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『おかえりと言わせて』 作者: 智弘

おかえりと言わせて

作品集: 7 投稿日時: 2013/03/21 14:27:27 更新日時: 2013/03/21 23:27:27 評価: 8/11 POINT: 890 Rate: 15.25
 いらっしゃいませ。お客様。本日は何をお求めでしょう。
 おや、おや。これはこれは。
 なんとも可愛らしいお嬢さん方だ。妖精がここに来るとは珍しい。
 お客様、お二人でいらっしゃったのですか。誰に連れられることもなく。ご自身だけで?
 それはそれは。本当に、珍しいこともございますな。



 表の看板をご覧になったと?
 ははぁ、なるほど。さようでございますか。それでわたくしの店に。確かに、仰るとおりでございます。

 『妖怪、妖精のご注文も承ります』

 看板の文句に嘘偽りはございません。
 残念なことにこのご時世でありながら、妖怪や妖精を恐れ、毛嫌いする商人も少なくはありません。ですが、この店ではそんな愚かな真似はいたしません。そういった選り好みはわたくしの信条に反するのです。
 ですから、どうぞ、お客様。このわたくしに、なんなりとお申し付けくださいませ。
 あなたのお望みの品を、必ずやご用意して差し上げますよ。



 今日はサニーの日だから? プレゼントを?
 ええ、ええ、わかりますとも。
 つまり、今日はそのご友人の記念日なのでしょう。そして、お嬢さん方はそのごいっしょにお住まいというご友人に贈り物がしたい、と。
 なんと、なんと情に厚いお嬢さん方だ。気ままに漂うばかりが妖精の能だと思っておりましたが、これほど素晴らしい親愛の情を胸に抱けるとは、いやはやまったく、これは考えを改めねばなりません。
 ああ、失礼いたしました。いえ、もちろんわたくしはお客様によって対応を変えるような莫迦な真似はいたしません。先ほど申し上げたのは、わたくし個人の価値観のお話なのです。ですが、そのわたくしの見方を矯めたのは他ならぬお客様でございます。
 あなた方への感謝と敬意の証として、今回のお代は受け取らないことにいたしましょう。



 ええ、お客様。わたくし、嘘は決して申しません。
 この店で販売している家具や雑貨には、失礼ながらお嬢さん方ではとても手の届かないほど高価なものもございますが、お望みならすべて無償でご提供いたします。
 さあさあ、心行くまで品を吟味し、ご友人を満足させる贈り物を見定めましょう。 ああ、そうでした。お名前をうかがってもよろしいですかな。贈り物にはメッセージカードが付き物でしょう? 贈られた方も、誰に感謝するべきか分かった方が気持ちいいというものです。
 ふむ、ルナチャイルド様。それに、スターサファイア様ですね。承知いたしました。後程、メッセージカードをお作りいたします。
 さて、では品々をご覧になってくださいませ。
 こちらの椅子はいかがですか。すわり心地は至上のもの。それに背もたれが見惚れるほど美しい弧を描いているでしょう。この曲線があなたを余すところなく受け入れてくれるのです。
 それとも、ブレスレットがよろしいでしょうか。意匠をこらした文様は身に着けた者の自尊心をそっとくすぐってくれますよ。それに、ご友人もお客様のようにきめの細かい肌をしていらっしゃるのでしょうね。その蝋のように艶のある白い手首には、もちろんお似合いでございましょう。
 その敷物でございますか? お目が高い。それは幼獣の皮をなめしたもので作られているのです。手触りは抜群。コルクウールの複雑な繊維にも劣らない一級の品でございます。ご友人と同居されているなら、このお買い物はお客様にとっても得というものでしょう。



