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『東方下克上「ケース6 早苗と神奈子と諏訪子の場合」』 作者: ウナル
「わぁ! 早苗! コゲてるコゲてる!!」
諏訪子さまの慌てた声で私は我に帰った。
はっと気づいた時、鼻腔を通るコゲ臭さ、続いてもうもうと上がる黒い煙。
「すみません……やっちゃいました」
水っぽいご飯に辛すぎの味噌汁、そして黒く化粧をした焼き魚。
久々の大失敗だ。
私は二人の神に頭を下げることしかできない。
「……まあ、こういうこともあるさ。人間だもの」
「でも、どうしたの? 早苗最近元気ないみたいだけど……」
こんな失敗をしても神奈子さまも諏訪子さまも怒った顔を見せない。
ボロボロと崩れる魚をかじりながら、心配そうに私を見つめてくる。
やめロ。
そのメをやめロ。
「いえ、少し考え事を」
「そう? 具合が悪いなら竹林の医者にでも診察してもらった方がいいんじゃない?」
「いえ、身体は全然健康ですから」
「で、なにを考えてたの?」
諏訪子さまはちゃぶ台にほっぺをくっつけて上目遣いに私に問う。
その無邪気な顔は私の心を見透かしているようで。
嘲笑されているようで。
ソンナ無邪気な顔をするナ。
お前らのせいデ。
「別に大したことではありませんよ。ただ……」
茶碗を重ねながら、私はいたずらっぽく笑った。
「もっと信仰を集めないといけないなー、っと」
その言葉に二人は「ぐぅっ」と声を上げた。
私はくすくすと笑いながら、食器を流しに持っていく。
神奈子さまも諏訪子さまも、気の良い面白い神様で。
自分勝手デ、周りのことを全然考えなくてテ。
優しくて、私のことを気遣ってくれて。
私ノ全テを奪って、汚シテ。
本当に頼もしくて。
本当ニ憎ラシクテ。
ああ。
アア。
死ねばいいのに。
死ネバイイノニ。
◆ ◆ ◆
東暦200X年。幻想卿を異変の炎が襲った!!
幻想卿のヒエラルキーを変えんと従者同盟が結束され、反乱を開始、反乱は未曾有の成功を収め、世界のヒエラルキーは逆転の憂き目を見た!!
今までカリスマと恐れられえていた者たちはその地位を奴隷レベルまで下げ、今まで従者に甘んじていたものたちが幻想卿の頂点に立つようになった!!
歴史を変えた怪異『東方下克上』!!
これはそんな反転した幻想卿の一部始終を納めた記録である!!
◆ ◆ ◆
ベキッ。
「〜〜〜〜〜っっっつ!!」
「あぁ〜、こうなっちゃうと神様の身体ももろいもんですね。金槌で殴っただけで折れちゃうなんて」
太い枝でも折ったかのような音がして諏訪子の足が折れた。
諏訪子は狂ったイモムシのように身をよじり、なんとか痛みを逃がそうと拘束された身体で必死に足掻いている。
嗚呼、なんて無様。
「無駄ですよ。その縄、私の特製ですから。今のあなたたちじゃ絶対に切れません。絶対に不可。不可。不可。不可」
なおも暴れる諏訪子。
いい加減、目障り。
そろそろ動かなくなって欲しい。
「げぇっ!!」
ぶちゅ。
どてっ腹に金槌を打ち込んでやると、カエルを潰したような音とともに諏訪子の口から血が飛び出た。目玉がこぼれんばかりに見開かれ、舌を垂らして痙攣している。
諏訪子の両足は青アザと千切れた肉、そして飛び出た白い骨が見え隠れしている。
鉄臭さが神社の蔵に充満し、ゲロの匂いと交じり合う。
「早苗……なんで……」
横で転がっていた神奈子が無様に這いずりながら私から逃げる。
手足は拘束されていても、虫のように這いずることはできる。
こんなことならもっと痛めつけておくんだった。
全ての原因はこの女にある。
この女があんなことをしなければ、私は今ごろ……。
「ぎゃんっ!」
転がる諏訪子の足を蹴り飛ばし、私は神奈子の方へと向かう。
