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『飾り無い微笑』 作者: 82A6
私は霧雨魔理沙。魔法の森に住んでいる魔法使いだ。
四月中頃、アリス邸を訪れた。
玄関扉を叩き、相手が出てくるのを待っていると十秒もせずに扉が開かれた。
「どちら様……なんか用?」
アリスは突っ慳貪な応対だったが、
「ん、暇潰しだぜ」
気にせず答えると、アリスは目を逸らした。
「まぁ、折角来たのなら何か食べてく?」
「そうだな、お言葉に甘えよう」
玄関内に招かれるまま靴を脱いで廊下に上がってリビングに向かい、ベージュのソファに座るように案内されてそのまま座る。
宛も無く部屋を眺めていると、白い洒落たティーカップに入れられた紅茶と、バンブーバスケットに乗せられた五枚のクッキーがテーブルに乗せられた。
「どうぞ」
「ほう、旨そうだな」
言いながら、紅茶を早速啜ってみる。どちらかと言うと緑茶派だが、この紅茶は旨い。焼き立てのクッキーも口にしてみる。表面はサクサクして、中はしっとり。頬が落ちる位に旨い。
「どっちも旨いな」
「そう? ありがとう」
アリスは微笑を浮かべた後、ソファに座って人形の手入れを始めた。
「じゃあ、私は帰るぜ」
「忘れ物しないでね」
目線だけを此方に寄こしたアリスは、一言だけ返事をしてすぐに視線を人形に戻した。
私は立ち上がって、帰り際にアリスの部屋に寄ってみた。びっしり詰まった本棚から選ばずに本を一冊借りて、アリス邸を後にした。
──Magic Synergy
相乗作用、だったっけか。
自作魔法ばかりの私にはあまり縁が無さそうだが、魔法の強化には役立つかもしれない。
◆
五月の初旬頃、アリス邸を訪れた。
玄関扉を叩き、相手が出てくるのを待っていると十秒もせずに扉が開かれた。
「あんたか……なんか用?」
「暇潰しに来た」
アリスは前と同じような突っ慳貪な応対だったが、気にせず答えるとアリスは目を逸らさず、
「クッキーあるけど……食べてく?」
「そうだな、お言葉に甘えるぜ」
玄関内に招かれるまま靴を脱いで廊下に上がり、リビングのソファに座るように案内されてそのまま座った。
テーブルに置かれた手入れ中の人形を眺めながら待っていると、薄黄色のティーカップに入れられた紅茶と、バンブーバスケットに乗せられた市松模様のクッキーがテーブルに置かれた。
アリスは向かいのソファに座り、すぐに人形の手入れを始めた。
私はそれを一瞥してから、ティーカップを持って紅茶を一口啜ってみる。林檎の香りが鼻先に漂いながら豊かな林檎の風味が口内に広がった。
「旨い林檎茶だな」
続けて市松模様のクッキーを手にとって、一口サクっと食べてみる。バニラとコーヒーの味がほんのりと広がって、程良い甘さで旨い。
「クッキーも旨いな」
「ありがとう。ところで、持ってった本、どうしたの」
静かな口調と共に、アリスは青色の目線を向けてくる。
どうやら気付かれていたらしい。あのびっしり詰まった本棚から一冊無くなる位で良く気付くものだ。
「あぁ、あれか? 中々面白い本だな。使いそうだから、気が向いたら返すぜ」
「あんたねぇ……まぁ、あの本は暫く使いそうに無いけど、できるだけ早く返しなさい」
言葉の割には、アリスの態度に怒りは見られない。
それにしても座り心地の良いソファだ。ソファに寝転がりながらベージュの生地をぽりぽりと爪で掻いて、掌で愛でながら頬を擦り付けて感触に浸る。気持ち良い。
「良いソファだな」
「……どうも」
相変わらず突っ慳貪な返事をしたアリスは、此方も見ずに人形の手入れに没頭していた。
「さて、そろそろ帰るぜ」
「忘れ物しないでね」
目線だけを此方に寄こしたアリスは、一言だけ返事をしてすぐに視線を人形に戻した。
私は立ち上がって、帰り際にアリスの部屋に寄った。
びっしり詰まった本棚から選ばずに二冊程に借りて、アリス邸を後にした。
──現代医学
──調合
調合知識はあるが、読んだ事無い本だし読んでみるか。
◆
七月の蒸し暑い中頃、アリス邸を訪れて、勝手に玄関扉を開いた。
