ってやつの写本をさ、借りたんだけど」
「おい、阿求が写本が一つ足りないとこの間ぼやいていたぞ。本当に借りたのか?」
「黙って、借りたぜ」
「全く……。あとで、返しておけよ」


慧音が最もなことをおっしゃった。


「まあ、その幻想郷縁起って色んな妖怪が乗っててさ面白いんだ。河童や天狗みたいなポピュラーなのからすっげぇマイナーが見たことないやつまで、そんでその中でも異色というか、すっごいグロイの奴がいてさ。カワナメっていう妖怪なんだが……」


文が「お」と反応した。流石は長生きしているだけあって色々知っているようだ。この妖怪も生で見たことがあるかもしれない。


「そいつに襲われた奴はさ、後日、真っ赤な死体になって発見されるんだ。全身真っ赤だ。なんでだと思う?」


名前から察するにそれは……


「皮がないのさ……死体には肌色の肌が綺麗サッパリ無くなって皮膚の下が露出してるから真っ赤なんだ。かわなめってのは人の皮が大好物なんだ。かわなめは三メートルくらいの馬鹿でっかいオオサンショウウオみたいな見た目でな、獲物は一飲みするから歯はない。気がついたときには胃袋の中さ。それで、出ようと必死にあたりを押したりしてみるんだけど、そうすると胃液がどんどん染み出してきて、皮膚が溶けてしまう。全身をおろし金ですられたような痛みが襲ってくるんだ。痛くて痛くて、でも中々死ねないんだ。かわなめの胃液は皮膚だけを溶かすからだ。中々死ねなくて激しい痛みで発狂しそうになるとか……。飲み込まれて、助かった女の話が載ってたんだが、悲惨だったな。助けだされたはよかったものの、全身の皮が無くなってたからな。火傷とかなら死んでるだろうけど、奇跡的に助かったみたいで。でも、見た目は酷いことになってた。見たやつ誰もがバケモノと言うような……。そいつは、次第に精神を病んでしまう。ある日思ったんだな。周りの奴らも私と同じになればいいんだってな。夜、里が寝静まったあと、そいつは、事を決行する。女とは思えない凄まじい怪力で眠ってる奴の皮を剥いで殺していったんだ。一晩の間に七人もの犠牲者を出した。八人目の家に侵入した時だ。たまたま、小用に起きていた。その家の男に見つかったんだ。全身血まみれのバケモノ女をみた男は大声を上げて逃げ惑う。その騒ぎを聞きつけた里の人間が次々に起きてきて、事件に気がついた。その男は声だけはデカイことで有名だったらしい。こうなると、さすがの女ももうお終いだ。全員が農具で女を滅多打ちにして終わり。……一番怖いのは妖怪よりも人間かもしれないなって話だ」


恐ろしくもあり、悲しくもある話だ。女もきっとこんな結末を望んだはいなかったろう……。女をバケモノにしたのは、里の人間たちに他ならない。


「っしゃー!!じゃあ、ラストの蝋燭消してくるぜ!」
「おお!」


思わず、歓声が上がる。ようやくこの長い、百物語も幕を閉じるのだ。
魔理沙が、倉から戻ってきた。外はもうすっかり明るくなっている。


「どう、だった??」


魔理沙は首を横に振る。どうやら、本当の怪とやらは起こらなかったようだ。


「まあ、何も起こらなかったけどさ。楽しかったぜ♪」
「そうですね。私も色んな怖い話が聞けて満足です!」


早苗が笑顔を浮かべ百物語を評した。


「私はもう懲り懲りです……暫く一人でトイレに行けそうもないですよ……」


すっかり、クタクタになっている妖夢がそんな風に漏らした。まあ、ある意味今回一番の功労者と言っても過言ではないだろう。


「じゃあ、これにて、第一回幻想郷百物語を終了する!!」


第一回?まさか、


「来年またやろうぜ!」


流石にもう、いいだろう。私はうんざりだと嘆息した。



―7―



「慧音先生、もっと、怖い話してよ」
「やだやだ。夜眠れなくなっちゃう」
「他にはどんな話聞いたの?」


子供たちがしきりに怪談話をせがんでくる。先日行われた、第一回幻想郷百物語のおかげで、私の怖い話ストックも大分溜まった。
あの後、怪談に詳しそうな早苗に更に色々と教えてもらったので子供たちに話して聞かせてやることができる。


「はい、今日はこれでお終いだ。早く帰らないとテケテケがくるぞー!」
「大丈夫だもん。俺、呪文知ってるし!」
「呪文言っても効かないって」
「早く帰ろうよ。テケテケがきたらどうするの?」


生徒たちは名残惜しそうに教室を後にする。


「また、明日な」
「うん」
「明日はアリスさんの人形劇なんでしょ?」
「やった。算数無くなる♪」


子供たちはそんな事を言いながら、帰って行く。
私はテストや提出物の採点、学級通信の制作などで、いつも帰りが遅くなる。
最近は我が子にきちんとした教育を受けさせたいという親も増えてきているらしく。算術のプリント作り一つでも気を使う。
今年は台風が多く授業がかなり潰れてしまったため、夏休みを削って短くした。
おかげで、普段ならあと十日は残っているだろうに、寺子屋に通うことになり、子供たちはぶーぶー文句を言っていた。
ガリ版で9月の行事について、の予定を切っていると、ふとあの時の事を思い出す。
私は鉄筆を起き、身震いした。
あれも、9月のはじめに起こった……。
私の寺子屋では、学芸会が無い。いや、昔はあったのだが、今は無いのだ。
私は何よりも恐れている。霊や妖怪なでではなく、人の姿をした悪魔を……。
悪魔と言っても、レミリアや魔法使いの使い魔ではない。彼らは人間なのだ。だが、それ故恐ろしい。


「碁口優盛……」


私は記憶の中の出席簿の中から消し去ろうとしても消し去ることの出来なかった、その名を読んだ。


彼は、私の教え子で、明るく、友達も多かった。他の生徒と喧嘩も良くするが、基本切り替えの早さで次の日には仲直りしているようだった。
おそらく、クラス一の人気者だったんじゃなかろうか。
私は彼のことを、元気のいい人気者の少年程度に認識していた。


「よし、学芸会をするぞ。役を決める。みんなやりたい役に立候補してくれ」


クラスで一番人気のあった、碁口優盛はその劇の主役に立候補した。
他にも立候補した子もいたのだが、優盛のほうがふさわしいよと言って辞退した為あっさり、と決まった。
一方、ヒロイン役の方も二人が立候補した。こちらはどちらかが譲るということも無かったのでじゃんけんで決めることになった。
立候補したのはこれまたクラスで一番人気の女子、肘田千鶴と明るく、勝気な性格で女子のリーダー的な存在である宮下巴の二人だ。

じゃんけんの結果、巴が劇のヒロインに決定した。千鶴は文句を言っていたが、決まったものは仕方ないと諦めた。
そんなこんなで劇の配役が決定して、放課後みんなで練習することになった。
学芸会は保護者のみならず、里の長やそのたお偉いさんがたも見に来るほどの一大イベントだった。
そのため、生徒たちもいつにもない頑張りようで、私も演技の指導にはついつい熱が入った。
そんな、ある日の事だった。
ヒロイン役である巴が、寺子屋の三階の窓から転落して亡くなった。三階の窓には転落防止に柵がついており、その柵を乗り越えなければ落ちることはない。事故とは考えにくい。自殺……もっとありえない。私はもしかしたら、千鶴、もしくはその親がやったのではないかと疑った。
正直、疑うのは気分が悪かったが、真相を明らかにしなければならないという思いから捜査を続けた。
その結果、とうとう犯人を突き止めることに成功したのだ。
犯人は千鶴ではなかった……クラスで一番人気の男子、劇の主役である碁口優盛だった。
複数の生徒が巴が転落した日の放課後、二人が寺子屋に入っていくのを目撃している。さらに死んだ巴の爪から優盛の服の繊維が検出された。
いったい、なぜ彼が巴を殺さなければならなかったのか……。私の中に幾つかの仮説が思い浮かんだ。もしかしたら、劇での練習中、トラブルがあり、巴に対して腹を立てていた。巴はその正確から男子にも食って掛かる女子なので優盛ともぶつかることが多かった、それか、千鶴に惚れていて―千鶴はかなり美人だった―、巴がいなくなれば彼女と劇の主役、ヒロインをやれるからか……。この仮説は実際にはかなり近いものだった。巴を殺せば、千鶴がヒロインになる。これを狙っての犯行だった。しかし、優盛は千鶴のことが好きなわけではなかった。


「だって、千鶴さんの方が人気あるでしょ」


彼は平然とそう言ってのけた。
その瞬間私には眼の前の碁口優盛がいったい私たちをどのような目で見ているのか少なからずわかったような気がした。
きっと、彼にとって私たち他人のことなど、自分を目立たせるための舞台装置くらいにしか思っていないのだろう。
なぜ、幽霊や妖怪の類が恐ろしいと思うのか、それは、彼らが皆人間の命をまるでおもちゃの様に弄び、壊してしまうからではなかろうか。テケテケにしても、貞子にしても、我々を殺す対象としか見ておらず、普通の人間にあるはずの同情心や、罪悪感というものを持ちあわせているようには思えない。
私にとって、碁口優盛は怪談話に出てくる、幽霊や妖怪と同じ存在だった。
彼は、裁判が始まると今までの態度と一転して無罪を主張し始めた。自警団の連中に無理やり言わされた、僕はやっていない。平然とそう主張するのだ。
結局彼は、無罪となった。生徒の目撃証言、遺体の爪から検出された衣類の繊維だけでは証拠として不十分という事だった。弁護士が優秀だったのか、いや、彼の父親が里でも有力な権力者だったことが大きな要因だろう。
彼は、何の罰も受けることなく、再び娑婆へと戻ってきた。
彼は、親の元で勉強するといって、寺子屋を退学した。


勿論このことに巴の父親は納得しなかった。巴は小さい頃母を亡くし、父の手で育てられた。彼にとって巴がどれだけかけがえのない存在かわかるだろう。
しかし、碁口優盛はおいそれと手を出せる相手ではなかった。あんな事があった後なので常に数人の見張りがついていた。私も巴の父親を殺人者にしないため、監視するように言われていた。彼の気持ち……娘の仇をとってやりたいという気持ちが痛いほど伝わってきて、そうすることが正しいとはいえ、とても心苦しかった。彼は、ジッと耐えていた。
数年の年月が経ち、事件も風化し始めた頃だ。碁口優盛の母親が亡くなった。
いや、正確には殺されたのだと思う。死因は転落死だった。その翌日、今度は彼の父親が亡くなる。今度は明らかに殺しとわかった。鉈で頭を真っ二つにされていたのだ。
それから、彼の妹、おじ、おば、祖父母と彼の親族は次々に死んでいった。
犯人は巴の父親だった。彼は、この数年間、ずっと碁口優盛に復讐することだけを考えて生きてきたのだ。それは彼の死後、彼の残した手記に書かれた膨大な碁口家に関するデータから明らかだ。
彼が復讐のフィナーレとして行った事……それは、碁口優盛の目を抉り、耳と鼻を削ぎ、手足の腱を切り、二十本あるの指すべてを切り落とし、歯をすべて引っこ抜き陰茎を切り取ることだった。
観るも無残な姿で碁口優盛が発見されたとき、私は恐怖を感じた。その身に受けた罰の凄惨さもそうだが、彼の傷口は消毒してあったのだ。傍らに巴の父親の遺体が転がっていた。刃物で自らの首を切り、自害したのだ。
遺書が懐に忍ばせてあった。そこには、


“どうか、碁口優盛が末永く生きて苦しんでくれることを願います”


と短く書かれていた。
もう、いっそのこと殺してやったらどうだと思うほど酷い姿に変わり果てた彼だったが、かれの治療をした医者は医師の本分として、患者を治療すると言った。身寄りをあらかた失った彼は医者が面倒を見ることになる。
医者は毎日献身的に彼を世話した。医者とは聖人のようなものなのだろうかと私が思ってしまう程、医者は彼につきっきりだった。
しかし、彼の介護が良心からきているものでは無いと私は知ることになる。
医者が彼の世話するとき、「生きてて楽しいか?」「お前は一人じゃ、トイレも行けない塵だ」「歯もないから舌も噛めんか……死にたいだろうが、そんなことはさせんよ」と呼びかけているのを聞いてしまった。
医者は巴の父親の弟だった。
碁口優盛は去年、心不全で亡くなった。


私は、巴の父親とその弟にも恐怖を感じずにはいられない。
あそこまで、綿密に計画を立てて、実行に移す行動力、彼を苦しめる為に、殆ど関係ない親戚まで手にかけ、献身的な世話をしつつ、肉体という牢獄に彼の魂を閉じ込め延々と責め苦を与え続ける労力。
一連の事件は人間の恐ろしさを嫌というほど見させられるものだった。
もしも、碁口優盛のような、人を物程度にしか思っていない上に彼に復讐を果たした、巴の父親たちのような計画性を併せ持った人間が現れたらと考えると恐ろしくて仕方がない。


翌日。昨晩は何故か余り寝付けなかった。蒸し暑かった為か、もしくはあの事件のことがどうしても頭から離れなかったためか……。


「おはよう、慧音。……眠そうね?」
「ああ、済まない、昨日遅くまで仕事をしていてな。それより今日はよろしく頼むよ」


人形劇をする為に、わざわざこうして人里に来てくれたアリスに、私は軽く頭を下げる。


「ええ、任せて。今日は子供の頃私が一番好きだった話をやる予定よ。子供たちだけでなく、貴方も楽しんでいってね」


アリスは持ってきたトランクから人形を取り出し、人形劇の準備に取り掛かった。
彼女の人形劇は、多種多様な人形がまるで生きているかのように動くので、大変見応えがある。
顔だけでも数種のパーツに別れており、その微妙な動きで様々な表情を巧みに創りだす様は見事としか言い用がない。
劇に見入ると人形劇ということを忘れ、小さな劇団が講演会にやってきたのだと思ってしまうほどだ。


「そろそろ、登校時間だな」
「準備万端よ。開演は九時からでいいかしら」
「結構だ」


机を廊下に出し、椅子だけを横に並べて、作った、即興の観客席の後ろ、私も自分の椅子に座って彼女の人形劇を楽しむ事にする。
学級委員長が代表してアリスに挨拶をする。


「今日は、わざわざ寺子屋までお越しいただいて、ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ、早速初めてもいいかしら?」


私はコクリと頷く。


「では、人形劇『砂上の牢獄』の始まり始まり〜」


アリスは舞台の袖に立って、人形の操作に専念する。
『砂上の牢獄』は同名の児童小説が原作だ。
主人公はマルウという少年。彼は幼少より体が小さく、非力で他の少年達からいじめられていた。
田畑もろくに耕せない彼は、家族からも疎まれ、どこにも居場所が無かった。


「僕なんて生きてても仕方がないんだ……」


マルウ人形から声が発せられる。これは元から録音しておいたものなのだろうか。
彼は、死にたいと願う様になった。村の外れにある、高台から飛び降りようとするが、飛ぶ勇気もなく、毎日、高台から下を覗くだけだった。、
だが、とうとうある日彼は腹を括り、高台から身を投げた。しかし、彼が地面にぶつかることは無かった。彼は地面にぶつかる直前に偶然通りかかった旅人の男に受け止められていたのだ。
これが、彼の人生を大きく変えた人物ハルトとの出会いである。


「何で、助けたんだ。僕は何も出来ない。力も弱いし、背も低い。頭だって良くないし、生きてても仕方がないんだ。死んだほうが家族も食い扶持が減って喜ぶんだ」


自分を卑下するマルウをハルトは一括する。


「馬鹿な事を言うな。お前はそうやって自分の出来る事を探すことを放棄している。体が小さい事は悪いことばかりじゃない身を隠すには好都合だし、狭い通路だって通れる。お前は体が軽いから樹上にある鳥の巣から枝を折ることなく卵を手に入れることが出来るだろう。それに、あんな高いところから飛べるほどの勇気の持ち主だ。お前にしか出来無いことがきっとある!」


ハルトはマルウの手を引き、大きな木の下まで行くと木登りの仕方を教えてやった。日が落ちて景色が真っ赤に染まった頃、マルウは木登りをマスターしていた。
二人は、木上に登り沈みゆく太陽を眺めながらお互いのことを話した。
ハルトは自分は実はここいら一体を治める王の息子だということをマルウに話した。
将来立派な王になるために旅をしているという。


ハルトと別れた後、マルウも暫くして、旅に出ることにする。
旅をしている途中で盗賊団のリーダーである、シグルトと出会う。彼はあくどい事をして儲けている奴らから盗み、恵まれない者たちに金を配る義賊だった。
シグルトの仲間になるマルウ。小さく身軽な体を生かして様々な方法で悪者が溜め込んだ金銀財宝を盗み出す。
盗賊の仕事も大分板についてきたある日、マルウはハルトが敵国に捉えられていることを知る。
マルウはシグルトと共にハルトを救う事にする。
小さな体で厳重な警備を掻い潜り、攻略不可能と言われた砂上の牢獄の最深部に囚えられている彼のいる場所まで侵入することに成功する。
ハルトを救い出し、牢獄を脱出しようとするマルウ。しかし、脱出まであと一歩と言うところで彼は、警備兵の放った銃弾に倒れてしまう。
彼は最後の力を振り絞って、ハルトの言葉が今日まで生きる糧になったことを伝え、生き絶える。
無事祖国へ帰りつき、彼を救い出した小さな英雄をたたえた碑の前に花を手向けるところで物語は幕を閉じる。


マルウが倒れ、息も切れ切れに、僕が小さな体で生まれてきたのは、こうして君を助けだす為だったんだね。と言うシーンでは生徒の前だというのに目から溢れる熱いものを止めることが出来なかった。
これではまた妹紅に「慧音は涙もろいなぁ」と馬鹿にされてしまうな。


人形劇が終わり、惜しみない拍手がアリスに送られる。


人形劇も一応は道徳の授業の一貫である。楽しい劇の見学だけでは無い。生徒たちにはきちんとした感想文を提出してもらう
教え子たちが教室で人形劇の感想を書いている間、私はアリスと立ち話をしていた。


「いやぁ、素晴らしかった。子供たちの前だというのに泣いてしまったよ」
「ふふふ、ありがとう」


その時、教室の戸が開いて、一人の女子生徒が顔を出した。


「ん、どうした。トイレか?」
「ああ、あ、あの、あ、アリスさんに……その」


女子生徒の名は蓮道三千代。彼女は吃音持ちで、それ故かいつも無口で大人しく、引っ込み思案な性格だった。


「ええっと、げ、劇……す、すごい感動、しました」
「ホント?そう言ってもらえるととても嬉しいわ」


アリスは三千代に微笑みかける。


「じ、実は……わ私……」


三千代がモゴモゴと口ごもっている。
私とアリスは彼女が自分で話すのを待った。


「私、ま、魔法、使いに、な、なりたいんで、す!」
「な、なんだって!?」


私は素っ頓狂な声を上げてしまう。三千代がこんなことを考えていたなんて思いもよらなかったからだ。


「……魔法使いになるには沢山の修行と勉強が必要よ。それは、辛く厳しいものかもしれない。それでも魔法使いになりたい?」
「な、なりたい、です!ここ子供の、頃に、ほ、本で見て、ずずずっと憧れ、てきたんです。だ、だから、ど、どんなこ、とがあっても、が、頑張ります!」


それを聞いたアリスはそっと、三千代の手を取り、微笑んだ。


「じゃあ、大丈夫なれるわ。きっと」
「ほ、ホント、で、ですか!?」
「ええ、あなたが諦めない限りきっと。今度私が魔法使いの為の本を貸してあげるわ」
「あああありがとうございます!」


三千代は目を輝かせながら何度もアリスにお礼を言っている。彼女のこんなにはしゃぐ姿を私は初めて見た。


「えへへ、あ、アリスさんの、て、手、つ冷たくて……気持ちいい」
「クス、魔法使いだからね」
「わ、私も、いいつか、こうな、るかなぁ」
「あなた次第よ。頑張ってね」


私は二人の間に流れる親密な空気に圧倒され、黙っているしか出来なかった。
アリスは呆然と立ち尽くしている私に気がついたのか、三千代にお別れを告げると寺子屋を去っていった。


「……その、よかった。三千代のやりたいことがみつかって」
「わ、私、が頑張って、ま、魔法使いになる!」
「うん、そうだな。……ところで、感想文は書いたのか?」
「あ……」


はあ、とため息を吐きながら、彼女を教室に戻るように促した。
魔法使いの勉強もいいが、寺子屋の勉強も疎かにしないでいてくれるとありがたい。


「よし、感想文集めるぞ。出した人から帰ってよし。でも、短すぎるのはダメだからな」


今日は、人形劇と感想文を書く時間で授業終了だ。お昼前には帰れるというので、生徒たちは喜んでいた。
皆、そそくさと感想文を書き上げると教卓の上に出して教室を後にする。
生徒が今日の劇でどう感じたのかチェックするのも私の大事な仕事だ。


「先生さようならー」


最後の一人が感想文を出し終わり教室を出ていった。
さて、と
私は教卓の上の感想文を上から順々に読んでいく事にする


“最後、ハルトが無事助かってよかった”


とか


“マルウが死ぬところで感動した”


とか、大体感想は似たり寄ったりだった。


「おいおい……」


“アリスさんが美人でよかった”


と劇と関係ない事を書いている馬鹿もいた。
三千代に関しては、劇の内容ではなく人形を操る方法がどれほどすごかったかということに感想は従事している。
まったく、と私は三千代の原稿用紙を、読み終わった原稿用紙の上に重ね、次の原稿用紙に視線を落とす。
その感想を読んだ私の肌が粟立った。嫌な汗が流れる。


“マルウは結局最後まで誰かに利用されるだけだった。シグルトも同じ。俺はああはならん。俺は王様になりたい”


どうして、あの劇を見てそんな感想が出てくるんだ……
私はゆっくりと原稿用紙の名前を確認した。



―8―



下準備は整った。あとは、実行に移すだけだ。
私の隣で眠っているように動かない宮古芳香を見た。
中々、美人である。
普段は自分で自律的に動くのだが、今は私の意思意外では動けない様にしてある。
六畳ほどしかない小さな部屋、壁の本棚には古い道教の本がいくつも並んでいる。


「彼女に気がつかれないように事を行うには慎重にならないとね……」


頭の中には茨木華扇の顔が思い浮かんだ。
邪魔だし、消しておこうかとも思ったが、仕留めるのは骨が折れそうだと思い、諦める。
ここで下手を打ったらすべて台無しになりかねない。


私は部屋を出る。細い通路に似たようなドアが幾つも付いている。
ここは、私の実験場の一つだ。
私は数あるドアの内の一つを開ける。
幾つもの銀色の棺が置いてあり、勿論中に死体が保管してある。
死体の扱いに関してはおそらく幻想郷内で私に適うものはいないと自負している。


「これも、もうすぐ用済みね」


私は部屋を出た。右側、2つ目のドアを開く。
床に横たわっている一人の少女に視線を向ける。
彼女は今回の計画の鍵となる。
私は壁に立てかけてある鏡の前に立つ。


父は評事を努めていたが、道教に凝って山へ籠ってしまった。
幼い時から父の書物を盗み読んでいた。
いつかは憧れの仙人になると決め道術の勉強に励んだ。仙界に行くために自分の死を偽装し夫を欺いた。
諸々あって夫に連れ戻されるも、心は仙界にあり。
最後には夫も仙人となり、仙人の夫婦となるが、夫の能力を奪うために殺害した。
そんなこともあってか天には認められず、邪仙となった。
あちらの大陸では仙人が多すぎた。これでは目立てぬと思いこの小さな国へやってきたのだ。
しかし、この国でも、死体を操る術は気味悪がられて受け入れられない。
向こう同様、使役するなら鷹や虎、竜のほうがずっと受けがよい。
歯噛みした。自分を否定されたような気持ちになった。
それならば、最高の死体を作ってやろうと思った。鷹や、虎、竜なんかよりもずっと素晴らしいものを!
その過程で出来たのが宮古芳香だ。霊を喰らい体力を回復する機能を備えたキョンシー。
ただ、頭が少し悪すぎる。操るのにはいいかもしれないが……


「よし」


私は少女に再び視線を戻すと、暫く眺めてから部屋を出る。


「さあ、はじめましょうか……」


また沢山の人間が死ぬだろう。
だが、私の目的が成就するのなら、それはとるに足らないことだ……。
私は細い通路をゆっくりと歩み始めてた。



―9―



二柱のお二人にお休みをいただけたので、私は人里へと降りてきた。
最近は外の世界にいても不自然ではないような服装の人や、幻想郷らしくない新し目の建物もちらほら見かける。
幻想郷の田舎っぽい雰囲気が私は好きだったので少し残念である。
商店街を通り抜けると揚げ物や、果物の香り、ケーキの甘い匂いがしてきてふと、懐かしい気持ちになった。
こちら側からすると外の世界……私が元いた世界への心残りといえばパソコンやインターネットの利便性に対する未練だけだ。
大抵の外の世界の物は私に楽しくない思い出を想起させ、不快な思いにするが、この商店街の孕む独特の匂いは比較的平和だった幼少期、母に連れられて買い物にいったあの温かい気持ちを蘇らせ、心がほんわかしてくる。
歩調がゆっくりとしてきて、はっとする。時計を見ると既に待ち合わせ時間を回っているではないか。
魔理沙さんとの待ち合わせ場所である茶屋を目指して早足で人混みを通り抜けた。


「おー、早苗!こっちこっち」
「すいません、遅れてしまって」


遠目からでも充分にわかる大きな三角帽を被った小柄な女の子を見つけ、駆け寄った。
待ち合わせ時間に少し遅れてしまった私は両手を合わせて頭を下げた。


「気にするな、私もさっき来たところだ。それより早く調査に行こうぜ」
「そうですね」


今日は、この前百物語で語られた、バラバラの焼死体とテケテケについて調べようと彼女と約束していたのだ。
中学、高校と殆ど友人と一緒に遊ぶという経験のない私にとって、こうしてオカルトリサーチを誰かとやるということはこの上なく嬉しい事だ。
魔理沙さんは飲みかけのアイスコーヒーを飲み干すと、お題を置いて、店を出た。


「まずは、その火事があったっていう屋敷に行ってみようぜ」
「文さんから場所聞いてきたんで……地図見ながら行きましょう」


私は、人里マップを広げると赤で丸印が付けられた場所を目指して歩き始めた。


「謎の焼死体かぁ……早苗はいったい真相は何だと思う?」
「そうですねぇ……」


目的地に着くまでに幾つか仮説を繰り広げる事にする。


「刃物を握りしめた男と手足と首がバラバラになった女。しかも、胴が見つかっていない」
「謎が多すぎるな」
「そうですね。まず、私が気になっていたのは男が牛刀を握りしめていたということ」
「それは、あの時否定されたけど、焼け死ぬのは辛いから刃物でっていうのはやっぱ違うのか?」
「ええ、そうだとしたら、牛刀はちと長過ぎると思いませんか?殺すだけなら普通の包丁でもいいじゃないですか。なんたってあんな長い包丁を持ち込んだんでしょう?隠して持ち込む事を考えるとただの包丁のほうが遙かに向いてると思うんですよ」
「確かに……とすると、牛刀は別の用途で持ち込んだと」
「そうですね。心中でないとすると次に考えられるのは、娘さんをバラすのに使ったのではないかということですが……ここで気になるのは刃物を握りしめていたということです」


文さんが話していた内容を思い出しながら推理する。


「例えば持ち運ぶ為にバラバラにしたとします。そうしたら、刃物は一旦置くか、腰に差しておくかして両手を空けるると思うんです。つまり、男はバラバラにすること自体が目的だったのではないでしょうか?」


もし、死体を運ぶのであれば片手ということはあるまい。無くなった胴体を運ぶ場合にはいくら男の身とはいえ両手でなければ持ち上げることは難しいだろう。


「まあ、何のためにバラバラにしたのかは現時点では分かりませんので、今の仮説はひとまず置いといて。もう一つの仮説を」
「おう、聞かせてくれ」


魔理沙さんが話を聞き取りやすいよう、耳をこちらに近づけてくる。


「牛刀というとですね、私、昔読んだホラー小説を思い出すんです」
「はあ、ホラー小説?」
「はい、外の世界のホラー小説でして、あ、私この小説の作者、大好きなんですよ。今度貸しましょうか?貴志祐介作品はどれも面白いですよ」
「そうか。じゃあ、今度貸してくれ」


おっと、いけない。話が脱線してしまった。


「まあ、牛刀ってのが、そのホラー小説の犯人の武器でして、私の中じゃ、牛刀はサイコパスの武器なんですよ」
「んー、何が言いたいんだ?」
「そのまんまです。男は包丁を武器として持ち運んだのではないかと」


私はこちらの仮説のほうが可能性は高いと見ている。


「男は何者かから、娘さんを守ろうとしていた。そこで、武器として牛刀を持ち込んだのではないでしょうか。しっかりと握りしめていたというので、死亡した時にかなりの緊張状態を強いられていたと推測されます」


おおー、と魔理沙さんが声を上げる。こうして、リアクションがあると話していて気持ちがいい。


「その何者かが、娘の胴体を奪って逃げたと」
「はい。それが、私の推理です」


これならば、不自然な死体の説明がつく。あとは、屋敷の人間に事件当日怪しい人物を見なかったかと聞き込みを行うだけである。


地図通りに進んできて私たちは問題の屋敷の前まで辿り着くことができた。
しかし、四方を漆喰の塀に囲まれており、外から中をうかがい知ることは出来ない。
飛んで入ってもの良かったのだが、どうせ、家人に話を聞くのだからきちんと断ってから入ったほうが得策であろう。


「すいませーん」


私は正面の大きな門を力いっぱい叩いた。出入口はここと、裏口の小さな戸の二つだけのようだ。


「はいはい、どちら様でしょう?」


現れたのは小太りで小柄な初老の女性だった。割烹着姿からしてこの家の使用人だろう。


「えー、私、守矢神社の風祝をやっております東風谷早苗と申します。実は以前火事で焼けたという離れ家について幾つか気になる点がございまして伺った次第です。もしよろしければ見せて貰ってもよろしいでしょうか?」
「はあ、守矢神社の巫女さんでいらっしゃいますか。少々お待ちください。大旦那様に聞いて参ります」


そういうと、割烹着の女性は一度奥に引っ込むと五分ほどしてから戻ってきた。


「ええ、結構でございますよ。大旦那様も、あの事件以来身内に不幸が立て続けに起こっていることに参っておりまして、守矢の巫女様が見てくださるのなら大歓迎だとおっしゃってました」


巫女の肩書きはこういう時に便利だと思う。幻想郷で巫女は外の世界の刑事以上の特権階級なのではないだろうか。


「では、お邪魔します」


私達は割烹着の女性に連れられて、問題の離れ家までやってきた。……のはいいのだが、


「ありゃー、綺麗に更地になってますね」
「はい、いつまでもあのままというのもあれでしたので、旦那様の指示で先月片付けました」


詳しく現場検証としゃれ込もうと思っていてたが出鼻をくじかれてしまった。まあ、そりゃ、二ヶ月も前の事件じゃ、しょうがないか。


「では、屋敷の人に色々とお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか?」
「はい、大旦那様も巫女様にご協力するようにとおっしゃってました」


私たちに協力的ということは大旦那様は疚しいことはないということだろうか。
私たちはまず、使用人達に話を聞くことにした。
一人目は割烹着を着て私たちを案内してくれた山田さん。


「あの日、火事が起こる前、誰かが出入りしたということはありませんでしたか?」
「うーん、そうですね。来客がありましたら、基本私が対応しておりますが、あの日は大五郎さん以外は特に屋敷は出入りしておりませんでしたね……」


大五郎というのは、ここの娘さんの恋人である、鍛冶屋の男の名だ。


「大五郎さんは普段、正面の門から出入りしていたのでしょうか?」
「いえ、はじめは塀を登って来られてたのですが、我々使用人と仲良くなってからは、私たちが裏口からこっそり入れてあげておりました」
「帰るときも裏口から?」
「はい、そうでございます」
「大五郎さんははじめ塀を登って、とおっしゃってましたが、どうやって登ってきていたのでしょうか?」
「昔は裏に大きなモミの樹があったんですが、大五郎さんがそこを伝って家に入ってきているのがバレてしまいまして、切り倒されました。それ以来、私たちが招き入れておりました。ですから、現在は梯子か何か道具を使わないと塀を乗り越えるのは難しいかと」
「そうですか」


裏口の鍵は内側に付いており外からは鍵を開けたり閉めたり出来ない。


「家事のあった日、裏口の鍵はどうなってましたか?」
「あの日の戸締り確認をしたのは佐藤でしたので、そちらに聞いて下さればわかるかと」
「わかりました」


私たちは庭で掃き掃除をしていた、ひょろっとした背の高い中年の佐藤さんに話を聞く。


「あの日は、裏口の戸はしまってましたよ」


裏口から逃げたのであれば鍵は開けっ放しのはず、ということは犯人は塀をよじ登って逃げたということになる。
まあ、これはあくまで犯人が普通の人間だったと仮定した話だが、


「人間の胴体抱えたまま、塀をよじ登れるか?」
「うーん、出来なくはないと思いますね。胴体にロープを結んで、長くした端っこを投げて塀の向こう側にやる。上に登ってロープで引き上げればいけると思います」


他の使用人にも話を伺ったが、誰も怪しい人物が出入りしたのを見たものはいなかった。
今度は当日、離れ家に出入りした人間に話を聞く。


「火事のあった日、離れ家に出入りしたのは山田さんと後藤さんのお二人ということですが娘さんに変わった様子はありませんでしたか?」
「いえ、特には」
「はい、いつも通りでしたね。食事とご不浄以外は殆ど寝たきりでしたから、その日も床に伏していたと思います」
「大五郎さんが来たのはいつ頃ですか?」
「私が離れ家から火の手が上がっているのを発見する三十分前位ですかね」
「では、大五郎さんがきてすぐに火事になったってことですかね」
「たぶん」


火事があったのは六時頃ということだが、となると、大五郎さんが来たのは五時半頃になる。仕事帰りに寄ればこれくらいの時間になるだろうか。


「離れ家に出入りしていたのは主に山田さんと後藤さんのお二人ですか?親族の方は」
「いえ、奥様も旦那様もお嬢様の妹様もどなたも離れ家には近づきませんでした。離れ家に出入りしていたのは私と後藤と大五郎さん、それとお医者様の橋田様の四名ですね」
「お医者さんは頻繁に来られるんですか?」
「そうですね。手術後には週に何度か、最近でも一、二週に一度のペースで」
「手術?お嬢様は手術をなされたのですか?」
「ああ、……はい。これは、実は旦那様方には内緒なんですが……」


山田さんは急に小声になると、話の続きを聞かせてくれた。


「橋田さまは大五郎さんのお知り合いの方で、外から来たお医者様だとおっしゃってました。お嬢様の状態が悪化した時、手術をすればなんとか延命出来るかもしれないとおっしゃってました。手術代は大五郎さんが出すとのことでした。手術はきちんとした場所で行わなければ感染症などの危険があるということでしたので、使用人全員で計画しまして、お嬢様を外へ連れだしたのです。それから、お嬢様が戻ってくるまで、皆でさもお嬢様が離れ屋にいるように振舞っておりました」
「あの時は毎日ひやひやしましたね。結局、家の方達はだれも離れ家に近づきませんでしたが」
「手術後は以前のように胸を抑えて苦しむ事もなくなり、元気のいい日には外も出歩ける程になりました。それがまさか、あんな事になるなんて」


こうなると、ますます心中説の線は薄くなるだろう。また、大五郎さんが娘さんを殺したというのも考えにくい。ここまで大掛かりな事をして手術代まで負担したのにわざわざ殺したりするだろうか。
やはり、第三者が二人を殺して逃げた線が濃厚のようだ。


「橋田さんというお医者様はどちらにお住まいなのでしょうか?」
「ええと、それが、私たちのだれも、ご連絡先をお聞きしておりまぜんで……無口な方でしたから」
「そうですか」


あとで、里の役場で橋田という医者を調べてみよう。
今度は遺体の状態に付いて使用人に話を聞く。


「遺体の状態はどうでしたか?大五郎さんは牛刀を握りしめていた、娘さんは胴体がなかった。これ以外に何か変わったことはありませんか」
「変わったところですか」


質問をしているのは、火事のあと遺体の片付けを手伝った、庭師の石田さんだ。


「うーん、そうですね。心なしかお嬢様の遺体のほうが損傷が激しかったように思います」
「損傷が激しいとは、お嬢さんのほうがよく燃えていたということでしょうか?」
「ええ、まあ、お二方とももう殆ど炭化したような状態だったのですが、お嬢様のほうはもうほとんど肉は炭と化して、骨もひび割れてところどころ原型を留めていないような感じでした」
「ふむ……」


これは、娘さんが火元に近かったということか。もしかした娘さんの遺体の上に油でも撒いて火をつけたとか……


「もしかしたら娘さんの体を重点的に燃やす必要があったんじゃないでしょうか?」
「一体、どんな理由で?」
「うーん、遺体に火をつける場合ってのは何か証拠を隠す為とか、そう、手術ミスとか……、それか遺体自体の存在を無かったものにしようとか。まあ、水分の塊の人間を油を掛けた程度では跡形もなくすことはおろか、内蔵を炭化させることも不可能でしょうけど。あとは、身元をわからなくしたり」
「娘さんの身元を不明にしたかったってことか?」
「ええ、一つの仮説ですが、何者かが謎の焼死体を娘さんだと思い込ませようとしたとか……」
「いったい、何のために」
「……例えば、医者の橋田が娘さんの遺体を欲しがった場合とか」
「ネクロフィリアだったってことか?」
「いえ、まあその可能性も否定出来ませんが、自分が手術した人間です。貴重なサンプルとして、とっておきたい、もしくは解剖したいと思っていたのかもしれません。それを知った大五郎さんと揉めたりとか」
「家の人間にバレたら面倒だから娘さんとそっくりな遺体の手足をダミーとして残したってわけか」
「ええ、バラバラにすればなんとか手足と首だけなら持ち込めたりしたのかもしれません」


一応筋の通る話ではある。娘さんは珍しい病気だったらしいし、そういう遺体を調べたいと思う人間がいてもおかしくはない。実験医学の父と呼ばれた解剖学者、ジョン・ハンターは巨人症の人間の遺体が欲しいために大規模な遺体強奪作戦を行ったというのを本でみたことがある。


「じゃあ、今度は家の人間に話をきこうぜ、火事のあと不幸な事故が多発したってのには興味がある」
「そうですね。今日は大旦那様と奥様、妹さんがいる、と。旦那様はおでかけですか?」
「はい、田畑の一部を貸しているとある一家全員が姿を消したとかで……」


なんと、これはまた新しい事件の匂い。不謹慎ながら心躍ってしまう。


「なるほど、後で我々もその一家失踪事件も調べてみますよ」
「そうですか」
「じゃあ、家の人間達に話を聞くか、不幸にあったのは妹さんと奥様と旦那様だっけ?」
「はい、我々使用人には特には何も」


というわけで、家の者に話を伺う。
火事当時のアリバイや、何か怪しい人物を見ていないかなど、一応聞いてみたが新しい情報は出てこなかった。
不幸な出来事にかんしては、奥様が階段から転落して右足を右腕を骨折、妹さんが倒れてきた本棚に押しつぶされて軽いけが、旦那様が屋根から瓦が落ちてきてあわや一大事という目に。


「階段から落ちた時誰かに引っ張られたと?」
「ええ、そうなのよ。着物の裾をつまんでグイっと……おかげでこの有様よ」
「変な気配とか感じなかったですか?」
「さあ、私霊感とか薄いものだから。でも、一応お祓いしてくださる?こう立て続けに不幸が起きるとね」
「はい、わかりました」


奥さんからは以上だった。次いで妹さんから話を聞く


「いきなり本棚が倒れてきて、どう考えても見えない何かで押したり引いたりしないと説明がつかないのよね……地震でもなきゃ普通倒れないわよ」


どうやら、家の人間の勘違いではないようだ。
倒れたという本棚を見せてもらったが、奥行きの幅からして、自然に倒れてくるということはまずありえない。


「やはり、娘さんの呪いかなぁ?」
「そうかもしれませんね」
「テケテケみたいにさ、体の一部が無いと怨霊化したりするのかな?」
「どうでしょう。その場合、胴体を奪いにくるんじゃないでしょうか?」
「もしかしたらさ、テケテケの胴体バージョンみたいな妖怪がいて、娘さんの胴体を奪いにきたとか?」
「うーん、その妖怪は家に火をつけて帰る程の鬼畜野郎になりますが……」


テケテケの胴体バージョン……それから娘さんを守る為に大五郎さんは牛刀を?
いや、だったら、四六時中見はっているべきだろう。来たのは事件がある30分前、タイミングが良すぎる。来る時間がわかっていたらなら別だが。
ちょっと、魔理沙さんの仮説は無理があるように思えたが、幻想郷において外の世界の常識にとらわれてはいけない。こういった妖怪や超常現象の可能性も大いにあるのがここの常識なのだから。
まあ、これから、自警団の男のところへテケテケについて話を聞きに行くところだし、テケテケの亜種の話があるか調べてみよう。


旦那様がもう少ししたら戻るだろうといわれたので、その間に他を回る事にする。
私達は一旦、屋敷を後にし、役場へ向かった。橋田という医者どこに住んでいるか調べる為だ。


