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『トウホウ・ワールド』 作者: NutsIn先任曹長

トウホウ・ワールド

作品集: 5 投稿日時: 2012/10/30 15:55:01 更新日時: 2012/12/09 22:25:39 評価: 4/5 POINT: 430 Rate: 15.17
*この作品は、映画『ウエスト・ワールド』のストーリーを基にした、東方Projectの二次創作です。










卯東京駅から出発した、十人前後の乗客を乗せた乗り物は止まる事無く、新東京港から海に突っ込んだ。

歓声を上げる乗客達。

水陸両用の送迎用ホバークラフト『聖輦船』は目的地に向け、東京湾を疾駆した。



「メリー!! このチーズ、美味しい!!」
「もう、蓮子ったら。タダだからって食べ過ぎよ」
「だって〜、『本物』のチーズなんて貧乏美人女子大生が滅多に口にできる代物じゃないでしょ!! あ、もう一杯ワインくださーい!!」
「蓮子、はしゃぎ過ぎ。あと『美人』って言葉は自分で言うものじゃないわよ。すいません、私もワインのお代わりを……、て、あ!! あそこにおわす美少女は!?」
「メリー、はしたない……。人を指差すなってママから教わらなかったの?」
「だって〜、あの娘が主演の映画、私のクニでも大人気よ!! サイン貰おうかしら?」
「あんたは、一般人と芸能人の境界を、易々と踏み越えようとするんじゃないわよ……」

先程から姦しくおしゃべりと飲食に勤しんでいる、二人連れの女性。
年頃は、少女と大人の女性の中間ぐらいだろうか。
そう、彼女達は『都内』の大学に通う、現役の大学生である。
黒髪の落ち着きの無い女性が『宇佐見 蓮子』、金髪の冷静……だと最初は思われていたお茶目な女性が『マエリベリー・ハーン』――通称『メリー』――という名である。
二人は『秘封倶楽部』なるオカルトサークルの活動であちこち怪しげなスポットを散策しているが、今回は純粋な遊び目的のお出かけである。

二人のやり取りはただでさえ少人数の乗客達の注目を集め、母娘はくすくす笑い、地味で暗い印象を感じさせる女性も笑みを浮かべた。
幸い、件の美少女芸能人はアイマスクをして寝ているようだった。隣の席のマネージャーらしき神経質そうな男性は冷ややかな視線をメリー達に送っていたが。

しばし萎縮した二人であったが、灰色のネズミの被り物をした客室乗務員からチーズの盛り合わせと冷えた白ワインを受け取ると、それらを味わいながら再び会話を楽しみだした。
彼女達だけでなく、先程笑った人達を含む他の乗客達も、老若男女を問わず、みんな楽しそうにしていた。
醜態を晒す前のメリーのように、一見すると落ち着いているように見える者も少なからずいるが、他者の少々五月蝿い話し声に苦痛を感じるものはいなかった。
彼らもまた、ワクワクしているのだ。



先程から『聖輦船』の進行方向を映し出していた客室前方の大型モニターに変化があった。

見えてきたのだ。

洋上のドーム型の建造物。



「ねぇ、本物の『スペルカード』が使えるんですって?」
「本物って……、あの作品自体がフィクションだって分かってるわよね?」
「分かってるわよ……、メリーはノリが悪いわね」
「ごめん、拗ねないでよ。でも、『弾幕ごっこ』はできるそうだから」

メリーは何べんも目を通したパンフレットを、同じくボロボロになるまで見たであろう蓮子に見せた。

見開きで、グラビアアイドルが露出の多い衣装で花火のような『弾幕』を手から放つ写真が掲載されていた。

メリーと蓮子は頭をくっつけて、二人で持った雑誌を眺めた。



――などと、している内に、『聖輦船』は建造物に進入した。

ぞろぞろと『聖輦船』を降りる乗客達。



彼らの眼前の門。

これは、現実と幻想を隔てる境界である。



国民的人気の弾幕シューティングゲームの代名詞、『東方Project』。
華やかな弾幕と素晴らしい楽曲、素敵なキャラクター達の織り成す幻想叙事詩は、二次創作はもとより、公式ライセンスの物も巷に溢れていた。

この洋上ドームは、その公式ライセンスを得た物の中で最大を誇る。



幻想アミューズメントパーク『ZUNRASIA』。



ドーム内には科学技術の粋を集めて仮想空間で『幻想郷』が再現されており、来園者達はその仮想空間で二泊三日の間、東方Projectの美しい登場人物を演じるのである。
だから、来園者は殆ど女性であるが、容姿によっては男性も可である。
ちなみに料金もお高いが、向こう一年は予約で塞がっている。
蛇足であるが、メリーと蓮子は懸賞でペアチケットを当てたのである。



ふわり。

門前、来訪者達の前に、日傘を持ち、紫のドレスを纏った美女が舞い降りた。



「ようこそ、幻想郷へ」





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





『ZUNRASIA』の来園者達が最初に通されたのは、衣装部屋である。

ここで一市民であるお客さん達は、東方キャラに華麗なる変身を遂げるのである。

客の誰が何のキャラになれるかは、チケットをゲットした時の容姿のデータから既に決定してるが、それは当日まで伏せられていた。

そして今、キャラ発表と共に、衣装と小道具の貸与が行なわれていた。



「やった!! メリー!! 私、『博麗 霊夢』よ!!」

飛び跳ねて、脇巫女の紅白衣装をひけらかす蓮子。

「んっふっふ〜!! 私は……、タラ〜ンッ!!」

メリーが喜びを噛み締めながら蓮子に見せたのは、黒い三角魔女帽子だった。

「え!? メリーは『霧雨 魔理沙』!? すっごーい!!」

早速着替えを始める二人。

「蓮子〜、リボン貸して〜」
「ん? はい」

蓮子は、片方の揉み上げに結んでいたリボンをメリーに渡した。
メリーは衣装セットの物は使わず、借りたリボンをみつあみにした左の揉み上げに結んだ。

「でも……、メリーは『魔理沙』というより『紫』のイメージがあるわよね」
「そう?」

二人は、衣裳部屋の入り口傍で扇子を玩んで寛いでいるドレスの美女を見た。
先程、来園者達を出迎えた女性である。

彼女は『八雲 紫』。
東方Projectのキャラクターである。

「あれがロボットだなんて、信じられないわね」
「この国の技術力は凄いわね……」

そう、来園者以外の『幻想郷』の住民達は、全員精巧なロボットである。

これらは『幻想郷』で、商売をし、農作業をし、弾幕ごっこをし、飲めや歌えのドンチャン騒ぎをする住民を演じるのである。
たまに来園者を襲ったりする『演出』もあるが、絶対に人間を傷付けることはしない。
しかし、その逆は可能である。むしろ、そうされるために『それら』はある。
『弾幕ごっこ』では、リアルを追求して壁や地面に穴を開けるほどの威力を持たせた『弾幕』を来園者、ロボット共に放てるが、ロボットはド派手だが絶対に当たらない『弾幕』しか撃てない。
ロボットに搭載された、高度なAIの賜物である。
人間のアクターじゃそうは行かない。来園者に怪我でもさせたら責任問題である。



一方、人間の来園者達はというと、おお、まるでゲームから抜け出したかのように東方Projectのキャラに変身していく。

メリー達もテレビで見たことのある西洋人の血を引く有名子役は、背中に無数の宝石をぶら下げたような翼を複数名のスタッフ達に取り付けてもらっていた。

あっちでは、注連縄を背負った母親と目玉をギョロつかせた帽子を被った女の子の母娘が、互いの姿を褒めあっていた。

地味な女性は長髪のウィッグを被ると、スタッフが何かリモコンのような小さな機械を弄りだした。
すると、青みがかった銀髪と衣服の色が緑に変化した。
それだけではなく、頭に箱状の物が出現したかと思うと瞬時に消え、代わりに一方にリボンが付いた二本の角がにょっきりと生えたりした。

「どうして、この国の技術は無駄に凄いのかしらね……」
「私に聞かれても……」

メリーの質問に、蓮子は答えられなかった。



すっかり東方キャラになった来園者達は再び紫に誘われ、ぞろぞろと移動を開始した。
まるでハロウィンだ。

辿り着いたのは、やはり大きな扉のあるエントランスだった。

ちなみに、最初の出入り口は『幻と実体の境界』、今、仮装した来園者達の目の前にある物は『常識と非常識の結界』と呼ばれている。



人間のスタッフから説明と諸注意を受けた来園者達。

開かれる大扉。



「幻想郷は全てを受け入れます。あなた達も然り――」



紫が宙に浮くと、その姿が消えていった。



リアルな自分を結界と境界のスキマに置き、幻想郷の住民となった来園者達は、ある者は走り、ある者は悠然と歩き、扉の向こうに広がるセカイに消えていった。










「――それはそれは、残酷なことですわ……」

誰かが漏らした言葉は、誰の耳に入ることも無く、幻想の空に消えていった……。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





「ねぇ、メリー、じゃなくて、魔理沙ぁ、最初は何処行こうか」
「先ずは……、霊夢のお宅拝見といこうZE☆」

魔理沙が指差した先にある案内表示。

エントランスのすぐ傍に『博麗神社』がある。

少し歩いただけで、神社に着いた。

長い石段があるが、疲れるとの理由で、霊夢と魔理沙はその脇のエスカレーターを利用した。



「『博麗神社』へようこそ!! 素敵なお賽銭箱はあちらです☆」

境内では、脇巫女ルックの少女が竹箒で掃除をしていた。

「あ、霊夢様、お帰りなさい」

霊夢の姿を確認した少女は、魔理沙に対してしたものと異なる挨拶をした。

「貴女もロボット?」
「はい、そうです」

初っ端からリアルな質問をする霊夢に、素直に肯定の返事をする少女。

「神社の中を見たいんだけど、いいかしら?」

設定上は自分の家である博麗神社を見物することの許可を求める霊夢。

「はい。只今担当の者が参ります」

少女が神社の拝殿のほうをしばらく見つめると、そちらの方から、やはり霊夢と同様の変形巫女服姿の少女が小走りにやってきた。
顔立ちは掃除をしていた少女と似ている。髪の毛や顔のパーツを挿げ替えるとそっくりだ。

「おまたせしました。霊夢様と魔理沙さん」

霊夢と魔理沙は、案内担当の少女に先導してもらって、建物のほうに向かった。

その道すがら、二人はロボットの少女にいくつかの質問をしてみた。



分かったことは――、

彼女達は、博麗 霊夢の召喚した式神だという設定だそうだ。
来園者の宿泊場所は、共有の場所の他に、キャラ固有の場所があるということ。
この博麗神社は、霊夢のみが寝室に止まれるそうだ。霊夢が式神達に命じれば、来客用の寝床も準備するそうだが。
社務所では、お土産の東方Projectグッズやおみくじ、お守り等を取り扱っている。
素敵なお賽銭箱にお金を投じると、金額に応じたサプライズが起きるそうだ。

――と、いったところか。



居住スペースに通される霊夢と魔理沙。

「中も見させてね」
「どうぞ」

案内役の少女は、居間でお茶の準備をしながら許可をしてくれた。

キッチンは、和風テイストのシステムキッチンで、ここで式神少女が霊夢に供する食事を作るそうだ。
風呂場をチェック。風呂桶は檜でできており、シャワーがあり、何気に一流ブランドのシャンプーやリンス、ボディソープが備え付けてあった。
寝室は和室だった。床の間には掛け軸と生け花が飾ってあり、飲み物が入っている小さな冷蔵庫があった。
霊夢が泊まっている時、他の人が神社内に許可無く入らないように、少女達が見張っていてくれるそうだ。



居間に戻った霊夢と魔理沙は、先程から案内をしてくれている式神少女を交えて今後の予定を話し合った。
事前に雑誌やネットの情報である程度の計画は立てていたのだが、広大な『幻想郷』を目の当たりにして、二人の頭から机上の計画など吹っ飛んでしまった。

「困ったわね……」
「紅魔館や『魔理沙』や『アリス』の家も見たいんだけど……」

霊夢と魔理沙は、ちゃぶ台に広げられた『幻想郷』の地図を見てため息をついた。

「遠いわね……」
「せめて空を飛べれば……」
「飛べますよ」

空になった二人の湯飲みにお茶を注ぎ足す式神少女の予期せぬ合いの手に、ビックリする二人。

「「本当に!?」」
「正確には、ステルス迷彩を施したロープウェーが各所に配置されているんですよ」

眼前に迫る霊夢と魔理沙にたじろぎながら、式神少女はそう応えた。



お茶を飲み終わり、お手洗いで用足しをした二人は、式神少女に案内されて神社の社務所裏にやってきた。
確かにロープウェー乗り場がある。
が、肝心のゴンドラとそれを吊るすワイヤーが見えない。
ステルス迷彩とやらの所為か。