「おーい、アリス。来たぜ」
「ちょっと、勝手に開けないでよ」
リビングの方から呆れたような声が聞こえたと思うと、アリスが廊下を早足で歩いて向かってきた。
「こんな暑い中、良く来るわね」
「ん、暇潰しだぜ」
「全く……お菓子作ったばかりなんだけど、食べる?」
「お言葉に甘えよう」
今日のアリスは突っ慳貪な態度ではなく、少し人間味を帯びた柔らかい微笑を浮かべていた。
招かれるまま玄関内に入ると、家の中は外に比べて随分と涼しい。
「なあ、家の中なんでこんなに涼しいんだ? チルノでも誘拐したのか?」
靴を脱ぎながら訊いてみると、アリスから呆れた表情が返される。
「私を何だと思ってるのよ」
「妖怪」
「そりゃそうだけど……誘拐なんてする訳無いでしょ。水と風の融合」
「融合? もしかして異属性魔法の融合か? お前そんな事ができるのか」
「できるようになるまでは結構大変だったわ」
水と風の魔法を融合して部屋を涼しくするという発想は無かった。やり方はさっぱり判らないが、この涼しさはかなり良い。今後は異属性魔法の融合も研究レシピに入れてみよう。
リビングに入ると、前訪れた時とは少し様子が違っていた。
「お、ソファ変えたんだな」
「布だけ張り替えたの」
ソファの色がベージュから薄い青色へ変わっていた。これだけ外が暑ければ確かに青色は気分的に涼しげな印象をもたらす。色調意識もあるんだなと感心してしまった。
その一方で、カーテンはこの前と変わらないベージュ色。そのカーテンを少し触ってみる。柔らかくて心地良い。思わず頬擦りしてしまう程の心地よさで、アリスのセンスが伺える。
「気持ち良いカーテンだなあ。カーテンの色は変えないのか?」
「そうね……布が余ったら変えようかしら」
グラスに入ったミルクコーヒーと、ショートケーキとフォークがテーブルに置かれた。まさか、ケーキが出てくるとは思わなかった。
思わず頬を緩めて、いそいそとソファに座る。
「どうぞ」
と、アリスは向かいのソファに座って膝上に両肘で頬杖を付くと、私を観察するかのような目を向けてきた。
「えっと……有り難く頂くぜ」
見つめられて少し照れながらフォークを握って、一口サイズにショートケーキを切って口に運ぶ。頬が落ちる程旨いとしか言えない、程よい甘さのクリームも、胡桃の入った柔らかいスポンジケーキも粗探しなんてできやしなかった。砂糖控えめのミルクコーヒーも、ショートケーキの甘さには丁度良い苦味だった。
「旨いなあ、私もこれぐらいできるようになりたいぜ」
「……そりゃどうも」
照れもせず呟いたアリスは人形を手繰り寄せて、その人形の手入れを始めた。
その様子をチラチラと見ながら、私は出されたケーキを食べていく。
程無くケーキを食べ終わり、満足感に浸りながらミルクコーヒーを一口飲む。ホイップクリームの甘さを軽く相殺してくれる程度の苦味は心地良い。
「なぁ」
「なにかしら」
「お前、さっき水と風の融合って言っただろ。異属性魔法の融合って、どうやるんだ?」
「答える前に訊くけど、あんたは自然魔法満足に扱えるのかしら」
「不得手だ」
「自然魔法の理論を理解してないと説明しても伝わらないわ」
「そんなもん数日で覚えてやるよ」
「私が数年かけて会得したのを数日で覚えられたら堪らないわね」
「お前で数年か……」
思ったよりも難しい理論らしい。
すぐには使えそうに無いが、毎日勉強して試せばアリスよりも短い期間で覚えられるかもしれない。
「さて、ぼちぼち帰るぜ」
「忘れ物しないでね」
「帰る時そればっかりだな。他になんか言う事無いのか?」
「他に、ねぇ……さようなら、とか?」
身も蓋も無い挨拶だった。
「それはちょっと寂しいな。またね、とかあるだろ」
「またね」
言われた通りの別れの挨拶を告げたアリスは立ち上がってキッチンに向かった。
「あぁ、またな」
なんだか随分そっけないが、まあ良いだろう。
日課となりつつあるアリスの部屋物色だが、今日は扉に鍵が掛かっていた。
自然魔法の理論書でもないかと思ったのだが──流石に何日も同じ手段は通用しないか、と物色を諦めてそのまま帰る事にした。
