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『躾【上】』 作者: pnp

躾【上】

作品集: 2 投稿日時: 2009/07/20 15:13:25 更新日時: 2009/07/30 13:29:14
 吸血鬼の住まう館、紅魔館。
ここには、二人の吸血鬼が住んでいる。
一人は、幻想郷で知らぬ者はいないであろう、レミリア・スカーレット。
そしてもう一人は、怖いもの好きな人間や妖怪の間で都市伝説的に語られている、レミリアの妹に当たるフランドール・スカーレット。
 フランドールは問題のある性格や、持ち合わせている能力のせいで、紅魔館の地下室に閉じ込められているのである。
それ故、幻想郷で彼女を知る者は少ない。
 そもそも知る由もないし、何かの拍子に知ってしまった者はただでは済まない場合が多いからだ。
ただでは済まない場合が多い、と言うのは、ただで済んだ者がいる、と言う意味だ。
以来、そのただで済んだ者は、フランドールと友好的な関係を築いている。


 そんな、まさに悪魔のような―実際悪魔なのだが―妹のいる地下室に、レミリアは向かっていた。
 長らく薄暗い地下室に閉じ込めてきた事を気に病んでいたし、さすがにもう昔のように手が付けられないと言う事もないだろう、と享楽的に考えていた。
そろそろ地下室生活を卒業させ、周囲と同調して暮らしていけるようにしなければならない、と言う使命感を感じたのだ。
一応フランドールは、自分が死んでしまったら、この館の正当な跡継ぎとなるのだ。
吸血鬼とは何たるかを教えておかなくてはならない。



 重々しい鉄製の扉を、細々とした白い手で、易々と開け放つ。
ギィギィと、金属同士が擦れ合う嫌な音が、レミリアと、その従者である十六夜咲夜の耳を貫く。

 開いた扉の先の客が珍しい人物であり、フランドールは目を少しだけ見開いた。
「あら、お姉さま」
「久しぶりね、フランドール。……久しぶりと言うのも、問題があるかもしれないけど」
 自分を地下室に閉じ込めた張本人を、フランドールはさして恨んでいる訳ではなかった。
結局、よく意味が分かっていないのだ。
 読んでいた本を閉じ、姉であるレミリアに近寄る。
「どうしたの?」
「フランドール。話があるの。落ち着いて聞くのよ」
「うん」
「明日から、あなたに館の中を自由に動く権利を与える、と言うと堅苦しいわね。要は、この館の中なら自由に動き回っていいと言う事」
「え!?」
「ただし、やたらめっぽうに物や生き物を壊したりしないこと。これが約束」
「本当に?」
「本当よ。約束さえ守ればね」
 突然の姉の提案に、フランドールは飛んで跳ねて喜んだ。






「本当に大丈夫でしょうか」
 咲夜が静かに問うた。
「さあ。でも、ダメなものはダメだと教えておかなくちゃいけないし」
「それもそうですが」
 レミリアは、ふぅと息をついた。
「何事もなく、いい子になってくれればいいのだけど」


 面倒くさい妹を持った姉の希望は、叶う筈もなかった。




*




 まだ夜も明けて間もない頃。突然、紅魔館で爆音が鳴り響いた。
 館中のメイド妖精が目を覚まし、うろたえ、抱き合って泣き出し始めた。
メイドであるにも関わらず、こういう時は全く役に立ってくれない。
 続けて、門番である紅美鈴が目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながら、寝巻き姿で爆音の音源目指して駆け出した。
 音源に向かう途中で、咲夜と合流した。
「あぁ、咲夜さぁん、おはようございますぅ。もしや朝から敵襲ですかぁ?」
「……敵襲、とは少し違う気がしてるわ」
「ふぇ?」
「いいから、付いて来なさい」
「は、はーい」
 返事をした瞬間、咲夜の姿が一瞬で消えた。
「ちょ、時間止めたら付いて行ける訳ないじゃないですか!」
その場にいない咲夜に向かって美鈴が叫んだが、その叫びは広い廊下に空しく響くばかりであった。