式神少女が乗り場にあった操作版の『運行』ボタンを押すと、機械の唸りがどこからともなく聞こえてきた。
唸りが大きくなってきたところで、乗り場の直前でステルス迷彩を解除したゴンドラがこちらに向かってくるのが見えた。

「このロープウェーは紅魔館行きです。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」

魔理沙やアリスの家のある『魔法の森』は、紅魔館から近い。
霊夢達は式神少女に礼を言うとロープウェーに乗り込み、ゴンドラ内の『運転』ボタンを押した。

ゴンドラは動き出し、博麗神社から離れると、その姿を消した。

霊夢と魔理沙の姿はそのままに。

「すっごーい!! お空を飛んでるみたい!!」
「それ正確には、東方キャラの台詞じゃないわよ」
「はっはー!! ゆっくりしていってね!!! てか!!」

魔理沙はゴンドラの中で箒に跨りはしゃいでいた。
外から見れば、本当に空を飛んでいるように見えるだろう。

霊夢は半ば呆れた表情を浮かべ、内心では魔理沙同様にウキウキしながらゴンドラの見えざる座席に凭れ掛かるのだった。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





「博麗の巫女に黒白の盗人よ!! 紅魔の宴にようこそ!!」

霊夢と魔理沙は居眠りしている門番の横を通って門をくぐり、紅魔館に顔を出してみた。
メイド妖精に連れられて大広間に通されたら、銀髪のメイドを傍に控えさせた少女が上記の大仰な挨拶をしてきた。

「あ、どうも御丁寧に……」
「お邪魔します……」

ちょっと、恥ずかしかった。


上座に座った少女とその隣に立つメイド――『レミリア・スカーレット』と『十六夜 咲夜』は挨拶の後は、豪華な酒食に舌鼓を打つ東方キャラを眺めたりするだけで特に何かしようとはしなかった。

「ねぇ……」
「ん?」

魔理沙はセルフサービスのサーバーからよそったビーフシチューをパクついている霊夢に話しかけた。

「あのレミリアと咲夜も……」
「そら、やっぱり――」
「ロボットに決まってるじゃない」

二人の会話に割り込んできたのは、シャラリと宝石の翼を鳴らした金髪美少女だった。

「きゃ〜……じゃなくて、コホン、『あんた誰?』」

魔理沙は歓声を上げるのを我慢して、『魔理沙らしい』受け答えをした。

「ふふっ、『人に名前を聞くときは』……」
「『ああ、私? そうだな、博麗霊夢、巫女だぜ』」
「『フランドールよ、魔理沙さん』。心理描写は割愛ね」

この『フランドール・スカーレット』も、ノリノリでお決まりの台詞を言ってくれた。
演技に定評のある名子役がやると、本当にゲームのセカイからフランちゃんが抜け出したかのような錯覚を覚えた。

(あのクールなメリーがここまでノッてくれるとは……。あ、そういやあの娘のファンだっけ)

霊夢は、『魔理沙の中の人』が魔理沙になりきっている事に、90%以上の喜びと僅かな戦慄を感じた。

「フランはこの後どうするつもり?」

霊夢は色とりどりのスイーツを品良く、大量に盛り付けた大皿を持ったフランドールに話しかけた。

「そうね……、とりあえず自室で寝てるわ」
「自室って……、『地下室』ですよね……?」
「リアルの仕事が立て込んでて、最近まともに寝てないのよ」
「ジドウフクシホウ違反ですね……」
「好きでしている仕事だから。『フランドールの部屋』は結構快適よ。時間があったら遊びに来てね」
「ええ、喜んで!!」「メ、魔理沙……、落ち着きなさい」

フランに対して、結局敬語混じりで会話した霊夢と魔理沙であった。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





眠そうなフランドールと、形ばかりの受け答えをするレミリア、咲夜と別れた霊夢と魔理沙は、他の場所も見物することにした。



紅魔館の本館から連絡通路を通って訪れた地下の大図書館では、東方Projectの原作ゲームや関連書籍等の品々を販売をしていた。
それらはオフィシャル品だけでなく、同人の薄い本や抱き枕カバーのようなグッズまで取り扱っていた。

小悪魔の格好をした店員さん達が忙しなく立ち回る中、奥の席に腰掛けた『パチュリー・ノーレッジ』は黙々と本を読んでいた。
霊夢や他の人が話しかけても反応は薄かったが、魔理沙が来るとパチュリーは顔を紅くするリアクションを見せた。



紅魔館の前、ロープウェイ乗り場の傍に、利用者達の足代わりとなる数台のカートと運転手役の妖精(この少女達もロボットだ)が屯していた。
霊夢と魔理沙はその内の一台に乗って魔法の森に向かった。

道中に『香霖堂』の看板を掲げたお土産屋さんがあったが、霊夢達は用は無かったので素通りして、とりあえずアリス邸に向かうように、カートの運転手妖精に指示した。



うっそうとした森の中をひた走る、三人(正確には二人と一体)の乗ったカート。
木漏れ日の漏れる森の小道を抜けて開けた場所に出ると、そこには二軒の家が建っていた。

でかい紅白水玉キノコをイメージしたみたいなのが『霧雨魔法店』。
小さな塔のような建築物がくっついた可愛らしい西洋風のお家が『アリス・マーガトロイド邸』。

それぞれの家の前に掲げられている看板に、そう書いてある。

「先ずは、『私の家』に行ってみましょ……みようぜ!!」

はしゃぐ魔理沙と彼女に手を引かれた霊夢は、前世紀のガラクタと道路標識、『何かします』の立て看板の前を通って、『霧雨魔法店』にドアベルを鳴らしながら入店した。

「「「いらっしゃいませなのぜっ☆」」」

こちらでも博麗神社と同様に、魔理沙のような格好をした『魔理沙の使い魔』達が数名、お出迎えをしてくれた。

『霧雨魔法店』では、魔理沙グッズであるウィッチハット、エプロンドレス、箒、八卦炉のレプリカが店内に所狭しと陳列してあった。

「何かお勧めはある?」

霊夢は使い魔の一人にそう尋ねると、彼女は店の一角にある魔法薬――ハーブ類が並んだ棚から小瓶を一つ取ってきた。

「恋する乙女御用達である霧雨魔法店自慢の逸品、惚れ薬だぜ!!」
「ほっ!?」
「これを耳の後ろにつければ、その香りでマスターはメロメロッ!! 霊夢さんとの距離も縮まりますZE☆」

要するに、これは香水だ。
『マスター』とは魔理沙のことか。
このロボットは霊夢と魔理沙の『中の人』達の恋愛感情まで見抜いて、下衆いことまで言っているのだろうか。
本当に、技術の無駄遣いである。

「ね〜え、霊夢ぅ!! 二階の『私の部屋』を見てみましょうよ〜!!」
「へぇへぇ、魔理沙様の仰せのままにぃ」

霊夢は使い魔に代金を払うと、購入した紙包みを袖の中に縫い付けられているポケットにしまい、魔理沙を追ってギシギシ鳴る木の階段を急ぎ足で上っていった。





『霧雨魔法店』を出た霊夢と魔理沙は、今度は隣の『アリス邸』にお邪魔した。

「いようっ!! アリス!! 邪魔するぜ!!」
「あなたが邪魔以外のことをした事があったかしら?」
「「「いらっしゃいませ〜!!」」」

魔理沙の『御挨拶』に皮肉の効いたアドリブを返す『アリス・マーガトロイド』と、陽気な歓迎の挨拶をする少女達――アリスのお人形達であった。
ここでは案の定、人形やお菓子の販売と、宿泊サービスもしていた。
まだ回りたい所があるので、お茶を一杯御馳走に……、あとお茶菓子を口いっぱいに御馳走になっただけでお暇した。





カートは行きと同様に、森と平地の境界にあるスーベニア・ショップ『香霖堂』の前を通り、今度は紅魔館方面と違う道を進み、人里に入っていった。

ここには飲食店やおみやげ物やが立ち並んでおり、人や妖怪達が行き交っていた。
全員ロボットかと思ったら、ここには人間のエキストラも少なからずいるそうだ。
全然見分けがつかないが。

今日は見物重視に決めているので、霊夢と魔理沙は腹の虫を泣かせる憎き香りに耐え、カートを飛ばしてもらった。
もちろん、運転手妖精は安全速度しか出してくれない。

霊夢達が辿り着いたのは寺子屋だった。
昔の山間部にある分校みたいな佇まいだった。
運転手妖精の説明によると、本物の分校として使われていた旧世紀の文化財を、わざわざ施設内に移設したのだそうだ。

一階で唯一賑やかな教室。
そこでは、『上白沢 慧音』が和服や昭和時代の洋服姿の子供達相手に授業を行なっていた。

き〜ん、こ〜ん、か〜ん、こ〜ん……。

どこか電子的なチャイムの音がすると、教室から子供達が走り出してきた。

「こら〜!! 廊下を走っちゃいけませ〜ん!! あら?」
「ども」
「こんにちは」

教室の出入り口から叫んだ慧音は霊夢達に気付いた。

慧音に職員室に案内された霊夢と魔理沙は、質素な服装の女性教諭(ロボットだ)が淹れてくれたお茶を頂きつつ、少しおしゃべりした。

「へ〜、本物の先生なんですか」
「ええ、今は休職中ですけど。貴女達は学生さん?」
「あ、はい!! 大学生です!!」

慧音の『中の人』は、リアルで小学校の教師なのだそうだが、受け持ちのクラスがこの時代には絶滅したかと思われた学級崩壊になったそうだ。
この人は心を病んで日々悶々とした毎日を送っていたが、彼女を心配した婚約者が気分転換にと、『ZUNRASIA』のチケットをプレゼントしたのだ。

「『慧音』になって、私が思い描いた先生を演じて……、久しぶりに楽しい気分を味わっています」

慧音はそういって微笑んだ。

「これで彼も来れれば良かったんですけどね……」

『ZUNRASIA』は、来園者が美少女が大勢登場する東方Projectのキャラになりきれる事を売りにしている。
したがって、ただでさえ高いチケットの競争率は、男性の場合はさらに厳しいものとなっている。
慧音の『中の人』の婚約者さんは、生憎と『男の娘』のような容姿ではなかったので、残念ながら落選してしまった。

「じゃあ、『もこたん』に慰めてもらったらどうです?」
「もこたん?」
「『藤原 妹紅』の事です」
「ああ、妹紅なら――」

慧音は窓の外を指差した。

木に寄りかかり居眠りをしている銀の長髪のモンペ少女。

「彼女、授業が終わるまで待っていてくれるそうです。言われるまで、彼女がロボットだと気付きませんでした」
「ほへ〜、もこたんもロボか〜!!」
「無駄にリアルね〜」

三人で木陰の妹紅を見物していると、先程の女性教諭がやって来た。

「慧音先生、間もなく授業が始まりますよ」
「あら、もうそんな時間? すいませんね、長々とおしゃべりに付き合わせてしまって」
「いえ、こちらこそ」
「お話できて楽しかったです」

校舎を出て校門へ向かうために校庭を突っ切っていると、教室から慧音と寺子屋の生徒達が歓声を上げながら手を振っていた。
霊夢と魔理沙も、ちょっと恥ずかしがりながら、手を振り返した。





ロープウェーに乗って、妖怪の山の山頂にある守矢神社にやって来た霊夢と魔理沙。

境内では、常識に囚われない風祝の『東風谷 早苗』が掃き掃除をしていた。

「いらっしゃい、霊夢さんと魔理沙さん」
「早苗さんだ。こんにちは〜」
「こんにちは」

魔理沙はジロジロと早苗を観察し始めた。

「な、何ですか……?」
「あなた、ロボットね!!」

ビシィッ!!