◆
八月下旬の暑い日、アリス邸を訪れて、勝手に玄関扉を開いた。
「また来たぜー」
丁度、アリスは自分の部屋を出たところだった。
「また勝手に開けて……こんな暑い中、良く来るわね。上がりなさいな」
招かれるまま玄関内に入ると、やはり家の中は外に比べて随分と涼しい。「ふぅー」と思わず大きな溜息が漏れる程の羨ましい環境と言わざるを得ない。
額から汗が垂れて、ぽたりと音が床から聞こえた。
「すまん、汗落ちた」
「良いわよ、掃除しておくからリビングに来なさい」
上海人形がすぐに雑巾と小さなボトルを持ってきて、そこを拭き始めた。
案内されるままリビングに入って様子を見ると、カーテンの色が薄青色に変わっていた。そういえば以前来た時に『布が余ったら』と言っていた。金銭的に余裕ができたという事か。
そんな事を考えながら少し冷えたソファに座る。ひんやりして心地良い。
最近異属性魔法の融合を研究し始めた私だが、難易度が高過ぎてさっぱり捗らない。自然魔法があまり得意でない私にはあまりにも難しい研究だが、いつか成就させて自分の家も涼しくしたい。それができるまでは家の中に青色を取り入れて、少しでも涼しさを演出してみようか。
アリスはアイスコーヒーの入ったガラスのコップに氷とアイスクリームが浮いているものと、長いスプーンをテーブルに置いて、向かいのソファに座って人形の手入れを始めた。
「これはなんだ?」
「コーヒーフロートよ」
「へえ。初めて見たなぁ」
長いスプーンを持って、コーヒーの付いたアイスを掬って口にする。
「お、旨いなぁ」
毎回こうやって違ったレシピを出してくれるのは素直に嬉しい。
それにしても、アリスが日に日に優しくなっていく気がするのは何故だろう。気遣い過ぎて疲れる事は無いのだろうか。
「お前、疲れる事って無いのか?」
「これだけ人形の世話をしてれば疲れるわよ」
やっぱり疲れているらしいが、アリスの表情にその色は見えない。元々感情をあまり表に出さない妖怪だから、なにを考えているか判断に困る。
まあ、疲れているなら何か調合して差し入れしてやるのも悪くない。
「んじゃ次来る時は栄養剤でも作ってやるよ」
「そんな事よりも先に本を返しなさい」
「気が向いたらな」
「全くもう……無いと困る時は困るのよ」
「まぁまぁ、そのうち返すから。死んだ時にでも」
「なによそれ」
「お前ら妖怪と違って私は寿命が短いからな」
「まぁそれは判るけど。死んだらあんたどうやって私の所に返しにくるの?」
「私が死んでから回収してくれれば良いさ。別に良いだろ?」
「はぁ……しょうがないわねぇ」
そう言いながら、アリスは柔らかな微笑を浮かべていた。
「さて、ぼちぼち帰るぜ」
「忘れ物しないで……じゃなくて、またね」
目線だけを此方に寄こしたアリスは、一言だけ返事をしてすぐに視線を人形に戻した。
その様子を一瞥して立ち上がり、帰り際にアリスの部屋に寄ってみる。
今日は鍵が開いていた。
びっしり詰まった本棚から本を選ばずに一冊借りて、アリス邸を後にした。
──Diary?
どうやら日記を持ってきてしまったらしい。一番後ろのページまでびっしりと文字で埋っている。
箒に乗って自宅に向かって飛びながら、一番後ろのページを読んでみる。
"A144 16/100"
"A145 14/100"
"B198 67/100"
"B199 44/100"
"B200 83/100"
"有機物の腐敗速度 → ×"
"有機物を理性組込 → 本能が抑えられず暴走"
「なんだこりゃ、研究日誌?」
独り言を呟きながら興味本位で続きを読んでいく。
"魔法回路をシンクロさせれば一気に進行しそう。殺さなければ脳を手に入れることはできないと思っていたけど殺さずともサンプルとレプリカと同期させる方法があるらしい"
「…………」
本能が警鐘を鳴らしている。
拙い物を持ち出した気がしてならない。
探究心がこの日誌の全てを読みたいと頭の中で囁く。
その夜、アリス邸に忍び込んだ。
どの部屋にも灯りは付いていなかったが、アリスの部屋にアリスはいなかった。
(こんな夜に出かけたのか?)
