Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『躾【下】』 作者: pnp
レミリアの“教育”は、凄惨を極めた。
これぞ、悪魔の教育プログラムと言うべきなのだろうか。
読んで字の如く、それはあまりに悪魔的な、残虐なものだった。
館の廊下を猛スピードで飛ぶフランドール。
“時間”が押しているのだ。
血眼になって、食堂を目指して飛ぶ。
「遅くなっ……」
『遅くなってごめんなさい』と言う謝罪の文を言い切る前に襲い掛かってきた、前方からの強い衝撃により、フランドールは地に落ちた。
「遅い」
レミリアの冷ややかな声。
「ご、ごめんな……さい……」
「昨日も寝坊をするなと言った筈よ。どうして言われた事ができないのよ」
「明日は……明日はちゃんと……」
「うるさい。朝から泣かないでよ。不愉快だわ」
先に食堂で待っていたパチュリーが、本に目をやりながら呟いた。
食堂に全員揃い、朝食が始まった。
無言のまま、食事が続く。
暫く経ってからの事。
フランドールが、フォークを床に落とした。
「あ……」
慌てて拾おうと身を屈めた、次の瞬間。
頭のあった空間を、別のフォークが通過した。
頭上を通り過ぎた冷たい感触に、フランドールは身動きがとれなくなった。
「行儀が悪い」
レミリアの声がした。
レミリアはただ、今までの躾の中に『体罰』を加えただけだ。
効果は覿面だった。
レミリアには適わないと知ったフランドールは、すっかり大人しくなった。
以前のような天真爛漫な姿は無く、ただ姉を怒らせないよう、慎重に生活するようになった。
紅魔館は、平和だった。
そんなフランドールが、心待ちにしている存在があった。
それは、時々紅魔館に遊びに来る霧雨魔理沙である。
さすがのレミリアも、客人の前ではやたらめっぽうに怒る事をしないと言う特徴があった。
やはり客人の前で声を荒げるのは、気が引けるようだった。
つまり、魔理沙と一緒にいれば、フランドールはいくらかの安らぎを得る事ができるのである。
ある日、何の宣言も無しに魔理沙が紅魔館へ遊びに来た。
唯一と言っていい心の支えの登場に、フランドールが心を躍らせる。
「魔理沙!」
「お、フラン」
「どうして急に?」
「別に、ただ何となく」
「ね、ね、遊ぼう!」
「いいぜ。何をしようか?」
何でもよかったから、一緒に本を読もうと決めた。
普段なら本を読んでいると、姿勢が悪いとか何とかで、殴られたり腕を折られたりされてばかりだが、
魔理沙がいるとレミリアの監督がない。
何の緊張もなく、読書を楽しむ事ができる。
魔理沙の横で本に目を通す。
「へぇ。こんな魔法もかっこいいな」
「どれ?」
「ほら、これ。色を赤とか黄色とかにしたら、大層派手な魔法になってくれそうだ」
「本当だ。すごーい」
普段の生活とかけ離れた、穏やかな時間をフランドールが過ごしていると、不意に本が陰った。
魔理沙とフランドールが顔を上げると、小悪魔が立っていた。
「よう。どうしたんだ」
「魔理沙さん。実はですね」
「うん」
「パチュリー様が呼んでおられるのですが」
「え?」
当然魔理沙は声を出したが、同時にフランドールも声を上げた。
「どうしたんだ、パチュリー」
「何でも、手伝って欲しい事があるとか」
「どのくらい時間が掛かる?」
「さあ……。しかし、あの様子だと、相当なお時間が掛かってしまう事と思われます」
「そっか」
うーん、と魔理沙は唸った。
残るか、行くかで迷っているらしい。
冗談ではない、とフランドールは思った。
せっかくの穏やかな時間を。せっかくの数少ない楽しい時を、どうして崩されなくてはならないのか。
自然と、魔理沙の服を引っ張っていた。
「フラン?」
「い、行っちゃ嫌だ……」
その様子に、小悪魔は目を見開いた。
少しだけ、周囲に悟られない程度に微笑み、口を開く。
「しかし、パチュリー様は困っておられるのです。どうしても、魔理沙さんのお力が必要だと」
「そ、そんなの知らない。私が魔理沙と一緒にいるって、先に約束したもん。ねえ、魔理沙?」
「ん? まあ、そうだな」
魔理沙もそれに同意した。
魔理沙は、フランドールが置かれている状況をまったく知らない。