私の足音→金槌を引きずる音=ガラガラガラガラ。
神奈子は服が乱れるのも気にせずに私から逃げ回る。
恥も外聞も無く鼻水と涙で顔を汚したその姿は、本当に哀れを誘う。
妖怪の山を統べていた神の面影は、もうそこには無かった。
今いるのは浅ましく生き永えようとする一匹のメスブタだ。
無性に腹が立った。
壁に追い詰めた神奈子にまず一発くれてやろう。
「うっ……」
金槌を振り上げると、神奈子は首を必死に伸ばし頭を庇う。さらに足を閉じ、少しでも衝撃を和らげようとする。
なんとも涙ぐましい悪あがき。
私は神奈子の右足に思い切り金槌を振り下ろした。
ベキャ。
「ぎゃああああああああーーーーっ!!」
汚い悲鳴を上げる神奈子。
右足は完全に破壊され、ピンクと白とハーモニー。仕上げは真紅を少々。
のた打ち回るその足を踏みつけて、今度は左足に金槌を振り下ろす。
ビキ。
「ぎぃっ!!」
「あ、折れませんでしたね」
打ち所が悪かったのか、左足に振り下ろした金槌はその肉をそげ落としただけで、足の骨を折るには至らなかった。
「お肉〜お肉〜、神様のお肉〜♪ 皮に肉にお汁が少々〜♪」
金槌に張り付いた肉片を取り除き、私は再び金槌を振り上げた。
「やめてっ、早苗……やめてっ……やめて!!」
神奈子はイヤイヤと首を振りながら、私に懇願する。
私は口にはりつけていた微笑を消し、目を細めた。
「『やめてください早苗様』でしょ? 3回言ってみなさい。クソブタ」
「……………っ」
「どうするんです? 言うんですか? 言わないんですか?」
神奈子に残った最後のプライドなのだろうか、唇をかみ締め、顔を青くしつつも、その言葉を吐かない。
クソな強情です。
「そうですか死ね」
べきっ。
「ああああああああーーーーーーっ!!」
叫び、神奈子はもはや力の入らない足でのた打ち回る。
その様子はヘビが火にくべられた様子を彷彿させる。
炎の中でもヘビは簡単には死ねない。もがき苦しみ、のた打ち回る。
無防備な背中が私の目の前にさらされる。
「これは誘い受けですか?」
私は神奈子の背中めがけて、金槌を振り下ろした。
ドゴッ。
「ああああいいいいいいいたあああああああーーーーーーーーーーっっっ!!」
脊髄が損傷したのか、神奈子はその動きを止めた。
だが、その口からは耳をつんざく悲鳴がこぼれ続けている。
「うるさい」
ごしゃ。
さらに喉元に向かって一発。
喉が破れ、豊満な胸へと鮮血を滴らせる。
びちゃびちゃと私のはかまにも鮮血が滴り、青い色に赤を彩らせた。
神奈子は舌をべろんと出し、ヒューヒューと酸素を吸い取る作業に熱中しているようだ。
もうこれで、喋れない。
「“なんで”……って言いましたよね?」
神奈子の髪を掴み、左右に揺さぶる。
神奈子は力なく、私の仕打ちを受け入れている。
「“なんで”……って言いましたよね?」
反応が無いので神奈子の足を踏みにじる。
私が力を込めると、骨の見えていた足はメキメキと折れ、筋繊維が一本一本断絶していく。
神奈子は口の端から白い泡を出しつつも、歯を食いしばり地獄の痛みに耐える。
「なんでなんでなんで? ナ〜ン〜デ〜? 本気でイッテるんですカ? えぇ? 本当にわからないんですカ? ワ〜カ〜ラ〜ナ〜イ〜?」
私は口元に笑みを浮かべて神奈子に聞いた。
「次はぁ〜、どこに欲しいですか?」
「ぁぁ……っ」
「テ? アシ? アタマ? ハラ? ムネ? ミミ? ハナ? メ?」
「ぃっ……っ……っつ!」
「なぁるほど、全部デスネ♪」
「ぁぁーっ! ぅぁーーっ!!」
必死に首を振る神奈子に私は金槌を振り下ろす。
何度も何度も何度も何度も。
先ほど宣言した部位が全て原型を留めないほどに破壊されるまで。
◆ ◆ ◆
神社の娘と言っても、得なことは何一つない。
見えないモノが見えて、
