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『無間』 作者: 海

無間

作品集: 5 投稿日時: 2012/09/20 12:28:39 更新日時: 2012/10/10 22:02:00 評価: 4/8 POINT: 520 Rate: 12.11
 木漏れ日の光すら強すぎる季節であるが、夕方頃になると博麗神社の縁側はようやく涼やかな佇まいの場となっている。まだ縁側の床は熱を持っているが、それすらも残暑と呼ぶにふさわしい趣がある。


 その涼し気な空間で、少女が三人。
 霊夢、魔理沙、そして映姫である。そこで何が行われているかは霊夢と魔理沙の表情から伺える。いつまでも続くお説教にうんざりしているようだ。


「……だから、あなたは薄情なのです。お盆に実家に顔も出さないとは何事ですか。魔理沙、あなた自身はそれで良いかもしれませんが、両親や親戚は、あなたが顔も見せないことを心配しています。それに、お盆というものをあなたは軽視しすぎている。そもそも、お盆とは―」
 映姫の現在のターゲットは魔理沙である。お盆に実家に顔を出さなかったことを責められているようだ。

「わかった、わかった。今度から善処する。彼岸の閻魔様がそう言うんなら、この勘当娘もそのうち帰ってみるからさ。もうその話題はやめようぜ。」
「本当にわかっていますか。まったく、簡単に善行を積めるチャンスをあなた方は無碍にしすぎている。人生は短い。生きているうちに善行をなさねば、死んでからでは遅いのですよ。だから―」


 延々と続く話の腰を折るかのように、霊夢が言葉を挟んだ。

「ねえ、あなた。結局のところ、善行を積まねば地獄に行く事になるってことをやかましく話しているのよね。でも、地獄に行くかどうかはあなたが決めるんじゃないの。そのあなた自身は、地獄に落とす資格ってあるのかしら。」

 助け舟が入ったことに魔理沙は安堵して、続ける。
「そうだぜ。映姫だって、閻魔だって、まったく善行しか行わないってわけじゃないんだろう?それじゃあ善行善行言っていても、あまり説得力がないぜ。」

 それら彼女たちの疑問に対して、映姫は答えた。
「当然です。人格を持ってあなた方と接している以上、この此岸においては私とて善行ばかりではないでしょう。しかし私は地上で行われなかった正義を彼岸で実現するための執行官。死者の裁きにおいてその判決に狂いはありません。ですから、あなた方が行うべき善行は―」

 遮るように魔理沙が口をはさむ。
「それだよ。映姫の判断が正義だと誰が決めるんだ。そもそも本で読んだような地獄の苦しみで本当に贖罪になるのか?」


 少し息をついて、映姫は答えた。
「正義とは、私達すべての総体の知恵です。それは決して多数決で決められる決定ではない。そのことについては、あなた方には話してもまだわからないでしょう。もう一つの疑問にはお答えします。地獄の堪え難い激痛は罪の意識を取り戻し、次の転生に備えるものです。もしそれらがなくて、罪人の魂を同じくしてただ転生させるだけでは、地上に再び災禍をもたらすことでしょう。ですから、此岸の世に災いが減るのなら、それは命あるものすべてにとって幸いでしょう。」

 映姫は少し間をはさみ、続けた。
「それに、私はこの苦しみなら、贖罪になるということを知っています。」


「どういうこと?」
 霊夢が疑問を投げる。映姫はそれに少し笑って答えた。
「では、長いですが、今日はそのお話をしましょうか。」




――彼岸――




 彼岸に四季という概念はないが、それでも一年、一日、という時間の経過は存在している。と言っても、魂を導くもの達の仕事のスケジュールのために使われているのが実態である。

 仕事に勤勉な映姫であるが、一年の内、ある特定の日だけは休暇をとる。休暇というよりは、彼女自身の認識としては、別の仕事に当たるというのが正しいかもしれない。


 法廷にほど近い所にある閻魔の官舎内の一室。
 その中で映姫は浄玻璃の鏡を取り出し、自らの顔を映す。
 罪人の生涯の始終を見聞する道具にて、彼女は何を見ようとしているのか。


 彼女の眼前に、ある風景が暗闇で明滅する明かりのように浮かび上がる。それは彼女が閻魔になってからの生である。四季映姫が探し求めている記録は、ここではない。


 さらに奥深く――



 時代はいつであろうか、おそらく江戸の頃であろう。提灯の明かりを頼りに人気のない夜道を歩く、齢14,5ほどの少女と、中年の男。交わされる会話から察するに、男は少女の父親のようだ。

