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『幻想郷防衛大作戦』 作者: NutsIn先任曹長

幻想郷防衛大作戦

作品集: 1 投稿日時: 2011/12/04 07:43:09 更新日時: 2012/02/25 20:04:44 評価: 14/24 POINT: 1450 Rate: 14.75
幻想郷。

この、我々が住まうセカイとは異なる次元にあるという、

人と妖怪、神と悪魔、忘れ去られたモノと最先端を往くモノ。

過去と現在と未来。

これらが渾然一体となって存在する、魔女の大鍋。



幻想郷では、『妖怪は人間から畏れられるもの』、『妖怪は人間の幻想の産物』という理により、
妖怪と人間は互いを脅かし、それでいて離れることのできない不思議な共存関係を築いてきた。

それがセカイの法則だから。

だが、その法則は良い方へと変貌してきた。

付かず離れずの関係から、人も妖怪も一歩踏み出し、互いの手を取るようになったのだ。

人間の子供達は妖怪の子や妖精達と遊び、学ぶようになり、
大人達は種族に関係なく酒を酌み交わし、
性質上、人間を捕食しなければならない妖は、
妖怪の賢者が支給する安全、清潔な『合法品』を美味しく頂いた。



この平和は、幻想郷を守り、導く者達の努力が実った結果であった。



幻想郷の結界及び、相変わらず出没する悪さをする妖怪の脅威に晒されている人々は、
博麗の巫女と呼ばれる一人の人間によって守られていた。

そして、幻想郷というセカイそのものは、偉大な母達とも呼ばれる――、

妖怪の賢者である『幻想郷の管理者』、八雲 紫。

元・第十三代目博麗の巫女にして、数十年前に人から神となった『幻想郷の守護神』、博麗 霊夢。

――夫婦でもある、この二人の女性によって管理、運営されていた。



現在、幻想郷は霊夢が考案し、博麗の巫女が徹底させているスペルカード・ルールによって、
各有力勢力による表立った争いは無くなり、
飄々とした人間最強の巫女の鉄拳制裁と、
賢者と守護神夫婦の、些か暑苦しい慈愛によって――、



幻想郷は今日も平和であった。





――だが、破滅というヤツは、

極秘裏に万端の準備を整え、

ある日突然、人々の前に現れるものである。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





人里の外れと妖怪のテリトリーの外れが重なった地域。

そこでは人と妖怪が共存して宜しくやっていた。





夜。

診療所。

仕事を終えた看護師と事務員達は既に帰っていた。
今日は週末だから、人妖混成のスタッフ達は連れ立って飲みにでも行ったのだろう。

この診療所の所長である妖怪の女医は一人、診察室の机に向かいカルテの整理をしていた。

カルテに書かれた患者達は、全て集落の顔見知りであった。
女医は、往診や問診、というより雑談で気付いた相手の心身の不調、その予兆、個人的感想等を、
カルテの余白に鉛筆で書き込んでいった。



診察室の開けっ放しの扉。

そこと女医がいる席を隔てる衝立。

微かに、揺れた。

ぴく、と女医の頭に直立していた長い耳の片方が、微かに動いた。



女医はカルテをめくりながら机の天板の真下、女医の腰の真正面にある平たい引き出しを開けた。

そこには筆記用具、何枚かの書類、歯ブラシと歯磨き粉のセット、口が寂しい時に頬張るキャンディー、
そして黒光りする鉄の塊があった。

この鉄塊は、独逸製の大型自動拳銃、シュネールホイヤーである。

モーゼル社製の連射と単射が切換え可能な、
モーゼル・ミリタリー M712と呼ばれることもある銃である。



女医は、引き出しの中の物を掴むと、腰掛けた回転椅子をきっちり180度回転させた。

すぐ側まで肉薄していた闖入者の口に女医が手にしたものを捻じ込む一連の動作には、
全く淀みは無かった。



「ほ〜ら、あめちゃんよ〜」

「ふ、ぐっ、う!? う〜っう〜っう〜っ!!」



女医によって口中に放り込まれた甘酸っぱい味に、幼い少女は赤い目を見開き、
驚いた顔から苦しい顔、そして笑顔へと表情を変化させた。

ぴこぴこ。

少女の銀髪の頭に生えたウサ耳が嬉しそうに揺れた。

ぴこぴこ。

女医の手入れの行き届いた紫がかった色の長髪の頭に生えたウサ耳も、嬉しそうに揺れた。

幼い少女は、やはりウサ耳がある半透明の柔らかそうな塊を胸に抱き、
赤いお目目をくりくりさせてはにかんでいる。



この子がいる、ということは――。



「お元気そうで何よりです。あなた」



全く気配を感じさせず、和装の女性が椅子に腰掛けた女医の背後に立っていた。

二刀を携え、半透明の物体を天女の羽衣の如くに身に纏わせた女性の出現に、女医は驚かなかった。

心当たりは一人しかいなかったからだ。

「貴方もね、妖夢」
「ととさま〜、私は〜?」
「うん、貴方も元気元気。ちゃんとかかさまの言うことを聞いて良い子にしてたかしら?」
「うんっ!!」

女医は女性を見た。

女性は苦笑していた。

女医は少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。



女医は白衣を脱ぎ、代わりにスーツの上着を羽織ると、女性達と共に診療所を出た。

三人が後にした診療所の看板には、こう書いてあった。



『優曇華院診療所』。



女医――鈴仙・優曇華院・イナバと、
和装の女性――魂魄 妖夢は、
月人によって真の月が隠され、妖怪達によって夜が明けなくなった異変がきっかけで知り合い、
医療従事者と患者の関係から始まった清い交際を続けてきた。

鈴仙の師匠である天才薬師、八意 永琳から独立を許されたのを機に、鈴仙は妖夢に求婚した。
もちろん彼女の主、西行寺 幽々子への根回しは万全である。
姫様の仇敵に頭を下げて譲ってもらった、生食も可能な上物の筍を送った甲斐があった。

妖夢は、はにかみながらただ一言。

「はい」

二人は晴れて夫婦となった。

しかしながら、妖夢は冥界を治める亡霊姫、西行寺 幽々子に仕える庭師。
――主の盾であり、剣である忠臣。
鈴仙もヒトの命を預かる身。ホイホイ主の側や診療所を留守にはできなかった。

結婚して早々に別居状態になった二人であった。
が、それでも二人は幸せな一時を過ごすための時間を、色々やりくりしてひねり出した。
その努力の甲斐あり、鈴仙と妖夢は二人に似た愛らしい女の子を授かることができた。
娘は一応世襲である西行寺家の庭師となるべく、
世話焼きの亡霊達もいる白玉楼で妖夢が面倒を見ることとなった。

娘は健やかに育っているようだ。
鈴仙は、こうして妖夢に連れられてやってきた小さな剣士を見て、
妖夢に任せて良かったと改めて思った。
自分のところだったら、忙しくて子育てどころじゃなかっただろう。



鈴仙は、妖夢と手を繋いだ娘のもう一方の手を握り、連れ立っていきつけの洋食店に向かった。

一家団欒を送るのに相応しい、暖かな雰囲気と料理は三人の好物だ。

こうして、久方ぶりにまみえた家族のささやかながらも幸せな一時は幕を開けた。



夜も更け、妖夢と娘が冥界に帰る時がやって来た。

妖夢の着物の袂を掴み、空いたほうの手を振る娘は、
ついこの前までは鈴仙と離れたくないと泣いて駄々をこねたものだ。
辛いのは鈴仙も妖夢も同じだが、お互いの仕事場が離れすぎているし、
働き盛りの今は辞めるわけにもいかない。
娘は幼いながらも両親の事情を慮り、気丈に振舞っているのだ。
親が子供に無様を晒すわけには行かなかった。



今回も、鈴仙は妖夢達を笑顔で見送ることができた。



診療所に帰ったら、一杯引っ掛けてとっとと寝てしまおう。

夢の中でも親子水入らずでいられることを願いつつ。









鈴仙のささやかな願いは、

いとも簡単に打ち砕かれた。










鈴仙の耳がぴん、と直立し、身体もその場で直立したまま動かなくなった。

まるで金縛りになったようだ。



実際は一分も経ってはいないはずだが、
鈴仙の衰弱具合は、まるで数百年間、地獄の責め苦を味わったようだった。



何とか道端で気を失うことも無く、鈴仙は診療所に帰り着き、
数時間前まで仕事をしていた診察室の席に、すとんと放り込まれたように腰を下ろした。



数時間もの間、鈴仙は幽鬼のような表情で虚空を見つめていたが、

「う゛ぅっ!?」

ストレスからか、急に吐き気を催し、両手で口を押さえた。

目を白黒させ嚥下して、何とか戻してしまうことは回避できた。

喉から口に立ち上る、半ば消化された挽肉の味と匂い。

家族三人で食べた、シェフ自慢の手捏ねハンバーグ。

愛しい妻と娘の笑顔。

あの場に鏡があれば、そこに自分の笑顔もあったはずだ。

続いて想起されたのは、永遠亭で過ごした日々。

悪戯ばかりする妖怪兎の頭、因幡 てゐ。
鈴仙を様々な新薬の実験台にした、八意 永琳。
無理難題ばかり言って、鈴仙を振り回した月のお姫様、蓬莱山 輝夜。

つらつらと思い出されるトラウマ物の思い出。

しかし、記憶のパンドラの箱から最後に出てきたのは、

皆、笑顔で月を眺める光景だった。

例月祭。

お団子の甘さ。
一服盛られた因幡達の陽気な歌。
まあるい、お月様。
鈴仙が逃げ出した、故郷。

『ごくろうさま』

成功裏に終了した例月祭に感心した輝夜からお褒めの言葉を頂戴した。

『良くやったわ』

鈴仙の一言で停滞していた実験が進展した時、永琳が頭を撫でてくれた。

『ありがと』

仕事中に怪我をした因幡の手当てをして、彼女の作業を引き受けた鈴仙に、
彼女達のリーダーであるてゐは、ぶっきらぼうにそう言った。

鈴仙の脳内で、場面は次々に切り替わっていった。

博麗神社での宴会。

巫女が、黒白が、スキマ妖怪が、チビッ子吸血鬼が、大食い幽霊が……。

誰が誰だかわからないが、
誰もが皆、酔って、騒いで、笑顔だった。

バカ騒ぎの中、酔いつぶれた鈴仙に水の入ったグラスを差し出した、半人半霊の少女。

そう、彼女がいたのだ。

永夜の異変での出逢いでは、ただ『斬る』為だけの存在としか思えなかった彼女。
目の治療で目薬をさす時、口をぽかんと開けてちょっと間抜けに見えた彼女。
いつもひたむきに修行に打ち込む彼女。
主の亡霊姫の大食いにあきれる彼女。
いつも鈴仙の隣で微笑んでいた彼女。
送った銀の指輪を嵌めた左手の薬指を楽しげに眺めていた彼女。
披露宴で幻想郷中の人妖から祝福と冷やかしを受け、酔った勢いで刀を振り回した彼女。
永遠亭の病室で、娘の誕生に出産後にもかかわらず鈴仙に笑顔を向けた彼女。
愛娘を連れて鈴仙の診療所に遊びに来てくれる、妻であり一児の母である彼女。

このセカイには、彼女がいた。

幻想郷。

誰でも受け入れてくれる、逃亡者である自分も受け入れてくれた、安住の地。



取り留めの無い雑念に耽った鈴仙は我に返った。
さっきまで悩んでストレスに押しつぶされそうになった事を馬鹿らしく感じた。
あの『通信』を受けた直後にこうするべきであった。
ああ、貴重な時間を無駄にしてしまった。
鈴仙は机上の電話の受話器を掴み、ためらわず迅速に確実にダイヤルを回した。
困ったことがあればいつでも頼れと言ってくれた人への直通電話の番号だ。



真夜中にもかかわらず、僅か一回のコールで、その人が出た。



『はい、八意研究室』

「師匠……、お久しぶりです……」



鈴仙の師匠、八意 永琳なら、きっと何とかしてくれる。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





夜も更けた、とある屋敷の寝室。

一組の布団に、二人の美女が裸身を絡ませて眠っていた。

二人は、外見上は同年代らしい、色香漂う妙齢であったが、
その美しさの方向性は異なっていた。

金髪の美女は美術品であった。
ウェーブのかかった髪。
見た者の性欲をそそりそうな、脂の乗った肢体。
虜になった者の夢と現の境界をとろけさせ、堕落させそうなほどの、見事な姿であった。

黒髪の美女は実用品であった。
少し癖のある髪。
数々の修羅場を潜り抜け、洗練されて出来上がった身体。
何者たりとも彼女の心身を侵すことは叶わないような、武器であり防具である機能美であった。



二人の美女は相思相愛の夫婦であった。

金髪美女は最初、黒髪美女が人間の少女だった頃、彼女を道具として見ていた。
セカイを守るための、大事な道具。

黒髪美女は最初、金髪美女をセクハラや厄介事を押し付ける、胡散臭い妖怪だと思っていた。
箱庭のセカイを愛する、妖怪の賢者。

何時からこうなったのだろうか。

セカイを守るため、強者に対して膝を屈し、辱めに耐えている事を知ったからか。
たとえ強敵に敗れ、拷問や陵辱を受けようとも、勝つまで挑み続ける姿を何度も見たからか。

幻想郷を襲った数多の危機を潜り抜け、解決し、
二人の関係は腐れ縁から互いの背後を任せられる相棒となり、
恋人となり、
遂に伴侶となってしまった。

妖怪である二人の姿は、数十、数百、数千年たっても変わらないだろう。
互いを愛する気持ちもまた然り。



夫婦の濃厚な営みを終え、気だるさと充足感に身を任せて眠りについてから数時間が経過した。

二人は夢の世界の境界を踏み越えて、現実に戻ってきた。

二人は、はっきり言って、寝覚めが良くない。
起こす者に決死の覚悟が要るくらいである。
だが、起きて最初に視界に入ったものが愛する人だと、あっという間に上機嫌になる。

たとえ目覚めた時が、ふくろうの鳴き声や妖怪に食われた人間の悲鳴が聞こえる真夜中であろうとも。



二人は半身を布団から起こし、同じ方を見た。

月明かりに照らされた、廊下と部屋を仕切る障子。

そこに映る、九尾の影。



「紫様、霊夢様、永遠亭より緊急連絡です」





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





早朝。

永遠亭。

輝夜姫が上座の御簾の向こうにおわす、謁見の間。



朝早い時間にもかかわらず、幻想郷の重鎮達は紫と霊夢の非常呼集に応じ、
二列に向かい合う形で、広い座敷に座っていた。
昼型の者は温い布団が恋しい、
夜型の者はお休み前のナイトキャップ(寝酒)を楽しんでいた時間のはずだが、
さすが幻想郷の各陣営の頭、そんなことは露ほどにも感じさせない。

彼等から少し離れ、上座の側に控えているのは、
永遠亭を実質的に切り盛りしている月の賢者にして名医である八意 永琳。

そして、座敷から一段高い上座。
御簾で隠されているその奥に、永遠亭の一応の当主である、
月より堕ちた、永遠の罪人にして姫、蓬莱山 輝夜が寛いでいた。



御簾越しに何やらぽそぽそと話していた永琳は頭を下げると、立ち上がった。

雑談に興じていた皆は一斉に黙り、永琳を注目した。



「昨晩、我が弟子であり幻想郷の一員である『亡命者』の玉兎が月からの通信を受信しました」

一同、まだ黙って永琳の言葉に耳を傾けている。

「通信の内容は、彼女に月の軍隊に復帰せよというものでした。二階級特進というオマケ付きで」
「公式には『名誉の戦死』として、『脱走兵』であるその兎を処刑するということではあるまいな」

肩膝をついた姿勢で座していた軍神にして乾の神、八坂 神奈子は意見、というより茶々を入れた。
そんな筈は無いと、彼女も含めて皆そう思っている。

「いいえ、通信は月面防衛軍司令官である玉兎の長より発せられものです。
 何でも、幻想郷に精通した兵士が必要だとか」
「質問しても宜しいかしら」
「どうぞ、西行寺殿」

永琳の許可を得て、西行寺 幽々子はゆったりした口調で発言した。

「どうしてそのウサちゃんが言ったことを真に受けたのかしら?
 『月からの通信』って、そのウサちゃんがおつむで聞いたものよねぇ。
 彼女、あまりの幸せのあまり、変な所からの言葉でも聞いたんじゃなくて?」

玉兎――鈴仙が今、幸せの真っ盛りであることは『一部報道』により幻想郷中に知れ渡っており、
幽々子の発言は、娘や妹のように可愛がった庭師を娶った鈴仙に対する、
ほんのちょっぴりの意地悪を交えてのものだった。

当然、聡明な永琳は裏付けを取った上で、紫達に一報を入れたに決まっている。

「念のため、彼女の精神鑑定を簡易的にですが行ないました。
 結果は問題ありませんでした。
それで通信内容の真偽ですが、月の民は玉兎が送受信した通信内容を知る術を持っています。
 月より持ち込んだ機械の中に、玉兎通信を音声及び文字に変換する物があります。
 只今、皆様にお配りしている書類は、その機械に河童より入手した文字を印刷する機械を接続して、
 出力したものです。
 今回の通信の本文は最初の一ページ目で、それ以降は通信に添付された文章です」

因幡達から資料を受け取る一堂。

さらに永琳は補足した。

「玉兎通信は通常は私達の会話程度の内容を遠方に送るものですが、
 込み入った内容の場合、詳細を記した文章を情報化、圧縮化して通信で送ります。
 普段の通信は電話、添付文章は手紙、とでも例えましょうか」

一堂の何割が理解できたか知らないが、とりあえず皆は早速貰った資料に目を通した。

一ページ目は、先程永琳が言った内容が簡潔にまとめられている。

月の軍隊のトップの肩書きを持った某の名が発信者に、
少尉の階級とシンプルな『レイセン』の名が宛名にそれぞれ書かれていた。

そして書類をめくり、二ページ目を見た。

皆、一様に驚いたようだ。

そこにはただ、タイトルのみが記されていた。





『幻想郷侵略計画』。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





『幻想郷侵略計画』――物騒な名前の文章は、僅か数ページで終わった。

内容も、穢れた大地――幻想郷を優れた月の軍隊が浄化、そこを植民地とする、といった、
作戦を立てた理由、か? 
戯言のような文字の羅列が書き連ねられていた。

作戦自体も、玉兎兵の大群が宇宙戦艦で幻想郷に押しかけ、圧倒的火力でねじ伏せるといった、
作戦でも何でも無い、単なる暴力の手段しか書かれていなかった。

月のお偉いさんの中の過激な思想を持った輩の妄言が流出したとしか思えなかった。

悪戯好きな月の兎の与太話じゃないか?
誰かがそういった。
それだったらどんなに良いか。

永琳が鈴仙に月の噂を探らせようとしたが、玉兎通信がこの通信の後、全て途絶したそうである。

確かに玉兎はおしゃべり好きで、冗談を好んだ。
だが、鈴仙が受信した通信の送信者、司令官の署名はおいそれと偽造できるものではない。
もし簡単に偽造できる代物なら、かつて月を侵略しようと試みた者達がそれを利用して、
月の都に混乱を招こうと画策したはずである。

昔、永琳が月に帰還するだの、月の防衛を担う綿月姉妹が謀反を起こすだのといった噂が
巷を賑わせたことがあったが、月の重鎮達の署名入り声明によって公式に否定された。
それでも噂は燻り続けたが、幻想郷の巫女の立ち回りによって完全に消滅した。

つまり、出所不明な情報は噂の域を出ないというわけだ。

では、この怪通信は何なのだろうか。

そして全通信のシャットダウン。
通信が規制されたのか?



とりあえず、幻想郷は只今を以って警戒レベルを引き上げることとして、緊急の会合はお開きとなった。

皆が立ち上がったところで、霊夢は思い出したように声を掛けた。

「そうだ。『志願者』を集めるかもしれないから、よろしく」

須臾の間、緊張が走った。
だが幻想郷の上位階級の者達は、それに触れる事無く、眠たそうに帰っていった。

彼女達は、もう十分に理解した。
幻想郷の置かれた状況は、かなりヤバい、と。

各勢力はそれぞれ私兵を持っているが、幻想郷という組織自体は軍隊を持っていない。
幻想郷を襲う厄災は幻想郷の管理人と守護者がが処理し、
妖怪がらみの不可解な現象は、通常は『異変』として、
博麗の巫女や人間の『異変解決人』と称する能力者が対応する。

しかし、上記の者達だけでは対応不可能な規模の大きい厄災の場合、
幻想郷の管理人と守護者が、幻想郷を守るための作戦の発動を宣言、
幻想郷の住民達から必要に応じた人数の有志を募り、事に当たる。

与太同然の文章中の危機。
実際に起きた場合、霊夢は、自分と紫だけでは手に負えないと判断した。

だから、その際に発動される『作戦』への『志願者』を募ると言ったも同然だった。



紅魔館の主、レミリア・スカーレットはメイド長に戸締りと使用人達の所在確認を徹底させ、
門番にも『起きて』警戒に当たるように勅命を下した。
地下室はフランドール・スカーレット主導の下、シェルターとして利用できるように整備が開始された。
何しろ、フランドールの『全てを破壊する程度の能力』にも耐えうる地下室である。
さぞや安全、強固なシェルターとなることであろう。



冥界を統治する西行寺 幽々子は、冥界の門を閉めなくてはならないと思い、
しばらくはお預けになる顕界の味を楽しもうと、『一人で』繁華街のほうに漂っていった。
繁華街の全ての飲食物が亡霊姫によって次々と品切れになり、
閉店ガラガラのラッシュの末に『ゴーストタウン』と化すのは、その数時間の後であった。



酒飲み鬼の伊吹 萃香は自らの身を疎にして霧と化し、幻想郷に溶け込んでいった。
情報としばらく買いに行けなくなるであろう酒を蒐集するためである。
後者は順調に集まり、それらは博麗神社にストックされることとなったが、
あっという間に倉庫が満杯となり、萃香は昔から収蔵されていた祭具を乱暴に放り出した。
その直後、萃香は酒が入った一升瓶の一撃を脳天に、博麗の巫女から見舞われることとなった。

ちなみに萃香が集めた酒の量は膨大ではあったが、幻想郷全体で見れば微々たる物である。
萃香の能力を以ってしても、幻想郷全ての酒を集めるなど不可能である。



幻想郷エリア担当の閻魔、四季 映姫・ヤマザナドゥは部下の死神である小野塚 小町に命じ、
現在までに三途の川の渡河待ちをしている魂を罪状にかかわらず、全て迅速に彼岸に運ばせた。
小町は重労働で死に掛けているが、それは普段から仕事をせずに魂を大勢待たせた彼女の責任である。
映姫は他の閻魔に幻想郷から来た魂を振り分ける段取りを忙しげに行なっていたが、
こちらは生き生きとしていた。



守矢神社の三柱の神、天魔、河童の頭は、妖怪の山に引き上げた後、
対策会議と称する宴会を催した。
今宵は無礼講である。
今日に限り、普段激務に振り回されている者も、定時での帰宅を許された。
今のうちに楽しもう。
明日以降は『作戦』開始直前まで、酒も一家団欒も無しになるのだから。



天界の最も幻想郷に近い場所、有頂天。
天人くずれの比那名居 天子は、竜宮の使いである永江 衣玖と共に地上を見下ろしていた。

「どう?」
「幻想郷の気は凪いでいます。しかし……」
「嵐の前の静けさ、ってとこかしらね」
「さあ、どうでしょうか」
「……『別荘』に行ってくるわ。お父様に宜しく言っといて」
「かしこまりました、総領娘様」

天子は緋想の剣を携え、傍らに浮いていた要石に飛び乗ると、幻想郷、博麗神社の方に降りていった。



地底の歓楽街、旧都は相変わらず賑やかであった。
いつもよりも余計に生活物資を買い込み、古明地 さとりはペットであり側近でもある火焔猫 燐と共に、
地霊殿への帰路についていた。

「おねえちゃん」

不意に声を掛けられた。

いつの間にか、さとり達の側に妹のこいしが立っていた。
こいしは一杯の荷物を抱えていた。

洋酒の香りが漂うバタースコッチケーキ。
大瓶に密封された人参ジャム。
滋養たっぷりの八目鰻の干物。
つい数十年前まではおいそれと口にできなかった海の幸、鯵の干物。
その他、保存が利く食材の数々。

こいしが友人達から分けてもらったのだ。

さとりとこいしは手を繋いで歩き出した。
お燐は押している猫車に追加で乗せられた荷物から漂う香りに、涎が垂れそうになっていた。

「食べちゃ駄目よ」

さとりは、海魚の干物の包みに顔を寄せていたお燐に釘を刺しておいた。
お燐の挙動を見れば、心を読むまでも無かった。



命蓮寺は、緊急メンテナンスを執り行っていた。
聖輦船になった時に、一戦も交える事無く沈没、何てことになったら大変だ。
船幽霊の船長、村紗 水蜜は自らも各所に足を運んで作業の進捗状態を確認した。

「あれ〜? ここにあったモンキレンチ、知りませんか〜?」
「ご主人、そこの図面の裏にあるものは何だい?」
「あ、ありました〜」
「星には何も触らせないほうが良い、と雲山が言ってますが、私もそう思います」
『わたしもそうおもいます』
「ひ、酷い……」
「聖に宝塔を預かってもらったのは正解だな」
『せいかいだな』

村紗は自身の身体を弄り、貴重品は身に帯びていることを確認してから、
仲間が作業をしている部屋に入った。

「皆、捗っている?」
「あ、キャプテン、お金貸してください」
『おかねかしてください』

顔を合わせて早々の無礼な願い。
財布もよく無くす、星だからしょうがないか。
だが、誰が星に貸すものか。使う前にまた何処かに落とすのがオチだ。

(会話中の二重括弧は、他者の台詞を真似した、山彦の幽谷 響子の台詞である。)



幻想郷の地下。
いや、地底世界とは異なる、幻想郷内の異次元。
通称、仙界。

そこには、かつて日本で栄華を誇った豪族達が暮らす広大な墓所、夢殿大祀廟がある。

幻想郷の一員となった彼女達の棲家は現在、墓地(ぼち)ではなく、基地(きち)の様相を呈していた。

「あ〜やし〜い奴は〜、ち〜かよ〜るな〜」
「「「「「ち〜かよ〜るな〜」」」」」

宮古 芳香を初めとするキョンシー達は、本来の役目である衛兵として廟を巡回していた。
常時よりも人数が多い。

「う〜ん、行動パターンに変化を持たせたほうがいいかも。
 これじゃ只のF.O.E.(フィールド上を巡回する強敵)だわ」

邪仙の霍 青娥は手駒であるキョンシー達の動きを見て、そうひとりごちた。

廟の最奥である神霊廟。

聖人、豊聡耳 神子は笏を両手で持ったまま静かに座していた。
その傍らには彼女の側近二名が控えている。
自称・尸解仙の物部 布都と亡霊の蘇我 屠自古である。

神子は『十人の話を同時に聞く事が出来る程度の能力』で、幻想郷中の『欲』を『聞いて』いた。

『欲』――生きる者の行動理念。

自分を、家族を、仲間を、幻想郷を、それら全てを守りたいという『欲』。

それらが僅かに、ざわめいている。

僅かずつ、僅かずつ、ざわめきが大きくなってきている。

数多の『欲』を『聞いて』きた神子だからこそ気付いた。
今朝の緊急会合の件、真剣に対応する必要がある。
既に青娥には警備を厳重にするように頼んでいる。
私達も動く必要がある、な……。

「布都、屠自古」

側近達は神子を注視した。

「君達、命蓮寺に赴き、聖 白蓮に至急、目文字いたしたい(お目にかかりたい)旨を伝えてください」

今はそれほどでもないが、かつて神子の一派は妖怪を敵視していた。
そして命蓮寺はその妖怪を庇護し、しかも神子復活の前、霊廟の上に寺を設置して、
彼女の復活の邪魔をした事があった。

普段は聞き手に徹している神子が、自ら動く。
『敵』とさえ(主に布都が勝手に)思っている、命蓮寺の聖人との会見を望んだ。

「はっ、我にお任せを」
「やらせていただきます」

矢鱈に気負ったせいか、声が裏返った布都。
偶に言葉遣いが荒くなるが、流石に今はそれが出なかった屠自古。

「くれぐれも、失礼の無いように」

『くれぐれも』と強調した箇所は布都に言ったのだが、はたして伝わっただろうか。

張り切って神霊廟を飛び出していった二人の背後を見送り、
お山の神社の神々にも御出座願おうと、神子は立ち上がった。





永遠亭は、直ちに備蓄の医薬品と食料のチェックが行なわれ、
患者は急患以外受け入れない旨を通達した。

「ウドンゲ、姫様が貴方に話があるそうよ」

そう永琳から言われ、会合が終わるまで別室に留め置かれた鈴仙は、
皆が引き上げてがらんとした謁見の間に通された。

「イナバ、面を上げなさい」

御簾の向こうから輝夜が、平伏した鈴仙にそう声を掛けた。

鈴仙は顔を上げて御簾の方を見た。
御簾の内側では、ぱん、ぱんと、何度か扇子を手のひらに打ち付ける音が響いていたが、

「……っ、あ〜っ!! ったる〜っ!! 誰か!! とっととこの簾をどかして頂戴!!」

遂に輝夜が癇癪を起こし、急いで入室した輝夜付きの二人の因幡がするすると御簾を巻き上げた。

「ふぅ、ご苦労さん」

姿を現した輝夜は、側の盆に山盛りになった握りこぶしほどの饅頭を、一個ずつ因幡に投げ与えた。

饅頭を受け取り一礼して下がった因幡達を見送った後、
輝夜はトテトテと、わざわざ鈴仙の側までやって来た。

「鈴仙・優曇華院・イナバ」

輝夜は、鈴仙をフルネームで呼んだ。

「ははっ!!」

鈴仙は再び、先程よりも深々と頭を下げてひれ伏した。

「だ〜か〜ら〜、堅苦しいのは無しにしてっ!!」

輝夜は鈴仙の両肩を掴み、揺すった。

鈴仙の徹夜明けの脳みそを適度にシェイクすると、輝夜はようやく本題に入った。

「大儀であった」
「……は?」

まだ頭がくらくらする。
鈴仙は輝夜の言の意味を理解しかねた。



「月ではなく、私達を、幻想郷を選択してくれて、ありがとう。

 鈴仙・優曇華院・イナバ」



その一言で、鈴仙は、報われた。

輝夜は、鈴仙が悩んで悩んで悩みぬいて、
家族が、永遠亭が、気の良い住民達がいる幻想郷を選択したことを見抜いていた。
罪が赦され故郷に帰れるチャンスを、苦渋の決断で捨てた勇気を褒めた。

鈴仙は三度、頭を垂れた。

無様に泣いている所を、忠誠を誓った輝夜姫に見せないようにとの配慮であった。

そんな彼女を、輝夜はそっと抱きしめた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





私や永琳や、スキマと巫女上がりのバカ夫婦や、その他諸々がど〜にかするから、
貴方はな〜んにも、心配しなくていいわよ。

そう言って肘掛に寄りかかり手をひらひら振る輝夜に一礼をして、鈴仙は謁見の間を後にした。



部屋の外で饅頭を食べながら待機していた輝夜付きの因幡から、
家族が一般用食堂で待っていると聞き、鈴仙は永遠亭の病院区画にある大食堂に向かった。

ここは入院患者やその見舞い客、永遠亭の職員だけでなく、一般の人も出入り自由である。
料理は安価で健康的で美味く、夜には酒も供されるこの食堂は、入院患者や見舞い客に好評であった。
尤も、ただ飯を食うためだけに迷いの竹林に来るのは、妖怪や能力者ぐらいであるが。

お目当ての人影は直ぐに見つかった。
妖夢と娘は、てゐとお茶やジュースを飲みながら何やら談笑していた。

「お待たせ。あら? 連れて来たの?」

鈴仙は妖夢に娘をわざわざ白玉楼から連れ出したことを指摘した。

「ええ、実は幽々子様からしばらくお暇を頂いたので、しばらく顕界にいることになりました。
 ですから……」
「ウチは大丈夫よ。ただ、一時間ほど待ってもらうけれど……」

鈴仙は、気楽な独り暮らしの代償に、とっ散らかった診療所の居住部を思い浮かべた。
その汚れ具合、一時間でどうにかなるだろうか……。

「30分で十分です」

妖夢は断言した。

「え……!?」
「先日お邪魔した際に、おおよその見当はつけてあります。
 次回来るときに、お掃除して差し上げようかと思いまして」
「……お言葉に甘えさせてもらうわ」

そんな夫婦の会話にてゐが割り込んできた。

「ウサウサ〜。永遠亭にいた頃はお堅かったのに、独立した途端にだらしなくなっちゃって〜。
 奥さんが来れない時は、お師匠様に行ってもらうよう進言しようかな〜」
「まあ、それは良い考えです」
「頼むから、マジ止めてぇ……」
「まじやめてぇ〜、きゃっきゃっ」

てゐと一緒にいると、娘が要らん事ばかり覚えるから困る。
真似されたのは自分の台詞だという自覚の無い鈴仙であった。

鈴仙は、今度から掃除くらいは定期的にしようと思った。
家族が来る時以外の休日はだらだら過ごしている彼女にとって、まず実現不可能ではあるが。



診療所に帰ってきた鈴仙一家は、三角巾やエプロンといった戦装束を身にまとい、戦場に突撃した。

家族三人の奮闘により、診療所内のゴミ溜めは25分で駆逐され、
ヒトが健康的文明的に快適に居住可能な空間へと変貌した。





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鈴仙と妖夢の夫婦が娘と共に、診療所内の腐海に挑んでいた頃。

八雲 紫は外なる戦場の様子を録画した映像を見ていた。



永遠亭での緊急会合がお開きになると、紫は直ちに外界に赴いた。

紫はスキマに飛び込む前に、各陣営の頭目が見守る中、
霊夢との熱い別れの抱擁をするのは忘れなかった。



外界の中でも屈指の一流企業。

ボーダー商事。

八雲 紫がCEO(最高経営責任者)を務めるこの多国籍企業の本社。

紫、藍、それに会社の経営に携わり、幻想郷の存在も紫達の正体も知っている、忠実な重役達。

彼らが居並ぶ会議室で、ひそやかな上映会が行なわれていた。
会議室の出入り口には、警備員二名が張り付いていた。
しかも、彼らは実弾が満タンの弾倉が装填されたM16A4突撃銃を捧げ持っていた。
会議室内にも同様の装備の警備員が、こちらも二名配備されている。
確かに『観客』は会社の重要人物ではあるが、この警備体制は、ちと度が過ぎている。
建物の外では、もっと重武装の警備『兵』が巡回している。にもかかわらず、この警備体制である。
公開されている『映画』の内容が、一般の社員も含めた人目を憚るものだからである。



映画はSFのようだ。

灰色の大地に漆黒の空。
白い宇宙服を着た者が数名、飛び跳ねていた。
彼らの傍らにある、鉄骨を組み合わせたような建造物。

それが、倒壊した。

ぶれる映像。
立ち上る土煙。
画面に走るノイズ。

しばらくして回復した映像には、建造物は無かった。
代わりに、マッチ棒を寄せ集めたような、鉄骨の小山があった。

誰かが鉄骨の下敷きになっていた。
ヘルメットのバイザーが粉々に割れていた。
これでは、宇宙服を着ている人は息ができない。
見る人が見れば、彼は窒息の前に鉄骨に押し潰されて即死しているから、
この心配は無用だと分かるだろう。

ここで一旦、このサイレント映画の映像が停止する。

紫が藍に目配せをすると、彼女は手元の端末を操作した。
すると、映画は建造物が倒壊する直前まで巻き戻った。
気のせいかもしれないが、映像が心なしかぼやけたような。

巻き戻した箇所から映画は再開された。

灰色の大地に漆黒の空。
白い宇宙服を着た者が数名、飛び跳ねていた。
彼らの傍らにある、鉄骨を組み合わせたような建造物。

今度は、先程は映っていなかった、建造物に駆け寄る人影が見えた。

彼らは建造物の側まで来ると、鉄骨の一本を指差した。
その方向に、他の連中が持った銃らしき物から光弾が発射された。

一発、二発。

三発目で、鉄骨が吹き飛んだ。

同様の事を、彼らは他の鉄骨にも行なった。

彼らが地上を走るようにその場を立ち去った直後、
建造物が倒壊した。

再び、映像が停止した。

映像は、今度は謎の人影が発砲するシーンまで巻き戻された。

小さな人影が四角い枠で囲われた。

四角い枠が画面いっぱいまで拡大されると、
その人影も拡大された。

拡大された人影は、鮮明になるように加工されて映し出された。



その人影は、
宇宙空間にもかかわらず、
スカート履きで、
ブレザーを羽織り、
兎のような耳飾を頭につけている、
年端のいかぬ少女だった。





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深夜、帰宅した紫達から事の次第を聞いた霊夢は、
ホットラインで各勢力の代表と連絡を取り、面会の約束を取り付けた。
続いて通信機能付きの陰陽玉を取り出すと、部下の携帯電話に繋ぎ、何やら指示を出した。

その後、霊夢はおにぎりを大量に作った。
包むのに海苔ではなく、大葉や高菜を使うのが幻想郷流。

おにぎりの幾つかは紫と藍の夜食として、残りは香の物と共に重箱に詰められた。
霊夢はさらに台所の収納庫を漁って、お宝を発掘した。
海の無い幻想郷では高級品である、飲兵衛達の垂涎の的、あたりめである。

それらを風呂敷で包み手に持つと、霊夢は縁側でつっかけをはいて出かけようとした。

どこへ行くのか、との紫の問いに、霊夢は、ちょっと博麗神社まで、と答えた。

霊夢は勝手口から、まるで近所におすそ分けでも持って行くかのように出かけていった。

博麗神社に今、誰がいるかは、そこに祀られている霊夢には『分かる』。
手土産は、神社にいる者達が喜びそうなものを見繕ったのだ。

紫達がのんびりと一つ目のおにぎりを食べ終え、二つ目を手に取ったところで霊夢が帰ってきた。

霊夢は、博麗の巫女及び神社にいた者達と修行の打ち合わせをしてきたと言っているが、
恐らく巫女にしたのは『打ち合わせ』ではなく『命令』だったのだろうと、紫は推測した。





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鈴仙は悪夢を見ていた。



彼女が戦場で見捨てた玉兎兵達。

彼女達の顔は、古典的死神のような髑髏になっていた。
三途の川の船頭のような本物の死神の見てくれだったら、どんなに良かったことか。



彼らは手に武器を持っていた。

着剣した突撃銃を構えた兵。
拳銃を持った士官。
円匙を振りかぶった工兵。
無反動砲を担いだ対戦車兵。

思い思いの獲物を握り、ぞろぞろと鈴仙に迫ってきた。

恐怖に震えながら、鈴仙は懐かしさを感じていた。

別に、戦死した同胞に夢で遭えた事を懐かしんだのではない。

鈴仙は、かつてこの悪夢を年がら年中見ていたことがあった。
当然、見たくて見たわけではない。

死神共が寄って集って自分を嬲り殺しにする夢など、見たいヤツはいない。

鈴仙はその悪夢を見ないように、永琳が開発した楽しい夢を見られる薬『胡蝶夢丸』を常用した。
決められた用量を守ったのは最初だけ。
徐々にハイペースになり、丸薬を口いっぱいに頬張っているところを永琳に見つかり、
ドクターストップがかけられた。

昔は頻繁に見たせいで中途半端な時間に飛び起き、寝不足に悩まされたものだ。
心配した妖夢に悪夢のことをしつこく追及された時、彼女に辛く当たってしまった事もあった。
しかし、仕事に慣れて心に余裕ができた頃には、全く見なくなっていた。
今の今まで、自分が悪夢に苦しんでいた事自体、忘れていたぐらいだ。

だが、思い出せればこっちのもの。

これは、どんなに恐ろしくても、辛くても、夢。

後は楽しい事を考えて、夢の内容を変えてしまおう。

ほら早速、最愛の妖夢と娘が登場した。

だが、何故彼女達は、あんなにも怯えているのだろうか。



答えは――、

死神達は、鈴仙ではなく、妖夢達を取り囲んだからだ。



『あなた……、助けて……』

『怖いよ……、ととさま……』



死神達の包囲が狭まる。

や……、止めて……。



妖夢が涙ぐんだ娘を抱き寄せた。

止めてっ!!



死神達が武器を妻子に向けた。

だめぇ!! 止めてぇっ!!



死神達が、円陣の中央を、蹂躙した。



破壊の爆音の中、

鈴仙の妻子の悲鳴は、鮮明に聞こえた。



止めてええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!

私の幸せを奪わないでええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!



鈴仙の叫びがようやく聞こえたのか、
血塗れの武器を持った死神の一人が鈴仙のほうを向き、口を動かした。





――お前、こそこそ逃げ出した卑怯者の分際で、

  幸せになんかなれると思ったのか?





