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『罪を数えぬ或る三尸』 作者: henry

罪を数えぬ或る三尸

作品集: 12 投稿日時: 2015/02/24 12:14:52 更新日時: 2015/02/24 21:19:29 評価: 6/6 POINT: 600 Rate: 17.86
...






一日目 閉じ込められてしまった。一部を残して篝火が消えてしまい、俺達は明るい一箇所に集まった。状況は把握しきれないが、全員無傷のようだ。

 二日目 俺達はこの場所を誰よりも知っている。初め3人が名乗り出て、篝火と予備の薪から松明を作り、入口があった方角の暗闇を探索した。幸い、防寒具はみな着込んでいる。誰かの視線を感じる。

 三日目 もう救助を待つしか無い。水も食料もなく、仲間の持ち合わせたビスコイトをほんの一欠片ずつ食べ合って過ごしている。俺達が掘削していた壁面とは別に、かなり深くまで伸びた天然の支流を見つけた。夢に里の家族が出てくる。

 四日目 体力があるやつを中心にチームを組み、支流のひとつを探索した。息苦しさを感じて、俺達のいる空洞の酸素が少なくなってきているのを知った。篝火の近くに備蓄された薪は残り数合計で6で、酸素か暗闇か、決断に迫られた。暗闇の中で何かが蠢いている気配がする。

 五日目 探索チームは地底湖に辿り着いた。水の確保は出来たが、空腹を抱えたこの体では冬の凍りつくような水温を突破できない。絶望のあまり仲間のひとりがおぞましい悲鳴を上げた。俺は必要なくなった懐中時計を破壊した。現実と全く同じ夢を見た。篝火は消えた。

 ○日目 声だけで俺達は励ましあった。中でも歌は一番不安感を和らげてくれた。誰かは解らないが、人肉食を提案した。

 ○日目 時間の感覚がない。暗闇の中には、常に誰かの呟く声が響いていた。まだ生きている仲間を食べようと噛み付いた奴が居た。

 ○日目 体を動かすのが難しくなった。空気の感じはわかるが、壁にぶち当たるまで自分を認識できない。俺達はひとかたまりになり、感触を確かめ合った。

 ○日目 何日目かもう解らない。永遠の眠りに就いた気分だ。もともと俺の人生はこの暗闇の中にあって、過去の出来事はみな妄想だったのではないか? 夏の日の畳の上で眠る夢を見た。

 ○日目 ざわざわする。

 ○日目 奥歯を噛むのをやめられない。言葉を使わなくても会話できるようになった。聞こえるので、心のなかで返事をする。すると、相手も答える。ずっと一日中楽しい話をしていた。どんな内容だったか、覚えてない。

 ○日目 話し声が多すぎて全部いっぺんに尋ねられても俺には判りきってるし頼ってもいい。指先が腫れている。頭と手のひらが肥大して、胴体が縮んだ。唇と目玉が大きく、頭蓋骨は凹んでいる。俺は賢くなったり、馬鹿になったりする。

 ○日目 蟲毒は最後の一匹になるまで争わせるんだっけか何故オレはそれを知ってる?

 ○日目 壊した時計が直っていてカチカチ時を刻む

 58日目 まだ生きているのが不思議なくらいだ

 79日目 驚くほど俺は冷静だ

 116日目 仲間はひとりも死んでいないようだ

 151日目 ああ俺はこの瞬間のために命を永らえていたのだ! ありがとう、感謝します。感謝します。眩しいほどに明るい! これがあなたの持つ光なのですね! ありがとう! 俺は救われる! ありがとう、神よ!













 文々。新聞
 第百二十七季 睦月の一

『永遠亭に強力なライバル出現?』

 雪を食らむ寒期の折、人間の里で重い風邪が流行しているという。この病は高熱と咳が七日以上続くというもので、里からは遠いはずの、守矢神社に住まう東風谷早苗さん(巫女)も罹ってしまうほどの感染力にみな戦々恐々としている。里内にある永遠亭の出張所には薬を買い求める人々が連日訪れ、八意永琳氏も医師として出張ってきている始末だ。あまりにも患者が多いため、特効薬の在庫が尽きてしまい、里はちょっとしたパニック状態になった。一切効果の保証のない偽薬を裏で売りさばく詐欺師が現れたり、神頼みのために博麗神社、守矢神社双方の参拝客が皮肉にも増えたりもしている。言わずもがな、博麗の巫女は貰い風邪で臥せってしまった。
 我々妖怪にとってはウイルスの流行などどこ吹く風で、弱った人間達を相手に一騒動起こすビッグチャンスであった訳だが、颯爽と現れたひとりの人物によって、この窮地に終止符が打たれた。その救世主とは大霊廟の方から来た霍青娥さん(仙人)だ。里に突然ふらりと訪れた彼女は、どこからともなく持ってきた新薬を大量に、それも無料で配りはじめ、病に苦しむ人々の力になった。不思議な事にこの薬品の効果は絶大で、あっという間に人間の里は元気な顔で溢れるようになった。
 霍青娥さんはその持つ術の性質からあまり良い印象で見られていなかったが、この事件を転機に、純粋に仙人としての信頼を集めるようになった。かく云う私も彼女に興味が出てきた次第である。後に判ったことだが、配られた新薬は八意永琳氏の独自の成分調査にて、『ジェネリック薬かしら』との評価を貰っている。ジェネリック薬とは特許の切れた薬品を、別の供給元が製造したほぼ同成分の薬のことである。その製法についてのコメントは貰えず、代わりに霍青娥さんにインタビューを行ったところ、
「仙人たるもの人助けは生活環の一部でなければなりませんわ。毎日の修行は肉体維持に欠かせませんし、仙人は常に妖怪や地獄からの使者に狙われています。人間からの信頼すら打ち捨ててしまうようでは長生きなど夢の夢」
 とのこと。結局どのようにして大量の薬を所持していたのかはわからずじまいである。この事件で浮き彫りになったのは人間を脅かすのは何も妖怪だけではないという事である。これで幻想郷内のパワーバランスが安定してるというのだから、人間とは恐ろしいものである。(射命丸 文)

 文々。新聞
 第百二十七季 睦月の三

『人間の里で謎のアトラクションが流行』

 最近、人間達の間で「家禽マラソン」というものが流行っているという。名前が何を指しているかは知れないが、話によると、主催が指定した洞窟の中で行われる多人数での宝探しとの事だ。参加者は制限時間内に洞窟内を渡された道具で採掘し、もともと埋められていた「宝」を探し出すのが目的で、たったそれだけの内容にも関わらず大好評との噂だ。この「宝」であるが、どのようなものか全く公表されておらず、また取得者へのインタビューにおいても正体が明らかになることはなかった。ただ、流れてくる話では「良いもの」であったらしく、ますます興味を惹かれるばかりである。聞き込みの結果、発掘の成功率が5%を下回っている事が判明したが、やはり調査中も客足が途絶えることがなく、一種の魔法実験にさえ思えてくる始末だ。
 このアトラクションの巧妙な部分は、入場は無料であるが内部で料金が発生することがあり、性能の高い道具や、採掘時間の延長に決して安くはない値段が付けられている所だ。また、家禽の名に恥じないルールがあるようで、発掘中は猛禽類の着ぐるみを着用することが義務付けられている。最近のトレンドは「鷹」で、この衣装の貸出のために殴り合いの喧嘩が発生したこともあるそうだ。そのため今は有料での貸出とのこと。潜入取材を試みようとしたが、妖怪は参加できない、と入り口で盛大に追い返されてしまった。どうして私が妖怪だと見抜けたのだろうか? この施設には謎が多い。
 さて、マラソンとは本来、ある古代戦争が語源となっている。文献によると、伝令兵が勝利の知らせを届けるため、命賭けで本陣まで駆けた距離をもじって創作された祭祀であり、人間達がその足でレースを行うそうだ。特に重要な期間に行われるものは走者が松明を掲げているのだという。まるで送り火を思わせるこの行事は、戦争という由来から考えるに鎮魂の儀であるのは明白だ。つまり、「家禽マラソン」とは主催者が仕組んだ慰霊祭と解釈できる。古来日本には私達を代表とした鳥霊信仰があり、またフクロウを死神とする地域もあるので、猛禽の着ぐるみとは一種の「見立て」なのであろう。では「宝」とは? 参加者が魂を運ぶ鳥ならば、宝物の位置に祖霊が待っているはずだ。妖怪禁制の態度もこれで納得だ。会場のガードをしていた宮古芳香さん(ゾンビ)に話を聞いたところ、次のような返答を貰った。「あー」 死人に口なしとは本当に便利な言葉だ。(射命丸 文)

