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『延命家たちの一概』 作者: ただの屍

延命家たちの一概

作品集: 7 投稿日時: 2013/03/31 15:24:07 更新日時: 2013/04/01 00:24:07 評価: 6/9 POINT: 680 Rate: 14.10
 円形闘技場がある。紫によって建てられたこの闘技場は名目上は健全な人間の保護を目的としている。
 闘技場では健全でない人間と妖怪とによる死闘が日々行われていた。出場する人間の多くは借金を抱えた者でありファイトマネーが目当てだったが自分の実力を世に示すために出場したものの自分が井の中の蛙であったと思い知らされた者もいた。妖怪のほうは食欲や嗜虐欲を満たすために出場するものが大半であったが自分の実力を世に示すために出場したものの自分が井の中の蛙であったと思い知らされた者もいた。
 闘技場建設以後妖怪が闘技場外で勝手気ままに人間を取って食うことは固く禁じられているがそれでも人間を襲う妖怪は絶えなかった。犯行のほとんどが非理性的下級妖怪の仕業であったがその中には上級妖怪の指示によるものも少なくなかった。一部の妖怪の間には紫は人間に与する者で妖怪に仇なす者だという共通認識が生まれていた。その背後には命蓮寺の名がちらついていた。
 闘技場では人間と妖怪によるデスマッチが始まろうとしている。
 極めて健全でない過去の為に更に健全でない現在を迎えることになった人間であった。間違いなく殺されるだろうと人間は悟っていた。妖怪もそう確信していた。観客もそれを期待していた。
 これでは勝敗による賭けなど成立するはずがなかった。果たして人間が何秒生き延びられるか。賭けの焦点はそこへ向かっていた。
 人間は犬死にするつもりなどなかった。目を潰すか。鼻をもぎ取るか。耳を引きちぎるか。歯をへし折るか。人間の体は震えていたが気力は今までになく高まっていた。
 人間を食うという本能的な喜びが妖怪を熱くさせた。妖怪の迫力が一回りも二回りも増した。
 賭けのオッズが電光掲示板に浮かんだがそれを見る観客はいなかった。観客が注目するのは興奮と緊張の渦の目と化した人間と妖怪であった。
 人間が妖怪を見る。妖怪が人間を見る。互いの目に宿る殺意を見た。
 試合が始まると全員が力の限り吠える。
 先を取ったのは人間だった。バラ手を妖怪の顔面に放つ。申し分のない威力と速さ。それは毟りとるための一撃であった。
 妖怪が頭突きで迎え撃つ。人間の手が砕けたが戦意まで折れることはない。人間は残った腕で再度攻撃を試みた。
 今度は妖怪のほうが早かった。妖怪の手刀が人間の腕ごと顔面を叩き割る。人間は顔面を砕かれながらも妖怪の手に噛み付き渾身の力を振り絞る。
 試合は八秒で決着した。人間は絶命し、妖怪は指を三本食いちぎられた。
 妖怪は人間の口から自分の指を回収しポケットに入れると人間の首を引き千切ってそれを掲げた。観客の歓声は最高潮に達した。
 妖怪が戦利品にむしゃぶりつく。観客は次々と立ち上がる。座ってなどいられなかった。その刺激はもはや毒に変わりつつあった。
 興奮は覚めない。

 ◇

 白蓮の頭を痛くさせる日々が続いていた。急すぎる成長によって組織の纏まりが欠けてしまっている。新入りの暴走が古参が築きあげてきた立場を台無しにしかけていた。
 愛弟子たちは言う。果たしてあの二人を門徒と呼んでいいのか。二人には説法を行なえるだけの悟りがない。そもそも悟りを開こうとさえしていない。
 ぬえとマミゾウにとって命蓮寺とは都合の良い名前だけの存在なのである。そしてその名前だけが白蓮の望まぬ形で大きくなり続けているのであった。
 追い詰められた人間が安易に縋りそして結果として命を投げ捨ててしまうような闘技場の現状に対する苦言も二人は恣意的に曲解し行動しときには馬鹿の振りまでして責任だけを命蓮寺になすりつけてきた。
 白蓮は思う。ここで二人を見捨てるのはあまりに容易い。だが容易い道からは何も得られない。息絶えるような道を生き耐えてこそ人生。
 必ず二人をやり直させてみせる。

