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『産廃SSこんぺ「自作自演」』 作者: 魔界神綺タクマシイナーw

産廃SSこんぺ「自作自演」

作品集: 5 投稿日時: 2012/11/25 17:05:50 更新日時: 2012/12/17 00:59:29 評価: 10/19 POINT: 1140 Rate: 12.94
「…………」
「どした霊夢?いきなり固まったりして?ラグったか?」
「別に、ちょっとね。それより何よ、その『らぐった』ってのは。」
「んー?山の巫女の方が言ってたぜ。『人や物が突然動かなくなる状態』だって。それよりちょっとってなんだよ。ちょっとって。」
「しつこいわね……。なんか急に『人里の人間全部神社に避難させた方がいい』って思っただけよ。理由は例によって勘。」
「おいおい……シャレになんないぜ。どんだけ大がかりな勘だよ。そして当たっていたとしたら、どんな事が起こるんだよ。」
「だから別に、って言ったでしょ。そんなこといきなり出来る訳でもないし。それに、そんな大きい事なんて、幾らなんでも起こらないでしょう。」
「そうだな。それよりも、準備急ごうぜ。明日は宴会だろ?」
「本当、皆が手伝ってくれたら楽なんだけど。こういう時に限って、魔理沙ぐらいしか来ないんだから」

















「異変だぜ!アリスは大丈夫か!?」

私の新しい機構を備えた人形の作製は開始30秒経たずに終わりを告げてしまった。
用意した上質のオークの木は、天井を貫いた魔法光線によって一瞬で灰となり、たった今開いた大きな風穴によってその灰すらも千の風になって吹き飛んだ。
私自身は紙一重で空中に退避できたからいいものの、下手をすれば大惨事だ。いや、家の中は既に大惨事だが。

「魔理沙。それは大変ね。でも私にもあなたにたいへん言いたいことがあるのだけれども」
「なんなんだぜ!?急いでくれ私も今大変なんだ!でもアリスが正常で助かった!」
「一つ、玄関には留守って看板を掛けておいていたはずよ?
二つ、玄関には簡単には開けない施錠魔法があったわよね?
三つ、私は妖怪で異変に関わるのは好ましくない。」
「一つ、お前が留守の看板置いてるときは居留守だ。
二つ、だから天井をぶっ壊して入ってきた。
三つ、今はそんなこと関係ない!今回はマジでヤバイんだぜ!?イタズラとか違和感とかそういうレベルじゃない!」

捲し立てるように、魔理沙は主観で感じた今回の異変の概要を話し始める。しかし話の内容が余りにも不誠実で朧気だ。魔理沙自身も混乱しているみたいだ。

「なんか朝起きたら、いや起きたというより起こされただな。なんか割れる音がしたんで目が覚めたんだぜ。そしたら目の前に妖精たちが、えーっと光の三妖精って言うんだが……いや、今はどうでもいいや。そいつらが窓を割って入ってきたんだ。ムカついたしイラっときたから問答無用で一回休みにしてやろうと思ったらいきなり抱きついてきたんだぜ。何するかとおもったらさ、なんか噛みつこうとしてきた。妖精だから簡単に引き剥がせたけど、気持ち悪い位に何度でも襲ってくるんだ。もう怖くなって魔砲で消したんだけどさ。そしたら次は妖怪共が玄関とかから押し入ってきた。これなんかヤバくね?って思って急いで飛んで逃げたんだけど誰も彼も飛んで襲ってこない。普通追ってくるだろ?だけど皆、飛び方忘れたみたいに追って来ないんだぜ?しかもここに来る途中で人里に寄ったら人里が妖怪に襲われてたんだ!。人里を公然と襲っちゃいけないのはどんなアホ妖怪でも本能で知ってるはずだ。しかも、その……あれだ。永夜の時の人里を隠してた奴。あいつが人を襲ってたんだ!人里を護ってた妖怪が、だぜ!それで私は気付いたんだぜ。これは人以外の知能がある生き物全部がおかしくなる異変だって!それでアリスもやられてるかと思って来たんだぜ!」
「分かったから、まず落ちつきなさい。」

魔理沙から与えられた、限られている情報から今の状態を整理してみることにする。
まず人間以外の――――妖怪や妖精などが、正気を失って人間を襲っている。
そして、そいつらは自分の能力や、飛行すらも出来ない。
それは光の三妖精と名乗る妖精達が、隠れる能力を使って魔理沙を襲わなかったことから判断できる。
そして――――なぜか、妖怪でもある私だけが正常だということ。
いや、私だけではないという可能性もある。だが、魔理沙の情報から考えるに、何かが特別である事に変わりはない。

「とりあえず神社に行きましょう。霊夢が動いてないなら今すぐ『動かす』わよ。」
「あっ……」

魔理沙が何かを察するような声をあげる。その後、あからさまに様子がおかしくなる。
元から普段より幾分か様子がおかしいが、それに輪をかけておかしくなってしまった。

「やばいやばい絶対あれだよ畜生なんでそんな勘が当たるんだよ避難させてなかったから今頃人里全滅だよっていうかこれからどうすんだよ人里滅亡ってこれ幻想郷がやばくねだって確か幻想郷って人と妖怪のバランスがなかったら崩壊するとかなんか前に紫が宴会で言ってなかったっけ紫は何してんだよ動いてないならまさか紫まで駄目になったってのかこれもう幻想郷終わりじゃねあこれもう駄目だよこれもう絶対駄目だって紫までおじゃんになるレベルの異変とか手に負えねぇよえおい待てちょっと待て紫が駄目ってことは霊夢どうなんだまさか霊夢一人きりで神社に居るのか霊夢自分で動くのはかなりやばくなってからだし下手したら妖怪がおかしくなった、ぐらいの認識でまだ神社いるんじゃねぇのかいや今までの感じから考えて絶対そうだやべぇよ人里が終わったら次はその先の神社だぞまさかあれ全部が神社行くってのか霊夢死なないかこれいくら霊夢でもこれは限界があるぞやばいやばやいばやいばやい」
「落ちつきなさいって!語尾に少しは『ぜ』を付けなさいよ、キャラぶれてるわよ!」
「これが落ちついていられるか!夜が明けないとか新興宗教がダイナミック殴り込みしてきたとか発電所が出来たとかそういうレベルじゃねぇぞこれ!」

過呼吸と思えるほどに、呼吸を繰り返しながらぶつぶつとあらぬことを呟き続ける魔理沙。
肩を振るわせ頭を抱えたまま、動かない。ゼヒューゼヒューと音が聞こえるほどの呼吸が続く。

しかし、これは不味い。本当に異変とかいう言葉で済む話ではなさそうだ。魔理沙の壮大な嘘という可能性を期待したいが、あの様子を見るに望み薄だ。
しかし私自身も、このいきなりの怒涛の展開に着いていけていない感がある。この大惨劇を『怒涛の展開』などとおちゃらけた言い方をするのもアレだが。

「……駄目だこれ。終わった。全部、終わってる。なんでか分からないが、もうどうしようも無いぜ。」
「いや、いきなり何を……」

魔理沙が今度は逆に呼吸を止めた。身体の震えも収まっている。表情は、笑っていた。
ただ、乾いた笑い顔だ。作り顔ではない。圧倒的な諦観を現しているような、そんな笑い顔。

「分かんないのか?いや、私だってまだ分からない。でもさ、もう駄目じゃんこれ。人里はもうまともに生きてる人間なんていないだろうし、
妖怪、いや人間以外は皆狂ってるぜ。もう、正常な精神状態なのは下手したら、人間で妖怪と渡り合える奴らだけだと思う。
それこそ咲夜や早苗、妖夢は……微妙だな。後は霊夢。
咲夜、早苗、妖夢は下手したらそれぞれの家の中でもうやられたかもしれない。
はは、もしかしたらもうまともなのは私と、アリスと、霊夢だけかもな。」
「そんなはずないわ。幻想郷は広いもの。誰か人が別に……」
「広いったって、人間は極一部以外は人里にしか住んじゃいないぜ?糞っ、あっという間だ、ナンなんだよ……これは……幻想郷ってこんな簡単に壊れるのかよ。
私はこれからどうすれば……いや、もう出来ることなんて無いな。ははは、すげぇぜこれは。何もかもすっ飛んじまった。私もう生きる意味失ったな。どうしよう。」

ははははは。そんな無感情の笑いを魔理沙は続ける。続けながら目には見えない何かに対して、文句と愚痴を垂れ流し続ける。
少しずつ、魔理沙のメッキが剥がれていく。そんな感じすらもした。

「畜生、畜生。私の人生なんなんだったんだ。こんな終わりになるって知ってればもっと素直に生きるんだった。髪の色まで変えて魔法必死に覚えて、キャラクター作りまでやったのに。道半ばも良いとこだよ、糞っ糞っ糞野郎!」
「魔理沙……?」
「そうだよな、アリスだってびっくりするよな。私のこの不自然なだぜだぜ口調、これ作ったもんなんだよ。適当に異変の時に現れた奴を参考にして。
昔と決別するために、ちょっとな。今じゃ自然に出てくるが、昔は随分苦労したもんだぜ。
ーーーー私さ、霊夢んとこ行ってくる。霊夢と一緒に、最後の異変解決に行ってくるぜ。」

泣いていた。魔理沙は泣いていた。何時もの『作った』にやけ顔もせずに、女々しく泣いていた。
泣きじゃくりながら、笑っていた。二つの感情が噛み合わなくて、歪だ。
それに、魔理沙の泣く姿は久し振りに見たような気がした。
魔理沙自身、他人に泣く姿を、弱い自分をさらけ出そうとしないから、そこまで見ることは無かったからだろうか。

「何をふざけたことを言ってるのよ、最後ってどういう……」
「アリス、ごめんな」

魔理沙が、突然懐から何かを取り出し、投げつけた。目の前に飛び出してきたそれは、布だった。
何かを擦り込んだようで、茶色と緑色の塗料を混ぜ込んだような色で汚れていた。
それが顔に覆いかぶさる。布からは独特の刺激臭が漂ってくる。そう感じた瞬間、ふわりと意識が浮くような感じがした。
意識が浮く?それは一体どういうことだろう。…………眠 い?何かを 考え るの がひ どく 億劫に なっ て  くる。

「えーと、魔界だっけ?お前には、故郷があるだろ。家族も居る。お前の居場所はここだけじゃない。
私はさ、ここだけなんだ。幻想郷生まれ幻想郷育ち。ここ以外に私の居場所は無い。だから私は#”&%*」

魔 理沙 が、何 か  を言 っ た よう だっ た 。最 後の 辺 りが、朦 朧 と  し て聞き 取 れない。
そ の 後に、 風 を切 る よ うな 音が した。よ うな、気が した。視界 を布が 覆っ て い るせ いで、 何も分か らない。
 あ  れ    こ れ、も しかし て す い  み  ん  やk

「私はちょっと死んでくるぜ。骨は……拾ってくれなくてもいいや。」



























「霊夢!大丈夫か!?」
「これが大丈夫に見える!?」

博麗神社。……だったものの、残骸らしき所。神の通り道であるはずの鳥居はへし折れ踏み壊され、参道には妖怪が跋扈している。
唯一原型が残っているのは、拝殿の天井ぐらいだ。当然、その天井の下には砕け散った木材が散乱している。
そんな中に、霊夢はいた。いや、それだけではない。咲夜、妖夢、早苗。異変解決人(補欠含む)が全員集合していた。
霊夢はそんな中、空を飛びながらやたらめったら狙いもせずに、地上で蠢く妖怪共に御札を投げ付け続けている。
四人の中でも特に一番目立つ派手な攻撃をしているから、遠目からでもすぐに見分けがついた。

「そうですよ!私、魔理沙さん死んだんじゃないかって思ったんですから!」
「というよりも……どうするのよこれ。私たち、何のために戦ってるの?」
「知りません!とりあえずは襲われてるからでしょう!」

続いて微妙にキツイこと言う早苗、戦う意義を失っている咲夜、ばっしばっしと地上にて直接妖怪をなぎ倒していく妖夢。

「いや、ちょっとな。ケリを付けてきた!」

魔理沙もそれに続くように魔砲で地上を薙ぎ払った。地面を焼き焦がしながら、射線上の妖怪を焼き殺す。

「なんですかねケリって!」

空から星型弾や御札を降らせながら早苗が言う。若干キレ気味なのはキリがつかないからか。

「アリスと話つけて来たんだ!アリス、何故か正常だったからな!」
「なんでアリスさんは大丈夫なんですか!ウチの神様はどっちも駄目でしたよ!」
「お嬢様……ああ、何故あのような姿になり果ててしまったのです……」
「幽々子様……」
「あんたらまさか全員それぞれの親玉置いてきたの……?」
「殺すなんてとてもできませんよ」「できないわ」「できません」
「いずれこっちに全員来るじゃない!この木端妖怪共とは違うのよ!咲夜!特にあんたンとこは身体能力だけで空に跳ぶような連中よ!」
「まーまー落ちつけ。どうせ私たちだって遅かれ早かれ死ぬだろ。ここは落ちついていこうぜ」
「…………そういうこと言いますかね」

早苗の冷えた声。いや、皆分かり切っていることなのだが。
いずれは力も切れて、空を飛べなくなる。逃げ切るには限界がある。妖怪共に捕まる。
エロ同人みたいなことは起こらない。殺られる。喰われる。YOU DEAD。コンティニューは認められない。

「全く、突然過ぎて実感が湧きませんね。」

無表情に剣を振り回し続ける妖夢が言う。確かに、誰一人としてまともな実感は湧いてない。
湧いているはずなどない。実感してしまえば、残るのは絶望だけだから。
もしかしたら、わざと気づかないように、意識を逸らしているだけかもしれない。

「死んでも下手したら黄泉の方の渡し守とかも駄目なのかもしれませんね。そうしたら私たちどうなるんでしょう」
「……」「……」「……」「……」
「……ごめんなさい、今はどうでもいいですね。」

どんどん湧き出る妖怪を殺していく。妖怪の死骸で低く厚い壁が形成されつつあるが、それを乗り越えて新たな妖怪が昇ってくる。

「あっ」
「どうしたんですか魔理沙さん。家の電気でも消し忘れましたかね?」
「いんや、違うぜ。今、チルノが居たような気がした。魔法でぶっぱしたから良く見えなかったけど」
「あー……あの良くちょっかい掛けてくる……」
「というかこれ妖精生き返るんですかね?」
「多分大丈夫じゃね?でもまた狂ってるかも」

非日常の展開の中で、日常の会話を続ける。続けようとする。
受け入れられない現実があるなら、それを無視して『普段』を続ける。続けるしかない。

「来た」
「来た?何が」
「お嬢様」
「あ、ホントだ。なんか見える。けどアレがお嬢様かよ。なんか黒いのに目がたくさん付いてるぞ」
「あれがお嬢様たちの真の姿ですが?」
「ファッ!?」

周りの妖怪すらも喰らい尽くしながらこちらにゆっくり近づいてくる二つの『黒い塊』。
断じてどこぞの常闇妖怪などではない。無が広がっているようなような、恐怖すら感じられる闇。
その中に、目が浮いている。二人の吸血鬼の真の姿が混ざりあいながら、あちらこちらを凝視しながら、次の獲物を探し、喰らっていく。
魔理沙や妖夢は、その姿に驚愕すらしている。

「何処のアーカードですかねあれは……」
「あー、あれか……?早苗の見せてくれたあの漫画のか。あれ名作とか言ってたけどさあ、最後投げやりじゃなかった?」
「それはブラム・ストーカーの小説を知らないからですよ。知ってたら良くわかりますって。」
「ふーん、で、あれどうするんだぜ?正直あの本の通りならマジで勝てないけど」
「その漫画なら私も知ってますわ。図書館に吸血鬼と、ある一族の戦いの本と一緒に置いてありました。生きたまま取り込まれて中の命を殺し尽くせばいいんでしょう?」
「……それ咲夜死ぬんじゃね?」
「……お嬢様を殺し、お嬢様に殺されるならメイドとして本望です。
……お嬢様に命までくれてやるつもりはないなんて言ったこともありますが、きっと、あれも強がりでしたから。」

咲夜が笑う。笑いながら、ナイフを持てるだけ取り出した。扇のように広げる。

「えーと……『妖怪共、貴様らが何秒動けようが関係の無い処刑方法を思いついた……』」

低い声を作り何かの台詞を口にすると、小さな閃光の束が拡散した。バタバタと、神社の中の妖怪が倒れていく。
まるで置き土産だと言わんばかりに、皆が僅かながらも休めるほどの数を一度に殺し尽くした。

「おおっ!中々決まってますね!流石咲夜さん!私たちに出来ないことを平然とやってのける!そこにシビれる!あこがれるゥ!」
「……アリーヴェデルチ!(さよならだ)」















一息に神社から、黒い塊へと猛突する。まるで飛ぶナイフのように、一筋の光と見紛うようなその姿。
投擲されたナイフが、何度も黒い塊を突き刺し、表面を切り裂いて混沌を狩り取っていく。
それに対抗するように、黒い塊の中から、槍や剣を持つ腕が這い出てくる。
大剣がナイフを弾き、長槍が投げられ咲夜を貫かんとする。

「お嬢様。妹様。申し上げにくいのですが、そのような稚拙な狙いでは時を操る必要すらありませんわ」

滑るような軌道を取りながら、出来る限り投擲される槍を惹き付けて避け続ける。余裕すらも感じられる動き。
避けられた槍は、咲夜の足下に広がる有象無象の妖怪を次々と轢き潰していく。
咲夜が銀光を手にすればその数秒後には、輝くナイフが剣を持つ腕たちを針鼠に化けさせていた。
銀の煌めきに照らされるかのように、闇色の腕が融解し、黒塊に再び回帰していく。
が、それよりも遥かに、新たに這い出てくる腕の方が多い。
黒の塊を覆い尽くす程に増殖していく腕の物量が、少しづつ咲夜の余裕を押し潰していく。

「物量だけでは美しくないですよ、お嬢様。妹様、あなたの力はこんなものでしたか?」

しかし、時をすら操る咲夜にとって、物量などは関係の無いこと。
時を止めれば、目の前に殺到する槍衾もただの動かない壁に過ぎないのだから。

増殖し続ける肢体の一部を模した黒も、刹那の間に無限の銀に覆い尽くされる。

余裕が無いことなど、些細な問題でしか無い。時間の余裕が無ければ創り上げる。
それこそが、主にパーフェクトと称された彼女にのみ赦される行為。

「ですが、貴女は私を屈服させた。時を支配しようと運命には逆らえないと貴女が教えてくれた」

黒の塊から、目玉のペイントを施した円盾が現れる。黒一辺倒の中に、白い混沌が渦巻いていた。
塗装のはずなのに、それが動く。空を翔る咲夜を視線で射殺そうとする。
ナイフが本体に通らなくなると、途端に咲夜に打つ手が無くなった。
ポリスが形成したレギオンの如く、盾が盾を守るため、ナイフで盾の隙間を狙おうと、その奥の盾に受け止められてしまう。
そして、ナイフすら入り込めない僅かな盾と盾の間から、手投げ槍が打ち上げられる。
先程よりも小さく、軽くなった槍が、更なる物量と共に幾重もの攻壁を造り上げる。いつの間にか、時を止めて避けるのが当たり前になる。

「そうです。ーーーそうだ。あの時と同じだ。私が最も新しい幻想であり、最後の幻想であった時と同じだ」

あの時。
世間から与えられたのは幻想の呼び名。

思い出す。いや、脳裏に浮かび上がる。ここで今、戦う自分とは違う『自分』が閲覧する過去の記憶。

鋭いナイフで、霧に充ちた夜。女性ばかりを狙って喉元を切り裂き、血霧を夜に咲かせていたあの時。

19世紀、霧の都ロンドン。

夜霧の幻影殺人鬼。

ーーーー切り裂きジャック。

「そうだ。あの時と同じだ。」

投げたナイフが、本来以上の切れ味を以て、堅固な盾すらもバターのように切り裂き、黒に突き刺さる。

「あの時!あの興奮!ただのニンゲンを切るのとは違う、あの感覚!
頭の中で興奮物質が雪崩のように無限連鎖して、最高に『ハイ!』になるあの時だ!」

咲夜は嗤った。悪魔が最大級の慈愛の感情で微笑んでいるような顔で。
嗤ったまま、ナイフを投げる。本来では不可能なほどに、ナイフをマシンガン、いや機関銃の如き速度で投げ続ける。
本来の能力以上のパフォーマンスを、『切り裂きジャック』という幻想が可能にさせる。
禁じられた行為。人間が幻想という器を得て、伝説へと変化していく。
ナイフの残数など、もはや問題ではない。懐を漁れば、無限のナイフが顔を覗かせる。投げても投げても、終わりは無い。
強固な防壁はいつの間にか障子の紙のように無意味な壁となり、黒は銀に覆われていく。
黒に刺さったナイフが、夜空を彩る星のように輝いて、それが咲夜を恍惚とさせる。

「どうした吸血鬼!?どうした幻想!?お前の力はそんなものか!私を屈服させた力はそんなものか!?」

銀の光が弾けて、暗黒を刈り取っていく。黒が内包する命を奪い取っていく。
まるで、人体をバラバラに解体するように。丁寧に、大胆に。臓器とニクをつなぐ血管を切除し、
切った血管と、切られた血管からあふれ出る血液を愛おしむように。

「ああ!ああ!どうして貴女たちはそんなに素敵なのか!?幾ら切っても、切り取っても!
終わりが無い!尽きない!最高だ!最高だよ吸血鬼!もっと、私のために命を捧げろ!
もっとだ!もっと!終わらない命が終わるまで!その命を、血を噴出し続けてくれ!」

咲夜が腕を振るえば、黒の一箇所、一つの瞳に百のナイフが突き刺さった。
そこから溢れる黒い涙を、更にナイフが貫いていく。まるで、銀が黒を侵食するかのよう。
銀が黒を喰う速度は、段々と咲夜が黒に近づくにつれ、早まっていく。
投槍の攻撃が、剣と獣の牙に取って変わるほどの距離まで近づいてからは、咲夜の身長以上に銀の直径が広がっていた。
剣が咲夜を断とうと、牙が咲夜を引き裂こうとするが、それらの命をナイフで殺しながらもなお、銀が黒を呑み込んでいた。

「これぐらいじゃ私は満足しないぞ吸血鬼。一つ一つ、丁寧に切除するのも良いが、全部纏めて切り裂く方が面白い!
……お前の中に入らせてもらおう。文献にのみ存在する真祖には及ばないが、それでも純血の吸血鬼!その力、その真の力を!もう一度味わってみたい!
その力!もう一度切り裂いてみたい!」

目の色を変えて、突き刺さるナイフの中に『素手』をナイフのように尖らせ、突き入れる。
それを阻止するかのように、銀の海の向こう側から、黒色の腕が咲夜を掴んで混沌に引き摺り込もうと伸びてきた。
しかし、近づく前に、時を止めて配置されたナイフがそれを狩り取る。
顔色を喜色に染めながら、口角をこれ以上無いほどに上げながら、自らナイフで出来た『黒の中』への門を潜りぬけようとする。
混沌に打ち込んだ、己の代理存在を踏み台にして、悪魔の門を代償も無しに突破しようとする。
他の命と同様に、生命のスープの中にぐちゃぐちゃと混ざるのではない。確固とした単一の存在として、吸血鬼の存在自体の中に、浸入する。

その命と同化しつつも、違う存在として命の奔流の中に介入し、埋没する。
手探りで直接、黒い肉を掴み、引き裂き、身をよじらせ更に奥へ、奥へ。
引き裂いた肉が修復されて閉じる前に、新たな肉孔を創る。混沌を、吸血鬼の存在自体をファックしている。
その発想だけで咲夜はイッた。元からほぼイキかけていたが、その発想が浮かんだ瞬間には股間部が盛大に濡れてしまった。
物理的快感は皆無なのだから、下着はまるでいきなり小水でも漏らしたかのようになっていた。
咲夜はほぼ同時に肉体的にも、精神的にも果てた。しかし、その絶頂はは更なる破壊衝動へと繋がってしまう。
それが快感を生み、終わらない無限の快楽の海を咲夜は放蕩し続ける。