 文々。新聞
 第百二十七季 如月の一

『天変地異の前触れか』

 暦の上では立春のある日、人間の里にある龍神像の瞳が赤く染まったとして界隈が騒然となった。その様子を目撃したのは霧雨魔理沙さん(人間)だ。氏は次のように語った。
「私はいつも通り魔法の森の珍味を卸しに来ていたわけだが、ふと像に目をやるとルビーみたいにその眼が真っ赤に染まってたんだ。ほとんど一瞬と云えるくらいだが、確かに変化したぜ」
 人間の里の中心にある龍神の像は、博麗大結界以降に作られたいわゆる里の和平の象徴である。その目の色は天候とリンクしていて、晴れの時は白、雨の日は青といった具合に変化し、人間の生活には欠かせないものとなっている。的中率は七割といったところだが、瞳の色が赤く染まる時はそのほとんどが幻想郷に異変が起きているタイミングであり、紅霧や永夜異変も例外ではなかった。この騒動で博麗神社と守矢神社の巫女が里の広場に現れたが、二人共口を揃えて霧雨氏に苦言を呈した。
「勝手に仕事を増やさないで欲しいわ。異変らしい異変なんて何も起きてないじゃない。大体、ほんの一瞬の見間違いで騒ぎ立てるあなたのほうがよっぽど危険よ」
 妖怪退治の専門家である博麗霊夢さん曰く、幻想郷内で目立った妖怪の活動はないらしく、龍神像の周りに集まった野次馬達をそのまま諭して解散させたようだ。しかし、当の霧雨氏は見たという主張をかたくなに続けている。
「嘘じゃない。絶対に見たぜ。私の他にも三人ほどその場に居合わせたのがいるから、そいつらに訊いてみてくれよ」
 聴き込みを増やして目撃者らしき人物を絞り込むことに成功したが、その誰もが『他所見をしていて気付かなかった』そうだ。また、事件とは別に不審者を見たという証言がぽつぽつと現れた。何でも、深水のローブを目深に被った謎の人物が、誰かを探しているように付近を練り歩いていたらしい。霧雨氏に再び話を伺ったところ、その人物が龍神像を通り過ぎたあとに変化が訪れたのだという。
 現場で取材を続けていると、幸運にもその疑問は向こう側から解かれた。話題に上がった謎の人物がコンタクトを求めてきたのだ。その正体は霍青娥さん(仙人)だ。彼女の云うには、
「龍の目は灰色でしたので、私のローブが補色の残像として映ったのだと思われますわ。あと、龍神は水を司っているので、水鬼に目をつけられた私に反応してしまった可能性もありますね」
 ちなみにその日は一日中曇天であった。(射命丸 文)

 文々。新聞
 第百二十七季 如月の二

『未曾有の大事故! 里の悲劇』

 人間の里で地盤の崩落事故が起きて、多数の住民が生き埋めになったという。事故現場は以前、当新聞でも紹介したことのある「家禽マラソン」の行われていた洞窟で、運悪く大規模なイベントが行われている最中だった。被災者は少なく見積もっても40人は超えており、中にはアトラクションの主催者も居たようだ。
 崩れた岩盤は厚く、里の住民達の必死の救助活動も虚しく時間は過ぎて生存は絶望的に見えた。掘削は様々な方法が取られ、比較的柔らかい地層からバイパスさせる案や、ごく小規模の発破をかける手段などが試みられたがどれも望んだ効果は得られなかった。更にこの失敗により、洞窟上部の岩盤がかなり不安定な状態になり採掘すら困難な状況に陥ってしまった。里の中枢では妖怪に力を借りるかどうか真剣に議論が交わされ、結局それに結論が出ることはなく、事故から5日が経った。やがて現場は見物人も居なくなり、発掘に関わる被災者の肉親の数も無情にも減っていった。
 生き埋めというのは食料不足や再崩落の危険性に常に晒されることになるが、その中で最も恐ろしいのは酸素が無くなることだ。僅かな隙間すらもない密閉空間では、あっという間に空気が濁り始めてしまう。例え40人の9割が死亡していたとしても、内部空間が限られているため酸素の残量は一週間も持たないだろう。また、アトラクションにおける換気装置や地盤の安定化など、様々な工事が不十分であったという杜撰な管理体制が浮き彫りとなった。事故から6日、崩落現場には多数の花束と、命蓮寺の住職による黙祷が行われた。
 誰もが生存者を信じていなかったが、捨てる神あれば拾う神あり、偶然、祈祷の最中に近くを通りがかった霍青娥さん(仙人)により、事態は思わぬ進展を見せた。青娥さんは壁抜けの鑿を使い、再崩落の危険性のある洞窟内に単身侵入して、ひとりの子供を救い出した。子供はかなり衰弱していたが命に別条はないという。青娥さん曰く、他に生存者はおらず中は惨々たる有様であったそうだ。場に居合わせた命蓮寺の聖白蓮さん(住職)は最後まで邪仙に対する警戒を呼びかけたが、里の住民達の持つ青娥さんへの信頼は更に厚くなったようだ。
 さて、事故はこれで一応の完結をしたものの、しかし疑問が甚だ残っている。主催者の意図や中毒になる参加者、「宝」の内容、また被災者を調べたところ、何と長男長女がひとりも居なかった。真相はすべて閉鎖された洞窟の中、である。(射命丸 文)

 文々。新聞
 第百二十七季 如月の三

『超殺人ウイルス! 度重なり人里に振りかかる厄災』

 人間に対して高い感染力を持つウイルスは記憶に新しいが、それを遥かに超える致死性を持った熱病が、事故の傷の癒えない里を襲った。以前とは違い症状は激烈で、早期では重い風邪症状と似るが、やがて全身の粘膜から出血が起こり、腹腔内の内出血で死亡するという。すでに死者が2名、判明しただけでも4名の感染者がおり、この事態にいち早く気付いた永遠亭の医師、八意永琳氏によって患者達は新造された隔離病棟で治療を受けている。この病気の原因はある新種のウイルスであり、八意永琳氏曰く、永遠亭には治療薬が存在しないそうだ。
「ウイルスを体内で撃滅させるには血清が必要なのよ。宿主よりも回復した患者の血液を投与するのが現段階では最善策ね。ウイルスの核酸構造を解析すれば増殖を止められる特効薬が作れるけれど、今は時間と素材、設備が足りなさすぎる」
 現在、隔離病棟で行われている治療は、なるべく患者を生かそうとする施術であるという。病原体を拡散させないように完全に封鎖されているため、どのような方法が取られているかは不明だが、新しい死者や患者は日に日に増える一方だそうだ。病死したものは誰の目にも触れないように超高温で火葬されているらしく、遺骨すら残せない現状に感染者の家族達は悲しみに暮れる日々を送っている。先日行われた検疫はかなり広い範囲を対象としており、全ての住民に対する検査が終わるまで外出を控えるよう通達が出されたが、陽性反応が出れば即隔離となるため、不安を抱えたものが里外に逃げ出し、作業は難航を極めた。
 里は三度地獄の釜に落とされたかのような恐怖に蝕まれた。さすがに今回は人間絶滅の可能性があり、天狗内でも幻想郷内の妖怪に呼びかけを行って救済する話が取り沙汰された。だが、意外な方面から人間達に救いの手が差し伸べられることになった。これまでに何度も里に貢献してきた霍青娥さん(仙人)は、突然里に訪れると、永遠亭に先駆けて開発したワクチンを素早く全員に配布した。そして、それ以降、新たな感染者は出ていない。一体どのように製造したかは謎に包まれているが、一躍救世主となった霍青娥さんには、まさに神と云っても間違いではない程の信仰が寄せられた。製法について八意永琳氏は何やら深刻な表情で彼女を問いただしていたが、その日を最後に、霍青娥さんは再び里から姿を消してしまった。人を喰ったような話だが、これは実話である。事実は小説よりも「鬼」なり。(射命丸 文)












 ――――トン、トン
 自室の玄関扉をノックされて、姫海棠はたてはその来訪者を迎えた。ここは妖怪の山、天狗の住まう幻想郷随一の危険地帯であり、人間とは異なるものの集う地だった。鴉天狗である射命丸文と姫海棠はたては互いに独立した新聞を発行し、その部数や内容を競っていた良きライバルであった。
「あら。あなたが来るなんて珍しいじゃない。椛」
 そこを尋ねたのは犬走椛、天狗カーストでは下位に位置する白狼天狗であり、妖怪の山の警護を行っている少女だ。はたては見慣れた顔を確認すると安心したように息をつき、彼女を部屋に通した。中は鴉天狗に与えられる個室とは思えないほどにシンプルで飾り気がなく、椛は客間である和室に案内された。中央には鶴の意匠が施してあるこたつがあり、はたてに続いて椛も暖を取ってようやく話が切りだされた。
「それで、何の用なの?」
 テーブル上で椛から手渡された進物の包みを開けながら、はたては何気なく訊いた。対する白狼天狗の顔色は優れず、その口が開かれるまでには不自然なほどの間があった。
「あの…………、文さんを見ませんでしたか?」
 はたてにとっては意外な要件だった。確かに四十日以上、同僚の射命丸文の姿を見てはいないが、それにしては深刻な声色だ。彼女が何日も家を空けるのはジャーナリストとしては珍しくないし、文々。新聞は昨日もちゃんと発行されている。災害や失踪を認定するには早過ぎる。
「見てないよ。どうかしたの、あいつ?」
 畏まったように背筋を縮めた椛は、俯きながら懐からあるものを取り出した。
「実は――――」