 ◇

 紫の頭を痛くさせる日々が続いていた。今の幻想郷ははっきり言って広すぎる。様々な世界と関わっているせいで外界との距離までもが狭まっていた。
 冥界、地底界、天界、魔界、仙界。これらの世界との繋がりを断つ方法は既に導き出していた。問題は演出である。楽園の賢者としてそれらの世界に住む者たちをできるだけ気持ちよく新世界に移住させてやらねばならない。
 藍と様々な条件のもとでの予測を立ててみたが全員が納得する結果は得られなかった。それが頭痛の種であった。
「天界が反発するでしょう。蓬莱人も可能性ありです」藍が結論を下す。
 紫は同意した。まだ万全の策とは呼べない。練り上げる時間が欲しかった。
「どうなさいますか。初閻魔まであとわずかです。半年後に伸ばせば命蓮寺がどれほどの勢力になるやら。近頃は反闘技場から反紫様に方針がシフトしており暴走の気配も伺えますが」その口調には紫を困らせ藍を困らせ橙を困らせる命蓮寺に対する敵意が見て取れた。
 紫は目を閉じ深く考えこむ。藍は紫の答えを待った。
 ここで二人は屋敷の外から流れ込む血の臭いに気づいた。素早く二手に分かれて夜へ飛び出す。
 そこに立っていたのは霊夢だった。霊夢は担いでいた橙の死体を投げ捨てた。そして逃げようとした。
 逃がさん。藍が妖術の限りを尽くして霊夢を取り押さえようとするがあとひとつというところを躱され続ける。
「う」不意に霊夢の動きが止まる。紫が霊夢を睨んでいた。
 紫が眼光を強める。化けの皮が剥がれマミゾウが姿を現した。
 紫の操る架空の腕がマミゾウの五体をねじ上げる。「くっ」
 藍が力を添える。「ばればれなんだよ糞狸」
 ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。六方から同時に鵺の鳴き声。
 マミゾウに掛けられた全ての術が解ける。そしてマミゾウが正体不明のものとなる。
 ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。辺りは今世紀最大の謎に包まれる。
「だからどうした糞狐」全力で藍の顔面を殴るとマミゾウは今度こそ逃げ切った。
「逃げられた。追わなくていいわよ」紫が言った。「向こうも二人だったみたいね」
 藍は橙の亡骸に駆け寄り彼女を抱いた。紫に見守られるなか橙の名を何度も呟いた。叫びたい気持ちは涙となって次々と溢れ出た。
 しばらくそうしたのち藍は橙を屋敷に運んだ。それから決死の形相で紫に頼んだ。「奴らを追わせてください」
「だめ。あの二人が逃げに徹したらあなたでも無理よ」
「ならば」藍は紫に目で縋る。その続きは式である以上口に出すことはできない。
 紫は藍の気持ちを汲んだ。「分かったわ。計画を実行する。そして二人にけじめをつけさせる」
 紫は藍に密書を渡した。「行きなさい」
 身支度し密書を懐にしまうと藍は仙界へ飛んでいく。紫は力を蓄えるために床に就く。
 ぬえとマミゾウはその夜のうちに外界まで逃げた。

