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『……の大切なモノ』 作者: まいん

……の大切なモノ

作品集: 2 投稿日時: 2012/01/14 14:14:14 更新日時: 2012/12/07 23:50:39 評価: 10/14 POINT: 1020 Rate: 13.93
注意、この話は東方projectの2次創作です。
   オリキャラ、オリ設定が存在します。





季節は秋
山の木々は神様の手によって黄や朱等の鮮やかな色彩を放っている。きっと秋分の秋祭りでは秋の神様や花の妖怪は主賓として持て囃される事であろう。
色を変えた美しい枯葉が舞い大地さえも綺麗な色合いに染める。その森の鮮やかな色彩を切り裂く一陣の風があった。

その日も犬走椛は哨戒任務に就いていた。

「……っち、……またか来たか」

彼女は舌打ちをして独り言を呟く。その視線は先程吹き始めた風の先端を見ている。風は彼女の立っている崖を上昇気流の様に昇っていった。椛は別段構える事も無く、自然現象の一部始終を監視する。

びゅう! ごおおお!

風は彼女を吹き付ける事は無く、崖の先に沿って拡散する。

「あやややや、これはこれは椛ではありませんか?」

「……射命丸殿」

拡散した風の一つから射命丸文が登場した。





白狼天狗と鴉天狗は仲が悪い、しかし仕事や任務に於いては私情を挟まずに邁進するのが普通である。
その中でも彼女達は異質であった。
いつから言われる様になったかは知らないが……犬走椛と射命丸文は仲が悪い。文は彼女に近づいて行くが最後には必ず追い返される。毎日この様な出来事がある為、この事実は幻想郷で知らない者は居ないという程になってしまった。

「射命丸殿、今は任務中だ! くだらぬ事はしないで頂こう」

「まぁ、少し位良いではないですか」

椛は牙を見せて不機嫌そうに低く唸った。
少ししたらいつもの様に退散する、それまでの辛抱だ。 そう思っていた椛であったが、その日は少し様子が違った。
話し方や口調は変わらないが文はいつもより長くその場に居て椛に話を始めた。

「私は今から仕事と取材で三ヶ月程山を出ます。それまで私の面を見なくて良いんですよ? もっと笑顔になったらどうですか?」

やや、皮肉を込めて椛に言うものの椛の対応は変わらず、文は肩を竦めて空に飛び立つ。椛は警戒を解き、元の哨戒の姿勢に戻ろうとした。

「椛? 私達、いつまでも友達ですよね?」

「は? 射命丸殿、何を言って……」

突然の質問に椛は自然の流れで答えてしまう。椛の言葉を聞いてか聞かずか、文は再び風となり彼女の視界から消えていった。

「一体、何を言っているのだ……」

その独り言も本物の秋風に吹かれ森の中に消えていった。


〜〜


山の神々の異変からどれ位時間が経ったか……下っ端哨戒天狗と言われていた事が嘘の様に椛は成長した。任務自体は変わらないが今や彼女は約百人の配下を持つ軍団の長である。
武術は並であるが誠実で真面目に任務をこなす彼女の評判は決して悪いものではない。彼女の評価の大部分は彼女等固有の能力、千里眼であるが、その能力のお陰で危地に陥った部下を助けた事も一度や二度ではなかった。
彼女の清廉さ信頼、忠義は山に於いて、一、二を争うと評価された。


〜〜〜


コツ、コツ、コツ、コツ……

その日、椛は首領の天魔に呼び出された。
長い木造の廊下を歩く、彼女は呼び出された事に特に疑問は無い、天狗社会は封建制である。 彼女の宿敵の様に自由に振舞える事の方が特別なのだ。

コンッ、コンッ、コンッ。

ノックは三回、次いで入室を問う。

「犬走椛! 入ります!」

入室の許可が下り椛は入室をする。
彼女の目に映った者は半円状の机に座る十人の長老と、机の前に立っている天狗の首領天魔であった。
待ちかねた、そういった声色で天魔は椛に話し始めた。