だから、あくまで中立の位置を保つ事にした。
小悪魔に向かってパン、と手を合わせる。
「悪い。パチュリーにそっちにゃ行けないって、伝えてくれ」
「……」
「あと、お前ならできるさって伝えておいて」
「……畏まりました」
失礼しました、と一礼し、小悪魔は踵を返し、図書館へ戻って行った。
温厚で従順な性格からは悟る事など到底不可能な、残虐な微笑を浮かべながら。
図書館で、小悪魔は魔理沙は来れない、と報告した。
「どうしてよ」
声は小さいが、パチュリーは明らかに不機嫌だ。
視線は相変わらず本に向けられていたが――
「妹様と遊んでおられるようで」
「……は?」
小悪魔の一言で、視線が本から外れた。
「何でよ? どうしてあいつの所に魔理沙がいるのよ」
「先に約束していたんだから行く必要はない、と言っておられましたよ」
「火急の用事なのよ?」
「それも伝えました。しかし、妹様が『行っちゃ嫌だ』と駄々をこねられまして。魔理沙さんは中立ですから、あちらへ残った、と言う訳です」
「……」
荒々しく本を閉じ、パチュリーが立ち上がる。
「どちらへ?」
「レミィに報告する」
「ならば私が」
「いいわ。自分で言う」
「そうですか」
図書館の重い扉を開け、パチュリーが図書館を後にした。
独りとなった小悪魔は、思い描いたシナリオ通りに事が進んだことをいたく喜んだ。
本の整理をしながら、笑った。
「ざまあみろ……ざまあみろ……くふふっ……」
*
魔理沙が帰宅した夜。
レミリアの寝室は、今までにない騒々しさがあった。
何者かの悲鳴が主だ。
後は殴打の音や、何かが壊れる音。
そして、館の主の声。
「どうしてあんなわがままを言ったの?」
「ひいぃぃっ!! ひいいい!!」
「聞いている?」
壊れたおもちゃのようにぶんぶんと首を横に振り続けるフランドール。
「聞いてないのね。屑め」
胸倉を掴み、壁へ追い込む。
後頭部を強打し、一瞬視界がぶれた。
気を失いかけたが、それは腹部への膝蹴りで阻止された。
消化中だった夕食のほとんどが戻ってきた。
戻ってきたそれらが、ビチャビチャとレミリアの服を汚す。
瞬く間に異臭が室内に立ち込める。
首根っこを掴まれたまま宙に浮かされた。
呼吸がまともにできず、ヒュウヒュウと苦しげな呼吸を繰り返す。
吐瀉物が鼻から漏れ出し、一層苦しみを増大させる。
「パチェはとても困っていたのよ?」
「ぅぁ……うぅ……ごめ……な……ぃい……」
「それを『一緒に遊びたい』だなんて下らない理由で、魔理沙をパチェの所へ向かわせなかった」
今度は勢いよく、仰向けに地面へと叩きつける。
頭、背、腰、尻の全てを強打し、痛みに悶えるフランドール。
立ち上がる隙もなく、レミリアがフランドールの腹を踏みつけた。
「えぐぁあ!!?」
「パチェを何だと思ってるの? 私の友人なのよ? あなたなんかよりもずっと知的で、ずっと役に立ってくれる」
何度も何度も、腹を踏みつける。
度の過ぎた威力のそれは、腹部の骨を意図も簡単に砕いてゆく。
ベキベキ、ポキポキと言う小気味よい音は、フランドールの絶叫でかき消される。
攻撃をやめる。
ハァー、ハァーと長い呼吸を続け、フランドールはどうにか生きながらえている。
着ていた服は血と涙と夕食で、見るに堪えない状態となってしまっている。
「ねえ、パチェ。許してくれる?」
レミリアが、横にいたパチュリーに問う。
相変わらず眠たそうな目をしているパチュリー。今日は珍しく、本に目をやっていない。
フランドールを見据え、首を横に振った。
「謝られてない」
「そうだったわね」
言うとレミリアは、フランドールを蹴ってうつ伏せにした。
そして身を屈め囁いた。
「謝りなさい」
「……ご……めん……なさいぃ……」
「そんなんじゃダメに決まってるでしょ」
「え……?」
「土下座しなさい。土、下、座」
高貴な生物である吸血鬼が、一魔法使いに土下座を強いられている。
心中のプライドと言う炎が、僅かに燻るのを感じた。
「……土下座……なんて……」
言うや否や、レミリアの蹴りがフランドールを襲った。
横腹の骨が粉砕された。
「うぎぃいいい!!」
「謝るのよ」
「だ……誰が……土下座……なんてぇ……!」