まるで真犯人を言い当てた名探偵のように、早苗に人差し指を突きつける魔理沙。

「……ええ、そうですけど」

多少言いよどみながら肯定した早苗。
いきなりの指摘は、ロボットじゃなくても処理が追いつかないだろう。

「あ、『神奈子様』と『諏訪子様』は人間ですよ。良ければお会いになりますか?」
「え、良いの?」
「はい!! お客様が来たらお通しするように言われています」
「こりゃ、ノリノリのお出迎えが期待できるわね」

早苗に連れられて、霊夢達は守矢神社の居住部に通された。

「いらっしゃい、ええと……」
「ママ、『霊夢』と『魔理沙』だよ」
「そうそう。すいませんね、ちょっとこのゲームに疎くて……」

申し訳なさそうに頭を下げる『八坂 神奈子』。
神奈子の隣で霊夢達をキラキラした目で見てはしゃいでいる『洩矢 諏訪子』。

そして、早苗の淹れてくれたお茶をしばきながらの世間話タイム。

神奈子と諏訪子の『中の人達』はシングル・マザーとその娘で、いつも仕事で忙しいお母さんは、たまには娘さんを遊びに連れて行ってやろうと有給を取ってここにやって来たそうな。
娘さんは東方のファンのようだが、お母さんの方は『八坂 神奈子』の格好のせいもあって、いかにも娘に連れられてきた保護者って感じだ。
ちなみに神奈子は注連縄(茅の輪って言うのか?)とオンバシラを外して、壁に立てかけている。
障子に開いた穴が、それらを身に付けると動きづらくなる事を物語っていた。

諏訪子はさっきから神奈子と早苗、霊夢と魔理沙の間を行ったり来たりしている。

「えへへーっ」
「諏訪子ちゃん、東方Project好きなんだ」
「うんっ!!」

魔理沙が諏訪子のはにかんだ表情から察したようだ。
かつては一部好事家しか認知されなかった東方Projectであるが、今ではこのように低年齢層にまで浸透していた。

「普段は我侭を言わない娘なんですが、行きたい場所があるかって聞いたらここが良いって……。方々手を尽くしてチケットを手に入れた甲斐があります」
「報われて何よりです」

神奈子の疲れを上書きするほどの喜びを、霊夢は祝福した。

守矢神社を辞する時、諏訪子は東方の主人公達から別れたくなくて泣きそうになった。
が、そこに烏天狗の新聞記者『射命丸 文』がネタ探しに尋ねてきたら、今度はそっちにまとわり付き始めた。

それには霊夢達や神奈子、早苗も苦笑い。



そろそろ日が暮れてきたので、霊夢と魔理沙は、ひとまず人里に戻ることにした。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





夕焼けに紅く染まった人里は、仕事を終えて家路を急ぐ人達や、これから飲みに繰り出す人達で賑やかになっていた。

「可愛いみすち〜♪ 愉快なみすち〜♪ みすち〜みすち〜♪ ミスティアの八目鰻バー、美味しいよ〜♪」

喧騒に混じって、何処からか綺麗な歌声が聞こえてきた。

「ねぇ、メ……魔理沙」
「何、霊夢」
「『お客さん』の人数よりも飲食店に並ぶ料理のほうが多いけど、勿体無くないのかな?」

お惣菜屋さんの店先には、揚げたてのコロッケ等の揚げ物などが並び、何人かがそれを購入している。
それらが美味そうだったので、霊夢と魔理沙はコロッケを一個ずつ買い、その場でソースをかけて平らげた。

魔理沙は油でテカッた指先をチュパチュパとしゃぶって綺麗にすると、店のおばちゃんに霊夢が尋ねた質問をしてみた。
だが、『大勢のお客さん』が買ってくれるから大抵売り切れると、『幻想郷の住民』としての解答しか得られなかった。

霊夢達の言う『お客さん』とは、『ZUNRASIA』の『来園者達』のことである。

「ロボット達は『ビジター』の世話係以外は、幻想郷住民としてのリアクションしか返しませんよ」

霊夢と魔理沙が声のしたほうを向くと、垢抜けないワイシャツとズボン姿の男性が、おばちゃんから一人で食べるには多すぎる量のコロッケ、鶏から揚げ、マカロニサラダ、山菜おこわの包みを受け取っていた。

「あ、突然声をおかけして申し訳ありません。私は『ZUNRASIA』のスタッフです。人間のね」

そういって頭を下げたので、霊夢達もそれに倣った。

「何か施設についての御質問がお有りとか……」
「ええ」「実は……」

今度は霊夢が先ほどからの疑問をスタッフに尋ねた。

「人間の食べ物は、我々スタッフ一同が美味しくいただきますよ」

わずか十人前後の来園者(『ビジター』とも言うらしい)をもてなすために、この施設では数百人の人間が働いているそうだ。
彼らの胃袋は、『幻想郷』の各所で調理されたリアルな食べ物で満たしているのだ。
なお、買ったり食べたりするために『表舞台』に出かける際には、しかるべき格好をすることが義務付けられている。
例えばここ、人里では、このスタッフさんは『村人A』のコスを着用している。
これが紅魔館なら『執事』、神社なら『宮司』、妖怪の山なら『天狗』や『河童』となる。

「じゃあ、あそこで飲んでいる人も……」

霊夢が指差した飲み屋では、ドンチャン騒ぎをしている一団がいた。

「……ええ、そうですね。あのテーブル席の連中はスタッフです。周りで一緒になって手拍子しているのはロボットですけど」

スタッフさんたちは、勤務が明けたらアルコールもOKなのだそうだ。

「アルコールだけじゃなくて、風俗関係も――失礼」

スタッフさんは慌てて口を噤んだ。
ここでは、ソッチ方面のサービスもやっているのか……。
霊夢達の『中の人達』は、一応ネットで情報収集した時に知識として頭の片隅にインプットはしておいたのだが、ちょっと赤面した。

他に質問があるのなら、お問い合わせの番号に掛けてくださいと言い残し、スタッフさんは人気の無い裏路地に去っていった。
おそらく、あの方向にスタッフ用の出入り口や通路ががあるのだろう。
霊夢と魔理沙はパンフレットを取り出し、『御質問は下記の番号へ』の文章と共に書かれた問い合わせ先の電話番号を確認した。



「ありゃ、もう人里は終わりか……」

霊夢達はそぞろ歩いているうちに、村外れまで来てしまったようだ。
眼前に広がる夕焼けと荒野。

そして、仁王立ちの小柄な人影。



「霊夢!! 魔理沙!! あたいと勝負しろ!!」



「あーっ!! H(まるきゅう)だ!!」
「Hまでいるんだ……」
「あたいをHって呼ぶなー!! さいきょーのチルノ様だぞーっ!!」

そう、この少女こそ、幻想郷最強(笑)の氷の妖精『チルノ』ちゃんである。

「で、さいきょーさん、私達に何の用?」
「だから勝負しろ!! 弾幕ごっこしろ!!」
「「!!」」



来た!!

東方Project名物、弾幕ごっこ!!

霊夢は袖のホルダーから棒状の物を取り出し、それを握って振り、特殊警棒の要領で伸ばした。
先端に紙のヒラヒラが付いた、お払い棒である。

魔理沙はエプロンドレスのポケットから、おなじみミニ八卦炉を取り出し、ぎこちない手つきで文様とガラスの球体が嵌った側をチルノに向けた。

弾幕ごっこのやり方は、支給された得物の攻撃ボタンを押せば通常弾幕が、技名を叫びながら特殊攻撃ボタンを押すとその技――スペルカードが発動する。

霊夢と魔理沙は、この箇所は何度も読んで頭に叩き込んでいた。



「良いわよ!!」「受けて立つぜ!!」

霊夢と魔理沙は、チルノから挑まれた勝負を了承した。

周囲が急に肌寒くなった。

チルノの周りに無数の氷柱が形成された。

「あれ、本物の氷柱!?」

ザクザクッ!!

そう叫んだ霊夢の足元に、その内の数本が撃ち込まれた!!
霊夢は恐る恐るお払い棒で地面に突き刺さった氷柱を突いた後、直接触れてみた。

「冷たっ!!」

本物の氷だった。



「見ろっ!! これがあたいの全力全開!! 『氷符「アイシクルフォール」』!!」

――と叫んだチルノの真正面に肉薄した魔理沙!!

「マスタースパーク!!」

魔理沙のゼロ距離での、いきなりの大技!!



ピチューンッ!!



八卦炉から迸った閃光が収まり、霊夢と撃った当人である魔理沙の回復した視界に、黒焦げになった小さな人型が入った。

「やっちゃった……」
「あんたが全力全開を出してどうすんのよ。通常弾幕でもいけたでしょうに……」
「いや、やっぱり『魔理沙』をやるんなら、一度はドカンと魔砲を撃ってみたかったのよ……」

ワイワイ言い合いながら、霊夢と魔理沙はその場を立ち去り、博麗神社への帰路に就いた。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





博麗神社で霊夢と魔理沙は、式神少女が用意した和食の夕食とぬる燗の日本酒を堪能した。
少し駄弁った後、魔理沙は『自分の家』に帰っていった。



霊夢は衣装を脱ぎ、手足を伸ばして神社の内風呂に浸かっていた。
『中の人』が住んでいるアパートのユニットバスとは比べ物にならない快適さだ。

カララッ。

突然浴室の引き戸が開いた。

「きゃ!?」
「御一緒しても宜しいかしら?」

入ってきたのは、グラマラスな金髪美女だった。

「メリー……じゃなくて、八雲、紫?」
「あらぁ御挨拶ね、霊夢」

『八雲 紫』は霊夢の了解も得ずに、掛け湯を済ませると湯船に入ってきた。
霊夢は結局何も言えず、紫の好きにさせた。

「あ、あの……、何か御用ですか?」
「霊夢が寂しいかと思いまして、お慰めに参りましたのよ」

位置を変え、霊夢の隣に身体を寄せる紫。
霊夢は、間近にある紫の美貌にドキドキしていた。

「寂しい……? 私が?」
「ええ、人肌が恋しいというようなお顔をなさってますわ」
「!!」

この『八雲 紫』は、ゲームや各種創作物のように、霊夢の内心を見透かしていた。

「魔理沙も貴女と同じですわ」
「魔理沙、も?」
「彼女は、アリスとパチュリーの二人に癒されていますわよ」
「え!?」

霊夢の脳裏に、今日出会った二体のロボットの精巧な美しい顔がよぎった。

『アルコールだけじゃなくて、風俗関係も――失礼』

続いて、スタッフさんが漏らした失言。

「ここは、『幻想郷』。まがい物の夢のセカイ」

紫の最後の一押し。

「霊夢、刹那の夢を見ましょう――」

霊夢と紫の唇が重なる。

湯船からお湯が跳ねる音が、断続的に聞こえてきた。

神社の式神達は、霊夢の入浴時間から脱水症状の危険を感じて、冷蔵庫の飲み物の在庫を確認した。



その頃の『霧雨魔法店』。

寝室で、魔理沙はアリスとパチュリーに攻め立てられていた。

――魔理沙は、アリスとパチュリーに、自分を攻め立てて快楽をもたらす事を命令した。

魔法の森周辺に『人間』はいないので、魔理沙達は遠慮なく嬌声を上げることができた。



その頃の『慧音の庵』。

慧音は妹紅に手料理を振舞っていた。

妹紅は、美味しいと言ってくれた。

慧音の『中の人』の婚約者とはまた違った朴訥な態度だったが、慧音は嬉しかった。



その頃の『守矢神社』。

諏訪子はパジャマに着替えて、寝室で『中の少女』がお気に入りのアニメを見ていた。

いつも一人ぼっちで見ているテレビも、今日は神奈子と早苗がいる。

神奈子は、『娘』の嬉しそうな様子を見て、彼女もまた、嬉しそうだった。

それに合わせて、早苗も嬉しそうな表情を作った。





こうして来園者達に好評のうちに、幻想郷の夜は更けていった――。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





深夜。

博麗神社では、待機していた式神少女達は別の少女達と持ち場を交代すると、神社内の隠し扉を開け、中に入っていった。

霧雨魔法店では、アリスとパチュリーは目を覚まし、ぐっすりと眠る魔理沙に布団を掛けなおすと一階に降り、店内の隠し扉を開け、中に入っていった。

竹林にある『妹紅の家』からは、慧音の庵から帰ってきて待機状態だった妹紅が出てきて、家の前で停車したスタッフが運転する大型カートに乗り込んだ。
後部の荷台には、黒焦げの小さな人型が乗せられていた。

守矢神社では、目覚めた早苗は神奈子と諏訪子が寝ているのを確認した後、寝室を抜け出し、神社の外に出た。
境内で『射命丸 文』を初めとする天狗や河童と合流すると森の中に入って行き、そこにある小さな建物の『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉をくぐった。





『ZUNRASIA』の地下区画。

そこは病院と研究施設と工場を合わせたような、清潔で、整頓され、無機質な空間だった。

入り口から、東方キャラに扮したロボット達がぞろぞろと入ってきて、壁にずらりと並んだ充電器兼用のハンガーの前に行くと、自分に割り当てられた物に続々と納まっていった。

別の入り口から大型カートが入ってきた。
ハンガーの前で一時停止すると、銀髪のロボットが降りた。
カートはさらに進み、今度はベッドのような作業台が並んだ区画に到着した。

「お願いします」
「はい」

作業台の近くにいた白衣の男に声を掛けた、カートを運転しているスタッフ。
スタッフは傍の機械のボタンを押すと、巨大な機械の腕が伸び、カートの荷台にある黒焦げの残骸を掴み、それを作業台に移動させた。

