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『小傘が焦がされるSS』 作者: 檸檬
その日、多々良小傘は胃を殴りつけられるような酷い空腹に苦しんでいた。
小傘は人を驚かす妖怪だ。それは生きる目的であり、同時に手段でもあった。
人を驚かさないとひもじい思いをすることになる。
それが積もり積もれば、消える。妖怪の本分を忘れてぼうっと過ごして、消えていった同類を小傘は何人も知っていた。
「誰か……人間は……、驚いてくれる人間…………」
そして、行き倒れ寸前の小傘は、取ってはいけない手段を選んだ。
人間の里の住人たち。彼らは、普段巫女や半獣に守られているせいで妖怪に接し慣れていないと聞いたことがある。小傘のような力の弱い妖怪にとっては、格好の標的といえる。
本来、それはルール違反。紅白の巫女や寺子屋の半獣に見つかれば、ただではすまない。
でも他に手段が無い。死ぬほどお腹が空いている。我慢出来そうにもない。もし明日もまたこの空腹感と共に一日を過ごさなければいけないかと思うと涙が出そうになる。
そうだ。子どもがいい。日が暮れてから出歩いている子どもを、少し怖がらせるだけ。驚かして、それだけでいい。すぐ逃げれば大丈夫。
結局、小傘は空腹感に耐えられず、危険な賭けに出た。
きっと大丈夫。ちょっと驚かすだけだし、見つかってもきっと許してもらえる。小傘はなんとかなると楽観していた。
最初の人間はお遣い帰りらしい女の子だった。
「ひゅ〜どろどろ……うらめしや〜」
絹を裂くような悲鳴、とでもいうのだろうか。そんな高価な物を裂いた経験は小傘には無いが、とにかく女の子の上げた声は小傘に確かな達成感と満足感を与えてくれた。
それでやめておけばよかったのに、すぐに逃げる予定だったのに、しかし久しぶりの食事は小傘にとってあまりに快すぎた。
あとちょっとだけ。あとちょっとだけ。
その時だった。
あれ? 何か騒ぎ声が聴こえる。
なんだろう。大人の人間が騒いでる。
どうやら凶暴な妖怪が出て、子どもが襲われたらしい。
怖いなあ。わちきも逃げた方がいいかな?
あれ。よく見たらあの子、さっきわちきが驚かした女の子じゃないかな? 転んだ時にちょっとだけ腕をすりむいたみたいで、血が出てる。
え? え? え? 違う。わちきは、ただちょっと驚かしただけで。人喰い妖怪? 違う違う!
「こ、こっちです巫女さん! あの妖怪がうちの子を喰い殺そうと!」
「あら? 小傘さんじゃないですか。御機嫌よう」
現れたのは、緑色の悪魔だった。
「じゃ、神社までご同行願いましょうか。じっくりお話を聞いて差し上げますよ。カツ丼は出ませんが」
◇
こんばんは。私の名前は東風谷早苗。引越しで幻想郷に来ました。
今日も信仰を得るための活動中です。
目の前には、顔中をあざだらけにした妖怪の少女がうなだれています。
「さて、小傘さん。一体全体どういうお積もりで、里の人を襲うなんていう暴挙を働いたのでしょうか? あなたのせいで、子どもが一人怪我をしたんですよ?」
「……だって、わちきは妖怪だから、人間を驚かさないとひもじいから……。それに怪我なんておおげさだよ」
「言い訳はいいんですよ」
床に直接座っている小傘さんの顔面に私は靴の裏を叩きつけてあげました。
「ぶげぇっ!!」
小傘さんはふっ飛んで倒れ、鼻穴から血を流しました。
髪の毛を掴み、顔を持ち上げてやると、小傘さんは涙を絞るように目をつぶって「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」と呻きました。
「謝罪は無意味ですよ。ごめんで済むなら警察はいりませんし、すみませんで怪我が治れば病院はいりません」
「分かってるよぉ……、でも、だからって、こんなの……、こんなのひどすぎる……。わちきはそんなに悪いことをしたの……? わちきは、ただお腹が空いてただけなのに…………」