「うーん、橋田という名前の医者は登録されてませんね……」
「そうですか」
「もしかしたら、人里の外で営業しているのかもしれません」


事務の女の人にそんなことを言われた。
本当に人里外で営業しているのだろうか。一気に橋田という医者が臭ってきた。


「怪しいですね。橋田という医者」
「そうだな。早苗の言ったとおりかもしれんな」


この事件の鍵は橋田という謎の医者が握っているようだ。


「まあ、先にテケテケの話を聞いてこうぜ」
「そうですね」


私たちは自警団の詰所に出向いた。


「ああ、確かに見たよ」


慧音さんが言っていた。自警団の男はその夜の事を語って聞かせてくれた。
あらかた慧音さんが百物語で話していた内容と同じだった。


「テケテケはどんな感じでした?」
「暗くて良くは見えなかったんだけど脚が無かったね。あと、服は着ていたなかったかな?」
「ふむ、顔はどんな感じでしたか?」
「顔は暗くてよく見えなかった。でも、こっちを向いたような感じがして、急いで逃げたんだ」
「テケテケが弄っていた脚は男の脚だったんですか」
「ああ、たぶん。肉付きとかで男っぽいなって思ったよ。スネ毛も生えてたような気がした。それに結構大きな脚だったしね、女でアレくらい大きなのは中々いないでしょう」
「なるほど。あと、足を引っかかれたと聞きましたが」
「ああ、そうなんだよ。ここをさ、ぴーって」


男はズボンをまくって脹脛の部分を指でなぞってみせた。
見せてもらった場所はもうすっかり完治して綺麗になっていた。


「ここを何かで引っかかれたみたいに切り傷ができてたんだよ」
「樹の枝などに引っ掛けたという可能性は?」
「いや、普通に平坦な道を走ってきたからそれはないと思うよ」



テケテケの亜種についても訪ねてみる。


「そういった話はきかないね」


とのこと。


「ありがとうございました」


お礼をいって私たちは詰所を出る。
テケテケに関してはあまり目ぼしい情報はなかった。
一応見たという場所を教えて貰ったので見に行ったが特には何もなく、徒労に終わった。


そろそろ旦那様が戻ってきただろうと思い、再び屋敷を尋ねる。
山田さんがすぐに取り次いでくれ、話を伺うことが出来た。


「そうなんだ、いきなり屋根から瓦が降ってきやがって……」
「その他には何か不幸な事は起こってませんか?」
「あー、そうだなぁ。不幸といやぁ、ブラウンとこの一家が全員どっか行っちまったってことかなぁ……明後日納期だってのに、勝手にいなくなりやがって」
「あ、もしかして、田畑を貸してる一家全員がいなくなったっていうのはそのブラウンさん一家のことですか」
「そうよ。ブラウン一家が昨日、畑に出てねえってんで家まで行ったのよ。連絡も何もせずに休むなんて何やってんだって文句言おうと思ってな。んで、家の前についたらよ。戸が開けっ放しになってんのよ。無用心だなと思って中を見てみたが誰もいない。もしかして、逃げられたかなんて思ってさ。自警団の奴らにも捜索願い出したりしたんだが、まだ見つからんらしい。たく、何やってんのかね」


この男はブラウンさん一家が夜逃げしたと思い込んでいるようだ。何らかの事件に巻き込まれたとは考えないのか。


「何らかの事件に巻き込まれた可能性は?」
「さあな、近所付き合いは別に問題なかったみたいだし、あんまトラブルもなかったな」
「……最後にブラウンさん一家を見たのはいつ頃ですか?」
「一昨日の仕事には出てたみてぇだな。夕方までは一緒にいた奴もみつかるだろうよ」


では、失踪したのは一昨日の夕方から昨日の明け方にかけての間ということになる。


「わかりました。お話ありがとうございます。もしよろしければ、私たちもブラウンさん一家の行方を調べてみようとおもうのですがよろしいでしょうか」
「おー、そうしてくれると助かるわ。早いとこ見つけてくれ」
「じゃあ、早速調べてみますよ」


私たちは屋敷を出ると、ブラウンさん一家の住んでいた家に向かう。
ブラウンさん一家の家族構成は家長のダニエル・ブラウン、妻のキャロル・ブラウン、そして、今年6歳になる娘が五人……この五人は五つ子でカリーナ、キャリー、ブリジット、セリーヌ、コニーという名だ。


「ここが、ブラウンさん宅ですか」


ブラウン邸は借家ではあるが一応一軒家で、しっかりとした建物だった。家の中に入ると小さな娘達が五人もいたためだろう。彼女らの所有物と思われる、おもちゃや、服でかなり散らかっていた。


「何か手がかりになりそうな物はないですかね?」


私と魔理沙さんで手分けして、家の中を探索するが、一家が行きそうな場所の手がかりとなりそうな物は見つからなかった。
金品はどれも無事だったので、強盗の類ではないだろうということがわかっただけである。


「靴がそのままってことは、よほど、急いでたのか、あるいは……」


色々と頭の中で推理してみる。
とりあえずは、靴もなしに歩いて遠くへは行けないであろうということは推測される。
もし、拉致されたとしたら、わからないが。
しかし、一昨日の夕方から夜にかけて雨が降っていたので、もし、ブラウンさん一家が拉致されたとしたら、犯人はわざわざ靴を脱いで上がったか、足跡を綺麗に拭いて綺麗にしたか、どちらにしろ随分面倒な事をする。
とりあえず、自警団の人たちに捜査の状況を聞きに行くことにする。


私たちが自警団の詰所に向かっている途中、


「か、返し、てよー」
「実力で取り返してみろよ。魔法使いになるんだろ?」
「ほら、パスパス!」
「魔法使いとかお前、呪文読めるのかよ?教科書ですらまともに読めないじゃん」
「おい、三十秒以内に相手に渡さないと感染するぞ」


小学生位の男子複数が、同年代だろうか、背の低い女の子の私物と思われる本をバスケットボールのようにパス回しをして取り返そうと駆け寄る女の子をあしらっている。
心臓がドクンと大きく鼓動した。苦々しい思い出が頭の中に染み出してくる。


「む、関心しないな」


魔理沙さんが駆け寄ろうとするが、私は彼女よりも早く投げ渡しをしている男子たちに詰め寄り、本を目一杯乱暴にひったくってやった。


「あ……」


それまで、嬉々としてそのパス回しではしゃいでいた男子たちは本を取り返されたとたんにその場に呆然と立ち尽くし静かになった。


「これは、誰の持ち物ですか?」
「蓮道の……」


蓮道というのはいじめられていた女の子のことだろう。男子はバツが悪そうに女の子のほうをちらりと見た。


「なぜ、こんな事をしていたのですか?あの子は嫌がっていたように見えますが?」
「いや、それは……」
「それは、なんです?」
「ちょっと、からかっただけです。少しやりすぎたかもしれません」


私が本を取り上げた男子は私の斜め後ろに視線を向けて答える。けして私の方を見ようとはしない。
こういう時にこいつらが考えているのは被害者に対しての申し訳ないという気持ちでも、悪いことをしてしまったという反省の気持ちでもない。このめんどくさい状況からいかに早く抜け出せるか、自分がいかに責められぬようにするかということだ。
これは、外の世界の刑務所についても言えることだ、あんなとこにぶち込められても反省などするわけがない。囚人が考えるのは、いかに態度を良くし、刑期を短くできるかということだ。あんなところで人間が更生などできるものか。


「ふーん、からかったのは今回だけですか?」
「……」


男子は黙って少女の方をまたちらりとみる。私にはこいつ浅はかな考えは手に取るようにわかる。
目の前にいる奴はめんどくさそうだ。過去にもいじめを行っていたがそれを言うと更に説教をくらうことになる。だが嘘をついてこの場を逃れようにも少女が証言すればバレてしまう。この場で最良の選択は姑息な沈黙。
どうせこんなことだろう。


「蓮道さん……でいいですか?どうですか?こういうことをされるのは今日が初めてですか?それとも、日常的に嫌がらせを受けていますか?」
「……」


女の子もだんまりだ。まあ、仕方がないだろう。ここで自分が言えば後日、報復が待っているのだから。
彼女は知っているのだろう。目の前の男子たちが説教程度ではいじめをやめなどしないことを、叱るということの無意味さを。


「ん、大丈夫ですよ。はい」


私は女の子の頭を軽く撫でて、本を返してやった。少女は長らく離れ離れになっていた自分の体の一部が戻ってきたかのようにその本をぎゅっと抱きしめた。


「あ、あ、あり、がとうございます」


私は一瞬緊張からどもっているのかとと思ったが、先ほどの男子たちのからかい言葉から察するにどうやら吃音症らしい。
これがいじめられる原因の一つであることは容易に想像できた。


「他の男子はどうですか?蓮道さんに対して日頃何か意地悪なことをしていませんか?」
「……」
「……」
「……」


皆、沈黙を貫くつもりらしい。友達は売らないとでも言うのだろうか。


「いいでしょう。すぐに言いたくなるようにしてあげます……」


私は男子たちを見回す。彼らも何が恐ろしいことが起こる事を警戒してか、身をこわばらせている。


「はぁ、はぁ……」


男子たちの息遣いが荒くなってきた。


「どうですか?だんだん苦しくなってきましたか?」


男子たちはとうとう立っていられなくなり、その場に倒れこんでしまう。


「うう、頭が……」
「おえぇ」


一人の男子が嘔吐した。
他の男子も顔色は真っ青で何が起きているのかわからずにオロオロするばかりだ。


「あなたたちの周りの空気を薄くしました。初めてですか?慧音先生以外に能力を持った人間をみるのは」


奇跡を起こす事のできる私の能力で男子共の周りの空気を高山のそれと同じにしてやった。彼らに現れている頭痛や吐き気は高山病からくるものだろう。


「このまま、空気が薄くなればどうなるかわかりますか?」


少年達は苦しそうに気息奄々とするばかり。


「死ぬんですよ。あなたたちは」
「……っ!?」


男子たちは苦しそうに助けを求めるように口をパクパクさせる。


「でも、私も鬼ではありません。正直に白状した人だけは助けてあげましょう。勿論これは早い者勝ちですよ。一番初めに今まであなたたちが蓮道さんにしてきた酷い事を自白した人だけ助けてあげます」
「上履き隠したの俺です。ごめんなさい。あと、蓮道さんの服を黒板消しで真っ白にしたのも僕です」
「蓮道菌とかいってごめんなさい」
「教科書にラクガキしましたごめんなさい」
「粘土の作品壊しましたごめんなさい」


男子生徒たちは次々と自白を始める。先ほどまで黙りこくっていたのに、情けないことだ。
下らない団結を囚人のジレンマでバラバラにしてやるのは気分がいい。


「んー、みな同時ですか……では、しょうがないですね……みんな死ね!」


下から風が吹き上げ、男子たちを上空へと巻き上げる。
男子たちは地上から二十メートルは吹き飛ばされたのではないだろうか。
位置エネルギーがマックスになると直ちに落下の運動エネルギーに変換される。
少年たちの悲鳴が近づいてくる。


「あッ!!!」


地面から30センチ程のところで男子生徒たちの体は再び吹いき上げた風によって受け止められた。
ギリギリのところで寸止めするのは難しいのだが、30センチならなかなかの記録だろう。これ以上は風で受け止めることが困難で、男子たちは真っ赤なトマトになってしまう。
まあ、そうなったところで別に構わないと思えてしまうが……
風が緩まり、彼らは地面に下ろされる。


「あ、うああ……」


四人いたうちの二人はズボンの股間部分を湿らせている。半分しか失禁させられなかったかと少し悔しい気持ちになった。


「次にまた意地悪なことをしたら今度こそ地面に叩きつけてあげますからそのつもりで。山には千里先まで見渡せる天狗がいますからね。見ていないと思って油断しないことです」


もっとも、小便を漏らして無様にむせび泣く彼らが再びいきがるのは困難だろう。PTSDにでもなっていてくれると戒めとして丁度いいのではないかと思う。


「じゃあね」


暗黒めいた微笑を浮かべ、私は踵を返す。


「ははは、お灸を据えてやったか」


魔理沙さんが駆け寄ってきてポンと肩を叩く。


「ちぃと熱すぎたかな?」
「いえいえ、口で言っても無駄ですからねこういうのは……彼らがいじめとこの恐怖を条件付けてくれると嬉しいのですがね」
「なるほど、まあ、確かにな」


私が魔理沙さんと一言二言交わしていると、いじめられていた少女がこちらを見つめている。
彼女には少し刺激が強かったかなと心配になる。


「あ、ああ、あの」
「ん」
「お、お姉さん、たちは……ま、魔法使い、なんですか?」
「私は違いますね。神様です」
「私は魔法使いだぜ」


魔理沙さんがそういうと少女は目を輝かせた。


「わ、わわ、私も、ま、魔法使いになななりたいです」
「おう、頑張れ!私もお前位の歳に魔法使いに憧れて、ひっそりと魔法の練習とかしたもんだ」
「そ、そうなんですか」
「まあ、色々と身内には反対されちまって、家を飛び出したんだがな、でも、後悔はなかったぜ」
「そう、なんだ……」
「魔法使いになって何かやりたいことでもあるのか」
「え、と、ま、魔法使いにになったら、さ、サバトとかに参加し、たいです」
「ん、ああ、魔女会ならちょくちょくやってるぜ。今度、紅魔館でやるから連れてってやるよ。あっこのメイドの作るアップルパイは旨いだんだ」
「ほほ、ホントですか!?」
「ああ」


どうやら、彼女に心理的なショックは無いようだ、それどころか魔理沙さんが魔女だとわかると質問攻めにしてくる。
彼女にとって魔法使いとはそれほどまでに魅力的で特別な存在なのだろう。何が彼女にこれほどまでの魔法使いに対する憧憬の念を抱かせたのか……ふと、そんなことを考えてしまう。


「なるほど、アリスに貰ったのか」
「は、はい」
「私もうかうかしてらんないな、ま、続きは今度紅茶でも飲みながらゆっくり話そうぜ」
「は、はいあり、がとうございます。み、緑の、おお姉さんも」
「いえいえ、また、困った事があったら言って下さい」


少女は私と、魔理沙さんに何度もお礼と共に頭を下げた。








自警団詰所に着いたのは、時計の針が午後五時を回った頃だった。


「ブラウンさん一家は見つかりましたか?」
「いえ、人里はひと通り調べつくしたのですが、まだ、誰も……これから、里の外を捜索しようと思うのですが、もうじき日の入りですので、あまり、広範囲は探せないかと。もし、宜しければ守矢の巫女様が御同行してくださると心強いのですが」
「構いませんよ。私たちもそのつもりできましたから」


そうですか、助かります、と若い自警団員は爽やかな笑顔を浮かべ私たちに礼を述べた。
その自警団員と私と魔理沙さんでとりあえず、ブラウンさん一家から一番距離の近い里の外側を調べることにする。
民家が林立する中を抜け、奥の林に足を踏み入れる。


「この林を突っ切ったら里の外ですね」
「この先は草が群生しているだけ野原です」


蚊の羽音が耳障りだ。何箇所か既に噛まれている。ふくらはぎが痒くて仕方がない。


「ブラウンさん一家は何で消えたんだろうな……」
「さあ、私にもさっぱりです。自警団では何か情報はないんですか?」


私は魔理沙さんの後ろについてきてきている、自警団員に話をふる。


「いえ、我々も聞き込みをしたのですが、一家が失踪する理由は分かりませんでした。近所付き合いは良好だったようですし、生活もそれほど困っているようには見えなかったと、だからといってけして裕福なわけではなく、強盗が盗み目的で入るような物は持っていなかったみたいです」
「でしょうね。ブラウンさん一家が家を出ていくところを見た人はだれもいなかったんですか?」


一家全員が失踪するとなるとなかなか目立つはずである。もしかしたら見回りの自警団員が目撃していないだろうかという微かな望みを託して質問してみる。


「一昨日の晩は雨も降ってましてかなり視界が悪かったみたいで、誰も、一家を見たものはいないとのことです」


雨……月明かりを遮り、音を消し、足跡などの痕跡も洗い流してしまう。それを利用したのだろうか。


「鴉が鳴いてるぜ、もう、おうちに帰る時間だな、なんて」
「鴉……」


確かに先程からやけに鴉の鳴き声が耳につく。嫌な予感がする。
鴉から連想されるものなど良いものが無い。


「おい、なんか、あそこ……」


鴉がやけに群がっている。
何に?
決まっている。餌があるのだろう。


「えいっ!」


私は風を起こして鴉を追い払うと草をかき分けて鴉が群がっていた場所に向かう。


「う……」


むわっと、甘い腐臭が鼻孔を刺激する。
間違い無い、この先にあるものは……


「あ、あああ、うううあああああ」


赤黒い……死体……目がない……鴉に啄まれたか……蛆が……七体の……大きいのが二……小さいのが五……多分ブラウンさん一家……でもこれは……損傷が激しすぎる……


「早苗、一体何が……」
「来るな!」


私は魔理沙さんがこれ以上こないよう、語気を強めて叫ぶ。


「来ちゃいけない……見ちゃダメです……これは」


ネットで数々のブラクラ画像を踏んだり、生自殺体を見てきた私でも、これは、正視に耐えない。
胃からせり上がってくる内容物を唾を飲み込んで押し戻す。
引いてはいけない。そんなことをすれば恐怖に抗えなくなる。
私は、太ももを血が出る位に握りしめた。痛みで脳に喝を入れ、死体に近づく。


「ああ……ああ、そうか、くそッかわが……皮がぁ……あああああああああああ」


無いんだ。死後二日も経っていないだろう死体が人相を確認できないほどに損傷していたのは、動物や虫によるものだけではない……皮が無いのだ、この七体の死体には、一片の皮も残されちゃいない!
もし、動物や虫による侵食がなければ、綺麗に皮だけを取り除かれた真っ赤な死体だっただろう。
近づいて一家の死体を調べる、だが、刺し傷の類は見当たらない絞殺でも無いようだ……。薬物で殺してから、それは分からない、だが、しかし、皮を失ってもわかる、この苦痛に歪んだ顔は、ムンクの叫びさながらに顎は叫びださんばかりに開かれている。


「ま、さか……」


これが行われたのは、もしかすると生きた状態で!?
魔理沙さんが言っていたかわなめの話が脳裏をよぎった、生きたまま皮を溶かされる苦痛。
いやまて。これは、溶かされたものか?それにしては歪じゃないか、まるで旨い部分を食い終わった北京ダックのような、デコボコしてるじゃないか。
中の肉には一切手を付けず、それでいて一片の皮膚すらも残さぬ神経質さ、これは、確かな思考を持った者によるものとしか考えられない。


「あるだろ……人を死に至らしめる方法なんて、他にいくらでも……!!」


私は皮なしの七体の死体を見つめ、その場に立ちつくした。


―10ー



「霊夢さん起きて下さい」
「んー」


早苗が私の体ご揺すって起床を促す。それとは反対に私の体は睡眠を欲してうつ伏せに丸まる。


「もう、空は明るいです。異変の調査に乗り出しましょう!」
「待って、あと五分だけ……」
「ダメですよ。こうしている間にも犯人は次の犠牲者を狙って息を潜めているかもしれない、証拠を隠滅しようとしているかもしれない、早く動かないと手遅れになるかもしれませんよ」
「わーかったわよー」


ようやく布団から身を引き剥がし、顔を上げる、まだ、私に朝を実感させる程の日光は感じられない。時刻にして5時前後だろうか。


「コーヒーです。カフェイン摂取してください」
「んー、お砂糖入れてー」
「ミルクも砂糖も投入しました。どうぞ、熱いので気をつけて下さい」


早苗が目の前にマグカップをつきだしてくるので仕方なく受け取る。
熱いので息を吹きかけながらなんとか飲み込む。


「少しは目が覚めましたか?」
「うーん、どうかしら……」


コーヒーの冷却作業を繰り返し行なっていたせいか少しは目が覚めたかもしれない。
気分は最悪だが。
昨日の夕方、晩ご飯を食べている途中のことだ。魔理沙が血相を変えて神社に駆け込んできたのは。
とにかく来てくれと詳しい説明もなされず、私は味噌汁だけ飲み干すと魔理沙と共に人里へ向かった。
魔理沙に連れていかれたのは自警団詰所にある遺体安置所だった。
そこで、見たものがで私は危うく先刻食べたばかりの晩御飯をすべて吐き出してしまいそうになった。
人の死体を見るのは初めてではない。妖怪に襲われ食いちぎられたグロテスクな死体も何度か目にしている。だが、全身の皮を剥がされた死体、しかも七体もだ……そんなものを目にしたのは昨日の夜が初である。
確かに、これは常軌を逸していると思った。ブルーシートの上に横たえられた赤黒い七体の死体。原型を留めているというのに、バラバラにされたモノよりも遙かに来るものがある。
早苗から遺体を見る前に全身の皮を剥がされていると聞かされていたので、前に慧音の寺子屋を見学した時に見た、人体模型を想像していたのだが、実物はそんな綺麗なものではなかった。
皮は筋肉が露出する程は剥がされておらず、表面だけをベロンと。しかし、表面は下手くそに皮むきしたジャガイモのようにデコボコでところどころ脂肪のブチブチが見える。赤褐色の粉が葺いたようになっているのは血が凝固したためだろう。揚げパンは暫くの間は食べれそうにない。
臭いもきつく、私は一分もせずに安置所の外へ出た。
自警団員が元はハンサムと美人の夫妻で、娘さんたちも可愛かったのにと漏らしていたのを聞いて、人間皮一枚剥がしただけでここまで惨たらしい姿になるものなのだなとえらく冷静に考えてしまった。
本来、こういう殺人事件は自警団が独自に調査、解決するのだが、害者が人里の外で見つかったため、妖怪の線も考慮し私が出張ることになったのだ。
私と早苗、魔理沙の三人で里の周辺を探しまわったが、犯人らしき人物、妖怪は見つからず、午前二時を回ったあたりで一旦探索を切り上げ、自警団詰所の仮眠室で睡眠をとることになった。
もし、また何かあった時のためにと早苗はずっと寝ずに待機していた。よく持つものだ。


「あんたは寝ないで大丈夫なの?」
「一日二日なら平気です」
「魔理沙はまだ寝てる?」
「いえ、霊夢さんより先に起きてきて、今食堂にいますよ。よく眠れなかったと言ってましたね」
「そう」


私も早苗と一緒に行くと魔理沙が座ってコーヒーを飲んでいる。


「朝食はどうします?」
「私はいいや、なんか、食欲なくってさ」
「私も同じく」
「そうですか、何か軽くでもとっておいたほうがいいですよ。日が照ってくると熱中症の危険もありますし、いざ犯人と対峙したとき力が出せなくなるかもしれません」


早苗は、そういって、ご飯と味噌汁をとってきた。彼女が無心で食べているのを見て、私も食っておこうとご飯と味噌汁をお盆にのせた。


「私は、はっきり見てないからいいんだけどさ、二人は見たんだろ……」
「ちょっと、思い出させないでよ」
「すまん」


魔理沙が申し訳なさそうに謝る。魔理沙も、自警団員が死体を運ぶ時にチラリと見たらしい、それ以来ずっと気分悪そうにしている。それでも、頑張って黙って具なしの味噌汁を貰って、ちょっとずつすすっていた。


「ううん、私もごめん」


食欲はなかったものの体は空腹だったようで、ご飯はすんなりと胃に収まった。


「犯人は一体誰なんでしょうね……やはり、ブラウンさん一家に恨みのある人物かしら?」
「でも、あの一家の近所付き合いは良好だったらしいぜ。明るく、思いやりがあってってみんな口を揃えたように言うし」
「そうよね……一家と交流のあった人たちにあらかた話を聞いて回ったけど、誰も心当たりないみたいだし……トラブルも無かったようだし、早苗はどう思う?」


先ほどから腕を組んで何かを思案しているように沈黙を続けていた早苗に話を振ってみる。
五秒程か、考えがまとまったようで、ようやく早苗が口を開いた。


「今の段階ではなんとも言えませんが……もし、あの皮剥ぎ行為がブラウンさん一家に苦痛を与えることだけを目的としていた場合、なぜ犯人はあんな場所に死体を放置したのでしょう?」
「……あそこで殺したんじゃないの?」
「その可能性は低いかと思います。周りの草も殆ど荒れて無かったですし、あるものが遺体から発見されたんです」


あるもの?何か重要な手がかりでもみつかったのだろうか。


「リグルさんに協力してもらいまして、遺体にある虫がいるか調べてもらったんです。その結果、見つかりました。イエバエの蛆虫が」
「イエバエ?」
「ええ、名前の通り、屋内に多く生息しているハエです。この虫がいたことから、被害者は屋内で殺された可能性が高い。その後にあそこへ運んだのではないかと推測できます」
「まあ、そうだとして、何がおかしいのよ」
「死体発見現場からもう少し歩けば森があるんです。森には、人を食らう妖怪も出るらしいですよ」
「……森まで運んでいれば妖怪が死体を処理してくれたかもしれない、なぜ、わざわざ見つかりやすい野原に放置したのかってこと?」
「グッド、そうです」


早苗がニッと笑う。


「森に死体を捨てれば妖怪の仕業として処理されていたかもしれないのに、なぜ、人里と外の境界線のような場所に遺棄したのか……」
「犯人は人里の外へ出れなかったんじゃないか?森に入れば人食い妖怪に食われるかもしれないんだから」


魔理沙が反論する。


「犯人が人食い妖怪に遅れをとる非力な人間だとしても、あの場所に人を放置するのは不自然です。あの、野原へ行くには長屋が林立する居住区を抜けその先の林を抜けなければなりません。七人分の死体を誰かに見つからないように、居住区を抜けることができると思いますか?わざわざ危険を冒して全員をあの場所に捨てるメリットもありません。見つかりにくい捨場は他にいくらでもあるんですから」
「夜中ならなんとかいけないか?みんな寝てる中ならバレずに運べるんじゃ」
「全員が寝ていればいいですけどね。聞いた話ではあの長屋街では夜這いが行われているみたいです。住民同士、他の者と綿密なルールもあるわけでもなく、誰がいつ起きてくるかわかりません。夜間でも人の出入りは結構あるんですよ」
「むう……」
「あと、あの場所に置いたのは、いずれ発見されることを見越してのことだと思います。」
「誰かにあの死体を見つけてもらうのが目的だったのか。それで、あんな惨いことを……」


しばしの沈黙、他の二人の頭の中にもあの赤黒い死体が喚起されていることだろう。


「で、犯人はなんで死体を晒したかったの」
「うーん、現状ではまだなんとも……仮説というか私の妄想ならありますが、聞きたいですか」
「ええ、聞かせてもらえる」
「では……私が考えているのは、実は長屋に住んでいる人間全員が犯人説です」
「全員!?」
「ええ、まあ、どこぞの推理小説かよって突っ込まれそうな話ですが、私は長屋の住人たちがブラウンさん一家に対して何かしらの負の感情を抱いていたのではないかと思ったのです」
「負の感情?」
「差別意識のようなものを抱いていたらどうでしょうか?ブラウンさん一家は白人です、違う人種に対する排他的な感情が長屋街の住民に芽生えていたとしても不思議では無いと思います。聞けばあの長屋街は人里でもかなり昔からある住居区らしいじゃないですか。外の世界では黒人が白人至上主義から差別され時にはリンチを受けていたと社会の先生が言ってました。皮を剥いだ赤黒い死体は白い肌に対して否定的なメッセージが込められているのではないかと」


人種差別についてはあまり聞かないが、妖怪など他の種族に対して酷く嫌悪する人間には時たま会うことがある。妖怪お断りと店の前に立て札を出している店もあるくらいだ。
自分たちと肌の色が違う人間に対して差別的な感情を持っている人間だって当然いるだろう。
私はアリスやレミリアに対して綺麗だなと思うことはあるが、自分たちと肌の色が違うから憎いなどと思ったことはないが。


「長屋街の連中はそんなことする奴らじゃないぞ」
「あら、慧音さん」


いつの間にか、私たちの横に立っていた慧音が早苗の推理に意義を唱えた。


「アイツらとは昔から付き合いがある。とても、あんな酷い事を出来る連中じゃない」
「……案外出来てしまうものですよ。人間って」


少しドキリとした。早苗は自分よりも何倍も長く生きている慧音に対して見下すように、自分は知っているのだというように、冷たく言った。


「群集心理と言われるものには様々な性質があります。自己の言動に対する責任感を薄れさせたり、暗示にかかりやすくなったり、意見が過激なものになったり……理性が効かなくなり、得も言えぬ全能感に支配され、時に凶行に走ることもあるのです」
「だが……」
「人間、誰しも環境やきっかけがあれば容易にサイコパスのような冷淡さを持つことが出来ます……」


慧音は黙ってしまう。もしかしたら慧音にも今の話に思うところがあるのかもしれない。


「まあ、あくまで可能性があるというだけです。とりあえずは疑ってかからないと、事件は解決出来ませんから。まずは人里で起こった外国人が関係する事件について調べてみましょう」


私たちは自警団員頼んで資料を持ってきて貰う。


「結構ありますね……この中から外国人の関与している事件だけを探すのはなかなか骨が折れそうです」
「……大体の事件は私が覚えている。自警団からは毎度私に報告があるし、私も大きな事件に関しては捜査に協力しているからな」
「では、お願いしていいですか?」
「ああ、まずはこれと……」


慧音は膨大な資料の山から私たちが欲している情報のみを引っ張り出してくれた。


「以外に少ないですね」
「まあ、白人や黒人、言葉の通じ無い人間は少数だからな」


case.1 “ノーラ・チャンドラー。○○年??日、ノーラ・チャンドラー(49)宅が全焼。火皿をひっくり返したことが原因とみて間違いない。ノーラは右足と右腕に重度の火傷を負ったが、命に別状はない”


「今から五十年程前の事件だな。この火事で幸い死人はでなかった。ノーラはここで書かれているように手足に火傷を負ったが、治療後は特に後遺症もなく、元気に生活していたよ。子供はいなかったが、夫がいたな。夫は里で知り合った農夫だ。彼女が幻想郷にきたのが、30歳頃で、結婚したのが40の時。かなりのおしどり夫婦だったんだが、結婚して五年後、夫が病死。それ以降は誰とも結婚していない。よく焼いたクッキーなんかを近所の人間にプレゼントしてたな。83の時に階段から足を滑らせてな、その際に頭を打って、それが原因で亡くなったよ」

慧音が資料に書かれていないところを補足する。


case2 “ジェイス・ベルモン。○?年△△日、ジェイス・ベルモン(38)が用水路で溺れて死亡した。シェイス・ベルモンは仕事仲間に用水路の様子を見てくると言って、別れたあと行方がわからなくなっていた。翌朝用水路で溺死しているのが発見された”


「この時は十年に一度と言われるほどの大きな台風でな、他にも大勢の死者が出た。今から十年程前のことだ。ジェイスは寡黙で人付き合いも余り無かったように思えるな。だが、正義感と探究心は人一倍強く、間違った事は絶対にしない男だったよ。良く私や稗田家に本を借りに来てたな。用水路に落ちた日も仲間の代わりに自分が用水路を見に行くと名乗り出たらしい」


case3“チョンス・ソボン。△△年○○日、チョンス・ソボン(21)が大田好子(46)宅に押し入り、暴行した後に性行為に及んだ。性行為を終え、現場から去ろうとしたところで夫の太田大志(52)と鉢合わせ、その場で組み伏せられる。詰所に連れてこられたチョンス・ソボンをその場で強姦罪で逮捕。追記、後に刑務所にて同室の男と揉め事を起こし、喧嘩に発展、殴り殺された”


「五年前だな……彼は、日頃から性欲旺盛だった。私も、風呂を覗かれたことがある。その時にはきつく説教したのだが、どうやら効果は無かったようだな、事件が起きたのはその三日後だったのだから」


case4 “ソロン・マルコフ。?△年△○日、酒場にてソロン・マルコフ(47)と二十代の男性が喧嘩。二十代の男性は顔を殴られ、顎の骨を折る重傷。原因は男性がソロン・マルコフがギターを演奏中に罵倒し、煽った為”


「ソロンは黒人男性だ。彼は、酒場を回って弾き語りをして生計を立てていた。事件は酔った若者が彼の悪口を大声で言ったのが原因だな。ソロンはけして喧嘩っ早い性格では無かったのだが、若者の差別的な発言が彼の堪忍袋の尾を切ったのだろう。聞いた話では右フックで一発だったらしい。若者は数人の仲間と飲んでいたらしいが男が倒されるのをみて、仲間はその場から逃げ出したらしい」


case5 “ベス・リリー。吉原で働いていた、ベス・リリー(25)が失踪。△○年?○日に仲間と別れていらい行方がつかめない。同日、ベス・リリーの働く吉原に足げく通っていた男が同じくして行方がわからなくなっていることから、駆け落ちとみて捜査を進めたが二人の行方は未だわからず”


「ベスは博打で多額の借金をしてな、それを清算するため……いや、清算させる為に遊女されたのだ。彼女は背も高くなかなか整った顔立ちをしていて男たちには大層人気があったようだ。行方をくらました男も彼女目当てで吉原に通っていたらしい。彼はそれほど裕福な生活をしていたわけでは無かったのだが、彼女に会いたいが為か、生活を切り詰めて、そのお金を吉原に注ぎ込んでいたよ。もう時期、彼女が姿を消して一年位になるかな」


case6 “エルピス・ティレル。△□年?△日、エルピス・ティレル(15)が夜中十時を回っても帰宅しないことを心配した同居人の六十代の女性が自警団に捜索を願い出る。夜通し里の内部、外周辺を探したのだが見つからず。後日失踪事件として再度、捜索するも彼女の行方は未だわからない”


「彼女は、利発的でいい子だったよ。幻想郷に来たのは一年程前だったかな。身寄りがなかったので、家族に先立たれ、一人で暮らしていた女性が保護者として名乗りでてくれた。はじめは家に帰れないショックかよく泣いていたんだが、里で生活する内に徐々に元来持っていたと思われる明るさを取り戻していった。そんな矢先に彼女は失踪した」


これは、私も覚えている。半年前におばあさんが男に連れられて神社までやってきたのだ。恐らく自警団と保護者の女性だろう。写真を渡され、もし、見つけたら教えて欲しいと言われた。何度も頭を下げ、お願いしますと頼み込むおばあさんの姿は何かとても、痛々しくて今でも鮮明に覚えている。
エルピスさんの見た目は早苗と同じ位だろうか、顔は日焼けで赤くなっており、そばかすがあった。美人とは言いがたいが保護者の女性と一緒に写っていた写真を見る限りでは優しそうな印象をうけた。長いブロンドの髪をオールバックにしてカチューシャををしていた。写真では白いワンピースを着ており、背丈は保護者の女性との比較で早苗より少し高いかというところだろう。私も神社を離れてどこか行くときはそれとなしに彼女を探してみたのだが、それらしい人物は見つからなかった。


「人里であった外国人の関与している事件は以上ですか?」
「ああ、私の知る限りこれで全部だ」


確認を求める早苗に対して、慧音はそう頷いた。


「最近、一年以内に二人も失踪ですか……慧音さん、人里では年にどれ位の頻度で失踪事件は起こっていますか?」
「そうだな、最近は随分減ったからな……ここ十年位は年に四、五人人ってとこか」
「そんな頻繁に起こるわけではないんですね。ベスさんは駆け落ちと見られてますが、駆け落ちってのは、人里ではよくあることなんですか?」
「うーん、たまにだな……妖怪と結婚する為に里を出ていくとか、人里では認められないから出ていくとかそういった形で」
「二人は結婚を反対されていたのでしょうか?」
「いや、そんなことはなかったと思うが、ベスもこの調子で働けば半年程で借金は返済し終えるらしかったし、男の方も家が反対しているという話もなかった。というより、男は里の外に住んでいて、数年前に人里に移り住んだ人間だからな。彼女を連れて里以外の場所で暮らそうと考えても不自然ではないと思う」


ベスの方はこれと言って不自然なところは話を聞く限り出てこない。強いて言えばあと半年働けば借金を完済することができ、人里の外へわざわざ行くより里で生活したほうが遙かに便利であろうということだ。普通の人間にとっては。
まあ、好いている女があと半年も遊郭で働くのが許せないと男が思っていて、駆け落ちに発展したと考えれば筋も通るか。


「エルペスさんのほうは、事件の資料を見てみると、帰れなくてよく泣いていたと書いてあります。人里を抜け、外の世界に帰ろうとしたという見方もできますが」
「……幻想郷外からきた人間が人里にきて、すぐにいなくなった例は過去に何件かある。早苗が言った通りだ。外の世界が恋しくなり帰ろうとするのだ。帰れる方法もわからないのに、里から出て。里の外には危険な妖怪も沢山いるというのに……」
「エルペスさんもそのパターンであると」
「いや、エルペスは違うと思う……刀祢さんに、ああ保護者の女性だ。彼女に置き手紙の一つも残さずに突然消えるなんてことはしないと思うし、彼女には里で付き合ってる男がいた。二人は結婚も視野いに入れ付き合っていたんだ。いなくなった日も男と一緒に立ち食いそばを食い、しばし談笑した後、男は仕事があるんでと別れたらしい。男が言うには別段変わった様子もなかったと言っていたよ。あと、自分が家まで送っていればこんなことにはと嘆いていたな……」


男の気持ちを考えると胸が締め付けられる。自分の行動でもしかすると愛する者を救えたかもしれないと知った時、どれほどの後悔の念が彼を襲ったか。


「彼女は何者かに連れ去られた可能性があると」
「……恐らく」


妖怪の仕業か、人間の仕業か、それは分からないが、彼女の失踪には他の何者かが関与しているようだ。
自警団に頼んで長屋連中と、ベス・リリーの務めていた遊郭、エルペス・ティレルの保護者、恋人を洗ってもらうことにする。
私と早苗、魔理沙は引き続き里の外を調べることになった。慧音は里の内部で再び事件が起こった時のために里内を巡回することになった。
朝から里の周りをグルグルと、徐々にその円を広げるように空から探索してみたが、新しい情報は出てこない。
太陽が私たちの真上に登ったところで、一度捜査を打ち切り、里で昼食を食べる事にする。
暑さと、睡眠不足で体が重かった。だが、多少は無理して何か食べないと午後の捜査では熱中症で倒れてしまうかもしれない。


「どこで、昼食べる?詰所に戻る?」
「いや、そこらへんの飯屋で食おうぜ。詰所じゃ大したもん出てこないだろう」
「そうですね。私も、どこかお店で食べたい気分です」


私は、正直どこでもよかったのだが、二人は詰所の食堂より、飲食店での食事をご所望とあったので、二人に付き従う形で、近くにあった飲食店に入った。
入った店は異国情緒漂うおしゃれな喫茶店のようなところだった。私たちは店の奥の相手いる席に座った。


「人里にも、こんな感じの店が出来たんですね」


ご注文がお決まりでしたらお呼び下さいと、店員が水の入ったコップを私たちの前に置くと奥に下がる。
私たちがメニューを開いていると、私から見て右斜め前の席の男性が、


「エルペスの失踪と今回の事件は何か関係があるんですか!?」


と大きな声で言ったので、私を含む、店内の客、従業員の視線を集めていた。


「まあ、落ち着いて下さい。まだそうとは決まったわけではありません。異国人に対する差別からの犯行の線でも調べてましてね」


自警団員が、興奮気味の男を丁寧な口調で諭す。
よく見れば、声を荒らげた男は前にエルペス・ティレルの保護者と付き添いで神社にきた男ではないか。


「最後にエルペスさんとお逢いした時は特に変わったところはなかったと」
「ええ、いつもどおりでした。里の近くに出来たお寺についての話題で盛り上がって、そのあと、私は仕事があるのでエルペスと別れました」
「仕事というのは」
「勤めている屋敷の用心棒です」


あの時は自警団の人間かと思っていたが、どうやら恋人だったらしい。


「ふむ、では現場不在証明もできそうですね。勤めている屋敷というのは」
「○○家ですが……まさか、私を疑ってるんですか!?」


男が再び声を荒げ、自警団員に食ってかかる。「まあまあ、全員の所在を確認するのが捜査の鉄則ですから」といって自警団員がなだめている。


「エルペスさんは外の世界に帰りたいと思っていて、その為人里を出たということはないんですか?」
「ありえません……彼女が私や刀祢さんに黙っていなくなるなんて。それに、彼女はこの幻想郷で生きていくと決めたんです。私と結婚の約束もしていました……それなのに、それなのに黙っていなくなるなんて……何かの事件に巻きこまれあか、妖怪に……うああ、エルペス」


男の嗚咽が聞こえてきた。他の客の視線など気にすることもなく恋人の名を繰り返し呼びながら涙を流す。その姿が痛々しくて私は思わず目を逸らしてしまった。彼の悲しみを慮るとメニューに乗っている色とりどりの料理の写真も鮮やかさを失って見える。
今回の事件とエルペス・ティレルの事件が関係あるかはまだ分からない、できれば無関係で彼女は今もどこかで元気に暮らしていることを切に願う。


私たちはそれから、日没まで外を捜索したが、結局徒労に終わった。
詰所に戻ると、自警団員が聞き込みを行った結果を持ってきた。


「長屋の連中に聞き込みをしてみたのですが、当日にブラウンさん一家や怪しい者を見た人間はいませんでしたね。彼らに対して差別意識を抱いていたという者ですが、親しくしていた婦人なんかは泣き出す始末……長屋連中も一枚岩では無いですし全員がグルというのはとても考えられませんね」
「そうですか」


早苗は、自分の推理を否定されたが特に表情も変えることなく自警団員の結果報告に耳を傾けていた。


「ただ、長屋街の外れに市川五郎という老人が住んでいるんですが、彼は生粋の反妖怪思想の持ち主で、慧音先生にすら反感を抱いているほどです。同じ反妖怪主義者同士で妖怪撲滅会なる会を月に一度開いてまして、その会では最近復活した聖人と結託して妖怪を人里から締め出そうという物騒な話題もあります。もっとも市川はその聖人との結託についても反対で、彼女らも妖怪と変わらんと喚いてましたね。彼からすると髪の色が茶や金でも純粋な人間といえないらしくブラウンさん一家に対しても同じように思っていたのではないでしょうか」


髪の色のところで早苗がピクリと反応した。顔をしかめ、表情からは怒りが読み取れる。


「彼らも悲しい人間たちなんだ……妖怪撲滅会に属する者の殆どが妖怪に家族を殺されている。市川にしてもそうだ。娘と妻を……彼らが妖怪を恨むのも仕方のないことだ。いつかは分かり合える日が来ると良いのだが」


市川が反感を抱いているという慧音の口から擁護が出るとは。まあ、家族を殺されたというのであれば妖怪を滅してしまいたいと思うのも無理はないだろう。
後に知ったのだが市川が私の神社の数少ない参拝者だったことがわかった。彼は私に時たま茶菓子を差し入れてくれたり、労いの言葉をかけてくれたりと私からすればとても良い人であり、優しいおじいさんという印象だった。反妖怪主義者という一面を持っていたことがわかって少し複雑な気分だ


「ベス・リリーの努めていた吉原で話を聞いたところ、確かに失踪した男はベス・リリーとはそれなりに親しかったらしいです。が、彼女と働いていた親しい遊女の話では一緒に里を出て駆け落ちするほどではないと言っていました。ベスはどの男に対しても恋愛感情を抱くような人間では無かったと、そう言ってました。また、借金を返し終えたあとの計画について楽しそうに語っていたらしく失踪するとは思わなかったとも言っていました」


となると、彼女の失踪は不自然ということになる。ベスが消えた理由は駆け落ち以外の何か。


「じゃあ、男の失踪は無関係ということ?」
「そうですね。男の方も借金があり、失踪する理由はありましたから、たまたま失踪した日が重なっただけかと」
「なるほど」


男の借金は恐らくベスのもとに通うために出来たものだろう、だが今はそんなことはどうでもいい。彼女の失踪が彼女自身の意思ではない可能性が高いということがわかった。エルペス・ティレルの失踪とも関係あるのかもしれない。もしかすると今回の事件ともつながっているのだろうか……。早苗の言っていた異国人を排しようとする何らかの意思が今回の事件を引き起こしたのだろうか?