カートが去った後、白衣の男は大振りのナイフを掴み、それを人型の残骸に突き立て切り裂いた。

ボロボロと炭化した『外装』を取り払うと、銀色に輝く金属骨格と神経のように張り巡らされたケーブル、複雑な電子基盤が露になった。
男はテスターの端子をあちこちに当て、部品のいくつかを交換し、内部の修理を完了した。
男がどこかに内線電話で連絡すると、しばらくして先程とは違うスタッフが乗った大型カートがやってきて、機械の腕に先程修理された内部むき出しのロボットが荷台乗せられると、何処かへと走り去った。
ロボットに外装を施す部署に運んでいったのだ。

ハンガーに収まったロボット達にも整備が行われていた。
整備員はロボットの衣服をはだけさせ、腹を切り裂き、露になった内部に手を突っ込み、ポリ容器を取り出す。
その中には、咀嚼された後に有機物を分解する細菌が混ぜられた、『人間の食べ物』の成れの果てが入っている。
整備員は手馴れた手つきでそれを傍らに置くと、代わりに中身が空の清潔な容器を掴み、それをロボットに押し込んだ。
先程の容器の『中身』は有機肥料に加工され、『ZUNRASIA』の契約農家に配布されるそうだ。

整備、修理と充電、特殊装備への『消耗品』補充が終わったロボット達は、地下区画を自分の足で出て行き、所定の持ち場で東方Projectのキャラクターを演じるのである。





こうした大勢の人間達によって、『ZUNRASIA』は『ビジター』に最高のエンターテイメントを提供しているのである。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





朝、霧雨魔法店を訪れた霊夢。
魔理沙は使い魔に命じて、霊夢の朝食も用意させた。

霊夢と魔理沙、アリスにパチュリーといった面子の食卓。
テーブル席に並べられた、人数分の魔女風和定食。

霊夢は魔理沙に昨晩のお楽しみの事を聞いてみた。
アリスとパチュリーの、誰が一番具合が良かったかを。

魔理沙は、やっぱり霊夢には敵わないぜ、と嬉しい事をのたまったものだから、両サイドの魔女からビンタを頂戴した。

両方の頬を腫らした魔理沙は涙目。

霊夢、大爆笑!!










だが、それを監視カメラで見ていた者達は、顔面蒼白になっていた。



『ZUNRASIA』のコントロール・ルーム。



「ば……、馬鹿な……!?」



「ロボットが……、『人間に危害を加えた』だと!?」










霧雨魔法店を出た一同。

アリスとパチュリーは用事があるからと、魔理沙達と別れて去っていった。

「今日はどこ行く?」
「白玉楼の食べ放題コースは如何かしら?」
「まあ、素敵ね魔理沙さん!!」
「決まりね霊夢さん。ヘイ!! タクシー!!」

アドリブを利かせて、妖精カートが二人の前にやって来た。





「どうだ?」
「異常ありません」

地下のメンテナンス・エリア。

白衣を着た男が、コントロール・ルームからすっ飛んできた男に診断プログラムを走らせた端末のモニターを見せた。

二人の傍にある作業台の上には、急遽呼び寄せたアリスとパチュリーがオーバーホール状態で横たわっていた。
パチュリーの頭からは、帽子も頭髪も皮膚も頭蓋骨に相当する軽量金属のカバーも除去され、露になった基盤の端子にケーブルが刺さり、端末と繋がっていた。
別の白衣姿のスタッフは、溶剤のスプレーをアリスの顔に吹きかけて端正な顔を溶かし、その下の機械を露出させると両目に相当する二つのカメラの動きを確認していた。

結局、この二体のロボットが『霧雨 魔理沙』を演じる『ビジター』の頬をはたいた原因は分からずじまいだった。
上層部は問題の機体を配置から外し、『別のアリスとパチュリー』を起動すると、代わりに配置した。





「ふ〜、食った食った〜」
「この国のお蕎麦はこんなに美味しかったかしら?」
「『合成物』じゃなくて『本物』の蕎麦粉を使ってんだって」

霊夢と魔理沙は、庭師の『魂魄 妖夢』が二刀を巧みに使って蕎麦を切るパフォーマンスに見惚れ、その切りたての蕎麦をたらふく頂いた。
さらに二人は、白玉楼名物である特盛りのスイーツ、『白玉(はくぎょく)クリームあんみつ幽々子スペシャル』を完食した。

「霊夢、ちょっと食後の運動でもしましょうか?」
「うぇ〜!? 今動いたら吐いちゃうかも――」
「昨日はよくもやったな!!」

チルノ登場!!

「また来た」
「じゃ、今度は私ね」

チルノの前に、霊夢が進み出た。



「弾幕ごっこだ!!」
「受けましょう!!」

また、チルノの周囲に冷気が集まり始めた。

「先手必勝!! 夢想封印!!」

無数の護符の3D映像が乱舞した!!



ピチュ〜ンッ!!



「ちょっと、れんk、霊夢!! あなたもいきなり大技かましてるじゃない!!」
「胃が重くて動きたくないのよ……。吐いちゃいそ……」

ズタボロになってピクリとも動かなくなったチルノを放置して、二人はキャイキャイ言い合いながらロープウェー乗り場の方へ歩いていった。



しばらくして、白玉楼の隠し扉から現れた緑色の侍装束をした作業員が、チルノの残骸を回収して行った。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





人里に戻った霊夢と魔理沙。

魔理沙は携帯端末で『ZUNRASIA』のお問い合わせ窓口と何かやり取りをしていたが、今、終わったようだ。

「何かしら? ゴタゴタしていたみたいだけど……」
「メリー、じゃなくて魔理沙、どうだった?」
「あ? ええ、OKが出たわよ。ただし、後で返すこと。傷物にしたら買い取ること」
「分かったわ。じゃ、やりますか」
「魔理沙を演じるなら、コレもやらないとね〜!! 霊夢、お腹はもう大丈夫?」
「ええ、今は走り回りたい気分よ!!」
「Good!!」



魔理沙が『ZUNRASIA』から許可を貰ったこと。それは――。



「むきゅ〜っ!! 持って行かないで〜!! げほっごほっ!!」
「死ぬまで借りるだけだぜ〜!!」
「こら〜!! 魔理沙〜!! 待ちなさ〜い!!」



紅魔館の大図書館。

キャラがデカデカと書かれた紙袋にいっぱいの本やグッズを持って走る魔理沙。
それを追いかける霊夢。
途中まで魔理沙を追いかけたが、途中で咳き込んでへたり込んだパチュリー。
キャーキャー言って右往左往するだけの小悪魔達。



――霧雨 魔理沙のお約束、『死ぬまで借りる』である。



「いや〜、借りた借りた〜」
「やりたい放題ね……」

霊夢と魔理沙は、袴姿の少女達が給仕をするオープンカフェ『あっきゅんの縁起かふぇ』で一服していた。

二人は、あ〜ん、と大口を開けてケーキを食べようとしたその瞬間。

カシャッ!!

「「!?」」
「あやややや〜!! 紅白黒白の強盗団が、はしたなくお口を開けている瞬間をゲットですよ〜♪」

鴉天狗の新聞記者である『射命丸 文』に、恥ずかしい写真を撮られてしまった!!

魔理沙はそっと腕時計を見た。

「(あら、もう予定時間よ)」
「(うそ!?)」

二人がボソボソと話しているうちに、物々しい一団が彼女達のほうへ迫ってきた。

重苦しい着物を着た女性に率いられた武装集団。

『自警団』である。

あっという間に霊夢達を取り囲んだ自警団。
そして、彼らの間から現れた、見知った二人。

「(え〜と……)博麗 霊夢!! 霧雨 魔理沙!! たとえお前達が異変解決人であろうとも、今回の狼藉は見過ごすわけにはいかんっ!!」
「火達磨になりたくなきゃ、大人しくお縄につきな!!」

慧音と妹紅が、霊夢と魔理沙を恫喝してきた。
二人はそろそろと得物に手を伸ばそうとした。

「お二人とも!! いくら常識に囚われないからといって、強盗強姦殺人はいけない事だと思います!!」
「『強姦殺人』は余計でしょ……」
「ケロロ〜ン☆(ママ、『ゴーカン』って何?)」

早苗、神奈子、諏訪子の守矢一家も参上した。

「なん……だと!?」
「降参するわよ……」

両手を挙げる魔理沙と霊夢。

「よ〜し、詰め所に連行する!!(お荷物はお返し願いますよ)」

霊夢達は着物女性を演じる人間のスタッフに『盗品』の詰まった紙袋を渡し、宿泊場所のひとつである『自警団詰め所』に連行――というか案内された。



牢屋を模した二人部屋は、なかなかに落ち着いた感じの洋室だった。
牢獄の中にソファーとテレビを持ち込んだみたいな、鉄格子越しに『看守に見張られる』リビング。
石壁の特定箇所を『説明書き』通りに押すと、隠し扉が開き、二つのベッドの並んだ寝室とジャグジーとシャワーが備え付けられた浴室、トイレと洗面所があった。

霊夢はリボンと袖を外し、魔理沙は帽子を脱いで箒を壁に立てかけてしばらく寛いでいると、看守が食事を持ってきた。

鉄格子にある差し入れ用の隙間から、二人の『役名』が書かれた付箋の貼られた二つの弁当箱と汁物の容器を受け取ると、床に敷かれたカーペットにどっかと腰を下ろした。

大きな弁当箱を開けると、ステーキやマリネの入った洋風の料理が現れた。汁物はコンソメスープだった。
ちなみに主食は、二人が詰め所の取調室で取調べスタイルの説明をスタッフからされた折に、予め注文しておいたものだ。
霊夢が十穀米のご飯、魔理沙が胚芽ブレッドである。

備え付けの冷蔵庫から缶ビールを取り出し、乾杯の後、御馳走をパクつく二人。

食後、二人がテレビを流し見しながら今日の騒動についての話題を笑いながら話していると、女性警察官が牢の前にやって来た。

「今日のイベントはいかがでしたか」

この警官、よく見ると、二人を『逮捕』して『取調べ』も行なった着物自警団員を演じた女性スタッフだった。

「本当にゲームのセカイにいるみたいでした!!」
「有難うございます。こんな突拍子も無いお願いをして……」

素直に喜ぶ霊夢と、『イベント』を頼んだ事に礼を言う魔理沙。

「いえいえ〜。『魔理沙』をなさった方は、大抵この手のイベントを依頼しますから」
「そ、そうなんですか……」

魔理沙は、皆がしている事だというのに、何か恥ずかしくなった。

「あとは、博麗神社に他のビジターを招いての宴会というのもありますね」
「え、そうなんですか!?」
「もっとも、ビジターの方々の予定の調整や料理の手配もありますから、要予約ですけどね」
「まぁ、そうですよね……」

霊夢は、フランちゃんや守矢一家、慧音先生を招いての宴会ができなくて残念そうだった。

「そうそう、電話したとき、ずいぶんと大騒ぎのようでしたけど、何かあったんですか?」

ふいに魔理沙がスタッフに質問した。

「……これは、言って良いものかどうか……。実は……」

言いよどむスタッフの言葉を聞き逃すまいと、鉄格子に寄って来た二人。

「何台かのロボットに不具合があったようなんですよ」
「不具合?」
「何? 壊れちゃったの?」

心配そうな、よく分かってなさそうな霊夢達に、不安を払拭するかのように両手を振るスタッフ。

「あ、私も詳しくは知らないんですけれど、そういうのは修理に回したそうで、現在稼動しているロボットは全機正常稼働中ですから!! ね!!」

スタッフが背後の椅子に腰掛けた看守役のロボットに振ると、『それ』は頷いた。

「まあ、そういうことで、明日が最終日ですから、お二人ともお帰りのその時まで、存分に東方Projectのセカイをお楽しみください。では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「はい、おやすみー」

挨拶を言って立ち去るスタッフを牢の中から見送った二人は、テレビを消すとテーブルの上を片付けて、隠し扉の向こうに姿を消した。



『博麗 霊夢』と『霧雨 魔理沙』の衣装を脱いだ二人は、生まれたままの姿の『宇佐見 蓮子』と『マエリベリー・ハーン』に戻り、手を繋いで浴室に入っていった。

シャワーの音と女性の姦しい声が奥から聞こえてきた。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





人工的に作られた『幻想郷』の夜は更けた。

魑魅魍魎がうごめく丑三つ時。

『ZUNRASIA』の地下区画、メンテナンス・ルームでは、最新技術によって生み出された物の怪が休息を終え、地上に帰っていく。

「充電終了しました」
「よし、行け!!」
「あたい、さいきょー!!」

修理、冷気のエフェクトに使用する液体窒素の補充、バッテリーの充電を終えたチルノは、元気良く走り去った。

「『アレ』は、やたらとビジターに弾幕ごっこを仕掛けてるな。もう二度も大破しやがって……」
「好戦的なプログラム搭載タイプですからね。今度は温厚タイプに乗せ換えて、『大妖精』にでも変更しますか?」
「そうだな……。しかし――」