咲夜は思う。

吸血鬼のその存在そのものを犯しつくし、自分だけでこの空間を支配したい。
この空間を支配する吸血鬼をも屈服させ、世界をこの手に掴み、愛し尽くした後に粉々に握り潰したい。
そんな思いすらも、脳内麻薬によって覚醒した脳味噌が刹那の内に終わらせ、実行しようとする。
最高にキマッていた。自分自身で自分を高め、そして弾ける。究極の支配欲に突き動かされながら、自己が生む至福の快楽を受け続ける。
止まらない、止まらない。ウロボロスの輪の如く、続くことを強いられる。そのいじらしさが、また快楽を生む。
苦しみと、気持ち良さと、破壊衝動のみが増大し続ける永遠のオーバルサーキットの中から逃れられない、逃れたくない。
頭の中はよくわからないものでいっぱいになる。果てしなくクリアになった世界がゆっくりになり、そして段々と止まっていく。
停止していることを進行系で示すのは不自然だが、とにかくそうだった。
矛盾なんていう些細な問題は、壊れた蛇口の如く、受け皿の脳が受け止めきれなくて破裂しそうなほどに溢れるドーパミンが洗い流してくれる。
快楽物質の波に身悶えしながら、止まる世界で一人、動き続ける。久しく忘れていたが、時を止めるとはこういうことだ。
他人では知覚出来ない世界をたった一人で歩み、そして思うがままに世界を征服することだ。世界を犯し尽くして屈服させることだ。
世界すらもが、私の手の中にある。
世界すらも、私はファックすることが出来る。その発想だけで意識が一瞬、トンだ。浮遊感。これだけトべば、本当に空だって飛べそうだ。

「違う」

切り裂きジャックを否定した瞬間、咲夜は地の底よりも更に奥。地獄まで堕ちた。まるで、麻薬中毒者が一息に操から鬱に叩き落とされるように。
だが、正常だ。ここまで狂っても、まだ咲夜は圧倒的に正常であった。ただ、加速し尽くた結果、止まっただけ。
能力としてではなく、才能として時を止めただけの話だ。何年ぶりかは覚えていない。だが、初めては覚えている。あれはあの夜のことだ。
元々興奮物質が過剰に分泌される特殊な脳をしていたお陰で、自分の時間を他人よりも引き伸ばすことが得意だった。
プライベートスクウェア。誰も入り込めない、私だけの世界。

「このやり方じゃ駄目だった。貴女には勝てなかった。」

しかし、小娘は。

吸血鬼は。

お嬢様は。

「貴女は私だけの世界に、這入りこんできた。土足で、何の遠慮も無く」

それが、快感だった。新鮮だった。無抵抗の相手を壊すだけだった私に、無抵抗のまま壊される事を、身体で教えてくれた。
愛の有るサディストに、愛の有るマゾヒズムを教えてくれた。

「知っていますかお二方?ヴァンパイアハンターというものは、古来から変態が多いそうですよ?
正常な精神状態じゃあ、とても吸血鬼の寝床にずかずかと這入りこんで、襲うなんて真似できませんもんね。お嬢様。私は変態ですかね?」

口角がまたしても、上がる。狂ったような笑顔に、更にこじれた笑顔を上塗りする。
ワーカホリックで主の絶対的忠犬の十六夜咲夜と猟奇殺人鬼切り裂きジャックが融和し、混沌の人格が生まれてくる。

「あなたたちは私を変態と言うのでしょうね。……だって、私は」

貴女を壊すことも、貴女に壊されることも大好きなんですから。

「あなたたちの思っている以上に、変態なんですから」

ナイフが駆ける。闇しかない、原初の混沌を体現したかのような空間を駆け抜けていく。

銀色の空間を、闇の中に創りあげていく。

「あの時、貴女には本当に良くしていただいた」

染めていく。先ほどのように、ガワだけではない。中身までも。

犯し尽くしていく。

「だから、今度は私が壊される快感を教えて差し上げます。壊す快感しか知らないフラン様にも、是非知ってもらいたい」

闇に喰われた命たちが、咲夜を自分たちと同じにしようと近づく。
それを、咲夜は拒否しなかった。闇の牙に噛みつかれる。咀嚼される。存在の凌辱さえも、彼女にとっては堪らない快感である。

「私を取り込もうと?無駄ですよ、お嬢様方」

取り込まれたまま、銀の煌めきを放ち続ける。闇色を銀に染めていく。吸血鬼が最も嫌う銀の輝き。
互いに互いを犯しあっている。存在を喰らい合いながら、殺しあっている。

異常だが、そこに愛があった。愛が無ければ、咲夜の自分自身の提供は成立しない。

「だってソレガキモチイイんですカラ」

ぐへへへへ、と下卑た笑いをする。頭は既に働いていない。本能の赴くままに、自分の思い通りに行動し続ける。

自分自身をぐちゃぐちゃと噛み砕かれ、すり潰され、存在を千の破片に千切られようが関係の無い話だ。
咲夜は『ここ』に居る。パーツは全て、混沌の闇の中にある。ならば、変わらない。幾ら食べられようが、呑みこまれようが、命の奔流に取り込まれようが。
ここで彼女がその破片から『十六夜咲夜』を形成するなど造作も無い。
実際、彼女は何度もバラバラにされた。存在自体を調理素材の如く千切りにされ、生命のスープの中に流し込まれて溶かされた。
しかし、彼女の凶悪にして膨大な自己を形成する心が、崩れない。
自我が、強過ぎるのだ。幾多の生命のうねりの力よりも、彼女自身の心が硬過ぎる。
何万という、過去に、そして現在も吸血鬼レミリア・スカーレットに、フランドール・スカーレットに清濁問わず取り込まれた生命たちを以てしても。

壊『して』いるのに、壊『す』ことが出来ない。逆に、壊され続ける。
自らを喰らわせながら、吸血鬼を壊すその様は紛うこと無き変態。

「ハハハッ、そんなに甘噛みされても困りますよ。私の思考を、意思を、心を犯してくださいよぉ!」

狂っていた。狂っていながらも、正常だった。『黒を壊す』という当初の目的は一寸たりともブレてはいない。
壊し続ける。破壊する。粉砕する。切断する。闇の中を飛ぶナイフが、何者にも犯されず、ただ一方的に黒を蹂躙する。

「アレアレェ、どんどん私を壊そうとしている力が無くなってますよォ?もしかして。もぉしぃかぁしぃてえぇぇぇえええ」

嗤う。元から嗤っているのに、更に嗤う。咲夜さんが楽しそうでなによりです。

「もう、バテちゃったんですかぁ?おふたがたあぁぁぁああああ」

闇の中に、紅い姿が微かに見える。もう、混沌が晴れ始めている。
二人の吸血鬼に眠る数万の命が、削られ尽くされている。
一人の人間に一度に襲いかかれる数さえも、もはや混沌の中には無くなっている。
残りの数は、既に百を切っていた。正に蹂躙。正に凌辱。巨大な存在自体を、殺し尽くすジャイアントキリング・レイプ。

「ほらほらァ、も〜う黒なんて一つも見えませんねぇ。闇の中に居たはずなのにねェ。いつの間にか、銀の空間に、私と貴女たち。」

その百すらも、もう虫の息である。台詞を一つ吐き終えれば、その数は十になった。
光の無い紅い目を見つめると、その数は一に。

最後に、心に喰らいつく一を、逆に喰らい尽くして数は零。






銀色のプライベートスクウェアに、私と貴女たちだけ。

「……ふふ、アハハハハハ、ひぃひひっひひひひhひひひひひ」

ケタケタと嗤う。ついにこの時が来た。もしかしたら、あの日から、ずっとこの時を待っていたのかもしれない。

増長しきった存在の殻のその先に、眠る柔く紅い果実。それを貪り喰らうその日を。
ナイフを両手で弄ぶ。空気を裂きながら、何度も何度も柔肌を切り裂くデモンストレーションを行う。

「ひひひひひ……嗚呼、なんと美しい姿なんでしょうか。今すぐにでもこの私のナイフで貫いてやりたい!」

二人は動かない。抵抗もしない。そりゃそうですね。だって、あなたたちはもう、正気ではないのだから。

「私は、正常ですよ?これだけ狂っても、これだけ貴女たちを愛しても。これだけ貴女たちを傷つけても」









「涙が、止まらないんですから」





『お嬢様、紅茶が入りました』
『妹様、紅茶を持ちに参りました』
『お嬢様、昼食の時間でございます』
『妹様、昼食をお持ち致しました』
『お嬢様、失礼致します。お召し変えに参りました』
『妹様、御着替えは?……そうですか、ご自分でなされましたか……』
『お嬢様、そうです。わたしが貴女のパンツを盗みました』
『妹様、申し訳ありません。妖精のいたずらにより下着を一枚、無くしてしまいました』
『お嬢様、私は悪くありません。可愛らしいあなたがそうさせるのです』
『妹様、何故私に笑いかけながらその握りかけた右手をこちらに向けるのです?』
『お嬢様、私を叱ろうというのですか。是非お願いします』
『妹様、私に身体的苦痛を以て分からせようというのですか。是非お願いします』
『お嬢様、レミリアお嬢様。』
『妹様。フランドール様。』









『フロイライン(お嬢様)。どうしたんですこんな夜に?こんなに霧の深い満月の夜には、私のような殺人鬼に襲われてしまいますよ?』









どれだけ心が狂っても、どれだけ年月が経っても、愛だけは変わらない。
それが、歪んではいたが、咲夜の忠誠心であった。





「おさらばです、お二方。咲夜は、貴女方に仕えられて幸せでしたわ。」

一滴の涙を受けて、銀色に輝くナイフが吸血鬼の心の臓腑を抉る。双つのたった一つの命を、その煌めきが穿ち貫く。
あっけなく、吸血鬼は死んだ。死んで消えて、世界には慣性で飛ぶナイフと咲夜が残る。
文字通りの、プライベートスクウェア。咲夜の世界は、自分以外の何物も世界に存在させないことで、完成した。
同時に、世界が崩壊する。吸血鬼の中の世界が、壊れていく。その中でたった一人、笑いながら、泣きながら。

血濡れた、ナイフが空間に墜ちる。何に墜ちたかは分からないが。
カラン。音が鳴った。衝撃でナイフから飛び散った吸血鬼の血が、咲夜の頬の涙に混じり、朱に染めて紅くする。
咲夜は、自分だけの世界(ザ・ワールド)の中に、呑みこまれた。
















「咲夜さん、見事にあの黒いの消しましたね。」
「ああ、なんか突然奇声上げたと思ったら中に入り込んで、そっからはどんどん縮んでったな。」
「……そろそろ、直接やるのが疲れました。剣撃だけ飛ばしていても宜しいですかね?」
「別に構わないわよ。大して変わらないんだから。」

妖夢がふわりと浮きあがり、空から地上に何度も刀を振った。
振ればそこから、斬撃が飛び出して妖怪を輪斬りにしていく。

「…………」
「…………」
「…………」
「いや、なんか言えよお前ら。つまらんだろ」

もはや作業と化している動き。
近づく敵を、妖怪妖精有象無象をただただ木端微塵にするだけの事。
異変解決でも、こんなにやる気の無い動きなど無かっただろう。そう思えるほどの動き。
いつの間にか『近づく敵を片っ端からやっつけていく』というよりも『なるべく密集させて一度に叩き潰す』というような動きへと変わっている。
それこそが、彼女らの胸中にほのかに浮かび上がる思いであるのかもしれない。『意味など無い事』だと、既に薄々思い始めているのかもしれない。
だから、手を抜く。楽をする。出来る限り、苦労をせずに一度にまとめて殺し尽くそうとする。
わざと自身を地上近くまで降下させ、おびき寄せた後に一網打尽にしてみたりもしていた。

「何を言えって言うんですか?今日のパンツの色ですか?」
「いやいや、早苗お前流石にそれは下品。却下。」
「じゃあ仕方ないですね。少しばかりお堅い話になりますが、暇つぶしに神様の話でもしましょう。」

弾幕を効率的に放ちながらも、早苗は場を紛らわせる話を始めようとする。
頭の中で一度話を整理して、自分の中で合点が良くように形を整えた。

「えーと、ですね……神様っていうのはですね。本当は居ないんですよ。」
「あんた現人神でしょう。なにいきなり自己否定してんのよ。」
「いえいえ、私は結論から述べるのが好きなんです。過程も聞いてくださいよ。」
「過程?その過程を通って『神様は居ない』って巫女のお前が言うのか?」
「風祝だっていつも言ってるでしょうに。いいですか、神様というのはですね、無からは生まれないんですよ」

早苗は話を続ける。早苗の話が真面目になって来た所から、誰も横槍を入れなくなった。
早苗曰く。『神様は、必ず誰かが創りださなければならないんですよ』とのこと。
その眼下で、愚鈍な妖怪が蹴散らされていく。

「神様は、誰かの願いに、想いに応えてその『誰か』の理想図から生まれるんですよ。」

確かに言われてみれば、どの宗教にも『開祖』というものが居る。

プロテスタント、カトリック、正教。イエス=キリスト。
イスラム教。ムハンマド。
仏教。釈迦。

「その神様が実際に居るかどうか。宗教にとってそれは大事なことでは無いんです。
大事なのは、預言なり神託なりで『神の声を聴いた』人が居る事。
その人の言葉により神の姿。特徴。何を想っているか、何を憂いているか。それが決まる。皆が信じる。神の正しい姿は『開祖』以外、誰も知り得ないというのに。」
「おいおい、その言い方だとまるで『神が創作物』って言ってるようなもんだぜ?私が夢で『大神マリサー』なんてものを見て、
それを皆に言って信じたら私は開祖だってのか?」
「そうです。宗教というのは、信仰心で強さが決まります。なぜなら、信じられなければ神は存在できないのですから。
幻想郷の皆がもしそれを信じたら、その次の日にでも『大神マリサー』が幻想入りしますよ。」

それが数であれ、質であれ。
神様が居ることを信じる者が居れば居るほど、神はその存在感を増していく。

「もしも、世界中が『早苗神』が目には見えないけど実在していると信じていたら?
子供に当然のようにそれを教え、そして純粋な子供がそれを真実だと考えてしまったら?」
「そこに神が居るという要素に何ら問題は無い、と。そういうことね。」

常識として神が捉えられれば、そこに神が居ることに違和感も疑問も無い。
逆に、神を誰も信じなければ、神という概念すらも数世代先には存在しなくなっている。

「神様を信じている人は余り多くありません。ですが、神様は未だに人々の心の中からは消滅しない。」

両極端のどちらでもない。危ういながらも、安定したバランスの中に軟着陸している神という概念。

「それは、神が居ないからなんです。本当に神が居るならば、そんなことは起こらない。
否定もされず、肯定もされない。そんなことが、神に有り得ると思いますか?
本当に、全知全能究極完全態グレートモスな神様が居て、あらゆる奇跡を起こしせしめるならば誰もが神を信じますよ。」
「おい今なんか昆虫が混じったぞ」

ひょっひょっひょっ。早苗が謎の気持ち悪い笑い声を出す。少しおちゃらけた後、声の調子を再び戻した。

「ですが、実際は神の奇跡は誰にでも与えられるものではありません。
仮に与えられても、それが神の寄与だと気づけない場合もあります。
それが神の奇跡だと信じて、そして神を信じる者だけが真の敬はくな神の使徒になれるのですが……その奇跡すらも、平等には与えられない。」

ちぐはぐな神様。不平等で、不完全で。そんな神様が本当に居るというのか?
開祖の話の中だけで、全知全能で、究極で、完全だが実際にはそんなことは無い神様が?

「神様はそんなにひどくはありません。――――神様というのはですね、皆偶像なんです。
居るはずの無い、全知全能な真の神様。この世に居るどんな神様も、その劣化コピーでしかないんです。
ふふ、神に仕える私が言うのもおかしいですがね。」

『神様は、皆偽物なんです。』と早苗は言う。
本当の神様になれなかった、紛い物で失敗作。信仰を受け、その姿を幻想郷にて顕現出来ても、それでも真の神様に遠く及ばない。

「だから、神様は本当はどこにも居ないんです。人が創る限りは、真の神様にはなれない。
神様という『完全』を、人では考えることも、想い描くことも出来ないのですから。」
「――――こう言って、お前は今まで自分の家の宗教を勧誘してきたのか。だから私の家の神様も不完全なんですけどってか?」
「ちっ、ちちち違いますよ!今のは完全に自論です!『神様』という完全存在を定義した上での発言です!」
「早苗さん、お顔真っ赤ですよ」
「妖夢さん煽らないで下さい!」
「あー……早苗。なんというか、独創的でものすごく面白かったんだけどね……」
「来てるぜ。お前んとこの神様が。偽モンだって言われたから怒って来たクチだなこりゃあ」

姿は無い。ただ、無数の御柱と、注連縄の国を越えてやってきた軍神が。
そして、名状し難き不浄な無貌の神が。ミシャグジ様を束ねていた日本古来最強の土着神が。

二柱が、姿形を取らず、本来のその姿でやってくる。
わざわざ山を降りてきてまでの遠征だ。しかし、精が出るなぁ、ぐらいしか4人には感じられなかった。
余りにスケールが大き過ぎて、もはや他人事のようにしか思えない。

「えー……嫌ですねぇ二人とも。この前この話したら『私たちは所詮創造物なのか』って落ち込んたのは分かりますが
今更仕返しってのはちょっと……」

神とてこの異変から逃れてはいない。完全に、神という信仰存在が暴走している。
人と相対するのに必要な、外見すらも創らずに。神という存在理念そのものが襲いかかってくるようなものだ。

「……まぁ、ここは私に任せて下さい。腐っても私の神様です。私がケリをつけます。」
「無理言わないで。咲夜の時とは相手の格と相性が違い過ぎる。全員で相手しなきゃ無理よ」
「そうだぜ。遠慮なんてするなよ。どうせなら小物をチマチマやるよりも大物をド派手に仕留めたいしな。」
「私からもお願いします。神という存在に対して、私たちは小さ過ぎる。せめて、全員で」

早苗が、笑った。一陣の風と共に、奇跡が起こる。

「フハハハハハ!私を人間だとぉォォォオ!?勘違いするなよ凸凹妖怪討伐パーティ!
私こそがこの荒廃した世の中に新たに生まれた『真の神』!人という殻を捨て!
新たなる力と器を得た私は既に人間ではない!否、生命体ですら無い!
神様『東風谷早苗』であるぞ人間ども!頭を垂れて我を信仰するが良い!
強靭無敵最強!粉砕玉砕大喝采!滅びの爆裂疾風弾(バーストストリーム)!」

そこには。

左腕にトレーディングカードゲーム用のおもちゃを装着し。
右腕には毅然とそのカードを手にし。
髪型と顎が何やらものすごく尖った形になった早苗が居た。

「……」「……」「……」
「あっちょっとごめんなさい調子に乗り過ぎました」

髪と顎が元に戻る。両腕のは戻らない。

「うん良い。別に良い。お前らしくて良い。だが何だ神様って。」
「私実はさっき死んじゃったんですよ。いやはや、頑張ったんですが抵抗空しくあの良く分からん柱に押し潰されました。」
「……えー……」
「でも私、なんか神様になって蘇っちゃいました。まぁ元々現人神でしたから。死んだら私神様になるんじゃねーってずっと思ってたんですが。
やっぱりその通りだったみたいです。元々が人間だったからか、異変の後に神様になったからかは分かりませんが狂いもしなかったんでこりゃ得したなーって。」
「……なんか早苗さんってすごいですね。そんなもので神になれるものなんですかね?」
「そうだよ(便乗)
ちなみにちゃんと信仰してくださいね。ご利益はこんな風に好きなキャラクターの姿になれる奇跡が起きます」
「いらん」「いらない」「いりません」
「そ、そうですか。でっでっでもでも信仰はしてください!お願いします何でもしますから!」
「じゃ、じゃあ何か甘いものくれ。ちょっと疲れた」
「じゃあアリスさんの作ったブラウニーを創りましょう。」
「いやなんでアリスが作ったの限定になるの!?」
「私の神様の特徴の一つです。今のはちょっと習性と言うか、癖というか。あっ、はいどうぞブラウニーです。」
「なっなんだ、身体が勝手に……『ヤッパリアリスノツクルブラウニーハウマイナー』『シットリトシテイt「それ以上いけない!」

下らないことをしている内に、妖怪も神も妖精も続々と集まってくる。
妖怪が妖怪を足場にして、ピラミッドの如く積み重なって空高くを目指してくる。
だが統率も無い烏合の如き集団であるから、当然長くは続かない。ぼろぼろと、賽の河原の石積みの如く崩れていく。

「よぉしおふざけはここまでです。私の神たる力を見せて差し上げましょう。」
「おっ、おう……」
「……」
「……」

早苗以外の全員が、一歩退いて……いや、空なのでちょっと後ろから。
早苗を見守る。若干引いているような感じでもある。
そんな周りの目を気にもせずに、早苗は嬉しそうに手に持つカードを左腕のおもちゃの上に叩きつけた。

「降臨せよ!『冥界神』オシリスの天空竜!」
「あーやっぱりその方向だった」

空に突然、暗雲が生まれる。明らかに不自然な雷雲だ。
黒い雲の間から、光が斜めに射す。余りにも不自然すぎるが、一種神々しささえも感じられるその光景。

「フハハハハハッ!外の世界では既に某遊戯漫画の三幻神のカードが公式で使えるようになっているそうじゃありませんか!
紫さんから前に聞きました!そこで私は思いついたのです!神とは信仰!神とは存在感!
例えその信仰心が、本来の神ではなく……その名を借りた存在に対してであっても、その信仰が神に使えるのではないかと!」

暗雲の谷間から、巨体の竜が姿を現す。二つの口には無数の牙。赤の鱗に黒の腹。黄色い眼光が、厳かに早苗と、目の前の神を見つめていた。
かつてのエジプト神話にて登場する、信仰などとうの昔に途絶えたはずの冥府の神オシリスが、その名を冠する別の姿を。
別の能力を。別の力を以て。幻想に君臨する。

「そこで家の神様にばれないようにこっそりエジプトの神様と連絡を取れば、なんと出来るということではありませんか!
エジプトの神様たちも最近は仕事が無いそうで、この話をした時には二つ返事で了解して、この時の為にわざわざオシリスの天空竜になる練習も重ねてくれましたよ!
それから、ずっと待っていたんです!私がこの手で、神を召喚する機会を!」
「おーおー、壮大な話だぜー」
「あれ、別に早苗は神じゃなくても出来るんじゃないの?」
「というか他人、いや他神本願であんなドヤ顔するんですね」
「外野うるさいですよ!今いいとこなんですから!」

オシリスが、不安げにちらちらと早苗を見る。(ねぇあれ結構やばそうだけど大丈夫?)とでも言いたそうな様子。

「直接脳内に……!?大丈夫です!ご自分の信仰を信じて下さい!世界各国にて絶賛発売中の遊戯王OCG&TCGの知名度はあの二柱以上ですから!
いきますよ!『闇ごと切り裂け!超電導波サンダァァァアアアアアフォォオオオオオッスゥウウウウ!!!』」

気合が入り過ぎて少し空回りしたのではないかと思う程の早苗の絶叫が、幻想郷に響き渡る。
それを合図に、仮の姿を為す神の顎が開きその中に電光弾ける雷球が形成される。
そして、それは冥界神の咆哮と同時に二神の正面へと発射された。
球体型に凝縮した電撃が紫電を弾けさせながら波動となり、妖怪を焼き殺し神々へと向かっていく。

