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『『血に飢えた神様』【上】』 作者: pnp
色とりどりの花が芽吹く春。
花の妖怪、風見幽香は、美しく咲き乱れる花に囲まれながら、穏やかな寝息を立てていた。
弾幕勝負の際に見せる恐ろしい姿など到底想像できない、年相応の可愛げな寝顔だ。
春の陽気は強力な妖怪である彼女をも夢の世界へと誘うと言う、不思議な能力を秘めているようだ。
睡眠中ではあるが、彼女を今襲うことなど、恐らく不可能だ。
寝ているとはいえ、人間とは違ってそれなりに警戒心は働いている。近づけばすぐに目を覚ますのだ。
「……ん……?」
近づいてくる小さな複数の気配を感じ、幽香は目を覚ました。
花々を掻き分けて向かってくるのは、見知った小さな妖怪達だった。
闇の妖怪ルーミア、蟲の妖怪リグル、そして夜雀ミスティア。
彼女ら三人の力は幽香に比べて圧倒的に小さなものであるが、何故か彼女らと幽香は親交が深い。
幽香は強力な妖怪であるが、弱者を蔑んだり、甚振ったりする嗜好が無い為かもしれない。
起き上がった幽香を見つけたリグルが、若干背伸びをしながらおーいと手を振る。
幽香はそれに応えるように、小さく手を挙げる。
それと同時に三人の歩みが速まる。
「おはよー、幽香」
率先して元気のよい挨拶をしたルーミアに、リグルが怪訝な表情を向ける。
「ルーミア、今はこんにちはの時間帯だよ。こんにちは、幽香」
「こんにちは幽香」
ミスティアはリグルに同意し、挨拶をした。
幽香も一まとめにこんにちはと返し、それを挨拶とした。
挨拶が終わるや否や、ルーミアが突然幽香に問うた。
「ねぇねぇ幽香、肩凝ってる?」
「肩? 別に凝ってないけど」
あまりに突然の問いだったが、幼いルーミアにはよくある事だったので特別驚きがある訳でもなかった。
「肩叩いてあげよっか?」
「どうして?」
「ルーミアったら、半霊に肩叩きを教わってから、ずっとこの調子なんだよ」
リグルが苦笑いしながらそう告げる。
なるほど、と幽香はそれを理解した。新しい事を知ると、何でもやってみたくなる年頃なのかもしれない。
特に幽香が返事をした訳でも、頼んだ訳でもないのに、ルーミアは幽香の後ろに回り、勝手に肩叩きを始めた。
トントンと、幽香の肩に右、左、右、左と順番に衝撃が加わる。
それは、決して心地よい衝撃とは言い辛かった。むしろ下手で、少しばかり痛いくらいである。
だが、止めろと突き放すのも気が引けたので、幽香は暫く、ルーミアの肩叩きを受ける事に決めた。
彼女の行う肩叩きの性能を知っている残り二人は、幽香を労っているのか少しだけ苦笑している。
当の肩叩きを行う本人は上機嫌で、幽香のささやかな苦労も知らずに、マイペースで肩叩きを続けている。
「ねぇねぇ幽香」
不意に後ろからルーミアが問うた。
「何?」
「幽香くらい強い妖怪になると、私たちみたいな小さな妖怪はどうでもよくなるの?」
「さあ……それはどうかしら」
「分からない?」
「そうね」
「ふーん」
自分で聞いておきながら、妙に興味無さげな返事を返され、つくづく何を考えているのか分からない奴だと思った。
その次の瞬間。
左右交互の衝撃が消えた。
何事かと後ろを向こうとした幽香の肩に、別の感覚が走った。
それは激痛である。肩叩きとは比にならない程の激しい痛みが、突如として右肩に襲い掛かってきた。
「ッ!!?」
幽香は思わず悲鳴を飲み込んだ。