見たいモノが見えない。
見たくないモノが見えて、
見たいモノが見えない。
自分は神様に守られていたかもしれないけれど、
周りの人は守られていない。
事故でバスが横転しても、
私だけは助かった。
それは、
まるで、
他の人を不幸にして、
自分だけ生かされているようで。
悪魔と貶され、
死神と罵倒され、
机にラクガキ、靴箱にゴミ、
殴られ、蹴られ、
でも、私は巫女で、
それ以外の生き方が無くて……。
生まれた時から巫女のまま。
家族もいたけと、
今は会えない。
いない。
いなイ。
会エナイ。
◆ ◆ ◆
異変以来、私はずっとあの二人をいたぶり続けた。
刃物で、鈍器で、銃器で、水で、蟲で、機械で、薬で、弾幕で。
でも飽きた。
今日はとうとうあの二人を処分することにした。
今そう決めた。
包丁……、中華包丁に出刃包丁、刺身包丁に斧とナタ。
バケツに水を汲んで、布巾を用意。
これで調理の準備は万端。
材料を取りに、蔵へと向かう。
だが……、
「………あはっ♪」
鍵穴に鍵を入れた所で、違和感に気づく。
静か過ぎる。
息遣いも身動ぎの音もしない。
そもそも誰かがいる気配が無い。
バンッ。
蔵の扉が開け放たれた。
まず見えたのが縄に縛られたまま床に転がる諏訪子の姿。
影に隠れてその表情はうかがい知れないが、そこにいるのは間違いない。
私は慎重に足を進める。
諏訪子へと近づき、その身体を蹴り飛ばす。
「……………」
反応は無い。
傷が癒え切れていないのか、とうとう頭がぶっとんだか。
だが……、神奈子は?
その瞬間、光が視界を埋め尽くした。
「『神祭・エクスパンデッド・オンバシラ』!!」
「ッ!」
巨大なオンバシラを構え、神奈子が光弾を撃ち出していた。
瞬時に結界を張り、それを受け止める。
腕に重い感触!
強肩のピッチャーのストレートボールを受け止めたときのよう。
だが、問題ない。
この程度、何の問題も無い。
全ての光弾を受け止め、払い棒から奇跡を起こす。
「甘いんですよ! 吹っっっっ飛べぇぇ!!」
「っっ!!」
払い棒から生み出された暴風が蔵ごと神奈子を吹き飛ばす。
それは生まれたての竜巻。
蔵の屋根を易々と跳ね飛ばし、オンバシラを叩き折る。
「この私に、東風谷早苗に敵意を向けましたね? たとえ、豆鉄砲であろうとこの東風谷早苗に銃口を向けましたね? 私をヤるということは私にヤられる覚悟があるってことデスヨネ!?」
空間に書き殴るように、払い棒を振るう。
光の軌跡が陣を描き、眩い光を生み出す。
それは地上に生まれた太陽。
人々が忌む、凶兆の光。
「神様に祈るんですね! 助けてくれないでしょうけど!!」
「くそっ!」
神奈子は両手をクロスして防御の姿勢。
でも、そんなの私にとってはダンボールよりも信頼のおけない盾。
絶対的な攻撃力の前にはハンパな防御なんて下らない気休めにしかない。
「『奇跡・白昼の客星』!!」
目が焼けるような爆発。
それは地上にできた二つ目の太陽。
神々を嘲笑し、無慈悲に吸い込む光源。
「あはははははははははははっ!!」
目の前にボロ雑巾が落ちてきた。
もともと赤かったであろう信仰服は焦げ目をつけて、センシティブなダメージファッションに早変わり。
そして、それを着こなすのは全身火傷を負った元・神様。
「ほ〜んと、神様って面倒ですよね。あれだけ痛めつけても一晩でこんなに回復するんですもん。まあ、それだけ丈夫ならストレスの解消し放題ってことですけどね。人間サンドバック万歳……なんて! あははははははっ!!」
神奈子に近づく。
一歩。
二歩。
三歩目で足を止めた。
神奈子は私の拘束を破った。
恐らく、ずっとこの機会のために力を蓄えていたのだろう。
そして……、
同じ神であるアイツに同じことができないはずがあろうか?
