Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/imta/req/util.php on line 270
『産廃創想話例大祭『アリス工場』』 作者: おにく

産廃創想話例大祭『アリス工場』

作品集: 3 投稿日時: 2012/05/06 03:26:56 更新日時: 2012/05/06 12:26:56 評価: 15/17 POINT: 1450 Rate: 16.39
『産廃創想話例大祭』参加作品



--------------------
そこはただ無機質な鉄と、規則的な機械音だけで作り上げられた、非人間的な空間であった。
なぜ、私はこんなところにいるのだろう。アリスは辺りを見回しながら自問自答する。
ここ数時間の記憶が、アリスの脳みそから欠落していた。記憶が正しければ、つい先程まで魔理沙の家への道を歩いていたはずだ。
それが何故、こんな所に居るのだろう。少なくとも夢でないことは確かであった。

「それにしても、なんだか不気味な所ね」

この工場のごうごうという巨大な換気扇の音は、幻想郷に入れば殆ど聞くこともない。頭が痛くなった。
おそらく、その自然とかけ離れたリズムが、魔法使いであるアリスにとって耐えがたい苦痛なのだろう。
一刻も早く抜け出して外の空気を吸わなければ、今にもおかしくなってしまいそうだ。

「まったく、どういう異変よこれは……」

アリスは頭を抱える。なぜだか動悸が止まらない。心臓がバクバクと鳴っている。
鈍色の壁、わんわんと響く機械のエンジン音、タイル張りの床がこの上なく不快なのだ。
何か呪いでもかけられているかのようだ。こめかみの2cm上が針でつつかれるように痛かった。
アリスは頭を抱えながらたまらずうずくまった。そして膝をタイルにつき、はぁと息をついた。
すると突然に天井から、無機質な機械音声が彼女を呼びかけてきたのだ。

「アリス・マーガトロイド様、アリス製造工場へようこそいらっしゃいました」

アリスは驚き辺りを見回すが、そこにはアリス以外誰もいなかった。
機械音声なのだから当然であるが、幻想妖怪のアリスにとって、一人でに声を発するカラクリなど縁遠い品だったのである。

「な、なに? 誰かいるなら、姿を見せて……、それにアリス製造工場って」

しかし、機械音声はアリスの声に応答しなかった。決まりきったことを繰り返す、レコーダーのような存在らしい。

「工場見学ツアーが始まります。そこのコースターに腰をお掛け下さい」
「無視しないでよ……」

不安がるアリスをよそに、部屋の中央部の地面がだんだんと開いて、そこから屋根のない四人乗りの車のようなものが現れた。
その車にはハンドルがない。自ら操縦するものではなく、あくまで自動で進んでゆくもののようだった。
勝手がわからないアリスは、しばし警戒しながらそれを観察し、なかなか席に着こうとしない。
なにせ突然連れてこられた場所である。警戒しないほうがおかしいのだ。
あたりを調べて、他に出口はないか探してみることも忘れなかった。
しかしそこには、換気扇を除いて出入りできるような場所はない。

「やっぱり、乗らないなら外には出さないというつもりなのかしら?」

もちろん機械音声は答えない。アリスはその沈黙を、ある種の無言の圧力だと判断した。
アリスはため息をつき、とうとう観念して車の方へと近づいていく。イスはプラスチックで、座るとお尻が冷たそうだった。
ちょこんと腰をかけたアリスは、また辺りを伺う。

「ほら、座ったわよ。これで……って、きゃあああ!!」

椅子の上の重量を感知したのか、車はアリスをシートベルトでがんじがらめにした。

「な、何、なによ、離して!!」

右肩から左尻、左肩から右尻へと、二重に備える厳重さである。パニックになったアリスはシートベルトを引き剥がそうとする。
しかし引っ張ると縄のように固くて、自力では脱出できそうにない。魔法のたぐいも効果がないようであった。
そうしてアリスがシートベルトと戯れていると、床には淡い光とともに、緑に光る線路のようなものが浮かんだ。
車はその線路に沿うように、ゆっくりと走り出す。線路に合わせてがたんごとんと揺れ、アリスも多少揺さぶられた。

