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『失恋フルコース』 作者: 麻宮ミヤネ

失恋フルコース

作品集: 2 投稿日時: 2012/01/08 15:05:31 更新日時: 2012/01/09 04:31:32 評価: 7/12 POINT: 780 Rate: 12.38
 私、お兄ちゃんのことが大好きっ!
 お兄ちゃん、大好きだよっ! 好きっ! 好きっ! こいし、お兄ちゃんのことが大好きでたまらないのっ! 世界で、宇宙で、存在の中で一番愛してるよっ!
 恋って最高! 愛って最高! 相手のことを考えるだけで胸の中がポカポカするの! 生きてるって感覚が直に味わえるの! 理屈じゃないことって、きっと恋愛のことをいうんだと思う! 恋愛、結婚、出産! 幸せの三歩、足音が聞こえてきそうだよね!
 あふれんばかりの想いは衝動的で! 初期衝動に身をゆだねてもいいじゃない! こいし、妹だけどお姉ちゃんが好き! お兄ちゃんが好き! 好きって感情にルールなんてない! みんながみんな好きになれば、好きでこの世がいっぱいになれば何にも問題ないのに! 理性なんてクソくらえだよ! 理性の裏側に本能ってあるし! 恋愛のいろはってきっとそこにあるんじゃないかなぁ!
 想いよ届け、なんて言葉があるけどさ! 想いが届くってことは愛の究極形態なのかもなんだから、みんなの想いが他の人に伝わって、心のドアを開かせたら! それはそれは素敵なことだと! こいしは断言したいの! ああああっ! 愛してるっ! 愛してるっ! 愛の、心から湧き上がってくる愛の、このエネルギーは! マグマ以上に湧き上がってくるこの愛は! お兄ちゃんに伝わればいいのに! 受け入れてもらえればいいのに!
 だってこいし、お兄ちゃんのことしか見えないから! 閉じた瞳が何を考えてるのか? なんて愚問は愚問以上でも愚問以下でもないんだよ! 真っ暗な世界にはお兄ちゃんという灯りが照らされてるから! そういう景色が見えてると、私は歓喜しちゃって叫びたくなるの! ああああっ、好きぃいぃぃいっ! とめどない好きがとめどなく好きでとめどなさすぎてドロドロぉおぉっっっ! お兄ちゃんのことしか見えないし考えられないの! 思考を邪魔されて、生きにくいってわかってるけど、でもこれが幸福すぎてたまらないのっ! お兄ちゃんへの愛だけが私を生かすの! 生きてるって最高! 最高っ! 最高だよぉぉおぉっ! 本当にね!
 こいし、お兄ちゃんが好きで好きで仕方無いの! 止められない! 恋愛って理屈じゃないから、心のコップから感情があふれたらもう押して押して暴走して壊れちゃいそうになるの! それはお兄ちゃんが一番よくわかってるよね、きっと! 男の人の恋愛は情熱的かつ奥手で繊細だけど下心だってあるもの! 人それぞれ? 違うよ! 種族としての常識! 本能! 押さえきれない感情! 無意識の、深層心理のたまものだから! こいしは……こいしは……お兄ちゃんが、大好きぃっ!













「――これが理想で」












「――こっちが現実」














《たぐいまれなる妄想から目が覚めたら、目の前に広がるのは絶望でした》


 ……な〜んて。
 中学二年生みたいな、邪気眼発動してるって感じの言葉だけど。これってその通りだと思うなぁ。忌み嫌われた私、嫌われたお兄ちゃん。恋愛なんて妄想から解き放たれて残ったモノは何?
 私は眼を瞑るしかなかった。じゃあお兄ちゃんは? どうしたの? どうしたかったの? 時間だけは残酷で有限だから待ってくれないよ? 何がしたかったの?
 正気に戻って、取り残されて。結局一生癒えない傷を負って。失恋って辛いよね。失恋に限らず信じてたものに裏切られるのは辛いよね。死ぬより辛い。私にはその痛み、痛い痛い痛いがわかるよ。月並みな言葉しかかけてあげられないけど。泣きたくても泣けない。お兄ちゃんも瞳を閉じてしまえば? ……嗚呼、人間はそれが出来ないんだよね。
 さっき私が「大好き」って言ったとき、お兄ちゃんはどんな気持ちになった? 嬉しかった? 嬉しかったらこいしも嬉しいけど……それって理想論だよね。理想。こんなうまく事が進むわけないんだよ。自分だけはって思うかもしれないけど、自分だけはだからこそ失恋することも裏切られることも叱咤されることもあるんだよ。自分だけは、不幸。これが正しいよ。ま、人間なんてみんな不幸だけど。妖怪だって地上で活躍してるのもいれば地下でぼっちなヤツもいるし。
 だいたいさ、恋愛にいつまで幻想抱いてるの? そんな考えだからいつまでたっても思考回路が童貞っぽいんだよ? こいし、ほとほと呆れちゃうなぁ。とぉ〜っても気持ち悪いと思う。そういうの本当に気持ち悪い。お兄ちゃん、キモい。
 キモい。キモい。汚い。汚い。汚い。汚らわしい。気持ち悪い。醜い。醜い。汚らわしい。汚い。汚い。キモい。無理。無理。無理。無理無理無理。本当に、無理。
 想い人を幸せにするために自分のエゴを押しつけてるだけなんじゃないの? 失うのが怖いからって幸せを大義名分にしてるんじゃないの? 相手の幸せを考えるだけが正しいことなの? 奉仕の心って立派だよね。でも、奉仕の心で飯は食えないっていうか。そんな心、犬にでも食べさせておけばいいのに。だから、無理。ないよ、ない。こいしの目が閉じててもそれだけは見えるもの。お兄ちゃんって、心の底の底から、ない。ないよ。
 自分を哀れんで、それで救われると思ったら大間違いだから。哀れで憐れなのはお兄ちゃんじゃなくて、相手。私。好かれちゃった側。お兄ちゃんがいなかったら、存在しなかったら解決する話じゃない。死ねば? 死ねよ。死ね。存在するな。死ね。お前なんか死んじゃえ。正直「死ね」って言葉を発するエネルギーすら勿体ない。
 無意識に相手のことを考えることって恋の楽しみの一つだよね。それはわかるよ。でも、無意識に考えるほど根強いモノこそ失ったら辛いじゃない。失ったんでしょう? 失ったんでしょう? それだったら辛いことを自覚しなきゃ。強がりで自分を正当化してるんじゃないの? お兄ちゃんは辛いんだよ。きっと、とか過程の領域じゃなくて。辛い。私も辛いよ。お兄ちゃんが辛いとこいしも辛い。だってこいしは無意識のあなたなんだから。辛いよ……。
 相手に優しくしたところで、それが必ず帰ってくるなんて思っちゃダメ。相手に優しくしたところで笑われてるか、笑われてるか、笑われてるか、重いって言われてるよ。重いんだよ。今までは笑われてたけど、これからは重いんだよ。その想いが重いんだよ。こっちの期待の数値を相手が満たしてくれることは極希なことで。重すぎる想いは相手を苦しめるだけ。何が幸せ。何が嬉しい。馬鹿。お兄ちゃんは本当の馬鹿。馬鹿なんだよ?
 こんなに私たちが苦しんでるのに、相手が幸せそうに、のうのうと生きてるって思うのはどんな気持ち? こいしは憎いよ。幸せそうな奴らが憎い。憎い。殺してやる。でもね、出来ないの。自分のことで出来る範囲って自分のことでしか回らないから。幸せそうな奴らが憎いって思っても、想い人がのうのうと生きてても、結局こっちの都合なんて関与出来ないんだから。もし関与したら一線を越えて、そのときは犯罪者だよ? ふふ、酷だよね。
 優しくしないで、なんて言葉があるけど。優しくしたらそれが辛いって言われる気持ちはわかってる? 優しい? 優しいって何? 楽しい? 楽しいって何? 何? 何? 世の中わからないことだらけ。優しいことをして苦しめるなら、優しいって何なの? 私の視界がない視界には何であふれてるよ。
 閉じてない目には、視界にはゴミであふれてる。ゴミ。ゴミ。みんながゴミにしか見えないゴミだらけ。お前も! お前も! お前も! お前も……! お前だって……! 私も……ゴミ……。ゴミだらけだよ。掃除してもしてもゴミだらけ。疲れちゃった。抵抗するのも馬鹿らしいくらい疲れちゃった。だってゴミしかないんだもん。恋愛の相手だけは見え方がゴミから宝石に変わるけど、ゴミはゴミでしかありませんでした、みたいなことってあるよね。騙したければ最後まで騙してくれればいいのに。
 ……ちなみにお兄ちゃんは、ゴミにしか見えないよ。
 楽しいって何だろうね。楽しいことは素晴らしいこと、なんて偉い人や大人は言うけど、その本質がわからないじゃないって感じ。こいしの楽しいことはお姉ちゃんと一緒にいたりとか、そういうことだけどさ。楽しいってきっと「共有すること」なんじゃないかな。わかる? 共有。お兄ちゃん、共有してた? 楽しいを共有出来てた? 出来てる? 現在進行形で出来てる? きっと出来てないんだよ。だから幸せも楽しいもやってこないんだよ。それどころか全部失っちゃうんだよ。死ねよ。死ね死ね死んじゃえ。こいしが殺してあげよっか? ね。んふふ。
 ほぉら、手のひらを差し出して……♪ すっごい汚い手。気色悪い。この手で何回オナニーしたの? ほら、想い人ではオナニーしないとか言うの? しようがしまいが世界は回るってどうして気がつかないの? ピュアでもピュアじゃなくても関係ないんだよ。生きとし生けるものは己のことで精一杯なんだから。
 ま、ピュアでも気取ってればいいんじゃない? そんなピュアな手の平には爪が生えてるよね。お兄ちゃんの、生爪。うふふ、こいしの握力というか、力ってどれくらいあるか知ってる? こう見えてもか弱い女の子ってよりは妖怪寄りなんだけど。
 だからこうして……メリメリって♪ えいっ♪ あはっ♪ やっぱり人間の生爪を剥がすのって楽しいぃ〜っ♪ こいしね、趣味があって。人間の生爪を集めることなんだけど。ふふ、痛い? 辛い? そうだよね、生爪を剥がされるのって本当に苦しいよね。
 知ってる? 人間の神経って先端に集まるって。だから突き指とか痛いでしょう? タンスの角に小指……みたいな。でもそれが爪を剥がされるってことになると話は違ってくるよね。痛い? ジンジンする? でもだぁめ♪ もっともっと爪を剥がすの。指って両手合わせて十本あるんだから♪ ふふっ、ふふふっ♪
 逃げてもいいんだよ? でも逃げちゃダメだよ♪ どうせ逃げないんでしょう? わかってるんでしょう? 心で失う痛みに比べたら何でもないって。死にたいって。お兄ちゃんは死にたがりなんだから。
 否定するの? してもいいよ。古明地こいしは何者も咎めません。……だって私は閉じた側だから。逃げたの。うん、きっと逃げた。他の誰が「逃げてないよ」っていっても……きっと逃げたんだと思う。だから私にお兄ちゃんの意志に口出しなんて出来ないよ。お兄ちゃんの選ぶ道を進めばいいよ。
 ほら、わかってるじゃない。結局お兄ちゃんも私も、種族は違えど本質は変わらない……のかな。よくわからないや。お兄ちゃんはわかってるのかな? とにかく、逃げなかったんだね。偉い偉いって褒めてあげたらいいのかな? 気持ち悪い。
 爪をどんどん剥がしてあげるから、もっともっと苦しんでね♪ その苦しみを乗り越えたとき……何も待ってないと思うから。無駄なことをしよう、無駄なことを。失恋に一番効くのは無駄なことだから。
 まず片手でお兄ちゃんの手首を固定して……これで逃げられないようにして。で、テコの原理の感覚で、爪の先端に指をかけて。一気にベリベリめくると……んぅ〜、お兄ちゃんの悲鳴って、快感♪ 心が癒されるよぉっ♪ 爪があった場所から血がドクドク出てて……剥がした生爪の裏には貝柱みたいな接着痕があるよ♪ ふふっ、舐めちゃおうっと♪ んむっ、レロレロっ……あむぅ……♪ ああああっ、お兄ちゃんの血の味ぃ……興奮するぅ……♪ もっと、もっと剥がしたい……♪
 一枚っ♪ 二枚っ♪ 三枚っ♪ もっと♪ もっともっと♪ もっともっともっと♪ 生かさず殺さず、お兄ちゃんが気が触れそうな感じで♪ 痛い? 痛い? 両手の爪が剥がされていく感じ♪ スースーするあの感じ♪ 脳みそが焦げ付きそうでしょう? でも失神しない程度の苦しみ♪ ああ、ゾクゾクしちゃうっ♪ 生爪剥がしでゾクゾクぅっ♪ ああ……爪、食べたいぃ……食べちゃう……お兄ちゃんの爪、食べちゃうっ♪ バリバリ食べるぅっ♪
 あむっ、ん、むぐむぐっ! ああ〜っ♪ う、美味いぃ……人間の爪って美味しいぃ……♪ こいし、多幸感で胸いっぱいだよぉ……♪ 剥がした人間の嗚咽を聞きながら食事するのって最高ぅ……っ♪ あは、あはははは、壊れた人形みたいだねお兄ちゃん♪ 歯を食いしばって耐えちゃって♪ でも心の痛みはそんなもんじゃないよね?
 指、美味しそうだね。うん、美味しそう。とっても。
 失恋に効く行動って色々あると思うんだけど。傷心旅行とかさ。でもね、こいしはそういうのよくわからないから。だけど、一つだけ手っ取り早い方法があるのを知ってるの。それは食事をすること。食事をすればきっと救われるよ。きっと。満腹なとき、食べ物が喉を通ったとき、味覚が反応したときだけはどんな苦しみからも解放される。食べてるときだけは現実逃避出来るの。失恋と同じで、本能だから。
 だからお兄ちゃんのこと、食べたいな。こいし、お兄ちゃんで満たされたい。お腹いっぱいにお兄ちゃんを食べたい。カニバりたい。食人したい。唾液止まらない。熱気ムンムン、よだれダラダラ♪ 食べちゃいたい。
 未練なんてないよね? 食べられたほうが幸せかもよ? だって失恋相手より、求めてあげる私のほうが良くない? 良いでしょう? 私ならお兄ちゃんを幸せ……に出来るかどうかわからないけど、一緒にいてこいしは幸せだよ? だってお兄ちゃんは私の血となり肉となるんだもの。ひょっとしてこれが幸せってことなのかな?
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」なんて言葉があるけどさ、食人行為ってこれの究極系じゃない? ある種の行き着く先、みたいな。私、お兄ちゃんに尽くしたい。だから、食べられて? ね?
 ふ〜ん、抵抗しないんだ。そうなんだ。やっぱりわかってるんだ。死にたいんだ。だったらここで命を終わらせてあげる。終わり。終焉。本当はわかってたんでしょう? 最初からこうなるって。好かれる前に死ねたら、好く前に死ねたら楽だって。うん、私もそう。でも、私は死ぬことから逃げたから。地底ってそういう奴らの集まりだから。
 お兄ちゃん、一緒になろう? ね? 指、痛いでしょう? それは心の痛み。失恋の痛み。ほら、食べてあげる。私の閉ざした心の一部になれば大丈夫だから。もう怖くないから。もう辛くないから。
 セックスよりも素敵な快楽、悦楽、エクスタシー。私のお腹の中で肉片になってドロドロの流動体として溶けて、それで血肉になって。そうすればきっと心の中で生きるから。私がお兄ちゃんの分まで生きてあげるから。
 最初から絶望してたもの。全部お見通し。死にたかったんでしょう? 私の口はお兄ちゃんの口。私の意志はお兄ちゃんの意志。お姉ちゃんみたいな……古明地さとりみたいなまやかしじゃない、閉ざした心から見える心理。深層心理。イド。死ねば楽になる。食べてあげる。
 私が、何もかも、食べてあげるから。
 だから安心して。爪を剥いだのも愛、言葉で苦しめるのも愛、食べるのも愛。愛。愛。愛。愛。愛、愛、愛愛愛、愛愛愛愛愛愛、愛。愛。LOVE、愛。愛なの。愛! まじりっけなしの愛! 何もかも! 愛は! 愛を! 愛だから! 愛しか! 正真正銘の、愛ッ!
 愛……だから。偽りじゃない、私の愛。他の奴らがお兄ちゃんに向けた偽善じゃない、真実だから。だから、さよなら。
 最期にさ、お兄ちゃん。私のことを「残酷だ」って笑ってくれるかな? きっと残酷なんだと思う。こいし、小さい頃から狂ってるって言われて、言われて、悔しくて。残酷だからなのかなって思ってた。
 お兄ちゃんに残酷認定されたら、きっと私は死ぬまで後悔すると思うから。だから、言って。残酷だって言って。私を蔑んで。残酷一杯に愛を! さぁ! 早く!
 …………うん、ありがとう。ありがとう、本当にありがとう、お兄ちゃん。
 でも。
 でもね。
 お兄ちゃんにだけは言われたくないなぁ。