二人の整備担当スタッフは、彼らの仕事場である地下整備場を見渡した。

いくつかの作業台には、分解整備中のロボット。
クリーンルームの中には、まだ『役』が割り当てられていない、坊主で全裸の素体ロボット達がビニールに包まれて吊るされていた。

動く物は、スタッフ達以外にはいなかった。

「今夜はまだ、稼働中の連中が戻ってこないな……」
「コントロール・ルームに連絡しておきますか?」
「だな……。例の不具合の件もあるし……」



コントロール・ルーム。

「――え〜と、『サットリ〜ンのサードアイ目玉焼き御膳』を三人前、内一人前はご飯大盛り。
 『こいしちゃんの閉ざされた瞳のオムレツプレート』を……、五人前ね。
 あと、『うにゅほの地獄極楽メルティゆで卵のモーニングセット』を、これも五人前。
 ……はい、そうです。朝6時までにコントロール・ルームに届けてください。
 うん、配達員の『じゃじゃーん!!』は確認するから。ええ、お願いします。じゃ」

ガチャ。

スタッフの一人が、朝食の手配を終えた。

壁一面の監視用モニターには、暗視画像で静まり返った真夜中の『幻想郷』が映し出されていた。

何か動く人影が見えた。
その姿と識別信号から、メンテを終えた『チルノ』だと分かった。

それ以外は平穏そのもの。

プルルル……。

ガチャ。

「はい、コントロール・ルーム……、はい、はい……」

かかって来た電話に出たスタッフは、受話器を手で塞ぐと大声で責任者を呼んだ。

「チーフ!! メンテ・ルームからです!!」
「繋いで」

スタッフが電話のボタンを操作して受話器を置いた直後、チーフと呼ばれた責任者が手元の受話器を取り上げた。

「もしもし……、え? お〜い!! ロボットの稼動状態をメインモニターに出して!!」

チーフの声に反応した一人のスタッフが手元の端末を操作すると、一定間隔で監視カメラの映像を切り替えて表示していたメインモニターにリストが出力された。

一同は、ずらりと表示されたロボットの機体番号、『役名』、バッテリー残量、現在位置、さらに他のモニターの映像を確認した。



酒処で騒ぐ演技をするロボット達。
民家で川の字になって眠る家族を演じるロボット達。
森の中をフラフラと、取って食う人間を求めるかのように彷徨うロボット達。



ロボット達は、与えられた役を演じ続けていた。



バッテリーの残量が半分を切っているにもかかわらず。



「また不具合?」
「さあ……」
「とりあえず、グループAのロボット達を帰還させて」
「了解……、あれ?」

端末を操作したスタッフが首をかしげた。

「チーフ!! コマンドを受け付けません!!」
「え……!?」

チーフ達はメインモニターを改めて見た。

どのロボットについても、リストの『ステータス』欄に『通常行動中』と表示されている。
本来なら、指定したグループのロボットについては『帰還中』と表示され、一斉に地下区画への移動が開始されるはずである。

「施設中の全ロボットを大至急呼び戻して!!」

タカタカタカ……ッターンッ!!

スタッフ達がキーボードを叩いたが、何の変化も起きなかった。



この時からコントロール・ルームのスタッフ達は、不具合の原因究明のために、端末やモニターとのにらめっこ耐久レースを開始した。



そして、夜が明けた。



コントロール・ルームのスタッフ達は、自分達だけでは埒が明かない事を認め、『ZUNRASIA』の全スタッフに緊急呼集をかけた。



こんな異常事態である。

だれも、朝飯の出前が届いていない事を気に留めなかった。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





どーーーーー……ん……。



「ん……」

雷か花火のような音がかすかに聞こえ、メリーは目を覚ました。

メリーの色香漂う裸身には、昨晩に蓮子と愛し合った結果生じた気だるさと秘所のしびれる感触が、まだ残留していた。

自分にしがみ付いて寝ている蓮子は、まだ夢の中だ。

夢のセカイで見る夢はどんなものだろうか。

他のセカイを偶に夢に見るメリーは、寝ぼけた頭でそんな事をボンヤリと考えた。



程なくして蓮子は目を覚まし、昨晩同様に二人でじゃれあいながらシャワーを浴びた。



幻想セカイのキャラの衣装を着込み、『博麗 霊夢』と『霧雨 魔理沙』になった二人は、牢獄の居間に向かった。



牢の差し入れ口の下に、新聞が落ちていた。
『射命丸 文』が発行している『文々。新聞』だ。

霊夢と魔理沙は頭を並べて、カラーで印刷された、今時珍しい紙媒体の紙面に目を通した。



【博麗の巫女と普通の魔法使い、逮捕!!】
【神をも恐れぬ凶悪犯罪について、悪魔の妹様、フランドール・スカーレット嬢語る!! 『見てないから知らない』】

<自警団に連行される霊夢と魔理沙の写真がデカデカと、数ページに渡って掲載されている。>



二人は吹いてしまった。



さて、朝食が届くまでテレビでも見ようと点けたが、『受信できません』とのそっけないメッセージしか表示されなかった。
この不具合について連絡しようと固定電話の受話器を取り上げたが、受話器からは何の音もしなかった。
この際に置き時計で時間を確認したが、もう朝と昼の間の時間だった。二人はずいぶん寝坊した。
二人は携帯端末を取り出し、置時計の時間が合っている事と、電話もデータ通信も繋がらない事を確認した。



二人は互いの顔を見た。



牢には鍵はかかっていないので、霊夢と魔理沙は出入り口の格子を開けて外に出た。

片隅の椅子に腰掛けた、看守役のロボット。
突いてみたが動かない。
当たり前だが、息をしていない。

自警団詰め所に動くモノは、霊夢達以外いなかった。
立っていたり、座っていたり、横たわっていたりする人型は、全てロボットだった。



二人は、恐る恐る、詰め所の玄関から外に出た。



詰め所内の取調室。

ここにも倒れ伏した数体の人型があった。

一体は、血まみれになった着物姿の女性。

残りは、血塗れの警棒を握り締めたロボット達。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





自警団詰め所前の通りは静まり返っていた。

その先にあるメインストリートの様子は、ここからは分からない。

霊夢と魔理沙は、とりあえずそっちに向かうことにして――、



「おいっ!! 紅白と黒白!!」

「「ひっ!!」」



――いきなり、呼び止められた。



二人の背後には、小柄な青いワンピースを着た少女が二人と視線を合わせるために、不足した背丈の分だけ宙に浮いていた。



「な、な〜んだ、チルノか」
「驚かさないでよ〜」

平らな胸を張る、愛らしい妖精少女に二人は安堵した。

「あ、そうだ、あなた今何が起こっているか――」
「ンな事より!!」

魔理沙の質問を断ち切るチルノ。

「あたいと弾幕勝負だ!!」
「またか……」
「そんな事している場合じゃ……、いいわ」

魔理沙はロボット相手に話し合いは不毛だと思ったのか、チルノの決闘申し込みに応じた。

「メリー……」
「じゃ、蓮子、ちゃっちゃと片付けるから」

魔理沙――メリーは、今回も速攻で勝負を決めるつもりらしい。

メリーは一応持ってきた箒に跨り、ミニ八卦炉の特殊攻撃ボタンを押して、若干赤面して叫んだ。

「スターダスト・レヴァリ――」



どすっ!!



「どうだっ!!」
「あらら……っ!?」
「メリー……?」



メリーの腹を貫く、太い氷柱。

落ちるミニ八卦炉。

箒は、まだ股に挟んだままだ。



メリーは苦笑して、霊夢――蓮子のほうを向いた。

げほっ!!

歪んだ口から吐き出される鮮血。



「ピチュッちゃった☆」



ドスドスドスッ!!



メリーは、チルノがさらに発射した無数の氷柱で、涼しげなハリネズミに成り果てた。



「あたい、さいっきょ〜〜〜〜〜っ!!!!!」

箒に跨ったまま、崩れ落ちるメリー。

彼女のお下げ髪を飾る蓮子の白いリボンが、見る見るうちに紅く染まっていった。



チルノの勝利宣言で我に返った蓮子は、

「いぃぃ……っ、嫌アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――ッッッ!!!!!」

絶叫して、メインストリートへと全力疾走していった。



チルノは、薄ら笑いを浮かべたまま事切れたメリーの頭を魔女帽子越しに踏みつけて勝利の余韻に耽っていたが、しばらく後にようやく我に返った。

「……あれ? 霊夢がいない……」

きょろきょろ。

辺りを見渡すが、逃げた『霊夢』は見つからない――。

「あっちか……」

――かと思ったが、チルノの高感度熱センサー搭載の『目』は地面に残る足跡――蓮子の体温の残滓――を感知した。

「霊夢ぅ!! 勝ち逃げは許さないぞ〜!! いざ、尋常に小学校だ〜っ!!」

何かおかしな台詞を叫びつつ、チルノはメインストリートへ飛翔した。





メインストリートは、阿鼻叫喚の地獄絵図――が、ほぼ収束していた。

もう、人間もロボットも殆ど動いていなかった。

人間は絶賛死亡中か、死に逝く最中だった。

ロボットは殆どが硬直したかのように立っているか、倒れているかだ。
ごく一部は、人間の抵抗のせいか、損壊していた。

『ZUNRASIA』では、人間はロボットよりも少数である。

少なくとも、蓮子の視界に入る限りで言えば、人間はロボットの機能停止前に殲滅されたようだ。





蓮子は呆然とし、

メリーの非業の死を嘆き、

惨状に恐怖し、

他の『来園者達』――、

フランドール、慧音、神奈子と諏訪子の心配をした。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





「ふぁ〜っ、良く寝た〜!!」
「イメージが台無しになるから大口開けないように」
「あによジャーマネ!! 今の私は妹様の『フランちゃん』よ☆」

紅魔館の地下からエレベーターで地上に上ってきた二人の人影。

フランドール・スカーレットと、『中の芸能人』のマネージャーである神経質そうな男性だ。

フランが一人で久々の惰眠を貪っていると、スタッフ用の通路を使ってマネージャーが押しかけてきたのだ。
『いつもの』突然のスケジュール変更で、フランの『中の少女』は予定を切り上げて別の仕事に行かなければならなくなった。
折角の滞在最終日だというのに。

「せめて朝ごはんぐらい食べさせてよ」
「まあ、それくらいなら……」

ちらと腕時計を見たマネージャーのお許しを得て、二人はビュッフェスタイルで御馳走を食べられる大広間にやって来た。



フランドール達を出迎えたのは、

傷んだフルーツの発する、すえた甘い匂いと――、



「我が愛しの妹よ!! 出立の前に、私と一局相手してもらえるかしら」



――紅い神槍『スピア・ザ・グングニル』を携えた、レミリア・スカーレットだった。



「おい、危ないから『弾幕ごっこ』はやらないって話だろう……」
「いいじゃない、スタッフさんが気を利かせてくれたのよ、きっと」

『商品』に傷が付くことを危惧するマネージャーに、フランは笑って咲夜が持ってきた魔剣『レーヴァテイン』を手にした。


「いいわよ、お姉様!! 相手になってあげる!!」
「では、始めるか……。ほら、遊戯の代金だ」

レミリアの手から放り投げられた、コインいっこ。



ちゃりー……ん。



床に落ちたと同時に――、



ガキィッ!!



――姉妹が振り下ろした、堕ちた神の武器が打ち鳴らされた!!



何合もの槍と剣の打ち合い。

フランは汗を流しながら、楽しそうに姉との『命のやり取りごっこ』を繰り広げた。

マネージャーは、ハラハラしながら危なっかしい『お遊び』を見ていた。
緊張したせいか、喉の渇きを覚えた彼は、傍らのポットからヨーグルトドリンクをグラスに注いで飲んだ。

ぶ〜〜〜〜〜っ!!

この温い液体は、ヨーグルトではなく、腐った牛乳だった。
酸っぱい匂いがしたからヨーグルトと勘違いしたのだ。

口の周りを白くしたマネージャーは、そばに控えている咲夜に文句を言った。

「おい!! これはどういう――」



さくっ!!



「お嬢様達の勝負の邪魔です。お静かに願います」

「――ぁ……ぁぁ……」



ブシューーーーーッ!!