「そっか、紐で縛るのは落ちないためなのね」

アリスはシートベルトにやましい理由がないと分かると、ほっと息をつき、ひとり納得する。
そして車はのんびりと部屋を一周した後、急に方向を変え何もない壁へと走行を始めた。
車のスピードもだんだんと上がり、駆け足程度から、やがて自転車に匹敵するぐらいにまで加速していた。
それでも車は進行方向を変えず、まるでそこに道があるかのような勢いで突き進んでゆく。アリスの顔がひきつった。

「きゃ、ぶ、ぶつかっちゃうわよ! ちょ、下ろして!」

暴れるアリスは、しかしシートベルトに捉えられていた。たまらずアリスは、頭を守るようにぎゅっと身をかがめる。
しかし、正面にあった壁は、車に反応してまるで扉のように横に開いてしまった。もともと激突などしないつくりなのである。
アリスはそのカリスマガードのような姿勢のまま、しばし衝撃に備えていたが、やがて聞こえてくる機械音声で、漸く我に返った。

「こちらは、アリス生産施設になります。当工場で育てられるアリスは、100%自家生産となっており、外国産は使用しておりません」
「へ……、あ、なんだ。大丈夫なのね」

アリスはゆっくりと顔をあげる。激突しないということが、漸くアリスにも分かったらしい。なんだか恥ずかしくなった。
いきなりかがんだせいもあって、髪の毛はくしゃくしゃだ。乙女の身だしなみとして、思わず整える。
しかし、車の外に見える光景を見て、アリスの手は凍りつくように止まってしまった。

「5年ほど培養液で育てられたアリスは、すぐにこちらの檻へ入れられます」
「な、何これ……、何の冗談よ……」

線路の両側には、山のような檻が設置されていた。そこにいるのはアリス・マーガトロイドそっくりの生き物たちだ。
いや、実際あれらはアリス・マーガトロイドなのかもしれない。少なくとも外から見る限りで、アリスと彼女たちは全く同じである。
同じ青い瞳、同じ金色の髪、いくらか幼い個体もいるが、半分ほどはアリスとちょうど同じ年齢に見えた。
それらは全て裸であった。シンボルマークであるカチューシャはあったが、下着すら着ることもなく、それを恥じる様子もなかった。
そうしてアリスがあっけにとられていると、突然部屋中にブザーが鳴り響きはじめる。

「食事だ!」

一斉に現れた看守たちが、アリスたちに食料を与えてゆく。看守たちは鉄でできたカラクリ人形、いわゆるロボットである。
人型をしたそれらは、関節をギシギシと鳴らしながら、広いこの生産施設を走り回っていた。
檻の床に設置された餌皿には、何かの肉と内臓の混ざったものが盛りつけられていく。
肉は調理されるどころか、火さえ通されていない。まさに動物の食事であった。その生臭い匂いは車の上のアリスの所にまで漂ってくる。
まるで先ほどまで生きていたかのような生々しい色の肉、新鮮な血液までこびりついていた。
アリスたちは、そんなグロテスクな何かを、地面に這いつくばって、犬のように腹に収めてゆく。
遠目に見たら、犬か何かに見間違えるかもしれない。魔法使いとしての尊厳がふみにじられるような眺めであった。
そんな光景をよそに、車はどんどんと線路を進む。檻の中のアリスは、車の中のアリスに視線を向けることさえしなかった。
純粋に興味がなかったのだろうか。あるいは反応することを禁じられているのだろうか。
もっともアリスの方も、檻の中にいる者たちに声をかけるのは恐ろしく、ただ黙ってやり過ごそうとしていたのだが。

「何なのかしら、これって……」

アリスのようなものたちが大量に育てられている。それは、機械音声の説明からも明らかなことであった。
しかし、どうしてそんなことをする必要があるのか、考えても見当がつかなかった。
アリスが理解できるのはただ一つ、この工場を作った人間が、この上ないぐらい悪趣味だということだけだ。
そして、車で暫く進むと、今度は檻ではなく、教室のようなものが見えてきた。

「これは……、寺子屋?」

その部屋の前後には黒板があり、前方にはロボット型の看守が教師としてついている。
教室のような部屋に、机が50個ほど並べられていた。そこに座ったアリスたちは、思い思いに本を読み、勉学に励んでいる。
突然の光景の変化に困惑するアリスであったが、機械音声がまた喋りだして、ようやくこの場所の役割が理解できた。