拳を握り締め、痛みを堪えるフランドール。
しかしその握り拳も、即座に踏み潰された。
「あぎゃあぁあああぁああああああ!!」
「強情な奴ね」
一体、どれほどの時間が経ったのかは分からない。
両腕があらぬ方向にひん曲がり、手は血だらけで、服は原型を留めておらず、体のありとあらゆる部分に切創を作ったフランドールが、額を床に付けた。
腕は動かないので、床に投げ出されたままだ。
「も………ぅしわけ……あり…………ません……でし……た……」
蚊の泣くよりも小さな声で、確かにフランドールはそう言った。
返り血に塗れたレミリアが問う。
「いい?」
「いいわよ」
「よかったわね。お許しが出たわ」
「……」
「お礼を言いなさい、お礼を」
損傷の激しい腕を蹴られ、途絶えかけていた意識が激痛で覚醒する。
そして、フランドールは狂ったようにお礼を言った。
「いぁあっ! ありがとうございます……! ありがと……」
「まったくもう。最初からこうしとけばよかったのよ」
「次からは絶対にこんな事ないようにね。あーあ。魔法の研究、大きな遅れをとってしまったわ」
*
吸血鬼の異常な再生機能で、夜が明けるとフランドールは普通に生活できる程度に怪我が治っていた。
むしろこの再生機能がなければとっくに死んでいる。
いっそ死んだ方が楽なのかもしれない。
現に朝食の際、またも食器を落としてしまい、レミリアに殴られた。
もはや、この館は普通に暮らせる場所ではなくなっていた。
これなら、外へ出れなくても一人で地下室にこもっていた方が遥かにマシだったと言える。
薄暗い日だった。
空は雲に覆われているが、雨は降っていないと言う、レミリアが最も好む天気だ。
やる事もなく、館内を彷徨っていると、レミリアが日傘を持って玄関へ歩んで行くのが見えた。
どうやら、遊びに行くようだ。
表情から察するに、きっと神社へ行くのだろう、とフランドールは思った。
「……」
館に姉がいなくなる。
と言う事は、自由な時間を得る事ができるという事。
姉がいない時は、当然監視の目は薄くなる。
フランドールは、ある計画を企てていた。
それは、俗に言う“家出”である。
もはやこの館は、フランドールが生きる為の場所ではない。
どうにかしてここを逃げ出し、別の場所で暮らしたかった。
こんな異常な生活は、もう懲り懲りだったのである。
しかし、フランドールは誰もが恐れる吸血鬼。
そんなのが一人で人里などへ行ったものならば、里人全員が泣き叫びながら逃げ出し、博麗霊夢が出撃する惨事となってしまう事だろう。
妖怪の山は新参者を拒む。冥界は生ける者の行く場所ではない。
そんな彼女が逃げれそうな場所と言えば、唯一つ。
魔法の森にあるらしい、霧雨亭だ。
魔理沙なら匿ってくれと言えばそうしてくれるだろう。
おまけに森は陽光が少ない。
しかも、ずっと魔理沙と一緒にいられる。
虐げられずに生きて行く事ができる。
フランドールは決心した。
レミリアの日傘をこっそり盗み出し、それを差して外へ出る。
館外への外出はレミリアが禁じていた。
しかし、誰にも見られていない。門番も居眠りしていて、勝手に外へ出たフランドールに気づく事はなかった。
寄り道など一切せず、真っ直ぐ、フランドールは魔法の森を目指した。
魔法の森の位置は、以前魔理沙に聞いた事があったのでおおよそ分かっていた。
霧雨亭の場所までは知らなかったが、それは森へ行ってから探してみればいい、と思っていた。
森へは難なく辿り着いた。
普段から薄暗い森は、曇り空と相まって更に闇を深めている。
そんな中フランドールは、当てもなく、霧雨亭を探した。
いくらかの時間が経った。
やはり、手掛かりも無しに森の中の家を探すなど不可能であったのだろうか――
諦めかけた瞬間、フランドールは前方にオレンジ色の光を見た。
明らかに自然のものではない。
それは、家屋の窓から漏れ出す、照明の光。
「あ……!」
思わず声を上げる。
飛ぶ速度を上げて光を目指す。
小さな看板に『霧雨魔法店』と書かれた家屋。
間違いなく、ここは魔理沙の家だ。
無事に辿り着けた事を、フランドールは喜んだ。
ノブに手を伸ばし、ドアを開ける。
「魔理……」
二つの人影があった。
