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『反動姉妹』 作者: シャドウパンチドランカー

反動姉妹

作品集: 5 投稿日時: 2012/10/29 11:22:32 更新日時: 2012/11/10 21:08:09 評価: 5/6 POINT: 500 Rate: 17.50
「私たちは本当に良く似ているわね、依姫」
「まるで鏡のようね、お姉さま」
 お互いの顔を愛撫しながら、綿月依姫と綿月豊姫はため息をつく。やがて依姫の手が顔から髪に移った。
「この髪の色も、同じね」
「ええ、同じ」
 豊姫も同じようにした。そして、二人が同時に手を下げていく、きっかり同じ時間で終点にいきついた。まったく同じ顔に対して行われる、まったく同じ仕草。だが二人ははっきりと違う存在の筈だった。同じ血を引ていようとも、いかに似ていようとも。
「まるで双子のようね」
「いいえ、双子だって、ここまで何から何まで同じじゃないわ」
 自分と異なる魂がする、同じ顔、同じ仕草、それは、とてもとても……
(今、私の目の前にいるのはわたし、それに触れているのもやっぱりわたし……わたし、わたし、わたしは……)
「……………ねぇ依姫……」
 豊姫はハンカチを取り出し、それで依姫の髪をたばねた。それによって豊姫と依姫の顔はまるでちがう印象になる。
「ああ依姫、とても、とてもいいわ」
 豊姫は心の底からそう思った。とてもいいと。綺麗だとか可愛いとか似合ってるとかではなく、ただ良いと、望ましいと思った。依姫は手鏡で顔を確かめ、やがて微笑んだ。そして開いた口からこぼれた声は、それまでと少し異なった響きだった。
「うん……私もいいと思います」
「これからはずっと、そうしているといいわね」
「ええ。私もそう思います」
 その日、二人の髪型は変化した。そして、それ以外のところも少しずつ変わっていった。それがすごく嬉しかった、本当に、嬉しかったのだ。



「おめでとう豊姫。これからは私に代わり、綿月の当主として励んでほしい」
 満月を思わせる盾のエンブレム。それが豊姫に手渡される。万雷の拍手が豊姫を包んだ。まだ信じられぬという顔だった豊姫も、ようやく喜色を浮かべてそれを胸に抱く。
「はい。全霊をもってお受けいたします」
「そしてこれを依姫へ……依姫、次席といっても、実質当主と同じだ、豊姫同様に綿月を支えてくれ」
「はい、尽力させていただきます、先代様」
 三日月のような剣のエンブレムを渡される。これは、豊姫が依姫に渡すべきものである。主となった彼女がする、最初の仕事。
 依姫の方を向き直ると、彼女は心から嬉しそうに微笑み、豊姫に跪く。
「お姉さま……いえ、当主様。今一度心よりお喜び申し上げます。これからは、あなたを姉としてのみならず主君としても敬い頼るとともに、忠誠の限りをもって支え守り抜きましょう」
「ありがとう、依姫。私も誓うわ、あなたに絶対の信をおくとともに、心身を尽して支え守ることを……あなたが誇れる姉に、そして主になることを。これは、私たちの誓いの証よ」
 豊姫が手渡したエンブレムを、依姫はしっかりと胸に押し抱いた。再びの拍手。
「プライベートでは、これからもお姉さまと呼んで、いままでどおりに接してね」
「心得ております、当主様」
 ここに綿月豊姫は当主として、綿月依姫は次席として綿月を継ぐことが決定した。この非凡なる才を持つ姉妹のどちらを上におくかには短くない議論を要したが、決まってしまえばなんということはない。どちらが選ばれるにせよ、二人の間に今まったく存在しない差が唐突に生ずることなどありえず、敬愛をもって支えあい高めあう関係となることは確かなのだから。これは単なる予測や、まして希望などではない。月の力をもって、あらゆる可能性を吟味した結果だ。
                                                         


