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『寒空と恋の火』 作者: pnp

寒空と恋の火

作品集: 2 投稿日時: 2012/02/14 11:34:22 更新日時: 2012/03/23 07:01:49 評価: 10/16 POINT: 1180 Rate: 14.18
 注意:新徒産廃創想話にございます『血肉の底に』のその後を想定して書いたSSです。

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 蝶番が軋る音で、寅丸星はふと目を覚ました。そのまま半ば反射的に、今まさに開こうとしている私室の扉の方へ、眠たげな目を備えた顔を向ける。扉を開いて入って来た者は、寝起きで上手に動いてくれない頭でぼんやりと想像してみた人物と相違無かった。
「あら。ごめんね、起こしちゃった?」
 舟幽霊、村紗水蜜が微笑み湛えて言う。口では謝辞を述べているが、その実あまり罪の意識は持っていない様子である。そんな彼女につられて星も穏やかに笑み、首を横に振る。
「大丈夫ですよ。よく眠れましたから」
 実際の所、眠りに落ちたのがいつ頃であったかは分からないので、どれ程眠っていたかなんてことは定かではないのだが。それを聞いた水蜜は、微小であった笑みをより一層深くし、「それはよかった」と一言付け加えると、寝具の傍に置いてある椅子にそっと腰を降ろした。
 星は今現在、療養中である。彼女が日々、毘沙門天の代理として活動している命蓮寺と言う寺の裏に、広大な墓地がある。その墓地で彼女は数日前に、生ける屍たるキョンシーと、弾幕ごっこのような穏やかさのない凄惨たる争いを繰り広げた。今はその事後の療養の最中と言う訳である。傷は癒えたが、もうしばらく安静にしておくようにと、竹林の奥にいる専門家からの診断を受け、それを律義に厳守しているのである。
「もうそろそろ動いていいのだよね」
 水蜜が問うと、星は首を縦に振った。
「はい。もうちょっとだそうです」
「本当に平気なの?」
「平気ですとも。今から動いたって問題無い気さえしています。……すみません、心配を掛けてしまって」
「ううん、いいの」
 水蜜がそう言った切り、二人の間の会話が途絶えてしまった。星の傷について話をしている内に、この療養を強いられる原因となった、キョンシーとの交戦が思い起こされてしまったのである。
 星と争ったキョンシーは、名前を宮古芳香と言った。底抜けに明るく、人当たりもよく、博麗の巫女に「やけに血色のいいゾンビ」と謳われた程の、屍らしからぬ屍の少女であった。生前――キョンシーとして生きていた頃――、この命蓮寺の面々とそれなりの親交があった。今までの命蓮寺にはいなかったタイプの妖怪として皆に可愛がられていた。
 しかしある日、この天真爛漫な屍の少女は突然牙を剥く。元来暴食傾向があるキョンシーの底知れぬ食欲を満たさんが為に、宮古芳香は村紗水蜜を拉致し、食い殺そうと画策した。偶さかそれに気付いた寅丸星が、止むを得ず芳香を滅して水蜜を救い出した。その際負った傷が原因で、星は療養を強いられていると言う訳である。
 いくら宮古芳香が友人を食い殺そうとした残虐な妖怪と言っても、やはり見知った者を滅したことには多かれ少なかれ罪悪感が生じた。芳香を滅さねば、水蜜を救えなかった……星は何度も自分にそう言い聞かせてはいたが、芳香を滅した事実に変化は無い。故に罪悪感は抑えられない。抑えられないその暗澹とした感情は、漫然と星を苦しめていたし、命蓮寺の者達にも暗い影を落としていた。

 居心地の悪いこの静寂を破ったのは、扉であった。急に音も無くノブが回り、草臥れ気味の蝶番が控え目な音を鳴らして駆動したのである。室内の二人は驚き、自然と扉に目をやっていた。
 入室してきたのは、星の補佐をしている鼠の妖怪、ナズーリン。主は寝ているであろうと踏んで、敢えてノックせずに入室したのだが、主たる星は驚いたように目を見開いてこちらを見ているし、加えて先客の舟幽霊まで座して自分の方を見ているではないか。思いもよらない室内の状態に、ナズーリンは聊か当惑してしまい、扉を半開させたまま、部屋と廊下の境界線上で立ち止まってしまった。
「あ、ご主人様……起きていたのですか」
 ややあって、ようやくこの言葉だけを口にする。
「ええ。ついさっき目が覚めました。何か御用ですか?」
 星の質問に対して、ナズーリンは返答に窮し、閉口してしまった。彼女は何か用事があってこの部屋を訪れた訳ではなかったからである。ただ、主の様子や寝顔なんかを見に来ただけのことである。そう言ってしまえばいいのだが、生真面目で堅物なナズーリンの口が、そんな小恥ずかしいことを素直に吐き出すことはなく、
「下げるべき食器などあるかを見に来ただけです。……見た所無いようですので、失礼します」
 ぶっきら棒な口調で早々とそう告げて、さっさと退室してしまった。星は慌てた様子で呼び止めた。その声はしっかり従者の耳に届いていたのだが、彼女が部屋に戻って来ることは無かった。
 扉の閉まる音の余韻が消えた所で、室内は再び静寂に包まれた。しばらく二人は、やけにそそっかしい態度で部屋を出て行ってしまったナズーリンが立っていた扉の方を呆然としたまま見ていたのだが、不意に星が小さな笑い声を漏らした。
「いくら用事が無かったからって、あんなに急いで出て行くことは無いのに」
 星の言葉に、水蜜も同意した。しばらく星はくすくすと笑っていたが、特に切っ掛けも無くはぁ、と息を漏らし、笑みを止めた。そして、物憂げな表情で虚空を見やる。
「いつまでも、こうしてはいられませんね」
 虚空を見ながら漏らした一言。それは、室内で唯一の話相手である水蜜へ向けたものではなく、いつまでも寝具の上でぐずぐずしている自分への戒めの言葉であった。
 水蜜はそれを瞬時に見抜いた。見抜きたくもなかったが、嫌でも見抜いてしまった。何故なら水蜜は星に好意を抱いているからだ。友人関係とか、命蓮寺の組織の一員としてとか、良きパートナーとしてとか、そう言った範疇を越えた好意を。他人の考えていることを全て見抜けるなんて大それた能力は水蜜には備わっていない。だが、星はずっと想い慕ってきた者だ。それなりにその心は見えて来る。
「ナズーリンにこれ以上、迷惑は掛けられません」
 ぽつんと付け加えられた一言が、水蜜の推測をより確かなもの近づける。海の様に心の中に茫洋と広がっている漠然とした不安が波打ち、荒れ狂う。自らを奮い立たせるかのように、腿の上に乗せていた手をぎゅっと握り締める。少し伸びている爪が手のひらに小さな爪痕を描いた。
 私がずぅっと星に抱いてきた感情を、星は、ナズーリンに――。

 考えるのさえ嫌になって、水蜜は不意に席を立った。星は聊か驚き、水蜜を見やる。
「そろそろ私も戻るね」
 嫉妬、不安、憤り――どす黒い感情に苛まれながらも、どうにか笑顔を拵えて水蜜は言う。
「ええ。……ところでここへ何をしに来たのです?」
 星は首を傾げて問う。水蜜は笑顔のまま「内緒」とだけ言い残し、踵を返す。その一言に含まれている意味を思案していた星であったが、皆目見当もつかない様子である。
「それでは、また」
 水蜜が扉のノブに手をやった所で、星が言う。水蜜は少し振り返って会釈し、扉を開け部屋を出た。努めて、ゆっくりと。
 音を立てぬように扉を閉めた。そのまま扉の前に佇んで、深いため息を吐く。くるりと後ろを振り返り、扉を見る。何だかやけに大きく、重鎮な扉の様に見えた。
「私は呼び止めてくれないのだ」
 蚊の鳴くような声で呟くと、とぼとぼと歩き出した。人知れず不貞腐れ、その勢いで部屋を出てしまったが、水蜜にはそれほど大事な用事や務めなんかがある訳でもない。水蜜は星と話をしに彼女の私室へ足を運んだのだ。それを半ばで断じたとなれば、待っているのは退屈のみであるのは言うまでも無い。おまけに心の中は先に挙げたどす黒い感情のお陰で酷い荒れ模様で、細やかな趣味さえ手に付かないような有様だ。
 思案した末に、水蜜も私室に戻って眠りに就いた。愛用の布団へ倒れ込み、そのまま目を閉じた。ほとんど不貞寝のようなものであった。

 彼女の眠りを覚ましたのは、偶然にもナズーリンであった。結局、水蜜は夕食の時間になるまで眠りこけていたのである。
「船長、船長」
 ナズーリンの声はどこか愛想の薄い感じがするのは、水蜜の心情の所為である。
俯せで、掛け布団の上に寝転んで眠っていた水蜜は、のそのそと起き上がり、寝惚け眼を恋敵へ向ける。両目を腕に押し付けて寝ていた所為で視界がぼやけていたが、憎らしくも信頼の置ける鼠の妖怪の姿態ははっきりと思い描くことができた。
「そんな風に寝ていては体に悪いよ」
「平気よ」
 言下に水蜜が言う。意識した訳ではないが、少しつっけんどんとした態度になっていた。ナズーリンはそれを感じているのかいないのか、とにかく毅然とした態度を崩さない。
「只でさえご主人様が療養中なんだから……君の面倒まで見るなんて御免被るよ?」
「心配ご無用。そんなことにはなりません」
 ピシャリと言い切った水蜜。ナズーリンは「そこまで言うなら安心だ」と薄く笑み、夕食であることを告げると、足早に部屋を後にした。自然と荒れた心模様が態度に出てしまっていることに気付いたのは、ナズーリンの退室後であった。先程まで目の前にいた小さな妖怪を思い出しながら、水蜜は思慮を巡らせた。

 星がナズーリンに、単なる主従の関係以上の想いを抱いていることに気付いたのは最近のことであった。喜ぶべきなのであろうか、彼女の星への好意を増大させたのは、宮古芳香の暴走が切っ掛けである。身を賭して自分を助けに来てくれたことで、普段は温厚でのんびり屋で、どこか頼り無い星の奥底に秘められた確かな正義感を見たことで、水蜜の想いは一気に加速した。星が別人のように見え始めた。

 しかし、星を見る目が変わったことで、彼女を取り巻く環境の映り方も大きく変化した。その変化の最も顕著な例がナズーリンである。彼女は星が毘沙門天の代理となって活動を始めたその時から、長らく星と連れ添い、苦楽を共にして来た存在である。水蜜よりも星のことを知り尽くしている。それ故に、星が一緒にいて最も安心できるのはやはりナズーリンなのである。そうなると、特別な色眼鏡を通して星を見ている水蜜の目に、ナズーリンは只ならぬ存在……所謂恋敵のように映ってしまうのである。
 実際に二人が他者を寄せ付けない雰囲気で過ごしている場面は、水蜜は愚か、命蓮寺の人員でさえ誰も見たことが無かった。しかし、水蜜には分かるのである。一方通行の感情であるかもしれないが、少なくとも星はナズーリンに特別な想いを抱いていると言うことが。
 確固たる証拠は無い。だが、水蜜はこの憶測に確信を持っていた。自分が星に恋心を抱いているのと同じように、星もナズーリンを愛おしく思っているのだ。まるで自分を見ているように、星の想いを感じ取れてしまうのである。
 逆に星は私の気持ちに気付いていてくれているのだろうか……と水蜜は考える。しかし、普段の彼女の様子から察するに、星はどうやらそういう感情は持ち合わせていない印象を受ける。それは不幸なことであり、同時に幸福なことでもある。誰かを想いながら、誰かに想われる苦しみを、水蜜は知っているからである。――今は亡き屍の少女に愛の告白を受けた時期の心苦しさを、恐らく彼女は今後忘れることはできないであろう。

 考えれば考える程陰惨な気分になった。自分の取り入る隙間など、あの二者の間にはまるで無いのではないかと思えてきた。
 水蜜は星に直接、自身の想いを伝えたことは無い。彼女は否定されることを、そして、その否定によって今の友好関係さえ崩壊してしまうかもしれないことを恐れているのである。長らく海の底に沈み続けていたことで培われてしまった水蜜の孤独を恐れる気持ちは並々ならぬものがある。突き放されることに耐えられないのである。同時に大好きな星が他者の手に渡ることも嫌であった。どうしようもなく我儘で、しかし純粋な恋心は、幾多の苦悩を彼女に齎す。