 咲夜が音源に到着した。
 大きく破損している壁と床。木っ端微塵の家具。散乱するガラスの破片。
その犯人と思わしき人物は、悲惨な姿となってしまった部屋の中で、泣き叫ぶメイド妖精達を追い掛け回していた。
「……妹様……」
 呟いた咲夜の声が届いたらしく、犯人らしき人物は動きを止めた。
その隙にメイド妖精が泣きながら咲夜の後ろへと逃げる。
生き残り同士で、生き延びれた事を喜び合っている。
「咲夜。おはよう」
「妹様……これは、あなたが?」
「わざとじゃないもん」
 一室を瞬く間に台無しにしてしまったのは、紛れも無くフランドール・スカーレットであった。
しかも、全く悪びれた様子がない。
「何をしていたんですか?」
「そこの妖精達と、あっち向いてホイしてた」
 咲夜の後ろに隠れているメイド妖精を指差して言う。
「……で、そうやって遊んでたら、部屋がこうなったと?」
「うん」
 一応、咲夜はメイド妖精達に確認を取った。
 彼女らの言い分だと、確かにフランドールがあっち向いてホイで勝負を仕掛けてきたのは事実なのだが、
一戦目のじゃんけんの段階でどう言った訳か早速一人が犠牲になってしまい、怖くて逃げ出したら突然弾幕を張られ二人目が犠牲となり、
そのまま必死に逃げ続け、三人目の犠牲者が出る前に咲夜が来てくれたのだと、泣きながら伝えてきた。
その様子に、嘘っぽさは微塵にも感じられない。
 犬を怖がって走って逃げると、じゃれているつもりで犬がどこまでも追ってくるように、
フランドールも、怖がって逃げ出した妖精達にじゃれているつもりで弾幕を張っただけなのかもしれない。
ただし、じゃれて生命を絶ってしまうなんて、冗談にもならないが。

 騒ぎを聞きつけ、レミリアが破壊された部屋に姿を現した。
めちゃめちゃになった部屋を見回した後、部屋の真ん中に立つ妹を見る。
ため息をつき、ゆっくりとフランドールに近づいていく。
「フランドール」
「?」
「一先ず…………おはよう」
「おはよう、お姉さま」
「それで、朝早くから何をしているの」
「あっち向いてホイ」
「なるほど。あっち向いてホイで遊んでいたのね」
 もう一度、レミリアが部屋を見回す。
一体、どんな激しいあっち向いてホイが展開されていたのか、少しばかり気になった。
しかし、厳しい表情を崩さぬまま、もう一度妹を向きなおす。
「遊ぶのは一向に構わないけど、もう少し、力を抑えなさい。遊ぶ度に部屋を壊されると、咲夜が大変なのよ」
「わざとじゃないもん」
「わざとでなくても、壊したのは事実。反省しなさい」
「……」
 少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべ、フランドールは何も言わぬまま、部屋を後にした。
飛び去ったフランドールを見送り、レミリアが指示を出す。
「咲夜はどうにか部屋を直して」
「かしこまりました」
「妖精達は掃除して……美鈴はいないの?」
「は、はいい!! います! 紅美鈴、ここに!!」
 滑り込むようにして、肩で息をする寝巻き姿の美鈴が現れた。
すぐさま咲夜が檄を飛ばす。
「遅すぎる。付いて来なさいと言った筈よ」
「時間を止められたら追いつける訳ないですよ!」
「あなたも掃除を手伝って、終わったらいつも通り門番ね」


 あまりに幸先の悪い、フランドールの紅魔館デビュー。
これから、こんな事が暫く続いてしまうと思うと、レミリアは軽い頭痛を覚えた。




*




 以前よりも積極的にレミリアはフランドールに注意を促した。
放っておくだけでは何も解決しないのを、長い時間の中で学んだからである。
しかし問題なのは、フランドール自身がそれを聞き入れる気が全くない事だ。
 そもそも、500年近くも地下室に閉じ込められたら、自分に何か非があるのでは、と感じるのが普通だ。
なのに、フランドールにはそれが全くない。
わがままな姉の姿を見ながら育ったせいかもしれない。