 儀礼が終わり、姉妹が退場すると、月の重鎮たちの談笑が始まる。
「しかしまあ、ずいぶんと早い代替わりになったもんだな。本当によかったのかい?」
 気安い調子で先代綿月にかけられた言葉は、いまさらではあるが一方で当然の疑問でもあった。
「ああ、やっと肩の荷が下りたよ」
 永遠の安息に包まれた月において、代替わりというのは当代の不幸や不祥によって成されるものではない。家の勤めをより上手く果たせる者が現れたと当代が認識したとき、自然と譲渡されるものである。大抵は長い時間がかかるものであり、何千年も代が替わらぬ家もある。今回の綿月のようなのは、まさに異例中の異例といってよかった。
「はは、まああいつらなら支えあって上手くやっていけるか。本当に仲のいい姉妹だからな」
「ああ、成績業績までそろって優秀ときてる」
「外見もな」
「いや、そっちのほうは、あれでもずいぶん変わった。昔は本当に何もかも同じだったからな、髪も、背丈も」
「スタイルも?」
「……当時はまだそういう年齢でもなかったからな」
「ははは、そうむすっとすんなよ。めでたい席だろ、楽しくやろうぜ……」
                                                         


「やった、やったわよ依姫!!」
「いやぁ……よくまあここまで来たものですねぇ! お姉さま!!」
 気兼ねなくはしゃぎながら、綿月姉妹はどこへともなく並んで歩いていた。今日に至るまでの、時には支えあい、時には競い合い、そしてつねにお互いを敬愛し続けた日々のことを、あれやこれやと語らいながら。
やがて二人は巨大な門の前へとたどり着く。
「おや、綿月のおふた方。展望所にご用事で?」
「ええ。しばらく二人きりにしてくれる?」
「そりゃあもう。こんな施設をひいきにしてくださる綿月様にならば、何時でも貸切にいたしましょう」
 門番に例を言い、二人は門をくぐる。荒涼たる大地に立ち、じっと見つめるのは蒼き星。月の民が「地上」と呼ぶところであった。 
「これからは私たち二人が、かの地との関係に対処することになるのね」
「ええ。攻めてくるものは刃を持って、迷い込んだものはハンカチを持って送り返す。今までもやってきたことではありまが……」
 そっと依姫が手を握る、豊姫は握り返しながら優しく尋ねた。
「……怖い?」
「はい。以前のように、最悪の場合でも自身が滅びればよいというものでは、もうなくなりますから」
「私にとっては同じよ、依姫。あなたが滅ぶことは私も滅ぶということ。あなたもそれを理解してくれている……何も変わらない、今までと同じように、私のために生きてくれればいいの」
 依姫は顔を赤らめながら、しかし柔らかな微笑を浮かべた。
「ありがとうございます、お姉さま」
「ふふ、どういたしまして」
 手をつないで地上を眺めながら、二人は思い返す。幼き日もこうして地上をながめた事を。あの日夢見た未来が今、自分たちの目の前にあるのだと実感する。
「依姫はよく地上を怖がったわね」
「お姉さまは、逆に好意を抱いておいででした」
 そうだ、自分はずっと、月の民でありながらあの場所に好意を抱いていた、それはあの日……あの日、何を感じたからだったか?
「……あの日のこと、覚えてる?」
「いやほとんど。泣き喚いていた記憶しかありませんね」
「ふふ、わたしも依姫の泣き声しか覚えてないわ」
「ああそれともう一つ」
「ん?」
「お姉さまがやけに喜んでましたね。私の泣き声を見て楽しむなんてひどい人」
「あ、あれは地上に夢中になってて……」
「ふふ、わかってますよ。しかし、何がそんなに気を惹くんです? まあ、今となっては私も地上を眺めて楽しむくらいのことはしますが、お姉さまほどにはなれませんよ」
「………」
「お姉さま?」
「あ、ううん。理由は私にもよく解らないの。好きなものは好き、みたいな感じ?」
「ふむ、まあそういうものでしょうか」
 それからしばらく、二人は無言で地上を眺めていた。豊姫がはしゃぐことも、依姫がおびえることもない。しかし二人の心にある気持ちはあの日と本質的には替わっていないと、両者が確信していた。地上に対する興味の形、それは姉妹の最大の違いと言ってもよかった。
                                                          