「おお、犬走よ……よくぞ来た」

椛の目に映ったのは微妙な笑顔を浮かべた首領天魔、うな垂れた長老が二人、いつもと変わらない八人の長老の姿であった。
椛は直立不動の姿勢で天魔に報告をした。

「はっ! 犬走椛は天魔首領に用有り、参りました」

「ふふ、相変わらず真面目じゃのう」

天魔は懐かしむ様な悲しむ様な表情で椛に話し始めた。

「椛よ”過ぎたるは尚及ばざるが如し”という言葉を知っておるか?」

「いえ……」

「知っての通り山の神が現れてから幻想郷は急速な発展をしておる、しかし我々天狗はそれを良しとはしない……そこでじゃ」

天魔は人形の無味乾燥な笑みと哀れむ様な不安定な表情になり椛に告げた。

「我々の為に馬謖になって欲しいのだ」

早い話が生贄である。
民主主義がまかり通ればここで拒否をし裁判に持ち込む事も出来よう、しかし椛は目を輝かせていた。

「そなたは無実の罪で投獄され名も残せずに死ぬ、それでも我々の為に高貴に死を賜れるか?」

天魔の声はいつもと変わらない。 しかし、彼の声は泣いている、そう聞こえた者が居たかもしれない……その声に椛は誠実に答える。

「はい、犬走椛、その命に……山の為に一命を賭してお答えします」

椛は、キビキビと半回転をする。 扉の前で止まり再び、キビキビと半回転をする。

「犬走椛、用件終わり、帰ります」

退室の礼はゆっくりとしていた、今までの礼を申し出る様な深いものであった。
退室後、扉の向うから大きな怒声が聞こえた。 しかし、椛にはどうでも良いことであった。
彼女は山の皆の為に命を賭ける、それだけしか頭にはなかった。


〜〜〜〜


数日後、詰め所で待機する椛に警務係の天狗が訪れた。

「犬走椛だな? 天狗の掟を破った罪により貴様を拘束する……ついて来い!」

口調は強いものの自主出頭の様な形になっていた。 彼女を拘束する器具は何一つ無い。
同僚は放心している、止める者は誰も居なかった。

そこからの裁判は非常に早かった。

「判決! 被告人、犬走椛に有罪を申し渡す。掟を破った罪により、姓を剥奪し流水牢三カ月の刑の後、山からの追放処分に処す」

椛の心に感じるものは無かった。 これは首領から言われた通り私は罪人となる。 皆には戒めの心が芽生える、そうすれば私がたとえ死んだとしても犬死ではない。 当たり前の様にそう考えた。

裁判の結果に反対する者は誰も居なかった。 彼女は警務の天狗三人に水牢に連れられる、道中は枷を首に嵌められ徒歩で進む。出発の際、囚人は市中を引回され石を投げつけられるのが習わしとなっている、だが椛に石は一つも当たらなかった……。

町を出て、深い森で一度休憩が取られた。

「そこに座れ!」

警吏の一人が言った。
椛は嘗て獄吏から官吏の道を志していた。 その為、女囚人が道中、牢獄でどの様な目に遭わせられるか理解していた。
彼女は半ば諦めた表情で指示通りに座った。





彼女は枷を外された、それだけだった……。





彼女は流水牢の監獄に連れられ、獄吏に引き渡された。

「人生の終焉、流水牢へようこそ」

獄吏は大業な動作をして皮肉を込めて言った。 獄吏に連れられ、これから椛が入る獄に連れられた。 椛は表情を変えずに連れられながら長々と話を聞いていた。
牢には扉が二つあった、外扉となる鉄の扉と内扉の鉄格子。
その内扉と外扉の間に案内された所で獄吏は唐突に叫んだ。

「おらっ! これから入る場所には水しかねぇんだ。 さっさと服を脱げ!」

やはり来たか……、椛はこれから起こる運命に怯える事無く鉄格子の前に服を脱ぎ全裸となった。
筋肉をうっすらと纏ったとはいえ女性的な柔らかそうな肉体、痩せ過ぎているでもなく、また肉が付き過ぎているでもない。 胸は大きくないものの胸はサラシで締め付けられていたとは思えない良い形をしている。 腕や脚、首にはうっすらと生傷が残っているものの体には傷一つ無い。

食べごろの果実……その様な言葉がピッタリの椛に対し獄吏は言った。





「此処がお前のこれからの住処だ! さっさと入れ!」

椛は言葉に従い牢の中に入っていった。

ちゃぷ、じゃぶ、じゃぶ。

首から上だけが水の上にある、流水牢に椛は入れられた。

ギギギィ!