「ここは学校です。アリス・マーガトロイドとしてふさわしい知識・思考・仕草を身につけるための機関です」
「何よそれ、訳が分からないわ……」
「アリスとしてより相応しい個体が抽出され、そうでない個体は別の工程へ向かいます」
「そんな事して何になるっていうのよ……」

理解できても、目的は不明である。収まりつつあった頭痛が、ここに来てまた酷くなってしまったような気がする。
アリス・マーガトロイドという魔法使いは唯一自分だけ。このようなコピーを作って、どうするつもりなのか。
不気味だった。得体のしれない何かを感じた。こんな不毛な行為をするのは、どんな奴なんだろう。
それとも、アリスには分からない、何か崇高な目的があるのだろうか。

「この学校でアリスの選別を進め、もっとも優れた、かつアリスらしいアリスを探しだすのです」

アリスが教室の様子を、こわばった顔つきで見ていると、そこに突然新たな看守が現れ、一部のアリスたちを連行し始めた。
その看守の手には銃器が握られており、それを水平方向に構えている。有無を言わさない様子だ。
アリスたちの顔は青ざめ、泣き叫んでいるようにも見える。看守に腕を掴まれて、失禁している個体もいた。
アリスはなんだか嫌な気分になった。自分、いや自分のようなものが乱暴な扱いをされて、気分が良いわけがないのだ。
何よりあの光景を見ていると、アリス自身の体から血の気が引いて、震えてしまいそうになる。
胃液がこみ上げてきて、思わず教室から目をそらす。アリスには、これ以上耐えられなかったのだ。
そんな様子を察知してか、車はまた速度を上げる。そしてそのまま、教室を抜けて通路へと入っていった。
車一台が通れるだけの狭い通路である。真っ暗な場所であったが、異様な光景から離れたアリスは、漸く一息つくことができた。

「おつかれさまでした。以上で生産施設の見学は終了です」
「ふぅ……何なのよ、一体……」

アリスは額を汗で拭う。そうしてやっと、アリスは自分が異様に汗ばんで居ることを知った。
全身の神経がいやに張り詰めているのは、非現実的な光景への拒否反応だろうか、それとも。
アリスは服の襟をつかんで、ぱたぱたとあおいだ。汗で張り付く服が、なんだか不快だったからだ。
なんだか落ち着かないようで、暗闇の中をきょろきょろと見回す。
しかし、暗闇の通路には案内板一つなく、ただただ機能的なトンネルであった。この先に何が待つかは分からない。
衝動的に帰りたくなって、またシートベルトを外そうとした。
だが、外すための場所は見当たらない、自らの意思では解除できないことを確認しただけに終わった。
そうしているうちに、機械音声はまた、施設について口を開き始める。

「次は、処分施設です。規格外のアリスを加工処分する施設になります」
「処分、ですって……?」

トンネルの向こうに光が見える。嫌な予感がした。
人型の生き物を扱う施設で、処分という単語が出てくること自体、正気の沙汰ではなかった。

「主な転用先は食用ですが、時期次第ではインテリア用の剥製などにも加工されます。一部は工場維持のため、愛玩動物として内密に取引されます」

次の施設は、今までのものとは比べ物にならないほどの、悪趣味な施設だ。アリスの体がこわばる。
しかし車は進んでゆく。アリスが乗っている乗り物は、アリスでない者の意思によって進んでいる。
通路を抜けた。アリスは目をつむり、眼の前に広がる現実から逃げようとする。
だが、工場の真実は、まずその無防備な両耳に容赦無く飛び込んできたのであった。

「い゛やあああ゛あぁぁあああ!!!!」

その一声で全身が凍りつくには十分である。命を奪われ、すり潰される瞬間の悲鳴であった。
悲鳴というものは生き物を耐え難い緊張下に陥れる。悲鳴ある所に、死は満ちているのだ。