「!!!!!!!!!!」



ベッドから跳ね起きた鈴仙は、汗だくだった。

もう、夢の内容は思い出せない。

だが、かつて見た悪夢と比べても、とびきり酷い内容だったことは、感じた。



「……あなた、どうしたの?」

一緒に眠っていた妖夢が起きて、心配そうに小声で鈴仙に話しかけてきた。

鈴仙は、妻子と共に、キングサイズのベッドで眠っていた。
鈴仙と妖夢の間に娘を挟んだ、いわゆる『川』の字フォーメーションだ。
妖夢が小声なのは、両親に挟まれ、半霊を抱きしめて寝ている娘を起こさないようにとの配慮だ。



「悪い……、夢を見たのよ……」

月明かりの微かな光の中、妖夢は鈴仙の側ににじり寄り、
和装の寝巻きの袖で鈴仙の額に浮いた汗を吸い取るように拭いてくれた。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして」

妖夢は鈴仙に寄ったせいで密着状態になった娘に、ずり落ちた掛け布団を肩までかけてやった。

「さ、あなた、お休みくださいな。お医者様が寝不足では患者さんに笑われますよ」
「ええ……」

鈴仙は布団に潜り込んだ。
ついでに彼女も娘に身体を密着させた。

愛しい娘の体温を感じたいのと、
妖夢が今、娘にしているように頭を撫でて欲しいからである。

妖夢は直ぐに察して、鈴仙の子供じみた願いを叶えてくれた。

鈴仙は頭や長い両耳に温かいような、くすぐったいような感触を感じながら、
再度眠りに落ちていった。



妖夢はしばらく良人の寝顔を観察していたが、
彼女が安らかな寝息を立て始めたのを確認すると、
ようやく目を閉じた。





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鈴仙が月からの物騒な通信を受信してから、一日が経過した。



朝の八雲邸。

何時にも増して、忙しなかった。

一人を除いて。



藍はスーツをビシッと着こなし、外界のやり手ビジネスウーマンのいでたちになると、
家の門前に通勤用スキマを開き、颯爽とボーダー商事に出社して行った。

暗黙のルールとして、八雲邸内では瞬間移動は用いないことになっている。

霊夢は紅白のドレスに身を包み、紫とお揃いの帽子を被ると、居間から寝室まで走っていき、
室内に声を掛けた。

「紫、オカズは冷蔵庫の中にあるからチンしてね。
 後、おなべにおつゆがあるから暖めて食べてね。
 それじゃ、行ってきます」

「いってらっさ〜〜〜〜〜い……」

紫は暖かい布団の中から手だけ出して、もうそこにいない霊夢に手を振った。

今日から霊夢は大変だ。
幻想郷中に『作戦』の発動を触れ回り、参加する『志願者』を募るのだ。
一体何人が、危険に挑んでくれるやら……。

一方、紫のほうは昨日、外界で幻想郷の危機対策を講じ、明日に次の段階に進むこととなった。
今日は下準備を藍がやってくれる手はずになっている。
現在、幻想郷の大結界に異常無し。
異変の兆しは、月の騒動を除き、無し。

したがって、今日一日、紫は仕事が無くなった。

なので、独りで一日限りの休暇を楽しむことにした。

とりあえず、紫はしばらく朝寝を堪能するようだ。



紫がのそりと寝床から出てきたのは、もう正午前だった。

トイレ歯磨き洗顔化粧を終え、室内着のトレーナー姿で台所に向かう、空きっ腹の紫。

冷蔵庫からラップがかけられた皿と小鉢を取り出した。
皿には目玉焼きと、ベーコンやハムの代わりだろうか、
薄切りにした一口大のステーキ肉が二切れ盛られていた。
小鉢の内容は、レタスにキャベツときゅうりの千切り、そしてプチトマトが入ったサラダだった。
ガスコンロの上を見ると、片手なべがあった。
中身はコーンクリームスープだった。
ちなみに霊夢は、汁物であれば味噌汁だろうと西洋のスープだろうと、
一くくりに『おつゆ』と呼んでいた。

皿は電子レンジに入れてチンした。
その間に食パンを二枚、ガチャコンとレバーを下げたトースターに入れて焼き上げた。
サラダにはマヨネーズをたっぷり一絞り。
そうこうしている内に、火にかけたなべからコトコトと音が聞こえてきた。

後、飲み物が足りない。
コーヒーを淹れようとしたが思い直し、
冷蔵庫から、ビールのスタイニーボトルを取り出した。
折角の貴重な休日だ。このくらい良いだろう。



ブランチを居間の卓上に並べ、テレビをつけるとチャンネルを外界の公共放送に合わせた。
丁度、正午のニュースが始まったところだ。
紫は食事を楽しみながら、それを見ていた。

全国区の三番目のニュースが始まると、紫は瓶を銜えたまま鋭い目つきで画面を凝視した。

画面には月と、三桁のぞろ目のナンバーを振られた銀河鉄道が離陸しそうな、
レールが天に向かって途切れている鉄骨作りの建造物が映し出された。



『続いてのニュースです。

 また人類の夢が遠のきそうです』



このニュースは一分とちょっとで終わった。

紫は何事も無かったかのように食事を再開し、

ニュースが終わり、情報番組が始まった頃には完食した。

紫は冷蔵庫からもう一本ビールを持ってきて、
朝の連続ドラマの再放送が終わるまで、居間で寛いだ。





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今日は休みの紫が惰眠をむさぼる布団から名残惜しそうに這い出して、
洗面所で顔を洗っていた霊夢が、
丁度起きてきた藍と朝の挨拶を交わしていた頃。



優曇華院診療所の前。

妖夢と娘は、普段は白玉楼で行なっている、日課である朝の体操をしていた。



「それ、みょんみょんみょん」
「みょんみょんみょ〜ん」

変な掛け声で身体を動かす母子。

「みょんみょん、みょん!!」

スパッツにTシャツ姿の妖夢が勢いよく身体をひねる。

「みょんみょん……、みょ〜〜〜〜〜んっ!!」

体操服にブルマーという、古き良き日本の運動女児のいでたちをした娘も身体をひねったが、
勢いが付きすぎて、バレリーナよろしくその場で回転してしまった。
身体を捻る度、母子のお腹がちらちらと見えた。



先代の庭師兼剣術指南役であり、師匠であり、祖父である魂魄妖忌から受け継がれた、体術。
外の世界から伝わった国民体操。
守矢神社に併設された保育園で、保育士も務める『人の神』が考案したお遊戯。
良人である鈴仙が軍隊時代、養成所でみっちり仕込まれた筋力アップのトレーニング。

妖夢がそれらを組み合わせ、楽しく、効果的に運動できるよう編み出した体操。



名づけて、『みょんみょん体操』。

そのままである。



この見た目スットコ中身はハードな体操をしている最中も、妖夢は鈴仙のことを案じていた。

昨夜――正確には、数十分後には今朝と呼ばれるであろう時間帯、
良人は悪夢を見たと言って飛び起きた。
恐らく、昔話してくれた軍隊時代に関することだろう。

この話題は、妖夢はタブーとしていた。
若い頃、デートの最中に妖夢が寝不足だという鈴仙に、悪夢のことをしつこく追求したことがあった。
その結果、鈴仙は逆上し、妖夢に対して彼女を貶めるような内容の罵声を浴びせると、
その時お茶をしていたカフェテリアの空席のテーブルや椅子を蹴り倒し、帰ってしまった。

後日、八意先生に連れられて白玉楼にやってきた鈴仙は、ばつが悪そうに謝罪した。
八意先生も赦してやってほしいと、妖夢に頭を下げた。
妖夢は、謝るのはこっちだと、二人に負けないくらい頭を下げた。
ぺこぺこ頭を下げる三人を見て、幽々子はからからと笑っていた。

結局、雨降って地固まるとなったが、それ以来、妖夢はこの話題を口にしていない。

鈴仙は、戦場で仲間を見捨てて逃げ出し、幻想郷に堕ちて来た。

鈴仙がかつて自虐的にそう言ったことのみが、妖夢が知る、鈴仙が幻想入りしたいきさつである。

これしか言わなかったのは、それ以外は知る必要が無いということだろう。
だから妖夢があれこれ考える必要も無い。
下手に追求すれば薮蛇になること請け合いである。
ただでさえ、幻想郷が剣呑な事態になろうとしているのに。



妖夢は、改めて自分にできることを考えた。

今、できる事は――、

とにもかくにも、みょんみょん体操である。



「みょ〜ん、みょ〜ん、みょ〜〜〜〜〜ん」
「みょ〜ん、みょ〜ん、みょ、おぉぉぉおんっ!!」

ラストの丹田に気を集中させることを意識しての深呼吸を終えた頃には、
妖夢と娘は程よく汗をかいていた。
湿ったシャツが子を成してから大きくなった妖夢の胸元に張り付き、
ブラジャーの文様を浮き上がらせていた。

母子がタオルで汗を拭っていると、
診療所の出入り口にパジャマ姿の鈴仙が姿を現した。

「ふ、あぁああぁあ〜〜〜〜〜。二人とも、おはよう」
「おはようございます。あなた」
「おはよ〜、ととさま」

鈴仙は汗だくの二人を見た。

「朝から精が出ますね」
「今、日課の修行が終わったところです」
「これからシャワーですか」
「ええ、身支度を整えたら朝餉を作りますので、待っててくださいな」

鈴仙は自分の体のにおいを嗅いだ。
汗の匂いがした。

「良かったら一緒に入らない? お風呂」

妖夢は顔が真っ赤になった。

「わーい!! お風呂〜!! ととさまかかさまと一緒にお風呂〜!!」

無邪気にはしゃぐ娘。

「……ええ」

言葉少なに、肯定の返事をした妖夢。



三人が診療所に姿を消してから数分後、
水音と、はしゃぐ子供の声が聞こえてきた。





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妖夢母子が心地良い運動の汗をかいていた頃、
博麗神社の境内でも、三人の少女が汗を流していた。

下手こいたら、血も流れるが。



「お、戦(や)ってるわね〜」

霊夢は、いよいよ佳境に差し掛かったであろう、
二対一の弾幕ごっこをしている真っ最中の博麗神社に『出現』した。

『空を飛ぶ程度の能力』の効果の一つである、『瞬間移動』。
霊夢は人間だった頃から、『瞬間移動』を異変解決時に使用してきた。
最も、転移先の位置を瞬時に設定するなど技術的に難しいので、移動範囲は短距離に限られ、
戦闘区域――通称『ステージ』間の移動や、攻撃の緊急回避に用いられた。

神となった現在、『空を飛ぶ程度の能力』は段違いに向上した。
博麗神社はもとより、霊夢は行った事のある場所ならば、
どこにでも『瞬間移動』することができるようになった。
ビデオゲームのロール・プレイング・ゲームによくある、
町から町へテレポーテーションする魔法のようなものである。



閑話休題。



博麗の巫女は防戦一方であった。

要石をバリケード、足場、武器と多彩に使いこなし、
隙あらば緋想の剣の一撃をお見舞いせんとする、
天人くずれの比那名居 天子。

身体を巨大化させて踏み潰そうとしたり、無数の小さな身体に分裂して巫女を翻弄する、
鬼の伊吹 萃香。

巫女もやられっ放しでは無かった。
追尾護符や対魔針、結界に体術。
いくらかは二人に命中し、攻撃を阻止した。

だが、足りない。全然、足りない。

萃香の一人で演じる百鬼夜行。
巫女の猛攻で八十鬼夜行になり、七十鬼夜行となり、巫女に到達したのは五十と幾らか。

巫女を屠るには十分すぎる。

さらに、巫女の背後には、相手の弱点を的確に突く緋想の剣を振りかぶる天子。

鬼と天人の攻撃が巫女を挟み撃ちにする刹那、彼女は退魔針をハイサイクルで連射した。



頭上の、天子が足場に使った要石に向かって。

何本も、何本も。



打ち込まれた針が千本に届こうかという時、遂に要石は砕けた。
それに要した時間は一秒に満たない。
無数の石の破片は巫女の『読み通り』、萃香と天子の目を一瞬くらませた。

「っ!?」「くっ!?」

巫女が待ちに待った、逆転の隙ができた。

すぱあぁぁぁん!!

「きゃっ!!」

軽快な音。

続いて、元の幼……少女の姿に戻った萃香の喉元にお払い棒が突きつけられた。
ギョッとして、少し嬉しそうに口の端をゆがめる萃香。

「ぎぎぎぎぎ……っ」

天子はその直前に、お払い棒で頭をひっぱたかれ、まだ悶絶していた。



勝負あり。

博麗の巫女の勝ち。



ぱちぱちぱち。

「ごくろうさん。それじゃ、三連勝できるまで頑張ってね」

霊夢は拍手と共に、巫女にそう告げた。

「は? 何言ってんの!? 霊夢、様」
「萃香とてんこを相手に、弾幕ごっこであと二回連続で勝て、って命令したんだけど?
 三連勝だから、負けを途中に挟まないでね〜」

朝も早くから巫女の仮想敵役をやってくれたお二方といえば、

「おう、一杯飲って一息ついたら戦(や)ろうか」
「霊夢!! 『てんこ』じゃなくて『てんし』だって、何回言わせる気よ!?
 このムシャクシャ、小娘巫女にぶつけて晴らさせてもらうわ!!」

一応、やる気はあるようである。

「霊夢様!! 貴方に仕える巫女の衰弱を見て何とも思わないわけ!?」
「まぁ!! なんて健気なの!! そんなになってまで修行を止めないなんて!! 霊夢、感激!!」
「あんたがやれって命令したんだろうが〜〜〜〜〜っ!!」

博麗の巫女もまだまだ元気そうである。

「じゃ、お昼ご飯はスタミナのつくもの出すから、それまでに課題、頑張ってね。
 二人共、遠慮せずにアレを殺さない程度にやっちゃってね」

霊夢はそう三人に言うと、
背後からの巫女の罵声にも、弾幕の爆音にも振り向く事無く、
神社の居住部に向かうのだった。



昨晩、勝手に博麗神社で酒盛りをしていた萃香と天子に差し入れを持っていった霊夢は、
昼食をご馳走することを条件に、博麗の巫女を揉んでもらったのだった。
言うまでもないが博麗の巫女は、この特訓に強制参加である。
そのことは、寝室で寝ていた巫女を優しく蹴り起こして既に告げてある。

普段はだらしないが、やる時はやる萃香と天子。
ぐうたらな巫女も命の危機に瀕すれば、本来の実力を発揮して頑張ってくれるだろう。
三人共、食欲旺盛で、酒飲みであり、疲れ果てているであろう点を考慮して、
霊夢は八雲邸で食材に予め濃い目の味付けをしておいた。



時刻はもう昼前。
霊夢から課された課題をクリアした巫女達が居住部に入ってきた。
朝から一勝負付く毎に休憩を挟みながら、この三人はずっと戦闘訓練を行なっていたのである。

霊夢は明らかに三人前より多い分量の牛サーロインが入った、大きなタッパー容器を取り出した。
神社に来て直ぐに炊き始めた釜一杯の白米は既に炊き上がり、お櫃に移されている。
ニンニクと生姜を利かせ、蜂蜜を入れたタレに漬け込まれたステーキ肉を、
バターで中心に赤みが残る程度に焼き、それを一口サイズに切り、丼飯の上に乗せ、
フライパンに溜まったうま味を含んだタレをふんだんにかけて、ステーキ丼の出来上がり。

それを居間で待つ、上気した赤ら顔の萃香と天子、先程よりも疲労困憊の巫女の元に、
博麗の巫女に代々受け継がれた糠床で漬けた胡瓜と茄子、赤出汁の味噌汁と共に持って行き、
三人ががっつくのをを確認してから霊夢は博麗神社を後にした。



作った昼食に、霊夢の分は無い。



この後訪問する親友は、ニンニクが苦手なのだ。





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向き合う美女と美少女。
外見年齢は親子ほど離れた二人。

実は、吸血鬼異変やスペルカード・ルール発布、紅霧異変にまで遡るほどの、
古くからの付き合いがある親友同士である。



「変わらぬ友情に」
「発展していく幻想郷と紅魔館に」

「「乾杯」」

ちんっ。

軽くぶつかる二つのグラス。

霊夢と、彼女の友人である紅魔館の永遠に幼き主、レミリア・スカーレットは、
紅い酒を湛えたグラスを干した。



紅魔館を訪れた霊夢は、予めアポを取っていたので直ぐに応接室に通され、
レミリアの心からのもてなしを受けることになった。

年を経た赤ワインの芳醇な香りと味わいは胃の腑に滑り落ち、五臓六腑に沁みた。
そして、グラスの底に沈殿した赤黒い澱もまた嚥下され、
これは魂に活力が吸収されるような快感をもたらした。

霊夢が『神』という種族の『妖怪』になって良かった事の一つ。
それは妖怪の友から供された、『希少品』入りの杯を共に味わえる事。

卓上にはレーズンバターが乗ったクラッカーの盛られた皿が、いつの間にか置かれていた。

さくり。

霊夢は、よく冷えたそれを一つ頂いた。

洋酒漬けのレーズンの芳香とバターの甘みが口中に満ちた。

霊夢は主の斜め後ろに控えている、眼鏡を掛けた人間のメイド長を見た。
彼女が主達の歓談の邪魔をせずに、タイムリーに給仕を行なったのである。

彼女は数年前に他界した前・メイド長である十六夜 咲夜のように、
『時止め』の能力が使える訳ではない。
使えるのはせいぜい、弾幕や霊撃、飛翔といった『異変解決人』として必要最低限の、
普通の人間には過ぎた能力ぐらいである。

現在のメイド長は、時間の使い方が上手いのである。
『前任者』は時間を止めて仕事や休息を行なったのに対して、
彼女は作業工程を精査し、無駄な時間を排除して、効率良くそれらを行なっているのである。

しかし、礼儀作法やメイドの技術と心得、それに太腿の鞘に収まった銀のナイフは、
メイド長が主の次に敬愛する『前任者』から受け継いだ物である。



霊夢とレミリアは、他愛の無い会話に花を咲かせた。
レミリアは霊夢が博麗の巫女を引退してから、あまり博麗神社に行かなくなった。
かと言って、霊夢が現在住んでいる八雲邸は秘匿されているので訪れることは難しい。
だからなのか、神となった霊夢のほうが頻繁にレミリアの元を訪れるようになった。

博麗の巫女をやっていた頃の霊夢は中立であらんと、人からも妖からも距離を取っており、
極少数の者を除き、必要以上に親しくすることは無かった。
これが当時の霊夢に対する悪印象の原因となっていた。

しかし、人間ウケの良い『神』という種族の妖怪となった霊夢は、
分け隔てなく、全てを受け入れる事ができるようになった。

霊夢は巫女時代の孤独を埋めるかのように、人とも妖とも積極的に親交を深めた。
時にはしつこいと思われるような交流ではあったが、幻想郷の住民達も霊夢に親愛を返した。

霊夢はある日、客観的に己の行為を振り返り、何だか良人である紫に似ているな、と思った。
少女だった頃の霊夢に何かと付きまとっていた紫に。

小一時間ほど雑談と『明日の件』の打ち合わせを行い、霊夢はレミリアの元をお暇することにした。
レミリアは霊夢を引き止めるような無粋はしなかった。
ただ、白昼、わざわざ日傘を差して門前まで見送ってくれた。

「霊夢様」

いつの間にか姿をくらませていたメイド長が、霊夢に二通の封書を手渡した。

その内の一通、厚みのある書類用封筒は、スカーレット家の紋章の封蝋で封じられていた。

「これは紅魔館の総意よ」

レミリアはそう言った。

もう一通は薄く、封もされていなかった。

「パチュリー様からです。ご伝言願います」

動かない大図書館の異名を持つ魔法使いのパチュリー・ノーレッジは、
霊夢が訪れていることを聞いて、メッセンジャーを依頼したのだろう。
次の訪問先への。

霊夢は請合った。



レミリアとメイド長、門番の紅美鈴に見送られた霊夢の姿は、
紅魔館の門を出て数歩行った所で、掻き消えた。





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魔法の森。

その中にある、ある一軒の家。

門前に現れた霊夢は、丁度家から出てきた女性と出会った。

メイド姿の女性は、瀟洒にお辞儀をすると去って行った。

霊夢は、博麗の巫女だった頃にレミリアのに忠犬のように仕えていた前任のメイド長、
十六夜 咲夜を思い浮かべた。
当時、レミリアの側には大抵、青い紅魔館のメイド服に身を包んだ銀髪の『前任者』が控えていた。

だが、先程すれ違ったメイドは、赤を基調としたメイド服に金髪だった。

庭先で花壇や家庭菜園の手入れを妻子達と共に行なっていた男性に尋ね、
霊夢は屋内に入り、この家の住民の元に向かった。



台所に二人の姿はあった。

大なべをかき混ぜる黒衣の、御伽噺の世界から抜け出てきたような老魔女。
大きなボウルに大量の野菜を盛り付けてサラダを作っている、まるで人形のような美少女。

「こんちわ。魔理沙、アリス」

「いらっしゃい、霊夢」
「おぉ〜、これはこれは博麗の神様。わざわざこの婆を訪ねてくれたのかぇ」

ここは魔法使い夫婦の家。
人形遣いとして名高い七色の魔法使い、アリス・マーガトロイドと、
人間である普通の魔法使い、霧雨 魔理沙の邸宅である。

ちなみに表にいた家族は、彼女達の息子夫婦とその子供達である。

「神様がわし等夫婦の元を訪れたのは、最近、月が騒がしい事と関係があるのかえ?」

老魔理沙はその目に殆ど光を感じなくなったというのに、
てきぱきと、大なべにハーブや怪しいキノコを、
ぱらぱら、どぼどぼと、投入しては撹拌していた。

「鋭いわね、魔理沙」
「月のざわめきが、婆の耳に響いておるのよ」
「へぇ〜」

霊夢はひとしきり感心した後、

「で、本当はどうやって知ったの?」

にや、と笑って真相を尋ねた。
答えたのはアリスだった。

「私が図書館でパチュリーから聞いた話を魔理沙に話たのよ」
「だろうと思ったわ」
「そうだったかえ? 年を取ると物覚えが悪くての〜」

かっかっか。

魔理沙は大量の自前の歯がある大口を開けて、豪快に笑った。

「さて神様、な〜んも無いが、婆の手料理で良かったら食べていって下され」
「では、遠慮無く」

さっきから魔理沙が混ぜている大なべ。
溶岩のように大きな泡が湧いては消えている。
その度に、デミグラスソースの食欲をそそる香りが立ち上り、
紅魔館で酒とツマミしか摂っていない、昼飯前の霊夢の鼻の中に流れ込んでいた。



霊夢は、魔理沙お手製のハヤシライスを、三杯も食べてしまった。



魔理沙とアリスと彼女達の家族とのランチタイムは賑やかなうちに終わった。

今、この場には魔法使い夫婦の息子とその家族はいない。
台所では、お嫁さんと長女が洗い物をしている。
居間では、息子と幼い孫達が食後の運動と称するダイナミックな遊びをしている。

現在、ダイニングには霊夢と魔理沙とアリスの三人きりである。
息子夫婦が気を遣ってくれたようだ。

「そういえばさっき、魔界のメイドとすれ違ったけど」
「ええ、姉さんが母から託された物を持ってきてくれたのよ」

『姉さん』とアリスが呼ぶ、霊夢が先程すれ違った女性は、
アリスの母である魔界神に仕える忠実な部下にして、『最高傑作』の誉れ高いスーパーメイドである。
魔界の政が恙無く運営されているのは、彼女が魔界神の補佐をしているからだという噂を、
霊夢は神々の会合で耳にした記憶がある。

「この婆が生きているうちにお目にかかれるとは……。
 幻想郷では誰も持っておらんから『借りる』ことが出来なんだ。
 ふぉ〜ふぉっふぉっふぉ」

年老いた魔理沙は、少女時代と変わらぬ瞳の輝きを宿していた。

「へぇ、何? そんなレアアイテム、何に使うの?」

いくら娘の婿への届け物だといっても、魔界神がわざわざ忠臣に託した物。
霊夢の好奇心をくすぐるのに十分だった。

「それはね……、くすくすくす」
「今後のお楽しみじゃ、ふぉ〜ふぉっふぉっふぉ」

笑ってはぐらかす魔法使い夫婦。

「何よ〜、教えてよ〜」
「駄目じゃ駄目じゃ。いくら旧友の頼みでも、ヒトをビックリさせる楽しみを婆から奪うでない」
「じゃあ魔理沙、パチュリーに連絡するわね」

パチュリーも絡むとなると、魔法関係だろうか。

丁度パチュリーの名が出たので、霊夢は彼女の託け(ことづけ)を言うことにした。



「そのパチュリーから魔理沙への伝言だけれど……、ええと……、

 『いきなり大量に持ってこられても迷惑なので、貸してやった本は少しずつ返せ』

 ……だ、そうよ」



霊夢は、封筒の中のメモ書きを読み上げ、それをアリスに渡した。

「……ほぅ」

魔理沙は皺だらけの顔に笑みを浮かべ、それしか言わなかった。

「パチュリーらしいわね」

メモを一瞥したアリスは苦笑した。

霊夢も不器用なパチュリーの気遣いに、同じく苦笑した。

多分、最近、魔理沙が病に倒れ、自分の足で歩けなくなった事を知り、
もう彼女の余命が幾ばくも無い事を察したのだろう。

車椅子にちょこんと座った魔理沙は、もう箒にまたがり空を飛ぶことはできない。

その代わり、磨り減る命と反比例して魔力は年経る毎に肥大し、
それは種族魔法使いにも匹敵するほど、あるいはそれを超えるものだった。
それのおかげか魔理沙の頭は聡明なままだし、飛ぼうと思えば車椅子で飛びかねないが。

『死ぬまで借りた』魔道書を、魔理沙がパチュリーに返すペースが徐々に早まっていることを、
霊夢は美鈴やレミリアから雑談の中で聞いていた。

ちなみに、まだ大量にある『借りた』ままの本を返すペースを一日一冊に落とすと、
魔理沙は後十年ほど生き続けなければならなくなる。



くいっ。

霊夢は冷めた食後の紅茶を呷ると、旧友夫妻の元をお暇することにした。

「じゃ、まだ寄るとこがあるから、これで失礼するわね。ハヤシライスご馳走様。
 魔理沙、勝手に大鎌を持った神様に連れて行かれないでよ。
 アリス、魔理沙と仲良くね。
 あんた達も、しっかりお婆ちゃんの相手してやってね」

霊夢は魔理沙一家の全員と別れの挨拶をすると、
次の目的地である、彼女の配下の元へと『跳躍』した。





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マヨヒガ。

無人の村落の中、霊夢は一軒の家の前に現れた。

その古民家の玄関には、

『八雲』と書かれた、真新しい表札が掲げられていた。



霊夢が音も無く出現したにもかかわらず、
この家の主はそれを察したのか、
ばたばたと足音を響かせ、玄関から飛び出してきた。

「霊夢様〜、い、いらっしゃいませっ!!」

「慌てなくても構わないから」

片方に飾りをつけた獣の耳と、二本の尻尾を持った霊獣の少女。

彼女こそ、霊夢の部下にしてこの家の主である、

八雲 橙――八雲 藍の式神にして、『八雲』の姓名を頂いた霊夢の部下にして――、



――家族。八雲家の一員。



数々の経験を積み、厳しい試練に耐え、橙はかつての主、藍の下を巣立ち、
晴れて八雲を名乗ることを許され、藍と同格に扱われることになった。

八雲家の一員となった橙は、新たな主である霊夢の手足として、
幻想郷を守護する任に当たることとなった。

しかしながら、八雲邸にいる時の霊夢の雑務は、藍が紫の仕事の片手間にやってしまうので、
橙は今まで同様にマヨヒガの自宅に住み、仕事がある時は霊夢のところにはせ参じたり、
今回のように、霊夢のほうが訪ねて来たりした。



「橙、『お友達』から貰ってくれた?」
「はい!! みんな、幻想郷を守るためだったらって!!」

橙の家の居間で猫達に囲まれてお茶を啜っていた霊夢に差し出される分厚い帳面。
昨晩、霊夢が電話で指示した仕事を、橙は見事にこなしたようだ。

霊夢はそれをぱらぱらとめくって、中身を確認した。

「……こんなに。ちゃんと『作戦』の事、言った?」
「みんな張り切っちゃって……、にゃぁ……、多すぎましたか、霊夢様……」

霊夢は不安げな表情の上目遣いで見つめる橙の頭を撫でてやった。

「あなた、良いお友達を持ったわね」

にっこー、と満面の笑みを浮かべる橙。



帳面にびっしりと書かれているのは、『志願者』達の直筆の署名である。
中には一ページにでかでかと自分の名を書いている者もいるが。



日が傾いてきたので、霊夢は今日の仕事を終えることにした。
だが、明日も今回の一件がらみの霊夢の仕事は続く。
しかし、橙が予想以上の成果を上げてくれたので、
今夜、紫や藍を交えて中間報告を行なっておくべきか。

「橙」

霊夢は、彼女の式神に命令を出した。

「うちで晩御飯、食べていきなさい」





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八雲邸に帰った霊夢と橙。

待っていたのは、紫の手料理だった。
先に帰ってきていた藍が配膳を手伝っていた。
事前に連絡してあったので橙の分は当然あるが、それでも大量のご馳走が卓を彩っている。

テーブルのど真ん中に鎮座する、メインディッシュの鯉料理に目を輝かす橙。

嬉しそうな橙を見て、文字通りの狐目となった藍。

素朴でありながら、古今東西の調理法が用いられている、
山の幸尽くしの幻想郷料理。



ワーキングディナー、というより、歓談に仕事の話が出た程度であったが、
恐らく紫はそれぞれの内容について、直ぐに何らかの手を打つだろう。
仕事の件が話題に上がった時、料理を絶賛されて破顔している紫の目が一瞬、
仕事向けの鋭いものに変わったのを霊夢は見逃さなかった。



夕食後、紫には今宵の晩餐のささやかなお返しとして、一番風呂に入ってもらった。

橙は居間でデザートの栗羊羹を緑茶で頂きながら、テレビで外界のアニメを見るのに夢中だ。



霊夢と藍は、台所で二人きりとなった。

霊夢が気合を込めると台所は結界で覆われ、外から台所を窺うことができなくなった。

二人は覚悟を決めた。



紫が『後片付けまでが料理』である事を学習するまで、

うずたかく積まれた調理器具や中途半端に使われた食材の始末をつけるのは、

霊夢と藍であり続けるであろう。





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朝の八雲邸。

昨晩、橙が泊まったので、今朝は久々に八雲一家勢揃いで朝食を食べることになった。

賑やかな食事の後、紫と藍は寄る所があるからと、幻想郷の何処かへと出かけていった。
その後、外の世界に『出勤』するそうである。

霊夢と橙は朝食の後片付けをした後、紫達と同様に出発した。





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ボーダー商事本社の会長室。

紫は見ていた書類を藍に渡した。

藍は受け取った書類の内容を検分した。

「きましたね」
「ええ」
「連中の要求、飲むんですか?」

藍の問いかけに、紫はかけていた伊達眼鏡を外して答えた。

「せざるを得ないでしょう。
 中でもあの国、以前にあそこに勝手に攻め込んで、世界中から総スカンを食ったしね。
 これ以降、しばらくはあそこに誰も寄り付かないでしょう」



藍は今一度、机の上に置いた書類を凝視した。

書類は、電子メールをプリントアウトしたものだ。

送信元は、不明。
送信先は、各国の元首。

紫の下へは、
ボーダー商事本社を置く国を初めとした、
月を足がかりとした宇宙開発計画に参加した国々から転送されてきた。



『月と地球の平和を脅かす者共に告ぐ。

 即刻、月面のマスドライバー建設を中止せよ。
 さもなくば、無駄に侵略者共の屍の山を築くことになるであろう。

 我々の願いを了承したのであれば、世界中に宇宙“侵略”計画の中止を宣言せよ。

 下記の期日までに、汚らわしい建造物の残骸を、重力の井戸に投げ落とせ。
 井戸の底より星の屑を眺めた時、我々のささやかな願いが叶えられたものとする』



期日は、明日の夜になっていた。



紫と藍の机に置かれた電話が鳴り出した。

藍が電話に出て、何事か話をすると、受話器のマイク部分を手で覆った。

「紫様、一時間後に『会見』を全世界に対して行なうそうです」
「そう、連中の指定した日時にやることを必ず言うように伝えて頂戴」

じゃないと、『時刻表』通りに事が運ばないからね……。

しばし紫が思索に耽っている間に、藍は電話を終えた。



再び電話がなった。

やはり藍が出た。

「紫様、お客様が『観光』を終えて戻ってこられたそうです」
「あら、思ったより楽しんだようね。余程『こっち』のものが珍しかったのね」

腕時計をちらと見ると、予想より時間がかかっていた。

紫は席を立った。

「さあ藍、お客様を最後の場所にご案内するわよ」
「屋上にVTOL(垂直離着陸が可能な固定翼の航空機)の準備ができています」

藍の相変わらずのそつの無さに、紫は満足げに頷いた。

「よろしい。では行くわよ。
 お客様と共に、乗り物での空中散歩をするために。
 その後、更なる高みに上るために」



紫と藍は会長室を出ると、
客人を迎えに一階のラウンジにエレベーターで下りていった。





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薄暗いと闇の中間ぐらいの明るさ。

黒翼の鳥のステンドグラスから差し込む光が、唯一の光源だ。



見通しの利かぬ闇の中。

現れたのは、小柄な美少女であった。

だが、癖のある桃色の短髪を持つ彼女に張り付いた表情。
汚いモノを見続けた者が浮かべる、侮蔑と嘲笑。
それが彼女の美しさを台無しにしていた。

すぅ、と彼女の影から浮かび上がったように現れたのは、
虚像ではないかと思うくらい気配の感じられない、
やはり美少女であった。

緑がかった灰色の癖っ毛の彼女の表情。
美しいモノを見て健やかに育った、快活な少女の微笑――を模して作った仮面のような、
作り物の笑み。

こつ……、こつ……。
ぺた……、ぺた……。
ぐちゃ……、ぐちゃ……。

オロローン。
オロロロローーーーーン。

様々な足音。
嘆きのような声。
かなりの人数のようだ。
いや、『人』数という表現は適切ではない。

闇の中から迫ってくる無数の影から、
生気が感じられない。
瘴気が立ち込めてきた。

命の無い者達の先頭を歩むのは、猫だった。
腹の赤い、黒猫だった。
尻尾が二本の、妖猫だった。

にゃーん。

猫は一声無くと、その姿が三つ編みお下げの赤毛の美少女に変化した。

「じゃじゃーん!!」

陽気な彼女。

だが、途端に周りの瘴気が一層濃くなった。

彼女の周囲に浮かぶ無数の光。
温かみなどかけらも無い、恨みつらみを燃料とした、凍てつく地霊の光。

三つ編み少女が従えた人影。
地霊がかりそめの器としているヒトの死体である。
中には『耐用年数』を超過した物があり、それは見るに耐えない外見となっている。

ぺった、ぺった。
かっ、かっ。
ばっさ、ばっさ。

グルルル……。
うううう……。
キィ……、キィ……。

賑やかな足音と……、羽音?
賑やかな鳴き声。
今度は少なくとも『ヒト』で無いことは分かる。

賑やかで、剣呑な、一団。
その先頭を行くは、左右非対称の人影であった。

所々跳ねた漆黒の長髪に緑のリボン。
猛禽のような目をした美少女。
黒い翼を覆う白いマント。
マントの中には宇宙が煌く。
右腕は肘から先が棒状になっている。
右足はまるで岩のよう。
左足には小さな玉のようなものが周回している。
そして、胸の中心にある、紅い目玉。

闇に浮かぶ凶暴な光。
獣達の双眸。

存在だけで威圧感のある鳥の妖少女の両目と巨大な胸の目玉が、
ギョロリと動いた。



異形の軍団。

妖怪が跋扈する幻想郷でも、その禍々しさは異彩を放っている。

先頭を往くは、彼らを統べる四人の美少女。

彼女達の前に立ちふさがる美女は、幻想郷の守護神。



ざっ!!



彼女達は神妙な面持ちで、

片膝を付き、頭を垂れた。

彼女達の手勢もそれに倣った。



「地霊殿当主、古明地 さとり」
「古明地 こいし」
「火焔猫 燐」
「霊烏路 空」



さとりは、彼女達の前に立つ霊夢に向かって、名乗りと口上を述べた。



「我ら地霊殿の者達は、幻想郷、博麗神の御為に、その身を捧げます」



忌み嫌われた者達。

かつて、そう呼ばれ蔑まれた者達。



彼女達を受け入れた幻想郷に対する、

彼女達にも友情と繁栄と守護の恵みをもたらした博麗神に対する、

彼女達の忠誠は本物であった。





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マスドライバー。

これは物資を宇宙空間に打ち上げ、目的地に到達させる装置である。

端的に言えば、物資に勢いをつけ、遠方に放り投げるカタパルト(射出機)である。

物資の代わりに兵器の砲弾を使えば、武器としても転用可能である。



「――だから、『月の都』の連中が危険視したって訳ね」

ぶわっ。

長い、手入れの行き届いた黒髪が宙に待った。
その髪の持ち主である、美少女も身体を舞わせた。

「だ・け・どぉ――」
「保守的な彼らが、穢れた大地の児戯にちょっかいを出すとは考えられないわね」

美少女――蓬莱山 輝夜の言葉を継いだ銀髪美女は、八意 永琳。
彼女は、紫や藍と同様にシートベルトをしているので、浮かび上がることは無い。
永琳は地球人類の英知の結晶を、子供のお遊びと切って捨てた。



ボーダー商事本社ビル屋上からジェット機に乗り、
南方にある宇宙港(外見上は地方空港と大差なかった)にやって来た紫と藍と客人。
客とは、幻想郷から招いた輝夜と永琳である。
外界から『真』の月出身者に『表向き』の月を観測してもらい、助言を願おうというのである。

前衛的な旅客機のような形をした貸切の宇宙船に乗り込み、
彼女達は宇宙空間から『表向き』の月の見物としゃれ込んでいた。

窓からは黒い空に灰色の大地が見える。
不毛の大地に建造され、度重なる破壊工作で崩壊した施設に、
そこで働く者達が止めを刺そうとしていた。

「施設は今日中に解体され、建築資材は地球の落下軌道に放出されます。
 殆どは大気圏突入時の摩擦で燃え尽き、燃えなかった物はここの大海原に落下します。
 このことは、こちらの世界の首魁達が民に告知することになっています」

紫は客室の前方にしつらえられたスクリーンに地球と月のCGを表示して、
さらに双方を繋ぐ曲線を書き足した。

「人類は月より撤退。橋頭堡を失った宇宙開発は無期限で凍結されることとなります。
 その結果、残るのは世界中が開発に費やし、回収の見込みが無くなったために生じた、
 莫大な負債だけです」
「それは、貴方がちょっと懐を痛めるだけで済むんじゃなくて」

紫の説明に、永琳のツッコミが入った。
紫のサポートをしていた藍の眼光が永琳を射たが、永琳は全く動じなかった。

「あら、どうしてかしら?」
「この宇宙開発を受注した企業、殆どが貴方の息がかかった会社じゃない。
 不測の事態に対して金銭の保証を行う保険会社までね」

永琳は、手にしている携帯端末をひらひら振って見せた。

画面には、大国の元首による宇宙開発計画の無期延期の発表会見の動画が映っていた。
音声はOFFになっているが、恐らく紫が言ったように、
『ゴミ捨て』の日時と場所を発表しているのだろう。

なるほど、永琳達が『観光』に時間を費やしたのは、端末を入手して色々と調べていたからか。
僅かな時間で、計画に参加した企業のほぼ全てに紫が関係していることを見抜くとは。
紫は素直に感心した。

「他にも……、これ」

こんどは輝夜が自身の端末の表示を見せた。

無数の光点に塗れた地球の画像が映っていた。

「貴方の言った落下軌道に該当する場所、不自然な空白があるわね」
「彼らが指定した時間帯は、そこしか適当な投下地点が無かったのでして。
 恐らく、地球に捨てるゴミが衛星に影響を与えないような日時と場所を、
 彼らがわざわざ選んだからですわ」

輝夜は嘲笑した。

「脅した相手が浮かべているガラクタにまで気を遣うとは、最近の月の民はお優しいことで。
 『ゴミ』以外の、衛星と衝突すると困る物でも捨てるつもりかしら」

輝夜が見せたのは、地球を取り巻く人工衛星や宇宙ステーションの分布であった。
意外と頭の柔らかい輝夜は、フリーのアプリケーションソフトウェアをダウンロードするなど、
携帯端末を見事に使いこなしていた。

なるほど、ここなら流星雨の如きデプリが与える影響は少ないであろう。

「でも、本当にそこには何も『無い』のかしら?」
「……と、言いますと?」

輝夜はもったいぶった言い方をしたが、結局は例え話になった。

「いえ、うちのてゐだったら、何も知らない振りして、
 万全の体制でちょっかいを出すのかと思っただけよ」

永琳も輝夜の言に乗っかり、例え話をした。

「地上の老獪で穢れた兎ならそうでしょうが、
 もし、月の高度な教育と訓練を受けた玉兎だったら……、どういった行動をとるかしら?
 実戦経験のまるで無い、驕り昂ぶった、血気盛んな若い玉兎兵だったら」

紫は含むところのある笑みを浮かべていた。

この月人達は紫の意図せんとしている事に、うすうす気付いてきたようだ。



「それでは月の貴人方、地球へ帰りましょう」

そんな紫の声と共に宇宙船は月の側を離れ、地球への帰路に着いた。

「え!? もう帰っちゃうの?」

一時間も経っていないのに月見が終了することに、
と言うより、無重力でたゆたう事を楽しんでいた輝夜は不満そうだ。

現在の人類の技術力では、民間の宇宙旅行はこれが限界であった。

そして、たったこれだけの滞在にかかった費用がべらぼうに高いことなど、
生まれついての姫である輝夜の知ったことではなかった。





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地霊殿の執務室。

霊夢はさとりと二人きりでお茶を楽しみつつ、『明日の件』の打ち合わせをしていた。

さとりは先程とは打って変わって、皆に慕われる柔和な笑みを浮かべていた。

「何なの、さっきの」
「我々の本気をお見せしただけですよ、霊夢様」

地霊殿総出での『挨拶』について尋ねる霊夢と、
バラの香りが仄かにする封書を霊夢に手渡し、ころころと笑うさとり。

『覚り』の能力を以ってしても、人間の頃から心を大雑把にしか読むことができない霊夢の、
さとりに対する恐怖と頼もしさをバカ正直に出している表情を見て笑ったのだ。



打ち合わせが終わり、二人が寛ぎの一時を送っていると、
部屋の窓が微かに震え始めた。

霊夢とさとりはティーカップ片手に外を見た。

貨客船として運行している聖輦船の二番艦が、地霊殿に併設された港に着陸した。
いや船だから『停泊』と言うべきか。

地霊殿が誘致し、命蓮寺がその話に乗り、霊夢が後援した、第二聖輦船用の港。
人と物資の流通の要である港ができてから、その周りに様々な施設が設けられ、
地底世界は観光地、歓楽街、ビジネス街、資源採掘拠点として、一層繁栄することになった。

船から降りる乗客達。
船から陸揚げされる膨大な物資。
乗客は、地霊殿に住む動物達とのふれあいや彼らが作ったみやげ物に癒しを求める観光客や、
地上の品々を商う商人、旧都で呑む為にわざわざ地上や魔界からやって来た飲兵衛、
それに最近できた地獄の役所の支所に勤める、スーツを着込みエリート然とした鬼達が多い。
彼らの仕事に休みは無いのか。

地上から運んできた物資は、地上の農産物、食肉(地霊殿では『家畜』は飼っていない)、
工業製品が主だ。

真っ白な冷気を漂わせたコンテナが、船の側面ハッチから牽引車に引かれて出てきた。
昔は氷精や冬の精霊に頼まなければならなかった冷蔵、冷凍技術の発展があったおかげで、
外界から輸入した生食用の海魚のような足の速い(日持ちのしない)ご馳走にも、
地底の住民達は安価にありつけるようになった。

アフターファイブに、旧都の飲み屋街に行ってみるといい。
マグロやイカといった海の幸の刺身盛り合わせをツマミに、
役所勤めの鬼達が頭にネクタイで鉢巻をして、
星熊 勇儀が仕切るレアメタル鉱床で発掘作業に従事している肉体労働担当の鬼達と、
肩を組んで酒を酌み交わしている光景を見ることができるであろう。

聖輦船の運行は、今日は終了のようだ。
明日には、今度は地底からの観光客や労働者、地下資源や土蜘蛛特製の織物等を地上に運ぶのだろう。

――と思ったが、船着場の待合所はがらんとしていた。

船着場には、明日の運行は取りやめる旨の張り紙がしてあった。

張り紙がしてある船着場入り口の側。
冷凍物の海魚や、地上の川魚、地下水脈に生息する目の退化した魚を焼いて売る屋台があった。
屋台を切り盛りする猫の妖であるおばさんから焼き魚の串を受け取った、橙とお燐。

猫舌のせいでもたもたと、しかし美味そうに魚を頬張る二人。
二人は食べながら、船から下りた乗客を眺めていた。
乗客が途絶えても、なおも船着場を眺めていた。

彼女達が用があるのは、乗客ではなく、乗員であった。

橙達が魚を食べ終わり、ゴミをおばさんに処分してもらったところで、待ち人が現れた。

待ち人は二人の女性であった。
袈裟を着ていることから、二人は僧侶であることが分かる。
船乗りの制帽を被っていることから、二人は船員であることが分かる。
つばに意匠が施された制帽をかぶった年長者は、太い縞模様の尻尾を持っていた。
つばに飾り気の無い制帽をかぶった若い方は、背中に触手のような左右非対称の翼を持っていた。

「ま〜みぞ〜さ〜ん!! ぬ〜えちゃ〜ん!!」

橙の元気一杯の声に、顔を向ける二人の幹部船員。

「おぉ、神さんとこの子猫ちゃんに……、さとりさんとこの火車ちゃんか。
 まみぞ〜せんちょ〜さんに何ぞ用かな?」

第二聖輦船の船長を務める、妖怪達に大人気の化け狸、二ッ岩 マミゾウは、
眼鏡を光らせ、気さくに答えた。

「あれ〜!? 橙にお燐じゃないの!? わざわざ出迎えてくれたんだ」

同じく副長を務める、正体不明を具現化したような古の妖怪、封獣 ぬえは、
親友達のお出迎えに顔をほころばせた。

「あたい達、主達から一晩お休みを貰ったんで、良ければ旧都でこれなど……」

そういって、お燐は猪口を飲み干すジェスチャーをした。

緊張を強いられる業務を終え、次の『仕事』を前にしていた二人の妖怪船乗りは相好を崩した。

「ええのぅ。丁度儂等も明日の打ち合わせがてら、一杯引っ掛けようと思うとったところじゃ」
「あ、それじゃお空も呼んだ方がいいんじゃない?」
「でも、お空は鳥頭だから、三歩歩けば打ち合わせの内容なんか忘れちゃうんじゃ……」
「そん時は、もっと飲ませて千鳥足にするまでじゃ」

かっかっか、と豪快に笑うマミゾウ。

「うにゅ〜、お仕事終わった〜」

丁度お空が幻想郷最大のエネルギープラント、間欠泉地下センターの方から飛んできた。
霊夢への『決意表明』の後、お空は打ち合わせとかで地下センターに向かったのだ。

「あ、丁度良かった。あたい達飲みに行くんだけど、『明日の件』の打ち合わせも兼ねて」
「行く行く〜」
「決まったね」

早速、旧都への通りを歩き出す一同。

雑談をしながら歩いている途中、

「ところでさ、あっちで何の打ち合わせしてたの」

お燐がお空に訪ねる。

「うにゅ〜……、私のほ〜ねつぱた〜んのこぴーがどうとか……、忘れた」
「だろうと思った」

ため息をつくお燐にお空は色めき立った。

「にゅー!! だから、ちゃんと紙に書いたやつ貰ったよ!!」

お空は先程から持っていた書類用の封筒を一同に見せた。

封筒の表には、『古明地 さとり様江』と達筆で書かれていた。

「ちょ!! これ、さとり様宛じゃん!! とっとと渡してこ〜いっ!!」

「うにゅにゅにゅ〜〜〜〜〜……」

お燐の怒鳴り声と橙達の失笑に送られて、お空は地霊殿のほうへかっ飛んで行った。



大して待たされることも無く、お空は手ぶらで戻ってきた。

橙は、まださとりと一緒にいるであろう霊夢に携帯電話で連絡を取り、
さとりがお空から書類を受け取ったことを確認した。

「うにゅっ!? 橙!! 私を信用してない訳!?」

全くその通りだが、橙は力いっぱい否定して事なきを得た。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





夕日が沈む光景が視界一杯に広がる。

妖怪の山。

山頂付近にある守矢神社。

霊夢はさとりの元を辞した後、お山の神社を訪問した。



「や、申し訳ない。今、諏訪子も早苗も出かけていてね。
 何のもてなしもできないが、ま、寛いでおくれ」
「いえ、約束の時間より早く来たのはこちらですから、お構いなく」

八坂 神奈子は台所から霊夢が待つ居間に、麦茶の入ったグラスを二つ持ってきた。
それを座卓に置くと、続いて煎餅やかりんとうが盛られた菓子入れを持って来た。

霊夢は恐縮している。

神としては若輩の霊夢は、守矢の『三柱』の神々に色々と世話になっている。
出雲での神々の会合では、幻想郷からあまり出ない霊夢はまごついたが、
神奈子達が面倒を見てくれたおかげで恥をかかずに済んだ。

巫女をやっていた頃みたいにつっけんどんな態度をとるなど、もうできない。

「ほら、楽にしておくれ。じゃないと菓子が食えないじゃないか」

神奈子の言に霊夢はくすりと笑い、ようやく茶菓に手をつけた。



「ただいまーっ」
「ふぅ、只今戻りました」

玄関が賑やかになった。

守矢の残り二人の神。

洩矢 諏訪子と、東風谷 早苗が帰ってきたのである。

「あ、霊夢、いらっしゃい」
「霊夢さん、後で娘がお宅の巫女と参るそうです」

どさりと買い物袋を玄関に下ろす早苗と、大きな紙袋で身体が隠れてしまっている諏訪子。

外見上は霊夢と同年齢の早苗といると、諏訪子が娘に見える。

早苗も霊夢と同様に、人の身から神格を得たのである。
それは霊夢より早かった。
やはり、現人神であったからか。
乾坤の神々に寵愛されたからか。
愛する外界人の宮司との間に娘を授かり、慈母の精神に目覚めたからか。

とにかく、早苗は真の神となった。

天の神、八坂 神奈子。
地の神、洩矢 諏訪子。
そして人の神、東風谷 早苗。

物事の成功に必要な三要素の神。

その結果、守矢神社は天狗や河童だけでなく、大勢の人妖から信仰を集めた。
最初、紫は幻想郷のバランスが崩れるのではないかと懸念したそうだが、
信仰がある程度に達すると、揺らめく天秤が安定した。

これは、守矢神社が幻想郷の一部となった証である。
幻想郷に守矢神社はあって当然となったのである。
だから守矢の神々も、信仰が欠乏しても存在し続けられるようになった。
コンスタントに信仰は得られているようだが。
妖怪退治や結界守の責務を差し引いても、信仰がまるで集まらない博麗神社が存続し続けられるのも、
同様の理由である。

先程早苗の台詞に出た『娘』とは、早苗の愛娘で、
現在は人里にある分社で宮司の父親と共に風祝としての勤めを果たしている。

「ほんとにあんたの娘は良い子ね〜。ウチの巫女にも見習わせたいわ」

母親譲りの美貌と、気立ての良さ、風祝の能力の高さ。
母親の若い頃と異なり、浮いた噂の一つも聞いた事はない。
人里の男共は、あまりのスペックの高さに手が出せないそうな。
早苗が最近境内に設けた、妖怪専用の保育園にも頻繁に手伝いに来て、
天狗や河童の子供達は、遠慮なく彼女にまとわり付いている。

それに引き換え、博麗の巫女と来たら……。

境内の掃除は雑だし。
修行はサボるし。
普段は縁側でお茶を飲んでのんびりしているし。
宴会では人一倍酒をかっ喰らっているし。
妖怪には容赦が無いし。
素敵な賽銭箱の中はシケてるし……。

「いったい博麗の巫女は、何時からこんなにだらしなくなったのかしら……」

霊夢の愚痴に答えるものがあった。

「確か、十三代目の巫女からだと、幻想郷縁起に書いてありましたよ」
「なっ……、って、酷い事言わないでよ、ご挨拶ね〜」

霊夢が怒鳴ろうとして態度を軟化させた相手こそ、早苗の娘である風祝であった。

「酷い事言ってんのは霊夢様のほうじゃないですか〜」

風祝よりも年下の博麗の巫女が霊夢に文句を言った。

二人は仲が良く、傍目には姉妹にも見えた。
二人とも抱えていた大荷物を降ろした。

「早苗様、これで宜しいでしょうか」
「ええ、有難う。それから、今は『ママ』と呼んでもいいわよ」
「早苗様、霊夢様達が見ている前で、そんな……」

こちらも親子、というより姉妹に見える。

「これ、明日の宴会の?」

霊夢は食材の詰まった大量の買い物袋を見て、そう尋ねた。

「ええ、霊夢さんが来られないのが残念です」
「悪いわね。皆より先に『仕事』に取り掛からなきゃならないのよ」

霊夢は心底残念そうだ。

「お山の皆さんは『作戦』前だからこそ、派手にやりたいというのもありますわね」
「あぁ……、『作戦』中に燃料切れになったりしたら大変だから、せいぜい楽しんで頂戴」

どうやら、明日に妖怪の山で大規模な宴会が、何かの前に行なわれるようだ。



「皆さん、こんにちは。清く正しい射命丸でございます」
「……(ぺこり)」
「ひゅい〜、皆さんおそろいで」

烏天狗の射命丸 文。
白狼天狗の犬走 椛。
谷河童の河城 にとり。

三名が揃って守矢神社を尋ねてきた。

「いらっしゃい、皆様」
「あら、何の用?」

訪問者に声を掛ける守矢の人の神と博麗の守護神。

「あややや……、私達は仕事の打ち合わせですよ。霊夢様とやる、ね」
「……(コク)」

霊夢のぞんざいな言葉にムッとしたのか、多少険のある返答を返す文と無表情の椛。

「で、あんたは?」
「ひゅいっ!?」

ズビシッと巫女時代から愛用しているお払い棒をにとりに突きつける霊夢。

「わ、わたしは……、そ、そうだ!!
 お嬢さんのお宅の家電の、て、て、点検にお伺いしようと……」
「なら、人里の分社にいらしていただかないと……」

早苗の娘は、素で困った様子を見せた。

「ひゅ……、そうでした……」

彼女以上に困ってしまったにとり。

「……(ちらっちらっ)」

椛が何故かにとりの方をちらちらと見ている。

「にとりは、椛に付いてきたんですよね〜」
「!!(驚愕)」
「ひゅ!! ち、ちが……、そ、そうだ!! じ、神社の……」
「家電もガスも上下水道も、ついこないだ点検したばかりじゃないか」
「ひゅ……」

のそりと玄関に出てきた神奈子によって、にとりの意味不明の努力は無に帰った。

「全く……、何隠してんですか〜?」
「もうみんな、知ってるわよ」

早苗と霊夢の意味ありげな言葉に、

「???」「???」

風祝と博麗の巫女は、揃って小首をかしげた。

「あら、貴方には色恋沙汰は早かったかしら……?」
「ここは顔を真っ赤にして、私におちょくられるトコでしょうがよぉ……」

早苗は娘を大事に育て、霊夢も博麗の巫女を人一倍『可愛がった』が、
そのせいか、同年代の少女が夢見る『そっち方面』にすっかり疎くなっていた。
二人の少女は少しは色気づいてもいいのではないか、と二人の神は思った。



公然の秘密のようだが、

ようするに、

椛と、にとりは――、



「二人とも好き合ってんだろ。
 おう、犬走ぃ!! とっとと付き合っちまえ!!」

「にとりちゃ〜ん、引っ込み思案なあんたが、ね〜。
 おばちゃん、嬉しいよ」



神社への新たな客人が回答と感想をがなった。


客の一人は男性で、大柄、屈強な身体で、ラフに山伏風の衣装を着崩していた。

もう一人は女性で、やはり大柄で筋肉質だった。
つなぎの作業着を諸肌脱ぎして露になったTシャツに包まれた上半身は、
巨大な胸と丸太ほどもある両腕ではちきれんばかりであった。



「だ、大天狗、様!!」
「!!(ビシッと敬礼)」
「ひゅいっ!? 工場長!!」

文と椛のしゃっちょこばった態度からも分かるとおり、
この男性は天狗社会の頂点におわす、天魔に次いで偉い、大天狗である。
偉さはともかく、妖怪に疎い者でも衣装を見れば、彼は天狗だと容易に察することができる。
顔も昔話に出てくる天狗のように真っ赤であるが、これはただ単に、どこかで呑んで来たからである。

で、にとりが工場長と呼んだこの女性。
彼女は河童の頭で、にとりが経営するような河童の工房は、
広義では皆、彼女の工房の下請けのようなものである。
にとりの発明品にも彼女の作成した部品がふんだんに使われており、
さらにアイディアについても、しばしば助言を頂いていた。

そんな河童の頭は、にとり達エンジニアから親しみを込めて『工場長』と呼ばれていた。

彼女の顔も遠野の河童の如くに真っ赤であるが、
これは大天狗に付き合って、どこかで呑んで来たからである。

「いらっしゃ〜い、ケロケロ」
「これはこれは大天狗殿に河童の頭!! ゆるりと寛いで行っておくれな」
「ようこそ、ささ、ウェルカムドリンクです」
「どうぞ」

守矢の三柱の神々は、お山の二大幹部を出迎え、
早苗の指示で、風祝は二人に梅酒のオン・ザ・ロックを振舞った。

二人ともグラスを一息に干し、梅の実も氷も口中に流し込み噛み砕いた。

「では、夕餉を頂きながら『明日の件』の打ち合わせを行なおう」
「さっ、にとりも食べて行きなよ、ほれほれ」

神奈子と諏訪子に誘われ、玄関に集結していた一同は座敷に通された。

霊夢と博麗の巫女も手伝い、大きな座卓に早苗と風祝の手料理が並べられていった。
大人数なので料理は大皿に盛られ、人数分より大目の取り皿と箸が用意された。

各人の前にグラスが置かれ、日本酒やビールのビンも無数に並べられたが、
上座の神奈子が乾杯の音頭をとる様子が無い。
それに、空席も目立つ。

しばし待機する一堂。



ゴウン……。

ゴウン……、ゴウン……。

ゴウン、ゴウン、ゴウン……。

ゴゴゴゴゴ……。



何やら巨大な物体が守矢神社に迫り、



ゴウ……ン。



止まった。



ガヤガヤガヤ……。



続いて、大人数が会話しながら境内を歩いているようだ。


程なく、来訪を知らせる大音声が響いた。



「御免!! 聖徳王の御成りであるぞ!! 早う出迎えにこんかっ!!」
「これ、布都……」
「ははは、さすが名門の方。豪快ですね〜」
「いや〜、寅丸殿、照れるのぅ」
「……布都、馬鹿にされているのに気付いてないでやんの」
「ん? 屠自古、何か申したか?」
「い〜え、何も」
「お招きいただいた守矢神社の門前でいがみ合うのは如何なものか……、と雲山が申しております」
「ごめんくださ〜い。白蓮でございます」
「聖殿、太子様を差し置いて先に名乗りを挙げるとは無礼ではありませぬか?」
「無礼は君だ!! 大概にしなさい、布都っ!!」
「いや〜ん、豊聡耳様が怒ったぁ」



やいの、やいの。



苦笑を浮かべながら、守矢の三柱と風祝が騒々しい玄関に向かっていき、
大勢の足音を伴って戻ってきた。

ぞろぞろ。

団体様のお着きだ。



「こんばんわ。今宵はお招き有難うございます」
「連れの無礼をお許しください、皆様」

命蓮寺の聖人、聖 白蓮と、
神霊廟の聖人、豊聡耳 神子。

幻想郷の二大聖人が配下の者達を引き連れて、神々の御許に馳せ参じた。

一同が席に着き、全員が飲み物の入った杯を手にしたことを確認した神奈子は、
早速乾杯の音頭をとり、賑やかな会食が始まった。



守矢神社の境内に錨を下ろし、上空に浮かんでいる聖輦船。

会食が終わりに近づいた頃、白蓮が取って置きの般若湯(酒のこと)があると、
守矢の神々、霊夢、神子、それに文を聖輦船の自室に招いた。
椛も文に付いていこうとしたが、来なくていいと言われ、引き続きにとりと酒食を楽しんでいる。

各人の前に、瑠璃色をした瓶から注がれた酒を満たした猪口が置かれたところで、霊夢が礼を述べた。

「ありがとう、白蓮。『会議室』を提供してもらって悪いわね」
「いえ、『明日の件』の打ち合わせは私達だけで宜しいかと思いまして」
「確かに……」

暴走気味の忠臣、物部 布都の空回りに悩まされている神子は静かに頷いた。

これから霊夢が話す内容を彼女達の血気にはやる部下が聞いたら、
先走って『作戦』がぶち壊しになってしまう。

「では……」

霊夢は説明を始めた。



緻密な『作戦』は立てない。
我の強い幻想郷の住民の持ち味を生かすためには、
目的の厳守のみを言っておくだけで良い。
あとはそれを行なうための手段を各人が見つけ出すだろう。

とびきり、刺激的なヤツを。



神々と聖人達の会議は、二時間弱で終わった。

「――あなた方の受け持ちは以上です。皆様の奮闘をお祈り申し上げます」
「幻想郷の守護神に祈られるとは、光栄至極です」

丁寧な言葉遣いで礼を述べて頭を下げた霊夢に対し、白蓮も同じように礼をした。



船から神社に戻ると、命蓮寺と神霊廟とその他の面子がすっかり打ち解けていた。

グダグダになっていたとも言う。

布都と星は腕をクロスさせて、その手に持ったジョッキのビールを呷っていた。
屠自古と一輪は、主への忠誠と己の影の薄さについて語り合っていた。
青娥は、早苗が幻想郷へ持ち込んだプロレスラーの名言集を読み、漢達の道(タオ)に感激していた。
水蜜とナズーリンは、風祝や博麗の巫女と共に宴席の後片付けをしてた。
大天狗と河童の頭は、神奈子秘蔵のVSOPをラッパで回し飲みしていた。
椛とにとりはきゅうりの漬物を肴に、ただ静かに杯を重ねていた。



「皆さん、それでは私は帰ります」

霊夢はまだ盛り上がり続ける一堂に、帰宅する旨を伝えた。
彼女達はそのまま、明日の宴会に突入つもりのようだ。
早苗は客間に神霊廟組のために布団を敷いていた。
命蓮寺組は本拠地ごと来ているので、寝る場所は問題ない。

「早苗〜、アレ、どこやった?」
「箪笥の一番上の……」
「引き出しに無いぞ〜」
「いえ、箪笥の上においてある海苔の箱の中です」
「……あったあった」

バタバタした後、神奈子は封筒を持ってきた。

「ほい、霊夢。受け取っておくれ」
「神奈子さん、諏訪子さん、早苗、では頂きます」

霊夢は封筒を受け取った。

「命蓮寺一同からです」

続いて白蓮から巻物を貰った。エアではなく普通の紙の巻物である。

「貴方に私達の命、預けます」

神子は神妙な面持ちで封書を渡した。

「河童からだよ」

『工場長』は豊満な胸元から茶封筒を取り出した。

大天狗は己の身体を弄っていた。

「……あれ、何処やったかいな」
「あんた、大事なものだからって頭襟(ときん)に入れたじゃないか」
「おお、そうだったそうだった」

河童の頭に指摘された大天狗は被っていた頭襟を持ち上げ、
中から小さく折り畳まれた書状を取り出して霊夢に渡した。
少し湿っているような気がした。



「じゃ皆さん、宴会後、お願いします」

霊夢は今一度、頭を深々と下げた。

「霊夢様、私も帰ります」
「私も。パ……父が帰りを待っておりますので」

博麗の巫女と風祝も帰ることになり、
途中まで霊夢と同道した。

「あんたは守矢の宴会に出るの?」
「ええ、『作戦』前に。霊夢様仕込のお煮しめを持って行きます」
「まあ、楽しみね」
「あの煮しめ、紫が好きでね。じっくり煮ている最中につまみ食いするのよ〜」
「父もよくマ……母の料理をつまみ食いしたって、神奈子様と諏訪子様が申していました。
 明日の宴会、父も出席するのですが、年甲斐もなく母の手料理を楽しみにしているんですよ」

幻想郷の空を行く三人からは、別れるまでかしましいお喋りが止まる事は無かった。





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深夜の八雲邸。

「ただいま」

日付が変わろうかという時分になった頃、紫が帰ってきた。

「お帰りなさい。あら、藍は?」
「橙のところに向かったわ」

霊夢は軽く念じてみた。
脳裏に、彼女の僕である橙のステータス及び周辺状況が浮かび上がる。

騒音――いや、歌が霊夢の頭を揺さぶった。
橙達はカラオケボックスにいた。
橙の視界の中心にいる、大声で楽しげに歌っている人物は、藍だ。
曲は、外の世界では廃れたかつての歌謡曲――だと、霊夢に流れ込んだ情報が教えてくれた。

「問題は無いようね」

霊夢は言葉とは裏腹に、しかめっ面をしていた。

明日の――数分前に今日となったが――『作戦』に差し障りが無ければ良いが。
あるようなら、神の奇跡でどうにかしよう。

紫に夜食のお茶漬けを出しながら、霊夢はそう思うのだった。





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遂に作戦決行日となった。

『作戦』の開始時刻は夜。

日中は、各自がやるべきことをこなしていた。

夕暮れには、作戦開始直前まで景気づけの宴会が各所で催される予定である。

宴会の主催者達は、敵の目を欺くため、と言っているが、本当だろうか。

まあ、たとえ酒を飲んでいても、酒に飲まれない者じゃないと幻想郷では生きてはいけないが。





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早朝。

博麗神社。

冷たい井戸の水で水垢離を行なう人影が一つ。

霊夢は寝ぼけ眼の巫女からバスタオルを受け取り、
身体を濡らす冷水を丁寧に拭き取っていった。

「おまたせ」
「ふぁ〜、やっと終わりましたか」
「さ、次は貴方よ」
「うぇっ!?」

続いて、博麗の巫女が水垢離を始めた。嫌々ながら。



祭壇の前。

三方(よく鏡餅や月見団子が乗っかっている木製の台)に乗せられた、大量の書状。

正座をした霊夢は、書状の一つを手に取った。

悪魔の契約書だった。

レミリア・スカーレットを始め、紅魔館に所属する者達。
メイド妖精の一人に至るまでの全員の署名が入っている。

命を賭してでも幻想郷を守る旨を、悪魔と霊夢の名に懸けて誓っている。

大天狗から受け取った書状を広げる。

天魔、大天狗を初めとした、天狗社会の重鎮達の名が記され、
茶色に変色した拇印が押してある。

血判状だ。

内容は、紅魔館から提出されたものと同様。

縦社会の天狗組織では、トップの意思は絶対。
必然的に、彼らの部下である数万の天狗達も同様の誓いを立てたものとされる。

河童の頭から提出された誓約書には、彼女の名だけが書かれているが、
こちらも全河童が従うだろう。

地霊殿から提出されたものも……。
守矢神社から提出された物も……。
命蓮寺から提出された物も……。
神霊廟から提出された物も……。
橙が集めてきた、在野の妖怪や妖精達の署名も……。

全てが、全員が、

幻想郷を守ることを誓っていた。



霊夢の身体が光を放ち始めた。

霊夢は祈りをささげた。

誰に?

皆は、幻想郷の守護神に対して祈る。
では、その神である霊夢は誰に祈るのだろうか。

決まっている。

幻想郷を愛するもの全てだ。



『作戦』に参加する『志願者』達の思いは、

守護神である霊夢の奇跡の力を最大限に引き出した。





幻想郷を愛する全ての勇者達に、勝利の美酒を。





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香霖堂。

外界から流れ着いた珍品を商う店。

有事だと言うのに、今日も今日とて暇を満喫している店主の森近 霖之助。

霖之助は顔を上げた。
珍しい、来客だ。

「いよう、香霖。新商品のモニターになりに来てやったぜ」

黒白エプロンドレス姿で、箒を持った金髪の魔法少女がいた。

「霖之助さん。お茶、頂いているわよ」

霖之助の背後の居住スペースで、いつの間にかMY湯飲みでお茶を啜っている、
紅白変形巫女装束の少女。

「ごきげんよう。私の忠告に従い『危険物』は扱っていないようですね」

日傘をくるくると回しながら、リボンのたくさん付いた装束の少女が、
可憐に、そして姿には似つかわしくない凄みを漂わせながら、
スキマから店内に舞い降りてきた。

霖之助はげんなりした。
この『常連客』達、店に金の代わりに厄介ごとを残していくのだ。

久しく姿を見なかったと思ったら……。
この三人が揃うのは何日ぶりだろうか。
ああ、数十年ぶりだったな……。

渋い顔で手にしていた文庫本を読み進めること数行。
しおりを挟み、本を閉じて机の上に置き、
眼鏡をハンケチで拭い、掛け直し、
三人の少女をまじまじと見る。



「うわぁっ!!」



ようやく霖之助は驚いた。

「ようやく気付いたか」
「『仕入れ』の時ぐらいにしか外に出ないからかしらね」
「あら、ご挨拶ね。くすくす」

「きっきっ、君達っ!?」

霖之助は、『数十年前の姿』で笑っている三人の少女をそれぞれ指差して、
滑稽なくらいに狼狽していた。

「魔理沙、説明してやって」

博麗の巫女をやっていた頃の姿に変化した霊夢が、魔法使い姿の少女を促す。

「実は、かくかくしかじか――」



魔理沙の説明をかいつまんで要約すると――、



魔理沙が長年研究していた、若返りの秘術。
存命中は無理だと思っていたそれが、
存在すら怪しいと思われた材料が到着したことによって完成した。
アリスの母である魔界神が、自身が創造した魔界中を探し回って、
ようやくわずかばかり採取できたウルトラ・レアな物質である。

材料が届いた日、霊夢が帰った後に魔理沙とアリスはパチュリーが待つ大図書館へ向かった。
事前に連絡を受けたパチュリーは、図書館の中央に魔法陣と祭壇を設けて二人を待ち受けていた。

魔理沙を少女に戻すため、三人の魔法使いの試練の時が始まった。

魔力不足、魔力の暴走、魔理沙の居眠り、パチュリーの喘息、失火、
アリスへの魔界神から長い世間話の遠隔通信、魔理沙の心肺停止、エトセトラ、エトセトラ。

それらの苦難を三人は協力し合い、切り抜けた。

明け方、儀式は完了した。

魔理沙は、魔法使いの技量と魔力は最高レベルを維持したまま、
異変解決に飛び回り、図書館の本や乙女のハートを死ぬまで借りていた頃の姿に若返っていた。

小さな皺一つ無い手を見て、
小悪魔が持ってきた鏡を見て、
アリスとパチュリーにハグされて、
魔理沙は儀式の成功を実感した。



――だ、そうだ。



「で、僕のところに何をしに来たのかな?」

霖之助は最もな質問を三人の(外見上は)少女にした。

「ん? ほら、私の歳が香霖の外見年齢を越してから『買い物』に行かなくなったろう……」
「私もここ何十年か神様やってて忙しかったから。姿は魔理沙に合わせて、ね」
「私はいつもの『集金』の時の格好ですわ」

『集金』とは、霖之助が使用している外界の品のパワーソースと引き換えに、
紫が同じく彼が収集した外界からの品の中から危険な物、希少価値のある物、
趣味にあった物を徴収する行為である。

「僕の質問に答えていないが」

「「「ちょっとビックリさせに来ただけだぜ/よ/ですわ」」」

霖之助は眉間を指でつまみ、魔理沙のほうを見た。

「魔理沙……」
「おっと、人妻に手を出すと火傷するぜ」

魔理沙は顔を若干赤らめながら霖之助から飛びのいた。

「そこにいるとお客さんが来れないと言おうと思ったのだが……」
「あ……、そう」

店の出入り口に屯していた魔理沙達は、気持ち程度に場所を空けた。

「魔理沙ったら」
「貴方が望むなら、幻想郷を多夫多妻制にしても宜しくてよ」
「……紫ぃ」
「冗談!! 冗談よ、霊夢!!」

霊夢と紫が少女の姿のままで夫婦漫才を繰り広げている間、
魔理沙は昔と同様に、店内の『非売品』の商品を物色していた。

「何だこれ? 音楽プレーヤー?
 入れるモンは……、『かせっとてえぷ』とも『しぃでぃ』とも違うみたいだな」

魔理沙が手にしている小型の機械には、両耳用のイヤホンが繋がっており、
何かを入れるであろう隙間が開いていた。

「ああ、これはMDプレーヤーだよ」
「えむでぃ?」
「うん、そこの隙間にMDと呼ばれる、音楽を記録した物を入れるんだ」
「で、そのMDとやらは?」
「残念ながら、流れ着いていなかったよ」
「それじゃノーディスク、NDだな」

うひゃひゃひゃ……。

魔理沙はMDと、高名な冒険作家の名をかけて洒落を言ったのだ。

腹を抱えて笑った魔理沙は、我ながら上手い事言ったと思ったらしいが、
周りは誰も気にしていなかった。

「ウサッ、儲かってる?」
「お客さんかい?」
「欲しい物があったらそうなるわね」

実年齢が高齢である三人の少女と霖之助の感動しない再開に割り込むように、
ピンクのワンピースに人参のペンダントをした妖怪兎の少女が来店した。

「てゐだ」
「てゐね」

魔理沙と霊夢が指摘した通り、来店者は永遠亭に所属する因幡 てゐであった。

「何がご入用ですか、ええと、てゐさん」
「武器がほしいウサ」
「外界の最新式の物なら、妖精達の集結場所で配っていますわよ?」
「あ、いや、鉄砲とかそういうんじゃなくて……」

香霖堂では外界の武器も取り扱っている。
だが紫が危険物と判断して取り上げたり、銃本体があっても弾が無かったりと、
まともに撃てる物は、かつて皇軍が装備していたボルトアクション・ライフルや旧式の拳銃ぐらいで、
それ以外は『武器』として機能しないものばかりだった。

「それ、『草薙の剣』ね」

てゐは霖之助の側にずいと寄ると、
カウンターの中に立てかけてあった剣にちらと視線を向けて、耳元で囁いた。

「てゐさん、これは『霧雨の剣』ですよ」

霖之助は身体でその剣を隠し、事実の一部を答えた。

かつて魔理沙が霖之助の依頼で集めたくず鉄の中に、これはあった。
霖之助は、この『草薙の剣』に魔理沙の名を付け、『霧雨の剣』と呼んだ。

この剣さえあれば、霊夢や紫ですら歯が立たない強敵も打ち破れ、
世界を救うことも支配することもできるそうだが、
さっき魔理沙が言っていた作家先生の作品では、冴えない商店主が大活躍しているようだが、
生憎と、自分はそんな英雄(キャラ)じゃない、と霖之助自信は思っていた。

がさごそ。

いつの間にか、てゐは店の中を漁っていた。

「あ、あった。誰か〜、これ取って〜」

お目当ての品は、棚の上のほうにあったようだ。
一番近くにいた霊夢がそっちに向かった。

「これ〜? う゛っ!?」

霊夢は無造作に掴んだそれから、急に手を離した。
どさりと床に落ちたものは、針金の束のようだった。

「痛ぅ〜……」
「霊夢!!」
「大丈夫!?」

魔理沙と紫が慌てて霊夢の側に駆け寄った。
霊夢が右手で抑えている左手から血が滴り落ちていた。

「うん。これこれ」

てゐは予め持ってきていた軍手をはめ、霊夢が落とした針金束を拾い上げた。
針金かと思われたそれは、糸の様に細い鋼線だった。

「何なのよ、これ」

怪我を瞬時に治した霊夢は、カウンターに置かれたそれを指差した。

「これ? これは……」

てゐは霖之助に高額紙幣を支払った後、しばし思案して、
悪戯を仕掛ける時の、意地悪な笑みを浮かべた。
何か上手いことを思いついたようだ。



「『けしにぐの剣』、ウサ」



霖之助は口を開こうとしたが止めて、領収書を書くことに専念した。





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妖艶な美女の姿に戻った紫、霊夢と、
相変わらずの少女姿の魔理沙(若返ったのだから当たり前!!)は、
人里の大店、霧雨店に来ていた。

魔理沙はこの店の主である、彼女の息子に作戦行動中の諸注意をしていた。
霊夢も昨日会って昼食を共にした息子は、自分を見上げて説教する少女姿の魔理沙にタジタジだ。

「いいか、お前は一応人里の有力者なんだから、みんなの規範となるべく、
 今回の事態に冷静に対応しなくちゃならないんだぜ」
「分かってますよ、魔理沙母さん。上白沢先生が里を『隠して』くれるそうですから――」
「馬鹿か、お前は!! 慧音の歴史を隠す能力は、そこの紫には通用しなかったぞ!!
 『敵』にも見破られるかもしれないじゃないか!!」

隠蔽された歴史の看破は、紫ほどの大妖怪だから可能なのであるのだが。
そういえば、里を隠した慧音と弾幕ごっこをした時の異変で、初めて紫と組んだっけ……。

霊夢はそんなことを思い出していた。

なおも魔理沙の息子に対する口撃は続く。
あ、今、魔理沙のローキックが息子の脛に炸裂した。
息子は苦笑している。いや、脂汗を流し、笑顔を湛えたまま、苦しんでいる。

こんな微笑ましいやり取り、どこかで見たな……。
霊夢は記憶の中を検索して、二件該当するものを見つけた。

最初は、魔理沙がまだ幼い時。霊夢と初めて会って間もない頃。
そして、魔理沙が彼女の父親とまだ反目していなかった頃。
魔理沙はよく父親にじゃれ付いては、仕事に忙しい彼の手を煩わせていたな……。

もう一つは、魔理沙が父親と和解して、
彼女の幼い子供達と一緒に頻繁に実家に遊びに行くようになった頃。
霊夢は紫の使いとして霧雨店を訪れていた時に、ちょうど魔理沙一家と鉢合わせした。
隠居して好々爺となった魔理沙の父親と孫達のじゃれ合いを、
魔理沙、アリスの夫婦と三人で、お茶を飲みながら眺めていたっけ……。

それから僅か数ヵ月後、元・霧雨店の主人である魔理沙の父は、
魔理沙達家族に囲まれて、逝った。
大往生だった。



霧雨店を出た三人は、魔理沙行きつけの甘味処であんみつを食べることにした。
最近見なかった常連客のお婆ちゃんが少女になったことに、店の主人はビックリしていた。
魔理沙のへへっと笑う様子を見て、今後もいろんなトコで人を驚かすつもりだ、
と霊夢は推測した。

息子のふがいなさを笑顔で愚痴り、あんみつをかっ込んであっという間に平らげた魔理沙は、
テイクアウト用のあんみつと共に、魔法の森の自宅へ箒に乗って帰っていった。

紫も仕事があるので食べ終わると店を出て行ってしまい、霊夢は一人取り残された。

あんみつを食べ終わり、店員が空いた食器を片し、
熱いお茶を啜っていると、ようやく待ち人が来た。

「あややや〜、霊夢様、申し訳ありません。人里の取材に手間取ってしまいまして〜」
「……(一礼)」

大して申し訳ないと思っていなさそうな軽薄な謝罪をする文と、
相変わらず無愛想な椛は、霊夢がいるテーブル席に腰掛けた。

「あ、私、クリームあんみつを」
「……(メニューのうどんとかやくご飯とあんみつのセットを指差す)」

お茶を持ってきた店員に注文をする二人。

霊夢はお茶のお代わりを注いでもらい、二人と世間話を始めた。
正確には、霊夢と文が話をして、椛が合間合間で相槌の頷きをした。

注文の品を二人の天狗が平らげて、しばらくまったりした所で、
霊夢は二つの手提げの紙袋を出現させ、文達に手渡した。

「はい、お手洗いで着替えてらっしゃい」

椛は受け取った紙袋の中を見た。

食べた物を吐きそうになった。

椛は、聖輦船内で行なわれた打ち合わせに参加した文から、
これについては聞かされていなかった。

ニヤニヤしている文の顔を見て、意図的に伏せられたことを確信した椛は、
ますます文の事が苦手になった。





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某森の中にある開けた場所。

ミスティア・ローレライは、大忙しだった。

今日は屋台はお休み。

大量の予約注文の料理を作り、配達するためである。



「すいませんね、妹紅さん。手伝ってもらっちゃって」
「いいのいいの。夜に人里に行かなきゃならないけれど、それまでは暇だから」

竹炭の配達ついでに、八目鰻の蒲焼を焼くのを手伝ってくれている、
蓬莱人の藤原 妹紅にミスティアは礼を言った。

正直言って、大助かりだ。
皆、作戦前にスタミナをつけようと、大口の注文をしてくれたのだ。
蟲の王、リグル・ナイトバグと闇妖のルーミアに手伝ってもらってはいるが、
それでも手が足りなくて困っていたのだ。

「ほい、一丁上がり、と」
「焼けたのかー」

血のように赤い八目鰻の蒲焼を秘伝のタレに漬け、
ルーミアが準備していた使い捨て容器に盛られた麦飯の上に、串を抜きつつ乗せる。
リグルはそれに蓋をして、段ボール箱に詰めていく。
丁度、『自警団様』と書かれた箱に注文数分の八目鰻丼が詰め終わった。

リグルが新規に考案した料理のデリバリー業、
『蓼食う虫も好き好きサービス』の出番だ。

「君達、お願いね」

ぎちぎち、と顎を鳴らして返事する、無数の蟲達。
それも、カブトムシやクワガタといった、力持ちで飛行能力を有する者達だ。

箱に被せたネットを掴み、飛び立つ蟲達。
さすが力自慢。50人前の八目鰻丼が詰まった箱を、僅か十数匹で運んでいった。

ミスティアは八目鰻と平行して、普通の鰻の蒲焼も焼いている。
それも丸々太って脂の乗った大物だ。

背開きして蒸した鰻にタレを二度付けして丁寧に蒲焼を焼き上げる。
ミスティアはそれを白米が盛られた重箱に乗せ、タレを丹念にかけ、蓋をした。
注文数分出来上がると、肝吸い、香の物、冷酒の小瓶、粉山椒の容器と共に岡持ちにしまった。
こちらは、ミスティアの料理が好物で、しかも金払いの良い大事なお客様向けだ。
だから、配達もミスティアが直々に行なう。
八目鰻のほうは、妹紅達に任せておいていいだろう。

「じゃ、配達に行ってきます。貴方達の分はそこだから」

ミスティアがまかないの八目鰻丼のあるほうを指差すと、
三人はそちらを向いた。

その間にミスティアは岡持ちを持って飛び立った。
妹紅達は一瞬ミスティアのほうを見たが、直ぐに各々の作業に戻った。

どうやら、妹紅には感づかれなかったようだ。
ミスティアは、岡持ちに張られた『永遠亭様』と書かれた付箋をそっと剥がした。





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妖精達は一箇所に終結しつつあった。

彼女達は『人里』に続々と降り立ち、
広場の白いテントで紫の部下である外界の屈強な男達が配る銃火器を受け取っていた。

切り出されたばかりの木の香りや接着剤、塗料の刺激臭が仄かに漂う『人里』で、
地道な作業をしている妖精の姿があった。

万力にそっと7.62mm×54Rライフル弾をはさむ。
底部のリムを潰さないように。
薬莢がゆがまないように。
妖精の手には銃剣が握られている。
刃を弾頭にあてがい、そっと削る。
丁寧に、丁寧に。
弾頭のとがり具合を見て満足すると、容量10発の箱型弾倉に押し込む。
彼女はその作業をさっきからずっと行なっている。
既に、満タンになった弾倉が幾つもできていた。

「大ちゃん、何してんの?」

突撃銃で武装した氷精のチルノは、先程から銃弾に何かしている大妖精に話しかけた。

「ん? ええ、まあ、おまじない、みたいなもんかな」

手作業で弾頭を削る行為は、特に銃弾の威力や射程に影響は無い。
無為な作業という点では『おまじない』と共通する。

だが、ここは幻想郷である。
信じる者が救われて、それを馬鹿にした者が泣きを見るセカイである。
この儀式が大妖精の戦果に影響を与えるかもしれない。

最後の弾倉に十発目の玉を込め、銃弾が満タンになったそれらをポケットに捻じ込んだ。
銃剣を腰の鞘に挿し、側に立てかけておいた自動式狙撃銃を手に取った。

ドラグノフSVD。
この銃は、正確には専門の狙撃手が使う狙撃銃ではなく、
射撃の腕が立つ一般の兵士に宛がわれる『マークスマン・ライフル』に区分される。
被筒と銃床が樹脂製ではなく合板製の旧式版であるこの銃を、大妖精は愛銃として選択した。
市街地の乱戦では、デリケートな調整が必要で連射ができないボルト・アクションの狙撃銃よりも、
速射性と耐久性に優れたこの銃が向いていると、大妖精は判断したのだ。

ちなみに、チルノが持っている銃はいわゆるカラシニコフ突撃銃を参考に開発された、
北欧フィンランド製の傑作突撃銃、SAKO Rk95である。

妖精達に銃器が行き渡り、続いて今度は酒が振舞われ始めた。

銃器を配っていた男達は、今度は生ビールサーバーを用意して、
大きな紙コップに泡立つ酒を注いでいる。

他にもサニーミルクが持ってきた秘蔵の酒や、
ルナチャイルドが漬けた香の物、
スターサファイアのキノコの盆栽(スターに内緒で持ち出してツマミにしたことは内緒だ)、
メイド妖精経由で入手したワイン、
名も告げずに去って行った、赤いチェック柄の服を着た緑髪のお姉さんが差し入れた果実酒、
酒以外にもジュースやお茶、お菓子に本格的な肉料理、魚料理に至るまで、
食べ物、飲み物があっという間にそこかしこに並べられた。

すっかり宴会の準備が出来上がった。

「では〜、今回の幻想郷を上げての作戦の前に〜、
 チルノさんに一言いただきたいと思いま〜す!!」

宴会の準備を仕切っていた三月精の一人、サニーミルクからいきなり振られて、
チルノはビールの入った紙コップを落としそうになった。

「あ、あたい!?」
「くすくす、チルノちゃん、行きなよ」

周りの妖精達からの囃し立てる声や拍手に押され、
チルノは広場の中央にいつの間にか置かれた壇に上がった。

「え、え〜、本日はお日柄もよく……。
 っあぁああああ〜っ!!
 駄目だ、あたいさいきょ〜だけど、素敵な言葉が出てこないよ!!」

チルノの絶叫が『人里』に響く。



「だけど、だけど、これだけは言わせて貰うよ。
 あたいは、お菓子が大好きだ。蛙を凍らせるのが大好きだ。
 みんなと遊ぶのが大好きだ。悪戯するのが大好きだ。

 そして、幻想郷がいっとう、大好きだ〜!!

 でも、あたいが、あたい達が大好きな幻想郷に酷いことする奴らが来るって、
 紅白の神様が言ってた!!
 その神様に頼まれたって、橙に一緒に戦うなら名前を書いてって言われた!!
 もちろん、あたいは名前を書いたさ!! あたいは最強だ!!
 最強者は困ったヒトのために戦うもんだ!!

 妖精は雑魚? そんなこたぁない!! みんなが力を合わせれば、
 お月様から来る悪い奴らをやっつけられる!!
 ちゃんと作戦も立てたし、絶対勝つるっ!!

 紙に名前を書いて誓ったんだろ、みんなっ!!
 ここにいる、い〜っぱいの妖精がっ、全員っ!!

 みんな〜っ、お空一杯に悪もんが来るけれど、はっきり言ってやろう。

 幻想郷の空はっ!!

 あたい達っ!!

 『お月様の下で弾幕ごっこを楽しむ者達』!!

 ルナ・シューターのもんだあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!」



静寂が『人里』を包み込んだ。



ぱち……。

ぱち……、ぱち……。

ぱちぱちぱちぱち……。

ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!!!



わ〜〜〜〜〜!!!!!

幻想郷、ばんざ〜い!!

妖精、さいこ〜っ!!



「チルノちゃん、かっこ良かったよ」

チルノの隣に、大妖精が寄り添った。

紅潮しているチルノの顔が、違った意味で赤くなったような……。



チルノは再度、叫んだ。

「では、みんな〜!! 乾・杯っ!!」



「「「「「「「「「「かんぱ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!!!」」」」」」」」」」



チルノはすっかり温くなったビールを一気に飲み干した。



妖精達の士気は、最高潮に達した。





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守矢神社、命蓮寺、神霊廟が手を組んで事に当たることになり、
大勢の天狗や河童を交えた、親睦と士気高揚のための宴会は盛り上がっていたが、

霍 青娥は冷静であった。



青娥は、適度なアルコールと糖分は脳を活性化させるとの自論を持っており、
暖かい紹興酒に粗目砂糖を一さじ入れたものを、舐めるように飲んでいた。

青娥は求道者であった。

己の道のためなら、どんな犠牲もいとわない、悪党、外道と呼ばれたことも何度もある。
邪仙のそしりも甘んじて受けていた。

求めるは不老不死、強大な力。
要するに、この世で最強になりたいのだ。

青娥は権力争いや暗闘など日常茶飯事の名家に生まれた。
自分が権力を持ったら貧しき民を助けてやろう、などと思ったことがあったが、
結局、自己保身で忙しく、見ず知らずの他人にまで気は回らなかった。

力、力、力が欲しい。
力を求めて道教の秘術も仙術もマスターした。
だが、力の権化と化した青娥は、他の術者から爪弾きにされた。

青娥は放浪の旅に出て、極東の島国で豊聡耳 神子に出会った。
荒れる世を憂う、青臭い理想論を語る神子に、もう思い出せないほど過去の自分の姿を見たのか。
青娥は影から神子の一党を助けるべく乱世の世を暗躍し、彼女達に術を施して尸解仙にもした。

時は移ろい、千数百年経過した。

満を持して、幻想郷で神霊として復活した神子を一喝したのは、
年端の行かぬ少女であった。

博麗 霊夢。

幻想郷では、まさしく、最強。

青娥は惹かれた。

彼女の道(タオ)の極意を得んとした。
場合によっては篭絡して木偶人形にした上で、彼女の脳みそに直接聞き出すことも考えた。

霊夢の道は、単純だった。

『はぁ? んなもん、歩いた後に勝手にできるわよ。
 で、そのまま進んで他人の道に出たらそこを歩けばいいし、
 目的地から外れるようなら、また道を自前で作ればいいじゃない』

そう語った時の霊夢はしたたかに飲んでいた。
確か、その時もこのような宴会だった。

白けた。
青娥は霊夢に対する興味が失せてしまった。

だが、霊夢は実質的に幻想郷を牛耳っている管理人、八雲 紫と大恋愛の末に添い遂げ、
仙人など足元にも及ばない『神』にまで上り詰めてしまった。

霊夢の道は、成功者の道だったのだ。

面白い。

いやはや、面白い。

幻想郷は、何と面白い場所であろうか。

『幻想郷は全てを受け入れる』場所であると言われているが、誇大ではないようだ。

自分のような野望を持った者も、
神子のような欲の『聞き手』に徹するものも、
等しく平等に、反目する者も数多いるこのセカイに受け入れるのだ。

神子復活の『異変』を解決せんとした者達。
四人(正確には3.5人)の人間の少女達。
全員、今では既婚者だ。
相手を受け入れ、自分を受け入れさせる。

自分もかつて、それをしたことがあったが、
どうやら、一方が欠けていたようだ。
今度する場合、ちょっとは歩み寄ってみようか。

青娥は、今まで収集した情報の分析という名目の取り留めの無い思考を停止して、宴席を眺めた。

現在の博麗の巫女が、隻腕の自称仙人、茨華仙に説教されていた。

今までなら、そりの合わないお堅い仙人様のことを無視していたが、
青娥は歩み寄るのも悪くないと思い、
瓶ごと暖められた紹興酒と自分が飲み干した杯と未使用の二つの杯、
それに砂糖壷をお盆に載せると、指先で器用に捧げ持ち、
性的奉仕を行なう酒処の女給のように腰をくねらせながら、
胡散臭い笑みを浮かべ、堅苦しい場に向かっていった。





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某所にある、上位妖怪御用達の高級旅籠。

冥界を封鎖後、顕界に滞在している幽々子の宿である。

鈴仙と妖夢は、幽々子の希望もあって、
今回の作戦では傍観者に徹する幽々子に娘を預けることにした。

幽々子の着物の裾にしがみ付き、何かを耐えるような目で両親を見つめる娘。

幽々子に一礼をする鈴仙と妖夢。

顔を上げた二人に、迷いは無かった。





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彼女は何とかせねばと思った。

逃亡者を装って、大地の大物に接触した。
駄目だ、相手にされず、天に追い返された。
この腑抜けめ。

大地の大物の紹介で、天の大物に取り入ることができた。
駄目だ、彼女達も、腑抜けだ。
侵略者共を生かして返しやがった。

自分で何とかするしかない。

幾ばくかの年月を費やし、ようやく決起の目処が付いた。
同志を募り、当局に気取られぬように行動し、
遂に、あの方の許可を頂いた。

これで、我々の楽園が実現する。





彼女は何とかせねばと思った。

若者達が暴走している。

本来は彼女達を諌める立場ではあるが、
最早、口で言って何とかなる段階を通り過ぎていた。

私は、彼女達の決起を黙認した。
そうせざるを得なかった。

早くしないと、彼女達が行動を起こしてしまう。
いや、もう行動を起こしている。

しかるべき筋に連絡しようにも、そこは監視されている。

そうだ、いいことを思いついた。

私は一通の檄文を送った。
取るに足らない内容だ。
過激思想の首謀者を落ち着かせるために送っているものだが、
送信する時、私は『うっかり』ミスをしてしまった。

首謀者と名前のよく似た別人に送ってしまったのだ。

よりによって、通信が規制される直前にだ。



あとは、通信を『間違って』送ってしまった、
楽園への逃亡者がどう動くか、運を彼の地の神々に任せよう。





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衛星軌道上の宇宙ステーション。

鉄くずを満載した何艘もの輸送艇が窓から見える。



時間になった。

紫は、各国の宇宙開発の責任者達に見守られ、投棄の合図を送った。



輸送艇から放出される、宇宙計画の残骸。

幾つも、幾つも。

宇宙のゴミ捨て。

地上では、さぞや美しい流れ星に見えるだろう。



星屑の幻想、しばしご鑑賞ください。










「作戦、開始」



紫が外界との調整役に徹し、
霊夢が幻想郷内を飛び回って説明を行い参加志願者を募った、
幻想郷上げての大作戦。

幻想郷及びそこに住まう者達を守り、
侵略者共をぶち殺すだけのシンプルな作戦。

幻想郷防衛作戦が、紫の呟きを合図に開始された。





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月の都。

中心部から外れた区画にある軍港。

今、ここは若き玉兎兵達の歓声に包まれていた。



巡洋艦が三隻。内一隻が旗艦だ。

指揮管制能力も有する大型輸送艦が数隻。

随伴する戦闘艇や補給船が多数。

艦隊を取り巻き飛行する大勢の玉兎兵全員に、
大気圏突入/突破用簡易フィールド『羽衣』が支給された。
これは着装者の脳を演算装置として使用し、
着装者の思考が単純化されることと引き換えに、
エネルギーフィールドの効率的な展開及び複雑な軌道計算を瞬時に行い、
単身で地球への降下、月への帰還を可能としている。

決起部隊は、極秘裏にこれだけの戦力をそろえた。
だが、都の軍勢と渡り合うにはあまりにも少なすぎる。

しかし、彼女達の攻撃目標に対しては、この戦力でも過剰と思われた。



出航の時が来た。

汽笛を鳴らし、艦隊は宇宙港から出航、月の重力圏を突破して地球へ向かって航行した。



程なくして、艦隊はあるポイントに到達した。

「境界跳躍!!」

旗艦の艦長が叫ぶ!!

途端に艦隊は揺らめいたかと思うと、消えた。



決起部隊の艦隊が現れた場所は、星屑のステージだった。

彼女達は、外界の資材投棄地点に出現したのだ。
だが、周りのデプリが目くらましになって、宇宙からも地上からも補足されなかった。



決起部隊の筋書きはこうだ。

まず、地上の民が『表向き』の月に建築しているガラクタを壊す。
これは地上のサル共を恫喝すると共に、同志達の戦意を高揚するためでもある。

格の違いを見せ付けられた愚民共は彼女達に屈し、ガラクタを地球に投げ捨てる。

月を出発した艦隊は、一度外界に出て、捨てられたゴミに紛れ込み地上を目指す。

ゴミが大気圏で燃え尽きる寸前に幻想世界に跳ぶ。
そうすると艦隊は幻想郷まであと僅かの地点に現れる。

幻想郷の愚かな妖怪共は、艦隊がいきなり現れたように見えるだろう。
連中の迎撃体制が整う前に、八雲の境界と博麗の結界を突破、
予め決めておいた場所を制圧する。

幻想郷の重要施設である博麗神社。
幻想郷最大の軍事力、技術力を持つ妖怪の山。
かつて月を侵略しに来た吸血鬼の根城、紅魔館。
地下資源が豊富で、核融合の能力を得た妖怪を飼っているという地底世界。

これら拠点は、決起部隊の艦隊で十分叩き潰せるとの予測が導き出された。

さらに、人間達が住む人里。
妖怪達は、人間が彼らを畏怖することによって存在できるらしい。
そこで、決起部隊は解放軍として人里を保護する。
妖怪達を蹴散らし、恐怖から開放してくれた決起部隊を人々は歓迎してくれるだろう。
そして、妖怪共はますます弱体化する。

人里を拠点にして、残存の勢力を駆逐して、幻想郷を完全に決起部隊の勢力下に置く。

それだけでは月から追撃部隊が来た場合、簡単に鎮圧されてしまう。
そこで、決起部隊を統率する者として、八意 永琳を担ぎ出す。
彼女がいる永遠亭には少数精鋭の部隊を差し向け、決起部隊に同行願う。
永琳が主と仰ぐ蓬莱山 輝夜を人質にすれば、彼女は言うことを聞かざるを得ないだろう。

八意 永琳の名は、月の都で知らぬものはいない。
それだけ高名な薬師であり、危険人物ということである。
彼女が決起部隊に加われば、都も容易に手を出せなくなるだろう。

後は力を蓄え、都の腐った為政者共に正義の鉄槌を下すのだ。
既に『月の使者』のリーダーである綿月姉妹は自宅に軟禁してある。
綿月の家のある周辺区域は決起部隊が押さえたので、救援もままならない。
名門である綿月家をねじ伏せた決起部隊の武勇を聞けば、
やがては、各地の軍の駐屯地から義に賛同して決起する者が出るだろう。

月人の天下は終わり、玉兎が月を統治する日も近い。

その手始めに、幻想郷から穢れを一掃して、そこを玉兎達の楽園とするのだ。



皮算用に胸を躍らせ、決起部隊は地球に降下を始めた。





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宇宙空間、残念パーティ。
夢の残滓が星になる。
流れて消えて、ハイおしまい。

綺麗な綺麗な流れ星。
もっと見たいとアンコール。

ではでは見せましょ、もう一回。



「あらあら、ウッカリしていましたわぁ」

藍から耳打ちをされた紫は、わざとらしく声を上げた。

宇宙ステーションの重力ブロックで行なわれている、
宇宙開発に携わった各国VIPの労をねぎらう酒宴でのことだ。

「まだ流れ星にすべき物が残っていましたわ。
 誰かさんが帳簿に載せるのを忘れたようですわね」

各国のゴテゴテした軍服を着た連中が、一斉にむせた。

「では、それらも急いでポイしますわ。よろしいですね?」

最後の言葉には、大妖怪の凄みがあった。

ただの人間達からは、当然異議など無かった。





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決起部隊の艦隊が背後から猛スピードで迫り来るデプリ群に気付いた時には、最早回避不能だった。



「対空監視!! 何していた!!」

大気圏突入コースに入った艦隊はパニックに似た喧騒に包まれていた。

「そ、それが……」

言いよどむ、監視担当の玉兎兵。

「デプリが……、電探(レーダー)に映っていません!!」



宇宙開発の暗部。

潤沢なシノギが得られそうな新たなショバを巡る、各国の軍隊の縄張り争い。

世界各国は、宇宙開発で一見手を組んだように見せかけて、
裏では相手を出し抜いて月面に軍事基地を築こうとしていたのだ。

紫が後から投棄した資材は、各国の軍がマスドライバー施設に秘匿していた軍事物資だった。
計画当初から既に藍に発見されており、紫は何かに利用できるだろうと考えて、見て見ぬ振りをした。

そして今、利用すべき時が来た。

低視認性迷彩が施され、電磁波吸収素材をふんだんに使った大量の資材は勢いよく放出され、
先に投棄されたデプリに追いつきつつあった。





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老兵は死んで消え去る。

俺はそう思っていた。

任地で仇敵とにらみ合っているうちに、
世の中はすっかり平和になった。

俺は足元を見た。

仇敵の祖国の領空を、我が母国の航空機が飛んでいる。
国家元首用の特別機だ。

俺は民間の放送を退屈しのぎに見聞きしているので知っている。
巷で騒がれている平和条約の締結のために、かつて敵視していた国の首都に向かっているのだ。



俺は前を向いた。

仇敵が獲物をこっちに向けて……、居眠りしていた。
俺もしょっちゅう居眠りするのでヒトのことは言えない。
仇敵が目を覚ましたようだ。
慌ててこっちに狙いをつけていた獲物の向きを調整した。

どうせ、ヤツの国からは攻撃命令など出ないのに。
ウチもそうだからだ。
俺も自慢の娘達をヤツの祖国に向けているが、撃つ気などさらさら無い。

眠い……。

もう寿命(トシ)だな、俺も……。



俺も、ヤツも、周りの老いぼれた同業者達も、このまま朽ちていくのだろう。



夢とも現とも付かない曖昧な時を俺が漂っていた時、
突然、胡散臭い女が現れた。



――ねえ、最後に一花咲かせない? セカイを救うお仕事よ。



俺は、仇敵は、周りの老いぼれた同業者達は、誘いに乗った。

どうせ俺達は、御国に忘れ去られた存在だ。
最期の時ぐらい好きな所に出歩こうと、誰にも迷惑はかからんだろう。



皆でぞろぞろと目的地に向かい、
着いて早々に俺達は物陰に隠れ、目が利くヤツは斥候に出た。

斥候からの情報が俺達に届き始めた。

『敵』が近づく毎に、情報の精度が上がってきた。

斥候が潰えた時には、俺達は肉眼で『敵』を鮮明に捕らえていた。

それこそ、周りをピョコピョコ飛んでいる姉ちゃん達のパンツの柄まで分かるってもんだ。



仇敵、いや、戦友は獲物を『敵』に向け、ちらりと俺のほうを向いた。

分かってるって、何十年、お前とにらめっこしていたと思ってんだ。



俺は、抱えていた四発の核ミサイルの安全装置を外した。



さあ、ウサちゃん達。

爺ちゃん達とパーティーしようぜ。





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地球に落ちる無数のデプリは、決起部隊の艦隊を覆い隠すベールのはずだった。
だが、後方から高速で殺到する物と前方で先行する物に挟まれ、ぶつかり、
艦隊に無視できない被害が出始めた。
しかも規定のコースを外れると、地球、幻想郷に到達できない。
決起部隊は避ける事もままならず、対空砲火で邪魔なデプリを打ち落とさざるを得なかった。

密集した陣形。

流れ弾が、僚船や『羽衣』の影響で自我が希薄になっている取り巻きの玉兎兵に命中した。



奴さん、何やってんだ?

俺は、デプリに取り囲まれ、徒に犠牲を出している宇宙艦隊――
いや、規模が小さいから戦隊だな――を照準装置越しに見ていた。

大型戦闘艦を取り巻く小型船や人型の数が目に見えて減ってきている。
それに艦の散発的な弾幕は全然関係の無いところを撃っているように見える。

こいつ等、素人集団か?
完全にパニクってやがる。

では、俺達がさらに混乱を煽ってやろう。

俺の獲物は虎の子の四発の核ミサイルだから、ここぞと言うときに撃たなければ。
まずは、相応の武器を持った戦友達に任せよう。

元・仇敵は、何十年も俺に向けていたレーザー砲を混乱の極みにある敵に掃射した。



旗艦の艦橋要員達は、船外の玉兎兵達がぶつ切りになっていく様を見ることになった。

「な、何事!?」

人一倍狼狽した艦長は誰彼構わず問いかけた。

「レーザーです!! 恐らく、地球の軍事衛星からの攻撃です!!」

周囲を索敵していたクルーの一人が叫ぶように答えた。

「なんですって!? 事前の情報ではこの宙域には人工衛星は無いんじゃなかったのっ!?」

艦長のヒステリーボイスが艦橋に響き渡った。
今度は、誰もその疑問に答えられなかった。

「お、墜とせっ!! 撃墜しなさいっ!!」

「総員、戦闘開始、戦闘開始ぃっ!!」

オペレーターまでヒステリックに無線機に怒鳴り、
雑な迎撃が開始された。

「な、何だ、これは!?」
「穢れた民のくせに、なんて複雑なプログラムを組んだんだ!?」
『こいつ等、まるで意思があるみたいだ!! ……!? うわあぁぁ(ブツッ)』

玉兎兵達は舌を巻いた。

人工衛星達は、人工衛星とは思えぬ機動で弾幕を避け、武器を使い、艦隊の被害を増やしていった。
中には戦闘機と見間違うようなドッグ・ファイトを演じるものまでいた。



アイツ、少なくとも外見は可憐な少女である人型にも容赦しねぇな。

俺は元・仇敵が女の子達をレーザーでぶった切っている様を見ていた。
正確には、俺が見ているのはスナッフ・ショーではなく艦隊の大物である三隻の巡洋艦で、
キツいのをカマしてやる機会を窺っているところだ。

お、巡洋艦クラスの一隻からエスコートがいなくなった。
では、俺自慢の娘からのプロポーズを受けてくれっ!!



宇宙(そら)を切り裂くように飛翔する破壊の女神。

お堅い彼氏に熱烈なベーゼをしようとした刹那、お邪魔虫が彼女の唇を奪った。



その戦闘艇は、別に巡洋艦を庇おうなどという気は無かった。

恐慌状態で滅茶苦茶な操船を行なった結果、ミサイルに体当たりすることになっただけだ。

閃光。

熱。

小型船の装甲も、宇宙を飛ぶ玉兎兵の個人防御フィールドも何の意味も無く、
彼女達は焼かれ、塵一つ残らなかった。

だが、本命の巡洋艦は、側面が若干焦げただけだった。

武装にも機関にも、目立った影響はないようだった。



一人目がつまらん男に食われたのを見た俺は、直ぐに二人目の美人をデリバリーした。



巡洋艦『レッキス』。

先程の核攻撃を幸運によって直撃を避けられたため、艦の被害は軽微だった。
閃光は遮光フィルターで、熱線は装甲で防ぐことができた。
だが、恐怖までは防ぎきれなかった。

また、核ミサイルが来たらどうしよう……。

早速、来た。

「正面!! ミサイル!! 弾頭は……、通常にあらず!!」
「さ、先程と同じ、核ミサイルです!!」
「ミサイル接近!! ミサイル!! ミサイル!! ミサイル!!」
「CIWS(近接防御火器システム)、作動しません!!」
「か、回避っ!! 取り舵……、いや面舵……、と、とにかく避けろっ!!」
「い、嫌あああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「き、きっさまぁ〜!! 勝手に持ち場を離れるなぁ!!」

銃声。

「ひっ……、ひひひひひ……。艦長様に逆らうから、こうなるんだぁ……」



艦橋のドタバタなど気にもせず、ミサイルは順調に飛行して、

『レッキス』の真正面に、直撃。



二人目は、彼氏に純潔を捧げることに成功した。



核の爆発+巡洋艦の爆発。

先程の比ではない、深刻な被害を艦隊に与えた。



増量された無数のデプリが俺達の元に到達し始めた。

何人かの戦友がデプリの直撃を受け、自身もデプリとなっていった。
その数は、『敵』の攻撃で撃墜された者よりも多いんじゃないか?

元・仇敵は我武者羅にレーザーを照射し続けた。

おいっ!! 煙!! 煙出てんぞ!!

熱くなったヤローは、なおも敵を殺り続け、
デプリが衝突する前に勝手に火を噴いてイッちまいやがった。

抱え落ちほど間抜けなものは無い。
俺は三発目の核ミサイルを大物がいそうな場所に目測で放った。

惜しいっ!!

ミサイルは大型輸送艦の鼻先で爆発した。

お? 輸送艦はコントロールを失った!!

横向きになり、大気圏に突入していった。

デプリの直撃と戦友達の攻撃を何発も受けた艦は、

遂に真ん中から折れ、爆発、流れ星となって燃え尽きた。



「間もなく、幻想郷への跳躍ポイントです!!」

旗艦の艦橋では、なんだかんだでクルーはちゃんと仕事をしていた。

「急いで残存戦力を本艦の周りに終結させて!!」

艦長の指示で、無線手は直ちに友軍に通信を送った。

「旗艦発信!! 各部隊は可及的速やかに旗艦『メイジャー・ダッチ』へ終結せよ!!
 間もなく、幻想郷に突入する!!
 『マーチ・ヘアー』!! 殿(しんがり)を任せます!!
 『レッキス』所属の残存部隊は、各自の判断で『メイジャー・ダッチ』、『マーチ・ヘアー』の、
 いずれか近い艦の指揮下に入られたし!!」

無数の光点が、二隻の巡洋艦に集結し始めた。

移動し始めた光のいくつかは、デプリの衝突や軍事衛星達の攻撃で消えていった。



俺もそろそろ年貢の納め時ってヤツだな……。

イテッ!!

またデプリが当たりやがった……。

俺はラスト一発の核ミサイルを玩んでいた。

『敵』が消える直前に使えって、あの女が言っていたな……。

今度はプレイボーイ誌のバニーちゃんが抱きついてきたが、只今の俺は賢者モード。
ごめんな、また今度な。

俺は、臓物をはみ出させ、両足を失った彼女を優しく振りほどいた。

ふと、とてつもないプレッシャーを感じて振り向くと、
俺の二人目の娘に一発ヤられた巡洋艦だった黒焦げの鉄塊が、
俺に向かって来ているではないか。

礼はいらないというのに。

俺はそいつをあえて無視して、光点の塊となった『敵』を注視した。



……。

!!



『敵』が揺らめいた!!

さあ、娘よ!!

レッツ、バンジーッ!!

娘は元気に親元を旅立っていった。

達者でな……。



俺は、娘の門出を見送った直後、
黒くて硬くてデカいナニにオカマを掘られ、
戦友達が先に逝った場所へ昇天した……。



最後の核ミサイルは地球目指して疾駆し、成層圏で爆発した。
その結果発生した電磁パルスは、幻想郷に跳躍する直前の侵略者共の艦隊を飲み込んだ。



電磁パルスは地上の広範囲にその影響を与え――ることは、無かった。

限定された区画内でのみ、具体的には侵略者に対してのみ猛威を振るった。

まるで、被害を与える場所と与えない場所の間に、境界線でも引かれているかのようだった。





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幻想郷に突入した玉兎軍決起部隊の艦隊。

彼女達は、見事に幻想郷への侵入に成功し――、

その進撃の歩みを止めた。



医務官の懸命の蘇生処置も空しく、旗艦の艦長達に看取られて、一人の玉兎が息絶えた。

「彼女も駄目か……」
「ええ……、これで我が方の『月の使者は』……」
「全滅……?」



『月の使者』と呼ばれる玉兎軍の誇る特殊技能兵。

玉兎は互いの固有波長に感応しあい、通信を行なう。
その能力はまちまちで、有視界の範囲内に限定される者もいれば、
月と地球ほど離れた距離での通信を可能とする者もいる。

『月の使者』は、そんな波長操作能力に長けており、
星間通信も可能としており、玉兎に限らず、あらゆる生命体の波長に干渉ができる。

この能力を使えば、相手に偽りを見せ、妄言を聞かせ、語る言葉をかき消すことはもとより、
僅かな波長も敏感に探知し、隠れている生命を見つけ出し、ちゃちな姿隠しの術を打ち破り、
相手の脳の電気信号にノイズを生じさせ、その機能に障害を起こす事だってできるのである。

脳の機能障害――要するに、能力を使った相手を発狂させることが可能なのだ。

相手の精神を破壊するその能力。

『月の使者』のその能力は、波長だけではなく、狂気を操るものといっても過言ではない。

『月の使者』という呼び名は、単に外交使節団という意味だけではない。

まさに、狂気の月の女神ルナの御使いである。

ただ、訓練は厳しいし任務は危険なので、折角のエリート階級なのに、なり手は極めて少なかった。
何しろ、市井の玉兎が無試験で候補生になれるぐらいである。



指揮官である綿月姉妹を裏切り、決起部隊に加わった『月の使者』達は跳躍に備え、
全員が目を凝らし、耳を澄ませて、宇宙や地上の索敵装置の波長を読んで警戒していた。
旗艦『メイジャー・ダッチ』が人工衛星の猛攻でも沈まなかったのは、
決起部隊に参加した『月の使者』が全員この艦に乗っており、
誘導兵器や光学装置のかく乱を行なったおかげである。

しかし、彼女達の緊張と弛緩の境界線上、幻想郷に跳ぶ直前にそれは起こった。
『月の使者』が誇る『狂気の瞳』と呼ばれる赤い瞳が、鋭敏な耳が、
様々な電子機器をオシャカにする強烈な電磁パルスを脳内に呼び込んでしまったのだ。

どんな小さな波長の瞬きも囁きも、見逃さない、聞き逃さない能力。

保護装置を取り付けていない高感度のカメラやマイクで、
宇宙の誕生(ビッグバン)を観測する事に等しい行為。

精密機器並みに高性能で、繊細な、『月の使者』達の脳神経は、一瞬で焼き切れた。



艦隊保有の電子機器は修理、交換が可能であるが、
『月の使者』は最早手当てができる状態ではなく、交代要員もいない。
本国の部隊に問い合わせようにも、増援を要請しようにも、
通信機が完全に直っていないのか、月との通信ができない。

だから、艦隊の最高責任者を兼任する旗艦の艦長に、
作戦の続行か月への帰還かの判断が委ねられた。



艦長は『月の使者』を初めとする、散っていった艦隊の三分の一の戦力に黙祷を捧げ、

幻想郷攻略作戦の続行を宣言した。



残存戦力でも、多少時間がかかるが、十分幻想郷の占拠が可能であると踏んだのだ。



艦長は、他の指揮官達を呼び寄せ、部隊の再編を行なった。

人里へは、旗艦の副長を親善特使として派遣する。
切れ者だが直ぐにキレる艦長と士官学校時代からコンビを組んできた彼女ならば、
怯える民衆を上手く御することができるであろう。
さらに、彼女の護衛と『治安維持』の名目で同行する歩兵部隊のオマケ付きである。

博麗神社へは、コマンド部隊一個中隊二百名を差し向ける。
以前月に来た博麗の巫女は、依姫との戦闘ではパッとしなかったが、
油断は禁物と、過剰とも言える人数を投入する。

紅魔館は、歩兵部隊一個大隊で占拠する。
所詮は力任せのお子ちゃま。
数の暴力の前に、泣いてメイドに縋るぐらいしかできないであろう。
今は夜であるが、吸血鬼の弱点である太陽と同一スペクトルの光を発する照明弾で、
人工的に昼間を作り出すことが可能である。

妖怪核兵器を火力で圧倒するため、巡洋艦『マーチ・ヘアー』は地底に進撃する。
地底世界の空間は大型艦も余裕で航行可能なことは、調査済みである。
その時ついでに、地底の集落も制圧しておく。
レアメタルのような地下資源は、宇宙に住まうものにとって、垂涎物のお宝だ。

旗艦である巡洋艦『メイジャー・ダッチ』を含む戦力の大半は、
幻想郷の最大軍事拠点である妖怪の山を叩く。
この戦力たるや、山自体を消し去ることだって可能である。
山頂には、神社を潰して基地を作るつもりである。
ここから幻想郷を睥睨すれば、さぞや爽快であろう。

そして、永遠亭への八意 永琳のお迎えは、今回の決起の立役者である若き玉兎兵自らが当たる。
精鋭部隊を率いた彼女であれば、必ずや永琳を決起部隊へ迎えることができるであろう。
永琳と輝夜は不死身の蓬莱人である。多少手荒に扱っても死ぬことは無い。
迷いの竹林とやらは、周囲を歩兵大隊が固めるから逃走は不可能となる。



再編成された艦隊の各部隊は、各自の目標へ向け、幻想郷中に散っていった。





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決起部隊の艦隊が『ちょっとしたアクシデント』で損害を出しながらも、
幻想郷への侵入を果たしてしばらくした頃。



綿月の屋敷。

『月の使者』のリーダー、つまり月の軍事、防衛を一手に担う役職にある、
綿月 豊姫と依姫の姉妹。

この屋敷の主である二人は、自室で憮然としていた。

豊姫の、一扇ぎであらゆる物を素粒子レベルで分解できる扇子も、
依姫の、抜群の切れ味を誇り、八百万の神々を召喚できる刀も、
その他の武器も、武器にになりそうな物も取り上げられた。
館の警備に当たっていた兵達は身柄を拘束されたそうだ。

部屋の出入り口で綿月姉妹を見張っている二人の玉兎は、かしましく雑談に興じている。
武器も手勢も無い状態では、彼女達を斃せても、
屋敷の周りを警備している決起部隊を突破するのは難しい。

見張りの玉兎兵が黙った。
新たに二人の玉兎兵がやって来たからだ。

「どうも。ご苦労様です」
「貴方達、何?」

見張りの一人がやって来た玉兎に尋ねた。

「はい、このお酒を綿月のお姫様方に届けるようにと、上役からの命令でして」

にこやかに微笑みながら、この玉兎は手にした瓶を見張り達に見せた。

「何でも、上役からの伝言が込められているそうですよ」
「伝言?」
「ええ。言うことを聞いてここから出るか、ずっとここで大人しくしているかを尋ねる内容だそうです」
「へぇ、ボスもずいぶんと粋なことをするわね」
「ええ、そういう流儀ですからねぇ。あ、貴方はそこで待ってなさい」

玉兎は同行したもう一人に待つように言うと、見張りの一人と共に入室した。

高貴なお方は、しばしばこうした洒落を利かせたやり取りをする事があるそうだ。
彼女達の上司も、わざわざ相手に合わせてやったのだろう。

見張りは納得して、棚から勝手に取り出した二つの杯を手にすると、綿月姉妹の元に歩いた。

「豊姫様、依姫様、差し入れです」
「はい、どうぞ」

瓶を持った玉兎は、綿月姉妹の返事を待たず、酒を杯に注いだ。

「ささ、私達の上役の心の篭ったお酒です。どうぞお召し上がりください。
 できれば感想もお聞かせください」

図々しい態度で酒を勧める玉兎に顔をしかめる姉妹。

「誰も、呑みたいとは言っていませんが」
「お酒なら我が家にもありますし、そのくらいの自由は許されていますから」

敵の施しなど受けない、と言外に告げた。



「あややや、そうおっしゃらずに。
 何でもこのお酒を飲むと、紫雲たなびく麗らかな理想郷の夢が見られるそうですよ。
 是非、ご賞味ください」



笑顔を顔に貼り付けたまま、玉兎はなおも酒を勧める。
豊姫と依姫は、ほんの一瞬、視線を交わした。

「では」
「頂くわ」

二人は杯に口をつけ、静かに、酒を飲み干した。

「……ふう、こんな美味しいお酒、頂いたことが無いわ」
「ええ、月中のお酒はあらかた飲んだつもりですが、このような銘酒は初めてよ」

姉妹は微笑み、玉兎に答えた。

「では、私達に協力するか、否か、お返事願えますか?」
「もちろん」
「是非とも、協力させていただきますわ」

綿月姉妹の色好い返事を聞けて、玉兎は喜色を露にした。

「良かったわね」
「ええ」

見張りの玉兎は、我が事のように喜んでくれた。

「しばらくすると上役が来ますので、お二方はその時に開放いたします。
 その時まで私達は待たせていただきます」
「いいわよ。どうか寛いでくださいな」
「二人とも、そこのソファーに掛けたらいかが?」
「あやー、すいませんね」

綿月姉妹の側で二人の玉兎がソファーに腰掛け、事が上手く進んだことを嬉しそうに話している頃、
出入り口で待たされているもう一人の玉兎が、モジモジしていた。

「どうしたの?」

先程から黙って俯いていた玉兎を心配して、もう一人の見張りが声を掛けた。
玉兎は顔を赤らめ、上目遣いで見張りを見た。

か、可愛い……、ではなくて……。

見張りは顔を真っ赤にして邪念を払い、最初に思ったことを尋ねた。

「もしかして……、おトイレ?」
「……(コクン)」

ああ、だからさっきからムスッとして黙っていたのか。
こういったシャイな子にはよくあることだ。

「おトイレ、連れて行ってあげよっか?」
「……(コクン)」

やっぱ、可愛い……。
見張りの少女は、この無口な少女に仄かな恋慕の情を抱いた。
妹とかいたら、こんな感じなのかな……。
でも、この胸のトキメキ、そんなモノとはなんか、違う……。

などと妄想全開でいた見張りと俯いて無言の玉兎は、僅か数歩でお手洗いに着いた。

近すぎでしょ!!
あのお姫様姉妹、お腹が緩いのかしらん?

普通、貴人の部屋は御不浄から離すものだが、ちょっと近すぎる。
このトイレは比較的新しいから、意図的に綿月姉妹の部屋の側に作ったとしか考えられない。
豊姫と依姫はトイレで『い☆け☆な☆い』お遊びでもしてるのかと、下衆の勘繰りをしてしまう。

「ぐう……」

唸り声が見張りの口から漏れてしまった。

くいっ、くいっ。

無口な玉兎が見張りの袖を引っ張った。

「え? 何?」
「……(モジモジ)」
「……もしかして、一緒に入ってほしいの?」
「……(コクン)」

見張りは玉兎と連れ立ってトイレに入った。

ぐいっ!!

「きゃっ!?」

途端、無口な玉兎は見張りをトイレの個室に引き入れた。

かちゃんっ!!

鍵が掛けられた。



「え!? ちょ、ちょっと!? だめ!! まだ、心の準備が……。

 ひっ!! や、やめて、やだ、やめ、や、いやあああああぁ(ムグッ)」



ガタガタッ。
ガタ……。

しーん。



かちゃ。

個室から出てきたのは、無口な玉兎一人。

洗面台で黙々と手を洗った。

朱色の水は、やがて石鹸の泡で白に染まった。

玉兎は鏡を見た。

無愛想な顔が見えた。

下着が見えそうなくらい丈の短いスカートの裾をつまんだ。

玉兎の顔は真っ赤になった。

とてもじゃないが、クニのあの娘には見せられない。



見張りとおしゃべりに興じていた、酒を持ってきた玉兎は、
連れの玉兎がトイレから一人で戻ってきたことを確認した。

それを見ていたかのようなタイミングで、綿月姉妹を訪れた玉兎達の上役がやって来た。

二人はソファーから立ち上がった。



部屋に入ってきたのは、
紅白のドレスに身を包んだ、黒髪の美女。



「あの方、どなた?」

見張りは玉兎に尋ねた。



「あの方は幻想郷の守護神、博麗 霊夢様です」
「へ?」



すぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!



玉兎の右足から放たれた、鞭のしなやかさと棍棒の破壊力を持ったハイキックが、
爽快な音を立てて、見張りの首筋に命中した。

がったぁぁぁぁぁんっ!!

見張りは吹っ飛び、先程まで二人が座っておしゃべりしていたソファーにぶつかって倒した。

横たわる見張りは、玉兎に話しかけた表情のまま首の骨を折られ、絶命していた。



霊夢は二つの杯と酒の瓶が置かれたテーブルに、扇子と刀を置いた。

「お久しぶり。何? 八百万分の一の神に、挨拶も感謝の言葉も無し?」

彼女への依姫と豊姫の言葉は、挨拶でも感謝でもなかった。

「どうやって、月に進入したの?」
「確か決起部隊が都に結界を張ったそうだから、例え神といえども入れないはずですが……」

霊夢は二人の質問に答えてやった。

「連中が船を出した時に、この子達を連れて『跳んで』来たのよ」
「ど〜も〜」
「……(リアクション無し)」

姉妹の質問は続く。

「なるほど、艦隊が出港する時は結界が消える……。でも、どうして『その時』が分かったの?
 月の側で見張っていたら、警戒している決起部隊に見つかると思いますが?」
「進入するには、結界が解除された直後に行動しなければ間に合わないはずですが……?」

持ってきてやった武器を身に帯びている綿月姉妹に、霊夢は律儀に答えてやった。

「その時間は連中が指定したゴミを捨てる時間から紫が割り出したのよ。
 あいつ等がゴミを目くらましにする事ぐらいお見通しだったしね」

そうこうしている内に、姉妹の支度は終わったようだ。

「質問は終わり? じゃあ、お出かけね。行くところがあるんでしょ」
「ええ、決起部隊に包囲されている最寄の軍駐屯地です。
 私達を人質にされて身動きが取れないでしょうから、開放しないと」

屋敷を進む霊夢と綿月姉妹。
それに、玉兎に変装した文と椛。

ちなみに二人の天狗がつけているウサ耳は、玉兎通信の送受信もできる優れもので、
永遠亭の技術供与によって実現した、にとり特製の逸品である。

屋敷の一角では、霊夢によって開放され、武器を取り戻した屋敷の警備兵が、
屋敷内にいた決起部隊の玉兎兵達を武装解除、拘束していた。

綿月姉妹は外出する旨を彼らに告げると、玄関の扉を開けた。



屋敷の外。

玄関前に土嚢が積まれ、装甲車が鎮座していた。

屋敷周辺は静かだった。
決起部隊によって封鎖され、外出禁止令が出ているからであるが、
その決起部隊の玉兎兵もいなかった。

少し血が飛び散っているが、特に戦闘の跡は無かった。

「ああ、ちょっと『神隠し』に遭ってもらったのよ」

とは、霊夢の言。

霊夢が一方的に、なにやら野蛮な行為を行ったことが偲ばれた。

一行は、八輪の装輪装甲車の前に来た。

「椛、動かせそうですか」
「……(右手の親指と人差し指で輪を作った)」

文が機銃座に着き、運転席には椛、助手席には依姫が座った。
霊夢と豊姫が乗り込み後部ハッチを閉めたことを確認すると、
椛は装甲車のエンジンをかけた。

エンジンが生み出す連続した重低音と振動。
椛は改めて運転席の周りを見た。
外界のオートマチック車とほぼ同じ構造だ。
椛はにとりの工房で、外界製の自動車の運転を疑似体験できる機械で遊んだことがある。
それと同じだ。

椛はギアをドライブにいれると、力いっぱいアクセルペダルを踏み込んだ。

八つの大きなタイヤは路上でしばらく空転し、急にグリップを取り戻すと、
猛スピードで土嚢や路上に放置された軍用トラックを蹴散らし、
事前に依姫が地図で指し示した場所へ向けて爆走した。

椛が遊んだ機械は、実はにとりがレストアしたレーシングゲームの筐体であったが、
装甲車の運転技術自体には影響は無かった。

「あやややややややややや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」

幻想郷最速を誇る文が、機銃座で喜びの悲鳴を上げているが、
それ以外の者達は薄ら笑いを浮かべる椛以外、引きつった顔で無口になっていた。

瑣末な問題である。



椛が運転する装甲車は決起部隊のバリケードを飛び越え、目的地である駐屯地の中庭に着地した。

駐屯地の部隊と包囲する決起部隊の双方、しばし開いた口が塞がらなかった。

しかし、多少ふらついた綿月姉妹が装甲車から姿を現すと、駐屯地は歓声に包まれた。
直ちに討伐部隊が編成され、手始めに駐屯地を包囲している決起部隊に打って出た。
決起部隊はろくな抵抗もせずに、あっという間に制圧された。

それを皮切りに、都中の軍駐屯地及び重要施設は、次々に開放、奪還されていった。
討伐部隊が銃を向けると、決起部隊の若い兵達は武器を放り出して涙目で両手を挙げた。
練度の高い兵達は皆、幻想郷侵略部隊に参加してしまったためである。

言い方を変えれば、幻想郷が相手をするのは決起部隊の最強部隊ということである。

討伐部隊による月の都の要所を占拠していた決起部隊の鎮圧は完了しつつあった。
吉報が続々と無線で届くが、ある通信には誰も答えなかった。

幻想郷に襲来した艦隊からの作戦継続の判断と増援要請だった。



霊夢は、文と椛を神の奇跡で先に幻想郷に帰した。
彼女達に、今度は幻想郷で活躍してもらう為である。

霊夢にはもう少し、月の都でやることがあった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





親善特使と大勢の歩兵を乗せた大型輸送艦は、二艘の戦闘艇を護衛に付けて人里へ飛行していた。



艦に向かって飛行する無数の人型。
優れた索敵装置で、夜間にもかかわらず難なく発見できた。
黒い翼に『ヤマブシ』のような格好。
妖怪の山にいるはずの鴉天狗だった。

無数の光弾が三隻の船を襲った。
が、悲しいまでに効果が無かった。

戦闘艇が一艘、追撃に移ると、鴉天狗達は我先にと逃げ出した。

烏天狗の群れが逃げ込んだ先は、『人里』だった。



『鴉共は人里に逃げ込んだ模様』

襲撃部隊を追撃している戦闘艇から、通信とライブ映像が届いた。
サーチライトに照らし出された鴉天狗が、
『人里』の大き目の建物(公民館と思われる)に飛び込んでいく様子が、
僅かなノイズ交じりの映像に映し出されている。

「あれ?」
「どうしたの?」

輸送艦のブリッジ。
位置情報を確認していたクルーが声を上げたので、特使である副長は尋ねた。

「人里の位置が違います」

クルーが大型画面に幻想郷の地図を表示した。
そこに事前情報の人里の位置と、鴉天狗が逃げ込んだ場所を表示した。

確かに異なっている。

「それぞれの場所は映像に出せる?」
「はい。両方とも艦のカメラで見ることができます」
「じゃ、お願い」
「アイ、マム」

地図に表示されている二つの座標の側に、その座標の映像を重ねた。
事前情報の位置には広大な草原と星空しか無かったが、
敵が逃げ込んだ場所には街灯と密集した家屋の窓から零れる光が映し出された。

副長は、手元の紙資料にある人里の航空写真と、画面の『人里』を見比べた。
写真は古いものだが、艦のカメラからの映像及び、
人里に到達した戦闘艇が送ってきた空からの高解像度映像と非常に似ていた。

「なんていい加減な調査してんのよ……。クソ情報を掴ませやがって……」

普段温厚なお姉さんで通っている副長が、怒気を滲ませた表情と声を漏らした。
このままのコースだと、輸送艦は何も無いところで途方にくれるところだった。
幻想郷の情報が極めて不正確なことに、副長は憤った。

不正確な情報と言えば、幻想郷に向かう途中で遭遇した、艦隊の三分の一が失われたアクシデントだ。
一回だと聞いていたデプリの投棄が二度にわたって行なわれた事や、
安全なはずの宙域で軍事衛星の襲撃を喰らって手酷くやられた事で、
事前情報の信頼性は大きく揺らいでいた。

副長は、握り締めた資料をクシャクシャに丸めると、剛速球でダスト・シュートに叩き込んだ。

「進路修正!! 敵が逃げた場所に人里がある!!」
「了解!!」

艦が少し傾き方向を変えたところで、人里の戦闘艇から通信が入った。

『こちらエスコート1!! 敵が民間人を攻撃しています!!』
「何っ!?」

人里上空のライブ映像。
補正がかかり、夜間にもかかわらず鮮明に映し出された。

建物から光弾が打ち出され、民間人らしき少女達が夜の里を逃げ惑う光景が映し出された。
少女の一人が転び、その鼻先を光弾の一連射が地面にミシン目を刻んでいった。

「エスコート1!! 攻撃を許可する!! 直ちに敵がいる建物を制圧せよっ!!」
『エスコート1、了解!!』

天狗が逃げ込んだ大きな建物は、上空の戦闘艇からの機銃掃射で穴だらけになり、
さらにロケット弾を打ち込まれて爆発、倒壊する様子が映像で確認できた。

しばらくすると、逃げ惑っていた民間人が空を見上げ、手を振り出した。
映像が拡大される。
サーチライトで昼間のようになった屋外に出てきた、大勢の少女達の愛らしい顔が鮮明になった。
民間人の少女達は皆笑顔で、戦闘艇に向かって大きく手を振っていた。

副長は、これなら人里の占拠も平和裏に行なえるなと思い、
攻撃を仕掛けてきた敵の迂闊さに感謝した。



人里の上空で大型輸送艦は停止し、降下艇で副長と歩兵部隊、それに装甲車両が人里に降りて来た。

彼女達を出迎えたのは、割れんばかりの歓声だった。

降下艇から出てきた副長達は笑顔で手を上げ、少女達に応えた。

「あなた方……、もしや、月から来られた方ですか?」
「ええ、そうよ」
「お助けいただき有難うございます」
「いえいえ、私達は幻想郷で妖怪に虐げられている人々を助けに来ました」
「本当に!?」

副長達の元に集まった少女達が、また歓声を上げた。

ふと後ろを見ると、歓迎の花束を玉兎兵達に渡している少女達の一人、
飛び切り大きな花束を持った娘が、降下艇の中を覗き込んでいた。

「す、凄いです!! 中を見てもいいですか!?」
「あ、駄目よ。危ないから」

副長は機密保持のため、というより武器弾薬が積み込まれた艇内は本当に危険なので、
少女の身を案じて注意した。
花束の少女は、八重歯を除かせて笑った。



「大丈夫。本当に危なくなるのは、あんた達だから」



少女は手にしていた花束を降下艇の中に放り込んだ。

放り込まれた花束は、床に落ちてゴトリと音を立てた。



花束から覗く金属塊。

柄付き手榴弾の弾頭部に同型の弾頭を束ねた、
いわゆる、収束手榴弾と呼ばれるものだ。



副長があっけにとられているうちに、少女はその場を走り去り、

降下艇が、中にいた乗員もろとも、爆発、四散した。



爆風にあおられ、転倒する副長と玉兎兵達。



民間人達は全員物陰に逃げ込んだようだ。
いや、一人まだ立っている。

「貴方っ、早く逃げなさい!!」

この少女から花束を貰った玉兎兵が叫んだ。
少女は何か抱えているようだが、体の陰になっていたので、それが何か分からなかった。
だから銃ではなく、花束を握り締めたまま兵士は駆け寄った。

「ここは危ないから――」
「死ねぇっ!! 侵略者めぇっ!!」

タタタタタンッ!!

玉兎兵はもんどりうって倒れた。
至近距離からの突撃銃による一連射。

地面に落ち、血に染まっていく花束。

即死だった。

それを皮切りに、里の至る所から副長達は銃撃を受け始めた。
中には、虫のような透明な羽を生やし、空を飛んで撃ってくる少女もいた。

「こいつ等人間じゃない!! 妖怪……!? いや、妖精だ!!」

罠だ。
こいつ等、全員敵だ。

「反撃っ!! 反撃なさいっ!!」

副長の命令で、呆けていた玉兎兵達が発砲を開始した。
装甲車が歩兵を伴い、機銃を撃ちながら前進した。
だが、建物で入り組んだ里は敵の発見を困難にし、
若い兵達はきょろきょろ周りを見回したり、半狂乱になりながらフルオート射撃を行なった。
そして、敵の銃撃の餌食になった。

次々に倒れる玉兎兵。
散発的な反撃しかできない。
歩兵が盾にしていた装甲車がRPGの直撃で炎上し、夜の『里』を赤々と照らし出した。
別の装甲車では、乗員が車内から引きずり出され、身包みを剥がされた上で蜂の巣になっていた。

「護衛機に上空から支援させなさいっ!!」
「は、はいっ!!」

副長は、側の兵士に戦闘艇へ連絡するように命じたが、
言われなくても二艘の戦闘艇が高度を下げて攻撃態勢に入っていた。

一発の銃声。

副長が戦闘艇への連絡を命じた玉兎兵が倒れた。
額に穴が開いている。

「狙撃!?」

銃声。

副長は頭を撃ち抜かれ、脳が機能停止する寸前に、それを確信した。



外観は完全に人里を模した、偽の人里。

通称『キルタウン』。

妖精達はここに陣取り、侵略者達を待ち受けた。

ワーハクタクの上白沢 慧音によって、本物の人里は歴史を『隠され』、
一時的に幻想郷から存在を消した。

妖精達のうち、鴉天狗に扮した部隊が人里に向かっていた艦を『キルタウン』に誘導、
所定の建物に飛び込むと、今度は民間人の格好で建物から飛び出したり、
普段の服装に戻って縦横無尽に張り巡らされた抜け穴に飛び込んだり、
上空にいる戦闘艇に見せ付けるように、派手な弾幕を『民間人』に外して撃ったりした。

途中でルナ・チャイルドがこけて、危うく弾幕が当たりそうになるといったアクシデントがあったが、
かえって信憑性が増し、敵の誘導に成功した。



敵のお偉いさんらしき玉兎の狙撃に成功した大妖精は、『里』中を逃げ惑う敵兵の掃討に向かった。
街灯とサーチライト、爆発の炎に照らされた『キルタウン』は、精巧に作られたこともあって、
大妖精に本当の人里にいるような錯覚をさせた。

「チルノちゃん、よくそこの駄菓子屋さんでアイスを買って食べたね」

大妖精は独り言を呟きながら、駄菓子屋の隣の路地から顔を出した玉兎兵の頭を打ち抜いた。

「それに、ムキになってくじ引きにも挑戦してたよね」

先程の路地の闇からまた頭が覗いたが、大妖精は撃たなかった。

「あのくじね、外れくじが残り僅かにならないと、当たりは出てこないんだよ」

ヘルメットを小銃に引っ掛けていた玉兎兵が全身を現したので、一発で仕留めた。

大妖精は狙撃地点を変更するために、敵を皆殺しにするためだけに作られた里を走った。

「まだ人里には妖怪や妖精を快く思わない人がいて、石を投げられたこともあったっけ」

大妖精を見つけた玉兎兵達が、突撃銃を闇雲に撃ってきた。
ただひたすら夜の道を走る大妖精を掠める無数の銃弾。

「でも、苛められていた私達を助けてくれたのも、やっぱり里の人間さんだったね」

横からチルノ達に撃たれて斃れた玉兎兵達は、
止めを刺しに来た妖精達に銃剣でメッタ刺しにされていたが、大妖精は気付かなかった。

「あの広場では、アリスさんが人形劇をやっていて――」

銃声と共に、広場のど真ん中に突っ立っていた玉兎兵は糸の切れた操り人形のように倒れた。

「あっちの屋台、ポップコーンを山盛りで売ってくれたね」

銃声と共に、屋台の影から手榴弾を投げようとした兵士が仲間達の方に倒れた。
数秒後、爆発と共に数人の玉兎兵が弾け飛んだ。

強烈な光が辺りを照らし出し、機銃掃射の音が響いた。
戦闘艇からの攻撃で妖精達がなぎ倒され、一回休みになった者が多数出た。
大妖精は、今度は口を噤み、火の見櫓に向かった。

二艘の戦闘艇は地上部隊の敵を撃つべく、光が当たった妖精達を、張りぼての建物を撃って回っていた。

櫓の天辺に上がった大妖精に、戦闘艇も高空に浮かぶ輸送艦も気付いていないようだ。
大妖精はSVD狙撃銃を構え、戦闘艇の一艘をスコープに捕らえた。
狙っている戦闘艇が櫓のほうを向いた。
操縦席らしき場所の奥まった席に座っている艇長らしき玉兎に狙いをつけて――、

撃った!!
撃った!!
撃った!!

だが、何発打ち込んでも火花が散るばかりで、
操縦席にはめ込まれている強化ガラスには傷一つ付けられなかった。

今度は戦闘艇が機銃を撃ってきた。
大口径の機銃が轟音を発し、火の見櫓を粉砕した。

もう一艘の戦闘艇も火の見櫓のほうに飛んできた。
二艘並んでサーチライトで辺りを照らし、敵の姿を捜し求めているようだ。
戦闘艇の武装は、早く敵の血を吸いたいと言っているように、小刻みに動いていた。

銃声。

いつの間にか地上に降りていた大妖精は、その身を隠すこともせず、
ただ、戦闘艇に向け、発砲を続けた。

言うまでもなく、二艘とも被害は、ゼロだ。

舞台上の主演女優の如く、強烈な照明に照らし出される大妖精。
戦闘艇達は、まだ攻撃はしてこない。
じりじりと、確実に、大妖精に近づき、ゆっくりと機銃やロケットランチャーを向け――、



「今だっ!!」



チルノの号令一下、

戦闘艇の後方直ぐ側に建っている家の屋根が開いた。

そこには、RPG−7やAT−4、パンツァーファウスト3といった、
携帯型ロケットランチャーを構えた妖精達が横一列に並んでいた。



「っ撃(て)えええええぇぇぇぇぇっ!!!!!」



二艘の戦闘艇に、後方から無数のHEAT弾(成形炸薬弾)が殺到した。

月の高度な技術で作られた戦闘艇といえども、一発や二発ならまだしも、
数十発の対戦車榴弾の前には、ひとたまりも無かった。

爆発。

露出した機銃座が爆風を受け、機銃手が焼け死んだ。

爆発。

推進装置に深刻なダメージ。

妖精達は空に舞い上がり、今度は戦闘艇の真上から対戦車兵器でトップアタックを行なった。

さらに爆発、爆発。

発射体制になっていたロケットランチャーが誘爆して、さらに大きな爆発。

ひときわ大きな爆発が起き、戦闘艇は二艘とも墜落、周囲の建物を巻き込み、大爆発した。



サーチライトに代わり、炎に照らし出された大妖精は、銃を構えたまま一歩も退かなかった。



この光景は上空の輸送艦にも見えたようで、高度を上げて『人里』から離れ始めた。

「に、がすかぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!!!」
「チルノちゃん!?」

チルノは大妖精の制止を振り切り、輸送艦を追いかけ始めた。

輸送艦は速度を上げ始めた。
チルノとの距離が開き始める。
チルノは全速で飛んだが、全然追いつけない。



突如、地上から放たれた二本のビームが闇夜を切り裂き、輸送艦に直撃した。



輸送艦はビームの被害を受けた周辺から炎を吹き出し、
その場に静止、ゆっくりと高度を下げ始めた。

ようやくチルノは追いついた。

「ああああああああああああああああああああっ!!!!!」

チルノは絶叫しながら天に両掌をかざし、
巨大な氷の塊、いや、氷山を創り出した。
その巨大さたるや、直径が大型輸送艦に匹敵するほどである。

輸送艦のあらゆる扉が開き、玉兎達がわらわらと飛び出してきた。
行動不能になった輸送艦の直上に出現した氷山。
その意図するところに気付いた者達が、我先にと飛び出したのだ。
玉兎達は輸送艦から少しでも離れようと全速で飛翔したが、
一部の者はパニックで踏まれ、蹴られ、気を失ったのか、
折角船外に出たのに飛ぶ事無く大地に落ちていった。

遂に、氷山が輸送艦に落下した。

まだ、乗員の全員が脱出していない。
脱出できた者の方が少なかった。

大質量の氷によって、大型輸送艦はいとも簡単に押しつぶされ、
ひじゃけた船体は氷山と大地にサンドされて、爆発。
黒焦げのペシャンコになった。

極少数の脱出できた玉兎達は、炎に照らし出された、
自分の乗艦を押しつぶした氷山を呆然と見つめることしかできなかった。

輸送艦の次は、彼女達が地獄に堕ちる番である。

シュルシュルシュルッ!!

「え!?」
「きゃ!?」
「ひ!?」

生き残りの何人かに無数の蔓が絡みつき、締め上げ、大地に引き摺り下ろした。

ゴキベキグキッ!!

「げっ!!」
「ぶっ!!」
「がっ!!」

先程ビームを放った四季のフラワーマスター、風見 幽香は畳んだ日傘を持った手を組み、
ゴミを見るような目で、玉兎達が蔓に捻り潰され、血しぶきを上げて絶命していく様を見ていた。

慌ててその場を離れようとした玉兎の一部が、突如落下した。
地面に落ちて死ななかった者は例外無く、己の喉を絞めるかのように抑え、
苦悶の表情を浮かべていた。

「う……げ……」
「か……は……」
「っ……ふ……」

がはっ!!

程なく、苦しんでいた全員が吐血して事切れた。

「コンパロ〜、コンパロ〜」

毒人形のメディスン・メランコリーが楽しそうに腕を振るたびに、
黒いもやの様な毒素が舞い上がり、上空の玉兎達を覆った。
彼女達は誰一人、防毒装備など持っていなかったので、
当然、毒にやられてバタバタと墜落していった。

輸送艦から脱出でき、この場に留まることの危険を理解して逃げ出せた者は、
僅か数名だった。

彼女達はいつしか飛行を止め、二本の足で必死に走っていた。
まるで何かに追い立てられるかのようだ。

夜空から彼女達を見下ろす三つの影。

プリズムリバー三姉妹の奏でるヒトの精神に影響を与える演奏は、
聴覚に秀でた玉兎達には効果大だった。

幽霊楽団の演奏を聞いた玉兎達は、
負の感情に囚われ、
ただ走って逃げる事のみが救われる手段と信じて疑わず、
半ば夢見心地で突き進んだ。

彼女達は走った。
体力の限界を超えて走った。
いくら軍で訓練を受けた玉兎兵と言えども、
心身共に疲れ果てた状態で『真冬の雪原』を走れば命にかかわる。

一人斃れ、二人斃れ……、
たった一人生き残った玉兎は、ただ、歩き続けた。
もう飛べない。もう走れない。
後方で雪に埋もれた仲間の屍を振り返って見ることも無く、
何か得体の知れない恐怖に突き動かされて、ただ歩いた。

彼女にも終わりの時が来た。
最期の体力を振り絞り、二歩、三歩。
静かな雪の日の夜。
目の前に優しげな微笑を浮かべた女性が立っていた。
最期の最後。
四歩目でこの玉兎は、冬の精霊、レティ・ホワイトロックにしがみ付くことができた。
凍てつくほどに冷たいが、彼女はもう何も感じなかった。

「……母、さん……」

新雪のように柔らかいレティの身体に縋り付き、
最後の生き残りの玉兎は幸せそうにそう漏らし、静かに、目を閉じた。

「おやすみなさい……」

レティは、永久の眠りについたこの哀れな玉兎を、本当の母親のように抱きしめた。





玉兎軍決起部隊艦隊の人里へ進行した部隊は、こうして壊滅した。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





博麗神社。

ひなびた建物からは幻想郷の拠点とはとても思えないが、
幻想郷の重要人物である博麗の巫女が居住するのだから、そうなのだろう。

重要人物でありながら、博麗の巫女は異変の解決と称する武力介入を積極的に行い、
しまいには月への侵略の片棒を担ぐといった危険な行動をとっている。

そんなに大切な人物なら、護衛をつけてもっと安全な要塞かどこかに保護すれば良いものを……。

だから、我々玉兎軍コマンド部隊に神社を包囲され、今、巫女は命を散らそうとしているのだ。



玉兎達の目は、闇夜の中に暖かな光を灯した博麗神社を捉えていた。
コマンド部隊の隊長が掲げた左腕を神社に向けた。

「突入!!」
「GO!! GO!! GO!!」

第一陣として50名の兵士が神社に突入した。
闇雲に撃つような真似はしない。
ガラスの戸に紙と木でできた障子。
雨戸は閉まっていない。
下手に発砲したら、銃弾が反対側まで貫通すること必至だ。

少女のような外見をした玉兎とはいえ、完全武装のコマンド兵が10人も入れば居住部は満員となった。
それとは対照的に祭殿は、かなりの人数がドンチャン騒ぎできそうなくらい広かった。
実際、宴会場としても使用されるが。
押入れが開けられ、厠の便器の中をファイバースコープで覗き、素敵な賽銭箱の中が空な事を確認した。

「目標がいません!!」
「よく探せっ!!」

手当たり次第に物をひっくり返して家捜しする様は、
まるで神社を人手で倒壊させようとしているかのようだった。



ゴ……。

「?」

ゴゴゴゴゴ……。

「揺れてる……?」

コマンド兵達の手が止まった。



ゴ……、ゴッゴゴゴッ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!



「地震だっ!!」
「総員退避っ!!」

あまりに強烈な揺れのため、屈強なコマンド兵も歩くことはおろか、立っていることもできなかった。

退避は、間に合わなかった。

神社は本当に倒壊し、突入したコマンド兵達が瓦礫の下敷きとなり、10名程が亡くなった。

残り150名のコマンド兵達は迅速に生存者を助け出し――死者を連れ出す余裕は無い――、
神社だった瓦礫を遠巻きに囲んだ。

「隊長、あれ……」

隊長は部下が指差した方を見ると、倉庫があった。
先程の地震でも、被害を受けた様子が無かった。

神社の立っていた場所にのみ発生した地震。

これで、地震は人為的なものである事に今更ながら気が付いた。

「ち……、おいっ!! あそこの倉庫を調査するぞ!!」

先程の地震の件もあるので、恐る恐る倉庫に近づくコマンド兵達。



ぬっ。

倉庫の影から、身長十メートルはありそうな、巨大な少女が現れた。

「お前等、生きて帰れると思うなよ」

頭に二本の角があり、腕と腰に鎖をつけた、酒臭い巨大少女は脅し文句を言った。

しかし、脅しに屈するコマンド部隊ではなかった。
攻撃を以って、返事とした。

「擲弾、撃てぇっ!!」

コマンド兵の何人かは、短銃身の突撃銃の下部に取り付けられた擲弾筒を発砲。
直径40ミリはありそうな、ずんぐりした弾を巨大少女に放った。

放たれた数発の弾は爆発、破片を周囲に撒き散らし、標的を粉々にした。

……?

本当に、霧散したように見えたが……?

コマンド兵達が巨大少女が立っていた場所に駆け寄り、周囲を見回したが、
死体や肉片、血痕といった、巨人がいた痕跡は残っていなかった。



ぐしゃぁっ!!

「がっ!!」
「ぎゃっ!!」
「ぐえっ!!」

コマンド兵達は一斉に後ろを振り向いた。

いつの間にか巨大少女が現れ、そこにいた兵士を何人か踏み潰していた。

「化け物めぇ、撃て、撃てぇっ!!」

150名弱のコマンド兵達は銃を一斉に撃ちまくった、が、またしても巨体が消えた。

そしてまた現れ、玉兎達を何人か殺し、また消える。
このパターンは二、三度繰り返された。

何の手品だ、これは?
隊長は恐慌状態になりかけたが、さすが一応は決起部隊の中でも精鋭のコマンド部隊、
ウサ耳をピンと立て、現状の把握に努めた。

あの巨人、さっきからある場所を守るように出現している……。

!!

「倉庫だ!! 倉庫を攻撃しろっ!!」

まだ戦闘可能な百余名の兵士達は、突撃銃や擲弾筒を倉庫を狙い、一斉に発砲した。

「だめぇっ!!」

案の定、巨人の少女が現れ、銃弾の雨にさらされた。
今度は消える事無く、有効打を与えることができた。

タタタタタタタタタタンッ!!
ダダダダダダダダダダダダダダ……。
ポンッ!! ヒュ〜〜〜〜〜……ン、ド〜ンッ!!

「あっ、ぐ!! い゛っ!?」

標的からうめき声が聞こえてきた。
それでもなお続く、コマンド部隊の猛攻。

爆炎が標的を包み込んだ。



「射撃中止!! 射撃中止!!」

時間にして、せいぜい数分程が経過した頃、
ようやく隊長から攻撃を止めるよう、命令があった。

銃撃を止めている間に、空になった突撃銃の弾倉や熱くなった軽機関銃の銃身を交換し、
一瞬で万全の戦闘体制を整えるコマンド兵達。

先程まで攻撃を行なった倉庫の前を、コマンド部隊全員で注視する。

そこには、先程の巨体ををそのまま縮小したような小柄な少女が、満身創痍で倒れていた。
これが巨人の正体か。幻術か何かで、自分の姿を大きく見せていたらしい。

「あ……」

少女は半身を起こし、倉庫を見た。
壁に多少弾痕があるが、まだ建っている。

が、たった今、木っ端微塵になった。

爆風に転がされる少女。

頭に圧迫感。

ロケットランチャーを放って倉庫を吹っ飛ばしたコマンド兵が、少女を踏みつけたのだ。

かちり。

玉兎兵はランチャーを捨て、拳銃を足元の少女――伊吹 萃香に突きつけた。

「何か言い残すことはあるかしら、お嬢ちゃん?」
「……う、ぐす……」

言葉は無く、ただ涙する萃香。

「あららら、泣いちゃだめでちゅよ〜」

どっ!!

ランチャー手の幼児言葉にウケるコマンド兵達。



「じゃ、さよなら」



ぱんっ!!



たった一発の銃弾が萃香の頭蓋を――、



砕かなかった。



萃香の姿が、ランチャー手の足の下から消え失せたのだ。



「え? え?」

ランチャー手は疑問符を浮かべながらキョロキョロして、

靄のようなものに包まれて、

「が!?」

血しぶきを吹き上げて、はじけ飛んだ。



「……け」

何処からか声が聞こえてきた。

「お……け……」

コマンド兵達はウサ耳を澄ませた。

「おさ……が……」

玉兎の耳を以ってしても、声が発せられている位置が特定できない。

「おさけが……」

それは当然である。

「お酒がああああああああああっ!!!!!」

コマンド兵達を取り巻く空気中から聞こえてくるのだから。



萃香は、身体を先程巨大化させたのとは逆に、空気中に紛れるほどに最小化、霞と化したのだ。



「許さないっ!! 貴様らぁあああああっ!!

 死んで償ええええええぇえええぇぇぇぇぇえっ!!!!!」



普段は気さくな萃香ではあるが、
命の水の如く酒を愛する彼女は、
幻想郷中から集めた酒を収蔵した神社の倉庫を破壊され、

文字通りの『鬼』と化した。



萃香を『吸い込んで』、体の内側から破壊される者が続出した。

何十人か弾けさせるのに飽きると、萃香は小人の大群と化してコマンド部隊に襲い掛かった。

萃香の百万鬼夜行に対するは、負傷者も入れて100人弱のコマンド兵達。



宵闇の中、無数の銃から発せられる発射炎がコマンド兵達をコマ送りのように照らし出した。
兵士一人当たりに五、六人で襲い掛かるミニ萃香。
まるで大人にじゃれ付く子供達のようだ。
子供のいたずらのように、ミニ萃香はコマンド兵の装備を勝手にいじり始めた。

抜き取った銃剣を持ち主に突き立てたり、
腰に挿していたバックアップ用の拳銃で持ち主の頭を打ち抜いたり、
サスペンダーに吊るしていた手榴弾の安全ピンを抜き取って、持ち主を吹き飛ばしたりした。



隊長は引き際を心得ていた。

「総員、退却!!」

一度出直して、体勢を立て直したほうが良い。
今度は装甲車両や戦闘艇を連れてこよう。

そう思いながら負傷者に肩を貸し、博麗神社の鳥居をくぐろうとした。



ぐしゃっ!!



一瞬で、終わった。

コマンド部隊の隊長と、彼女に支えられた負傷兵は、
鳥居から降って来た岩塊にあっけなく潰された。

他の兵士達はギョッとして、歩みを止めた。

ぐしゃっ!! ぐしゃっ!! ぐしゃっ!!

あっという間に玉兎の姿が巨石にすり替わった。
否、石に潰されたのだ。

「う、うわ、ああああああああああっ!!!!!」

恐慌状態に陥ったコマンド兵の一人が手助けしていた負傷兵を放り出し、
神社の側の茂みに飛び込もうとした。



轟音。

閃光。



音と光の奔流が収まり、生き残り達が恐る恐る逃げ出した玉兎兵のいたであろう場所を見た。

ウェルダンの兎の丸焼きが、そこにあった。

夜の黒焦げ死体という非常に見づらいオブジェに対し、いまいち反応が薄い生き残りの兵士達。

どんっ!! どんっ!! どんっ!!

コマンド兵達にピンポイントで襲い掛かる落雷の連続で、
彼女達はようやく、自分達は死地にいることを思い出した。



神社があった場所には、一人で巨大にも大群にもなる、二本角の少女がドッカと座っている。
鳥居のほうでは、注連縄が巻かれた巨岩が降り、周りの茂みには落雷が多発。

後、逃げられる場所は……。

上だっ!!

隠密活動では目立ってしまうので控えていたが、玉兎であるコマンド兵達は空を飛べる。

星の海に飛翔する兎の少女達。

格好が物々しいことを除けば、絵になる光景。

だが、更なる高みにいる紅白少女が、その絵を台無しにした。



「夢想、封印」



色とりどりの光球。

そして爆発。



空の兎達は地に堕ち、骸を晒す事になった。





瓦礫に腰掛け、悲しみに暮れる萃香の元に集まる者達。

意図的に地震を起こし、神社ごとコマンド兵を押しつぶし、
正面から逃げようとした連中を要石で押しつぶした天子は、

「……食べる?」

帽子から桃を一つもぎ、萃香に差し出した。
萃香は黙って受け取り、あっという間に平らげた。
種ぐらい捨てろよ。

天子達の様子を見に来たついでに加勢して、
敵に雷の雨を降らせた衣玖は、

「……あの、これ、差し入れです」

日本酒の一升瓶を差し出した。
以前に人里で購入して、天界の自宅に仕舞いっぱなしだったものを、
酒好きの鬼にあげようと空気を読んで持ってきたのだ。

「……お」
「お?」



「お酒、どわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



衣玖から瓶をひったくるように受け取った萃香は、あっという間にご機嫌MAXになった。
衣玖の差し入れのチョイスは大正解だった。

空へ逃げようとした玉兎達を霊撃で葬った、空飛ぶ博麗の巫女はただ黙って、
ほんの少し笑みを浮かべて機嫌を直した小鬼を見ていた。

だが、懸念もある。

後で本当に、神社と倉庫を建て直してもらえるのだろうか。





神社の敷地の一角。

十名弱のコマンド兵の生き残りが、呪符と結界で拘束されて気絶していた。

最初の神社倒壊で負傷して逃げ遅れた者達だ。

玉兎達は虜囚になったことを恥と見るのか、
それとも生き残れた幸運を喜ぶのか。

彼女達の安らかな寝顔を見ると、恐らく後者だろう。





玉兎軍決起部隊の誇るコマンド部隊は壊滅状態になり、

博麗神社攻略に失敗した。





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真夜中にもかかわらず、いや、真夜中だからこそ、
吸血鬼の居城である紅魔館は、不夜城の如き活気に満ちていた。

門前に、完全武装したメイド妖精隊が整列していた。

バルコニーにレミリアとフランドールが立ち、
士気を高めようと拙い話術で檄を飛ばしていた。

歓声が上がった。
一応、効果はあったようだ。

スカーレット姉妹が下がり、続いてメイド長から各部隊の配置が指示された。
メイド服の上からプレートキャリア(前後に防弾板が入るベスト)を身に着けたメイド長は、
殆ど軍の指揮官のようだった。

パチュリーと小悪魔は、地下にある大図書館で現在、呪術行動中。

美鈴は作戦参加前にもかかわらず門番の仕事をしており、今は夜食を食べていた。
極太のソーセージをカレー粉で炒めたキャベツの千切りと共にドタ靴のようなパンに挟んだ、
大きなホットドッグを頬張り、マグカップのブラックコーヒーを啜りながら詰め所の前に立っていた。。
腹が減っては戦ができぬ、と言うぐらい腹ごしらえは重要である。
よくよく見れば、紅魔館のあちこちでメイド妖精が炊き出しに舌鼓を打っていた。



紅い霧に浮かび上がる紅魔館。

さらに血の赤を足すつもりなのか、
玉兎兵の大群が、粛々と紅魔館を目指し、行軍をしていた。

この紅い霧が人為的なものだと分かっている。
幻想郷の資料にあった『紅霧異変』なる騒乱事件に登場したものだろう。

魔術的に合成、散布された『霧』は玉兎達や光学機器の視界を遮った。
文字通り太陽のように辺りを照らすはずの照明弾も、効果を大きく減じていた。
若く練度の低い決起部隊の兵では、戦闘艇や車両を計器に頼って操縦などできないため、
歩兵達は徒歩で周辺警戒しつつ前進していた。

GPSが正しければ紅魔館の側であるはずの場所で、歩兵大隊はテントを張って野営することにした。
指揮官は、吸血鬼の活動が制限され、多少は視界も開けるであろう朝に進軍を再開することにして、
それまでは緊張を強いられている若い玉兎兵達に休養を取らせることにしたのだ。

『敵襲!!』

先行している斥候から、襲撃を受けた旨の玉兎通信が全軍に届いた。

『な、何だ……』
『何処だ……』
『やられたっ!!』
『メディック!!』
『ギャアア(プツッ)』

断続的に聞こえてくる銃声。

『むやみに撃つな!! 味方に当たる!!』
『(タタタタンッ!!)後退!! 本隊に合流するっ!!』
『……(ザザッ、プツ)』
『一体何人殺られたっ!?』
『後退っ!! 後退ぃぃぃぃぃっ!!』

紅霧の中、本隊に迫る複数の人影。
それに気付いた玉兎兵達は耳を澄まし、銃の狙いを人影につけた。

『……本隊、こちら偵察隊……。任務続行不能。帰還する……』

人影は、帰還した偵察隊だった。
二個分隊が斥候に出たはずだが、戻ってきた人数はその半分になっていた。
全員が負傷していた。
中でも即席の担架で運ばれている重傷者は血塗れになっていた。

直ちに彼女達の手当てにかかる医務官達。
重傷者は野営場所の中央、指揮所の隣にある野戦病院に運び込まれた。
月の優れた医療技術を誇る野戦病院は、ありとあらゆる病気や怪我を治療することができる。

医務官達の奮闘により、
重傷者達は『首筋の噛み跡』を残して、
夥しい出血は止まった。



決起部隊は、第二次月面戦争で月を襲った幻想郷の住民達の研究を行なっていた。

中でも、侵略の言いだしっぺであるレミリア・スカーレットについては念入りに調査した。

――筈であった。



レミリアが月で見せなかった、

映画やマンガでは定番の、

吸血鬼の最も有名な能力についての研究、対策は、

全くなされていなかった。



その失策の代償が、

野戦病院から響いた悲鳴である。





紅魔館の一室。

レミリアとフランドールはソファに横になっていた。

特に、普段は『加工品』しか口にしないフランドールは『原料』を飲みすぎて体調を崩し、
額に濡れタオルを乗せてグロッキー状態だ。

「う゛〜〜〜〜〜っ、ぎぼぢわ゛るい……」

メイド長は二人分のお茶を淹れていた。

「お嬢様、ウコン茶をどうぞ」
「う゛?」
「胃に良いと、門番長が申しておりました」
「う゛〜……」
「わ゛だじも飲むぅ……」
「はい、妹様」

ずずっ。
ずるずる。

レミリアとフランドールは、メイド長が差し出した黄色がかった液体を啜った。

『飲みすぎ』で胃が重いレミリアとフランドールは、
怪しげなものに縋ってでも苦しみから解放されたいと思ったのだ。

朝までに、体調を回復させないと。





スカーレット姉妹によって生み出された、彼女達の僕は飢えていた。

いくら『啜って』も、飢えが、渇きが、全然治まらない。

偵察任務中に吸血鬼姉妹から『祝福』を受けた玉兎は、かつての同胞を手当たり次第に潰していた。
何発も銃弾を受けても、ちっとも痛くない。
玉兎、いや、吸血鬼が腕を横に振るっただけで、当たった兵士達の頭が千切れ飛んだ。
吸血鬼の側で寝ていた指揮官が目覚めた。
首筋を血塗れにして、ニタリと笑った指揮官の口から一対の牙が……。

主と同様に、玉兎を止めた吸血鬼もまた、首筋にキスすることで相手を同胞にすることができた。
いまや野営地は、玉兎兵よりも吸血鬼のほうが圧倒的に多くなっていた。



生き残りの玉兎兵達は一箇所に固まり、変わり果てた仲間達を相手に絶望的な戦闘を行なっていた。

正確には、これは『戦闘』ではない。

銃弾の壁で吸血鬼達を押し留めているに過ぎない。
銃弾が切れたら、『壁』が無くなったら、終わりだ。
終わったら、敵として始まってしまう。

絶望的な状況に絶望する暇も無く、ただ撃ち続ける生き残り達。



彼女達の奮闘を神が見ていたのか、奇跡が訪れた。



東から昇ったお日様が、

悪夢を溶かし、消し去った。

いつの間にか、紅霧は消えていた。



塵と化して消滅して逝く吸血鬼達。

まるで夢から覚めたかのように、銃身が焼けた突撃銃を構えたまま呆ける残存の玉兎兵達。



生き残ることができた玉兎達は、泣いた。

化け物に成り下がった仲間達に恐怖し、
日の光を浴びてあっけなく消え去った事を悲しみ、
そして、無事に朝を迎えることに喜び、

仲間達と抱き合って、号泣した。



おめでとう。

よくぞ、悪夢の一夜を乗り切った。

彼女達の奮闘を讃えよう。



次の相手は、夜のうちに野営地を包囲した紅魔館勢の大群だ。

彼我兵力差が逆転してしまった今、逆に紅魔館勢の数の暴力に遭うと思うが、

まあ、頑張れ。



幻想郷の神は、侵略者ではなく、悪魔に加護をもたらしたようだ。

紅魔館勢は、主に対する忠誠、団結力、チームワーク、そして残虐さで、
侵略者の兵士達を蹴散らし、蹂躙した。

吸血鬼姉妹は可愛い配下達だけには苦労をかけさせられぬと、
片手に日傘を持った状態にもかかわらず、もう一方の片手だけで何人もの玉兎を葬った。

レミリアの魔槍が敵兵をまとめて貫き、
フランドールの魔剣が敵兵を完膚なきまでに破壊し、
美鈴の拳が、脚が、唸りをあげるたびに、敵兵は呻き声一つ上げられずに地に伏し、
メイド長の指揮でメイド妖精隊が攻め、守り、敵の軍勢を削っていった。



敵を完全に制圧し、興奮したレミリアは残酷な余興を思いついた。

あえて生け捕りにした玉兎兵達の一人を大の字になるように、
メイド妖精に命じて地面に押さえつけさせた。
玉兎兵の股からションベン塗れのショーツを毟り取り、
こちらもメイド妖精に用意させた、先を尖らせた、二メートル以上はある太い木の杭を、
ひくついた肛門に押し当てた。

玉兎は苦痛と羞恥で悲鳴を上げたが、直ぐに口から杭の先端が飛び出し、永遠に黙ることになった。

吸血鬼の膂力で、易々と月の兎の串刺しが出来上がった。
領地や民を守るために、あえて残虐な行為を行ったと言い伝えられている、
レミリアが尊敬する吸血鬼へのリスペクトというヤツである。

まだ刺す物も刺される者も大量にある。

次は、フランドールが口からの挿入に挑戦した。



玉兎達の野営地だった場所は、

いまや、地面に突き立てられた玉兎達の串刺しの展示会場と化した。



一人の玉兎が紅魔館に迷い込んだ。

彼女は、日傘を差したレミリアが率いる紅魔館の軍団による殲滅戦を運良く抜け出すことができた。
『花を摘み』に、仲間達の側を離れて物陰にいたことが幸いした。
無我夢中で走っているうちに、当初の攻撃目標だった紅魔館に辿り着いた。

紅魔館の殆どの戦闘要員が出払っていたため、館内の警備は手薄だった。
門番を担当していた門番隊所属のメイド妖精は詰め所で書き物をしていたため、
正門からふらふらと入ってきた玉兎に気付かなかった。

物陰で一息ついた玉兎は、ここで始めて、自分が敵の巣窟にいることに気付いた。
玉兎は突撃銃を初めとした装具類を身に着けていなかった。
理由は簡単。
重かったから、逃走時に捨ててきたのだ。
武器は、たまたま腰に挿していた拳銃のみ。
空腹と喉の渇きを覚えたが、携行食料も水筒も捨てた装具に取り付けていた。

眼鏡を掛けた玉兎は辺りを見渡して、人目につかない場所を探していたら地下へ続く階段を発見した。
そこには、『大図書館 通用口』と書かれていた。
月では訓練もそっちのけで読書に明け暮れていた玉兎は、惹かれるように階段を下っていった。

壮観だった。
無数の本、本、本。
初めて紅魔館の地下にある大図書館を訪れたものは、大抵その光景に圧倒される。
ましてや、この玉兎は本の虫である。眼福極まれりといったところか。

本棚ばかりの中、開けた場所に閲覧者達の読書用らしき大きな机と無数の椅子があった。
机の上には読みかけらしき本が一冊と、茶器、クッキーが盛られた皿があった。

「こあこあこあ〜っと……、あれ? 今日は臨時の休館日ですよ」

本棚の物陰から、図書館の司書を務める小悪魔が出てきた。
玉兎は慌てて拳銃を向けた。

「う、動かないでっ!!」

小悪魔はきょとんとしている。

「むきゅぅ……、小悪魔、何よ、騒々しい……」
「あ、パチュリー様」
「まだいたかっ!?」

徹夜で明け方まで紅霧を発生させ、たった今まで仮眠を取っていたパチュリーは、
小悪魔と拳銃を持った玉兎を眠気眼で交互に見た。

「むきゅ……? ああ貴方、レミィ達が退治しに行った侵略者の死にぞこないね」
「だったら何っ? 貴方もそっちに行きなさいっ!!」

玉兎は拳銃で小悪魔が立っている場所を示し、パチュリーは素直に移動した。

拳銃で威嚇しながら、玉兎は大机の側に寄った。
ちらちらと二人を睨みつけ、右手に拳銃を握ったまま、
左手でクッキーを鷲掴みにすると口に押し込み咀嚼し、
程よく冷めた紅茶を喉に流し込んだ。

人心地が付いたところで、玉兎は机上の本に目を留めた。
開いたまま置かれた本。
本好きの彼女は引き寄せられるように、そのページに視線を落とした。

えも言われぬ最高傑作だった。

銃口こそパチュリーと小悪魔のほうを向いているが、玉兎の視線は本に釘付けだった。
なんて面白い物語だろう。こんな面白い本が地球にあるとは。
どこが面白いかって、そりゃあ、この文章の……。

あれ……?

面白いと『感じる』のに、『読む』事ができない。

玉兎は改めて、本を凝視した。

そのページには、文章はおろか、文字も挿絵も無かった。

あるのは、

無数の鋭い歯が並んだ、口腔。



『イタダキマス』



ぱくっ。



銃声。

「むぎゅっ!?」
「ごあ゛っ!?」

パチュリーと小悪魔の間、背後の書架に、煙が立ち上る小さな穴が開いた。

発砲した玉兎は、頭を失った首から血を噴出させながら、床に倒れこんだ。

もぐもぐ、ごっくん。

『ゴチソウサマ』

侵入者撃退用の擬態生物(ミミック)。
パチュリーと小悪魔、それに『無断借用者』魔理沙に懐いている彼は触手を伸ばし、
ポットから紅茶をカップに注ぎ、香りを楽しみながら啜った。





パチュリー、小悪魔、ミミックが図書館の後片付けを終え、三人で紅茶を飲んでいる所に、

玉兎軍決起部隊の紅魔館攻略を試みた部隊が、一人残らず『串刺し』にされたとの報が届いた。



紅魔館の大勝利だった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





地底一の歓楽街、旧都。

そこかしこにバリケードが築かれ、武器を持った住民達が立てこもっている。

アア……。
オオ……。

人ならざるうめき声が旧都に近づいてきた。

無数の人影。
若干崩れかかった人影。

俗に屍霊、ゾンビといわれる、怨霊が取り付いた死体が、
ものすごい大群で旧都に集まってきた。

映画では、よくショッピングモール等のシーンでお目にかかる光景。



映画と違う点は、

ゾンビ達は、旧都住民の味方であるという事だ。



旧都上空を通過する巡洋艦『マーチ・ヘアー』。

開いた船体下部のハッチから、続々と飛び降りる玉兎兵。
彼女達は『降下猟兵』と呼ばれる、神速を尊ぶ部隊である。

自由落下で飛び降り、地面に激突する数メートル前で飛行能力による制動をかける。
そして、そこからまた飛び降り、着地と同時に展開、直ちに付近の制圧に取り掛かる。

銃だろうと、つるはしだろうと、棒切れだろうと、
武器とみなされた物を持っていた者は、躊躇無く撃たれた。

巡洋艦がさらに下層、地霊殿目指して飛び去った頃には、
旧都のあちこちに抵抗を試みた大勢の住民の死体が横たわり、
生き残った住民達が縛り上げられて、広場に集められていた。

「船、行ってしまったな……」
「下手な考えは起こすなよ。貴重な労働力だ。殺したくない」

捕らえられた男の独り言に牽制を行う玉兎兵。
だが、急に男の様子がおかしくなった。



「これで……、お前らは逃げられない、逃げられない、ニゲラレナイ……」
「な……!? 貴様、何を言って――」



「シャアアアアアッ!!」



ゴブギッ!!

男は、後ろ手に縛られているにも拘らず飛び掛り、いきなり玉兎兵の首筋に喰らいついた。

「ぎ……!? ギャアアアアアァアアアァアァァアアッ!!!!!」

同じような光景があちこちで繰り広げられた。
玉兎達の悲鳴が、旧都に木霊した。

だが、一方的に殺られるだけでなく、反撃を行なう物もいた。
その証拠に、あちこちで銃声が響いている。
だが、効果が無かった証拠に、悲鳴の直後に銃声は止んでしまった。



その場から逃げ出す玉兎兵がいた。
だが、彼女は突然倒れた。
地に伏していた、撃ち殺したはずの住民が彼女の足を掴んだのだ。
地面とキスした玉兎は鼻血を流しながら泣き叫び、
一際大きな悲鳴の後は、咀嚼音しか聞こえなくなった。



飛んで逃走を図った玉兎兵がいた。
天井のツララのように垂れ下がった鍾乳石に気をつけ、
地面の生きている死体共に気をつけ、地上目指して飛んだ。
だが、巨大な蜘蛛の巣のようなもの、いやそれそのものに飛び込んだら身体が動かなくなり、
あっという間に粘つく糸で縛り上げられてしまった。

この状況は既に予測され、土蜘蛛衆によって旧都上空に『網』が張られていたのだ。

土蜘蛛の黒谷 ヤマメは、さっきから何人も引っかかる獲物でもう腹いっぱいなので、
こいつは保存用に麻痺毒で仮死状態にすることにした。
相方である釣瓶落としのキスメは、それが良いとでも言うように、コクコクと首を縦に振った。



或る玉兎兵は、逃げる途中に二人の子供と出くわした。
頭に角があるから、鬼の子だろう。
手には機関銃の弾が入ったケースを持っていた。
非戦闘員は神霊廟の特設シェルターに避難しるはずであるから、
この子達は無理を言って親の手伝いをしているのだろう。

二人を殺そうと銃を向けた兵士の知ったことではないが。

銃声。

だが銃弾は、子供達の前に立ちはだかった男の体によって阻まれた。

「ニ……、ゲ、ロ……」

子供達は男に礼を言って、この場を走り去った。

「何だ貴様は? 英雄気取りか!?」
「ウ……ウウ……」

ムカついたので、玉兎兵は背を向けている男に、しこたま突撃銃の銃弾をお見舞いした。

ダダダダダダダダダダ…………ン。

弾倉一本分の銃弾を受けたのに、男は倒れなかった。
もう死んでいるのだから、殺すことはできないのだ。

「ひ……っ!! ば、化け物ぉっ!!」
「キ……サマノヨウナ……、ゲドウヨリハ……、マシ、ダ……」

睨みつけてきた男の腐り落ちた顔を見て、玉兎兵は悲鳴を上げた。



旧都の住民に成りすまし、玉兎兵達を恐怖のどん底に突き落とした、お燐の手下である屍霊達。
では、本物の住民達は何処に行ったのだろうか。

「ここだぁっ!!」

あちこちに隠れていた完全武装の住民達は、屍霊達の奮闘で浮き足立った玉兎兵に銃撃を加えた。
中でも星熊 勇儀率いる鬼達は、軽機関銃をまるで突撃銃や短機関銃のように軽快に振り回し、
卓越した戦闘センスで玉兎兵達を圧倒した。
橋姫の水橋パルスィは、勇儀のアクション映画の主人公張りの立ち回りを妬みつつ、
勇儀の助手として、甲斐甲斐しく弾帯の補充や銃身の交換、冷却を行なった。



屍霊の餌食になるか、鉛弾の餌食になるか。

侵略者の兵士達は、究極の選択を強いられた。



巡洋艦『マーチ・ヘアー』は、地霊殿に向けて航行していた。

「前方に、高熱源体!!」
「出せっ!!」

艦長の命で、スクリーンに高い熱を持った人影を映し出した。

白いマントを纏った鳥人が、飛翔していた。
熱源は、彼女の胸の球体のようだ。

資料にあった、霊烏路 空と特徴が一致した。

「見つけたぞっ!! 標的だ!! 殺せっ!!」

艦長は興奮して攻撃命令を出した。
幻想郷にエネルギー革命を起こしたその能力。
偉大なる月夜見の姉上の使者である八咫烏の力を利用するとは、不遜極まる。
この世から消えて無くなるが良い。

巡洋艦は一発、主砲を発射した。

お空は軽々と身を捻り、地底の奥へ飛行した。
巡洋艦も彼女を追いかけてその後に続いた。

かくして、お空と宇宙巡洋艦の追いかけっこの幕が切って落とされた。

巡洋艦は少々あせっていた。
旧都攻略部隊からの玉兎通信が、悲鳴や助けを求める物ばかりになり、
つい先刻、部隊の玉兎兵全員と連絡が付かなくなったのだ。
早々に分不相応な力を宿したカラスを駆除して、旧都を殲滅せねばならなくなった。

お空は想像以上の機動性を発揮して、自動追尾する巡洋艦の対空砲火をかいくぐり飛翔し続けた。

急に巡洋艦は速度を落とした。
お空は地下空間の終点、行き止まりまで来てしまったのだ。

追いかけっこは終わりだ。



「あややや……、そろそろ潮時ですねぇ……」

お空はそうひとりごちると、

白いマントを脱ぎ捨て、

左右で形状の異なる履物を放り出し、

制御棒から右腕を抜き、

間欠泉地下センターで作られた、お空の放熱パターンを模した高熱を発する、
胸に付けていたダミーの八咫烏の目玉を外し、

癖っ毛気味の長髪のかつらを外した。



「じゃあ、帰るとしますか」

霊烏路 空に変装していた射命丸 文は、今まで以上の高速で巡洋艦に突っ込んでいった。

文は巡洋艦の艦橋の側を掠め、

「はい、乾酪(チーズ)」

艦橋内の艦長達クルーの間抜け面を写真に取り、

あっという間に巡洋艦の後方、さっきまで追いかけっこをしていた地下空間を飛び去っていった。



「ブンヤさん、退避完了」
「うぃ〜、じゃ、儂らの出番じゃな」

巡洋艦の後方の物陰。
その一角に偽装していた布が取り払われた。

そこには、第二聖輦船が潜んでいた。

甲板には、船長のマミゾウと副長のぬえが、今回は普段着姿で立っていた。

擬装用の布は見る見るうちに縮んでいき、それはマミゾウのスカートの中に消えていった。

マミゾウの変化の術とぬえの正体不明にする能力で、
その存在を完全に隠匿していた第二聖輦船は、
今だ回頭に手間取っている巡洋艦の後方に浮上した。



マミゾウが指を鳴らすと、ぬえは手にしていたリモコンのスイッチを入れた。

船の甲板に、昇降機で何かが上がってきた。

白いスモークと共に現れたものは――、



「う゛にゅう……(ガチガチガチ)」



氷漬け寸前になった、いや、少し凍ったお空だった。

彼女は第二聖輦船の冷凍倉庫で、己が発する高熱を遮断して待機していたのだ。

お空の胸の『眼』が、どくん、と脈動した。
徐々に体温が上昇し、お空の血色も良くなってきた。

「じゃ、お空ちゃん、頼まぁ」
「ヤッちゃえ〜!!」

いつの間にか対閃光防御用ゴーグルを装着したマミゾウとぬえは、
身体が完全に温まったお空に声を掛けた。

「じゃ、とびっきり大きいのいくよ〜!!」

お空は船首に立つと、左手を添えて右手の制御棒を巡洋艦に向けて構えた。

制御棒の側面が開き、棘のような突起が無数に生えてきた。
先端も若干延び、花のように開いた。
立体表示される『CAUTION!!』の警告表示。
背中の黒翼が白く灼熱した。
制御棒の先端に光球が生まれた。

八咫の御カラス様より賜った、核融合を操る力。

それを敵を打ち倒す力として、十全に発揮するための準備が整いつつあった。



巡洋艦が岸壁に接触しながら、方向転換のスピードを上げた。
どうやらこちらに気付いたようだ。
主砲を闇雲に撃ってきたが、全然当たらない。



「にゅううううううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

お空は、歯磨き粉をチューブから搾り出すように、
制御棒の先端の光球に力を注ぎ込んでいった。
もう、第二聖輦船の前方は光球で見えなくなった。

第二聖輦船の船体全体に文様が浮かび上がった。
聖 白蓮のエア巻物に浮かび上がるものと同じ聖句だ。
この現象は、お空が放出する熱のせいで船の防御結界が限界に近づいていることを意味する。

敵艦の砲撃は最早脅威ではなかった。
直撃コースのビーム砲もミサイルも、光球に飲み込まれてしまった。



「っ!! いっっっっっけえええええぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇええぇえっ!!!!!」



第二聖輦船が揺れるほどの反動と同時に、遂に放たれる光球。

巡洋艦の死に物狂いの攻撃などものともせず、

真正面に直撃。

爆発などしなかった。

光球は一際明るく輝き、

衝撃波と熱を周囲に振りまき、

消滅した。



地底の一角。

周囲の岩壁は溶けてから冷えて固まり、ガラス化していた。
数刻前に、巡洋艦がお空のフレア火球で消滅した場所だ。
そこから少し離れた場所は、幸いにも高熱の洗礼を受けていなかった。
そこに、降下艇が何艘かひっくり返っており、それに乗っていた艦長を始め、
まとまった人数の玉兎達が脱出に成功していた。
艦長が乗員に脱出を指示せずに、自分と目端が利く者だけで早々に逃げ出したからである。

逃げ遅れた者と生身で船外に脱出した者は、消し炭も残らなかった。

大気圏突入も可能な降下艇だったこともあり、高熱にもある程度は耐え、
何人かの負傷者を出しながらも生きて脱出できた。

艦長の周りに生き残りの玉兎兵が集まってきた。

「勇敢で幸運な兵士諸君」

艦長の訓示が始まった。

「我々は、これより地霊殿なる施設を攻略する」

ざわ……っ。

兵士達は動揺した。
生き残りの玉兎兵はせいぜい一個小隊だ。
寡兵で敵のホームに攻め込むなど無理だ。

「静まれ、諸君。君達が一丸となって挑めば、烏合の衆など物の数ではない。
 我等が決起したのは何故だ!! 君達が大儀に賛同したのは何故だ!!
 正義の軍隊である玉兎の兵士諸君!!
 君達なら幻想郷の汚物である妖怪共に、必殺の一撃を加えられるであろう!!」

「で、アジに乗せられた馬鹿共が時間稼ぎをしているうちに、
 御自分はスタコラサッサとお逃げになる、と」

「な!?」

艦長は自分の内心を見透かしたような発言がした方を向いた。



「ごきげんよう、侵略者の皆様。
 私は地霊殿の当主、古明地 さとりです。
 あ、こちらは妹のこいしです」

グルルル……。
キィ……キィ……。
フゥゥゥゥッ!!

さとりは大勢のペット達を率いて、いつの間にか玉兎兵達を取り囲んでいた。
さとりの背後からは、こいしがひょっこりと顔を出していた。

こいしの無意識操作能力によって、玉兎達は誰一人、獣の大群に気付かなかった。
ペットの猛獣達はこの時のために食事を抜いてきたので、涎を垂れ流して獲物を見ていた。



「わざわざ地霊殿までお越しいただかなくても――」



艦長はつばを飲み込んだ。



「――この場で、殺してあげますから」



獣達の咆哮。

銃声。

悲鳴。



血が、白く美しいさとりの顔を彩った。



最後まで生かしておいた艦長を捕虜にしようと思ったが、
隠し持った武器でさとりを人質にしようという浅はかな考えを読んだので、気が変わった。

さとりは、命乞いをする艦長の処刑を側にいたペットに命じた。

盛大に血しぶきを上げた艦長以下、お空を殺そうとした月の兎達は悉く骸と成り果てた。



そこにお燐が、心なしか人数が増えた屍霊達と凱旋してきたので、

さとりは旧都も防衛と侵略者退治に成功したことを知った。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





幻想郷の夜空を往く、玉兎軍決起部隊艦隊の主力部隊。

旗艦『メイジャー・ダッチ』を初めとした、数隻の大型輸送艦と大量の戦闘艇、
それに雲霞の如き玉兎兵達。

いくら守矢の『二柱』を初めとする神々や、
組織だった天狗の軍勢や優れた技術を持った河童がいようと、
これだけの玉兎軍の戦力の前には無いに等しい。

「先鋒より連絡、進路上の湖に大型船舶を確認」

旗艦のオペレーターが報告に続いて、送られてきた画像を大型モニターに表示した。

無数の柱状のオブジェが立ち並ぶ湖に、見た目木造の船が浮かんでいた。
あれは、『セイレンセン』とかいう空飛ぶ船だ。
丁度いい。

「砲撃準備!! 目標!! 大型船!!」

決起部隊艦隊の指揮官を兼任する艦長は聖輦船を、
軍の力を見せ付けるのに相応しい、うってつけの的と見たようだ。

「砲撃準備完了!!」
「撃てっ!!」

主砲から迸るビームの強烈な光。

光は守矢神社側の湖に待機していた聖輦船に、狙い過たず、直撃。

霊験あらたかな空飛ぶ船は、一撃で木っ端微塵になった。



大勢の玉兎兵達が歓声を上げた。

デモンストレーションは大成功だ。

今頃、山の妖怪共はこちらとは逆に震え上がっていることだろう。

艦長は席から立ち上がった。

「全軍、前進!!」

号令一下、玉兎軍の大部隊は、妖怪の山の山頂、守矢神社へ向けて進撃を開始した。



大部隊の過剰なまでの猛攻。
お山の妖怪達は、まるで何もしていないかのように無力だった。
守矢神社が更地となるのに、一分とかからなかった。



旗艦『メイジャー・ダッチ』と随伴する大部隊は、
決起部隊の暫定的な基地と化した守矢神社跡に向け、
幻想郷の空を航行した。

山頂を押さえれば、もうこっちのもの。
高所は低所よりも守るに易く、攻めの時も有利になる。
既に決起部隊の工兵部隊が塹壕を掘り、平行して宿舎の建設も始めており、
輸送艦から兵員や大量の物資が陸揚げされている。

艦長は進行方向を見た。
もう神社は無く、自軍の陣地がその体裁を整えつつある。
続いて身を乗り出し、下を見た。
艦のサーチライトで照らされた湖が見えてきた。
柱や木っ端が大量に浮いている。
この後、幻想郷の虫けら共も、これと同じ運命を歩むことになるだろう。

一部の兵が湖を写真に取っているが、艦長は特に咎める事はしなかった。



巡洋艦の下部にある、ガラス張りの監視所。
そこは若い玉兎の娘達で賑わっていた。

ここからだと、昼間のように照らされたこともあり、
聖輦船を沈めた湖が足元にはっきりと見えた。
中には透明な床に寝転がり、ピースサインをして写真に撮ってもらっている者もいた。

三人の玉兎が、やはり寝転がり、湖を背景に写真を撮ろうとしていた。
彼女達に頼まれた、本来はここで監視任務に当たっている玉兎は、
三人の真ん中の娘に跨るように立ち、足元にカメラを向けた。

まだ任官間もない、初々しい新兵三人娘が一枚の写真に納まるように、
もう少し中央によるように指示した。
三人は顔をくっつけあい、キャイキャイとはしゃいでいた。
これは可愛いと思い、カメラを持った玉兎兵はシャッターボタンを押そうとした時、
それを見た。

湖から真っ直ぐ、三人の女の子の背後に向けて飛んでくる物体。



UGM−84 ハープーン。

潜水艦発射型の対艦ミサイルだ。



あっという間の出来事だったので、
それを見つけた兵士も、
それに背中を向けていた少女達も、
その他、監視所に押しかけていた大勢の玉兎達も、
何が起きたか分からぬまま、
直撃したミサイルの爆発で、
全員、即死した。



ズウウウウ……ン……。

「な、何事!?」
「直下からの攻撃です!!」

巡洋艦に、さらに何発も対艦ミサイルが命中した。
サーチライトが消え、湖周辺は闇に戻ったため、
モニターが暗視映像に切り替わるまで、直ぐには状況の確認ができなかった。

湖の中から、今度はRIM−7 シースパロー対空ミサイルが飛び出した。

湖の水面に接近していた戦闘艇が、その餌食となった。



ライトを持った玉兎兵の一人が水面すれすれを飛んで、仄暗い水中を覗き込んだ。
途端に無数の水柱が立ち上ったので、軽い身のこなしで回避した。

玉兎兵は難なく避けた。
――と、思った。

水柱は曲がり、先端を人間の手のような形に変えると玉兎兵に殺到し、彼女の掴める場所を掴んだ。
手、足、胴、頭。
掴める場所が無くなると水柱は『手』を握り締め、それを女体の『穴』に突き入れた。
短いスカートの中の人参柄がプリントされたショーツをずり下げ、
前と後ろの穴に、『拳』を突き入れた。
悲鳴を上げようとした玉兎の愛らしい口にも、歯をへし折りながら『拳』が進入した。

この玉兎は、誇りを失い、純潔を失い、意識を失い……、
水中に引きずり込まれ、酸素を失い、最後に命を失った。



ミサイルと水柱の猛攻で、不時着水した戦闘艇があった。
側面のハッチが開き、救命胴衣を着た玉兎が飛び出し――、
水中銃に串刺しにされた。
絶命した獲物が艇内に逆戻りした事を確認した河童の特務兵は、
開けっ放しのハッチに手榴弾をいくつか投げ込み、水中に没した。

数秒後、戦闘艇は粉々に吹き飛んだ。



地獄絵図のような水面に、湖底から大きな影が浮上してきた。
暗闇に包まれた湖上で、不安げに木切れや救命ゴムボートにすがり付いていた何人かの玉兎兵が、
その際の大波に巻き込まれ、溺死した。

「湖底から、何かが浮上してきます!!」
「え!? 海の無い幻想郷が潜水艦を保有しているなんて、聞いてないわよっ!!」

罪の無いオペレーターを怒鳴りつけながら、
見えないと分かっていながら、旗艦の艦長は艦橋の窓から湖を見た。



墨を湛えているかのような、夜の湖。

『聖輦船』の残骸やへし折れた御柱、それに水柱の腕に殺された無数の玉兎の死体を跳ね除け、

それは現れた。




外界の武装が取り付けられた甲板には、綺羅星のような豪華な面子が勢揃いしていた。

聖 白蓮を初めとした、命蓮寺の者達。

八坂 神奈子、洩矢 諏訪子、東風谷 早苗ら三柱の神と風祝。

豊聡耳 神子、物部 布都、蘇我 屠自古、霍 青娥達、神霊廟の幹部。



彼女達は、本物の聖輦船から眼前の雑兵共をねめつけていた。





もぬけの空の守矢神社を破壊した侵略者共は、すっかり油断しきっていた。

弛みきった護衛と共に、デコイ(おとり)を浮かべていた湖上空に差し掛かった。

誰も水中からの攻撃を警戒していなかったので、
乗っている者達の能力で湖底に潜んでいた聖輦船は、
大量に準備した外界の武器であるミサイルを何発も敵に撃ち込むことができた。

湖に近づいた者達及び湖に落ちた者達は、聖輦船の船長にして船幽霊の村紗 水蜜の能力によって、
河童達がひしめく湖でたっぷりと『水難事故』に遭ってもらった。
昔は柄杓で船を沈めた船幽霊の無数の『腕』は、今では宇宙艇まで引きずり込み、
昔は悪戯坊主の尻子玉を取っていた河童達は、今では侵略者の命(タマ)を殺(ト)っていた。



聖輦船から飛び立った小船があった。

布都と屠自古が乗った『天の磐舟』は、玉兎兵と戦闘艇が密集する空域に突撃した。

猛攻にもひるまずスイスイと進む小船。
その進路の先には、一艘の戦闘艇がいた。

「小型ボート接近!!」
「何だありゃ?」

戦闘艇の操縦席では、サーフボードよろしく突っ込んでくる木造ボートをあっけに取られてみていた。

「衝突コースです!!」
「まさか!? 自爆攻撃!?」

あのサイズのボートに満載されたセムテックス(チェコ製のプラスチック爆弾)なら、
このあたりの友軍をふっ飛ばしてもおつりが来る程の被害を出せる。
当然、体当たりされたこの艇は跡形も無くなるだろう。

「墜とせっ!!」

艇長が叫び、艇の外にある機銃座から大口径の弾幕が、強烈な照明が当てられた『天の磐舟』を襲った。
だが、舟のスピードは落ちない。いや、速くなっていた。

もう舟は、乗っている二人の少女の整ったドヤ顔が見える距離にまで迫っていた。

ぶつかるっ!!

「うわあっ!!」
「っ!!」

戦闘艇の操縦席の乗員は、死を覚悟して目を閉じた。




……。
…………。
………………。



一人がそっと目を開けた。

全員生きている。
艇も無事だ。
窓の外では、、相変わらず友軍が聖輦船に銃撃を仕掛けている。
今のは夢だったのだろうか?
他の者達も目を開け、自分達が無事なことを確認しあった。

ビーッビーッビーッ!!

操縦席の機器の一つが耳障りな警報音を発した。

「火災警報です!! 火元は……、ここ!?」

乗員の言葉に、他の者達は自分の周りを見たが、火も煙も出ていなかった。

「誤報か……。切れ」
「了解」

乗員はスイッチの一つを押した。

相変わらず、火災警報は鳴りっぱなしだ。

スイッチを連打した。

状況は変わらず。

「警報が切れませんっ!!」
「何?」

艇長は自分の席にある表示装置を見た。

消火ガス噴出までのカウントダウンが始まっていた。

「まずいっ!!」

乗員達は立ち上がろうとした、が――、

「えっ!?」
「外れないっ!!」
「嫌……、嫌ぁっ!!」

どう足掻いても、全員のシートベルトは外れなかった。
一人は酸素マスクの収納庫に手を伸ばしたが、全然届かなかった。
どのみち、本来は警報と共に外れるはずのロックがかかったままなので、
マスクは手に入らないのだが。

カウントダウンは、残り僅か。

3、

2、

1……。



操縦席の乗員達の絶叫は、船外までは聞こえなかった。



消火用の炭酸ガスで全員が窒息死した操縦席の真上にあたる、戦闘艇の上部。

そこに立った布都は、『天の磐舟』を憑依させて戦闘艇の制御を乗っ取れた事を確認した。
この戦闘艇は、今や布都の操る『天の磐舟』そのものとなったのだ。

「屠自古!! 舟を出すぞっ!! よろしいかや!?」
「いいわよっ!!」

屠自古は、彼女が放った雷に撃たれて黒焦げになった機銃手を機銃座から放り出し、
代わりに座ると布都に返事した。

布都がいつも船を操るように重心を前に踏み出した足に掛けると、
戦闘艇はユルユルと前進を始めた。

思い切り足に力をかけた。

戦闘艇は高速で
かっ飛び、進路上の玉兎兵を跳ね飛ばした。

戦闘艇が奪われたことに気付いた玉兎兵の編隊が、布都達を銃撃してきた。

「屠自古ぉっ!!」
「今、やってんよ!!」

屠自古は二連装の機銃を撃ったが、狙いがいまひとつ定まらない。

「屠自古っ!! しっかり踏ん張って撃たんかっ!!」

布都の怒鳴り声が再度響いた。

屠自古は、自分の足の無い、霊体の下半身を見た。

「どうしろってんのよ……」

とりあえず、二股の霊体の『尻尾』を床の突起に絡めるなどして、屠自古は何とか身体を安定させた。

軽く機銃を振ってみる。
うん、さっきよりブレがない。

機銃を構える屠自古。

「殺ってやんよっ!!」

二つの銃口から放たれた曳光弾は安定した軌跡を描き、線上の玉兎兵を次々と挽肉にしていった。

「我も負けてられんわっ!! ……、ん? これは『龍勢』かや?」

布都は戦闘艇に搭載された武器を検索して、興味を引いた一つを使用することにした。
戦闘艇の左右の側面から前後に無数の穴の開いた箱状のものがせり出してきた。

「ほうれ、放てぃっ!!」

布都が叫ぶと、左右の箱の穴から彼女が『龍勢』と呼んだ武器――ロケット弾が発射され、
何艘もの戦闘艇に命中、撃沈した。



霍 青娥は、聖輦船のあてがわれた倉庫でキョンシー達の最終調整を行なっていた。

「ズンベラ〜、ズンベラ〜……」

青娥のまじないの文句が倉庫に響いた。

「ズンベロ、バルバル、ズンバリ……」

眠っているように目を閉じたキョンシー一体毎に呪文を唱え、

「ズンベラバラボベ……、はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

最後に青娥の気合を込めた呪言が轟くと、
キョンシー達は一斉に目覚めた。



守矢神社跡地に設けられた、決起部隊の基地。

艦隊の残存する物資や兵員が集められた。
幻想郷を攻略する部隊に潤沢な補給をするのに十分すぎる量だった。

物資の運搬に貢献した全ての大型輸送艦は、この基地に停泊していた。
乗員にしばしの休息を与え、輸送艦の補給を行ないつつ重武装を施し、ガンシップとするためだ。

玉兎兵達は小隊毎に整列し、点呼を行なっていた。
これが終わったら、現在聖輦船と交戦している部隊に合流するのだ。



最高潮に高まった士気が、突如挫かれた。



ゴ……、ゴゴゴ……。

「な、何?」
「地震!?」
「コマンド部隊が報告した、博麗神社であったヤツ!?」

うろたえる兵を叱咤する下士官。

「みんな、落ち着きなさい!! 大丈夫。建物はプレハブとはいえ、地震対策が施されています!!
 倒壊はありません!! 各自、武器や弾薬の取り扱いに留意なさい!!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

地震は収まらなかった。

ゴガッ!!

地面が陥没した。

「!! 退避っ!! 総員、退避〜っ!!」

だが、揺れは酷くなる一方で、玉兎達は飛び立つことはおろか、
歩くことも、立っていることすらできなかった。

一斉にブラックアウトする照明。

ゴゴッ、ゴドッ、ゴゴゴガッ!!

地面の陥没、ひび割れも酷くなり、遂に宿舎が一棟倒壊した。

ガタガタガタンッ!!

物資のコンテナで築かれた小山が崩れ、側にいた玉兎を押しつぶした。

ゴボゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

整備、補給、改修が終了したばかりの輸送艦が一隻ずつ、地割れに飲み込まれていった。
作業に従事した玉兎達と共に。

ゴゴゴゴゴ……。
ゴゴゴ……。
ゴ……。
……。

基地に甚大な被害を与えた地震は、ようやく収まった。
多くの兵員と物資を失った。
だが、挫けてはいられない。

「各員!! 被害状況の確認、急げ!!
 交戦中の部隊に連絡!! 余剰の人員や船があるなら回してもらえ!!」

士官が若い玉兎兵達に指示を与え、パニックを起こす暇を与えなかった。
泣き出したいのはこっちも同じだ。
だが、うろたえては、予想外の事象に連続で見舞われた作戦の遂行に、また影響が出てしまう。

士官は、無事だった司令部となるはずの建物に向かい――、



そこで、基地は消滅した。



作戦決行前、霊夢を初めとした幻想郷の神々は、
妖怪の山がまだ『八ヶ岳』と呼ばれていた頃からの主である、
不尽の神、石長姫に直談判をしていた。

石長姫は、『妹と同じ力』を使うことに難色を示したが、
霊夢は額ずいて頼み込み、守矢の三柱や秋姉妹、鍵山 雛も必死に頭を下げた。
さらに坤の神、洩矢 諏訪子は後で『それ』を元に戻すことを約束した。

神々の誠意が通じ、遂に石長姫は折れ、
その力をしかるべきときに行使することを約束した。



かくして、幻想郷史上初の、

妖怪の山の大噴火が、今、この時、発生した。



守矢神社があった場所。
決起部隊の基地があった場所。

そこには火口が誕生していた。

立ち上る噴煙は、艦隊の視界を遮り、
打ち上げられた火山弾は戦闘艇や玉兎を撃ち落した。
そして、そこにあった基地の大量の物資や兵士達、着陸していた輸送艦や戦闘艇は、
吹き飛ばされたか、火口のマグマに飲み込まれたかした。



「今こそ反撃の時!! 立て!! 者共よ!!」

オンバシラを棍棒やビーム砲として使い、戦っていた神奈子の大音声が響き渡った。

すると、妖怪の山の麓、巧妙に偽装された陣地から、天狗の大群が一斉に舞い上がった。

ずっと聖輦船に苦しめられ、先程の噴火で基地が壊滅した光景を目の当たりにした決起部隊は、
今度は天狗の精鋭達を相手にするハメになった。

浮き足立った侵略者の軍勢など、物の数ではなかった。

それでも、巨大な巡洋艦は健在で、砲撃や対空砲火で天狗の部隊を寄せ付けなかった。

それでも果敢に挑んでくる天狗達がいた。
その烏天狗の部隊は、両手で誰か抱えていた。

「う〜〜〜〜〜!! お〜そ〜ら〜を飛んでるみたい〜」

どこぞの人面糞饅頭みたいな事をほざいている宮古 芳香を筆頭とするキョンシー達だった。

天狗達はピケットライン(監視線)を突破して巡洋艦の懐に飛び込むと、
次々とキョンシーを投下し、帰投した。
キョンシー達は巡洋艦に降り立つと、開いているハッチや煙突、通気口から、
続々と艦内に進入していった。



玉兎兵とて女の子。
お洒落はバッチシ決めたいもの。

「ちょっと、早くしなさいよ。艦内に侵入者だってさ」
「うん〜、後ちょっと〜」

せっかちなルームメイトが急かしてくるが、無視無視。

お気に入りのリップを塗って、ウインク一つ。
鏡の中に、イケてる美少女が映った。

おっと、忘れるトコだった。

出撃前に月の都のコスメショップでゲットした新作の香水。
ピンと手入れされた頭の耳の付け根に、小さなスプレーをシュシュッと一噴き。

「い〜い〜匂い〜」
「でしょ〜」

柑橘系の爽やかな香りが辺りに漂う。
汗臭い艦隊勤務も、これで爽快夢気分!!

「お〜い〜しそ〜」
「え?」

香水の清涼感溢れる香りも、
芳香にとっては、秋刀魚の塩焼きに絞った酢橘のように、食欲をそそる物なのだろう。

「ぎゃああぁああぁあぁあああっ!!」

お洒落好きな玉兎は、船室に入ってきた芳香に首筋を食い破られて床に倒れた。

彼女が最後に見たものは、
二人のキョンシーに押し倒され、
生きたまま臓物を引きずり出され、
それを咀嚼されているルームメイトだった。



『侵入者発見!! 射殺する!!』
『A−5ブロックに侵入者多数!! 増援を求むっ!!』
『撃て〜!! 撃って撃って、撃ちまくれ〜っ!!』
『(タタタンッ!!)現在、B−2ブロックで交戦中!! (タンッタンッタンッ)もっと応援を送れっ!!』
『侵入者(タタタタタタタタタタンッ!!)、今、バリケードを突破!! (タタタタン!!)うわあああ(ブツッ)』
『こちら1番主砲!! 敵が、敵が侵入したっ!!』
『士官食堂です!! 顔に紙を貼った連中が、作った料理を食べています!!』
『だ、駄目ぇ!! このお弁当は憧れの先輩に……。え、やだ、私を食べないでぇぇぇ(ブツッ)』
『し、死にたくない(タンッ)、や、止めてぇ!!(タンッタンッ!! カチッカチッ)ママ、ママぁ〜〜(ブツッ)』

旗艦『メイジャー・ダッチ』の艦長室。

艦長の脳には、先程から絶望的な内容の玉兎通信が飛び込んでは、不自然に切れていた。

重厚な席に腰掛けた艦長は、眼前の若い士官に命令した。

「直ちに脱出艇の準備をなさい」
「あ、アイアイ、マム!!」

士官は何とか敬礼をすると、部屋を飛び出していった。

艦長は一人、黙考した。
高潔な大志を抱き、決起部隊に参加したが、なんと言う体たらくだろうか。
既に、各地に向かった部隊が壊滅、または苦戦中。
若い頃は凸凹コンビとして有名だった相方の副長も帰らぬ兎となっていた。
この場は撤退し、次なる再起の時を待たなければ……。
だが、只では逃げん!!

艦長は机上の端末を操作し、何桁かのパスワードを入力した。
すると、机の引き出しの一つが自動的に開き、そこにはリモコンが入っていた。

これは、艦の自爆スイッチである。
スイッチを入れると、端末で設定した待ち時間経過後に、艦はドカンとなるのである。

脱出艇の準備が出来次第、起動させることにして、先に待ち時間の設定を行なうことにした。

ぼこんっ。

急に壁に丸く穴が開き、一人の女性が身を乗り出した。

「お邪魔しま〜す」
「!!」

艦長は手にした自爆スイッチ捨て、とっさに拳銃を抜き――、

「えい」

ぷす。

「あ゛」

ごとり。

それも手から落とした。

艦長の額には、青娥が手にしている簪(かんざし)が刺さっていた。

青娥の『壁をすり抜けられる程度の能力』を発動するのに使用するこの簪、
こうしてヒトのおつむに使うと、相手の心の壁を崩すこともできる。
この用法は主に、知識の吸収や傀儡の作成に使用する。

青娥は簪を小刻みに動かし、艦長の反応を観察した。

「ん……、と(クリックリッ)」
「い゛」

「こう……(ズプ)」
「ぎゃぴ」

「ぐりぐりっと……(グリグリ)」
「ほっほっほっ!!」

「えーいっ(ジュププププッ)」
「ぽ〜〜〜〜〜っ!!」

面白くて、つい夢中になってしまった。
艦長を抑えたので、青娥は色々と彼女にやってもらうことにした。

青娥がピンと簪を弾くと、艦長は白目をむいて口から涎を垂らしながら、
端末をブラインドタッチで操作した。

画面には、脱出艇に殺到する玉兎達が映っていた。

「あららら……、ほっとくと、大勢逃げちゃうわね……」

青娥は小首をかしげて、しばし考えた。

「艦長さん、とりあえず、出口を全部閉めて頂戴」

殆ど自我の無くなった艦長は、端末のキーをいくつか叩いた。

脱出艇の発進口に重厚な隔壁が降りた。
そこだけではなく、船中の外部に通じる扉や窓が硬く閉ざされた。
予めそうしていたなら、キョンシー達は侵入できなかったかもしれない。

これで、艦内の玉兎達は袋の兎となった。

先程の脱出艇乗り場では、パニックになった玉兎達にキョンシーが襲い掛かっていた。

画面の映像が切り替わる。
艦内のいたるところで隔壁や扉を、半狂乱で叩いている玉兎達が映し出された。

「あら?」

一箇所、船外と繋がった大扉が開いており、そこから光弾が飛び交う夜空が見えていた。

そこは、艦長専用の脱出艇の格納庫だった。
士官が手動操作で開けたのだろう。
艦長専用だけあって、不測の事態に対する備えは万全だった。

「……まあ、いいわ。あそこからお暇しましょう」

青娥は念を込めた。

「あ〜、芳香〜、聞こえるかしら?」
『は〜い〜、せいがにゃ〜ん』

艦内の玉兎達を虐殺している芳香に念話が繋がった。

「芳香、私のことは『青娥娘々』、または『青娥様』と呼べって言ってるでしょう?」
『あい〜、せいがにゃん』

特に期待はしていなかったので、本題に入った。

「皆を連れて、ここに向かいなさい」

青娥は、位置情報を念じて芳香達キョンシーに送信した。

『あい、わかった〜』

念話を終えた青娥は、涙と涎を垂らしている艦長を見た。
多少匂うから、失禁、脱糞もしているのだろう。

艦長の耳に何やら囁き、

「じゃあ、『出なくなったら』やってね」

額の簪を引き抜いた。

「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ……」

ゴリラのような荒い呼吸を繰り返す艦長。

「じゃあね、侵略者さん」

侮蔑の篭った別れの挨拶を残し、青娥は床に穴を開け、その中にふよふよと降りていった。



青娥が出て行った穴が消えた艦長室。

荒い息遣いの艦長。

ビクビクと腰がはねていた。



「どうも、青娥娘々で〜す。
 え〜と……船の左の下のほうから出ますので、お迎えをおねがいしま〜す」
『聖輦船、了解。目視確認した。その場で待機されたし』

無線通信機の機能を持った呪符で聖輦船と連絡を取った青娥は、
ふぅと一息つくと背後を振り返った。

幼い少女のような外見年齢の士官が、キョンシー達の食後のデザートとなっていた。
全く原形を留めていないためか、かえってグロくは見えなかった。

ぱんぱん。

「はい、みんな〜、そろそろお迎えが来ますから、お食事を早く済ませなさ〜い」
「「「「「は〜い〜」」」」」

手を叩いて青娥が言うと、芳香達は元気なお返事を返した。

キョンシー達の返答に満足した青娥は、視線を開け放たれたままのハッチに戻した。

蓮の花の文様が描かれた帆を立てた、空飛ぶ木造船が近づいてきた。



艦長室。

艦長の断続的な呼吸が荒く、速くなって来た。

「ほっ、ほっ、ほっ、ほっほっほっほっほっほほほほほっ!!」

青娥とキョンシー達が飛び乗った聖輦船が巡洋艦の側を離脱した頃、それは最高潮に達した。

ぶるんっ!!

艦長の汚物に塗れた、紫のレース生地の下着に包まれた秘所からスカートを押しのけ生えたものは、
筋肉質の男の腕ほどの長さと太さと硬さを誇る、男性器だった。

艦長は立派過ぎる肉棒の凶器をまじまじと見て――、



「んっっっっっほほ〜〜〜〜〜いっ♪ しゅごいの生えちゃったよお♪」



――喜んだ。

言うまでもなく、青娥の呪術によって体と脳みそを面白おかしく弄られたためである。



霍 青娥は大陸で様々な妖術を習得したが、この技は極めて異色であった。

自己限界到達系快楽授受術。
お高くとまった貴婦人も、ほんの少し経絡を弄るだけで、
心も身体も淫獣に成り下がり、飢えたように快楽を貪り酔いしれるようになる。

青娥は、愛飲する紹興酒の産地の名をあてて、
この邪法を『経流餓埔里寸』(へるがぷりずん)と称した。

この禁断の秘術は、誰もが名を知っているが、誰もその居場所を知らないという、
伝説の快楽伝道師にして著名な官能小説家、マスター・マミヤが編み出したという神話がある。

青娥がこの術を何処で、誰に学んだのか、
誰も知らないし、怖くて誰も聞けなかった。



で、この禁呪の犠牲となった艦長であるが、早速逸物をしごいていた。

「んっ、んっ、んっ、んっ、ん〜♪ はぁん♪ きぼじい゛ゐゐゐ〜♪
 おちんちん、しこしこ、癖になるぅ〜♪ いけないわ、私には夫が♪
 子供達には見せられない、ママのイケナイお遊び♪
 はああああああっ!! 背徳感からイきそうになっちゃう〜♪
 あなた〜、ごべんだざい〜♪ 夫との夜の営みよりもチンポしごいたほうがイイの〜♪」

机の上に、艦長が笑顔で夫と子供達に囲まれている写真が、写真立てに入って飾ってある。
艦長はその写真立てを手に取ると、
何とそれをオカズにして、より激しくマラをしごき始めたではないか。

「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほひいいいいい〜〜〜〜〜っ♪
 家族の顔見てイッちゃうううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ♪
 ダ〜リンのケツ穴にぶち込むこと想像して、チンコおっ立っちゃううううう〜〜〜〜〜♪
 ママ、発情して、自分の娘のバ〜ジン強奪したいって思っちゃった〜♪ い、や〜〜〜〜んっ♪」

思想的に無茶苦茶危険極まりない雄たけびだか歌だかをシャウトして、
先程よりも太さも長さも硬さも倍になった逸物からは透明な先走りを、
いつの間にか上着のボタンを弾き飛ばして巨大化した胸の双丘の先端からは母乳を、
それぞれ垂れ流していた。

肉のオンバシラと化した男性器をしごく艦長の手は、残像しか見えなかった。

艦長は白目をむき、口からは舌を伸ばしてチンポを舐め、涎や母乳や先走りを振りまき続けた。

そろそろ達する時がきたようだ。

「ほっ♪ ほっ♪ ほっ♪ ほっ♪ ほっ♪ ぼぉっ!?
 い、イきそう……、な、にか、おチンポに、上ってきてるぅ……♪
 お゛っ、お゛お゛お゛お゛お゛……♪



 お゛っぼほほほほほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜♪

 イッちゃうぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ♪ い゛やあぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ♪」



びゅぶずびゅるじゅぶぬぶぶりゅるりゅりゅりゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!

ゼリーのような硬さを持ったザーメンが、高水圧で艦長の御立派様から噴射された。

精液の掃射によって、艦長室の壁にかかった賞状や記念の盾が次々と叩き落された。

「ひ、ひ、しゅ、しゅご〜い♪ キ・モ・チ・E〜〜〜〜〜っ♪
 おチンポ、ドピュドピュ、さいっこおほほほおおおおおっ♪
 おマンコも一緒にイッちゃいそおほほほおおおおおっ♪
 射精アクメ、来ちゃう、ママ艦長様、おチンポとおマンコ、同時にイッちゃいそおおおぉっ♪」

ぷしゅあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!

艦長は、失禁し、

ぶりゅりゅぶぶぶりぶりりりぶりぶりりりりいりりりりりぃ!! ぷぅ。

脱糞し、

ぶっしゅうううううううううううううううぅぅうううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!!!

先程よりは粘度が下がった精液を、また大量に噴射した。



この、たった一人で繰り広げられる変態ショーは、艦長が『打ち止め』になるまで続いた。



……。
…………。
………………。



胸と股間が萎れ、憑き物が落ちたような呆然とした表情で、汚物塗れになった艦長は、
こちらも痴態によって汚物塗れになった艦長室の床に横たわっていた。

「……あ」

艦長は寝そべったまま、右手をのばし、あちこち叩き、
床に落ちていた押すべき物を、寝起きで目覚まし時計を黙らせる時のように、
叩くように押した。



遂に押された、艦の自爆ボタン。

ちなみに、自爆までの待ち時間は設定されていないため、

初期値のゼロ秒のままだった。



聖輦船の甲板上。

竹箒を小銃のように構え、周りの銃撃音をあたかも箒から発しているように反射させて、
発砲と誤認させて玉兎兵を追っ払っていた響子は、敵の旗艦からくぐもった音がした事に気付いた。

玉兎兵の額を金属の輪で叩き割っていた一輪は、敵の旗艦のあちこちから火の手が上がったのを、
同じく玉兎兵の胴を鷲掴みにして首をねじ切っていた雲入道の雲山と共に確認した。



聖輦船から信号弾が打ち上げられた。



信号弾の色が、事前の打ち合わせにあった『総員、撤収準備セヨ』の意味であることを、
妖怪の山の軍勢は全員理解していた。

天狗の飛行大隊は編隊を組んで聖輦船の周囲に展開した。

地上や水中で玉兎の陸戦部隊や墜落した者を駆逐していた、荒事専門の河童の戦闘員達は、
川や湖の中、にとり達非戦闘員が構築した塹壕に次々と飛び込んだ。

布都と屠自古は、取り付いていた戦闘艇から飛び出した『天の磐舟』に乗って、
聖輦船のほうへ滑るように飛んでいった。

先程まで布都が操っていた、あちこち被弾し、武器弾薬を使い尽くした戦闘艇は、
布都達が離れて直ぐに、かつての友軍の方へ全速力で飛んで行き、
可能な限り残存勢力を蹴散らした後に自沈した。



破損したわけでもないのに、殆どの武装が沈黙した旗艦『メイジャー・ダッチ』。

艦内には死んでいる死者と、キョンシーと化した死者、それにほんの僅かの生存者しかいなかった。



光が艦内に溢れた。

血塗れの通路を虚ろに歩く死体も、
かつての仲間に発砲を続ける兵士も、
開かない隔壁の前で自分の頭を撃ち抜いた諦観者も、
鍵をかけた自室のベッドで布団を被り、ガタガタ震えている臆病者も、

皆等しく、一瞬で、消滅した。



旗艦の中心部で、遂に大爆発が起きた。

炎に包まれた艦は、比較的ゆっくりとした速度で下降を続け、
妖怪の山の山頂にできた火口に、ほぼ垂直に突っ込んでいった。

巡洋艦が火口に沈んでいく様は、
まるでお山が不埒な侵略者の象徴を喰らっているような印象を、
幻想郷の戦う勇者達に与えた。



「彼らの生きたいという欲望が暴走しようとしています」

聖輦船の甲板。

神子が侵略軍の残存勢力の『欲』を聞き取り、その場の皆に報告した。

旗艦が沈んだ今、最早決起部隊の艦隊だった残党達に戦闘を続ける意味は無いはずだ。
どう見ても勝ち目は無い。
侵略者達を皆殺しにするなどたやすいほどの戦力比だ。

そこで、無益な殺生を嫌う早苗は、『ショー』を披露する事を思いつき、
全員がそれに同意した。



聖輦船を中心とした、妖怪の山の航空戦力。
その目の前に布陣するは、僅かな戦闘艇と、比較的大勢の玉兎兵達。

緊迫した空気の中、決死の覚悟の侵略軍めざし、聖輦船が一隻で進みだした。
これなら勝てると思ったのか、侵略軍の生き残り達は集中砲火を聖輦船に浴びせかけた。

夜空を埋め尽くす無数の銃弾は、一発たりとも聖輦船に到達しなかった。

すべてが、船の目の前でぱらぱらと落ちてしまったのだ。

聖輦船は、砲弾の雨の中、順調に進み、敵陣に突っ込んでも止まる事は無かった。

敵軍は聖輦船に道をあけた。
あけさせられた。

銃弾は落ち、ビームは捻じ曲がり、ロケット弾は不発に終わった。
聖輦船に取り付こうとした玉兎兵達は見えざる力に押し戻された。

船首では、早苗と彼女の娘である風祝が、共に御幣を天にかざしていた。

聖輦船が、殺意の光で満ちた夜の海を割って往く。
その神聖ささえ感じさせる光景は、あたかも聖者が海を割ったかのごとく。

聖輦船は残党軍の布陣を二つに割って敵陣の端に到達すると、その向きを180度変えて停船した。



「彼らの欲が……、静まっていきます」

再び神子からの報告。

もう、敵陣からの攻撃は無くなっていた。

空に浮かぶ玉兎兵達は、地上の闇に武器を捨てていった。

残党の指揮を取っていたらしい戦闘艇のハッチが開き、乗員が姿をさらけ出すと、
手にしたライトを何らかの法則に基づき点滅させた。

ナズーリンは、永遠亭から提供された玉兎軍の発光サイン表と照らし合わせ、
あれは投降を意味するものである事を確認した。



「戦は、終わりじゃ……」

最後に、神子はポツリと漏らした。





決起部隊の主力による、妖怪の山の攻略戦。

圧倒的暴力で始まったそれは、

幻想郷勢の個性的な能力を生かした奇策の前に、

無敵を自称する軍勢を破られ、

傲慢な心を打ち砕かれ、

寛大な慈悲の心の前に侵略軍が屈したことで、幕を閉じた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





迷いの竹林。

周りを完全に包囲した決起部隊から、乙女の黄色い絶叫が上がった。

妖怪の山の攻略部隊が『セイレンセン』なる幻想郷の飛行艦を撃沈したとの報が、
玉兎通信で伝えられたのだ。

幻想郷に散った他の部隊からは芳しい報告が来ない中、この大金星は若き玉兎達を鼓舞した。



竹林包囲部隊の指揮官は陣地を視察して、配下の兵達を激励した。
教科書通りに土嚢で構築され、重機関銃が据え付けられた陣地では、
まだ任官間もないであろう玉兎兵達が一分の隙も無く、警戒を行なっていた。
指揮官が彼女達の真面目な態度を褒めると、彼女達は照れくさそうに敬礼を返した。

うんうん。
彼女達のような大儀に賛同する若者がいる限り、将来は安泰だ。
指揮官は、暖かい視線で兵達を見守った。



その機関銃陣地の比較的近い暗がり。
玉兎の新兵達を見つめる者達がいた。
服装も顔のペイントも漆黒の一団の視線は、
指揮官のものとは異なり、間抜けな獲物を見る、凍てついた物だった。

黒衣の一団の頭と思われる者は部下達をその場に待機させると、
たった一人、匍匐前進で陣地に近づいていった。
目だけをギラギラさせて目的地に這って行く姿は、
妖怪の山に住むと噂される蜥蜴の妖怪を連想させた。



僅か数十分後。
先程の機関銃陣地はすっかり様変わりしていた。
左のウサ耳から右のウサ耳まで、首を経由して掻き切られた兵士達全員の骸が横たわっており、
機銃は本体、三脚はもとより、弾薬、予備銃身、クリーニングキット、
新兵が読んでいた取扱説明書にいたるまでが、忽然と消え失せていた。



どんっ!!

そこは竹林に僅かに入った場所で、包囲部隊の勢力下のはずだった。
なのに、パトロールをしていた玉兎兵がブービートラップに引っかかり、
仕掛けられた手榴弾の爆発で片足を失って悲鳴を上げていた。

現場に駆けつけた下士官は、運ばれていった犠牲者を鼻で笑った。
この間抜けめ。
足元を見ると、食べかけの人参が落ちていた。
これを食いながら、警戒を怠り歩いていたのか!!
下士官は人参を蹴っ飛ばした。

物陰の手榴弾のピンが抜ける音で、それにワイヤーが付いていたことに気が付いた。

どんっ!!



夜空を赤く照らす妖怪の山の大噴火は、玉兎達を怯えさせるのには十分すぎた。
それによって、かなりの数の同胞が大量の物資と共に散っていった事は兵達を動揺させ、
止めに、幻想郷侵略部隊の旗艦が沈んだとの報は、指揮官の情報管制も間に合わず、
全部隊に伝わってしまった。

ブービートラップや奇襲で被害を出し続け、疲弊した包囲部隊にとって、
旗艦が沈み総指揮官が戦死した事は、精神的にクるものがあった。

他の部隊からも連絡らしい連絡も無くなり、増援はおろか、月に帰ることすら覚束なくなった。

さらに、包囲部隊はその外側を幻想郷の大部隊によって、逆に包囲されてしまった。
侵略軍に勝利を収めた幻想郷の作戦参加者達が、続々と最後の戦場に集まって来た為だ。

こうなってしまっては、包囲部隊は撤退もできなくなった。

最初の威勢は何処へやら、玉兎兵達に厭戦気分が蔓延していた。
こうなったら、夜が明けたら永遠亭に出発する使者達に期待するしかない。
首尾良く永琳を味方にできたら、この状況を好転させてくれるに違いない。
永遠亭には、月に帰還するための道具があるに決まっている。

玉兎兵達の妄信にも似た期待を一身に受け、
使者達は予定よりもかなり早い時間に永遠亭に出発することとなった。



う〜さぎ、うさぎ。

何見て刎ねる?

月から来た侵略者の、

首刎〜ね〜る。



ざしゅっ。

ごろん。




永遠亭への使者達は、竹林の道半ばで立ち止まっていた。

「……駄目。連絡無しよ」
「……困ったわね……」

先行した者達が、玉兎通信に応答しないのだ。
恐らく、何らかの攻撃を受けて……、死亡したと考えるのが妥当だ。

「どうしましょうか……」

使者の一人がリーダー格の玉兎に話しかけた。

「……」

決起を起こした張本人にして、綿月姉妹の拘束に貢献したリーダーは、黙して語らなかった。



意気消沈している竹林を包囲している侵略軍とは対照的に、
彼女達を包囲している幻想郷の作戦参加者達は賑やかだった。

幻想郷陣営では、増援が来るたびに歓声が上がり、
彼女達が持ってきた酒肴があっという間に宴席に並んだ。

玉兎達は、竹林の外側で大声が聞こえるたびにビクついていた。
もともと彼女達は、竹林の『内側』からの逃走者と『外側』からの侵入者を防ぐ目的で配備されたのだ。
こちらから攻める戦力など無いし、防御も使者達が永琳を連れて帰るまで持てば良いレベルだ。

幻想郷の布陣を監視している玉兎の愛用の双眼鏡は、またあちらに飛んでくる人影を確認した。

「……ん?」

箒に二人乗りしている少女のうち、黒白の装束の娘に見覚えが会った。

「ねぇ、あれ……」
「何?」

ドンチャン騒ぎをしている妖怪達を、恐怖とほんの少しの羨望を交えて監視していた相方に、
飛んでいる影の位置を教え、見るように言った。

「……あれ、資料にあった娘じゃない?」
「あの黒いの、ね……。確かに」

彼女達の見た人物について、直ちに指揮官に伝えられ、指揮官自ら目視確認した。

「間違いない。『キリサメ・マリサ』だ」
「ああ……、依姫に負けそうになって独自ルールを提案し、結局それでも負けた間抜けですね」

重苦しい空気に包まれた司令部のテントに、久しぶりに笑いが溢れた。

「魔女の敵陣到着は?」
「遊覧飛行並みのスピードですから、あと……、5分程です」
「よし!! 墜とせ!!」
「イエス、マム!!」
「資料映像は見たな。『対抗手段』を忘れるなよ」



幻想郷では有名人でありながら、妖怪と比較すると実力はそれほどでもない、普通の魔法使い。
彼女を殺れば、玉兎軍の士気は僅かでも上がり、幻想郷勢に一矢を報いることができる。
指揮官はそう考え、ビーム砲と『対抗手段』を携えた一個小隊を送り出した。

『第二次月面戦争』から今日までの年月で、人間がどれほど成長するのか。
その年月では普通、人間は年老いているはずなのに、何故彼女は少女の姿なのか。
長寿の住民ばかりの月の者には、疑問にも思わないことなのかもしれない。



「ふう、すっかり遅くなったぜ」
「ふふ。子供や孫達が離してくれなかったからね」

迷いの竹林の幻想郷防衛作戦に志願した勇者達が屯する場所に向かう、魔理沙とアリスの夫婦。
武器の点検をして、差し入れの料理を作り、いざ出陣という時に来客があった。
彼女達の一族の中で、人里の外に住む者達が見送りに来たのだ。

孫娘達が、自分と同年代かそれより若い外見になった魔理沙にじゃれ付いてきたり、
猟師をしている娘婿が鹿を一頭丸ごと担いできたので、差し入れの料理を急遽追加したり、
年老いた娘の一人が言わずもがなの諸注意を、魔理沙とアリスにくどくどと言い続けたり、
その他色々あって、出立がすっかり遅くなってしまったのだ。

魔理沙もアリスもそのことを思い出し、自然と笑みがこぼれた。
魔理沙は微笑んだまま、身体を傾けた。

たったそれだけの動作で箒の飛行経路は、ビーム砲の直撃コースを易々と外れた。

獲物を焼き尽くすはずのビームの光条は、空しく大気に消えていった。

「どうする?」
「みんなに御馳走する料理が冷めちまう。アリスは先に降りてくれ。私一人で遊んでくるぜ」
「ん。行ってらっしゃい」

ちゅ。

ほんの少しのやり取りと口付けを終えると、アリスは大きなバスケットを抱え、
従えた上海人形、蓬莱人形と共に夜空に身を投げた。



「標的に高エネルギー反応!!」
「『マスタースパーク』だな。リフレクター展開っ!!」

包囲部隊に向かってくる魔理沙がミニ八卦炉に魔力のチャージを行なったことを察知すると、
砲撃部隊は傘のような装置を開いた。

開いた形が反り返った傘のような機械は、反射鏡だった。
魔理沙の得意技であるマスタースパーク及びその派生技は、その悉くが依姫に攻略されており、
決起部隊はその時の状況を分析して、神の持つ鏡に匹敵する反射鏡を人工的に創り出した。

これでマスタースパークは跳ね返され、自陣に被害を及ぼす事はできないだろう。

「マスタァァァァァァ……」

ほら来た。

「ッスッパアアアアアァァアァァァァァッッックッ!!!!!」

自陣に、調べつくされた見た目が派手なビームが、愚直なまでに一直線に発射された。

リフレクター担当の兵が装置を操作して、微妙に角度を調整した。
これで、あのビームは跳ね返って敵陣に突っ込むことになる。

さあ来いっ!!



数十年前の若輩者が放った、スペルカード・ルールに乗っ取った、
殺傷能力の無いマスタースパークの威力に耐えうるように設計された反射鏡に、
老獪な大魔法使いの、殺しを全く躊躇しない、魔力の篭った一撃がぶち当たった。



勇気ある志願者達が集い、酒盛りで親睦を深めている幻想郷勢の陣地。

敵陣が星屑を纏わせた光の束になぎ払われる度に、歓声が上がった。



一仕事終え、陣地に着陸した魔理沙を待っていたのは、
勇敢で陽気な作戦志願者達の歓声と、彼女の妻アリスの抱擁だった。



陣地に博麗の巫女と萃香、天子、衣玖がやって来た。
博麗神社は倒壊したが、それと引き換えに、攻めてきたコマンド部隊を壊滅させ、
僅かな生き残りは捕虜にしたそうだ。



地底へ続く街道から、文が幻想郷最速の名に恥じぬ速さで飛んできて、その後に第二聖輦船が続いた。
着陸した船からは、さとり、こいし、お燐、お空、勇儀、パルスィ、ヤマメが続々と降りてきた。
勇儀が持っているバケツは船酔い時に使うものかと思ったら、それはキスメだった。
地底の有力者が雁首そろえてやってきたということは、地底に攻め込んだ敵は倒されたのだろう。

第二聖輦船の甲板では、船長のマミゾウと副長のぬえが妖怪の山のほうを見ていた。



妖怪の山からは噴煙がもうもうと立ち上っているが、思ったよりは少ない。
火山灰も噴火直後にしか降らなかったし、溶岩も流れなかった。
周囲への影響を考慮した、神の御技であった。

そんなお山から、煌々と明かりが灯された聖輦船が迷いの竹林上空を、悠然と飛行した。
船上には守矢神社、命蓮寺、神霊廟の主だった者達が勢ぞろいしているにもかかわらず、
周囲を包囲しているはずの玉兎達からの攻撃は、皆無だった。



玉兎軍の装甲車が一台、ヘッドライトで夜道を照らして、幻想郷勢の陣地を目指していた。
あれは先の戦闘で妖精達が分捕ったものだ。
妖精達はどういうわけか中ではなく、車外に鈴なりになっていた。

装甲車は赤提灯を灯したミスティアの屋台を牽引していた。
チルノが装甲車の見せびらかしを兼ねて、ミスティア達を迎えに行って来たのだ。
屋台には店主のミスティアの他、リグル、ルーミア、チルノ、大妖精がおり、
無数の使い捨て容器に入った差し入れの蒲焼が落ちないように気を配っていた。
屋台の上ではプリズムリバー三姉妹が夜のドライブにぴったりのジャズを演奏し、
ミスティア達はそれに合わせてスイングしていた。



陣地上空を、炎を纏った鳳凰が掠めていった。
熱気に呷られたレティは顔に浮いた汗を拭い、四段重ねのアイスクリームを一舐めした。

陣地の一角に舞い降りた火の鳥は姿を消し、代わりに妹紅と慧音が立っていた。
人里は自警団に任せ、応援にやってきたのだ。もちろん、酒と料理を持ってだ。

秋姉妹は料理を作り、幻想郷を守ろうと立ち上がった勇者達に振舞っていた。
雛は給仕に徹し、人ごみの中をお盆片手にクルクルと舞っていた。

文は玉兎軍による竹林の包囲を上空から偵察していた。
鳥目ではない文からは、地上の焚き火やライトの明かりが克明に見えるが、
敵軍側は、闇夜のカラスを見つけることができなかった。

橙は現在幻想郷にいる唯一の八雲として、背伸びして立ち振る舞っていた――はずだったが、
周りの百戦錬磨の妖怪達から子ども扱いされてむくれていた。
ご機嫌斜めな橙だったが、大量の菓子を貰うとあっという間にご機嫌になった。



幻想郷中で各勢力が侵略軍の部隊を殲滅したが、まだ紅魔館の攻撃は開始されていなかった。
夜襲は吸血鬼の十八番だと思ったが、メイド妖精隊を臨戦態勢にして紅霧を発生させてからは、
主とその妹がしばらく外出した以外、動きが無かった。

紅魔館側の湖のほとりに住んでいる妖精の一人が伝令として紅魔館に出向き、
持ち帰った返事の書簡にはたった一言、『明朝に勝利を知らせる』としか書かれていなかった。

「じゃ、それまで休ませて貰うぜ」

そう言って、魔理沙は幽香が広げた花柄のレジャーシートの上に横になり、
帽子を顔に被せると直ぐに寝てしまった。
アリスは魔理沙に毛布をかけてやると、自分は先程から行なっている人形のメンテを続けた。



玉兎軍陣営から幻想郷の軍勢に夜襲をかけようとの意見があり、それは採用された。

彼女達は、夜は妖怪の天下だということを、全然知らなかった。



「ばあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!! 驚けえええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!!!」

からかさお化けの多々良 小傘の、幻想郷ではおなじみのヤツ。

夜襲を仕掛けようと幻想郷陣営に忍び寄っていた玉兎兵達の背後から、
クラシックスタイルのサプライズ。

お月様からやって来た兎さん達には、ちと、刺激が強すぎたようだ。

夜襲部隊のほとんどが、小傘よりも大声で悲鳴を上げて自陣へ逃げ帰った。
だが、一人だけ微動だにしなかった玉兎兵がいた。

気絶を通り越し、ショック死していた。

小傘は妖怪として生を受けて初めて、腹いっぱいの驚愕を食らうことができ、
股間がぐしょ濡れになるほどの絶頂と充足感を得られた。



朝、幻想郷陣営は清清しい空気の中、朝食の準備に勤しんでいた。

ミスティアの屋台では、串にさした川魚の塩焼きを焼いていた。
博麗の巫女と守矢の風祝は、聖輦船の厨房で炊き上げたご飯でおにぎりを拵えていた。
慧音と魔理沙は大なべで味噌汁を作り、妹紅はかまどの火加減を調整していた。
アリスはメディスンや幽香、人形達とスープや卵料理等の西洋料理を作っていた。
第二聖輦船から折りたたみ式の机とパイプ椅子を運び出す作業を神子が手伝い、
さらにそれを手伝おうと布都が張り切り、あっという間に準備が整った。
さとり達地霊殿の面子は手分けして配膳を行なっていた。
覆面とつなぎを着こんで腐った身体を隠した屍霊の一人がパンが山盛りになった籠を運び、
その後を、彼に命を救われた鬼の子供二人が大量のジャムの小瓶を持って付いていった。
勇儀は怪力で練った生地でピザを焼いており、その大量のピザを焼く事ができる窯は、
萃香がたった今、無数の石を集めて作り上げたものだ。



わいわい、がやがやと賑やかに、楽しく美味しい朝食を皆で頂き、
過半数が食後のお茶や酒を楽しみだした頃、紅魔館の軍勢が陣地に到着した。

こんこん。

メイド長が、大テントの暗がりに運び込んだ二つの棺桶をノックした。

「お嬢様、妹様、着きましたよ」

ぎぎぎぎぃ……。

「むにゃ……、ん、ん〜〜〜〜〜っ!! 良く寝た〜!!」
「ふあ、あああぁ〜〜〜〜〜……。むにゃむにゃ……」

寝袋代わりの棺から、レミリアとフランドールが起きてきた。

「おはよう、小さなお嬢様方。首尾はいかがだったかしら?」

幽香が挨拶にやって来た。

「もちろん、勝ったわよ。連中がキャンプしていたところに行って見ると良いわ。
 たくさんの『墓標』を作っておいたから」
「朝食後には、ちょっとヘビーね」

あの光景を見たら、折角の朝食を戻してしまうだろう。

「いよう。レミリア、フラン、待ってたぜ」
「あら、朝から魔力が漲っているわね、魔理沙」
「魔理沙〜!! おはようのチューは〜?」
「おいおいフラン、止せよ〜、アリスが見てるぜ。若返って早々に死にたくは無いぜ」

魔理沙もやってきて、老婆だった頃と同様にじゃれついてきたフランドールの相手をしてやった。

レミリアは鼻をひく、とさせた。
空きっ腹に沁みる、良き香り。

「メイド妖精達に食事と休息をさせたいのだけれど、私達の朝食はあるかしら?」
「もちろん。存分に食べて寝て、休んでくれ」

味噌汁やスープは温めなおされ、料理の第二陣が用意され、
食事を済ませた者は目の前のテーブルを片して席を空け、
新たに張られた大テントには無数の軍用ベッドが準備された。

メイド妖精達は、それぞれ食べたい料理のあるテーブルや調理場に並び、
団体様向けの寝室に向かった者は、荷物を適当なベッドに置くと直ぐに料理の方に駆けて行った。
美鈴にいたっては、中華なべと蒸篭を持って料理する側に回った。
スカーレット姉妹はというと、いつの間にかナプキンを首元に付けてパラソルの下の席に着き、
メイド長が持ってきたフレンチトーストとスクランブルエッグを食べていた。



野外の宴会、朝の部を髣髴とさせる幻想郷勢の朝食風景。

それに対して、テンションが堕ちきった玉兎軍決起部隊の朝飯は味気ないものだった。

高い栄養価と無期限同然の賞味期限ぐらいしか褒める箇所が無いレーションを、
育ち盛りの若い兵達はもそもそと食んでいた。

だが士官でもないのに、比較的まともな物を口にできた兵がいた。

一人の負傷兵が、ジューシーな果肉を堪能していた。
彼女の親友である玉兎兵が、彼女のために何処からか桃の缶詰を調達してきたのだ。

「おいしい?」
「うん……」

兵士はアルミ製の皿に盛った、一口大より小さめに切った桃をフォークに挿し、
包帯でぐるぐる巻きになった親友の口に運んでやった。

月の医療技術ならば、この負傷兵の怪我など、時間はかかるが完治させることは可能だ。
ただ、それを行なうための機材と医療スタッフは、敵の奇襲で灰になってしまった。

たった一人であらゆる物を炎に包み込んだアルビノの少女。
銃弾を受けて倒れても、直ぐに復活する不死身の少女。
彼女も、あちこちの部隊から報告のあった、アンデッドに分類される妖怪なのだろうか。

誰かが少女を、端的に『化け物』、と呼んだ。
立ち去る間際の彼女は、一瞬泣きそうな顔を見せた。

「ねぇ……」

親友の呼びかけで、物思いに耽っていた兵士は我に返り、
焼け落ちた野戦病院の成れの果てから親友に視線を戻した。

「月に戻ったらさ……」
「うん……」
「また、桃、食べよ。訓練、サボってさ……」
「うん、あなたの怪我が治ったら、ね……」

演習場の側に桃の木があり、そこに実った瑞々しい甘味は若い兵士達の心の支えだった。
いつ教官が来るか耳をおっ立ててビクつきながら食べた桃は、絶品だった。

「今はこれで我慢してね。はい、あ〜ん」
「あーん……」

ぱく……。

「甘くて……、美味しい……」
「良かった……」

片目と口以外は包帯で顔全体を覆われた親友は、桃缶を口にして、確かに微笑んだ。
ピンと真っ直ぐに手入れされた玉兎の誇りである両耳も、
両腕も、両足も、それ以外の部位も、見えない箇所も、
千切れ、爛れ、失われた彼女は、
親友のささやかなもてなしに、心から喜んだ。

「さ、もう一口……」
「……」
「あれ……、寝ちゃった……?」
「……」

涙を締め出した瞼も、
戦場の御馳走を頬張ったままの口も、
二度と開かれない事は、承知しているはずだった。

だが、兵士は、親友が息を引き取った事をどうしても受け入れられなかったのだ。



フォークと皿を持ったまま、どれくらい親友の顔を覗き込んでいただろうか。



「敵襲っ!!」
「幻想郷の妖怪共が大挙して進撃を開始!!」
「総員、戦闘態勢に入れっ!!」

上空に浮かぶ二隻の大型船から、無数のミサイルや砲弾が飛んできて、着弾。
轟音と共に、陣地を乱暴に耕し始めた。

タタタタタタタタッ!!

気の早いヤツが銃を撃ちまくり始めた。

「じゃ、行ってくるね……。桃、ここに置いとくから」

兵士は干からびかけた桃の切れ端が乗った皿を遺体の頭の側に置くと、
銃を持ち、戦端が開かれたと思われる、銃声が一際うるさい場所へ走っていった。

「アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!!」

突撃した玉兎兵の叫びは、爆音にかき消された。





朝食後の長閑な一時。

最前線に似つかわしくない平穏な空気が流れる、幻想郷勢の陣地。
その一角では、仕事に勤しむ一団がいた。

にとり達河童のエンジニアは、鹵獲した玉兎軍の兵器を調べていた。
それらは、天狗軍哨戒部隊の精鋭、武装偵察部隊が手に入れたものだ。
隊長を椛が務めるこの特殊部隊は敵陣から武器をかっぱらってくる他に、
本来の任務である偵察、敵が敷設した罠の無力化、目障りな歩哨や巡回の暗殺、
さらにはブービートラップで若い兵士を悩ませ、士官が怒鳴り散らす発言の内容を暗記したりした。

「ひゅい?」

椛が直接手渡してくれた兵器の取説を読んでいたにとりの足を突く者がいた。
それは、知性とずうずうしさを兼ね備えたような顔をした兎だった。
月の兎ではなく、四足の地球の兎だ。
兎は永遠亭の所属を意味する首輪をしており、そこに手紙がつけてあった。



「なになに……、

 『敵を竹林に追い込まれたし。
  なお、命の保障はいたしかねるので、御味方は決して立ち入らぬよう。

  因幡 てゐ』

 ――ねぇ……」

在野の最強妖怪である幽香が、代表して手紙を読み上げた。

メディスンと彼女の周りに集まっている妖精達が、物珍しげに幽香が持っている手紙を覗き込んだ。
偽の人里で侵略軍の一部隊を全滅させた妖精達は、共に戦った彼女に親近感を覚えたようだ。
幽香はそれを気にしていないようで、実は嬉しそうだという事が丸分かりであったが、
それを指摘する者は、猛者ばかりの作戦志願者達にもいないようだ。

「もうそろそろ、いい頃合じゃないのか」

フランやこいしとトランプでババ抜きに興じていた魔理沙は、
周りをぐるりと見渡してそう言った。

「むきゅ、こちらは十分に休息が取れたわ」

先程、小悪魔と共にやって来たパチュリーは、参謀らしく自軍をそう判断した。

並んで着陸している二隻の聖輦船。
修理と整備、外界の軍艦の武装である50インチ口径速射砲の砲弾やミサイルの補給を終え、
先程、命蓮寺、守矢神社、神霊廟、地霊殿の面々が乗船した。
船内で出撃の合図を待っているのだろう。

開けた場所で、にとりが大勢を前に、鹵獲兵器の説明をしどろもどろになりながら説明している。
銃器の類は電子機器の部分以外は外界の物と大差ないようだ。これならHでも扱える。
いきなり誰かが装甲車のクラクションを鳴らした。
お払い棒で装甲車を突いていた博麗の巫女がビックリして、チンタマケとか言ってのけぞっていた。



幻想郷の勇者達はたっぷりの酒食と休息を取り、心と体と武器の準備は万端整った。

誰かが呼んだわけでもないのに、全員が幽香と魔理沙達のほうを注目していた。



「それじゃ、みんな、いっくよ〜〜〜〜〜っ!!」

「「「「「お〜〜〜〜〜っ!!!!!」」」」」



古明地 こいしの存在感溢れる掛け声を合図に、

迷いの竹林を包囲する侵略軍に、幻想郷から集結した作戦志願者達の総攻撃が開始された。



月からはるばる幻想郷を侵略しにやって来た、独りよがりの正義を振りかざした玉兎の決起部隊。

彼女達に対抗するのは、幻想郷を守るために結集した、防衛作戦の志願者達。
実質的に、幻想郷の実力者の殆どである。



最終決戦、と言うには、あまりにも一方的な蹂躙だった。

二隻の聖輦船の空爆で、玉兎達の構築した申し訳程度の塹壕は埋まり、
偽装の一つもしていないテント村は吹き飛んだ。

破壊工作を免れた戦闘艇が離陸した。

が、白狼天狗の特殊部隊が、彼女達が手に入れた玉兎軍の重機関銃で対空砲火を浴びせかけ、
戦闘艇を面白いくらいに穴だらけにした。

中には骨のある敵兵もいた。
雄たけびを上げながら着剣した突撃銃を撃ち、紅魔館勢に突撃してきた少女兵。

メイド長を控えさせ、日傘をくるくる回しながらレミリアが自陣から歩み出た。
稀に見る敵兵の勇気に敬意を表し、死に至る運命を授ける役をレミリア自らが買って出たのだ。

年若い兵士は、側に落ちていた桃のイラストが描かれた空き缶のように、簡単に捻り潰された。



敵はあっという間に総崩れとなり、竹林の中心、永遠亭に向けて壊走した。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





迷いの竹林。

ゼリードリンクの朝食を済ませ、太い竹に寄りかかり居眠りしている玉兎がいた。

この若い玉兎こそ、軍の総司令官を口説き落とし、名門の綿月姉妹を虜とした、
今回の決起の立役者だった。

もう、永遠亭へ向かう部隊は彼女一人になってしまった。
彼女以外は全員、行方不明になった。

見通しの悪い広大な竹林。
上空は結界か何かの術で偽装がしてあり、飛んで永遠亭に行くことは不可能。
だから、この竹林を徒歩で進むしかなかった。

独りぼっちになった彼女の耳に、爆音が何度も聞こえてきた。
続いて、敵襲を知らせる玉兎通信が脳内に響いた。
断続して飛び込んでくる通信によると、
誰かが使者達に続いて永遠亭に向かうことを提案し、多数がそれに従ったようだ。

玉兎は立ち上がり、自分が歩いてきたほうを見据えた。

しばらくすると、何人かの兵士達がよろよろと歩いてきたので、彼女は駆け寄って出迎えた。

彼女は喜んだ。

手持ちの捨て駒を使い切って困っていたところで、お代わりが手に入ったのだ。

兵士達は彼女の口車に乗って、竹林の奥へ進んでいった。



これで、『道』が分かる。



敗残の玉兎兵達は、ようやく見出した希望にすがって前進を続けた。

一人で彼女達を出迎えた使者の話によると、
八意 永琳と話がつき、撤収用にと永遠亭が保有している宇宙船や『羽衣』が提供されるそうだ。

ようやく月(クニ)に帰れる。

殿(しんがり)を務める、玉兎軍の最後の部隊もまた、
背後からの敵襲に怯え、前方の希望目指し、ひたすら慣れぬ竹林を歩き続けた。

開けた場所が見えてきた。

そこには、地上の兎妖怪の少女が一人で立っていた。

「あなた、永遠亭の娘?」
「ええ、そうよ」
「私達を迎えに来てくれたの?」
「? ……ええ、そうなるわね」

一瞬不思議そうな顔をした少女は、玉兎兵の言葉を肯定した。

「助かったわ、先にこっちに向かったみんなは?」
「今、御案内するウサ」

少女は片手を軽く、ピッと動かした。

ざしゅっ。

ごとり。

「? ――ひっ!?」

玉兎兵が異音のしたほうを向くと、

そこにいた戦友の首が、無かった。

ぶっしゅーーーーーっ。

噴水のように血が吹き上がっている。

周りを見渡すと、他の兵士達も赤い噴水と化していた。

「あっ――、きゃ」

腰を抜かし、転倒しそうになる玉兎。

姿勢が急に変わったことが、結果的に彼女の命を救った。

ざざしゅっ。

「ちっ、しくじったウサ」

妖怪兎の少女――因幡 てゐは舌打ちをした。

そんなてゐを、玉兎は恐ろしげなものを見たかのような表情で、凝視した。
そして、自分は、ひょっとしたら、あのまま死んでいたほうが楽に逝けたのではないかと思った。

玉兎の両肘、両膝から先の手足が、スッパリと切断されていた。

「い、いぎゃあ゛あぁあぁああああああぁああぁぁぁぁっ!?」

今更ながら、痛みと恐ろしさに悲鳴を上げる玉兎の少女兵。

「うるさいわね〜。今、お仲間が一足お先に行った地獄に案内してあげるから」

面倒くさそうにてゐは、側の切り株に無造作に突き刺してある鉈を引っこ抜くと、
それを手に、達磨となった玉兎に向かって歩き出した。

「あ、あ……、あの娘は、もしかして……? い、嫌だあああぁぁぁぁぁぁっ!!」

玉兎はさらに恐怖で顔をゆがめると、傷口が地面に触れるのもいとわずに、
かさかさとゴキブリのような動きでその場を逃げ出した。

思ったよりも早い逃げ足に仰天したてゐは、追いかけようとはしなかった。

この場を離れると、『けしにぐの剣』を振るえないからだ。



てゐは、玉兎軍が攻めてくる前に、迷いの竹林に致死性の罠を張り巡らした。

その中の取って置きが、香霖堂店主の持つ『草薙の剣』の一歩先を行くという意味で名づけた、
『けしにぐの剣』こと、首切りワイヤーである。

強力なワイヤーならアリスやヤマメに手配しても良かったのだが、
彼女達は自分の分で手一杯だったので、別口を当たることにしたのだ。

外界の戦争では乗り物に乗った兵士の首を落とし、高所に張って空飛ぶ乗り物を墜としたと言われる、
通称、首切りワイヤーの存在をてゐは小耳に挟み、
外界の品々を商う変わり者の店主がいるとその筋で有名な香霖堂を訪れ、
目出度くゲットした次第である。



その場を動かずに同胞達の首を刎ねるてゐの姿に、
四肢を失った玉兎は月の都で有名な話を思い出していた。

かつて都に住む玉兎達を恐怖に突き落とした、連続殺兎鬼。

その正体は、幼い玉兎の少女だった。

彼女は、皆から『ボーパルバニー』(首刎ねウサギ)と呼ばれ、怖れられた。

『ボーパルバニー』は穢れた大地――地球に追放処分となったと、巷では囁かれている。

まさか、そんな犯罪者がここにいるなんて!!