 心に滓を溜め込んだまま食べる夕食はとても美味いとは思えぬものであった。食事の前にあんなことを考えるのでは無かったと水蜜は酷く後悔したが、後の祭りである。
 味気ない夕食はさっさと終わってしまった。悶々とした気持ちを少しでも晴らしたい一心で、すぐに星に会いに行こうと思ったのだが、残念ながらこの日、水蜜は食器洗いの当番であった。計七名分の食器が水場に運ばれて来た。星が使った食器を運んできたのは封獣ぬえ。ナズーリンでなくてよかった――心の底からそんなことを思っていた。

 適当に食器洗いを済ませて、足早に星の私室へ向かう。日中会いに行った際は思うように話をすることができなかったから、今回は心が満たされるまで絶対にここにいよう……そんな誓いを立てて、扉をノックする。
「どうぞ」
 星の声が聞こえた。高々眠りこけてしまった前以来の来訪であるのに、長く待ち侘びていたものをようやく手に入れたと言うかのような、妙な感動を覚えた。
 しかし、ゆっくりと扉を開いた途端、その感動は一気に消え去ってしまう。つい数時間前に水蜜がここを訪れた時に座っていた椅子に、ナズーリンが座っていた。思わぬ先客に言葉を失い、立ち尽くしている水蜜に、ナズーリンは無感動な眼差しを向け、開口した。
「やあ、船長。どうしたんだい?」
 星を代行したかのような一言。二重に問う意味も無いので、星は無言のまま水蜜を見やっている。水蜜はいくらかしどろもどろしつつ、
「食器、もう無いね?」
 どうにかこう言った。ナズーリンはさっと周囲を見回し、それらしきものが無いことを確認した。
「うん。全部ぬえが持って行ってくれたようだよ」
「大丈夫です」
 ナズーリンに次いで星も首を頷いて言う。水蜜は「そう。よかった。それじゃあ」と、いそいそと部屋を後にした。

 部屋を出た水蜜は、大きく息を吐いた。まさかナズーリンがいるなんて――食器を洗いながら考えていた予定が一気に崩れ去ってしまい、酷く落胆しながら私室に戻る。
 私室に入った所で、水蜜はふとあることに気付いた。先程の自分の行動が、日中のナズーリンとほとんど違わぬと言うことに。
「まさかナズーリン、あなたも……?」
 考えれば考える程悲しみが湧いて出るこの憶測を出来るだけ早く振り払いたくて、水蜜は寝具で横になっていた。早く眠ってしまおう。こんなに苦しい時はさっさと過ぎ去ってしまえと、その身をじっと横たえる。だが、嫉妬の念に駆られて決行した黄昏時の惰眠のお陰で、水蜜の頭は憎らしい程に冴え渡り、星の私室で行われているのであろう睦言の情景を、いつまでも水蜜に見せ続け、宿主たる舟幽霊の気持ちを掻き乱すのであった。


*


 この上無い程陰鬱な気分のまま眠りに就いたにも関わらず、夢を一切見なかったのは水蜜にとって不幸中の幸いであった。睡眠は最も手軽な現実逃避の手段であるが、そこで見ることができる夢の世界を構成するのは、現実世界において当人を悩ませるもののことがたびたびある。嫉妬の炎を煌々と燃やしたまま眠り、そして見ることができる夢など、ろくなものでないのは明白である。
 寝起きで上手く働かない水蜜の頭脳は、先ずそんなことを考えた。リンリンとけたたましい鈴の音を鳴らす目覚まし時計を止めることもしないで。寝ても覚めても、彼女の心には寅丸星が存在しているのである。想いの強さならば絶対に誰にも負けないと言う意識の表れであるかもしれない。
 寝つきは最悪であったが、睡眠時間は嫌と言う程取れたお陰で、目覚めはすっきりとしていた。目覚まし時計を止め、私室から出て、行うべきことを行う。それが粗方済んだところで、水蜜は食堂へ足を運んだ。朝食にはまだ早いが、私室でやりたいことも特にないので、さっさと食堂へ行くことに決めたのである。

 食堂には先客がいた。思わず水蜜はどきりとし、足を止めてしまった。先客たるナズーリンが、台所で何か作業しているのである。すぐに水蜜は思い出した。今日の給仕当番はナズーリンであったことを。
 あまり彼女といたくなかった水蜜は、あちらに気付かれる前に退室してしまおうかなどと思慮を巡らせていたが、考えている間にナズーリンが偶然にも振り返った。内包している負の感情が発する良からぬ気配に、彼女は感付いたのかもしれない。
「やあ、船長。おはよう」
 ナズーリンが挨拶をする。水蜜も普通にそれに応対した。気付かれては致し方あるまいと水蜜は、大きなテーブルの傍に置いてある椅子に腰掛けた。腰掛けても特にやることもなければ、ナズーリンが話しかけてくるようなこともない。そして彼女から声をかける気などある訳がないので、ひたすら退屈であった。テーブルの上に、天狗が幻想郷中に売って回っている新聞が置いてあった。但し、日付は昨日である。どうせやることもないからと、水蜜は何の気無しにそれを広げ、読み始めた。昨日読んだこともあり、やはり面白くもなんともなかった。
 新聞を折り畳み、テーブルの端へぽんと放る。次いで、何か珍しいものや楽しげなものは無いかと食堂を見回す。しかし、見慣れた食堂に変化など一切無く、新しい発見も無い。結果、彼女の視線は、この食堂の中で唯一、日々刻々と変化をする物体たるナズーリンに向けられた。
 小さな身体を忙しなく動かして朝食の準備をするナズーリンは、憎らしい程の愛嬌に溢れている。普段は堅物なだけに、その愛らしい仕草とのギャップが非常にいじらしい。星はああいう愛嬌に惚れたのかしら……そんなことをぼんやりと考えていた。

 しばらくそうやって観察していて、水蜜は、ナズーリンがひどく上機嫌であることに気付いた。服から飛び出している尻尾は指揮者の振るう指揮棒のように小刻みに上下左右に動いているし、いかにも獣らしい耳も春風に弄ばれる花々のように揺れている。……そもそも、そんな細部に目をやらずとも、彼女の表情を見れば機嫌が良いのは一目瞭然である。隠すそうとしているが失敗しているかのような控え目な笑みは、時の経過だけでは崩れそうもない。
 まだ朝も早いのだから、そんな短時間の間に彼女を喜ばせる出来事があったとは考えにくい――ここまで考えて水蜜は、あの幸福な様子は、昨夜の延長なのではないかと考えた。彼女に確認する術などありはしないが、この憶測はぴたりと当たっている。水蜜が昨夜、悔しくも退散した星の私室で、ナズーリンはこの上なく幸福な時を過ごしていたのである。その幸せの尾を引き摺った朝が今であり、それ故にナズーリンはあんなにも晴れやかな表情でいる。悪夢を見なくてよかった……なんて安堵している水蜜とは正反対である。
 堪らず水蜜は席を立って、私室へと戻ろうとした。その時、ナズーリンが開口した。
「船長、もうすぐ朝食になるのだが」
 水蜜は「ああ、うん」と、返事ともつかぬ返事を返しただけで、歩みを止めることはなかった。もうすぐ朝食だと言っているのに食堂を退散してしまった水蜜を怪訝な表情で見送ったナズーリンであったが、すぐにまた朗らかな表情に戻った。

 朝食を終えると、水蜜はすぐに寺を出て、裏手にある墓地へ向かった。彼女にとってここは、友人に食われそうになった忌むべき地であるの。しかし、人通りが少ないので、一人になりたい時には打ってつけの場所なのである。野生動物さえ寄り付かないこの墓地は、ほぼ何時も、この世とは思えないような闃然たる世界を形成しており、骸に取り囲まれていると言うことを考慮しなければ、非常に落ち着ける場所となっている。その『骸を収める地』と言うのが最大のネックであるのだが、水蜜は舟幽霊。死者や骸にそれほど抵抗は無いし、気分によっては寧ろ親近感さえ覚える程である。
 空は青く澄み渡っているが、それでもやはり墓場と言うのはどこか暗々しい雰囲気のするものである。その暗々さが、今の水蜜には寧ろ心地よく感じられた。暗澹とした心のままで、明々たる空気に包まれた寺にいることが間違いなのである。今はとにかく、この陰々とした空気に浸って、気分を落ち着かせよう――そう思い、墓地内の大樹に凭れかかり、胸中の靄を吐き切るかのように深いため息を一つ吐いた、その時であった。
「あら、珍しいお客様ね」
 やけに色気を帯びた女性の声が聞こえた。水蜜は反射的に顔を上げた。声の主と目が合う。
「青娥さん」
 邪仙、霍青娥――ただでさえ一人でいたいと思っているのに、よりによって嫌な者に出会ってしまったと、水蜜は心中で毒づいた。

 水蜜が以前、この墓地でキョンシーたる宮古芳香に食われかけたことは先述した通りである。この霍青娥は、そのキョンシーの創造者なのである。
 青娥はまるで我が子のように芳香を可愛がっていた。そうかと思ったら、キョンシーの異常な生命力や痛覚の鈍さに物を言わせて、戦いの場においてまるで盾のように扱っていたことがあったりもした。死なないと思っていた故に、星の手によって芳香が滅失させられた時はひどく驚いていたが、悲しんでいる様子は無かった。
 浮かべている微笑みは同性たる水蜜の目を通して見てもとても艶やかで、つい見惚れてしまうような魅力がある。しかしその妖艶ぶりはあまりにも完成されすぎており、見方によってはどこか薄気味悪くも見える。そんな陰湿さが垣間見える微笑みを、普段から浮かべてばかりいるものだから、なかなかその腹の底を察するのが難しく、それ故に恐ろしい存在なのである。
 そんな具合の言い知れぬ暗闇を抱いているような雰囲気に加え、芳香の一件のこともあり、水蜜は青娥のことをあまり好いていない。青娥は水蜜の真意を知らないのか、知っているが知らないふりをしているのか、どう思われようが気にしていないのか、とにかく相好を崩して話し掛けてきた。
「こんな所に一人で来るなんて、どうかしたの?」
「考え事がしたくて。ここは静かですから」
 言下に、しかも少々ぶっきら棒にこう返答する。遠回しに「一人にしてくれ」と言ったつもりであった。青娥程聡明な者がそのニュアンスを汲み取れないとは考え難いので、「そう」と短く言って閉口するに留まったのは、彼女の根底にある意地の悪さを如実に表した対応と取っても問題は無い。

 青娥はその場から、墓の一つを凝視する。何かと水蜜もその墓を見やる。すると、青娥が視線を変えずにぽつんと言った。
「芳香の件は、本当にごめんなさいね」
 形式的な謝辞が漏らされる。どうやら、墓は芳香のものであるらしい。
 謝辞は聞こえていたが、心には少しも響かない。箱から取り出し、空中で鳴らすオルゴールのように、間抜けで虚ろで空しい音となって水蜜の耳孔に飛び込んで行き、滞ることなく抜けて行く。
「わざわざ掘り返さなくていいのに」と言う憤然たる気持ちさえあったが、相手の気を悪くすることは無いと、水蜜も形式的な謝辞で返す。
「いえ。こちらこそごめんなさい。星が、芳香を、その……」
 殺したと言う表現はキョンシーに適用されるのかどうか分からず、水蜜は口籠った。青娥は水蜜の言わんとすることを察し、「いいのよ」と続けた。
「あの子が悪かったのよ。それに、キョンシーはいくらでも生み出せるし」
 そう言い青娥は、傍らに連れ添っている新しいキョンシーの背を押し、挨拶を促した。芳香と異なり、この新しいキョンシーは髪の長い少女であった。肌はやはり死体だからであろう、不気味な程白い。体の固さも相変わらずのようで、芳香と同じく、腕をぴんと伸ばしている。その体勢のまま、黙ってお辞儀をした。芳香程快活ではないようである。
「もしよかったら、あなたもあの子の冥福を祈って下さる?」
 青娥の願い出に、水蜜はいいですよと答えた。簡素な墓石の前に立ち、詳しい作法など知らないが、とりあえず手を合わせ、祈りを捧げる。
 刹那、一陣の風が吹き抜け、水蜜の帽子を攫って行った。「あっ」と反射的に手を伸ばしたが、掴んだのは虚空。風に攫われた帽子は、偶然にも新生キョンシーの伸び切った腕に引っ掛かっていた。キョンシーはこの偶然に大層驚いたようで、目を丸くして帽子を見つめている。左手に引っ掛かった帽子を右手で摘まみ上げると、抑揚も生気も無い声で「どうぞ」と添え、帽子を水蜜に差し出す。水蜜は「ありがとう」と簡素な礼を言い、帽子を受け取った。礼を言われたことが嬉しいのか、キョンシーは薄く笑んだ。が、すぐにまた元の無表情に戻ってしまった。そのやり取りを、青娥は微笑みを浮かべながら眺めていた。