   助け て 欲 しい
私は 人間と妖 怪 両方 に 顔のき く ものだ
     こ れを手に したあな たが人間な ら
 博 麗神社 に居 る巫女 へ
      妖怪 とそ れに準ず るものな らば
   妖怪の山 を哨 戒し ている犬 走椛という白 狼天狗へ
 最後 の文字 を見れば事 情 は 通じ るは ずだ
      私 を 救ってくれ た ら
 一生裕 福で暮 らせ るほど の限 りない恩賞 を出 そう
    誰か   助け て   くれ
・私は あなたに 一番 近い 記者だ
         あなたの そばには ダウジングや 念写が
   できるものがいる 彼女達の 力を 借りてほしい・
 127         む1 3   き123  末





 椛から手渡されたものは赤黒い液体で滲んだ一枚のメモだった。文字は子供が書いた悪戯と見間違わんばかりに上下に揺れ、字間、行間も例外なくバラバラに散開していた。
 何これ? とはたてが問い返そうと舌を震わせたが、それは言葉として昇華されなかった。嫌に唾液が分泌されて、喉を鳴らして息を呑む。メモの汚れ、赤黒い染みはどうみても血液だった。それも同族だからこそ判る、臭い。これは天狗の血だ。新鮮な。
「多分、文さんの書いたものです」
 椛が凍りついたような声色で云う。そんな馬鹿な、とはたては声なき声で、睨みつけるような視線で反論した。鴉天狗は妖怪の中でも特に強い力を持つ種族であり、しかも射命丸は非交戦的でそうそう簡単に捕まるものではない。更に、メモにある記述自体も不自然でおかしく思えた。はたては言葉を絞り出す。
「――――――変よ。だって、どうして助けを求めてるのに自分の名前を出さないのよ。誰にも信用してもらえないわ」
「それはきっと、これが河原に流れ着いたからだと思います」
「どういうことよ」
「私は河童からこれを渡されたのですが、下手をしたら人間に拾われていたかもしれません。人間が妖怪を助けるなんてありえませんし、『私は人間と妖怪、両方に顔のきくものだ』と書いてあるのはきっと……」
「じゃあ、どうして自分の居場所を書かないのよ」
「私達以外に知れるとまずい場所か、もしくは文さん自体、自分が何処に居るかわからないのかも。だから最後に命蓮寺のネズミや、はたてさんの能力の記述を添えたんだと思います」
「確かに、手紙通りに解釈すれば最後の記者の部分は、……博麗神社の巫女やあなたになら通じるのかもしれない。けど、けどさ。あまりにも情報が少なすぎると思わない?」
「それは、……思いました」
「でしょ? どうして助けを求めているのか、わかんないじゃない。事故で動けなくなったのか、誰かに監禁されてるのか。それにさ、あいつの文字にして汚すぎる」
 内心、はたても穏やかではなかった。口では懐疑的に接しているが、最悪の可能性をどうしても考えてしまう。何故なら、たったひとつだけ、心当たりがあったからだ。
「その、はたてさん。ここからさきは笑わないで訊いてください」
 突然、椛は改まって、更に懐から手がかりらしき紙片を展開し始めた。見覚えのある――それは『文々。新聞』のバックナンバーであった。今年に入ってから発行された、第百二十七季号だ。
「手紙の最後に、不自然な文字列みたいなの、見えます?」
 千里眼を持つ白狼天狗が指でそれを示す。
「これ? 127……む13、き123、末」
「はい。文さんが描いたと仮定した場合なんですが、この記号が新聞のナンバーだとしたら、見てください」
 広げられたものは1、2月に刊行された五枚だ。どれもが人間の里を取材しており、彼女にしてはバリエーションが乏しく心気臭い記事ばかりに見える。
「これの127が第百二十七季、『む』が睦月、『き』は如月、他の数字は号数で考えて、『末』が記事末尾だとすると――」
「なかなか突飛な発想ね……」
「人間を脅かすのは妖怪だけでない、人間は恐ろしいもの、死人に口なし――――」
「待って。次の『一日中曇天であった』は関係ないんじゃない?」
「いいえ。これは龍神像の目が灰色であった前提があるので、像の天気予報が当たっていた、ということです。つまり」
「つまり、…………赤く染まったタイミング的に、目の錯覚でも何でもなく霍青娥っていう仙人が異変の元凶ってこと?」
「そうです。五枚の新聞記事すべて、彼女に関係しています」
「アトラクションの記事は出ていないみたいだけど」
「すこし調べたんですが、この警備をしていた宮古芳香、というアンデッドは霍青娥が作り出したそうです」
「ということは、この謎にされている主催者はその邪仙である可能性が高い……?」
「そういうことです。四つ目の末尾、真相は全て洞窟の中――」
「そして5つ目。人を喰ったような話、事実は小説よりも鬼……。実は洞窟の崩落は意図的で、犠牲者達は生きていて、――――馬鹿馬鹿しいわ」
「いえ、思ったよりも現実的です。人間の赤子の死霊を使役する禁術が邪仙にはあるらしくて、そのために自ら――」
「殺してるとでも云いたいの? あのね。私が主張したいのは霍青娥という女が犯人だという決め付けへの反論じゃないの。手紙たったひとつで心配しすぎなのよ」
「それは解ります。けどっ」
「だったら何で暗号化してあるの? ちぐはぐじゃない」
「それは事件の顛末を詳細に描いたら、人間の手に渡ったときに破り捨てられてしまう可能性があるからです。霍青娥は里では人気があって……」
「なら山ほど手紙を作って流せばいいじゃない。どれかひとつでも妖怪の手に渡れば万々歳でしょ!?」
「きっと資材が足りないんです! 目を凝らしてくださいっ、記述自体、血文字なんです! 何度も見つかって手紙を破棄されて、監視されてる中やっとひとつ流すことができたって――」
「どうしてそう私を不安にさせたがるの!? 最近さあ、ずっとあいつの記事変だと思ってたんだけどさ、あんた達共謀して私を嵌めるためにこんなデマ流してるんでしょ!?」
 ドンッ、とはたては感情に任せて机に拳を叩きつけた。その言葉自身、本心を隠すために出たものだと理解していた。信じられない、信じたくない。射命丸文が無事ではないことを、はたては薄々感じていた。
 気まずい沈黙が部屋内を支配し始め、完全に二人とも動きが止まってしまった。延々と引き伸ばされる不快な緊張を先に破ったのは、激高したはたての方だった。
「……ごめん。つい熱くなった。その、……聞かなかったことにして」
「待ってください」
 対峙した椛は目を丸くしながら口を開く。それは振りかざされた暴力への驚きではなく、もっと別の、藁をも掴むような手がかりへの渇望の現れだった。
「記事が変って、何か、知ってるんですか?」
 問われて、はたては唇を噛み締めた。ほんの僅かな文の変化。どうってことない手紙の記述を重く受け止める椛と同じように、はたてにしか解らない異変があった。言葉を飲み込みかけて、しかし、今はほんの僅かな違和感でも答えるべき場だと観念して、彼女は語り始めた。
「何言ってんのって思われるかもしれないけどさ、あいつの記事って基本、妖怪主体なのよ」
「そうだったんですか」
「当たり前でしょ。私達は天狗よ? 確かに被写体を絞って連続的に同じ舞台の記事を書くことはあるけど、その『足』が止まるなんてことはない。記事を遡ってみればわかるけど、もう三ヶ月は人間の里の外に出てないわ」
「確かに、ずっと里の話題でした――」
「あと写真の撮り方ね。例えば、あいつの写真は私の念写能力でも使ったのかって思うくらいにベストな瞬間だったり、えっと、空間的隔たりがあって一枚に収まらない時はモンタージュやら写植で表現力を補ってたんだけど、ここ最近は記事内の主体を片方しか入れてない事が多くて、ほら、アトラクションの記事なんて開場したあとで人通りが少なくなった洞窟の入口よ? こんなカットあいつは使わないし、それに…………………」
 と、急に言葉を切った。はたては考え込むように唇に手を当てて、目線を逸らす。ついに行き当たったのだ。思い浮かべることすら拒否していたひとつの心当たりに――――
「それに、なんなんです? 教えてくださいっ!」
 そこから先は厳粛な無言が広がって、一秒が永遠に続くのかと錯覚してしまうような長い空白が待っていた。風の音は部屋の前で去ってしまい、微かな息遣いが世界を支配した。やがて歯が震える音がして、はたては呟くように言葉をひねり出した。
「何ヶ月も前だけど、あいつと最後に話した日、云ってたのよ。『面白い事件を見つけたかもしれない。幻想郷の外へ取材に行けたら真相が掴めるのに』って」
 幻想郷は博麗大結界で外の世界からは孤立している。まれに外来物が規則性なしに迷い込む『幻想入り』という例外を除けば、強い力を持つ彼女達天狗ですら自分の意志で結界を超える事はできない。
「外!? あのっ、はたてさん。お願いがあるんですが――」
「わかってる」
 椛の言葉を遮るように返す。その先は謂わずとも理解していた。懐から特注のカメラ(※注 折畳式携帯電話のような形状)を取り出すと、コンソールを開いてレンズを虚空に向ける。
「あいつの場所、念写してみる」
「あっありがとうございます!」
 ひょっとすると、水面下ではすでに異変レベルの陰謀が進行しているのかもしれない。だが、射命丸の失踪も霍青娥が犯人である事も、そして事件自体が存在するかどうかも全てが想像上で踊っているだけに過ぎない。念写によって射命丸を捉えてしまえば、少なくとも彼女の置かれた状況は判るはず……
 ――――――カシャ
 異様に静まった部屋内に、待ち望んだ結果の撮影音が響いた。
「来たわ。…………あれ」
「これは」
 体を乗り出して覗き込んだ椛は、それを見て表情を曇らせた。撮影者であるはたても同じく眉根を細めて、カメラの内部ディスプレイに映し出された画像に唖然とする。
 そこに広がっていたのは、無だった。
「なにこれっ……!」
「真っ暗、ですね」
「嘘よ。だって、何も写らないなんて――」
 おかしい、と疑問と失望を持ちかけて、ふと気づく。念写が成功したからこそ真っ黒になったのではないか? つまり、
「――――もしかして、光も届かないような場所に監禁されてるんじゃない?」
「確かにその可能性ありますね……」
「文字がガタガタだった理由も多分それよ! 怪しいのは、」
「人間の里の崩落現場ですね。行きましょう!」
「待って!」
 勢い良く飛び出した椛を静止するように、はたては呼びかけた。千里眼を持つ彼女なら簡単に崩落現場を発見できるが、だからこそ感情に任せて飛び出すのは危険だと感じた。
「さきに上に話を通して。異変解決組にも声を掛けておいた方がいいと思う。保険は多くつけとかなくちゃ」
「それは………………、無理です」
「はぁ!? どうして」
 急に消極的な態度を見せられて、はたては声を荒らげた。らしくない。大将棋を推進するほど思慮深いくせに、身分関係となると思考停止するその姿が、反吐が出るほど嫌いだった。
「もう相談したんです。けど紙切れ一枚じゃ誰も信じてくれなくて……」
「あー、で、私に泣きついたってことか。はあー…………」
 出たのは深い溜息だった。諦めたかのようなその言い様に、はたては小馬鹿にした表情で返した。
「馬ッッ鹿じゃないの?」
 つい滑り出た言葉に、大真面目に取り組んでいるつもりの椛は振り返って、怒りのこもった視線を投げかけてきた。しかし、はたては失言を取り消そうとしなかった。彼女の胸中には、眼前のそれ以上に渦巻く大きな苛立ちがあったからだ。
 念写での新聞制作のために部屋からあまり出ない自分とは違い、山の哨戒をしている椛には白狼天狗以下の広いネットワークがあるはずだ。河童達にも顔が広いし、種族の優位性を使えば協力者なんて幾らでも増やせる。なにより、上層部や博麗の巫女と比較されて、相談の順序が後回しにされた自分自身に腹が立っていた。
「下っ端天狗のあんたなんかがどうこうして、上が動く訳ないじゃない」
 感情のままに挑発した。踵を返した椛は胸倉を掴むように激しくはたてに詰め寄って、
「あなたにッッ……! あなたに何が判る……ッ!」
 狼らしいギラギラとした目つきで責めてくる。今にも手を振り上げそうな剣幕だったが、はたての眼には脅威に映らなかった。鼻で笑うように息を吐き、そして、言う。
「私は鴉天狗の姫海棠はたて。白狼天狗のあなたよりも、ずっと上に顔が利くわ。だからさ……、もっと私を頼ってよ。ひとりで背負いすぎなのよ」
「あ……」
 ふっ、と力が抜けて、椛の表情から強張りが消えた。
「ありがとう……ございます」
 不器用だな、と思った。彼女の肩を叩いて促して、はたては先を歩いた。やることが沢山ある。単なる人探しが目的だが、ひょっとしたら、の可能性は拭い切れない。もし悪戯ならばそれはそれでいいだろう。無事であれば、久方振りの長い散歩をしたとでも思えばいい。
「あとで合流しましょう。私は先に上へ報告してくる。椛は河童から手紙を見つけた場所を聴いてきて。川を流れてきたのなら、その経路を辿れば何か解るかもしれない。崩落現場はそのあとにしましょう」
「はい!」
 二人の天狗が居住区を飛び立った。未だ寒い2月の終わりの事だった。やがて、誘われるようにその場所に彼女達は廻り着くだろう。河童から得た情報を元に川流を辿って行くと、やはり崩れ落ちた件の洞窟の支流のひとつに行き当たった。そこは滝壺だった。里の人間は誰も考えつかなかった裏道――――水中に空いた洞窟を経由して、未知の領域へと踏み込んだ。