内扉が閉められ、鉄格子から肩まで手が伸ばせる程度の隙間しか残されなかった。

「へへへっ、精々生き延びるんだな」

獄吏が扉を閉め、明かりが途絶える瞬間……椛は獄吏がどんな残酷な表情をしているか見てやろうと思った。 彼女の千里眼ならば容易である。

そして、獄死の顔を見た彼女は一言呟いた。

「これじゃあ、私、馬鹿みたい……じゃない」


〜〜〜〜〜


椛は暗がりの部屋を見回した。
牢には水が張られている。 深さは彼女の首程まで迫っている、天井は下げられていて飛んで避ける事も出来ない。 しかし、ここは牢である、飛んで避けれるほど甘くは無い。 天井からは荒縄の輪が天井から下に四箇所垂れている。
部屋の大きさは五歩四方、彼女なら横になれば長々と寝れる広さである。
もっとも水の張ってあるこの牢獄では叶わぬことではあるが……。
水牢は天然の洞穴を利用したものである。 上流と思われる場所には二箇所の鉄格子、下流と思われる場所には鉄格子が一箇所。 しかし、彼女が上流、下流を明確に理解するには彼女が排泄をするまで気付かなかった、何故ならば流れが無い様に感じ、彼女をもってしても流れがある事に気付けなかったからである。

「硫黄の臭い?」

二箇所ある鉄格子の片方からは火山性と思われる硫黄の臭いがした。
臭いのおかげで水牢であるにも拘らず水が冷たくない事に気付く。

彼女には千里眼がある。 上流、下流があるならば、その先は必ず景色に辿り着く。 そう思い彼女は千里眼で鉄格子の先を見る。

当然と言うべきか……彼女は先の景色を見る事は出来なかった、反対側を見ても結果は同じである。

「……当たり前か……」

彼女は部屋でする事もなくなり下流の鉄格子の隅にもたれ掛かり仮眠を取る。
彼女は哨戒天狗の軍団長の一人である、二月、三月を立って仮眠などどうという事どうという事はない。

暗闇の為、時間感覚は無い、彼女は鳴子の音で目を覚ます。 食事の合図である。
食事は大き目の握り飯が三つ、野菜と発酵食品を固めた丸薬。
臨戦時の食事に比べれば充分過ぎるものである。
彼女はそれを急いで食べる、緊張が一時的に切れたか、彼女は一心不乱に食べた。 丸薬を牢の水で飲み込み彼女は一息吐く。

「少し、歩こうか……」

彼女は余り広くない牢の周囲を歩く。 そして彼女はすぐに止める。

「これから先はまだまだ長いかもしれない、余計な事は止めておこう……」

誰にとも無く話し、彼女は先程と同じ場所で仮眠を取り始める。
彼女は夢を見た……。


〜〜〜〜〜〜


「あやちゃ〜ん」

「あっ、もみちゃん」

そこに居たのは黒髪の少女と白髪の少女。

「私達いつまでも友達だよね?」

「当然です、いつまでも友達です」

白髪の少女が黒髪の少女に尋ねる、黒髪の少女は当然、と言わんばかりに答える。


〜〜〜〜〜〜


椛は目を覚ました。

「懐かしい夢を見た気がする」

彼女は今見た夢の内容を覚えていない……。 なのに彼女はそう言わずにおれなかった。

目を覚ました彼女であるが、暗くて昼も夜も判らぬ状況は変わらず、既に用意され湿気等でふやけている食事を何かに急かされる様に食べる。 メニューは変わらないものの彼女が気にする事はない。

食事が終わり、彼女はいつもと同じ場所で同じく仮眠を取る。
彼女は眠いから寝るのではない、他にする事がないから寝るのである。
そしてまたも夢を見た……。


〜〜〜〜〜〜〜


「文さ〜ん」

「なんですか? 椛?」

「私達、これからも友達同士でいれますか?」

白髪の少女に話しかけられた黒髪の少女は溜息を一つ吐いた。

「当たり前でしょう、いつまでも一緒です」

そう言った彼女であったが少女達は二つに分かれた道を別々に歩き始めた。


〜〜〜〜〜〜〜


椛は目を覚ました。

バシャバシャ……。

水を掻き分け食事を取りに行く。 彼女は食事を摂る。 食事内容は変わらないが健康を損なう程、内容は酷くない。 前に食べた時と変わらず湿気を吸ってふやけていたり水っぽかったりする。 無味乾燥の食事を彼女は胃に流し込む。