そう思いながら内心で安堵の息を吐いて、研究日誌を元の位置に戻して逃げるようにアリス邸を後にした。
◆
九月初旬、アリス邸を訪れた。
玄関扉を叩き、相手が出てくるのを待っていると十秒もせずに扉が開かれた。
「あら、……上がる?」
「ああ」
アリスに笑顔で出迎えられ、靴を脱いで廊下に上がり、リビングに入って様子を見るとソファの色が薄い山吹色に変わっていた。そういえばそろそろ秋。青いソファカバーも好きだったが、季節的にはこういう色が合うだろう。だが、カーテンの色は薄い青色のままだった。
「カーテン変えないのか?」
「まだ変える必要は無いのよ」
「ん? そういえばこの前ソファの色変えたときもカーテンはまだ変えてなかったな」
今は金にあまり余裕が無いのかもしれない。
そんな事を考えながらソファに向かおうとした時、辺りに薄青色の透明な膜が現れて私を覆った。
──これは、魔法障壁。
「……なんの真似だ? いてっ」
魔法障壁に指で触れるとビリっとした感覚が走った。恐らく雷媒体──力ずくで脱出できるような代物ではない。
「触ったし判るでしょ? 雷の魔法障壁よ」
「そりゃ判るが、なんなんだよ」
「あんたに出した食器は毎回捨ててた」
「は?」
「当たり前でしょう? あんたが使ったような食器を私が使うと思う?」
「なんだって?」
「ソファの色を変えたのも季節の変わり目だからじゃないわ、あんたが頬擦りしたから変えたの。今回はこの前あんたが汗塗れで座ったから変えたの」
「…………」
「カーテンを替えたのも、あんたが頬擦りしたから。自分の服に使う予定だった布を無理矢理カーテンにしたのよ」
「そこまで私の事が嫌いかよ。今までの、あの優しい態度は何だったんだ」
「来客は持て成しなさいって教わったから」
「それだけなのかよ」
「そうよ」
自分の中で、何かが音を立てて崩れていく。
「私は、お前の罠に嵌ったのか」
「罠なんか作った覚え無いわよ」
「私を嵌める為に、あんな持て成しをしたんじゃないのかよ」
「なに言ってるの? 借りた物は死んだら返すって言ったのは他でもない、あんたよ」
「まさか、お前」
「私の研究日誌を持ち出したわよね。神社から帰ってきたら戻してあったけど」
「神社? 霊夢と何を話したんだ」
「事のあらまし話して、あんたの事について話したの」
「私の、事……?」
「自業自得だって言ってたわ」
「待てよ、お前……私を異変解決に誘ったのはお前だったじゃないか、殺したい程憎いならなんで私を誘ったんだ」
「魔法使いはあんたとパチュリーしかいないし、パチュリーは喘息だから異変解決には向いてない。消去法であんたを選んだだけ」
胸元から、何か熱いものが込み上げて来る。
「……っ、うぐっ」
そして、重たい違和感が全身に広がる。
意識が──
「お、おま……え」
「あんたの身体なんて触りたくもないけど、あんたの身体を……」
途中から言葉が聞こえなくなった。
アリスは楽しそうに笑っている。
今まで一度も見せた事が無かった満面の笑顔で。
(私は、なにをしてたんだ)
段々、視界が暗くなって──
[了]
ここまで読んでいただきありがとうございました。
『反動形成』をテーマにしました。
82A6
- 作品情報
- 作品集:
- 2
- 投稿日時:
- 2009/08/13 07:01:28
- 更新日時:
- 2009/08/13 16:01:28
- 分類
- 魔理沙
- アリス
アリスは千両役者ですね
アリスの「忘れ物しないでね」が違って聞こえてきます。
面白い
2回読むとたしかにまた違った楽しみがありますね。
なるほど、だから月日が経つにつれてアリスの態度が"好意的"に変化してきたのか。
情景の描き方がとても良かった。(アリスの態度の微妙な変化が次の行を読みたいと思わせてくれた)
次の作品も期待してます。