 賭場からの帰り道。そして、男は泥酔しているようである。

「畜生め。また根こそぎ盗られちまった。どうもてめえが来ると運が落ちるぜ、なあ。」
「……ごめんなさい、お父。でも、夜半を過ぎたら迎えに来いって、お父が言ってたから……」
「あ?なんだ、てめえ、俺のせいにしたいってのか?上等じゃねえか。そんなところまで、あいつに似なくても良かったってのによう。」

 あいつとは、離縁した妻のことであろう。もっとも、この場合愛想を尽かされ、三行半を書かされたというべきだ。この男は浪人者だが、傘張りなどする甲斐性もなく、妻や娘の乏しい稼ぎを酒と博打に費やしていた。妻が消えて当然であろう。いよいよもって金がなくなれば、気の弱い町衆から掠めるか、適当に人夫をするぐらいである。


「そろそろ、お前も年頃になってきたし、ここいらで茶屋にでも奉公に出るか、おい?」
「……ごめんなさい、お父。それだけは勘弁して下さい……」
「けっ、お前みたいに暗い娘じゃあ、客も取れねえか。本当に使えない娘だよ、お前は。」

 茶屋で働くとは、現代とは意味が違う。一言で言うなら、売春である。男としても、金策尽きれば娘を売り飛ばすことになんら躊躇はなかった。


「あー、喉が渇いた。おい、なんか水筒とか持ってねえのか。」
「無いです、すみません……」
「糞っ、しょうがねえな。」

 ふらふらと男は火消し水桶に近づき、桶の蓋をずらして開ける。桶の水はこの時代の人間でさえ、汚いから飲もうとはしないものだ。それに口をつけるなど、酒で判断能力が低下しているのだろう。
 手で掬って飲み、男は息をついた。

「ふう。今度からは提灯だけじゃなく水も持ってこいよ。」
「はい……」

 そう言うと男は立て続けに何杯か飲み、提灯を持つ娘のところまで帰ってきた。ふらふらと長屋へと歩きながら、幾分元気を取り戻した男は娘に猥談を投げかける。

「しかし、てめえも本当に色気がない女だな。尻も全然出ていねえしな。どうだ、乳は少しはでかくなったのか?」

 そう言うと男は、着物の合わせから娘の胸に手を潜り込ませ、乳房を弄る。提灯を落としこそしなかったが、娘は悲鳴を上げる。

「きゃあっ!!やめて、お父!!痛いです!!嫌、離して下さい!!」
「ふん、あんまり育ってねえな。これじゃあ値もつかねえか。糞が。」

 男は手を抜き取ると、その手で娘の尻を鷲掴みにする。

「かてえ尻だ。もっと肉をつけろよ。」
「痛い!!やめて……」
「面白くねえ。調子に乗るなよ。」

 うんざりしたような口ぶりで、ようやく男は手を離した。


 それから数町ほど歩いたところで、男は腹を押さえた。
「いてててて……なんだ、こりゃ。飲み過ぎたかな。うう……」
 安酒をあおったのが悪いのか、先ほどの桶の水が悪いのか、急に腹が痛み出した。
「うえ……なんだか気持ち悪いな……くそ……」
 腹痛と同時に嘔吐感が強くなる。男は近くの木戸にもたれかかった。


 数分後。
「ああ、なんだ、こりゃ……うぶ、げええ!!!」
 男は盛大に胃の内容物を逆流させた。木戸にビシャビシャと酒と胃液が飛び散り、また、自身の着物の袖を盛大に汚した。
「くそっ、汚れちまった…………おい、お前。着物を切るから、手伝え。」
「はい……」
 男は娘に汚れた袖を掴ませ、濡れた部分を合口で裁断する。
「あとで洗ってから、繋ぎ直しておけ。ああ、気持ちわりい……」
「はい……」


「くそっ、酒が出ちまった。飲み直しだ。」
 男は嘔吐したばかりだというのに、瓢箪を取り出した。
「お父、やめたほうがいいと思う。また、戻すかも――」
「うるせえ。酒が入ってねえと、歩けねえんだよ、俺は。」
 構わず男は瓢箪に口をつけてぐびぐびと飲みだした。


 瓢箪の酒が尽きた頃であろうか。男は強烈な眠気に襲われ、木戸に腰掛けたまま目を閉じてしまった。
「お父、お父。こんなところで寝たら駄目だよ。起きて下さい。」
 娘が男の体を揺するが、男は寝息を立てて眠ってしまった。



 ――なんで、わたしは、こんなやつの面倒を見なくてはいけないの――
 ――なんで、お母は、わたしを置いていったの――
 ――なんで、なんで――

 娘は逡巡する。自分は何故、毎日この男のために働かなくてはいけないのか。何故、ここまで苦労させられなければいけないのか。何故、明日も、その次の日も、こんな毎日が続いていくのか。何故、何故。