「この後に及んで自己正当化ですか? あなた本当にクズですね。人が優しくしてあげればつけあがるんですから」
言って、私は小傘さんの顔面をヒジで打ちました。
「うげっ!」
潰れた鼻がもう一度潰れて、吹き出た鼻血が床に飛び散ります。
さらに、髪を引き掴んだまま私は拳で小傘さんの顔を殴打しました。2発、3発、4発、5発……
「……ぁ……がへ……やべへ……、ごべんなざい、謝るから、ゆるひで…………」
口からも血と歯の破片をこぼしながら小傘さんが言いました。
「ごめんなさい? 殴られるのが怖いから謝ってるだけなんでしょう?」
と、言いつつも優しい早苗さんは小傘さんを殴るのをやめて、髪の毛を放してあげました。
「まあでも、私も別にあなたを殴って楽しみたいわけじゃないです。そこまで悪い趣味してませんからね。いかに里で人を襲ったとはいえ、私はあなたを殺す気もありません。どこぞの巫女に比べて私は優しいですからね。小傘さんもそう思うでしょう?」
「は、はぃ……、そう思います。思います」
小傘さんは張り子の牛みたいに首を縦に振りながら答えました。
「ええ。それに優しいだけじゃなくて、この早苗さんはどこぞの巫女よりもお金持ちで、神社も大きくて、美人で、背も高くておっぱいも大きいのです。だから、小傘さんを許してあげます。嬉しいですか?」
「は、はい。うれ、嬉しいです。ありがとう……ございます」
「そうでしょう、そうでしょう。じゃあ、これをどうぞ」
私は大きめのニッパーペンチを取り出して、小傘さんの目の前に放り投げました。
「……え? なに、これ? ハサミ?」
「それはハサミじゃないですよ。ニッパーペンチという道具です。通常よりも、かなり大きめのサイズですけどね、外の世界から持ってきたもので、金属をもねじ切ることが出来る便利な代物なんですよ」
「……えっと、それは分かったけど……、なんで今、それを出すの? なんで?」
不安をあらわに小傘さんが尋ねます。
「いいですか小傘さん。私はあなたを是非とも許してあげたいんです。でも、信仰のためには里の人たちも安心させてあげないといけない。もし、私があなたをただ何もせず解放したりすると、里の人たちはまた小傘さんが自分達を襲いに来るかもしれないと、怖がるかもしれません。だったら、あなたがちゃんと反省したという証拠を残さないといけませんよね? だから…………
『自分で自分の指を切り落としなさい。あなたが怖がらせた人間の数だけ』
◇
「助けて……」
小傘さんは裸で雪原に放り出されたリアクション芸人以上にガタガタ震えながら言いました。
「ええ。助けてあげますとも。許してあげますとも。いいですか小傘さん。何も腕や脚を取ろうと言うんじゃ無いんですよ。たったそれだけのことで、私はあなたのした事の罪を、許してあげると言っているのですから」
「……いや……いやだよおっ! 出来ない! そんなの出来ない! お願いだから許して! もう二度としないから! 絶対しないから!」
「出来ないなら、しょうがないですね。死んでもらいましょう。他に里の人を納得させる方法がありません」
おどしでもすかしでもなく、本当のことを私は言ってあげました。
小傘さんは返事をせずに、手に持ったペンチを絶望そのものであるかのように眺めています。
「…………まぁ、といっても無理ですよね。やれと言われて出来ることじゃないでしょう。しかし、私が無理やり指ちょん切ってあげても、それじゃ反省の証にはなりません。ですから、こういうのはどうでしょうか?」
言って、私はある物を持ってきてあげました。
小傘さんのいつも持ってる傘です。和傘は天然素材を多用しているため、普通のビニール傘と比べるとかなり重量がありました。
小傘さんは明らかな狼狽を表情に出して、息を飲みました。