 すべきことは済ませた。青娥らはこれ以上ここにいる意味は無いであろうし、自分も早く一人になりたいからと、水蜜は無言のまま横目をくれてやることで圧力を掛け、青娥の退散を促した。その圧力が届いたのか、青娥は「さあ、帰りましょう」とキョンシーに言い付けた。キョンシーは黙って頷く。水蜜は心の中で安堵のため息を漏らしていた。
 キョンシーの手を取り、踵を返し、歩み出す青娥。その背を見送ることも無く、水蜜も元いた場所に戻ろうと歩み出したのだが、
「一つ、いいかしら。船長さん」
 背後から青娥の声。水蜜は振り返り、目を丸くして見せる。二者間はおよそ十メートル。青娥は少々大きな声で、こんなことを言いだすのである。
「芳香のことをあなたに知らせておきたくて」
「芳香のこと、とは?」
「あの子の気持ちを」
 水蜜は訝しげな表情を見せ、首を傾げる。青娥は構わず先を続ける。
「今になってこんなことを言うのは言い訳に聞こえるかもしれないけれど、真剣に聞いてほしいの」
「何なんです? 芳香の気持ちって」
「あの子は、本当にあなたが好きだったと言うこと」
 胸を突かれた様な感覚に、水蜜が一瞬たじろぐ。確かに水蜜は芳香に愛の告白を受けた。見捨てられる恐ろしさを知る水蜜は、本心を隠したままそれに応えてしまい、大層居心地の悪い月日を過ごしてしまった。しかし、あの告白は、芳香が自分を食う為に仕掛けた演技であった――そう芳香の口から知らされたではないか。あの日、この地で、雨の中。
「何を言うのです。芳香は私を――」
 食う為にあのプロポーズを行ったんだ……と続けようとした間に、青娥の凛然たる声が割って入る。
「芳香はあなたの本心に気付いていたわ。あなたが芳香以外の誰かを想っていると言うことに」
 水蜜は完全に言葉を失ってしまった。青娥は更に言葉を紡ぐ。
「それを知っていて、あの子はあなたに自分の思いを告げた。あなたの誰の手にも渡らせまいと。……あの子はずっと後悔していたの。水蜜に余計な負担を掛けてしまった、迷いを生じさせてしまったって」
「そ、そんなこと、ある筈が……」
 口の中で転がしたその言葉は、二者間に空いた空間を渡り切ることができず、行く先から飛んできた青娥の声に気圧され、掻き消えた。
「だからあの子は死を持っての償いを選んだ。大好きなあなたを迷わせてしまったことへの償いとして、あんな演技を打ったの。あなたが芳香に一片の未練も残さないようにと」
 明かされた真実に対してぼやこうとしていた遍く言葉は、心の中でパチンと弾けて、言葉としての形を失ってしまった。弾けてしまった言葉であったものは滓となり、心の中にどんどん堆積していく。水に溶かした粘土でも呷ったかのように、胸と腹がずしりと重くなり、同時に言葉にし難い不快感を齎した。

 重苦しい静寂が二人を包み込む。静寂を求めて墓場へ足を運んだ水蜜であったが、今のこの静けさはどうしようもなく不愉快であった。その不愉快な静寂を、青娥が打ち破る。
「あなたの想う者がどなたなのか知らないけれど……どうぞお幸せになって――」
 気がついたら、がちがちと奥歯が音を立てていた。怒りと悲しみと空しさと切なさが水蜜を激動させている。――幸せになって、ですって? 言われなくたってなるつもりだった。……なれるもんなら、なりたいわ、私だって。
「――あの子の為にも」
 驟雨の如し勢いで頭の中に現れては消えていく呪詛の数々を、青娥が最後に付け加えたこの一言は、完全に制圧してしまった。それを言い終えると、青娥はくるりと踵を返し、どこか優雅な足取りで帰路を辿り始めた。
 しばらく水蜜はその場に呆然と立ち尽くし、小さくなっていく邪仙とキョンシーの後ろ姿を眺めていた。芳香は完全な悪者では無かった。自身の行動に死ぬ程懊悩した挙句、あんな常識外れな手法で持って、償いをしようとしたと、青娥は言うのである。
 先程手を合わせて祈りを捧げた芳香の墓を見やる。自然とそちらに歩み寄っていた。
「芳香。青娥の言ったことは本当なの?」
 墓石に問い掛けたところで、答えなどある筈が無かったが。

「青娥」
 新しい心の淀みにどう対応すればいいのか分からず、呆然としているうら若き舟幽霊のいる地点から遠く離れた墓地の縁で、キョンシーの少女が言う。
「とても機嫌がいい」
 このキョンシーは言語能力も少々弱いらしく、ぎこちない口調でこう言う。言われた青娥は優雅な微笑みをキョンシーへと向けた。
「そうね。確かに、気分がいいわ」
「どうして?」
「さあ、どうしてかしら」
 芳香の真意を伝えられたこと。それがあの芳香の仇敵に如何なる影響を及ぼすのかどうか――楽しみが増えたと、青娥は喜んでいるのである。このことを連れ添っているキョンシーに言ってもどうしようもないので、彼女への説明は省いているが。
 いかにぞんざいな扱いをしていたとは言え、肉親同然の味方を失ったのだから、これくらいの遊びに興じる権利はある筈だと、青娥は罪悪感などこれっぽっちも抱いていない。彼女からすれば、愛する仲間の真意を告げたと言うのだけのことなのだから。
 水蜜の表情を見れば、何か不幸に取り囲まれていることは簡単に分かった。あんな表情で、こんなにも陰気な所へ、考え事へ耽りにやって来る者が、滔々と幸福の道を歩みている筈が無い――青娥はそう踏んだ。その苦悩の正体までは測りかねたが、試しに芳香の真意を明かしてみた時の水蜜の驚きようを見て確信した。「恋煩いだ」と。
 芳香が身を賭して後押しした恋が滞っているのであれば、もう一押ししてやらなくてはと、青娥は芳香の言葉を捧げた。それが彼女にとって追い風になるのか、向かい風になるのか……それはやってからのお楽しみ。彼女からすればゲームの様な感覚であった。
 実際の所、その言葉はあまりにも強い暴風となって吹き荒れて、大いに水蜜を煽ることとなる。

 これまで知らされることのなかった真相を暴露された水蜜は、半ば呆然としたように命蓮寺の母屋の私室へ向かって歩み出した。青娥の言ったことが本当に正しいことなのかどうかは、当人が滅された今となっては確認のしようもない。ならばあんな証言は、全て青娥の虚言なのだと鼻で笑い飛ばすか――そう簡単にそうできないのが『死者の言葉』の恐ろしい所なのである。
 死と言う極めて特殊な経験をするだけで、言葉は尋常でない力を持つ。おまけにその力は凄惨たる陰りの力だ。悔い、恨み、妬み、呪い――それらは時に人を強くする。だが、同時にすっかり人を弱らせてしまうこともある。
 では水蜜はどうかと言うと、どちらともつかぬ様子である。
 芳香は気付いていた。水蜜が毘沙門天の代理を務める寅の妖怪に淡い恋心を抱いているということに。その恋路の障害となってしまったことを、死を持って償った。未練など一切残さぬようにと身を投げ売り、跡形も無く消えて果てた。芳香は自身の軽率な所業を大いに悔いたであろう。そして、恋する舟幽霊の意中の存在たる寅の妖怪を大いに妬んだであろう。それでも芳香は自身の滅亡を選んだ。
 その大いなる犠牲をふいにしかねない状況下に、水蜜は立たされている。
――拒むな、考えるのよ、村紗水蜜。芳香の意志はどうなるの? 彼女は何のために死を遂げたの? あなた――私――は、芳香の決死の行動を水泡に帰するつもりなの?
 芳香が勝手にやったことだ……そう払い除けることができないのもまた、『死』の専売特許であろう。死を介した者は、たちどころに現実世界に生きる者達にとって『普通』でない存在になるのだ。忌避を許さない特殊な力を秘めた存在になる。いつまでも人の心に巣を張って居座ってしまう。生前の言葉も行動も、みんな心に直に響いて影響を与えてしまう。

 私室に戻ってこんな思慮を巡らせ、時々体を震わせたりした。面白くも何ともないこの思考はいつまでも続いた。嫌でも考えてしまうのである。向き合わなくてはいけない、考えなくてはいけないと言う強迫めいた感じさえしている。
 気分はいつまでも滅入ったままであった。まるで味を感じられない昼食を食み、眠ろうにも眠れず、だからと言って何かやろうとしてもまるで手につかない。心の疼痛はちっとも治まらない。芳香の真意のどこかに一蹴できる抜け穴など無いものかと必死に粗を探し始めた自分に嫌悪感を覚え、増々気落ちしてしまった。時は驚くべき鈍重さで流れる。どうせ、どれ程時間が経っても、この悶々とした感情からは抜け出せないのであるが……。

 いても立ってもいられなくなった水蜜は、星の元へ向かうことにした。このことを打ち明けようなどと思った訳ではない。とにかく安らぎを得たかったのである。
 星の私室の前に立った時、微かに中から声が聞こえた。二人分。思わず水蜜は、ノブに伸ばした手を最中で留めてしまった。卑しさを感じつつも、耳を欹てる。予想通り。聞きたくない声が聞こえてきた。――ナズーリンだ。
 会話の内容を詳細に聞き取ることはできないが、とにかく楽しく談笑しているらしかった。アスファルトさえ穢れさせられる霙が降り注いでいるような心情でいる水蜜に対し、扉一枚隔てた先の空間はとても楽しげだ。水蜜はノブに伸ばした手を降ろし、指先がうっ血する程強く手を握り締める。 
 結局、水蜜は星に会うことなく、踵を返して私室に戻った。陰鬱さと妬ましさが混ざり合って、とてつもない苛立ちと焦燥を齎した。体中を熱くしているのは、負の感情を燃料にして心中でめらめらと燃えるどす黒い炎。逃げ場の無い狂熱は容赦なく水蜜の心を熱く滾らせ、遂に心がオーバーヒートを起こした。過度の熱にやられた彼女は、ある一つの決心を固めた。それはあまり気分のよくなることではなかった。揺るぎそうになる心を、彼女は何度も矯正した。鉄は熱いうちに打て――過熱した心は何度も矯正されていく内にぼこぼこと歪み、変形していき、遂に本来の形を見失った。そして長い時間を掛けてゆっくりと冷却され、やがて形が定まった。心が――決意が固まった。あまりにも歪に。


*


 その日の夜、夕食を終えると水蜜は、すぐさま席を立ち、私室で食事をしている星の元へ向かった。不自然な程迅速に動くものだから、周りの者達は聊か訝しんだ。その視線を意に介することもなく、水蜜は歩を進める。
 星の私室の前に立つ。ノックをしようとして伸ばしたその手が、ぴたりと止まった。躊躇しているのである。固めた筈の心――決意――が、またもぐにゃりと形を変えようとしている。歪みを直そうとしている。
 しかし、一度変形したものを元通りの形に直すには、相当な根気と時間、そして運も絡んでくる。ちょっとやそっとでは、水蜜の歪んだ決意をねじ曲げて矯正することなど、できはしない。
 握られた右手。その中指の第二関節の先が、扉を叩いた。小気味よい音はほの暗い廊下の闇の中へ、余韻を残すことも無く溶けて消える。
「はぁい。どうぞ」
 寂々たる廊下に愛しい声。水蜜は涙が出そうになった。これから自分がやろうとしていることを実行し、尚この声は自分の耳孔で愛おしく響いてくれるのかが気掛かりであった。
 響く筈だ。否。響かせてみせる――鼓舞するように、水蜜はそう思った。