「ぐっ、ああ!」

食事を終えた彼女を襲ったもの、それは激痛。 薄暗く湿度の高い牢の中、仄かな硫黄の臭い、その中で彼女ははっきりと鉄の臭いを嗅ぎ取った。

「くそっ! やられた」

何をやられたのか、硫黄の臭いに混じった何かか、それとも牢にある特殊な効果か、原因不明、理解不能、只一つの真実は彼女が目の下に、流れる水とは違う暖かさを感じた事である。
その状況でも彼女はそれ程慌てなかった、少し横になる様に休みたい、そう思っただけだ。
ふと、彼女は入ってきた時に荒縄の輪があった事を思い出す。 音の反響で大体の位置を割り出し縄の輪に手を掛ける。 そのまま彼女は小さな縄を握ったまま眠る。
そして、またも夢を見た。


〜〜〜〜〜〜〜〜


その時期を彼女ははっきりと覚えている。
時期は山に神社が建ち、新しい神が現れた頃。
博麗の巫女が山に攻め入って来た。

下っ端哨戒天狗だったあの頃、警告を告げに行ったものの、問答無用で蹴散らされて戻って来た。 彼女は上司に報告した。彼女は上司から巫女と顔見知りの射命丸に説得させよと指示を受けた。 その伝令に彼女がそのまま行くことになった。

「文様。 山に侵入者が現れました」

「椛! その怪我は何ですか? 大丈夫なのですか?」

「私の事よりも早く説得に向かって下さい」

「分かりました、ですが貴女も早々に治療を受けて下さい。 何なら私が途中まで送りましょうか?」

「ですから、早く説得に……」

「はいはい、分かりましたよっと」

射命丸は風となり消える様に飛んでいった。


〜〜〜〜〜〜〜〜


椛は目を覚ました。
今度ははっきりと夢の内容を覚えていた。

「あの頃の事か……懐かしいな」

次の言葉は出なかった。
今居る場所は暗い、確かに暗いが今迄は全く見えない事は無かった。 それが今の彼女には見えないのだ、目の痛みと出血は無くなった。 油の焼ける臭いはしている。

「何も見えない、そうか……」

落胆して呟く、彼女は視力を失ってしまった。

続いて足の裏が痛い事に気付く。 彼女は目が見えない為状況を確認しようが無いが、彼女は水に長時間浸かっている。 その為に皮膚は水を吸い続け破れ始める。 痛みはその為である。

「食事……いいか、まだ大丈夫だ……」

彼女はそのまま目をつぶった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ここでは無い場所、ここでは無い時代。
見た事も無い場所に椛は居た。 後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。 彼女は振り向き一言呟いた。

「射命丸殿……」

居たのは射命丸文、鴉天狗、犬猿の仲。
椛の対応はいつも通り。 牙を見せ、威嚇する様に低く唸る。
その対応に文は俯いたまま話し始める。

「椛……、私は昔の様に貴女と話したり笑ったりしたかった。 でももう駄目ね、おしまい。 さようなら。 もう会う事も無いでしょう」

文は振り向き、椛からゆっくり歩いて離れていく。
その突然の対応に呆気にとられたものの、いつもと違う対応に理由を聞こうと走り出す。

「待て! 射命丸!」

ズルッ!