「ねえ小傘さん。あなたって確か『付喪神』なんですよね?」
付喪神(つくもがみ)。古い道具に神様が宿ると考えられた、日本古来の信仰の一種です。
そういう意味では、小傘さんもある種の神様かもしれません。しかし一般に付喪神というのは、元は道具そのものから生まれた妖怪を指すのです。
私は手で傘を弄びながら、それ以上何も言わずに、ただにやりと素敵な笑みを小傘さんに送って差しあげました。
「や、やだ……、やめて。お願いだから、傘に何もしないで…………」
私は、どうやら私の思惑が外れていなかったであろうことを確信しました。
小傘さんは、いや、付喪神は道具を本能的に守ろうとする。そしてその本能は、己自身の体や心よりも道具を守ることを優先する程に強いものなのだと、聞いたことがあったのです。
「お願い、私はどうなってもいいから、傘を捨てないで下さい、破いたりしないで下さい……。お願いします。お願いします……!」
「ふぅん。小傘さんは、あの古臭いボロ傘がそんなに大事ですか?」
私がそう言うと、途端に小傘さんは火を突きつけられた小動物のように怯え出しました。
「ひっ! 分かったよ! やるよ! ゆっ、指でも何でも切るからっ。だからお願い。傘は、傘だけは…………」
「ええもちろんです。あんな素敵な色をした傘を捨てる人なんているわけないでしょう」
「すっ、捨てっ、られ……っっ!!! 嫌ぁあああ!!! 思い出させないで!! もう捨てられたくないぃぃ!!!」
小傘さんは両手で頭を抱えて座り込んでしまいました。
その耳元で、私は絵本の読み聞かせでもするかのように優しく囁きかけました。
「ゴミに出された傘って一体どうなるんでしょうね? 骨をへし折られて畳まれて、燃えるゴミに混ぜられて、焼かれるんでしょうか? それとも、燃えないゴミとして原型を留めたままどこぞの山奥にでもうち捨てられて、雨ざらしにされ、次第にぼろぼろになって、汚くなって臭くなって、誰にも看取られる事なく朽ち果ててゆくのでしょうか?」
「イヤあアアアアアッッ!!! やめてぇえええっっ!!! 聞きたくない。もうあんなのやだ。捨てられて一人ぼっちになるのは嫌ぁあああーーーー!!!」
小傘さんはショッキング映画のヒロインのように頭を振り回しながら叫び声を上げました。
ああ。楽しい。生きてるって素晴らしいことですね。早苗は幸せです。
そして幸せいっぱいの私は、全然幸せでないであろう小傘さんに向けて、にこりとした表情を向けて言いました。
「じゃ、捨てられるのが嫌なら、早くして下さい。指」
指、の部分の語調を特別強めた。
小傘さんは、諦観に暮れるしかないようでした。
ぼうっと宙を見つめたまま動かない。
何も無い空間のどこかに、希望がないかを探しているように見えました。
だけど、そんなものはない。あるわけない。
「あっ……、ああっ……、うああ…………!」
怯えきった瞳をぐらぐらと揺れ動かして、涙と鼻水がとめどなく溢れ返らせながら、やがて小傘さんはゆっくりと床に落ちたペンチに手を伸ばしました。
刃を指に当て、震える腕に渾身の力を込めて、ぐぐぐっ。
「いぎぃぃぃ!!!」
一瞬後、ばちん、と金属のぶつかる音がした。
続いて、ぼとり。
細い指と大量の血が床に落ちました。
「あっ……あぐぅううう……、うぁあああっ!」
「やればできるじゃないですか小傘さん。指はちゃんと落ちましたね。えらいですよ」
「うっ……うああ……私の指が……あああ…………」
落ちた自分の指を見て、その異様な光景に萎縮してか、あるいはこれからの生活の不便でも想像してか、小傘さんは顔をくしゃくしゃに歪めました。
「たった一本でその調子じゃあ、先が思いやられますよ。じゃ、さっさと次イって下さい」
「…………えっ? どう……して……?」
「どうしてじゃありませんよ。指はまだ4本残ってますよ」