 扉を開く。寅丸星はまだ食事の途中であった。元々は寅なんて猛々しい動物であるのに、意外と彼女は食べるのが遅い。
「まあ、水蜜。どうしたのです?」
 シチューの中のニンジンをスプーンに載せたまま星が問う。完全に食事の手が止まっている。皿洗いの者を待たせてはいけないからと、水蜜は先ず星に食事を続けるよう勧めた。それを聞き入れ、星はニンジンを口に運んだ。
「食べながらでいいから、聞いてほしいの」
 水蜜が言う。その声色は真剣そのものであり、食器に目を落としていた星は思わず顔を上げた。水蜜の顔を見てみれば、声色だけではなく、その表情には聊かの緊張が確認できた。食べながらでいい、と言われていたが、とてもではないが、星は食事などしながら、この度の水蜜の話を聞こうなどとは思えなかった。音も立てずにスプーンを盆に置き、じっと水蜜の目を見やる。食事を続けながらの傾聴を勧めた水蜜本人も、星の行動に言及することは無かった。

「一体何事です?」
 星が問う。水蜜はごくりと生唾を飲み込んだ。何か言い掛けて口を開いたが、しかし言葉が出て来ないと見える。そのままで硬直してしまった。一度閉口し、水蜜は仕切り直した。目をあちこちに泳がせながら、発すべき言葉を脳内で組み立てる。まるで積み木遊びのよう。組み立てては倒し、同じ素材で同じようなものをまた組んでみて、また壊し――。
 結局、どう考えても形などほとんど変わらないのだと、半ば自棄を起こしたように思考を止めて、水蜜は言う。
「私、あなたが好きなの」
 はっきりとした口調であった。間違い無く、星の耳には届いている。星は面食らったように目を見開き、水蜜をボーっと眺めている。水蜜も目を逸らしてはならないと、星をじっと見据える。お互いに何も言わなかった。時計の秒針だけがこちこちとやかましく室内を跋扈している。
 どれほどの間、秒針に独占を許していたのであろうか。それを知るのもまた秒針のみであろうが、そもかく、重苦しい静寂を、星が破った。
「好きとは、どういうことです?」
 問いに、水蜜が言下に答える。
「きっとあなたが想像している通りの意味よ」
「……愛している?」
「ええ」
 はっきりと言い、はっきりと頷く。水蜜は星に自身の想いをぶちまけたのである。
 星は照れ臭そうに、そして、少し困ったように笑み、目を伏せた。
「い、いきなりそんなことを言われると……驚いてしまいます」
 当惑の微小を保ちつつ、スプーンを手にとって、意味も無くシチューを掻きまわす星。動揺しているのは一目瞭然である。そして、返答の言葉に窮していることも。「どんな」返事をするのかに気を迷わせているのではない。「どんな言葉で」返事をするかどうかに、彼女は頭を悩ませている。星の心は大いに揺らいでいる。蝶々を捕えた蜘蛛の巣のようにぐらぐらと。……揺らいではいるが、その形は変わらない。星はナズーリンが好きなのだ。その決意は、そう簡単に変えることはできない。――だが水蜜はその心さえも歪めてしまう、とっておきの呪文を持っている。

 まだ引き返せるよ。
 紛うこと無く、自分の声であった。良心が囁いているのである。まだ大丈夫。今ならまだ、大丈夫――と。
 じわりと体が熱くなる。背に、腋に、額に、嫌な冷たい汗がにじみ出てきた。
 だが、ぬるすぎる。心の歪みを矯正するには、その熱はあまりにもぬるかった。
 そして呪文が放たれる。死者が遺して逝った、禁断の呪文。

「芳香はね、星」
 突然開口した水蜜に、星はまたも驚き、ぱっと顔を上げた。どうしてここで芳香の名が出て来るのか分からなかったのである。思わず手放したスプーンが陶の食器にぶつかり、カァンと音を立てたが、水蜜は淀むこと無く言葉を紡ぐ。
「私が好きだったらしいの」
「は、はあ」
 一体何の話をしているのだろう、とでも言いたげな反応も、水蜜は無視して朗々と呪文を唱える。
「だけど芳香は私の気持ちに気付いてた。私があなたを好きっていう、この気持ちに」
 星は無言で言葉を待つ。
「あの子は、私のこの恋の為に死んでくれたの」
 ああ、言ってしまった――良心の断末魔が聞こえてくるようであった。こうなってしまえば、もう彼女を止める一切の障害物はいない。飛泉の如し勢いで、滞ることなく、水蜜の言葉は紡がれて行く。
「私、芳香を傷つけたくなかった。だから、あの子の告白に軽はずみに返事をしてしまった。それをあの子は気に病んでいた。私の真意を知っていながら告白をしたことを。だからあの子は悩んでいた。私の惑わせてしまったと。だからああして私を食い殺そうとしていたと言う演技で私たちを欺き、死を持って罪を償おうとした。あの子は私のこの気持ちを後押ししてくれていたの。……私……」
 一息入れ、水蜜が言い放つ。
「あの子の為にも、あなたと幸せに生きたい」

 良心が完全に死に絶えたのを感じた。死者の無念を餌にして意中の者を釣り上げると言う所業に伴う罪悪感は相当なものであった。気にするな、芳香は元々こうなる為に死んでいったのではないか――などと考えての自己正当化もまるで効果が無い。あまりにも罪の意識が強すぎた。
 水蜜は激しい自嘲の念を堪えながら、星をじっと眺め続けていた。星がナズーリンに執心していることを知りながら、半ば彼女を出し抜く感じにプロポーズを決行したことだけでも十二分な自戒の情を催していると言うのに、それに加えて、死を賭して表した芳香の想いを、まるで踏み台の様に用いたことに並々ならぬ劣情を感じていた。これ以上、自分を貶めたくなかった。だから水蜜は平静を装い、星を見据えているのである。自分に後ろ暗いことなど何一つありはしないのだと主張するように、皮相な毅然さを湛えて、真っ直ぐに。
 星も大いに困惑しているようである。当然のことであろう。自らの手で滅した悪者だと思っていた妖怪が、その実、常識では俄かに考え難い恋心をもって、自らの意志でその命を散らせていたと言うのだから。
 元来、多分な親交があった芳香を完全な『悪』として見ることができない気が誰しもにあった。とりあえず今の段階では、芳香は完全に『善』と判断されつつある。

「それは、本当のことなのですか?」
 おずおずと星が答える。水蜜はおもむろに首を縦に振った。
「青娥から直接聞かされた。……だから真実、とは少し軽率に感じるかもしれないけれど、私は信じていいと思う」
 水蜜が言い終えると、星は「そうですか」と小さく漏らし、食器に目を落とした。少しばかり冷え固まったシチューが、灯光に照らされててらてらと輝いている。
「すみません。……考える時間を下さい」
 星がぽつりと呟いた。水蜜はこくりと頷いて見せると、立ちあがり、踵を返す。去ろうとしている水蜜に、星は言葉の一つも掛けることはなかった。
「待ってるから」
 扉を開く折りに、水蜜はそう言い残して退室した。それでも、星は「さよなら」の一言さえも言葉を添えなかった。

 ふらふらと私室に戻った水蜜は、力なく寝具へと倒れ込む。肉も骨も無いものとした状態で、心に直接拳銃を撃ち込まれたかのような気分であった。心中に溜まりに溜まっていた怨恨の炎の燃え滓は、この度の告白によって損傷した心の穴から漏れ出して、体全体に行き渡ったようで、とにかく動きたくなかった。激しい運動をした訳でもないのに、腕や脚はずしりと思い。頭は中心に鉄塊でも埋め込んであるかのようにぐらぐらと不安定でなかなか重心がとれない。腹の底は蚯蚓でも這っているかのような不快感があった。
 意中の者に告白をした後、こんなにも不幸な気分でいる者が一体この世に何人いるのだろうね……と、水蜜は自問し、すぐさま自嘲した。自嘲が問いへの答えである。――お前だけだよ、愚者め。

 水蜜が激しく懊悩している頃、星は中断していた食事を再開し、残った料理を黙々と作業的に平らげていた。美味しかった筈の食事は、いつの間にかままごと用の砂と泥と草と葉っぱの料理に取り換えられたかのように味気ない。しかし、今の彼女の頭は、料理の味を感ずることよりも、もっと重大で難解な問題と向き合っているので、味などどうだっていいのである。
 水蜜が語った真相を脳内で再生する。芳香は本当に水蜜が好きであった。水蜜は自分を透いていて、芳香はその為に死んだ――。
『あの子の為にも、あなたと幸せに生きたい』
 水蜜が言い放ったこの言葉を思い出した途端、身震いした。思わず、食後のデザートたる饅頭の咀嚼を中途の状態で終え、ごくりと飲み込む。食道を通るには少し大き過ぎた饅頭の欠片が喉に引っ掛かり、星は激しく咳き込んだ。
「ご主人様?」
 見透かしていたかのようなタイミングで、扉の外から従者の声。返事をする間もなく扉が開かれ、ナズーリンが飛び込んできた。咳き込む星を気遣う言葉を幾つも投げ掛けるナズーリンに、星は少し苦しげな笑みを浮かべながら、大丈夫、大丈夫と言い聞かせるように頷いた。咳が治まってから、饅頭を喉に詰まらせただけだと語ると、ナズーリンは呆れたように肩を落とし、ため息を漏らす。
「全くもう、心配させないでくださいよ……」
 星は軽い謝辞を述べた。
 丁度いい頃合いに空になった食器を下げる為、ナズーリンが盆を持ち上げた。またも星は軽い謝辞を述べる。
「ご主人様」
 去る前にナズーリンが改まって開口する。星は首を傾げて見せた。ナズーリンは少し口籠った後、
「この後、お部屋へ失礼してもよろしいでしょうか?」
 薄っすら頬を赤く染め、こんなことを言う。星は面食らい、言葉を失った。ナズーリンがこんなにも積極的な交接を求めてきたことは、今までに無かったことだからである。水蜜の告白と、知られざる真実の激白に次いで、ナズーリンまで変わってしまったのかと、星は聊か辟易した。
「ごめんなさい、ナズーリン」
 とてもではないが、今の星はとてもそんな気分にはなれなかった。
「今日はご遠慮願います」
「そうですか。分かりました」
 二つ返事で了承したナズーリンであったが、実のところ僅かに動揺していた。まさか断られるとは思ってもいなかったのである。彼女は星のことを愛おしく思っているし、相手も同じ感情を抱いてくれていることに薄々気付いていた。それ故に、誘いには大抵良い返事をくれることであろうと算段していたのだが、見当違いであったらしい。
 動揺はしたが、気を悪くすることはなかった。相手にも相手の都合があるのだろうと割り切った。たった一度の不都合で、お互いの気持ちが変わることなどあるものかと言う自信もあり、大人しくナズーリンは引き下がった。