「――――――!」

神は、声無き叫びを上げた。効いている。やはり世界各国にて人気の原作&カードゲームは伊達ではないようだ。
信仰が無くても、その知名度が神としての力と格を上げている。

「続いて更に!出でよ『破壊神』オベリスクの巨神兵!」

(本当は俺オベリスクじゃないんだけどなー)とでも言いたいような感じで、第二の神が姿を現す。
碑としてエジプトにはオベリスクというものはあるが、それが神様を示していたり、碑石自体が神様であるわけでもない。
なので今回は代役として神『セト』にオベリスクを演じていただいている。
所有者的にもセト神が強い神様であること的にも非常に適役なのだが、困ったことに『セト』は『オシリス』の弟で、しかも神話上で殺している。
犬猿の仲だったりするかもしれない。

(あっ兄貴久しぶりー)(よっすよっす)

「思ったよりフレンドリィイィイイイイ!おっしゃいっけえええええ『粉砕せよ!ゴゥッドゥ……ハンドォ……クラッシャァァァアアアア!!』」

神の拳が、振り被られる。その巨拳は太陽すらも覆い隠し、世界を一時限りとはいえ暗黒の中に落とす程。
天高く上げた右腕を、空を唸らせながら振り下ろせばその動作だけで地が揺れ、突風が吹き荒れる。
拳に込められた強靭にして無敵の力が、諏訪子と、神奈子に直接攻撃する。
圧倒的質量と、速度が破壊の力を際限無く上昇させ、万物を砕く最強の力となり、神すらも打ち倒す。
空に浮かぶ無数の御柱は砕け、空を舞う注連縄はバラバラにされて墜ちていく。その中で僅かながら原型を保っている御柱が、早苗に向けて突進してくる。
しかし、それを早苗は片手で受け止めた。受け止めるために力一杯に広げた手の平を握り込めば、指が御柱に食い込み、亀裂が御柱に走る。
その亀裂はもう片方の端まで広がる。御柱はまるで粘土のように潰れ、砕けて墜ちた。

「カスが効かねぇんだよ(無敵)……これで最後です!現れよ『太陽神』ラーの翼神竜!」

……顕現する。三幻神の頂点に君臨する、生命の源であり活力でもある、太陽の名を冠する神が。
遥か高き天空より舞い降りたその身には炎を纏い、その姿は太陽と見紛う程に絢爛の金色。
正に神。そうとしか言い様の無い神々しい姿。そして、その背には……東風谷早苗が立っている。
神自身と融合し、神の力を己のものとし、自らの力を太陽神のものとする。

「食らええええええ!『燃やしつくせ!神の信仰、その一滴さえも!ゴッッドォッ!ブレイズゥ!キャノォォォオオオン!』」
「あいつら……強そうね。私も機会があったら呼んで……いや、いいわ。あんな恥ずかしい口上言いたくない。」
「……まぁ、そんな機会もう無いだろうけどなー」
「……すごい神だ。」

太陽から噴き出すプロミネンスの如き極炎が、雑多な妖怪ごと二柱を焼き払っていく。
生命の活性を促す天からの光の色。山吹色の光が、信仰無き神を浄化していく。
人間の進化の礎でもあり、そして万物を燃やしせしめる炎の力だ。
並び立つ御柱は焼け落ち、名状し難き不浄な存在は見る影も無くなる程に燃え縮んでいた。

「フハハハハッ!神奈子様!諏訪子様!今こそ私はあなたたちを超える!三幻神同時攻撃!」

遥か天空から地を這う神に向けて、裁きの雷光の如き光が墜ちる。

(俺だけ物理するのもあれだしビーム出すわ)
(どっちでもいい)(便乗とはそういうものだろう、ワシにも覚えがある)

地に君臨する神から、無貌の神に向けて拳から波動が迸る。

そして、有頂の天よりも更に高きから舞い降りた太陽神が、太陽光を一点に集約して、放つ。

雷電が動きを封じ、力の奔流が迸り、太陽光線が駆逐する。圧倒的な力量差の前に、為す術などない二柱。
姿を、信仰を失ったまつろわぬ二柱の神は、その存在ごと消滅してしまった。
神々の戦い……?……いや、一方的な蹂躙が全てが終わった時には、幻想郷は神々の戦いによって正に天変地異と化していた。
山は崩れ、湖は消え、大地は抉れ、海は……元々無かったが、地底より噴き出す地下水により大きな水溜まりは出来ていた。
人、それを液状化現象と言う。幻想郷崩壊の日(物理)。

「……神奈子様、諏訪子様。私はいつか、世の万物全てに祝福をもたらし、この世界、いや次元に我が名を真の神として奉らせてみせましょう!
そうしてから、あなた方の信仰を取り戻し、また……いつの日か、垣間見えましょう。酒を呑み交わしながら、この日の事を語り合うのです……」
「言ってること地味に酷くね?」
「というか無理でしょそれは。一応神に仕える私でもあいつの巫女だけになるのは全力拒否するレベル」
「あの三つの神の信仰すごくないですか?もう早苗さんだけで全部いいんじゃないんですかね」

確かに、これだけの力を持つ神を従わせられるならば、もはやこの異変で『死ぬこと』は無いと言いきってもいい。
だがしかし。人は食糧と水、そして酸素など生きるために様々なモノが必要であり、それが今後確保出来る可能性は低い。

―――――そして。神にも、人のそれと同様に、要るものが、一つだけある。

「……なーんてね。私もそうしてみたいものなのですが、私にはもう、信仰を捧げてくれる民がおりません。
……御終いです。やはり、神様なんて今日日流行らないのでしょうか。」

早苗には、もう信仰は無い。例え神になれたとしても。信仰が無ければ、死んでしまう。
そして、神の死とは存在の死を意味する。再び蘇るには、誰かがその神を伝承し再び信仰を得るしかない。
だが、そんなことがありえるだろうか?……もはや、信仰を捧げる民も、伝承する民も、そして、神が住まう地すらもないというのに。

「……早苗、お前……消えるのか?」
「ええ。まぁ、皆さんからの信仰がある程度は足しになったので、最後まで決めさせてもらうことが出来ましたよ。
ありがとうございます。そして、さようなら。もし、何かの奇跡が起こって、皆さんが生きて幻想郷を再び復興させることが出来たら。
……出来たら、その時は。私の信仰を、神奈子様と諏訪子様の信仰を取り戻して下さい。
どんな奇跡でも起こしてみせるのが、私のご利益ですから。」

そんな奇跡は起こらない。起こるなら、もっと前に起こっている。分かりきってはいるが、早苗はそれを言わなかった。
言っても、どうせ何も変わらない。ならせめて、綺麗に事を終わらせようとしたのだ。

「結局、私如きでは真の神にはなれませんね。神の奇跡を誰にでも起こせる私でも、です。
真の神とは、一体何なのでしょう。――――私たち如きでは、分からないから『神』なんでしょうか。」

そう、一人事のように。或いは、誰かに呟くように。早苗は言った。
それから、消えた。まるで存在すら無かったかのように、消えてしまった。
後を濁さぬ、普段の早苗らしからぬ最期であった。もしかしたら早苗の『普段』は、幻想郷という特殊環境に適合するための態度だったのかもしれない。
『幻想郷では常識に囚われてはいけない』。早苗の『常識』はこの後を濁さぬ鳥のような、謙虚なものだったのかもしれない。
己の意思に従い、常識に囚われない強欲さと、常識を模範的になぞる謙虚さ。相反しているこの二つが、彼女には両方が兼ね備わっていたのだろう。

それから早苗の後に続くように、早苗に従っていた創作の神を摸したエジプトの神々も、その場から消えていった。
後には、あれだけ蹴散らされてもまだ残っている狂った人外と、人間2.5人。霊0.5人のみが残った。
あれほどの事が起こったのに、まるで何事も無かったかのように、化け物共は行進を始める。

「……感傷もへったくれもあったもんじゃないわね。……続き、やるわよ」
「なんなんですかね。私たち。……涙ぐらい流してもいいはずなのに。何故か、泣けませんね」
「もう泣く程に感情を動かせないんだろ。……なんかさ、疲れちゃったぜ。精神的にもな。」

ただ、単調に妖怪、妖精、その他人外を狩っていく。
稀に出てくる亡霊のようなものたちは、妖夢が『霊を斬る』白楼剣でその未練を断ち、消していく。
……果たして、未練を断ち斬ったとしても。彼らに輪廻転生や、黄泉へと渡ることは出来るのだろうか。

分からない。……分からなくて、いい。もう、三人とも思考などとうに放棄していた。
分からなくてもいいんだ。どうせ、分かっても何も起こらない。
これは、幻想郷最後にして、最大の異変。その最も凶悪な所は、元凶、異変を起こした者が居ないこと。
いや、居るかもしれないが……分かるはずも無ければ、見つかるはずもない。
既に幻想郷は、終わっている。今起こっているのは、その幕引きでしかない。
難易度はルナティックを超えて未曾有の境地。残機は無しで、勿論コンティニューなどあり得ない。
おまけにクリア出来ない。ただ、延々と得点すら出さない雑魚を倒していくだけ。

「しかし、亡霊が出てくるということは……やはり、白玉楼も……」
「その内来るだろうな。お前んとこも。―――私は気楽で良かったぜ。仕えてる奴なんて居ないからな。」
「…………」

目的も無く、思慮も無く。ただ、妖の群れは博麗の神社であった所を、残る正気の人間たちを目指す。
妖夢と魔理沙は、それをなんとなしに、殺していく。撃つ光線は脳天を砕き、飛び交う斬撃は妖怪の群れを荒々しく斬り倒していく。
そんな二人を眺めながら、霊夢は御札を、退魔の針を投げていく。針を投げるのは、御札のストックが切れてきたからだ。
ふと、霊夢は天を見上げた。なんとなく、何かが居る。そんな勘がしたから。そして、霊夢の勘は良く当たる。

「……噂をすれば、なんとやら……ね。……来たわよ。」

空に開いた冥府への門。その中から出てくるのは亡霊たち。その中に、ひと際目立つ青の衣と桃色の髪。
目には無感情の漆黒の色。真一文字に締められた口。……取り巻きの亡霊たちが、妖しくその身の周りを取り囲んでいる。

「私に任せて下さい。……いえ、お願いします。幽々子様には私がケリをつけたい。……そして……多分、私は死にます。
その形がどうであれ……死んでしまうと思います。咲夜さんも、早苗さんも、死んだんですから。私も死ぬのが筋というものでしょう。」
「……そんなこと言うなよ……」
「待ちなさいよ。あんたまで、死のうって云うの?」

妖夢は、にっこりと笑ってみせた。普段、余り笑うことの無い彼女の、精一杯造った笑い顔だった。
笑い顔と考えるには無理がある笑いだった。それでも、そうしようとする努力は見える笑いだった。

「ごめんなさい。私も……やはり、死に急ぎたいのです。……もしかしたら、ここまで生きようとしていたのは、幽々子様を殺すため、だったのかもしれません。
それが終わったら、私にはもう、生きる意味なんてありません。この剣も、身も、心さえも。全ては、幽々子様に捧げていたものですから。
……行かせてくれますね?咲夜さんも、早苗さんも行かせてくれたのですから。私だけ駄目なんて、言わないで下さい。」

霊夢と魔理沙に、止めることなど出来なかった。
止めたかったが、止める権利も、言葉も二人は持っていなかった。
ここで彼女を止めることなど、出来ない。してはならない。そう、思えたから。
妖夢は暫く二人の意思を確認した後に、黙って幽霊の群れに向かっていった。
幽霊には効かない、楼観剣を鞘に納めて。両手で白楼剣の柄を握りながら、空を飛ぶ霊の群れへと向かっていった。















「……幽々子様」

亡霊共が襲いかかってくる。ただ、意思も無く私を殺そうとやってくる。
その一つ一つに、迷いがあるかどうかなど、分からない。
分からないが、ただ斬る。迷いを断ち斬る白楼剣で。

「お前たちに、迷いなどあるのだろうか。何も考えずに、ただ襲い来るお前たちに」

亡霊とは、現世に迷いがある者が冥府に行けないためになる霊。
そんな霊が、迷いも無く襲いかかってくる。妖夢はそれが解せなかった。
現世の未練も忘れる程の狂気に駆り立てられているのなら、彼らは現世に居られないはず。
亡霊が現世に居るためには、迷いが必要だ。彼らには、もはや何の迷いも無い。ならば、成仏できるはずだ。
迷いは無いが、白楼剣で斬ることは出来る。斬れば、成仏して消えていく。

「一体、どういうことなのか……分からない。分かりませんよ、幽々子様。」

亡霊共を散らしながら、私は少しづつ幽々子様に向かっていった。
空をゆったりと漂うその姿は、今にでも正気を取り戻し、話しかけてきそうな程。
たとえ狂っていたとしても、その立ち振る舞いは幽々子様そのものである。

「ですが、私はあなたを斬らねばならない。それがあなたに仕えていた、私の務めです。
……この終わる世界に、死ねない貴女がいつまでも生きることなど、私には耐えられない。
――――共に、逝きましょう。一度死んだ貴女に、再び永久の眠りを捧げましょう」

亡霊の群れが幽々子様を守ろうと、集まって壁のようになる。
しかし、そんなことはどうでもいい。亡霊たちなど、もう視界に映る邪魔者でしかなかった。
ただ、斬る。前方から大量に、側面、後方から散発的に向かってくる亡霊を斬り捨てながら、少しづつ幽々子様に近づいていく。

「……こうして見ると、あなたはとても美しい御方だ。例え、狂ってしまったとしても。
私にとって、あなたは今でも主であり、敬服すべき御方です。……」

斬るのが惜しい。そう思えるほどに、幽々子様は華麗であった。亡霊の中心にただただ佇み、彫刻の如く身動きもしない。
ただ、ゆっくりゆっくりと、こちらに向かって進んでいた。……何をするつもりなのかは分からない。
だが、周りの亡霊の必死の護りを無視するかのように、近づき続ける。段々、少しずつ。その距離は近づいていく。

「ああ……幽々子様。」

……届いてしまった。もう、幽々子様は私の刀の間合いに居る。私が踏み出して、斬れば幽々子様は消えてしまう。
周りの亡霊など、もうどうでもいい。突進してくる亡霊共を無視して、私は幽々子様に。
我が主に『全身』『全霊』を込めた突きを放った。狙いは、心臓。刃が触れればどこでもいいのだが、何故か私は、心臓を選んだ。

『キィン!』鉄と鉄がぶつかり合う、甲高い音が鳴り響く。

「なん……だと……」

あれほど周りに居たはずの亡霊は一匹も居なくなっていた。

代わりに。

私の目の前には、私の腰に差してあった楼観剣を手にする『魂魄妖夢』がそこに居た。
柄に近い部分の刀身で、私の突きを受け止めている。後ろを振り返ると、半霊は消えていた。

「まさか……これは……」

考えてみなかったわけではない。
『半霊』。半分とはいえ、その正体は霊。この異変の影響を受けてもおかしくない。
今までは受けていなかった。しかし、それが安全という訳ではないことは分かっていたが。

「……亡霊共に、取り込まれた……?」

その自分自身に問いかけるような疑問に、目の前の『魂魄妖夢』は答えなかった。
答えずに、ただ楼観剣を振り下ろした。刀を持つ腕を狙った、冴えわたる太刀筋。

「くっ……!」

咄嗟に白楼剣で受け止める。途轍もない力で、押されていく。いや、押されるなんてものじゃない。
ふっ飛ばされる。背中に、衝撃。墜ちた。墜とされた。起き上がると、そこは博麗神社の拝殿、その天井だった。
上を見上げれば、自分とそっくりな霊が、刀を背に構えたまま、こちらに向かって突進してきた。
腰だめにして白楼剣を握り、その切っ先は私に向けられている。全霊の力を以て、最高速度の突きを見舞おうとしている。

とっさの回避。だが、その回避はいきなりにしては自分でも驚く程に見事なものだった。
墜落した天井の上を転がりながら、向けられた刃を余裕を持って避ける。
刃に掠りすらもしない。転がる勢いのまま片手を天井に叩きつけ、その衝撃と自らに掛かる遠心力を利用して立ち上がった。刀を再び構える余裕すらある。
対してあちらは、勢い良く砂埃を撒き散らせながら着地し、その衝撃を堪える様子も無く立ち上がる。
霊体だから、痛みとか衝撃とか、そういった物理的な感覚が無いのだろう。苦も無く、砂埃の中からこちらに猛突してくる。

「そっちだけ有利ということですか……」

再び突き。こちらに飛び込んでくるような突きは防御しにくく、リーチの差で反撃され辛い良手だ。
だがしかし。そんなことは私が分かっている以上何の利点もない。アドヴァンテージというものは、相手に悟られれば意味など無い。
それに……自分の太刀筋だ。読めて当然である。そして、それは相手にも当て嵌まる。
狂ってるとか、亡霊に支配だとか色々前置きはあるが、アレは私と相応ない実力を持つ。
というか、奴は私自身でもある。私自身の、もう半身。いや、霊だから半霊か。
そう、頭の隅で考えている間にも、鋭い太刀筋の突きと、時折横薙ぎが放たれる。
それらをかわしたり、受け流しながら一歩先、更にその先と動きを練り考えていく。
太刀筋は読まれているのだから、わざわざ小手先の技で労する必要はない。正々堂々、まっ正面からの打ち合いだ。
恐らく、守りに入ったら負ける。あちらには肉体が無い。要するに疲れ知らずだ。持久戦に持ち込めば、やられる。
こちらが疲れ果てるのが先か。あちらが守りを保てなくなるのが先か。

「こうなったら、考えても仕方ない……!」

気を取り直して先ずは一合目。お互いに峰で上段の鍔迫り合いとなる。
峰で無く、真刃ならば刃が潰れ切れ味が悪くなるであろう程に強く打ち付け合う。
ぎりぎりと鋼が擦れ合う嫌な音が奴との間に生まれる。だが、そんな事は歯牙にもかけずに体重を刀に乗せて押し切った。
奴が一歩、後退して柄を回す。真刃がこちらの姿見となり、それから命を奪わんとする光となった。こちらもそれに応じ、冴え渡る刃に奴の姿を映す。
一瞬の静寂、光が交わった。白銀が互いの頬を掠めた後に、頭部を両断せんと横に疾った。
私は全身の力を抜いて体を地面に落とす。奴は首を仰け反らせて対処した。

―――――好機!

あの姿勢ではとっさの回避は出来まい。今なら、あの身を捉えられる。
些か早すぎる気もするが、みすみす機会を逃すわけにもいかない。
奴の顎に向けて刀身を振り上げる。一切の迷い無く、楼観剣を振り切った。

だがしかし、来るべき霊を斬った衝撃は無く、刀は空を斬るのみに終わった。

奴は仰け反った姿勢のままに、腕を背後の天井に置き、そのまま腕をばねにして体を半回転させたのだ。所謂、バク転というヤツだ。
更に脚をばねにして体を跳ね上がらせ、刀を鞘に納めたままこちらに向かって飛んでくる。
飛び込まれながらの居合いを防ぐ手は無い。向こうの楼観剣は、こちらの白楼剣以上のリーチだ。防ぐことも、反撃も出来ない。
出来るのは回避のみ。だが、もう遅い。後退や飛行では間に合わない。
左右も動ける範囲は全て居合いの範囲だ。下手に地に伏せても着地の後にやられる。

極限まで押し固まれ、圧縮された時間で私は考える。どうすればいい?何をすればこの窮地を脱することが出来る?

百分の一の時の流れの中で私と奴の視線が交わる。その目は、何故か潤んでいた。正気など、無いはずなのに。

「ッそこだああああぁぁァァッ!!」

楼観剣の鞘を、奴の顔に投げつける。奴は、『とっさ』に顔を刀で守った。……油断。いや、迷い、だ。
心に隙があるから、虚を突く小細工に引っかかった。私がそれに引っ掛かり易いことは、よく知っている。
そして、無防備にこちらに飛んでくる奴の胸元に、私は白楼剣を振りかぶって心臓に全身の力を込めた突きを叩きこんだ。
腕にかかる衝撃。それを受け流さずに全身の力で対抗する事で、奴の体を突き抜けて、刃が霊体を貫通する。
苦悶の表情を湛えさせながら、取り付いた亡霊ごと半霊は、成仏して黄泉へと消えていった。
所持者を喪った楼観剣が、落ちて金属音を立てた。カラン、カラン。それが、妖夢にとっては酷く寂しいものに感じる。
剣士同士の戦いと謂うモノは、凡そ一瞬で決まってしまう。
どちらかが、先に刃をその身に通すか通されるか。それまでは、互いに死線を潜り合いながら相手の隙を突き合うのみ。
そこに迷いなど不要。そこに隙など不要。それがある故に、半霊は敗けた。
そして、その迷いとは一体なんだったのか。刹那、その疑問が妖夢に浮かび上がり、そして氷解した。

心臓に、痛み。自らの身体を見下ろせば、心臓の部分に大きな穴が開いていた。
溢れる赤い血が、所々に妖怪の血が斑点模様になっている緑の衣服を完全なる赤に染めていく。
息を吸い込めば、間抜けな風音がその穴から湧いてきた。どうやら肺の片方もやられているようだ。

「なるほど……自らを……斬ったという事ですか……」

私を殺せば、自身も死ぬ。だから半霊に取り憑いた亡霊たちは、一瞬とは言え躊躇したのか。
もはや、呼吸すらする気は無かった。心臓と肺はもう潰れている。呼吸など、意味を為さない。

「幽々……子様。申し訳……ありません……」

最後に、血ヘドを吐きながらもそれだけは言った。苦しかったが、それだけは言いたかった。
それから、手に握る白楼剣を自らの頭上へ垂直に投げつけた。もはや、空を飛ぶだけの力も残っては居ない。
白楼剣は綺麗に、空を昇っていった。そこには、何の障害も無い。
そして、霊を断ち斬る白楼剣は、空を舞う幽々子様を真下から断ち斬った。
突き刺さることもなく、幽々子様を足元から脳天まで綺麗に両断して、そしてそれから、止まった。
刀が再び落下を始める頃には、既に幽々子様は視界の中に居なかった。果たして、幽々子様がこれからどうなるかは分からない。
だが、せめて今よりは楽になっているだろうと思う。案外、正気を取り戻して三途の川の淵で何かを口に掻っ込んでおられるのかもしれない。

「――――――」

視界を、段々と墜ちる白楼剣が覆っていく。その刀身に、峰に。
降り注ぐ陽光をキラキラ乱反射させながら、くるくると回りながら墜ちてくる。
綺麗で、幻想的な光景だった。力無く閉じていく視界には、刀と、光と、果てしなく広がる蒼い大空が広がっていた。
妖夢は、震える手のひらを太陽に伸ばしてみた。空高くに昇っている太陽に届く訳も無く、ただ無為に終わる。
雲外蒼天。辛く苦しい修行も、いつか花開くと信じて今日まで生きてきた日々が、妖夢の脳裏に蘇る。

幽々子様。私は、一人前の剣士になれたでしょうか。

そんな問いを、胸中に浮かべてみる。答える者など、居ないというのに。
ただ、自答する声が、どこからかあった。

自らの半分を殺したのに、一人前になれるわけがない。
お前は、最後まで半人前のままだよ。バーカ。

そう、自分に言われた。それを心の中で、自嘲していた。

白楼剣が妖夢の伸ばした手に収まり、それが手の内に収まったまま地面に突き刺さるのと。
妖夢の視界が黒に染まり、意識が消えていくのはほぼ同時だった。

――――やっぱりかぁ。一人前になりたかったなぁ。

最後に、そう思って妖夢の脳は活動を止めた。

一人前の剣士は、死する時も刀を決して離さないと言う。
奇しくも魂魄妖夢は、刀を持ったまま、逝った。


















「妖夢……死んだのか……」

妖夢の戦いを視界の端に捉えていた魔理沙は僅かばかりだが、妖夢の冥福を祈った。
冥福?冥福など、こんな下らない世界にあるのだろうか。何もかもが狂ってしまった世界に。
何度も思っているはずだ。分からない。分からなくていい。どうせ死ぬ。
魔理沙は一貫して諦観を続けていた。それでも絶望はしなかった。
まだ、魔理沙の隣には霊夢が居た。霊夢が居る限り、自分は孤独ではない。
それ故に、魔理沙はまだ折れなかった。

だが、一方。霊夢は徐々に心に影が忍び寄っていた。
ただ、単調に御札と退魔針を投げつけ続ける霊夢。段々と、霊夢には集まる妖怪がなんだか宴会に集う者たちのように見えてきていた。
寄りくる人外。飛び交う弾幕。干される杯。……特に目的も無く、思慮も無いただの馬鹿騒ぎ。
そういえば、今日は何も無ければ祝する目的も無い、宴会になっていたのだったか。

そんな事を思う霊夢には。この惨状が、この状態が。

普段のものと、全く同じように見えてしまっていた。

「…………違う。違う違う違う!」
「霊夢……どうした?」
「何でもないわ。ちょっと、ボーっとしてて変な事考えてた」

霊夢は自分自身に、軽く嫌悪すら覚えていた。
彼らは、自分の意思すらも無く、寄り集まってくる。それは望んでいることではない。
ただ、仕方ない。仕方なく、私は彼らを殺しているんだ。霊夢は思う。
だって、自分は妖怪退治が仕事だから。異変解決人だから。

そうなるべくして育てられてきたのだから。

妖怪を退治し、異変を解決する。
異変の解決は出来そうもないが。それでも出来る限りの努力はすべき。
だから、殺している。殺して、殺して殺して殺して殺し尽くしている。

脳裏に浮かび上がるのは、笑顔。
数々の妖怪たち。いや、妖怪だけではない。
幽霊も、妖精も。あらゆる人外が、博麗霊夢に向けてきた笑顔。

矛盾。

妖怪退治が仕事でありながら、妖怪と交友を持つ。
それはおかしい事ではないか?