「わ、分からないよ……! だって、さっき早苗は『怖がらせた人間の数だけ』って言ったじゃないか。わ、私は一人しか驚かしてないんだよ…………?」
いつの間にか、小傘さんは自分のことを『わちき』ではなく『私』と呼んでいました。
「はぁ、あなたは頭が悪いんですね。他人に迷惑をかけるような犯罪者には、だいたい想像力が足りないんですよ。被害者には家族がいると考えたことありますか? あなたが驚かした女の子が怪我をして帰ってきて、両親も驚きました。妖怪がいると聞いて里の人もみんな驚きました。どうですか? あなたのせいで怖い思いをした人間は一人だけですか? 違うでしょう?」
「そんな……そんな……」
「まあでも、切り落とせる指の数は片手5本しかないですからね。そこは寛大な心を持って、あるだけ全部で許してあげることにしますよ。おっと、足の指というテもありましたね。なんならそっちも切ってくれて構いませんよ。あっははははは」
「指が、なくなる……? 私の、指が、……ぁぁ…………」
◇
小傘さんの顔は、まるでモルヒネ中毒の末期患者のようでした。
うつろな瞳で、口を半開きにしてよだれを垂らしながら、小傘さんは爪切りでもするかのように、自分で自分の指を一本いっぽん切り落としていきました。
「……ぁ……ぎぃ…………ぅぁ…………ぃぁぁ………………………」
時々小さく苦痛のうめき声を上げながら、ぽとり、またぽとり。
作業のように淡々と自らの指を切断していく小傘さん。
それはあまりにも異常な光景でした。
左手の指を全て落とすと、小傘さんは手からペンチを落として、がっくりとうなだれた。
傍らには、切断された指の先が5本。
小傘さんは震えながら小さく肩で息をしていました。出血はさほどひどく噴き出すようなことにはなっていませんでした。
「お疲れ様。やっと半分ですね」
「…………ぇ……?」
色を違えた二つの瞳が揺れました。
「さっき言った通りですよ。あるだけ全部やってください。指が無くなって、もうペンチを使うのは無理でしょうけど、なんとか右手の方も頑張って下さいね。出来なければ貴方の大切な傘が火曜日の燃えるゴミです」
小傘さんは何もかも理解できないといった様子で呆然としていました。
しかし、私の言葉の意味は理解できたようです。
命令に従わなければ、命より大事な物を、燃やされる。
小傘さんは、丸くなった左手の指と、いまだ健在の右手の指を交互に見ました。
少しの沈黙。
そして、意を決したように目を閉じて、小傘さんは右手の指を口にくわえました。
次の瞬間、肉を噛み潰し、骨で骨を削る音が響き渡った。
まともな人間が聞けば、それだけで正気を失いかねない音でした。
ましてこの異常な光景もセットとなればなおさらでしょう。
小傘さんは、自分で自分の指をかじって切断していった。
一本落とすのに1分掛けて。
口の端から垂れていた唾液に血が混ざっていきました。
5分後、小傘さんの右手の指は、全ていびつにねじ切られた形で、床に散らばっていました。
「…………終わった……よ…………」
力なくそう呟く小傘さんの声。
指は両手とも全て消失しています。
口元は人でも食ってきたかのように血まみれ、表情は亡霊の如くうつろです。
その姿で「うらめしや〜」と来たなら、人間もさぞ吃驚することでしょうに。
普段の小傘さんは可愛すぎるんですよね。だから、人を驚かすことが出来ないのです。
だけど、不思議なことに、私には今の小傘さんの方が、もっと可愛らしく見えました。
優しく抱き絞めたいような、でももっと酷い事をしてあげたいような、奇妙な好意の情を、私は小傘さんに抱いていました。
「よく頑張りましたね小傘さん。もういいですよ」
私がそう言うと、小傘さんは全身を虚脱させ、その場に倒れ込みました。
ごつん。小傘さんの頭が床にぶつかって鈍い音を鳴らしました。
◇
初夏の守矢神社。