 おや。どうされました、お客様。
 あちらの、ルナチャイルド様のように数ある品々をよくご覧になられないのですか。もっと、お手に取って見定めるおつもりはありませんか。どうか、ご遠慮なさらず。あれやこれや触れて回ると、よろしいかと思われますが。
 気になることがあると?
 スターサファイア様。ならば、どうしてわたくしにお聞きにならないのです。この店で知らないことなどわたくしには何一つございません。なんといっても、わたくしはこの店のあらゆる業務を一手に担っているのですからね。
 ええ、ええ、販売から品の作成、店の清掃から材料調達までわたくし一人で行っております。今、ルナチャイルド様のお目を喜ばせている洋装の衣服も、わたくしが手ずから縫ったものでございます。
 ですから、お客様。なにか心に引っかかることがあるのであれば、どうぞ打ち明けてごらんなさい。わたくしがそのしこりを拭い去って差し上げますよ。



 そこら中に生き物がいる?
 お客様。申し訳ございません。わたくしにはお客様が何を仰りたいのか、まるで見当がつきません。生き物がいるとは、つまりわたくしとお客様方のことでしょうか。
 違いますか? 違いますか。ほう、虫か何かがそこらに入り込んでいると? 品質の管理は大丈夫なのかと?
 なぜ、そのようなことを仰るのですか、お客様。お客様にはわたくしとは別のものが見えているのでございましょうか。
 ほう、ほほう。なんと、まあ。スターサファイア様には周囲の生き物の存在を察知する力があるのですか。
 なるほど、なるほど。納得がゆきました。わたくし、すべて理解できました。

 素晴らしい才でございます、お客様。

 わたくしが品々に込めたきらめきを、そのまるい目で感じることができるのですから。
 このようなお客様をお招きできるとは、光栄でございます。身に余る栄誉でございます。今日はなんと素晴らしい日でございましょうか。太陽も一等に晴れ渡っているようでありませんか。



 どうされました、お客様。
 そちらは出口。お帰りにはまだ早い。お客様は何もご注文をされていないではありませんか。
 それに、お客様方にその扉は重すぎるでしょう。
 ああ、ご無理はなさらないように。ルナチャイルド様。スターサファイア様。その体に傷がついては困ります。せっかくの贈り物も傷んでいては、ご友人が悲しみますよ。
 どうか、どうか、お気を確かに。とにかく落ち着くことです。
 何をそんなに怖れているのです? 震えているのです? お客様方は看板をご覧になったのでしょう?
 先ほども申し上げた通りです。この店は妖怪や妖精のご注文も承っております。ただの獣や木材以外にも、それらの加工を受け付けているのです。
 最近は特に好事家の方々に人気でして。一般的に流通しているものより質がよいと評判なのでございます。お客様方もその噂を聞きつけて、わたくしの店に来られたのでしょう?
 わたくし、いたく感激しております。お客様方、妖精が誰かに連れられてくるのでなく、自らの意思で、ご友人のために、材料としてその身を捧げに来られたのですから!



 さあ、お客様。ご注文はお決まりになりましたか。もう十分に店内の一級の品々をご覧になられましたか。
 椅子か、ブレスレットか、それとも敷物か、どれになりたいか、もう決められましたか。
 どれでもご自由に、お望みの姿をお選びください。鮮度を保ったまま加工して、完成させてなお生かすのは至難の業ではございますが、どうかご安心を。わたくしの腕前はすでにお客様も認めるところではありませんか。
 不安なことは何一つございません。
 お客様の柔らかな肌を、ぬくもりを、残したまま贈り物にして差し上げます。ご友人の、サニー様でしたか。その方にはお客様をしっかりお届けいたします。
 それから、メッセージカードも忘れずに添えておきますよ。お客様方はただ、気を楽にして、眠るように横たわっていればいいのです。



 お客様。お客様。お客様。
 どうして、泣かれるのです。嘆き悲しむ必要はもうどこにもございません。
 誕生の瞬間に巡り合う喜びをお忘れですか? お客様は今日、記念日の贈り物として生まれ変わるのです。死ぬこともなく、日々の疲れに苛まれることもなく、大切な方のそばにずっと寄り添うことができるのです。
 幸福とはつまり、そのことを指すのではありませんか。
 さあ、お客様。すべて、わたくしにお任せください。
 たとえどのようなお客様であろうと、わたくしなら永久不滅にして差し上げますよ!