 身中に憑き仙と成るを妨げしもの三尸と云う。此れ即ち、財食色の欲虫にして精を喪わせ魄を煽り、人を穢む妖恠で或る。先ず産まれ出でぬ内に肚に宿ると魂魄に棲み一体と化し、何れ屍身より這い出す故に尸を宛て鬼神の類とす。此れは人死を望み叶う事で自由を手にし又祀らるる。

 幾度となく取材をすると見えてくるものがある。それを私は理解していた。確か以前、庚申の日を記事にするとき、豊聡耳神子の話に出ていた。三尸は、地獄の死神が人間に植え付ける寄生虫で、その犯した罪を閻魔に密告する妖怪であったはずだ。
「為政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之」
 彼女はそう謂うと、理解の及ばない言語に黙した私を上からくつくつと嗤い、続けて、
「天帝イコール泰山府君(閻魔天の眷属)って謂うあなたの記事、面白かったわー。拍手をあげましょう」
 暗闇の何処かで、ぱちぱちと乾いた拍手を立ち昇らせた。私が目覚めたとき、すでに光の届く場所からは遠ざけられて、冷たい岩の上に寝かせられていた。手足は背中側で拘束されていて、力を込めることすら出来ない。
「でも、天帝は所謂階級なのよねぇ。天帝と同一と見なす場合は、四御の北極紫微大帝が相応しいのだけど、これは民俗習合の結果、北斗星君と同一視されたからよ。北斗星君は閻魔と同じ仕事をしているもの」
 硬い革の感触が、――彼女はその靴で私の頬をゆっくりと踏み潰してくる。声が出せず、苦い泥の味が口の中に広がった。初めは協力関係であったが、いまではこの通りだ。
「けれど、『星』が違いますわ。北斗星君の司る『星』は北斗七星、天帝とは北極星。あら、馴染みない、と云った様子かしら」
 里の取材をしていると彼女の足跡を見つけた。取るに足らない登場人物のひとつだったそれは、断片化された情報を集めるほどに恐ろしい怪物へと変貌を遂げていった。彼女は、人道から最も遠い場所に存在する。
「二〇〇〇年前はね、きっと信じないでしょうけど、北極星は2つありましたわ。北極紫微大帝と天皇大帝ね。――この虫はね、あなたの知ってる歴史の浅い妖怪とは別物よ」
 ズ、ッと泥のような粘り気のある感覚が、頭の、頭蓋骨の中に無理やり侵入してくる。彼女の持つ壁抜けの簪は、私の頭皮を物理的に突き破り、そのさきの脳に冷えた手を這わせてくる。生きた、太った幼虫に似たのたうち回る何かが解き放たれ、奥へ、奥へと潜り込んでいった。
「三尸。――――竈神(ソウシン)って知ってます? カマドに宿る神様で、家族の善悪の振る舞いを四御である玉皇上帝に報告して、人の寿命を奪うのです。コレが三尸説、仏教観と混合してあなた達の知る庚申待となったのですわ。つまり――」
 続けて足裏に奇妙な感覚が走った。脳と同じく、蠢く物体が挿入される。壁抜けの簪が抜けると何事もなかったように患部は肉に閉ざされ、内部にその蟲が残るのみとなった。
「この蟲は竈神ではなく、道教にある純然たる三尸なのですわ」
 瞬間、鈍い痛みが頭頂と足先をひとつの線で結ぶように生じた。心や肺に満ちていた活力がみるみる内に萎えていき、代わりに俗な感情が持ち上がった。…………唇や、臍の下が疼く。
「本来、『帝』という星が三〇〇〇年前の北極星でしたわ。ただ、歴史を経るにつれて、歳差によって生じたズレのおかげでとても太乙(天の中心)とは呼べない代物になってしまった。これが天帝の3つの過ちの内ひとつ」
 初めに接触してきたのは彼女からだった。周りを嗅ぎ回るくらいならば、情報を与えるので記事の主軸に置いてはどうだ、と。その与えられた提案は今思うと忌まわしく、そして確証に飢えた当時の私には甘美な花の蜜に思えた。危険を顧みず自ら死地に入り、しかし結果は――――この通り。
「ともかく、次代の北極星として名乗りを上げたのが北極紫微大帝と天皇大帝ですわ。夜空を見れば、そのふたつの星の間に、今の北極星があるのが見えるでしょう? 太乙を求める兄弟神の力が拮抗したために、天の北極(地軸と天球の合わさる北の点。北極星と近似)はその隙間を通るしかなくなったのよ」
 冷たい、先程とは違った死人のような荒れた指が、私の縛られた後ろ手足の結び目を解こうとしていた。それが彼女の差し金だと悟るのに、多く時間を必要としなかった。そう、もうすでに施術は完了してしまって、自由になったはずの四肢は鉛のような重さとなっていた。私は暗闇の空隙を睨みつけた。そこにはきっと彼女と部下の僵尸が居るはずだ。
「屍より這い出た三尸の還る処は北極星であって、其れの憑いた魂が『道』の陰陽、鬼か霊のどちらに寄ったかに従って、北辰(天の北極)は兄弟神のどちらかへと傾くのですわ」
 この空間はどこまでも暗く、風がない。舌が乾いて声が出ない。頭上では、まだ彼女が理解不能な薀蓄を語っている。空気の揺れはたったそれだけで、宇宙に放り出されたかのような果てのない孤独を感じる。背にあるはずの翼の感覚が無い。
「三尸は乃ち、『玉上太』の三概念を惑わせる鬼神、または神霊なのですわ。しかし人間である内はコレがあるからこそ『道』を実感できるのです」
 まるで人間のようだ。私の体は、脆弱で下劣な人間のようになってしまった。上半身を起こすが四つん這いで精一杯だ。大きく変わったバランスに酔い吐き気を催しつつも、私は口を開く。
「…………ぃ、……ぉ……………ぁっ」 だが声は出ない。
「あなたも人を体験して『道』の素晴らしさを身に刻みましょう。三尸のうち上尸と下尸だけをプレゼントしたので妖怪の頑丈さだけは残っているはずですわ。さ♪ さ♪ レッツっタオ♪」
「ぅ…………ぉぁ……」 発声器官そのものが麻痺している。
 嘘だ! そう云いたかった。長々と彼女は語ったが、ずっと観察を行ってきた私は、それらすべてが無意味な羅列であるのに気付いていた。彼女の目的は、『道』を知らしめる訳でなく、もっと恐ろしい……――――
 ふたつの足音が遠ざかっていく。闇に堕とされた私は、まるで虫のように這いずり回りながら、剥き出しの岩肌を進んでいった。
 ここは何処なのか。私は何をされたのか。忌むべきは誰か、それしかわからない。僅かに積もった砂利が伏せた腕を掻きむしり、這い進むほどに擦り傷は増えていく。衣服を脱がされていない事が不幸中の幸いだが、ほんの前までは平気だった冬の冷気も、今では耐えられないほど寒く歯の根元まで震わせている。