 夜が明けた。
 早朝に私室の扉が叩かれた音で水蜜は目を覚ました。沈痛たる心情のままで床に就いて、逃げるように眠りを求めていた昨晩は、ただでさえ眠りに付けなかったというのに、ようやく得られた微睡みも決して快いものでなかった。寝惚け眼が時計を見据える。あと数分で目覚まし時計がやかましく鳴り響く時間である。たった数分のことであるが、寝付くのが遅かった夜を越えての朝は、その数分さえ惜しく感じるものである。気付かぬふりでやり過ごしたい衝動に駆られたが、急用であったら悪いと、渋々水蜜は寝床を出て扉を開いた。
 扉を開く折りにぼやいた「どちらさま」の一言は、扉を少しだけ開いた途端、半ばで暗溶した。ぼやけていた視界があっと言う間に鮮明になった。半分が寝床に残留したままであったようなおぼろげな意識が、慌てて体内へ飛び込んできたかのように、水蜜は一気に覚醒した。
 客人は寅丸星であった。水蜜のあちこちへ跳梁している髪と、開けた扉の隙間から垣間見えたぼんやりとした表情を見て、さすがに朝が早すぎたかと、申し訳無さそうに頭を下げた。
「おはようございます、水蜜。ごめんなさい、まだ眠っていましたか?」
 水蜜は慌てふためき、手でせかせかと髪を整えながら、
「ううん、平気よ。おはよう」
 なんとか挨拶を返した。気持ちと寝癖を粗方整え終えると、一息つき、問う。
「こんな朝早くにどうしたの? 体は平気?」
 星は穏やかに笑んだ。
「平気です。お気遣いありがとうございます」
 そう星は言うのだが、目は少し赤いし、とても血色がいいとは言えない。本当に大丈夫なの、と、水蜜は心底心配して問いを重ねる。
「あまり大丈夫そうに見えないわ。目が赤いし……」
「少しばかり、寝不足なもので」
 寝不足の原因を聞く勇気は無かった。もしかしたら昨日の密告が原因かもしれないと思ったからである。水蜜はそう、と聞こえるか聞こえないか程度の声で漏らした後、立ち話もなんだからと星を部屋へ招き入れた。

 水蜜は客人に椅子を勧め、自分は寝床の布団に三角座りで腰を降ろした。星は勧められるがまま椅子に腰かける。
「それで、ご用件は何?」
 水蜜が改めて用件を問うたが、何となく予想はついていた。まだほとんどの者が眠っているこんな時間に部屋を訪ねてくるなんて、普通の用件ではないことは明白である。そして、水蜜と星の間で燻っている普通でない用件――そんなもの、一つしかない。昨日の一件である。
 水蜜は落ち着きなく、付近に置いてあったクッションを手に取り、それを抱いて体を揺すっている。
 星はしばらく黙っていたが、やがて意を決したようにごくりと生唾を飲み込み、水蜜を見据えて開口した。
「昨日の、御返事をしに来ました」
 グラリと水蜜の視界が揺れる。ロッキングチェアーに凭れる様にゆったりと揺すっていた体をぴたりと止める。しかし、体内に生じたもどかしさどうにか発散させたいようで、クッションを力強く抱き締める。
「そう、なんだ」
 小さな声。少しだけその声は震えている。星はそっと「ええ」とだけ答えた。
どこか冷やかさを纏った緊張感が部屋を覆い、二人の体が強張る。今にも吐息が白くなりそうである。
「寝不足なのも、実はこの答えをずぅっと考えていたからなんですよ」
 おどけて見せる星だが、残念ながらこの凛冽たる緊張感を和らげることはできなかった。水蜜にはにこりとする余裕も無いと見え、三角座りをしたまま、抱いているクッションに口元をうずめ、目だけを星に向けている。

 水蜜は恐れているのだ。星の答えを。やはり愛しいナズーリンと生きるのか。それとも“芳香の為にも”自分と幸せを求めてくれるのか……。不思議なことに、今の水蜜はどちらでもいいと言う気分であった。死者の遺志とか、誰かの為でもあるとか、そんな言い訳や理屈を踏み台にして荒れた恋路を舗装して進むことの空しさを、昨晩身を持って感じたでからである。――本当に望んだものが手に入るのか? 進むことができないのには相応の理由があるであろうに、それを無理矢理舗装して進むことに意味はあるのか?
 今や星は、水蜜にとって最後の希望でもあった。水蜜の過ちを修正してくれる、最後の希望。ここで星が自身の意志を貫き、水蜜を突き離してさえくれれば、これ以上間違いを犯さないで済むのだから。
 水蜜の真意を知らない星は、下で唇を湿らせると、水蜜を真っ直ぐ見やった。
「水蜜」
 星の一声には凛然たる響きがあり、水蜜は俄かに緊張を強める。クッションを抱く手に更に力が加わる。
「こんな私でよければ、一緒にいてくれますか?」
 刹那、水蜜の視界が真っ白になった。すぐに視界は元に戻ったが、視界のあちこちに得体の知れない火花が奔っている。火花の揺曳する視界の中で穏やかに微笑んで佇んでいる星。その微笑みにどこか陰りを見てしまうのは、水蜜の心情の所為であろう。
「本当にいいの? ……本当に?」
 念を押す水蜜。星ははっきりと首を縦に振った。
「はい。昨日の夜、決めましたから」
 ずっと欲しがっていた星を遂に手に入れることができたのに、心は少しも晴れない。理由など分かり切ったことである。芳香の遺志を踏み台にしたからだ。星の真意を知っているからだ。しかし水蜜はそれを巧妙に、作り笑いで隠してしまった。
「嬉しい」
 やっと水蜜はこう口にすることができた。言葉を追うようにして、一筋の涙が頬を伝った。悲願を達成したことによる感涙の念もあったが、そればかりでないことは明白であった。歩んできた恋路が陥没し、崩壊し、奈落の闇へと変貌したことへの恐怖の念もあった。もう、引き返せない――。

 いかにも恋人らしく抱き合うと、「また朝食の時に」と言い残し、星は水蜜の私室を出て行った。その姿を見届けると、水蜜は布団に倒れ込んだ。
 自分以外の誰かを想っている者と恋人の真似事をするのはこんな気持ちになるのかと、張り裂けそうな胸と共に微睡みを求めて目を瞑った。
 丁度、芳香もこんな気持ちだったのだろうか――そんなことを考えてみても、胸の痛みは増すばかりであった。芳香の遺志に沿った恋路を歩んでいるのに、彼女への罪悪感は一向に消えぬまま、心に大岩のように居座り続けていた。


*


 露骨な交接をすることは控えようと、水蜜と星は二人で話し合って決めた。周囲はあまり見ていて気分のいいものではないであろうし、それに何より、愛の様相を見せつけたくなる程、二人はお互いを想っていないと言う惨たらしい現実があった。水蜜は星のことを好いてはいるのだが、星は同様にナズーリンが好きであったのだ。本命でない者との交際に愛情はそう簡単には宿るまい。おまけに、愛しの妖怪と交際ができた水蜜さえ、芳香を足蹴にし、星に無理を強いたような気がしていて、嬉しさよりも罪悪感が先行している。
 そんな状態で二人の『恋人ごっこ』が始まった。水蜜はもう二度目のことである。その気まずさ、やるせなさは痛い程経験したであろうに、それを意中の者とやることになろうとは、まるで予測していなかった。
 水蜜は星の私室へ遊びに行った。遊びに行くと言っても別段やることなどなく、できることと言えば、二人で同じ空間で本を読む程度のことである。二人は無言を保っていた。闃然たる雰囲気の室内には、時々頁をめくる音がパラリと鳴るばかりで、それがまた一段と空しさを増長させた。
「何だか、緊張しますね」
 静寂に耐え切れなくなったように、星が呟く。
「そうね。何だか、緊張する」
 水蜜もそれに同意を示したが、口調はどこかぎこちない。芳香と交際をしていた時もこんな状態であったことが思い起こされた。友人同士と言う仲を築いていたのに、いざ恋人同士となってみると、その勝手がまるで変わってしまうのである。

 時が経てば解消されるかもしれない――水蜜のそんな淡い期待も、その一縷の望みの本質たる『時の経過』が、直々に無駄であると言うことを教えてくれることとなる。二人のぎこちない関係は、時の流れでは解消されることがなかった。
 ただ、恋人同士として、形式的に一緒にいる時間を増やしたり、睦まじげに語らい合ってみたり、どこかへ出掛けてみたり……いくらそうしても、何一つ変わることはなかった。それだと言うのに、二人でいる時間が増えるものだから余計に性質が悪い。
 交際が始まっておよそ一月が経ったある日、水蜜は私室で一人、懊悩していた。星と何をしていても、彼女の心の中にはやはりナズーリンがいることを、水蜜はたびたび感じ取っていた。
「芳香。これがあなたの感じていた苦しみなの?」
 亡き元恋人に問い掛ける。返事などある筈が無く、灯りも点いていない静かな水蜜の部屋には、ため息の音が重々しく響くばかりであった。
 恋人が自分を想ってくれていない苦しみ――こんな陰鬱な状況に置かれて尚、芳香は相手のことに気を配っていたと言うのだから、水蜜は思わず乾いた笑いを漏らした。その度の過ぎた芳志に対する情は、感動を通り越し、呆れへと変貌していた。今、この状況で、星の幸福を第一に考えることなど、自分には絶対不可能な芸当であったから。

 その寅丸星も、何とも言えない気分で毎日を過ごしていた。
 水蜜の告白にああ言った返事をしたのだから、自分には彼女を喜ばせる、幸福にする義務がある筈なのに、それがてんで実行できていないと言う悩みに囚われていた。
 それに、この恋は水蜜だけの為のものではない。星がその手で滅した芳香の遺志でもある。うまくやらねば、芳香が報われない。……死者の陰に怯え、したくもない恋に精を出さねばと懊悩するなど、考えてみれば何やらおかしな話である。
 彼女もまた、水蜜と同じように、沈痛たるため息を吐いた。その声は静かな部屋の中を未練たらしく揺曳していたが、不意に鳴らされたノックの快音で掻き消えた。
 星が「どうぞ」と返事をすると、すぐに扉が開かれた。入ってきたのはナズーリンであった。水蜜じゃないのか、と、星は聊か安堵した。直後、そんな理由で胸を撫で下ろしている自分に猛然たる嫌悪感を覚えた。
「どうしたのです、ナズーリン」
 自己への嫌悪感を隠しつつ、星が問う。ナズーリンはしばし無言であったが、ややあって姿勢を但し、おずおずと口を開いた。
「ご主人様。あなた、ムラサ船長に何か言われたのですか?」
 冷然とした口調で放たれたその一言は、星の心に突き刺さった。口調の通り、突き刺さったこの言葉は、凍てつく冷気を放っているような感じがし、腹の底が凍り付いたように重たく感じられた。体の芯が凍り付き、体を動かすこともできず、目線はナズーリンから少しも逸らすことができない。
「何を、とは、どういうことです」
 なるべく動揺を悟られないように努めたつもりであったが、生真面目な星は隠しごとが苦手であったし、加えて鋭い観察力を持つナズーリンが相手とあって、心の揺らぎは隠し通すことができなかった。
 主の反応から、自身の憶測が正しいものであることを確信したナズーリンは、悔しげにぐっと拳を握り、語気を強めて更に言葉を紡ぐ。
「最近、あなた達はずっと一緒にいますね」
「そんなことはありませんよ」
 星は苦笑を浮かべてナズーリンの言葉を否定した。
「では、程度を落としましょう。一緒にいる時間が以前よりずっと増えました」
 言下にナズーリンがこう言う。星は言葉を失った。愛想笑いさえ浮かべることができない。何を言われようとも、のらりくらりとかわすことくらいはできると思っていたのが間違いであった。ナズーリンの只ならぬ勢いと形相、そして一歩も引かぬと言う固い決意を秘めた凛とした声色に、完全に圧倒されてしまったのである。
「教えてください、ご主人様。船長は何を言ってきたのですか」
 流石は神に仕える気高き妖怪と言った具合の毅然とした風体。そして、生半可な闇ならば簡単に取り払い、その中にある真実を探し当ててしまいそうに炯々と輝く双眸。星は確信した。この妖怪に隠しごとは出来っこない、と。