 はやる気持ちを抑えながら、独房のドアを開けた。独房といっても、必要以上に設備の整った立派な部屋である。
「こんにちは。どう、昨日はしっかり眠れた?」
 笑顔で語りかける依姫に、机で本を読んでいた妖怪はゆっくりと向き直った。
 彼女の名は八雲紫。つい一月ばかり前、地上が仕掛けてきた侵攻の首謀者であり、今は月の捕虜である。豊姫と依姫は妖怪の大群を二人きりで片付け、その裏で都への潜入を試みていた紫をも阻み、その功績が最後の一押しとなって、綿月を継ぐこととなったのである。
「ええ、ここの枕にも大分慣れてきたわ」
「良かった、一番しっくり来るのを選んだかいがあったわね」
 枕が替わると眠れないと嘆いていた彼女に、ありったけの枕を手当たりしだい試させた時のことを思い出してくすりと笑う。
「……今日は、何のご用事? もう、話せることはあらかた話したと思うのだけど」
「そうね、確かに侵攻の理由も、あなたの能力のことも聞かせてもらったし……プライベートのことをあれこれ聞くのも失礼ね」
 少し考え込んだ後、豊姫は紫に笑いかける。
「じゃあ、今日は私の話を聞いてくれない?」
 目を真ん丸くしてこちらを向く紫に、豊姫は笑顔を悪戯っぽいものにしながら来客用の椅子に腰掛けた。こうして地上の存在と触れ合っていると、自分の地上への興味が強いことをひしひしと感じるのである。

※                                                         

「お姉さま、またあの妖怪のところに行ってこられたんですか」
「そんな呼び方をするものではないわ。ちゃんと八雲紫という名前があるのよ」
「……そう親しんでは、危険ですよ」
 ぽつりとつぶやく依姫を眺める豊姫の表情は優しい。
「そう怖がらなくても良いじゃないの。能力は封じているのだし……」
「彼女の恐れるべきが能力のみであるとは思えません。言葉だけで心の境界程度容易く揺り動かしてしまいそうではないですか。時折見せるあの笑顔をみていると、私はどうにも背筋が……」
「それ、本人にいってあげるといいわ、喜ぶわよ」
「もう、お姉さまったら……」
 豊姫も依姫も、地上への関心を抱いている。ただ、豊姫がそれを好奇心や好感として表すのに対し、依姫は警戒や恐怖として表す。どちらも根源を同じくするものでありながら、形は対象。
「本当のことよ? 妖怪は恐怖を糧として生きるものなのだから……あなたは貴重な存在なのよ」
「嬉しくありません。というか、お姉さまは本当にまるで怖くないんですか?」
「ええ、だってお話すればするほど、面白くてかわいらしいんですもの」
「演技じゃないですか? 気を惹く容姿や素振りを見せておいてぞぶり、ってのは妖怪の常套手段だそうですよ?」
「地上の生き物に関する本で読んだのね。依姫が勉強熱心なおかげで、わたしも安心していられるわ」
「私は、お姉さまのおかげで気が気じゃないですよ」
「でも経験をおろそかにしてはいけないわ。もっと直に接して確かめねばならないのではない? あなたの言う通りかどうか」
「む、それはそうです、が……」
「もう、依姫は本当に踏ん切りが悪いんだから……」
                                                         


 それからも、豊姫はできるかぎり紫と会話をしようと勤めた。最近は紫の側も大分うちとけてくれて、多くも深くもないがしっかりとした会話をしてくれるようになってきた。豊姫は紫が話すことを逐一ノートに書き留めていく。会話が食い違ったり、相手の話すことをどうしても理解できなかったりしたことが幾度かあったが、それも豊姫にとっては楽しいものであった。そんなある日のことだ、紫がぽつりとたずねたのは。
「なぜ、こういうことをするの? わざわざ地上の妖怪と」
「地上の存在に、あなたに興味があるからよ」
「本当にそう?」
「嘘に聞こえる?」
「聞こえないわ、だけど、何か……何かひっかかるのよ」
「何が?」
「あなたの地上への興味というのは本物なのでしょうけど……そう、理由がはっきりしない」
「好きなものを好きというのに理由は」
「理由は無くとも原因くらいあるでしょう。あなたが地上に興味を抱くようになったきっかけを知りたい」
 きっかけというならば、やはりあの幼少の日の出来事であろうと豊姫は思った。
「きっかけ……そうね、私が子供のころ、初めて地上を見たとき……」
 依姫が泣いていて、地上を恐れていて、そして……そして?
「…………地上が青くて、とても綺麗だったわ、それがきっと、初めて地上に興味を抱いた瞬間よ」
 紫は豊姫の返答に、じっと押し黙った後、ぽつりと、少し申し訳なさげに呟いた。
「今の言葉は、嘘に聞こえたわ」
「………………そう? じゃあ、自分でそう思ってるだけで本当は別の理由なのかも……こ、今度来るときまでに思い出せるようにするわ。今日はこの辺で失礼するわね」
 若干焦った口調でそう口走り、席を立つ。
「あっ……待って!」
 予想外の呼び止める声に、少し不思議に思いながら振り向く。
「その……ごめんなさい。あまり気にしないで、少し気になっただけなのだから……」
 気遣いをこめたその言葉に、豊姫はしっかりと微笑んだ。
「ありがとう……また、来るわ」 