どうにか激痛の原因を知ろうと、痛みを堪えて右肩に手をやる。
小さな頭が手に触れた。
「ル……ルーミア……ッ!? 何……を……!」
肩を叩いていたルーミアは、何故か幽香の右肩に噛み付いていた。
それも、加減など知らない、若しくは不要であるかのように、全力で。
小さいながら食いしん坊で少しばかり有名だったルーミアの噛む力は相当なものであった。
あの幽香の表情を、激痛で歪ませるほどに。
無理やりルーミアを肩から引き剥がす。
それでも噛むのをやめなかったルーミアは、引き剥がされた瞬間、幽香の肩の肉を少量口に含んだまま地に落とされた。
「ぐぅ……!」
肩の肉を一片無理やり引き千切られて持っていかれた幽香に、反撃の余力などなかった。
地に落ちた瞬間、ルーミアは即座に闇を展開した。
急速に拡がっていく闇に、四人の妖怪は瞬く間に飲み込まれた。
「何なのよ、一体……!」
幽香は未だに状況が理解できないでいた。
どうして肩叩きをしていたルーミアが幽香の肩を食い千切ったのか。
しかも、見ていた残り二人は彼女を止める素振りもなかったし、驚いて叫ぶ事もなかった。
つまり彼女らは、ルーミアの凶行を黙認していたのである。
闇の展開と同時に、その二人もどこかへと姿を眩ませてしまった。
闇に目が慣れないと周囲を見る事もできない。
しかし、いつまで経っても視界が開けてこない。
焦りからきているものなのかと、肩から流れる血を手で押さえながら、幽香は必死に平静を保とうとした。
そんな中、不意にある方向から声がした。
「見えないでしょう?」
声の主はミスティアだ。
「そりゃそうだよ。私が鳥目にしているんだもの。闇の中でいつも通り目が見えるなんて思わない事だね」
この一言で、幽香は確信した。
この三人は全員共謀者で、どういった訳か自分を陥れようとしている。
「私は夜雀だから見えるよ。闇には慣れているもの」
「私も見える」
リグルの声。
見れば、いつの間にか幽香の体に数匹の蛍が集っていた。
これを辿っていけば、リグルも闇の中で幽香を見つける事ができると言う訳だ。
集る蛍を追い払っていると、また別の方向から声がした。闇の主とも言える存在の声だ。
「血の匂いがする。これ辿っていけば、幽香に辿り着くんだよね?」
三人がどこにいるのか分からない幽香に対し、周囲三人は全員、幽香の居場所を察知している。
この三人に殺意があるとすれば、彼女は絶体絶命の窮地に立たされている事になる。
理由も無く殺される訳にはいかないと、幽香は声を張り上げた。
「何なのよ!? 一体何をしたいの!?」
「ちょっと野暮用」
ルーミアの暢気な声。
「ふざけないで! こんな事をして……! ただで済むと思うな!」
「勿論、ただで済むなんて思ってないよ」
今度はリグルの落ち着いた声。
「失敗すれば死ぬ事だって覚悟してるよ、私たち」
最後にミスティアの声。声色に少しだけ高揚感が含まれているようだった。
三人の酷く落ち着いた様子を受け、幽香はますます意味が分からなくなった。
どうして命を狙われねばならないのか。
三人が、自分の命を狙う理由は何なのか。
冷や汗をかきながら、必死に三人の居場所を知ろうとしたが、見当もつかない。
均衡状態が続いた。
三人が何の行動も起こさない為である。
幽香は三人がどこにいるのかが分からないから、自身から軽はずみに行動を起こす事などできない。
出方を慎重に伺っていると、不意に妙な音がした。
微かだったその音は、確実に音量を増して幽香に近づいてくる。