葉桜の目立ちはじめた境内を眺めながら、私は縁側でお茶をすすっていました。
ふと、小傘さんはまだ寝ているのだろうか、と考えました。
昨日の晩からずっと拷問用の部屋……じゃなくて来客用の分社の中で眠っていたのですけど、どうも目を覚ましてはいないようです。
そう思っていた時でした。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
突然、絶叫が響き渡りました。
小傘さんの声です。
「あっ。どうやら起きたみたいですね。よっこらしょ、と」
私は立ち上がって、いまだ「アアアアアア! アアアアアア!」と叫び声の鳴り続ける分社の扉を開けました。
中には、小傘さんがいました。
手足を縛られたりはしていません。というか手足がありません。
切断された手足がマネキンの部品のように4本、小傘さんの傍らに転がっています。
小傘さんは上半身だけを芋虫のようにうねうねと動かして、無い脚の間から小便を漏らしていました。
私がいることに気づくと、首だけ動かしてこちらを見ました。
「目が覚めましたか小傘さん」
私の足元近くにはのこぎりとハンマー、それに注射器が落ちています。
「いやぁ、簡単な手術だと思ったんですけど、思ったより重労働でしたよ。骨って中々切れないモンなんですねえ。ハンマーで折ってから切るといいって途中で気づいて、随分ラクになりましたけどね。あと麻酔と止血剤は使い方がよく分からないから、とにかくでたらめにたくさんぶち込んでおきましたよ。痛くなかったでしょ? まあ麻酔を打ちすぎても、神経に後遺症が残る心配無いですからね、なにせ切断しちゃうんだもの。あはははは」
「どうして!? どうしてえ!?!?」
倒れた達磨のような格好の小傘さんが涙声で叫びました。
「どうしてって……、だって手足を切れば逃げられないでしょ? だから切ったんですよ」
「そうじゃない! 一体、私が何をしたの!? どうしてこんな非道いことするの!? 鬼! 悪魔! ひとでなし!」
まるで子どもが怒る時のように、小傘さんは喚き散らしています。
「もう嫌! 返して! 私の足を返して! 腕も!! 傘も!!! 全部返してよぉぉぉ!!!!」
「ああ、そうですね。傘を返してあげる約束でした。ほら、ちゃんと用意してありますよ」
言って私は小傘さんの大切な傘を持ってきてあげました。それを見ると、小傘さんは泣き喚くのをやめて小さくすすり泣くだけになりました。安心でもしたのでしょうか。腕も足も戻ってはこないというのに。
「うっ……うぅ…………」
「ところで小傘さん。これからどうやって生活する気ですか? 人を驚かす分には以前より便利な体になったと思いますけど、手が無いのに傘があっても仕方ないですよね」
「そ、そんなのどうでもいいよっ! 関係ないでしょ! もう、もう二度と人間になんて関わるもんか……、早く傘を返して!」
「ええ。約束しましたからね。でも、ここで小傘さんに残念なお知らせがあります」
「え?」
「約束は全部嘘でした」
びりっ。
「…………え」
小傘さんは阿呆のような顔で、ただ呆然とこっちを見ています。
私は傘紙を両手で掴み、引き裂きました。
しぃぃぃぃぃ、と紙の裂ける音。
小傘さんは視界を目いっぱいに見開いて、絶句しています。叫び声を上げる余裕すらないようで、金魚のように口をパクパクさせるのみです。
続いて骨をぺきっぺきっ、と折っていってあげました。
3本目の傘骨を折ったところで、ようやく小傘さんの口から絶叫が迸りました。
「きゃああああああああああああああああ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ
あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ !!!!!!!!!!!!!」