 堪忍したようにふっと息を漏らすと、星は静かに言う。
「……水蜜に、ずっと一緒にいて欲しいと言われたのです」
 刹那、ナズーリンの視界がぶるりと震えた。握り拳を作る手に一層力が加わり、小刻みに震えている。
「あなたはそれに、何と」
「こんな私でよければ、一緒にいてくれますか、と。そう答えました」
 その時の情景を思い返すように目を瞑り、星は淡々とした口調で答えた。
 怒りと悔しさに震えているナズーリンであったが、必死に自身の欲望と激憤を抑え、口を開いた。
「あなたが、それを望んでいて、いま現に幸せであるのならば、それで構いません。……しかし」
「しかし、何です?」
「幸せでないのならば、話は別。そして私の目に、今のあなたはちっとも幸せに見えない」
 言葉を区切ったナズーリンは、気分を落ち着かせるように深呼吸をした。星は無感動な表情でその様子を見ている。まるで、遠くの幽邃な景色を眺めるような目つきで。
「そんなこと、ありませんよ」
 ぽつんと漏らした一言も、一体誰に宛てているのか判断しかねるような声色である。唯一の他人であるナズーリンに宛てたものなのか、それとも、ナズーリンに図星を突かれ、聊か動揺している自分に言い聞かせた一言なのか。どちらにせよ、ナズーリンはその一言が耳に届いており、ぶんぶんと頭を振った。
「そんなことない。……これは嫉妬なんかじゃないのですよ。本当にあなたが気の毒なのです、ご主人様。いたくもない相手と一緒にいることを強いられているあなたが」
「そんなことありませんってば。ナズーリン、それではあまりにも水蜜に失礼……」
「どうしてあいつに肩入れするのです!」
 星の言葉を遮って放たれた、ナズーリンの悲鳴にも似た怒号。星は言葉を止めたが、しかしやはり表情の無感動さに変化は無い。そんな表情を見せる主から、その心模様を察するのはナズーリンとて不可能であった。冷静さを欠き、主に対して酷く不遜な態度をとってしまったことを戒めたのか、ナズーリンは一度ばつの悪そうな渋面を作り、押し黙った後、語気を静めつつ開口した。
「お願いです、正直に答えて下さい、ご主人様。ムラサ船長に何を言われたのです。愛の告白を受けたと言うのなら、私はそれを受け入れます。それであなたが幸せであると言うのならば、あなたの恋にとやかく言うつもりはありません。しかし、どうしてもあなたは幸せには見えない。だから、告白される他に、何か言われた筈です。あなたのお顔を見ればすぐに分かります。……何を言われたのです? 私にできることがあればなんだってやります。一緒に解決できることならば私も知恵を働かせますから」
 ナズーリンがこう言い聞かせるのだが、星は黙って首を横に振った。ナズーリンは悔しげに唇を噛む。
 主は――星は自分を好いてくれている……ナズーリンはこう信じて疑っていなかった。そして彼女自身、星が好きであった。主従と言う関係がその想いの足を引っ張って来たが、それも長い時を経て解消を見つつあった。
 それなのに、横入りしてきたムラサに星を奪われてしまった。加えて主は、自分何か隠しごとをしている様子である。信頼まで同時に失ってしまったことが、ナズーリンにとってはあまりにも屈辱的で、どうしようもなく悔しかった。
 星に何を聞いても埒が明かないと、ナズーリンはそれ以上、星に言葉を掛けることなく、部屋を出た。激憤を抱いて向かうは、村紗水蜜の私室である。主を苦しめる不届き者。最愛の妖怪を横取りした盗人――。怒りで冷静さを失っているナズーリンに、水蜜はもはや悪人としか映らない。

 ノックもせずに水蜜の私室の扉を開け放つ。机に向かって何やら筆を走らせていた水蜜は、何の前触れも無く乱暴に扉が開け放たれたことに仰天し、目を丸くして扉の方を見やった。
「ナズーリン……?」
 今はあまり会いたくない妖怪が、鬼の形相で佇んでいる。途端に、水蜜の心にさっと、不吉な黒色の靄が降りてきて、瞬く間に心を隅々まで覆い尽してしまった。
 水蜜の嫌な予感に相応しい態度で、ナズーリンがつかつかと、呆気にとられている水蜜に歩み寄る。水蜜は椅子に座ったまま応対する。
「どうしたの?」
 おずおずと客人に尋ねる。怒りを湛えたナズーリンの瞳から、もう水蜜は逃げることができなくなってしまった。
「ご主人様に何をしたんだい?」
 低く、籠ったナズーリンの第一声。水蜜は恐怖を感じ、小さく身震いした。
「何を、って、どういう……」
「とぼけるな!」
 憤懣を爆発させたナズーリンが、水蜜の胸倉を引っ掴む。火事場の馬鹿力とはこういうことを言うのであろうか、樹木の枝のように細くしなやかなナズーリンの腕が、水蜜を椅子から引き摺り降ろしてしまった。恐れから表情を歪ませる水蜜にうんと顔を近づけ、ナズーリンは言葉を紡ぐ。
「ご主人様に君は自分の想いを伝えたそうじゃないか」
「ええ、したわ。……それの何が悪いのよ。星は誰のものでもなかった筈よ」
「ああ、そうさ。ご主人様は誰のものでもなかった。だから君がご主人様に私は何も言うまい。しかしね、問題はそこじゃない。その前後のことなんだよ」
 ナズーリンは一度言葉を止めた。相変わらず、水蜜の胸倉は掴んだままである。椅子から引きずり降ろされた水蜜は、鳶座りの状態でナズーリンの前に佇んでいる。若干首が絞められているらしく、少々呼吸が苦しげだ。目尻にはうっすらと涙が見える。
「ご主人様、君と一緒にいてもあまり幸せそうに見えないんだよ。少なくとも、私の目にはね」
 主の恋人を目の前にして、なんと残酷な一言であろう。只でさえ弱り切っていた水蜜の心に、この一言は深刻なキズを刻み付けた。不可視の矛で胸を穿たれたかのように体を震わせる水蜜。まだおぼろげであった涙は粒となってぽろぽろと頬を伝って落ちて行く。
「そんなことないよ」
 震えを抑えるような声で水蜜は言う。
「星は幸せよ。だって、私と一緒にいてくれるって、約束してくれたんだもの」
「それが奇妙だから私も困っているんだよ。どうして君なんかと付き合いを始めようと思ったのか。……ねえ、一体何を仄めかした? どんなこすずるい手を使ってご主人様を言い包めたんだい?」
 敵意を隠そうともしないこの鼠の妖怪に水蜜も腹を立てたのか、自棄を起こしたように声を上げる。
「そんなことしてないわ!」
「それじゃあどうしてご主人様は君と一緒にいるのさ? 不幸せそうな顔して君と一緒にいる理由はなんなのさ、言ってみろ!」
「星は不幸なんかじゃない!」
 水蜜の金切り声。ナズーリンの視界が一瞬真っ白になった。

 胸倉を引っ掴んでいた片方の手が、水蜜の頬を打ち抜いた。それによって水蜜は、ようやくナズーリンの拘束から解放されたのだが、しばらく動くことができなかった。
 会心の一打であった。平手打ち特有の乾いた快音は、直前までの諍いの騒々しさを瞬く間に白けさせた。目元や頬に残っていた涙の滴が宙を舞った。打撃の痕跡は赤々と頬に残って、その痛ましさを助長させた。しかしそれでも、ナズーリンに罪悪感は皆無であった。
 じんじんと熱を帯びている頬を、水蜜は呆然としたまま抑えていたが、俄かにギロリとナズーリンを睨んだ。激昂するナズーリンもこの一瞥には聊か恐怖を感じた。不慮の事故で死んでいった舟幽霊――怨みの持ち主としては一級品の人材だ。
 水蜜の反撃の一手が、ナズーリンの頬を
 打ち抜く。予想外の威力にナズーリンはその場に仰向けで倒れてしまったのだが、水蜜は嵩に懸かって追撃を加えるべく、相手に馬乗りになった。頬の疼痛は治まりつつあったが、代わりに心がじくじくと痛んだ。その痛みを紛らわすように、水蜜はぼろぼろと泣きながら遮二無二攻撃を繰り返す。 

 全て、ナズーリンが見通した通りなのである。星の心は今も以前もナズーリンに向いている。それを知っていた水蜜は、芳香の遺志を武器にした。こうすれば、星は必ずや自分のものになると確信していたから。だが、当然と言ったところであろうか、そこに幸せは芽生えなかったが。
 忽ち部屋の中は喧騒と塵埃渦巻く戦場と化したのだが、さして広くもない命蓮寺の母屋である。この諍いはすぐさま第三者に知れ渡ってしまう。
 騒ぎを聞き付け、誰よりも早くこの場に姿を見せたのは幽谷響子。まだ命蓮寺に出入りを初めてさほど長い時を過ごしていない響子は、普段から落ち着いた雰囲気を見せていたこの二人が、まさか殴り合いの喧嘩をするなど夢にも思っておらず、呆然として絡み合う二人を眺めていたが、
「い、一体どうしたのです? ちょっと、お二人さん?」
 ややあってようやく開口した。割って入る力も勇気も無い為、地団太を踏みつつ、口をパクパクと動かしてもどかしげにしていると、遠くからまた別の足音が聞こえてきた。響子の大きな耳がそれを察知し、ピクリと動く。足音のする方を向くと、足音の主が姿を表した。助け舟の到来に、俄かに響子の表情が明るくなる。

「星さん、星さん! こっちです!」
 響子がこう言った瞬間、およそ響子のことなど眼中に無い様子で取っ組み合いの大喧嘩をしていた二人の動きに、微弱ながら迷いが生じた。その最中に、この度の喧嘩の原因たる寅丸星が、現場に到着した。
 彼女はまだ喧嘩の原因をはっきりと知っている訳ではないが、二人ともここ最近、星を悩ませてきた者達である。それとなく原因は予想ができたし、それによってどうしようもなく不愉快になったのは言うまでもない。
「何をしているのです、見っとも無い!」
 発せられた怒号は普段の彼女からは想像もできぬ程の凄みを湛えており、無関係の響子まで委縮してしまった程だ。そんな怒号を上げられては、殴り合いの喧嘩など続けていられる筈がなく、二人は取っ組み合ったまま星の方を見やって硬直してしまった。
 ナズーリンに馬乗りになっている水蜜を、星が至極乱暴に引き剥がした。力みすぎた所為で、水蜜は壁に叩きつけられるような形になったが、星は謝辞の一つも言うことはなかった。怒りと悲しみの入り混じった複雑な心境を、目を潤ませることで表し、そんな痛ましい瞳で二人のことを見やった。この目線は二者の心に大きな痛撃を加えることとなった。
 気持ちの高ぶりが抑え切れないらしい水蜜は、肩で息をしつつ、とめどなく涙を流しつつ、ナズーリンを睨みつけている。対してナズーリンは、星の瞳が齎した痛撃にすっかり参ってしまったようで、額に手を当て、深いため息を吐いた。殴られた所為であろう、口元から真紅の線が一本、つつと伸びている。
「すみません。……どうかしていました」
 喋った所で、ようやく口内の傷に気付いたらしい。充満する鉄の香りと味に、ナズーリンは不快そうに顔を顰めた。口元を手の甲で拭いながら立ち上がり、星と響子を押し退けて部屋を出ようとするが、
「待ちなさい、ナズーリン」
 星に呼び止められた。ばつの悪そうな顔をしながら、ナズーリンが振り返る。
「この度のことは忘れてください。ご主人様も、響子も、……船長も」
 水蜜の時だけすこし言い淀んだことに気付けたのは、響子を除く二名。何となく事態が察せているが故のことである。これだけ言うとナズーリンは、呼び止められたことも無視して去って行った。

 事態が収束しつつある頃になって、ようやくばたばたとやかましく現場に到着したぬえが、好奇心に瞳を輝かせながら「何事、何事?」と愉快そうに聞くのを響子が制止し、ぬえを引っ張ってその場を去った。
 その場に残ったのは星と水蜜である。ナズーリンの抵抗の傷痕が少しばかり見られる。相手の詰めが手の甲を裂いたようで、大きな裂傷が見受けられる。星の視線がその傷に行くと、水蜜はさっとそれをもう片方の手で隠してしまった。
 星は何か言うと口を開いたが、しかし言葉は漏れ出すことさえなかった。きゅっと唇をかみしめて閉口し、星もその場を後にした。
 水蜜の部屋は沈痛たる静寂に包まれている。ほんの少し前までは嵐のような騒然さに包まれていただけあって、その蕭条たる様は一入である。
 よろよろと立ち上がり、胡乱な棚から包帯やら消毒液やらを探し当て、黙々と傷の応急処置を行う。
 消毒を終え、包帯を二周程させた時、真っ白な包帯に透明の滴がぽたりと落ち、一瞬にして包帯に染み込んで消えて行った。とめどなく手の甲に涙は落ちるのだが、包帯はその全てを吸い込んでいく。しばらくすると涙に次いで憫笑が漏れ出した。星は自分に何の言葉もかけてくれなかった――その事実は悲しさを通り越し、憐憫たる情を催したのである。
「星はナズーリンの所にいるのかな」
 口に出してみたら、笑いが消えてしまった。残ったのは憐れみと悲しみばかりである。