 ◇

 一月十六日。この日の地獄は休止状態にある。
 たまの休日に地獄を散歩していた映姫はあり得てはいけない光景を目にする。三途の川が完全に干上がっていた。
 状況を理解する間もなく近くで爆発が起こる。振り返った映姫は黒煙を上げる法廷を目撃する。
 また爆発が起こる。映姫はへたり込んでしまう。もはや思考は停止している。声一つ出てこない。全くもって訳がわからなかった。
 黒煙に包まれゆく地獄。それはこの世の光景ではない。
 号外によればこの事件の首謀者は神子であった。その後の調査で地霊殿の超小型純粋水爆、アリスの爆弾人形、河童のステルス爆弾が神子の名で大量に購入されたという記録が見つかった。この事件に並ならぬ興味を持った文は独自に調査を始めた。
 それからの神子一派の勢いは凄かった。是非曲直庁が寄越した後任を全て退け遂には是非曲直庁を解体しその後釜についた。解体された是非曲直庁は神子一派の配下に組み込まれた。このごたごたの最中に阿求が死んでしまった為稗田家は途絶えてしまった。映姫は排水口に左遷された。文は神隠しに遭った。

 ◇

 円座した参加者を見回すと神子は立ち上がり会釈する。「えー、皆さん。それではこれより会議を始めたいと思います。この会議の意義を説明いたしますと、新地獄への改定の際に生じる混乱をできるだけ低いレベルに抑えるために皆様には下の者に説明できるぐらい新制度を理解しておいてもらいたいわけです。といってもこれは建前で地上が異界人の坩堝となった現在、懇談の機会も必要だろうと思いこうした話し合いの場を用意させていただきました。ではとりあえず新地獄の役員紹介から始めます」
 つまらぬプライドでもあるのだろう、天魔の代理として差し向けられたはたてはこの会議があまり重大そうな雰囲気でないので安堵した。
 神子が布都、青娥を手短に紹介した。「次に古明地さとり。彼女は地底界からやって来た覚で新地獄では浄玻璃の鏡の代わりを務めます」
 紹介を受けたさとりは立ち上がり会釈する。
「鏡はどうしたんだ」レミリアが尋ねた。
「幻想郷には鏡に興味を持つ吸血鬼がいます」紫が茶化す。
 神子は紫を無視してレミリアの問いに答えた。「便利な道具はわたしたちの仕事を奪ってしまうということです。あなたは地底界から這い上がってきた彼女を蹴落とし石を投げつけたいのですか」
 レミリアが悪魔的な笑みを浮かべた。「ぜひともそうしたいところだがとりあえずあなたの言いたいことは分かった」
 レミリアが本当にそう考えていたのでさとりは苦笑する。
「使うべきときにはきちんと使いますので」神子は次の人物の紹介に移る。「冥界より復活した西行寺幽々子です。復活というのは比喩でも冗談でもありません。冥界に死体を放っておくわけにもいかないのでこちらで引き取って蘇らせました」
 幽々子がいたずらっぽく笑った。
「触っても」慧音は幽々子の承諾を得てから彼女の肌に触れる。「前より血色が良く見えたのは明かりの加減か何かだと思っていたがこれは本当に生きている」
「太子殿、これは」永琳も興味を惹かれたらしかった。
「トップシークレット。地獄は情報の墓場であるとだけ言っておきます」神子は次の紹介に移る。「彼女は椛」
 椛が三方向に三度のお辞儀をする。
「千里眼を持つ白狼天狗で彼女の仕事は主に永遠亭の監視です」
 参加者の視線が永琳に集中した。永琳は不満を顕にした。
 神子が説明する。「別に永遠亭に怪しい動きが見え隠れするというのではありません。彼女の仕事の意味の前にまずは新地獄の方針から説明しましょう。そうでないと話が見えてこないと思いますので」