だが、この推理は三日後にあえなく瓦解する。
またしても全身の皮を剥いだ死体が発見されたのだ。
死体は前日から姿が見えなくなっていた飛脚の男とみて間違い無いだろうとのこと。勿論白人ではない。
遺体が発見されたのは妖怪の山から人里へと続く舗装された道である。河童が見つけ人里に知らせてくれたらしい。
それから、一人、また一人と相次いで、皮を剥がれ、殺された被害者が続出した。ブラウンさん一家を加えるともう十三人の犠牲者が出た事になる。
四日前に発見された被害者は私たちよりも幼い子供だった。


「くそ、今日も犠牲者が出たってのにはなんの手がかりもつかめなかった……」
「私たちもパトロールしてるっていうのに……その目を掻い潜ってこんな凶行を……人間業とは思えませんね」
「やっぱ、妖怪の仕業なのかな?」
「でも、普通の妖怪の仕業とも考えにくいわ。里に入るにはちゃんとした許可がいるし、天狗や河童なんかは人里と商業的なつながりも深い、こんな事をするとは思えない。力のある妖怪は人里で人を襲うなんていうルール違反を犯すとは考えにくいし」
「里ではカワナメの仕業だなんて囁かれてますね」


カワナメといえば、魔理沙が百物語で語っていたおどろおどろしい妖怪だったなと想い出す。


「……里の人がカワナメらしき影を見たと言ってました。夕暮れ時なので見間違いの可能性もありますがね」
「まさか、本当にカワナメの仕業なの!?」
「カワナメの仕業ならばあんなゴツゴツとした死体にはならないんじゃないですか?あれは溶かしたというより刃物で切り取ったような感じです。プラシーボ効果ですかね?カワナメの仕業だって思い込んでいたから物陰で動く動物がカワナメに見えたりしたのかもしれません」


早苗は即座に論拠を並べて否定する。


「そうよね……犯人は人間並みの知能を持っている。尚且つ人間離れした力を持った者」
「……あ、霊夢、今日はもう帰るよ」


一瞬空を仰いだ魔理沙が私の方を向くと、そう言った。


「もう、暗いし泊まっていけば?」
「んー、やっぱ、人里には泊まりたくないや。あと、今一人になりたい気分なんだ、だから家で寝るよ」
「そう……」


異変解決の専門家として私と早苗は事件以来神社ではなく人里の慧音の家に寝泊まりしている。魔理沙もそうすれば良いのにと思うのだが、実家との折り合いが悪いらしく人里に泊まりたくないらしい。


「気をつけて下さいね」
「はは、大丈夫さ。怪しい奴を見つけたらマスパで消し炭にしてやるぜ」


魔理沙がわざとらしく啖呵を切ってみせる。どこか笑顔がひきつっており無理をしているように見える。私たちに心配をかけぬように虚勢をはっているのだろう。
もう、日はすっかり落ち、月と星が輝く夜空に向け魔理沙は飛び立った。私たちは魔理沙を見送ると、慧音の家で遅めの夕食を取ることにした。


「歴史を覗いてみたのだが、特に手がかりと思えるようなことはなかったよ……誰かが書き記したりして歴史にならないと私の能力では覗き見ることはできない……」
「真実が誰かの手で明かされなければ、この事件は人里であった謎の連続怪死事件とだけ記されるのね……文末には犯人は結局わからず、迷宮入りと書かれるんだわ」


そうして、長い時間の波に飲まれ、いつしか眉唾な怪談話として語られるのかもしれないなと、未だに解決できない自分を頭の中であざ笑う。


「今後これ以上犠牲者を出さないようにしないと……里の者にはできるだけ外出は控えるように言ってある。また、できるだけ団体行動をするようにとも」
「そう」
「ただ、仕事上なかなか難しいという人間もいる。これ以上被害が増えなければいいのだが……」


慧音の表情は険しい。ついこの間犠牲になった子供は慧音の教え子だったという。彼女の心境がどんなものか想像するとなんとも心苦しい。
食卓を囲いながら慧音と今後の事について話しあうことにする。


「私たちも見回りをしているけど犯人の姿はおろか、影すら見てないわ」
「知らない内に里の人間が姿を消し、翌日には無惨な姿で発見される……遺体は全部里の外で発見されてるんですよね?」


今まで見つかった死体は何れも里からあまり遠くない、目立つ場所で発見されている。この前発見された農夫の男は里から百メートルと離れていない場所で発見されている。


「実はな、昨日の夜中にその男がフラフラと家と反対の方向に歩いて行くのを見たという奴がいてな」
「男性は自分から里の外に出たっての!?」
「実際に里から出るところを見たわけではないらしいから、断定はできんが、可能性はある。あんな時刻に家と反対の方向に歩いて行くというのは少し見ても不自然だ。……誰かに呼び出されたのか……もしくは、何者かに操られて里の外に誘導させられたか」
「そこを襲われたと」
「うむ、恐らくな」
「里に出入りする妖怪の能力でそういう類のものってどんなのがあるかしら?」
「思いつくパッと思いつく限りでは夜雀の歌、うどんげの瞳、それくらいか……」
「そうねぇ、あと、うどんげと似たような能力を妖精たちが持ってたわね。それとレミリアの能力だったら里の外からでも容易に人を操れると思うけど……」


運命を操る能力なら大抵のことは可能であろう。しかし、彼女にこんな事をするメリットもない。血が少ししか飲めないくせにこんなに多くの人間を襲うなんてことあるだろうか。
他にも能力の応用で人を里の外に連れ出す方法はあるかもしれない。


「早苗は他に心当たりはある?」
「ええ、まあ。例えば変身能力を持った妖怪、命蓮寺に居着いている鵺や狸なんかは知り合いになりすまして人を誘い出すことは可能でしょう。里にも出入りできますし。こいしさんの能力がもし他者にも有効だというのなら、気づかぬ内に里の外まで移動していたなんてことはあるかもしれません。あと、魔法、妖術の類で、となるともう絞り込めないです」


確かに、妖怪にとって人を誘い出す方法ならいくらでもあるのかもしれない。
この連続殺人の犯人がいったい何物なのか検討もつかないという現状は私達に言い得ぬ焦燥感を抱かせている。


「被害者は人種、性別、年齢、思想、どれもバラバラね。共通項が見つからないわ」
「共通項ならありますよ。被害者は皆人間です。人間に恨みを抱いている妖怪の仕業、もしくはこの事件によって反妖怪意識を高めようと画策する者の仕業かも……」


早苗の言った推理は筋が通っている。最近は妖怪への反感も強まっており、妖怪たちには里への出入りを自粛してもらっている状態だ。
ただ、結局この推理では容疑者を思ったように絞り込めない。人間に恨みを抱いている妖怪も妖怪に憎しみを抱いている人間も大勢いることだろう。白蓮の掲げる平等がどれほど難しいものかわかる。


「正直、今回の犯人はカワナメであってほしいと思っているよ……」


慧音が、組んだ手に額を付け切り出す。


「でも、はじめの被害者は一度屋外で殺害され、外に放置されました。カワナメにそれほどの知能があるでしょうか?」
「……稗田家の幻想郷縁起でみたところカワナメは獣に近い妖怪だろう。カエルが目の前を飛んでるハエを舌で絡めとるように、本能的に人間を襲う。人間のような思考能力はないだろう」


一昨日に掛札に貼り出された紙にもカワナメの簡素な絵と説明がなされており、人だかりができていた。私も後ろの方から覗きみたが、絵からはオオサンショウウオに少し似ていた。手足は片方に四本ついておりそこは蜘蛛を思わせる。確かに人と意思疎通が出来るような妖怪ではないだろう。


「でしたら……」
「だからだよ。私はこの事件、人間、人間に近しい思考能力を持つ者、それ以上の頭脳をもっている者が犯人であって欲しくない……。犯人がカワナメのような獣じみた妖怪ならまだ畜生のしたことだと納得できる。確かに凄惨な事件で悲しく、許しがたいものだが、そこに邪悪な思考は存在しない。なぜならあの残酷な行いはカワナメの習性なんだから」
「でも、それは慧音さんの願望です。そういった考えは推理の邪魔になります」
「ああ、わかってる。わかってるさ。人間がどれほど恐ろしいか……」


慧音は少し間を置くと語り始めた。


「私も元は人間だった。八つの時に突然ハクタクになったんだ。朝起きたら髪は真っ白になっていて、頭に知らない感覚があるんだ。今考えるとそれはきっと妖怪として能力を使う為に脳に新たに開拓された領域だったのかもしれない。満月の夜には体が熱くなってな……頭から角ははえるし、人々が記した歴史が頭の中に流れ込んできて大変だったよ。私が妖怪になってからは周りの人間の目も冷たくなってな、理不尽な暴力も随分と振るわれた。棒切れで殴られたり、石を投げられたり、肥溜めに突き落とされたり……中には人間なら死んでいただろう行為もあったな。地面に穴を掘ってそこにを埋めるんだ。顔だけ地上に出るような形にしたら皆私を蹴ったり殴ったり、棒を今で言うスイカ割りのようにして思いっきり振り下ろしたり、石の的にされたり、唾を吐きかけたり小便をかけられたり、犬の糞を口にねじ込まれたり……」


その時の事を思い出した為か、慧音は涙声になる。


「あの時は流石に死ぬと思ったよ。皮肉にも私をこんな状況に追い込んだ妖怪の力が私を生き長らえさせた。大人たちは黙認していた。家族も友人も近所の人間も私を除け者にしようとした。居場所はどこにもなくなった。唯一の見方は一つ下の弟だけだった。穴から私を引っこ抜いてくれたのも一つ下の弟だ。私はその弟に迷惑を掛けたくなくて村を出た。それ以来家族とは会っていない。それからは野山で獣と変わらぬ生活をしながら各地を転々としていたな。ある日子供が妖怪に襲われそうになっていたから助けてやったのさ。理由は弟とそっくりだったから。そうでなければきっと見殺しにしていた。そしたらそいつに懐かれてな。こっそりと食料や服を私に差し入れてくれるのさ。まあ、服まで持って出ていれば裏山で狸を飼ってるなんて嘘もすぐにバレる。大人たちがやってきた。居心地が良かったがそろそろ別の地へ移るかななんて思ってたらさ、言うんだよ。息子を助けて下さりありがとう御座いましたって。今まで畜生以下の扱いしかされたこと無かったからさ面食らってしまって……私が人間でないってって言っても誰も去ろうとしない。それどころか里で一緒に暮らさないかと言ってきた。泣いたよやっと居場所が見つかったって。里ではかつてのような扱いは受けなかった。皆がしたってくれた。妖怪から守ってくれと頼られた」


目には涙が溜まっている。今にも落ちてきそうな危うい均衡を保っている。


「里の皆の為に私は頑張ったさ。里を襲う妖怪を次々に倒した。そのたびに皆が私を讃えてくれる、慕ってくれる。助けた弟に似た子供はいつの間にか立派な男になっていた。彼から結婚しないかと言われた。今思えばその時が人生で一番嬉しかったかもしれない。でも、私は少し考えさせてくれと言って逃げた。心は決まってたさ。私も男のことが好きだったんだ。でも、人々が影で私は里を守るために担ぎ上げているに過ぎない、アイツには死ぬまで働いてもらうさ、って言ってるのを知ってたから……だから男とは結婚しなかった。ずっと、里を襲う妖怪と戦いづづけた。結局渡しは怖かっただけなのかもしれない……皆から必要とされなくなるのが、拒絶されるのが……そうなったら私がどんな扱いをされるのか、怖かったんだ……」


慧音は長年溜め込んだ感情を吐露するように大粒の涙を流した。
彼女はその身で充分に知っているのだ。人間が時にどれほど残酷な生き物に変貌するかということを……



―11―



翌日の朝のことだ。私と早苗は連日の捜査からくる疲れがまだ抜けないでいた。三人で慧音の作ってくれた朝食を頂いていたとき、玄関の戸が叩かれる音がした。


「ん、誰だろう?」


慧音は箸を置くと、そそくさと玄関へかけていった。
魔理沙かと思ったが、彼女が人里にやってくるのはいつも昼ごろだ。
私と早苗は訪問者が気になったので居間からそっと顔を出して様子を伺うことにする。


「睦夫!どうしたんだこんな朝っぱらから。いや、というより今は一人で出歩いちゃダメじゃないか!危ない妖怪がどこかに潜んでいるかもしれないんだぞ!」


どうやら、慧音の教え子らしい。彼女の背中に隠れて姿は見えないが。
一人でやってきたらしく、慧音にそのことについて説教されている。つい四日前にも幼い子供があの無残な赤黒い死体となって発見されたのだ。慧音が怒るのも無理はない。


「ご、ごめんなさい……でも、お、俺先生にどうしても言わないといけないことがあって」
「ん、何だ?」
「実は、俺この事件の犯人を知ってるんだ」
「何!?」


私と早苗も驚いて顔を見合わせた。慧音は子供にひとまず家上がるように促した。
慧音に連れられ、居間に入ってきたのは十歳前後の男の子だった。


「犯人を知ってると言ったが本当か?」
「うん」


子供は大きく立てに首を振ると私達を見渡した。


「こちらは、事件を解決するために里に来てくださった巫女さんたちだ」
「こんにちは」


ペコリとお辞儀をする少年に私たちもこんにちはと返す。


「私は霊夢。こっちは早苗よよろしくね」
「睦夫です。よろしく」
「で、犯人を知ってるって言ってたけど誰なの?」


私は手短に自己紹介を済ませ、睦夫少年に犯人が誰なのか尋ねる。


「石榴橋君だよ。きっと!」
「剛健が……!?」
「うん、ちょっと前に石榴橋君言ってたんだ、豊口君と喧嘩になったときに……殺してやるって」
「裕人にか」


豊口裕人といえば、四日前に犠牲になった子供の名前だ。


「そのときは、豊口君は逃げて無事だったんだけど……」


彼の顔がくしゃくしゃに歪み、目から涙が溢れる。


「石榴橋君小さな声でブツブツ言ってたんだ。見つけたら皮剥いでやるって……」
「それは、本当か!?」
「うん、今なら殺しても妖怪のせいにできるんだぞって」


慧音はゴクリと唾を飲み込む。


「待って、つまり、石榴橋って子はこの連続皮剥ぎ事件に便乗して豊口君を殺したってこと?」
「……うん」


睦夫少年は小さく頷く。


「でも、石榴橋って子も子供なんでしょ?そんなこと出来るの?豊口裕人が発見されたのは里から数百メートル離れたところなのよ。子供に運べるの?」
「石榴橋剛健は、まだ、歳は13だが背丈は普通の成人男性くらいはある、私なんかより全然大きいよ」


私よりも年下だというのにそんな大きな子供がいるものなんだなと少し驚く。


「その、石榴橋君ってのはどんな子なんですか?殺人を犯すような性格なんですか?」
「……正直に言うと私はあり得ると思う。あいつの性格を考えると否定できない。剛健は前々から問題の多い生徒だたった。体が大きいからか何でも暴力で押し通そうとするところがある。人のものを取ったり、気に入らない者を殴りつけたり、すぐカッとなるところがあったな、あとパシリに使ったりとやりたい放題だった。まるで自分が王様だとでも思っているように。暴君だったよ。彼に文句を言って骨を折られた子もいる。私も再三注意してきたのだが、まるで効果がない。寺子屋以外でも万引きや暴行は日常茶飯事で、何回も呼び出されて彼を迎えに行ったことがある。さすがに耐えかねてな、少し前から停学処分にしてある。それでも、寺子屋でも授業が終わったあとの生徒たちを捕まえてはいじめていたらしい。ちょっと前には裕人が大事に飼っていた犬を殺すという事件があった。そのことがあってからは奴のことを敵としてずいぶん恨んでいたな」


慧音が説明し終わると、睦夫少年が、「あの……」と控えめに手を上げた。


「剛健君は動物の皮を剥いで遊んでるんだ。おじいさんが猟師だったから剥ぎ方は知ってるって言ってた」
「!……今回の事件と符合しますね。標的が動物から人間へとエスカレートしたとしても何ら不思議ではありません。実際そういう事例もあります」


遊びと言うには少々残酷すぎる行為だ。


「罪悪感の欠如、共感性の無さ、無責任、、誇大的な自己価値観、多種多様な犯罪経歴……。彼は昔からそんな感じでした?」
「あ、ああ。昔から落ち着きのない子で、すぐ癇癪を起こす子だった……」
「その子、サイコパスの可能性がありますね」
「サイコパス?」
「ええ、反社会性人格障害の中でもほんの一握りが該当するの人間。……人間と言うのもおぞましい程の生まれ持ってのクズ。先天的な悪です。彼らは犯罪を犯すことに対してまるで罪悪感を感じない。人道に反することも平気でやります。確かに石榴橋って子供が今回の事件の一部を担っていても不思議では無いですね……」


ただでさえ、厄介な事件だというのに事件を利用して新たな事件が起きていたというのか。
しかも、それを幼い子供が。


「ありがとう。それを伝える為に一人でやってきたんだな。剛健のことは私達で調べてみる。お前は家に帰えるんだ。私が送っていこう」


慧音は睦夫少年を送ってくると言って出て行った。慧音が出て行った直後に再び玄関の戸を開けるガラガラという音と共に、聞きなれた声が聞こえてきた。


「おう、おはよう」
「あら、今日は早いのね」
「なんか、色々気になってさ。そしたら居ても立ってもいられなくなっちゃってさ。そういや慧音の姿が見えんな、便所か?」
「ああ、慧音なら……」


私は先程の出来事を魔理沙に説明してやった。
丁度、全部話し終えたところで慧音が帰ってきた。
十五分程で戻ってきたところからするとどうやら彼の家はこの近所らしい。


「おや、魔理沙来てたのか」
「丁度入れ違いになったみたいだな。それより、なんか穏やかじゃない話を聞いたんだが」
「ああ……そうだな」


慧音の表情はより一層くらいものになった。教え子がもしかするとあのグロテスクな死体を作った犯人かもしれないとわかったのだ、かなり精神的にキテるみたいだ。


「さて、石榴橋剛健はどうしようかしら」
「誰か見張りをつけましょう。バレないように」


早苗の提案で見張りをつけることになった。慧音が自警団を一人交代で石榴橋剛健につけることを提案する


「石榴橋剛健は家で大人しくしてるような人間ですか?」
「いや、あいつはそんなたまじゃない。外で遊びたかったら自由に出回るだろう」


子供たちは家から極力出ないように言われているが慧音が再三注意しても聞かない子供だ、石榴橋剛健がそんな言いつけを守るわけがない


「でしたら、もう一人見張りにつけたいですね。尾行には最低二人は欲しいですから」
「だったら、私が行くぜ。空も飛べるし、私から逃げるなんて天狗でもなきゃ無理だろう」


確かに、地上と空中から追えばより確実だろう。


「わかった。石榴橋剛健の監視は魔理沙と団員一人で行うことにしよう」
「私と早苗は里の周りでいいかしら、今回は外よりも内側に注意を払うって方針でいい?」
「ああ、里の者が犠牲になる時は、一度姿を消してから死体になって発見される。姿を消す時は何者に里の外へ誘い出されている可能性が高い。里から出る人間には注意してくれ」
「了解。私は東側を早苗は西側担当でいいわね」
「いつもどおり妹紅に北側竹林方面を見張ってもらおう、南側にも何人か自警団を配置する」


今回は里の出入りは特別に許可のある人間以外は禁止することにした。これで、少しは的を絞れるだろう。
私と早苗は家を出るとすぐに持ち場についた。魔理沙を慧音は詰所によって他の自警団員と打ち合わせるようだ。


午前中はこれといって怪しい人物は見られなかった。
空を飛びながら里の中を眺める。人々にはいつもの活気はない。あの事件以来、里の住人はずっと緊張を強いられている。その為か、体調不良を訴える者もいるという。過度のストレスが原因らしい。
カワナメの目撃談、誘い出された男、サイコパスの少年……一体どれが真実なのだろうか。太陽が真上に登るまでそんなことを考えていた。
ひとまず、今のところ異常はないことにほっとする。早苗に一言断ってから昼食を取ることにした。
魔理沙の方はどうだろうか、気にはなるが会いに行く暇はない。早苗も腹をすかせているのだから早く昼食を済ませて交代してやらなければならない。


私が戻ると入れ替わりで早苗も食事のため人里へと降りていった。
問題は午後。特に夕方から夜にかけては視界も悪いため、人を攫うにはうってつけだろう。現に今までの犠牲者もその時間帯に攫われた可能性が高い。
早苗が戻ってきてから私たちは4時間程飛び続けた。西の空が赤く染まり始める。疲労で集中力が途切れそうになる自分に鞭打って、私は眼下の里を注視した。
だが、私たちの頑張りは徒労に終わる。結局この日は誰も里から出なかったし、行方不明者も出なかった。


自警団から貸し出された腕時計を見る、針は七時を指していた。
太陽が完全に沈みあたりが闇に包まれる。視界も悪く、上空からでは下の様子は視えない。これ以上空からの見張りは無意味だ。私と早苗は一度詰所に寄って慧音と落ち合うことにする。
自警団詰所の二回の休憩室に慧音はいた。


「お疲れ様」


慧音が労いの言葉と一緒に用意してくれたアイスティーを用意してくれていた。それを飲み干して喉を潤す。


「こっちは異常なし。そっちは?」
「私の方も異常なしだ。あとは魔理沙の方だな……」


その時だ、


「はぁ、はぁ……」


息を切らして魔理沙が階段を駆け上がってきた。


「どうしたの!?」
「悪い、……石榴橋剛健が攫われた!」
「なんですって!」


事の経緯を魔理沙が早口に説明する


「義明が地上から私が上空から尾行してたんだ」


義明というのは魔理沙とコンビで石榴橋剛健を監視することになった自警団の男だ。


「剛健のやつ、義明の尾行に気がついてやがった。公衆便所に入ったあと、窓から抜けだして尾行をまこうとしやがった。だが、上空には私がいる。私は剛健を上空から追跡した。そしたらあいつ里の東の外れにある廃屋に逃げ込んだんだ。私も後を追って廃屋に入った。家はボロボロで床板も所々腐ってやがる。剛健を探すんだが、どこにも見当たらない。もしかしたらこれは私を巻くための罠かと思った。一旦外へ出ようと思った時、座敷の方から叫び声が聞こえてきたんだ。床板を剥いでみると、あったんだ……」
「何が?」
「穴が開いてた。直径1メートル程の。私は意を決して降りた。中は広い空洞になってた。多分屋敷の持ち主が秘密裏に作った地下室なんじゃないかと思う。レンガや漆喰で壁が舗装されてたし、変な器具がたくさん置いてあった……それに、私の入ってきた穴ではないちゃんとした出入り口らしきものもあった。塞がれてたがな。その地下室にも剛健の姿は見えなかった。見渡してみるとまたあったんだ。穴が。私が降りてきたのより一回り大きかった。かなり奥まで続いてそうな感じで、実際そうだった。穴は里の外まで続いてたんだ。……剛健の姿は見つからなかった……代わりにこれが落ちてた」


魔理沙が差し出したのは一足の履物だった。大人用のそれは石榴橋剛健がいつも履いている物だった。


魔理沙に引き連れられ、一同で石榴橋剛健が攫われたという廃屋にやってきた。魔理沙の言うとおり、座敷の床下には大きな穴が開いており、地下室へとつながっている。


「まさか、こんなものがあったなんて……」


慧音も地下室の存在は知らなかったようだ。
屋敷を立てた人間は施工主にこの地下室の存在が露呈しないように少なくない金子を積んだりしたのだろうか。何のための部屋かはわからないが如何わしいことが行われていた雰囲気はある。部屋の端に山積した謎の鉄具たちが一体どういう用途で利用されていたのか、あまり知りたくはない。
早苗は鉄具を触ったり、持ち上げてみたりして何やら調べているようだ。


「ここに元々あった器具が今回の犯行に使われたわけではなさそうですね」


皮を剥ぐ道具は幾つか有りそうだったが、早苗が言うには最近使った形跡は無いという。


「本当だ。確かに里の外まで繋がっていた」


穴の様子を見に行った慧音が帰ってきた。穴は私や慧音がギリギリ立って歩ける位の大きさがあり、その出口は里の外の森へと続いているようだ。


「歩数で計算してみたが、ざっと300メートルはある」


歩いてみれば大した距離ではないが、この直径の穴を掘るとなると相当な労力がいるだろう。


「ここを利用して村人を里の外へ連れ去っていたと見て間違いなさそですね。犯人はこの穴から地下室に侵入、そしてあっちの穴から地上へ出て縁の下を通って里へ出たのでしょう。入ってきた穴から何か引きずった跡が裏庭の方へと続いていました。裏庭の縁側の一部が破損してることから何者かが出入りしていたことは明らかです」


地下に開いた大穴。それは、魔窟の入り口のように私たちの前に大きく口を開いて、獲物が飛び込んでくるのを待っているようだった。



―12―



石榴橋剛健の遺体は翌日、東の森で発見された。他の死体同様、全身の皮を剥がれ、赤黒い惨殺死体となって。
地下に開いた穴については、入り口付近に幾つか罠を仕掛けることが提案され、竹林に住む因幡てゐの協力のもと、落とし穴やワイヤーを利用した罠などのブービートラップが施された。
てゐの話ではヒグマ位の大型の獣でも仕留められるという。


「一応、例の廃屋には団員を何人か配置しておく、何かあれば連絡が来るだろう」


早苗と私、慧音で夕食を食べながら、捜査方針を話すのももう定番と化している節がある。出来れば、こんな気の滅入るような話などせずに慧音の料理に舌鼓を打ちたいところだ。


「あの穴ってやっぱ化物が掘ったのかしら?」
「うーん、一応巷で噂されているカワナメは土中に潜り、通りかかった人間を丸呑みにする、と幻想郷縁起には書かれていた……一応掘削能力はあるんじゃないかな?」
「そう。でも、何か不自然じゃないかしら?あの穴、人間が出入りし易いように掘られてる気がするのよね。位置とかさ、高さとか。あと地上に出る穴の直径が地下室から外へと続く穴に比べて小さかったじゃない?化物が掘ったのなら同じ大きさじゃないとおかしいと思うんだけど」


地上から地下室に降りる穴が小さいのは上から下へと続く穴だからではないかと私は推理した。二足歩行の人間には下に移動する穴は小さく、横に移動する穴は大きいほうが都合が良い。まるで、


「人間が里から里の外へ出るのに都合のいい用に作られたみたいじゃない?」
「その可能性もあるな……だが、もしかしたら地上の穴は老朽化から自然に崩れて出来た穴かもしれないし、化物と人間の両方の線で捜査してみよう」


あの穴のお陰で、最初のブラウンさん一家の犯行も人間にも十分可能だということになったため、人間犯人説が再浮上した。


「早苗はどう思う?」


私は、今回様々な案を提示してくれている彼女の意見を聞いてみたかった。


「穴の感じ、掘り進める際に切られた根の状態などから鑑みるにあの穴が掘られたのはごく最近かと。あの距離を人間が掘るのは容易ではありません。もし、今回の犯行のために掘ったのだとしたら、とても一人の人間がこなせる作業量ではないと思います」
「そう。ねえ、これは私の想像なんだけど、ブラウンさん一家が犯人ってことはないかしら?」


皮を剥ぐという行為は一見私怨や狂人仕業に見えるが、実は本人確認をしづらくするという目的で行われたのではないかと私は考えた。


「ブラウンさん一家が死体を自分たちのものに偽造して、後の犯行を行ったということですか?」
「うん」
「実は死体偽装というのは私も考えました。ですから、永遠亭に協力を求めたのです。DNA鑑定をしてもらった結果。最初の七体の死体はみなコーカソイド……白人、しかも親子で五つ子だということがわかりました。これと全く同じ身代わりを容易するのは相当難しいと思います。他の被害者に関しても歯の治療の際に取った歯形と一致したりと、本人でることがきちんと確認されています」


私の考えた入れ替わりトリックはあっさりと否定されてしまった。となると、何故はじめに一家全員を殺す必要があったのだろうか?


「やはり、はじめの事件が気になりますね。七人も殺すことに一体どんな理由があったのか……もしかしたら本当に殺したかったのはブラウンさん一家だけで、あとの被害者は妖怪の仕業に見せかけるためのものだったりするのかな……」
「そう言われてみると、やたらと巷ではやたらとカワナメ説が推されてるわね。あちこちでカワナメの説明が書かれた掛札を見かけるし、この前なんかカワナメについて語られた胡散臭い冊子のような物まで売られてたわよ」


妖怪について良くも知らないような人間が書いたと思われる、眉唾なカワナメ対処法なども書かれていて、これは詐欺として取り締まった方が良いのではないかと思う位だ。


「ああ、あのハゲたおっさんですね。こんな時でも儲けることを考えるなんて、まあなかなかたくましいじゃないですか」


早苗はどこか馬鹿にした笑みを浮かべた。


「慧音さん!」


突如、玄関の戸を吹き飛ばさんばかりの勢いで開け、自警団員の若い男が駆け込んできた。


「どうした!?」
「出ました……」


彼は、例の廃屋で見張りを命じられている団員の一人、そんな人間が出たなどというのは、今回の事件の犯人に違いないはずだ……


「カワナメが!」


私たちは皆、一様に馬鹿なという表情を浮かべたことだろう。今しがたカワナメの線は薄いだろうと話し合っていたばかりだというに。


「……で、カワナメは?」


私たちは現場に向かって走りながら団員から報告を聞く。


「罠を引きちぎって逃走しました……」
「他の団員は無事なのか!?」
「ええ、田口さんがカワナメに吹き飛ばされて腰を打ったようですが、命に別状はないです」


廃屋に着くと、急いで地下室に降りる。


「無事か?」


慧音は部屋の隅で辛そうな顔でしゃがみこんでいる団員に声をかけた。


「ええ、私は大丈夫です。……すいません逃げられてしまいました」


落とし穴は不発、ワイヤーによる足くくり罠は引き千切られ、竹のしなりで杭を打ち込む仕掛けは、作動したものの杭は虚しく壁面にめり込んでいる。


「カワナメはおそらく無傷……凄まじいスピードで逃げて行きました。全長は三〜四メートル。全体的に平たいオオサンショウウオのような姿で、街の掛札で見る絵と合致します」
「早苗、追うわよ!」


私と早苗は急いで穴を辿って里の外へ出た。しかし、夜の闇と青々と茂る木々が行く手を阻み、とても追跡などできそうもない。


「くそ!どこへ行ったっていいうの?」


耳を欹てるが、草木をなぎ倒すような音は聞こえてこない


「こう暗くては思ったようにスピードが出せません……。カワナメは土中に姿を潜めるんでしたよね?あまり低く飛ぶと逆に私たちが危ないですよ」
「……っ!」


ここで、逃してなるものかと必死に探すが、それも徒労に終わった。


翌日、里はカワナメの話題で持ちきりだった。
遂に犯人がわかったという僅かな安堵と、残虐の限りを繰り返すおぞましい怪物に対する恐怖とが入り交じっている。
慧音は里の人間への対応に追われ、私達も昨日から一睡もせずにカワナメ警戒のため、里を巡回していた。


「おーい、霊夢!」
「魔理沙……」
「遂に犯人が出たんだって!?」
「ええ、カワナメが現れたと自警団員が言っていたわ」
「マジでいたのか……」
「私はまだ姿を見てないからなんとも言えないけどね」


見たのは自警団員3人だけだ。地下室は暗く、何か別の妖怪と見間違えた可能性もある。


「私も手伝うぜ」
「そうしてくれる、人手が足りなくて困ってるのよ」


今現在、里の護衛に協力しているのは私、魔理沙、早苗、慧音、妹紅の五人だ。妹紅は主に夜間の警備を一人でこなしてくれている。永遠亭の連中は罠やDNA鑑定には協力してくれるが、警備や巡回などの手間のかかる仕事はやってくれない。


今までは誰の犯行かわからずにいたため外の者への協力をできる限り控えていたのだが、今後は命蓮寺や最近復活した仙人一派あたりに協力を要請するかもしれない。


「あ、霊夢さん」
「ん?」


呼ばれたので振り返ると、自警団員が立っている。今回の事件では彼らも相当走らされているのでなんだか少し申し訳ない気すらする。


「烏天狗の女が、里内の取材をさせて欲しいと言っているのですが……霊夢さんとは知り合いだから、彼女に言えばきっと許可してくれます、と申してます」


今現在里への妖怪の出入りは禁止されており、天狗のぶん屋も例外ではなかったはずだ。それに、女の烏天狗でこんなときにでも取材を強行する奴など一人しか思いつかない。


「わかった。すぐ行くわ」


街の入口に立っていたのは想像を裏切らない人物だった。


「あやや、お忙しい中お呼び立てして申し訳ないです」


口では謝りながら、顔はひとつも申し訳なさそうでないのはいつものことか。
射命丸文がニコニコしながら、こちらを見ている。


「山にも人里にはしばらくは出入りしないようにと伝達がいってると思うのだけど?」
「上を説き伏せるのに苦労しましたよ。まあ、博麗の巫女とはマブダチだということが証明されたので特例として認められました」
「誰がマブダチなのよ……」


呆れてため息が出る。


「しかし、今頃登場とは遅いお出ましだな。お前ならはじめの事件の時に現れるかと思ってたぜ」
「あやー、実は他の事件を追ってまして、こちらに手が回らなかったりしたんですよ。ご存知ないですか?豊聡耳神子が殺された事件」
「え?あいつ死んだの!?」


豊聡耳神子と言えばちょっと前に復活したお偉い仙人だ。力で言えばそれこそ幻想郷でも上位に位置するような実力の持ち主。それが誰に殺されたというのか。


「一体誰が彼女を殺したのよ!?」
「私の心証としましては、今のところ容疑者は命蓮寺の誰かが絡んでいると見ています」
「命蓮寺が……」


確かに、命蓮寺は霊廟の連中と中が悪い。妖怪保護を訴えている命蓮寺と、妖怪は敵であり退治するべきだと考えている霊廟の連中は相容れない存在であろう。


「事件があったのは9月2日。用事があると言って出ていったきり帰ってこない神子を心配した、部下の物部布都と蘇我屠自古が探しまわったところ、無残にもバラバラにされた神子の姿を発見したのです」
「……それで?」
「当初、犯人を示す物品や目撃者は今のところゼロ、そうなると後は動機のある人物になる。彼女らは命蓮寺を問い詰めました。命蓮寺の者は皆やっていないの一点張りでしたね。はじめはなんとか、努めて冷静に振舞っていた布都さんでしたが、平行線をたどる話し合いに業を煮やし、口調も荒くなりました。お前らがやったんだろ!と叫んで目の前にいた白蓮さんの襟首を掴んで今にも殴りかかろうとしました。私もその場に立ち会っていたのですが、白蓮さんが掴まれたところで、他の命蓮寺の方たちも殺気立ち、一触即発の状態でしたね。屠自古さんが布都さんを止めていなければ死人が出ていたかもしれません」
「本当に命蓮寺の連中がやったの?」
「武闘派揃いの命蓮寺なら暴力で邪魔者を排除しようとしても不思議ではありません。あそこの御大将は今でこそ温厚な振る舞いをしていますが、昔はかなり血なまぐさいkとも行なっていたようですし。それと、今現在行方不明になっている、霍青娥さんのこともあります」
「え、青娥が!?」
「そうです。事件以来姿が見えないのです。命蓮寺の連中はこのことについても知らぬ存ぜぬを貫いています。更に命蓮寺側が独自に調査して見つけた証人……低級妖怪ですが、が事件当初、青娥さんと神子さんが会っているところを見たと証言しているのです。命蓮寺の連中は、犯人は青娥さんではないかと言って来ました」


ちょっと、信じられない話だ。私には青娥がそんなことするような奴には見えなかったし、彼女は異変の時から神子のことをたいそう慕っていたはずだ。私にも何度も神子の話をしてくれた。少し妬ける話だが彼女が嘘を言っているようには思えなかった。


「勿論、布都さんと屠自古さんがそんな話信じるはずもありません。証人は命蓮寺の用意したもので信じるに値しない。青娥を犯人に仕立て上げるための自作自演ではないかと言っていました」
「確かに、命蓮寺が怪しいわね」
「私の推理はこうです。命蓮寺はまず、青娥さんを誘拐する。その後、神子さんを殺害。命蓮寺はそれを期に部下の二人が乗り込んでくると予想していた。彼らが先に手を出すのを期待して……もし、先に向こうが手を出せば、正当防衛で彼女らを屠ることができる。正当な理由の元彼女たちを殺害後、最近命蓮寺一派に加わった二ッ岩マミゾウさんが能力で青娥さんに化ける。彼女の振りをして神子を殺したことを告白、その後は自殺でも、命蓮寺の誰かを襲って返り討ちにされる振りでもして本物の青娥さんの死体と入れ替わるっていう寸法です」
「ちょ、ちょっと!青娥はまだ、死んでないんでしょ!?」
「ええ、まだ、死体を見たわけでは無いのではっきりとは言えませんが、青娥さんはもう亡くなっているのではないかと見ています」
「う、嘘……」


信じたくない。どうして青娥が……


「身代金を要求するわけでもありませんし、生かしておくメリットはありませんからね」


文は切って捨てるようにそういった。


「まあ、今のところ事件に進展はありませんので、こちらの事件を調べてみようとおもったのです。向こうは知り合いの白狼天狗にみはらせていますから、何かあれば連絡が来るでしょ……」


私は、先程聞いた話があまりにもショッキングだったのか、昨日からの疲れもありその場にへたり込んでしまう。


「お、おい、霊夢!」
「あやや、大丈夫ですか!?」


二人に担がれて私は自警団詰所の仮眠室に運ばれた。
硬いベッドの上に寝かされるとそのまま、眠りに落ちた。


目が覚めたのはもう、日が傾きかけている頃だった。
私はベッドから起き上がると伸びをする。硬いベッドで長時間寝たためか腰が痛い。
仮眠室を出ると、何やら騒がしい様子。


「あ、霊夢さんおはようございます。」
「何かあったの?」
「ええ、実は里の外の見回りをしていた団員がカワナメに襲われまして……一名が飲み込まれ行方不明らしいです」
「なんですって!?慧音たちは?」
「今、攫われた団員を助ける為に西の森を探しまわってるところです。私たちも行きたいのですが……足手まといにしかならないと言われ」
「わかった、ありがとう。私も探すの手伝ってくるわ」


私は窓を開けると飛び出した。


「あ、あの!」
「ん?」
「仲間を、お願いします!」
「うん!」


山中で、私は偶然早苗を見つけることができ、合流する。


「カワナメはこの森へ逃げてきたの?」
「はい、生き残った団員が言うにはこっちで間違いないと言っていました。日が暮れる前に探さないと、発見は厳しいですね。一人でも多くの手が借りたいところです」
「でも、空が飛べない人間にはこの森での捜査は無理ね。逆にとって食われてしまうわ」
「ええ、ですから、射命丸さんが協力して下さって感謝しています。霊夢さんも来てくれましたし、まだ、諦めるのははやいですね」


そういって笑う早苗の目の下に隈ができている。私が眠っている間にも彼女は一睡もせずに捜査をしていたのだ。
全く、自分が情けなくなってくる。青娥を見つけ出したかったら、早くこの事件を解決するべきじゃないか。何を眠りこけているのだ。


「そうね!私はどこを探したらいい?」
「あちらは私が探しますから、ここから向こうをお願いします」
「了解」


目を凝らし、地面を眺める。しっかり睡眠を取ったので目は冴えている。どこに潜んでいても絶対に見つけ出してやる。
だが、思いと裏腹に太陽はどんどん山の間に沈んでいく。
とうとう、辺りは闇に包まれた。
それでも、私はなんとか手がかりが無いかと地面に降りて手探りで探し始めた。
もし、奴が私を襲おうと待ち構えていたとしても構わない。かえって好都合だ。私を喰らおうと這いでてきたところを返り討ちにしてやる。


「くそ、くそっ!出てきなさいよ!ほら、私の皮が欲しくないの!?」


挑発してみるも、効果はなし。


「なんでよ……なんで出てこないのよ!!」


私は近くの木に蹴りを入れた。思いっ切り蹴ったので足の裏がジンジンと痺れる。
その時、


ガサガサ


という音が耳に飛び込んできた。私は退魔針を指の間に挟み、いつでも射出出来るようにする。頭を捻り音のする方向を向く、後ろから握った拳がついてくる、遠心力を起爆剤に針が飛び出そうと指に圧がかかる。ここまで一秒足らず!