霊夢は否定した。
妖怪退治の対象はルールを守れない妖怪だけ。それらは殺すべき対象ではない。

だが、彼らはその妖怪退治の大本山に何度も何度も寄り集まった。丁度今と、同じように。
それは妖怪に馬鹿にされているのと同じでは?

霊夢は否定した。
彼らは間違いなく自分に好意を抱いていたはずだ。

はず?それは確かではない。
もしかしたら、いや、多分。きっと。彼らは、馬鹿にしていたはずだ。
妖怪退治を仕事としながら、妖怪と仲良くなるお前を。向けられた笑顔は嘲笑の笑いだ。

霊夢は否定したかった。

その内人間にも見放され、正式な妖怪退治の依頼も減った。お前は、妖怪に誑かされていたんだ。

霊夢は否定したかった。

そのせいで食いぶちも無くなり、妖怪の元締めに食糧を恵んでもらうようになったんだ。

霊夢は、否定出来なかった。

自分自身に。博麗の名に。異変解決人の肩書に。自分を否定されていた。

思う。

他人から見れば、今のこの集団。ただ、寄り集まる妖たち。
それが、今までにこの神社に集まってきた妖怪と、一緒にしか見えないのではないか。
奇妙で恐ろしい、百鬼夜行にしか見えないのではないか。

「…………違う……違う……」
「霊夢?おい霊夢!どうしたんださっきから!なんか様子おかしいぞ!」
「……え?い、いや。何でも無い。何でも無いのよ……」

思う。

もしも、自分がしっかりとした妖怪退治をしていたら。
人里に信頼されるような者だったら。
人里全ての人間を、この神社にて保護出来たのではないか。
自分の呼びかけで、人を守ることが出来たのではないか。

当然、妖怪の群れの前に霊夢は耐えきれない。集めても、結果は全滅になってしまう。

そんな結果は、霊夢にとって問題では無かった。

問題は、その過程である。
人を守って死ぬか。守れず、ただ妖怪を殺して死ぬか。

博麗の巫女という存在としての最良は、間違いなく前者である。
護るべき人が居てこその博麗である。護る者も居ない守護者に、価値など無い。

「ぐ……」

そんな自らを惑わすような意思を散らすかのように、霊夢は攻撃をいっそう苛烈にしていく。
だが、それを嘲笑うかのように、人外共は途切れない。いつまでも、続いていく。
まるで、幾ら妖怪を否定しても、拒否しても無駄と言わんばかりの物量。
しかも、それだけではない。……何故かは分からないが。
……段々と、見知った顔が増えていく気がする。
異変で出会った妖怪たち。普段から、神社にたむろしている妖怪たち。
そんな顔たちが、正気を失って向かってくる。霊夢はそれらを、なるべく見ないようにして打ち倒していった。

「霊夢、気張りすぎだぜ。気持ちは分かるが……な?
あれだよ……その……なんていうかそうあれ!もう、そんなに頑張らなくてもいいんだぜ?
何なら、もうこういうのやめて、ボーっと空に浮いてるか?」

そうだ。
まだ、魔理沙が居る。人間が居る。私の、護るべき人。博麗の巫女が護るべき『人間』が。
まだ自分には、生きる価値がある。自らに課せられた、仕事がある。そう思うだけで、霊夢の心は僅かばかりだが安定した。

「いえ……良いわ。妖怪退治が私の仕事だもの。」
「そうか。じゃ、私も頑張るかな。異変解決が趣味だからな。」

だが、実際は既に二人共、限界は近い。
魔理沙は既に魔力が切れかかっているし、霊夢も妖怪退治の道具がもう底を尽きかけている。
並の異変の数倍の量は既に道具を使っていた。ストックの残りは既に、一割を切っている。
言うならば、疲弊状態だ。既に彼女たちに、普段の戦闘能力を出すことは出来ない。
フルに力を使っても七、八割。セーブしたら五割ほど。フルに使えば、十分も二人は持たないだろう。

そして、そんな疲労する二人を待っていたかのように、黒い影が空に飛び上がった。
天狗の、群れだ。翼を持つ、能力としてではなく生まれ持った力で空を飛ぶ者たち。
それらが空を飛ぶと同時に、地上に跋扈する妖怪にある姿が混じるようになった。
片手剣と大盾を持った、白狼天狗の集団である。

「こいつら……今まで姿が見えないと思ったら……!」
「糞っ、こいつら正気じゃないんだろ!どうして今まで待ってたんだ!?」

まるで死骸をついばむ賢いカラスのように、天狗共は待ったのである。
意思は持たずとも、本能のみで。長い間、培われてきた経験で。
空を飛ぶという、地上に犇めく妖怪共とは全く違う異次元の力。
もしそれが、一斉に襲いかかってこればどうなるか。今までのように、空を飛んでいれば安全という訳ではない。
むしろ、空を飛ぶのは翼の生えたあちらの十八番である。こちらが不利な上に、数の利もあちらにある。

「しかし……今頃出てきてどうしようってんだぜ?」
「さあね。天狗の考える事はわかんないわよ!」

確かに、着眼は良い。全力を出せる二人よりも、弱った二人の方が狩り易いだろう。
しかし、その狩りで得られるメリットは人間二人。
メリットどころの話ではない。トータルで言えば損の一言である。
そんなことを企むぐらいなら、もっと前にさっさと人里を襲って、その死骸を集めて食糧にでもしていれば良かったはず。
やはり、狂っている。どこかが歪で、おかしい。

「魔理沙……下がって!こいつらは御札や針じゃどうにもならないわ……アレを使うから、魔理沙まで巻き込みかねない。」
「お、おう!……それじゃあ私は後ろからゆっくり、霊夢の活躍を見させてもらうぜ!」

霊夢はゆっくりと両腕を水平よりも少し上に掲げると、袖から八つの陰陽玉が飛び出してきた。
それはスローモーに霊夢の周りをゆっくりと回り始める。回る速度が上がっていくのと同時に、霊夢は目を閉じた。

夢想天生、発動である。

八つの陰陽玉から、無限の御札が射出される。それはある程度までは真っ直ぐ進んだ後、それぞれ個別に空を飛ぶ天狗を狙い始めた。
この技は……いや、生まれ持って得た才能のため、技と形容するのがおかしな話かもしれないが。
霊夢の生まれ持った能力である『空を飛ぶ程度の能力』。その極致がこの技なのである。
この状態にある時、霊夢は何者にも触れられることは無く、敵対する者はただ周囲を衛星の如く周回する陰陽玉の自動攻撃によって殲滅させられる。
そんな状態を省みず飛びこんでくる天狗たちは、御札の餌食になるか、霊夢をすり抜けてから御札の餌食になるかのどちらかである。圧倒的。
初めからこれを使っていれば良いのではないか。後ろで見守る魔理沙は、ふとそう思った。
だが、霊夢は元より手を抜き易いタチだ。どちらでも良いのなら、この状態になるよりも、実体を保ったまま御札を投げている方が気楽でいい。

「霊夢……すごいなぁ。……私には、とてもあんなこと出来ないぜ……」

魔理沙は、天狗共を落としていく霊夢を眺めながら呟いた。
ふと、思い出す。昔は同じスタートラインに立っていたと思っていたが。
その実、初めからスタートラインなんて、無かったのだと。お互い、初めから生きる次元が違っていた。
それでも、必死に追いかけた。追いかけても、追いかけても。霊夢には常に余裕があった。

「……あーあ。生きてる内に、霊夢に一回だけでも全力勝負で勝ちたかったなぁ」

まだまだ、成長したかった。パチュリーも、アリスも、自分には伸び白があると言っていたのに。
魔法だって、こんな単調な光線だけじゃなくて、水や植物を生み出すものだって使いたかった。
でも、それはもう叶わない願い。遥か遠い、理想となってしまった。いや、理想ではない。妄想だ。
叶うはずの無い願いなど、願う必要は無い。そう、思わずにはいられない。
だって、悔しいのだから。何もかもが、もう叶わないことが。諦めなければ、悔しくて死にきれない。
帽子を深く被り、目を瞑った。涙を、抑えていた。そんな最中、霊夢の声が聞こえてくる。

「魔理沙ッ!抜けてくる奴らが居るわよ!」

霊夢に攻撃しても無駄だと思った妖怪たちが、霊夢への攻撃をおざなりにして、後ろに控える魔理沙へと狙いを変更する。
霊夢はそれに対抗するように、陰陽玉の回転速度を上げ、更に御札の射出量を増やす。
だが天狗も、それに対抗するように人海戦術を採る。複数の天狗が壁になり、多数の弾幕を受けながら後続を前へ前へと押し出していく。

「糞っ、しんみりしてる時に来るなよカラス共!」

天狗の一匹が、霊夢の御札の弾幕を潜りぬけて魔理沙へと猛突する。
魔理沙はそれを、細い一本のレーザーで撃ち落とした。
なるべく、力を使わないように限界まで細く、鋭くした高密度のマジック・レーザーだ。
片翼を撃ち抜かれた天狗は、ふらふらと錐もみしながら地上へと墜ちていった。

「あーあ、もうそろそろ限界だぜ。最初に少し飛ばしすぎたかな?」

だが、天狗たちは愚直に次々と御札の包囲網を飛び出して、魔理沙を囲い込んでいく。
魔法の光線でそれらを落とそうとするが、回避しながらの攻撃は至難のもの。更に、数が多いため狙いが定まらない。
倒さなければ、続々と次が襲いかかってくる。まるで雀を、大勢のカラスが墜とそうとしているかの様に、天狗たちが魔理沙を取り囲んで襲ってきた。
魔理沙はなんとかそれらを紙一重で避け続ける。避けながら、少しずつ天狗を墜としていく。だが、数は増えていくばかりだ。

「うわあッ……!」

何十回目かの天狗の突進を避けた魔理沙。その隙を待っていたかのように、背後を一匹の烏天狗が通り過ぎた。
それと同時に、魔理沙は支えを失う。自らを、空に飛ばしていた支えを。
箒が、手元に無い。周囲を見渡すと、箒は自らの頭上、遥か上にあった。一匹の烏天狗が、箒を掴んでいる。
魔理沙は、墜ちていた。咄嗟に魔力で空を飛ぼうかと思ったが、やめる。
そんなふわふわ飛んでいたら、天狗の格好の的だ。一瞬でやられる。
魔理沙は瞬間で次の行動を決定させた。

「マスタァァァアアアスパァァァアアアアク!!」

空から、地上に向けて盛大に光線が見舞われる。
高熱が、妖怪と地面を燃やし、焼き払いながらその推進力で魔理沙は急上昇した。
茫然とする天狗たちの間を潜りぬけて、一匹の烏天狗から箒を奪い取る。

「文……なのか」

突然箒を奪われて、唖然としているのは見知った顔の『射命丸文』であった。
しかし、その瞳は感情を読み取れないほどに黒く濁っている。
魔理沙は一瞬、我を忘れかけてしまうが素早く気を取り直すと、箒を片手で持ったまま、推進力を生み出した。
下を向いた箒の推進力で上昇しながら、魔法光線が天狗の集団を包み込み、蚊トンボか何かのように叩き落としていった。
しかし、その範囲の中に文は居ない。素早く避けて、下からこちらの様子を窺っている。
そんな文と再び視線を交錯させた時、魔理沙の箒と八卦炉から、魔力の噴出が止んだ。

「あっ……」

魔力切れだ。最後に、使い過ぎてしまった。魔力を失い、ただの箒になってしまった箒を持ったまま、墜ちる。

「魔理沙ァッ!」

霊夢が目を開き、陰陽玉から御札の射出をやめさせる。
『空を飛んだ』ままの状態で、襲い来る天狗共をすり抜け、無視して霊夢は墜ちていく魔理沙に手を伸ばした。
伸ばしたまま、魔理沙に少しずつ、近づいていく。自由落下の速度を上げていく魔理沙に、必死に追いすがっていく。

「私の手を掴みなさい!」

霊夢が、魔理沙の目の前にまで接近する。伸ばした手は、魔理沙が霊夢へと差し出す手へと近づいていく。
危うい所ではあったが、霊夢の伸ばした手は、確かに魔理沙まで届いた。

しかし。

『何物にも触れることは出来ない』空を飛ぶ彼女には。
地に落ちる魔理沙に『触れることが出来ない』のである。
伸ばした手は、魔理沙の手をすり抜けてしまう。
霊夢が幾ら降りても、魔理沙の手は霊夢に触れられない。霊夢の手は、魔理沙を掴めない。

茫然とする霊夢を、魔理沙は少しだけ、寂しそうに見つめていた。
重なり合った手が、すり抜けて離れていく。

「悔しいなぁ……結局、お前には手すら届かなかった」

それが、魔理沙の最後の言葉だった。魔理沙は重力に従い、墜ちる。
しばらくして、霊夢の視界は魔理沙が下に、妖怪の屍の山に落ちる姿を捉えた。
幾ら肉塊がクッションになっても、落ちた高さはその程度では誤魔化しきれない。魔理沙は死んだ。
死骸の元に、天狗共が……特に、烏天狗が集まってくる。地上に降りて、魔理沙の周りに群がる。

……啄んでいた。魔理沙の肉を。わざわざ丁重に、足元から。そこから上へと昇っていくとでもいいたいのか。

「ふっ、巫山戯るなああああぁぁぁぁあ!」

霊夢が、陰陽玉を回す。放たれる御札が天狗を蹴散らした。魔理沙には一切の傷を付けずに、ただ天狗共を吹き飛ばした。
翼から千切れた黒い羽が舞い落ちるその中には、下半身を失った魔理沙が居た。腰の辺りから上だけが、残っている。
ご丁寧に、取れる分は骨まで持っていかれていた。そこには、尊厳などは一つも無い。
ただ、魔理沙は屍として、食糧として、骨と肉として扱われていた。

啄んでいた烏天狗の中に『射命丸文』が居た。幻想郷最速の速度を以て、魔理沙の元に最も速く辿り着いたのである。
そして、その死肉を食らい、そして最も速く霊夢の攻撃を回避して、触れられない霊夢に何度も突進を繰り返している。まるで窓ガラスに突っ込む阿呆カラスのよう。
その口には、魔理沙の骨らしきものを咥えていた。血が滴る、脛らしき骨と、こびり付く肉片。まだ足と関節が繋がっていて、文が動くたびに足の骨と、残る肉が揺れた。

「う……ああ……あ……」

護れなかった。
守れなかった。
まもれなかった。
マモレナカッタ。

人を救えずして。
人を護れずして。

何が博麗の巫女か。
何が異変解決人か。
何が、妖怪退治か。




生まれるのは、底なしの自己嫌悪。
自らの存在意義が、揺らぐ。最後に残った人でさえも、私は護れなった。
護れずに、見殺しにしたんだ。

誰一人、護れない。
護れずに、ただ妖怪を殺す。誰も助けずに。
そんな奴に、生きる目的などあるのか?
生きる意味なんて、無い。そんな奴は生きていなくてもいい。

私は、異変解決人だ。妖怪退治が仕事だ。博麗の巫女だ。

異変を、解決しなくては。
妖怪を、退治しなくては。

霊夢は、妖怪を駆逐し始めた。容赦も無く、慈悲も無く。
空からは無限の御札が降り注ぐ。無数の妖怪たちが、それに押し潰されては死んでいく。
霊夢は、既に正気を失っていた。失ったまま、妖怪を殺し続けた。

「私は……異変解決人……妖怪を退治するのが……仕事……」

ぶつぶつと何やら呟きながら、いつしか霊夢は空を飛ぶことすらせず、手に持つ御祓い棒で妖怪を叩き殺していた。
その目の色は、死んでいた。もう何が映ろうとも、退治する妖怪にしか感じられない眼になっていた。

妖怪共を幾度となく、殺し続ける。
何故なら、それが博麗の巫女の役目だから。
妖怪と仲良くなるなど、言語道断。
見敵必殺。視界に捉えた妖怪は、全て殺し尽くしていく。

「妖怪退治……妖怪退治……」

それが何時間が続いた後。地底から這い出てきた鬼も。空を飛ぶ天狗も。雑多な妖怪たちも。
殺し続けた。もはや、感情どころか、まともな思考さえもが霊夢には無かった。そうしてから、最後に残った妖怪を霊夢は叩き斬った。
その妖怪が正気を失った八雲紫であることなど、霊夢には知覚すら出来なった。

















「……っ」

気持ち悪い。気がついた時、始めにそう感じた。
鼻を突くような強烈な刺激臭。それが顔を覆い、肺から頭まで、気道が通って酸素が巡る全てが臭い。

「うう……ゲホッゴホォッ!」

気だるい感覚に包まれながらも、何とか顔に乗る布を引き剥がした。新鮮な空気を身体中に送り込むために、肺を何度も収縮膨張させる。
全身に感覚麻酔を打ち込まれているかのように、意識も感覚も何だか朧気だった。

「うぐっ……はっ、ハァッ……ハアッ……」

震えながら立ち上がり、机の上に置かれていた水差しから、真水をがぶ飲みする。
冷えてはいないため気持ち悪さは拭えないが、それでも気分は幾分かマシになった。

「……私は、確か魔理沙に……」

そうだ、確か魔理沙に私は眠らされた。しかも、かなり粗雑な方法で。
魔理沙の事だ、激臭がする草とか茸とかで無理矢理この布を作り上げたのだろう。
床に転がる布をつまみ上げると、それを窓から投げ捨てようと窓のカーテンを開け放った。
留守ということにしておいたのだから、当然戸締まりもしてある。

「な……なによこれ……」

まるで、家ごと異世界にでも送り込まれたような感覚だった。頭痛が痛くなる。
窓の向こうには、荒涼とした大地が広がっていた。鬱蒼と茂っていた森は跡形も無くなり、大地がめくり上がっている。
泥を被って茶色になった巨木が横たわっていることが、辛うじてここが魔法の森であったことを教えてくれている。

「一体何が起こったっていうの……」

体調はすこぶる悪いが、そんなことをきにしている場合ではない。急いで家の玄関から外へと飛び出した。
人形を予め呼び出し、四方を守らせる万全の陣形を組ませながら。

「!?」

幻想郷は跡形も無く破壊され尽くしていた。
水分を多量に含んだ汚泥が大地であり、木々は軒並みなぎ倒され、妖怪の山に至っては丸裸になっていた。残る僅かばかりの木々が侘しいばかりである。
空を飛んで幻想郷中を見回してみるが、完全に無事な所など一つとして無い。
博麗神社を中心にして、放射線状に何か強烈なものが通り過ぎていったかのような感じで被害が広がっていた。
直撃を免れていた地点も巻き上げられた土砂や力の波によって生まれた突風などを受けて何かしらの被害を受けている。

「神社で何があったのかしら……」

とてつもない戦いがあったことは想像に難くない。だが、一体何が起こればここまでの事が起こるのだろうか。まるで大地震でも起こったかのよう。
兎にも角にも、博麗神社に行ってみないことには何も分からない。神社に行けば、何かしら分かるはず。

「魔理沙……生きていて欲しいけど……」

それが望み薄であることに、神社に近付けば近付くほど理解出来てしまう。
神社の周りには無数の死骸が転がっていた。人の形をした妖怪、そうでない妖怪を問わず、あらゆる妖怪たちがばらばらに千切れて転がっていた。
ざっと見る限りでは、五体満足な死体はどれひとつとして存在しなかった。

「……!」

空から、唯一まともに形の残っている拝殿の天井が見えた。
その上に……居た。宴会で何度か顔を合わせた事のある少女。魂魄妖夢。
……その服は血濡れていた。口からも、血を吐きだしたのか、顎と首にも血がついている。
……間違い無く、死んでいる。死んでいても、握っている刀がなんだか、彼女の未練を現しているかのように感じる。

「……本当に、異変が起こったのね。……皆、死んでしまうような異変が。」

肉塊に塗れた石畳の参道に降り立つ。沢山の烏天狗の死体が転がっていた。
その中には異変や博麗神社でよく見かけた新聞屋の天狗も居る。口にはぽっきり折れた、何かの骨を咥えていた。
赤い色が僅かにくっついており、肉も関節部に少し残っている。……グロテスクなことをこの上ない。
込み上げてくる胃の中のものを抑えつけながら、周りの様子を窺う。
誰も彼もが地面に這いつくばって、動かない。……惨劇。そうとしか言い様のない程に、酷い状態だ。

「妖怪……退治、しなきゃ。よう……かい……」
「霊夢!?霊夢、生きているの!?」

多数の妖怪を踏みつけながら、霊夢が現れた。……よかった。霊夢だけは、生きているようだ。
いや、もしかしたら魔理沙も生きているのかもしれない。霊夢が、魔理沙を見殺しにする訳が無い。
顔をやつれさせた霊夢が、ふらつきながらも御祓い棒を地面に擦らせて歩いてくる。
目から光は既に消え、紅白だった着衣は赤とも紫ともつかないような色に染まっていた。
恐らくは妖怪の血。それも、全身に浴びるほどの。

「わたしの、役目だから……全部、退治……」
「れ……霊夢……?」

霊夢は感情の読めない眼をしたまま、手に持つ御祓い棒を私にぶつけてきた。
棒が当たる。痛みはない。元より彼女には既にその力の一片たりとも、残ってはいなかったようだ。

「霊夢!?どうしたのよ……?」
「退治……妖怪、退治……」
「……霊夢……そんな、まさか……」

……心を、失っている。……そうとしか、言い様が無い。彼女は一体どれほど壮絶な時間を過ごしたのだろうか。
辺りを見渡せば、赤い肉塊の絨毯の中に見覚えのあるような角や翼、衣服の欠片が転がっていた。
そうだ。当たり前だ。……霊夢は、殺してきたのだから。
『自分の知っている妖怪たちを』。……そんなことをしてきて、正気で居られるはずは無い。

「……もう、いいのよ……もう……」
「倒さなきゃ……異変……解決しなきゃ……」

うわ言のように、ぶつぶつと呟きながら、泥と血に汚れた棒を振るう。
懐から出てきた札はただの紙のように、力なく宙を漂い、そして地面に落ちた。
紙吹雪のようで、それが場にそぐわなくて、なんだか滑稽であった。
彼女を、自分を。何かが笑っているようだった。