「私の、わた、わた、し、の手、て、手があああああ!!!」
「ぎゃああああ゛ああぁ、いたい、痛いいたい、いたいいたい!!!!」
「あ、ゆ、許して、許して……」

アリスたちの叫び声、この世で最も聞き慣れている声で、断末魔が上がっている。
その音を聞くだけで、目を瞑るアリスの目の前に、屠殺場のグロテスクな光景が広がっていくようだ。
アリスの体は不調に耐え切れず、体の中のものを吐き出そうとする。
自らの口をおさえ、一瞬だけ我慢しようとしたが、体の反応はもはや抑えきれなかった。
発作のように喉がびくびくと蠢き、胃液がこみ上げてくる。そして指の間から、生ぬるい液体がこぼれた。
食パンと卵とハムがぐちゃぐちゃに混ざり合った液体を、ぼろぼろとこぼしてゆく。アリスの瞳に涙が浮かんできた。
そしてアリスのスカートは、吐瀉物にまみれて汚れてしまった。

「うっ……、はぁ、はぁ、はあぁ……」

呼吸を吐瀉物に押しとどめられ、足りなくなった酸素を必死でかき集める。
アリスの口にはすっぱい味が広がり、頭痛もひどく、そして全身に寒気がはしる。病気にかかってしまったかのような最低の気分だった。
そしてそんな弱ったアリスにも、死にゆく失敗作の叫びが、糊のように張り付いてくる。全身が震え始めた。
アリスにはとても耐えられない場所。

「あ……」

機械音声は無慈悲に解説を加える。

「身長・体重・体格・仕草・知識・性格などの面で、アリス・マーガトロイドと認められない個体は、ここで処理されます」
「や、やだ、やだ、やめてよぉ……」

肉を引き裂く音、血が飛び散る音、内臓はぐちゃりぐちゃりと引き出される音がする。
アリスの心臓は、滝のように血液を送り出していた。全身から冷や汗が出て、呼吸が異様に乱れてくる。
悲鳴を聞く度に全身に鳥肌が立ち、シートベルトを引きちぎってでも、逃げ出してしまいたくなった。
もっとも、それはどうしても叶わないことなのだ。アリスの一挙手一投足は、全てアリスの自由にない。
アリスに出来るのは、ただ子供のように目をつむって、嵐が通り過ぎるのを待つことだけだ。

「処分対象のアリスの多くは、ここで食肉加工され、出荷されることはありません。こうして、アリスブランドは守られるのです」
「嫌、いや、いやいやいや……」
「このように山のような出来損ないを処分することで、今の可愛いアリスが維持されているのです」

肉がぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。そしてまたアリスが一匹、死にゆく声を聞いてしまった。
しかしその非日常の声は、実際のところアリスが育った場所では、ありふれたものではなかったか。
アリスの記憶が引き摺り出されてゆく。幻想郷で暮らす、美人でおすましな人形遣いには不要な記憶であった。
そのような封がなされた不純物を、この工場見学が無理矢理かき出そうとするのだ。

「止めて……」

アリスの歯がかちかちと鳴る。アリスは魔界からやってきた魔法使いの少女ではないのか。

「このような品質の維持向上により、ブランド価値はますます増しており、今年の人気投票では2位という快挙を成し遂げ……」
「あ、あ、あ……、お、母さん……」

そうつぶやいた瞬間、突然左の方向から液体が浴びせられた。鉄のように生臭い。
目をつむっていても分かるその生ぬるい感触は、明らかに哺乳類の血液であった。

「ひあぁ!!」

アリスは驚いて、危険を回避するために、本能的に目を開けてしまった。そして見た。視線の先には血液の主が居た。
それはアリスから見ても、可愛らしいアリスであった。手術台のようなものに乗せられている。ほどよく膨らんだ胸、なめらかな顔の輪郭。
しかしそのアリスには、既に両腕がなかった。両足もない。いわゆるダルマ状態のまま、機械にいたぶられていた。
手足はチェーンソーのような刃を持つ機械で切り落とされたようで、全てベルトコンベアで運ばれている。
恐らくあれらはアリスの餌となるのだ。
そしてそのチェーンソーは、丁度アリスの腹を引き裂いている最中であった。

「あ゛、あ、あ……?」

蚊の泣くような悲鳴は、もはやそのアリスが長くないことを示している。
芋虫のような体をぴくりぴくりと震わせて、それは毛虫のような抵抗を見せる。しかし、なんら実質的意味はなかった。
そうして裂かれた腹に、今度は腕のように太いホースのようなものが挿入されてゆく。
そして数秒、そのアリスの体はいきなり痙攣するように跳ねた。