脚の裏が剥がれ、彼女は転ぶ。
文は振り向かず、そのまま去って行った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


目を覚ました彼女は腹が軽くなる錯覚に襲われた。
手を当てると彼女は青ざめた。 腹の一部が少し裂けて腸が出ていたのだ。
彼女は慌てて鉄格子の先に行き手を伸ばす。 あまりの事態に足の痛みを忘れるほどであった。
彼女は脱いだ服を裂き、きつく腹部に巻き付け、これ以上腹が破れて腸が飛び出さない様にした。

少し落ち着いたところで思い出した様に腕や足、腹部が痛み出す。

ぐうう、と呻き声を上げ、彼女は縄の元へ戻っていく。
今彼女に残された休息場所は荒縄で作られた粗末な寝床だけとなった。
時間の感覚は無く、昼も夜も判らぬ暗闇の中で光を失い、足を負傷し、腕もボロボロになった。
果ては長時間水に浸かり、ふやけた腹部は内臓の重みに耐え切れず彼女に反発する様に外に出ようとする。

彼女は意識を失う様に眠りについた。

その日から彼女は夢を見なくなった。

眠る、起きる。 眠る、起きる。 眠る、起きる。
時々、腹が減れば、痛みに耐えながら食事をする。

彼女は磔の様な操り人形の様な姿勢で耐えるしかなかった。
気高き戦士であれば、この状況を打破する事を思いつくだろう。
しかし、今の彼女は死の恐怖に潰されそうになっていた。 孤独に怯え、弱弱しく助けを求めるしかなかった。

「あやちゃ〜ん、こわいよぉ、……おねがい……たすけて」

彼女が呟いた者は犬猿の仲の名前であった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


教育とは洗脳と同義である。
彼女は山の為、部下の為、天狗の為に身を粉にして働いた。
その途中で不要のモノは教育という形で捨ててきた……射命丸との友情もその一つだ。
教育の途中、鴉天狗と白狼天狗は仲が悪いと聞いた。 彼女はそのままそれに染まった。

「死にたくない……死にたくないよぉ、あやちゃんに酷い事沢山言っちゃった……ごめんなさい、ごめんなさい、一言……謝るまでは死にきれない……」

ガチャン!

「さ……、早く……上げて……を…………い!」

扉が開く音と懐かしい言葉と共に彼女は気を失った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ガチャ! バタン!

「予定より早く仕事が終わりました! こんにちは〜、清く正しい射命丸で〜す」

文は白狼天狗の詰め所の扉を勢い良く開いた。 もし、扉の近くに天狗が居たら全治49週間は免れない程の勢いであった。
そんな明るい声と勢いの良さとは裏腹に彼女が入って来た途端に詰め所の雰囲気が重くなった。

「これ、御土産の温泉饅頭です。 皆さんで食べて下さい」

実際の白狼天狗と鴉天狗は椛の思っていた程悪くは無い。 身分の違いがある為、一概には言えないが、それでも顔を会わせた途端に悪態をつく様な者は殆ど居ない。
それでも、詰め所の雰囲気はガラリと変わりすぎた。

「あやや、何だか雰囲気が重いですねぇ? 所で椛はどちらに居るので?」

その声に白狼天狗の若頭らしい天狗が答えた。

「射命丸さん、椛は牢に繋がれたよ」

「なんですと? そんなの嘘です。 椛が牢に繋がれる様な事をする訳がありません! それは私よりも貴方達の方が良く御存知の筈です」

若頭の言葉に文は先程よりもやや強めの口調で返す。 何処と無く苛立ちが見え隠れする様な話し方である。

「そう言われてもなぁ、頭や首領の命は絶対だ、それはあんたも良く知っているはずだ」

「ええい、貴方達では話になりません。 私が直接、首領に真意を確かめに行きます」

その言葉に雰囲気が殺気を帯び始める。

「それは首領の命が間違っていると言うのか?」

若頭の言葉に対し、文は挑発的な言葉を浴びせる。

「邪魔をすると言うのですか? 良いでしょう、手加減してあげるから……かかって来なさい!」

白狼天狗一同は小刀と脇差を抜刀し一糸乱れぬ動きで文に襲い掛かる。
一方の文は不敵に笑い、風を纏い始める。

刹那……

文は風となり白狼達の視界から消える。 格好良い事を言いながら彼女は一目散に逃げたのだ。

「糞! あの雌烏め! 追えい! 追えい!」

妖怪の山にけたたましく鐘が鳴る。

彼女の動きは千里眼持ちの哨戒天狗にあっという間に捕らえられた。 しかし動きの早い彼女は狼煙が上がる前に目的地に到着する。

事態の報告がまだ届いていない為、警備はまだ手薄だった。
彼女はそのままの勢いで突入し首領、天魔の部屋まで一直線に進む。

バダン!!!