「終わったのよ……すべて……だから……!」

彼女の心は既に壊れていて、声が届かないだろうことは理解できた。
それでも、声をかけずにはいられなかった。黙っているには余りにも、彼女の姿は痛々しかったのだ。
昨日までは、いや異変が起こるまでは、向こうから好意を寄せていた存在たちが一斉に襲い掛かってきた。
遊びではない。殺す気で、だ。その全てを、自らの手で殺してしまわなければならなかった。
いくら彼女といえど人間だ。メンタルもそれ相応でしかない。腐れ縁でも、顔見知りでも。
それら全てに襲い掛かられ、そして殺していって正気を保っていれるはずは無かったのだ。
もしこれが一人二人なら、まだ大丈夫だったかもしれない。彼女の周りには、慰めてくれる存在が
沢山居ただろうから。いや、もしかしたら彼女と親しい者が一人でもいれば良かったのかもしれない。
だが、神社の各所に散らばる欠片たちは、その可能性すらも否定していた。

霊夢の足元に、居た。
見覚えのある、内側に白いレースをあしらった黒い帽子。
見覚えのある、白い生地に赤のリボンが結ばれた帽子。
どちらも、赤い斑点が付着していた。特に前者は、背中を足で踏みつぶされている。
帽子を被っている二人は、どちらも肩から下辺りが無くなっていた。
地面にでも下半身が埋まってない限り、そのどちらもが何らかの理由で失っているということになる。
霊夢は、護れなかったのだ。……魔理沙を。恐らく、最後まで共に居たであろう魔理沙を。
……気が狂ってしまっても、おかしくは無い。

「ッ……」

喉の奥、体の底から何かがせり上がってくる感触がした。
彼女らをしっかりと見た瞬間。その躰に何か赤黒いものが見えt※?*/・

「うげぇええええええ!」

まったく持って、自分らしくない奇声を上げたと思う。
だが、それをまともに聞く者も、それを恥と思う羞恥心も、きっとどこかに消え去っていた。
私は、石畳に跪いて、吐いた。酸性の半液体が喉を灼く。胃の中のものが、直接吸引される感覚。
丁度、私は彼女に。博麗霊夢に土下座するような姿勢だった。うずくまったまま、彼女を見上げると。
虚ろな目をして私の顔をペチ、と棒で叩いた。なんだか、ひどく悲しかった。彼女が、こうなってしまったことが。
私が、それを止めに来れなかったことが。
再び込み上げる嗚咽は、果たして情けなさ故のものだろうか。それとも、先ほどの溜飲がまだ残っているのだろうか。
私は泣きじゃくりながら、胃の中のものをすべてぶちまけた。服も、顔も。汚物にまみれながら。
しかし一切の嫌悪感は湧かなかった。そんなものが出てくること自体が、彼女に、そしてここで死んでいった者たちに対して申し訳ないと思った。

「妖怪……」
「……霊夢。苦しかったでしょう。そして今も、苦しいでしょう。……楽に、してあげるわ。」

彼女はきっと、今も苦しみの中に居る。精神が壊れている以上、そこから自分で脱することもできない。
……だからといって、死という安楽を単純に与えていいのか。刹那、そう思った。
だがしかし、もう耐えられないのだ。凛としていた彼女が、こうまで成り果ててしまっていることが。
彼女の首に、ゆっくりと手をかける。滑らかな肌だった。細い首を握れば、血液の流れを感じられた。
まだ、彼女が生きているという証。それを慈しむように、ゆっくりと圧迫していった。

「妖怪退z……あああ ああ ああ あ ああああああ ああああ」

かっ、と彼女の目が見開いた。何かを探すかのように瞳がギョロつく。
私など見えていないかのように、その先にでもあるものを目で捉えようとでもしているかのように、瞳が左右非対称に動き続ける。
やがて、下を向いた目玉がその視界に変わり果てた霧雨魔理沙と八雲紫を捉える。彼女の瞳から、僅かばかりの水滴が湧き上がった。

「あ あああ ああ ああああああーーーー」

ただ、呟くように、唄うように、虚ろな声。私が首をより強い力で締め付ければ、暖かな人肌の体温が、まるで私を責めるかのように冷たい手に伝わってくる。

「ようかい……たいじ、できな……い たおせない……あああああああ」

赤子が泣きじゃくるかのように、彼女は嗚咽をし始める。瞳からは涙が流れ、一筋の線を残しながら、首元へと伝い、そして私の手へと流れ落ちる。冷たかった。
彼女の涙は、初めて見た。人前で泣いた彼女など、一度として見たことは無かった。それだけ、彼女は何かと戦ってきたのだ。
泣く事すらも、許されない『何か』に。

「ごめんなさい……いへんかいけつできない……ごめんなさい……ごめゥエッ、ゥゲホッ、ォゴェッなさい……」

段々と、腕越しに感じる彼女の音が。彼女の脈動が、薄れていく。消えていく。小さくなっていく。
それでも。それでもなお、彼女は謝罪を続ける。正気ではない。何が、何が。

何が、ここまで彼女を追い詰めたのか。
『博麗』の名か。
『霊夢』という存在の強さか。
『巫女』の使命か。

それとも。

それとも。

『私』なのか。

『妖怪』なのか。

『妖怪』が彼女に歩み寄ったから。
『私』が彼女と関わりを持ったから。

『空を飛ぶ』彼女を、私たちが地に引き摺り落としたからか。
何にも囚われないその意思を、友情と好意で縛ったからか。

「ごめんなさい……霊夢……」
「ごmウゴッさいごゴホッんなさウエッめnゲェッ」

もはや喋ることすら、息を吐くのすら苦しいだろうに、彼女は謝罪を続ける。

きっと、これは私が、私たちが、彼女と関係を持ったからいけないのかもしれない。
私たちが、彼女と何の関わりが無ければ。
ただの、幻想郷の異変解決人と、妖怪だけの間柄ならば。

彼女は狂いもせず、傷つくことも、泣くことも無く。
ただ妖怪を殺し、縁側でお茶でも啜っていただろう。
私たちが、彼女の心を弱らせたのだ。彼女を、弱くしたのだ。

「私が……私たちが……霊夢を……」

彼女の謝罪は、きっと自らの存在に対してだ。
妖怪を退治できない。いや、それどころか。『妖怪』の私に殺される。抵抗すら出来ない。
それが分かっているから、正気を失ってもなお、彼女は無意識の謝罪を繰り返してるのではないか?
彼女の存在を、存在意義を。『妖怪退治』を遂行出来ないから、謝罪しているのではないか?

「あなたは……本当に……なんで……そうやっていつも……」
「ゲゥッめウォェッ、いェェッ、ごゴホッmンゲェッぃ……さ……ご―――――――」

彼女の声が、段々と掠れていく。命が、その灯を陰らせていく。
私は、腕を震わせながら掴んでいた。もう、腕に力は入らない。いや、入っていないはずだった。
でも、それでも。私は、彼女の喉を締め付けている。もう、腕の感触は殆ど無かった。まるで、血管に氷が流れているように冷たい腕。
しかし、感覚が無くても、なおも腕は細い首を、握り締め続けていた。
きっと、この機会を逃せば、私は二度と、霊夢を殺すことは出来ない。彼女を手にかけることができなくなってしまう。
彼女は自分で死ぬことも出来ず、ただ壊れた精神で無意味の苦しみを受け、謝罪をするだけの抜け殻になってしまう。

せめて。

せめて、私が。

私が、殺してあげなければならない。

もはや強迫感染みている使命感に押し潰されるように、私は彼女の命を削る。命の炎を、消していく。

「ご――――さい――――――ぃゥエェ――――」

私たちが、彼女を苦しませ続けてきた。

妖怪退治が本分の巫女に、妖怪が仲良くなろうとすり寄る?迷惑以外の何物でもなかっただろうに。
人は神社から離れ、妖怪退治の依頼も、人々の感謝の賽銭も無くなる。代わりに、敵であるはずの妖怪から施しを受ける。なんという矛盾。
博麗の存在理由と、霊夢の存在は剥離しきっている。彼女の博麗としての、人間としての、巫女としての全てのプライドなど、無いも同然だろう。
それでも、彼女は受け入れた。妖怪も、亡霊も、何もかも。
ただ、無感想に、無関心に。受け入れ続けた。その心の奥で、何を想っているかも私たちは知らないで。
きっと、苦しんだだろう。辛かっただろう。そして、うれしかったのだろう。

「さい――――――め――――」

でなければ、彼女の心は壊れない。私たちに好意を寄せていなければ、彼女の心は壊れない。
幻想郷は、全てを受け入れる。――――なんて、残酷な言葉だろう。彼女に拒否権は無い。
いや、あったとしても、私たちがそれを認めなかっただろう。そして、彼女もそれを受け入れてしまっただろう。

「ご――――さ――――」

結局今でも、こうなってしまっても。彼女の心境は分からない。私たち妖怪に、彼女はどんな思いを寄せていたのだろうか。

彼女は、いつから空を飛べなくなったのだろう。
いつから、私たちの事を、想ってくれていたのだろう。
いつから、私たちを受け入れたのだろう。
いつから、私たちに友情を感じていたのだろう。

いつから。
いつから。
いつから。

いつから――――――。











「生まれてきて、ごめんなさい」











首が、ぐにゃりと明後日の方向を向いた。血流の生み出す脈は、もう止まっていた。溢れていた涙も、もうこれ以上は出てこなかった。

死んだ。

















最後の言葉が、それ?

よりによって。

私に対する文句一つもなく。

代わりに自分の生涯すらも、否定してしまうのか。

全て自分で抱え込んで、死んでしまうのか。

彼女らしい。
博麗霊夢らしい。

そう思った。
















気づく。


















そんな彼女の人物像すらも、私たち『妖怪』が強制していたのかもしれない。そう思えた。











生まれる感情は、底無しの自己嫌悪。

「うわあああアアアアアアアアアア"ア"ア"――――――――――――――!!!」

咆哮した。













それから後の事は、覚えていない。
気がついた時には、自分の家の、床で転がっていた。身体中に、血や泥とかの汚れがくっついていた。
衣服は乱れ、髪には何か良く分からない緑色が絡まっていた。背中を床に合わせれば、天井に空いた大穴が空に浮かぶ太陽の光を直接採り込んでいた。

「――――――」

何か、言葉を口に出すことすらも気だるい。
何も言えない。何も言いたくない。この惨劇に対して何かを言うことの権利すらも、私には無いのだろう。
それを言う者はもう誰も居ない。ただ、私がそう思う。

「―――――――」

のそのそと起き上がる。床が埃っぽかった。良く見ると、少しばかり埃が積もっていた。
一体どれほどの間、正気を失っていたのだろう。

分からない。

「…………」

しかし、それすらも。今の日時すらも、どうでもいいと思えた。
それを基準にする必要が。日時を、時間を考えて行動する必要が。

もしかしたら。いや、きっと。もう無いのだろうから。

「…………」

何も考えず、頭を中を白色に染めたまま、バスタブにお湯を溜めた。
風呂は命の洗濯だとか、そんな爺臭いことを魔理沙が言っていたことを思い出す。
その魔理沙も、もう居ない。死んだ。
魔理沙だけじゃない。皆。皆だ。皆、死んだ。

恐らく、もう。幻想郷で生きている人間並の知能を持っているのは、私だけなのだろう。
生き残っているのは、小動物や虫が良い所だろう。それすらも、環境の激変で死んでしまう。
空っぽの世界。幻想郷は文字通り、幻となってしまったということなのか。

「………………………」

身体を洗いもせずに、湯に身体を浸けた。
風呂に入るというよりも、身体を湯通しする、ぐらいの表現の方が正しいと思える、そんな入浴だった。
髪を触ってみれば、ひどくべたついた感じがした。少し頭皮を掻き毟れば、ぼろぼろと白いものが湯に落ちる。

がりがり。ぽろぽろ。

がりがり。ぽろぽろ。

がりがり。ぽろ。がりがり。がりがり。がりがりがりがりがりがりがり。がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。

「ああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛!」

言葉にならない叫び。自傷行為と言っても良いほどに、爪で頭を掻き毟り続ける。
皆死んだ。皆だ、皆。

昨日までは……昨日じゃない。分からない。いや、いい。時間の基準などどうでもいい。
前まで一緒に居た人妖たち。その何れもが、もう居ない。私だけだ。私だけ。この幻想郷に一人ぼっち。

他には誰も居ない。もう弾幕ごっこも、異変も、お茶会も、宴会も、馬鹿騒ぎも何にもない。

管理する者も居なくなれば、何れ博麗大結界も消えてしまうだろう。そうなれば、ここはどうなる?
幻想郷はどうなる?消えるのか?表の世界に現れるのか?分からない。何一つ、これから先のことが分からない。
これならいっそ、私も皆と死ねば良かった。狂って、霊夢にでも殺されれば良かったんだ。
目の前の先はもう何も見えない。自律人形とか、魔法とか。
そんなのもうどうだっていい。真っ暗で、何も見えない。一筋の光すら入り込めないほどの闇―――――


”お前には、故郷があるだろ。家族も居る。お前の居場所はここだけじゃない。”

魔理沙の言葉が、頭をよぎった。

”私はさ、ここだけなんだ。幻想郷生まれ幻想郷育ち。ここ以外に私の居場所は無い。”

そうだ。私には、まだある。
まだ、魔界という故郷が。神綺という母が。そして、姉たちが。家族が居る。
そう思うと、救われた感じがした。嬉しかった。まだ、私に希望があったことが。
私の命は、魔理沙に救ってもらったも同じだ。あのまま霊夢の所に行けば、死んでいた。
死ぬなんて、絶対にしてはいけない。生きなければ、生き抜かなければならない。魔理沙のためにも。

そして、この手で殺した霊夢のためにも。
















思い立ってからは早かった。もとよりもうすることがそれしかないのだから、早いというのはおかしいのかもしれないが。
身体を清めて、博麗神社へと向かった。その途中、人里や色んな所を空から眺めたが、やはり誰も生きては居なかった。
何故か、幻想郷は荒れ果てていた。何やら、壮絶な戦いがあったのだろう。
博麗神社に着いてからは、原型が分かる死体……霊夢と、魔理沙と、妖夢。それから紫を埋めた。誰か生きていないかと期待したけれど、誰も彼も死んでいた。
刀傷や刺さったナイフ、焼け爛れた皮膚とその肉、そして博麗と守矢の御札。壮絶な戦いがあったことが伺える。
流石に火葬は出来なかったけど、できる限り皆一緒に埋めた。これならきっと、許してくれるだろう。

それからは、持てるだけの自分に必要なものを持って、私は幻想郷を出ることにした。
思ったよりも、私が必要としていたものは少なかった。
魔法書は別に持っていかなくても魔界にはそれ以上のものがあるし、人形は転移魔法でいくらでも呼び寄せられる。
今思えば、この転移魔法も習得には随分苦労させられた。紫からあの手この手で次元操作のコツを粘り強く聞き出すのにどれだけ苦労したか。
泥酔させたり、眠気がひどい時だったりに聞いてみたりしてものだ。
まあ、結局は弾幕勝負に勝って教えてもらったのだが。
その知識を元に、パチュリーや魔理沙と協力して魔法化させた。
それだけで一体何年かかっていたのだろう。少なくても、2年ぐらいはかかっていたと思う。
そんなことを思い出しながら、家じゅうをひっくり返す。
それでも必要なのは服ぐらいだった。適当に衣装をかばんに詰めたら、それだけで準備は終わってしまった。
思ったよりも早くて、呆気なくて、気抜けしてしまった。でも、どうしても必要なものが、まだ一つだけある。

『グリモワール・オブ・アリス』。直訳すれば『アリスの魔法書』。母が創り上げた、私専用の魔法書。
一度開けば、とてつもない力を得ることが出来る。いわば私の『最終手段』。
結局、私はこれを常に持ち歩きながらも、一度として開かなかった。開ける機会は何度でもあっただろうが、開く気はどうしても起きなかった。
これを開くということは、母に助けを乞うということになる。『人形遣い』の自分の力だけでは、戦えないということになる。
私はもう子供じゃない。母から見ればまだまだ子供だろうが、もうそんな年齢でもない。母の贈り物は嬉しいが、ありがた迷惑という事だ。
こう思えば、母のおせっかいはこれで終わったものではない。
何度も直接目の前に現れては安否確認してきたし、弾幕勝負中も、相手が自分の背後を見ているので何かなと振り向けば母が居たこともあった。
母なりの優しさなのだろう。少々しつこい気がするのだが、それもまた茶目っけがあって母らしい。

「……」

帰るのか。我が家に。故郷、魔界に。帰れば私はただのいち妖怪兼魔法使いではない。
まぁ、誰も生きては居ないのだからそちらはどうでもいいが、戻れば私は魔界神の家族ということになる。
持て囃されるだろうし、帰ってしばらくは魔界中で歓迎パーティだろう。
文明が進んでいるから、母も完全な王と言う訳ではない。政治や裁判も、最終的には母が執行するが、そんな大事はほとんど無かった
それでも。私は言ってみれば一国の主の家系ということに等しい。いや、実際には一つの『世界』の『神』だから余計にタチが悪い。
ここの生活とは、全くもって何もかも変わってしまう。そして、二度のここの暮らしは戻ってこない。
この家にも、帰ってくることは二度と無いだろう。そして、母の元でまた暮らすことになる。

あの頃に、また逆戻りしてしまう。

「いえ、そんなことは無いはずよ」

私は成長した。身体も、心も。小さくて、視野が狭くて、魔界が全てだったあの頃とは違う。
でも。私はまだ、あの時の自分に。

『グリモワール・オブ・アリス』を開いたあの日の自分に、勝てる気がしない。

ふと、思う。私は、強がっているだけじゃないのかと。
初めから用意されている力を、ただ強がって使わないだけじゃないのかと。

余計な考えだ。今は関係ない。そう思うことにして、私は誰も居なくなった幻想郷から、故郷へと帰ることにした。


















とある山の洞窟。幻想郷は荒れ果てていたが、それでもここの洞窟は崩れてはいない。
ここには、魔界へと続く入口がある。母が創った世界を繋ぐ門。それだけに、並の衝撃ではびくともしない。

「……門番が、居ない……?」

魔界に行く門には、常に『サラ』という門番が居るはずだが、居ない。
不用心に、魔界へと続く扉は半開きになっていた。向こう側から、微かに光が見える。

「まぁ、最近は幻想郷も物騒じゃなくなってたから……門番が不要になったという可能性も……無くは無いわね。」

もう一つの可能性もあるが、口に出したくは無かった。
それは妖怪がここに襲ってきて、門番が魔界に逃げ帰ったか、妖怪の群れに殺されてしまったか。

……別に、他人と言えば他人だが、一応は同じ魔界の出身だ。出来れば無事でいて欲しい。
幻想郷に来た時は、色々と教えてくれたものだ。まずは巫女と顔見知りになって襲われないようにすること。
他にも細かな知識もしっかりと教えてくれた。無事で居てくれることを願うばかり。

だが、しかし。
この小さな異常は、それだけに留まらなかった。

魔界も、誰ひとりとして人は居なかったのだ。
誰とも会えない。誰も居ない。物音はまるでせず、静まり返っていた。

かと言って、幻想郷から妖怪が襲ってきただとか、そんな感じの雰囲気でもない。
街には傷一つ付いては居ないし、死体や妖怪も転がってはいない。
……謎であった。まるで、忽然と全ての魔界に住む者たちが消えたよう。

それは魔界の中心部、母であり神でもある神綺も住む都市でも変わらない。懐かしい自分の家にも誰も居ない。
家には母に(強制的に)メイドの格好をさせられている夢子も、母も、そして居たはずの使用人たちも居ない。
家の中の全ての部屋を覗いてみるが、それでも誰も居なかった。

「……どういうことなの。」

分からないままに、アリスは最後の部屋のノブを掴んでいた。
その部屋のドアには、一つの看板が吊るされている。『アリスちゃんの部屋』。母がマジックで木に描いたものだ。懐かしい。
部屋のドアを開ける。……全て、あの時のままだった。人形たちに、ぬいぐるみ。部屋の一角の、魔法書と絵本が納めてある本棚。
ベッドの上には、母から贈られたクマの人形が横たわっていた。抱きかかえながら、一緒に良く寝たものだ。
そのクマの人形の両手には、何か紙のようなものがはさがっていた。走り書きで『アリスちゃんへ』と母が書いたであろう文字が書かれている。

「お母さん……?」

紙をクマから奪い取る。紙は折られていて、走り書きされた面の裏側に文章が書かれているようだ。
すぐに開いて、裏側の内容を見る。……そこには、ただ一文だけが書かれていた。

“魔界の地方都市『エソテリア』で待つ。”

「エソテリア……?」

確か『エソテリア』とは魔界の端にある都市名だったはずだ。
余り盛隆はしていないが、それでもある程度は都市機能が備わった周辺地域の要となる場所。
何故、母がそこで待っているかは分からない。それでも、私にはもう行くことしか選択肢は無かった。

持ってきた鞄をベッドの上に置いて、私はエソテリアに行くことにした。



















エソテリアは、燃えていた。
火の海だった。魔界人は居なかったが、その代わりと言わんばかりにあらゆる建物が燃えていた。

「っ……何なのよッ、これは!さっきから訳が分からないことばかり……!」

上空を飛んでいては黒煙が目に沁みる。とりあえずは、都市の端に降り立つことにした。
それでも、煙が凄い。まともに呼吸をするのが難しいぐらいだ。時折、煙にむせて咳き込んでしまう。
街の中心部を眺めてみるが、煙と炎で何も見ることは出来ない。だが、何かが見える。
炎より手前。……誰かが、空を飛んでいる。歪む空気ではっきりとは見えないが、誰かが居る。
段々と、それは近づいてきた。……母だ。……母が、飛んでいる。

「お母さん!?どうしてここに来るように行ったの!?いえ、それより皆は一体……」

何も答えない。黙ったまま、私の方へゆっくり近づいてくる。その顔に、何時もの笑顔は無い。怖いぐらいに、冷徹な顔をしている。

「お母さん?……まさか、お母さんまでおかしくなってるっていうの……?」

その可能性も、ある。……母が、全ての魔界人を消し、そしてこの都市を燃やしているという可能性も。
だが信じられない。母が、よりによって神の母が、そんなことに巻き込まれるはずがない。
根拠は無いが、信じていたい。そんな心境。

「……死んだ」
「お母さん?」

何かを、言った。だが建築物が燃えていく音でかき消されて、よく聞き取れない。

「死んだ」
「えっ……?」

母が死んだ、と言った。
誰が?何が?……一体何が何なのか、訳が分からない。

「死んだ。お前の母は、死んだんだ」
「お母さん、何を言って……」

母の手から、赤色の光線が放たれた。私の足元を狙った一撃。
それだけではない。次は私の脚と腕を狙ってきた。訳も分からぬまま、とにかく避ける。

「お母さん!一体何だって言うのよ!?」
「死んだと言ったんだ!お前の母はもう死んだ!ここに居るのは魔界神『神綺』!アリス・マーガトロイド!今度こそ消えてもらうわ!」

沢山の魔法弾が高速で発射される。狙いは勿論私だ。とにかく避け続ける。

「上海ッ!」

人形を呼び出す。私の背中から、上海人形が飛び出した。
魔法弾の群れをかわしつつ、母を攻撃した。殺傷力がある魔法光線ではあるが、母はおかしくなっている。
とにかく、今は痛めつけてでも母の動きを止めるしかない。

「ふん、そんな攻撃が通ると思ってるの?」

だが、効かない。魔法で出来た障壁が、魔法光線を阻んでしまう。
母の魔法の腕前は私を遥かに凌駕する。いや、魔法だけではない。
あらゆる面で、母は私よりも圧倒的に強いのだ。なんせ母は神。……真っ向からの戦いで、勝てる訳が無い。