 気がつくと、娘は、男の合口を手に取っていた。

 

 男は、その激痛によって覚醒した。
「……いってえええ!!!!おい、こら!!!!どういうことだ、これは!!!!」
「ひ、ひいいいいいいい!?」
 娘は男の腹に突き刺した合口から手を離し、大きく後ろに引く。

「くそっ!!!いてえじゃねえか!!!やりやがったな、こいつ!!!」
 男は腹を切り裂かれた激痛に耐えて合口を抜き取り、立ち上がって娘に近寄ろうと一歩を踏み出す。そして、ぐらりと正面に倒れた。

「あれ?おい、こら、どういうことだよ……?」
 おそらく動脈を切り裂いたのだろう。傷の小ささに関わらず、男は大出血をしていた。立ち上がろうと地の砂を掴むたびに、急激に意識が遠のいていく。
「なんだよ……」
 その言葉を最後に、男は気を失った。


 娘はガタガタと震え、足が凍ったように動かない。目の前には、地に突っ伏して血だまりを作っている父親の姿。
 じりじりと後ろに後ずさりして、距離をとるほどに恐ろしさ、罪悪感がこみ上げてくる。

 時間にして数秒の間、娘は硬直していた。そして、我に返ったかのように提灯を落としたまま暗闇へと駈け出していった。



 男の死体は、翌朝木戸の扉を開けた長屋の主によって発見された。その後直ちに同心に話が行き、検分された。もともと悪評高いゴロツキのような浪人である。手に合口を掴んでいたこと、燃え尽きた提灯が現場に残されていること、賭場の帰り道であったとの娘の証言から、誰かとイザコザになり、殺されたのだろうという結論に達した。
 彼らの捜査上に、娘が殺したなどという話はまったく上らなかった。娘に聞いた話では、提灯を届けて先に帰ったとのことだったからである。か弱い娘が屈強な男を殺すなど、常識ではありえなかった。


 そう、娘は嘘をついたのである。
 父親を殺したことは、誰にも悟られなかった。罰せられることもなく、残りの生涯を彼女は生きた。
 
 その不憫な境遇を知っていた長屋の主によって、大店に奉公先を見つけられ、そこで働いた。
 そして、やがて番頭になる男に見初められ、暖簾分けをされるときに共にその男、夫についていき、それなりに幸せそうに見える人生を送っていった。



 生活が安定し、少しばかり学がついた頃。
 娘は檀家の坊主から地獄の話を聞かされる。曰く、この世で罪を犯した者は必ず地獄に落ちると。そして、父母等、尊属殺人を犯した者は、八大地獄最下層――無間地獄に落ちると。
 父を殺してから時が経ち、娘には別種の恐怖が沸き起こってきた。


――私は、地獄に落ちるの?
――生きるも地獄、死んでも地獄なの?
――仏様も、神様も、誰も助けてくれないの?


 娘は坊主にそれとなく、地獄から逃れる方法を尋ねた。すると坊主曰く、そのようなことは不可能であると。しかし、地獄の亡者であっても、それを救う菩薩がいると。最も弱き者を最優先で救う菩薩。
 それを地蔵菩薩という。


 その話を聞いて以来、娘は店の近くの地蔵に積極的に世話をするようになり、祈りを捧げた。


――お地蔵様、どうか私を救って下さい――
――私は、父を殺したことを反省しています――
――もう、地獄は嫌です――


 その祈りは決して清らかなものではなかったが、傍目から見ると信心深い商人の妻と見えた。夫もその妻の姿に感銘を受け、積極的に地蔵へお金をかけた。
 おかげで地元の民からはその地蔵は評判が高まり、「貧困に喘ぐ者を救う地蔵」とのご利益まで噂されるようになり、参拝者が増えた。

 娘はその御利益など気にせず、ひたすら祈り続けた。地蔵の世話は、彼女の命が尽きる数日前までも続いたのである。




――彼岸――




 娘の魂は地獄の閻魔の前に突き出された。まだ彼岸の法廷は裁判の形ではなく、一方的に裁きを下すものであった(今でも実質は同じようなものだが)。
 強面の閻魔は、裁きを告げた。すなわち、彼女の魂は阿鼻地獄、無間地獄へと落とすと。

 娘の魂の嘆きを飲み込み、地獄の入口はその漆黒の口を閉じた。




 四季映姫が閻魔となった一因には、この不憫な娘の祈りがある。娘の行いによって信仰を集めた地蔵。かの地蔵こそ、映姫である。彼女は、罪を犯した時の娘の姿で閻魔となった。

