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『雨乞いしろ』 作者: zuy
洩矢神社・雨乞いの儀(作:zuy)
一、 まず生け贄を用意します。
一、 天にお供えするための場を用意します。
一、 血肉を奉納します。
一、雨が降ります。
以上、四つ。
うだるように暑い真夏の昼下がり。
境内の階段をゆっくりと老婆が降りて行く。
早苗はふと、手をさしのべた。
「大丈夫ですか、お荷物お持ちしましょうか」
「いえ、大丈夫です。タクシーを呼んでおりますので。ご親切にどうも」
早苗は微笑んで老婆を見送り、また元のように石段に腰掛けてソーダアイスを囓り始めた。
と、その時、背後に邪悪な気配。
これはいけません。
早苗は振り返ります。
神奈子が立っていました。
「あ、神奈子様」
「やあ、早苗。今日も暑いね」
「はい」
二人の間に妙な空気が流れる。
早苗は神奈子の顔を直視しない。
取り憑かれる気がするからだ。
蛇は執念深い。
「今晩、やるぞ」
ぼとり、と早苗の手からソーダアイスが落ちた。
落ちたソーダアイスがアリを押しつぶす。
恐らく3匹。
「え、まさか、あ、あの儀式ですか」
「そうだ」
「私、初めてなんです」
神奈子は胸元からタバコを取り出して火を点けた。
早苗もタバコを取り出して火を点ける。
「気象庁が何て言ったか知ってるかい?」
「ダムが…、干上がったそうです」
「おう。その通りだ。今晩やるぞ」
アイスが熱い石畳の上でじわりと溶けて、青い水たまりが広がりアリを押し流す。
もう拾う気も起きない。
「心配するな。私に任せとけ」
神奈子は早苗の肩を優しく叩く。
早苗はびくり、と体を震わす。
ああ、神奈子様は邪悪だ。
神奈子は「気付かれるなよ、あいつに」と言い残して、本殿へ引き上げていった。
早苗はぼんやりと立ちつくす。
そして、少しの後、自らも踵を返す。
神社の前の道路へ高速で進入したタクシーが老婆の体を吹き飛ばして停車した。
夜になりました。
本殿です。
大きなご神木に哀れな少女が縛り付けられています。
胴の周りを二重、三重に太い縄で縛られています。
足は地面に付いていません。
つまり、縄が支えです。
飛べるので、あまり関係のないことですが。
要は縛っておければいいのです。
さて、早苗が大きなお供え台と籠を担いできた。
籠は早苗が歩く度に揺れる。
「ご苦労さん。これで用意は出来たね」
「は、はい」
「何、緊張するな。パーっといこうや」
けけけけけ。
「はい」
と、その時「んんんん」と抗議の声が聞こえる。
諏訪子である。
猿ぐつわを噛んでいるため、まともに口も開けない。
無常のことである。
「おっと、悪い。猿ぐつわを取ってやれ」
「はい」
早苗は言われた通り、諏訪子の猿ぐつわを外してやる。
すると、彼女は堰を切ったように叫び始めた。
「嫌だ、嫌だ。痛いのは嫌だ。嫌だよう。もう、あれは嫌だよう。早苗っ、助けてくれえ」
早苗は交互に諏訪子と神奈子の顔を見比べる。
諏訪子は必死だが、神奈子は邪悪だ。
早苗は神奈子の言うことを聞こうと思った。
そうしないと、きっと痛い目に遭わされるから。
正直な所、諏訪子が死んでも痛くも痒くもない。それに死なない。
「叫んだって無駄だ。近くに民家はない。砂利道と林だけさ」
神奈子は説明した。
ここで、早苗の持ってきた籠に目をやる。
中には日本刀、ノコギリ、拳銃、ペンチ、薬品。まあ、何でもある。
特に日本刀やノコギリは先端が籠から飛び出しており、見る者へ非常に不快な気持ちを与える。
「んじゃ、まず帽子を取ってやろう。汚れるといかんからな」
神奈子は言うが早いか、諏訪子の帽子を取って傍らに置いた。
「んじゃ、日本刀くれ」
「早苗ええっ、渡しちゃ駄目だああっ」
早苗はふと、目を反らす。
すると、帽子の先に付いた大きな目玉と視線が合ってしまった。
また、目を反らす。
今度は躊躇なく、神奈子に日本刀を渡した。
神奈子は日本刀を黒塗りの鞘から、すらりと抜くと曲刃の紋を見つめて「うん」と漏らした。
「こいつは切れそうだ」
ああ、神奈子様は邪悪だ。
「嫌あああっ」
神奈子は諏訪子の口内に手を突っ込んだ。
途端に静かになる境内。
「ふう」という溜息。
「ごぼごぼごぼ」と泡の漏れるような音。
満月。砕月。早苗、諏訪子、神奈子、トライアングル。
神奈子は笑顔で、肉片を放り投げた。
そして、諏訪子の血まみれの口を指さし、自分もベロを出す。
「うるさいから、舌からいった」
早苗は手渡された肉片を見る。
逆三角形、端から零れる鮮血、間違いない。諏訪子の舌だ。