「『土着神・ケロちゃん風雨に負けず』!!」
背後を振り向いた瞬間、巨大な弾幕が雨あられと降り注いできた。
「くっ!」
払い棒を振るい、結界を展開。
だが、不意を突かれたこともあり、防御をすることで手一杯だ。
そこに居たのは諏訪子だった。
私の縄を破り、無数の弾幕を打ち込んでくる。
「……っ、最初のは演技だったという訳!? 全て私を油断させるための!」
「その通りよ!!」
そこに新たな弾幕が追加される。
「『神殻・ディバイニングクロップ』!!」
先ほど倒れたはずの神奈子が立ち上がり、再び弾幕を展開する。
私は両手を広げ、左右から襲い掛かる弾幕を受け止める。
「『奇跡・客星の明るすぎる夜』!!」
自身を中心に弾幕を展開する。
剣には剣を。
弾幕には弾幕を。
二柱の神の攻撃を強引に相殺し、場を仕切りなおした。
だが、右には神奈子、左には諏訪子。
まさに、前門の虎、後門の狼。
状況はまるで好転はしていない。
神奈子はオンバシラを再び装着し、諏訪子は鉄の輪を両手に並べた。
「早苗! 今日こそ目を覚まさせてやる!!」
油断無くオンバシラを構え、神奈子は私に、図々しくも、こんな甘言を投げかけてきた。
「“目を覚ます”? はぁ? 私はこの通りぱっちり目を開けてますよ? 脳みそ膿んじゃったンですか? 神奈子さま?」
「違う! 今の早苗はこの異変に飲まれちゃってるんだ! 必ず解決してこの幻想郷を、早苗を元に戻してあげるよ!」
「そうだ! だから、早苗……。大人しく引き下がってくれ!」
神奈子も諏訪子も自分勝手なことを言っている。
全ては異変のせい?
あの反乱も?
この現状も?
私ノ気持チモ?
目の前が赤く染まるのがわかる。
コレガ神ノヤルコトカ。
「違いますよ。これは徹頭徹尾、完全無欠に私の意志です。反乱を起こしたのも、あなたたちを痛めつけたのも、こうしてあなた方と敵対しているのも全て、東風谷早苗の一部の狂いの無い意志です」
「じゃあ、なんでこんな事を!?」
アホじゃないの?
神奈子はアホですか?
ナンデコンナコトヲ?
決まっているじゃないですか。
「元の世界に帰るためですよ」
「え……?」
「早苗……?」
二人とも呆けた顔しちゃって。
「元の世界に帰るためですよ。この幻想郷をぶっ潰すか、結界を破壊するか、それとも抜け穴を見つけるかして元の世界に戻るのが私の目的です」
「で、でもなんで!? なんでだよ、早苗!? なんで帰るなんてことを!?」
鉄の輪を落とし、諏訪子は私に問いかける。
慌てた顔して、本当に予想しなかったって様子で。
クソムカつく。
「なんで? なんで!? 決まっているでしょう!! 私は人間なんですよ! ごく普通の、学校にも通う、ただの人間なんですよ! それなのに!」
ソレナノニ! ソレナノニ!
「私は巫女として育てられた! 縁も所縁も知らない神社の!」
チスジナンテシラナイ!
「それだけで現人神として崇められる! それだけならいい! 呪いも不幸も全て私のせいにされて!」
ノロッテヤル! ノロッテヤル!
「悪いことは全てわたしのせい! 私は理由も無く周囲の人間から避けられた! 学校でも! 近所でも! 家でも! そのくせどうしようもないことは私を頼って! 力が足りなかったら恨み言を言われる!」
コロシテヤル! コロシテヤル!
「私は何!? わら人形!? 体の良いスケープゴート!?」
オマエガシネ!
「人には見えないモノが見えて!」
ミタクナイ!