 喉を揺らし、言葉を出そうとするがやはり舌が上手く跳ねてくれない。声なき声はまるで死霊の呻きのようになって闇に跳ね返って立ち昇り、気が狂いそうになる。私は、いま、どうなっているんだ。
 どれだけ進んだのか、時間が経ったのかすら意識からは抜け落ちて、瞼を上げているのか、悪夢に囚われたのか、魂魄を抜き取られたのか、生きているのか、重力を感じているのか、昨日までの出来事は嘘だったのか、自分が天狗であることさえ、何もかも、何もかもが虚数空間に散り散りになって、私という自我が薄れていく――――
 何か、音が聞こえる。それは喧騒か、いや歌だ。ほんの幽かだが、童歌が響いてくる。ひとりの歌声ではない、大勢、それも、若い男、女、子供、様々な音が入り交じっている。異様な光景だ。真っ暗闇の岩戸の中に、何か、居る。
 見る見るうちにそれは近づいてきて、私の目前まで迫ると、付随させていた足音をピタッと止めた。聞き慣れた声が、まるで指導者でもあるようにその童歌を遮る。
「此処に、居ますわ」
 どういう意味――――彼女の言葉を考える暇は与えられなかった。闇から伸びた無数の手が私を掴む。それは小さいものから荒れて固くなったもの、肥満体のもの、細く長い女性のもの、まるで死霊のようだった。しかし体温があり、犬のような速まった息遣いが幾つも幾つも虚空から私を見つめていた。
 感触を確かめるように手はこの肉を揉みしだき、私の四肢の形が分かるや否や、ひっくり返して仰向けにしてくる。太腿を持ち上げられ、股を開かせられた。下着をずらすようにして、生暖かくザラザラとした感触が秘部を撫でていく。それが舌だと解るのに時間は要らなかった。
 咄嗟に私は身を捩って逃れようとするが、手は、何処からともなく沸いてきて地面に無理やり押さえつけてくる。力が、入らない。せめて下腹部の前にある顔だけはどけようと手を伸ばして触れると、それは、髪の長い、女性の頭だった。
 にゅ、ちゅく……
 肉をかき分ける感覚が、背筋に音となって昇ってくる。抵抗を試みた腕はあっという間に拘束されて、されるがまま、ひだを舐め回されていく。唾液はちょうど最も敏感なクリトリスにかぶさられて、性感帯を重点的に刺激してくる。ふつふつを湧き上がった愛液が混ざり合い、尻肉の方まで垂れていった。
「………………したわ…………」
 小声で眼前の女は囁くと、最後に陰核を吸うようにキスして、愛撫をやめた。入れ替わるようにして私の、まんぐり返しになった両の膝裏を握る者がいる。つつ……と前庭部に何か、熱いものが当てられる。秘肉を左右に開く指が現れて――――違う。さっきまでの人物とは全く違った存在を感じた時には、もう遅かった。赤熱した陰茎が、潤滑液の溢れきっていない狭い膣口に力任せに押し込められた。ぬぬ、ぬぬぬ、と無理に、果実を裂くように挿入っていく感触が気持ち悪く、しかしそれも最初だけで、すぐにも鋭い痛みが膣壁全体にじんじんと滲みわたるようになった。
「…………ぁ…………かッ……ぅ」
 悲鳴は出なかった。声にならない叫びを上げた口は、次の瞬間には別の肉棒に塞がれていた。上着は捲りあげられ、肉食獣の貪るそれのように、乳房や腹肉を幾重もの舌で撫ぜられた。子宮を小突くまでに深く貫かれて、ついに動きがそれに向かい始めた。尻肉と相手の腰の当たる音が生々しく立ち、痛覚が前後に暴れまわる。犯された口の中では歯を立てる余力もなく、私はだらしなく涎を垂らすまま。
 じぐ、ぶぷ、ぐちゅ……
 耳が、嫌な事実を捉えてしまう。音だ。それは自分の、今まさに交合している部分から、匂いのように立ち昇る。濡れてきている。それどころか、痛みは快感にすら思えてくる。身体の変化に驚き、意識は埋め込まれた三尸にたどり着く。何が原因か、そうして胸中に渦巻き始めた疑念は、一気に吐き出された白濁によって覆われてしまった。
 膣内いっぱいに粘性のある液体が広がっていく。猛っていた屹立は抜き取られて、――――物足りない、そう感じてしまう。
「ぁ、……あ……う…………」
 咥えたままの口を物欲しそうに鳴らして、相手に見えないのにも関わらず、扇情的に陰部をひくつかせてしまった。どろ、と逆流した精液が垂れて、半ずらしになった下着を汚していく。今度は男性の声で「……したぞ…………」と合図が起こると、新しい、形の違う男性器が私に侵入してきた。
 もはや、意志は無いに等しかった。舌の上で激しく射精した性突起を惜しむように丁寧に舐め取り、苦く濃厚なその白濁を一滴残さず飲み込んだ。下腹部で腰を振るそれに合わせて膣肉を縮ませて刺激して、より多く、もっと強い快感を求めている。
 ぢゅぷっ、ぐちゅぐぢゅ、ぢゅっ、…………
 酷くいやらしい音は行為を加速させ、次の、その次の肉茎を望むようになった。邪魔な下着を破り裂かれ、私は抱きかかえられて、膣口の後ろにある菊座にも性器を突き入れられた。ひとり、またひとり、と精液は子宮と肛腔を満たしていき、一度目の絶頂が来た。
「…………ぃあ……………は…………ぁ」
 痺れるように腰を揺らし、満杯になった器から溢れるように愉楽が痙攣をもたらす。溢れてはまた続き、注がれ、再び擦られ、白濁と愛液の混ざった分泌液をボタボタと落として、獣のようかすれて吠える。舌は快感の大きさに比例して突き出し、唾液を跳ねさせ、熱い吐息を響かせる。
 きゅるるるる……
 許容量を超えた雄汁が腸内で撹拌して、数日間溜まりきったものが奥から押し出されてきてしまう。しかし、やめない。抵抗せず、何十、何百と行われる性交合に身を任せる。沈み込んだ陰茎を押し返し、私の理性が瓦解するのと同時に、肛門がもりもりと盛り上がった。
「………………ぁ…………ッッうぁ―――――――」
 みち……むりりッ
 大きな質量が菊座の皺を最大直径まで引き伸ばし、それは勢い良く溢れ出た。にちにちと粘ついた音が止まらない排泄の感触を伝えてくる。ひとつ途切れたくらいでは収まらず、更に湿り気の増した汚らしい音が続いて排泄され、闇を穢していく。汚物の臭いが強くなり、手の主達が何か罵るような言葉を投げかけるが、もう意味も理解できない。気持ちいい。
「んッ…………くぁ………………ぁ…………」
 陰茎の抜けた下腹部を力んで、だらしなく開ききった膣口に指を突っ込み、腰を振り貪欲に求め、私は壊れていく。お腹が空っぽになるまで酷い排泄音を出して、汚物を積み上げていく。
 熱い。子宮の中が新しい精液で満たされ、わたしは快らくの白い渦にのまれていく――――――…………













 一時はどうなることかと思ったけど、私は助かりそう。

 まず、他の手段との差別化を図るために、大勢の人間を巻き込む必要があると考えた。これまでは安全性のため個別にして行っていたが効率があまりにも悪く、かつ範囲が狭いおかげで結果が似たり寄ったりになってしまった。どこかで方針を変化させなければ目的達成は夢のまた夢だろう。
 初めは試行錯誤の日々だった。交通手段から断絶された限界集落や、周りを水に囲まれた孤島、広大な地下室などが候補に上がったが、外部からの干渉や人数のキャパシティの確保の問題が常に付き纏った。第2ビオトープは閉鎖空間ではなかったため、外界との交流が起き設備内に不和が生じた。第6ビオトープは絶対的な密室であったが規模が小さく、また発展性が低いため不要となった。第5ビオトープまでは元々隔絶されていた環境に残されていた住民を利用したが、次からは拉致も含めた。第10ビオトープを過ぎたあたりで、失踪や隔離、宗教的人柱や事故などを口実にする方法を確立した。
 人口の男女比は7:3が好ましい。第6ビオトープは生産性を重視したために男女比を1:9にしたが、オスの消耗が激しく使い物にならなかった。第7ビオトープは前回の失敗を踏まえて3:7に設定したが、種付けをするオスと比較してメスは独占欲が強く不和が起こり最終的な生産率は0を下回った。比率を拮抗させた第8〜11ビオトープは表面上の問題は少なかったものの、コミュニティ内に派閥が生まれ管理に手間が掛かった。オスの数が多すぎると生産性が悪いのは目に見えているので、徐々に比率を操作していった結果、7:3にして、ひとりのメスに対してオスをふたりと少し分け与えるのが最適解だと云う結論に達した。
 意思の統率は最初期は宗教が最も効果を発揮すると考えていたが、シチュエーションによって大きく変動する事を発見した。コミュニティの外に天敵を用意したり、閉鎖環境からの脱出のような統一された目的を与えると大きな効果があった。また、社会的に絶望したオスはメスの居る密室空間での適応力が強く、扱いが容易かった。第13ビオトープは実験的に外科手術を施した統率法を実践した。前頭葉切除、脳梁離断術、半球切除のいずれも行ったがまとまった成果が得られず、知能や人格の変化もまちまちであるために良い結果が出なかった。しかし、この研究により、脳の外側溝の特定部位に電圧をかけると、宗教における「神」を感じたような幸福感が発現することを知る。右よりも左のほうが強く、また個人差なくほぼすべての被験体に反応があった。これにより、以降は宗教統率に一本化した。
 被験体は次男次女、孤児、旅行者、貧民層あたりが良い。なるべく外部からの干渉を減らすために、死亡した事にするとより良い。ビオトープ内の環境は過酷すぎず、かつ自立心を削ぐ構造でなければならない。離島を利用した第3ビオトープは創造の自由を許したため、ごく少数の反逆や脱走を許してしまった。第4ビオトープでは力の強い者を看守に任命して厳格な管理体制を敷き、日のほとんどを単純作業に従事させたが、階層化から生まれる無気力や暴力、また看守の暴走などでビオトープ全体の修正が必要になった。完全宗教体制を導入した今では、義務的に行われる生産活動により負担は劇的に減少したが、それでも食料や衛生問題は山積みである。第14ビオトープは長期間維持に成功した数少ない例だが、食料不足に陥り人身御供に走った経歴が何度も存在する。第1ビオトープは試験的運用であったため下水処理が一切行われず、全員感染症によって死亡した。また第3ビオトープでは離島由来の寄生虫が食料に潜んでおり、風土病に似た症状で大半が内臓障害を抱えてしまった。第18ビオトープは運悪く拉致した旅行者の中に蚊の媒介する熱病に感染した者が居たため、コミュニティ内はすぐさま全滅した。そのため現在では、安全な場所を確保した上でそこを閉鎖空間にし、健康な被験者をグループ分けして隔離、コミュニティ内で食料を自給自足させる事で解決を試みている。日照時間における精神状態の変遷は未だ実験を行っていないので、次回、もしくは次々回に予定を組んだ。
 これにより、致死性のある熱病のウイルス標本と抗体が16種、集団行動心理の珍しい例が187種、脳外科的な資料が多数、義務的に作成された呪符、金属器、神像が合わせて800弱、他、実験の本命である未練を持った死霊、死体合わせて2万。まあほとんど放置して管理していくとこんなものか。
 当たり前すぎてひとつ忘れていたが、死ぬ前に、耳元でこう囁いてやらねばならない。「死なないで。神はあなたを必要としているの」 こうして、未練を持った死霊は、口を持たずに忠実に私のところに来てくれる。しかしそれもクズみたいなもので、最も美味しい部分である赤子の死霊さえ手に入ればそれでいい。昔の聖典の言葉を借りればこうなる。「産めよ殖えよ地に満ちよ♪」
 今回は事故を偽装してビオトープを建造する事にした。例によって、人里に忍び込み寝込みを襲い、壁抜けの簪により脳を内部から物理的に反応させ、神の幻影を見せる。被災者となるものは外部への影響がなるべく少ないよう次男次女、孤児などのセオリーを守った。場所は、日照実験のため、日の一切射さない洞窟がいいだろう。さきに信用を得るために儀式的な娯楽を作り、周囲の宗教観と合わせて浸透させた。運悪く妖怪の一匹に嗅ぎ付かれたが、集団でなければ先手を取って罠を張るのは容易い。また、自身の信頼を上げるために、里にこれまでに標本化した病原菌をばら撒いてマッチポンプさせた。これもまた運悪く、私一人では対処できないほどの力を持つ月人に目をつけられたが、『善意』の行為は否定できまい。崩落は爆薬を使用し、参加者が災害に巻き込まれないよう細心の注意を図った。今回のビオトープは暗闇に包まれているため、食料を自給自足させる事ができない。手間は掛かるがどうせ長く保たせる気はない。以前とは違って、妖怪という不確定要素が付き纏うのはある意味で欠点だが、ある意味では最高の材料で、道具だ。
 前回のビオトープが伝染病で全滅した時は頭を抱えたものだ。
 一時はどうなることかと思ったけど、私は助かりそう。
 さあ観察を行おう。




 一日目 これまでの経験通り、ごく小規模のパニックはあったものの集団は安定している。死んだと勘違いさせないためにも、約5日分の火を用意して環境を明るく保った。事前に防寒具となる着ぐるみを与えているため、冬の気候は耐えられるだろう。此処から死亡の危険性がピークに達するまで経過を観察する。性交回数0

 二日目 約7〜10人ほどのコミュニティが複数形成される。オスが少人数でチームを組み、移動を開始した。状況確認が済むと動きはほとんど無くなり、コミュニティ内の情報交換に残りの時間を使う。持ち込まれた少量の食糧を分けあっているようで、食中毒の危険性が生まれた。芳香には申し訳ないが洞窟内の衛生環境を隠れながら整えてもらう。性交回数0

 三日目 異常行動を示す個体が現れた。コミュニティ内のメスに性交を迫るが、理性的な別のオスによって取り押さえられ、20分ほどのちに鎮静化した。閉鎖性ストレスのせいか睡眠時無呼吸の個体が増え始める。また合意の上での性行動が散見された。性交回数2

 五日目 松果体に当たる光の量が弱くなったためか、全員の睡眠リズムがバラバラになった。正気を保てなくなる個体が増え、4つあるコミュニティの内、ひとつに強姦が多く見られた。探索者が地底湖を見つけたが、脱出は不可能だろう。人選が良かったのか、自殺者は現れなかった。性交回数17

 六日目 篝火がなくなったので此処から本腰を入れて管理を始める。コミュニティは童歌を合唱することで情緒を安定させている。光源がなくなった事で、外部からの刺激に反応しなくなった個体、または過剰にストレス反応を見せる個体が急増した。興味深いことに、カニバリズムを賛称する被験者がどのコミュニティでも発生した。殊更酷かった集団では、実際にメスの乳房を食いちぎったオスがおり、ビオトープを存続させるのに邪魔な危険因子であると判断した。芳香に捕えさせたその被験者は、せっかくなのでマッチポンプに利用する。海馬付近の脳細胞を焼いて記憶能力を低下させる処置をしてのち、私が助けたと判るよう生存者として帰した。性交回数23

 九日目 ほぼ全員が鬱状態、または錯乱状態に陥った。酷い栄養失調を起こした被験者は幻覚や幻聴を見るようになり、また、不定期な睡眠のため時間の感覚が狂っているものが多く見られた。中には30分感覚で覚醒と睡眠を繰り返している個体がおり、彼の中では百日以上の体感時間が流れているようだった。――――そろそろ茶番も飽きてきたことだし、統率段階に入ろう。面倒な作業だが、ひとりひとりの脳溝を刺激して、私を「神」だと錯覚させる。全コミュニティを一箇所に集め、背中側より強烈な光を当てて演出をすると、雛鳥における刷り込み効果のように、みながひれ伏した。性交回数4

 十三日目 芳香は、この場所での餌やりに慣れてきたようだ。私は天からパンを降らせるような神だと思われている。健康状態が戻ってきた被験者達は、私の言う通り四六時中「生産行為」を続けている。性交回数(もう数えなくて良い)

 十九日目 単に妊娠させるだけならば簪だけで良いが、ある程度自然に従った方が良い魂魄となる。ほぼすべてのメスが着床した。里で起きた流行病を治したおかげで、一定の食糧が私に貢がれるためビオトープの維持には困らない。

 二十一日目 罠にかけて捕えておいた鴉天狗に、三尸を寄生させて身体の自由を奪った。傀儡となった被験者(人間)に犯させて混血児(の死霊)を作り出すためだ。鴉天狗の記者との内通は危険な遊びではあったが、天狗自体の高いプライドのお陰で、随分と楽な案件だった。私を探る際、協力している振りをしてほぼ独力であれだけの情報を集めたのは凄まじいが、天狗の性分なのか、独り善がりなのが運の尽きか。しかし、偽装工作とはいえ新聞の制作は手間がかかる。

 三十三日目 そろそろ来るかな。













 その二人の天狗はついに足を踏み入れた。
 射命丸の捜索のため、洞穴内に入り込んだ。冬の滝壺の凍えるような水を払い、河童製の懐中電灯を点けるはたてに続いて、椛も上陸する。
 一歩二歩進み、冷えきった空気に息が凍りつくのを見て、マフラーを締め直した。ある程度妖術的な撥水性を持った衣服はすぐにも乾き、はたては背中に従う彼女に声を掛けた。
「さ、急ぎましょう」
 ――――が、
 その背を、何かが横切った。
 濡れ落ちる川水とはまた違った水音が岩肌に散乱した。それは鋭い、剣の閃きだった。完全に不意打ちになるよう、はたての肩から袈裟斬りに振り下ろされる。柔肉から髄まで切り裂いたそれは、他の誰でもなく、犬走椛による凶器だった。はたての失血が飛沫になって地底湖の水面に流れていく。
「なに……すんの…………」
 崩折れて振り返るはたてに、椛は無表情で詰め寄った。
「私は、解ってました」
 ぽつり、と落ちたのは主従関係を失ってしまった白狼天狗の涙だった。唇を噛み締めながら、今にも倒れそうなはたての体を抱き寄せる。
「けど、仕方なかった。文さんを助けるためには、あなたを差し出さなきゃ――――……」
 その時、はたては理解してしまった。すでに椛は、自分の部屋を尋ねた時には邪仙に脅迫されていたという事を。恐らく射命丸を人質に取られて、それに加え自分の命すらも危うい状況に置かれ、選択肢が見つけられなかったのだろう。不器用な性格だからこんな馬鹿な事を実行した――――……
「あのさ。準備の……とき、……千里…眼で、私が、……何を、したか、見たの?」
 今にも吹き消えようとしている意識を繋ぎ止め、はたては声を絞り出した。天狗は、人間よりも頑丈に出来ている。
「…………はい。結局……誰にも」
 結局、はたては天狗の上層部にも、博麗の巫女にも話を信じさせることが出来なかった。霍青娥の命令で千里眼を使って監視していた椛が拍子抜けするほどに、いとも簡単に。
「そう。信じて、貰え……なかった。仕方無いわね……こんな……記事の、作り方してたら……。これなら、……三文記事で、拡散……しとけば、良かったわ……」
 天狗とは天駆ける犬のことであり、しばしば天より地表に降りてはその咆哮により大地北辰を揺るがす流星の事である。また三障四魔自由自在である魔縁であり、あるときは輝く鳥として描かれる。
「『ひとりで、背負いすぎ』……私と……あなたは、いっしょ。同じ……妖怪。だから――……」
 付いた膝を伸ばし、震える足を地面に突き立て、はたては無理矢理に立ち上がる。痛みに歪んだ表情を優しく微笑ませて、椛の頭をゆっくりと撫でた。そして、もう片方の拳を握り、込み上げてきた血を飲み込み、まっすぐ見据える。
「だから、あいつに、……――――どんな感情を持つ?」
 視線の先、光を持って現れたのは、まるで神のよう無邪気で柔和な笑みを浮かべた霍青娥。邪仙だ。凶事の元凶、その集束点。
「あ……ああ…………ごめんな……さ……」
 自分のしてしまった事の重大さと現状に板挟みにされ、椛は混乱して震えた嗚咽を漏らした。はたてはまるで母親がするようその髪を漉き、血の流れていない胸側で、優しく抱き寄せた。
「椛、」
 奮い立たせるその呼び掛けに、迷いの中にあった彼女は、――――眼を強く閉じて、小さく頷いた。再び開かれた双眸は、その剣を切っ先を目前の仙人に向けていた。
「あら? いいのかしら? 文ちゃんはこっちに居るのよ?」
 青娥は顎で芳香を促し、三尸によって意識を奪われた射命丸を盾にする。刃渡りの大きいナイフを首筋に当て、小さく切り傷をつけた。赤い鮮血が線になって落ちた。
「私達は……天狗、よ……。眼を、離した……隙に、子供を……攫う……―――」
「それが何になるのかしら?」
 はたては黒い翼を一杯に広げる。
「幻想郷、最速って意味よ!」
 稲妻のよう、赤い血の軌跡が閃光のように暗闇を割いていった。



 ………………


 ………

 …














 円形蛍光灯を頭上に浮かして、あたりを照らし出す。衛星軌道に載ったデブリをダイソン球のように仕立てて太陽光から搾取したエネルギーを電気変換しているため、向こう63億年は使える疑似科学的永久機関のようなものだ。
 スキマ(schema)からはみ出すように姿を現したのは八雲紫(17歳)だった。何やら考え込むように顎に手をやり、固いヒールの底で岩盤をカツカツと歩いた。電気灯で映し出されたその閉鎖空間には、篝火の燃えカスや文字盤の破壊された懐中時計が落ちていた。
(撲滅された天然痘ならまだしも、未だ外の世界で猛威を振るっているエボラやインフルエンザが幻想入りするのは不自然……)
 黙して思考を展開しながら、紫は黄色く変色した固い破片を拾い上げた。それは、人間の爪だった。
(誰かが持ち込んだ可能性がある。結界を越えられるような神々――八坂神奈子か、あるいは能力を持った妖怪――黒谷ヤマメか。もしくは、それら標本とともに幻想入りした何者か)
 幾重にも伸びた発掘跡。血痕らしき黒い液体の染みは、ほんの僅かであるが岩床に残っている。照明中では見辛いが、複数の男女であろう様々な長さの髪の毛が落ちていた。原始的な共同トイレらしき痕跡、床壁見境なく描かれた文字のように絡み合った模様はラースゲールの壁画のように見える。
(確か、崩落事故が起きて里の人間が大勢死亡したはずだが……、6日間で全滅したにしては随分と生活痕が多い。それに、死体が見当たらない)
 支流を周り、やがて地底湖に辿り着いた。ドーム状になった広い空間は所々に真新しい崩壊があり、何かが叩きつけられたか、もしくは爆破があったのか、抵抗の跡が見て取れた。おびただしい量の流血の残滓が一本の曲線となり湖面へと消えていた。此処で何か、恐ろしい出来事があったのは明白だった。
(生存者が絶望して争った挙句、身を投げた? という事は湖底に死体が? いや、確かこのさきは滝壺に繋がっているはずで、身投げしたのならば水死体が流れ出ているはず……)
 黒い、烏の羽が落ちていた。それは毟られたように数十枚周囲に散らばっていて、閉鎖空間には場違い過ぎる手掛かりに、紫は強い違和感を覚えた。
(生存者がひとり居たが、記憶障害で証言は得られなかった。彼を救った青娥娘々は行方を眩ませているし、此処に来て八方塞がりか。そういえば、行方不明になった天狗が複数居たはず…………)
 八雲紫は気付いていた。エボラ出血熱のワクチンは、外の世界では『回復した感染者の血液から作られる』事に。超技術を持つ月の民ならまだしも、一介の邪仙である霍青娥が保有するには過ぎた薬物である。
(けど、……――里での疫病騒ぎが起こるかなり前に、永遠亭から複数の薬品が盗まれている。青娥娘々の能力から考えると、彼女がこの時奪った特効薬を量産して配布したと推測するのが最もあり得る話ね)
 外の世界を知る紫には、例え人間を超えた仙人だとしても、流行病をコントロールする術を身につけるのは不可能だと感じていた。何しろ人類は、21世紀に入りようやく炭疽菌のゲノム配列を解析したレベルであるからだ。
(『鳥』が病気の媒介者と考えるなら、失踪した天狗が宿主となっていた? どうして? エボラウイルスは? 黒谷ヤマメを徹底的に絞り上げたがシロだった)
 闇の向こうを見据える。全ての支流を踏破した訳ではないが、果てなく続く洞窟の奥まりに、底知れない悪意を感じた。何かが起きている。しかし、解らない。紫はふっ、と短く溜息を吐いた。
(人間の里に不自然な災厄が続き過ぎている。関連性を見出そうと調査に出たが、点と線が繋がらない。誰かが仕組んだとするならば、『何の為に災害を起こしているか』、それが判らない。まるで、生まれたての妖怪が自分の力を試しているような――……)
 八雲紫の足跡は、そこで最後となった。気付いた時にはもう天災らしい天災は終息を迎えており、それ以上に、『これからの幻想郷』を考える方が合理的だと判断を下した。
 パチ、と蛍光灯の明かりを消すと、僅かな残像だけを遺し、洞窟は無限に湧き上がる闇に包まれた。童歌も、風の音もない、ひたむきで冷たい暗黒が宇宙のよう広がっていた。

 彼女が真相に辿り着く事は、決して無かった。それ以降、里には異変らしい異変は起きず、多くの者達は事件のショックを癒すために出来事自体を過去のものへと追いやった。
 やがて季節が過ぎ、十月十日を越えて妖怪の山が紅葉に染まる頃、行方不明だった霍青娥と、天狗の三人が発見された。全員酷い怪我をしていて、特に天狗はここ一年の記憶が抜け落ちるほど衰弱していた。唯一、出来事を覚えていられた霍青娥によると、
「私達は人間の里で生まれつつある妖怪を独自に調査していたのですが、不意打ちを喰らって今まで監禁されていました。病気や崩落もその妖怪のせいで、被災者の命を奪う、つまり死によって実体に近づくようでした」
 これを受けて博麗霊夢、霧雨魔理沙、東風谷早苗が捜査に乗り出すも妖怪の尻尾を掴むことはなかった。一時的に赤くなった龍神像の眼はこの妖怪の誕生を示したものであると解釈され、
「天狗食い」という新しい怪異が噂された。
 ――――だが、天狗食いがこれ以降活躍する事はなく、人々の記憶から忘れ去られていくだろう。
 誰一人、実物を目撃したものは居ないのだから。







 ……――――――発見時、三天狗の膣口に刃物で入れたような傷があったが、妖怪の回復力と永遠亭の治療ですぐにも癒着し、天狗食いによる性的暴行の跡だと片付けられ疑問を抱くものは居なかった。また、傷には二種類あり、新しいものは爪で引っ掻いたような金瘡で毒素が残っていたが致命傷ではなく、とりわけ邪仙のものは程度が軽かった。
 嘘で塗り固められた『作り物の妖怪』は産声を上げることなく、地下深くでは邪仙の築き上げたビオトープが、今も『生産行為』を続けている…………――――――

 ―――此れは人死を望み叶う事で自由を手にし又祀らるる





     終
 宇宙から来たケモにゃんにゃんは実はネコで裏で人類を支配するドス黒い悪でけどお腹撫でられるのに弱くて良く寝転んで腹毛を見せてくるけど実際触るとめちゃくちゃキレて引っかかれて挙句の果てに人間牧場に送られて搾乳される日々を送ってケモ欠乏症に罹ってケモにゃんにゃんが欲しくて堪らなくなって具現化系念能力頑張って伸ばしたんだけど元々持ってる適性は放出系だったので上手くいかずにけどひたすら修行しまくったらケモにゃんにゃんを射出する強力な念能力が開花してその誓約としてもふもふしたものに触れると何処からかブリッツボールが凄まじい勢いで飛んできてぶっ飛ばされて決してモフモフに近づけない体になってしまったけど副作用を悪用すれば人間牧場脱出できるんじゃないかと思ってやったら出来てやったー! そしてブリッツボールで吹き飛ばされながら幻想郷を巡る大いなる弾に導かれし旅行者(ブリッツボール・トラベラー)をしてたら丁度運良く発情期の影狼さんを満月の夜に見つけて飛びついたら誓約が願いとして空に届きブリッツボールの代わりに何かゴツイ顔した月が降ってきて残り3日で幻想郷を救わなくちゃいけなくなっててんやわんやしてたら自分の中の見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)が語りかけてきて力を彼らに任せたら何と身体が大きくなってました。あの月を支える4人の巨人の内ひとりは私です






 執筆時お世話になった音楽

dark phoenix : sound-0 phase-10 (東方メタルインスト)
ごんばこんなか : 秘封サウンドスケープ2 (東方エレクトロニカ/アンビエント)
N-tone  : miscellaneous fragment (東方アコースティック/アンビエント/トランス)
UNVALANCE : %3d (東方インダストリアル/エレクトロニカ)
dark sanctuary : thoughts 9 years in the sanctuary (ダークアンビエント)
BLUT AUS NORD : 777sect(s) (ブラックメタル)
henry
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2015/02/24 12:14:52
更新日時:
2015/02/24 21:19:29
評価:
6/6
POINT:
600
Rate:
17.86
分類
青娥娘々
天狗がひどい目にあう話
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POINT
1. 100 弥生 ■2015/02/24 22:56:32
あとがきのネタが分かりやすかったです。
全部読んだ後だったので何かほっとしてしまいました。
2. 100 名無し ■2015/02/25 04:50:19
三尸を妖怪に移植したり、こういう古典のオカルトを上手く取り入れたお話は物凄くワクワクします。
でも自分はあまり賢くないので最後に三天狗といいつつ青娥も怪我をしていた理由がよくわかりません。
刀傷は椛の刀としてひっかき傷は芳香かな?
3. 100 名無し ■2015/02/25 08:02:55
↑青娥の怪我は被害者を装う為の自傷行為でしょう。兵法三十六計の「苦肉計」みたいな。
「爪で引っ掻いた様な金傷」だから簪によるものかと(勝手な想像)
ヤンシャオグイと抗体、仙術と現代医学、奇跡の演出と脳科学を併用した洗脳術。
どれも莫大な試行錯誤と熟慮の末に生まれたものであり、相容れない様で根は酷似している。
それらを彼女が手にしても、思考が読めないだけに不気味です。
4. 100 名無し ■2015/02/26 20:59:39
この救いのない感じ
5. 100 名無し ■2015/02/26 21:29:05
人はただ朽ちてゆく
6. 100 NutsIn先任曹長 ■2015/02/27 01:10:33
作中に登場する情報は、はっきり言って信頼に値するものではありませんね。
公式な物は意図的に捻じ曲げられている可能性があるし、邪仙や天狗達の描写は各々の主観が入っている可能性があります。

この真実は――、明らかにするのは好ましくありませんね……。
恐らく、邪な企みをした者にも想定外な事が起こったようです。

ここは、幻想郷の守護者達や天狗上層部がしたように――。

穿り返すのは止めときましょうや。
これで幻想郷はかりそめの平穏を得られるのですから……。
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