腰に結び付けられている、魔法書が目に入る。
……これを開くしか、無い。……そうしなければ、訳も分からぬまま、母に殺される。

躊躇。
躊躇い。

……再び、この本を開くことにそういった思いがある。
この本を開けば、私は人形遣いではなくなってしまう。今まで積み上げてきた自分の能力を否定することになる。
私が、あの頃よりも全く成長していないことになる。体のいいおもちゃを与えられ、借り物の力を振るっていたあの頃と。

それでも。
開くしかない。

そうしなければ、私は死んでしまう。……私は、何故か残された。幻想郷中を包み込む大異変に、生き残った。
逆の言い方をすれば『選ばれた』と言ってもいい。なぜか、私だけは無事だった。
出来れば、この異変の正体を知りたい。いや、出来ればでは無い。必ずだ。
……そうでもしなければ、魔理沙や霊夢に申し訳が立たない。……彼女たちも、この異変を知りたかったはずだ。
訳も無く、意味も知らずに押しつけられた異変。押しつけられた死。押しつけられた理不尽。
そんなものを、理由も無しに受け取りたい者なんてどこにも居ない。いや、理由があっても受け取りたくはない。

「……異変……?」

まさか。
自分の頭に、悪魔的な発想が浮かんでしまう。恐ろしい考えだが、それしか考えられない。

異変を起こした者。首謀者。元凶。

それが、異変に巻き込まれて死ぬはずが無い。

生き残って居る者。……目の前に居る。

まさか。

まさか。

まさか。

「お母さん……いや、神綺ッ!あなたが異変を起こしたの!?」
「……ふざけるなッ!何を寝惚けたことを!お前のせいだッ!アリス・マーガトロイド!全てお前がいけないんだ!
お前さえ居なければ、全ては終わるというのに!」
「質問に答えなさいっ!」「黙れッ!死ね!死んで消えろ!」

神綺の魔法による攻撃が更に密度を増していく。
これ以上は、避けきれない。

……違うと、思いたかった。

でも、それしかない。異変の首謀者。生き残った奴。

自分の母親。……魔界神、神綺。

それが異変の元凶であるならば、私だけを異変に巻き込まなかったとしても不思議ではない。
言動におかしな所はあるが、それもこんなことをしでかすのだから、当たり前かもしれない。

母は、狂っている。……そして、皆を狂わせた。





許せない。

「『Grimoire of Alice』ッ!」

魔法書に結ばれたリボンを引き千切り、魔法書を開いた。魔法書の開いたページから、五色の鮮やかな光が溢れてくる。

開いたページの魔法を、とにかく詠唱する。もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
理不尽過ぎる。どうして、いきなりこんなことになってしまったのか。
分からない。だが、分からなくても受け入れるしかない。

母が、この異変を起こしたのだということを。

「『赤の魔法』!」

目の前に描かれた六芒星から、豪炎が噴き出す。大量の魔法弾を打ち消しながら、神綺を燃やしていく。
あっけない。神綺は強いはずなのに。この本を持つと、私の方が強く感じてしまう。

「『青の魔法』!」

氷と水が、六芒星の中から新たに現れる。前面を覆い尽くす炎を巻き込みながら、急速に気化していく。

爆発。気化爆発した炎と水と、氷が神綺を吹き飛ばす。だが死なない。……神綺は、奴はこんなものじゃ倒れない。

「『紫の魔法』!」
「ふっ……ふざけるなアリス・マーガトロイド!私は神よ!神にたかが一生物が逆らうな!大人しく死ねッ!」
「そっちこそふざけないで!皆を殺したその所業は決して許せない!なにが神よ!
神だから皆を好き勝手に殺しても良いと言うの!?


そんな神、私が認めないわ!」

打ち放たれるレーザーが神綺を何度も撃ち抜いては焼き払っていく。
奴は怒り狂ったような顔をしながら、反撃を試みるがまるで届かない。私の目の前に広がる六芒星が、全てを防ぎきる。
一方的な攻撃。だが、まるで心は痛まなかった。こいつを殺すまでは、私は何をしてもまるで罪の意識を感じないだろうと、頭の隅で思った。

「『緑の魔法』!」
「やめろォ!やめろアリス・マーガトロイド!お前はいつだってそう!なんで私を!なんでそうやって!」
「意味が分かんないのよ!あなたみたいな狂人に付き合ってる暇は無い!」

多数のばら撒いた弾が退路を塞ぎ、ホーミングするレーザーが何度も何度も、神綺を攻撃し続ける。
もはや奴に原型は見えない。黒く焦げたような、なにかの塊が必死にもがいているように見える。

「これで最後よ『黄の魔法』ッ!」

黄色の太いレーザーが、神綺だったものを、幾度となく破壊し尽くしていく。
もはや、憎しみだけだった。奴に対する憎しみで、頭がいっぱいだった。
やがて、ばらばらと黒い塊が散らばっていっても、それを何度もレーザーで焼いた。
焼いて。焼いて。焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて。焼き続けて。
この世界に、神綺という存在すらも無くしてやる程に、チリになるまで焼き続けた。

「死ねッ!死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!お前がッ!お前さえ居なければッ!
皆平和だった!何で!何でこんな事をしたのよッ!」

既に声も届かない相手に向かって、文句を叫び続けた。
叫んで、叫んで。声が枯れるまで、魔力が切れて攻撃出来なくなるまで。

それでも飽き足らずに、奴の灰を踏み散らした。舞い上がり、風に混じっていくそれら一つ一つを憎みきった。

…………一人に、なった。

「ハッ、ハッ、ハッ……ハァッハアッ……」

残ったのは、虚しさだけだった。
何もかも、御終いだ。……もう、この世界には私一人しか居ない。
……これから、どうしよう。なんとなしに、それだけ考えた。

認めたくない。

浮かび上がるのは、そんな思い。
こんな結末、認めたくはない。

否。

認めるものか。

「絶対に……認めない」

全部、突然すぎる。
何もかもが、理不尽で、卑怯で、嫌らしい。

まるで、何かが。
私の目には見えない何かが、この結末を嘲笑っているかのよう。

変えて見せる。こんな結末にならないように、私が全部、変えてみせる。
そのためになら、何だってやってみせる。人形遣いで無くたっていい。
全てを変えるためになら、私の存在意義すらも無くなったって構わない。

そうだ。神になろう。

時すらも超える神になって、やり直すんだ。

この、馬鹿みたいな結末を。



























何千年と、経った。姿も、変わり果ててしまった。重ねた苦労のために、髪の色はいつしか金から、色を失った白になった。
身体も幾分か大きくなった。自分の服は着られなくなって、代わりに神綺の服を着るようになった。
別に服など着なくてもいいかもしれないが、最低限の文化的な生活は送りたい。
そして、そんな生活の中で無限の如き魔法書を読み漁り、あらゆる力を身につけた。
世界の理を知り、世界を、時間を捻じ曲げるための魔法を創りあげる。

「奇跡を起こすのよ。有り得ない事を起こすのよ。」

そう、呟き続けた。魔界にあるありとあらゆる魔法を知り。
ありとあらゆる知識を手に入れた。そして、あの日へと戻るために研鑽を続けた。
長く、苦しい道のりであった。それでも、少しずつその道を進んでいった。
無限の如き理論と魔法の組み合わせ。あらゆる方面から世界への介入を試み続ける。
失敗など数え切れない程した。何回も命を落としかけたが、それでも諦めはしなかった。
皆と、また会いたかった。魔理沙と、笑い合いたかった。霊夢に、謝りたかった。
そして、異変など起こらないようにしたかった。もはや執念。自覚していた。
自覚していたが、それがどうした。良いじゃない。皆とまた会いたい。
会って、宴会をしたい。そうして、酔っぱらってこの苦労を皆に話して。
『お前は何を言っているんだ』と馬鹿にされて、私をそれで笑うんだ。
そんな痛々しい妄想すらも、研究の活力にした。
諦めなずに続ければ、きっと叶う。きっと、私は皆にまた会える。
時の流れすらも、もはや私にとっては関係の無い事。
時間は無限にある。いつまでも、いつまでも。
魔界という、不変の世界が永遠に私を支え続けた。
そうして、私はついに完成させた。

過去へと至る魔法を。
時を遡り、そして運命を捻じ曲げる秘術を。
『グリモワール・オブ・アリス』。私のために創られた魔法書の力を媒介として。
皮肉にも、異変の首謀者が創りあげたものが、異変を解決する手段となった。
だが、そんな細かいことはもうどうでもいい。あの日に戻って、全てを無かったことにする。
神綺。奴を、異変を起こす前に殺す。母だろうが、そんなことは関係ない。
必要な事だ。あの日のために死んだ皆を救うためには、あんな狂ってしまった神など、殺しても惜しくない。
何重にも組み交わされた魔法陣の中心に立ち『グリモワール・オブ・アリス』を開きながら、唱える。
あの日に戻るための呪文を。あの日を、無かったことにするための呪文を。





























「お母さん……いや、神綺ッ!あなたが異変を起こしたの!?」
「……は?」
「質問に答えなさいっ!」
「な、何が……起こっているの……?」

私は、気がつけば目の前の自分に攻撃をしていた。
無数の魔力弾を撒き散らして、あの日の自分に攻撃をしていた。
自分の姿を見下ろしてみる。赤い衣。後頭部から髪を掴んで見てみると、その色を金色でなく、色を失った白だった。

間違いない。私は『神綺』と全く同じ姿をしている。……そして、目の前のアリス・マーガトロイドは、私を異変の首謀者と……!

「『Grimoire of Alice』ッ!」
「ま、まさか……違う?間違えたとでも言うの……タイミングを……」

目の前の自分が魔法書に結ばれたリボンを引き千切る。魔法書の開いたページから、五色の鮮やかな光が溢れてきた。

「ま、待って!違う!違うのよ!」
「『赤の魔法』!」

炎に包まれる。身体を、熱と痛みが包み込んでいく。

「『青の魔法』!」

爆発。気化爆発した炎と水と氷が身体を揉みくちゃにする。だが死ねない。果てしない時を過ごした私は、こんなものじゃ死ぬことも出来ない。

「『紫の魔法』!」
「ふっ……ふざけないで!私は、この過去を変えるために……!」

全て遅い。私はもう、異変が起こった後の時間に来てしまっていた。

「そっちこそふざけないで!皆を殺したその所業は決して許せない!なにが神よ!
神だから皆を好き勝手に殺しても良いと言うの!?そんな神、私が認めないわ!」

打ち放たれるレーザーが私を何度も撃ち抜いては焼き払う。痛い。痛い。なんで。どうして。

「『緑の魔法』!」
「やめて!やめてアリス・マーガトロイド!違うのよ!私がやったんじゃない!」
「意味が分かんないのよ!あなたみたいな狂人に付き合ってる暇は無い!」

多数のばら撒いた弾が私の退路を塞ぐ。ホーミングするレーザーが何度も何度も、私の身体を貫いていく。
必死にもがいて、足掻いたが何も出来ない。このまま、殺される。嫌だ。嫌だ。
何で。どうして。私は、こんなことになるために今まで頑張って来たんじゃない。
過去を変えるために来たんだ。痛めつけられるために来たんじゃない。

「これで最後よ『黄の魔法』ッ!」
「待っ……」

黄色の太いレーザーが、私の視界を覆い尽くした。



























「……?」

生きている。
気がつけば、また私は誰一人居ない、魔界に居た。
理由は分からない。だが、生きていた。

何故?何故、送られた時間がずれてしまったのか?
再び研究を重ねた。すぐに、原因は分かった。

グリモワール・オブ・アリスだ。

グリモワール・オブ・アリスは過去にもある。
過去のあれが発動した瞬間に、時間を巻き戻す魔法が影響されて、完全に発動できない。
過去のグリモワール・オブ・アリスを発動した時間の前後に、戻る時間が指定されてしまう。
すぐに分かった。分かったから、どうすればいいか考えた。

「過去の発動したグリモワール・オブ・アリスを破壊する」

そうしてから、再びその場で魔法陣を作り、過去へと飛ぶ。それならばグリモワール・オブ・アリスに影響はされないはず。
再び、過去へと飛んだ。今度こそは、成功させてみせる。
























「『Grimoire of Alice』ッ!」
「その魔法書をこっちに渡しなさい!そうすれば、全て解決するわ!」

目の前の自分が魔法書に結ばれたリボンを引き千切る。魔法書の開いたページから、五色の鮮やかな光が溢れてきた。

「『赤の魔法』!」
「ちょ、待って!話を聞いて!」

聞く耳を持たれない。炎に包まれる。身体を、熱と痛みが包み込んでいく。

「『青の魔法』!」
「だから待ちな……」

爆発。気化爆発した炎と水と氷が身体を揉みくちゃにする。だが死ねない。さっきも死ななかったのだから。

「『紫の魔法』!」
「ふっ……ふざけないでよ!それを破壊すれば、全てが済むのよ!」
「そっちこそふざけないで!皆を殺したその所業は決して許せない!なにが神よ!
神だから皆を好き勝手に殺しても良いと言うの!?そんな神、私が認めないわ!」
「話を聞きなさないよ!」

打ち放たれるレーザーが私を何度も撃ち抜いては焼き払う。痛い。痛い。なんで。どうして。

「『緑の魔法』!」
「やめて!やめてアリス・マーガトロイド!」
「意味が分かんないのよ!あなたみたいな狂人に付き合ってる暇は無い!」

多数のばら撒いた弾が私の退路を塞ぐ。ホーミングするレーザーが何度も何度も、私の身体を貫いていく。
必死にもがいて、足掻いたが何も出来ない。このまま、殺される。何で話を聞いてくれない。
何で。どうして。私は、過去を変えるために来たのに。

「これで最後よ『黄の魔法』ッ!」
「待っ……」

黄色の太いレーザーが、私の視界を覆い尽くした。












「……」

また、戻ってきていた。
理由は分からない。何でかは知らないけど、私は死ぬと、ここに戻ってくるようだ。

「一体どうすれば良いの……」

また、長い間考えた。考えて、結論を出した。

「わざと、あの時間よりも遅くに時間移動する」

私自身が、怒りで我を失っている間にグリモワール・オブ・アリスを破壊する。
それから、ちょっと怖いから過去の自分から離れて、魔法陣を組んで過去に飛ぶ。
これなら完璧。死ぬことは無いはず。
















「死ねッ!死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!お前がッ!お前さえ居なければッ!
皆平和だった!何で!何でこんな事をしたのよッ!」
「違う……やったの私じゃない……」

死体をばらっばらになるまで焼き切っても飽き足らずに、過去の自分は私の死体の灰を踏み散らしていた。目が血走っていて怖い。
当のグリモワール・オブ・アリスは地面に捨てられていた。今ならば、気づかれずにあれを破壊できる。

「ハッ、ハッ、ハッ……ハァッハアッ……」
「……えいっ」

魔法光線を発射。魔法書が燃えて、消える。

「絶対に……認めない」

こうして、過去の自分を見ていると感慨深いものがある。
この時から、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
分からないけど、この時の自分の誓いが無くして今の自分は無い。
とりあえず暖かく見守って、その場を後にすることにした。


















「『Grimoire of Alice』ッ!」
「えっ」

目の前の自分が魔法書に結ばれたリボンを引き千切る。魔法書の開いたページから、五色の鮮やかな光が溢れてきた。
なんでだ。どうしてだ。どうしてここなんだ。

「『赤の魔法』!」
「ちょ、待っ……」

聞く耳を持たれない。炎に包まれる。身体を、熱と痛みが包み込んでいく。

「『青の魔法』!」
「だから待ちな……」

爆発。気化爆発した炎と水と氷が身体を揉みくちゃにする。だが死ねない。もう知ってる。

「『紫の魔法』!」
「また殺されるのか……」

反撃も考えてみたけれど、無理だった。もう、身体に力が入らない。
打ち放たれるレーザーが私を何度も撃ち抜いては焼き払う。痛い。痛い。畜生。

「『緑の魔法』!」
「……」
「意味が分かんないのよ!あなたみたいな狂人に付き合ってる暇は無い!」

私何も言ってない。何も言ってないのに。なんで意味が分からないのよ。あなたが意味分からないわよ。
多数のばら撒いた弾が私の退路を塞ぐ。ホーミングするレーザーが何度も何度も、私の身体を貫いていく。
必死にもがいて、足掻いたが何も出来ない。このまま、殺される。
何で。どうして。私は一体どうすれば過去に戻れるの?

「これで最後よ『黄の魔法』ッ!」
「……」

黄色の太いレーザーが、私の視界を覆い尽くした。















「どこのゴールド・エクスペリエンス・レクイエムよ……」

また戻る。今度は自分自身が魔法書を発動する前だ。
その前に、何とか魔法書の発動をやめさせてみよう。











「お母さん……いや、神綺ッ!あなたが異変を起こしたの!?」
「違う。私じゃない。お願いだから私の話を聞いて。」
「黙れッ!死ね!死んで消えろ!」

聞く耳無し。駄目だこれは。話をしてくれない。

「『Grimoire of Alice』ッ!」

魔法書に結ばれたリボンを引き千切り、魔法書を開いた。魔法書の開いたページから、五色の鮮やかな光が溢れてくる。

以下省略。また、殺された。
















あれから、何度やっても結末は変わらない。
死んで、戻って。また死んで。

その内、過去の自分自身を恨むようになった。
あの時、自分があんなに感情に身を任せた行動を取らなければ。
少しは、目の前の私の話を聞いていてくれたら。
『自分』という名をした、あの日のアリス・マーガトロイドを私は恨むようになっていた。

そして、また始める。自分自身を止めるに過去に戻り、自分自身に殺されてしまうのだ。
いつしか、私の『止める』は『殺す』に変わっていた。














「お母さん?……まさか、お母さんまでおかしくなってるっていうの……?」
「……死んだ」
「お母さん?」
「死んだ」
「えっ……?」
「死んだ。お前の母は、死んだんだ」
「お母さん、何を言って……」

奴を狙って、赤色の魔法光線を照射する。余りにも怒り狂っているせいか、狙いが逸れて足元を撃ってしまう。

「お母さん!一体何だって言うのよ!?」
「死んだと言ったんだ!お前の母はもう死んだ!ここに居るのは魔界神『神綺』!アリス・マーガトロイド!今度こそ消えてもらうわ!」

沢山の魔法弾が高速で発射する。狙いは勿論私自身だ。だが『私』はそれらを避け続ける。

「上海ッ!」

『私』が人形を呼び出す。『私』の背中から、上海人形が飛び出した。
魔法弾の群れをかわしつつ、私を攻撃してきた。殺傷力がある魔法光線。。

「ふん、そんな攻撃が通ると思ってるの?」

魔法で出来た障壁を展開して、あちらの魔法光線を阻む。
あらゆる面で、私は『私』よりも圧倒的に強いのだ。なんせ私は神。……真っ向からの戦いで、負ける訳が無い。
……なのに。なんで。なんで、私は勝てないんだ。

「……異変……?」

気付いてしまう。『私』が、魔法書を開いてしまうのだ。

「お母さん……いや、神綺ッ!あなたが異変を起こしたの!?」
「……ふざけるなッ!何を寝惚けたことを!お前のせいだッ!アリス・マーガトロイド!全てお前がいけないんだ!
お前さえ居なければ、全ては終わるというのに!」
「質問に答えなさいっ!」「黙れッ!死ね!死んで消えろ!」

魔法による攻撃の更に密度を増していく。
殺す。殺す。『私』を殺して私は過去へと戻るんだ。

「『Grimoire of Alice』ッ!」

魔法書に結ばれたリボンを引き千切り、『私』が魔法書を開いた。魔法書の開いたページから、五色の鮮やかな光が溢れてくる。

開いたページの魔法を『私』が詠唱する。もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
理不尽過ぎる。どうして、いつもこんなことになってしまうのか。
分からない。だが、分からなくても受け入れるしかない。
私は、いつまでも。ここで二の足を踏み続けるしかない。

「『赤の魔法』!」

『私』の目の前に描かれた六芒星から、豪炎が噴き出す。大量の魔法弾を打ち消しながら、私を燃やしていく。
あっけない。私は強いはずなのに。あの本を持たれると『私』の方が強くなってしまう。

「『青の魔法』!」

氷と水が、六芒星の中から新たに現れる。前面を覆い尽くす炎を巻き込みながら、急速に気化していく。

爆発。気化爆発した炎と水と、氷が神綺を吹き飛ばす。だが死なない。死なないことを、知っているのだから。

「『紫の魔法』!」
「ふっ……ふざけるなアリス・マーガトロイド!私は神よ!神にたかが一生物が逆らうな!大人しく死ねッ!」
「そっちこそふざけないで!皆を殺したその所業は決して許せない!なにが神よ!
神だから皆を好き勝手に殺しても良いと言うの!?そんな神、私が認めないわ!」

打ち放たれるレーザーが私を何度も撃ち抜いては焼き払っていく。
私は怒り狂いながら、反撃を試みるがまるで届かない。『私』の目の前に広がる六芒星が、全てを防ぎきる。
一方的な攻撃。身体にもはや、痛みは感じなかった。『私』に殺されるまでは、私は何をされてもまるで痛みを感じないだろうと、頭の隅で思った。

「『緑の魔法』!」
「やめろォ!やめろアリス・マーガトロイド!お前はいつだってそう!なんで私を!なんでそうやって!」
「意味が分かんないのよ!あなたみたいな狂人に付き合ってる暇は無い!」

多数のばら撒いた弾が私の退路を塞ぎ、ホーミングするレーザーが何度も何度も、私を攻撃し続ける。
私は必死にもがいたが、それを嘲笑うかのように次々とレーザーが私を焼いていく。

「これで最後よ『黄の魔法』ッ!」

ああ。
またか。

私の視界を、黄色が覆い尽くした。














「……出てきなさい、アリス・マーガトロイド。自分だけの世界で人形劇を繰り返す哀れな女。」

アリスが倒した神綺の身体は、プラスティックで出来ていた。その背には幾本もの糸が垂れている。
燃えたプラスティックが異臭を放つ。

「どうしてなのかしら。私は何度繰り返しても、貴女に勝つことが出来ない。解るのならばご教授願えるかしら、アリス・マーガトロイド。『人形の』人形操り師さん?」

世界の上に覆い被された青の天幕は無くなり、そこには髪の色素を失った、長い白髪を持つアリス・マーガトロイドが居た。
疲れたような顔をしながら、金髪の可愛らしい人形を右手のみで巧みに操り、言葉を紡がせる。

「簡単な話よ。もう遊びは終わりってこと。ここでいくら世界を救おうとしても無駄なのよ。
過去のあなた自身に、ここに来るために神を殺した自分自身に神のあなたは勝てない。殺されてここに逆戻りするだけ」

自分の手を見つめれば、球体関節が何個も集まり、右手を形作っている。
余り洗練されていない、不恰好な……『安っぽい』手であった。ごつい球体関節が、人形の造形を著しく損なわせている。

「その『あなた』というのは誰?」

右手から伸びる糸を引っ張り、人形を宙吊りにする。劇は終わった。
だから、役者は操り師に吹き込まれた命を失い、ただの人形になる。

そうなる、はずだった。神綺の描いた、アリスの描いたシナリオでは、とっくにまた神綺だけの世界になっているのだから。

「あなたはあなたよ、アリス。ここに居る、ただ一人にして無限のアリス・マーガトロイドのことよ。」

私は空を飛び創造主の下へと飛んだ。布と裁縫で出来た箱庭から飛び出し、現実の世界へ顔を覗かせる。

「何を言って……」

人形はずっと上を見上げていた。
それに釣られるように、吸い寄せられるように、アリスは空を見上げた。
空には、一本の線が引かれている。……いや、違う。線ではない、糸であった。
アリスは自らの背を見ようとした。首と頭の辺りの"何か"が上から引っ張られるような感覚。
不気味な違和感と緊張が背を走る。首がゆっくりと震えながら動いていく。"動かす"のではない。"動いて"いる。
不自由な動きから視界に映る背には、自らの右腕と同じ糸が上から垂れていた。
その糸を追って空高くを見上げると。