言うまでもないが、てゐは生まれも育ちも地球である。
全ては、この玉兎の恐怖と苦痛が生み出した誤解と妄想である。

玉兎は、必死で竹林の中を這い回った。

その結果、落とし穴に嵌った。

この落とし穴は今回仕掛けたものではなく、食料や実験に使用する大型獣を生け捕りにするものだった。
だから、穴の中には汚物を先端に塗った竹やりや、対人地雷は仕掛けられていない。
しかし、長い間放置された結果、中に雨水が溜まり、ヒトの腰の深さまでの泥沼となっていた。

そこに落ちた、四肢の無いパニック状態の玉兎は、無駄に暴れ、溺れた。

「がぼっ……っ、ご、ぼっ!! だ、ずけ、て……がぶぼご……っ!!
 じにだぐ……ないよお、がぼっげはっ!!
 がみ……ざまぁ……ぶっげほっ、おじひをっ!! がぼっ、ごぼっ!!
 ご……、ぼ……、……!! ……」

生憎と、霊夢を初めとする幻想郷の神々は、侵略者に与える慈悲など持ち合わせていないようだ。



DOWN DOWN DOWN.

月の兎は地上のウサギの案内で大穴に落ち、

果たして、ワンダーランドに辿り着けただろうか?



泥濘の中で、水浴びをする猪の物真似を披露した玉兎は、
やがて、顔を泥に付けたまま、静かになった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





ありがとう、みんな。

大儀のために死んでくれて。

私のために死んでくれて。



最後の玉兎兵は、

同胞たちが切り拓いた『血路』をひた走った。



「そろそろ店じまいウサか……?」

たった一人で永遠亭への道を死守しているてゐは、そうひとりごちた。

耳がひくりと動いた。
そう思うのは早計だった。

「まだいるっ!! 一人っ!!」

てゐは手に握ったワイヤーに力を込めた。

ほんの少し引っ張るだけで首切りワイヤーは敵に襲い掛かり、
進入経路は地獄行きのハイウェイとなるのだ。

だが、それはできなかった。

「っ!? は、速い!?」

てゐのウサ耳は、何者かが張り巡らした首切りワイヤーを的確にかいくぐり、
もうすぐ側まで来ていることを感知した。

ワイヤーが見えている!?

実際、見えていた。



極細のワイヤーから滴る、血の雫。
散っていった玉兎兵達の血肉によって、正解の道筋が浮かび上がっていた。



ワイヤーを張りなおしておくべきだった!!

そう思いながら、てゐは最後のデス・トラップを発動させようとして――、

間に合わなかった!!

そいつは、てゐの前に姿を現した。



「!? あ、あんた……」



てゐの言葉を待たず、玉兎兵は彼女の腹に蹴りをお見舞いした。



どっがあああああぁぁぁぁぁっ!!

「っ!!!!!」



てゐの小柄な身体は宙を舞い、数秒後、地面に叩きつけられた。



どすんっ!!

「っっっっっ!!!!! げ、げほっ!! げほぉっ!!」

体の苦痛に苦しみ、咳き込みながらも、てゐは目を凝らし周りを見渡した。

もう、見覚えのあった最後の敵兵士の姿は、この場には無かった。



「痛ぅっ……、後は……、頼んだわよ……」

てゐはその場に蹲り、
最終防衛線を担当する二人を心の中で当てにして、
気を失った。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





目視できないほどの高速で、竹林を縫うように走る影。

永遠亭まであと少し。

そこで、この玉兎兵は襲撃を受けた。



頭と胸を狙ってきた銃撃は、側の竹を蹴って無理に移動方向を変更することで避け、
首と胴を狙ってきた二刀の斬撃は、先程蹴ってへし折った竹を身代わりにして凌いだ。



玉兎兵は動きを止めた。
この二人の妨害者を始末しないことには先に進めないと判断したのだ。



一人は兵士と同じ玉兎であり、正装であるブレザーを着て、地球製の拳銃を兵士に向けていた。
もう一人の女性は緑色のジャンパースカートを着て、長いほうの刀を兵士に向けていた。

二人から武器を向けられた兵士は平然と被っていたヘルメットを取り、投げ捨てた。
兵士は垂れたウサ耳の付いた頭を軽く振ると、二人に負けぬ眼光で睨み返した。



「お久しぶり、鈴仙。綿月様達の元を逃げ出し、逃げ込んだ幻想郷の住み心地はいかが?」

「お久しぶり、レイセン。綿月様達を裏切り、攻め込んだ幻想郷で死ぬ覚悟はできた?」



相対する二人のレイセン。

一人は逃亡者。
逃亡先で月の賢者と貴人に拾われ、今ではそこを安住の地として幸せな家庭を築いた。

一人は革命者。
腐敗した月の都を憂い、軍勢を糾合して決起して、今、その野望は潰えようとしていた。



「ふふっ、言うじゃない、腰抜けの鈴仙。良ければ、そこの剣士様を紹介してくれないかしら?」

鈴仙よりも早く、妖夢が口を開いた。

「お前が幻想郷を攻めようと言い出した者か。
 我が名は魂魄 妖夢。冥界の白玉楼で庭師をしている者だ」

妖夢は鈴仙の左前方に立ち位置を確保していた。
鈴仙が右手に持った拳銃の攻撃を邪魔せず、彼女の守りもできる絶好の場所。

レイセンはニヤリとした。
このガーデナーを自称する剣士、出来るな。

妖夢の大小の刀の構え。
それに彼女の周りを漂っている半霊(オプション)。
飛び掛ることも防御に徹することも可能か。

鈴仙は銃身の細い大型拳銃を片手で構えている。
左手は銃のすぐ側にある。
右手の人差し指は引き金に触れていない。
だが、こちらも直ぐに発砲できるだろうな。

きらり、きらり。

竹林の葉の茂る頭上から差し込む光。
その度に、二人の左手薬指が光った。

ははぁ。

レイセンは、それで察することができた。

「腰抜けに、半人半霊(はんぱもの)。お似合いの夫婦ね、貴方達」

レイセンの挑発に対する、鈴仙と妖夢の返答は淡白なものだった。

「言いたいことはそれだけ? レイセン」
「命が惜しければ投降することをお勧めする。でなければ、死ぬことになる」

安い挑発は駄目、と。

「貴方達こそ、そこをどいて頂戴。
 八意様には是非とも我らを率いてもらい、腐りきった都の貴人共を粛清していただかなければ」

レイセンはなおも言葉を重ねるが、夫婦に退く気など、あるわけが無い。

「師匠がそんな事するわけ無いでしょう」
「数多の同胞の犠牲に成り立った革命に、義などあるわけが無い。あきらめろ」



じゃあ、真っ向勝負だ。



「あくまで邪魔するというのなら……、夫婦揃ってあの世に行ってもらうけれど、いいかしら?」

じりっ。

「死ぬのは、あなたよ」

鈴仙は銃の引き金に指を掛け、左手を右手に添えた。

「では……、参るっ!!」

いきなりの妖夢の神速の踏み込み!!



楼観剣の長い刀身が繰り出す横薙ぎも、
逆手に握り振り上げた白楼剣の一閃も、

誰もいない空間に繰り出されて終わった。



そして、

見えざる者に、妖夢は打ちのめされた。



どかっ!! どすぅっ!! ばきぃっ!! ぐしゃっ!! ぼぐぅっ!!

「きゃ、がっ、はっ、つっ、くっ!?」



どざざざざ〜〜〜〜〜っ。

「妖夢っ!!」

鈴仙は銃を構えたまま、地面を滑ってきて横たわった妖夢の元に走り寄った。

「ぅ……、あ、なた……」

妖夢の顔は腫れあがっていた。
二刀を失った両腕には痣が無数にできており、
上着とブラウスのボタンが弾け飛んで露になった腹部には、拳の跡がくっきりと残っていた。

「あら〜、痛そ〜」
「!!」

鈴仙の隣に、いつの間にかレイセンがおり、ニヤつきながら妖夢を舐めるように見ていた。

「く、この――」

たん、たーんっ!!

鈴仙がすぐさま発砲したが、やはりレイセンの姿は掻き消えた。



ずどむっ!!

「ぶっ!?」

鈴仙の腹に決まった、重い一撃。

拳銃が手から離れ、鈴仙の身体は宙を舞った。



どすっ!! べきっ!! ばしぃっ!! ごぎぃっ!! ぼこぉっ!!

「ぎっ、がっ、はっ、ぎゃ、げっ!?」

地面に叩きつけられるまでの刹那、鈴仙は見えない敵に更なる追い討ちを受けた。

どざざっ。

ボロボロになった鈴仙は、先程妖夢の攻撃が空を切った場所に落下した。

「ぐ……?」

うつ伏せに横たわった鈴仙は、何とか顔を妖夢のほうに向けると、
妖夢がレイセンに頭を踏みにじられているのが見えた。

「や、め……」
「貴女が『狂気の瞳』を持っているように――」

鈴仙の言葉など聞こえないかのように、レイセンは語りだした。

「私も取って置きの能力があるのよ」

レイセンは、足を妖夢の頭から胸に移動させた。

「『幸運の足』よ」



月の兎には、稀に特殊能力を持って生まれる者がいる。

例えば『狂気の瞳』。
この目を持った者は、一睨みで相手の波長を狂わせられる。
鈴仙はこの赤い目のおかげで、『月の使者』への最短コースを歩むことができた。

他には、レイセンが持っている『幸運の足』がある。
この足は、驚異的な瞬発力と持久力、跳躍力を秘めており、
あまりにも速く走るため、走り出すのを見ていた者は走者が消えたと思うだろう。

レイセンはさらに訓練を重ね、その能力に動体視力と格闘術を組み合わせた。
これで敵は一方的に、見えざる手足に打ちのめされることとなった。



左足の太腿をぱんと叩き、レイセンは妖夢のブラジャーをつま先でずり上げた。

「『幸運の足』によって、私は超人的な高速移動と跳躍能力を得ることができた」

露になった、経産婦にもかかわらずピンク色をした妖夢の乳首をつま先で小突きながら、話は続く。

「にもかかわらず、月の者はその能力を理解せず、私をつまらん仕事に就かせた」

妖夢が全身の苦痛で動けないのをいいことに、レイセンは足の裏全体で胸のふくらみを踏みつけた。

「罪人の身代わりの薬搗きなんて、何の生きがいも見出せない仕事にね」

むにむにと妖夢の胸を踏んでいるうちに、勃起した乳首から母乳が滲み出してきた。

「悶々と毎日を過ごしている時、穢れた地にいる八意様の噂を聞いたわ」

母乳と靴の裏の泥を丹念に、妖夢の大きな胸の上で踏んで混ぜるのに夢中のレイセン。

「大枚をはたいて『羽衣』を手に入れ、わざわざ八意様に会いに来たというのに――」

妖夢の鼻血と涙に塗れた顔に、足の裏にこびり付いた泥と母乳のペーストを塗りたくり、
レイセンは暗い愉悦に浸った。

「綿月姉妹に手紙を届けるという口実で、追っ払われたわ」

呻き声一つ上げない妖夢をいたぶるのに飽きたレイセンは、
涙を流しながら睨みつけて話を聞いている鈴仙の元に歩き出した。

「でも、あの名門、綿月に仕えることができたのだから。最初のうちは感謝したわ」

レイセンは、鈴仙の『狂気の瞳』と目を合わせないように背後に回った。

「でも何!? あのだらけた訓練風景は!! 貴女もそれに嫌気がさして逃げ出したんでしょ!!」

レイセンは鈴仙の胸の内など知らずに、勝手にそう結論付けた。

「訓練を指揮していた依姫は良いわよ。強いから。
 なのに、幻想郷の穢れたゴミ共がオンボロロケットに乗って攻めてきた時――」

どかっ!!

「ぐえっ!!」

レイセンは、鈴仙の背中を思い切り踏みつけた。

「連中を!! 生かして返すなんて愚挙を犯すなんて!! 信じられない!!」

どかっ!! どかっ!! どかっ!!

「ぐっ!! く……っ!! ……っ!!」

歯を食いしばり、レイセンの攻めに耐える鈴仙。

「だが、私が政を行なえば、もう舐めた真似はさせない!!
 八意 ××も、不肖の弟子の首を見れば考えが変わるでしょう!!」

地上の者には発音できない永琳の本名を言いながら、レイセンは懐から機関拳銃を取り出した。



「じゃ、さよなら。そして、奥さんと地獄に行ってらっしゃい。地上の愚かな鈴仙」



銃声。



あれ?

まだ私、銃のセーフティー、解除してないよ?

それに、背中が、痛い。



レイセンは、銃声のした背後を振り返った。



硝煙の匂いが漂ってきた。

銃口から煙を立ち上らせた、モーゼル・ミリタリー。

妖夢は腫れた瞼を無理に開き、両手で拳銃を握っていた。



がちゃ、かちゃ。



レイセンの背後から、金属が触れる音。

レイセンは、金属音のした背後を振り返った。



どすぅっ!!



鉄錆の味がこみ上げてきた。

腹につき立てられた、白楼剣。

鈴仙は、二刀を回収して潜んでいた半霊から受け取った小刀を、さらに押し込んだ。



ぐぐっ。

「がはっ!!」

鈴仙の髪もウサ耳も、レイセンの吐血に染まっていった。



ぼとっ。

レイセンの手から銃が落ちた。
鈴仙は白楼剣から手を離した。



「あ゛……、あぁ……」

ふらつきながらも立っているレイセンは、腹に刺さったままの白楼剣に手を伸ばそうとした。
それは、とても緩慢な動きだった。



鈴仙は、半霊から今度は楼観剣を受け取った。

両手で漆塗りの柄を握り締め――、



「ああぁあああああああああぁああああぁぁぁあああああっっっっっ!!!!!」



ぶんっっっっっ!!!!!



ざしゅうっっっっっ!!!!!



長い長い刀身は狙い過たず、

レイセンの首を、一撃で刎ねた。










永遠亭からは因幡の戦闘員を率いた永琳と輝夜が、

竹林の外からは罠を解除したてゐと妹紅を先頭にした幻想郷の勇者達が、

続々と鈴仙と妖夢のいる場所に集まってきた。



全て終わった。

それを実感した鈴仙と妖夢は、

握り締めたままの伴侶の武器から、

ようやく手を離した。





幻想郷にいる者達がやるべき事は、

全て終わった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





月の都。

軍の大本営。

最高責任者である、月面防衛軍司令官の執務室。



綿月姉妹と霊夢がその部屋の重厚な扉を前にした時、

中から銃声が聞こえた。





「ようやく、終わったわね」
「司令官の自決により、此度の『反乱』はおしまい」
「……」


綿月姉妹の屋敷。

綿月姉妹と霊夢は、姉妹が軟禁されていた部屋で、
霊夢が文に届けさせた地上の酒を飲んでいた。
この部屋と、トイレの個室にあった死体は、既に片付けられている。

さっぱりした表情と声で、騒乱事件の終結を宣言する綿月姉妹に対し、
霊夢は無言だった。

「どうしたの、霊夢?」
「幻想郷にも平和が訪れたのですよ。守護神として嬉しくないのですか?」

依姫と豊姫の問いかけに、霊夢は質問で返した。

「ちょっと聞くけど――」
「何?」「ん?」



「あんた達、『何時から』今回の件を知ってたのかしら?」



「と、いうと?」
「今回の決起の首謀者、あんたんとこのウサギだったそうじゃない。
 どうして気付かなかったのかしら?」

無表情になった依姫に対し、豊姫は見かけだけの笑顔を浮かべた。

「気付かなかったばかりに、飼いウサギに手を噛まれてしまいましたわ。
 いや、お恥ずかしいですわ」



「本当に恥ずかしいのは、
 気付いていながら彼女達を泳がせ、
 事を起こさせた上で、明白になった不穏分子を一掃しようとした、
 あんた達姉妹の捻じ曲がった性根じゃないの?」



霊夢の一言で、

場が、凍りついた。



「……っ」
「あらあら……。霊夢、証拠も無いのにヒトを誹謗するものではないわよ」

無言の依姫に、飄々とした態度で口を開く豊姫。

「私、月に入る時にね、軍艦を見たの。もっとゴツいヤツを」
「そう? 反乱で動けなかったのね」
「私が見たのは、月の結界の『外』でよ」
「じゃあ、航海中だったのね」
「小惑星の影に潜んでたわよ。たくさんの艦が。かくれんぼのつもり?」
「霊夢、貴女、結界が開く瞬間に都に侵入したんじゃなくて?」
「ああ、その前にちょくちょく下見に来てたのよ。以前来たときは外なんか見る余裕無かったし」
「ふぅん……。私には分かりかねますわ」

霊夢と豊姫のやり取りは、和やかなおしゃべりとは程遠い、殺伐としたものだった。

「それに、あんた達を解放した時、最寄の軍の駐屯地に向かえって言ったわよね」
「ええ……」

今度は依姫が答えた。

「何で、敵軍が周りにひしめいている場所に向かおうなんて言ったの?」
「敵は烏合の衆。簡単に蹴散らせると思ったから……」
「それは結果論でしょう。あんた達に何かあったらどうするの?
 普通は外部から事前に駐屯地に連絡するもんでしょうが?」
「それは……」

ここで、豊姫が助け舟を出した。

「一刻も早く、皆に私たちが無事なことを知らせたくて、つい無茶をしてしまいましたの。
 ね、依姫」
「……ええ、お姉様」

むっつりと返事を返す依姫。

霊夢は、質問をここまでにした。


霊夢は、今度は幻想郷が被った迷惑について問い質す事にした。

「理由はどうであれ、あんた達のおかげで幻想郷が大変なことになってしまったのだけど」
「『幻想郷は全てを受け入れる』のではなくて?」

豊姫は、霊夢の良人、紫の座右の銘を口にした。

「ええ、受け入れるわよ」
「なら良いじゃないですか」



「ただ――」



霊夢は席から立ち上がった。

綿月姉妹も立ち上がった。
ただ、霊夢と違い、
豊姫は扇子を、依姫は刀を手にしていた。



霊夢は、綿月姉妹に『背後から』抱きついた。

二人の頭の間に自分の頭を割り込ませ、
二人の首に腕を絡ませた親愛の行為。

豊姫と依姫は、何時、霊夢が動いたのか分からなかった。
そして、二人は一切の抵抗ができないことを悟った。



「――命の保障まではしないわ」

霊夢は綿月姉妹と同じく前を見たまま、二人に絡ませた腕に軽く力を込めた。

「幻想郷に来るのは勝手だけれど、生きていくのは自分自身の力で、ね。
 ほら、ウチは弱肉強食の穢れた世界ですから。お嬢様方」

「ひ……」

霊夢の右手が、豊姫の胸を撫でた。

「ふっ!!」

霊夢の唇が、依姫の耳に触れた。



「あんた達が今度、永遠亭に遊びに来る時、
 幻想郷に受け入れられる事が、いかに残酷なことか、たっぷり教えてあげるわね」



そういって霊夢は綿月姉妹から離れ、

おもむろに、テーブルを蹴り倒した。



砕け散る杯。

転がる空き瓶。

テーブルは見事にひっくり返り、

裏面に固定された武器をさらけ出した。

綿月姉妹愛用の扇子と刀、それに短機関銃と銃身を切り詰めた散弾銃が綺麗に隠してあった。



綿月姉妹は予備の武器を、予め手元に隠していたのだ。

見張りの玉兎と文が姉妹の側に酒を持っていった時に嫌な顔をしたのは、
これらを発見されることを怖れたからだろう。



もし、今回の決起を幻想郷側が察知できなかった場合、
綿月姉妹は自力で屋敷を脱出するつもりだったのだろう。

そして、幻想郷を占領した決起部隊の艦隊は、
月の『外』に秘匿しておいた、巡洋艦など目じゃない、戦艦を擁した強力な艦隊で、
幻想郷ごと壊滅させるつもりだったのだろう。

永琳と輝夜は蓬莱人だから、手荒なことをしても死ぬことは無い。
これは、賊軍を躊躇無く撃ち滅ぼせることを意味した。
ゴミ虫同然の幻想郷の住民など、助けるべき対象とは最初から思っていなかった。



ここは一つ、日頃から地上を見下しているきらいがある綿月姉妹に『教育』を施しておく必要があった。



「あら? 二人とも疲れた? 今日はもう休んだら?」

霊夢は、呆然としている綿月姉妹を気遣った。

「寝室を『模様替え』しておいてあげたから、ぐっすり眠れるわよ」

まだぼ〜っとしている。
最後の台詞は聞こえただろうか。



霊夢は、ヒトを恐怖させることを存在意義とする妖怪のギラついた笑みを浮かべ、

綿月の屋敷から、

月の都から、

姿を消した。










夜。

綿月姉妹の悲鳴が屋敷に木霊した。



駆けつけた警備兵が見たものは、

屋敷の外を警備していて『神隠し』にあった、

決起部隊の兵士達の体積に相当する血肉に彩られた、

寝室だった。



兵士の一人は、豊姫と同じように、へたり込んで失禁した。

別な兵士は、依姫と同じように、四つんばいになって嘔吐した。





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姫海棠 はたては『作戦』の間、茨華仙の道場で、彼女の取材をしていた。

思いつきの新連載、『書の世界』の執筆のため、彼女が習字をしている様子を見に来たのだ。

大量の墨と半紙が消費された。
紙に書かれた内容は全て同じ。

『○』が大きすぎず、小さすぎず、丁度良い大きさで、半紙の真ん中に書かれていた。

失敗した。

この新連載、二回目は無い。

はたては、丸い窓から侵略軍の宇宙巡洋艦が撃沈される様子を見ながらそう思った。



今、はたては迷いの竹林前の前に来ていた。

約一日前は、幻想郷を守るために結集した作戦志願者達の陣があった場所だ。



今は、幻想郷中の料理が屋台形式で供される、大宴会場と化していた。

そこかしこで、幻想郷で絶対的な権力を持った勢力が、
古今東西、和洋中何でもござれの料理を拵えていた。

料理だけじゃない。
様々な種類の酒が、温められ、冷やされ、或いは常温で出され、
様々な種族の酒好き達に、湯水の如く消費されていった。

ちゃんと酒が苦手な子供やマイノリティのために、お茶やジュース、コーヒーやコーラを、
お菓子と共に提供してくれる屋台が少なからずあった。

あ、お汁粉と甘酒の屋台に、今回の騒動の発端となった玉兎親子の姿があった。

女医と剣士の二人に挟まれて、人霊兎の比率が1:1:2の女の子がはしゃいでいた。

はたては鈴仙達に声を掛けようとして、止めた。

一家団欒を邪魔するようで、気が引けたのだ。
同業者の文なら、ずけずけと割って入るような真似をするかもしれないが。

「私だってそんな無粋はしませんよ」
「げっ!! あ、文!?」

今回の『作戦』では博麗神や地霊殿の手伝いをしたとか。
文は腕に、はたてと同様に『取材中』の腕章をつけているから、
記者としてここに来ているのだろう。

「な、何か用っ!!」

はたては知らず知らずのうちにぶっきらぼうに応対してしまった。

「あややや、記者がそんな態度では、取材対象の機嫌を損ねますよ」
「うるさいっ!!」

やっぱり、けんか腰になる、はたてであった。

「あや〜、で、実はこの後、皆で記念写真を撮ることになりまして……」
「へ〜」
「で、この広大な宴会場に写真を撮ることを触れ回ってるのですが、
 なかなかヒトが集まらなくて、弱っているのですよ。
 宴会前は、みんなして写真に写りたいと言っていたのに……」

文が珍しくしょげた様子を見せた。

が――、

「――!! あ、霊夢様〜〜〜〜〜っ!! ちょっと良いですか〜〜〜〜〜っ!!
 今回は人間の頃よりも月からのお帰りが早かったですが、やはり、神になった事と関係が!?」

文はあっという間に、紫と腕を組み、藍と橙を従えた霊夢の元へ走っていってしまった。



はぁ……。

はたてはため息をついた。

文、今からあんなに走り回って、記念写真の時、へばるんじゃないか?

「チルノちゃんっ!! こっちこっち!! 記念写真撮るって!!」
「大ちゃん、待ってよ〜!!」

妖精が二人、文が言っていた撮影場所に走っていった。

よくよく見ると、ヒトの流れがみんな一所に集まりつつあった。



文、大丈夫かな?

これだけの人数、一枚の写真に納まるのだろうか?

それに、全員に写真が行き渡らないと、暴動が起きるぞ。



とりあえず、はたては携帯のカメラを、勝利の宴を楽しむ各陣営に向けた。










悪魔姉妹がメイド長に泣きつき、門番をどついていた。
亡霊姫が人妻剣士とその娘をからかっていた。
鬼の少女が良く呑み良く食べていた。
名医と彼女の弟子が医学的な会話をしている横で、姫と寺子屋教師の恋人が殺し合いをしていた。
閻魔様のありがたいお説教を死神が一杯飲りながら拝聴していた。
幻想郷最速のブンヤが記念写真希望者が予想をはるかに上回ったことに青ざめた。
天地人の神々が、人里の風祝や宮司と共に奇跡という名の大道芸を披露して、好評を博した。
天人が珍しい料理を頬張り、食べかすとソースに塗れた口元を竜宮の使いが拭いてやった。
ペットの猫と鴉が酒と料理に舌鼓を打ち、覚りは温かな心を読み、その妹は暖かな空気を堪能した。
僧侶と弟子達は、まるで家族のようにはしゃぎながら料理をつまんでいた。
誰が持ってきたのか、宴会場に巨大な人型アドバルーンが聳え立っていた。
携帯電話を持ったほうのブンヤは一人静かにお茶を飲みながら、画像データのチェックを行なった。
氷精は光の三妖精とカキ氷の早食いに挑戦して、四人とも頭がキーンッとなった。
神霊の聖人は、配下の尸解仙がキョンシーに負けぬ食欲を見せるのを困り顔で見つめていた。
片腕有角の仙人は、ここでも楽園の素敵な巫女に説教をしていた。



黒白のエプロンドレスを纏った、普通の大魔法使いは、
妻である七色の魔法使いと共に、
七曜の魔法使いと超妖怪弾頭のペアと弾幕ごっこに勤しんでいた。



楽園の管理人と、

楽園の守護神は、

配下の式神を始め、

幻想郷中の人妖が見守るなか、

今回もまた、熱い口付けを交わし、

今回は前回以上に、野次馬達が囃し立てた。










幻想郷に住む、全ての生きとし生ける物へ報告いたします。



幻想郷は、今日も平和です。




 
前回の投稿から膨大な時間をかけて、ようやく作者の煩悩の塊のような作品が出来上がりました。

無駄に長編となりましたが、お暇なら、読んでいってください。



*補足

玉兎兵は、基本的に鈴仙と同じブレザーにスカート姿で、その上から装具を身につけます。


2011年12月31日:皆様のたくさんのコメントに対して感謝の気持ちを込めて返答を追加します。

匿名の5人の方、評価を有難うございました。

>ギョウヘルインニ様
有難うございます。
貴方のお気持ちはコメントにたっぷり篭っていますから、これで十分。

>2様
色々と個人的なごたごたがあった中、何とか書き上げました。
有難うございます。

>4様
妖夢が夫で鈴仙が妻、と。
堅物な亭主とお色気たっぷりのバニーさん妻……。
いいかも……。

>5様
睡眠時間を削ってまで読んでいただいて、有難うございます。そして、本当に申し訳ありません。
私も同じ苦しみを書いているときに味わいました。

レティは種族が『雪女』の妖怪だという説もありますが、今回のお話では儚げな精霊としました。

>7様
本当に、私の趣味丸出しな自己満足に走った作品でしたが、本当に、本当に、有難うございます。

玉兎の決起部隊があんななのは、ひとえに第二次月面戦争(儚月抄のヤツ)で、
依姫が主人公'sと紅魔の主従コンビに大勝ちしすぎた事と、
豊姫が幻想郷の管理人である妖怪の賢者を跪かせて詫びを入れさせた事が大きいですね。

幻想郷の連中、怖るるに足らずってね。

だから、彼女達は修学旅行気分で幻想郷に向かい、あの体たらく。

綿月姉妹を悪役にするのは、執筆作業が終盤に入ったあたりで思いつきました。
ペットに謀反を許すほど甘い性格じゃないと思ったので。
ついでに、かつて良人を辱めた姉妹を霊夢にシメさせてやりたいとの親心もありますが。

>8様
はい、老兵達は軍事衛星の擬人化表現です。
忘れられた彼らは、半ば妖怪化しています。
でも、幻想郷に来たら、年端の行かぬ美少女になるんだろうな……。

>木質様
今作は、普段の産廃では霊夢や魔理沙あたりにしている各勢力の鬼畜の所業を、
幻想郷の敵に対して行なったらどうなるか、ということを考えて書き始めました。
で、出来上がったらスペクタクルなお話になってしまいました。

女学生同然の若き玉兎の少女兵が蹂躙される様を堪能されたようで、嬉しい限りです。
いかにもな、老魔女と化した魔理沙も好評なようで。
ちなみに老魔理沙の口調は、若い魔理沙の『だぜ』口調と同様に作っている、
という設定が脳内にあります。

>13様
偶然、神霊廟の自機キャラ全員が既婚となりました。
紫と霊夢の子供、ねぇ……。
さぞや『いい』性格になることだろうねぇ。

>んh様
東方はずいぶんとキャラが増えたので、出演させるのに苦労しました。
これでも全員ではないと思いますけれどね。
飲食物のレシピは適当ですが、その時私が食べたいものだったのでしょうねぇ……。
桃缶は、病人と負傷兵のお見舞いとしては定番です。

>17様
各勢力に玉兎軍決起部隊をどう対戦させようか、考えるのに苦労しました。
老いた魔理沙と若いままのアリスを、お婆ちゃん孝行とは違う、
恋愛感情の表現は、難しいですね……。
昔、SS会員だったアリスソフトのゲームでは、よくこのシチュはあったのですが……。

>18様
勇儀姐さんの名前は修正しました。御指摘ありがとうございました。

まさかの首チョンパ・フリークですか!!
クリティカル・ヒットといえば、首を刎ねた!! ですよね〜。

幻想郷では、ヒトを穢れた民呼ばわりする月の侵略軍は憎悪の対象でしかありませんから、
殺しに趣向を凝らしました。
ちなみに生きて捕虜になった兵士達はちゃんと丁重に扱われ、月に生きて送り返されました。

皆さんの反応を見ると、綿月姉妹はやっぱり悪役にして正解だったようですね。

>19様
私だって最初は綿月姉妹を良い役にしようと思ったのですが、
話の都合上、及び作者の独断と偏見で、ヒールをやってもらいました。

>20様
今回の話では、侵略軍が一致団結した幻想郷の精鋭によって、
痛快に虐殺される様を書きました。

今回の『戦争』(宣戦布告してないから『事変』かな?)では、
多数の妖精が『一回休み』になり、天狗や河童、さとりのペットに死傷者が出ましたが、
壊滅状態の侵略軍に比べればはるかに少ないです。
その辺の描写を書けばよかったですね。


2012年2月25日:コメントに対する返答追加。

>ラビィ・ソー様
すっかりぐしょ濡れですから、膣内まで丹念にお願いしますね。

>灰々様
食う事と殺る事は大好きですから。
あの方々の作品はいつも楽しませていただきますから、ほんの感謝の気持ちです。

>23様
基本的に、私の書く幻想郷では異種族同棲カップルは普通に登場します。
私はワルもんが無様にぶち殺されるシチュが好きでして、夢中になって書いたらこんなんなってしまいました。
例えが分からなかったのでWikiで調べてみました。過去にそんなことが……。

ちょうど私事で色々ありまして、ネタは頭の中にあったのですが、なかなか執筆時間が取れませんでした。
ようやく落ち着いて夢中になって書きまくったら、ちょっと熱くなってしまったようです……。
暇な時にサクッと読める作品を心がけていますので、そう言っていただけて光栄です。

レイセン2号の三流のする事も堪能していただけたようで。

う〜ん、どうせだったら、幽閉されている嫦娥を担ぎ出すとかすれば良かったかな……。
でも、そのネタは同人誌で既出だったからな〜。

貴重なご意見と感想、ありがとうございました。
NutsIn先任曹長
http://twitter.com/#!/McpoNutsin
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2011/12/04 07:43:09
更新日時:
2012/02/25 20:04:44
評価:
14/24
POINT:
1450
Rate:
14.75
分類
数十年後の幻想郷
うどんみょん夫婦
ゆかれいむ夫婦
にとりと椛はプラトニックな関係
幻想郷勢力vs玉兎軍
綿月姉妹
作者の趣味丸出し
高名な産廃作家へのリスペクト
長編
2012/2/25にコメントの返答追加
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 150点 匿名評価 投稿数: 5
1. 100 ギョウヘルインニ ■2011/12/04 18:11:56
  とても、すばらしい作品でした。


 いつも、長文でコメントしてもらっているにもかかわらず短いコメントですみません。
2. 100 名無し ■2011/12/04 20:36:43
長い沈黙を打ち破って力作を引っ提げてきましたね〜
各勢力の一方的な蹂躙や爺ちゃん達の決死の作戦そして各カップルのお互いの愛情や絆の強さ
また所々に織り込まれたSS作者への敬意。それら一つ一つに非の打ちどころのない素晴らしい大作でした。
4. フリーレス 名無し ■2011/12/04 23:04:51
個人的に鈴仙の方が妻だったら良かった
5. フリーレス 名無し ■2011/12/05 01:02:42
くそ、寝る前に読むんじゃなかった。睡眠時間がががががwwww
面白かったですよ!

ps.気になった事が、レティって精霊でしたっけ?妖怪じゃ……長い時間で変わったのかな。
6. 100 名無し ■2011/12/05 01:03:31
5です。点数入れ忘れ。
7. 100 名無し ■2011/12/05 15:51:18
大作頂きました。
展開が熱いし、徹底的に練り込んでいるので、ぶっ続けで読んでしまった。

玉兎、もう少し考えようよ。
作戦というには色んな要素無視してるし、規模が半端に大きいから取り返しがつかないし。所詮は、名無し兎か……。
あと綿月姉妹も。
いざとなれば幻想郷もろとも殲滅するけど、輝夜と永琳は無事。……この二人は絶対良い顔しないと思うけど。儚月抄みたいな「自業自得」とはわけが違うのに。
8. フリーレス 名無し ■2011/12/05 15:53:08
あとそうだ、中盤の老兵達はなんだったんでしょうか。
人間にしては、ちょくちょく不自然だし。放置されていた軍事衛星の擬人表現?
10. 100 木質 ■2011/12/05 22:41:51
各陣営の個性や長所が活きた防衛戦争。堪能させていただきました。
可愛い玉兎たちが蹂躙される様の連続に胸が踊りっぱなしです。
前半の老魔理沙がすごく良い味を出しており、非常に印象に残っています。

あまり兵器とかの名称に詳しくないので、単語を一つ一つ調べながら読みました。
なので今、非常に心地よい読了感を感じてます。そして勉強になりました。

オールスター登場の大長編。お疲れ様です。
たくさん楽しませていただきました。
13. フリーレス 名無し ■2011/12/08 21:23:44
俺得なカップルが多くてニヤニヤしながら読ませていただきました
奥さま妖夢が美人でもう・・・ふぅ
いろんな夫妻(婦妻?)の子供たちが見れてこれまたニヤニヤしてしまいました
こんだけいるならゆかれいむの娘もみたかったなぁ・・・
いい作品をありがとうございます!次回も楽しみに待っています!
14. 100 んh ■2011/12/09 00:35:10
やったあ皆出てる! というアホな感動とともに読みました。オールスター物はやっぱり楽しい
神霊廟組がしっかり活躍してて嬉しかったです。
あと食べ物の描写が、とってもいいなあと思いました。それこそステーキから桃缶まで
15. 100 名無し ■2011/12/09 01:15:29
13
入れ忘れた・・・すみません
17. 80 名無し ■2011/12/11 12:28:17
ボリュームたっぷりなのにサクサク読めて素晴らしかったです!
これだけの数の登場人物なのに皆に見せ場があるなんてステキ

僭越ながらひとつ言わせて頂くなら、老いた魔理沙と年を取らないアリスというよくあるネタを、どれ程「ありがち」で終わらせずに「王道」へ昇華させるかという点でしょうか。
18. 100 名無し ■2011/12/11 20:00:37
曹長氏の新作、首を長くしてお待ちしておりました…まさかの約300kb、流石ですw
言いたい事は他の方々がだいたい書かれているので自分的な感想を
(あと、勇儀姐さんの字が「義」になっちゃってるのが勿体ないかな…)

首無し死体が大好物な俺にはビビっときました(笑
てゐの活躍シーンもさる事ながらミミックのトコとかもう素敵過ぎてたまりません
他にも串刺しからショック死まで豊富なバリエーション、贅沢としか褒める言葉が出てこないです
そして産廃だからこそ言える、綿月姉妹にはやはりバッドエンドが似合う!
本当にごちそうさまでした
19. 50 名無し ■2011/12/12 17:04:05
なんつうかやっぱ綿月っつうか月はこういう扱いなんすねー。そそわ、夜伽、産廃。
どこにいっても扱いがまるでぶれない姿を見るたびに「やっぱこいつらワーストオブ東方キャラと全界隈に認識されてるんだなあ」、とある種の感慨を抱くのです。
20. 80 名無し ■2011/12/19 23:59:11
時間が……
貴方のグッドエンドストーリーは好きなのですが、大兵力で攻め込んだ侵略軍に対し
幻想郷側が犠牲無しなのが腑に落ちませんでした。
21. 100 ラビィ・ソー ■2012/01/03 18:43:08
こがさちゃんのおまんこぺろぺろ
22. 100 灰々 ■2012/01/24 21:39:47
今更ながら、読ませて頂きました。
幸せを噛み締めるような食事シーンと、凄惨な戦闘描写の対比が印象的でした。
あと、間間に入るぐうさんやマミヤさんリスペクトで吹きました。
23. 90 名無し ■2012/02/07 00:32:01
初っ端からの霊夢と紫が夫婦ってので、産廃に居る癖に常識に捕らわれている自分は「同性夫婦かぁ…」と引いてしまって放置していました。
読んでいて兎が馬鹿で弱いし杜撰、逆に霊夢は神になってて無双だし逆メアリースーというかなんだこりゃと思ってましたが、最後まで読んで後書等を読んで「ああ、何時も通りの産廃的なSSで、規模と容量が大きくて、被害者が幻想郷のキャラでなく月側、そして加害者が村人などじゃなく幻想郷キャラなだけか」と納得しました。
虐殺系として読むには楽しいですが、戦術系として読むには一方的過ぎて(霊夢神パワーで何でもあり過ぎて)ドキドキも波乱も感じませんでした。
昔の2chのしぃ虐スレで、しぃが武器持って調子こいてモララー等に瞬殺される定番ストーリーの様な安定感、と言って通じますでしょうか。例えが古いかな。

しかし書きも書いたり300kb!凄まじいですね改めて。
上では好き放題言いましたが、とは言え300kbあって読むのが苦では無かった時点で自分は楽しんでいたんだと思います。
所々の他作者ネタや老婆魔理沙、軍事衛星、桃缶辺りのシーンは大好きです。
レイセン戦も好きですが「獲物を前に舌なめずり(ry」と言わざるを得ないぜレイセンちゃん。
もっと月側にキャラが原作で多く居れば、また違ったものが書けたんだろうなぁと感じます。
24. フリーレス 名無し ■2018/01/14 15:28:40
少数の二軍相手の短期戦だから奇策で幻想郷が勝ったけど、一軍相手の長期戦なら緒戦は勝っても結局は負け・・・

・・・なかったかもしれんね。だってトップがちょっとスプラッタ的に脅されたくらいでへたれる姉妹だもん
精神力が豆腐すぎて戦争にはとてもじゃないが耐えられない
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