魔弾の射手

「本当に出るの？」
「ええ。私達のような美味しそうな獲物を放って置く小物ではないわよ」

幻想郷を守護する巫女、博麗 霊夢と幻想郷の管理人、八雲 紫は幻想郷某所の草原を歩いていた。

一面、柔らかな草が生い茂り、吹き抜ける涼風がそれらと二人を撫でていった。

「ピクニックに持って来いね」
「じゃあ、お昼にしましょうか」

適当な場所に陣取り、霊夢と紫は弁当を食べる事にした。

紫がスキマから取り出したレジャーシートを広げ、その上で二人は寛ぎだした。

霊夢手作りの弁当を、紫は美味そうに頬張り、霊夢はそれを見て自分も同じ笑顔を浮かべて食べた。





身も心も弛緩して怠惰に身を委ねる幻想郷の重要人物達。





彼女達が探している『魔弾の射手』にとって、

紫と霊夢は、肥え太った鴨であった。





古ぼけたボルトアクションライフル。

カルカノＭ１９３８。

この銃の照星は、

紫の女にしようか、

紅白の娘にしようか、

固定式の照門の僅かな間を、獲物を選り好みして彷徨っていた。





「いくら油断させるためとはいえ、ちょっと弛みすぎじゃない？」
「幸運の女神が私の隣にいるから、大丈夫♪」

大の字になってシートに寝転がる二人は目を瞑り、空に向かって話していた。

「幻想入りした鉄砲の付喪神なんか『珍しくも無い』でしょうに、何で紫が出張って来たのよ。私や魔理沙に任せれば――」
「アレは、『大物』ばかりをたった一発の銃弾で仕留めてきた孤高の狩人よ。魔理沙じゃ役不足。貴女『一人』でも後れを取るかも知れないわ」

霊夢は寝転がったまま、紫の手を握った。

「じゃあ、『二人』なら――」
「最悪、残った方が反撃できるわ」

二人は同時に起き上がった。





『魔弾の射手』の好機！！





銃声。





――と同時に左右に展開する紫と霊夢。





無数のお札、退魔針、光弾が、『魔弾の射手』に殺到した。





視界を無数の弾幕に遮られながらも、『魔弾の射手』は己の放った必殺の一発を凝視していた。





かくんっ。





銃弾が、『進路を変えた』。

悪魔の望む場所に命中するという『魔弾』である。

かつて外界では、『魔弾の射手』の『同類』が大国の国家元首を『魔弾』で屠り、悲劇と謎を残したそうな。





銃弾は、『魔弾の射手』が狙った通り、

霊夢が手にして投擲しようとした退魔針の束に命中した。





キンッ！！

「きゃ！？」





今度は巫女の手によって進路を変えた『魔弾』。

弾は真っ直ぐ、『本命』へと。





何発もの弾幕に貫かれる『魔弾の射手』。

斃れる紫。

悲鳴を上げる霊夢。





全ては一瞬の出来事。





紫を抱き起こす霊夢。
震えながら、霊夢に何か言っている紫。

深手を負いながらも、仕留めた獲物の様子を確認した『魔弾の射手』は、

にやり、と嗤い、

草原を吹き抜けるそよ風に霧散した。










「紫ぃ、ゆがり゛ぃぃぃ……」
「霊夢……」

紫のかすれた声は、霊夢の耳に、彼女自身が発している嗚咽に妨げられる事無く届いたようだ。

「な……なあ゛に？」

何とか及第点の普通の声で尋ねる霊夢に、紫はわがままを言った。



「キスして……」



霊夢は涙を零しながらとびきりの笑顔を浮かべると、虫の息の紫の唇に自分の唇を重ねた。





それは、ほんの刹那の――。





僅か数秒の――。




たった十数秒の――。



数十秒の――。


一分程の――。

霊夢が窒息しそうになるほどの――。
紫が霊夢と舌を絡めあうほどの――。
霊夢が紫と自分の唾液を攪拌した物を飲まされるほどの――。
霊夢が紫を突き飛ばすほどの――。
ピンピンしている紫に霊夢が泣き怒りでビンタをかますほどの――。





ささやかな、霊夢の紫に対する愛情表現であった。










必中の弾丸は、



恋する巫女の手により、



見事に大妖怪の心臓（ハート）を射止めた。