 フランドールの暴走は、結局留まりを知らずに紅魔館を闊歩した。
遊んでみれば部屋が壊れ、掃除をすれば床が抉れ、食事をすれば食器が割れて……
 咲夜は過労で倒れるのではと思われるほど、フランドール暴走の後片付けとして、よく働いた。
 レミリアは、無駄かもしれないと思いつつも、注意をし続けた。
 美鈴は咲夜の愚痴を聞かせられる事が増えた。
 パチュリーは、図書館も安泰ではないと感じ、図書館のセキュリティを嫌と言うほど強化した。結果、魔理沙が図書館にあまり訪れなくなった。
 魔理沙が図書室を訪れなくなり、その上フランドールとばかり遊びだしたので、とても不機嫌なパチュリーの横で、小悪魔は緊張の連続を強いられた。
 メイド妖精は四分の三まで人数が減った。



 ハァ、と、重々しい二重のため息。
一つはレミリアの。もう一つは咲夜の。
 レミリアは肘をテーブルに付けて手を組み、俯き加減で咲夜に言った。
「咲夜……こんな姉で、本当に申し訳なく思ってるわ」
「そんな事はありませんわ。どうか、ご自分を卑下しないで下さいませ」
 言いつつも、咲夜もいい加減、勘弁して欲しいと思い始めていた。
連日、部屋を直してばかりで、紅茶を入れる元気などある筈もなく、殺風景なテーブルで、二人は話をする。
「待つだけじゃダメだと思って、注意を始めてはみたけど……私が思うに、何の成果もないわ」
「同意です」
「……ねえ、咲夜。客観的に見て、私ってあんなのなのかしら」
「いえ。あそこまでではないと思いますわ」
「蛙の子は蛙と言うから……幼い頃の私はあんなだったっけ……?」
「永遠に幼いですわ」
「そうね」
 沈黙。そして二重の重いため息。
止めようにも止められないフランドールの暴走。
「せめて、妹様を止める事ができれば」
「……止める、ねぇ」
「……」
「……今、「どうしてこいつは姉なのに妹より非力なんだ」って思ったでしょ」
「いえ、そんな事は」
「はぁ」
「……」
「明日ね」
「はい」
「霊夢を館に招待するわ」
「どうして急に」
「いや。私もたまには……翼……? いや、羽根を伸ばしたいし……お茶会しましょうよ。久しぶりに」
「以前は頻繁に開いていましたわね」
「霊夢を呼んで、咲夜も、美鈴も、パチェも、小悪魔も、フランドールも……みんなで落ち着いて、お茶しましょう」
「来客があれば、妹様も大人しくなりますわね。魔理沙がいる時は、大抵静かですし」
「ええ。……明日は、がんばった自分にご褒美よ」
「それはいいスイーツですわ」



*




 レミリアの急な提案は、翌日実現した。
霊夢もお茶代が浮くし、高級なお茶が飲めると、喜んで誘いにのった。
「それにしても、急にお誘いなんて、どういう風の吹き回し?」
「がんばった自分にご褒美なのよ」
「は?」

 日傘を差したレミリアと、付き添っている咲夜、そして霊夢の三人で紅魔館に向かう。

 レミリアは吸血鬼であるにも関わらず、人間の霊夢を酷く好いていた。
咲夜との主従関係や、パチュリーとの友人的関係とは、一線を画した別の関係を持ちたいと、密かに思っていた。
 咲夜は何となくそれを感じ取っていたが、特別、嫉妬心が生まれる訳でもなかった。
 現に、霊夢と話をするレミリアは本当に楽しそうで、生き生きとしていた。
昨晩の疲れきった様子はどこへやら。
大きな身振り手振りのせいで、ちゃんと見張ってないと日傘を差し損ねそうでハラハラした。

「ま、お茶くらいならいつでも付き合ってやるわよ」
「本当に?」
「本当」
「よかった」
「ちゃんと付き合ってやるから、何か異変が起きた時は解決に協力しなさい」
「任せなさい。夜の王の力を見せ付けてくれるわ」
 トンと胸を叩くレミリア。

 それとほぼ同時。
前からノロノロと三人に向かってくる人影があった。
それは、紅魔館のメイド妖精だった。
 着ているメイド服がズタボロだ。

「どうしたの?」
「い、いもぅっ、とっ、いもうと、いもうとさまっ、いもうとさまがっ、あのっ、ええっ、っと……!」
「……」

 嫌な予感を感じ、咲夜が時間を止め、紅魔館へ急ぐ。
レミリアは、紅魔館の方向と霊夢を見比べ――
「ごめんなさい霊夢、先に紅魔館に行っているから」
「え? ええ」
「絶対来なさいよ! 絶対よ!」
 そう念を押し、日傘を差したまま紅魔館へと飛んでいった。
小さくなっていくレミリアの背中。
「高級紅茶と高級茶菓子を目の前に逃げるバカがどこにいるってのよ」
 ふふんと、意味も無くどこか自慢げな鼻息を鳴らし、霊夢は紅魔館に向かって進んだ。



*



 咲夜が紅魔館に到着すると、中はとんでもない騒々しさに包まれていた。
爆音、悲鳴、笑声――
 戦場のものと何ら変わりがない。
 住みよかった紅魔館は、一体どこへ消えてしまったのか。
咲夜は玄関を開けた。


 エントランスホールでは、血なまぐさい舞踏会が繰り広げられていた。
 ズタズタになった緑色のチャイナドレスを振り乱し、美鈴が何者かに向かっていく。
その先にいるのは勿論、悪魔の妹、フランドール・スカーレット。
 ゲラゲラと笑いながら、美鈴と近接戦を繰り広げている。
 当然、美鈴は死の恐怖と隣り合わせで、笑う余裕などある訳がない。
いっそ殺害を許可されているのであればまだいいが、相手は大切なお嬢様の妹に当たる存在。
ぞんざいには扱えない。
かと言って手を抜いて制圧できる相手である筈もない。
 結局、近接戦はまたも美鈴の敗北に終わり、美鈴が壁目掛けて吹っ飛ばされる。

「美鈴!」
 咲夜が駆け寄った。
一方、フランドールはエントランスホールにいるメイド妖精達を追い掛け回し始めた。
 咲夜の到着に、美鈴はブワッと目に涙を貯めた。
「ああっ! さ、さく、さくやっ、さくやさぁん! おかえりなさい、おかえりなさいさくやさん!」
「これは一体どういう事よ!?」
 少し強めの口調で咲夜が尋ねる。
美鈴はヒィ、と怯えた様子で、慌てて腕で顔を隠した。
館を護れていない事を叱られると思ったのだろう。
「ご、ごめんなさい咲夜さん! 急に、本当に突如として妹様が暴れだしましてね!? それでそれで、エントランスホールで怖がって逃げ惑う妖精達と度の過ぎた鬼ごっこをお始めになられて……っ」
 泣きじゃくりながら美鈴が説明を続ける。
「来客前なのだから館の原型を留めておかねばと、門番ながら妹様を止めようってがんばったんです! がんばったんですけどねぇ! うええええん!」
「そ、そう……よくがんばったわね……」
 よほど怖かったのだろう、美鈴は咲夜の胸に飛びついて泣いた。
 その間にも二人の横では、度の過ぎた鬼ごっこが展開されていて、エントランスホールは余計にめちゃくちゃになっていく。
もはや、客人を招けるような状態ではない。
それどころか、今晩眠る事ができるか、咲夜は不安になった。
「今日は徹夜かしらねぇ……っ!」
 咲夜は、舌打ちをした。
 咲夜に遂に訪れてしまったまさかの反抗期に、美鈴は目を見開いた。
もう、我慢の限界だったのだ。
 姉のレミリアが憎いのではない。どうしようもなく、妹だけが憎かった。
 銀ナイフを握り締め、楽しそうなフランドールを睨みつける。
時間を止めようと、懐中時計に手を伸ばす。


