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『産廃SSこんぺ 「幕引き」』 作者: まいん

産廃SSこんぺ 「幕引き」

作品集: 5 投稿日時: 2012/11/18 15:00:34 更新日時: 2013/03/17 21:18:48 評価: 11/13 POINT: 760 Rate: 12.08
注意、このお話は東方projectの二次創作です。
   オリ設定、オリキャラが存在します。




「橙、これを受け取ってくれ」
「お守りですか?」
「そうだ。 もし紫様や私が居らずどうしても困った時に中を開けなさい」
「紫様や藍様が居ないなんて事がある筈がないですよ」
「ふふっ、そうだな……」

〜〜〜〜〜

「よくやったな、橙」
「おめでとう、橙」

八雲紫と八雲藍の住まう屋敷に橙が招待されていた。
今日の主賓は橙である。
彼女の式たる化け猫達は昔の様に言う事を聞かない等という事無く整然と整列して
ご主人様の門出を祝っている。

「それにしても、あの橙がここまで成長するとは思ってなかったわ」
「紫様、それは流石に怒りますよ。 私の式ですし、紫様の式の式ですから。
それに、素質が無ければ最初に潰れていました」
「ふふ、そうよね」

紫と藍は上機嫌で思い出を語っている。
主賓とはいえ、橙はカチコチと岩の様に緊張していた。
ただ、紫と藍の話を聞いている内に数百年に渡る厳しい修行を
最近の事の様に思い出していた。

「……紫様、約束……覚えていますか?」
「ええ、でもね……まだ祝賀は続いているのよ? もう少し待ちなさい」
「……はい」

それからも、楽しそうな会話は続いた。
巫女と対峙した時の話。
文屋の取材や幻想郷縁起の話。
修行の始まりの話、厳しくも修行の合間の優しかった二人に感謝する話。
修行中に死にかけた話、修行の試験の話、修行の最後の話。

思い出を上げればキリが無く、橙から感謝の言葉は絶える事が無かった。
彼女の目尻には知らず知らずの内に涙が溜まっていた。





宴もたけなわとなり、食器等は橙の式が片づけを行った。
紫は藍の背中を優しく叩き、お疲れ様と言って部屋から出て行った。
今まで使っていた卓袱台は橙が台拭きで綺麗に拭いている。

「……八雲橙」
「藍様、同じ苗字なのに姓名で呼んだらおかしいですよ……」

顎を引いている藍の目を前髪が隠していた。
風の無い筈の室内で彼女の髪はユラユラと揺れている。
時折、覗く目線は今までどの場面でも見た事が無い残忍な輝きを放っていた。

「藍様……?」
「……そうだな。 橙、改めて八雲襲名おめでとう。 私から手向けを与えよう、外に出なさい」

藍の異様さに気付いた橙であったが、心配する事はあれど怯む事は無かった。
彼女も成長し藍や紫に匹敵する力や精神力を持っているのである。

橙を伴い藍は玄関前の広い庭へと歩を進める。
歩いて数歩の為、当たり前と言えば当たり前だが終始無言である。
橙はその間も藍の体調を心配していた。
重苦しい空気を感じていた彼女にとって、この時間は非常に長く感じた。
その気持ちを汲んだか藍は歩みを止めて振り向いた。

「藍様、一体どうしたんですか? お体の具合でも悪いので……」

橙の頬を苦無が通り過ぎ薄い傷から血が滲む。
彼女の今の腕前ならば避ける事は容易いが
撃った相手を見た瞬間にその光景を信じる事が出来なかった。

「……何故です? 何故ですか? 藍様」

橙に叫ばれた藍は目線を上げて彼女を見据えた。
その瞳は非常に歪み、口は好敵手との再会を喜んだかの様に歪んで吊り上り、
普段の温厚さや丁寧な態度は一切見られなかった。

「何故? どうして? これが、あの紫ババアと契約した時の約束だからだ!
お前は私にここで殺されるか、私を殺すかの選択肢しか用意されて無いんだよ!」

橙はまだ言いたい事が沢山あったが、藍は会話を切ると同時に放射状に弾幕をばら撒いた。
殺気を察した橙は体を低くし弾幕の下を潜りながら、自身の爪を刀剣の如く鋭く伸ばして自慢の速さで藍に肉薄した。
一方の藍は長い袖をユラユラと揺らして橙の接近を誘っていた。