「あ゛……ああ゛あぁぁああ!!」

ずるずると内蔵が吸い出されてゆく。ホースの透明な管に、そのアリスの腸や膀胱などが、一緒くたになって登ってゆく。
生きるために必要な物が、取り出される度に、アリスの抵抗は弱くなりやがてほとんど動かなくなった。
そして、二人のアリスの視線が交わった。

「あ……」

死にゆくアリスの瞳には、外へ出れなかった無念と後悔だけが、涙となって浮かんでいる。
その死に様が、アリスの精神の奥底に封じられた、封じられた記憶を引きずり出す。
いつの日か、アリスは檻の中から外を眺めていた。
そして、看守に引き摺り出されるアリスの姿は、かつて自分が目撃した光景、そのものではなかったか。
アリスは、培養液で生育され、檻に閉じ込められ、ただ死にたくないばかりにアリス・マーガトロイドになろうとした人形だ。
主犯は誰だったのか。
生まれてからの記憶と、幻想郷での記憶が交じり合い、絡まって、爆発した。

「私は……」

内蔵を引き出されたアリスにはもう息はなかった。切断用チェーンソーは、アリスの首へと向かい、細い根本を切り落とす。
首の切断面が、ぴちゃりと水音を立てて血を垂らしたが、もうほとんど血液も無いのか、その流れはすぐに止まった。
そして尻が切り離され、次に腹の肉が切除される。残った上半身からはまず胸肉がはぎとられ、残りもすぐに解体された。
それぞれの部位は別のベルトコンベアへと仕分けられ、工場生産品のように分類されてゆく。
唯一アリスとしての雰囲気を残していた生首は、他のアリスの生首と纏められ、巨大なミキサーでぐちゃぐちゃのミンチにされてしまった。
アリスは殆ど生気の無い瞳で、その非人道的な一部始終を眺めていた。
唇が震えている。あれにはなりたくない。あれにならないために頑張って、アリス・マーガトロイドになれた。
なのに何故か、この忌まわしい工場に戻らされてしまった。
血なまぐさい臭いを吐き捨てるため、ごうごうと換気扇が働いている。そして、アリスの肉を運搬する、規則的なコンベアの駆動音。
アリスが嫌悪感を感じていたのは、機械の音ではなく、その奥にあった忌まわしい記憶だったのである。

「私は、私はアリスよ、私だけが……」

ぼんやりと一人口に出す。そしてアリスはそのまま白目をむいて気絶してしまった。

気絶したアリスは、一つの夢を見ていた。
森の中に建てられた小洒落た家で、アリス・マーガトロイドは人形を焼き、それを組み立てる。
そしてアリスの周りには、霊夢や魔理沙、そして様々な人妖が楽しそうに飛び交っている。走馬灯のように駆け抜ける光景たちだ。
アリスは心の中で思案する。あの思い出は、決して偽りなどではない。そこにはままごとではない、人間の息遣いがあった。
だが、結局その経験は、借り物の人格の上に建てられた、砂上の楼閣のようなものである。
アリスは、このアリスという生き物の一生はこれで終わるのだ。無慈悲に、理不尽に。

そして、どれほどの時間が経ったのだろう。アリスは夢から覚め、うっすらと目を開ける。
視界は暫くの間ぼんやりとしていて、なかなか一つの像を結ばなかったが、何度か瞬きをしているうちに、だんだんとはっきりしてきた。
青い髪、チェリーのような髪留めと、特徴的なサイドテールだ。

「お母さん……?」
「あたり」

神綺は、ぼんやりと空を舞うアリスの視線を、にこりと笑って受け止めた。

「おかえりなさい。私の創造物」

アリスの体は未だシートベルトに締め付けられている。新鮮な血で濡れたそれは、アリスが体をよじると、ぎしりぎしりと音を立てた。
車の側面に立つ神綺は、そんなアリスの顔を覗きこむ。アリスからは血糊が消えていた。帰ってきた娘のために、死に化粧を整えたのだ。
あまりにも残酷な創造主にも、やはり作ったものへの愛情というものが備わっていたようだ。