※                                                      

「少し遅くなってしまったかしらね……?」
 そう呟きながらも、豊姫はゆっくりと歩く。急ぐ必要があるわけでもない。
 結局、自分が地上に興味を持つにいたったきっかけは思い出せなかった。昨日の彼女の言葉に甘え、素直にそう告げよう……そう決心しながらもやや重い足取りで牢の前に立ったとき。
「え?」
 ひどく不自然で、不気味な声が聞こえた。よもや聞き間違えようはずはないその声は、ここでは絶対に聞くことのないもののはずだった。
「依姫……なんで?」
 依姫が、豊姫につれられずにここにきたことは、豊姫の知る限り、ない。いないはずの者がいる、そんな認識が豊姫の心を混乱させ、恐怖させている。紫と依姫はなにやら会話を交わしていたが、それも頭に入ってこない。ただ、一つだけはっきりと聞き取れたものがある、依姫の笑い声だ。確かに、依姫は笑った。一瞬であろうと豊姫にははっきりとわかる、あれは依姫が笑った時の音だと。依姫が、紫の前で笑っているということを認識したとき、豊姫は反射的に足を翻し、その場から離れていた。これ以上ここにいたくなかった、とにかく早く逃れたかった。

※                                                       
 
 家に戻るとすぐにベッドにうつ伏せになった。そしてひたすらに考える、なぜだ? なぜ、こんなにも自分は今苛立っている? 依姫が紫に、地上の存在に好意を持つことがなぜこんな気持ちを生ずるのだ? 依姫にそうしろと幾度も勧めたのは豊姫自身である、喜ぶべきことではないか。いや、理由などどうでもいい、今はこの気持ちをどうすればいいのかだ。急ぎ処理しなければならない、それだけはなぜか確信していた。しかしどうやって? いくら悩んでも、答えはでなかった、そもそも、この気持ちの名前がわからなかった、自分の心が自分のものでないような感覚、初めてだった。
 しばらく、頭がぐるぐるする気持ち悪い感覚に耐えながらひたすら疑問に思うだけだった。永遠にも思える時間が少しずつすぎてゆき、やがて少し気持ちが落ち着いたのだろうか、豊姫は一つの事実に思い当たった。自分のこの気持ちは、依姫に対して生じたものである、と。そして、依姫に会いたくなった。正確には、会って尋ねたかった、今日のことを。
 時計を見ると、もう随分遅い時間である。これから部屋でゆっくりしているだろう、あるいは眠っているかもしれない依姫に会いに行き、何を話していたのか尋ねるのか? 何故、そんなことをしなければならない。まるで依姫に内通の疑いを抱いているがごときではないか。あるいは嫉妬か? 依姫、紫はわたしのものよ……馬鹿げている。そんなものを感じていないことははっきりとわかっている。しかし、ではなんのためにわざわざ自分はそんなことをしたいのか、それがわからなかった。
 では、この心をこのまま放置し続けるか、そうすればいつか自然消滅するかも知れない。しかし、豊姫はそれはないと考えていた。この気持ちは自分の奥深くから来たものであり、たやすくは消滅しない。それは確信できた。
 ……ならば、動くしかないであろう。豊姫は立ち上がり、術を準備しはじめる。目的とする場所まで一瞬でたどり着ける代物だ。しかし、今の精神状況では依姫の部屋の前に正確にたどり着ける自信が無い。いきなり部屋に出てしまったときのために、自分の存在を隠す術もかける。長居はできないが、尋ねるのはすぐに済む、いや、尋ねずとも好い。依姫と出会い、いつものやりとりを一言二言でも交わせば、それでなにもかもすっきりと片付くと思えた。
 そして、豊姫は依姫の部屋に転移した。