咲夜は、マネージャーの首に刺したナイフを引き抜いた。

致死量を余裕でオーバーした血液は、噴水のように噴き出し、肉汁と腐汁を滴らせたロースト・ビーフの塊にソースのようにかかった。

咲夜はマネージャーを瀟洒に静かにすると、返り血も拭わずに心酔する主の真剣勝負を見つめる表情になった。



がきぃぃぃ……ん!!

フランドールの手から『レーヴァテイン』が弾き飛ばされた。

「勝負、あったな」

フランの首に『グングニル』の穂先を突きつけるレミリアは勝利宣言をした。

「っ痛〜っ、分かったわよ。負けました!! 降参!!」

両手をヒラヒラさせて負けを認めたフランドール。

「じゃあ、敗者には罰を与えないといけないわね」
「何? スカート丈の短いメイド服でも着て、オタ共の撮影会でもやらされるのかしら?」

レミリアはにっこり微笑み、

「咲夜」

フランを大テーブルの上に押さえつけるように、咲夜に命じた。

がしゃんっ!!
かちゃーんっ!!
ぼとぼとっ!!
べちゃばちゃちゃちゃ……。

卓上の小バエがたかり始めた無数の料理がフランの身体にぶち当たり、床にぶちまけられた。

「何すんのよ!! こらっ!! ジャーマネ!! 汚れはやらないって言ったでしょ!!」

咲夜もテーブルの上に上がり、フランを寝た状態で万歳をさせ、両手首を掴んでテーブルに押さえつけた。

「痛いっ!! ちょっと、痣になったらどうすんのよ!! 訴えるわよ!! このポンコツ!!」

フランが咲夜に怒鳴っているうちに、レミリアもテーブルに上がると、フランのスカートをめくり上げ、清潔そうな白のショーツを引き千切った。

「へ!? キャアアアアアアアアアアッッッ!!」

フランは、今までで一番の大声で悲鳴を上げたが、誰もそれを聞いていなかった。

「何よコレぇ!? 何なのヨォ!! エッチ!! すけべっ!! 変態っ!!」
「だから言ったでしょ、罰を与えるって」

レミリアは笑みで表情を固定したまま、フランの疑問に答えた。

「スカーレット家の伝統に基づいて――」

レミリアが手にしている『グングニル』が、フランの秘所に押し当てられた。

「ひぃ……!!」

一気に声のボリュームが下がった。

ちょろろろ……。

穂先の冷たい感触に尿道が刺激されたのか、恐怖からなのか、失禁をしてべそをかき始めたフラン。

「だずけでぇ……、だれかぁ……。ジャーマネぇ……、ママぁ……」

小便をまだ垂れ流している穴から、ずぶずぶとフランに入っていく槍。
先端の10センチぐらいは、比較的すんなり入った。



「――これより、我が愚妹、フランドール・スカーレットを『串刺しの刑』に処す!!」



フランドールは、力任せに暴れたが、腕は咲夜が『人間離れした』怪力で押さえ込んで動かなかった。
足は、先程からジタバタしていたが、より激しく暴れ、レミリアの顔面を蹴り上げた。

その火事場の糞力で繰り出されたキックは、しかし、レミリアの合成樹脂性の顔パーツを損壊させるのが精一杯で、その奥にある精密機器までダメージは通っていなかった。



レミリアは、力任せに『グングニル』を、妹を演じていた少女に押し込んだ!!





ズビュブグブジュジュブブブジュブジュブブブグプクブビュブブ――――ッ!!!!!

「オギョゴボビョボロポピョゴホゴオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――――、ゴパァッ!!!!!」





フランドール・スカーレットの役を演じた天才子役の少女は、

その愛らしい口から、悲鳴とも、単なる音とも付かない騒音を撒き散らし、血と消化器の内容物を吐き出し、最後に槍の先端を飛び出させた。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





「よーし、宿題を忘れた子は前に来なさい!!」

慧音の声に、『ランダムで選ばれて、わざと』宿題を忘れた生徒数名が、ビクビクした様子で教壇のほうにやって来た。

静まり返った教室に、かすかに聞こえるクスクス笑い。

「今度から気をつけるように」

今日で彼女が『上白沢 慧音』を演じるのは最後だが、とりあえず口から出るお決まり台詞。

ぺしっ。「イテッ」
ぺしっ。「きゃんっ!!」
ぺしっ。「ぐっ」

出席簿(通称『黒いの』)で頭を叩(はた)かれる、忘れんぼ達。

最後の一人を見て、慧音はため息をついた。

「君は三日連続で宿題を忘れたわね……」

慧音の受け持つ教室の生徒は、三十名ほど。
宿題を忘れる生徒役のロボットは、毎日ランダムで決定される。
この機体は、相当くじ運が悪いようである。



「君のような悪い子は――」

慧音の姿が変化する。

服の色が青から緑に。
目に入れたコンタクトレンズが赤く輝き。
頭の帽子が消え、代わりに二本の角がにょっきりと生えてきた!!

これぞ、上白沢 慧音・ハクタクモードである!!

怯えた様子の、宿題忘れ三連チャンの生徒。

若干キモい外見になった慧音は、その生徒の正面に位置した。



「caved!」



ぱこ〜〜〜〜〜んっ!!

出た!!

必殺の頭突きだ!!

「「っっっ〜〜〜〜〜!!」」

そして、二人とも頭を押さえて蹲った。

そして、二人は目を見合わせて笑い出した。

「ふっ、ふふふっ!!」
「えへっへへへ……!!」

そして、教室中の生徒達も笑い出した。

「ふふふふ……」
「はははは……」
「あっははは……」

コテコテの学園ドラマの一幕。

慧音の『中の人』である教師が憧れ、望んだ理想像。





「あはははは〜、死ねぇ」

笑っている生徒の一人が、慧音目掛けて筆箱を投げつけた。






バーンッ!!

猛スピードで投げられた筆箱は、慧音をかすめて黒板に激突し、中身の筆記用具をぶちまけた。

「へ?」

慧音は――慧音の『中の人』は、現実に引き戻された。

「ひぃ!!」

しおしおと萎える二本の角。
慧音の『衣装』は、ハクタクモードから一定時間経過すると通常モードに戻るように設定されている。

そして夢の中に――学級崩壊の悪夢、トラウマへと引きずり込まれそうになって――、

「止めろっ!!」

一人の生徒が慧音を背にして立ちはだかった。

先程『caved!』した生徒だ。





「「「「「死〜ね!! 死〜ね!! 死〜ね!! 死〜ね!! 死〜ね!!」」」」」

この子以外の生徒達は、死ね死ねコールを叫びながら、手にカッターナイフ、彫刻刀、切り出しナイフ、その他鉛筆や弁当を食べる時に使う箸といった尖った物を握り締め、一斉に席から立ち上がった!!

「死ね!!」

慧音の側にいた、宿題忘れの生徒達が素手で襲い掛かってきた!!

バッコーーーーンッ!!

慧音を守るように立っていた生徒が、この子達に教壇を投げつけ、粉砕した。

「申し訳ありません。只今システムに不具合が発生しています。これより貴女を安全な場所までお連れいたします。立てますか?」

この子は急に大人びた、機械的な喋り方をして、へたり込んでいる慧音の手を取り立ち上がらせた。

「な、何なの……、どうしちゃったの……!?」
「原因不明のエラーです。システム管理者への連絡が必要です」

唯一まともな生徒ロボットは、慧音と手を繋いで教室を飛び出した。

「現在、隣の教室では、そこを受け持つロボットグループ全機に緊急メンテナンスを行なっています。そこで作業をしている『人間のスタッフ』に指示を仰ぎます」

ガラッと隣の教室の引き戸を開ける。



そこでは、人間がロボットに解体されていた。

メンテ中だったらしい、顔や腕、胴体のカバーを外された、機械むき出しの女教師ロボットが、スタッフの生皮を剥いでいた。

一部は機能を停止しているが、稼動状態にある約半数の生徒ロボット達は、数人のスタッフを惨殺、いやすでに悲鳴が聞こえないから、死体の損壊を行なっているようだ。
生徒達の影になって良く見えないのが幸いだ。

慧音達二人――正確には『一人と一体』――は、教室内のロボット達に気取られる前にその場を離れた。



慧音と生徒ロボットは、寺子屋の裏手に逃げてきた。

そこは、寺子屋の敷地と森がフェンスで仕切られていた。

フェンスの一角、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板が取り付けてある扉。

生徒ロボットは、扉を閉ざす南京錠を手で引き千切ると、そこを開け、慧音を押し込むように通した。

「ここを真っ直ぐ行った所に、コントロール・ルームに通じる通路への入り口があります。そこを通って、スタッフに保護を要請してください」
「君は……?」

生徒ロボットは扉を閉ざすと、そこに背を向け立ちふさがった。

「私はここで不具合の発生したロボットの侵攻を阻止します」
「え!? 無茶よ!! そんなの!!」

慧音は生徒ロボットの言に驚いた。

「『ZUNRASIA』で稼動するロボットは全て、お客様のために奉仕するようになっています。私のこの行動が、お客様の生存確率を上げる最良の手段です」

慧音が呆然としていると、校舎の角から喧騒が聞こえてきた。

「時間がありません。可及的速やかにスタッフに連絡して、この事態を収拾させてください」
「……分かったわ。じゃ、行くわね」

慧音は走り去ろうとする前に、一言。

「ありがとう」

慧音が走り去った後、暴走する生徒ロボットの大群を見つめる生徒ロボットは、ポツリと呟いた。

「……どういたしまして」





『ZUNRASIA』で唯一正常に動作していた――頭部CPUに対する想定外の打撃により、『予定されていた』不具合の発生しなかった唯一のロボットは、

同胞であったロボット達に、年端の行かない子供を模した機体を、完膚なきまでに粉砕された。





慧音は施設中枢への入り口に辿り着いたが、そこは無常にも閉ざされていた。

「お願いぃ!! 入れてぇ!! 開けてぇぇぇっっっ!!!」

いくら叩こうが、ドアノブをガチャガチャさせようが、鋼鉄製の扉は開かれなかった。

さっきから扉の上方に設置された監視カメラに向かって慧音は叫んでいるが、何の音沙汰も無い。



その入り口の脇に設置された、よく工事現場やイベント会場に置かれる仮設トイレ。

不意にその扉が開き、スタッフが出てきた。

「ふぃ〜、ったくよぉ、腹イテェってんのに無理矢理駆り出しやがって……」
「た、助けてぇ!!」

慧音は涙目で彼に駆け寄った。

「おろっ!! お客さん、ここは関係者以外立ち入り禁止……」
「ひ!!」

慧音は慌てて、先程までスタッフが篭っていたトイレに駆け込み、鍵を掛けた。

「何だぁ? あの人も糞してぇのかねぇ。綺麗な顔して下痢ですかぁ、ってか……ありゃ?」

暴走したロボット達が、ついにここまで殺到した。



慧音は和式便器の金隠しに腰掛け、耳をふさいで震えていた。

先程聞こえた悲鳴が、今でも耳に残っている。

ごんっ!!

「……っ!!」

何かがトイレに当たる音。

ごんっごんっ!!
がっ!!
どんっ!!
ドンドンッ!!
がりっ!!
コンッ。
バンッ!!

何かがトイレを叩く音、突く音、殴る音。

どんっ!!
どーんっ!!
どーんっ、どーんっ、どーんっ!!

何かがトイレにぶつかる音が連続し、グラグラと揺れてきた。

地面に頑丈に固定されていない仮設トイレの揺れは酷くなり、ついに――。



どすーーーーーんっ!!

バチャバチャバチャ……ッ!!