「お母さん、悪い冗談は止めて」
「冗談なんかじゃないわ。アリスちゃん、競争の激しいWin版であなたを一端のキャラクターにするには、これしかなかったのよ」

神綺は腕を広げて、まるでバレリーナのようにくるくると踊る。

「ただ創るだけじゃいけない。アリス・マーガトロイドは、日々進化して、ますます可愛くなっていくのよ」

くるりくるり。アリスは目を回しそうになった。

「心ないSSやイラストでアリスちゃんが死ぬこともある。常に新しいアリスちゃんを供給する必要があったの」
「そ、そのために、この工場を……?」
「そう! 今ごろ、あなたよりもっと可愛らしいアリスが、アリス・マーガトロイドをやっているわよ!」

神綺が指差す先には、42型の薄型液晶ディスプレイが備え付けられていた。

「ほら、見てみなさい」
「あぁぁ……」

アリスの頭がぐらんぐらんと揺れる。アリスの小さな両肩が小刻みに震え始めた。
そこにはアリスがいたのだ。そのアリスが何事もなかったかのように、魔理沙とのお茶会を楽しんでいる。
そのアリスは、前のアリスより少し童顔で、人形のように儚く、そして何より猫のように愛くるしかった。
立ち振る舞いもよっぽど洗練されていて、比べ物にならない。

「あの子は10年に1度の逸材よ。きっと人気投票1位を奪い取ってきてくれる」

自分がいるべき場所、自分が守ってきた席をあっさりと他のアリスに奪われる。
魔理沙も、同席していた霊夢も誰も気づかない。胸にぽっかりと穴があいてしまったような気分だった。
アリスは、アリス・マーガトロイドというキャラクターを構成する部品の一つにすぎないのだ。

「それじゃあ、私は用済み? お母さん、ねえ、私はどうなるの……!?」
「ごめんなさい。不要なアリスは処分するわ。……本当にごめん。これもアリスちゃんの為なのよ」
「そんな! 私は、処分なんてされたくない! 嫌、帰して! 私を幻想郷に帰してよぉお!!」
「許してアリスちゃん。あなたが死んでも、アリス・マーガトロイドという概念は永久に不滅よ」

アリスは何とかして逃げようと、じたばたと体を動かす。
しかし車に備え付けられたシートベルトがそれを許さなかった。シートベルトは安全のためでなく、アリスを逃さないためにあったのだ。
神綺の手には一つのカプセルが握られている。ほんの粒のようなそれは、半分が赤で、半分が白。楕円形のそれ。
アリスにそれを飲ませようと、その真っ白な指が近づいてくる。爪は血のように赤く塗られていた。

「い、嫌」

あれは危険だと、本能的に悟った。あれを飲んではいけない。

「飲みなさい。アリスちゃん」
「嫌よ……」
「飲みなさい」
「……いや」
「大丈夫だから。ね」
「やだ。絶対に飲まない……」

神綺はにこりと笑う。アリスは歯を食いしばって唇を締め、いつまででも反抗する構えだ。

「ほら、私の目を見て」

アリスは神綺の瞳を睨みつけた。するとアリスの頭がぼうっと暖かくなって、全身の力がだんだんと抜け始めた。
抗いきれないめまいのような感覚、全身の筋肉がだんだんとほぐれ、弱まってゆくのが分かる。
そしてアリスの口がぽかんと空いた。神綺はアリスの口に指をつっこみ、奥歯の間にカプセルを置くと、顎に手を添えそれを噛ませた。
全身がしびれるような、不思議な感じがした。すうっと意識を刈り取られてゆくような感じがした。
アリスはそんなまどろみに体を委ねながら、やってくるであろう己の運命を悟ったのである。

「ねえ、お母さん」
「何、アリスちゃん」
「私って、何だったの……? 何のために、生きてきたの……?」
「あなたは大事な、いえ一番大切な私のお人形、私の最高傑作よ。あなたは私のアリスをより完璧にしてくれた」