「ひゃ!」


針は、物陰から飛び出した者を避け、木々を穿った。


「慧音……」
「れ、霊夢、もう今日は遅い……帰ろう」
「……帰る?カワナメは見つかったの?」
「いや、結局見つからなかったよ」
「じゃあ、帰れないじゃない!どうして帰るなんて言うの?団員が飲み込まれたんでしょ!助けないと……どうしてよ!?諦めるの!?」
「……いや、そういうわけじゃ」
「じゃあ、どういうわけよ!……あなた、里の人間を助ける気なんて無いんじゃない?一生懸命、探してる振りすれば、みんな頼ってくれるもんね?あんたはちやほやされたいだけなんでしょ!」


パン


乾いた音が森に響いた。左頬がピリピリと痛む。


「そんなわけないだろう!!私だって悔しいよ……こんなに必死になって探しても尻尾の一つも掴めやしない……このまま捜索を続けたいよ。でも、もし霊夢が襲われでもしたら……私、どうすればいいんだよ!」
「……」
「私が、朝まで調べるさ。霊夢は帰るといい」
「……ごめん、なさい……ヒック、ごめん、私……」


目から熱いモノが溢れる。様々な感情が入り交じって、頭がクラクラした。
私は慧音の背中を捕まえるとそのまま顔を埋めた。慧音はしばらく黙って私の嗚咽に付き合ってくれた。


「落ち着いたか?」
「……うん」
「じゃあ、帰るんだ」
「わかった。でも、慧音も一緒よ」
「……わかった」


慧音の家に着くと、早苗が晩御飯を容易して待ってくれていた。なかなか手の込んだ色とりどりの料理が食卓に並んでいる。これを無駄にしてしまわないでよかったと思った。


「遅いですよ。帰ってこないかと思いました」
「ごめん、心配かけて……」
「はは、まあ無事だったんだ。良しとしようじゃないか。それより、早く手を洗って頂きますをしよう。お腹がペコペコだ」


翌日、カワナメに攫われた団員の捜索が行われたが見つからなかった。いつもなら、死体は比較的発見容易な場所に転がっているのだが、この日はどんなに探しても、みつからなかった。


死体が発見されたのは、一週間後のことだった。
何故、こんなに時間が経ってからと疑問に思った。
いや、それよりも、驚いたのは、死体の姿だった。全身の皮が無いというのは今までの死体と共通していたが、様子が全然違うのだ。今までは剥いだという感じが強かったのだが、今回の死体は体の皮膚だけをきれいに溶かしたといった感じだった。
よりはっきりと元の人間の姿がわかるので、かえって不気味に感じた。
発見したのは文だった。彼女は私達に絶対に素手で触らないように念を押した。死体にはカワナメの消化液が付着しており、触ると皮膚が溶けるのだと言う。


「う、今までの死体とは感じが違うな……」
「これは、正真正銘カワナメに食われた死体ですよ。実際に四百年前にカワナメにやられた死体を見た私が言うのです間違いありません!」


文はいつもの矜持めいた口調で言い放つ。しかし、目は真剣そのものだった。


「カワナメは約四百年前に絶滅したはずだったのですがね……まさか、生き残りがいたとは……」
「どうして、全滅したの?」
「ふむ、いいでしょう。簡潔に申し上げましょう。正確には絶滅したのではなく絶滅させたのです。あまりにも酷い殺し方をする妖怪だということで退魔師や私達天狗にも協力を求めてきました。退治すればそれなりの報酬を渡すというので、当時は小遣い稼ぎで狩ってましたね。報酬は専ら酒代に変わるんで、途中から直接酒をもらうことになったのですが」


文が当時の事を思い出すように目を閉じ、語り続ける。


「当時はそれなりに数がいましたから、今回のように見つからないって感じではなかったですね。私は見つけたら殺すって感じだったので数が減って見つかりにくくなってからはあまり狩ることもなくなりました。でも、人間側としては根絶させたいわけですから最後の一匹まで探しだして殺そうとしてました。罠を使ったりしてね」
「罠?一体どんな罠を使ったのよ!?」


そんなものがあるのなら、とっとと言ってくれればよいものを、それがあればもっと早くにカワナメをおびき寄せることができただろう。
しかし、ここで、罠を使うという言い方が引っかかった。


「いや、これの罠もかなり、エグいものでしてね……カワナメってのは全身ブヨブヨしていて、打撃は聞きません。更に表皮にヌルヌルした油のような液体を分泌しているので並の刃物じゃ傷もつければせん。火にも強く、弱点なんか無いのではないかと思える程です。……まあ私のカマイタチなら一刀両断できますがね。そこで、人間たちが考案したのが、毒です。カワナメを殺すための毒を全身に塗ってカワナメがいそうなところを歩くのです。この毒はとにかく協力で肌が爛れるほどです。着物やなにかに染み込ませればいいじゃないかと思うかもしれませんが、カワナメはまず、口、正確には食道の途中に袋があってそこの中で着物を起用にぬがせてから飲み込むのです。だから肌に直接塗りこむ必要があるんですよ。カワナメは人間以外の者を飲み込んでもすぐに吐き出してしまいますからね。ですから自分を餌にするしかないんですよ。大勢の生きた人間に毒を塗ってカワナメが潜んでいそうな場所を練り歩かせる。……奴らは地面に潜って待ち伏せします。上に乗っかったら瞬きするよりも早く口の中に捉えてしまうのです。実は今回のように自発的に獲物を捉えるのというのはけっこう珍しいケースなのです」
「おびき出す罠ってのは無いわけ?」
「残念ながら……」


そんな、えげつないトラップ使えるわけがない……やなり、地道に上空から目を凝らして、土がの僅かな変化を見極めて、探すしかないのだろうか。


「なんだ、だったらあたしがやるよ」
「妹紅!」


今回珍しく同行した妹紅が名乗り出た。


「私は死なないし、食われても炎で焼殺してやるよ」
「しかし、いいのか?」


慧音が、心配そうに声をかける。


「だから、不死の私に心配は無用だって。私がそこらへんを適当に歩いときゃ向こうから勝手に食いついてくるんだろう?」
「ええ、カワナメの上をうっかり踏んでしまえばパックリ食いついてくれるはずです」
「なら決まりだな……」


妹紅はそう言い残すともんぺのポケットに手を突っ込み踵を返す。


「慧音と他の奴らは万が一カワナメが里に現れた時の為に備えて里で待っていてくれ、すぐにカワナメの死体を持って帰るよ」


妹紅はこちらを向かずに背中越しに手を振ると行ってしまった。


私たちは妹紅の言った通りに里で待機することにした。


「しかし、あのカワナメに食われた人間の死体……今までの死体と全然違ってたわね



私は疑問に思っていたことを早苗に訪ねてみた。


「そうですね……本当に溶かされたという感じです」
「結局カワナメと皮剥の犯人は関係無いってことでいいのかしら?」
「皮剥をカワナメがやったものではないことはあの死体からも明らかです。ですが……私にはあの皮剥とカワナメ、この二つが無関係だとは思えないのです」
「私もそんな気がするわ」


早苗は何か言おうと口を少し開いたように見えたがすぐに顎に手を当てて熟考のポーズに戻ってしまった。
私にも、今回の事件はもっと深いどこかで繋がっている気がしてならない……



―13―



妹紅が帰ってきたのは二日後の夕方だった。カワナメの死体を担ぎ、夕日を背に受け陰るその姿は神々しくすらあった。その姿は大いに里の人間を沸かせ勇気付けた。


「でかい手土産だ。ほらよ」


妹紅は背負っていたカワナメの死骸をぞんざいに地面に投げ捨てた。
死骸は外から見た限り綺麗ではあるが土手っ腹には穴が開いており、穴の縁は黒く炭化している。妹紅が一点突破で熱を加えて破ったのだと説明した。


「炎に強いと銘打ってる妖怪で私の炎に耐えれた奴なんて今までいないさ」
「流石だな!妹紅」


慧音が抱きついているが、意に介さずといった具合でクールに振る舞う。全く彼女が男なら惚れているところだ。
妹紅が皆に無表情で胴上げされている中、文だけが、カワナメの死骸を凝視していた。


「どうしたの?文」
「あ、いえ……このカワナメ、何か違うんですよね」
「違う?何が?」
「うーん、全体の形は私の知ってるカワナメと同じなんですが、所々のディテールが違うんですよねぇ。足の裏とか、尻尾の先っちょとか……あと、この黒いブチ模様はなんでしょうか?これは私の知ってるカワナメには無かったものです」


てっきり焦げ目かと思った黒い斑を指さして文は言う。


「どうしたんですか?」


早苗も私たちの様子が気になったのだろう、こちらにかけてきた。


「それがね、文がなんかこのカワナメがおかしいって言うのよ」


文が先程言ってように、違和感のポイントを早苗に説明する。


「……長い年月をかけて進化したなんてことはありえないですか?射命丸さんが最後に見たのは四百年前ですし」
「その可能性も否定できませんが……何か違うんですよね。進化したという感じではなく。これがカワナメにそっくりな別の何かですらあるような……」


文はしきりに首を傾げ、納得が行かない素振りを見せる。


「ひとまずこの死骸はどうしましょうか?」
「それでしたら是非うちに」


艶やかな声。振り返ると長い銀糸を後ろに大きく三つ編んだ女が立っている。
永遠亭の八意永琳である。


「人里で保管するには少し大きすぎるでしょう。それに人々の心の傷を抉ることにもないかねないわ。うちなら綺麗なまま保管する施設も兼ね備えているし、どうかしら?」
「何が目的なの?」
「研究対象として興味がある。それ以外に理由がございましょうか?」


永琳は不敵に笑って見せた。幻想郷の年長者ほど心の内を読みにくい者はいまい。八雲紫同様何を考えているのかわからない。それでいて嫌に艶やかなところが不気味さを際立たせている。


「妹紅が良いっていうかしら?これは彼女が仕留めてきたモノだし私の一存では決めれないわ」
「そうね。彼女に聞いてみましょうか。どうせ、他のやつに聞いてくれって言われるのがオチでしょうが」


永琳は胴上げされすぎて少しよろ付いている妹紅のところへ行くと、何やら耳元で訪ねている。妹紅は仏頂面で私たちの方を指さして二言三言言うと。彼女から離れた。


「私の言った通りだったわ。で、許可してくれるかしら?」
「……まさか、あんたたちじゃないでしょうね?今回の事件の首謀者は」
「とんでもない。私ならもっと綺麗に皮を剥がしてみせるわ」


含みのある笑い声を上げる。


「どうする、早苗」
「うーん、誰か一人見張りにつけるってことで同意してもいいんじゃないですか?あと、慧音さんにも許可を取ったほうがよろしいかと」


永琳は「では、決まりね」と両手をパンと打つと邪気の無い笑顔を浮かべた。


「うどんげ!ホラホラ早速運ぶわよ」
「ちょ、これを一人でですか!?」


呼ばれて出てきた鈴仙因幡優曇華院、通称うどんげは泣き出しそうな顔で3メートルを超す巨大な妖怪の死骸を眺めている。


「見張りは誰が来るのかしら?」
「そうね。誰が行く?」


早苗も文も目を向けると一瞬視線を逸らす。やりたくはないらしい。


「困ったわね……魔理沙あたりに頼もうかしら?」
「だったら、私が行くよ」


名乗り出たのはまたしても妹紅だった。


「こいつらが何かしないか私が監視しといてやるよ」
「何かするだなんて……まあ、細胞を採取したり、写真取ったりするだけよ。解剖も許可してくれれば嬉しいのだけど」
「だとさ、どうする?」


私と早苗は話し合った結果、細胞の採取、写真、X線写真、CTスキャンなどの撮影は許可。解剖は禁止ということで意見がまとまった。


「慧音、こいつを永遠亭で預かりたいらしいんだがいいか?」
「あ、ああ。他の皆が許可したなら構わないが」


それを聞くと妹紅はカワナメを担ぎ上げる。隣でうどんげがわぁと感嘆の声を上げた。


「何か変なことしたら即刻屋敷ごと消し炭にする。あんたも体は無事でも過去の研究データや薬品が灰になるのは勘弁して欲しいだろ?」
「よく肝に銘じておくわ」


永遠亭の連中と長い間殺り合ってきた妹紅だから出来る対等な物言い。おそらく他の者が行けば上手いことやり込められていただろう。そういう意味で妹紅はこの役に適任といえよう。


妹紅がカワナメを背負って竹林の向こうへと消えて行ったあと、私たちは自警団の詰所に集まって、今後の方針を話しあることになった。


「魔理沙は?」
「さあ、さっきまで近くにいたんですがね」


先程からから見えなくなっていた魔理沙の居場所を早苗に聞いてみたが、彼女も知らないようだ。


「どこへ行ったのかしら?」


捜査会議には魔理沙にも参加して貰おうと思っていたのだが……


「いましたか?魔理沙さん」
「ううん。見つからないのよ。どこ行っちゃったのかしら」
「ん、あれ、魔理沙さんじゃないですか?」


早苗が指さす方向を見ると、川辺の草の間から三角帽のてっぺんが顔をのぞかせている。


「魔理沙!」
「あ、霊夢……」


魔理沙は一瞬怯えたような表情をして、こちらを振り向いた。


「どうしたのよ?詰所で今後の捜査方針を話しあうから早く行きましょ」
「いや、実は……その」
「ん?」


魔理沙が何か言い出そうとするので黙ってそれを促す。


「今回の異変……もしかしたら私が原因なのかもしれない……」
「え!どういうこと!?」
「今回の事件、ずっと気になってたんだ。でも、違うって思いたくて目を背けてた。私、百物語で最後にカワナメの話しただろ……だから、もしかしたらそれが原因で……丁度最後の話だったし」
「ま、まさか……そんなわけ」
「……はじめの皮剥事件の犯人は私が最後に話した怪談に出てくる女だよ、きっと。カワナメの話もしたからきっと、それで現れたんだ……うう、どうしよう……私のせいだ……」
「魔理沙……」


魔理沙はそういうと目から雫をこぼし、手で顔を覆ってしまった。覆った手のひらの間から嗚咽が漏れる。
この姿を見ては、何故もっと早く言ってくれなかったのかと怒る気も起きない。


「ごめん、今まで黙ってて……私があんな馬鹿な事企画しなければ……」
「あなただけの責任じゃないわ、私も参加したんだから私も同罪よ。でも、もっと早くに話して欲しかったわ。私たちを信じて……」
「うん、すごい、後悔してる……私、言うよ。このあとの捜査会議で」


もし、このことを言えば魔理沙への避難は免れないだろう。出来れば、友人が罵倒される姿は見たくない。里の人間の怒りの矛先は魔理沙に向き、最悪私刑なんてこともありえる。
それも覚悟の上なのだろうか、魔理沙の表情は決意に満ちた硬いものだった。


「……待ってください。魔理沙さん。まだ、そう決め付けるのは早いです。まず、第一の被害者ブラウンさん一家ですが、魔理沙さんの話ではその女は怪力を持っているだけの狂人。そんな奴に遭遇したら普通逃げ惑うはずです。まとめて発見されたというのはこれは明らかに不自然です。その後は一人ずつ、一定の期間ごとに犠牲者が出ていたのにカワナメが出て以降、皮剥事件はピタリと止みました……これがどうも引っかかる」
「でも、百物語が原因の可能性もあるだろう?一応言わないと何かあってからでは遅いかもしれないし……」
「いえ、私の予想が正しければ言わないのが吉です。ところで、魔理沙さんあの話はもしかして魔理沙さんの創作ですか?」
「う、うん……だから、実際には皮剥女なんていないはずなんだ。でも、皮剥は実際に起きた……だから、私のせいだと思ったんだ。でも、なんでつくり話だってわかったんだ?」
「もし、幻想郷縁起の写本に皮剥女の話が書かれていればそちらが先に事件の犯人として巷で噂されていると思いましてね。それと、このことは里の人間には絶対に喋っては行けません。わかりましたか?」
「あ、ああ……でも、なんで何だぜ?」
「……今は確信が持てません。そうだ。魔理沙さん幻想郷縁起の写本を持ってきてもらえませんか?私もちょっと、見てみたので」
「わかった。す、すぐにとってくる」
「はい、私達は先に会議に出席しておきますので、会議が終わったら渡してください」


魔理沙は聞き終わるや否や箒に股がって空の彼方へ消えていった。
早苗が何故、魔理沙に百物語のことを言ってはいけないなどと言ったのだろうか?


「早苗、どうして魔理沙の話を捜査会議で話しちゃいけないの?」
「……私の推理が正しければ、話すと更なる被害が出る可能性があります」
「だから、どうしてよ?」
「すいません。まだ、確証が持てないので……でも、お願いです。私を信じて下さい」


早苗はの双眸が私をまっすぐに見据えている。その目の混じりっけの無さに私はただ、うんと頷くしかなかった。


捜査会議は、今後の皮剥事件の犯人を探す為の警備体制についてが主な内容だった。頼みの命蓮寺と霊廟一派が今、トラブルで動けないことがわかり、代わりに山の白狼天狗部隊を里の周りに配置するということが決まった。
文が裏で色々と手を回して、部隊丸々一つ連れてくることができたようだ。
早苗の提案で、百物語に参加した文と慧音が、万が一会議でそのことを口走らないように、事前に事情を話し、固く口止めしておいた。
会議が終わると早速、早苗、魔理沙、文、慧音と集まって話し合いをすることにする。
場所は他の人間に聞かれたくないということで、慧音の家に移動することになった。
私たちが慧音の家へ向かって歩いていると、白いうさぎが私たちの目の前を通せんぼした。


「これは、てゐのところのうさぎだな……ん、首に何かくくりつけてあるな」


慧音はうさぎの喉元に付いている文を取り外すとおもむろに開く。


“細胞を採取したところ気になることがわかった。お話したいことがございますのでできるだけ早くに永遠亭にお越しください”


そう、書かれていた。


「気になること?」
「丁度いいです。そのこともかねて、永遠亭で話をしましょう」
「全員で行くこともあるまい。里で何かあった時の為に私は残るよ。後で事情を教えてくれ」
「わかりました。では私と霊夢さん魔理沙さん射命丸さんは永遠亭に行きましょう」


慧音に留守を頼み私たち四人は永遠亭に向かう。
全速力で飛ぶこと一五分、竹林の奥にひっそりと佇んでいる屋敷が見えてきた。
門を叩くとうどんげが迎えてくれ、すぐに永琳の元に通された。
通された客間には、妹紅もいた。
永琳と漆塗りの座卓を挟んで向かい側に座っている。


「きたわね」
「気になることって?」
「カワナメの細胞を採取して調べてみたんだけどね。染色体が二十三対だったのよ」
「染色体が……二十三対……?」


生物の教養の無い私には、なんのことかさっぱりだった。文も魔理沙も顔に疑問符が浮かんでいる。
だが、早苗だけは青い顔おして、口元を手で覆っている。


「ま、さか……人間の細胞だったってことですか!?」
「ええ……染色体が二十三対ある動物は今のところ人間以外に確認されていないわ」


私は一瞬何を言っているのかわからなかった。つまり、カワナメは、


「人間をベースに作られていたのよ……」
「そ、そんな!?」


あんな、どこからどう見ても人間と似つかない、どちらかと言えば爬虫類のような生物の元が人間だったなんて……


「まさか……嘘でしょう!?アレらは、元はトカゲの妖怪だったはずです。人間がベースだなんてそんな……」


文は信じられないと両手を振るって反論する。


「……少なくとも今回捕獲されたカワナメは人間がベースだったというのは間違いなさそうよ。それと、これを見て欲しいの」


永琳が手を叩くとうどんげが光る白幕を下ろし、部屋の明かりを落とす。プロジェクターという機械らしい、それが白幕に半透明の写真―CTによる断層写真―が映し出される。


「ここを見て欲しいのこの黒い影……」


永琳が長い棒でいくつかある写真の中で骨と思しき白い影に密接する黒く細長い影を指して言う。


「骨に添え木がしてあるのよ。おそらく別の骨同士をつなげて巨大な骨を作るため……」
「……永琳さん。つまりこのカワナメは何者かが人間の継ぎ接ぎで作った贋作ということですか?」
「そうね……でも実際に人の皮膚を溶かしていたのだから、偽物ではないけど……人工的に作られた可能性は高いわね」


永琳の答えを聞くや、早苗は「やはり」とつぶやき、しばしの熟考タイムに入った。


「そうか……だから、細部に違和感を覚えたのね……」


文が、ボソリとつぶやく。あのカワナメが偽物なら本物を何度も見てきた文からすれば違和感の塊だっただろう。


「今回の事件、もしかしたら、このカワナメを作ることが目的だったのかもしれません」


突如、早苗が口を開いた。


「え、どういうこと!?」
「今から説明します」


私以外にも、色々言いたそうな顔をしている者はいたが、それは早苗の推理を聞いた後だと皆口を閉ざして、耳をそばだてる。


「はじめのブラウンさん一家の事件なんですが、私はこの一家には何か特別な理由があって殺したのではないかと思うのです。残念ながら今のところその理由は検討もつきませんが……ブラウンさん一家の殺害はもしかしたら後の連続皮剥事件と分けて考える必要があるかもしれません。そう、犯人は二人いて、ブラウンさん一家を殺害された死体を見たもう一人の犯人は、カワナメ復活作戦を思いつき、後の殺人を犯した。というのが私の推理です」
「どういうこと?カワナメを復活させるって」
「妖怪が顕現するために一番必要なのは何だと思います?」
「……顕現、あ」
「そう、人々の畏れです。今回の事件が起こった時やたらカワナメ犯人説が推されていたのが気になっていました。犯人は民衆を煽ってカワナメへの恐怖を募った。そして、永琳さんが調べた人間を継ぎ接ぎして作ったカワナメのハリボテを操って、自警団員を襲わせた。本来自発的に餌を取らないカワナメが何故そんなことをしたのか、それは、人々に
カワナメの存在を知らしめることで更なる恐怖を集めるためです。いわばあのハリボテはカワナメのご神体のようなモノ……おそらくはじめに犠牲になった団員が一週間も経ってから出てきたのは、襲われた当時はまだ、カワナメがただのハリボテで皮が溶かせなかったからだと思います。恐らくは殺されていたかもしくは監禁されていて、カワナメが復活してから餌にしたのでしょう……」


あの団員は犯人にいいように利用されたのか……怒りがこみ上げてくる。


「自警団員がカワナメに攫われたというニュースが決定打となり、遂にハリボテに命が吹きこまれたのです。そして、贋作はとうとう本物のカワナメへと変貌した」
「では、犯人は何のためにカワナメなんておぞましい妖怪を復活させたのですか?」
「それは、わかりません……しかし、もう、犯人は目的を終えているのかも……いや、まった!カワナメが一匹とは限らない。予備として幾つか用意してあるのかも……」


もしそうだとしたら、まだ、里の外へ出るのは控えたほうがいいだろう。


「でも、そう何匹も用意できるかしら?一匹作るのに大体5、6人の人間がいるわ……そんなに材料を調達できるかしら?」


永琳が反論する。


「そうですね……いるとしたらもう一匹か二匹、もしかしたら犯人が確保している可能性が高い」
「それに、はじめの事件を利用したと言っていたけど、もしそうなら急遽作らねばならなかったわけで、時間もそう無かったのではないかしら」
「元々この計画を決めていて、作っておいたのかもしれません」
「……そうね。確かに古い死体も使っているところからその可能性は高いかも……」
「それが、はじめの事件が引き金になって計画を実行しようと至ったのではないでしょうか?」


早苗が魔理沙に皮剥女の話をしないように言ったのはその話が広がり、最悪死体が恐怖のご神体となり、皮剥女が顕現していまう可能性を危惧したためだろう。
確かに、それだと筋が通っている気がする。しかし、文の言った通りカワナメを復活させてなんの意味があるのだろうか?


「そうだ、魔理沙さん幻想郷縁起の写本持ってきてくれました?」
「あ、ああ、持ってきたぜ」


魔理沙は服のの下からもぞもぞと一冊の本を取り出して、卓上へ置いた。
早苗はパラパラとページをめくり、カワナメのページを開く。


「……魔理沙さんカワナメの図が載っているのはこのページだけですか?」
「ああ、隅から隅まで読んだがそのページだけだったぜ……」
「だとするとおかしいですね。文さんの言っていた黒斑が写っている絵はないですし、それでいてこの簡素な図では様々な箇所をあのクオリティで仕上げるのは不可能な気がします」


幻想郷縁起に載ってい絵は三枚ほどで、内二枚は筆で雑に書かれたようなもので図鑑としては役目を果たせていないものだった。残りの多少は細かく書かれている絵も、正面から無駄に凝った構図で書かれており、これまた図鑑向けではなかった。


「続いてこれを見てください」


早苗が取り出したのは、里で売られている似非カワナメ本やそこら辺に貼られている張り紙だった。


「この冊子と、この張り紙を見てください。これらに書かれているカワナメの絵、黒い斑が書かれています。今回の人口カワナメと同じです」
「ホントだ!しっかり描かれてるぜ」
「この、冊子を作った人間が何か知ってると見て間違いないでしょう」


知っているこれを売っていたのは、あのハゲオヤジだ!









私たちは急いで里に戻った。
妹紅には監視を切り上げ、もしかしたらまだいるかもしれない第二第三のカワナメを発掘してもらうべく、里の周りを練り歩いてもらうことになった。
辛い役回りだが、妹紅は二つ返事でOKした。
ハゲオヤジの家は街の南にある一軒家だった。玄関先で妻であろう中年の女性が出迎える。


「あんたー、博麗の巫女さんが話があるってー!


二回に向かって声を張り上げる女性。しかし、夫からの返事は聞こえない。


「ちょっと、あんた!聞いてるの!?……すいません。今呼んできますんで」


そう言い、女は奥へ引っ込んだ。一分程、女が戸を叩き開けろという大声が聞こえてきたが、扉を無理やり押し開けた後、その声は悲鳴に変わる。
私たちは急いで二階に駆けつけるが、すでに手遅れだった。
男は首を吊っており、その目からはとうに生気が消え失せていた……



―14―



女はまだ、泣き続けていた。


「最近、やけに優しくしてくれて、金も稼いでいて、あんたと結婚して本当によかったと思ってたのに……欲しがってた新しい着物も買ってくれてさ……これ来てどっか行きたいねなんて言ってたのに……なんだって死んじまうんだよぉ!」


女の嘆きが耳に痛かった。悲しみと虚無感に飲まれそうになる。
そんなかでも、早苗は、部屋を細かく探索していた。


「遺書は見当たらない……消されたか!?」
「その可能性は高いわね」


私たちは現場を自警団に引き継いで貰い、後にする。


「貴重な証人が……これで、手がかりは途切れたのかしら?」


私は恐る恐る早苗に聞いてみた。


「……ひとまず、幻想郷縁起を纏めた稗田家に話を聞きましょう。もしかしたらこの黒斑のカワナメの絵について何か心当たりがあるかもしれません」


早苗の提案通り、私達一行は稗田家にやってきた。幾つか大きな屋敷がある人里だが、その中でも稗田家でも他の豪邸に無い、気品さがあった。由緒正しき家系のみが漂わせることが出来る高貴さというのがあるのではないかと思う。


私たちを出迎えてくれたのはこれまた屋敷に相応しい落ち着いた雰囲気の初老の女性で、身のこなしも上流階級のそれである。
私が博麗の巫女だとわかるとすんなりと入場の許可が降りたb。
立派に手入れされた庭が見渡せる外廊下を通り、一番奥の部屋に通された。


「こんにちは、霊夢さんに早苗さん、魔理沙さん、文さん」


出迎えてくれた十代の少女、九代目阿礼乙女、稗田阿求が深々とお辞儀をする。


「実は阿求さんにお尋ねしたいことがありまして」


早苗が余計なやり取りは一切合切すっ飛ばし、端的に尋ねる。


「この、黒斑が描かれているカワナメが載っている本や資料はありますか?」
「そうですね……」


阿求は目を閉じる。おそらく頭の中にある膨大な記憶の中から条件に当てはまる書物を探しているのだろう。


「私が読んだ物にはそういった物はございません……」
「そう、ですか……」


早苗は落胆の表情を見せた。


「しかし、私がまだ手をつけていない書物に描かれている可能性があります」
「ホントですか!」
「はい。可能性があるとすれば、柳邦夫さんの提供してくださった資料になら詳しい図が載っている可能性があります」
「見せていただけますか?」
「本来は稗田家以外の人間には閲覧は禁止されているのですが、今は事が事ですからね。事件解決に繋がるのでしたら喜んでお見せいたします」


阿求は微笑むと、スッと立ち上がり、私の右手の麩を開いた。薄暗い部屋の奥に廊下が見える。そこを更に進むと屋敷の外からは見えなかった、蔵に行き着いた。蔵はいくつも林立しており、その内の一つの前で阿求は足を止めた。
阿求が懐から鍵束を取り出し、重そうな錠を取り外す。


「この中です。あと、この中の物は持ち出し禁止ですのでご了承を」


阿求が文と魔理沙の方をちらりと見て、そう口にした。
蔵の中はいくつ物書架が並び、図書室のようになっていた。


「確か、ココらへんに……」


阿求は咳き込みながらも埃まみれの桐箱をなんとか取り出し、私たちの前に置いた。
封をしている縄を解き、蓋をあけると、幾つもの巻物が収めれれている。


「こちらが、柳さんが提供してくださった巻物です。正確には柳さんの研究資料を写させて貰ったものになるのですが」
「では、拝見させて貰います」


早苗と魔理沙は巻物を取り出すと蔵の中で広げて見る。どれにカワナメが描かれているのかはわからないとの事だった。


「柳さんって一体どんな人なの?」
「妖怪研究家をしておられる半妖の方だとお聞きしております」
「その言い方だと、現在は交流はなさそうね」
「ええ、八代目……先代の阿礼乙女、稗田阿樹と柳先生は折り合いが悪く……仲違いといいますか、大げんかの末、絶縁を宣告されたようで……二人共かなり気難しい性格だったらしいですから」
「なるほど」


阿求と話していると、


「あった、ありましたよ!」


早苗が大きな声で発見を知らせてくれた。


「見てください。この図、黒い丸があります。犯人はこの資料を元にカワナメを作成したに違いありません!」


巻物には、上下左右、正面と後ろのほか、脚や尻尾など細かいスケッチが描かれていた。幻想郷縁起に描かれていた絵とは比べものにならないほど多くの情報が読み取れる。
その内の左から写したであろうスケッチに大きな黒丸が描かれていた。


「もしかすると、この元になった資料が描かれた時に墨が一滴零れてそれがこの黒丸になったのかもしれませんね……」
「なるほど」


その墨の一滴が四百年の時をこえ現在の幻想郷に顕現するとは柳という人も思わなかっただろう。


「この、資料を見て作ったのか……もしくは柳さんが持っている資料を元に作ったのか」
「見た限りでは持ち出された形跡は無いですね。箱が開かれた形跡も無いですし、能力を使えば覗けるでしょうか?……たとえば慧音さんの能力とか」


慧音の能力ならこうして書き残された歴史を読み取ることは出来るだろうが、


「慧音が犯人だって言いたいの!?」
「いえ、例えばの話ですよ」


それはにわかには信じられない話だ。もし、彼女が犯人だとしたら彼女は教師ではなくになるべきだったと言ってあげたい。


「白狼天狗の千里眼はどうです?」
「難しいと思いますね。彼女らの千里眼は透視能力ではありません。目玉がろくろ首のように千里先まで伸びると想像していただけるとわかると思います。塀の向こうは見えても閉じた箱の中身はどんなに頑張っても見えません。」


そうなると、慧音の能力以外は、直接この資料を目にすることの出来る人物が怪しいということになる。


「柳邦夫さんの交流関係を洗ってみる必要がありそうですね……」
「それが、柳先生は以前は里の近くに住んでいたらしいのですが、稗田家と絶縁してからは山奥に移り住んだらしく。その住処は誰も知らないのが現状です。なんせ、今から百年以上も前の事ですから……」


その日から壮大な柳邦夫捜索作戦が私たちの間で執り行われることになった。幸い、柳邦夫の白黒写真が残っていたので探すときの手がかりになる。文が複製して皆に配り、聞き込みのさい見せることになった。
各々の仕事の合間を縫って、聞き込みは行われた。
文と早苗は山の天狗や河童たちに、魔理沙は霖之助さんやアリス、妖精たちなど魔法の森方面に聞き込みを行った。
里は慧音が担当している。
旧都には、萃香が顔を利かせて、知り合いに調べさせてくれるらしい。
私も紅魔館の連中や、幽香、メディスンに聞いてみたが、皆一様に知らないと首を横に振った。
他の仲間の聞き込みで目撃例は幾つかあるものの、どこに住んでいるのかは誰もわからないらしい。
白玉楼に聞き込みを行い―これも無駄足に終わった―、その帰り道、小さな体で一生懸命に屋台を引いて歩く夜雀、、ミスティア・ローレライを見かけ、彼女にも話を聞こうと近寄った。


「あら、霊夢。残念だけど、まだお店は開けないよ。夜まで待ってね」
「ああ、いや、今はヤツメウナギはいいわ。それより、この写真の人物に心当たりは無いかしら?」


以外に行動範囲や客層の広いミスティアなら、もしかすると何か知っているかもしれない。そんな期待があった。


「うーん、毎月月初めに来るお客さんに似てるかなぁ……?」
「え、ホント!?」
「うん、多分……毎月、1日には必ずやってきてヤツメウナギと焼酎を注文するの。なぁんもしゃべらないで黙々と食べるんだけどね。毎回おんなじ注文するし、同じ曲のリクエストだし、おんなじ日にくるから流石の私も顔を覚えたわ」
「1日には必ず現れるの?」
「うん、今月も来てたし、来月も来るんじゃないかな?やっぱ嬉しいね。毎回通ってくれるお客さんがいるってのは」


ミスティアは嬉しそうに微笑んだ。


「来月の1日はどこで、屋台を開くつもり?」
「毎月1日は無名の丘で開いているよ。最もお客さんはあのおじさま位しか来ないんだけどね。以前はもっとお客さんの来る場所でやってたんだけど、おじさまが一人で飲みたいと言ってね。……ちょっと、珍しい食材もくれるし、高いお金も払ってくれるから1日は特別にあの場所で屋台やってるの……ああ、しまった。これは他の人には内緒だった……うう、霊夢悪いけど今のは忘れてぇ」


ミスティアが涙目で懇願するが、空返事であしらう。
今が9月の28日だから、三日後に屋台に現れることになる。


「わかったわ。ありがとう」
「来ちゃダメだからね?あ、でも、おじさまが帰った後ならいいかも」
「わかったわ。じゃあ、おじさまは何時位に来て、帰るのかしら?」
「えーと、大体十時位かな?んで、日にちが変わる頃に帰るの」
「わかったわ。おじさまがいるときはお邪魔しないようにするから」
「うん、助かるよ。特別なお客さんだから不快な思いをさせたくないんだ」


私は、このことを早速他の仲間に伝えた。


「なるほど、その屋台で張っておけば、柳邦夫は現れるわけですね」
「ええ、いつも通りなら現れるはずよ」
「では、屋台を出たあと、尾行しましょう」
「そうね」


これで、事件の真相が明らかになればいいのだが。


「く……毎月1日のその時間帯は天狗の定例会議があります……残念ながら私は参加できません。うう、悔しいです。何か新しい事実が判明したら教えて下さいね」
「わかったわよ」
「ありがとうございます。それと、先ほどの霊夢さんの話でミスティアさんが珍しい食材を頂いていると言ってましたよね。柳邦夫から」
「ええ」
「これは、噂なのですが。あの屋台の裏メニューには人肉を扱ったものがあるらしいのです。もしかしたら、推測に過ぎませんがその珍しい食材っていうのは人間の肉なんじゃないでしょうか?」
「……流石に、考えすぎじゃない?」
「実は、柳邦夫について聞き込をしている時、妙な話を聞いたのです。彼は絶滅した妖怪を復活させる研究をしているらしいとか」
「それって!……今回の事件とつながったわね」
「はい。死体を使った復元法も彼は発案していたみたいです。材料として人間を狩り、余った肉をミスティアさんに渡していた……なんて考えたのですが」


その事実と兼ねてなら十分現実味を帯びた話に聞こえる。
今回の事件の柳邦夫が首謀者の可能性も出てきた。研究者ならその研究成果を実践してみたいと思うのは至極当然な欲求ではなかろうか?