*


 何やら大きな声や音がしたような気がしたのだけど――と言う雲居一輪の投げ掛けに、響子は「気の所為じゃないですか」の一点張り。響子に釘を刺されたぬえは無反応。星、ナズーリン、水蜜の三名は無言を貫いた。
 幸いにして、ナズーリンにも水蜜にもそれ程目に付く外傷は無く、事情を知らぬ者から深い疑念を抱かれることはなかった。水蜜の手に巻かれた包帯ばかりは隠しようがなかったのだが、怪我の詳細について聞かれる度に水蜜は「へまをやって怪我をしてしまった。あまりにも下らないことだから詳しくは言いたくない」とだけ言った。「言いたくないなら仕方が無い」と、分別の利く者ばかりが真相を知らない状態であることは不幸中の幸いと言える。それ故に、毛糸の様にこんがらがった運命の赤い糸が起こした稀有な大喧嘩は無事に隠蔽されたのであった。

 但し、この日を境に、星、ナズーリン、水蜜らがどことなくぎこちない関係となってしまったのは言うまでも無いであろう。
 改めて説明などすることはしなかったのだが、ナズーリンや水蜜らの態度の変化から、星は自分のことで二人が争ったことを確信した。ナズーリンと水蜜が反目し合うのは無理も無い話である。どうにか争い合った二人を宥めようと、間に星が立ってみるのだが、 その八方美人な態度がまた二人にとって癪であったようで、三人の関係は増々冷え切ったものになっていくばかりであった。
 幸せなど微塵にも感じていないように見受けられるのに、水蜜を恋人とし、彼女に肩入れする主にナズーリンは憤慨している。
 一方水蜜は、身勝手な理由で大暴れした所為で星にどんな風に接すればいいのか分からないのと同時に、心の奥底で「恋人同士」と言う関係から来る自尊心を未だ持ち続けており、今や只の一従者である筈のナズーリンのことをやたら星が気に掛けているのが気に食わないのである。命を散らせた海の底で長らく孤独に過ごしてきた舟幽霊が抱いている他人への依存心は、人並ならぬ大きさにまで膨張しているのである。
 それに加えて、確執があるとは言え、主従と言う関係を形成している以上、ナズーリンは業務的な相談の為に星に話しかけねばならない場面が度々発声した。二人は決して談笑などしている訳ではない。思わせぶりとも受け取れる態度を見せておきながら、あっさりと水蜜と馴れ染め合い、理由も不透明のまま不幸せな交際を続けている主に、ナズーリンはほとほと愛想を尽かしているのはもはや言うまでも無い。だが、話す機会さえ無い水蜜よりは遥かに接触の回数は多いと言える。それがより一層、水蜜の嫉妬心を刺激するのである。

 星と水蜜が言葉すら交わさない日々が、数日程経過したある日のことである。
 件の喧嘩以来、すっかり意気阻喪してしまった水蜜は、無感動な面持ちで生活を営んでいた。彼女はずっと、星からの言葉を待っていた。それは、歪み切った心の底に潜む渇望でもあったし、歪んだ心相応の醜い欲望でもある。
 同時に、彼女は現実を再認識することを恐れている節もあった。ナズーリンを暴力で封殺するしか無かった自分を否定し、その否定したい自分が抱いた目を背けたくなるような現実を誤りとしたいが為に、向こうから声を掛けてくれることをひたすらに待ち続けていたのである。
 星はあの一件以来、随所で度々すれ違っても、目礼したり、悲しみを眉宇に漂わせるばかりであったが、この日、遂に水蜜の渇望が満たされることとなる。

 それは昼食の後のことであった。母屋の食堂の大きなテーブルでぼんやりと茶を啜っている最中のことである。
「あの、水蜜……」
 背後から聞こえてきた、恋焦がれてきた者の声。聞き間違えることなど絶対に無い。水蜜は弾かれるように振り返った。彼女が察知した通り、寅丸星が、どこか悲壮な表情をして立っていた。
 食堂には二人の他に、幽谷響子がいた。彼女は水蜜ら三人に最近生じた軋轢の詳細は知らないが、ともかくそれが発生した現場をその目で見ていたので、星が水蜜に声を掛けたことにひどく驚いている様子であった。しばらく星を眺めていたのだが、やがて何かに気が付いたようにはっと小さく体を浮かせると、何も言わずに倉皇たる足取りで食堂を出て行った。気を利かせたのである。
 去って行く響子の背に目をやり、心中でそっと礼を言うと、星は改めて、水蜜に向き直った。
 声を掛けた――たったこれだけのことなのに、幾日ぶりかに真正面から向き合った舟幽霊の表情は、喜びと期待に満ち溢れている。ここ数日、ろくすっぽ笑うこともなかった舟幽霊が、声を掛けただけで顔を綻ばせているのである。微かに潤んだ双眸は白昼の光を浴びて艶やかに輝いている。まるでおもちゃ売り場にやって来た子どもの様に、無邪気で屈託の無い面持ちであった。
 星は思わず身を震わせた。涙が零れてきそうであった。こんな些細なことに、この舟幽霊は幸せを感じてくれるのか――。
 周囲をちらりと見やり、誰もいないのを確認すると、星は訥々と語り出した。
「すみません。ずっと声を掛けようと思ってはいたのですが、なかなかできなくて」
「いいの。いいのよ」
 星へ抱いていた小さな憤怒は、話しかけられた時点ですっかり解消されてしまったようである。愛おしげに星の手を握り締めて、水蜜はぶんぶんと首を横に振る。彼女が見せる一挙手一投足が、どれ程星を甚振っているのか、この哀れな舟幽霊は気付いていない。
 星は苦しげに「ありがとう」と囁き、言葉を紡ぐ。
「とても大切な話があるのです。心苦しいかもしれませんが、どうか聞いてほしい」

 途端に水蜜が、手元に落としていた視線を、パッと星の顔へと向ける。星は水蜜よりも幾分か背が高いので、水蜜は顔を見上げる形になっている。潤んだ瞳は相変わらずだが、表情は先程とは打って変わって不安げなものへと変貌した。そんな面持ちでちょこんと小首を傾げて見せるのである。
 それに加えて、何か言いたげだが、しかし言葉は出て来ず、僅かに開かれた口から漏れ出る微弱な吐息。瑞々しい唇はほのかに震えている――星は不遜ながら、今の水蜜に対して聊かの劣情を抱いてしまった。
 勿論、水蜜はそんな卑しい感情など微塵にも抱いてはいない。ただただ、喜びや悲しみ、そして不安などの感情を、隠すことなく表に曝け出したまでのことなのである。正確には『隠し切ることができなかった』と言うのが正しい。その素直な感情表現は、まるで幼い子供を彷彿とさせる。尋常でない依存心と孤独への恐怖が、小規模な幼児退行を呼び寄せたのである。
 手を握っている諸手に込められる力が俄かに増した。そこには、絶対に手放したくないと言う悲愴も含まれている強い意志が感じられた。水蜜はそれとなく、星が言わんとしていることを察知している。その上で、彼女の憶測を確実なものとするべく、話をするのは、星にとってはとてもつらいことであった。それでも、退くことはしなかった。一時の痛みはあるが、傷を広げずに済むようになるのならば――星はそうやって自身を鼓舞した。

「あなたは、まだ、私のことを好いてくれているのですか?」
 穏やかな口調で星が問うと、水蜜は言下に首を縦に二度振って見せた。その拍子に、普段から愛用している帽子が頭を離れて地面に落ちたが、二人ともそれを気にしている様子は無い。
「私、星が好きだよ」
 何てことも無いように言ってのける水蜜。恥じらいも躊躇いも無く放たれたその言葉は、一直線に星の心へ飛び込んで、心中で所狭しと暴れ回り、心に激震を齎した。
「そうですか」とまるで覇気の無い声色の星。
「そうよ」と不安定な毅然さを持って言う水蜜。

 言葉が途切れた。無言のままお互いの目を見合うだけの痛ましい時間が続く。
 重苦しい静寂を星が破った。
「私は――」
 しかし、言葉は半ばで途切れてしまう。喉の奥まで出掛かっている言葉が、どうしても出てきてくれない。
「私は、なぁに?」
 甘ったるい声で先を促す水蜜。あどけなく、しかしどこか凄艶なその口調が醸し出す妖気に当てられたのか、星は軽い眩暈を覚えた。これ程にまで人を魅惑しておきながら、その実水蜜にそんな意図は無いのが始末におけない。大好きな者を繋ぎ止める為の本能的な行動と言ったところであろう。『捨てられる』と直感的に気付いた水蜜は、無意識の内に媚びた態度を取ってしまっているのである。究極的な孤独の中で、極限まで研ぎ澄まされた依存心と独占欲が齎した、『独りにならない術』が、今の水蜜の態度なのであろう。

 星は異なる二種類の緊張を感じ、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「わ、私は」
 先程も言った言葉を再び繰り返す。水蜜は相変わらず、潤んだ双眸で星を真っ直ぐ見やっている。
 ああ、そんなにつらそうな顔をしないで下さい――水蜜を直視することさえままならなくなった星は、
「……私は、あなたではない、好きな者がいるのです」
 遂にこう言ってのけた。
 水蜜は眼窩から眼球が零れ落ちらんばかりに目を見開いた。次いで目元にじわりと透明の滴が溢れ出てきて、滞ることなく頬を伝って落ちて行く。また、手を握る諸手に力が加えられた。
「あなたは私が嫌いなの?」
 こう言った水蜜の声は微かだが震えている。星はぶんぶんと首を横に振る。
「違います。あなたが嫌いな訳は決してありません。ただ……こう言った深い関係を形成する感情とは、違ったものなのです」
「――ナズーリンでしょう?」
 冷然たる口調でもって放たれた一言に、星は背筋が凍りつく様な悪寒を覚えた。話の腰を折られたことなど大した問題ではない。異常な程艶めかしかったり、不相応にあどけなかったり、氷の様に冷やかであったり、万華鏡の如く目まぐるしい変化を遂げる水蜜に、星は慄然たる思いを抱くのを禁じ得なかった。
「知っていたのよ、私」
 星を見上げていた顔がゆっくりと俯いて行く。手を握っていた諸手は投げ出され、まるで首吊り縄のようにぶらんと宙で力無く揺れる。
「知っていたのにあなたにあんなこと言ったの」
「そうだったのですか」
 どんな反応をすればいいのか分からず、星は当たり障りの無い返答をして様子を見ていたのだが、急に呵々とした笑い声をあげた水蜜にぎょっとし、思わず一歩退きそうになった。それはあまりに失礼だと、寸での所で踏み止まったが、星は今すぐにでも逃げ出したい気持ちになっていた。
「もしかしたら変わるかもしれない。もしかしたら、これから幸せになれるかも……って思ってたの。だけど、やっぱりダメなのね。私じゃダメなんだ」
 水蜜の言う通りであるが、面と向かってそう言うのも憚れ、星は閉口してその場に立ち竦むしかなかった。

 ややあって、急に水蜜がぱっと顔を上げた。泣き濡れた顔は満面の笑顔。作り笑いなのかどうかの判断さえつかない。
「星。つまらない恋人ごっこに付き合わせてしまって……本当にごめんなさい」
「いえ、そんな――」
「私はいいの。一時でもあなたを手に入れられたから、もういいの」
 手の甲で目元を拭って、涙の滴を拭き取り切ると、水蜜は席を立った。
「本当にありがとう」
 そう言うと、湯呑を流し台に置き、そのまま食堂を出ようとした。
「水蜜っ」
 星が呼び止める。水蜜は素直に立ち止まり、くるりと振り返る。
「何?」
 呼び止めてみたはいいが、星は言うべきことばが見つからず、口籠るばかり。水蜜はふっと、どこか陰りのある微笑を浮かべ、
「それじゃあ」
 と、一方的に話を打ち切り、食堂を出て行った。