その返答を聞き終えることはできたのだろうか。睡眠薬が体全体に回り、アリスは深い眠りに落ちていった。
全ての緊張が解けたような安心した表情で、すうすうと寝息を立てている。神綺はそんなアリスの腕に一本の注射針を向けた。
筋弛緩剤と呼ばれる藥品が、その中に漂っている。筋肉の動きを停止させ、臓器を止め、死に至らせるための液体だ。
このような毒薬で殺すことは、アリス・マーガトロイドとして頑張った彼女への、神綺なりの報奨なのであろうか。
少なくとも、生きたまま解体されて食肉となるよりは楽な死に方だった。
針の先がアリスの体に潜り、そして液体が血管に注入されてゆく。そうして数分、アリスはただ眠り続けていた。
だんだんと呼吸が弱まり、体の動きもなくなる。そして、最後の息が吐き出される。
こうして、アリスの心臓が止まった。

アリスは、今までに幻想郷で生きていたアリスたちと同様に、工場裏の共同墓地に埋葬された。

「なんか、今日のアリス雰囲気が違うな」
「そう?」
「なんていうか、全体的に大人びてて、その、綺麗というか」
「あら、お世辞なんていっても何も出ないわよ」

次のアリスがこの墓地へとやってくるのは、数ヶ月後か、数年後か、はたまた数日後のことなのだろうか。






【無関係おまけ:カラーおくう】
カラーひよこならぬ、カラーミニお空ちゃんが売ってたら、祭りは何倍も楽しくなります。
赤と青のお空ちゃんをあつめて殺し合わせることもできるし、一対一で殴り合いをさせることもできる。
負けたお空ちゃんは股裂きで真っ二つ、もしくは割り箸で串刺しです。
この2つなら、やはり串刺しが良いでしょうね。貫通させてもしばらくは、ぴくぴくと動いているでしょう。
長く長く楽しめるわけです。もちろん、好き好きですが。

……ぐちゃぐちゃになったお空ちゃんの死体は、焼きそばとまぜて、テフロン加工のフライパンでじっくり炒めます。
串刺しにしたお空ちゃんは、鉄板の上で焼き鳥のようにじゅうじゅうと、焦げ目がつくまで焼き続けます。
どちらもおいしそうでしょう。こうやって話しているだけで、よだれがでてきます。きっと鶏肉の味ですよ。

「う、うにゅ……」どんびき

さて、本物のお空ちゃんは、焼きそばの具になりたいですか、それとも串刺しの焼き鳥になりたいですか?

「や、いゃ、やだ、どっちもやだ……」

はぁ? 悪い子!
お空ちゃんの上から突然インド象が降ってきて、お空ちゃんはミンチになってしまいました。

そんな妄想をしながらさとりさんとすれ違ったとき、彼女は不躾にも朝マックを戻してしまったのです。
だから地底でも嫌われ者なんですよ。まったく、神奈子様と諏訪子様の高潔さを見習えば、少しはマシになるでしょうに。

現役女子高生巫女、東風谷早苗でした☆ おわり☆
アリスちゃんを殺してもまた湧いて出てくるのは、結局そういうことなのでしょう。
だからアリスちゃんはいくら殺しても大丈夫なのです。
おにく
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2012/05/06 03:26:56
更新日時:
2012/05/06 12:26:56
評価:
15/17
POINT:
1450
Rate:
16.39
分類
アリス
社会科見学
工場
大量生産
大量消費
解体
屠殺
安楽死
ソイレントシステム
産廃創想話例大祭
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 60点 匿名評価 投稿数: 2
1. 100 名無し ■2012/05/06 14:03:01
アリスの可愛らしさは必然だったか
2. 100 名無し ■2012/05/06 14:04:30
アリスに限らず、好きなキャラが二次創作で酷いことをされているのを見るといつも怒りとやるせない悲しみと興奮を覚えます。
アリスごめんね。
3. 80 NutsIn先任曹長 ■2012/05/06 15:18:08
アリスも、早苗も、幻想郷すらも、ひょっとして……。
4. 90 名無し ■2012/05/06 16:20:02
俺にもアリスくれくださいよマジで
jkの早苗さんと結婚したいよぅ
6. 100 名無し ■2012/05/06 17:00:52
怯える女の子って可愛い

アリスを純化させていく過程は品種改良に似てますね。しかし品種改良にも陥穽がつきもの。いずれ生まれるであろうアリスの異常種はいったいどんなのになるんでしょうね。胸肉が大きすぎて歩けなくなったり、子供の姿のまま成体になったり。それが「アリスらしい」と認められたら今後のアリスにはその形質が受け継がれることになりますし。