一つは普通の魔法使い、霧雨魔理沙。
そしてもう一つは、七曜の魔法使い、パチュリー・ノーレッジ。
相変わらず眠たそうな目を、チラリと客人に向ける。
「……妹様?」
「あれ。フランじゃないか。何してんだ?」
フランドールは、呆然と立ち尽くしていた。
どうしてパチュリーがここにいるのか。
てっきり、図書館にいるものだと思っていたのに――
声には出さなかったが、パチュリーはフランドールの心を見透かしたかのように口を開く。
「昨日、あなたと魔理沙が一緒で、手伝って欲しい事が何もできなかったからね」
「そうなんだよ。だからお詫びに、私がパチュリーを招いたんだよ」
フランドールが必死に霧雨亭を探している間に、魔理沙はパチュリーに会いに紅魔館を訪れていた。
その際、またフランドールが一緒に遊ぶと言うと困る、と言う理由で魔理沙の家で魔法の研究を進める事にしたのである。
自宅の場所を魔理沙が間違える筈もなく、二人はフランドールよりも先に自宅へ辿り着いたのだ。
「それで、妹様?」
「え……?」
呆然とするフランドールに、パチュリーが問うた。
「レミィから外出の許可は、勿論とったのよね?」
「……!」
「ふーん。その様子だと、どうやら無断外出みたいね」
パチュリーはフン、と鼻で哂った。
フランドールの心臓が脈動する。
この事を報告されてしまったら、昨日より酷い事をされてしまうかもしれない――
恐怖に、フランドールは負けた。
「うがあああああ!!」
悪魔独特の叫び声を上げ、パチュリーに飛び掛る。
こいつを殺すしかない。そう思った。
しかし、突如パチュリーの後方から飛んできた光線に、フランドールは撃ち落されてしまった。
光線の発生源は、魔理沙の八卦炉だった。
まさか魔理沙が自分に手を出すとは思っていなかったフランドールは、唖然として上を見上げる。
困惑した表情の魔理沙と、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるパチュリー。
次の瞬間、パチュリーの放った水を用いた魔法を受け、フランドールは気を失った。
*
紅魔館の地下には、拷問用の部屋があった。
今より退屈で、しかも残虐だった先代の吸血鬼は、特に意味もなく妖怪や人間を拷問にかけて楽しんでいたらしいが、
紅茶を飲むのが楽しいレミリアの代になって、使用回数は激減した。
その拷問部屋が久しぶりに稼動していた。
「お姉さまぁああ!! 許して!! お願いします許して下さい!!」
「うるさい」
「嫌ああああ!! もう嫌あぁぁ!!」
「嫌になるのはこっちよ」
椅子に座り、足を組みながら、レミリアは深い深いため息をついた。
フランドールは、巨大な石像の前に立たされていた。
女性を象ったその石像は、フランドールを強く強く抱きしめている。
あまりにも強い力なので、この時点で背に激痛が走っている。
だが、この石像は、それだけで終わる訳ではない。
「あなたが約束を守らないからこうなるのよ。まだ館外への無断外出は許していなかった筈よ」
「もう、もう約束を破りません! いい子になります!! 絶対になってみせます! だから許して!! 許してぇえ!!」
「そう。いい子になるのね。それは喜ばしい事だわ。でも、それとこれとは話が別」
そっと手を掲げ、遠くにいる使い魔、サーヴァントフライヤーを操作する。
使役された蝙蝠が、像の近くにある突起に近づいて行く。
その様子は、フランドールにも容易に見る事ができた。
石像に抱きつかれて固定されているのだから、見たくなくても見えてしまう。
蝙蝠が突起に近づくにつれ、フランドールの悲鳴は大きくなっていく。
「いやああああ!!! やめて!! やめてえええ!!! それ触っちゃいやあああ!!」
「反省しなさい」
体勢をそのままに、レミリアがパチンと指を弾いた。
蝙蝠が突起を力強く押す。
すると、石像の胸から無数の針が勢いよく飛び出した。
「ぐぶふぅっ」
針の方向、長さ、太さ。全てがランダムに作られている。
ある針はフランドールを貫通し、ある針は極浅い傷を作り、ある針はフランドールの体にとてつもない径の穴を開け放った。
夥しい量の血がフランドールを伝い、ビチャビチャと地面へと落ちて行く。