「天魔ああああああああああ!!!」

最大速度で天魔に襲い掛かる文、その声に素早く振り向いた天魔は激突の刹那に対応をする。
横に滑る様に避け、同時に地に足が付いていた彼女に足払いを掛ける。 前に一瞬出た隙に頭を掴み、地面に思いっきり叩きつける。

ドガン!!!

彼女は地面に叩きつけられた一瞬だけ意識を失い、意識が戻った時には天魔に馬乗りにされて喉元には小太刀が突きつけられていた。

「射命丸よ、何故この様な事をした?」

天魔の声はそのまま刃を滑らせそうな程、冷静沈着な物言いであった。
しかし、その状況に置かれても、文は激昂したままで叫び始めた。

「何をしただと? 黙れ! 椛を無実の罪で牢に送り仲間を助けようともしない。 貴様! それでも天狗の長か、恥を知れ!」

「お前は天狗全てを敵に回してまで椛を助けに来たのか?」

「その通りだ! 同じ種族の者までが彼女を信じれなくとも、私は彼女をいつまでも信じてやる!」

冷静沈着な彼の顔が少し綻んだ様に見える。

「良いか? 落ち着いて聞け。 椛は山の奥地の流水牢に居る。 今から三つ数えたら儂を突き飛ばし助けに行け!」

文はその言葉に無言で答えた。

「行くぞ、一つ、二つ、三つ」

ドン!!!

彼女は天魔を突き飛ばし風を纏う。 そして逃げる様に飛んで行く、目的地は椛の居る流水牢。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


文の居なくなった首領室、部屋の中は彼女の巻き起こした旋風で物が散乱している。
その中に座っている天魔はどこか嬉しそうであった。

「小娘、小娘と侮っていたが、中々言うようになった」

そこに遅れて衛兵が入ってくる。

「首領! 御怪我はありませんか?」

「ああ、問題ない。……それより姫海堂を呼べ、そして兵を集めよ」

静かに、必要も無く威圧する様に天魔は話す。

「しゃ、射命丸を追う為ですか?」

「いや……討伐するのは長老だ。 ……仲間を、掟や決まりを守る為に、無実の仲間を売る、その様な行為を許してはならん! 敵は長老だ! 討伐せよ!」

その後、八つの無様な悲鳴が山に響き渡った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


紅葉に彩られた季節から二ヵ月程が過ぎ山の木々から木葉が殆ど舞わなくなっていた。 もう少し季節が進めば、やがて雪が降り始め山々は白く染められる事になるだろう。
その、肌を刺し始める季節に文は一陣の風となる。

目的の場所を見つけた彼女は急降下で入口に向かって滑空する。
その入口には警備に就いていた獄吏が居た。

「待てい! ここを何処と……」

「どけえええええええええ!」

獄吏の言葉を最後まで聞かずに彼女は蹴りをぶちかます。
蹴りをまともに喰らい、その勢いのまま獄吏は壁に叩きつけられ、気を失う。

鍵を奪い、侵入する。 中に入れば唯では済まないかもしれない。 それでも大切な友人を救う為に彼女は押し入る。

中に入った彼女は暴力に訴える。
殴る、殴る、殴る、蹴る、叩きつける。 最後の一人に刃物を突き付け脅して友人の場所を吐かせる。

ガチャン!

「さあっ、早く天井を上げて彼女を開放しなさい!」

彼女に脅された者は言われるままに天井を上げる操作をする。

ぎぎぎぎぎぃ!

「良くやった、もう貴様に用はない」

バキッ! ドガッ! グシャッ!