諏訪子が「ん」と口を開くと同時に大量の血泡が流れ出た。
伴って、諏訪子の目から涙が溢れる。
石畳へとこぼれ落ちる。
「痛いか。まあ、死なないんだから我慢しろや。雨乞いのためだ」
と、神奈子は諏訪子の腹に蹴りを入れた。
口から鮮血が吹きだし、神奈子にかかる。顔や髪に。
諏訪子はげほ、げほと咳き込み、間歇的に血と空気と涙を吐き出した。
「早苗、ベロはお供え台の上に置いとけ」
早苗は「はっ」と我に返り、ベロをお供え台の清潔な紙の上に置いた。
この先程から「お供え台」と言うのは個人の家の神棚に置いてある、あれの拡大版を想像してもらって差し支えない。
鏡餅を載せる類のやつだ。
「ううん。日本刀はイマイチだなあ。何て言うか、爽快感はあるんだけど」
そう言いながら、神奈子は諏訪子の右耳を切り落とし、返す刀で左耳を切り落とした。
「わっ」
早苗は思わず後退る。
諏訪子の耳のあった場所にぽっかり穴があき、赤く露出した肉を隠すように血がゆっくりと流れ始めた。
諏訪子は痛みをこらえるためにか、血を流さないためにか、口をしっかりと結び、涙を流している。
海亀の産卵を思い出した。あれは痛そうだ。
早苗は諏訪子に急かされる前に、落ちていた耳を拾い、お供えした。
早苗の巫女装束も気付けば、血に染まっていた。
「早苗よ。これが雨乞いの儀さ。秘術だ。よく見てるんだぞ早苗」
ああ、神奈子様はどうしてこんなに邪悪なのだろう。
そんなことしたら、私だって。
「鉄串を取ってくれ」
「はあ?」
素っ頓狂な声が出た。
「籠の中に入っているだろう、鉄串」
賢明な読者ならお気づきだろう。
鉄串である。
同様に、諏訪子もこれから我が身にふりかかるであろう事態を鋭く察知した。
諏訪子は口を開いて、首を振り始めた。
どくどく、と鮮血がこぼれ落ちる。
神奈子は額の汗を拭って、忌々しげに満月を見上げた。
「うるさいな。さっさと雨が降りゃ、万々歳なんだよ。え? この乾燥した空が苛立たしい。そうだろ、早苗」
「そうですね」
早苗は頷いた。
さっさと雨が降ればいいと思う。
そう思いながらも、鉄串を探した。
ふと、横を見るとつぶらな瞳をした帽子が見つめていた。
「あった、ありました。鉄串ありました」
二本セットで束ねてあった、鉄串を取り出して神奈子に放り投げる。
「うむ」
「んごごあ」
諏訪子が声にならない叫びを上げる。血が垂れる。
神奈子は無慈悲に諏訪子の両耳へ鉄串を突き刺した。
諏訪子の脳内で、「パン」と爆ぜた音。
鼓膜が破れた。
ぐらり、と諏訪子の頭が揺れる。
おそらく、彼女が見る景色も。
諏訪子は両耳に鉄串を突き刺した、ふざけた出で立ちで、だらりと力無く神木から垂れ下がった。
「お次」
あっという間であった。
早苗は「あ」と声を上げた。
「んがああっ」
鼓膜が潰れたせいか、節操のない音が諏訪子の喉から漏れた。
神奈子が左目に指を突っ込んだ。親指と人差し指と中指を一気に。
二、三度眼窩をかき回したかと思うと神奈子は指を引き抜き、早苗に目玉を放って寄越した。
「あ、目玉」
同様に右目にも指を突っ込んで先程よりも短時間で目玉を引きちぎり、早苗へ放って寄越した。
「んおお……」ともはや、呼吸ともつかぬ声が諏訪子の口から漏れる。
「どうだ、綺麗なもんだろ」
神奈子が諏訪子の前髪を掴んで、引き起こすと目玉の所にぽっかり二つの空洞が開いていた。
耳から垂れた血が、両頬を伝って肩口へ染みを作る。細い首筋を通って。
これでは、街ですれ違っても諏訪子だと気付かないかも知れない。
早苗は「そうに違いない」と首肯した。
「目玉をお供えだ」
邪悪な神奈子に指摘されて、早苗はうっかり力を込めて、目玉を握りつぶしてしまうところだったのに気付く。
ゼラチンはよく潰れる。
早苗は目玉をお供えすると、手を袴で拭いた。
ふと、横を見ると諏訪子の帽子と目が合った。
つぶらな瞳をしている。
「早苗、まだ雨は降らないか?」
早苗は上空を見つめる。
諏訪子の荒い吐息、白い清潔な紙の上に載った耳、目、舌。じわりと赤茶に滲む。
「降りませんね」
「そうか。いつもはこれぐらいで降るんだがな」
空は乾燥していた。
生け贄が足りないらしい。
当然だ。記録的干ばつなのだから。ラジオでもそう言っていた。
「ノコギリをくれ」
早苗は「はっ」とした。
何ということでしょう。
もう、これの意味する意味するところは一つしかない。
早苗は諏訪子の、自分より小さくて細い手足を見つめた。
「手、行こうや」
もはや、耳が聞こえていないのだから、遠慮はいらない。
「はい」