 神子はきっぱりと言い切った。「新地獄は生者の罪も裁きます。罪人にはその罪の重さに応じた罰金刑が科せられます。払えば保釈。払えなければ懲役刑としてごみ箱行き」ごみ箱というのは闘技場に対して最も多く使われる陰口である。
 参加者たちの意識に様々な過ちが浮かんでは沈んでいった。幻想郷で安心を手に入れるためには手を汚さねばならない。参加者の中で一番黒い過去を持つのは諏訪子であった。
 神子は意味ありげな笑顔を振りまく。「といってもこれは新地獄での話ですからね。旧地獄時の罪は管轄外です。時効です。それに訴えもなしに地獄が自ら裁判を開くということは絶対にありません。地獄は警察じゃないので手入れもしません。今まで通りきちんと分別してからごみを捨ててくだされば結構です」
 会議室に保守香る生温い空気が漂った。
「例えばですけど閻魔の犯した罪は誰が裁くのですか」白蓮がそんなことを言った。
「そうねえ。排水口でよろしくやってる映姫にでも裁いてもらおうかしら」喜びに満ちた声をあげた紫は扇子で口を隠した。
 神子は言う。「そうですね。そうでもしなきゃ裁けないんじゃないでしょうか。それか誰かが新しく閻魔になるとか」
「いいのか。そんなことを言って」慧音は呆れ声をあげた。
 神子は笑っている。「わたし以外には言わせませんよ」
「あ、流れついでに聞きたいことがあるんだけど」神奈子が紫に尋ねる。「博麗の巫女、早苗にやらせてもいいかい」
 紫は意地悪く笑った。「やれるものならどうぞ」
「物騒だね」諏訪子が言った。
 紫は打って変わって相手を思いやる口調で言った。「いえ、殺せるかという意味ではなくてやり遂げられるかという意味です。やってられない仕事ですよあれは。できれば幻想郷の人間にあんなことはしてほしくない」
 神奈子はすまなそうな顔をした。「そうだったか。いやつまらぬことを聞いてしまった」
 会話が途切れたのを見計らって神子は説明を再開する。「ここで問題になるのが不死者の存在です」神子は永琳を見据える。「あなたがたが悪さをすると言うのではありませんが放っておいたのでは法に従う人たちがいい顔をしないでしょう。そのための二人です。例えばあなたが死んで復活するまでに椛の報告からの幽々子の力であなたの霊魂を地獄にしょっ引くことができるのです。これはあなたがたのためでもあるのですよ。後ろ盾があればあらぬ噂を立てられることもないでしょう」
 あらぬ噂という言葉を聞いてはたてはどきどきした。天狗の話に移らないでくれと強く念じた。一度も発言することなく五体満足で帰るというのが彼女の望みなのだ。
 なかなか返事をしない永琳に神子は渋い顔をした。「まさか本当に悪巧みを」
 永琳は慌てて否定する。「まさかまさか。姫の教育方針について考えていたのです。聞きますけど違法死でなければわたしたちの復活は認められますよね」
「当たり前です。それはあなたがたの大事な個性です」
「妖精の取り扱いはどうなる。うちには妖精のメイドがいるんだけど」レミリアが言った。
「以前と同じで。妖精は自然の掟にしか従わないでしょうから。獣と同じで好きに生きさせ好きに休ませましょう」
「せっかく参加しているんだから天魔も発言したらどう」紫がはたての肩に手を置いた。
「え」はたては全内臓が縮む感覚を味わった。「え、あの、え」
「そうだ。おまえは天魔だ」慧音が言った。「ここは下っ端天狗がいていい場所じゃない」
「わたし、でも」はたてはさとりを見る。上手く出てこない言葉を通訳してくれと念じたがさとりは微笑みを返しただけだった。はたては椛を見た。椛は綺麗なお辞儀を返した。はたては寿命が刻まれる思いがした。
「前の天魔はごちゃごちゃうるさいやつだったから取り巻き含めて切腹させときなよ」諏訪子が言った。