「――」
もう、フランドールは声も出せないようだった。
口からも血を吐き出す。呼吸する度にコポコポと気泡が生まれ、弾ける。
石像も返り血を浴びて真っ赤だ。
石像が、フランドールを開放した。
ズポリ、と生々しい水音を鳴らし、フランドールが針地獄から抜け出した。
よろよろと後退した先にあったのは、別の拷問器具。
フランドールの背丈より大きな木製の箱である。
現代風に言えばロッカーのようになっていて、中は空洞だ。
ただし、開閉可能な扉の内側には、大きな針が万遍なく取り付けてある。
レミリアが立ち上がり、その箱の中へとフランドールを押し入れる。
「本当に悪い子ね、あなたは」
問答無用で、扉を閉めた。
内側に取り付けられた針が、フランドールを穿つ。
木製の箱の中でくぐもった悲鳴が響く。
扉の隙間から血が流れ出てきた。
レミリアが扉を開け放つ。
内側の針はどれもこれも、的確に急所を外したようで、死には至っていない。
文字通り『死にそうな痛み』だけが、フランドールを襲っている。
あくまで『死にそう』なだけである。死にはしない。
「お……姉さま……ぁ………お姉さまぁ……」
「……」
「お情け……を……慈悲を……ぉ……ぉぉ……」
それだけ聞き取ると、レミリアは再び勢いよく扉を閉めた。
中でフランドールの叫び声が聞こえた。
レミリアがもう一度、パチンと指を鳴らした。
すると、どこからともなく使い魔の蝙蝠が現れた。
背には器用に、真っ赤に燃える鉄製の剣を携えている。
近くの炉で、長時間熱していたものだ。
扉に僅かに開いた隙間に、その剣を突き刺す。
ジュウウと言う血肉を焼く音と同時に、ガタガタと箱が揺れて幼げな声が響く。
「いい? フランドール」
抜き、刺す。叫ぶ。
「これは躾なのよ」
抜き、刺す。叫ぶ。
「悪い子のあんたをいい子にする為のね」
抜き、刺す。無言。
「? 返事がないわね」
試しに扉を開けてみると、腹部を中心に刺傷だらけでぐちゃぐちゃのフランドールが現れた。
刺傷に刺傷が重なったせいで、傷口が開きすぎているのである。
腸か何かが顔を覗かせているのが分かった。
さすがにこれ以上やるとマズいと思い、レミリアは剣を投げ捨てた。
前のめりに倒れた実妹の髪を引っ掴み、耳元で囁く。
「今日はこれくらいで勘弁してあげる」
「あぃぁ……とぅ……ます……」
もう、何を言っているのか聞き取れない。
肉塊寸前のフランドールを地下室へ放り投げ、レミリアは寝室へ向かった。
生と死の境を彷徨った挙句、フランドールは生き延びてしまった。
いくら吸血鬼と言えど、あれほどの傷を負ってしまっていては、翌日動く事は叶わなかった。
癒えてゆく傷を見ながら、フランドールはある決心をした。
*
ある夜。
レミリアはエントランスホールへ向かっていた。
フランドールが話があるからと、誘いに来たのである。
何故エントランスホールなのかは、聞かなかった。
あの妹のことだから、結局何も分かっちゃいないのだろうと、思考を止めたのだ。
エントランスホールへ到着すると、すぐに妹を探して周囲を見回した。
すると突如、赤黒い光の弾がレミリア目掛けて飛んできた。
反射的にそれを避けたが、それを予測したかのように別の弾が放たれる。
高速で弾の追撃から逃れ、飛んできた弾の方向からおおよその敵の位置を予測し、反撃の弾幕を張る。
僅かこれだけで、エントランスホールはいつかと同じような状態になってしまった。
「……何のつもり? フランドール」
レミリアが、攻撃の主を睨みつける。
無表情のフランドールが、新たな弾を生成し、レミリアに投げつけた。
レミリアは一歩も動かない。そのすぐ横の床が爆ぜた。
たちこめる砂埃が晴れた所で、フランドールが実姉の問いに答える。
「勝負よ」
「勝負?」
「私の自由と存亡を賭けて」
「……いいわ。受けて立つ」
そう言うや否や、フランドールはあらん限りの力を、レミリアにぶつけた。
両手に生成される、想像を絶する量の光の弾。
後のことなど考えていない。
とにかく、力で押し切ってみせる。それだけを考えていた。
秘策とか、そんなものはない。
勝てる見込みも大してない。
しかし、生き地獄である事に変わりはない。