 それと全く同時、レミリアがエントランスホールに現れた。
 変わり果てた館の姿に、唖然とする。
「な、何よ……これ……」
「お嬢様!」
 美鈴の声に、フランドールが入り口を向く。
「あ、お姉さま」
「……フランドール……」
「なぁに?」
「……」
 脳内でブツブツと何かが切れていく気がした。
爪が掌に食い込むのではないかと言うほど手を握り締め、
歯が軋むほど歯を食いしばり、とめどなく溢れかえる怒りを鎮めようと努める。
「(鎮まれ……私の感情……ッ!!)」
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もそう自分に言い聞かせる。
だが――



「ちょ、レミリア、どうなってんのこれ」


 後ろから不意に漏れた暢気な人間の声。
ビクリと体を震わせ、レミリアが振り返る。
 霊夢がいた。
それもそうである。彼女はお茶会に呼ばれて紅魔館へ向かってきたのだから。
レミリアが思っていたほど、早く来てしまった。
きっと、お茶とお菓子が待ちきれなかったのだろう。
「ひどい有様ね……。前来た時はもうちょっと綺麗だった筈だけど」
「あ……れ、霊夢……これは……ね……?」
「お茶会、するの? するなら参加するけど、できるの? こんな状態で」
「……」
「お。あいつってあんたの妹じゃない。あんな所で走り回ってるけど、大丈夫?」

 言われて、レミリアはゆっくりと振り返り、フランドールを見る。
 メイド妖精達を追い掛け回している。
幸せそう。楽しそう。平和そう。人の苦労も知らないで。
――自身の妹ながら、瞬く間に殺したくなった。


 不意に、フランドールが横を見た。
霊夢を見つけたようで、鬼ごっこを中断した。
「おや、珍しいお客」
「久しぶりね……って言える状態じゃないな」
「ねえ、弾幕ごっこしよう!」
「今日はお札持って来てない。そもそもお札あっても、理由もなく戦いたくない」
「いいから! いくよっ」
「は? ちょ、待ちなさ……!」
 霧の異変の際と同じように、フランドールが霊夢目掛けて弾幕を張り出した。
霊夢は反撃の術を持っていない。
降り注ぐ光の弾を必死に避けながら叫ぶ。
「こら!! ルールを守れ! 弾幕勝負は双方の承諾がないと……!」
 必死に叫ぶが、フランドールは全く聞く耳を持たない。


 レミリアは、目の前の光景を呆然と眺めていた。
 霊夢と久しぶりにお茶を飲もうと思っていたのに。
 普段からつんけんしてて、あんまり話をしてくれないが、一緒にいるだけでよかったのに。
 レミリアを恐れることなく話をしてくれる、数少ない存在であるのに。
――あのバカは、一体、何をしてくれているのだろうか。

 視界の色が白黒、フルカラーと目まぐるしく反転を繰り返す。
耳の中でブチブチと音がなった。
ブルリと視界が揺れ、次いで正体不明の小さな発光体が視界に散りばめられた。

「咲夜!!!」
 エントランスホール内に響き渡る、レミリアの声。
「は、はい?」
「霊夢を外に!!」
「畏まりました!」
 命令を受け、咲夜が大急ぎで時間を止め、霊夢もろとも外へと飛び出した。
「ちょ、私も助けて咲夜さん!!」
 美鈴の声は咲夜に届いていたが、咲夜は敢えて無視した。

「あれ?」
 標的が一瞬で消え失せてしまい、フランドールは立ち止まり、首を傾げた。
立ち止まっているフランドールにレミリアが全速力で近づく。
そして、躊躇も逡巡も雑念も加減も慈悲も慈愛も温情も血も涙も愛も情も無い拳を、フランドールの頬へとぶつけた。




 レミリアと、血のついた数本の歯だけが、その場に残った。
落ちた歯の持ち主であるフランドールは、美鈴の目にようやく留まるくらいのスピードで壁へと突っ込んでいった。
 レミリアは肩で息をし、濛々と立ち込める砂埃を睨みつける。
ガラガラと、瓦礫が雪崩れる音がし、小さな人影ができた。
 頬を真っ赤に腫れ上がらせたフランドールだ。