――横倒しになり、下部のタンクを満たしていた糞尿は逆流し、狭いトイレ内に満遍なく充満した。

「っ……、ぐぅ、ぅぅっ……、ぅぉぇぇ……っ」

慧音は全身糞ションベンに塗れ、口、鼻、目にそれが進入しても、見事に悲鳴を上げなかった。



しばらく、何処からか鉄板を叩くような音が響き、やがて喧騒が遠のいていった。

慧音はそれでも辛抱強く汚物の風呂に浸かって、静かになった事を糞の詰まった耳を澄まして確認すると、ようやくトイレの扉を開けた。

ゆらりと立ち上がった慧音は、口から茶色く汚れた唾を吐きつつ周りを見渡した。

寺子屋へと続く小道の上に赤い人型をした物体が落ちていたが、慧音はろくにそれを検分せずに目を逸らした。
反対側、施設へ続く扉は開かれていた。
正確には、扉が無くなっていた。
四角く開いた入り口の傍らに落ちている、赤黒い擬似血液の小さな手形が無数に付いた、へこんだ鉄板が扉の成れの果てだろう。



「お〜い!! 慧音〜ぇ!!」

「!!」



手を振りながら慧音の元に走ってくる、

銀髪に紅いモンペの少女。



「も……妹紅!!」

藤原 妹紅は慧音の側に来ると、周囲の惨状に目を丸くした。

「どうしたの!? 仕事を終えて寺子屋に来たら、何か凄いことになっていたし……」
「妹紅〜っ!! 怖かったぁ!!」

慧音は妹紅に抱きついた。

「慧音!? ちょっ、凄い臭い……!!」
「怖かったの怖かったのよ〜!!」

慧音は妹紅の白いシャツに汚物の染みが付くのにも構わず、抱きついて離れなかった。

妹紅はどうしたモンかとしばし考え、彼女も抱きしめることにした。

「妹紅……、ガソリン臭い……」
「仕事、してきたから」

糞尿の臭いに鼻が馬鹿になったかと思いきや、燃料の刺激臭を嗅ぎ取った慧音の呟きに、妹紅も呟きのような返事を返した。

「うう……、汚れちゃった」
「私が綺麗にしてあげるわ……」

今更ながら、己のナリの惨状を嘆く慧音を妹紅は慰めた。





「汚物は、消毒だ」





妹紅の全身が燃え上がった。



当然、妹紅を抱きしめていた、妹紅に抱きしめられていた慧音も、同様に火達磨になった。





「ギョオオ゛オ゛オ!?!? オオォ、オヲオオ゛ォオォォォオ゛オォォォォォ――――……」





慧音の――上白沢 慧音という役で、『理想の教師』という念願の夢をほんの刹那叶えた女性教師は、今際の際に幻を見た。

消し炭になる瞬間に見たものは、婚約者ではなく、パチキをかまして共に痛い思いをした、『理想の生徒』の後姿だった……。



人間の身体を燃やし尽くし、自身も燃え尽きようとしている妹紅。

紅蓮の炎は、機械の身体に内蔵された、火炎放射用の燃料タンクに引火した。





爆発は、施設入り口付近を吹き飛ばし、人工的な『幻想郷』の大気を震わせた。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





洩矢 諏訪子が今、頬張っているのは、『諏訪子の玉子』という名のチューブ状の寒天の中に小さい餡子玉が等間隔で封入された菓子である。

通常は食べる分だけカットする菓子なのだが、諏訪子は早苗に切らない状態で食べさせてもらっていた。



「諏訪子様、遠慮しないでどんどん食べてくださいね〜。幻想郷では、常識に囚われた食べ方なんてしなくてもいいんですよ〜♪」
「ぶっぐぉぅぉおっ!! ごぼお、ごがあががはばぁがあ゛あ゛あ゛あ゛あぁっ!!」

諏訪子は早苗に口を顎が外れる寸前まで無理矢理開けられ、その小さな口中に絶品スイーツを力任せに捻じ込まれていた。

早苗は傍らに山積みになった菓子のパッケージの中から、ドーナツの箱を掴み出した。

「諏訪子様ぁ、どれ食べますぅ? 『オンバシラ・チュロス』? 『注連縄クルーラー』? ええぃ、全部イッちゃいましょう☆」

箱の中の揚げ菓子を無造作に鷲掴みにして、早苗は半ば握り潰したそれらを、また諏訪子に詰め込もうとした。



「うぅ……」

八坂 神奈子は気絶から目覚めた。

最初は仲良くお菓子を楽しんでいた早苗が、諏訪子に無理矢理菓子を食べさせ始め、それを止めようとした神奈子を細腕一本の打撃で壁にめり込ませたのだ。

「そう、だ……、あの娘は……!!」

見つけた『中の人の大事な一人娘』は、限界まで口に大量の菓子を詰め込まれ、窒息寸前だった。
なのに、まだ早苗は無体をしようと、手に菓子を握っていた。

「止めろ……」

早苗は嬉々として、諏訪子に菓子を食わせ続けた。

「止めろぉ……!!」

諏訪子は白目をむいて、悲鳴にならない呻き声を発していた。

「止めろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」





バキィィィィィッッッ!!!!!

「びゅぎゅっ!?」





神奈子は、気付けば手にオンバシラを握り締めていた。

軽いが強度のある太い棒の一撃を頭にキメられた早苗は、おかしな悲鳴を上げ、リアルな血を流して倒れた。



「しっかりして!!」
「ご、げぇ……」

オンバシラを放り出した神奈子は、諏訪子の口の中の菓子を穿り出しながら呼びかけを続けた。
諏訪子はぐったりしているが、何とか意識を取り戻したようだ。

早苗の暴走と諏訪子の救護のため、神奈子は電話を掛けようとしたが、固定電話、携帯端末、共に使えないことを早々に認識した。

神奈子は次に地図を見て、『永遠亭』と呼ばれる施設が医療機関として機能していて、人間の医者が常駐していることを知った。

神奈子は諏訪子を抱きかかえると、ロープウェー乗り場に向かった。
幸いロープウェーが来ていて、ゴンドラの乗降口が開いていた。

先ずは人里に下り、ここから永遠亭行きのバスなり妖精カートに乗って向かう。
神奈子は、『中の人』が職場で見せるような的確な判断に基づく計画を脳内で組み上げると、ロープウェーに乗り込んだ。

諏訪子をシートに寝かせると、神奈子は『運転』ボタンを押し込んだ。



ゴトゴトと動き出すロープウェー。

程なくして、ゴンドラは姿を消し、乗客に空を飛んでいるような気分を味わせた。



神奈子は、諏訪子から目玉がキョロキョロ動く帽子を脱がせ、その頭を撫でてやった。

「大丈夫……?」
「うん、ママ……」
「なぁに?」
「もっと、ナデナデして……」

神奈子は愛娘のお願いを聞いてやった。

幻想郷の空での、久しぶりの母娘のふれあい。



バンッ!!



それは、無粋な闖入者によって終わらされた。



「カカカ神奈子様ぁ!! 諏訪子様ぁ!! 何処行くんですスススかぁ!! サササ早苗も連れて行ってくださいヨォ☆」

両手両足を広げた格好で、神奈子達の進行方向を飛ぶ早苗。
いや、見えないゴンドラの前面に張り付いているのだ。

懸垂の要領でロープウェーのケーブルを伝って、神奈子達を追いかけてきたようだ。

「ひぃぃっ!?」
「ぎゃぁぁぁ……」

抱き合って怯える母娘。

早苗はニタリと笑いながら、右手で見えざるゴンドラのガラス面らしき場所を叩き始めた。

ガンッ!!
ガンッ!!

びしっ!!

がっ!! がっ!! ガッ!!

ぴしぃっ!!



右手を血塗れにしながら、皮膚が裂けるのにも構わず、早苗は金属骨格むき出しになった腕でなおも叩き続けた。

そして、ついに――、



ガシャァァァァァンッ!!



ガラスが割れ――、



ガクンッ!!



――ゴンドラが異常を感知して停止してしまった。

この際にロープウェーの透明化が解除され、空中で文字通り宙ぶらりんの恐怖を味わうことは避けられた。



狂ったロボットがゴンドラに入り込もうとする恐怖が和らぐわけではないが。



「か〜な〜こ〜さ〜ま〜……、す〜わ〜こ〜さ〜ま〜……」

気のせいか、早苗の動きが鈍い。

窓から早苗がのたくたと侵入している隙に、神奈子は床の脱出用ハッチを開いた。



ひゅ〜〜〜〜〜……。



四角い穴から、風が吹きすさぶ高空を望むことができた。

諏訪子は四つんばいになり、引きつった表情で遥か下の森林を見つめていた。



神奈子が降下用のロープか縄梯子を探そうとしたその時!!



「あややヤやややヤヤヤ゛やぁぁァぁぁぁぁァぁぁ!!!!!」



ドゴンッッッ!!!!!



何かが猛スピードでゴンドラにぶつかり――、



「キャアアアアッ!!」



揺れた拍子に諏訪子が穴から落ち――、



「!!!!!」



神奈子が穴に飛び込んで、片腕で諏訪子の腕を掴み――、



ずるっ!!



穴の縁を掴んでいた神奈子のもう片方の腕がすべり――、



がしっ!!



――早苗が間一髪で神奈子の腕を掴んだ!!



「神奈子様……、す……わこ……さ、ま……」

早苗は、自分の機械の腕で宙吊り状態の二人に微笑みかけた。



「イツマ……デモ……、一緒で……ス……ョ」



早苗も、穴に落ちた。





この高さ。



人もロボットも、落ちれば助からない。



奇跡でも起きない限り。





奇跡は、起きなかった。





守矢の二柱の神を演じた母娘が、離れ離れになる事無く、共に逝けただけでも良しとすべきか……。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





蓮子は、内戦状態の市街地を髣髴とさせる、人里のメインストリートを走っていた。

確か、買出しに来ていたスタッフさんが姿を消した裏路地に、恐らく関係者用の通路があるのだろう。
そこに逃げ込んで、きっと今回の事故の収拾に大童のスタッフさん達に保護してもらおう。



「ちんちんっ!!」

急に耳に飛び込んできた卑猥な単語。

夜雀の屋台経営者『ミスティア・ローレライ』が包丁を持って、自分の屋台を乗り越えてきた。

積まれていた作り置きの八目鰻バーが散乱した。
『美味しいよ♪』と台詞が入ったみすちーのディフォルメイラストが描かれたパッケージが、ミスティア自身に踏み潰された。

「ちんっ!! ちんっ!!」

ひゅんっひゅっ!!

本来は歌を歌うためにある美声で聞くに堪えない言葉を発しながら、ミスティアは蓮子目掛けて包丁を振り回した。

「ヒッ!! 止めてっ!!」

へっぴり腰で後退し続けた蓮子は、倒れていた人型――ロボットか人間の死体かは確認したくない――に躓いて、尻餅をついてしまった。



「Chin!! てぃぃぃぃぃっっっん!!!!!」

逆手に握り締めた包丁を、蓮子に突き刺そうと振り上げたミスティア。



「や、アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

両腕に着けたヒラヒラする防御力皆無の袖で、顔を庇う蓮子。



「ァャ……ャャャ……ャャャヤヤヤヤヤヤアアアアアアアアアア!!!!!」

そこに、上空から猛スピードで突っ込んできた『射命丸 文』。





ドッゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッンンン!!!!!





激突する、二体のロボット。





ロボット達はそのまま、かなり離れた場所にある、甘い焦げたような臭いを漂わせる屋台に突っ込んだ。

ガシャアアアアア……ッッッン!!

その『パップラトンカルメ焼き』なる、カルメ焼きとマカロンを足して2で割ったような菓子を商う屋台は、見事に木っ端微塵になった。

機能を停止した店主ロボット、菓子袋、菓子の材料、火を掛けっぱなしのガスコンロ、そして、プロパンガスのボンベ。

それらが散乱して――、



ドーーーーーッン!!



――爆発した。





爆風に乗り、ヒラヒラと舞い散る、無数の『文々。新聞』。
文がばら撒くために持っていたらしい。
蓮子は拾い上げて目を通した。

カラーグラビアは、『幻想郷』中の惨状だった。



串刺しにされたフランドールと、その両サイドに立つレミリアと咲夜。

抱き合い、燃え上がる妹紅と慧音。

ロープウェーから落下する守矢一家。

竹林で炎上する、赤十字を掲げた建物。

『幻想郷』中で妖怪や村人達に殺される、作業着姿の人達。



そして文章のほうは、『みにみきいみしらもらてらもにみちきらすらとにぬぬ』とか、完全に文字化けした意味不明なものだった。



蓮子は新聞を捨てると、再び走り始め、ようやく見つけた目当ての裏路地に駆け込んだ。





「さいきょーっ!! さいきょーっ!! さいきょーっ!! さいきょーっ!!」

数分後、どこぞの新興宗教のような掛け声と共に、チルノも蓮子の後を追って、裏路地に飛んでいった。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





裏路地の奥には予想通り、スタッフ用の通路への入り口があった。
幸い鍵はかかっていなかったので、蓮子は遠慮なく中に進入した。

通路には、メインストリート同様に、無数の人間やロボットが倒れていた。

倒れているロボットの多数が、血の付いた包丁や鍬、、鎌、はさみ等の凶器を持っていた。
残り少数は、両手が血に塗れていた。

倒れている人間の殆どが、苦悶の表情を浮かべて惨殺されていた。
僅かな例外は、表情が判別できないくらいに損壊していた。



「う……、お、ゲボロロオ゛オオオォォォ――」

びちゃびちゃっ……。



蓮子はついに我慢の限界を迎え、その場に這いつくばって嘔吐してしまった。

「ぜぇ……、ぜぇ……、くっ」

腋巫女衣装の袖で汚れた口を拭い、蓮子は機能停止したロボットと人間だらけの通路を進んだ。



程なくして、蓮子は『コントロール・ルーム』と書かれたプレートが掲げられた部屋に辿り着いた。

そっと、開けっ放しの扉から中を窺う。

大学の大講義室みたいに、大型モニターが正面にあった。

でも、周りに端末がずらりと並んでいる様は、ロケットの管制室みたいでもある。

やっぱり、ここも動かない人型だらけだ。

思い切って、蓮子は室内に入った。
扉は閉め、鍵を掛けた。

ぎちっ……、ぎちっ……。

「い゛ぃっ!?」

蓮子のすぐ傍から音がした。

室内全体を見渡せる位置にある、責任者のような立場の人の席。

銀髪に黒いリボンを着けた少女が、席に突っ伏した人に突き立てた刀を握り締めて痙攣していた。

「みょ……、ん……、ミョォォォ……、ンンン……、ミョオ……、ォ……」

ぎちっ……、ぎ……、ぎぎ……、ぎち……。

どちゃっ。

少女のロボットは崩れ落ち、その周囲を漂っていた大きな人魂のような立体映像は消えた。



ピーーーーーッ!!