 はたての両脇に移動した布都と青娥がはたての腕をそれぞれ抱えてはたてを立ち上がらせた。
 神子が言った。「只今を以ってはたてを天魔に任命します」
 はたては気を失った。
 白蓮は崩れ落ちたはたてを楽な姿勢にしてやる。「かわいいものですね」
「天人も見習えばいいのに。今は何だっけ。元人間の元天人の」神奈子が天人を馬鹿にする。「あいつら山に住み着こうと色々企んでてうざったいんだよ。脳みそ煙になってるんじゃないの」
「人の仕事ばっか増やしてほんと嫌いです」椛が愚痴をこぼした。
「代理すら寄越さないなんて完全に舐めきってますね。あの人間くずれども」さとりのその言葉に幽々子が同調した。「世の中を舐めてるのよ。わたしなんか幽霊やめたっていうのに自分たちは天人続ける気でいる」
「前置きはこれくらいにして」神子が場を制した。「これ以上続けると毒になっていけません。ひとまず閉会しましょう」
 閉会後皆が二次会会場に移動するなか神子は白蓮を呼び止めた。「話があるので残っててください」
 はたては椛が二次会会場へと運んでいった。
 会議室に二人だけになると神子は笑った。「それじゃあごゆっくり」
「話があるのでは」白蓮は会議室を出ようとする神子に言った。
「今日は吐くまで飲むぞー」神子は白蓮の問いをわざとらしく無視してそのまま会議室を出て行った。「ふーとー。せーがー」
「わたしが呼び止めさせたの」出て行ったはずの紫がそこに座っている。紫は白蓮に座るよう促した。
 白蓮が腰を下ろしてから紫は聞いた。「あなたのとこの新入り二人が何をしでかしたか知ってる」
 白蓮は嫌な予感がした。「今年の一月中旬頃からすっかり見なくなってしまって。それ以前の話でしょうか」
「そうね。わたしの式の式がその二人に殺されてしまったの」紫は事も無げに言った。
 白蓮は知らなかった。
「私にとってはそれだけ。謝らなくてもいいわ」紫は笑みさえ浮かべた。「でも藍にとってはそれだけでは済まなかったみたい。わたしはけじめをつけさせるとは言ったものの二人は外界に逃げてしまった。それで藍が本気で怒っちゃって。奴らは紫様を馬鹿にしたって。ふふ。外界に逃げた二人を追いかけるって言い出したのよ」
 白蓮は黙って紫の言葉を聞いた。
「それは何とか思いとどまらせたのだけれどこのままじゃ藍が狂いそうだしあなたには新地獄に裁かれる罪人一号になってもらう」
「これが罰なのですね」白蓮はようやく口を開いた。白蓮の佇まいからは覚悟が感じられた。
「表向きの理由は命蓮寺の暴走を抑えられなかったこと。わたしもそれを理由に藍をなだめるわ。藍が落ち着くのにたぶん十年ほどかかるでしょうから懲役もそのくらいを覚悟していてちょうだい」紫は嘆息した。「それにしてもつまらない弟子を持ったものね。命蓮寺も取り潰しにあって。同情するわ」
 白蓮は首を横に振る。「彼女たちを改心させられなかったわたしの責任です」
 紫はその言葉を聞いて口調をわずかに強めた。「例えばあの二人が幻想郷にこっそり戻ってきてあなたを訪ねたとする。あなたは直ちにそれをわたしに知らせることができるかしら」
 白蓮は再び黙り込んだ。
「改心させられなかったのが原因だと言ったわよね。確かにあなたはそれを克服する必要がある。しかし今更あの二人の改心を試みるのは致命的な間違い。今やあの二人は抹殺すべき対象であってあなたも今そのことを知った。その上であの二人を庇ったのならばそれ相応の罰を受けてもらう。あなたはいい人だし死んでほしくないから言っておくけど」紫は凄んだ。「地獄に落ちれば十年じゃ済まない」
 白蓮は首を縦に振る。しかしそれが肯定の返事だったのかその場しのぎの嘘偽りだったのか白蓮自身分からなかった。