幽香はそれが何か、すぐに理解した。
「蜂……!?」
リグルの放ったらしい蜂の軍勢が、幽香目掛けて飛んできている。
羽音の大きさからして、そこいらの蜜蜂などとは違う。
蟲の妖怪であるリグルだからこそ操れる、巨大な蜂だろう。
リグルが操る蜂の軍勢が、一斉に幽香に襲い掛かる。
刺せば死ぬ運命ではあるが、虫に死を恐れるほど強固な自我など存在しない。
「うぁああ!! いぁあ……っ! や、やめぇ……ああっ!!」」
弾幕勝負の弾の如し巨大な蜂の軍勢に、片手で応戦できる筈も無い。
巨体相応の大きな針が次々と幽香の体に突き刺さる。
含まれる毒の影響で体の自由が利かなくなってきた瞬間。
常闇の奥深き所から、闇の主が幽香目掛けて飛び込んできた。
金色の髪、黒い服、白い肌を持つ幼い闇の妖怪は、幽香の首に噛み付いた。
「うぐぁ……ぁあ……!」
幽香はもがいた。
肩を食い千切ったこの小さな妖怪を引き剥がそうと、朦朧とする意識のまま足掻いた。
しかし、無駄であった。
鋭い歯は確実に幽香の首に入り込んでいく。
「は……あぁ……や……やめ……て……」
「ひゅうか、おうおわい?」
首に噛み付いたまま、上目遣いで尋ねるルーミア。
「ごえんえ。えも、おえわひかたのないことなんだよ」
その言葉を最後に、ルーミアが思い切り首を横に振った。
ブチリと首の肉が千切れ、噴水の如く血が噴出す。
首の骨が露出している状態で、なおもルーミアの捕食が続いた。
「――」
グチャグチャと自身の首が貪られていくのを感じながら、幽香はその生命を絶たれた。
狩りが終わり、闇が縮んでいき、消える。
三人の小さな妖怪に囲まれた、胴と頭の離れた花の妖怪の骸が、そこにあった。
「で……ここからが大事なんだね」
「そう」
「蜂の毒が入ってるだろうけど、いいのかな」
「さあ……」
首と胴が離れた幽香の死体を三人で囲っていると、後ろから明るい声が響いた。
「わあ! 見て、スーさん!」
全員が声の方を向いた。
「首がとれているわ! あの三人で、あの風見幽香をやっつけたのよ!」
場の空気も読まずに感嘆の声を上げるその妖怪の登場に、三人は目を合わせた。
そして、
*
「うーん……」
山の上の神社の巫女である東風谷早苗は、暖かな陽気に中てられ、大きく伸びをした。
所々の関節がポキポキと小気味良い音を鳴らす。
「やはり春は気持ちがいいです」
この神社には一人の巫女と二人の神様―厳密に言えば三人の神様となるが―が暮らしている。
二人の神様を生き長らえさせる為、早苗は毎日信仰集めに励んでいる。
成果は首を傾げてしまう程度だが、それでも大好きな二人の神様の為、彼女は幻想郷を東奔西走している。
いつも通りに境内の掃除をしようと外へ出ると、神様の一人が既に起きていた。
背の高い、大人びた風格を持つ神様だ。名前を八坂神奈子と言う。
すぐに挨拶をしようと思ったが、神奈子は野鳥と戯れているようだった。
豆を撒き、鳥を集めている。
声を出すと鳥が逃げてしまいそうなので、暫くその様子を観察する。
神奈子が手に豆を乗せていると、鳥が一羽、神奈子の手に止まった。
少しだけ神奈子が驚いたように目を見開いた。
意外と子供っぽい面があるのだと、早苗は気付かれぬようにクスリと笑った。
手に止まった鳥の頭を撫で、背を撫でる。
新しい豆を手に置くと、鳥はそれにもありつき始めた。
豆に気を取られている鳥を再び神奈子がゆっくりと撫で始め、そして唐突に鳥の首を圧し折った。
「……え?」