「私も行きたいところだが、里を開けるわけにもいかんしな。最近は夜間の警備もあるからその件はお前たちに任せていいか?」
「わかりました。では、メンバーは私と霊夢さん魔理沙さんでいいでしょうか」


私も魔理沙も力強く頷く。三人の決意は硬い。必ずやこの惨劇の犯人を追い詰めて見せるという熱意が瞳に篭っている。


「では、三日後までは今まで通り、自分の仕事をしましょう。体調を崩さないようにしないと行けませんね」
「おう、しっかり食べて寝ることだな」


まるで、ピクニックに計画を立てているような会話だ。
他の皆も思ったのだろう。皆でクスクスと笑ってしまう。
ここ最近ずっと張り詰めた空気の中過ごしていた。それが、ようやく終わりが見えたという安堵からか、ほんの少しだけ長閑な雰囲気になる。
このまま、何事も無く終わればいい。そう願って、そう信じて、私は皆を見渡した。


一日、二日と何事も無く過ぎていく。あれ以来、皮剥死体も、新たなカワナメも見つかっていない。これまでの殺伐とした里とは打って変わって穏やかな日々が続いた。
それが、私にはこれから何か起こる予兆、台風の前の静けさにも感じられ、心中を時折、どうしようもない不安がよぎるのだ。
今日の朝などは、魔理沙がバラバラにされ、カワナメの材料にされる夢を見た。魔理沙のカワナメに食われそうになる直前で飛び起きたのだ。ひどい寝汗でそれが溶解液のように感じられ居ても立ってもいられずすぐに湯浴みした。


「いよいよ、明日だな」


三人で昼食を食べていた終わり、里を歩いていた時に魔理沙がつぶやいた。


「今日はもう、帰るぜ」
「今日くらい泊まって行ったら?」
「いや、明日に備えて魔道具の手入れをしとこうと思ってな。備えあればなんとやらって」
「そう。わかった。明日は、一時に慧音宅に集合。遅れないでよ」
「おう。それじゃあな。暖かくして寝ろよ。最近寒いからな」


魔理沙は大きく手を振って別れを告げる。私も明日に備えてお札や退魔針の準備をしておいたほうがいいかもしれない。
大して準備などすることないのだが、それで少しでも不安が紛れればと思った。
夕食は私と早苗で作った。慧音は今夜も夜間の警備の為、自宅にはいない。夕食はおにぎりを作って持って行っていた。
自宅は好きに使ってくれと言われている。事件以来ほとんど慧音の家で過ごしてきたので、今や自宅とほとんど変わらぬ感覚で寝泊まりしていた。


「お醤油切れちゃった」
「私が取ってきますよ」


私も早苗も、物の配置をすっかり覚えてしまった。
夕食を済ませ、茶碗を洗って、風呂に入る。
明日に備えて今日は早めに寝ることにした。


「灯り消しますよ」
「うん」


部屋が暗闇に包まれる。
静かだった。
時折、早苗が寝返りを打つような布の擦れる音がするだけ。
私も事件当初は薄かったのに今は厚手のものに取って代わられた布団を被って眠ろうと務めるのだが、一向に眠くならない。
体制を変えたりしてみたのだが、どうも駄目だ。


「霊夢さん。起きてますか?」
「ん?」


早苗も同じだったようだ。なんだか話しかけられてホッとしてしまう。


「あの……布団くっつけてもいいですか?」
「え、いいけど……」


意外な申し出に少し驚いたが、そうしたほうがなんだか寝むれる気がしたので承諾する。
もう、目が慣れているので、灯りは付けないでも室内の物は、窓から入ってくる月明かりだけで十分捉えることができた。
早苗が布団を引きずって私の布団の横にぴったりつける。
なんだか、少しこっ恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。
姉妹がいたらこんな感じなのかななんて思ったりして。


「お邪魔します」
「ふふ、どうぞ」


早苗が布団に入った。
やはり、これは少し恥ずかしい。私は天井を見つめていた。
突然だった。早苗が私の手を握ってきたのだ。ドキリとして思わず、早苗の方を向く。
でも、早苗は私と反対の方へ顔を向けており、目は合わなかった。


「早苗……?」
「ごめんなさい。少し、握っててもらえませんか?」
「うん、いいけど」


早苗もきっと不安なのだろう。今まで異変は数多く解決してきた私だが、今回の事件は今までのものと毛色が全く違った。あまりにも血生臭く、凄惨でおぞましい。
正直私も怖かった。だから早苗と手を繋いでいると安心する。


「ありがとうございます。霊夢さん」
「ううん、お礼を言うのはこっちよ。私もちょっと、不安だったの」
「情けないところを見せてしまいましたね」
「いいのよ」
「私、外じゃ友達いなくて……誰かとこうやって一緒に寝るなんてこともなかったな。だから少し嬉しい」
「ふふ、照れるわ。早苗にそんな風に言って貰えると。だって、早苗、頭いいし、今回の事件だって、色んな案出して、柳邦夫までたどり着いたでしょ。ホントすごいと思うわ」
「いえ、そんな……」
「外の人間ってみんな早苗みたいに頭いいの?」
「ピンキリです。私と同い年で私なんかよりずっと頭の良い人もいますし、大人なのに妖精並の考えの奴だったいます」
「そうなんだ。でも、やっぱ早苗はすごいと思うな……だって、あの事件がカワナメを復活させる為のものだって、薄々わかってたんでしょ?」
「……そうですね。薄々わかってました」
「あそこで、言ってたら皮剥女も顕現しちゃってたかもしれないわ。早苗は被害を食い止めたのよ」


私の手を握る早苗の手がピクリと震えた。


「霊夢さん……少しお話を聞いてもらってもいいですか?」
「なぁに?」
「面白い話ではありません。きっと聞けば私のことを嫌いになると思います……。でも、聞いて欲しい」


握った手がぎゅっと力強く締まる。早苗の覚悟が伝わってきた。


「うん。わかった」
「私ね……人を殺したことがあるんです」


トクンと心臓が跳ねた。私も身構えていたものの、やはり衝撃的なカミングアウトだった。


「外にいた頃の話です。まあ、実際には自殺として処理されましたし、実際には自殺でした。でも、そうなるように仕向けたのは私なんです」


早苗はゆっくりと深呼吸すると話の続きを語り始めた。


「私は外の世界でも、巫女をやってました。小さい頃から、神事に参加したりして。母がそうであったので、私も将来は巫女としてこの神社を背負っていくんだと幼い頃から思ってました。神様はいる。母からそう言われて育ちました。悪いことをすれば祟られちゃうぞ、とかいう脅かしから、信じるものには必ず応えて下さりますといった宗教的なことまで。巫女の役割や心構えを教え込まれ、私の中にはいつしか確固たる巫女としての自覚が備わっていました。
 母は時々妄信的な素振りも見られましたが、普段はとても優しい普通のお母さんです。そんな母が亡くなった私が小学校五年生……十一歳の頃です。交通事故でした。飲酒運転をしたドライバーの車が急に歩道に突っ込んできて……即死だったようです。母が亡くなってからも私は母の言いつけ通り、良い巫女となるために日々精進してきました。多分、今思えばそうしなければ心が耐えられなかったのかもしれません。
 私は家でも学校でも母の言うような立派な巫女として振舞っていました。小学校を卒業した私は中高一貫の女子高へ進学しました。そこからです。私の地獄が始まったのは。中二の時からじわじわと始まった私へのいじめは、次第に苛烈さを増していきました。はじめこそは無視や除け者にされるだけだったのですが、次第に私に聞こえるように悪口を言われたりするようになりました。カルト宗教の娘だとか、メンヘラだとか、キモイだのヤリマンだの散々……まあ、私も、その場のノリに流され、くだらない全能感に操られている愚かな奴らだって見下してましたが。それでも、緑の髪を馬鹿にされ、教師に

「校則違反でしょ、あれは」

などと煽り、強制的に黒髪に染められたときは屈辱でしたね。
 その後は物が無くなるのは日常茶飯事、自分の物はできるだけ学校に置かないように気をつけました。でも、体育の時なんかはどうしようもないですね。高校1年生のある日、体育を終えて教室に戻ると私がいつも身につけているお守りが無くなってました。私を虐めていたクラスのボスザルのバカ女が無礼にもそのお守りをくるくると回しながら私に言うんです。

「あんた、神様はいるとか言ってるけどさ。いるわけないじゃん、そんなもの。私が今から証明してやるよ」

そう言ってお守りにライターで火を着けようとしました。私はやめろと叫びましたが、ヤツの取り巻きが私を羽交い絞めにして動けませんでした。そのお守りは母の形見でもあったのです。それを、あの女はなんの躊躇もなく燃やしたのです。

「てか、ホントに祟りとかあるんだったら、あんたの母親撥ねた運転手、死んでないとおかしくない?」

と挑発してきました。私はお守りが目の前で燃える間、冷静に女をどう殺すか考えていました。その事があって以来私は女を殺す方法ばかり考えてきたのです。
 そして、私は女を呪い殺す事に決めたのです。……でも、幻想郷でならいざ知らず、外の世界には超えることの出来ない常識の壁があります。離れた場所で藁人形に釘を打ち付けたところでターゲットの女に身体的なダメージを与える物理法則などありません。そう、藁人形や、呪詛を唱える程度の呪いでは効果などないのです。
 ……霊夢さん。私、呪いとは想いが成就した結果だと思うのです。強い想いはやがて私の体を駆り立て、完全犯罪を実行させるにいたりました。
 完全犯罪には4つのパターンがあると私は考えています。一つは事件が発覚しないこと。2つ目は自殺として処理されること。3つ目は犯人がわからず迷宮入りすること。4つ目は犯人とは別の人間が犯人として捕まり、解決されること。私が選んだのは2つ目です。如何にして祟りとして相応しい殺し方をするかと考えた時、たまたま、このパターンになったのです。私が考えた計画それは、彼女に神を見せて殺すこと、そして周りの人間が祟りだと認めざるをえない様な結末を迎えること。
 そこで、私が目をつけたのが、メタンフェタミンという物質です。フェミルメチルアミノプロパン……メタンフェタミンは明治の頃日本人が抽出に成功し、後に医薬品として発売されます。通称ヒロポンなどと呼ばれ日本人の軍需工業に多大な貢献をした、偉大なお薬。覚せい剤です。このメタンフェタミンはアッパー系の麻薬の中ではコカインと並び評されるドラッグの王様です。
 統合失調症ってご存知ですか?まあ、偏に統合失調といっても様々なタイプがあるのですが、一般的によく聞く症状として、幻聴や妄想、過度の疑心暗鬼、注意の散漫などがあげられるでしょうか。古来より狐憑き、悪魔に乗り移られたなんて話はこの統合失調症が原因と考えられているのです。外の世界では。
 この統合失調がなぜ起こるのかというと、現在考えられている仮説では脳内のドーパミンの過剰分泌が原因ではないかと言われているんです。統合失調の治療薬もドーパミン受容体遮断作用がある向精神薬が用いられています。そして、先程説明した。メタンフェタミン……これも、ドーパミン受容体に作用します。トーパミンの過剰分泌を促すのです。その為、覚せい剤使用者には統合失調症と類似した症状が出るのです。
 ちなみに、メタンフェタミンはドーパミン作動薬の中でも最強の薬です。依存性も高く、薬への耐性もすぐつきます。また逆耐性と言って、薬を断ってからしばらくして薬を使用すると少量でも強い効果を発揮するらしいですね。メタンフェタミンは同じ覚醒剤のアンフェタミンよりも水に溶けやすく、吸収もされやすい。鼻から吸うスニッフィングでも注射でも直接飲んでも吸収され、脳の関門をぬけて脳に作用します。この点も非常に魅力的でした。
 私はこの最も危険なドラッグを女に盛り続けることにしたのです。その時の私は祟に見せかけて殺すことは神の威厳を保つことであり正しい行為だと本気で思ってました。
 ……元来、麻薬と呪術は不可分の存在。神を冒涜した奴の死に方に相応しいと思ったのです。シャーマンも神をその身に降ろす際にはシロシビン系のきのこを使用したと聞きますし。
 ただ、このメタンフェタミン、非常に高いお薬なので、それがネックでした。学校が終わったらバイトして、そのお金はすべて女に悪夢を見せる為に注ぎ込みました。週末には原付を飛ばして、わざわざ東京まで覚せい剤を買いに行きましたね一応他県とはいえ、きちんと変装して行きましたよ。本やインターネットで市販の薬から作成する方法も知ってはいたのですが、爆発の危険が高く、一般の家庭でやるにはそれなりの器具がいる上に、バレたら逮捕……これなら、高い金出して売人から買ったほうがマシです。純度の高い覚せい剤は色が白く、結晶が硬いのが特徴です。純度が低く混ざり物があると、すぐに砕けてしまうので見極められます。グラム単位1〜2万ってとこでしょうか。覚せい剤の他にも、盗聴器や、彼女の住んでるマンションの合鍵など、色々手に入れる目的がありました。
 肝心の覚せい剤を定期的に盛る方法ですが、お守りを燃やした女はサプリメントにはまっていて、何種類かの錠剤を毎日飲んでました。そのことはヤツを監視していればすぐにわかりました。合鍵を使って、部屋に入り、いつも使用しているサプリメント、それと同じものを買って、中にメタンフェタミンを入れたものと入れ替えておきます。症状はすぐに現れました。

「すごく調子がいい」

とかほざいてましたよ。
 しかし、効果が切れると反動でとてつもないダルさが襲ってくるのです。一日中動けない程の。女の生活リズムは狂いました。また、気分が昂揚しているため、元来のウザイ気質がむき出しになり友人ともトラブルを起こして次第に孤立していきました。奴は学校に来なくなり、家でゴロゴロする日々が続きます。覚せい剤の効果が切れて、爆睡している間に、侵入して、サプリメントを、より多く覚せい剤を入れたモノと定期的に交換します。一年程かけて一日に一グラム使用する廃人コースに持って行きました。
 そうなってくると幻覚や禁断症状で苦しみ始めます。おかしいと思った彼女は精神科に受診していたのですが、まあ、症状を話す限りでは医者は抗鬱剤や抗不安剤くらいしか出しませんね。ちなみにこの薬も同じものを取得した後、中身をLSDと入れ替えておきました。LSDとは幻覚剤の事です。音や色彩を強烈に感じたり、それらが形を伴って見えるといった症状を起こします。このLSDは一説によると統合失調症の症状を助長するというのを聞いたので試しにやってみたのです。
 また、サブリミナルに彼女を苦しめる為に、呪いや祟を想起させるチラシを作成してポストに突っ込みました。また、彼女がLSDをキメてる時に彼女だけに聞こえるように死ねとか、殺すとか、今からお前のところへ行くよとか、いった脅迫めいた音声データを流して追い込みます。
 彼女はしきりに「やめてぇ」だとか、許して、だとか「殺されるー」だとか叫んでいました。私はその音声を聞くことだけが私の唯一の楽しみでしたね。
 彼女が変容する様子は克明にノートに綴ってあります。勿論、知らない人間が見てもポエミックな痛い日記にしか思わないように細工してありますがね。
 そんなこんなで、精神を摩耗していったあの女はとうとう首を吊って死んでしまいましたとさ。私は彼女が自殺した時リアルタイムで盗聴してましたから、彼女の首がしまるであろう音を聞いて絶頂しましたね。
 それから、数日後に私はマンションの大家を伴って彼女の部屋を開けてもらいました。どうしても、彼女が醜く腐敗している様子が見たかったのです。それと、盗聴器やサブリミナルに使った道具一式に覚せい剤入りサプリメントとLSD入り抗鬱剤を回収する必要がありましたし。あと、私が、発見の際に立ち入ったという事実があれば私の毛髪が部屋から出てきても不思議ではありませんからね。
 穴という穴から液体を吹き出し、糞尿を垂らして、蛆に体を食われている彼女は最高に臭かったですから、大家はすぐに部屋を出て廊下で嘔吐してましたよ。その間にそれらを難なく回収しました。まあ、どっからどう見ても自殺。事実自殺なのですから、警察も精神病をこじらせた末の末路として片付けましたね。
 彼女の死はすぐに学校で噂になりました。自殺、しかも少し前から精神がおかしかった。そのおかしくなり始めた時期が私のお守りを燃やした時期のすぐ後だったこともあり、色々な憶測が飛び交いました。だから、言ってやったのです。彼女の花瓶が置かれている机に向かって

「やめろって言ったのに」

ってね。クスクス笑いながら、何か知っている素振りを見せながら、最高に下卑た笑みを浮かべて。そしたら、数日後、彼女が抜けたあとも私をいびっていた女たちが謝りに来ました。当然、突き返してやりましたがね。もう、手遅れよって言って。あれだけオカルトを馬鹿にしていた奴らが、祟だ、呪いだと騒いでいましたね。オカ板に書きこまれてたときは笑いましたが。いつしか私は皆から畏れられる存在になってました。呪殺して欲しい奴がいると頼み込んでくる奴もいます。これに味をしめた私は次は誰を殺そうか考えてました。そんな時です。

『もう、十分だよ』

という神奈子様の声が聞こえたのは……」


早苗は震えていた。鼻を啜る音がする。恐らく泣いているのだろう。


「『お前のお陰で顕現することができた。ありがとう』と……神奈子様のその言葉で私は救われたのです。もし、誰も何も言ってくれなければ、明確なゴール地点を用意してくれなければ私は連続無差別殺人鬼と化していたでしょう……神奈子様と会話できるようになってから一ヶ月後私は幻想郷に行くことを決意しました。これが、私のした事です」
「そう、よく話してくれたわね。ありがとう……辛かったでしょう」
「う、うう……」


私はそっと、早苗の頭を抱き寄せると両腕で優しく抱擁してやった。


「霊夢さん……私……」
「嫌いになんてならないわ。お母さんのお守りを燃やされた事で深く傷ついた。そのショックで少しおかしくなっていただけ。復讐の炎に当てられていただけよ……私だって、あなたと同じ境遇だったなら、いじめた奴ら全員を皆殺しにしていたわ」
「ひっく……ああ、あああ」


早苗はしばらくの間、子供のように泣きすがった。彼女がこうして苦しみを吐き出せたてよかったと思う。私は早苗を拒絶したりなんかしないし、これからも大切な友人として付き合っていくつもりだ。


「……ありがとうございます……もう、大丈夫です」
「うん、話してくれて嬉しかったわ。これからも友達でいましょう」
「……うぐ、すいません、優しい言葉かけられたらまた泣いちゃいます」


私は手探りでちり紙を探り当て、早苗に渡してやる。


「……霊夢さん、私思うんです。人は簡単に、残酷な生き物になれると」
「……そうかもね」
「例えば、それは、親の教育や、周りの環境、集団に属する上での立ち位置など、それらの要因で人は時に殺人鬼に変容する可能性があるのではないかと考えています。マインドコントロールというのをご存知でしょうか?」
「ううん」
「まあ、大雑把に言えば、読んで字の如し、その人を意のままにコントロールするということです。カルト教団なんかが使う手法で、これを受けた人が殺人や集団自殺を行ったという事例が幾つも存在しています。マインドコントロールの原理を考える上で、まず、意思決定過程という概念があります。人間の精神を一種の『情報処理システム』としてとらえると、人間は外界から情報をインプットし、何らかの処理、加工を施してアウトプットを出すという捉え方ができるのです。意思決定過程とは人間がどのような行動をとるのかを決める過程のこと。意思決定の際人間はボトムアップ情報とトップダウン情報という主に二種類の情報を用いているらしいです。ボトムアップ情報とは五感から感じた、視覚だとか、聴覚からの情報のことを言い、トップダウン情報とは前もって取得された知識や信念のことです。ちなみに、サイコパスはこの二つの情報処理に問題があるというのが、実験で報告されています。ここでは割愛しますが。……で、マインドコントロールはこの二つの情報をコントロールすることで人間の精神を支配してしまおうという方法です。別にカルト教団でなくてもいいのです。集団生活や親のしつけ等により、私たちのトップダウン情報……知識や信念は常に影響を受け、変質していきます。生まれてずっと、妖怪は悪いやつらだから滅しなければならないと言われて育った人間は妖怪を見れば攻撃するでしょう。良い妖怪もいるのだというトップダウン情報でもない限り、その人間は妖怪への攻撃をやめたりしません。極論ですがね。社会性の動物には他の動物の苦痛の表情に不快感を感じたりする、共感性というものがあります。しかし、それも、相手によってはむしろ望ましいものに変わります。憎い相手が苦痛の表情を浮かべているという視覚からのボトムアップ情報と、相手は親を殺した相手、罪には罰をといったトップダウン情報を照らしあわせれば、相手の苦痛を更に増す行動を実行するでしょう。意思決定に影響を与えるトップダウン情報に歪な物が紛れ込むと、それは、他の信念をねじ曲げ、時に重大な過ちを犯させてしまうと、私は考えます」
「うん」


半分以上何を言っているのかよくわからなかったが、なんとなく早苗の言いたいことは伝わったのでうなずいておく。


「親、集団、時にはほんの一つの心ない一言が原因で、私達の頭の中に毒が広がり、罪悪感を破壊し、共感性を麻痺させ、残酷な行動へと駆り立てる要因になり得るのではないかと思います。また、このトップダウン情報は完全に消し去る方法というのはありません。使わなくなったトップダウン情報は頭の隅に追いやられるだけなのです。ですから、何かのきっかけでそれらが復活することも勿論ありえます。実は私も、いじめている子供たちを見るとつい頭にちが登ってしまって、殺してもいいやと思う時があります。多分、何らかの条件が重なれば、私はまた……」
「大丈夫、その時は私が止めてあげるわ」
「ありがとうございます。本当に霊夢さんに会えてよかった……」


早苗はぎゅっと、私をハグした。


「今回の事件の犯人ですが……何か信念めいたものを感じるのです。同族……同じ頭に毒を持っている人間だからわかる感のようなものがそう言っています。現実のサイコパスは衝動的で短絡的な犯行が主です。深い思慮にかけ、知能も低いことが多い。ミステリーの犯人には成り得ない存在です。まあ、そのことが逆に捜査の裏をつき、逮捕が遅れた事例もありますが……。それに比べ、今回の事件は私達の警備を掻い潜り、自分の立てた計画を遂行させる緻密さと根気強さがあります。奴はなんとしても自分の目的を完遂させるつもりでしょう。その為ならどんな犠牲も払う。奴の頭に広がった毒というのは想像以上に強力です」
「うん、わかってる」
「明日は絶対に油断しないで下さい。犯人はとんでもなく狡猾ですから」
「ええ、じゃあ、そろそろ寝たほうがいいわね。明日に備えてしっかり睡眠を取らないと」
「そうですね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ……」


私たちは互いの身を案じるように手を固く握る。細くしなやかな早苗の手が締め付ける感覚が心地よい。
その安心感にまぶたは重くなっていく。
私はあっという間にかまどろみに飲まれていった。



―15―



妖怪の山とは正反対に位置する低い山の中腹。そこには鈴蘭畑が一面に広がっている。5月頃なら白い小さな花が咲き乱れているのだろうが、時期が悪い。おまけに夜だ。
昔は間引きの場だったというので人里の人間は近づきたがらない。
闇夜にただ一つポツンと灯りを灯しているのは夜雀の屋台。
毎月1日は特別デー、お得意様の為に静かなるこの丘に屋台を開く。
私と、早苗、魔理沙はその屋台の様子がよく見える少し離れたの高台から様子を伺う。
視力には自信がある。夜雀が着々と料理の準備をしているのがはっきりと見える。
赤々と照る炭たちが、ヤツメウナギを早く焼かせろと訴えている。
腕時計を見る。時刻は間もなく二十二時……。
今夜は冷える、標高差もあってか思っていた以上の寒さだ。
念のためにと、昼から魔理沙が丘の上にスタンバイ。私と早苗は夜雀を見張っており、この高台に来たのは一時間程前なのだが、かなり堪える。動かないでいると体の端々から熱が逃げていき、手足はすっかり冷え切っていた。
魔理沙が持ってきた毛布がなければ危なかったかもしれない。


「すまん、戻った」


用便から戻ってきた魔理沙が私の後ろにつく。寒い為か小用が近くて困る。私も先程行ってきたばかりだ。


「霊夢さん、アンパン食べます?」
「そうね。本当はあっちの屋台で一杯いきたいところだけどこれで我慢するわ」


張り込みにはアンパンなのだと早苗は言っていた。アンパンを貰うと早速頬張る。
目の前に温かい料理と酒を提供してくれる屋台があるというのに寒い中アンパンで耐えなければならないなんてなんて拷問だと思う。
時刻が丁度二十二時を回った時、


「お、来たぜ」


柳邦夫が現れた。大きめの手提げ鞄を持っている。スラっとした背の高い男だ。暗い色の着流しに寒さ対策の上着を更に一枚羽織っていた。前髪が少し後退してはいるが、それすらも様になっているようだ。口元に蓄えた髭もあってか老紳士という印象を受ける。


「しっ……」


私は人差し指を立て、音を立てぬように注意する。二人の会話に耳を傾ける為にできる限り雑音は減らしたい。
魔理沙は済まないと右手で手刀を切る。


「こんばんは」
「……いつものを頼むよ」


よく響くバリトンでそう告げる。ミスティアは「かしこまりました」と微笑むと焼酎を注ぎ柳邦夫の前に差し出した。
続いてヤツメウナギをタレに浸して炭火にかざす。ヤツメウナギが熱に反応して油を噴き出す。落ちた油が上げるジューという音が胃袋に空腹を覚えさせる。
ご自慢の自家製ダレを箆で丹念に塗りつける。ヤツメウナギの身が美しい照りを放っていた、


「はい、お待ちどうさま」


柳邦夫はヤツメウナギを口に頬張り、しっかりと味わうように何度も咀嚼する。
その間、ミスティアは空いたコップにお酒を継ぎ足したり、新たなヤツメウナギを焼きながら、静かに柳邦夫の相手をしていた。


焼酎を三杯程飲み終えた時、柳は、


「今夜は、何を歌って貰おうかな……」


独りごつようにつぶやくと、ミスティアに曲名をリクエストした。


「では、歌わせて頂きます」


ニ三、軽く発声した後、彼女の美しい歌声が聞こえた。
何とも言えない陶酔感を感じさせる心地良い歌声に、思わず聴き入ってしまう。
コオロギや鈴虫の鳴き声が消え失せ、静寂の状態よりも、静かさを感じさせるような不思議な感覚である。これだけの歌唱力ならば人を惹きつけることが出来るだろう。
柳邦夫は、歌声を聴きながら静かに酒を煽っていた。
8曲目を歌い終わったところで、


「ありがとう。今日も素敵な歌を聴けて満足だ」


そう言って、屋台で飲んだ料金とは思えないような枚数のお札を夜雀に渡す。


「後、こいつはいつものだ。多めに手に入ったのでね」


鞄から取り出した。木箱をミスティアに差し出した。
文の言った噂が本当ならあの中身は恐らく……


「では、また来月」
「ええ、来月も同じ場所でお待ちしております」


柳邦夫は満足そうな表情を浮かべると屋台を後にした。


「追いますよ」
「ええ」
「おう」


柳邦夫に気付かれぬように私たちは一定の距離を保ちつつ彼の後を追った。見失わないように三人別々の視点で柳邦夫を尾行することになっている。
柳は丘から更に高い場所へと登って行く。やがて、頂上を過ぎ、山を跨いだ向こうの麓に降りてきた。
樹が生い茂っている為、うっかりスカートを引っ掛けて要らぬ物音を立ててしまわぬように細心の注意を払う。
尾行すること、三十分。柳邦夫は不意に立ち止まると、辺りを見回すと目の前にある岩に空いた小さな穴に手を差し込んだ。ガチャンという金属音がしたあと、柳邦夫は岩を横から押す。重そうな岩がなめらかにスライドすると、ヤツの隠れ家の入り口が姿を表した。彼が、中に入ると再び岩はスライドして元の状態へと戻ってしまった。


「おい、どうする」
「恐らくここが、奴の住処でしょう。……あんな大仕掛です。岩を動かせば必ず奴にバレるでしょうね」
「一気に突入して制圧するか」
「そうしたいのですが、中がどうなっているかわからない上、視界も暗い……こんなことなら入る前に捉えておくべきだった……」


早苗が、苦虫を噛み潰したような顔して悔しがる。


「だったら早く追おう、まだ間に合う」
「そうですね。ただ、その前に。先頭は私が努めます。殿は霊夢さんにお願いしようかと」


早苗がこちらを見た。


「早苗、先頭は私が」
「いいえ、私にやらせて下さい」
「でも……」
「ふふ、この中では一番年上ですから」


早苗は笑顔で私に目配せした。二人は私が守るからと言っているように。


「私は問題ないぜ」
「では、決まりですね。私が安全を確認したら後ろに続いて下さい」
「わかった」
「霊夢さん。殿は任せましたよ」


彼女の決意は硬いようだ。私は黙って頷いた。


早苗が柳邦夫がそうしたように岩に手を突っ込む、金属音がしたので、魔理沙が横から岩を押した。
岩戸は緩やかに開かれ、入り口が再び姿を表した。
早苗が中を確認し、意を決して足を踏み入れた。
魔理沙が続き、私も後を追う。
私が岩の内側に入った直後だ。岩戸が自動にスライドして閉じてしまった。
どういう仕掛けなのかはわからないが、一定以上の時間が過ぎると閉じるようになっているのだろうか。
中は緩やかな長い下り坂が続いており、まるで、黄泉へと続く黄泉比良坂のようだ。
全員ライトを装備しているものの、視界は真っ暗である。
早苗がライトで坂の下を照らすが柳邦夫の姿はどこにも見えない。「誰だ!」や「何者だ?」といった声も聞こえてこないところが不自然である。
もしかして、気がついていないのかと思ったが、それは希望的観測に過ぎない。
十中八九奴は私たちの侵入に気がついており、暗闇に身を潜め、仕留めてやろうとその瞳を光らせていることだろう。
通路は自然にできた洞窟と言うよりも何かで掘り進んだように均等なの幅をしていた。あまり広くない上、遮蔽物がないのが不安をつのる。こんな中敵と遭遇したらひとたまりもない。
ようやく、坂の傾斜が終わり、平坦な道になった。
ライトが幾つかの分かれ道を照らし出している。巨大蟻の巣穴に潜り込んだようだ。
早苗は指で右の穴を指し、行くぞと顎をしゃくった。
右側の通路を進むとすぐに扉に行き着いた。
早苗は扉に耳を付け、中の様子を伺っている。私はその間後ろを確認していた。
どうやら、物音はしないようで、早苗も耳を離し、こちらを向いた。
行くかどうか尋ねられているようだ。私も魔理沙も同時に頷いた。
素早くドアを開け放ち、中を照らして確認するが、人の気配はない。
そっと、部屋に踏み込んだ。
中は書庫のようで、壁一面に書架が並んでいる。本は妖怪や、民俗についてのものから、仏教、儒教、道教と様々な宗教について書かれた本が分類分けされて収められていた。


「……あまり使われてなさそうだな」
「ここの本?」


魔理沙が小声で何かを言った。


「ああ、多分あまり読まない本を仕舞っておく部屋なんじゃないかな」
「ここには、何もなさそうですね。出ましょう」


私たちは部屋を出て丁度反対側にある部屋に入る。しかし、前の部屋と同じで本棚が四方にあるだけで隠れる場所はなさそうだ。
他の枝分かれした通路の先にある部屋は皆、書庫か、資料室のような形の部屋ばかりだった。
すべての部屋を調べ終え、きた道から真っ直ぐ進むルートを行く。
しばらくすると今度は上り階段が現れた。一歩一歩登って行くと折り返してまた上りの階段。そこを登るとまた真っ直ぐの通路と、左右に幾つかの支線通路がある。二階といったところか。
今度は天井に灯りがついていた。見たところ電気式らしく、どこから電気を供給しているのだろうかと気になった。近くの川で水車でも回しているのかもしれない。
私たちは念のため、手前から調べていくことにした。電灯のお陰で先程よりは明るい。まあ、明るいといってもライトの灯りに比べるとぼんやりとしており、かえって不気味さを助長している節があるが。電力が足りないのかもしれない。
先程同様右から調べる。
部屋は一階と比べて広かった。部屋の中にも電灯はついていたが、光は弱く、全容を窺い知るにはライトで照らす必要があった。
部屋には台があった。永遠亭にあるような医療用というのだろうか、患者を寝かせるようなものだ。ストレッチャーと思われる車輪付きの台も近くにあった。
台の周りにはこれまた移動式のコロがついた棚があり、メスや外科手術に使うであろう金属製の道具が並べられている。


「……実験室といったところでしょうか」
「何の実験をしていたのかはあまり想像したくないわね」


床を照らした時に黒い大きな染みがあちこちに見て取れた。恐らく血の跡であろう。
もしかしたら、犠牲者の皮はここで剥がれていたのかもしれない
あらかた部屋を調べ終わり反対側へ向かう。
反対側の部屋の扉を開いた時、我慢しがたい悪臭が鼻を刺激した。
先程食べたアンパンを戻しそうになる。
部屋には、丸い缶が幾つも置かれており、その中にはドロドロに腐った何かが入っていた。
一応手短に部屋を調べて急いで外へ出た。もし、あの中に潜んでいたとしたら奴の嗅覚はまひしているのだろう。
幹線通路に戻り一つ先の支線通路へ。右から調べる。
中にあったのは、またしても台だった。
だが、先程とは打って変わって今度は木製の台である。両端にベルトのようなものが取り付けられていることから、拘束できるようになっているらしい。
台の横にはハンドルがついており、ベルトが付いている部分と連動しているみたいだ。人を拘束して歯車を回すと一体どうなるのか、その想像の結末は極めて残酷なものだ。
反対側の部屋は、儀式的な文様が地面に描かれており、恐らくは、奴の研究していたという妖怪復活の方法と何か関係があるのかもしれない。
残りの部屋も調べたが、見つかるのは気分を悪くする器具ばかりで他には何も無かった。
幹線通路を進むと先程と同じような折り返し付きの階段があり、それを登ると今度は一気に開けた場所に出た。
天井も先程よりだいぶ高い。左右に大きな空洞があり、そこには鉄格子がはめられている。まるで刑務所の用だった。降りの中はと地面と鎖でつながった小さな鉄枷だけがあり、ベッドもトイレもなかった。恐らくはすぐに殺してしまうかするためにそういった設備は必要なかったのかもしれない。
岩牢の中には誰もいなかった。
いや、一人いたというべきか。その人は元は女性であろう、全裸で牢屋に放置されていた。ガリガリに痩せ、ミイラの様になっていた。見開かれてた目は水分が飛び、へっこんでいる。顔は歪に変形していた。それが、死後の自然現象なのか生前の恐怖からなのか私には伺い知ることは出来ない。
真っ直ぐ進むと四階へと上がる階段がある。そこを登ると今度は広めの通路に出た。一階や二階い比べればであるが。
そして、またしても、左右に部屋があり私はうんざりとした。
まずは、手前右の部屋。
扉を開けた瞬間、一階のあの部屋と同様の……いやもっと、強烈な臭気が私たちを襲った。
部屋にあるのは幾つもの長方形の箱。それは、棺を連想させた。中に入っているものも棺と等しかった。
しかし、それは収めるという表現ではなく、乱雑に放り込まれた腐乱死体だった。状態は酷く、グズグズに溶けており、箱の底には液体が溜まっていた。また、死体は五体満足な者は一人もおらず、皆一部か、または一部以外すべてが欠損していた。念のためとはいえ、すべての箱を調べるのはかなりの苦痛を要した。
中でも最も吐き気を覚えたのは、女性と思われる死体の幾つかが性器を刳り抜かれていた事だ。柳邦夫への嫌悪の感情が倍に膨らんだ。
変態性と狂気が入り混じった部屋から逃げるように出る。
続いて反対側の部屋。
こちらもまた、酷い臭いを発していた。だが、先程の部屋に比べればまだマシであろう。
部屋の壁には四角い鉄の蓋が付いており、オーブンのようになっている。
焼くという意味では同じであろう。中には焼け焦げた死体が幾体も入っていた。
しかし、火力が足りないのか定員超過なのか、火葬場のように骨までとはいかず、人の形を保った黒焼きのようになっていた。
オーブンの中を調べ終わり、部屋を出た。
あと、四部屋も調べねばならぬのかと思うと、辟易とする。
真ん中右部屋。
部屋の印象は、里の診療所や永遠亭にある病室である。
部屋の中央には半透明なカーテンに仕切られたベッドがひとつ置いてあるだけだ。
弱々しい電灯にうっすらと黄色くライトアップされたベッドには、誰かが寝かされていた。
ただ、半透明なカーテンから透けて見えるのは、それが肌色ではなく黒ないし赤褐色のシルエットである。そのことを考えると綺麗な状態ではないのだろう。
一応調べねばならない。ベッドの下に潜んでいる可能性もあるのだから。
私たちはすりガラスのように曇ったカーテンをめくった。


「……っう」


そこには、今回の事件で幾度と無く見てきた、全身の皮を剥がれた人間が一人横たわっていた。何度も見たはずだが、未だに慣れない。いや、慣れることはないだろう。
グロテスクさで言えば、先程調べた二部屋の死体も負けてはいないが、安らかにベッドに寝かさせているという状況に異常さを感じる。
今回の事件、死体が発見されるのはいずれも屋外であった。それは、死体が獣じみた妖怪に襲われたと脳内で無意識のうちに処理していたのかもしれない。慧音の言っていた通りそれは、凄惨ではあるが、悪意や狂気を孕んではいない。
しかし、目の前にある皮剥死体はベッドの上に横たえられ、周りをご丁寧にカーテンで囲んでいる。まるで、患者のような扱いを受けていた。事実それは、正解なのかもしれない。部屋の周囲には棚があり、そこには点滴のチューブや薬瓶などが収められていた。このベッドに寝かされた彼女が何か特別な存在だったことが伺える。
棚を調べていた時、観音開きの扉を開けた際に何かが足元に落ちた。
拾い上げてみるとそれは、


「これって……!」


間違いない。これは、エルペス・ティレルが写真の中で着用していたカチューシャだ。
という事は、このベッドに寝かせれている、赤黒い、全身の皮を剥がれた、死体は……。
私の脳裏には、神社にきたおばあさんと青年の顔が浮かんでいた。彼らの悲痛な顔、無事を願って祈る姿。その願いはとうとう届かなかったようだ。
死体は比較的新しいため、腐敗もそれほど進んではいなかった。それだけが、救いだったのだろうか。
私たちはその部屋を出た。気落ちしている暇はない。反対側も調べなければ。
真ん中左側の部屋。
そこは、一階の手術室よりも、設備が充実していた。広い台が四台備えつけられている。ただ、普通の外科手術をするには不要な設備が幾つも見受けられた。これは、河童の工場で見るような重いものを吊り下げるクレーンや、硬いものを加工する、グラインダーやカッターのような機械たちだった。
そして、この部屋でもっとも異質な雰囲気を放っているのが、並んだ台の一番奥。四番目の台の上に横たわる、異形の肉人形。
恐らくは、カワナメと同様に死体を切り貼りして作られたものだろう。腕が四本付いている。しかも手足が異様に長く、巨大な昆虫のようだった。
顔と思しき部分も酷い改造を受けており、目は無く、口は耳元まで避けている。


「深海魚みたいですね……相当、悪趣味なセンスの持ち主が作ったのでしょう」


早苗がそんな感想をもらした。部屋の探索を終え、部屋を出た。ここにも柳邦夫の姿は無かった。もしかしたら、部屋を調べている隙に逃げられたかとも思ったが、もし、入り口の岩を動かしたり、別の部屋のドアを開け閉めすれば、音で気づくはずである。秘密の抜け道があれば別だろうが。
奥の右側の部屋。
そこは、書斎であった。
一階の部屋と似通ってはいるが、蔵書類は頻繁に使われている感じがある。古い漢字ばかりの本や、医学書、黄金比、絵画について書かれたものまである。
大きな鏡が置いてあり、写り込んだ自分の姿に一瞬驚いてしまった。
ざっと見回すが人の隠れられそうなスペースは皆無だ。部屋の捜索を打ち切りこの階層の最後の部屋を調べることにする。
奥の左側の部屋。
この部屋はどうやら、柳邦夫の寝室のようだ。簡素なベッドが置いてあり、タンスには着物類が押し込められている。この穴ぐらの中では一番清潔感のある部屋ではなかろうか。私としては死体を切り貼りする実験工房のとなりの部屋で寝るなど絶対にごめんだが。
結局この階にも柳邦夫はいなかった。
再び幹線通路を進む。階段を登っていく。今度は五階になるのだろうか。
五階は一本道だった。1、2、4階にあった分かれ道は無く、通路の先には扉があるだけである。
まるで、それは、冥界の城の魔王が待ち構える部屋のように私には思えた。
何かが待ち受けている。そんな空気が満ちていた。


「まるで、RPGのボスの部屋ですね」


早苗は、扉に耳を付け部屋の様子を探ると、取っ手を握った。
一気に蹴破るように開け放つ。しかし突入はしない。ライトで中を照らし出して様子を伺う。


「なんだ、ここ」


魔理沙が思わず口にするのも無理はない。
部屋には、先ほどの四階でみた異形の継ぎ接ぎ死体の仲間と思われる、クリーチャーの数々が天井から吊るされていた。
部屋は三階よりも面積は広いが天井は少し低い。出口はざっと見渡す限り、見当たらない。ここが冥府魔道の終着点なのだろう。
クリーチャーたちは、地面に付くかつかないか位の高さで吊り下げられていた。
丁度、人が物陰に隠れるのに丁度いい状態である。
私たちが見逃していなければ奴はここにいる筈である。
飛んで上から見るにはスペースが足りないため、三人でゆっくりと部屋を周ることにする。端から順々に、隠れれる死角を虱潰しに見ていく。
死角を潰していくごとに、犯人に一歩一歩近づいているんだという気になった。心臓の鼓動が徐々に早まっていくのがわかる。
その時だった。
前を歩いていた、早苗が突如立ち止まった。


「さな」
「に、げ……」


早苗は口から血を吐くとその場に倒れ込んだ。吊り下げられているクリーチャーの爪が早苗の腹を貫いていたのだ。


「早苗!」


私た近づこうとした刹那、吊り下げられていたクリチャーたちが一斉に動き出し、私達に襲いかかってきた。
近くにいた、一際大きな狒々を思わせるクリーチャーの腕が魔理沙を薙ぎ払った。


「うああッ!」


魔理沙は吹き飛び、もんどり打って壁にたたきつけられた。


「魔理沙!」


早苗に続き、魔理沙までもが……。心の中を絶望が覆い隠そうとする。パニックを起こしそうだった。
だが、ここで、私が死んだら、早苗も魔理沙も助からない。そう考えた瞬間。
私は怪物たちの攻撃をするりと躱し、退魔符を打ち込んでいた。普段の弾幕勝負に比べればクリーチャーどもの動きなど、止まって見える。
怒りを起爆剤に、私は全身の筋肉を躍動させ、クリーチャーたちに応戦する。四方八方に針と符の雨を放つ。符が張り付いた次の瞬間、怪物たちのボディーは砕け散る。瞬時に展開する結界の反発力は小型爆弾さながらの威力を誇っている。
5.6体蹴散らした時、


「そこまでだ。博麗霊夢」


低く響くバリトンボイスが私の名を呼んだ。
柳邦夫が怪物たちの間から姿を表した。


「友人を助けたくば、抵抗しないことだね」


見れば、早苗と魔理沙の首元には怪物の鋭利な爪がつきつけられている。


「……あんたが、今回の事件の犯人ね……」
「だったら、どうだというのか」
「大人しくお縄をちょうだいしなさい……」
「君は状況が見えていないのかね?」
「いえ、見えてるわよ」


直後、早苗と魔理沙の前方に結界が出現する。結界に弾かれたクリーチャーが宙を舞う。
先程ばら撒いた符の目的は早苗と魔理沙の保護。そして、


「これで終わりよ」


そこら中に撒かれた符が一斉に結界を展開した。結界の壁と壁に押しつぶされた怪物たちは醜悪な音を立てて押しつぶされる。骨が砕かれ、肉が爆ぜた。


「ひっ」


柳邦夫は短く、情けない悲鳴を上げると逃走しようと、私に背を向けた。
逃がすはずがない。
私は一瞬のうちに柳邦夫の前へと移動していた。亜空穴。スキマに近い能力だと八雲紫が言っていた。
移動速度はゼロ。
あまり、長い距離は移動出来ないが、柳邦夫の逃走を阻止するには十分足りる。
突然の出現に驚いたのか、たじろぐ柳邦夫の顔面に私は蹴りを食らわした。


「うがぁ」


奴は、尻餅をつき、鼻を抑えながら、恨めしそうに私を見た。
私は後ろに周り込むと、奴の腕を捻って地面に組み伏せる。


「さあ、観念しなさい……」
「が……」
「腕をへし折るわよ」
「やってみるといい……」
「……何故、あんなことをしたの」


私は、一向に音を上げない柳邦夫に尋ねてみた。奴もまた、もしかすると早苗のいう毒に侵された心の持ち主なのだろうか。どうして、ここまで残酷なことが出来るのか、それが気になった。


「……研究の実現の為だ……」
「そんなことの為に……」
「そんなこととはなんだ!私の人生のすべてだ!貴様らにはこの研究の素晴らしさがわからんだろうがな」


先代阿礼の乙女が柳邦夫と仲違いしたのは、どうやらこいつの性格に問題があったようだ。こんなマッドサイエンティストに資料を借りる位なら絶縁しても構わないと思ったのだろう。


「理解してくださったのはあの方だけ……」
「あの方?」
「そう、一向に実行に移せなかった私の背中を押して下さり、妖怪復活の儀式の完成を指揮して下さった……美しい、あの方……」
「誰!?誰なの、貴方をけしかけた奴は!?」


更なる黒幕がいる。私は何としても聞き出さねばと思った。
奴を問い詰めようと、吐かせようと腕を更に捻った時、違和感を覚える。


「!?」


下から何かが押し上げてくる感触。
見ると柳邦夫の腹が風船のように膨れ始めていた。


「ああ、おやめ下さい……私は貴方の為に、お、お助けを」


奴の腹はどんどんと膨れていき、直径三メートル程にまでなった。
流石の私もまずいと思い、拘束していた腕を開放して、ヤツから離れる。
風船、膨張、このあとどうなる。決まっている。ふくらませすぎた風船は、


「何故です!?青娥様!!」


直後、轟音と共に猛烈な爆風が私を襲った。爆風に混じって奴の鋭利な骨が飛んでくる。咄嗟に結界を張ることに成功した為、無傷だったが、少しでも遅れていたら、骨は私の体に突き刺さっていただろう。
爆音で耳がキンキンとする。
だが、その中でもはっきりと奴の最後のセリフはこだまのように頭の中で繰り返されていた。


(ナゼデスセイガサマ)
(なぜですせいがさま)
(何故です青娥さま)
(何故……?……青娥の名前があがるのだ!?)