 ◇

 戸を叩く音。
 魔理沙は戸を開け訪問者の顔を見てびっくりした。「館が潰れでもしたのか」
「入る」そう言ってパチュリーは魔理沙の家に入った。その三尺後ろから小悪魔がパチュリーの影を踏まないように付いてくる。
 パチュリーはその辺に座る。小悪魔は家を見て回る。
「一体何なんだ」魔理沙のその問いにパチュリーは答えた。「あなたが盗んだ物を全部返してもらう」
 魔理沙は冗談だと思った。「おいおい。盗んだって。借りてるだけだろ」
 パチュリーは冷たい目をしていた。「それはあなたの思い込み。精神異常者特有の妄想」
「精神正常者の掲げる正論は面白いな」魔理沙は笑った。冗談だと思っているからだ。
 仕事を終えた小悪魔が何やら伝えるとパチュリーは言った。「借りたと思い込んでいるだけあって扱いはそれなりね。失くした本はなし。傷も問題になるほどじゃない。しかしほぼ全ての本から魔力が失われている。そして消耗品は現存なし。あなた借りたって言ったわよね。借りた物って元の状態に戻してから返すものじゃないの。あなた程度じゃ本に込められていた魔力を再現できないし高純度試薬の合成なんかもできないでしょう」
 魔理沙はにやついている。「よく覚えているな。メモでも取ってたのか」
 魔理沙が大愚鈍なのではない。幻想郷でよくある、どちらかが冗談に冗談を返せなくなるまで続けられる冗談ごっこだと思ったのだ。パチュリーがわざわざ魔理沙の家を訪れるというのがまず冗談くさかった。しかも今日はエイプリルフールである。魔理沙はパチュリーの冗談ごっこに付き合ってやっている気でいた。
 パチュリーは言った。「よく覚えているわ。太らせるための餌ですもの」
「へえ。どうやって調理するんだ」
「債務の炎で丸焼き。じきに裁判所から献立が届くと思うわ」
「そりゃ無理だな。わたしの爆弾まあまあ売れているんだぜ」
「イージーボムとかいうやつでしょ。確か地獄襲撃の際一つも使われなかったわよね。わたし試しに買ってみたけど笑っちゃう代物だったわ。爆弾業界じゃ盗作として評判最悪だしそのうち大量のクレームが来て、はい、在庫の窯の出来上がり」
「じゃあ春でも売るか」
「頭が春なんじゃないの。大人気のさとりならともかく」
「あれの順位のこと言ってるのか。だったらおまえも同じだよな」
「だからわたしは馬鹿は言わない」
「だったら闘技場かな。白蓮に賭けつづければ手堅いだろ」
「手堅すぎる。橋を渡るのに何年かけるつもり」
「そこまででもないぜ。無敗の称号を求めて強者どもが挑むようになってきてるし白蓮の肉体強化魔法のおかげで自己強化の魔法やら薬やら改造やらが研究が進んでいる」
「でもそれってまだまだなんじゃない」
「まあな」
「あなたが出ればいいのよ」
「ちょっと見せてくれ」魔理沙は小悪魔から見積書を受け取った。「これじゃあ命張らないといけないじゃないか」
「そりゃあね。そのための下ごしらえなんだから」
「誰に食前の命乞いを捧げればいいんだよ」
「フランドール」
「あれ。おまえあれのことそう呼んだっけ」
「ここは紅魔館じゃないのよ」
「まあわたしも他所じゃあいつのことあれって呼ぶしな。で、なんであれが出てくるんだ。死ぬまで閉じ込めておけよ」
「レミリアは闘技場をフランドールの第二の牢にするつもりなのよ」
「あれ。おまえあれのことそう呼んだっけ」
「ここは紅魔館じゃないのよ」
「まあわたしも他所じゃあいつのことあれって呼ぶしな。それにしてもあれはひどいことを思いつくな。あれの相手が可哀想だ」
「輸入人間が減って仕事も減ったし咲夜が呆けないか心配だわ。本当は心配していないけど」
「あれ。おまえあいつのことそう呼んだっけ」
「そう呼んでたでしょ」
「そっか。わたしは他所じゃあいつのことあれって呼ぶからなあ。あれの仕事があれってことは給料もあれか。あれ。ああそっか。あれの食卓があれなことになったからあれがあれをあれにあれすることをあれしたのか。あれ。あれであってるよな」
「そうそう。そういうこと」
「じゃああれか。あれの仕事もあれか」
「門番とか言われているあの立ちんぼのこと。わたしあれの名前知らないのよね」
「そっか。わたしもあれの名前知らないんだよ。だからあれはあれとしか言えないんだよな。あれはほんとあれだな」
 パチュリーと小悪魔は魔理沙の家に泊まり三人は今までで一番燃える夜を過ごした。
「千年生きたいのなら千年に一度の災害に対する備えをしておくことね」翌朝、パチュリーはそう言って帰った。影は進行方向と垂直に伸びていたので小悪魔はパチュリーのすぐ後ろを付いていった。
 二人を見送った後、魔理沙は裁判所から差し出された自分宛の支払督促状を見つけた。魔理沙はそれをパチュリーの置き土産だと思った。どこからどうみても本物にしか見えないその文書を見てパチュリーの冗談のレベルの高さに感心した。