どうせ何をやったって痛く、苦しい毎日であるのならば、精一杯抗ってやろうと思ったのだ。
対するレミリアは、慎重にフランドールの出方を伺っている。
余計な動きはせず、避けるべき弾と見過ごしてもいい弾を判断し、最小限の動きで弾を避ける。
そして隙があれば、強大な一発を繰り出す、と言った戦い方だ。
レミリアを負かそうと躍起になっているフランドールの攻撃は、あまりに無駄が多い。
体力が底を尽きるのは時間の問題だった。
その時が訪れる前に、どうにかレミリアを倒さなくてはいけない。
「攻撃の手が鈍ってきたわね」
「何……!」
「もうお疲れかしら」
「舐めるな!!」
挑発にまんまと引っかかったフランドールの手に、光が収束する。
禁忌レーヴァテイン。
『傷つける魔の杖』の名を持つ禁断の術。
フランドールは、果敢か、無謀か、レミリアに白兵戦を挑んだのだ。
「愚かな事だわ」
白兵戦ならばと、レミリアも手に光を集めた。
スピアザグングニルと呼ばれる真紅の槍を携える。
杖と槍がぶつかる。
紅い閃光がバチバチと弾けて周囲に飛び散る。
圧倒的な大きさと力で、一撃必殺を狙うフランドール。
「(リーチなら、私が勝ってる……!)」
それを察し、フランドールは距離をとった。
そして、巨大な光の束を横に薙ぎ払う。
リーチの差を生かしてきた事に、レミリアは感心した。
だが。
「甘い。甘すぎる!」
槍に更に力を込めて、フランドール目掛けて槍を投げた。
直進した槍は、フランドールの腹を容易く貫いた。
まさかの攻撃方法に、目を見開く。
「あ……かぁ……!」
レーヴァテインが消え、フランドールがうつ伏せに倒れた。
ガクガクと体を痙攣させながら、立ち上がろうと手を地面に付ける。
しかし、背中から腹部に渡る新たな激痛により、それは叶わなかった。
「ぐがあああああ!!!」
「動くな」
真紅の槍が、フランドールを床に縫い付けた。
もう、フランドールは身動きをとる事ができない。
それでもどうにか槍の束縛から抜け出そうと、懸命にもがくフランドール。
頭の上から、姉の声がした。
「今なら、謝ればまだ許してあげるわよ?」
「だれ……が……!」
「本当に強情ね。誰に似たのかしら」
ふぅ、とレミリアは軽いため息をつく。
そして、フランドールに見えるよう、頭上を指差した。
「……?」
首と目だけを動かし、どうにか上を見る。
目に映ったのは、巨大で煌びやかなシャンデリア。
それが、異常な揺れを起こしている。
「え……」
よく見てみれば、天井とシャンデリアを繋いでいる部分に、見慣れた使い魔がいるではないか。
それが、ツンツンとシャンデリアの接合部分をつついている。
これから察せるのは、唯一つ。
真上にあるシャンデリアは、いずれ、自分の元へ落ちてくると言う事。
「お姉――」
「さよなら。フランドール?」
バチィン。
接合部分が弾けた。
シャンデリアは、ただただ真下へと落ちてゆくのみ。
そして真下にはフランドールがいる。
レミリアは軽く飛びのいた。
姉に向かって救いを求めるように、手を伸ばしたフランドールに、シャンデリアが直撃した。
「ああああああああああああああああああぁぁああああぁぁ!!!」
尖った水晶の装飾が、フランドールを貫いた。
透明であるそれに血が付き、透明感のある紅と言う、グロテスクな輝きを放っている。
超重量であるシャンデリアは、フランドールの体を押し潰すかの様だった。
細い腕が、金具の部分と床に挟まれ、千切れる寸前にまで潰し切られている。
そして、相変わらず真紅の槍は、フランドールを床に縫い付けたままだ。
精神の箍が外れたように、フランドールは叫び続ける。
「いやああああ!! とって!! とってえええ!! うあああああ!!!」
「まだ元気なのねぇ。まあ、謝ったらどかしてあげなくもないけど」
「ごめんなさいお姉さまあああ!! もう、もう許してください!! ああああああ!! うあああああ!!」
「もう二度とこんな生意気な態度を取らないと誓う?」
「誓います!!! 誓いますから許して!!!」
「仕方がない」
レミリアは、フランドールの背に刺さっている槍を左手で抜き、右手シャンデリアを持ち上げた。