彼女は数発殴り獄吏を気絶させた。

「椛!」

バシャ、バシャ、バシャ。

やや上がった天井からは椛が力無く吊るされていた。
文は椛の姿に愕然とする。 彼女の姿は全裸、手足はふやけて肌が裂けている箇所が多々、腹部には裂いて巻き付けた服が血に塗れ、目には血の跡がある。
彼女は気を失い、うわ言を繰り返している。

「あやちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「椛! 椛! 今永遠亭に連れて行きます。 それまで、それまで我慢して下さい」

「あっ、あやちゃ〜ん、ごめんね、ごめんね、今まで酷い事ばかり言って。 そんな私だもん、こんな目に遭って当然だよね……」

「喋らないで! 話は貴女が治ったら何時までも聞いてあげます。 大丈夫です、私は貴女を捨てたりはしません!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


椛は文に連れられ永遠亭に緊急入院する事となった。
彼女が目を覚ましたのは一月程経ってからであった。 彼女が眠っていた間、文はつききりで看病をした。 文に出来る事は何も無いが側を離れる事はなかった。

彼女が目を覚ました時、医者の声と文の声が聞こえた。

「射命丸さん、貴女も休んで下さい。 看病疲れとストレスで髪なんか真っ白になってしまったではないですか」

「……えっ? あ……やちゃん、私の……所為で綺麗な……黒髪……」

拙く、泣き声の混じる彼女の声を遮る様に文は話す。

「おはよう椛。 懐かしいですね、その呼び方。 んっ? 髪? 良いでしょう? 椛とお揃いの色ですよ」

文の話し方は非常に嬉しそうであった。 医者は呆れた表情で去っていった。

目を覚ました彼女の治癒は早かった。 文の存在が彼女に生きる希望を与えた。
朝から晩まで椛は文と話し続けた。 まともに話をしなかった時期を埋める様に。

手足の裂傷は治癒し、腹部の傷は塞がった、もうすぐ歩く為のリハビリも始めれる。
そんな時に二人は医者からある説明を受けた。

「そんな、治せないってどういう事ですか……」

文は苛立ち、釈然としない表情で質問をした。

「治せない訳ではないわ。 彼女の眼は、千里眼? って言うのよね、その眼は非常に特殊な眼の様なの、移植以外で治せる手立てが無い事が判明したの」

その説明に椛は特別感じる事は無かった。

「あやちゃん、いいの別に……だって……」

そこまで言って彼女はその先を言わなかった。

「だって、何ですか?」

「ふふ、秘密」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


季節は冬の終わり。雪が溶け始め、若葉が萌え始める頃、春告精が現れる前の時期。

妖怪の山には木製の処刑台が築かれた。 処刑台の上には縄で腕を後手に縛られている者が十名ほど居た。 その中央には嘗て天魔と呼ばれた男が居た。

端の者から次々に斬首されていく。 彼等は最後の言葉に自身の罪を謝罪しながら首を斬られる。

「最後に言い残す言葉はあるか? 言う事があれば述べよ」

処刑官が元天魔に斬首前の言葉を掛ける。

「すまない、今の儂が言って良い事ではないが……皆の者、仲間を大事にせよ」

彼も斬首された。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「椛、これから私と一緒に暮らしましょう」

人里のとある場所、車椅子を押している文とその車椅子に乗っている椛。
彼女達が居る所はこれから一緒に住む長屋である。

「ほらほら、これから一緒に住むんですよ。 記念に一緒に写真を撮りましょう」

「あわわ、あやちゃん。 突然すぎだよ」

文は椛に肩を組み、顔を近づけて自画撮り写真を撮る。


パシャ!


「ふふ、二人とも幸せそうな顔で良かったわ」

姫海堂はたては自慢のカメラで念写をしていた。 彼女のカメラには先程文が撮った写真と同じ物が写し出されている。

その写真を見て、彼女はカメラを操作する。

ぴっ、ぴっ、ぴっ。

彼女のカメラに現れた文字は(削除しますか?)である。 彼女はそのまま操作し折角写した写真を削除した。

「さて、これから忙しくなるな。 まさかあいつ等の後見人に任命されるとは思わなかったわ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


何も見えなくなった椛であるが、千里眼の忘れ形見か文の顔だけは、はっきり見る事が出来た。 隠す必要も無い、だがその事実を知るのは彼女だけである。
彼女が治療が必要ないと言ったのはその為である。

「あやちゃん」

「何です? 椛」

彼女は満面の笑みで文に言った。

「これからもよろしくお願いします」
人里に天狗が引っ越してきました。

外道になりきれなかった私をお許し下さい。

>ギョウヘルインニ様
椛を不憫に思い、軌道修正した甲斐がありました。

>NutsIn先任曹長様
題名の通りに評価して頂きありがとうございます
はたての念写がこれからも彼女達の為に役立ってくれるでしょう。

>4様
椛が不憫な目に遭って、大切なモノを思い出す物語でしたので省略し過ぎてしまった様です。
説明不足は次回作以降に修正していきたいと思います。
すみませんでした。