「人が見てる世界が私には見えない! 見れない!」
ワタシモソッチニ……
「そして、この仕打ち! 私は何も知らないまま、こんな世界に閉じ込められた! もう家族とも会えない! 大切な友人とも! 生まれ育ったあの景色も味ももう戻ってこない!!」
ナニモナイ。
ナニモ……ナイ。
「全部、あなたたちのせいですよ……。神奈子さま……、諏訪子さま……」
隠れた前髪からはギラギラとした瞳をのぞかせ、めいいっぱいの殺意を込めて、二人の神を睨みつけた。
まじりっけの無い本当の悪意と憎悪と殺意。今までこの二人には絶対に見せなかった私の大切な部分だ。
「早苗……」
ガシャンガシャンとオンバシラが地面に落ちていく。
大きく手を広げて、神奈子が近づいてくる。
私は払い棒を構え、威嚇するがその歩みは止まらない。
「来るな!」
払い棒から光を飛ばす。
一発目は威嚇、二発目からは本気。
神奈子の身体を打ち抜くつもりで弾幕を張る。
だが、神奈子の歩みは止まらない。
手に足に弾幕を受けながらも、よろけながらも私に一歩また一歩と近づいてくる。
無防備な身体をさらしながら。
「自殺願望でもあるんですか? ならば結構。ちょうどもう殺そうと思ってましたしね!」
払い棒を振るい奇跡を発動させようとする。
だがその瞬間、ふわりと温かいものが私を包んだ。
焦げ臭い匂いが私の鼻腔をなで、朱色の空が私を覆った。
それは、在りし日の母親の抱擁。
「ごめんよ……早苗……私のワガママでこんなところに連れてきちゃって……。全部、私のせいだよね……」
「……………」
ぎゅっ……と、強く抱きしめられた。
こんなこと、いつ以来だろう?
人の温かい肌に触れるのは、いつ以来だろう?
「でも……、こんなことは間違っている……。私たちはいくらでも傷ついてもいいさ。それが神様の役目ってもんさ。私たちの償いさ」
神奈子の胸に抱かれ、血の匂いが私に語りかける。
「でも、今、この瞬間にも傷つき続けている人がいるだろう? 私たちが救える命があるはずなんだ。だからさ……」
ぎゅっといっそう強く抱きしめられた。
それは万感の想いをのせた抱擁で。
震える神奈子の身体は真の思いで。
「もう、こんなことやめようよ……」
熱い物が私の頬に流れた。
それは涙。
神奈子の?
それとも私の?
「早苗……神奈子も仕方なかったんだ……」
諏訪子の声。
その声色は、本当に申し訳なさそうで。
天候で言えば梅雨の雨。
しとしとしとしと。
「信仰は神にとって、もっとも大切なものなんだ。それがなくなる恐怖は、わたしが一番良くわかるよ。やり方は強引だったかもしれないけど、神奈子も仕方なかったんだ」
空に影がかかり、黒い雲が頭上を覆う。
風がほほをなで、涙の跡を拭っていく。
「でも、早苗の気持ちを考えずに神社を移したのは私だ。全ての罪は私が背負うべきことよ」
「違うよ、神奈子。“私たち”だよ」
「諏訪子……」
「私だって共犯者だよ。自分に害はないからって止めなかったのは私なんだもん。私にも責任があるよ」
空気に湿り気が増し、ゆっくりと雨の匂いを運ぶ。
「神奈子さま……、諏訪子さま……」
二人の言葉を受け、私は神奈子から身を離した。
顔を上げて、神奈子の瞳を見つめる。
そして、私は……。
◆ ◆ ◆
とん。
軽い音と共に、神奈子の胸に出刃包丁が生えた。
「……ぇ?」
神奈子は何が起こったかわからないという顔で、ゆっくりとひざを折っていく。
「早苗……? なん、で……?」
棒でも倒れるように神奈子はゆっくりと倒れた。
深く深く刺さった包丁の傷口から血が溢れ出て、朱色の服を真紅に染めていく。
「か、なこ……?」
諏訪子は倒れた神奈子を見つめている。
神様のくせに事態がよく飲み込めていないみたいだ。