神奈子の行動が信じられず、早苗は思わず目を凝らした。
鳥は即死したようで、ピクリとも動かない。
その亡骸を神奈子は、手で強引に捌き始めた。
足を引っこ抜き、翼を折り、羽根を抜き、嘴を割り、目を抉り、首をもいだ。
バラバラにした鳥をじっと眺め、暫くして深いため息をついた。
「ダメね。足りない」
そう呟くと、鳥の破片を捨て、神社の中へと戻っていった。
事の始終を隠れて見ていた早苗は、こみ上げる吐き気をどうにか押さえ、一目散にその場を後にした。
「おはよう、早苗」
朝の小さな殺生から数十分後、神奈子は何事も無かったかのように早苗に挨拶をしてきた。
「お、おはようございます、神奈子様」
「? どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いえ。そんな事は」
「そう? 無理はしちゃダメよ」
朝から鳥の解体など見てしまっては、それは気分だって悪くなる。
しかし、妙だった。
神奈子は何かを気にする様子など全く見せていない。鳥を殺す必要性も、殺した意味も、早苗には理解しがたいものだった。
早苗は意を決し、尋ねた。
「あ、あの、神奈子……様……」
「ん?」
「その、ですね……えっと……」
「うん」
「……今朝、」
「おはよう二人ともっ」
早苗の問いは、もう一人の神様、洩矢諏訪子の声によって掻き消されてしまった。
「お腹すいた。朝ごはんはまだ?」
「だってさ。早苗?」
「え? あ、はい。……すぐに」
結局、茶を濁されてしまった。
早苗は台所へ戻り、朝食の準備をする。
あの凶行について質問をするタイミングを完全に失ってしまった。
もう一度、先ほどの勇気を出せる気がせず、早苗は全てを忘れる事にした。
――何も見なかった事にしよう。
そう、心に決めた。
*
吸血鬼の住む巨大な館、紅魔館。
それの近くに、広大な湖がある。
妖精達の溜り場として有名である。
澄んだ水があり、美しい緑があり、妖精だけでなく人間や妖怪にも人気のある場所だ。
そんな癒しの場所の一角が、赤く染まっていた。
緑色の長い髪を持つ大きな妖精が、水色の短髪を持つ氷の妖精に、氷柱を腹に刺されているからである。
被害者の妖精は、困惑と恐怖と悲愴が入り混じった表情で、目に涙を貯めながら必死に氷の妖精に手を伸ばしていた。
「チ……チル……ノ……ちゃ……ん……どうして……?」
親友だと信じていた氷の妖精チルノに腹を穿たれた事を、大妖精は信じきれていない。
ヒューヒューと苦しそうな呼吸を繰り返し、何とか生き長らえている。
しかし、その様子から、もう瀕死である事が伺える。
「早く死んだ方が楽だよ」
「……いや……死……なんて……」
生へ執着する元親友に、チルノは優しく語り掛ける。
「大丈夫大丈夫。あんたの死は、他者を生かす糧になってくれんだから」
「……いや……いやあ……」
「誇りに思いなさい、大妖精」
そう言うとチルノは、大妖精の喉目掛けて氷柱を突き立てた。
ひんやりとした半透明の刃が、喉を通っていくのを感じた後、大妖精は事切れた。
その亡骸をチルノは担ぎ上げ、その場を離れようとした。
すると、突然彼女の周囲に霧が発生しだした。
「むぅ?」
怪訝そうな顔で霧を眺めていると、それが一点に集約し、一つの人の型を形勢した。
髪は長いが背が低く、見た目は人間の幼女とほぼ変わりの無い容姿。
ただ一つ、決定的に違う面は、長い角が頭に生えている所だろう。
「げっ……こ、小鬼……!」