 彼女が閻魔となって己に課したのは――




 映姫は浄玻璃の鏡を見つめる。その中に、彼女と同じ姿の娘が、地獄の暗闇を落ちていく姿が映る。

 まだ、彼女は無間地獄へと到達していない。人間の時間で2千年、暗闇を落ち続けなければ、地獄の入り口にも達することはできない。
 その落下している間、彼女の目には、他の七大地獄の光景が見えている。亡者どもが悲嘆に暮れながら、獄卒に苛まれる恐ろしい地獄の姿。その光景を見続けることですら、彼女にとってこれから向かっている無間地獄への恐怖をかきたてる。


 四季映姫は現在は閻魔である。魂に対して均等に、配慮なく裁きを下す者。
 しかし、彼女は自分の根底を捨て去ったわけではない。その本質は、地獄に落ちた亡者を救う、地蔵の姿。
 魂を責め苛む者と、救済する者。この二つの姿、どちらも彼女なのだ。


 だから、映姫は決めている。
 あの娘が無間地獄へ落ちたその時、自分は閻魔の職を辞し、地蔵の姿となって、この不憫な娘を救おうと。
 
――ただ、少女のために。




――此岸――




「……そんな訳で、私は閻魔をしているのです。わかりましたか。」
 霊夢も魔理沙も、いきなり語られた映姫の重い話に面食らっている。辛うじて、魔理沙が言った。
「……なんか、納得出来ないな。裁くのも、救うのも、どちらも同じ相手ってのは。その話、本当か?」

 映姫はお茶を飲み、ふう、と息をついて少し笑って返した。
「今日の私は非番ですから。ご想像にお任せします。……地獄のジョークかもしれませんよ?」
「あんたねえ……」
 霊夢が呆れた顔でお茶を飲む。
「まあ私が元地蔵というのは本当です。地獄を想像し、それに恐怖して生きること。これは善行への第一歩です。」
 そう言って、映姫は笑った。
 煮えた鉛を飲まされる映姫様の話を書こうと思いましたが、書いてみたら全然効かない感じなのでした。
 閻魔は格が違う。

 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

1.NutsIn先任曹長さん
閻魔も妖怪の範疇らしいですからね。だから恐怖されることが糧であり、その存在理由なのかもしれません。

5.さん
違憲立法審査権が発動された某事件が元ネタです。閻魔の裁きにもそういうのがあってもいいなあ、と思いました。

7.ギョウヘルインニさん
私は結構映姫様が好きです。個人的には幻想郷でリアルに一番怖い妖怪かと思ってたりします。

8.まいんさん
映姫様の罰になるものってなんだろうと考えて、自分では救えない苦しみかな、と思って書きました。
まだ、なんだか腑に落ちないのでリベンジしたいところです。


評価、コメントありがとうございました。
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/09/20 12:28:39
更新日時:
2012/10/10 22:02:00
評価:
4/8
POINT:
520
Rate:
12.11
分類
映姫
(あんまり出番なし)霊夢
(あんまり出番なし)魔理沙
捏造系過去話
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0. 120点 匿名評価 投稿数: 4
1. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/09/20 23:06:15
裁判官であり、判事であり、弁護士であり、獄卒であり、救済者である映姫様。
まだ見ぬ地獄への畏怖が、この最高裁判長を生み出したわけですから、『閻魔』という妖怪である彼女は、それを糧としているわけですね。

罪人の救済と閻魔の辞職。
その時は、はるか未来。
まだまだ、彼女から恐怖を搾り取れるのだから。
5. 100 名無し ■2012/09/28 09:10:56
こういう話を聞くたび納得がいかなくなんですよね…
じゃあ娘は父親に付きまとわれて辛く厳しいまま生き続けなきゃならなかったのか?とか

暗く悲惨な生より明るく楽しい生を それを掴み取る過程で犯した罪は無罪はなるべきなんて思っちゃいませんがいつも悶々とします。
結局生きてる人間にどの程度の地獄が妥当なのかを理解させるのは無理ってことなんでしょうかね

まあそれはともかく、厳しくも優しくもない閻魔の良質な短編でした
この手の話になるとどちらかに偏りがちですが、これは見事なバランスです
7. 100 ギョウヘルインニ ■2012/09/30 04:12:32
映姫様のイメージが新たに刻まれました。
8. 100 まいん ■2012/10/08 00:15:30
閻魔は罪人を罰する為に自身に罰を与えているんですよね。
そう考えると久々に責任感に溢れる優しい閻魔様を見た気がします。
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