しとしとと雨が降り始めた。
雨は平等に私たちを濡らしていく。
髪を、服を、身体を。
諏訪子へと私は振り返った。
手には奇跡で生み出したもう一本の包丁。
「かなこ……? かなこ……?」
ぱしゃ。
ぱしゃ。
ぱしゃ。
一歩、二歩と諏訪子に近づく。
諏訪子は動きもしない肉塊に語りかけ続けている。
「古来より、生き胆というものは霊薬の効用があると言いますよね。かの三蔵法師で不老不死なら、神様の生き胆を食べれば……どうなるんでしょうね?」
私は両手で包丁を握り、振り上げた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
諏訪子の瞳には、
残忍な笑みを浮かべる、
悪鬼の姿が映っていた。
◆ ◆ ◆
狭間の世界を私は泳ぐ。
無数の目が蠢き、
実数と虚数が掛け算をし、
霊力と妖力が握手し、
男と女が交差し、
0と1が並び、
悪魔と天使が踊り、
龍と勇者が戦い、
白と黒が混じり、
古代と未来が出会い、
私と私が並んだ。
無限の乱数が無限に並び無限の虚実が一つの事実を紡ぎ出す。
虚実≠私 現実=私
幻想≠私 現代=私
歪んでいた視界がゆっくりと巡り、色鮮やかな景色へと変わっていく。
足元に確かな感覚を覚え、地面を認識する。
「戻って……きたの?」
それはあまりにも懐かしい光景だった。
虫がたかる街頭、コンクリートで舗装された道路、広がる家々の光、遠くで聞こえる車の音。
どれもこれも幻想郷にはないものだ。
「戻ってきた……」
懐かしい匂い。
幻想郷の徹底的なまでに澄んだ匂いではなく、無数の人工物が混じり合った匂い。
自然と涙が浮かんだ。
「……っ……っつ! 来れた……。戻って来れた……。あの幻想郷から戻って来れた!!」
わあああっと月に向かって叫ぶ。
感情が高ぶり、形にならない。
喜び、驚き、後悔、幸福、恐れ、怒り、憎悪、様々な感情が私を駆け巡る。
ガリガリとコンクリートの道路をかきむしり、ゆがんだ月に届くほどの声をあげた。
「できたーーーっ!! できたよーーーーーっ!! 全部できた!! 私はやったんだ! あの幻想郷から帰って来たんだ!! 神様のバカ野郎!! うわああああああっ!!」
どれだけの時間そうしていただろう。
私は小さな足音を聞きつけた。
距離は遠い、数百メートルはある。
だが、まっすぐこちらを目指している。
ただの通行人だろうが、普通の人間に会うこと自体わくわくしてしまう。
飛ぶように通行人の方へ私は向かう。
気分が乗っているせいか、足取りは羽根のように軽い。
十字路に来たところで、影に身を隠し、相手をうかがう。
ちょっと気恥ずかしい。
コンクリートの塀に身を潜め、そっとのぞく。
その人間は少女だった。
高校生なのか青いブレザー姿で、左胸には校章が見える。片手に携帯電話を持ち、淡い光が彼女を照らしている。
瞬間、私の身体に電流が走った。
故郷に帰ってきたんだという実感。
懐かしい服装。
そして、あの顔は……。
私は壁から身を離し、そっと彼女の方に歩いていく。
抜き足、差し足、忍び足。
携帯画面に夢中な彼女は私にはなかなか気づかない。
どこまで近づけるか試したくなる、悪戯心。
しかし残念なことに、彼女は私の気配に気づいたのか、ふと顔を上げてしまった。
私はピタッと足を止め、唾を飲み込んだ。
ドクドクと心臓が高鳴り、呼吸がうまくできない。
気分が悪くなり、胃がひっくり返りそうになるのを必死に抑える。
彼女は私を見て目を丸くし、口をポカーンと半開きにしている。
私は、きっと、最高の笑顔でこう言った。
「……ただいま」
目の端から涙がこぼれた。
「■■■■」
エッ?
ナンテ? ナンテ言ッタノ?