「やあ妖精。真昼間からがんばってるねぇ?」
鬼の伊吹萃香がチルノの前に現れた。
「それで、どう?」
「な、何がよ」
「またまた白けちゃって。分かるでしょ? それよ、そ、れ。」
そう言われて、大慌てでチルノは大妖精の骸を、自身の小さな体で覆い隠した。
しかし、全然隠しきれていない。
萃香がニヤニヤと笑みながら、チルノににじり寄る。
「こーんな小さな獲物しか捕らえられないなんて、まだまだ青いねぇ」
そう言いケタケタと笑った後、瓢箪を口につけ、中の酒を体内へと流し込んだ。
「そ、そりゃ青いよ! 私、氷の妖精だもん!」
「いや、髪や服の青さはどうでもいいんだけど」
意味が通じていなかったらしく、萃香はカクンと項垂れた。
「そういうあんたは何を狩るのさ」
「んー? 今から地底へ帰ってみる。地霊殿には狩り甲斐のある奴がいるだろうし」
「あっそう! とにかくこれは私の獲物なんだから」
「はいはい。その程度の奴なら一日で千匹くらいでも狩れるから、横取りなんて考えてないよ」
手をプラプラと振って追い払うような仕草をした後、再び酒を飲んだ。
そして踵を返し、覚束無い足取りでふらふらと地底を目指し、萃香は歩みだした。
その姿が見えなくなると、再びチルノは大妖精を担ぎ、目的の場所を目指し、飛び出した。
*
萃香が地底へ到着すると、すぐに別の妖怪と出会った。
「あれ? いつぞや地上へ行った鬼じゃないか」
「やあ土蜘蛛。久しぶりだね」
土蜘蛛、黒谷ヤマメが萃香を見つけ、目を丸くした。
まさか地底へ戻ってくるとは思っていなかったからである。
「何の用? やっぱり地上は生ぬるくてつまらなかったから、地底へ戻って来たの?」
「いや。生ぬるいなりの面白さがある場所だよ、地上も」
「まあね。妙な人間が地底に来た事があったけど、そう思うよ。それで、用事は?」
「地霊殿に。ちょっとばかり、ね」
「……ああ、なるほど。供物を」
「そうそう。あんたの調子はどう?」
「ほれ、この通り」
言うとヤマメは、足元に置いてあった桶の蓋を外し、中身を萃香に披露した。
体を各パーツに分解されて、桶の中にすっきりと収められている釣瓶落としの怪であるキスメの死体を確認し、萃香は感嘆の声を上げる。
「すごい収納技術だね。芸術だ」
「そうだろう?」
フフン、と自慢げに胸を張るヤマメ。
そして、地底の奥を指差し、言った。
「急がないと獲物が無くなっちゃうよ」
「え?」
「何せ勇儀が地霊殿へ向かったからね」
「うそ! 急がなきゃ!」
萃香はまるで燃料であるかのように酒を体内に流し込み、全速力で地霊殿へと向かっていった。
ヤマメと出会ってから、数十分が経過した。
息を荒げた萃香がようやく地霊殿に到着した。
中は轟々と大きな音が鳴り響き、既に大賑わいである事が伺える。
「うー、まだ残ってるといいけどなぁ」
言いながら萃香は僅かな希望を胸に、地霊殿へと入った。
直後、何かをふんずけて転んだ。
何を踏んでしまったのかと後ろを見ると、半壊したさとり妖怪の妹が転がっていた。
文字通り、体の半分が完全に吹き飛んで無くなっている。
半分だけ残った顔から、相当恐ろしい最期を迎えてしまった事が伺える。
「勇儀だな、こりゃ。こら勇儀ー!! 供物をぶっ壊すなー!!」
勇儀を探して萃香が地霊殿を駆け巡っていると、大きな物が壁を破壊しながら飛んできた。
飛んできたそれは、いつかあった地上へ怨霊が大量に送り込まれてきた際の、異変の元凶であった。
霊烏路空――神を飲み込んだ地獄鴉である。