                                                       
 ……最初に聞こえたのは叫び声だった、彼女がよく戦いの際にあげる勇ましいそれではなく、甘く媚を売るような声。それに混じって、粘液と肉がぶつかり合う音。ついで、鼻がむせ返るほどの淫らな香りを感じ取る。それからしばらくたって、ようやく豊姫の頭は眼前の光景を認識することができた。
 依姫は、男と交わっていた。存在を隠しているとはいえ、豊姫の存在にも気づかぬほど熱心に。
(何をしているの依姫、隙だらけじゃない、そんな様じゃ簡単に殺されてしまうわよ、ああ、なんとかの用語でこの行為のことを「小さな死」とかいうのだったかしら? するとあなたは今、死を受け入れている真っ最中といったところ? まあ、そんな幸せそうな顔で死ぬことは、確かに嫌悪することじゃないのかしらねーーー)
 甘く蕩けた表情。知っていた、知っていたのだ依姫は、自分の知らぬ肉の喜びを。きっとずっと前から、依姫は『女』だったのだ!!
 想像も付かぬほどの激情が湧き上がった。依姫への羨望、妬み、劣等感……自分自身への侮蔑と嫌悪!! そしてその感情は証明する。普段己が、依姫をどれだけ見下していたのかを、それが自分にどれだけ必要であるのかを。
 だめだ、いけない。依姫に対してこんな気持ちを抱いてはいけない。自分は依姫より優れていなければならない、依姫にない価値あるものを持っていなければならないのだ、だって、でなければなってしまう!!
『なってしまうのだ、依姫に』
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 絶叫と転移と、どちらが先であったか。ともかくその叫び声は完全な防音性能を持つ豊姫の部屋に響いた。叫びながら豊姫は、壁を殴りつけ、椅子を蹴り飛ばし、つい先日授与されたエンブレムを壁になげつけた。月で造られた完全なる品々は、その程度では砕けない。豊姫の肉体も当然無傷だ、その心だけが、がらがらと壊れていく。壊れて、崩れて、その向こう側から一つの真実があらわれる。
(そうだ、私が地上に好意を抱いたきっかけーーーあの時思い浮かんだイメージは、間違っていなかった)
「私は!! 『依姫が地上を恐れていたから、地上に好意を抱いたんだ』!! 依姫が好意を抱いていたら私は恐れたんだ、依姫と逆ならなんでもよかったんだ!!」
 今こそ豊姫は自分をかたちづくる根源を理解する。それは、依姫への反発心であり、幼少のころに抱いた恐怖であった。依姫と自分。まったく同じ顔、まったく同じ体、まったく同じ人格……それは豊姫の心に、自分が二人いるかのような感覚を抱かせ、アイデンティティを揺るがせた。依姫が自分なら、ここにいる自分は何だ……? 幼い日に刻み込まれたその恐怖は、いつも、心の一番奥から豊姫を突き動かして
 その恐怖を拒絶し、自分の存在を確認するかのように、豊姫は依姫にないものを欲しがり、自分が依姫より優れた存在であることにこだわった。そうでなければ、自分が依姫に取り込まれて消えてしまうと思っていた、いつも、依姫に反発し突き放したがっていた。だが行為には常に反動がともなう。豊姫は一方で、依姫を過度に愛し同化を願い続けてもいた。どちらも豊姫の本質であり、それによって、今日まで満ち足りた幸福な日々を送ってきたのだ。
 だが今、豊姫の心には敗北感と劣等感だけがある。自分が今までかき集めてきたものなど、あの光景を見せられた後となってはゴミにしか思えない。私は死ぬ、そう豊姫は思った。依姫というもう一人の自分がいて、それが自分より優れているのであれば、己の存在する意義は一つもない。
 そう考えたとき、豊姫を突き動かす衝動が身体の奥から湧き上がった。このまま、依姫に劣る己を認識しながら死ぬのか。それは耐え難い。自由になれ、自分から依姫を切り離すのだ!! その意志を持って、力強く立ち上がった。

※                                                        

 八雲紫は、まだ起きていた。突然部屋に転移した豊姫に驚き、何か言おうとする。その唇を強引に奪った。驚きの反応を示す前に、術を発動し紫の動きを封じる。同時に結界を張り防音をはかる。
(依姫、あなたはぜったいこんなことをしないでしょう? 地上の存在に口付け、抱くことなんて!!)
 豊姫は紫を犯した。何の愛情も欲情もなく、ただ依姫と自分を切り離すためだけにその行為を行った。泣きたくなるほどにその行為は豊姫の心を満たした。これによって自分と依姫が永遠に分かたれ、二度と同一とならないように思えた。
(私にしか出来ないことだ、そう、私だけのものだ!! あなたには無いものだ!!)
 犯しながら、叫んだ。喉がかれるほど。それは歓喜の叫びであり絶望の叫びだった。豊姫は救われた、だが同時に己の全てをゴミに貶めることとなった。今まで自分が抱いてきた地上への好意、地上人との交流など、結局この行為と同質のものに過ぎぬのだから。紫も叫んでいた。そこには歓喜はなく、ただ絶望だけがあった。
                                                          