「■■■■!!」
ワタシハ手ヲ伸バシ、
ソノ懐カシイ相手ニ、
抱キツイテ、
「■■■■!! ■■■■!!」
脱兎ノ如ク逃ゲル彼女。
携帯電話ヲワタシニ投ゲツテ。
必死ニ、顔ヲ歪メテ、
ぶれざート、すかーとガ風ニ揺レル。
「待って! 待って!! 私だよ! 早苗だよ!! 戻ってきたんだよ!! 幻想郷から戻ってきたんだよ!!」
私の声を聞いても彼女は足を止めナイ。それどころか、命のあらん限りの叫びを上げ、夜の街を走ル。
なんで! なんで! なんで! なんデ! なんデ! なンデ! ナンデ!!
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
私は無我夢中ニ彼女に飛びかかッタ。
かなりの距離があったのに、その距離を一瞬で0にして、彼女におおい被サッタ。
彼女を捕らえた私は、その身体を仰向けにして必死に顔をこちらに向けサセタ。
私の顔ヲ見て欲しイ。私を思い出シテ欲しイ。私は早苗ダヨ。
「いやあっ! 離してよーーーーっ!! 助けて! 誰か! 誰か助けてーーー!!」
彼女ハ抵抗ヲ続ル。
私ハモウ訳ガワカラナイ。
タダ、彼女ガアンマリニモ抵抗スルカラ。
トテモ彼女ガ美味シソウニ見エテ。
私ハ。
ソノ身体ニ。
牙ヲ。
爪ヲ。
血。
肉。
生キ胆。
「■■■■ッ!!」
◆ ◆ ◆
「そう言えば咲夜さん」
「なにコアさん?」
「守矢神社に新しい妖怪が住み着いたらしいですよ」
「守矢神社に? あそこは早苗の領分じゃなかった? 神様二人を好き放題してるって聞いてたけど」
「それが早苗さんがいなくなったらしいんですよ。で、いつの間にかその妖怪がなわばりにしたらしいです」
「ふーん、まあいいんじゃない? 別にあの神社を欲しがる人もいないだろうし。そういえば、神様二人はどうしたの? 確か内臓をくり抜かれて死に掛けてたところをあの天狗が見つけたらしいけど」
「永遠亭の方で治療を受けてなんとか復帰したらしいんですけど、二人とも行方不明になっちゃったらしいですよ。噂じゃその妖怪に食べられたとか、巣穴で陵辱されているとか」
「ふーん、まあ別に被害も出てないし、放っておきましょうよ」
「そうですね」
END
ケース6守矢神社一向の話……なのですが、今までの下克上とはまったく違う内容になりました。
エロなしスカなしで肩透かしを食らった人もいるかもしれません。
ごめんなさい! きっとエロエロな守矢神社書くから許して!
でも、思いついてしまった以上、書くしかないのです。
エッチくない小説ですが、楽しめた人がいるならば幸いです。
きっと次はエロイの書くよ!
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
作品情報
作品集:
2
投稿日時:
2009/08/11 02:49:09
更新日時:
2009/08/12 08:54:44
分類
東風谷早苗
八坂神奈子
洩矢諏訪子
暴力
食人
詩…いやなんでもない
どれだけ取り乱すのか楽しみなんだが
やっぱり早苗さんはプッツンでやや不幸なのが似合う
>>1 特に意識していませんでしたが、雰囲気は近いものがあるかもしれませんね(笑)
>>2 奇跡ですから〜
>>3 ご指摘ありがとうございます。修正しました。“詩…”なんでしょうか?
>>4 外の世界から来たばかりというのでこういうネタもありかなと
>>5 今までも軽くはなかった気はします(笑)
>>6 取り乱しもそうですし、主従の関係が戻ったらどうなるか……
>>7 ありがたきお言葉
>>8 そう言ってもらえると書いた価値もあるというものです
>>9 ここでは早苗さんは鬼畜が多いみたいですが、不幸なのも似合うと思います
1.幻想入りした早苗の事を完全に忘れていた
2.他人の空似
3.神様二柱を殺しかけたままの格好(血まみれ)だった
4.妖怪化してしまい、一番最後の妖怪が早苗?
あたりでしょうか?
続きはWebで!!
よくやってくだすった これでオラの村も救われます
しかし復帰した後かなすわはいずこへ?