小さく軽い足音が遅れて木霊する。
橙は伸ばした爪を刺突や斬撃という形で繰り出す。
藍がそれを袖で払い、同じく鋭い爪で返しの刺突を繰り出す。

打った後に右に回り込めば同じく方向に回り、時には逆に回り込む。
空に跳べば後方に回り込もうと前方に走り、後ろを取ったと思えば対象はいなくなっている。
遠方から一瞬で近づいたかと思えば、至近距離で苦無や弾幕を放つ。
時折、触れ合う爪先は刀剣の金属音を響かせ、
肉はおろか皮膚にさえ傷を負っていない二人は傍から見れば剣舞を舞っている様であった。

間合いを開けて藍が妖力を放出、逃げ場を無くす為に左右にカーテンの如く弾幕を射出し、直線状に光線を撃ち出した。
圧倒的な光量によって一時的に視界が塞がるも、
橙はその場から動かずに逸れる光の束を避け、視界が塞がる一瞬の様子を見逃さなかった。
彼女は宙に少し浮くと、その場で妖力を纏いクルクルと回転を始めた。

遠い昔、未熟者だった頃、主人と共に戦った時の技である。

レーザーによる目くらましが晴れ、橙は藍の姿を確認した。
藍の姿は確認した通り、宙に浮き妖力を纏って回転していた。

「あああああああああああああああ!!!」

橙は叫び声をあげ、自身に殺気を向けて飛んでくる藍に挑んだ。
凄まじい妖力を纏った二人が空中で激突し、辺りには多量の妖気が渦巻いた。

屋敷は衝撃でガタガタと揺れ、橙の配下の化け猫達は震えていた。
中には多量の妖力に呑まれ気絶する者もいた。
紫は二人の様子を見ながら、遠い昔自身に匹敵する力を持った人間の少女の姿を思い出し、酒をちびりとあおった。

「どうして? どうしてですか? 藍様!」

衝突中、空中での鍔迫り合い。
これだけ大量の妖力の中で敗れれば、即ち勝負での敗北に繋がる。
その様な重大な場面に於いても橙は己の中で納得がいかなかった。

「またそれか、だから言っただろう? あいつの式になった時に契約したと……」
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ、直前まであんなに優しかったじゃないですか。あれだけ褒めてくれたじゃないですか。
あれは偽りなんかじゃない、本当の慈愛に満ちていたじゃないですか!」
「うるさい……契約は本当だが、お望みなら言っておいてやる。
式にした時から、ウスノロでドジで間抜けで才能の無いお前が大嫌いだった。
配下の糞ザコの猫共に舐められ、八雲の式の式という自覚の無いお前を何度捻り潰そうとしたか……。
ずっと昔から私より強い奴と戦いたかったんだよ。だからあいつの口車に乗って式に成り下がってやったんだ
その目的を達成させる為に何度お前に能天気でお花畑な言葉を贈ったか……。
何度、便所で吐いたか思い出せない程だ!」
「そ、そんな……」
「お前の今の立場が分かったか? だったら死ね! この場で死んで私に詫び続けろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!」

橙は目を瞑り先の会話を噛みしめた。
自身の行いが主人をこんなにも苦しめていた事に気が付かぬ己を恥じた。
だが、いくら歪もうとも長い時を生きる妖怪がやり直せない事は無い。
そう決心した橙は目を見開き決心する。 その目はとても素晴らしい輝きを放っていた。

「それが本当なら、尚の事私は負けられない!」
「何? 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」

橙は更なる妖力を放出し、藍を覆い尽くした。
その場で弾けた妖力は藍を空中へ放る。
妖力の放出で動きが緩慢になった橙は主人を受け止められず、虚空に手を伸ばして後を追うしかなかった。

「あぐっ」

数mを飛んだ藍は大きな庭石に身体を打ち付けた。
妖獣ならばこの程度の衝撃は問題無いが、大量に受けた妖力は彼女を確実に弱らせていた。

「藍様!」
「……橙、こんな私でもまだ様を付けて呼んでくれるんだね」
「当たり前ですよ、私はいつまでも藍様の式です」

橙は藍の体を支え、手を手に添えた。
橙は主人の無事を喜び、藍の表情はいつもの温和な表情に戻っていた。
いや、それ以上に表情が笑顔になっている様であった。

「……甘ぇよ!」

藍は突如表情を硬化させると、残った腕で橙の喉元を的確に貫こうとした。
だが、その手は届かず代わりに胸からは長く鋭い爪が突き出ていた。

「……ぐっ、がはっ!」
「あ、あ、あ……わ、私が、ら、藍様を……」

慌てて爪を戻すも咄嗟の事に妖力を込めて貫いた爪は治療をしなければ致命的といえる程の傷を与えた。
至近距離での対応を橙に教えたのは皮肉にも藍である。
その様子を察してか紫はいつの間にか二人に近づいていた。

「ゆ、紫様。藍様が……お願いします、助けて下さい」

ニコリと紫は橙に笑顔を向け、藍に顔を向け直した。
橙はその様子にもう安心だと安堵した。
一歩二歩と藍に近づき、そして……。

「ふっ!」

ゴッ!

「げぁ!」

紫は藍の横腹に蹴りを見舞って橙から離し、更には日傘で叩き始めた。
橙に制止されるも、行動が出来無いと解っている紫は叩く手を止めない。
だが、その手も藍がピクリともしなくなった事ですぐに止まった。

「紫様まで……一体どうしてしまったんですか?」
「橙? 自分の式に負ける出来損ないを処分するのは当然でしょ?
……まったく、九尾の美しさに惚れ込んだのに、とんだ見当違いだったわ」

気が付けば橙は俯いて、手を強く握っていた。
強く握り過ぎた手からは血が少量であるが滴っている。

「紫様、橙は貴女が許せません。 自分に尽くした式をそんな風に……」
「だったら、どうだというの? 式は主人に使われる道具。
八雲の姓を継いだ貴女なら理解していたと思っていたのだけど、所詮はその程度だったのね」

紫は足元で丸く蹲っている藍の首根っこを掴んで橙に顔を向かせた。

「藍、貴女の可愛い式に向けて最後に言葉をかけてあげたら?」
「……この出来損ないの糞猫が地獄に落ちろ!」
「ふふっ、だそうよ」

藍の言葉を受けても橙は正気を保っている。
最早、精神的な揺さ振りは意味をなさなかった。

「やれやれ……」

紫は虫の息になっている藍を橙の足元に投げ捨てた。
同時に虹の様に頭上に弧を描いて、山なりに弾幕を撃ち出す。

橙は後方に跳び薄い弾幕を難なく回避したが、
足元に転がっていた藍は紫の弾幕を全弾受ける事となった。

「がぁぁぁ」
「橙、貴女の主人が死んでしまうわよ? 助けなくて良いのかしら?」

紫は弾幕の苦無を投げ、藍の太ももに命中させた。
橙は主人の名を呼び走り寄ろうとするが、紫はそれを見逃さず威力の高い弾幕で藍を弾く。

「ほら、助けたいの? どうするの?」

先程の決意は何処へやら、涙を浮かべ必死で弾かれる主人を何度も追った。
紫は意地の悪い笑顔を浮かべ、橙に向かって藍を弾く。

「藍様、藍様〜」

彼女は主人に抱きつき涙声で呼びかけた。
橙が藍を抱きしめた時を見計らって、スキマを展開し藍のみを飲み込んだ。
呆気に取られている橙の前にボトッ、ボトッと千切れた身体が転がっていく。
彼女は目を丸くし、呆然と死体が転がる様を見て立ち尽くした。

「さて、出来損ないの式は出来損ない、私の目の前から消えなさい」

日傘で指し、失意に沈む嘗ての弟子に敵意を向ける。
橙の周囲に突如として高密度の弾幕が現れ、虹の七色が彼女の視界と行動範囲を奪う様に蠢き、
藍色と橙色の二色が彼女の身を鋸の如く削っていった。

「それにしても無駄な時間を過ごしたわ。 あの子は数千年の念願が叶って満足かもしれないけど……」
「……紫様……藍様の言っていた事は本当なんですか?」

弾幕結界が橙の服と体を削り足元に血が溜まっていく。
自身の血で自らに血化粧をし、虚空に飛び散る血液は高密度の弾幕の中に消えて行った。

「そうよ……でもね、強敵に飢えていた彼女をそう仕向けたのは私なんだけどね」

橙は血に塗れて気を失いそうであった。
二人の師に見捨てられ、安らかに眠りたい気持ちで一杯であった。
だが、体内から大きな力が競り上がってくる感覚を覚える。
その力は生き延びたいという願望だけでなく、それとは別の力を二つ感じた。
優しさに満ちた力は、修行中の厳しくも優しかった頃の師を感じるものであった。

外から弾幕の結界を狭め相手を削っていた紫は橙の体よりも狭まった事を確認し、
そこから一気に狭めようと力を込める。
戦いの終焉を感じた紫であるが慢心も油断もする事無く、全力で対象を粉砕するつもりである。

ところが球体となった筈の弾幕結界は狭まる事はせず、
それどころか内部からは自身に匹敵する力と処分した式の力、
更には今日襲名したばかりの今まさに処分しようとしている式の強大な力を感じ取った。

「………………!!!」

紫は反応できなかったが、理解は出来た。 考えるよりも見たままに理解した。
橙が結界を破壊し、自身の体を貫いたと……。

「うふふ、あはは、ははははは、あはははははははははは!」

紫は致命傷を受けた体と共に全身をスキマに隠した。
体中に傷を受け血に塗れている橙は息を切らせたまま、紫が居た場所を呆然と見つめている。
そこにスキマが再び開き何かが出て来た。

ボト、ボトボト、ボト……。

そこに落ちたのは藍と同じくバラバラに切断された紫の死体であった。





「はぁ〜、ぁぁぁ。 ぐっ……はぁはぁ……」

遠い昔に橙は二人の仕事場に立ち入った事があった。
紫の妖力でしか動かす事が出来ない、幻想郷の管理をする装置がある事もその時に知った。
橙はその装置に向かって体を引きずり、痛みに耐えながら歩んでいった。
答えを教えてくれなかった師がそこに答えを置いていると感じたから。

本来の主を失った装置は止まっていた。
橙はそれに触れるとそれは静かに動き始めた。

彼女は修行の間に紫と藍の力を受け継いだのだ。
だが、彼女にとってはそれが本当かどうかはどうでも良かった。
紫と藍は妖力という形で今でも自分の心の中で確かに生きている。
そう思い込まなければ体や精神がバラバラになってしまう程深く傷ついていた。

「紫様……藍様……」





それから、橙は紫に代わり幻想郷の管理を始めた。

「八雲紫の代行を任されました八雲橙です。 よろしくお願いします」

紫以上の力を持った橙に藍と紫の妖力が上乗せされている。
嘗て紫がそうした様に式を選抜し、幻想郷を監視した。

「気分はどう?」
「やめてくれ、許してくれ、何でもする頼む……」
「何をやめるの? 何を許すの? 貴方に出来る事は何もないよ。
会談を拒絶する事12回、親書を送り返す事3回。
一族郎党が滅ぼされる様を特等席で楽しむといいわ」

秩序を乱す者には圧倒的な力を見せつけた。
統治はせず自然のままに生活させ、有力者同士の仲介を行った。

「あああ、妖怪だ。 いやだ、死にたくない、死にたくないよ……お母さん」
「君はここでは死なないよ。 さあ、行きなさい君は今宵妖怪に襲われる場所には居なかった」

一方で弱者には慈愛を持って接し、無差別な殺戮などが起こらぬ様に心掛けた。

決まりを守らぬ者は部下に討伐させ諭し、決別を申し出た者は自らが成敗した。
紫が創り管理した幻想郷を維持する事に心血を注ぎ、積極的に良い世の中を作ろうと頑張ったのだ。

だが、彼女の一生懸命さは世に届く事は無かった。

「人間を支配している八雲を倒せ! 人間が人間らしく生きられる世界を創るのだ!」

人間は相手を如何に陥れるかに心血を注ぎ、在りもしない神を敬い縋った。
労働をする者は驚く程に減り、共生していた筈の妖怪や人を襲いだした。
妖怪も無差別に人等を襲いだした。 それが人里であってもお構いなしであった。

橙は紫より劣っている訳では無く、嘗ての紫を遥かに上回る力を持っている。
それでも、彼女の言葉を聞く者は日に日に減っていた。

「八雲を倒せ! 八雲を殺せ! 竜神様はかの者の死を望んでいるぞ!」

この頃には八雲討伐を堂々と名乗り上げる者も多く居た。





「うふふ、橙様。 ようこそいらっしゃいました」
「お前が扇動者だったのか……」

橙は遂に人や妖怪を仲違いにさせている者を突き止めた。
巧妙に手口を偽装していた犯人はあまりに近くに居た。

「私だけではありませんよ。 うふふ」

楽しそうに話している者は彼女の式である。
周りには八雲打倒と口々に呟いている男達がひしめいている。
その目は焦点が合っておらず、傍からに見て操られている事が明白であった。

「どうしてこんな事をしたんだ? 自分のやっている事が解っているのか?」
「そんなにムキになってお婆ちゃんみたいね。 ただ橙様の真似をしているだけですわ」
「何?」

昔からの付き合いだけに明らかな挑発に苛立ちが込み上げる。
橙の周りには操られている男達が卑しい表情を浮かべて近づいていく。
彼女の式の周りにも操られている男達が取り巻いている。 中には腰に手を回させている者もいた。

「橙様は昔、ご主人様の言う事を守りませんでしたね?」
「そういう時期もあった。
だからと言ってお前のした事は許される事では無いのだぞ。 それにこの男達は……」
「貴女様のご主人様の真似をしただけですわ。
股を開けば喜んで寄ってくる男達で傾国のお遊びごとをしているのです」
「お前如き未熟者が出来るとは思えんがな」
「世迷い事を仰っているのは貴女様です。
結界内で体の自由も聞かないのに口は達者なのですね? 少しは爛れた生活に身を落としてみるのも一興ですのに」

周囲に貼ってある札が怪しく輝いている。
橙の体にはその影響があり両手両足に電撃模様の霊的な拘束が浮かんでいた。
一方の式や男達には影響がまったく無く、橙の女性的な膨らみを的確に狙い澄まして動いていた。

「お前には期待していたのに残念だよ……」
「それが最後の言葉ですか? 生まれ変わったら可愛がって……ひっ!」

橙を囲んでいた男が爆散し周囲に血の雨が降り始める。
彼女を拘束していた筈の結界は存在せず四方に張り巡らされていた札は黒く焼け焦げていた。

「私の主人の主人は完全無欠だったが何が一番得意だったか……」
「い、いやですわ。 冗談ですよ……」

橙は式から一歩程の距離に立っている。
刀剣の様に伸ばした爪は的確に眉間を狙い、もう片方の腕は脱力してダランと垂らしている。
肩幅程度に開かれた脚は力強く地面を踏みしめ、顎を引いている為に前髪は目線を隠していた。
式の顔には大粒の汗が流れている。 表情は歪み許しを請う愛想笑いを浮かべていた。

「わ、私如きが貴女様に敵うなんて最初から……」
「幻想郷に仇名す者を私が許すと思ったか! 失敗作は処分だ!」

橙は腕を振るった。 辺りには人の下半身の噴水がいくつも出来上がる。
真っ赤な水が噴き上げる中ただ一人の生者は一身にそれを浴びた。

「失敗作、失敗作……か……私も、私が……ごめんなさい」





「お邪魔するよ」
「ああ、何だあんたか……ほら、お茶よ」
「ありがとう」

橙は現在の博麗の巫女の様子を見に来る名目で博麗神社を訪れた。
嘗ての博麗霊夢と瓜二つの少女は彼女に茶を出した。

今日も勝手気ままに他者の幸せを奪う者を殺して来た。
それが、幻想郷の歴史や平和を脅かすと判断したから。
自身の手は本来ならば守るべき者達の血で余りに汚れ過ぎていた。
今回は徒党の中に自身の式がおり、いつ終わるとも解らぬ戦いと相まって精神的に疲れていた。

「突然だけど、今日はそれ飲んだら帰ってくれない?」
「どうして?」
「最近のあんた気持ち悪いのよ、まるで血の通っていない機械みたいで……」

博麗の巫女はそう言うと一瞥もせずに奥に引っ込んで行った。
突然の言葉に目を丸くするもすぐに内容を理解した。
乱暴に茶を流し込み、音を残して空に消えた。





彼女はとある装置の前に居る。 自身の師の力によってのみ動く装置だ。

「紫様、藍様。 貴方達が守りたかったのは、こんな世界だったのですか?」

装置は言葉を発する事は出来ず、ただ無言で必要な動作を繰り返していた。

「何故、橙だけを残して逝ってしまったのですか?」

遠い昔に師が座っていた場所に座っている者は居ない。
ただ、部屋の中は何万年も昔から変わらない様な配置をしていた。

「もう疲れました、教えて下さい……橙は一体どうしたら良いんですか?」

精神的な疲れから橙は泣きながら装置に向かって叫んでいた。
心拍を乱し、息を切らし、先の見えぬ暗闇を進む事を恐れていた。

下を向いていた顔を上げると装置に不自然な隙間があり、そこにあった手紙を手に取る。
手紙には”橙へ”と書いてあり、紫から橙へと宛てたものであった。

“貴女がこの手紙を見ているという事は”から始まり、
今の幻想郷の状況を見ていたかの様に予測してある。
自身の死が病気と寿命である旨が書いてあり、
残された者で幻想郷の管理ができる様に道具が残してあると付け加えてあった。
紫の死の日からそれからの予言とその対処法まで詳細に記してあった。
だが、藍の死については一言も明記されていなかった。
最後まで手紙を読んだ橙は途中で文字が切れている事に気が付く。
最初に書かれている筈の一文”幻想郷を救いたいならば覚悟して読みなさい”という文も妙に気になった。

その時、数か月ぶりに管理装置へ妖力を送り込む時間となった。
橙は手紙を持ったまま、装置に妖力を補充させる。
補充の際、手紙は妖力の影響を受けた。

補充が終わり、橙は再び手紙に目を向ける。
そこには彼女が今から探そうと思っていた最後の文が浮かんでいた。

「そんな、そんな……そんな事って……そっ、そうだ藍様から貰ったお守り……」

橙は懐からお守りを取り出した。 修行の合間に藍から貰ったものだ。
困った時に開けよと言われていた事を思い出し、藁にも縋る気持ちであった。
震える指先は細い紐の結び目を解くのに時間が掛かった。
苦労の末に取り出した手紙を広げ、希望を持って書かれている文字を見る。

彼女は言葉を失った。
血文字で感情的に書きなぐられた二文字が書かれているだけであったから。

彼女は二つの手紙を手から落とし、改めて装置に向かい直した。
骨が軋むほどの握力で拳を握り振り上げ、嘗ての師の名を呼ぶ。

「紫様、藍様……橙は憎みます。 私という存在を作った事を怨みます。 この世界の存在を呪います……」

橙の脳裏に在りし日の事が思い起こされた。
三人笑顔で暮らしていた昔の事を……。

彼女は漸く師に頼り続ける弱い自分と決別できると思った。
橙は振り上げた拳を装置に向けて振り下ろした。





装置は沈黙し部屋の中に響いていた歯車の音が未練がましく止まっていく。
これからどの様な事が起こるのか、予言が正しければ何かしらの現象が起こるであろう。
橙は心拍と呼吸を乱したまま、幻想郷を一望出来る場所に急いだ。

既に空には黒雲が渦巻き自然現象とは思えぬ光をチラつかせている。
風は徐々に強くなっていき、周りの森林をざわつかせ始めた。
突如、山が火を噴き火の雨を降らせ火の川を作り始めた。
大地は身を震わせ自らの肌をいくつも割った。

遠くから人間や妖怪と思われる絶叫が響く、強大な自然現象の前には妖怪も人間も平等の末路が用意されていた。

地上に居る事が危険と判断した妖怪達は空へと飛んだ。
それを待ちわびた黒雲は無数の雷を地上に放った。
遠くから見たそれは糸の如く細く、空の者々を焼き尽くし地上の木々に明かりを灯していった。

先程から徐々に強くなっている風は辺りに旋風を起こし始め、勢力を強めて視認できる風の塊となると地上から天へと一本の線を昇らせていった。
線が強く太くなると竜巻は地上の炎を巻き上げ、あっという間に朱に染まり整地をしながら地上を薙いでいく。