その糸を追わされて空高くを見上げさせられると。

そこには、遥か無限に続くかのような空を見上げる巨大な自分が居た。
その自分もまた、更に大きな自分を見上げていた。まるでマトリョーシカの如く、遥か無限に私は続いていた。
私は視線を人形に移そうとした。
だが、身体が動かない。まるで金縛りにでもあったが如く、身体が動かない。…………?
手先だけが。糸を操る手先だけが、私の身体のなかで唯一動かせた。
手先を動かすと、それにつられるように、身体も動いた。空から伸びる糸が私の身体を無造作にひっぱって、私の身体は重力を無視して宙吊りになる。
落ち着いて左手に繋がれた人形を地に立たせると、私の身体は再び両の足で地面に降りた。

私の視線を動かすと、私の左手には、燃えてしまったはずの神綺人形がまた新たに繋がれていた。糸を引っ張れば、自分の身体が吊りあげられる。

右手を左腕の側に、ゆっくりと近づけると、目の前の何もない空間にアリス・マーガトロイドが現れた。
その姿は変わり果て、世界の神となった今の姿ではなく、かつての金色の髪を持つただのアリス・マーガトロイドだ。
口を開閉させる糸を引けば、アリス・マーガトロイドは当然のように言葉を紡いだ。

「無限に積み上げ続けた結果創られた、人形の連鎖。私は、いや私たちはアリス・マーガトロイドなのか?」

左手の指を引き、白髪の人形に空を見上げさせる。私は空から伸びる糸に引かれて空を見上げた。
空には私と、アリスが居た。姿の違う二人のアリス・マーガトロイドが向かい合っていた。

「私とは何か?アリス・マーガトロイドとは何か?私たちは無限に創られ続けたアリスの一人。
自我はあるけど、それが自己の肯定にはならない。自らの頭上高くに存在する自分自身が、自らの指に繋がれた自分自身がそれを否定する」
「でもアリス、あなたは。あなたは操られてはいるけど、操ってはいない。あなたは神綺という自己に否定されながら、アリスという自分に肯定されている」
「アリスは神綺であり、アリスは無限に続く。その論理は始めから破綻している。まあ、提示条件から既に矛盾しているのだけどね。」

収まりどころのない循環論理。
私はアリスであり、アリスは神綺であり、神綺は私なのだ。その逆も然り。

「きっと着眼点が違っているのよ。何がアリスだとか、私は誰だとか。そういうことじゃないと思うわ。
大事なのは、私がここから出るにはどうすればいいかということ」

と、言ってもそう簡単な話ではない。問題と現状の繋がりが分からなければ、関係を理解できなければ、因果関係を導き出すことはできない。

「上も下も私だらけ。いえ、上とは何?下とは何?頭上に無限が広がっていれば、手元にも無限が繋がっている。
何処を基準に上下と言うのかしら。際限が無ければ基準もない。
xの中心はxを2で割る事でしか算出出来ないもの。xの値が無ければ答えは永久に解けないわ。」
「あなたは、私を悩ませたいの?」
「まあ、狂言回しは割と好きよ。だって私は役者だもの。人形劇にもキャストはあるわ。
みぃーんなアリス人形の劇なんて、面白くもなんともない。丁度、さっきまでの下らない茶番の事よ。
アリスが居て、妖怪が居て、人間が居て……あー、後は何かもう沢山居て、それらが生み出すドラマを操るのが人形遣いでしょう?」
「答えになってないわね。」
「答えが欲しいの?そんなもの、ずっとあなたの手に繋がっているじゃない」

私の手には、人形と繋がる糸。
これが答え?私の答えだと?
私の存在自体を『これ』だと表現するか。

「ふざけるな!木偶人形!」

左手を動かして繋がる神綺人形を動かした。怒りにまかせた操作だからか、酷く不器用な動きだ。
その不器用な動きで、私はアリス・マーガトロイドに接近する。そして、右手でそれの首元を握りこんだ。
右手の制御を失い、立つことすら出来ないアリス・マーガトロイドは抵抗すらも許されない。
関節があちらこちらに倒れこんだ奇妙な体勢のまま、首を締め付けられる。

「私が人形だっただと!?わたしが、今貴様のように、何かに操られ服従する存在だっただと!?ふざけるな!」
「うッ……」
「創造手の手から自ら離れ!己の持つ絶対の力を制限し、新たな力を学び!そして愛する者を得た私が人形だと!?」

右手にかかる力が、アリス・マーガトロイドの首をへし折った。木製の首は骨と肉でできたそれよりも数段壊し易い。
右手を離し、操ってみれば喋らないものの、動きはした。据わってない首が間抜けな動きをする。

「さっさと死ねよ!どうして私に皆を助けにいかせてくれない!どうして私はお前如きに負け続ける!?糞っ!こんなもの!」

右手に繋がる人形を足下にまで釣り動かし、そして踏み潰した。
球体関節が負荷に負け、へし折れていく感覚を足の裏で感じる。苛々する感情が晴れていくかのような爽やかな気分に包まれる。
そして、目の前のアリス・マーガトロイドを見れば。

果てしないほどの空高くから降ってきた巨人の足が、彼女をぐちゃぐちゃにしていた。
赤い液体が足と、彼女の間から溢れてくる。まるでジューサーか何かに体液を絞り出されているかのようだ。
そのうち液体の流出が止まり、白いものと奇妙な色をしたものたちが顔を覗かせた。
その光景から目を背けるように視線を足下にやれば、そこには血溜まりが出来ていた。
頭上に広がる果てしない総てのアリス・マーガトロイドの躰から圧搾された血液が、溜まっていた。

何処かも分からない彼方から、続々と赤が押し寄せてくる。まるで津波だ。その波の後ろには、更なる高さの赤色が待ち構えていた。
更にその先にも……まるで、天井のない赤い壁が押し寄せてくるようだ。
生命の色を持つ赤は、まるで御伽噺のお終いの、カーテンコールに似たようだった。
下らない、意味もない三文小説を押し潰すかのような、頭上から降り注ぐ赤の垂幕。

「木偶人形はあなたもでしょう?グリモワール・オブ・アリスに『操り』『操られる』神綺人形」

先に赤に包まれて、その木製の身体を砕かれるアリス人形が『私』を嘲笑っていた。―――ような、気がした。
『私』は、最後に鉄のような鈍いものを味覚で捉え、気を失った。

赤い。真っ赤だ。真っ赤な海。私の世界は無くなった。

あるのは真っ赤なだけの海。世界は赤に包まれている。赤に、降ろされた赤の幕に支配されている。

そう、赤だ。赤?赤って?赤って何?

赤は赤だ。赤色の赤。赤は赤だから赤。目の前にあるのが赤。
赤色の赤は赤だから赤だ。赤は何があろうと赤。
赤に染まれば赤くなる。赤は赤に染められたのだから赤色になるだろう。
赤は支配する。世界を、赤に支配する。もう、他の色は入り込めない。私すらもが赤になる。赤い赤色をしている赤の私。
赤が世界の全て。降りた天幕は、赤に世界を包み込む。
だから世界はきっと、一面の赤なのだろう。赤。赤赤赤。

赤赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤赤赤赤赤 赤赤赤赤 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤 赤 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤 赤赤
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赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤

赤。
朱。
丹。
緋。
紅。

赤銅の血。
朱に染まった視界。
牡丹色の海。
緋想の世界。

紅白の、彼女。

博麗、霊夢。

世界に、赤だけの世界に一滴の白が混じる。

純白の白。不変の白。無垢な白。
赤の世界を、清浄な白が洗い流していく。白が、広がっていく
赤い血を、白が綺麗にしていく。嗚呼、なんて綺麗な白なんだろう。
ここには何もない。まっさらな世界だ。
だから。

だったら。

なんだって、出来る。

世界の赤が、空へと追いやられていく。

どうにでも、変えられる。

終わってしまった世界に、新たなる始まりの色を塗る。その色は。

陰陽。白と黒。

ーーーー黒?

そうだった。白には正反対の黒がついて回る。

目出度い紅白だけじゃなく、落ち着いた白黒を忘れちゃいけない。

「そうだ」

「わたしは、すきだった」

「あなたたちに、みんなに、こいをしていた」

「わたしは、あやつられてなんかいない」

「わたしは、いきている」

「いま、ここにいる。」

「だから、わたしは」

「わたしのしたいように、する」

「わたしは、あなたたちを……」

「救ってみせる」

赤と、白と。
橙と黄と緑と青と藍と紫と。

完全なる調和の、八色の色。

「私は間違えてた」

そして、白以外の全てを混ぜこんだ、黒。完全を超えるキーの、九つ目の色。

「私は神なんて大層な肩書きは持ってない。魔界神でも、神綺でもない」

白も、黒も。
私に足りない色。
でも、足すことは出来る。

「そうよ、私は人形遣い。それ以上でも以下でもない」

私に足りない色でも、皆がいれば、一緒に描けば表現出来る。

「私は神を否定した。だから私は、神を名乗る自分には勝てない」

腕に結びついた、背中に繋がれた糸を、引き千切った。

「神を騙って皆を助けるなんて、私自身が絶対に許さない。だったら、私は人形遣いとして、過去を救ってみせる。
それならば、私を遮る時の矛盾は無い。……ただ、逆になる。神綺が私を倒すんじゃない。
私が、神綺を倒す必要がある。本を開かず、私自身の実力で。」

もう、私は操られない。運命にも、世界にも、結末にも輪廻にも。
救いようの無い過去も、どうしようも無い未来も、何も無い今も。

逆だ。

私が、操ってみせるのだ。

私は神綺じゃない。私はアリスだ。アリス・マーガトロイドだ。
私は世界を創る力も無ければ、友すらも護れなかった。
私と神はイコールではない。だから、私は。

引き千切った糸は、世界へと繋がっていく。
繋がれた糸は、世界を塗りつぶしていく。

白色の世界に、あのときの色を。
あのときの記憶を。
あのときの幻想を。

8と1で、私と∞を描いていく。

完全なる神なんて、現実にはどこにもいやしない。
どんな天才最強でも、仲間が、友が、恋人が要る。個は全足り得ないのだ。一はどうやっても一でしかない。しかし二なら、三なら。

それ以上の力を、皆で共有出来る。
全員で、一つ以上になれる。

「行くのね」

描いていく世界の後ろには、赤と、青と、紫と、緑と、黄色の五色のクレヨンで描かれた世界があった。
そこで、小さな私が笑っていた。
昔々の、そのまた昔。私が子供だった時の、私がそこにいた。

「私に勝てなくてもいいの?私に頼らなくていいの?」
「馬鹿にしないで。あなたなんて、今の私なら片手で十分だわ」
「そっか」

小さな背中の後ろには、沢山の世界の残滓が広がっていた。
散らばる幾多ものアリス人形が。幾つもの、神綺人形の破片たちが。そして、その中心に佇むのはあの日の自分。
両手に抱えているのは『グリモワール・オブ・アリス』。神の力を虚構の世界で超越する業が描かれたただの絵本。
こんなものに頼る必要はない。私は、人形遣いとしての力だけで、結末を変える。
こんなものが彼女にとっての宝物だった。わたしにとっての宝物だった。

「もう、偽りの世界で変えられない結末を繰り返すのは十分だわ。私は本当の世界に行く。
絵本に描かれた神の力じゃ、現実は変えられないもの。変えるには、私自身の力じゃないと。」

『グリモワール・オブ・アリス』をあの時の私から手渡される。懐かしい皮の感触。

「行ってらっしゃい。もう二度とこっちに来ることも無いだろうね。」
「ええ。さようなら。」

最後の別れを告げる。自ら自身の、幼き心と。母の創った魔法書に頼る自分自身と。
絵本の中に描かれていた、無限の力に憧れ恋焦がれていた自分と。

そうしてから、虹色と白黒が、五つの原色で描かれた世界すらも飲み込んだ。

仮初めの神の力をもたらすワンダーランドは、無くなった。

そして世界は、あの時の色を取り戻す。
悪夢の中で身体となっていた神綺の身体は消えて。
人形劇の中でしか持てない、神の力も消えて。

最後の仕上げに、持つ『グリモワール・オブ・アリス』を燃やした。
神の力をもたらす最強の魔法書は、簡単な火炎魔法で消えてしまう。やはり所詮は絵本に描かれた神の力だ。

こうして私は『人形遣い』になった。
私の中の神の力は消えて、離れて、あの日の悪意、異変の元凶になる。

さあ、始まりだ。

『アリス・マーガトロイドと愉快な仲間たちseason2』

第一話『自作自演の大決戦』

キャストは一期から続役。
但し神綺(アリス)。てめーはだめだ。





















―魔界地方都市『エソテリア』―

「……私は、いまここに居る」
「だからどうした」

目の前を見る。

見つけた。

終わりを思わせる、赤い天幕をそのまま衣装にしたような服を纏い、輝く無色の髪を束ねた偶像の神。

ずっと探していた。この異変の元凶。全ての、結末の元凶。
奴こそが、私の最後の敵。この過去を変えるための障壁。それは、神の力を頼っていた愚かな自分自身。あの姿にまで成り果ててしまった自分自身。
人形遣いでなかった、さっきまでの自分自身。愚かなループを繰り返し続けた自分自身
ずっと幻影を倒してきた。殺してきた。自分自身の腕で、演じていた自分自身を。
でも、それは奴じゃない。奴の描いた虚像に過ぎない。

「お前こそが私の執着心。神になって、皆を救いたいと考える愚かな私自身。神になろうと、それが現実でない以上それはなんの意味もないのにね。」

絵本の中の神の力を頼ろうと、その力が遂行出来るのは絵本の中だけの話。
現実を変えるならば、私自身の、『人形遣い』の力を以て、絵本の中の神を打ち倒す必要がある。
神の力を頼り無様なループを繰り返すあいつを倒す必要がある。そうしてから、真に過去へと戻ることが出来る。

『彼女たち』のように上手く、異変解決出来るかどうかは分からない。私は、弱い。
だけど、私は人形操り師だ。

断じて、神綺に操られる人形では、ない。

そして、あんな絵に描かれたような、下らない唾棄すべき神の力も持っていないし、使う気もない。

「『アリス・マーガトロイド』が私を倒す?無理よ。『神綺』の私にあなたが勝てるとでも?
勝つには、本を開くしかない。そして、御伽噺の中で神になるしかない」
「お話の中だけでなら、誰だって全知全能究極完全態の神になれる。だけど私はただの人形遣いでいい。
そこらへんの読み物にごろごろいるテンプレ登場人物の一例でいい。なぜなら」

右腕を高く挙げる。そして、振り下ろす。神綺に、神の力に囚われている私自身に。
突き付けるは天を指す中指。糞喰らえの神に対する最大最高の『ファック・ユー』。

「御伽噺でその一例が、神を倒すのは実によくあることだからよ」

中指を折りたたむ。異次元と繋がっている糸が、その中から人形を引き寄せた。
奴の背後に現れ、そして密着する人形。

「ふざけっ……」

糸を断ち切る隙も、避ける隙すらも与えるつもりはない。瞬間、爆散させる。

"BOMB!"

「まだよ。この程度で、神がくたばるはずはない」
「そうだ!私がこんな爆発程度d」

間髪入れずに次を入れる。動く隙すらも与えるつもりはない。
奴が視界の黒煙を振り払う。目の前に居るのはレミングスの如く盲進する小さな人形。
人形内部に繋がる糸を千切れば、幾多もの光が花火のように広がり、弾ける。
連鎖する爆発が再び奴を包み込む。どうせ、火薬程度でくたばるはずはない。炸薬を幾ら多くしても、そこは神だ。
この程度では大して効きもしない。だったら、今は次の手のために時間を稼ぐ。

「このっ……」

爆発の中から、半透明の円球に包まれた奴が出てきた。爆発はまだ続いているが、それを全く気にもせず、ずんずんと進んでくる。
自らの周囲に無敵バリアーでも張ったようだ。なるほど、これでは爆発は効かない。
いや、それどころかもうほとんど何も効かないのだろう。なんせ最強設定を騙る神だから。

「これが神の力、絶対結界よ。私の周りに小さな世界を創った。この世界は私が支配している。私が許可したもの以外は、どんなものも入れない。」

目が眩むような痛々しい最強設定だ。ネーミングセンスもイカしてない。魔法障壁と素直に言えばいいのに。

「残念だけど、そういうのは関係ないのよ」

新たな人形を呼び寄せる。これは体積が大きいから、呼び寄せるのに時間が掛かってしまう。今までの爆発は、そのための時間稼ぎに過ぎない。

「神が最強設定なら、それ以上の力を以って圧倒するのみよ」

人形が持っているものは、ただの一振りの武器に過ぎない。それ以上でも以下でもなく、ただの人間や動物程度なら殺せるだろうが、妖怪や実体の無い幽霊には恐らく効かないもの。

だが。
奴は『神』という定義を持っている。
ならば『神殺し』という定義を持つこれで、攻撃できないわけがない。

「そんなものが私に効くとでも?私は神だ。神がその下位存在である『物』に攻撃されるだと?」

武器を持つ、人間サイズの人形が大きく振りかぶり、それを障壁にぶつけた。
それだけで、まるで豆腐かなにかのように、あっさりと絶対なんとかのバリアは切り裂かれた。
唖然とする神の目の前には、唸りを上げる『チェーンソー』。
神は確かに最強だ。だが、物語世界の中には、それすらも一閃の下に粉々にする武器がある。
それが、例え偶然の仕様だったとしても。お話の中の神よりも上位存在の手違いの産物だとしても。

がッ。ガリッ。ガガ、ギィゥウウィーーン。

『ジェイソーン』

「あああああ゛あ゛あ゛あ゛い゛た゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!」

神の体に傷をつけたそれは、少しずつ肉を、筋繊維を引き千切りながら奥へ奥へと進み始める。そのうち刃が血脈を捉えたのか、勢いよく赤が噴きあがった。
生命の色を持つ赤い体液が、千切れ飛び散る肉片と共に奴自身の赤い服に付着し、服を更に赤くしていく。
こうなればもう止まらない。骨までを穿ち始めた。ぎりぎりという音と共に、骨を少しずつ削り切っていく。
ぎりぎり。ぎり、ぎり。がりがりがりがり。
うぃぃぃーーーーん。
電動鋸の唸る音と、骨が削られる音とのミスマッチなコラボレーションだ

切断面には赤い泡のようなものができている。あれは骨の中にある髄液と血液が混ざったものだろうか。
そしてついには、切断面の半分を削り切ってしまった。折り返し地点へと到達する鋸。止まらない。ぎりぎり。

「なん゛て゛ぇぇぇぇ!?と゛う゛し゛て゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛!」

血を無造作にばら撒きながら、進撃を続ける鋸。段々と断ち切られる部位の方が、重力に負けて垂れ下がり始める。湾曲する切断面。グジュグジュと、熟れた果実を摩り下ろすかのように、血が切断面から溢れてくる。上向きに噴き出していたはずの血液は、いつしか下へ下へ下がり滾々と滝のように溢れていた。そしてついには、チェーンソーは皮一枚までに到達してしまう。
切り裂かれた方の肉は重力に従ってぶら下がり『ぶちっ』という、皮が千切れるような音を立てて地面に落ちた。最後にはチェーンソーに引き裂かれることなく、自ら離れてしまった。

そうして、右腕の肘上を、刈り取った。

切断面からは、骨と、その周りを覆う繊維と、荒々しく削られた均一されたピンクの色をした肉が見える。
だくだく、だくだく。血が溢れていた。あれで神とは。笑わせてくれる。なかなか良い喜劇だ。

「ゆるさ゛ない!ゆるさ゛ないぃぃいいい゛い゛い゛!コ゛ロス゛!ころし゛てやるぅううう!」

奴の背中から、純白の如き翼が展開される。その枚数は6つ。
その翼が羽ばたくと、辺りに風が吹き荒れる。奴はほぼ無意味だが、空を飛んだ。

「あまり強い言葉を使うんじゃないわ。弱く見えるわよ」

威勢の良い言葉を吐くが、実際奴の力はかなり薄れているはずだ。
生えた翼も、飛行も苦し紛れだろう。無くなった分の力を、ただ自らを大きく見せ、飛ぶことによって見上げさせて誤魔化しているだけ。
今なら分かる。神だろうとなんだろうと。私が知覚出来る以上は、所詮その程度なのだ。私と同じ次元の相手でしかない。

「第二幕といきましょう。現れなさい『紅夜に嗤う悪魔たち』」
『ウー☆』
『死ぬがよい』

何千年、何万年。
どれほど経ったかも分からない時間を生きてきた。
そのほとんどは、無駄で無為な、時間の繰り返し。

でも、そのおかげで積み上げてこられたものがある。

恥ずかしい話だが。私は寂しかった。
だから、その寂しさを紛らわすために。無数の、人形を造った。幻想郷に生きていた、美しい少女たちの人形を。
そして、この二つはその中でも強い二人。
お互いに寄り添うように、翼の生えた二つの人形が私の背後から飛び出していく。

「人形ごときで私がや゛られる゛か゛ああ゛あ゛あ゛!」

奴の腕の一振りで、その延長線上の全てが光となって消えていく。
光を紙一重で、いやもしくは惹きつけてかわした人形の一つが、槍を持ち紅い光を纏わせて投擲する。

「ふ゛さ゛ける゛なよ゛!こんな゛玩具でェ゛!」

奴はミニスケールの槍を素手で握りつぶす。が、その掴みこんだ腕の中から、光が収まらない。
いや、それどころか、より強い光を腕の中から溢れさせる。
紅い光が、奴の痛みと、怒りと、私に対する憎しみを持つ醜い顔を照らす。

「学習しないのね。その槍の名を知らないのかしら?」

スピア・ザ・グングニル。

狙ったものを『必ず貫く』能力を持つ長槍。
本物かどうかは問題ではない。『名』を冠していることが重要なのだから。

「ぐげぇ゛ッ!」

槍は紅き光を纏いながら、奴の握り込んだ左腕を貫通して、更に翼の一つを貫いて消える。
貫かれた翼に残る紅い光が、電光のように弾けている。その光すらもが、奴の身体を傷つけ苛んでいく。

「そしてもう一つは『害を為す魔法の杖』。その姿は杖とも、槍とも、剣とも言われているわ」

言い終わる頃には、四つに増えたもう一つの人形が、それぞれ思い思いの攻撃を加えていた。
一人は杖を持ち、その先から豪炎を噴き出させて奴の身体を焼く。
もう二人は、振るう剣を紅い炎で煌めかせ、奴の両脚を断ち切った。斬られた部位が炎に呑みこまれ、消える。

最後の一人は、槍を肩に担いだ。いつの間にか、もう一つの人形に戻っている槍をちらと見、にこりと笑う。
同時に槍が放たれる。一つは紅い光を、もう一つは紅い炎を尾に引きながら、奴へと猛突する。

「オ゛アア゛ア゛アア゛ア゛!」

もはや言葉としての体裁も保てていない叫び声があがる。奴の腹部と、翼の一つをそれぞれが貫いた。
2つの翼が、血を撒き散らし紅く染まる。他の翼は、それに呼応するかのように黒く染まっていく。
そのまま、黒く染まった翼から、黒い弾幕が生み出された。遠慮も加減も無い、全力のばらまき弾。

「弾幕勝負の真似事かしら?悪いけど、今はそういう気分じゃない」

二体の人形を戻し、新たな人形を前に出す。

「『魔に堕ちながらも清い聖人』」
『ナムサーン』

金の髪に紫のグラデーションをかけた長髪の聖人が、奴の前に現れた。
奴が母ならば、『神綺』ならば見知った姿であるはずだが、正気を失っているのか目もくれない。
やはり奴は違う。今さら分かりきっているが、あの姿すらも偽物だ。
私自身の持つ神のイメージ、その最たるものが母であるため、私は神を騙る時にあの姿になっていたのだろう。

と、いうことは。

『お前の母は死んだ。ここに居るのは魔界神神綺だ。』

つまり……どういうことなの……?