 紫が地上に送り返されるその日に、豊姫は立ち会わなかった。
「ではな、もう悪いことをしてはだめだぞ」
 感情のこもらない声と共に、紫は地上に放り出される。すぐさまスキマを開き、親友のもとへ向かう。
「ゆ……紫!?」
 西行寺幽々子は、その身を今も案じていた親友が唐突に現れたことに驚きながらも、喜色を一杯にたたえて駆け寄ってくる。紫は、すがりつくようにその身体に抱きつき、そして、泣いた。
「紫っ……どうしたの!? 月の連中になにかされたの?」
 幽々子の問いに答えることもできず、紫はいつまでも泣き続けた。

 豊姫は真っ白い部屋で、大きなテーブルの前に腰掛けている。自分の正面には無人の椅子。ひどく心の安らぐ光景だった。
(私だけの部屋だ)
 ひどく安心した気持ちだった、世界の全てから切り離されたような解放感があった。
(誰もいない、私だけの)
 だが豊姫は視界の隅に小さな扉を見つける。扉は開くためにある、豊姫には開くつもりはない。ならばそれは誰が開く? ふいに、コツンと小さな音が聞こえた。コツン、コツンと、その音は確かに扉の向こう側から聞こえてくる。豊姫は弾かれたように立ち上がり、扉に駆け寄って強く抑える。音はいつまでも小さく、遠い。
(近づいてきているの? それとも足踏みをしているだけ?)
 それは、扉を開けない豊姫にはわからない。ただ、震える。近づいてくるそれが何であるかは、よくしっていたからだ。
(いづれ『また』入ってきてしまうの? そうなったら私は、また)
 すすり泣く豊姫の耳に、足音は小さく、しかし確実に響いていた…… 
                                                          

                                    
「ん……」
 夢か、随分長く眠ってしまった。うろ覚えだが、なにかとても恐ろしい夢をみたような気がする。支度を済ませてリビングに向かうと、依姫がいた。
「もう、お姉さま。当主様になってそうそうそんなでは、示しがつきませんよ」
 そんなことをいいながらも、表情はやわらかく微笑んでいる。いつもの光景、豊姫もまたいつものように微笑を返した。
「ふふ……いいじゃないの、今日はお休みよ? いつもどおりにやろうとするほうが、かえってよくないわ」
「まあ、それもそうですが……」
 朝食の用意をしはじめる依姫を見ながら、豊姫はからかうように言う。
「ねえ依姫、私は綿月豊姫に見える?」
 自分が解放されたことを、確認したかったのかもしれない。
「……? そりゃあそうですよ。誰がどう見たって」
(見た目ではわからないものなのかしら)
「まあ、当主様としての威厳も、そうすぐにつくものでは……」
「ああいや、そういう意味じゃなくて」
「何か他にお変わりになるようなことがあったんですか?」
「……ええ、自由になったの。長年苦しめられてきたことからね」
「それは羨ましい。私なんてずぅっとずぅっと同じことに苦しめられてばかりです」
「そうなの? 言ってくれれば良かったのに」
 豊姫の知る限り、依姫は苦しみを抱えている様子はまるでなかった。今の彼女からも苦しみなどはまるで感じられなかった。
「お姉さまには……まぁ、言いにくいんですよ」
「へぇ……じゃあ、それの祓い方を教えてあげましょうか? といっても、それが個人に関することならだけど」
「ぜひ教えてください」
「そういうときはね、その人のことを拒み続けながら、その人が絶対しないようなことをし続ければいいのよ。そうやって、その人を自分の中から追い出してしまうの」
「なんだ、それならもうやってみましたよ。でも私が追い出した人は、結局また入ってきたんです。そしてまた向き合うことになりましたよ、こんな風に」
 すっ、と、依姫が豊姫の正面に座る。そのさまが今日見た夢の光景と重なった。そう、きっとあの椅子にやってきて、自分の正面に腰掛けるのは……
 瞬間、依姫の自分を見る瞳に恐怖と反発の火が燃えていることに、豊姫は気づいた。 
はじめまして。僕も何か書いてみたいなーとおもってたところにビビッと来てくれた電波を文章にしました。
綿月姉妹は東方の姉妹にしては珍しく、外見も立場も力関係も近しくて、これだけ身近だとそれはそれでいろいろ複雑な感情があるだろうなあ、と思うのです。
読んでくれてありがとうございました!!