いずれ自然爆発する固体が生まれるのかな。楽しみだなぁ
7. 100 名無し ■2012/05/06 22:21:51
機械とか工場の話大好き。
無慈悲で救いが無くて、そこに感情が無いのが余計に恐ろしさを強調してくれる。
生存競争はかくも厳しいモノだと感じました。
9. 90 んh ■2012/05/09 21:58:49
 工場いいですね。

 これは好みでしょうが、もっと近代合理的な施設の方がいいかなとも思いました。施設の目的が種の選別と大量生産という、ある種二律背反する性質のものなので、システムをより詰めて最適化を模索して欲しかったなあと。
 新種の培養にあの飼料は栄養バランス的な問題大と思いますし、犬食いも作法等を後から学ばせるのは不合理さを感じます。むしろ品種改良を進めて、食用・加工用・品種改良用・実験用(廃棄物のリユース含)くらいに分けたほうが、ローコストでいけるような。

 食肉化するのなら、可食部の少ない細身の少女はコストパフォーマンスが悪いですし、内蔵を一括して吸い出すのももったいない気がします。せっかくの肝臓が胆汁まみれで卸せなくなってしまいますから。ノズル吸い出し法は事前に肛括筋を切っとかないと結腸が残るのでそこはどうしてたのかな、横隔膜や循環器系は後で別個に処理するのかな、とか色々気になりました。

 屠殺も血抜きや皮膚を剥ぐ工程をどうするか等含めて、単なる解体とは異なる、無駄のない工業ラインを追求して欲しかったです。開発ラボの描写も欲しかった。
10. 90 名無し ■2012/05/10 20:46:52
Message bodyアリスかわいいよアリス。SSでいつもたくさん酷いことされてるのに綺麗でかわいいままなのはこういうことだったんですね。最新版アリスがここに戻されるときが楽しみです。グッドライフグッドラックアリス…
11. 100 紅魚群 ■2012/05/11 17:33:27
舞台設定がど真ん中ストライク。見学形式にしてアリス本人に工場内を見せて回り、じわじわと真実や設定を明かしながら恐怖感を煽る技法は秀逸。そしてオリジナルだと思っていたアリス自身も、ここで生産されたものだと分かったときは思わずハッとさせられました。工場の存在理由やオチにメタが含まれているにもかかわらず、ちゃんと説得力がある点もGOOD。単なるアリスいじめで終わっていません。アリス自体は何も救われてはいないという後を引く終わり方も、すごく好みです。
作品の余韻を薄めるおまけは蛇足な気がしましたが、それでも100点をあげたい。良い作品をありがとうございます。
12. 70 あぶぶ ■2012/05/23 21:05:35
MMDって良く知らないんだけど、作ってる時って基本裸なんですよね?
まー造形物は創造主には逆らえませんよ。
13. 100 木質 ■2012/05/27 18:20:14
究極のアリスを求めて稼働する工場。
神様であり工場長の神綺様。
この工場には製造ノルマや、効率UPのためのミーティングがあるのかと、ついつい考えてしまいます。

アリスブランド維持が目的でなければクローン兵みたいに大量のアリスで構成された軍隊や、奴隷を集めたハーレムが思いのまま…

物として扱われて解体される出来損ないアリスを、可愛そうだと思いつつも興奮してしまいました。
14. 100 アレスタ海軍中尉 ■2012/05/28 00:39:36
アリスというのは死すために生まれているのだと思っていましたが、このSSのアリスちゃんたちは私の思いをぶち破ってくれた。
生まれるために死すのか。

ところで完全なアリスができたとして、それはアリスなのでしょうか?
15. 100 ローゼメタル ■2012/05/30 15:30:20
一番面白かった

やっぱアリスって神だわ
16. 70 名無し ■2012/05/31 11:03:30
素晴らしい設定。
おまけは不必要かなと思います。あと全体にわたって、文章をもういくらか推敲すべきかなと思ったり。その辺で点数ちょっと引いて、この点数でFA。
ところで一挙手一投足って使い方あってるのかな?
17. 100 名無し ■2014/06/05 00:59:00
すごくよかった
メタな感じで
名前 メール
評価 パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード