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『魔理沙がいじめられるSS 前編』 作者: 檸檬
―1―
その日、私は里から家に帰る途中だった。
私は人間の里の人たちに、簡単な魔法を使ってできる仕事の手伝いなどをして、報酬として私一人が食べていくだけに必要な食品や生活用品などを提供してもらっている。
つまり仕事の帰りだった。
早く家に帰りたい、私は箒にまたがって全力で飛んだ。――ハトやスズメに追い抜かれながら――のろのろと飛んだ。
それが今の私に出せる精一杯の速度であった。
「あら。魔理沙さんじゃないですか」
後ろから声が聴こえたと思ったら、次の瞬間にそいつ、射命丸文は私の前に回りこんでいた。
「久しぶりですね。お元気でしたか。ああ、別にどうでもいいんですけどね。あなたの体調の良し悪しなど。死のうが生きようが知ったこっちゃないんですけどね。まあ社交辞令というやつです。天狗は社会性動物ですからね」
私は黙って聞いていた。
黙っていれば、そこそこで済ませて貰えると理解していたから。
「ん? どうしたんですか。その、いかにも『無理して作ってます』って感じの引きつった笑顔は。何か私面白いこと言いました? え? 気持ち悪いですよ魔理沙さん」
蔑み、軽んじて、文が言う。
私は何も言い返したりはしない。
何も言わずに黙っていれば、ひょっとして相手の機嫌次第では、何もせずに去っていってくれることもある。だから私は黙っていた。
だが、今日の相手方の機嫌はかなり悪い方だったらしい。
一瞬だった。
腹部に重りを埋め込まれたような感覚がした。
「オ……げぇ……っ!」
私は喉からせり出てきた熱い物を吐き出した。
文が瞬時に私の目の前まで距離を詰めて、私の腹を殴ったのだった。
文の顔が、怖くなっていた。
「キモいのよアンタ。……あ? なにその顔? 痛い? もっと痛くしてあげたほうがいい? この、ゴミクズがっ!」
言って文は、今度は脚を振り上げた。
そして、股間を下から蹴り上げられた。衝撃が腹の奥から頭まで突き抜けた。
「げひぃっ!?」
痛かった。意識が遠のいた。
危うく落下しかけたところを、文が私の髪を鷲掴みにして止めた。
「あがぅ……ぁああ……っ!」
「何情けない声出してんの。気持ちよかった? 次はどこ蹴ってほしい?」
「や……やめて……。お願いだから、もう勘弁して…………」
私は涙混じりに声を搾り出した。
文はふんと鼻を鳴らした。
「ったく、たかが人間が、生かしておいて貰えるだけありがたく思いなさい。アンタ程度、この場でブチ殺すことなんて簡単なんだからね」
文は虫の死骸でも見るかのような、軽蔑と嫌悪の入り混じった顔で言った。
そして、去っていった。
―2―
悔しいなどという思いはとうに通り過ぎていた。
私はもう自分がゴミだと信じて疑わなかった。
「どうかしら魔理沙。新開発の水府と土府を使った汚水を作り出す魔法は? 使い道が全然ないという点を除いては最高の出来だと思わない?」
パチュリーは愉悦に満ちた表情で、目を細めていた。
私は、新しい魔法の実験台という名目で、頭から大量のかび臭い水をぶっ掛けられた。
ぬれねずみだ。
寒いし、くさかった。
「さて、それじゃ帰って本を読もうかしら。次はもっと面白い魔法を作ってきてあげるから、楽しみにしてなさい。魔法使いって楽しいわね。ああ、そういえばあなたも魔法使いだったんじゃないかしら? でもあなたにはもう魔導書も法具も必要ないわよね。だって、もうほとんどただの人間だものね」
いつからだったか。
私の魔法を使う程度の能力が、急激に弱くなっていったのは。
今ではもう、普通の人間に毛が生えた程度の魔法しか使えない。
空を飛ぶにも、かつてのようなスピードは出ない。
ほとんどの魔法が使えなくなった。魔砲を撃つことなど到底無理だった。
そして、弾幕も全く張れなくなった。
妖精以下だ。
妖怪どころか妖精にすらいじめられた。
「あっははは! どーしたの。なっさけない顔して。泣いちゃうの? ねえ、泣いちゃうの? あたいがこわくて、わんわん泣いちゃうの?」
チルノは甲高い声で笑いながら氷の弾を撃ち込んできた。
痛い。体中にあたる。
全然避けられない。
反撃も、出来ない。
「ひっ……うぐっ……! やめて……もう降参だよ……頼むからやめてくれぇ…………!」
「きゃはははっ! だったら今日のところはこれで許してやる! やっぱりあたいったらさいきょーね!」
ほとんど無抵抗の私をひとしきりなぶって、チルノは満足して去っていった。
「……っぐ……えぅっ……うああ……ひぐっ! ああああぁぁぁぁ…………」
悔しいなんていう感情はとっくに捨てたはずだった。それでも、自分の情けなさに涙が出た。
何も出来ない自分が情けなかった。
みんなからいじめられた。
自分で撒いた種が目を吹いた。あるいはつけが回ってきたということだった。
かつて、自分の力にものを言わせて好き勝手してきた。その私が力を失った。
昔のファミコンの、パクパクとエサを食べながら進むゲーム。無敵時間の間は自機が敵を食べることができ、敵は逃げ回るが、無敵時間が終わった途端に逆に敵から追われて逃げ回る立場に戻る。そういうのがあった。あれと一緒だ。
誰に何をされても、私はやられたい放題だった。
「ねえ魔理沙。私はあなたの事が好きよ。たとえ魔法が使えなくなっても、私はあなたをいじめたりしないわ」
アリスは目を細めてささやいた。
私は、丸裸にされて、床に四つん這いになっていた。
アリスに「家に来い」と言われた。断れば、ひどいことをされる。私は言う通りにするしかなかった。
犬のような姿勢で這い蹲った私の眼前に、アリスはブーツを脱いだ足をつき出した。
「舐めて、足。指の間まで丁寧にしっかりとね」
私は言われた通りにした。
こんなこと、しょっちゅうだった。
でも、慣れるものではなかった。
何もかもが気持ち悪かった。
「人形っていいと思わない魔理沙。私の言う通りに動く人形。何をしろと言われても、文句一つ言わない人形。あなたは私の人形よ魔理沙。………………………………ねえ返事は? 返事はどうしたの魔理沙っ!」
ぐいっ、と口の奥にアリスの足の指が突き入れられた。
息が詰まりむせ返った。
「おぶっ!? あぇぇ……っ! ぇっ……おぇぇ……っ!」
「ちょっと魔理沙。何が『おえ』よ。私の足が汚いっていうの? 私の足が舐められないって言うの? ただの人間のくせに。卑しい下僕のくせに、私に逆らうっていうの!? 殺されたいの!?」
目と鼻と口から、涙と唾液を垂れ流す私を見下して、アリスは張りつけたような冷たい笑みを浮かべていた。
アリスは私の口から足を引き抜いた。その足で今度は私の顔を踏みつけてきた。
私の頭が、アリスの足と床とで挟まれていた。
「ねえ魔理沙? あなたは何? 人間じゃないわよね。魔法使いでもないわよね。私の奴隷でしょ? なのになんで私を怒らせるの? ねえ? ねえ!? ねえっ!?」
アリスの足の硬くて柔らかい感触が私の頭を踏みにじった。
「ほら、言って御覧なさい。教えた通りに。貴方は私の人形でしょ? 私の言う通りにしなさい」
「あぐっ……ぅ……、わたしは……魔理沙はアリスだけの人形です…………ぅぅ…………ど、どうか、可愛がって、ください…………」
「はい。よく出来ました。うふふ、可愛いわよ魔理沙。たっぷりご褒美あげるからね」
アリスは満足げに唇を吊り上げた。
私はアリスの足の指と手の指を口に含んだ。それから、もっと汚いところにも口を付けた。
少しでもちゅうちょすれば、容赦なく平手が飛んできた。
痛いのが怖いから、私は逆らわなかった。なんでもした。
なんでもしたし何でもされた。
体中を肛門まで舐めさせられた、同じ場所を今度は舐められた。
終わって、自分の家に帰って、私は台所で吐きながら泣いた。
―3―
無力な自分が恨めしかった。
自分を呪った。その後は、相手を呪った。
死ねばいいのに。そう思った。
文も、パチュリーも、アリスも。
咲夜も妖夢もチルノも。
あいつもこいつもみんなみんなみんな。
「……全員、死んでしまえ」
家の中、誰もいない場所で呪詛のような言葉を一人吐き下した。
そして、そんなことをしている自分が情けなくて、みっともなくて、また泣いた。
―4―
孤独が辛い。
それはなんと贅沢な事だろう。孤独を辛いと感じられるなど。なんと恵まれた幸せな事だろう。
私にとって、孤独は『安心』だった。
私の周りに誰もいない。
誰も私を見ていない。
誰も私に何もしない。
その事実に、たまらない安心感を持つことが出来た。
孤独だけが友達だった。
孤独だけが、私に何もしなかった。
一人で家にいる時は安心できた。
外出の回数が減った。
―5―
何日かずっと、私は家にこもって一人きりの時間を過ごしていた。
そんな時、突然家の呼び鈴が鳴った。
私にとって歓迎できる来客などいない。居留守を使おうかとも思った。しかし、もし露見したら余計に酷い事をされるかもしれない。
「今開ける」
言って、私はドアを開いた。
外に居たのは、霊夢だった。
「こんにちは魔理沙。久しぶりね」
「あ、ああ。うん。久しぶり……だな。霊夢」
「上がっていい?」
「あ……えっと、散らかってるから…………」
「そう。じゃあ、用件だけ」
霊夢の用事とは、酒の席のさそいだった。
「萃香のやつが宴会をしたがって聞かないのよ。まあ、それはいつものことだからどうでもいいんだけど。紫とか、他の奴らも今日の晩にやりたいって言い出してね。満月だからでしょうね、妖怪は月が満ちると酔っ払いたくなるみたい」
そういうわけで今日神社で宴会をすることになった、よかったら魔理沙も来なさい。それだけ告げて霊夢は帰っていった。
―6―
霊夢は例外だった。
力を失った私を、とくに邪険にしたりしなかった。
霊夢は何者に対しても公平に無関心で、ゆえに公平に優しかった。
力を失い、妖怪からは虐げられ、魔道に堕ちた禁忌の存在として人間からも距離を置かれていた私に対しても、霊夢はこれまでと同じように付き合ってくれていた。
霊夢がそうしているから、妖怪たちも私を殺したりしなかった。
人間を殺せば巫女に狩られる。そのせいで、私はぎりぎり生かされている感じだった。
でも、霊夢に泣きつくことは出来ない。
霊夢は私だけを特別扱いしない。私をいじめる妖怪たちがいても、せいぜい「魔理沙にあまり酷い事をするな」と忠告する程度のことしかしないだろう。
霊夢は善に対しても悪に対しても等しく公平だ。私一人のために他の妖怪たちを虐げることは絶対にしない。
でも、やはりありがたかった。
霊夢のお陰で私はやっていけているのだ。
宴会には参加することにした。
空を見上げると、満月がちょうど星たちの中心にあった。
博麗神社にはあいかわらず数多くの妖怪と酒が集まっていた。
宴会は、いつも通りだった。まるで妖怪と料理と酒を巨大な鍋に放り込んでしっちゃかめっちゃかにかき混ぜたような、どんちゃん騒ぎの様態だ。
「おーっし! んじゃお次はこいつを一気飲みしちゃうぞ!」
「おお、いいね萃香! 久しぶりに飲み比べといこうか!」
宴席の中心では鬼が二匹、酒樽の鏡蓋を拳で割って、そのまま抱え上げて一気飲みを披露していた。
みんな楽しそうだった。でも、誰といても楽しくない私は、隅っこでちびりちびりと酒を飲んでいるだけだった。
「はぁ……」
にがい。
酒ってこんなにまずいものだったろうか?
そう思っていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、霊夢が立っていた。
「どうしたの。楽しんでないみたいだけど」
「……そんなことないよ。私はいつでも普通だぜ」
言って私は手に持ったコップ酒を煽って、中身を胃に流し込んだ。
「いいのか? 宴会の主役がこんなはしっこに居て」
「主役不在で進む舞台もあるわ。あっちの方はもう見ての通りよ」
霊夢が示した方を見ると、確かに宴会はすでにすっかり盛り上がりきって、狂喜と混沌の様相を呈していた。
一緒に飲んでいた萃香や紫はすでにだいぶ酒が入っているらしく、あちらで好き勝手にしてるようだった。その他の妖怪たちもすっかり出来上がっていた。
「これ以上付き合うと人間の身には辛いからね。休ませてもらおうと思って」
「…………なあ霊夢」
「なに魔理沙?」
「酒がな。おいしくないんだ」
「あら。お酒に文句を言っちゃいけないわ。お酒の味は人生の味よ。千年も生きていない若造に酒の味は語れませんわ――って紫が言ってた」
霊夢の顔は、白い肌にほんのり朱がさしていた。
少し酔っているようで、いつものお気楽さが3割増しになっているように見えた。
だから、つい口が緩んだ。あるいは私も今になって酔いが回ってきたのかもしれなかった。
「霊夢。私、実はさ…………」
霊夢には関係ないのに。
つい、助けを求めたくなってしまった。
―7―
「…………ふぇ……うぇぇ……」
私は泣いていた。
私は霊夢に最近のことを話した。話しながら、いつの間にか涙がとまらなくなっていた。
全部話した。
魔法が使えなくなったこと。そのせいで妖怪たちからいじめられてること。
それを話したからって、霊夢が私のために何かをしてくれるとは思ってなかった。
霊夢は何者にも無関心だ。この私に対しても、たぶん。
だからそれは例えるなら神頼みにも似た、溺れる人間が浮いている藁がないか探すような心情に近いものだったのかもしれない。
でも、もういやだった。
「……なあ霊夢。助けてくれよ……えぐっ……お願いだから、私を助けて…………」
もう殴られるのやだよ。
いじめられて、みっともない思いをしたくないよ。
家の本も、魔法の道具も、みんな妖怪たちに盗られちゃったんだ。
誰も助けてくれない。人間も妖怪も、誰も私に味方なんかしてくれない。
「もう生きてるのがつらいよ。毎朝目が覚めても、しばらく体が動いてくれないんだ。どうせ楽しいことなんて何も無い、だったらこのままもう一度眠って、ずっと目を覚まさなければいいのに、っていつも思うんだ。でも、夜寝る前は怖くて体が震えるんだ。このまま誰にも愛されないまま、いつか一人ぼっちで死んでしまうんじゃないかって思うと、すごく怖くて、眠れなくなるんだ。……生きてるのが辛いよ。本当に辛い。もう死にたい。いっそ死にたいよぉ…………」
「そう」
霊夢は短く淡白に答える。
心配そうな顔なんてしない。
どうでもいいよ、そう言っているようにも見えるその表情。
でもそれが、私の好きないつもの霊夢だった。
「ねえ、助けて霊夢。何でもする。私、霊夢になら何されてもいいし、何でも出来る。だから…………」
「ねえ」
霊夢が私の言葉を遮って言った。
「さっきから何言ってんの?」
…………え?
それは、いつもと変わらない霊夢だった。
それは、確かに霊夢だった。
私の大好きな霊夢だった。
はあ、とため息をつき、いつも通りの口調で霊夢は、
「ウザいのよあんた」
何でも無く、ただうっとおしそうに言った。
「そんな泣きごとを言って、私にどうしてほしいわけ? 私があんたをいじめる妖怪を片っぱしから殺して回ればいいの? そんなこと出来るわけないわ。よしんば出来たとして、何で私があんたなんかのために、そんなことをしてあげないといけないの?」
何が起きたんだろう。
視界が歪む。世界がぐにゃぐにゃしてる。
どっちが上で、どっちが下なのか分からない。
なんだか舟にでも乗ってるみたいに、地面が大きくゆらゆら揺れてる気がする。
実際には、何も起きてはいない。
私の心が勝手に狂ってるだけだ。
聞き間違いであってほしかった。
夢であってほしかった。
でも、それは確かに霊夢が言った事であり、現実だった。
「私はあんたを好きでも何でもないの。馬鹿じゃないの? 死にたきゃ勝手に死ね」
霊夢は機嫌が悪そうに、つばを吐くような口調で言った。わたしに。
そして、霊夢は立ち上がって、私を一瞥することも無く去っていった。
最後に見た霊夢の表情は、「楽しい宴会の途中に、つまらない話をするな」と、そんなことを言いたげな目をしていたように思う。
私は、ただ遠ざかっていく霊夢の背中を眺めていた。
霊夢のうしろ姿は、こうこうと煌めくちょうちんの明かりと、騒がしくも楽しげな妖怪たちの笑い声の響く宴の中へ溶けこんでいった。
残された私はその時ようやく、自分のいる場所が、なんの明かりも無い、とても暗い場所であることに気づいた。
檸檬
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2009/03/12 12:54:26
更新日時:
2009/09/14 23:35:17
分類
霧雨魔理沙
いじめ
でも素敵☆