11/5 気になった箇所ちょこちょこ修正&タグ変更&コメント返し(11/10コメ返し追加)

いや〜ドキドキで投稿しましたが、みなさまの暖かいコメントが嬉しい限りです。これからもがんばるぞ!

以下、コメ返しです。

>>海 さん
綿月で喜んでもらえるとか意外すぎました(綿月好きとは思えない発言)。豊姫は自分で書いててもこいつダメすぎだなあと思いましたwww 叩かれるかなーとも思ったんですがそんなことはなくてよかったです。

>>NutsIn先任曹長 さん
意識したわけではないですがたしかにその辺は興味深いですね。紫のあの姿をどんな気持ちで見てたのか。
霊夢と依姫の姿はかなり複雑な気持ちでみてそう。和解の象徴盗むは確かにこの作品の姉妹の姿の暗示っぽいです。

>>んh さん
こういう関係はデレツンとでも言うんでしょうか(ツンの反動としてデレてる、みたいな)w
綿月と紫は結構仲いいとおもうんですよね〜うまくいったらそういう姿も書いて見たいです。

>>4 さん
紫はかわいそうな扱いになっちゃいました。まあ、たまにはこういうのもいいよね!
恐れるのも自分、求めるのも自分というのが依存の魅力的なところです。

>>5 さん
それは自分も興味深く思っているところです。現時点でのイメージとしては、生殖はカプセル内で行われており、性行為は娯楽の一環として発達している。んで生殖機能は除去済みといった感じです。

>>まいん さん

まさにそんな感じですね。お互いに対して抱いている相反した感情が、二人の人格や人生を構成しているのです。
どっちも本心なので二人にとっては笑えない話ですね。紫はおっしゃるとおり、やったことから考えれば別に
不釣合いなことはされてないんですが、信頼しかけてたところにコレというのはちょっとかわいそうではありますね。




コメントありがとうございました! 
シャドウパンチドランカー
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/10/29 11:22:32
更新日時:
2012/11/10 21:08:09
評価:
5/6
POINT:
500
Rate:
17.50
分類
綿月豊姫
綿月依姫
八雲紫
過去話
俺設定
コメ返しました。
簡易匿名評価
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POINT
1. 100 ■2012/10/29 20:39:39
わーい、綿月姉妹だー!二人共かわいいです。
本当にダメなお姉ちゃんだな、豊姫は。いや、自覚している分だけ、大人なのか?
2. 100 NutsIn先任曹長 ■2012/10/30 19:27:47
月の満ち欠けの如く、陰と陽のバランスを取り合う似た者姉妹である豊姫と依姫。
近親憎悪と愛情の線引きをするために、豊姫は境界の妖怪を犯したか……。

後年の儚月抄――第二次月面戦争の話。

紫が豊姫にひざまづいたり、
敗北した霊夢がしばらく依姫と行動を共にしたり、
幽々子が幻想郷では和解の宴会に欠かせない『酒』を、綿月姉妹の屋敷から盗み出したり――。

この話と絡めると、色々と面白くなりますね。
3. 100 んh ■2012/10/31 00:24:02
とよゆかキター!!!と思ったらとよよりだった。でもこういう関係大好き
豊姫と依姫になついてるゆかりんも可愛い。やっぱゆかりんは綿月のペットだよね
4. 100 名無し ■2012/11/02 20:40:34
紫は完全に涙目だったな!

依存というものの恐怖の一端、おいしゅうございました
5. フリーレス 名無し ■2012/11/02 20:42:13
それはともかくとして穢れを忌み嫌う月で生殖行為ってあるんですかね?
試験管ベイビーな気がする
6. 100 まいん ■2012/11/10 16:11:05
結局はお互いに敬愛と嫌悪をしていたんですかね?
大好きと大嫌いが自分の中で共存しているって良いですよね
それだけお互いのすべてを見ている様で。
彼女たちにとっては冗談ではないでしょうが。

紫さんは仕方がないね。 侵略した側、悪者の立ち位置ですからね。
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