狂ったような悲鳴とはまさにこのことだなと、私は思いました。
「や、や、やややややややややめやめやめやめややめやめて!!! やめってっやめててやめやめてぇえっっ!!! おね、おねが、お願いやめて!!! 傘をっ、かさ、かさ、かさを、破らないでぇえええーーーー!!!!」
床の上でみじめにもがきながら、回らない舌を必死で回しながら小傘さんが訴えかけます。
それがまるで逆効果だとは思いもしないで。
「いいですよ小傘さん。もっと泣いて下さい。たくさん泣けば、それだけじっくり苦しませてあげますからね。うふふふふっ」
私は泣き喚く小傘さんを尻目に、和傘の分解作業を淡々と進めていきました。
「やめてェ! お願い傘に酷いことしないで! 私の体にしてよっ! 破るのも折るのも全部、私にしてよぉ!!! 傘にだけは、傘だけは許してええええぇぇぇぇっっ!!! いやあああああ!!! あああああああ!!! あああああああああああああああああああああ!!!!!!」
心地よいミュージックが響き渡ります。あまりの心地よさに、私はその場に座っておしっこを漏らしたいような気分になりました。
ところが、10分か20分くらい経った頃でしょうか。
それまで喉が裂けるような勢いで声を枯らして泣き続けていた小傘さんが、ぷつりとヒューズが切れたように何も反応しなくなってしまいました。
「うん? 小傘さん。どうしました?」
全く、何も反応しない。
ぴくりとも体を動かさない。
無表情で、しかし顔だけはしっかりと真正面に私の方を向けていました。
「あれ? 何ですか? もう泣かないんですか? ほら、小傘さんの大切な傘が壊されていきますよ。ほらほら」
私が小傘さんによく見えるように破れた傘をみせてあげても、小傘さんは眉根をぴくりともさせません。
「………………………………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………………………………」
ただ沈黙する小傘さん。しかしその目に、一見無表情にしか見えないその顔に、ぬらぬらとした粘着質の憎悪がへばりついているのが私には分かりました。
「あらあら。ひょっとして怒ってらっしゃいますか小傘さん? おお怖い怖い」
言って、私は傘の持ち手の部分を掴み、ヒザで真っ二つにへし折りました。
小傘さんの傘は、もうただのぼろぼろの茄子色の紙と、折れた骨の塊になってしまっていました。
「ほら、返してあげますよぉ。あなたの大切な傘です……よっと!」
私はくしゃくしゃに丸めたそれを、ドッヂボールのような勢いで小傘さんの顔面へ投げつけてあげました。ボールは小傘さんの顔にぶつかって、床に転がりました。
小傘さんは顔に物をぶつけられたのに、ぴくりとも表情を動かさず、黙ったままじぃっと私の方を見ているだけでした。
よく聴くと、小傘さんがブツブツと小さく何かを言っていました。
「……うらめしや。うらめしや…………」
「…………ふうん」
私は鼻で息を吐きました。
「傘を破った私が憎いですか? そりゃそうですよね。私を呪いたいですか? そうですよね。でも、無駄ですよ」
言って私は小傘さんの顔をサッカーボールのように思い切り蹴り飛ばしました。
小傘さんの頭と胴体だけの体がコマのように横回転しました。
蹴られてあっちを向いた小傘さんはしかし、すぐにまた顔の正面を私の方に向けました。
そしてまた、ブツブツと私を呪う声を出し続けました。
「うらめしや。うらめしや」
「全く。それで私が怖がるとでも思ってるんですか? いくら頑張って私を呪っても、あなたは所詮ただの妖怪、ただの付喪神。現人神として信仰される私とは格が違うんですよ。分かりますか? ええ?」
小傘さんの頭を踏みつけながら私は言いました。
小傘さんは何も新しい反応を見せません。
だから、私としてはもう飽きちゃいました。