 ◇

 永琳と輝夜の夜逃げは前々から決められていたことだった。闘技場絡みの研究は永琳を喜ばせるものであったが死への恐れを拭い去ることはできなかった。復活を認めると言われたが結局は向こう次第だ。もし輝夜を奪われたら死んでも死にきれない。輝夜の保護を何よりも優先すべきだと考えた永琳は夜逃げを決意したのであった。
「それじゃあ」永琳は鈴仙の目を見てそう言うと輝夜の手を引いた。
 鈴仙は師の言葉に深々と礼をする。「お達者で」竹林を歩く永琳の姿が見えなくなっても足音が聞こえなくなっても鈴仙は礼を続けた。
 竹林を歩く二人は魔理沙に出会った。この歴史的不人気女の出現は感傷に浸っていた輝夜を不愉快な気分にさせた。
 魔理沙は言った。「こんな時間にこんな場所ですまないがちょっとわたしの頼みを聞いてくれないか」
 輝夜は永琳を見た。「わたしはいやよ」
 永琳は輝夜の言うとおりにしたかったが魔理沙とてただでは引き下がらないだろう。そういう気迫があった。永琳は往なしたほうが楽だと思った。「聞くだけ聞くわ」
 その言葉を聞いた輝夜はそっぽを向いた。
「闘技場出なきゃいけなくなってそれで相手があれで」魔理沙は永琳に詰め寄った。「わたしをあれに勝てるようにしてくれ。脳でもどこでも改造でも何でもしていいから」
「いい気味ね。死ねば」輝夜が吐き捨てるように言った。魔理沙はそれを聞かなかったことにした。
 魔理沙は土下座した。「おねがいします」
 永琳は懐を探りながら言った。「ごめんなさいね。わたしたち幻想郷から出て行くの。永遠亭もてゐにあげたしあなたの力になれそうにないわ。これあげるから自分でなんとかしてちょうだい」
 魔理沙は顔を上げ永琳から錠剤の入った薬瓶を受け取った。
 永琳は言った。「朝に一粒飲む。翌日の昼に一粒飲む。翌々日の夜に一粒飲む。どんな妖怪だっていい夢見ながら死ねるわ」
「間延びした薬だな」魔理沙はその薬瓶を懐に収めた。
「元々自殺用だから。あれが相手ってことは夜でしょ。その日まで余裕があるなら試してみるといいんじゃない。毒殺」
「ありがとう」魔理沙は立ち上がって元来た方角を向いた。
「永遠亭行かないの。今行けば嘘みたいな料金で嘘みたいな手術してもらえると思うわよ。あれに勝てるようになるかは知らないけど」輝夜が言った。魔理沙が帰るのでいくらか気分が良くなっていた。
「そのうち行く。それじゃ元気でな」魔理沙は手を振りながら走り去った。
 二人は歩き出す。歩くのには意味がある。空を飛ぶ行為というのは弾幕ごっこへの参加表明となる。死人もでる弾幕ごっこである。空には飢えた妖怪たちがいる。キジも飛ばずば撃たれまい。
「いきなり現れたせいで腹がたったけど魔理沙みたいなのが死んだらちょっとつまらなくなるでしょうね」輝夜の呟きに永琳は頷いた。
「あれに勝てると思う」輝夜の問いに永琳は勝てたら面白いわねと答えた。ずれた返事だったが輝夜はその考え方に賛成した。
 遠くから妹紅が二人を見ていた。やがて二人も妹紅に気づいたが互いに声をかけることもなくすれ違った。二人は竹林を抜け出る方法を知っている。道案内を乞う必要はない。