爆心地から濛々と立ち上る土煙が僅かにぶれる。
ごう、と音を立てて、何者かが、煙の中から飛び出してきた。


「っな!!」


結界を張る時間は無かった。私はなんとか体を捻って、そいつを躱すことができた。
私の袖を食いちぎったそいつがゆっくりと振り返る。
虚ろな目、額に貼られた札。前へと差し出された曲がらぬ腕。


「……宮古芳香!?」


何故こいつが私を。いや、決まっているだろう、そんなこと。目を背けるな。命令されたからだ。奴の主人に!


「あーあ、仕留めそこねちゃったか」


壁が砕かれ、中から青娥が姿を表した。


「な、なんで……青娥が!?」
「貴方にはバレたくなかったわ」
「どうして!?」


私は泣きそうになりながら、叫んだ。聞きたくない気持ちとどうしてこんなことをしたのだという気持ちがせめぎ合っている。


「勿論私の為よ。奴が興味深い研究をしていたのを偶然知ってね。死体から作られた妖怪なら私の意のままに操り使役することが出来ると思ったの。だから、協力した。最高のペットを手に入れる為に……」
「う、嘘よ……」


涙が止めど無く溢れてくる。口ではつっけんどんな態度を取ってはいたが、心の中では密かに愛していた相手に裏切られた悲しみに、私は押しつぶされそうだった。


「死体を操るという私の仙術は皆に不気味がられたわ。そして、浅ましいと罵られた。何としても見返してやりたかった。でも、仙人は腐るほどいるわ。当然私より強い奴もいっぱい。奴らに勝つには強い使役獣を手に入れるしかないのよ。虎や龍なんかよりもずっと強いね」
「……私の元で修行するって言ってたのに……こんな、最悪な方法を選ぶなんて……なんで」
「クスクス、おめでたいのね……貴方も利用するつもりだったのよ。あなたに言ってきたことはぜぇーんぶ嘘♪貴方のことは好きでもなんでもないし、神子様も慕っていない、私が目立つために利用しただけ。あなたに弟子の振りして近づいたのは、あわよくば貴方の力も手に入れようと思っていたから。だから、残念なの。貴方にバレてしまったことがねぇぇぇ」


青娥は笑う。馬鹿にしたような。愚かな小娘を見るような、憐憫と嘲笑を込めて声を上げる。


「あっはっはっはっは……愉快愉快……初ねぇ、博麗の巫女さんは」
「うあ、うあああああああああああ!!!」


私は、頭の中が真っ白になった。愛していた分、反動で憎しみが溢れた。
殺すつもりでヤツに襲いかかる。


「残念だけど、貴方は切り捨てるわ。もったいないけーどね」


青娥が手をくゆらせると、結界壁で磨り潰した死体が一つにまとまって大きな龍と化した。死龍は身を激しく捩りながら、私に突進してきた。
死龍の顎が大きく開かれ、地面ごと私を飲み込んだ。


「八方龍殺陣」


口内で展開される結界が死龍の頭部を粉微塵に吹き飛ばした。


「……っつ!!」


龍の胴体が変形していき今度は虎のような獣の形になった。しかし、その哀れな獣は地を駆けることは出来ない。


「二重大結界」


展開した。巨大な結界で反対側の壁まで一気に押し返し、跡形もなく挟み潰す。


「な……」
「私の元で修行してればよかったのに……そうすればこんな馬鹿な真似しないですんだ……もう遅いけどね」


私はゆっくりと青娥に歩み寄る。

「よ、芳香ぁぁああああ!」


彼女の最後の下僕が私の前に立ちはだかり、噛み殺そうと牙を向く。そんなに私の肉が望みならばと、逆に拳を彼女の口にねじり込んだ。
根止め。といったか。握拳を以って気管を塞ぐ。口に侵入してくる物を噛めないという動物の本能を逆手に取った一見単純にして生物学的に裏打ちされた技だ。


「二重結界」


芳香の頭は容易く消し飛んだ。


「あ、ああ……」
「残念よ。青娥」
「あああ!!」


青娥は簪を握りしめ、私に最後の抵抗を試みた。


「さようなら……」


袖から陰陽玉がすり落ちる。手にしっかりと受け止め、渾身の力でそれを放った。
青娥の簪が私の喉を足らえる前に、陰陽玉は彼女の胸骨を打ち砕き、奥で鼓動している心臓を破壊した。
弾け溢れた血液を口から吹き出して青娥は後方へ吹き飛んだ。
熱い、彼女の真っ赤な血液が私の顔を濡らした。


「が……あ……」


彼女が苦しそうに悶える。
目を背けたかった。だが、私は最後の最後まで彼女を見届けようと決意した。
今にも命の炎が消えそうな彼女にゆっくりと歩み寄る。
もう、彼女の罪や、裏切られた憎しみは私の中から消え失せ、ただ静かに彼女を見とってあげようという心持ちだった。


「青娥……」


私は彼女の双眸を見つめた。ジッと最後の瞬間を待つ。


“私じゃない”


「え」


私が聞き返した時、彼女はすでに息絶えていた。
幻聴なのか……。いや、確かに聞こえた。


「青娥は、青娥は……今回の事件の犯人ではない!?」


“うん”


また、彼女の声が聞こえたような気がした。



―16―



あのあと、私は急いで二人を永遠亭に運ぼうとした。
魔理沙は運んでいる途中に目を覚ましたので、大したことはなかったが、早苗は出血が酷く行きも弱々しかった。永遠亭に運ばれた時、普段は余裕綽々な永琳が顔を強張らせ、声を張り上げてうどんげたちに指示をしていたのが印象に残っている。


「なんとか、一命を取り留めたわ……」


手術中のランプが消え出てきた永琳がそう言った瞬間、私は安堵から泣き崩れた。


「じゃあ、早苗は助かるのかい!?」


私と同じく涙を流しているのは八坂神奈子だ。彼女は永琳に詰め寄りそう尋ねた。医者の口から大丈夫だという一言が聞きたかったのだろう。


「ええ、安心なさい」
「よ、よかった……」
「でも、暫くは絶対安静よ。術後の感染症の心配もあるし暫くは面会謝絶ね。あなた達は彼女が退院した時健やかに過ごせるように準備しておきなさい」
「わかった。ありがとう。本当にありがとう!早苗を頼む」


神奈子と諏訪子は永琳に何度も頭を下げると永遠亭を後にした。


「よかった。早苗助かるんだな」


魔理沙が微笑んだ。


「まだ、わからないわ」
「え?」


一瞬耳を疑った。先程大丈夫と永琳自信が言っていたではないか。


「正直かなり危うい状況よ。助かるかどうかは彼女の気力次第ね」
「じゃあ、さっき言ってたことは」
「誰も助かるなんて言ってないわ。あと、言っておくけど医者は神ではなくってよ」
「な、なんでそんなこと」


私は永琳に食って掛かった。彼女が悪いわけではないのに。


「だって、彼女が助からないかもしれないとわかったらかの二人何をするかわからないでしょう?今は大人しくしていて貰うだけよ。まあ、結果それが、早苗の為にもなるわ」


永琳はにべもなく言った。


「そう……」


確かに早苗が無事ではないとわかればあの二柱は何をしでかすかわからない。それこそ今回以上の惨劇だって起きかねないのだ。


「そうだ。実は、永琳にお願いがあるの」
「何かしら?今回助けてあげた上に更にもう人働きしないといけないの?」
「柳邦夫の隠れ家にあった死体や化物、それと青娥の遺体を調べて貰いたいの」
「……何か気になることでもあったのかしら?」
「ええ」


私は、青娥の死に際に聞いた声のことを永琳に話した。


「幻聴ではないと?」
「ええと、多分……」
「煮え切らない返事ね」
「でも、もしかしたらってことも。何かわかるかもしれないし、どうか調べてくれない?」
「何もわからないかもしれないわよ」
「それならそれで諦めるわ。だから」


永琳ははぁ、とため息を吐くと、


「わかったわ」


と頷いてくれた。「死体でできたクリーチャーにも興味あるしね」と言って首を鳴らすと、うどんげを呼びつける。
先程の手術で疲労困憊しているうどんげがふらふらしながらやってきた。
永琳から何か告げられるとがっくりと肩を落としてこちらを睨んできた。


「私も手伝うわ」




うどんげと共に柳邦夫の住処の死体を外へ運び出すことになった。魔理沙にもお願いして手伝ってもらう。


「本当に聞こえたんだろうな?」


魔理沙は文句を言いながら死体を運んでいる。


「ええ、確かに聞こえたわ。彼女は、青娥は犯人ではないわ」
「それは、霊夢の希望だろ?犯人は青娥だろ。動機も能力も青娥以外犯人とは考えられないぜ」
「……それは、そうよ。命蓮寺だわ!アイツらが青娥を操っていたのよ」
「どうやってだよ?」


こんな時、早苗ならいい反論が出来るのかもしれないが、生憎彼女は今いない。


「とにかく、これが終わったら命蓮寺に行ってみるわ」
「そうかい」
「魔理沙もついてきて」
「はあ?私も」
「奴ら何をするかわからないわもしもの時のために……ね、お願い!」


両の手を合わせて魔理沙に懇願する。


「あーあー、わかったよ。ついてくって」


魔理沙は渋々OKしてくれた。


大半の死体を一日かけて永琳の元に運び終わった。
私はその後は疲れきって寝てしまった。


翌日。文の新聞『文々。新聞』に、犯人は霍青娥と大きく書かれていた。よくも知らないで、と私は文句を言おうと思ったが、彼女は空を飛び回っており捕まえるのは骨が折れそうだ。今はそんなことをしている時間は無い。一刻も早く真犯人を見つけ出してやる必要がある。そうすれば青娥の汚名だって晴らせるに違いない。


魔理沙が永遠亭まで来ると、彼女を連れたって命蓮寺に向かう。


命蓮寺にやってきて、門のところへ立っている、雲居一輪に白蓮に会わせて欲しいと言うと、怪訝そうな面持ちで、


「少し待っていろ」


と言って奥に引っ込んだ。暫くして戻ってくると許可が降りたのか、本堂に通される。
香の甘い香りがする。
本堂の正面に白蓮は星座していた。座布団が用意され座るように促される。


「今日はどういったご用件で?」
「単刀直入に言うわ……あなた達が青娥を操って今回の事件を起こしたのでしょう!?」


しばしの沈黙。私は白蓮の返答を待った。


「はぁ……貴方もですか。私たちは今回の騒動には全くの無関係です」


白蓮は半ば呆れ気味に言い捨てた。


「でも、霊廟の連中が邪魔だったんでしょ?」
「確かに目障りではありましたが、殺すようなことはいたしませんよ。彼らが何か仕掛けてこない限りはね」
「仕掛けるように仕向けたんじゃないの?」


全員がむっとした表情をした。命蓮寺にいる妖怪たちが私たちを睨みつける。


だが、怯むわけにはいかない。もし、奴らが何か隠しているのならば逆にもっと怒らせて口を滑らせるのを待つのも良い方法だ。


「そう睨まないでよ。それとも核心に触れてしまったかしら?」
「れ、霊夢」


魔理沙が心配そうな目で私を見ているが関係ない。


「おいあんた!!ふざけたこと言ってんじゃ……」
「やめろ!みなみっちゃん!!」


私に掴みかかろうとする村紗水蜜をぬえが制止する。
本堂は一触即発の状態になっていた。


「ふう……では、霊夢さん逆にお聞きしますが、私たちが里の人間の皮を剥ぎ、カワナメを復活させる事になんのメリットがあるというのですか?」
「あんたたちは妖怪の見方だからね……もしかしたら復活させたい妖怪がいたんじゃないかしら?でも、公にはできないような凄惨な方法だった。そこで、邪魔な霊廟の連中に罪をなすりつけつつ実験を結構するため、青娥を操ってスケープゴートに利用したのよ!」
「大層な推理ですね。残念ですがカワナメを復活させたいなどと考えている者はここには一人も居ませんよ。仮に復活させたい妖怪がいたとしても本番の予行練習にしてはあまりにもリスクが大きすぎる気がするのですがねぇ……」
「だったら、あれよ。あんたたちの誰かが恨んでいる人間を実験の際に殺してしまおうと思っていたのではないかしら?恨みも晴らせて、実験も出来る。一石二鳥じゃない」
「彼女たちが恨んでいる人間は皆もうあの世でしょう。水蜜も一輪も鵺もずっと地底に閉じ込められていたらしいですし」
「じゃあ、ナズーリンと寅丸星のどちらか……いや、もしかしたらこの寺に入り浸ってる小傘や響子が恨んでいる人間に見せしめとしてやったんじゃ……」
「私たちは妖怪と人間の平等を願っています。その為に先ずは話し合いから始めています。見せしめや面子を気にするなど、やくざ者のやることです。我々はそんなことはいたしません」


流石の白蓮の仏顔も曇り始めていた。語気に憤りを感じる。


「口ではなんとでも言えるわ。貴方昔はかなりえげつない事もやってたんでしょう?」


それを口走った瞬間、白蓮の顔が歪んだ。怒りとも悲しみとも取れるアンビバレンツな表情である。


「確かに……昔の私ならば、妖怪を虐げる人間を恐怖で抑えつけようとしたでしょう……しかし、それは無意味な事なのです。それがわかりました。多くの過ちを犯した後にね……。条件付けという言葉が心理学であります。パブロフの犬というのを聞いたことはありませんか?」
「あるわ……確か、犬に餌を見せる時にブザーを鳴らしてから与えていると、そのうちブザーの音を聞いただけでも餌がもらえると思って唾液が出るってやつだったかしら」


早苗が前語っていたヤツの受け売りだが、答えることができた、


「まあ、そんなところです。ブザーの音と餌が貰えるということを結びつけること、これが条件付けです。非常に興味深い実験ですね。ここで、問題です。親がしつけのために子供が悪いことをする度に暴力を振るうと、子供は悪事と暴力による恐怖を結びつけるのでしょうか?」
「さあ」
「答えはいいえ。子供は暴力を悪事とは結び付けず、それを振るう親と暴力を結びつけるのです。私が恐怖を振るって人間たちを脅したとしても私と暴力を結びつけるだけで、妖怪差別という根本的な問題は解決しないのです。ですから、私は暴力ではなく、きちんとした話し合いで解決するように心がけています。双方が相手についてよく知ることが妖怪と人間が共に助けあって生きることのできる世界への第一歩なのですから……」


いつの間にか上手い事話題を逸らされた気がする。だが、彼女の話には妙な説得力があった。


「独裁政権は長くは続きません。歴史を紐解いてみればいずれは終わりを告げるということはわかっています。私はいずれ死ぬでしょう。もし、私がいなくなっても妖怪が人間と手をとりあって、真に協力できる世界の実現を願っているのです。ですから、止む終えない状態以外には武力行使はいたしません」


白蓮は真っ直ぐに私を見た。


「でも、ええと……」
「霊夢いいかい?白蓮の代わりに私が言わせて貰おう」


小さな知将、ナズーリンが会話に割って入る。


「そもそも、青娥を操る能力など私達には無いよ」
「白蓮は魔法使いよ。何か人を操る魔法を使えたって不思議ではないわ」
「聖の使えるのは肉体強化魔法位のものだよ。他の魔法も使えるには使えるが人を意のままに操るような高度な魔法使えやしない。そこの魔法使いも人を操る魔法がどれほど高度なものかわかるだろう?」


尋ねられた魔理沙は「あ、ああ。肉体強化とは真反対の魔法だしな……」と頷いていた。


「じゃあ、そこの狸なら人を化かす事も出来るんじゃない?」
「化けることなら出来るがのう。人を意のままに操るとなると流石に難しいわい」


二ッ岩マミゾウは首を横に振って否定する。


「じゃあ、ここのメンバーでなくてもいいわよ。色んな妖怪が集まるのならそういう能力を持った奴もいるでしょう?」
「まあ、いるかもわからないが……」
「ほら、やっぱり」
「だからといって私達に協力を迫るなんてことはして無いよ。来る妖怪の能力なんて本人が言わない限りわからないんだからね」
「だったら」
「あー、もう!だったらなんだい!?そんなに私たちが嘘を吐いているっていうのなら、さとりでも閻魔でも連れてきたらいいさ。私たちはやってないんだ。喜んで取り調べられてやるさ」


ナズーリンは啖呵を切るように言い放った。
結局、命蓮寺がやったという証拠も怪しいと思う箇所も無かった。寺を振り返りながら、もしかしたら命蓮寺は本当に関わっていないのかもしれないと思った。


「もう、帰ろうぜ。命蓮寺は白だよ。もし本当に疑わしいんなら、本当にさとりでも連れてくればいいじゃないか」
「……そうね」


私たちは神社に帰ることにした。
久々に我が家に帰る気がする。


神社に行くと、縁側に誰かが座っている。華扇だ。


「おや、おかえりなさい。お久しぶりですね」
「ええ……」


ここで、私はハッとした。華扇は前々から青娥とは仲が悪かった。もしかすると華扇が青娥を?


「ねえ、あんた。今回の事件があった時どこで何してた?」
「え?屋敷で書物を読んだり、時々神社に来て様子を見たりしていたましたよ。里はどうやら立ち入れぬようだったので、遠巻きから様子を見てましたが……」
「貴方、青娥と仲悪かったわよね」
「はあ、まあ彼女は悪い気を漂わせていましたからね。今回の事件を見てわかったでしょう?私の言うことが正しかったと。彼女は己の目的のためには何でもするので……痛っ!」


思わず手が出てしまった。青娥のことを悪く言われるとどうしても我慢出来ない。


「青娥を悪く言わないで!」
「……すいません。流石に死者を愚弄するのは言葉を選ばなすぎましたね……以後気をつけるわ」
「青娥は犯人では無いわ」
「え!?どういうことです?天狗の新聞はおろか、人里の新聞や掛札でも青娥が犯人だと言われていましたが……違ったのですか?」
「ええ、私は聞いたのよ。青娥が私じゃないって言うのを」
「それは、彼女がかけた術のせいなんじゃ……」
「いいえ!違うわ。そして、犯人は貴方よ!茨木華扇!」
「は、はあ??」


華扇は何がなんだかわからないという表情で辺りを見回す。魔理沙に助けを求めるような視線を送っている。


「ま、待って下さい……確かに私は彼女と仲が悪かったです。そしてあわよくば痛めつけて二度と貴方の前に現れないようにしようと思っていました。ですが、その為に人里で事件を起こすなど……」
「答えは貴方がさっき言ったわ。貴方は私と華扇の仲に嫉妬していた。そこで青娥を悪者に仕立て上げる為にこんな大掛かりな芝居をしたのよ。同じ仙人なら死体を操る術も使えたんじゃないかしら?あと、悔しいけれど貴方の方が仙人としては上のようだったし、彼女を意のままに操るのだって難しくは無かったはず……」
「何を言ってるのですか!?私は別に貴方と青娥の仲に嫉妬していたわけではありません。純粋に貴方の身を案じていただけです。事実、貴方はヤツに利用されそうになってた」
「じゃあ、仮に利用されそうになっていたとしましょう。あんたはそれに、危機感を抱いた。奴が私の力で強くなるのがね。だから、殺した。そして、あわよくば、裏切られて傷心している私にやさしい言葉をかけ、巫女の力を手に入れようとした!」
「意味がわかりません。私は青娥とは違います。あなたの力など狙っていない!」


華扇は身振り手振りを使って必死に反論する。


「そもそもそんな気を汚すような真似を私がするはずがありません。かえって力が下がってしまいます」
「そうかしら?貴方善人のふりをしているけれど、実際はかなりあくどい事をしていたんじゃないかしら?仙人はそれを隠す為の仮の姿……違うかしら?」
「……違うわ。違う……私が仮に悪党だとしても、人間の皮を剥ぐだなんて、今時鬼でもしないようなことを……するわけがありません」


突如、彼女はしどろもどろになる。今までのはっきりとした受け答えに比べ、かなり歯切れが悪い。


「図星のようね……」
「……あ、そういえば、私を監視している死神がいます。サボりに定評があり一日中私のことを盗み見ている出歯亀野郎です。名を小野塚小町と言います。彼女に聞けば私の無実は証明されるはずです!」
「……それは、本当?貴方と小町が組んでるなんてことはない?」
「まさか、閻魔のもとで働く死神ですよ。そんな人物が嘘など付くはずがありません!とにかく私は無実です!」


華扇は、そう言って私の肩を揺さぶった。


「じゃあ、今から確認しに行くわ……」
「ええ、そうして下さい」
「魔理沙はそいつを見張ってて……」


魔理沙はへいへいとヤル気のない返事を返してきた。
私は急いで三途の川まで飛んでいき、小町を探す。


「おん?アタイに何かようかね?」
「華扇について聞きたいことがあるわ……」
「ほう、何かやらかしたかい?」
「わからないわ。彼女を問い詰めたら貴方が例の皮剥事件の間、華扇が何をしていたか証言してくれるって言うから」
「おや、あれは青い仙人が犯人じゃなかったのかい?」
「ええ、青娥は華扇に利用されただけだと思っているわ」
「ははは、ヤツならやりそうだ。……でも、残念。華扇はこの一ヶ月程は何もしちゃいないよ。ずいぶんと大人しくしていたさ。私の目を盗んで皮剥なんて出来ないと思うねぇ。なんせ、暇でちょくちょく見てたんだよ」
「そう……」


どうやら、華扇は白のようだ。確かに彼女の言うように閻魔のお膝元で嘘はつかないだろう。


「あ、そうだ。皮を剥がれた人間の霊は三途の川は渡った?」
「ああ、来たよ」
「何か言っていなかった?」
「本来、こういうのは人間に教えるもんではないんだけどねぇ。まあ、博麗の巫女にならいいかな?皮を剥いだのは口ひげを生やした背の高いおっさんだって言ってたねぇ」


恐らく柳邦夫のことだろう。


「じゃあ、青娥の霊は?来た?」
「邪仙の魂か、うちらが管轄するところではないんだが、仙人の魂がきたという話は聞いていないね……くりゃあ、ある意味上客だから仲間内で話題になると思うんだ」
「そう、わかった。来たら犯人の顔を見ていないか聞いといてくれない?」
「わかった。担当のやつに言っといてやるよ。現世が少しでも平和になるためなら映姫様も許してくれるだろうさ」


「そろそろ行くよ。最近はサボりすぎて映姫様の監視が厳しいんだ。監視されるってのは気持ちの良いものではないねぇ。あいつの気持ちが少しはわかったよ」と言い残して持ち場へと帰っていった。


神社に帰ると私は華扇に頭を下げた。華扇は「いえ、もうよいのです。身の潔白が証明されて一安心です。あの死神にもお礼を言っておかねばなりませんね」と言ってどこかにあるという自分の屋敷へと帰っていった。


「じゃあ、私も帰るぜ」
「うん……今日はありがとね。またもしかしたら犯人探しを手伝ってもらうかもしれないけど」
「まあ、できることなら手伝うが……程々にな」


魔理沙はそう言って箒にまたがると空へ消えていった。


深夜、私は布団の中で色々と思案してみる。
青娥は一体誰に利用されたのか……。
そこで、浮かんできた新たな容疑者は慧音だった。
彼女は能力でカワナメの資料を覗き見ることができた。稗田家のが無理でも柳邦夫のものを。それなのに彼女はカワナメについて幻想郷縁起でみた知識しか話さなかった。柳邦夫の資料の存在を知らなかったとも取れるが、柳邦夫に目が行くのを恐れて、情報を隠していた可能性もある。
そうだ!それに、人里の地下室の存在にも知らなかったような振りをしていたが、それも皮剥行為をなるべく多く行う為に黙っていたのではないか?
そう考えるとますます彼女が怪しく見えてくる。
慧音は人間に対して深い憎しみを抱いていても不思議ではない。
動機もある。
これは、明日調べてみなければならない……。


翌日、魔理沙に昨晩考えた推理を披露したが、どうも反応がいまいちだった。


「慧音がわざわざ青娥のせいにしようとしたのはなんでだよ?スケープゴートなら柳邦夫のせいにすればいいじゃないか。わざわざ操るのが難しそうな青娥を選ぶなんて不自然じゃないか?それに、どうやって操ったんだよ」


取り付く島もないほど、徹底的に反論され、私は口をつぐむしかなかった。


「じゃあ、そうだ。地霊殿の連中よ!あそこの火車なら死体をたくさん用意出来るはずだわ!それにゾンビフェアリーを使えば死体を動いているように見せかけることが出来るかも……それに、さとりか妹のこいしの力なら青娥の心を思い通りに操ることが可能じゃないかしら?完全でなくても催眠術をかけたように悪者として振舞わせることなら出来るはずよ!」
「じゃあ、地霊殿まで行くのか?私はごめんだぜ。それに地霊殿の連中の動機はなんだよ?」
「怨恨よ。地下の妖怪は人間に忌み嫌われていた、当然迫害だって受けていただろうし、奴らなら皮を剥ぐなんて行為も平気でやりそうだわ」
「一応、地霊殿は閻魔様の管轄だぜ。そんな無茶するとは思えんがな」
「だったら、こいしよ!あの娘精神を病んでるという噂を聞いたわ。無意識にぶらついて人間の皮を剥いでいた。それを知った姉がこいしをかばうために青娥の仕業に見せかけたのよ!どう?筋が通るでしょ!」


魔理沙は、うんざりした表情で私をみた。


「なあ、もういいだろ?霊夢はあいつの言うように、青娥の術にまだかかってるんだよ。霊夢が聞いたのは幻聴だ」
「違う!あれは、幻聴なんかじゃない!」
「目を覚ませ!犯人は青娥だ!」
「なんでそんなこと言うの!?魔理沙は青娥が犯人であってほしいの!?」
「……ああ、青娥が犯人であって欲しいね」
「なんで!?」
「だって!……だって、青娥が犯人じゃなかったら……霊夢はさ、何もしてない好きな相手を自らの手で殺したことになるんだぞ……」
「ッう!」


魔理沙に言われた言葉が突き刺さった。そうなのだ。もし、犯人が青娥でなかったら、私は青娥を、何の罪もない青娥をこの手で殺してしまったという事になる。
その事実に私は耐えられるのだろうか……


「もう、やめようぜ……これ以上霊夢が苦しんでいるところを見たくない」
「魔理沙……」


私ももしかしたら、今回の事件の犯人は青娥なのかもしれない。そう思いかけた時だ。


「ん?」


私の足元にうさぎが居た。首に前と同じように文をくくりつけられた、伝書兎とでも言うべきか。


「何かしら?」


文を取り上げ、開いてみる。


「!!」


文を読んだ私は、魔理沙と共に急いで永遠亭に向かった。



―17―



「永琳!気になることってのは!?」
「ええ、今から話すから、少し落ち着いて……」


永琳は私に座って聞くように促した。


「持ち帰った死体を解剖してみたのだけど、ちょっと、おかしな死体が二つ出てきたわ」
「どの死体なの?」
「一つ目はあなた達がベッドに寝かされていたと言っていた皮を剥がれた死体」


あの部屋は確かに何か特殊な感じがした。彼女が何か特別な存在だったのはすぐにわかっった。


「そして、もう一つは霍青娥の死体よ」
「青娥の!?」


やはり、彼女は何かされていたのだ。今しがた彼女の言葉を疑ってしまった自分に嫌悪する。


「この、二つの死体に共通すること、それは、脳が穴だらけになっていたということ」
「脳が!?」
「ええ、ただ、アルツハイマーやCJDのような病気による感じではなく、なんというか虫食いのような感じね。蟻の巣の様に細い通路が張り巡らされているように、脳の大部分が欠損をしていたわ。あれでは、動くことはおろか、しゃべることも出来なかったでしょうね。脳幹だけは無事だったからかろうじて生きていただろうけど……完全な植物人間状態だったはずよ」


虫食い……私が思い出していたのは、百物語の時、リグルが語っていた寄生虫の話だ。カタツムリに寄生するレウコクロリディウムという寄生虫は本来、日向に出てこないカタツムリを鳥に食べさせる為にカタツムリを操って日向に出てくるように仕向けるのだ。それに、ハリガネムシもカマキリが水に落ちるように誘導するとも言っていた。それと、青虫に卵を産み付ける寄生蜂は宿主を殺さぬように生命維持関わるところを避けて青虫の体内を食い破ると教えてくれた。……彼女は寄生虫の話が受けが良いとわかってからはずっと、寄生虫の話をしていた。


「ねえ、人間の脳に寄生する寄生虫っていないの?」
「いるわよ。有鈎嚢虫や芽殖孤虫、エキノコックス、広東住血線虫……」
「その中で人間の脳を乗っ取って操ることが出来るのっている?」
「そういったことが出来る寄生虫は今のところ見つかっていいないわね。そもそも寄生虫自体が何かを考えたりするだなんて無理だと思うわ。仮に居たとしてもせいぜい、自分たちが繁栄しやすいように人間が行動するよう誘導するくらいよ」
「じゃあ、寄生虫を自由自在に操れるとしたら、人を思い通りに操ることは出来ない?」


リグルの能力なら寄生虫も意のままに操ることが出来るかもしれない。脳に仕掛けた寄生虫で青娥たちを操っていたのではないだろうか。


「まあ、寄生虫を使って脳の指定の部分を食い破る事で、行動を制限したり、凶暴化させたり、性格を変えたりってことは出来るかもしれないけど……脳ってのはとても複雑なものだから思い通りに行動させたり、喋らせたりってのは難しいと思うわ……」


いい線、行っていると思ったのだがどうやら難しいみたいだ。だが、リグルの能力がどれほどのものかは私たちには把握できていない。永琳が想像する以上に複雑な動きができたとしたら意のままにコントロールすることも可能ではないだろうか。


「それに、今回の死体の脳はとても使い物にならない状態にまで食い荒らされてたから……例えるならマリオネットを操ってる人間の指の腱をすべて切断してしまうようなものよ。糸を引いて人形を動かしたくても指が動かないんじゃ人形は動かないわ」
「そう……あ!」


永琳の操り人形の例えで閃いた。


「アリスなら、植物人間や死体を人形みたいに操れるんじゃないかしら?」
「おい!」


今まで黙って聞いていた魔理沙が、こちらを睨んでいる。彼女とアリスは仲がよかったから、友人が疑われて怒るのも無理は無いかもしれない。


「アリスが犯人だって言うのか?そりゃ無いぜ……」
「でも、可能ではあるでしょう?」
「いや、無理だ。少しでも魔法をかじったことのある私から言わせてもらえば、離れたところから魔法糸で人形を操るのにも限界がある。距離が伸びるごとに倍々に魔力が必要になるし、タイムラグもそれだけ出てくる。霊夢となめらかに会話のやり取りをするなんて不可能だ」
「だから、離れている必要は無いわよ。ずっと私たちの後をつけていればそれも可能だったのではないかしら?」
「いや、それが無理なんだって……だって、アリスはあの時紅魔館の地下図書館にいたはずなんだから」
「は?」


思わず聞き返した。というか、どうして魔理沙がそんなことを知っているのだろうか。


「私が突入の前日、色々準備する際に図書館に行ったんだ。その途中にアリスと会った。アリスは図書館で泊まりがけで調べ物をすると言ってた。アリス曰く2、3日お世話になる予定だって言ってたから、それが正しければ私達が柳邦夫のアジトに侵入していた頃は地下の図書館の中だ。犯行は不可能だぜ」
「それ、本当?」
「ああ」


魔理沙はぶすっとして言い放った。友人が疑われたのがよっぽど気に食わなかったらしい。私も青娥のことを悪く言われると頭にくるので、彼女の気持ちはよくわかる。


「いいわ。じゃあ、紅魔館に行ってパチュリーに話を聞いてみましょう」
「ああ、それではっきりするよ」


私も魔理沙も意見は合致、直ちに紅魔館へと飛んだ。


紅魔館へつき、門番が止めるのを無視して入館すると、急いで地下の大図書館へと向かった。


「む、何かしら、いきなり?」


急に扉を開けて入ってきた私達にパチュリー・ノーレッジは不機嫌そうにそう尋ねた。


「実は、10月の1日の夜十時から、翌日の午前二時までアリスがいたか聞きに来たの」
「アリス?ええ、いたわよ。昨日の朝まで本読んでたわよ」


どうやら、魔理沙の言っていたことは正しかったようだ。パチュリーの証言ではアリスは突入前日から昨日の朝までこの紅魔館の図書館にいた事になる。


「途中で抜けたとかないかしら?」


だが、それはあくまでもパチュリーが見逃していなければという話。彼女の目を盗んで、こっそりと図書館を抜け出し、犯行が終わってから図書館に戻り何気無く本を読む作業を続けれることが可能であれば、彼女の現場不在証明は崩れる。


「いえ、それは無いわ。だって、1日の夕方五時から翌日の七時まで、この地下大図書館は完全な密室だったのだから」
「……どういうこと?」
「その時間、この大図書館の扉の塗装作業をしていたのよ。何せ古いからあちこち塗料が剥げてきちゃってね。レミィがこれじゃ美しく無いって言うもんだから1日の夕方から美鈴に塗り替えさせる事になってたのよ。その間この図書館の二つの扉は開閉不可だったわ」
「絶対に開け閉め無理だったの?人が通れる隙間も開けれない位?」
「ええ、美鈴に聞いてみるといいわ」


言われた通り、紅美鈴を呼びつけ扉についての話を聞く。


「ええ、不可能ですね。マスキングテープも貼られてその上から塗料を塗ってましたから。もし、扉を開けたらマスキングテープが剥がれていたはずですから」
「剥がしてから、貼り直したという可能性はない?」
「そんなことをすれば必ずズレると思いますよ。なんせこの大扉に貼られていたテープですからね。それに一度剥がすと粘着力も落ちますし、テープも歪んでしまうのでもう一度同じ状態に戻すのは不可能です」


どうやら、扉の開閉はマスキングテープによって固く封印してされていたらしい。


「テープの封印は有効よ。図書館は密室。どうやっても出れないわ」
「いや、扉でなくても他の出入り口はあったんじゃないかしら?秘密の抜け穴の一つくらい有ってもおかしくないわ」
「残念ながらそういったものはついて無いわ。防犯の為に取り付けていないの」
「……前、月に行ったときにはロケットの発射口が天井にあったと思ったんだけど」
「あれは第二図書館。今私達がいるのは第一図書館よ。ちなみにプールがあるのは大三図書館」
「じゃあ、アリスは事前に外へ出ていた。そして塗装が終わってから戻ってきた」
「それは無い。美鈴が塗装する前に出入りできなくなるけど大丈夫かって聞いてたし、ちゃんと受け答えしていた」


私は、美鈴に「本当?」と尋ねた。彼女は黙って首を縦に振る。


「人形だったという可能性はないかしら?」
「それも、ありえないと思うわ。それについては小悪魔が証言してくれると思う。彼女には主人とその他の命令を区別させる上で様々な計測機能をつけているから」


パチュリーが手を叩くと、小悪魔が近くに歩み寄ってきた。


「ええ、声質、顔の形質、体の質感を過去のアリスさんのそれと比べて判断しましたところ本人の確率は限りなく100%に近いです」
「そっくりな人形でも見間違わないというの?」
「ええ、形をそっくりそのままコピーすることが出来れば、顔の形質はもしかするとごまかせるかもしれませんが、声の感じは録音では再現出来ませんからね。直接声帯を鳴らすことにより発声される声と録音のものとでは空気への波の伝わり方が微妙に異なります。あれは、間違いなく生の人間……魔法使いが発する声です」
「……そう」


小悪魔ははっきりと言い切った。


「どうかしら、これでいいかしら?アリスは1日の午後五時〜翌朝七時までこの図書館にいたのよ。犯行は不可能よ」
「そうだぜ!霊夢これでアリスは無実だってわかっただろ?」


魔理沙は勝ち誇った顔で私を見る。だが……


「駄目ね……全然駄目だわ!」
「は?」


パチュリーと魔理沙がポカンと口を開けて聞き返す。


「図書館にいても犯行は可能よ!“八雲紫のスキマを使った可能性”“ニッ岩マミゾウがアリスに化けていた可能性”“十六夜咲夜が空間をいじって図書館と柳邦夫のアジトの距離を縮めた可能性”同じく“小野塚小町が能力で図書館と柳邦夫のアジトの距離を縮めた可能性”“壁をすり抜ける魔法の可能性”“パチュリー・ノーレッジ、小悪魔は嘘の記憶を植えつけられている可能性”“そもそも、あなた達がグルだという可能性”!幻想郷において密室なんてものいとも容易く破られていまうのよ!」
「ちょ、霊夢いい加減にしろよ!」


魔理沙は呆れと怒りが混じった声で私に掴みかかってきた。


「……どうやら、いくら議論しても無駄みたいね。わかったわ。証明してあげる……」


パチュリーは小悪魔に耳打ちすると、煌びやかな装飾が施された赤地の魔導書らしき物を持ってこさせた。


「何?」
「これは、真実の魔女が記したという赤の呪文書……。真実を赤で宣言出来る」
「どういうこと?」
「まあ、見てればわかるわ」


パチュリーは本を開くと、


「“私の名前はパチュリー・ノーレッジである”」


と発言した。その言葉が本の上に浮かび上がり目視出来る。


「こういうこと、真実は赤いセリフとなって浮かび上がるの。そうでない事は赤では宣言出来ない。それと、これから起きることも宣言不可。わかったかしら」
「あなたの仕込みの可能性があるわ……少し試させて貰ってもいいかしら?」


私は紙とペンを借りて、幾つかのセリフを紙に書き込んだ。それをパチュリーに渡し、宣言してもらう。
もしかしたら、渡しが本に触れていたら、私の身体情報から嘘か真かを判断することができる、そんな仕掛けが施されている可能性を考慮しての事だ。


「では、読み上げるわよ。……“博麗霊夢のへそくりの隠し場所は博麗神社母屋の寝室の中央の畳の下である”」


文字が赤く浮かび上がる。真実だ。


「“博麗霊夢が今一番欲しいのはマイフォークである”」


これは、赤で宣言されない。


「“博麗霊夢が今一番欲しいのはマイスポークである”」


これは、赤で宣言された。ここまでは正しい。


「“今現在、博麗霊夢の財布の中に入っているお金の合計は2000円より多い”」


これは、宣言されない。私はパチュリーに少し待ってもらい、財布の中身を確認した。
結果は1982円……これも正しい。


「そうね。信じてもいいかもしれない」
「そう、じゃあ、行くわよ。“10月1日の午後五時から翌日の午前七時まで、誰もこの第一図書館から出ていない”」


赤ではっきりと宣言される。


「パチュリー、そんなことしなくても、もう直接言ったらどうだ?」
「そうね。その前に“今回の事件”を定義付けておかないと、“これから言う今回の事件とは、人里で起きた連続皮剥事件、それによる死体を使ったカワナメ復活、霍青娥を利用したスケープゴートのすべて、もしくはいずれかの事を指す”“犯人とは今回の事件を起こした者、または意図的に関わった者、実行犯を庇っている者の事を指す”……こんなところかしら?」


パチュリーは私と魔理沙を見やり、確認を取る。
私と魔理沙は黙って頷いた。


「では、」


パチュリー・ノーレッジは今回の事件の犯人では無い
レミリア・スカーレットは今回の事件の犯人では無い
フランドール・スカーレットは今回の事件の犯人では無い
十六夜咲夜は今回の事件の犯人では無い
紅美鈴は今回の事件の犯人では無い
小悪魔は今回の事件の犯人では無い
紅魔館で働いている妖精メイドは今回の事件の犯人では無い
パチュリー・ノーレッジの使い魔は今回の事件の犯人では無い


パチュリーはひと通り、身内の潔白を証明した。


博麗霊夢は今回の事件の犯人では無い


当たり前だ。


霧雨魔理沙は今回の事件の犯人では無い


もし魔理沙が犯人なら驚いて嘔吐していただろう。


アリス・マーガトロイドは今回の事件の犯人では無い


外れた。私の予想は間違いだったと証明された。では、一体誰が!?