そんな相手を圧倒できる相手など、一人しかいない。
「勇儀ー?」
「おや、萃香?」
もくもくと立ち上る砂煙に向かって萃香が叫ぶ。
砂煙から、勇儀が現れた。
着ている服と手が返り血で真っ赤になっている。
「あんたも狩りに来たのか」
「そうそう」
久しぶりの仲間との再会に、雑談の花を咲かせていると、超高温の火の玉が二人目掛けて飛んできた。
雑談に夢中だった勇儀は、スレスレでそれを避けた。
萃香はと言うと、密度を操って自身を霧と化し、難なくそれを避けていた。
「おお。危なかったぁ」
「甘いぞ勇儀!」
再び霧から実体へと形状を変え、萃香が笑んだ。
「うん。確かに油断してた」
火の玉が飛んできた方を見据え、勇儀が薄く笑う。
勇儀の視線の先に現れたのは、地獄鴉の霊烏路空。
巨大な翼の片方はへし折れ、着ている服もボロ布とそう変わらない形状と化している。
頭からの流血で、片目を塞がれている。
ズタボロの空を見て、萃香がつまらなそうな表情を浮かべた。
「なーんだ。瀕死じゃん」
「神様を飲み込んだくらいで鬼に勝てる筈ないだろ?」
「そりゃそうだ。他に生き物はいないの?」
「もうちょっと奥に、地霊殿の主とペットの猫がいたよ」
「ほんとに? じゃ、そっちを相手してくるかな」
そう言うと萃香は再び自身を霧と化し、地霊殿の主らを探しに奥へと消えていった。
消えていく萃香に、どうにか立ち上がった空が叫ぶ。
「ま、待て! さとり様に何かしたら……!」
「何かしたら、何?」
勇儀が即座に空に近づき、腹に拳をめり込ませる。
地獄鴉が近接戦で鬼に敵う筈もなく、抵抗する術も無いまま一方的な連打を浴び、再び地面に倒れこむ。
主を護りたい一心で歯を食いしばり、どうにか立ち上がろうとする。
「ぐ……ぅ……! 八咫烏様……私に……お力を……!」
「無駄無駄無駄」
空の胸倉を掴み、尚も勇儀の攻撃が続く。
情け容赦のない圧倒的な力に、空は太刀打ちする事ができず、ただただ鬼の拳を受け続けるばかりであった。
*
突然の鬼の襲撃に、地霊殿の主の古明地さとりと、それのペットである火炎猫燐は、困惑し、恐怖していた。
空が敵わないとなると、もはや彼女らに勝機など無いに等しい。
「さ、さとり様……」
「落ち着いて、お燐。落ち着くの」
すっかり怯え、萎縮してしまったお燐を宥めながら、さとりはここから逃れ、この暴虐行為を地上に伝える術を考えた。
地底と言えども、ここまで無秩序な事態が起きたと発覚すれば、地上の巫女も黙ってはいない筈と、さとりは踏んでいた。
しかし、空でさえ敵わない敵から逃れる方法などありはしない。
さとりの妹である古明地こいしは、既に鬼に殺されてしまった。
今はそれを悲しんでいる余裕すらない。
おまけに、今この瞬間も、空は勝てる見込みのない相手と戦い、自分達を護ってくれている。
だが、三人同時に掛かって行ったとしても、恐らく鬼を止める事はできない。
その状況から起こせる行動に、もはや選択の余地はなかった。
「お燐。よく聞いて」
「は……はい」
「あなたはここで、どうにか鬼から逃れるの。下手に動くより、そこらの家具に身を潜めている方がいいかもしれない」
確かに、身を隠せそうな大きめの家具はあった。
しかし、お燐はそれよりも気がかりであった事を問うた。
「お空は?」
「――」
さとりは言葉に詰まった。
その後に見せたさとりの表情から、お燐は、彼女が言いたい事を察してしまった。
そして、ボロボロと涙を零しながら泣き崩れた。