 食堂を出てすぐ、水蜜はため息を漏らした。胸中に堆積し続けていた滓のようなものが一気に抜け落ちた感触。幾分か体が軽くなったように感じていた。
 私室へと向かう脚は、初めこそ遅かったものの、次第に速度を増して行った。足取りが軽い訳ではない。泣き顔を誰にも見られたくなかったから、努めて急いでいるのである。知らず知らずの内に涙が溢れ出ていて、気付いた頃にはもう収束不可能な事態に陥っていた。
 悔しげに唇を噛む水蜜。吃逆混じりの泣き声を聞かれる訳にはいかないと、更に歩みを速める。小走りの域に達しかけた所で、彼女は私室の扉のノブを握ることに成功した。

 乱暴に扉を開き、同じような調子で閉める。すぐさま鍵を掛けると、水蜜は布団へ倒れ込み、枕に顔を埋めた。本当ならば声を上げて泣きたいところであったが、こんな醜態を身内に晒す訳にも行かず、愛用の枕に募り募った負の感情――怒り、悲しみ、妬み――を、涙に込めて垂れ流す。
 聖白蓮らと様々な妖怪を助けていた頃から、地底への封印と言う別れを挟みながらも、弛まず燃え続けた恋情の火は、ここで遂に消えて果ててしまったのである。この火を保つためにどれくらいの薪を投じてきたであろうか? 亡き友の遺志さえも燃料にしてしまった。その燃え滓はまるで山である。その山の様な燃え滓が、水蜜の心にずしりと重く居残っているのである。
 無機物ながら枕は、水蜜の涙をいつまでも受け止め続けた。コップ一杯分の水をぶちまけたかと思える程に枕が濡れそぼった所で、ようやく水蜜は布団から起き上がった。泣き腫らした眼をごしごしと擦る。泣き止んだ訳ではない。まだ涙は零れて来る。だが、その量は遥かに減った。

「ごめんね、芳香」
 吃逆混じりの声で、水蜜は悲恋の末にその身を散らせた友人に詫びた。
「あなたの遺志、無駄にしちゃったわ」
 言いながら水蜜は微笑を浮かべた。聞こえている訳がないだろう、と。そうと知りつつも彼女は宮古芳香に語り掛ける。腰を降ろし、壁に背を預け、手を床に投げ出して、淡々と。
「きっとあなたもこんな気持ちだったのね。好きな人に、また別の好きな人がいる……こんな気持ちになってしまうのね。それなのに、あなたはずっと笑って、皆を欺けていたのね」
 はあ、と一息ついたのち、
「強いなあ。それに比べて私ときたら……」
 こう付け加え、くつくつと笑う。
 しばらく一人で笑っていたが、突如ピタリと笑いを止め、徐に立ち上がり、歩み出した。足取りこそ蹌踉としているが、その歩みには机へ向かっていると言う判然たる意志が感じられる。
 机へ到着すると、バンと音を立てながら手を机上に落とす。ペン立てや書籍がほんの僅かに揺れた。水蜜はやけに興奮している様子で、激しい運動でもした後であるかのように呼吸を荒げている。
「あなたと言う、先駆者がいながら、どうして私は、こんなバカなことを、してしまったのかな」
 息絶え絶えこんなことを口にする。次いで自嘲めいた呵々とした笑い声が室内に響き渡った。妙に甲高く、下卑た笑声である。その笑声が止むと、今度はぼそぼそと低い声で呟くのである。
「私、あなたと一緒よ、芳香。同じことしてたの。好きな人に好きな人がいるって知りながら好意を伝えた」
 口を動かしつつ、水蜜は眼球を動かす。ぎょろりと見開かれた目の中にある眼球の動きは、口以上に忙しい。
「どうにかなるかも、なんて愚かな夢を抱いて……優しいあの人を恋人ごっこに付き合わせた」
 激動していた眼球が、ペン立ての所でピタリと止まった。
「私、あなたと一緒なのよ、芳香。だから――」
 水蜜はペン立てからボールペンを取り出した。その上部をノックすると、内に引っ込んでいたペン先が姿を表す。その鋭敏な先端を、水蜜は食い入るように見つめる。電灯の光を受けて、それはキラリと鋭く輝いている。

「最期も一緒よ」

 握り潰すかのようにボールペンを強く握り締め、大きく振りかぶる。
 次の瞬間、ペン先が水蜜の首を穿った。ペンはその全長の半分を水蜜の首の中へと埋めることに成功している。
 重要な血管が断たれたことが分かる。その証拠と言わんばかりに、鮮血が彼女の首から間欠泉の様に噴き出て来ている。
 生温かくぬるぬるとした感触を肌身で感じられていたのは束の間で、一気に意識が遠のき、視界が黒く染まって行く。
――ただね、芳香。私はあなたみたいに、崇高で気高い意志を持って、かっこよく死ぬことはできないの。
 何者かの死の上に成り立つ恋に幸せなんてない――芳香はそれを、身を持って水蜜に教えた。最期の最期まで芳香の遺志は、水蜜の中で生き続けていたのである。
「誰も、幸せになんて、するもんか。絶対に、絶対に、幸せになんて……」
 冷たい感触。負の感情。暗い視界。
 ああ、まるで、海の底にいた時みたい――あまりにも懐かしい感触に、思わず水蜜は微笑を浮かべた。


*


 いつまで経っても向こう岸の見えない河を、赤い髪の死神と共に渡る一つの霊魂。普段は気さくで快活な死神も、今乗せている霊魂の身の上話を聞かされては、どうやら普段通りには振る舞えないようである。
「波乱の人生だったんだね」
 苦虫を噛み潰したような渋面を作って死神が言う。
「『人生』はほんの十年強で終わったよ」
 霊魂はこう反論する。死神は渋面を少しばかり和らげ、苦笑しつつ言う。
「そういうことを言わない。舟幽霊だった時期だって、立派なあんたの生の一環のはずさ。寧ろ、そっちの方が長かったんだからさ。舟幽霊だった時間こそ、あんたの生の主成分だろ」
 それもそうね――と霊魂は無感動に言い、黙りこくってしまった。
 死神も同じように、しばらく黙って船を漕いでいたのだが、元来寂々たる雰囲気が苦手なのか、堪え切れなくなったように口を開いた。
「その、あんたの為に死んだらしい友達っていうのに、会いたいの?」
「どちらでも。……会えるかな? どうかしら?」
 かなり軽い感じに、あまりにも重たい問いをされた死神は、うーんと唸ってしばらく考え込んだ。口うるさい上司たる閻魔様の、気難しげな顔が想起される。
「はっきり言っていい?」
「どうぞ」
「無理だと思う」
 はっきり言っていいか、と問うておきながら、「ちょっとはっきり言いすぎたかな」とひどく狼狽した死神は、脳内で必死に言葉を選定し、その理由を述べる。
「あんたの身の上話を聞いた感じだと、ちょいとご友人よりも罪が重たいと思うんだ。残念ながら、あんたはキョンシーのご友人よりも、少しつらい所へ放り込まれると思う」
 喜ばしい見解ではないので、霊魂は押し黙るしかなかった。やはり静寂が苦手らしいこの死神は、「まあ、一死神の戯言さ。あんまり真に受けなくていいよ」と、あまり効果の無いフォローを挟んだ。
 それとほぼ同時に、
「ああ、到着だ」
 霊魂――村紗水蜜――の行き先を決める閻魔のいる場所へ、船が辿り着いた。
 船は霊魂を降ろし、元いた場所へと戻って行く。水蜜は反対に閻魔の元へ行くべく進む。
 もしも芳香と出会えることができたらどうしようか、何と声を掛けようか――生前とさして変わらぬ愚かしい夢想を働かせつつ、地獄の裁判所へ向かって水蜜は動き出した。
 こんばんは。こんにちは。おはようございます。pnpです。
遂に50作目を迎えます今作でございます。

 ハッピーバレンタインデイ。チョコレートは貰えましたか?
 皆さんがリア充爆発リア充爆発と盛り上がる一日ですので、
それに貢献させていただきました。願ったりかなったり。水星(惑星ではない)爆発しろ。
 水蜜ちゃんかわいいです。青娥さん美しいです。

 ご閲覧ありがとうございました。今後もどうぞよろしくお願いします。

――――――――――
>>1 水蜜ちゃんかわいいですもん。原作での笑顔は特に。

>>2 ありがとーございまーす。恋なんてしたことないけど恋を描いた50作目でした´`

>>3 果たして星ちゃんは敗者となったのか! 寒空と恋の火アフターにご期待下さい!(書きません)

>>4 幼児退行はぱっと思い付いたのでぱっと書いたら予想以上に可愛かったのでGOサイン。

>>5 Oh. 意図が伝わってなかったのは残念です。精進致します。

>>6 ありがとうございますー。今後ともどうぞよろしくお願いします。

>>7 はっ…… 何でしょう!?

>>10 続きですから、その方がよろしいでしょう。

>>11 星は星で水蜜の恋人であるような努力をしたつもりでありましたが続かなかった感じです。

>>12 いつ読んでも構いませんとも。

 匿名評価6件ありがとうございます。
pnp
http://ameblo.jp/mochimochi-beibei/
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2012/02/14 11:34:22
更新日時:
2012/03/23 07:01:49
評価:
10/16
POINT:
1180
Rate:
14.18
分類
村紗水蜜
寅丸星
ナズーリン
『血肉の底に』のアフターストーリーとなってます。
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0. 180点 匿名評価 投稿数: 6
1. 100 名無し ■2012/02/14 22:32:23
めくるめく不幸のループですね……。
弾を込めたのは青娥さん。
引き金を引いたのは星ちゃん。

舟幽霊ゆえに依存心が強い水蜜可愛いなとか思ってたら幼児退行でやられました。
pnpさんの水蜜かわいくてきゅんとします!
そのかわいさに気付いてやって欲しかったよ星ちゃん……。
2. 100 シカヴぁね ■2012/02/14 23:16:17
50作目おめでとうございます!
ウワアーッ(パチパチパチ
いい話だこれ。
他人の為に自己を犠牲に出来る者。
戸惑いながらも現実を生きる者。
愛は、複雑で、難しくて、だからこそ良いのですね。
今回も、読み応えのある作品をお届け頂き、ありがとうございます。
3. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/02/14 23:50:33
死を選んだ死人の物語、再び。
死者は生者の心で生き続ける。
相手に忘れられたくないから、ずっと逝き続ける。
相手は忘れられず、ずっと苦しみ続ける。



どうしても、勝てないのなら、



全員、敗者にすれば良い。



寒空の中、温もりを感じた恋の炎は、燃え尽きた後、絶対零度をもたらした。

これは恋の話? 恨み節? 単なる愚かな道化の一人芝居?
面白かったから、どうでもいいですけれど。
4. 100 名無し ■2012/02/15 05:16:01
続き物だと聞いて前作から続けて読みました。

命蓮寺で一番女らしい心を持っているのは水蜜ですね。
海の底で放置され醸造された依存心、恨みつらみで船を沈めてきた暗い面、再び暗い水底に沈む恐れ。
一心に縋りつきたい気持ちこそ船幽霊の本質ってことですか。それを色恋沙汰で表現するとこうなってしまうのか……業が深い。

まさかの幼児退行にドキリとさせられたが、同時にムラサも結果が見えてるんだなと思えてむなしい気持ちに。
5. 100 名無し ■2012/02/15 15:08:35
うんやっぱこうなりますよね。
あの作品の芳香の行動に疑問符だらけだった私には実にしっくりくるアフターストーリーでした。
6. 100 ギョウヘルインニ ■2012/02/15 15:49:14
50作目おめでとうございます。作者様の作品はどれもすばらしいです。
7. 100 名無し ■2012/02/15 17:52:34
美しい……はっ!!
10. 100 はヵき ■2012/02/16 17:08:29
一度コレ読んでから前の奴読んでもいちどコレ読んだけど
コレは前の奴読んでからの方がいいね。絶対いい。

完璧!私には100点より下の点数は絶対付けられません!
11. 100 名無し ■2012/02/16 21:52:48
三人の気持ちがいじらしくて、「うわぁ」とか思いながら読ませていただきました。
水密は一時でも星の気持ちを手に入れられた。と言ってますけど、実際はどうだったんでしょう?
結局自殺してしまった水密さんは死後は地獄ですか・・・報われない。
16. 100 名無し ■2012/03/20 20:27:00
いまさら読んだ、最高だった。
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