「この際だから、片っ端からいくわよ」


ルーミアは今回の事件の犯人では無い
チルノは今回の事件の犯人では無い
大妖精は今回の事件の犯人では無い
レティ・ホワイトロックは今回の事件の犯人では無い
橙は今回の事件の犯人では無い
リリー・ホワイトは今回の事件の犯人では無い
リリー・ブラックは今回の事件の犯人では無い
ルナサ・プリズムリバーは今回の事件の犯人では無い
メルラン・プリズムリバーは今回の事件の犯人では無い
リリカ・プリズムリバーは今回の事件の犯人では無い
レイラ・プリズムリバーは今回の事件の犯人では無い
魂魄妖夢は今回の事件の犯人では無い
魂魄妖忌は今回の事件の犯人では無い
西行寺幽々子は今回の事件の犯人では無い
八雲藍は今回の事件の犯人では無い
八雲紫は今回の事件の犯人では無い
八雲紫の式神は今回の事件の犯人では無い
リグル・ナイトバグは今回の事件の犯人では無い
ミスティア・ローレライは今回の事件の犯人では無い
因幡てゐは今回の事件の犯人では無い
鈴仙優曇華院イナバは今回の事件の犯人では無い
八意永琳は今回の事件の犯人では無い
蓬莱山輝夜は今回の事件の犯人では無い
上白沢慧音は今回の事件の犯人では無い
藤原妹紅は今回の事件の犯人では無い
伊吹萃香は今回の事件の犯人では無い
メディスン・メランコリーは今回の事件の犯人では無い
射命丸文は今回の事件の犯人では無い
風見幽香は今回の事件の犯人では無い
小野塚小町は今回の事件の犯人では無い
四季映姫ヤマザナドゥは今回の事件の犯人では無い
四季映姫ヤマザナドゥの部下は今回の事件の犯人では無い
秋静葉は今回の事件の犯人では無い
秋穣子は今回の事件の犯人では無い
鍵山雛は今回の事件の犯人では無い
河城にとりは今回の事件の犯人では無い
河城みとりは今回の事件の犯人では無い
犬走椛は今回の事件の犯人では無い
東風谷早苗は今回の事件の犯人では無い
八坂神奈子は今回の事件の犯人では無い
洩矢諏訪子は今回の事件の犯人では無い
永江衣玖は今回の事件の犯人では無い
比那名居天子は今回の事件の犯人では無い
非想天則は今回の事件の犯人では無い
キスメは今回の事件の犯人では無い
黒谷ヤマメは今回の事件の犯人では無い
水橋パルスィは今回の事件の犯人では無い
星熊勇儀は今回の事件の犯人では無い
古明地さとりは今回の事件の犯人では無い
火焔猫燐は今回の事件の犯人では無い
霊烏路空は今回の事件の犯人では無い
古明地こいしは今回の事件の犯人では無い
姫海棠はたては今回の事件の犯人では無い
サニーミルクは今回の事件の犯人では無い
ルナチャイルドは今回の事件の犯人では無い
スターサファイアは今回の事件の犯人では無い
ナズーリンは今回の事件の犯人では無い
多々良小傘は今回の事件の犯人では無い
雲居一輪は今回の事件の犯人では無い
雲山は今回の事件の犯人では無い
村紗水蜜は今回の事件の犯人では無い
寅丸星は今回の事件の犯人では無い
聖白蓮は今回の事件の犯人では無い
封獣ぬえは今回の事件の犯人では無い
幽谷響子は今回の事件の犯人では無い
宮古芳香は今回の事件の犯人では無い
霍青娥は今回の事件の犯人では無い
蘇我屠自古は今回の事件の犯人では無い
物部布都は今回の事件の犯人では無い
豊聡耳神子は今回の事件の犯人では無い
二ッ岩マミゾウは今回の事件の犯人では無い
綿月依姫は今回の事件の犯人では無い
綿月豊姫は今回の事件の犯人では無い
レイセンは今回の事件の犯人では無い
月の住人は今回の事件の犯人では無い
茨木華扇は今回の事件の犯人では無い
森近霖之助は今回の事件の犯人では無い
稗田阿求は今回の事件の犯人では無い
阿礼の乙女は今回の事件の犯人では無い
上海人形は今回の事件の犯人では無い
蓬莱人形は今回の事件の犯人では無い
京人形は今回の事件の犯人では無い
西蔵人形は今回の事件の犯人では無い
倫敦人形は今回の事件の犯人では無い
露西亜人形は今回の事件の犯人では無い
は和蘭人形今回の事件の犯人では無い
オルレアン人形は今回の事件の犯人では無い
仏蘭西人形は今回の事件の犯人では無い
ゴリアテ人形は今回の事件の犯人では無い
アリス・マーガトロイドの人形は今回の事件の犯人では無い
妖精たちは今回の事件の犯人では無い
神は今回の事件の犯人では無い
ゾンビフェアリーは今回の事件の犯人では無い
外の世界の住人は今回の事件の犯人では無い



「どうかしら?」
「っ……貸して!」


私はパチュリーから本を受け取るとまだ挙げられていない名前を読み上げる。


SinGyokuは今回の事件の犯人では無い
Mima、魅魔は今回の事件の犯人では無い
YuugenMaganは今回の事件の犯人では無い
Kikuriは今回の事件の犯人では無い
Elisは今回の事件の犯人では無い
Konngaraは今回の事件の犯人では無い
Sarielは今回の事件の犯人では無い
明羅は今回の事件の犯人では無い
里香は今回の事件の犯人では無い
岡崎夢美は今回の事件の犯人では無い
北白河ちゆりは今回の事件の犯人では無い
朝倉理香子は今回の事件の犯人では無い
カナ・アナベラルは今回の事件の犯人では無い
小兎姫は今回の事件の犯人では無い
エレンは今回の事件の犯人では無い
オレンジは今回の事件の犯人では無い
くるみは今回の事件の犯人では無い
エリーは今回の事件の犯人では無い
幽香は今回の事件の犯人では無い
夢月は今回の事件の犯人では無い
幻月は今回の事件の犯人では無い
サラは今回の事件の犯人では無い
ルイズは今回の事件の犯人では無い
アリスは今回の事件の犯人では無い
ユキは今回の事件の犯人では無い
マイは今回の事件の犯人では無い
夢子は今回の事件の犯人では無い
神綺は今回の事件の犯人では無い


「……」


私の知る限りの能力を持った人妖をひと通り上げてみたのだが、全員赤で宣言できてしまった。


「じゃあ」


“今回の事件の犯人は私の会ったことのない者である”


赤……くならない!?


“今回の事件の犯人は現在里で生活している者である”


これも、赤で宣言できない、逆に言えば里の人間は犯人ではないということ。


“柳邦夫は今回の事件の皮剥を行った犯人である”


これも、赤くはならない。奴は皮剥を行なっていないのか……。


“今回の事件は複数犯の仕業である”


これも、赤で宣言できない。では単独犯だということか……。どんなことが可能なのか?可能だとすれば一体どんな能力を持っているというのか?


今まで上げた名前は皆実在する人物の名前である


赤い。では、誰かが偽名を使って宣言から逃れている可能性はないということだ。


私、博麗霊夢は今回の事件の犯人と話をしたことがある


赤で宣言できる!だが、誰だ!?記憶にある人物は皆赤文字で無実が証明されている。


私、博麗霊夢は過去3ヶ月以内に今回の事件の犯人と会ったことがある


赤!宣言できてる……!!だが、思い出せない。確かに今回沢山の人物に聴きこみを行ったが、誰だ……わからない。里の住民ではなく、私の解決してきた異変の中で出会った人妖でもない。該当しない。誰も該当する人物がいない。


“今回の事件の犯人は能力を持たない人間ではない<”



あれ、宣言出来ない。という事は、能力を持たない人間の仕業なのか!?


「あ、ちょっと……やっぱり、もう、魔力の源である竜の髪が切れているわ……先ほどの宣言は赤文字が作動してなかったから、真実か嘘かはわからないわ」
「もう、その竜の髪は無いの?」
「無いわ。一年に一度開かれる祭りで降臨する、ガリという竜の髪よ。そうそう手に入る代物ではないわ。まさか使いきるなんてね……」
「じゃあ、他に……そうよ、犯人がわかる魔導書とか無いの?」


こんな、まどろっこしいやり方をしないでも、直接犯人の名前が上がるような魔導書の一つくらい、無いのだろうか。


「無い。そういう魔導書は、魔女界の情報保護法でキツく取り締まられているから手に入らないわ。今の魔導書だってギリギリよ。情報……魔女の研究結果は何よりも大事な財産だからね。保護されなきゃならないのよ」
「そう……」
「まあ、私の身内の潔白は証明できたんだから満足よ。真犯人は貴方が会ったことのある人物みたいだし、頑張って思い出しなさい」


パチュリーは用がすんだのならさっさと出て行けというように冷たく言い放った。私も魔理沙もこれ以上ここへ居てもすることも無いので退散することにする。


「結局犯人は誰なのかしら?」
「さあ?でも、霊夢は会ったことあるんだよな。何か心当たりは無いのか?」
「無いのよ……怪しい人物はすべて赤で宣言されてしまったわ……」


クソ、どんな手を使ったのだ!?私と会い、話をしておきながら、赤の宣言を逃れる方法。一人であれだけの事件を起こした方法。
どうにかして犯人を突き止められないか。そう考えていた時、妙案が浮かんだ。


「そうよ……そうだわ。ああ、何で始めっから気が付かなかったんだ!」
「どうしたんだよ!?犯人の顔でも思い出したか?」
「いいえ、でも、突き止める方法なら思いついた……」



―18―



私たちは命蓮寺にいた。ある妖怪の力を借りるために。


「はあ、捜し物ねぇ……」
「ええ、お願いできるかしら?」


私は先日散々疑った命蓮寺の、知将、ナズーリンに頭を下げていた。


「まあ、いいだろう。我々の身の潔白も証明されたようだしね」
「ありがとう」


私は思わずナズーリンの手を握りしめた。
ナズーリンは顔を顰めると、


「君のことは好きじゃないけど、今回散々疑われる原因を作った犯人を捕まえられるのなら喜んで協力させて貰うよ」


と言って毒づいた。


「だが、何を探せばいいんだい?犯人と漠然と言われても探せないよ」
「そうね、ではまず、永遠亭に行きましょう。犯人が持っていそうな物が多分あると思うわ」


私と魔理沙はナズーリンを引き連れて永遠亭までやってきた。
柳邦夫のアジトにあった本や道具は現在すべて永遠亭の倉庫にしまわれている。
この中から、犯人が持っていそうな物を探すのだ。


「いっぱいあるな……」
「何か犯人が持ち帰っているものがあればいいんだけど」


蔵書だけでも、かなりの量がある。一体どんなものが犯人を突き止めるのに適しているだろうか。


「ああ、言っておくけど、私が探すことが出来るのは一度見たり触れたりした物か何かの片割れに限るよ。見たこともないものを探せと言われても無理だよ」
「片割れって、例えば?」
「半分に破れた本や真っ二つに折れた剣、その片方、または割れた壺や皿の破片だね。これは大きさによる。小さすぎると無理。本でも抜けた一ページを探せ、とかは狭い範囲なら有効だけど、遠くまでいってしまうと見付け出すのは困難を極めるね。欠片でもページでも沢山量があればそれだけ見付け易いよ」


それらに該当するものがあるだろうか……。私と魔理沙は手分けして探すが思うような品が見つからない。
その間ナズーリンは永遠亭の中で茶菓子を貪っていた。まあ、こんな事まで手伝う義務は彼女にはないが……。


「どれも、半分になってるのなんて無いなぁ、仮になってても犯人が持ってるかどうかわかんないし」
「何か、何かあるはずよ……あ!」


そうだ、と私はあることを思い出し、倉庫を出た。


「お、おいどこ行くんだ?」
「ちょっと、ナズーリンに可能かどうか聞いてくる」


私は、思い出した。出来れば思い出したくなかったが、柳邦夫のアジトで見た性器を切り取られた死体を。それらはクリーチャーの材料にされたのだろうか?いや、使い道があるとは思えない。
だったら、どうして切り取ったか。それは、コレクションするためではないだろうか。
犯人はどう考えてもネクロフィリアの気がある。でなければあんなこと出来るはずがない。
性器は犯人が持ち去って住処に飾られている可能性が高い。
そのことをナズーリンに伝える。


「うーん、出来れば生モノはご遠慮願いたいね。性質の変化が激しいんだ。腐ったり乾燥したり、薬品につけるだけでも変わってしまう。それに、元の持ち主はもうグズグズに腐ってるんだろう?性器と本体が両方綺麗な状態でもなければ難しいね」
「そう……」


いい案だと思っただけに落胆は大きい。
いや、諦めるのはまだ早い。


「ねえ、それが、骨とかだったらどうかしら?」
「まあ、すりつぶされて粉々にでもなってなければいけるかな?」
「わかった」


犯人が持ち帰ったであろう物は何も性器だけではないだろう。もしかしたら気に入った骨の一つや二つ、自宅に飾っているかもしれない。


私は永琳を呼び、死体を保管している部屋に案内してもらった。
ひんやりとした、地下室に設けられた部屋に何台も設けられた棚には、大量の死体が収められていた。


「うぇ」


死臭が酷い。流石に、吐き気がする。一秒でも早く外へ出たいが我慢して死体を探る。


「永琳、ネクロフィリアな犯人がコレクションとして持ち帰ってそうな骨はないかしら」
「えらく、ピンポイントね……まあ、無くもないわね」


そう言いながら永琳は、部屋の右奥にある引き出しを開けた。
中から取り出したのは、人間の頭蓋骨だった。


「それは?」
「見ての通り頭蓋骨よ。みて」


永琳が指を指して気がついた。この頭蓋骨には歯が無いのだ。


「怪物の作成に使ったものだと思ってたんだけど、どうやら違うのよね。しかも、歯が抜かれた頭蓋骨はこれだけじゃないの」


そう言って、私に引き出しの中を見るように促す。引き出しの中には同じように歯がすべて抜かれた頭蓋骨が大量にあった。


「これ、どれも女性のものなのよ」
「え」
「それと、恐らく、抜かれた頭蓋骨の歯並びは割かし綺麗なモノが多かったと思うわ。あと、虫歯があるモノは抜かれていないし。もしかすると、犯人は女性の綺麗な歯に異常な執着があったのかもしれないわね」


あり得る話だ。私は急いでナズーリンに頭蓋骨を見せて、可能かどうか尋ねた。


「ふむ、いけそうだよ。反応は……こちらの方角からだね」


ナズーリンが指さした方向は、柳邦夫のアジトとは別方向だった。歯を持ち帰った犯人の住処の可能性が高い!


魔理沙を呼びつけると、急いで出発することにした。一刻も早く犯人を捕まえたいという気持ちから、後日という考えは出来なかった。
太陽も大分傾いており、空も真っ赤に燃えている。急がねばあっという間に日の入りである。念のため、永遠亭でライトを借りていくことにした。


「では、出発するよ」
「頼むわ」


ナズーリンの後に続き、私と魔理沙も空へと飛び上がった。


焦る気持ちとは裏腹に、飛行は非常に緩やかなものだった。
だが、それがダウジングをしながら飛べる限界ギリギリの速度なのだろう。
だから、私達は急かすようなことは言わずにひたすら耐えた。何かを待つという時間は苦しいものである。
なだらかなフライトが一時間ほど続いた頃、眼下の景色は森になっていた。
そう、それは私や魔理沙のよく知る、魔法の森である。


「近い……かなり近くにあるよ」
「ホント?ホントにこの近くなの?」
「ああ、かなり強く感じる。降りて探そう」


ナズーリンに従い、森に降りて捜索を行うことにする。
もう夕刻だからか、それとも、鬱蒼と茂り、空を覆い隠すほどに成長した木々たちのせいか、森は驚くほど暗かった。
ライトを付けようかとも思ったが、一応見えぬほどでは無いのでもう暫くは我慢する。
ナズーリンは昆虫の触角のように、しきりに、ダウジングロッドを掲げながら、着実に目的地へと歩を進める。


「この先だよ」


ナズーリンが藪をダウジングロッドで押しのけて通る部分を確保する。彼女に続いて藪を抜けるとそこは……


「お、おい!ここで間違いないのか!?」
「間違いない。あの家から強く惹きつけられている……」
「嘘だ……だって、ここは……」


アリスの家だ。
どうしてだ?あの、真実の魔女が記したという魔導書はパチ物だったのか?
アリスが犯人なのか?
それとも、アリスは犯人に……


「アリス!」


その推理に私より僅かに早く行き着いた魔理沙が駆け出す。


「ま、魔理沙」
「おい、いきなり特攻するな!危険だぞ!」


仕方なしに彼女の後を追う。


「くそ、鍵が掛かってる!窓だ、窓から入ろう」


魔理沙は窓ガラスを足で蹴り割ると、鍵を開け、中に侵入した。私達も窓から家に入る。


「いない……アリス!いるのか!?」
「どこかに隠れてるんじゃないのかしら……」
「なわけないだろ!あいつは赤で犯人じゃないって宣言できたじゃないか!犯人に連れ去られたに決まってる!」
「わ、わかったから……落ち着いて」


襟首をすごい力で掴み、締め上げる魔理沙を何とか諭す。
魔理沙も少しは落ち着きを取り戻したのか、「ごめん」といって小さくなった。


「二人共、ちょっといいか」


ナズーリンがこっちへ来いと手招きするので、急いで駆け寄った。


「何これ……」


床に真四角の扉がある。
その横には、本来その上にあったであろう、テーブルとその下に敷かれていたと思われる敷物が避けてあった。


「この下だ。そこに恐らく頭蓋骨の歯はある」
「なんで、アリスの家にこんなものが……」


魔理沙は現実を受け入れられないといった顔でその扉を見つめていた。


「開けるわよ」


取手を掴み引っ張るとすんなりと、蓋は開いた。


「階段……地下室ってこと」
「う、嘘だろ」


ナズーリンが言うにはかなり深くまである掘られているらしい。
犯人はやはり、アリスなのか?何故こんな事を……


「どうする、行くかい?」
「私は行くわ」
「わ、私も行くぜ……」


魔理沙もギッと歯を噛み締めると頷いた。
この下に答えが用意されているような気がした。


「あんたは、どうするの?」
「まあ、ここまで来たんだ私も最後まで付き合うよ。この中はかなり広そうだし、私がいなければ大変だろう」


偉そうな口調もこういう時は心強い。私たちは意を決して、地下への階段を降りていく。
先頭は私が務める事になった。殿は魔理沙。案内に集中してもらう為にもナズーリンは一番安全な真ん中に配置する。
ライトを持ってきていて正解だったと思った。


「部下のネズミを何匹か先に行かせたんだが、何匹か帰ってこない……」
「何者かにやられたってこと?」
「恐らく、それと、かすかに足音のような音が聞こえる……人や動物ではないね、カチャカチャいってる」
「人形……?」
「わからん、とにかく用心することだ」


ナズーリンの忠告通りに慎重に歩を進めて行く、建物で言えば二階分位下がったところだろうか、


「もう少しで平坦な通路に出るよ。遮蔽物は無し、右手に二箇所ドアがある」
「わかった」


ナズーリンの言うとおり、通路に出た。しかし、この地下は似ている。あの柳邦夫の隠れ家と……。


「右のドアは調べる?」
「歯の感じはもっと下から何だが、開けて、中を調べさせてみようか」


私が戸を開くとドアの僅かな隙間からネズミが入り込む。暫くして戻ってきて、チューチューと何かを伝えているようだった。


「ここには、何も無いようだよ。本棚があるだけ」


部屋の配置まで柳邦夫の時と同じなのであろうか、次の部屋も同じだった。


「そこを曲がるとまた下り階段だ」


彼女のいう下り階段を下り、またしても通路に出る。
今度は三叉に分かれている。


「右の通路は扉があって、侵入できなかったみたいだ。真ん中と左は送ったネズミが帰ってこない」
「……帰ってこないって事は何かが居て何かを守ってるって事じゃない?真ん中か左ね」
「では、真ん中に行くといい、真ん中は下から足音が聞こえてくる。下りだということは確実だ。そして、歯も下にある」


ナズーリンを信じて、真ん中を進むと下り階段があった。これが正解ルートなのだろうか。


「下った先に足音の正体がいるよ。音が軽い、大きさ的には小さいけど用心して」
「うん」


階段の終わりから、そっと、顔とライトを出して、足音の正体を見極める。


「どうだった?」
「人形よ。三十センチ位。手に刃物みたいなのを持ってる」


念のため、私は陰陽玉をぶつけて破壊を試みる。放った陰陽玉は人形に命中し、人形はあっけなく砕け散った。


「大したことはなかったわね」
「まあ、油断せぬことだ」


人形の持っていたナイフに血がこびり付いていた、もしかするとこれが、ネズミを仕留めていたのだろか。
私たちは人形の残骸を通り過ぎ、進むと今度は左右に通路が分かれていた。


「どちらに進むべきかしら?」
「わからないね。残念ながら部下のネズミは全滅さ……あの人形の作者には是非お礼をしたいところだね」


ナズーリンは忌々しげにつぶやいた。


「とりあえず、前と同じように右から行こうぜ」
「……そうね」


魔理沙の意見通りに私は右の通路を選択した。
右を暫く進むと鉄製の扉に行き着いた。
ドアに耳をつけて中を探るが何も聞こえてこない


「開けるわよ」


私はノブを捻ってゆっくりとドアを押した。
消毒液の臭がした。ライトで照らして全容を確認しようとした時、


バタン!


ドアがいきなり閉じた。部屋に私一人が閉じ込められた形だ。


「おい、どうした?」
「霊夢、大丈夫か!?」


二人がドンドンと扉を叩いている。すると、いきなりパッと部屋の灯りが付いた。
眩しい。明順応で瞳が開けられない。
何かが迫ってくる気配を感じ、結界を展開した。何かは結界に弾かれ、向かってきた方へ吹っ飛んだ。


「うああああ!!!」


悲鳴がした。だが、何かが吹き飛んだ方向ではない。
後方だ!


「やめろ!!」
「がっ、何をするんだ!!!」


魔理沙とナズーリンの悲鳴。そして、ドアや壁に激しく打ち付けれられる金属音。二人が襲われている。助けなければ!


「魔理沙!ナズーリン!」


だが、扉はロックされているようで、ノブを捻っても開かない。私はガチャがガチャとノブを何度も回して引いたり押したりと脱出を試みたが、びくともしない。
やがて、うるさいのは私がノブを捻る音だけだとわかった。
外が静かになっている。


「まり……!!」


後ろから吹き飛ばした何かが再び私に攻撃を加えてきた。だが、今度は目も慣れており、敵の姿をはっきりととらえることが出来る。


「何なの……こいつ!?」


私を襲ってきたのは、人形だった。人形と言うより服屋にあるようなマネキンに近い。マネキン人形の顔は質素な作りになっており、目や鼻、口を模した凹凸もない。大きな玉子が乗っているだけだ。着ている服は手術着とでも言うのだろうか、青色のエプロンのようなものをまとっていた。そして、手には手術医が持つであろう、ひと通りの手術器具、メスや挟みなど手のひらと一体になった物が取り付けられている。


「このッ!」


陰陽玉を叩きこむとそれもあっさりと破壊できた。
部屋を改めて見回すと、そこは手術室のような、いや、そのものなのだろう。手術台に沢山のライトの付いた無影灯や薬のアンプルが置いてある。
更に、部屋には、幾つも手術人形が置いてあった。襲ってきたのは一人だったが。
私は、ハッとして、部屋の観察を急いで切り上げ陰陽玉をパワーで鉄扉に投げつけた。
鉄扉は掛け金ごとはじけ飛び、入り口は開いた。
威力が強すぎたかと焦ったが、部屋の外には誰もいなかった。
あったのは夥しい血痕だけ……


「あー、ああ……」


泣きそうになる。魔理沙とナズーリンは、殺されたのだろうか……。自分の不甲斐なさに腹が立つ。それと共に犯人の陰湿な罠に憎しみが沸き起こってきた。
憎悪で己を奮い立たせ、きた道を戻る。
血痕は私を誘うように分かれ道の左の通路へと続いていた。
誘っている。犯人は私が自分の舌の上に転がり込んでくるのを今か今かと待ち構えているのだ。
犯人はアリスだろう。人形を操って私達を襲ってきた。幻想郷には人形遣いは彼女しかいない。
何のためにだとか、どういう動機だとかもうどうでも良くなってきた。アリスを見つけ次第殺す。絶対に殺してやる。私は固く決意した。
今すぐにでも駆け出したかったが、それでは恐らく敵の思う壺だろう。
急ぎたいが、慎重にゆっくりと進まなければならないジレンマがもどかしい。
階段を降りると、また通路。そして、その先へと伸びる血の道しるべ。


「上等じゃない」


通路を進む、左右に1つずつドアがあったが無視して通る。


バタン!!


通った瞬間、ドアが開き、マネキン人形が襲ってきた。
驚いたのははじめだけ、結界で左右の壁に押しこめ、潰してしまう。無機物なので、死体人形と違って押しつぶす抵抗は全くない。
マネキン人形を潰し終えると、再び歩みを進める。
また、下り階段……。一歩一歩降りていく。
地上から少しずつ、だが着実に離れていく。
地とは死の国である。死ねば皆土に帰る。
常日頃私たちにかかる重力、それももしかしたら私達を死へと誘う死者の怨念なのかもしれない……階段を下りながらそんなことを考えてしまう。
イザナギもイザナミが腐っていると知っていたら黄泉の国へなど踏み入らなかったろう……。
地底の異変の時とは違い、狭く陰鬱な雰囲気が私の精神を蝕んでいくようだった。
階段を降りるごとに息苦しさが増す気がする。
下りが終わり、ようやく平坦な通路に出迎えられた。血痕をライトの光でなぞっていくと曲がり角が見えた。血痕もそちらへ続いている。
敵が次々と襲ってきてくれたほうが精神的にはもしかすると楽かもしれないと思った。静けさが余計な想像を掻き立てる。
曲がり角をよく用心せずに曲がった為、私は驚いてライトを落としてしまった。
ライトを拾い、改めて照らしてみると、それはナズーリンだった。こちらに足を向けてうつ伏せに倒れている。
私はようやく仲間が見つかったという思いから、急いで駆けつけた。
無事だろう?無事でいてくれ。彼女の安否を一刻も早く確認したかった。
倒れている彼女を抱き起こす。


「ナズーリン、だいじょ……ッッッッッッ!!!!!あああああああああああああ!!!!」


思わず私はナズーリンをはじき飛ばしてしまった。
空いていた。彼女の目からおでこにかけて……大きな穴が!


「あああ、ナズーリン……」


私が彼女の名を呼ぶと、彼女はゆっくりと立ち上がる。
ゆっくりとこちらにその、深淵の広がる穴を向けた。
まるで、大きな目で見られているかのような気さえする……。
彼女はゆっくりと私に近づいてきた。それが、私を噛み殺そうと大く口を開けるまで私は動くことが出来なかった。


「うあ、あああ」


私はこめかみを抑えて、彼女が咬みつこうとするのを止める。口からだらだらとよだれとも血ともとれる液体が滴り落ちてきた。
口の上に開いた穴の中は空っぽだった。脳みそはどこかへ行ってしまっていた。だというのに彼女は動いていた。
虚空の闇色が私を取り込もうとしているようだった。


「いや、いあやあああ」


私は結界をはって、彼女を吹き飛ばした。そのまま、彼女を拒絶するように結界壁を推し進めていき……ナズーリンの亡骸を圧し潰した。
彼女は壁一面に赤い染みを作り、平べったくなってしまった。


「う、げぇ、えええ」


井の中にはあまり入っていなかったので僅かな吐瀉物と黄色い胃液だけが口から溢れ出た。
私はライトを縋りつくように拾う。灯りだけが、唯一の希望のように見えてきた。
カチカチと歯が鳴った。ライトの光を見ながら、必死に気持ちを落ち着ける。
こんな事をしたアリスへの怒りを思い出させた。多くの罪のない人々を凄惨な方法で殺害した。早苗を酷い目に合わせた。青娥を利用した挙句、私に殺させた。協力してくれたナズーリンを殺し、死体を弄んだ。そして、魔理沙も……
そうだ、魔理沙はどうなったんだろうか。やはり、同じように……


「うう……あああ」


私はライトを進路に向けた。血痕はナズーリンが倒れていた後ろにも続いている。魔理沙の生存は絶望的かもしれない。
もし、魔理沙までもが、犠牲になっていたら。
せめて、アリスも同じ目に合わせてやらなければならない。
私は這うようにして、血痕の後を辿った。
血痕は通路の奥のドアまで続いている。
近くまで来て気がついた。今までは鉄のドアばかりだったのに、目の前のドアは木製だった。それだけの事だったが私にはほんの少しだけ安らぎを感じることができた。
ドアを開けると、これまでとは打って変わって、そこは西洋風のリビングルームだった。
血痕はドアの所ですっぱりと途切れていた。
部屋には絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアが吊り下げられている。お陰で、ほんのりと、明るかった。見れば、反対側にもドアがあった。
そして、部屋中央には革張りのソファーが並び、人が座っていた。
だが、誰一人として動こうとはしない。
私は彼らにそっと、近づくと、恐る恐る手で突付いてみた。
反応は無い。ひんやりと冷たかった。だが、人形の感触ではない。しっとりとした肌触りだった。それは、死んだばかりの死体を触っているようだった。
ソファーには、老若男女さまざまな人間が座っている。その中でも特に目を引いたのは、一番豪勢なソファーに仲良く座らされている白人の男女だった。見た目は三十代後半から四十代。夫婦なのだろうなと思った。
柳邦夫の時のこともあって、突然襲ってこないか不安ではあったが、一度彼らから視線をはずし、今度は部屋の壁を見る。
右側には、様々な絵画が飾られていた。そのどれもが人物画、それも綺麗な女性ばかりだ。豪勢な額縁に収められていた。
そして、反対側。左の壁は一面大きな棚だった。
棚は暗い色の焦げ茶で、並べたものが見えるようなガラス扉がついていた。
棚に並べられているのは慧音の寺子屋で見たことがある。
ホルマリン漬けだ。それに似ていた。
だが、寺子屋で見たものよりもクリアで、入れ物のガラス瓶はずっとおしゃれな形をしていた。まるで、インテリア用に作られたみたいに。
中身は、全て臓器だった。
目の前には“Liver”と書かれた瓶がある。肝臓だろうか。“Stomach”“Brain”“Lung”“Heart”“Kidney”“Lage Intestine”“Small Intestine”“Pancers”人体に入っている臓器がラベリングされて瓶の中に入っている。
それは、一段に1セットという具合に、棚の上下には同じ臓器が並べられていた。
そして、一段ごとに小さな三角のネームプレートが置かれていた。
“Ogi Takashi”“Kurata Yoshie”“Tatibana Tomokazu”“Aoki Kikuko”“Hirata Hana”“Koike Syuzi”“Hashida Kenzo”と上から順に名札にそう書かれている。
きっと、臓器の持ち主の名だろう。
右隣の棚も同じようになっている。
ただ、下四人の臓器のうち“Heart”だけが、見当たらないのだ。
四人の名前を上から読んでいく。
“Chris Murgatroyd”
“Alma Murgatroyd”
これは、アリスの両親なのだろうか。そして、下の……
“Alicia Murgatroyd”は、アリスの姉か、妹……。何故皆心臓が無いのかだろうか。
私はそう思いながら、ゆっくりと下の名前を見た。


“Kirisame Marisa”


「え……」


そんな馬鹿な、何故だ……。どうして、魔理沙の名前が!?
彼女は助からなかったのか……。
頭の奥が痺れてくる。わけがわからない。様々の考えが頭の中をグルグルと回っている。
フラフラと足元がおぼつかなくなってきた。倒れそうになったとき、入ってきたのとは反対側のドアが開かれた。


「霊夢!無事だったか……」
「ま……りさ……?」


何故、魔理沙がここにいる?
彼女の臓器はそこの棚にあるのに……。
いや、魔理沙のだと決まったわけではない。ただ単に、魔理沙の名前が書かれているだけだ。だがしかし……
『操られていた青娥』『動く人形』『頭が空っぽでも動くナズーリン』


「ん、どうしたんだ?」
「貴方……誰なの?魔理沙なの?」
「はあ?何言ってんだ」
「生きてる?ねえ、生きてる!?」


私は、息を荒げ、彼女を問いただす。すると魔理沙はそっと手を伸ばし、私の頬に触れた。


「ほら、暖かいだろ?これが死んでるように思うか?」
「あ、ああ……」


安堵から、またしても私は泣いてしまう。私の涙をそっと魔理沙が拭ってくれた。


「私も敵に襲われてな……かなり危なかったが、なんとか逃げ出したんだ。ナズーリンとは途中ではぐれちまった。早く探しに行かないと」
「……ナズーリンなら、居たわよ。でも……」


私がそこで言葉を切ったので、魔理沙も察したのか、一瞬、悲痛な表情を浮かべ、俯いた。


「そうか……くそッ!」
「……ねぇ。敵ってどんなのだった?」
「いや、それが真っ暗でよく見えなかったんだ。霊夢はあの後無事に部屋から出れたんだな。よかったぜ」
「うん。魔理沙も無事でよかった」
「魔理沙様はそう簡単には死なんぜ。……でも、なんで私が死んでるって思ったんだ?」
「ああ、実はあそこに魔理沙の名前があったから」
「はあ?どこだよ」
「ほら、そこの棚……」


私は振り返り、“Kirisame Marisa”と書かれたネームプレートが置かれた棚を指さした。
指さした……とき、見えた。魔理沙が私の首に先の尖ったペンのようなものを突きつけようとする姿が……写っていたのだ。ガラスに反射して!


「ッ!!」


私は既のところで足払いを繰り出し、魔理沙を転けさせる。
足を引っ掛けられ、バランスを崩した魔理沙はうつ伏せで床に倒れた。


「うぐッ!」


持っていた。謎の針付き機械を手から落とす。魔理沙がそれを再び手にしようと腕を伸ばしたので、足で部屋の隅まで蹴っ飛ばした。


「……」
「どういうこと?……あれは何?」
「別に、ちょっとチクっとするだけさ」


私の問いかけに抑揚のない返事で返す。
魔理沙が黙って立ち上がろうとしたので、私は退魔針で彼女の手を床に縫いつけた。抜けてしまわぬように、角度をつけてクロスさせるように。


「い、いだい……」
「動かないで……」
「ひどいなぁ、霊夢」


口では痛いと言っておきながら、表情は涼やかなものだった。私は足も同様に床に縫いつけた。
これで、魔理沙はうつ伏せから体勢を変えられない。


「質問に答えて……貴方は誰?」
「私は魔理沙だよ。忘れちまったのか?」
「……じゃあ、あそこの臓器は誰のもの?何であんたの名前が書いてあるの」
「知らないよぉ……それより、針を抜いてくれよ。この体制じゃ、しゃべりにくいぜ」
「ダメよ。あんたは信用できない。あの機械は何なの?何をしようとしていたの!?」
「チクっとするだけだよ……それでオシマイ。後は知っても意味が無いよ」
「……何でよ」
「すぐに何も分からなくなるんだから……」


魔理沙は囁くようにそう告げた。声こそ、魔理沙のものだったが、普段の彼女からは程遠い、生気の感じられない、そんな低い声だった。


「そうだよ、霊夢さん。貴方はもうじき何も考えられなくなる」
「大人しくしていることだね」
「まあ、座ろうじゃないか」


人形たちが一斉に喋り始めた。


「何なの!?あなた達は!?」


私は後退りながら、彼らに聞き返した。


「尾木隆です。人里の外で猟師をやっております」
「倉田よしえです。山奥で小さな店を開いているわ」
「橘智和だ。木こりをしている。時たま里に薪や木彫りの像なんかを売りに行く」
「蒼樹喜久子よ。産婆をやる予定」
「平田華です。まだ外へは出たことありません」
「小池修二です。私もまだ使い道を決められていません」
「儂の名前は橋田謙三。医者をしておる」
「僕は上山五郎、画家って設定だね」
「私は大北柚音。森で遊ぶのが仕事」
「菅冬弥、柚音と森で遊ぶのが仕事」
「クリス・マーガトロイドです。娘がいつもお世話になっております」
「妻のアルマ・マーガトロイドです。そして、ご紹介いたしますわ。私達の可愛い可愛い、自慢の娘……アリシア・マーガトロイドちゃんです」


クリス・マーガトロイドとアルマ・マーガトロイドは従者のように仰々しくお辞儀すると、魔理沙が入ってきたドアを開けた。
そこから姿を表したのは……


「あ、アリス!?」


間違いなくいつも私たちがアリスと呼ぶ少女がそこには立っていた。少しウェーブのかかった綺麗なブロンドに青い宝石のような瞳。ピンクのカチューシャと水色のドレスはいつもと同じ。
だが、彼女は否定する


「いいえ、私はアリシア・マーガトロイドよ。今まであなた達が呼んでいたのは、私の妹の名前」
「あ、あなたが……アナタが今回の黒幕なの?」
「だったら……どうだって言うの?」


刹那の出来事だ。人形たちは凄まじいスピードで私に近寄り、取り囲む、彼らの手が伸びてきて私を捕まえようとする。避けられない、結界を張る時間も僅かに足りない。彼らの手が驚くほどの膂力で私の左右の足を捉え、引きずり倒そうとする。前のめりに倒れそうになった。バランスを取ろうと広げた右手も捕らえられる。私は最後に残った左腕を躍動させ、床に完全に倒れこむ前に袖から陰陽玉を射出することに成功する。
狙いは正確。アリス……アリシア・マーガトロイドの胸に向かって真直ぐに進む。
皮肉にも青娥を葬ったのと全く同じように、彼女の胸にめり込んだ陰陽玉は私が地面に完全に抑えつけられるのと同時に、あっけなく彼女の背面から飛び出して、背後のドアを砕き散らせ、その奥の壁にめり込んだ。


「な……」


アリシアは平然としている。まるで、自分が胸を貫かれたのに気がついていないように。
彼女の胸からは一滴の血も零れてこない。胸には陰陽玉と同じ大きさの穴が空いているだけだった。
そうだ。何故、気が付かなかったのだ?
自己紹介をしたのは彼らが名乗った名前、それは臓器の棚にあったネームプレートにある名前じゃないか。
彼らの中には何があるんだ?
何もない。空っぽ。
空虚な深淵があるだけ。


「動けないだろ……霊夢」
「く、うう〜!!」


私が力を入れてもびくともしない。彼らの締め付けが強すぎて腕と足が痺れてくる。
おまけに奴らは抜かりない。袖の裏やスカートに仕込んだお札や退魔針を奪われる。


「なんで、私とマーガトロイド親子の心臓が無いかわかるか?……食べたからだよ。心臓」
「!?」
「魔女の心臓は魔力の源。食べれば魔力が上がるんだ……どうだ?すごい力だろ?」


同じ目線になった魔理沙がこちらを見ながら、ニヤリと笑う。


「うぐ……」
「お前は失敗した。狙うならアリシアじゃなくて私を攻撃すべきだったな……友達だからって拘束しただけってのがお前の甘いところさ。クククッ……クククククカカカケケケッケケケケケケケケケケケ」


魔理沙は狂ったように、笑い始めた。どうやったらそんな声が出るのかと不思議に思える位、不快で軋むような笑い方だ。
彼女の背中の衣服に、見えない刃物で切り裂かれたようなスリットが入る。
縫い付けられた手足をちぎれる位に引いて、背中を丸めた。
彼女の白くて滑らかな背中がスリットから顔を出す。
蠢く。
彼女の背中がグニャリと弛む。
プツプツ皮膚が切れ、その背中の真ん中が割れる。
それは、昆虫の脱皮の様に……。
そいつは羽化した。
5、6歳、金色の髪、ゴールドの瞳、幼い女の子……
彼女は抜け殻と化した魔理沙の上で羽根を伸ばすように腕を広げた。


「……お前は……!!」
「紹介するわ私の妹アリス・マーガトロイドよ」


アリシアがニンマリと私を見下しながら彼女を手のひらで指し示した。


「お久しぶりね。この姿では魔界以来かしら?」


彼女とあったのは魔界の異変の時、その後再びあったアリスは、驚くほど成長していた為気が付かなかった。
彼女は魔法で成長を早めたと言っていた。私もその話を信じた。それ以降は特に何も思わず接していた。
……成長した?だったら瞳の色がどうして違うのか。不自然な点はいくらでもあった。何故気が付かなかった。馬鹿か私は……!だって、あの時のことを当事者の様に語っていたから。そりゃそうだろう!彼女はただ被っていたのだから姉の皮を!!!


「アハハハハ。惨めねぇ……霊夢ぅ」


彼女は魔理沙の中から完全に出てくると、私まで這って近寄ってくる。
そうしなければならないのは、彼女に両足が無いからだ。
元々無かったのか?いや最初にあった時にはあった。じゃあ、事故で?いや、もしかすると……


「足が無いってのは不便ね。まあ、入るのに邪魔だから泣く泣く切ったんだけど」


狂ってる……!
ああクソ!きっと、慧音の言っていたテケテケはこいつのことだ!
手足だけで胴体が無い死体は、こいつが入っていたからだ!
皮だけの胴体は燃えて無くなってしまった。だから手足だけが残った。気がついてしまったんだ……男は。愛した女の中身がいつの間にかおぞましい化け物に食い荒らされている事に!!


「あああ、あああああ!!!いつから……いつから、魔理沙の中にいた!!?」
「百物語をする前、彼女が私の家に来た時。その時から、ずっと。あなた達気が付かないんだもん笑っちゃうわ。まあきちんと声帯を鳴らして発音してるし、事前に魔理沙をやれるように色々下調べしたからねぇ。我ながらがんばったわぁ」


だから、捜査の穴が突けた!人を気絶させて人里の外に運び皮を剥ぐことができた!石榴橋剛健はこいつが殺した!
神子を殺したのもこいつだ!捜査に命蓮寺と霊廟連中が協力しないため!それに、恐れていたのだろう、神子に心の声を聴かれるのを……だから殺した!
カワナメを操っていたのもこいつ!冊子を売っていた男を自殺に見せかけて殺したのもこいつ!柳邦夫もこいつに殺されていた!
あの時小用に行っていたのは柳邦夫を操る準備をする為!
柳邦夫の体も恐らくはこいつが入れる様に改造されていた。だから爆発させた!
青娥の脳内を食い荒らしたのもこいつだ!
植物人間にして自分の操り人形にするために!
自分のスケープゴートにするために!
ただそれだけの為に、彼女の脳を穴だらけにした!
『レウコクロリディウムはカタツムリの脳を乗っ取って日向に這い出させる……』『コマユバチは青虫に卵を産み付け……』『宿主が死なないようにそれ以外の場所を食い破って……』
うあああああああああ、全部こいつ!全部、全部、全部、全部、全部こいつがああああああああ!!!!!


