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『リューココリネ』 作者: アメユ

リューココリネ

作品集: 10 投稿日時: 2014/06/13 13:23:03 更新日時: 2014/06/13 23:52:02 評価: 2/3 POINT: 230 Rate: 12.75
 私の代わりはいくらでもいる。きれいなほたるがいくらでも。網袋に入れられて、一晩眺められるだけの存在。翌朝にはちぎられた草と共に軒先に抛り投げられ、運がなければ誰かに踏まれ潰されるそんなほたるの代わりなど。
 いくらでもいる、のに、どうして彼女は私を離さないのだろう。


 私はリグル・ナイトバグと呼ばれていた。蠢く夜の虫という意味のそれを、私は何よりも大切にしていた。虫であったころは名前など無かった。呼ばれるとしたら、わたしたちをさす「ほたる」という記号で人間たちは私(と、私の同胞たち)を呼んでいた。
 だからこそ、私は私の固有であるリグルという名前を愛したのだ。乙女の姿を真似た肢体は、その名前を呼ばれるたびに朝露の落ちた草のひとすじのようにしゃきんと背筋を伸ばして微笑む。ああ、なんと懐かしいのだろう。
「リグル、」
 しかし今となっては、微笑むことも、その言葉に背筋を伸ばすこともない。
「リグル、おはよう」
 そう言って私のよくなめされた冷たい頬に自らの瑞々しい頬を擦りつけてくる。彼女の名前は風見幽香といった。花を眷属とし、自然の事象のすべてから成る存在である。風の一吹き、雨の一滴、一握りの土塊すら彼女の一部。自然そのものの権化であるこの大妖怪を、人間も妖怪も等しくなにか特別な感情を以って近寄ろうとはしなかった。夏草色に少し萌黄を混ぜた癖の強い髪に、日に焼かれることを赦されないような白い肌を持ち、両目は扇状に広がった睫毛に縁どられたザクロの粒のようであった(今も変わらないだろうが)。その瞳が攻撃的なまでに吊り上がっている以外は、美人と言っても差し支えのない容貌をしている。
「今日はひどい雨なのよ」
 私の剥きだしの眼球を舐めながら、幽香さんは教えてくれた。されるがまま眼球を舐められる。もっとも本物の眼球はすでに抜き取られ、そこにあるのは私の目の色によく似た硝子でできた人形用の目玉であるが。
「だから、お外に出るのはやめたの」
 幽香さんはひとしきり私の目玉をつるにゅると舐めまわしてから、きっぱりとそう言った。最近は晴れていても、今日のように雨でも滅多に外に出なくなり、最低限の買い物くらいしかしなくなったように思える。日がな一日、反応もしない私に話しかけるだけになってしまった。何よりも愛していた花畑の世話すらせず、私を愛でるだけで一日を終える。そこにはもう、かつての恐ろしい大妖怪はいないのかもしれなかった。
「昨日はそのまま眠っちゃったものね、かわいそうにベタベタして気持ち悪かったでしょう?でも大丈夫よ、今お風呂にいれてあげるから」
 幽香さんは私の身体を抱き上げる。壊れ物を扱うかのような手つきで腕にくるまれ、そうして浴室へと連れて行かれた。小さな浴室。琺瑯で出来た猫脚のバスタブがあったはずだ。しかし私はそこには入れられず、冷たく乾いた浴室の床に寝かされる。
 湯を全身に掛けられ、泡に塗れた彼女の手が私を撫でるように洗い始めた。甘い柔らかい花の香りが浴室に溢れかえる。
「ああ、やっぱりここがすごい汚れてるわねぇ」
 どこか嬉しそうにそう零してから、幽香さんは私の下腹を撫でる。下腹にすっと入った切れ目の両脇が、丁寧に鳩目を穿たれ紐できちんと綴じてあった。これは単純に「洗いやすいから」という理由で彼女が取りつけたもので、解けばたちまちかぱんと腹が開く。彼女はそこに無遠慮に手を突っ込み、石鹸でぐちゅぬちゅと撹拌を始めた。昨晩の精液が石鹸の滑りに踊っている音を、機能しない耳で私は聴く。
「うふふ、やっぱりどろっどろぉ❤いっぱい出したのね、昨日の私ときたら。こんなんじゃリグルが妊娠しちゃいそうだわ」
 ぐぽぐぽ、ぬじゅぬじゅ。白い指がむき出しの子宮の表面を圧迫するたびに、気味の悪い音を立てる。洗い流され、湯を張った浴槽に浸けられる。温かいのだろうか、私を抱いたままに浴槽に入った彼女がほうっとため息をつく。
「いい湯加減ね。リグルもそう思うでしょう?……そう!私もよ」
 私には話すことも、頷くこともできない。いわば人形のようなものなのに、幽香さんは一人で、私の反応もなしに会話を楽しむ。お人形遊びをする子供のように、ひどくはしゃいで私に話しかけるのだった。
 しばらくして浴室から出され、やわらかなタオルで丁寧に身体を拭かれる。開かれた腹部も、きちんと紐を通して閉じられた。冷えちゃうから服を着ましょうね、と人形の着せ替えのように私の身体は白いワンピースを着せられ、髪の毛を梳かれる。伸びない髪の毛にきちんと椿油をつけられ、ようやく満足がいったのか元居た寝室のベッドに寝かされた。幽香さんは私の横にぴったり寄り添うように寝ころぶ。大きく育った胸を、わたしの胸にくっつけて抱きついてきた。
「うふ、リグルあったかい」
 湯で温まった体温は、どんどんと冷えていく。今だって、彼女よりかなり低いであろうわたしの身体に残った温度をこそぎ取るように幽香さんは密着しては微笑んだ。
「あら、すこし冷えてきた?寒い?」
 声が心配そうに低められ、たおやかな指先が私の頬に這わされた。彼女の中の私は、寒いとこぼしたのだろう。今あっためてあげるからね、と言う言葉とは裏腹に腹の中に冷たい物を撒かれる。潤滑剤だ。私がまだ瞬きの出来たころ見たことあるそれの外観は、見知らぬ素材でできた容器に、水飴のように収められていて、舐めてみても何の味も香りもしない奇妙な代物。本当に「滑りをよくするためだけに作られた」感じがありありと見えて嫌になる。いくら嫌だと主張したところで私には抵抗もできなければ、泣くことも喚くことも彼女の夢を覚ますこともできやしないのだけど。
 私の身体は今たしかに彼女に抱かれている。なのに私にははっきりと、彼女と自分が見えていた。私はいつの間にか私自身の身体から排斥されてしまっていた。どれくらい経つのかはもうわからないが、私はそうして「死」を知った。思い出すのは晩秋の、公孫樹の葉の腐りかけた甘い匂いだ。
 この世界には死神も、地獄も、冥界もあるのだそうだ。そのどれか一つからでも遣いが来てもおかしくないのに、なんの音沙汰もない。彼女が追い返しているのか、はたまた私のような小さな虫の命など、死後掬い上げようとは思っていないのか。
 シーツの上で踊る自分の死体を眺め立ち尽くす。どういうわけか私はこの身体に追い出されはしたものの、離れられない。彼女の家に私の死体がある以上、私はここから、この地獄のような家から出ることができないのだった。
 地獄のような―――もしかしたらここが地獄なのかもしれない。
 幽香さんは女性でありながら下腹部に男根のある奇妙な体質で、私の身体にそれを埋め込みながら一心不乱に腰を振っていた。「私」はその背中を見ながら、自慰の道具へ成り下がった自分の身体を憐れみ、壊れてしまった彼女を哀れむことしかできない。
(ああ、そういえば)
 私が死んだ日は、冬が始まろうとする直前だった。私のそばには幽香さんがいて、毎日、毎日窓辺の花瓶に花を活けては「早く元気になってね」と笑いかけてくれていた。その笑顔が好きですといえば、真っ赤になってばかなこといわないで頂戴なんて照れて、私の額を小突いて―――そんな日々が一体どれくらい続いただろう。私の身体を蝕んでいたのは病ではなく時間だった。身体はすっかり動かなくなり、目は重たく開くことができない。唯一機能していた耳だけが、彼女の声を捕まえた。
「リグル、」
「リグル、」
「ねえ、」
「ずっと一緒にいましょうね」
「あなたが死んでも」
「わたしが枯れても」
「死後の世界に興味はないの」
「わたしはあなたがいればいい」
「あなたはわたしがいればいい」
「だから、」
「だから、」
「ずっとずっと一緒よ」
「ずっとずっと愛してあげる」
「だからどこにも行ってはだめよ」
「行ってはだめ、地獄にも極楽にも冥界にも」
「約束してね」
「リグル」
「ねえ、リグル。ずっと――――」