 ◇

 ぬえとマミゾウはそろそろ幻想郷に戻ろうかと思っていた。幻想郷を追い出される形となったマミゾウはいずれ藍に借りを返すつもりでいた。ぬえはただ面白そうなことに首を突っ込みたい。
 しかし今の幻想郷がどうなっているのか分からない。悪いことをして生きていくためにはあれやこれや想定しておかなければならないがそのせいで幻想郷に入る踏ん切りがつかなかった。
 そんなときぬえとマミゾウは永琳と輝夜に出会い、幻想郷の事情を二人から聞いた。ぬえとマミゾウはいけると踏んだ。
 話によれば椛が永遠亭を見張っていたというので永琳たちに化けるのはあまり賢くない方法である。誰かを殺して成り代わろうにも死霊を取り調べられたらすぐにばれるだろう。ぬえとマミゾウは全く新しい人物として入ることにした。
 変化状態での動きやすさも考えてぬえとマミゾウは次なる作品の新キャラクターとして幻想郷に侵入した。
 そこまでは良かった。だがいささか時期が早すぎた。
 ぬえとマミゾウは新キャラクターの名前が分からない。性別が分からない。種族が分からない。能力が分からない。要するに素性が分からない。
 新キャラクターの顔が分からない。体色が分からない。体型が分からない。髪型が分からない。服装が分からない。要するに容姿が分からない。
 道行く人に声を掛けられても一人称が分からない。二人称が分からない。言葉遣いが分からない。要するに喋り方が分からない。
 食事の仕方も分からない。菜食主義者かもしれない。人肉食者かもしれない。もしかしたら食事を取る必要などないのかもしれない。
 どこを根城にすればいいのかも分からない。どれだけ睡眠時間を確保すればいいのかも分からない。昼行性なのか夜行性なのかも分からない。
 ぬえとマミゾウが化けている新キャラクターどうしの関係も分からない。主従関係にあるのかあるいはお互いを知ってすらいないのか。古参たちとの関係も分からない。
 だから新キャラクターの情報が出揃うまでぬえとマミゾウは正体不明の新キャラクターとして大人しくするしかなかった。
 ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。ひゅう。
 悲しげな響きを帯びたその鳴き声は聞く人々を何とも言えない気分にさせるのであった。

 ◇

 新作が発売されたのでぬえとマミゾウは
 これと似たタイトルの話がありましたがそれとこれとは話が別です。このタイトルを気に入っているので使いまわしただけです。
ただの屍
作品情報
作品集:
7
投稿日時:
2013/03/31 15:24:07
更新日時:
2013/04/01 00:24:07
評価:
6/9
POINT:
680
Rate:
14.10
分類
あれ
簡易匿名評価
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POINT
0. 80点 匿名評価 投稿数: 3
1. 100 名無し ■2013/04/01 01:30:17
なんて殺伐としてしまった幻想郷だろう。会議室のシーンは息が詰まる。
そして相変わらずの文章密度の濃さ。眩暈がする

続きは…ないんでしょうね
2. 100 NutsIn先任曹長 ■2013/04/01 01:37:16
幻想郷システム刷新のゴタゴタ。
不確定な夢のセカイは魔女の大鍋。
ヘドロの如きドロドロのソースが煮詰まりつつあった。
5. 100 ■2013/04/02 19:57:33
独特の空気がたまらない。どうやったらこういう文章が書けるんだろう?
最初から最後まで着地点が見えず、無重力を漂うようなお話でした。すごい。
6. 100 んh ■2013/04/05 01:14:53
この爛れた感じの幻想郷が好き
7. 100 名無し ■2013/04/05 01:45:16
おっもしれェ〜〜
答えも結末もいらない、ただひたすら読み進めることに喜びを感じる作品でした。
8. 100 ギョウヘルインニ ■2013/04/05 22:27:31
良作感謝です。
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