「お、お前が……」
「アハ、苦労したわ♪でも、ようやく報われる……」
「青娥を……!」
「クスクス……まぁだ、あいつの術にかかってんの?おめでたい奴ね。あの時、青娥に言わせたことは本当よ。奴も私と同じタイプの女だったから、彼女をやるのは楽だったわ。まあ、想いも、力も私の方が上だったから彼女はカラスの餌になっちゃったけどねぇ〜!」


ヒッヒッヒッヒ


何がおかしいのか。奴はおぞましい引き笑いを披露する。


「しかし、本当、色々準備したわよ。あのアジトなかなかよく出来てたでしょう?一週間で創り上げたのよ。荷物は柳と青娥の物を適当に並べただけだけどね。まあ、人形を300体も導入すればどうってことなかったわ。里の穴は一日で掘れたし」


自慢気にそう言った。


「なん、で……こんな……」
「……私はね。蝶になりたいのよ……」


何が蝶だ……おぞましい寄生虫め!


「コマユバチの癖に……」
「黙れよ」
「っ痛!!!」


奴の操り人形の一人が私の爪を剥ぎとった。


「あんたは、したこと無いでしょ?……芋虫の思いを」
「……」
「何の苦労もせずに、のうのうと今日まで生きてきたんでしょ?」
「何が……」
「私はね、這いつくばってきた……見下され、罵倒され、裏切られ、踏みにじられ……」


アリスは鬼の形像で私を睨みつけた。
だが、突然表情を和ませると、わざとらしい笑顔を作る


「だぁかぁらぁ……私は蝶に成りたいのよ。とびっきり綺麗な♪」
「わけが、わからないわ……」
「フフ、女性なら誰しもオーダーメイドのドレスに憧れるものよ。あの吸血鬼が言っていたわね」
「言ってた、けど」
「……壁紙と一緒よ。張り替える為には一度綺麗に剥がさないといけない。それだけのこと」
「……!……!!!!皮……皮を!?」


私の答えは正解だったのだろう。彼女は満悦の表情でこちらをみた。


「いい方法をずっと探してたのよ。お陰様で大成功よ♪」
「そんな事の為に……それだけの……!?」
「お前らにはわからんだろうな。これがどれほど私にとって特別なことか……」


解かりたくもない。お前の毒に侵された考えなど……。


「ククク、クフッ♪……とうとうやったのよ。お姉ちゃん、出来たわよ!見てる?アハハハハハハハハ!!アリス、出来たよ。全部自分でやったよ!すごいでしょ!?ハハハハハハハハ!!ざまあみろ!!私を馬鹿にしやがって!!!!これでわかったでしょう!!?アーハッハッハッハッハ!!!!笑いが止まらないわ!!」


アリスは両手を広げ、高らかに勝利宣言した。自分に酔いしれているように狂喜の雄叫びを上げる。
殺さなければ、こいつはここで殺さなければ……


「何を……勝手に、喜んでいる、のかしら……」


チャンスはそう多くはないだろう。仕留めるのなら一瞬で。そうでなければ殺される。
いや、成功しても相討ちか……それでもいい。ここで奴を止めることが出来るのなら、殺された人たち、青娥、ナズーリン、魔理沙……彼らの生を踏みにじり、奴が幸せを享受するなどあってはならない!


「はぁ〜〜??」


奴が馬鹿にしたよな表情をこちらに向けた。それが、号砲の役目を果たした。
拘束された時のために体に書いてあるのだ。結界の術式を。
体表面に薄く張った結界を一気に押し広げる!
私を押さえつけていた人形共を吹き飛ばす。私は一気に髪留めに仕込んでいた退魔針を瞬時に取り出し、アリスに飛びかかる。


「あ〜、無駄だって」


全ての人形たちを吹き飛ばせたわけではない。彼女の近くにいた人形たちが瞬時に守備の陣形を取り、私の攻撃を防いだ。


「うぐっ!」


腹に突き刺さる死体の拳。重く胃液を撒き散らせながら私は後方へと吹き飛ばされた。
腹部が重く痺れている。呼吸が出来ない。井の中が空だったのが唯一の救いか。
なんとか動ける。
奪われた札と針を取り返せれば、まだ、チャンスはある。


「読めてるわよ、そんなの」


アリスは微動だにしない。だが、彼女の操る死体人形は残像すら残すようなスピードで
私に向かってきた。
普通なら取られていただろう。
だが、狙いがわかっているなら、それを躱すのは難しくない。
どうせ、私も死体人形にするつもりだろう……。
奴は私を殺す気はないらしい。
殺そうと思えばいくらでもチャンスはあったのだ。腹に食らった一撃だって。ずいぶんと手加減されたもののはずだ。本気で打てば胴体位容易に貫いていただろうに。
体と頭は危ない。ならば残るは手足だ。奴らは私の読み通り、四肢を掴もうと腕を伸ばす。
奴らの腕を掻い潜り、札と針が置いてあるソファーに飛ぶ。
死体の一人が立ちはだかった。私は靴をそいつの口内にねじり込む。靴の中にも札を一枚仕込んでいたのだ。


「二重結界!」


死体の頭が爆散する。肉片を身に浴びながら、ソファーにダイブを試みる。


「させないわ」


私の後ろにいた人形の腕が二倍に伸び、私の足を掴んだ。
もう片方、お札が残っている靴でその足に蹴りを決め、結界を作動させる。
眩い閃光を発して、死体の腕はちぎれる……筈だった。
だが、奴の腕は依然として繋がったままだ。


「筋繊維にそって数百本の魔法糸を巡らせた。ちぎれることは……ない!」


万事休すだ。私の体は再び、地面に叩きつけられ、すぐさま全ての四肢を拘束されてしまった。


「ざぁ〜んねん!これで、オシマイね」
「くっ!くそ……」


奴は、再び見下せる位置に下がった私の頭に満足らしい


「心配することはないわ。チクってしたら、あとはもう、目覚めないから」


奴の人形があの、針付き機械を掲げて近づいてくる。


「……プッ!」
「!……っと危ない。まだ、何か仕込みがあったのかしら」
「ただの唾よ……」


奴に向け唾を吐きかけたが、その抵抗も虚しく、奴は右にするりとかわしてみせた。


「ばっちいわね」
「そりゃあ、どうも……でも、勝てばいいのよ」
「は?」


アリスの左頭部が抉り飛んだ。


「その陰陽玉は戻ってくるのよ、持ち主の元にね……」


私と壁にめり込んだ陰陽玉を結んだ直線上へ避けたのが運の尽き。
恨めしそうに私を睨みつけ、彼女はその場にドサリと倒れた。









―エピローグ―



厳かな椅子に腰掛け、重厚な大理石の机に向かう。本来ならば鏡面のように綺麗に磨かれた、白く美しい大理石の肌が見えるのだが、それらは戦績した書類の下に埋もれてしまっている。
魔界の政務も彼女の仕事だ。次々にやってくる法案、政策に是非の判を押す。
魔界神である神綺といえども、日々の激務は堪えるものだ。
読めども読めども、一向にへった気がしないのは何故だろうか。これでは、やる気も削がれるというものだ。
紙一枚に書かれている文字数が如何ほどなのか、表面を見ただけでは判断できない。触れることで、初めて文字が読めるようになる。神綺が指でなぞるとその方向へと文字はスライドした。毎度、横に表示されるページ数を見るのは恐ろしいものだ。時に紙一枚に長編小説一冊分程の文量が押し込められていることもあり、神綺としては少しでもこの数字が小さなものであるよう願いながら紙に触れている。
いくら読むスピードが早くともこの量では一日の供給量をなんとか消費するので手一杯である。
一つの山を片付けたのを一区切りとし、休憩を取ることにする。
神綺が呼びつける前に、部下の夢子が彼女の部屋のドアを叩く。
流石だわと、神綺は心のなかで彼女に賞賛の拍手を送りつつも口では静かに「どうぞ」と入室を許可した。


「失礼します。お疲れと思い、お茶をお持ちしました」


夢子の気配りにはいつも感心する。恐らく私が創りだした魔界人の中では最も優秀な人物だろう。神綺は満足そうに微笑むとお茶を受け取った。
爽やかなハーブの香りが疲労感を薄れさせ、頭に溜まった熱を下げてくれる。
神綺がお茶を十分味わったのを確認し、夢子は紙を一枚彼女に差し出した。


「今日のピックアップです。どうぞ、お時間のある時にお読みください」
「ありがとう」


紙は、夢子が神綺にとって重要だろうと判断した魔界の新聞記事を選び、読みやすいようにレイアウトしたものだ。
激務に追われる神綺に少しでも楽をして貰おうという夢子の心配りが伺える。
神綺は、紙を受け取るとすぐさまそれに目を通し始めた。
時間がある時に、というと今しかないのだ。後で読もうと思うと結局読まないので、受け取るとすぐに目を通すようにしている。
それは、夢子の好意にも応えるという意味もあった。
彼女が一生懸命作った、私向けのニュースペーパーなのだから、読まずに紙ゴミにしてしまうのは勿体無いという思いが神綺にはあった。
自分が紙を読んでいるのを彼女が横からうれしそうに眺める。その瞬間が神綺にとって一番心の休まるときなのかもしれない。
取捨選択をしたとはいえ、元の新聞の量が尋常ではない。その為、記事の数も数百という数になるのだが、神綺はそれを十五分足らずで読みきってしまう。
その間は、終始表情を変えない神綺であったが、ある記事が目に飛び込んできた時、わずかながら彼女のまぶたが動いた。
それを、夢子が見逃すはずもなく、


「申し訳ございません。差し出がましい真似をしてしまい……」


すぐさま、頭を垂れる。


「いえ、いいわ。幻想郷の新聞記事があったので、少し面食らっただけ……。ただ、あまり魔界外とは接触をするべきではありませんね。」
「はい、重々承知しております」
「しかし、懐かしい名前ね」
「ええ……」


“連続皮剥事件の犯人はアリス・マーガトロイドであった。彼女は人形を操るの力を駆使し、カワナメを操っていたのである。、彼女の目的は自立人形の作成であり、カワナメ復活はその実験の一部に過ぎないという見方が濃厚で……(中略)……地下室からは彼女の死体の他にも大勢の遺体が出てきた。彼女の両親であるクリス・マーガトロイド、アルマ・マーガトロイド、姉のアリシア・マーガトロイドの遺体もその中に含まれてる。それらの遺体はどれも、バラバラに解剖され、部位ごとに丁寧に保管されていたというから驚きである。彼女はネクロフィリアだったのではないかと我々は考えて……”



夢子が何故幻想郷の記事を載せたのか、それはその記事に載っている人物と嘗てすこしばかりの交流があったためである。


「まさか、アリスがこんな事をするだなんてね……」


アリス・マーガトロイドは四歳で魔界トップのアカデミー、トレイリア大学に受かった天才児である。五歳になる頃にはグリモアも扱う程の才能を持っていた。
彼女は魔界三世と言われる。神綺の生み出した魔界人の子供の子供に当たる世代の魔法使いで、一世から含めても、その歳でトレイリアに受かるというのは歴代でも類を見ない所業であった。
彼女の入学式には神綺も駆けつけ祝詞を述べたものだ。
いくら頭が良くとも、まだ幼い子供である。それを心配してか、神綺はアリスの面倒をちょくちょく焼いていたのを夢子は覚えている。
夢子から見れば、その様子は実の親子と比べても遜色ないもので、魔界一世の夢子からすれば多少の嫉妬も抱いたりした。
それほど、懇意にしていた才児が突然アカデミーをやめ、魔界の外へ移り住むと言いだいしたのだから神綺は大いに心配した。
しかし、親子で移り住むということもあり、神綺は泣く泣く彼女たちの門出を見送ったのである。
彼女が出ていった後も、あの娘は元気かしらとたまに漏らしていたのを、夢子はしっかりと覚えていたのだ。
夢子としては、親の寵愛を受けている子供の評価を落としたいという下心もあったことは否定できない。


「姉のアリシア・マーガトロイドもなかなか優秀で、かなりの美人だったのにねぇ。残念だわ」


姉のアリシア・マーガトロイドも妹のアリスとはまた違った、恵まれた者であった。
彼女の容姿は魔界一とまで囁かれる程の美貌の持ち主だった。それでいてあどけなさや、どこか付け入る隙があるのではないかと男どもに思わせるテクニックを持ち合わせていた。
魔界の男の誰しもが一度は彼女を自分のものにできたらと夢想しただろう。
実際に、ものに出来る力があると考える爵位を持つ上流階級の男どもがこぞって彼女にプロポーズしていたのを思い出す。
魔界のスキャンダラスな記事を彼女の名が飾ることも珍しくはなかった。


「いい、親子でしたのに、私も残念でなりませんわ」


言った後で少ししらじらしかったかと、夢子は思ったが、神綺は特に気にしてはいない様子。


「夢子、記事はこれだけなのかしら?」
「似たような記事は幾つもありましたが、一番詳しく書かれていたのはその記事です。何か気になる事でもございましたか?」
「ええ、ここに出てくるアリスの家族であるクリス・マーガトロイド、アルマ・マーガトロイド、アリシア・マーガトロイドの他に、マーガトロイド姓を持つ者はいなかった?」
「いえ……一応、これ関連の記事は全て目を通しましたが、そのような者は……。アリス・マーガトロイドにはもう一人家族がいたというのですか?」


「ええ、記憶が正しければ、アリシアの上にもう一人、姉がいたはずなのよ」
「初耳です」
「私も彼女から聞いたから本当かどうかはわからないのだけど、なにせ、彼女の魔界戸籍謄本は彼女の家族が出ていく際に全て消去してしまったから……確認したくても出来ないわね。アリスの話では、障害を持った姉がいると言っていたわ」
「障害ですか?」
「ええ、小人症の姉がいたらしいわ」


小人症というと、名前の通り、著明な低身長を表す病態のことだ。原因は遺伝子や成長ホルモンの異常など様々であるがそれらの疾患を総じて小人症と読んでいる。


「彼女はその見た目から小さい頃よりいじめられて、それが原因で初等学校への入学も断念したようね。だから、学校へ行かず、独学で魔法について勉強していたらしいわ。アリスの話では人形を扱う魔法に関しては天才だ評していたから、才能はあったみたいね。ただ、ここ数年は外へ出ずに、家に引きこもる生活を送っていたとか……。アリスもそれを嘆いていたわ」
「そうなんですが……」


なんともかわいそうな話である。
更に、アリシア、アリスという美貌と知性に抜きん出た妹が生まれ、彼女としては、複雑な心境だっただろう。同じ両親から生まれながらどうしてこうも、違うのかと、彼女は考えたに違いない。その度に、自分の境遇に絶望する。あまりにも惨めではないか。


「おっと、もうこんな時間ね……さっさと片付けないと溜まる一方だわ」
「では、私は失礼させていただきます。余計な事をしてしまい申し訳ございませんでした」
「いえ、あの娘がどうしていたかずっと気になっていたから、あの記事……結果は残念だったけど、読めてよかったわ」
「ありがとうございます」
「また、お願いね。夢子のそういう気配り、好きよ」


神綺に褒められ、退室する夢子の足取りはいつになく軽やかだった。








アリス・マーガトロイドは随分と不機嫌だった。アカデミーから帰ると魔導書が入った鞄を投げ捨て、机に突っ伏した。


「もう、最悪……」


アリスがそうつぶやくのには訳がある。
その日はアカデミーでも研究発表だった。前日から入念に準備し、気合十分であった。
そして発表当日、彼女の研究は同じアカデミーの教授たちをうならせるほどのもので、他の学生からは、賞賛と妬みのこもった熱い視線が注がれていた。
さあ、発表もクライマックスだと、鞄の中から、マジックアイテムを取り出そうとしたところ、中から出てきた人形が、


「アリス・ガンバッテ。アリスはデキルコダヨ。キンチョウシテイナイ」


などと、大きな声で自分を励ますものだから、会場内の雰囲気は一変、大きな笑いに包まれた。
皆が口々にやはり、子供だなと自分を評価したのに対してアリスはこの上ない屈辱を感じたのだった。
発表はなんとか無事に終わったものの、自分の印象がお人形遊びをする子供となってしまったことが随分とアリスの自尊心を傷つけた。
アリスは今日のことを思い返すと耳がまた熱くなるのを感じ、髪をを掻き乱した。
その人形はアリスのものではなかった。


「あいつのせいで……」


アリスがあいつと呼ぶ一番上の姉の私物だった。
思えば、彼女が子供扱いされるのを嫌うのはこの一番上の姉が自分を子供扱いするためだろう。
昔から、アリスを可愛がり、大事な人形のように扱われてきた。いつしかそれが鬱陶しくなり、不快になり、そんな姉が大っキライになった。
その上、最近は身長でも魔法でも彼女を上回っている為、心のなかで蔑んでさえいた。
父も母も優秀な魔法使いで、二番目の姉も賢く、その上容姿端麗ときている。
そこらへんの没落貴族よりもよっぽど立派な家系だと彼女は誇っていた。
そのマーガトロイド家の唯一の汚点が彼女のいちばん上の姉である。
彼女は自分の家に住み着いている小さなモンスターみたいな姉を恥じていた。
勿論アカデミーの連中に障害者でいじめられっこで引きこもりな姉がいるなどとは言えず、今回の人形のことは、間違って持ってきてしまったことにしたのだった。


「アリス、帰ってるの?」


ドアをノックしてから開けたのは、二番目の姉、アリシアだ。


「どうしたの?」
「あいつのせいでとんだ恥かいたわ……」


涙目でアリシアに今日あった出来事を話すアリス。
それを聞いたアリシアは、ぽんと彼女の頭を撫でて、


「姉さんも悪気があったわけじゃないんだし、許してあげなさいよ。姉さんはあんたが可愛いのよ。あんただって昔はよく懐いてたじゃない」
「昔は昔よ。流石に今でも、アンヨができない頃のような扱いを受けるとうんざりするわ。あーあ……これで、また子供扱いされる。舐められないように必死に振る舞ってきたのに……そもそも、私はそこらへんの妬み嫉みしか口にできない学生なんかよりよっぽど大人よ。それなのに、みんなして……」
「まあ、もうちょっと背が伸びれば、みんなの見る目が変わるわよ。みんな一人のレディーとして扱ってくれるわ」
「そう、かな?」
「そうすりゃ、姉さんだってあんたのこと可愛く無くなるわ。私が他の男と遊んでるのを見て、部屋の隅に引っ込んじゃったもの。それから、私にはつめたいのよねぇ〜」
「羨ましいのよ。アリシア姉さんのことが。自分はゴブリンみたいな見た目してるもんだから」
「ちょっと、それNGワードよー。姉さん聞いたら卒倒しちゃうわ。それより、今日のパーティーに着て行くドレスがきまらないんだけど……どれがいいかしら?」


アリシアが部屋を出ると、すぐさまドレスを数着腕に抱えて戻ってきた。


「クレイヴは白いドレスの方がいいって言ってなかったかしら?」
「じゃあ、この白いのやめる。だって、彼とはもう別れちゃったし」
「へー、いつ」
「一昨日」
「ふーん、まあ、持ったほうじゃない?」
「なによー、えらそーに」


アリシアは人差し指でアリスの額を小突いた。


「クスクス」


アリスはアリシアのことが好きだった。明るく、美しく、魅力に溢れている。自分も順調に成長すればいずれは彼女のような美貌が手に入ると信じていた。
だから、アリシアはきっと未来の自分の姿なのだと思ってすらいた。
アリシアの容姿がほめられると自分もほめられた気になり、誇らしくなる。


「そうだ。今日パパもママも帰ってこないよね?じゃあ、ママのあのブローチ借りちゃおうっと♪」
「あの蝶のブローチ?あれ、すっごい大切にしてたからなくしたら大変よ……」
「大丈夫よ。それに娘が将来の伴侶と出会うかもしれないって大事パーティーなんだからこのブローチをして行っても問題無いはずよ」
「どうせ、一ヶ月で別れる伴侶じゃない」
「アハハハ」


ただ、成長して、あれほどの美貌が手に入っても、あそこまでの尻軽にはなるまいとは思っていた。


アリシアと会話して、大分気分は落ち着いた。
両親は今日も仕事で帰ってこない。冷蔵庫にあった作りおきのご飯を食べる。
二つあり、片方はもう、食べられていた。
アリシアの分ではない。彼女は今日はパーティーなのだ。きっと男のところに泊まってくるに違いない。
手をつけたのはうちで飼っているあのゴブリンだ。
犬の食べた皿と一緒にしたくないと思い、食べ終わった皿はそのままテーブルの上に置いておく。翌朝ママに「ちゃんとお水につけておいてって言ったでしょ」と小言を言われるかもしれないが、それでもあれと一緒につけるのだけはアリスは嫌だった。
ご飯を食べ終わり、明日のために机に向かう。
今日馬鹿にされた分は実力で見返すのだと意気込んでいた。
だが、彼女のヤル気を削ぐものが……


「アリス、あそぼうよ」


部屋にいつの間にか入ってきていた人形がそう、喋った。
ノックもせずにドアを開けるという無神経さにも腹が立ち、自分の勉強を邪魔されたのにも腹がたった。


「嫌よ」


アリスは突き放すように言う。
すると、人形は机に登ってきて、可愛らしくアリスの腕を引いて、


「お勉強なんていいからあそぼう」


とおねだりするのだ。、


「うるさい、あっち行って!」


その可愛らしさが逆に憎たらしく思えて、語気を強める。


「怒ってるの?アリス、私の事嫌いなの?」
「……ええ、大っきらいよ!」


普段から影で姉のことを悪く言ってはいるが、流石に本人が聞いているとわかっているときは、できるだけ穏やかにあしらっていた。
だが、流石に研究発表のこともあり、抑えきれなくなり、はっきりと言ってしまった。


、「ひどいよ……」


人形は、奏者の悲しみそのままを伝えるような寂しげな表情をした。


しかし、それすらも今のアリスには鬱陶しく、


「お願いだからもう二度と私の前に現れないで!」


と決別の言葉を叩きつける。
その言葉が信じられないといった具合に悲しみを存分に表現した人形が、


「どうして、そんな事言うの?ねぇ、どうして」


とアリスにすがりついた。
その時、アリスの中で何かが切れた。


突如、人形の動きは水飴の中に放り込まれた様に鈍くなり、言葉もスローになる。


「ド ウ シ テ・・・」


それが、その人形の最後の言葉だった。
人形の頭は歪に押しつぶされ、消し飛んだ。胴体は綺麗なドレスごと、灰に変わっていく。


「……いい加減にして貰える。鬱陶しいのよ。人形通してしか話せないのか?腰抜けが、喋れるんだったら、直接話せ!」


アリスはボロボロになった人形の残骸をドアに向かって投げ捨てた。
すると、ドアが僅かに開き、その隙間から、アリスの腰の位置程の高さにある、つぶらな瞳がビクビクしながら部屋の中をのぞきこんでいる。


「ふん、まあ、入って来なかっただけ懸命ね。一歩でも入ってれば焼き払ってやったものを」
「きょ、今日のアリス怖いわ……どうしたの」
「どうしたも、こうしたも……正直に自分の感情を表しただけよ。これで私がどれだけあんたのこと嫌ってるかわかってもらえた?」
「……酷いわ……グス」
「あー、うざい。怪物が涙なんて流さないでよ。気持ち悪い!」
「わ、私、怪物なんかじゃ……」
「あ、そうだったわね。あんたはペットよ。我が家で飼われてるね」
「ちが」
「違わないわよ!!だってそうでしょ?あんた、一日中人形ごっこして、後は食って、クソして寝るだけ、ああ、私への迷惑行為もあったわね。ホント、まだゴブリンのほうがマシよ」
「ううう、お姉ちゃん、昔酷いことされて、だから、まだ、外が怖いの……今は家に居るけど、いつかは外に出て……」
「いつかって、いつよ!?どうせ、一生来ないんでしょ?」
「も、もう暫く時間はかかるけど、私も一応独学で色々勉強してるの……だから、信じて……」
「あー?信じるに値する何かをアナタは持ってるの?どうせ人形ごっこの練習でしょ……あんたそれしかないもんね。いい、はっきり言ってあげる。そんなもの魔界じゃ、大道芸以外の何者でもないのよ!!そんな役に立たない技練習する必要ないわ。だって、あんたなら自分で見世物小屋やればお客が来るわよ。どうせなら、自分が人形の真似する練習でもしたら?この、クソチビが!」
「こ、こんな体でも……何か、私にしかできないことがあるはずよ……『砂上の牢獄』でマルウが最後に言ったの……“僕が小さな体で生まれてきたのは、こうして君を助けだす為だったんだね”って……だから、きっと」
「バッカじゃないの?所詮小説の話じゃない。てか、その主人公結局自分は犠牲になるだけで、自分は何も得てないよね?そんな人生何が楽しいの??」
「何かを、成し遂げることが大切なのよ……彼は王様を守ったの。それはすごいことだわ」
「ふーん、まあ、実際に何かを成し遂げられるのは王様だけどね。主人公自身だとただの盗人でしかない。あんたも一緒、あんた自身じゃ何も出来ない。役に立たない技と、醜い容姿、力もない。臆病者……あんた本当にパパとママの子供?不憫に思ったパパとママがどっかから拾ってきたんじゃない?あの二人甘いから。たく、もし本当に自分で生んだんなら、どうせ、生きてても意味ないんだし、生まれた時にシメてくれればよかったのに……そうすりゃペットの食費分一冊でも多くの魔導書が買えるわ。親の投資的に考えてあんた育てるってどう考えても合理的じゃないのよねぇ。存在自体不要。あたしたちの貰う栄養を吸い取る雑草よ」
「う、うぐ、ううう、うああああ」
「お前には何も出来ないよ。一生くだらない人形遊びでもして過ごしてろ!ジャンクが!」


『僕が小さな体で生まれてきたのは、こうして君を助けだす為だったんだね』 『お姉ちゃんすごい!お人形さん動いてるみたい』  『すごいは、貴方には人形使いとしての才能がある』  『死ねよ、気持ち悪い』『あっちいけ』 『芋虫』 『お前には何も出来ないよ』 『アリスさんはすごいわね。貴方なら将来魔界を背負って立つことが出来るような大魔法使いになれるわ。その為にも頑張ってね』  『何かを成し遂げることが大事なんだよ』 『今度の彼氏は本当に好きなのよ。え、この間もそんなこと言ってたって?』   『そんなもの魔界じゃ、大道芸以外の何者でもないのよ!』  『ほら、誕生日にお前の為に買ってきたんだ、本格的なオートマタだよ』『ありがとうパパ』  『この、クソチビが!』  『人生がどんなに絶望的に見えても諦めてはいけませんよ。希望をもって』  『一生くだらない人形遊びでもして過ごしてろ!』


妹の心ない言葉は彼女の頭の中で毒嚢として弾けた。その毒は頭の中の素敵な思い出や、彼女の生きるお手本をぐちゃぐちゃに溶かし、歪に変形させてしまった。毒で溶け混ざった。彼女の脳は、醜悪な形で冷え固まった。その瞬間、彼女は最悪の怪物へと変貌した……


「アルヨ……私にしかできないこと」
「何よ?見せてみなさいよ!」
「うん、わかった。でも、ちょっと、時間をちょうだい」
「チッ、早くしてよ。私はアンタと違って忙しいんだから」


アリスは机の上の魔導書に目線を戻した。彼女の姉が、人を一瞬で気絶させる機器を手に握りしめているのも知らずに……







チク……








「ふんふーふーふー♪血液は早く抜いちゃわないとね。死斑ができちゃうもの。代わりに赤い溶液を注入しよう♪肌に明るさが出るわ……でもその前に細胞から水分が逃げない様にこの水溶液につけて……よし、これで殺菌もでいるから大丈夫。心臓は食べちゃおう。魔女の心臓は魔力の固まり、アリスの心臓ならきっとすごい力がつくわ♪あーでもポンプにして赤い溶液を循環させて体温を表現する機能はどうしよう?まあ、今回はいっか。内側から別の方法で温めればいいわ。それより脳みそはどっから取り出そうかしら。やっぱ目?んー目は濁っちゃうし、黄ばんじゃうから義眼にするかぁ、内部から外が見えるようにカメラを付けないと……私がいない時には勝手に魔法糸で動くような機械を、そうだ脳みそのとこにいれよっと。ちょうどいいわ。私が出ている間、中には支えになる金属製の背骨をその間入れておこう。いや、その前に私が入った時、不自然じゃないように接着ざいでアバラの骨を再現しないと。中に入ったら人形を操って背中に皮膚粘土で蓋をしてもらおう。ンフフ……その内、アリシアやパパ、ママにもしてあげよう。人が増えると管理が難しいかしら?いい録音機器があればいいけど……パパとママが帰ってくるまでに出来るかしら?……出来るわよ。出来る。これは私にしか出来ないことよ!」、


一ヶ月後マーガトロイド家は魔界を出ることになる。








霊夢は今日も、境内の掃除に余念がない。
毎日しているのだから、一日くらいサボっても問題ないような気もするが。
時折、塵を集める箒を止めて、何も無い空を見上げ、ボーっとしている。
何かを考えているのか、それとも何も考えていないのか……。
彼女はいつも通り、境内を掃き終わると母屋に戻り、お茶を淹れる。
縁側に座って、ゆっくりとお茶をすする。
霊夢が元気なさそうにお茶を飲むのを、隣に座った華扇は心配そうに眺めていた。


「霊夢、大丈夫ですか?」
「んー……」


昨日から何を聞いても「んー」とか「あー」とかはっきりしない返事を返してくる
きっと、友人が死んだショックが大きいのだろう……しかも、犯人は今まで友人だと思っていたアリス・マーガトロイドだ。華扇の知り合いの死神が、「青娥の魂が証言したよ。足の無い、幼い女の子に殺されたってね」と言っていたので、今度こそ間違い無いだろう。
せめて、早苗が無事に目を覚ましてくれれば……。
華扇はそう思った。
一方、霊夢は華扇の心配をよそに、スッと立ち上がると奥に歩いて行ってしまう。


「霊夢?」
「トイレ……」


膀胱にある程度の尿が溜まると排泄の為、トイレに向かうようにプログラムされている。
一日のスケジュールは境内の掃除、お茶を飲むこと、ご飯を作って食べる。きた人間に挨拶をする。夜には寝る。朝起きる。その他様々な受け答えが出来るようにインプットされた機械が彼女のお腹の中に入っているのだ。
脳は、霊夢が自分の意志で動けないように脳幹以外の部分は穴だらけにして使い物にならない様にしてある。
傍から見れば、意気消沈しているように見えるというもの。
余計な詮索を避ける為欝っぽく振舞わせるのが一番だろうという決断にいたり、そうなった。
霊夢が死ぬと色々不具合も起きるらしい。それは避けねばならない。
霊夢がトイレから戻ってくるのと丁度同時位か、一人の女が境内に足を踏み入れた。
女はスラっと背の高い、それはそれは美しい女だった。
黒いドレスを着ていた。胸には蝶をあしらったブローチがついている。
背丈はベス・リリーと同じ。それでいて、肌は6歳の幼児を思わせる若々さだった。髪は長い綺麗なブロンドで、エルペス・ティレルが生きていたならこれと同じくらいの長さになってきただろう。彼女の歯は宝石のように美しく、均整のとれた歯並びは芸術の域だった。おまけにまだ、生娘ときている。
まるで、一流の画家が自分の理想を絵に起こしたような女だった。


「おはようございます」
「おはよう……」


プログラムはきちんと作動しているなと、女は一安心した。声帯の振動にも問題無いし、ブレスの具合も完璧だった。
これからはボロが出ないようにちょくちょく会いに来てメンテナンスをする必要がある。その為にはお近づきにならなければならない。


「おはようございます」
「あ、おはようございます……」


流石の華扇も女の美貌に見とれてしまっている様子。


「最近、幻想郷へ引っ越してきまして……まずはこの神社にご挨拶するのが礼儀だと聞いたものですから」
「これはこれは、態々……しかし、生憎、巫女は少し精神を病んでおりまして。最近凄惨な事件があったばかりなので多めに見てあげて下さい」
「そうなのですか?」


女は華扇と暫く立ち話をすると、神社を後にした。
人里によると、魔導書をあげた少女の家を目指す。
窓から、家の中を覗くとと彼女は女があげた魔導書を一生懸命読んでいた。
女が暫く見ているとそれに、少女も気がついたらしく、怯えた眼で女を見つめる。


「お名前は?」
「は、蓮、道、みみ三千代です……」
「三千代おちゃんって言うんだ。それ魔導書よね?私もね、魔女なのよ♪」
「ほ、本当!?」


女が魔女だと解ると三千代はすぐさま駆け寄ってきた。
そっと手を握った彼女は


「ほ、ほん、とだ!お手手て、つ、冷たい!」


と嬉しそうに言った。


「んふふ、魔女だからね」


三千代と暫く話をする。アリスが犯人になったことで、里は今軽い魔女アレルギーなのだという。彼女は魔導書を捨てられないように必死に隠し持っていたのだった。


「大変ね……」
「う、うん」
「でも、諦めては駄目よ。そうすればきっと貴方は魔女になれる」
「うん!」


三千代は力強く頷いた。女はそれを聞いて満足した。
彼女には立派な魔女になってもらわねばならない。
「またね」と言って、三千代の家を出た。
さあ、いよいよ紅魔館だ。


紅魔館へ着くと、美鈴を呼びつけた。


「あの、私こちらにお住まいのパチュリー・ノーレッジさんと以前から文通をしてまして……体のほうがようやく、良くなったものですから是非一度お礼がしたくて参りました。こちらが、証拠のお手紙です」


ポケットから、パチュリーから貰った手紙を出し、美鈴に見せる。
彼女は「少しお待ちを」と言って、中へかけていった。
しばらくすると、咲夜が現れ、奥へご案内しますわと言ってきた。
彼女の後についていき、大きな地下図書館の扉の前までやってくる。


「パチュリー様。お客様がお見えですよ」


しかし、本を読むのに夢中なのか返事がない。


「少々お待ちを……」


咲夜は一人だけ扉をくぐると、中から何か口論のようなものが聞こえてきた。


「早く出てください」
「ちょ、ちょっと待って、こ、心の準備が……」
「もう、お通ししろと追っしゃたのはパチュリー様の方ですよ」


愉快な会話が暫く続き、その後ゆっくりと図書館の扉が開いた。
中からナイトキャップをいつもより深めにかぶった。パチュリーが姿を表す。


「え、えっと……実際にお会いするのは初めてだから、はじめましてでいいわよね?あ、改めまして……パチュリー・ノーレッジです。お、お会いできて光栄だわ」


彼女がそっと、友好の握手を求めて手を差し伸べたのをみて、女はそれを、ひしと握り、応えた。
その瞬間、女は全てを手に入れたような気がした。これが幸福なのかと噛み締めた。


「こちらこそ!それから、はじめまして、私――――」


女の口から名前が告げられる。新しい、生まれ変わった美しい蝶の名が








―FIN―
長いお話をここまで読んで頂いてありがとうございます。もし、先にあとがきから読むという方ははじめから読んでね。

この話は、本来産廃百物語Aとして投稿しようと書いていたお話です。書きあげる二ヶ月近くかかってしまったのですが……
せっかく遅刻しても投稿出来るチャンスを頂いたのに、それを活かすことが出来ずに申し訳ございません。紅のカリスマさん、本当にごめんなさい!!
そして、今回文字の色の変え方を教えて下さったジョルジュさん、ありがとうございました。
その他、作品待ってますと言って下さった方、そして読んで下さった方々に感謝いたします。


これだけ引っ張って、こんなオチかよって思った方……申し訳ございません。
もし、二次創作異端審問官メアリー・スーとかいたら、細切れにされてるレベルの話といいますか、オチだなと、書き終わってから思いました。
あと、貴志祐介さんからの影響は隠しけれません。ところどころ、パク……、引用に近い形の表現もあるかと思います。引用元を明かすのが礼儀でしょうが、貴志祐介作品をこれから読まれる方のネタバレを防ぐ為にそれはしないでおこうかと思ってます。貴志祐介ファンの方がいましたら、お許しを。あと、うみねこファンの方にもごめんなさい。

挿絵は入れれたら入れたいです

最後にすごくどうでもいい話ですが、単発作品では今のところ産廃史上最長みたいです。やったー♪
灰々
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/10/14 21:16:59
更新日時:
2011/10/17 02:03:55
評価:
9/13
POINT:
870
Rate:
12.79
分類
ミステリー風ホラー
うみねこ
オリキャラオリ設定過多
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 120点 匿名評価 投稿数: 4
2. 100 紅のカリスマ ■2011/10/15 09:12:08
人間怖い、本当に怖い。
3. 100 NutsIn先任曹長 ■2011/10/15 19:48:51
ご苦労様でした。こんな大スケールな作品、久しぶりです。

文章が!! こっちに!! 迫って!! 引き込まれた!!
理解をせんとするよりも速く、身体が熱くなりました!!

ん!? こんな……、こんなことって……。
は、吐きそう……。こんなことって、あるのか……。
真実って、残酷すぎる……。

ねえ、嘘だって言って下さいよ!!










「くすくす、芋虫さん。砂上の楼閣で見た胡蝶の夢は楽しかったかしら?」
4. 100 名無し ■2011/10/16 02:18:36
人間て怖いなあと改めて思った
あと、mtgのpwらしき人が出ていて吹いてしまったw
5. 10 名無し ■2011/10/16 12:29:41
長いし読みにくいしオリキャラ満載だし話しわかりにくいし
申し訳ないけど途中で投げました。
6. 100 んh ■2011/10/16 23:47:24
ゆかりんのあの台詞をどうしても思い出しました。幻想郷は彼女たちも「すべて受け入れる」んだなあと。

結末を知ってから読み返すとプロローグにおけるチルノの気遣いと忘却が強烈ですね。ぞくっとしました。
とりあえず三千代ちゃんには"健やかに"育ってほしいなあと思います。

あとすんごい下らないことですが、「」内にも改行があったら読みやすいだろなと思いました。特に早苗の独白は長かった。
9. 70 真実の探偵 ■2011/10/18 17:11:46
途中で霊夢がバトラ並みに無能なったと思ったら赤き真実がでて吹いたw

とても読んでいて引き込まれるほど面白かったのですが、やはり最後のオチに繋がるラストが弱いかな、と思いました。
一つ、赤き真実で「アリス」と「アリス・マーガトロイド」が犯人でないと告げられたにも関わらず、赤き真実をそれほど信じていない霊夢はともかく、パチュリーが疑問を抱いていないこと。
二つ、ラストからエピローグにいたるまで霊夢がどうして、どうやってそうなったのかが不透明なこと。

この二点が、少し個人的には残念でしたが、とても面白く読ませていただきました。やはり「探偵」役の早苗が途中退場したのが辛いですね、無限の魔女辺りに力を貰って目覚めたら青き真実でも使いそうな雰囲気すらありますねw砂上の楼閣の胡蝶は羽ばたくよりも、踏み潰すほうがかの魔女は好きそうですから。
11. 90 名無し ■2011/10/25 18:49:19
やっと読み終わった…っ!面白かったけれど長かった…っっ!
雑多に関係の無さそうな事件が頻発してそれが、一つの計画に収束する様な展開は大好物なので楽しめました。
スピーチや文章は同等の内容ならば短ければ短いほど難しいとも言いますが、私はでかい事はいい事だいうアメリカンな思考は大好きです。

メアリー・スーは二次創作をする上で常に立ちはだかりますが、旧ロリアリスとWinアリスが別人(人、といえるか怪しいですが)というトリックでの仕方の無い絡め方ならば──何だか傲慢な言い方になってしまいますが語彙が私には無いもので――許容範囲に思えました。

主人公とかのピンチに駆けつけてドヤ顔するようなヒーローじゃなくて悪役でもメアリー・スーの定義には引っかかるんでしょうかね、そういえば?

読んでいる最中、三千代がサイコパスで犯人なのかな、とか思ってましたが、流石にそんなに学習速度が速いなんて事は無かったぜ。
妹紅は万が一火力が通じなかった場合、カワナメの体内で食われて死亡復活ループの無限地獄になる可能性があったけれど、そんな心配も無用だったぜ。
12. 90 黄金の魔女 ■2011/11/02 17:35:29
褒めて遣わす。
13. 90 名無し ■2011/12/21 07:57:55
美しい少女や女の形をしていれば中身は割とどうでもいい。東方二次、特に排水溝では普遍的な態度だと思っていることですが、エピローグの『彼女』を好きになれるか?抱きしめたいと思えるか?という疑問に答えがだせない自分がいた。
…エピローグを読み終わった瞬間に考えたことです。

カワナメとか余った部品で、メインの目的は黄金の蝶を作ることだったのね。
…あまりのおぞましさに心底感服しました。

勿論100点をつけたいのですが、これら二点がどうしても気になってしまいました。
1.霊夢が事件はまだ終わってないと主張する根拠が青蛾の遺言のみ
途中まで、もしかしておかしいのは霊夢さんなのではと疑った理由。

2.青蛾を倒した時点で事件を強力に牽引するものがなくなってしまったこと(分かりやすい未解決事項がなくなってしまったこと)
1と若干被ります。勿論テケテケと焼失事件が未解決事項なんですが、霊夢さんが口に出すまですっかり忘れてました。カワナメと違って一度出たっきりので…。
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