 ああ、これはまるで呪いのようだ。捕まえた言葉は手からあふれ紐のように形を変えて、逆に私が囚われる。ぐるぐると巻かれた言葉は、きつく結ばれ解けない。
 幽香さん、とわたしは彼女を呼んだ。空気の揺れない声は、当然彼女の耳には届かない。ぐちゅんと湿った音と、ひとりぶんの呼吸のほうがずっと大きく空気を揺らしていた。
(ねえ、幽香さん)
 彼女の目は私の身体だけを見つめている。
(私を逃がしてよ)
(死んだほたるはもう光らないの)
(そこにいるのはもう、)
(私じゃないの、だから、だから)


(もうやめてよ!)


 どうか、どうか気づいて。
 わたしの代わりはいくらでもいる。
 き  
   れ
     い
  な
  ほ
た   
    る
       が 


いく ら 
  で  も   。
はじめまして。個人的にはじめての産廃で個人的にはじめての死姦(もどき)です。

コメントに目からうろこで死姦もどきと改タグしました。06132351
アメユ
http://hydroxygroupsyrup.tumblr.com/
作品情報
作品集:
10
投稿日時:
2014/06/13 13:23:03
更新日時:
2014/06/13 23:52:02
評価:
2/3
POINT:
230
Rate:
12.75
分類
ふたなり
死姦もどき
リグル
幽香
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POINT
0. 30点 匿名評価
1. 100 NutsIn先任曹長 ■2014/06/13 23:47:36
『アレ』に意識があるなら死姦じゃないですよ。
この独白が『彼女の脳内』で再生されているならまだしも。
『彼女』は、既に心を――信じる心も暖かい心も亡くしていた。
だからこうして、『彼女』は『アレ』で恋人ごっこをするのだ。
2. 100 名無し ■2014/06/15 06:30:21
倒錯した描写が綺麗に纏まってて良かったです。
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