さとりは、お空を見殺しにするつもりなのだ。鬼の注意を引かせる囮役として。
考えを悟られてしまい、さとりは唇を噛んだ。
だが、静かな口調で言い聞かせる。
「分かって、お燐。仕方のない事なの」
「でも……でも……」
「私達が戦いに加わった所で、あの鬼には敵わない。みんな死んでしまう」
暫くの間、泣くお燐を説得していたさとりだったが、時間の無さを感じ取り、立ち上がった。
時間とは即ち、お空の体力の限界である。
お燐の肩に手を置き、真剣な眼差しで言う。
「いい、お燐。隠れていて。見つかりそうになったら全力で逃げ出しなさい」
「……さとり様は?」
「私は、鬼がお空と戦ってる間に地上を目指して、助けを呼んでくる。それまで耐えて。分かった?」
お燐は頷く事はなかった。
しかし、さとりは彼女に背を向け、地上を目指して地霊殿を後にした。
残されたお燐は、やむを得ずクローゼットの中に潜り込んだ。
中の衣類で申し訳程度に体を包む。
外の爆音はまだ鳴り止んでいない。
お空はまだ、勇儀と戦っているのだ。
勝てる筈も無い鬼を相手に、さとりを護りたい一心で。
お燐は必死に耳を塞いだ。
お空の叫び声、呻き声、泣き声、痛み、苦しみ――
それらを耳から遠ざける為に。
真っ暗なクローゼットの中で縮こまり、泣きながら耳を塞いだ。
そんな彼女に耳に、微かな声が入り込んできた。
「どこだー? 主とそのペットはー」
聞き覚えのある、幼げな声。
いつか聞いた、小さな鬼の声だ。
鬼が自分とさとりを探している。
心臓が暴れ回る。
遠くから聞こえる戦いの音と、付近にいる鬼の声が、耳を塞いでいるにも関わらず、鮮明に聞こえてきてしまう。
声を殺し、鬼が遠ざかるのを待つ。
呼吸の音が妙に大きく聞こえた。
じわりと染み出てきた汗で、クローゼット内の衣類が肌にくっ付く。
上昇した体温の影響か、先ほどよりも暑くなってきた気がした。
耳も、口も、目も閉じ、懸命に体を小さくする。
「……んー? いないじゃん」
鬼の間の抜けた声の後、タンタンタンと足音が聞こえた。
それは段々と遠ざかっていき、次第に聞こえなくなった。
酔っ払っていた萃香に、クローゼットの中を探すと言う考えは生まれてこなかったらしい。
それと同時に、遠くでなっていた戦いの音もなくなってしまった。
きっと、空がやられたのだろう。
声を殺しながら、お燐はクローゼットの中で泣いた。
外で何の音も聞こえなくなった。
鬼達が、地霊殿を離れたのかもしれない――
お燐はそう思い、掛けてあった衣類で涙を拭くと、クローゼットの扉に手を掛けた。
そして、そっと扉を開け、小さな隙間から外を伺った。
次の瞬間、外の様子を見た目に、包丁の尖端が飛び込んできた。
柔らかな眼球に、硬く冷たい鋼の刃が突き刺さる。
「ぎゃああああぁぁぁっ!!!!」
敵から身を隠していた事も瞬く間に忘れ、お燐は絶叫した。
痛みに悶えながら片目を抑える。じっとしていられなくなり、クローゼットから転げ落ちた。
片目を奪った犯人を、残った目で確認する。
金色の髪と、長い耳。そして特徴的な衣服。
橋姫が立っていた。
その手には、血が付いた包丁が握られている。
「前々から妬ましかったのよ。猫のくせに、こんなに沢山の仲間に囲まれて」
包丁を握った手に力を込める。
あまりに強く包丁を握り締めたせいで、手が白く変色している。
振り下ろされた包丁は、お燐の右肩を貫いた。