舞い散る火の粉は鮮血を思わせ、巻き昇る竜巻は血に染まっている様であった。
その姿はこの世界に生きていた者が居た事を実感させた。

橙の目尻から一筋涙が流れた。

「紫様、藍様……橙は貴女方を憎むと言いました。 呪うと言いました。 怨むと言いました!
ですが、今はっきりと解りました。 橙は貴女方が大好きです」

顔を上へと向け、視界が滲むままに空を見上げた。
黒雲に覆われている空はいつもの青い表情を見せてはくれなかった。

「橙に任せた最後の仕事見ていてくれましたか?」

世界があらゆる災害に呑まれる中、橙は膝を前に折りたたみその場に座った。
彼女は決別出来たと思った師を思い浮かべて、その場で静かに泣き崩れた。
この度は当作をご読了いただきありがとうございます。
産廃例大祭の時の様に自身の未熟さを知る良い意見をいただきました。

皆様の意見を心に留め、次作以降楽しんで頂ける話を書けたらと思います。

藍が橙に送った手紙には「死ね」と書いてあり
紫の送った手紙には予言の他に「幻想郷の消滅の方法」が書いてありました。
まいん
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/18 15:00:34
更新日時:
2013/03/17 21:18:48
評価:
11/13
POINT:
760
Rate:
12.08
分類
産廃SSこんぺ
八雲橙
橙の式
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0. 20点 匿名評価
1. 80 名無し ■2012/11/19 00:20:21
最大の穢れ仕事は、最愛の者にしか託せなかったのか……。
2. 80 名無し ■2012/11/19 00:46:40
銀賞
3. 60 名無し ■2012/11/19 19:50:57
うーん、どうも無責任なように感じる。
4. 80 名無し ■2012/11/20 23:29:13
終わったのか?全てはこのために……
5. 50 名無し ■2012/11/21 01:14:11
大変失礼ながら正直な所、紫や藍が何したいのか分らない、橙はパワーを吸って実質チートオリキャラレベルの強さであるのに結果的に無能、わざとなのか演出やセリフが悪い意味で少年漫画的(特に最初の戦闘シーン)に感じられました。
強さや出来ごとのスケールを大きくすれば、面白さも大きくなる訳ではありません。
どういう話が作りたかったのかは何と無く分り、それが達成出来れば面白かったに違いないとは思うものの、現状はどうも自分には合いませんでした。
6. 50 名無し ■2012/11/21 02:27:00
結局、この話はどういう話だったのか分からなかった。
何が起こっているのかイマイチ把握しにくいため橙に感情移入できず、
また橙の悲壮感を書くことを重視するあまり、周辺の事情にまで気がまわってない感じがします。

出来損ない橙が紫と藍に反旗を翻し、結果として幻想郷が滅亡した、とかなら分かるんですが。
7. 50 名無し ■2012/11/26 11:39:38
橙のキャラは結構好みでしたがストーリーの流れが全く分からなかった為中途半端になってしまっている印象を受けました。
藍の思いや紫の思い、橙の為政等全体的にもう少し書き込んでいただけたらきっと面白い作品になったと思います。
8. 80 名無し ■2012/11/26 18:17:01
橙に全ての後始末を押し付けていくとは、何という無責任な紫と藍・・・。
9. フリーレス 名無し ■2012/11/29 00:22:55
三番おめでとう

複勝!
10. 70 名無し ■2012/11/29 18:30:57
藍が書いた二文字はやはり「好き」か?
もしそうなら橙には気を持ち直してがんばって欲しかった。
うーん、虐待を批判したいのかな・・・?
11. 70 名無し ■2012/11/30 18:45:19
橙のことが嫌いな藍っていつ見てもいいものですね。
前半と後半がややバラバラな印象を受けました。
12. 70 名無し ■2012/12/04 05:08:06
藍vs橙の結末は良いとして、対紫戦で何が起きたのかよく分からなかったのですが些事なんでしょうか。

もう少し部分部分で橙の心理描写が欲しかったな、と思います。
特に自分の式を処分するところは彼女の心の傷を刺激するものだったでしょうし。

それから手紙の描写が足りてなかった気がします。
ある程度読者に想像させるのは分かるのですが、もう少し情報がほしかったです。

でも憎むけど大好きって言う橙は好きです。
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