「……何するのよ」
 うめき声の様な声で、フランドールが問う。
「こっちの台詞よ。何をしているのよ」
 レミリアが聞き返した。
「遊んでただけ。何が悪い」
「何が悪いのかも分かってないあんたの頭が何よりも悪いに決まってるでしょ。……ああ、それすら分からないか。ごめんなさいね、難しい話をして」
「吸血鬼は……高貴な生き物だって……どんなわがままも許されるって、教えたのはあんただろ!!」
「そうだよ!! 強者のわがままを弱者は黙って聞くのが世の理! 吸血鬼は夜の王なのだからどんなわがままも許されるわ!!」
「だったらどうして私の遊びを止めた! どんなわがままも許されるんでしょ!?」
「そうよ! あなたが絶対的強者ならばね!!」

 静まり返るエントランスホール。
 だが、すぐに静寂は破られた。
フランドールがクスクスと笑っている。

「絶対的強者、なら?」
「ええ」
「じゃあ、何さ? あんたが、私より、上だと? そう言いたい訳?」
「ええ」
「……丁度いい機会だわ」
 フランドールが掌を開く。
赤黒い光の弾が現れた。
「この館の本当の主を決めようじゃない」
「……ほう?」
 レミリアが、帽子を取った。
右手に帽子を持ったまま、力を加える。
帽子が一瞬で消し炭と化し、代わりに真紅の槍が形成された。
「能ある鷹は爪を隠す。この言葉を知っているかしら?」
「さあ?」
「よ〜〜…………く、覚えておくことね」




*




 咲夜と一緒に外へ非難した霊夢は、突然変わった視界に驚いた様子で周囲を見回した。
傍に立っている咲夜を見て、すぐに時間を止めて外に出された事を理解した。
「ああ、悪いわね」
「いいえ」
「えーっと……お茶会、中止?」
「でしょうね」
 言ってから、咲夜はため息をついた。
「申し訳ないけど、お嬢様に加勢しなくちゃいけないわ。今日の所はお引取り願うわ」
「そう……」
 お茶とお菓子を逃したのが悔しいのか、霊夢はしょんぼりとうな垂れた。
よっこらしょ、と言う掛け声で立ち上がり、尻についた土を払った。
「それじゃあ、今日は帰る事にするわ」
「ええ」
「ああ、あとね……」
 霊夢は、騒がしい紅魔館を眺め、気まずそうな顔で囁いた。
「レミリアに、気を落とすな、って伝えといて」
「……」
「妹、強いんでしょ?」
「……伝えておくわね。きっとお嬢様も喜んでくれるわ」
「お願い。それじゃあね。次のお茶会も絶対に誘ってね」
 そう言うと、霊夢は壮絶な姉妹喧嘩が繰り広げられているであろう紅魔館エントランスホールを想像し、身震いした。
面倒な事に巻き込まれたくはないと、足早にその場を後にした。

 咲夜は再び銀ナイフを握り締めた。
そして、意を決し、エントランスホールへと飛び込んだ。




*




 メイド妖精達も逃げてしまい、エントランスホールで今や最弱の存在となってしまっている美鈴は、目の前の光景を唖然として眺めていた。
 頬を抓る。これが現実である事を、何度も確かめた。
「……お嬢様……」
 それ以上の言葉を、美鈴は発する事ができなかった。



「ねえ?」
「……ッ!?」
「本当のこの館の主は、誰であるべきかしら」

 真紅の槍で穿たれているのは、フランドール・スカーレット。
槍の持ち主であるレミリアは、余裕の笑みを浮かべている。
 槍に貫かれたまま、フランドールは体を持ち上げられていた。
 服が吸い切れなくなった血が、フランドールの足を伝い、地面へと落ち、赤い水溜りを形成している。
ポタポタと、じれったく、だが確実に、水溜りは少しずつ少しずつ範囲を広げていく。

「能ある鷹は爪を隠す。私はやたらめっぽうに力を誇示する愚か者じゃないわ」
「う……ぎぃ……!」
「なぁに? 495年間、私があなたを恐れて地下室に閉じ込めてる、とでも思っていた?」
「ぐ……は、はなせ……はなせぇ!」
「……今日で確信したわ。私が甘かったのよ」