早苗は、ジョイフルで調達した黒柄のノコギリを取り出した。
大工達のために技術の粋を凝らした逸品。
鑑賞用に堕した刀剣とは格が違う。
「早苗、ぼうっとしてないで早くよこせ」
早苗は「はっ」と我に返る。
そして、神奈子へノコギリを渡す。
諏訪子はこれから、何が起こるのか(予感はしているだろうが)知りもせず、ぐったりと耳に鉄串を刺したまま、頭を傾けていた。
平衡感覚は難しい。
もう、縄を解いても逃げないかもしれない。
でも、駄目だ。
逃げるかもしれないから。
「手を抑えろ」
神奈子はもう諏訪子の袖をまくる。
この時点で、諏訪子は何が起こるか気付いたらしく、手を振り回し始める。
慌てる早苗。
「さあ、早く手を抑えろ」
「はい」
早苗は諏訪子の手を抑える。
諏訪子とは言えど、相当弱っているらしくあっけないものだった。
神奈子は足で諏訪子を神木へ押しつけて固定しながら、ノコギリを入れる場所を見定めていた。
「ここか」
手首。
「いや、違うな」
ひじ。
「うーん」
二の腕。
「ここだあっ」
肩。
「いくぞっ」
ノコギリが勢いよくひかれる。
諏訪子は舌が無いなりに絶叫した。
皮膚は簡単に破れ、飛び散った肉が早苗の顔に撥ねた。
あまりの熱さに早苗は顔を背ける。
「うぇ」
「んんんおおおっ」
諏訪子の口からどばどば、と溜まった血が漏れ出した。
骨が切れた後は、残りの肉が宙ぶらりんになり、半ば引きちぎれるようにして皮と一緒に切断された。
「どうだ」
「うっ、うっ」と諏訪子が嗚咽を漏らす。
その肩口からは荒々しく削られた骨と、ボロ切れのようになった皮膚が垂れ下がっていた。
まるで、工事現場のワイヤー屑である。
早苗はクレーンを思い浮かべた。
血が絶え間なく噴き出した。当然だ。
だが、止血はいらない。どうせ死にはしない。
「雨は降るかい」
諏訪子を意にも介せず、神奈子は聞いた。
早苗は空を見上げる。
「まだです。雲一つない」
「困ったなあ」
もう、邪悪な神奈子の言いたいことは分かる。
「もう一本行きますか」
「うん、行こうや」
「ううううんん」であろうか、諏訪子の口からくぐもった声が漏れる。
もはや、手を振り回す気力もあまりない。
わずかに残った左腕が哀れにも宙を切る。血を撒き散らす。
早苗は切り取ったばかりの腕をお供えすると、すぐに残った右腕を押さえつけた。
もう、要領は分かっている。
神奈子が頷いた。
「それ、ノコ入れ」
「んううううっ。んぶううっ」
諏訪子のむせび泣く中、もう一方の腕にもノコが入る。
「しっかり抑えとけ」
「はい」
ノコギリはあっという間に骨に差し掛かる。
ふと、横を見ると、諏訪子の帽子がこちらを見ていた。
つぶらな瞳で。
主人が気になるかのように。
やはり最後は屑肉が引きちぎれるようにして、強引に腕をもぎ取った。
諏訪子はすっかり静かになった。
時々「おう」、「おう」といったような声を出しているばかりだ。
早苗はもう一方の腕もお供えした。
台の上には、血が溢れていた。腕だから仕方ない。
眼にぽっかりと黒い空洞が飽き、耳の代わりに鉄串を生やし、すっかり奇妙な形になってしまった諏訪子からも血が溢れていた。
神奈子は諏訪子の足へ目を遣りながら、ノコギリを振り回す。
ああ、神奈子様は邪悪だ。
「あ」
と早苗が声を上げた。
「どうした?」
早苗の髪が何某かの重さを感じたのだ。
ふと、見上げると厚い雨雲が押し寄せてきて、水滴が槍のように降ってくるのが見えた。
いくつかが、早苗の鼻の頭を直撃する。
「雨です」
「お、おお」
途端に雷が鳴り響き、頭上に雨が降り注いだ。
早苗は雨を避けるのに、供え物をほっぽらかして、青々と茂った神木の下へ逃げ込む。
いや、むしろほっぽらかした方がいいのだろう。
「雨ですね」
早苗はいやに、はしゃいで神奈子を見上げた。
「ああ、雨だぞ。これで大丈夫だ。よく頑張ったな」
「はい」
「おい。諏訪子。見ろ。雨だ」
諏訪子は反応しなかった。
「雨ですよ」
「雨だって言ってんだろ。聞いてんのか、この野郎」
拙作ですが。
読んでいただけて幸いです。
まあ、細かいことは置いておきましょう。
zuy
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2009/03/18 17:05:12
- 更新日時:
- 2009/03/19 02:18:02
(゚」゚)ノ
ノ|ミ|
」L
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この締めが素晴らしい。
素晴らしい
神奈子さん、耳飛んでる上に穴空いてます