束縛から抜け出したフランドールが、ふと顔を上げる。
姉は、両手が塞がっている。
おまけに片手にはあんなに重たいものを持っている。
最後のチャンスだ、と、フランドールは思った。
皮だけで繋がっている片腕はもう役に立たないから、残った手に全ての神経を集中させる。
足は両方とも機能しているから、脅威の初速を叩きだせるように努める。
全ての痛覚を意地と気力で押さえ込み、反撃の瞬間を待つ。
「それにしても、派手にやっちゃったわね。咲夜に叱られないといいけど」
破壊されたエントランスホールを見回し、フランドールから視線を外した瞬間。
フランドールの片手が、レミリアの首を捉えた。
レミリアが妹の反撃に気づいた頃には、フランドールの手はレミリアの首の中程に到達していた。
そのまま手を振りぬき、頭を刎ねた。
何も言えぬまま、レミリアの頭が宙を舞う。
即座に壁に向けてレミリアの頭を投げ、壁と足で頭を挟み、蹴り潰した。
脳漿と血が飛び散り、歯が転がり、眼球の全貌が露になった。
よろよろと動いていた頭の無いレミリアの体が、バタリと倒れ、動かなくなった。
エントランスホールを静寂が包む。
「……殺した……」
頭の無いレミリアの体と、潰れて原型の無いレミリアの頭を見比べ、フランドールは呟いた。
そして――
「はは……はははは!! あははははは!! やった!! やっちゃったああ!!! あははははは!!!」
もう恐るべき存在はいない。これで自由になれた。
姉さえいなければ、この館のどんな奴も怖くない。
みんな殺してやろう。そうフランドールは思った。
門番も、メイドも、魔法使いも、それに従う悪魔も、みんな。
簡単には殺さない。
拷問部屋で一人一人、一週間くらいの時間をかけて緩慢な死を味わわせてやろう。
むしろ殺さずに永久に嬲ってやってもいい。
自分を苦しめたもの全てに、自分と同じ苦しみを味わわせてやろう。
先に待つ、あまりに楽しそうな未来を想像し、
「あはははははは!!!! あははははははは!!!! あーははははははは!!!!」
フランドールは、笑った。笑い続けた。
本当に久しぶりに、この上ない至福を感じた。
「何がおかしいの? フランドール」
聞き覚えのある声が背から聞こえ、辛うじて動いている程度の心臓が、一瞬止まってしまったかと思った。
幸福は消えうせ、希望は絶望へと変換されていく。
「あ……ぇ? え?」
襟首を掴まれ、引っ張られる。
仰向けで寝かせられてしまった。
天井は見えない。
姉の顔が、それを塞いでいるから。
「……なん……で……? なんでよ、なんでよぉおおお!!? なんで、なんであんたが生きてるのよ!!?」
「いつ殺したのよ」
隣に転がっている筈の、頭の無い姉の体を見る。
確かに、それはあった。
しかし、見る見る内にそれは霧散し、最後は完全に消えてしまった。
「姉より優れた妹なんていない」
「……!!」
「あなた、自分の術も忘れちゃった?」
そう。フランドールは、自身の分身を作る事ができた。
フォーオブアカインド――得意な戦術として用いていたではないか。
そして、レミリアもそれが使えた。
フランドールが殺した筈のレミリアは、ただの分身であった、と言う事だ。
「約束、破ったわねぇ? それも約束してから一分も経たない内に。……まだ懲りてないようね」
パチン。
指が鳴らすと、蝙蝠が扉の一つを開いた。
フランドールが、どうにか視線をそちらへ向けると――
沢山の姉がいた。
ある姉は笑っている。ある姉は泣いている。ある姉は怒っている。ある姉は無表情だ。
ある姉は手を振り、ある姉は目を閉じ、ある姉は舌を出し、ある姉は拍手をしている。
ある姉はある姉と握手をし、ある姉はある姉の帽子を取ってフリスビーのようにして遊んでいて、
ある姉はある姉とじゃんけんをし、ある姉はある姉とあっち向いてホイで遊んでいる。
ある姉は寂寥感のある瞳を投げかけて、ある姉は
「うああああぁぁぁあああああぁぁぁああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!」
フランドールの絶叫に、全ての姉が妹の方を向いた。
皆、黙って、フランドールへと近づいてくる。
手に、槍を発生させながら。