正面のモニターが甲高い音を立てたので、蓮子は腰が抜けそうになった。

モニターには、施設内のロボットの稼働状況がリストになって表示されていた。

しばらく点滅していた行の『役名』欄には、『魂魄 妖夢』とあった。

室内の機器類をざっと見て、蓮子は大画面モニターと同じ物を表示している端末を見つけた。
マウスのホイールを回して、リストをざっと見てみる。
妖夢も含めて、殆どのロボットも『バッテリー残量』は『Low Batt』(バッテリー残量無し)で、『ステータス』は『バッテリー切れによる行動不能』となっていた。
一部は『破損による行動不能』とあったが。

現在、蓮子が置かれている状況は『Too Bad』(馬鹿らしい)であるが。

さらにリストを見続けた蓮子の表情が強張った。

まだ動いているロボットがある!!

チルノだ!!

チルノのバッテリー残量はレッドゾーンに入っていたが、『ステータス』は『標的追尾中』とあった。

蓮子はリストの『チルノ』の表示行にカーソルを合わせ、右クリックした。
表示されたメニューの中から『カメラ映像』という項目を見つけ、『表示する』を選択した。



モニターに表示される、チルノ視点の映像。

通路を進んでいる。
正確に、蓮子が歩いた道筋を辿っている。

動きが止まった。

映像の向きが変わった。

『コントロール・ルーム』の扉がアップで映った。



どんどんどんっ!!

「霊夢ーっ!! 開けろーっ!! あたいと弾幕ごっこしろーっ!!」

どんどんどーんっ!!

扉が軋みだしている。

もう破られる!!



蓮子は辺りを見渡した。

真正面の大画面モニターの脇。

『非常口』の緑色の明かり。





どーーーーーんっっっ!!!!!



弾け飛ぶ扉。

仁王立ちの少女。



「霊夢!! さあ、あたいと遊べ……、あれ? 霊夢、何処行った?」

コントロール・ルームの高い天井付近までフヨフヨと舞い上がり、室内を見て回るチルノ。



「見ぃつけた!!」



蓮子の『足跡』は、『非常口』に続いていた。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





「ど〜こだ、どこだ? 霊夢はどこだ〜!!」

非常口から蓮子を追って、チルノはメンテナンス・ルームにやって来た。



壁面にある無数のハンガー。

無数の作業台のいくつかには、解体状態のロボットが寝かされていた。

そして、床にはやはり、動かなくなったロボットと人間のスタッフが倒れていた。



「れ〜いむ、霊夢、お菓子をあげるから出ておいで〜。 !! そこかっ!! ……ありゃ、外れだ〜」

チルノは怪しいと思った箇所に氷柱を撃ちこみながら、室内を見渡しながら蓮子を探し続けた。

「!!」

チルノはニヤリと笑った。

作業台の影から、特徴的な袖つきの腕がちらりと見えた。
『足跡』もそちらに続いている。

チルノは氷柱を生成すると、まだ投擲せず、床すれすれを飛んで目標に近づいていった。

そうやって作業台の角まで来ると、立ち上がって一気に走り、距離をつめた!!



「霊夢!! 覚悟……ぉ?」



『博麗 霊夢』の衣装の袖を着けた、腕『だけ』がそこに放置されていた。





プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッッッ!!!!!




作業台上のロボットに掛けられたカバーの下に隠れていた蓮子は、手にしたスプレーをチルノに吹きかけた!!

蓮子は目潰し程度になればと考えていたが、これはロボットの人工皮膚を溶かす溶剤のスプレーだった。

瞬く間にチルノの全身の『皮膚』がドロドロになった。



「!?!? な、何だ、これえええぇぇぇぇぇ!?」



ロボットだから皮膚が溶ける激痛など感じないが、顔の皮膚が溶けて『両目』を塞いだようで、チルノは慌てている。



次に蓮子が手にしたのは、機械のリモコン。



ウィィィィ……ン。



「??? な、何だ!?」

機械音に反応するチルノ。



「メリーの仇ぃぃぃぃぃっっっ!!!!!」



蓮子は、リモコンのスティックを勢い良く倒した。



ぶんっ!!



作業台に設置された、鋼鉄のマジックハンド。

それが、リモコンの動作に忠実に、

チルノ目掛けて振り降ろされた!!



ボッッッコォォォォォン!!!



「ぶぎゃっ!?」



チルノの矮躯は吹き飛ばされ、

壁面の充電器兼用のハンガーに激突した!!





バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチィィィィィィィィィィ――――ッッッ!!!!!

「あだだだだいいいいいいいいいいいいイイイイイィィィィィィィィィィ!?!?!?」





チルノは高圧電流の洗礼を受け――、

リボンもワンピースもズタズタになり――、



ぽんっ。



間抜けな音を黒い煙と共に発し、動かなくなった。





-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----KEEP OUT-----





チルノを倒した蓮子は地下道を通り、博麗神社に辿り着いた。

一刻も早くこの場を離れたいので、神社に置いてある荷物は諦めてエントランスへ向かった。



更衣室も素通りして、蓮子は『ZUNRASIA』の正門に来た。



ぎょっ!?



正門前のラウンジ。

そこにあるソファの一つに、『八雲 紫』が座っていた。

目を閉じ動かない姿は、ただ寝ているだけにも見える。



蓮子の脳裏に浮かぶ、官能映像。

風呂場で紫から受けた愛撫。

ベッドでメリーの全身に口付けをしたときの唇の感触。



紫の傍に近寄ろうと思ったが、止めた。

襲われたら、たまらない。



蓮子は正門を開けた。




血なまぐさい幻想世界から、現実世界へと、蓮子は帰還した。










蓮子の眼前に東京湾が広がっていた。

『聖輦船』が、黒煙を上げて沈んでいた。

蓮子は、『霧雨魔法店』で買った、香水の瓶を玩んだ。

蓋をあけて、ちょっと嗅いだ。

くしゅんっ!!

くしゃみが出た。

その拍子に、瓶を海に落としてしまった。

ちょっと、涙が出た。





白地にブルーのラインが入った、海上保安庁の巡視船が近づいてきた。

甲板上には無骨な機銃が設置されており、ボディアーマーに突撃銃や散弾銃で武装した黒尽くめの一団がひしめいているのが見えた。

ボディアーマーに書かれた『SST』(海上保安庁の特殊部隊)の白文字が見えるくらいにまで巡視船が近づいてきて、武装集団の声も聞こえた。










「ロボットだ!! 撃てっ!!」










蓮子のほうへ向けられる銃火器。

呆然とする蓮子。










無数の銃声。

銃声。

銃声!!










「サイッッッキョオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」





ぼちゃんっ!!





蓮子の前を何かが落ちていき、そのまま海にダイブした。





ブクブクブク……、プカリッ。

プカリと浮かび上がったもの。

小さな金属製の人型を内包した氷山。



巡視船に装備されている老兵、ブローニングM2 12.7mm口径重機関銃の銃口が氷山に向けられた。





ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ――――!!





氷山は、瞬く間にカキ氷と化し、海面にぶちまけられた。










蓮子はSST隊員に救助され、巡視船に乗せられた。

空には海上保安庁やテレビ局のヘリコプターが無数に飛来して来た。

マグカップの熱いコーヒーを啜りつつ、巡視船の甲板で蓮子は毛布に包まり、SSTが『ZUNRASIA』に突入していくのを眺めていた。

彼らは、生存者救出の吉報を持って帰ってくれるだろうか……。





入り口から様子を窺っていた先鋒から合図を受け、後続が次々にラウンジに駆け込んでいく。



銃と鋭い視線を周囲に向け、



そこに『ロボットも人間もいない』事を確認すると、



数名をラウンジに残し、SSTはエントランスを抜けて『幻想郷』に進入していった――。




 
今回は、『ウエスト・ワールド』という、昔テレビで見たSF映画を原案にして書きました。

西部劇の世界、中世の世界、古代ギリシャ?の世界のいずれかで、そこのキャラになりきって、安全に好き勝手できる遊園地。
だが、そこのやられる事前提の敵キャラが、ガチで殺しにかかって来た……、てな話だったかな?
うろ覚えなんで、今回のSSは雰囲気だけ採用です。

では、機械仕掛けの幻想郷をお楽しみください。


2012年12月9日(日):コメントへの返答追加

>海様
『八雲 紫』が黒幕なのならば、一体何を意図してこの『限られた時間の大事故』を起こしたのだろうか……。
風俗は……、現代ならコスプレ的な奴があるでしょう。
この作品の場合だと……、どうなるんだろう? 自律行動をするダッチワイフを貸し出してるって事になるのか?

アレは、クソ真面目な教師を文字通りクソ塗れにしたかったのと、もこたんにあの台詞を言わせたかったから書きました。

>まいん様
ベースにした映画がそうでしたからね。
主人公を蛇蝎の如くに追い回すガンマンが怖かった〜。
後のターミネーターに通じるものがありますよ。

その後の蓮子は……、原案映画の続編みたいに、再開された遊園地の陰謀に立ち向かうか……、
病院を抜け出した蓮子は廃墟の施設に向かい、消息を絶つとか……。

>3様
あの『フランちゃん』を御気に召していただき、光栄です。
東方キャラを演じる来園者達を、どう惨殺しようか頭を捻った甲斐がありました。

>4様
現実世界の夢の国といったらアミューズメントな施設だな〜と思い、ふいに昔見た映画を思い出して、それらをベースにして書いてみました。
ほう、あなたはあの親子が琴線に触れましたか。
夢にまで見た東方キャラになりきり、触れ合った娘さんと、彼女の喜ぶ顔を見れたシングルマザー。
一夜にして幸せの絶頂から突き落とされた彼女達母娘は、まあ家族同然に接した『早苗さん』と一緒に逝けただけでも良しとしますか。
NutsIn先任曹長
http://twitter.com/McpoNutsin
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/10/30 15:55:01
更新日時:
2012/12/09 22:25:39
評価:
4/5
POINT:
430
Rate:
15.17
分類
博麗霊夢a.k.a.宇佐見蓮子
霧雨魔理沙a.k.a.マエリベリー・ハーン
フランドール・スカーレット
上白沢慧音
八坂神奈子
洩矢諏訪子
八雲紫
チルノ
その他幻想郷の人妖
映画『ウエスト・ワールド』
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1. 100 ■2012/10/31 17:47:53
紫ちゃんもツメが甘いですなあ。でも遊園地の事故ってなくならないから、きっと未来にはこんなことが起こりうるのでしょうねえ。
この世界ではきっと幻想郷風俗もあるのかな。

個人的には、その、クソまみれになるところがとっても興奮しました。
2. 100 まいん ■2012/10/31 20:39:11
典型的なSFパニックホラーですね、こういうの大好きなんですよ。

この後、色々あって消耗した蓮子はメリーから本当の幻想郷に誘われそうですね。
3. 100 名無し ■2012/11/04 22:24:49
とにかくフランちゃんが可愛かった・・・フランちゃんウフフ
後蓮子とかメリーとかけーねとかとにかく皆酷い目にあうとこがカワユイのぅ。
くくく。
4. 100 名無し ■2012/11/07 09:08:44
幻想郷に入る系の話は数あれど、この発想はなかったなーと。ホラー映画を観てるような感覚でゆっくり楽しめました。
個人的には、親子の話がこうグッとくるものがありました。娘の喜ぶ顔を見たくて行動した母は、あるいはそれを精一杯楽しんでいた娘は、何を思ったのだろうかと想像すると。
涙ぐましい話だ。泣けてくるぜ。
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