 では、お買い上げ、ありがとうございます。
 ある日、サニーミルクに一脚の椅子と一つの腕輪と一枚の敷物が届けられた。
 より正確に言えば、自宅の扉がノックされ、彼女が出てみるとそれらの荷物が置き去りにされていた。
 サニーミルクは深く考えず、それらを贈り物として受け取ることにした。
 椅子はまるで自分のために作られたかのように不思議とすわり心地がよく、じっとしているとほのかなぬくもりに包まれるようで、日の光を好む彼女はこれをすぐに気に入った。
 腕輪も自分の腕にすっぽりとはまり、身に着けている間は揺れることもなく体にすっかり馴染んでいた。それにその腕輪に刻まれた模様が、親友の巻き毛を連想させ、眺めるたびに心が弾むように軽くなった。
 敷物はふわりと柔らかく、いつまでも踏みしめていたい心地を感じさせた。
 サニーミルクはその素晴らしい敷物を玄関の前に敷いた。それを眺めて、これならとつぜんいなくなった親友たちがいつ帰ってきても気持ちよく家に入れるだろう、と自分を奮い立たせるように言った。

「ルナ……スター……どこにいったんだろ」

 時折、サニーミルクは発作のように考える。親友の二人は自分を置いてどこかに行ってしまったのではないか。
 次第にその考えは、サニーミルクの骨をも砕く重荷となる。その度に彼女は、そんなことはない、私たちは三月精、そこらの妖精とは違うもので結ばれているんだ、と思い直した。そして、まだ三人だった頃にイタズラをしたり、遊んだり、弾幕ごっこをしたり、酒盛りをしたときの思い出に浸る。
 椅子に身を任せ、腕輪を撫でながら。
 サニーミルクは今日も玄関の扉を眺めている。次の瞬間、二人がひょっこり顔を出すかもしれない。ただ、それだけを願っていた。

 そして、その日も扉が開かれることはなかった。
智弘
作品情報
作品集:
7
投稿日時:
2013/03/21 14:27:27
更新日時:
2013/03/21 23:27:27
評価:
8/11
POINT:
890
Rate:
15.25
分類
サニーミルク
ルナチャイルド
スターサファイア
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POINT
0. 90点 匿名評価 投稿数: 3
1. 100 ギョウヘルインニ ■2013/03/21 23:54:19
この店員はお客様に注文をもっとしてもいいと思います。
2. 100 NutsIn先任曹長 ■2013/03/22 00:45:20
正直者で職人気質の店主だね。
何てったって、材料を休ませないで加工して、常人には見えない住所にお届けするんだから。

注文の多い店かと思ったが、客を選ぶ隠れた名店でした。
3. 100 名無し ■2013/03/22 10:57:29
抱きしめられるような座り心地の椅子は自分も欲しい
踏まれているのはどっちだ
4. 100 んh ■2013/03/22 22:13:31
三月精は墓穴を掘らせると天下一品だね
5. 100 パワフル裸ロボ ■2013/03/23 06:09:36
なんて心温まるお話でしょうか。こんなに温かい気持ちになったのは久しぶりです。
7. 100 矩類崎 ■2013/03/24 22:39:21
この三匹はなんだかなあ……。でも暖炉で燃やしたら意外と元に戻りそう。
8. 100 紅魚群 ■2013/03/25 21:17:38
サニーちゃんはこんな素晴らしいプレゼントをもらって幸せ者だなぁ!
これからもずっとずっと三人一緒に幸せに暮らしてね!
10. 100 名無し ■2013/03/29 22:55:53
コメントしたい事を先にすべて言われてしまった。
親友を思う二人のとても良いお話でした。
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