「はあ。まったく、ここまであっけなく壊れちゃうなんて。おもちゃにもなりゃしない。がっかりだわ。もういい。傘と一緒に、あなたも処分してあげる」
ため息とともに言って、私は小傘さんの頭を掴んで外に引きずりだしました。
葉桜茂る境内真ん中。そこは、丁度焼き芋をするのに都合が良いような、周りに燃え移るものが無い場所です。
腕と足、傘の残骸も一緒に小傘さんの体の上に、ぽいっと放り投げておきます。
油も撒いておきましょう。
「灯油って分かります小傘さん? まあ手っ取り早く言えば、よく燃えるお水ですよ」
言って私は、灯油をひっかぶって砂の上に転がっている小傘さんを見下ろしながら、ジッポライターを取り出しました。
「死んで下さい小傘さん。あと念のため教えておいてあげるけど、死んで幽霊になれるとか、あの世にいけるとか思わないでくださいね? ここは私の神社です。あなたの魂をきちんと葬儀することもできれば、逆に死神が拾っていくよりも先に『処分』することも出来るんですよ。あなたに死後の世界はありません。私がすぐに消滅させますから。この世からもあの世からも消えてもらいます。悲しいですか?」
そこで、初めて小傘さんの表情が変化しました。
涙を流していました。
小傘さんは、なおも怨嗟の言葉を漏らしながら、しかし、目からぽたぽたと涙を落としていました。
その涙が、自身の絶望的な境遇を嘆いてのものか、それとも私への怒りが流れ出たものか、自分の無力と不甲斐なさに対する悔しさから溢れ出たものか、私には分かりません。分かりたいとも思わない、どうでもいいことです。
私はジッポライターに火を点けました。
「じゃあ、さようなら小傘さん。死ぬ前に、何か言い残したいことはありますか?」
「……………………うらめ、しや……、うらめし……やぁ…………」
二色の瞳を潤ませながら、涙声になりながらなおも言葉を漏らす小傘さんに対して、私は言いました。
「はいはい表は蕎麦屋」
ぼうっ
終
本編と関係ないですが、以前投稿した『フランちゃんが酷い事されるSS』とは世界観が連続しています。フランちゃんもレミリアも、恐らく咲夜さんも、早苗さんの手で殺されています。
>>23
こちらからどうぞ
http://thewaterducts.sakura.ne.jp/cgi-bin/up/src/fuku4813.txt
檸檬
- 作品情報
- 作品集:
- 2
- 投稿日時:
- 2009/07/05 10:29:40
- 更新日時:
- 2009/09/14 23:36:55
- 分類
- 多々良小傘
- 東風谷早苗
- 拷問
小傘ちゃんのポテンシャルを見せつけられた
素晴らしいものをありがとう
楽しみだ。
『この後〜の展開にしてくれるんですよね?』は止めた方がいいのは分かってるけど、
これは因果応報オチを要望したい
そして作者さんはGJだ!!
あの時は憎悪しか抱かなかったがここまで来るとこいつがどうなるか楽しみで仕方がない。
陳腐になるかどうかは別として……
それでも俺は、その制裁オチが見てみたいんだよォ―――
小傘ちゃんの呪い発動で大変な目に、って流れかと思ったけど、
終始早苗さんのターンで終わっちゃったかー
で、次の標的は何方で?
つまりこれはっ!!?
廃水スレで書かれたという「早苗が酷いことされるSS」を読みたいです。
よろしかったら上げなおしてくれませんか?
最近はSS読む時間がなかなかとれんな……
このままとことん外道の道を突き進んでほしい気持ちもある
しかしこの早苗さんはGJすぎるな
わかります
→おいおいダジャレかよw
→中身を見て衝撃を受ける
→タイトル忘れる
いつ来るかもわからない応報がより楽しみになるね
どうしてSSの早苗は周りに嫌われそうな性格で描かれる事が多いんだ・・・
応報はあるんでしょうか
1本3000円で売ってくれ
妖怪を生かしておくわけにいかないんだろう