――この偽善者っ♪




 あむ、ぐちゅっ、グチュグチュ、ぐちゃ、ドロッ。あむぅ……むぐむぐっ、ハムッ、ドロドロっ、ぐちゃあっ……。んう……美味しい……お兄ちゃんの指、美味しい♪
 美味しいいいぃぃぃいぃっ♪ 美味しいよぉおぉぉおぉおおおおぉおっっっっ♪ ああああああぁああぁっ♪ ああああああっ、もうっ! ああああ死ねっ! 死ねよっ! 死ねええぇえぇっ! クソっ! 死ねクソっ! ゴミっ! ゴミクズっ! 殺してやるっ! 死ねっ! 死ね死ね死ねっ! あああああイライラするっ! 馬鹿がっ! クズがっ! 何でこんなにっ! こんなにイライラするのおおおぉおぉっ! ああああっ!
 美味しい。
 美味しいけど。
 死ね。
 お兄ちゃんの指から、腕、腹を破って腸、肺、心臓。足から性器、太もも肝臓から骨そして歯。歯は一本一本抜いて神経をチュルンと吸って。で、眼球。キャンディーみたいに舌で転がして。嗚呼、美味。食の極み。
 締めとして頭蓋骨にむしゃぶりついて、砕いてやると、脳みそが登場。メインディッシュとして、優しく優しく頂きます。お兄ちゃんが人にしてきたように、してこなかったように、されなかったように、優しく。豆腐のような食感で、味覚としては……臭くてよくわからないや。人肉って臭いから味とか関係ないし。ちゃんと料理したら違うのかも。でも、食べてる間は「満たされてるなぁ」って思える。これが美味しいって感情なのかも。
 こいしがお兄ちゃんを食べてる間、お兄ちゃんの身体はビクビクと痙攣して、叫んで、泡を吐いて、血をぶちまけて、泣いて、絶命したよね。でも、最期に見た顔は幸せそうだった。本当は死にたくないって思ったのかもしれないけどさ。こいしがこの手で殺せて、本当によかった。それがお兄ちゃんにとっての幸せなんだよ。
 言ってることが支離滅裂って思う? でも、それが残酷ってことなんだよ。現実は残酷で支離滅裂だから。きっと物語よりも残酷。
 お腹の中にいるお兄ちゃんはもう何も語ることはないけど、きっとお兄ちゃんは物言わぬ屍……いや、物言えぬ屍だね。でもわかる。私、古明地こいしとしてお兄ちゃんの言いたいことは何でもわかるから。
 いつも私だけが……悪者かぁ。
 あーあ、またひとりぼっちになっちゃった。次のお兄ちゃんを捜さなきゃ。お姉ちゃんも、ペットたちも、妖怪や人間は私のことを避けるから。私が避けてるんじゃない。みんなが私を避けるから。だから私は私だけのお兄ちゃんを捜すの。
 無意識にふらふら。無意識に左右あっちこっち。そして見つけたお兄ちゃんは、きっとまた私と一緒になって、そして失う。
 愛した存在は、いつか失う。それは早いか遅いかの違い。
 失恋続き。こいしの生きてる限り、失恋は止まらない。失恋、失恋、また失恋。
 残酷なのは私じゃなくて、私以外。
 もうわからない。でも、お腹の中のお兄ちゃんは……確かにそこにいるから。
 馬鹿なピエロって笑われてるのかな? それでもいい。
 失恋、失った恋。
 恋が私を狂わせる。
 今日も私を狂わせる。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 最初から謝ることが出来たのなら、感情が素直に表現出来たのなら、それを他人が受け入れてくれたのなら、今より高く飛べたのかな? 潜れたのかな? 今いる場所はどこなのかな?
 ここはどこ? 私は誰?
 ごめんなさい。
 恋が私を狂わせる。
 これが私のフルコース。お兄ちゃんの失恋フルコース。
 そして私の失恋フルコース。