>pnp様
封建制の為、相応しくないと思いカットした部分がそのまま指摘されるとは思いませんでした。
次回以降には気を付けたいと思います。
すみませんでした。

>木質様
そこは腐っても元首領だったので意地を通したのだと思います。

>8様
説明不足、急展開。
推敲中に全く気付きませんでした。
次回作以降には気を付けたいと思います。

>9様
ここまで私の作品を好いて、色々と指摘頂く事、感謝に堪えません。
私はコメントを残されると悶え喜んでしまうのです。
解説が必要ない又は読者が自己完結で納得して頂ける作品を目指して
精進したいと思います。

>10様
私は椛が好きなんです。
その為、文をこの様な役回りにさせて頂きました。

>13様
死にました、たまにはビッチじゃない文さんも良いと思います。

>14様
椛は可愛いですよね。ありがとうございます。
まいん
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2012/01/14 14:14:14
更新日時:
2012/12/07 23:50:39
評価:
10/14
POINT:
1020
Rate:
13.93
分類
天魔
モブ天狗
水牢
12/7コメント返信
簡易匿名評価
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0. 110点 匿名評価 投稿数: 4
1. 100 ギョウヘルインニ ■2012/01/15 01:41:23
  最後に二人が幸せになったので良かったです。
2. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/01/15 02:53:17
確かに、椛の尊い犠牲は無駄にならなかった。
みんな、大切なものを手に入れられたのだから。
それは、払う代償が大きくても決して後悔しないものだから。

はたてが念写したものと『今』の光景が同じな事に、ホロリと来ました。
4. 70 名無し ■2012/01/15 09:39:29
二人の仲の良さはいい塩梅なのに他の部分がおざなりなのがちょいマイナスです。椛が粛々と連行に従うのは何か策でもあるのか?と待ち構えていたら忠誠心ゆえの無策だったかー。そういう話じゃありませんでした。
駆け足の過ぎる気がする一方、妖怪の山や二人の過去話等を掘り下げるには悩ましいとは思いますので70点です。
ごめんなさい…
6. 60 pnp ■2012/01/15 10:16:55
 椛が死なねばならない理由が、やや説明不足な感じがしたように、私は思います。
 偉くなるに伴っていろいろ捨てて行ってしまったと言う発想が素敵でした。
7. 100 木質 ■2012/01/15 21:36:05
ケジメをしっかり取る天魔様素敵
8. 100 名無し ■2012/01/16 16:40:43
説明不足ってか急展開すぎるけど内容は凄く面白かった
9. 80 名無し ■2012/01/17 17:26:48
既に他の人が言っている説明不足以外は好きです。
椛本人に説明が無いのは良いとして、椛みたいな政治力の無い、(今作中では隊長とはいえ)一兵士を殺しても何の戒めになるのか分らなかったので読者には何か説明が欲しかった。
登山して切られた一番弟子で例えたのだから、「あの模範的な椛でも罪を犯せば簡単に獄せられるのだから貴様等気をつけろよ?」って感じに威圧するのかな、と思いましたがどうもすっきりしない。
椛が模範的過ぎて罪を捏造しても信憑性が無い、そしてこれをあっさりと他の白狼天狗等が当然と受け入れるような忠誠度ならこんな脅しは必要ないのではないかと感じてしまって。
例えば近代化を憂いている様な事を言っていた事と繋がりが見えないのです。これが人間の技術を研究しているにとりが罰せられたりするなら分るのですが。
なんだか揚げ足取りしかないコメントになってしまい申し訳在りません。私がこの作品を好きなのは本当です。だから煩い事言い始めてしまうというか…
10. 100 名無し ■2012/01/19 20:54:54
文さん、あんた最高だよ……椛やばい可愛かった……
13. 100 名無し ■2012/03/06 21:20:11
天魔の最期がよくわかりませんでしたが、文に感動しました。
14. 100 名無し ■2012/12/07 12:38:35
後半の椛素敵。
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