「分からないわ。考えるのは後ね。『魔神復誦』」

聖人の背から山吹色に輝く4つの翼が生まれる。そして、そこから無限の如き後光が溢れだした。
偽りの神の力が、本物の神の力に対抗する。目の前に広がる、神の力を模倣した技が、神の力と互いを喰らいあう。
もし、相手が全力だったなら、間違いなく贋作に勝ち目は無かった。しかし、だが。既に一対の翼を失い、本体も傷だらけ。
本来の力など出せるはずもない。次第に偽りの力が、神の力を呑みこみ、追い詰めていく。

「――――――!!!」

もはや叫びにすらならない、奴の声。一発の弾が、奴の翼の端を掠めた。崩れるバランス。連鎖するように、奴の身体に弾が当たり続ける。
当たれば当たるほどに、動きは粗雑になっていく。被弾率はそれに比例するかのように上がっていく。
当然のように被弾するようになってからは、回避を諦めたのか人形へと直進を始めた。
襲い来る無数の弾を、自らの力と身で受け止め、傷付きながらも、前進を続けるその様は狂気の一言。

「『超人聖白蓮』」

力の放出をやめる人形。同時に被弾しなくなった奴の速さが段違いに上がる。
肉薄する奴に向かって、人形は両手をかざすように突き出した。その身体が、先ほどの翼と同様の光で包み込まれる。

「ォ゛!―ォ゛ォ―!―Gッ゛!―」

猛突する血濡れの神を、人形はその二本の腕で受け止めた。そのまま掴みあげる。
両肩を掴んだその手には、血が滲んでいた。途轍もない握力が、肩の骨を砕き指を肉の中に陥没させている。

「G……GA―――ッ゛!」

ハンマー投げの要領で振り回し、そして投げる。
いや、投げるというよりは、入り込んだ指が掴む肉が遠心力に耐えきれなくなり、身体から千切れたためにぶっ飛んだと言う方が正しいのだろう。
まるで弾丸のように飛んだ奴は、建物の一つに激突し、上半身のみが壁面にめり込んだ。壁の周囲にヒビが出来る。

「『太陽を生み出す烏』」
『ウニューン』

両手に肩肉を持つ人形を下げ、黒翼を持つ人形を喚び出した。腕に備え付けられた砲は既にエネルギーの充填を終えており、放つのみとなっている。

「火力が物足りないわね。『普通の魔砲使い』『派手好きの地味な魔女』」
『ダゼー』
「地味って言うな」

いやにはっきりした声と共に、我が同志たちの人形を召喚する。

どちらもド派手好きの馬火力好き。当社人形比1.5倍。うまグレイズ製法(相手が)。どこのスーパーカップだ。

「『ニュークリアフュージョン』
『ファイナルマスタースパーク』
『ロイヤルフレア:喘息良好仕様』」

「AG……ーーーーーー」

科学と魔法が交差する三つの熱光線が相乗しあいながら、もがく奴を壁ごと焼き尽くす。
その壁も融解し、中の金属で出来た骨組みが見える。それすらも蒸発するほどの熱線が奴を包み込んで逃さない。
叫びさえもが、極焔の中で消えているのだろう、バーナーから炎が噴き出すような音以外は何も聞こえない。

いい加減、もう終わりになるだろうか。私はまだまだ余裕はあるが、あちらがもう持たない。

右腕を削り斬り、両足を切断し、腹に大穴を開け、翼の二本をぶっ潰した。おまけに今、カリカリに焼いている。
満身創痍も良いとこだ。あと一、二手もあれば王手だろう。

「まだ生きてるなら返事しなさい。次は電車と金閣寺の天井をその燃焼系脱水式の身体にプレゼントしてあげるわ。」
「ーーーーーーーーーーー」

返事はない。なんだ。神と言っても、所詮はその程度だったのか。
私の、勝ちだ。魔法書は発動していない。今から、過去に遡れば大丈夫だ。

「ふざけるな……なんで……なんで神の力では……」
「私が神を否定したからよ。神の力なんて、私が要らないと判断したからよ。」
「嫌だ……私は……私は!お前なんて認めない!なんで神の力じゃ、神綺の力じゃ駄目で、人形遣いなら良いのよ!
死ねッ!お前は神を甘く見過ぎだ!」

奴の身体が、瞬時に再生する。……息は切れ切れだが、まだ再生する程度の体力はあるようだ。
奴の右腕が、私の首を掴んだ。ぎしぎしと締め付ける。……さっきと、同じ。

「あなたこそ、人形遣いを甘く見過ぎよ。死になさい。」

アリスは、爆発した。






繰り返す。アリスは、爆発した。

「え」

神の力を頼る『神綺』はその爆発に直接巻き込まれた。
再生させた四肢が、再び吹っ飛ぶ。達磨状態になっても、唖然としたまま、アリスが爆発した所を呆けて見ていた。

「アリスちゃあああああん!そんな!アリスちゃんが爆発しちゃうだなんて!」

そして物影から突然、神綺がもう一人飛び出してきた。四肢が吹き飛んだ神綺がそれを茫然と見つめる。

「そんな!アリスちゃんはそりゃあ爆発的にかわいいけれどまさか本当に爆発しちゃうだなんて!」
「いや、無いから。今まであなたたちが私だと思ってたの本当は人形だっただけだから。それよりお母さん。どうして生きてるの?」
「そりゃお母さんだもの。お母さんはアリスちゃんが生きている限り決して死なないわ!」

だから今まで現れなかったのか。そしてあのエソテリアで待つって一体……

「あの時のエソテリアで待つって……」
「私のコスプレしてるアリスちゃんが突然現れたから教えてあげようと」
「……もういいわ。分かったから、今ちょっと黙ってて。こいつ殺す」

私と、お母さんの足下には、お母さんの姿をした私が居る。

「ふっ、ふっ、ふざけるなぁっ!私を何だと思ってる!」
「未だに『グリモワール・オブ・アリス』の力に頼るクソガキ」
「アリスちゃんが『私は新世界の神になる』って中二病に目覚めた結果生まれたもう一人の僕」
「おかあさん黙ってって言ったでしょう」「ごめんなさーい」

上海人形を喚び出して、レーザーで焼き払った。苦しみながら、何か下らぬことを口走る。

「認めない……私は認めないわよ……こんな結末!
幻想郷中の人外という人外を、全員操って、狂わせて異変を起こして!
何度でも、過去に戻るように繰り返させっ」
「やっぱり異変の元凶はお前か」

脚の裏で、焼け縮む愚者を踏みつぶした。靴の踵の裏で、ぐりぐりとなじる。

「あの……おかあさん。もしかして……」
「ずっと見てた♪」
「やっぱり……」

私が苦労して。何度も過去に戻って。何度も死んで。それが、私のデモンストレーションで。
そして今、人形遣いとして、ここに戻ってくるまでの間、ずっと見られてた。
何千年と。……何というか、親馬鹿ここに極まれりとでも言いたい。

「一応聞いておくけど、皆は?魔界に住んでる皆は?」
「皆、時を止めて別の創った世界に保管してるけど?」
「……けっこう、中々アバウトなことするのね……お母さん。早速だけど、ちょっと行ってくるわ。
また過去に戻って、異変が起こる前に色々やらないと。あ、でも魔法書がもう……」

グリモワール・オブ・アリスが無ければ過去に移動することは出来ない。
お母さんは笑いながら、困る私に語りかけてきた。

「アリスちゃんは本当に長い間、生きてきた。それこそ時すらも、死すらも越える程に。
それでもアリスちゃんは、自分の力で、人形遣いとして頑張るのね?
神様の力を、本当は持っているというのに。それを無いものとして。消してしまっていいの?」

問い。……確かに、あの年月は私に、創生の力をもたらしてくれた。でも、それは嘘っぱちの力だ。
私は人形遣い。私は『創る』んじゃなくて『造る』のが私の人形遣いとしてのアイデンティティー。

「あんなの、私の力じゃないわ。お母さんのくれた本の力も借りたし、それに神になったとしても、皆を見殺しにした過去を許容することなんて出来ない。
今から起こる異変を無かったことにするために、私はここに戻ってきたんだもの。
神の力でこの過去を変えるということは、今から起こる異変を、惨劇を私が許容するということだわ。」
「そんなに強い娘になって……お母さん嬉しいわ!そうよね、アリスちゃんは人形遣いだものね。
でも、お母さんにもね、そんな成長した娘に良いとこ見せたい時があるのよ。」

私の足下に、魔法陣が浮かび上がる。
そこに描かれているのは、時間移動の魔法陣。しかも、私の作ったものよりも、数段洗練されている。
これなら、魔法書の力を借りる必要も無い。やはり、母は私よりも数段上だ。所詮、あんな偽物の神の力じゃあ、お母さんには敵わない。

「お母さんの作った特製の魔法陣よ。今から、十分だけ前の幻想郷に送ってあげる。行ってらっしゃいアリスちゃん。」
「お母さん、ありがとう。……でも、もう一つ頼みたいことがあるのだけれど。」
「教えて頂戴アリスちゃん!お母さんアリスちゃんの言うことなら何でも聞いてあげるわ!」

私はお母さんに耳打ちをした。この異変を終わらせるための、最後の落とし前。
それをつけるために、必要な『ある物』を用意してもらうように。

「勿論大丈夫よ!任せて頂戴アリスちゃん!」
「ありがとう、お母さん。全部終わったら、またこっちに来るわ。」

お母さんの姿が、段々と薄れていく。魔法陣が発動して、過去へと飛んでいるんだ。
お母さんの声が、徐々に聞こえづらくなってくる。最後に何か呟いたような気がした後に、私の意識は、過去へと飛んだ。

「……アリスちゃんは、本当に強いわね。……私には、この力を捨てる勇気なんて、無かったもの。」




























「紫ィィィィイイ!!」
「ファッ!?」

マヨヒガ内のどこかにある、八雲家。
そこに突然、絨毯爆撃が仕掛けられた。
空から墜ちる大量の爆発人形。すやすやと心地良く寝ていた紫は、目を白黒させながら跳ね起きた。

「く、空襲よ藍!急いで防空壕に!……いえ、まずは防災ずきんよ!」
「落ちついて下さい紫様。……あの、アリスさん?何の御用ですかね?
色々と突っ込みたいことはあるのですが。……まぁ、この際何も言いません。疲れますから。」
「今すぐ人里の人間全てを博麗神社に送り込みなさい。もうすぐ大異変が起こるわ。
内容は人間以外の全てが狂って、人間に襲いかかる事。その異変から人間を護りたい。」

アリスはすらすらと内容だけを簡潔に述べた。
当然、そんなことを突然言われてはい分かりましたと答えられるはずもない。

「ソースは?」

紫は眠そうに眉を擦りながら言った。
ふわぁ。欠伸が大妖怪の威厳を台無しにする。

「何よソースって。今はそんな調味料の話をしている場合じゃないのよ?」
「紫様、ネットスラングはお止めください。つまりは『その根拠は?』ということです。」
「私が起こすからよ」
「!?」

訳の分らぬ奇妙な発言に紫の眠気が一瞬で覚める。
あわてて口元を扇子で隠すが、色々と手遅れであることは言うまでも無い。

「……何が目的なのかしら。そして、あなたがそれを起こせるだけの力があるとは思えませんわ」
「―――――……哀れね」

紫の顔が、扇子に隠されても明らかに分かるぐらいに歪む。哀れである。

「…………まぁ、それに見合うだけの対価を差し出せば、私もその要求を呑むことは吝かではありませんわ。何か、対価は?」
「酒よ。浴びる程の酒。ざっと十トン程。日本酒、焼酎、ウィスキー、ワイン選り取り見取り。勿論、本当よ。
嘘だったらあなたの式になってもいい」

紫はしばらく考えて、要求を呑むことにした。別に人間が文句言っても私に責任無いし。
それだけの酒も魅力的だし、この人形遣いを式にするのも面白い。
メリットは大有りだ。紫は即断で了承した。

「…………終ったわ。」
「それじゃ、私を博麗神社に移して頂戴。後、人間で妖怪と戦える人材も出来るだけ欲しい。
適当に見繕って博麗神社に送って。説明は私がするから。」
「……アリスさん。あなたは何がしたいのですか?
話を理解は出来ますが、まるで貴女の意図が分からない。」

藍が訝しげに質問するのと、紫がアリスの足下にスキマを作るのはほぼ同時だった。

「全部、終わったら話してあげるわ。首を長くして待ってなさい。」

アリスは、微笑みながら紫の家を後にした。
降り立つ場所は、博麗神社。

「あれ、私何でここに……?」
「お嬢様、お紅茶で……す?」

「いぃいいまはぁぁあああ!むかしぃぃいいいのぉおおお!バ!ビ!ロ!ニ!アァァアアア!きょだいぃぃいいなぁぁあああけんがぁぁぁあてっんっをつぅううう……あれ?」

「ん?あれ、どうして皆居るんだ?」
「成程。異変解決人勢揃いってわけね。」

アリスが博麗神社に降り立った時には、既に全員が揃っていた。
手に包丁を持った妖夢、手に紅茶の入ったカップを持った咲夜、何故か歌っている早苗。
そして、博麗神社に居る霊夢と魔理沙。
そして、その後ろには何事かと呆けている人里の住民たち。

「皆、聞いて!もうすぐ、大異変が起こるわ!」
『えっ』

皆、訳が分からない。まるでいきなり『地球が滅亡する』とでも言われたかのよう。
まぁ当然ではある。

「ちょ、ちょっと待てアリス。まるで意味が分からんぞ」

魔理沙が慌てて駆け寄るが、アリスは魔理沙を抱き止めながら話を続けた。

「ああ魔理沙!やっと会えたわ!魔理沙大好き!それで話の続きよ!
今すぐ霊夢は結界を張って!出来るだけ強固な奴をね!」
「ちょ、アリスお前何を……」
「キマシタワー?」
「キマシタワー」

取り巻きや里の住民が何やら話すがそんなことはアリスに関係ない。
魔理沙を全身で逃がさないように抑えつけながら、霊夢の返答を待つ。

「ま、まぁ……私もなんか悪い予感してたし、いいわよ。でも……アリス?なんかあんたおかしいわよ?」
「私はいつも通りよ。そう。全くもっていつも通り。」
「そ、そう。それなら、良い……のよ?」

博麗神社の周りに結界を張っていく霊夢。
それをアリスが魔理沙を抱きかかえながら見つめている。
一方人里の住民はアリスと魔理沙を眺めながら、幻想郷で女の子同士の恋愛が蔓延っている実態を目の当たりにしていた。

「ア、アリス……照れるぜ、離してくれ///」

しかし、魔理沙も満更ではない。

「さて、そろそろね……」
「おおーっとここでアリスさんと魔理沙さんの恋愛現場発見&激写!」

飛んで火に入る烏天狗が登場する。アリスは即座に人形で取り囲み、身動きが取れないように糸で縛り上げた。

「えっちょっなにこれやめてまさか私を犯すんですかエロ同人みたいに!人里の皆さんで慰み者にするんですか!」
「黙ってなさい」「ひぎぃ!そんなにきつく縛らないで下さい!幻想郷の!幻想郷伝説ブン屋の翼が傷つきm…………」

突然、文の様子が豹変した。目の輝きは消えて、虚ろな表情をしたまま、ジタバタと暴れ始めた。

「異変が始まったわよ。これから、妖怪とかの人外全部が襲いかかってくるわ」
「……それで、どうれば元に戻るのよ。訳が分かんないわ。」

アリスは、文の背中に繋がっている一本の糸を摘んだ。アリスが使用している、不可視の透明な、魔法の糸。
それが空から伸びて、文の背中に繋がってたいた。アリスが、それを千切ると文は再び目に輝きを取り戻した。

「ハッ、まさか今の感触は睡眠薬!私を監禁して……あれ?」
「文、今から言うことを良く聞きなさい。そして皆も!良い!?
妖怪とかの背中には、見えないけれど糸が繋がっているわ。それを切断すればみんな正気に戻る!
だから、妖怪本体を狙わずに、その上を狙って!……まぁ、やたらめったら空に攻撃すれば、当たる程には来ると思うけれどね。」
「……アリスさん。」

ロボットソングを熱唱していた早苗が、恥の感情など知ったことかと言わんばかりに早苗に話しかける。

「その糸って……アリスさんの使っているのと同じですよね。……今は聞きません。
でも後で、教えてくださいね。何が起こっているのかを。」
「ええ。勿論よ」

アリスは人形を無数に出現させて、襲い来る妖怪たちに備えた。
咲夜は、何故だかは分からないがとりあえずナイフを準備した。
魔理沙は訳も分からぬまま、アリスに抱きつかれている。
早苗は、なにやら腕に角ばったものを装備していた。もう片方にはカードを握っている。やめろ。神を召喚するんじゃない。
そして霊夢は、やれやれといった感じで、お札と針を用意した。結界はとっくに張られている。そして、その結界を無数の妖怪が取り囲んでいた。


















異変は終わった。
倍々ゲーム的に、正気な妖怪と、そうでない妖怪の比率の差は広がっていき、最後にやっと寝床から抜けだした紫をしばき倒して終わった。
数匹の妖精などが死んだものの、どうせしばらくすれば復活する。有って無いような被害だ。

「さて、アリスさん。……紫さんが、あなたが異変を起こしたと言っています。何故、このような異変を起こしたのです?
一歩間違えれば、大災害が起こっていてもおかしくなかった。」

腕に装着された盤に白いカードを三枚、茶色のカードを一枚並べて満足げな早苗が、全ての人妖の意を代弁した。
その背後には、冷気を纏う三つ首の龍が三体、そして悪魔のような風貌をしたモンスターが居た。発言次第では、それらが一斉に襲いかかることになる。

「簡単な話よ。……大宴会を、開こうと思って。ほら、鬼もやったじゃない。皆を強制的に集めて、そうして宴会を開かせる。
それと一緒よ。ここには、丁度今幻想郷中の人妖が集まってるわ。紫、約束のお酒よ」

アリスが空に腕を掲げた。掲げた腕の指から、盛大に乾いた音が鳴り響く。それは指を鳴らす音。
それと同時に、アリスの目の前に山のようにお酒が出現した。ビンに樽に桶に升に。無数の酒が、人妖の前にいきなり出現した。
『やられた』。そう紫が思った頃には、既にお酒は無数の妖怪たちの餌食になっていた。中には人さえもが、妖怪の中に割り入って酒を手にする。

「さて、魔理沙。どうやら、神社の様子を見るに今日は宴会だったみたいね。奇しくもそれを盛り上げる結果になったけど、どうして私に教えてくれなかったの?」
「い、いやだってアリスの家には留守って看板が……」
「あら、私が留守の看板を掛けてる時は居留守って知ってるのよね?」
「ど、どうしてそれを……」
「さあこっちに来なさい。今日は魔理沙が『アリスが大好きです』と酔いに任せて白状するまで飲みに呑ませてあげるわよ。」
「まっ、待ってくれ!そんな、酷いぜアリス!あ、あっ、うわっやめろ!一升ビン一気はやめろオオオオォォォァアアアアアアアア!!!!!1111」

今日も、幻想郷は平和である。
SINKI is God.
ALICE is not God.

滑り込みギリギリアウトだけどすいません、許してください!何でもしますから!

追記:産廃SSこんぺって分類に書き忘れました
更に追記:加奈子→神奈子



初投稿でした。誰だか予想するまでもなく正体不明なのは確定的に明らか。
前までは違う所で東方以外のを書いてたんですが、連載ができずに逃げ出してここに流れつきました。
これからはそそわ、夜伽、産廃問わず色んなジャンルの短編という名の大作をちょこちょこ投稿していこうと思っています。
逃げ出してエターナるまで、どうか皆さんよろしくお願いします。

作品的には、もう少し練り込めたと思っています。主に霊夢に救いを与えてやりたかった。
最終日の時点でアリスが人形遣いでいいやってなるまでしか書ききれなかったのでこうなっちゃいました。締め切り怖い。
書き加えられるならしてやりたい。
こんな拙作に皆さんの多大な評価を貰えてうれしいばかりです。次のやつはそそわに出す予定なので、よろしければ見てやってください。


では諸君、サラバダー!(申し訳程度のホモ向け要素)
魔界神綺タクマシイナーw
作品情報
作品集:
5
投稿日時:
2012/11/25 17:05:50
更新日時:
2012/12/17 00:59:29
評価:
10/19
POINT:
1140
Rate:
12.94
分類
産廃SSこんぺ
簡易匿名評価
投稿パスワード
POINT
0. 190点 匿名評価 投稿数: 7
1. 100 名無し ■2012/11/27 07:43:33
Go is not God

ギャグとシリアスが良い感じでアクセルシンクロしてて面白いと思った(コナミ)
3. 100 名無し ■2012/11/27 20:51:17
一から自分の都合で物事を作る『クリエイター』ではなく、既存のパーツを組み合わせて傑作を生み出す『ビルダー』となった技巧派魔法使いのお話でした。

登場人物が厨二病を発症して、異変解決人達の散り際やラストバトルが最終回のノリだったのは、これが『創られた』物語だったからなのか……。

正解を得るために膨大な経験を積んだにもかかわらず、神にクラスチェンジをせず、只の恋する人形遣いを選んだアリスであった。

Alice Is ∀

最後は宴会で、東方のテンプレ通りのハッピーエンド!!
4. 90 名無し ■2012/11/28 11:13:47
やっぱ俺沢山酷いことや惨い目に遭わされてるの好きだけど、最後にはハッピーエンドになってるのが一番だわ。
5. 80 名無し ■2012/11/28 21:17:34
入り組んだ作品ですね。
序盤の主人公組におけるエピソードが、最後のアリスに繋がっているのがとても上手いと思いました(特に早苗の神問答)

ただ、霊夢の扱いだけ気になりました。このハッピーエンドは、彼女にとって本当にハッピーだったのかなと。
ああやって内面を丁寧に掘り下げてしまったので、ほんの僅かでもいいからラストで彼女の苦悩を汲み取ってやって欲しかったなと思いました。再会を果たしたアリスの目も魔理沙に向いてますし。
完全欝エンドならこれで全然構わないのですけれど。
6. 90 名無し ■2012/11/29 02:57:55
なんてめいわくな話だろう…アリスの一人立ちのためにこうもめちゃくちゃになるとは。操り手を楽しませるのも人形の義務か。

非常に長大な話なので感想も部分的になってしまうのですが、一番印象にm残ったのはデスループを越えた後の抽象的世界描写が真に迫ってくるシーン。ぶっちぎりでこの部分が素晴らしい。絵の具をたらしたかのようなどろりとした赤色が、次には果てから瀑布のように降り注ぐのが視覚的に思い描ける。映像化してみてみたいくらいです。
11. 100 名無し ■2012/12/02 19:49:09
なるほど最高の自作自演でした、個人的には……最高です!
12. 100 名無し ■2012/12/03 11:31:41
上手い・・・
自信無くした
東方ss短編の中じゃ最高かも
13. フリーレス 名無し ■2012/12/03 11:45:45
この作品は最後まで読んで欲しい
物語作りのテクニックがしっかり使われてる
14. 100 名無し ■2012/12/08 18:52:19
アリスちゃんが笑顔で終われてハピハピハッピー
16. 90 名無し ■2012/12/15 06:00:11
うまくいえないけど、すごくつくりこまれてると思う
長くてちょっとダレちゃったけど、それはどちらかと言うと私が悪い
17. 100 名無し ■2012/12/15 10:04:51
これは素晴らしい自作自演。
18. フリーレス 名無し ■2012/12/17 01:17:09
大型新人たまげたなぁ…
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