そして、口々にこう言った。
「いい? フランドール」
「これは躾なのよ」
SS投稿場が賑わってきて、個性と人気を両立するにはどうすればいいのか、と、非常に悩ましい約一ヶ月でした。
最終的に、個性はあまりない、よくあるグロい話となりました。「グロの原点」をコンセプトにがんばってみました。
なんだかお嬢様がやられっ放しで見ていて辛くなったので、たまにはかっこいいお嬢様が見たくなり、作成した所存であります。
自分の中では一応、レミリア>フランドール となっています。これは譲れない。
ですから反則的に強いレミリアが描かれています。
「躾躾って、人の事言えるのかレミリア」と言う感じは仕様。吸血鬼はわがままなんです。
いちいち拷問器具について調べてみたりもしました。
石像の胸から〜の奴は、一応あったらしいのですが、きっと勢いよく針は出てこないです。
しかしバイオハザード4の『アイアンメイデン』を見ていたら、勢いよく出てきてくれた方が爽快だなぁと思い、スイッチ仕様にしました。
それにしても魅力的な死亡シーンが多いです。バイオ4。
次回は、もっとオリジナリティのある作品を目指してみたいと思います。
ご観覧、ありがとうございました。
pnp
- 作品情報
- 作品集:
- 2
- 投稿日時:
- 2009/07/20 15:14:18
- 更新日時:
- 2009/07/21 00:14:18
- 分類
- スカーレット姉妹
- 比較的グロ
鉄の処女は『蒼魔灯』で出てたのが印象深かったです。
キャラがみんな生き生き(死にかけもいましたが)していて、読んでてすごく面白かったです。かっこいいお嬢様、いいですよね。
オリジナリティは…なんというか、書きやすいように書いたらいいと思います……て、自分は偉そうに言える立場じゃないですがw
それでは、次回作も期待して待ってます。
稀に見るカリスマおぜうさまである
しかし、レミリアいじめにならなかったSSは最近でこれくらいかな・・・
多分この様子だと、フランが死んでも魔理沙くらいしか気にしないでしょうね。
素晴らしいです。
素敵なお嬢様は大好きです。やられる妹様も勿論・・・
産廃そそわも盛り上がってきたし、自分も早くレミリアちゃんの首をはねとばす話を書きたいわ
作品の自分ぽさって、意識すると無くなっちゃうからほんと書きたいよう書くのが一番だと思うよ
これは良いおぜう。
ロードの命令を無視して、館を壊して、部下を殺して、客人の前で恥をかかせて、あまつさえその客人を致そうとしたんだからな
これが昔なら一発で家名剥奪、財産没収の上で、死ぬまで地下牢で拷問されるがな
この程度の躾で許してもらえるフランは幸せ者だぜ
今回も素晴らしい作品でした
レミリアがフランを見下している内容の話が主流でした
そしていぢめスレが出来てからそのバランスは徐々に崩れはじめ
レミリアいぢめの方が目立つようになり・・・・
歴史は繰り返すのだとしみじみ思った
うっとうしい妹様がまた閉じ込められてみんなニヤニヤ
ってな展開を予想してしまったが直球で来ましたな。ゴチです
そこにはすっかり淑女となったフランドールの姿が!
それとフランができるからこそレミリアも分身できるというのは新しい解釈ですね。
でもってフランが暴れるならまた地下に閉じ込めりゃいいだけの話なのにわざわざ拷問するレミリア様素晴らしいすぎます。
最後に一言 まさにレミリアこれこそがレミリア
あとパチェの嫌キャラっぷりが萌えた
腹の底から「ザマミロ&スカッとサワヤカ」
作家に失礼だし、こんな場所だけど他キャラの悪口はほどほどに
久しぶりに読んだ作品がこれで、なんとか8月まで頑張れそうです。
同人では、いつの間にか定着した二次設定『暴走キャラ』で悪役&噛ませ&姉の引き立て役がほとんど。
そして負の要素が強い産廃でこの扱い。
一次、二次ともに救いが無いキャラ。フランドール・スカーレット
だかそれが良い
だからこそのこのカタルシス。堪能しました。
これを機にフランちゃんがズタズタにされるSSも増えるといいな
最高です
紅魔郷時代から俺はフランドールが好きなんだ…
ぐるりと全員で躾なのよという様を想像して怖くなった
面白かったー