 手を引き、槍をフランドールから引き抜く。
そして地面へ落ちる寸前のフランドールを蹴り飛ばす。
抗う余力などある筈もなく、一切の防御行動を起こせず、フランドールが吹き飛ぶ。
 惰性で地面を転がるフランドールに、間髪いれずに弾幕を浴びせる。
細く綺麗な翼が、ペキペキと折れてゆく。
「あぎああああ!!」
「見守るのが愛じゃないんだわ」
 実妹の苦しげな叫びなど一切無視し、レミリアの追撃は続く。
「分からない奴には、それ相応の教育を組む必要があったのね」
 急所の頭を手で覆いながら、必死に身を縮めるフランドール。
そんな実妹の哀れな姿など一切無視し、レミリアの“教育”が続く。
「いい? フランドール」
 襟首を掴んで持ち上げ、腹に拳をめり込ませる。
堪え切れずフランドールは、血と胃の中のモノを同時に吐き出した。
 そのまま、赤黒い吐瀉物目掛けて実妹を放り、レミリアは言い放った。
「これは躾なのよ」
「ぅ……ぐ……」
「そうよ。あなたには、これくらいやらないといけないんだわ」
 ふぅ、と一息つき、エントランスホールを見回す。

 まさかレミリアがフランドールを負かせるとは思っていなかった、門番とメイドを交互に見据える。
「美鈴」
「は? は、はい!!」
「怪我は平気?」
「け、けが? え、あ、まあ……」
「応急手当をして、門番しときなさい。咲夜は他のメイド妖精と、ここの掃除」
「畏まりました」
 動揺を隠しながら、咲夜はいつも通り頷いた。
「さて。パチェと小悪魔にも手伝って貰って……」
 宙を仰ぎ見ながら、これからの予定を考え出したレミリア。
その隙をつこうと、フランドールが渾身の力を振り絞ってレミリアに飛び掛る。
しかしレミリアは、まるで見透かしていたかのようにフランドールの奇襲を避け、逆に肘打ちを喰らわせた。
「あんたは地下室へいなさい。出たら罰が待っているからね」
「ちくしょう……!! おまえなんかに……あがぁっ!!?」
 憎らしいほど強い姉を睨みつけたフランドールの手を、レミリアが問答無用で踏み潰した。
「おまえ? お姉さまと呼びなさい」
 ぐちゃぐちゃになった自身の手を見て絶叫するフランドール。
 あまりにもうるさいので、レミリアは数発腹に蹴りを見舞った後、フランドールを地下室へ放り込んだ。
結構長いかもしれないので、【下】に続きます。
(以前書いた『お嬢様防衛網』が、自分のケータイだとコメントまで表示し切れなかったので、
 それを回避したいが為の処置でもあります。自分勝手で申し訳ありません)

++++++++++++++++++++

(7/30) 表現の誤りの指摘、ありがとうございました。
pnp
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2009/07/20 15:13:25
更新日時:
2009/07/30 13:29:14
分類
スカーレット姉妹
比較的グロ
7/30、少々修正。
1. 名無し ■2009/07/22 05:23:40
相変わらずお上手だことで……読んでいてドキドキハラハラしました
気合を入れて下を読もうと思います、どんな終わり方をするんだろうか
ときに、めーりんの扱いが酷いのはデフォですかねw
2. 名無し ■2009/07/26 08:32:17
鼓舞じゃなくて誇示じゃ
3. 名無し ■2009/08/07 01:20:49
かっけー
霊夢が帰る場面の手前でバリバリ死亡フラグ立ったのかと思ったけどこれは痺れる
ボコボコにされてヘタレるお嬢様も好きだが、やはりカリスマ溢れるお嬢様も素晴らしい
4. 名無し ■2009/09/19 15:49:43
お嬢様のカッコよさに失禁を禁じえない。
5. さとこー ■2009/11/07 00:56:27
キレたw
6. 名無し ■2010/03/30 18:08:07
あっち向いてホイwwww
7. 名無し ■2010/06/05 14:00:00
霊夢がいい子だー
そしてお嬢様が珍しいほどかっけえ
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