「――失った恋は終わればいいのに、失ったまま生殺しだから辛いのかもね、お兄ちゃんっ♪」
 毎年、成人の日は失恋記念日です。
 自分の失恋記念日ではなく、世界が制定した失恋記念日です。
 裏切られた。裏切った。自分が誰を傷つけたのかわかってなかったし、相手だって現在進行形で自分を苦しめる。それが失恋。
 彼女が今現在も元気なのは知ってるし、失恋なんてちっぽけなことだと感じてることも知ってる。だけどこっちは違う。
 自分なりの復讐。眼の届かないところで、年一回苦しみを叫ぶ。
 お前が苦しめばよかったのに。
 お前が苦しめばよかったのに。
 何で俺が。
 何で。
 俺が。
 それが人を好きになるっていうこと。好きって感情だけはきっと人間の感情じゃなくて、部外者に心を脳を身体を弄くられている状態だと過程結論して。
 きっと自分のしたいこととは裏腹に脳内麻薬で狂っていって。
 それは幸せなことなんだけど。
 恋愛しているときほど幸せなことはないんだけど。
 ふと現実を見ると、幸せなのは俺だけで。幸せというか、頭の中が幸せなだけで。
 踊らされてたのは自分一人。
 相手は何にも考えちゃいない。自分のことで精一杯。
 くたばれ。
 死ね。死ね。死ね。
 死ね。
 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
 でも死なない。
 彼女は死なない。
 本当は幸せになって欲しい。
 いくら恨み節を呟いても、心の底、イドでは彼女のことを永遠に想ってる。そこに好きという感情はもはやないけれど。
 いつまでも古傷は古傷として残るから。こっちは辛いけど、もう何も想っていないから。ただ、フラッシュバックするだけなんだ。それが苦しいだけで。
 殺せ。
 自分を殺してくれ。
 何度もそう願ったけど、結局生きてる。
 死ねよ、死ねよ、願ったけど、生きてた。
 今年も成人の日はやってきて、結局ジブリ映画が嫌いになったままで、いつまでも失恋記念日は失恋記念日のままなんだろうって感じで。
 恥の上塗りじゃないのか? とも思うけど、これはみんなにとっての架空の話で、自分にとっての現実の話。でも、現実と夢って表裏一体だから、真実なんてわかりっこない。
 あああああ死ね。泣きたくても泣けないし泣いても惨め。恋なんてなければ、愛なんてなければ、好きなんてなければ。
 馬鹿だと笑ってくれ。笑えよ、ほら。笑え。

 じゃないと、むくわれないじゃないか。

 毎年、成人の日は失恋記念日です。この日だけは泣き言を吐く日。幻想郷だって喪に服してる。
 幻想郷はみんなにとっての理想郷で、だけど理想郷にいる分現実に帰ると辛く苦しい。だからきっとあそこは現実より残酷な現実だと思う。
 それに気がつかなければ、馬鹿なままで、無知なままなら幸福論だって貫き通せるんだろうけど、こいしちゃん、君はそうはさせてくれなかった。
 毎年、成人の日は失恋記念日です。
 成人の日、おめでとう。新成人おめでとう。
 大人になれておめでとう。
 そして、ただ一つ言えるのは。





 くたばれ。
麻宮ミヤネ
http://helgaprison.zatunen.com/
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2012/01/08 15:05:31
更新日時:
2012/01/09 04:31:32
評価:
7/12
POINT:
780
Rate:
12.38
分類
古明地こいし
成人の日
カニバリズム
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0. 130点 匿名評価 投稿数: 5
2. 80 名無し ■2012/01/09 00:39:44
いっそこの世から人間が消えれば失恋なんて一切起きないのにな
3. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/01/09 01:43:50
恋の始まりの挨拶は、「いただきます」。



貴方の作品の『目』を閉ざした少女は、ヒトの心の奥底に小石を投げ込み、水面をさざめかせるのが好きですね。
過程は残酷。結果はシンプル。

結果だけ見れば、くだらないことだと思う。
だけれども、そこに至る過程の悲喜こもごもも大事。
本来は一生をかけて心を成長させなければならないのに、
短期コースであっという間に『漢』に成長させる彼女は、凄いな。

『お食事会』のお誘いは、私にはまだ来ていない。



恋の終わりの挨拶は、「ごちそうさま」。
4. 100 ハルトマン ■2012/01/09 01:55:12
こいしちゃん、僕を殺しておくれ
6. 100 kyoune ■2012/01/09 14:50:41
こと恋愛云々において女ほど信用ならんものもない。
7. 70 名無し ■2012/01/09 22:42:35
安心のこいしちゃん
9. 100 名無し ■2012/01/09 23:42:32
負け組み同士の無様な慰めあいかわいいですwww
12. 100 あまぎ ■2012/03/10 01:41:47
ああ、これこそ僕が目指す文学だ。
感動した……感動したんだ! ああ畜生!
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