絶叫のすぐ後には左肩。止めてと懇願したすぐ後には右胸。無意味な謝罪のすぐ後には下腹部。主の名を叫んだすぐ後には喉。喉を貫かれまともに喋れなくなったすぐ後にはまた喉。
返り血を全く気にしない水橋パルスィの攻撃は、お燐が絶命して尚も続いた。
刺傷だらけのお燐の亡骸を見下ろし、パルスィはふっと息を漏らした。
「こんなボロ雑巾みたいな死体をよこす必要は無いわね。私も地上へ向かおうかしら」
まだ嫉妬心が抑えきれないのか、ズタズタになったお燐の頭を蹴飛ばし、パルスィは地上へと向かい出した。
「鬼達は吸血鬼の館に行くと言っていたわね……。館と言うのだからきっと大きな家なんでしょうね。ああ、妬ましい、妬ましい」
古明地さとりが、ようやく地上へ出る穴まで到達した。
行く途中、鬼に出会わなかったのは幸いであった。
「急がなくちゃ……」
空は恐らく死んでしまっただろう、と思った。
妹も死んでしまった。
ならばせめて、お燐だけでも助けたいと言う一心で、地上へ向かう。
陽の光が燦々と輝く地上へ足を踏み出した瞬間だった。
白く細い糸が、体に絡み付いてきた。
「え!?」
「やった。思わぬ収穫だね、これは」
糸は若干粘着性と、相当な強度を誇っており、さとりがいくら暴れても切れる事はなかった。
糸の正体は、土蜘蛛の黒谷ヤマメの出した蜘蛛の糸であった。
もしかしたらと思い、地上付近で待ち伏せしていたヤマメの罠に、さとりはまんまと引っ掛かってしまったのだ。
足掻けば足掻くほど、糸はさとりの体に絡み付いてくる。
だからと言って静止しても取れる筈もなく、さとりはヤマメに生け捕りにされてしまった。
抵抗しなくなったさとりの前に立ったヤマメが問うた。
「もしや、ペットは見殺しにしたのかい?」
「あなた達は……一体何が目的なの?」
「質問に質問を返されても困る」
さとりは、ヤマメの心を読んだ。
何を考えているのか、問わなくたって読めばいい。
だが――
「……!?」
「さて。計二体か。大収穫だ」
「な……何で? 心が読めない!?」
「よーし。そんじゃ、レッツゴーだ」
さとりの手を引っ張り、ヤマメが歩みだす。
「ま、待って! どこへ行くつもり!?」
「いずれ分かるよ」
ふふっと微笑みながら、ヤマメは答えた。
さとりは抵抗する事も敵わぬまま、ヤマメに導かれていった。
*
朝食が終わり、しばらくしてからの事だ。
突如境内で、悲鳴が上がった。
何事かと、神奈子が外へと飛び出してきた。
「どうしたの、諏訪子?」
「神奈子……いや、ちょっとびっくりしちゃって……」
早苗は物陰から、二人の様子を見守っていた。
出て行けない理由は、諏訪子が悲鳴を上げた場所が、早朝に神奈子が鳥と戯れていた場所と同じだったからである。
諏訪子がどうして悲鳴を上げたのか、早苗はなんとなく分かっていた。
諏訪子が、悲鳴の原因を拾い上げ、神奈子に見せる。
「見てよ、これ」
「……?」
「何でこんな残酷な……」
小さな諏訪子の手に乗せられているのは、バラバラになった鳥の骸。
自然ではなく、明らかに故意にやったとしか見えない。
知能の低い野生の妖怪なら、いちいち解体などせずに一気に食うだろう。
だからこそ、犯人がいるに違いないと、諏訪子は憤慨していた。
しかし――
「なんだ、こんな事か」
神奈子はハハッと笑った。
そんな友人の態度に、諏訪子は目を見開いた。
「こんな事って、これを見てなんとも思わないの?」
「思わない」
「どうして!? この死に方は明らかに異常だろう!?」
「そりゃだって、私がやったんだから」
「は……?」
事も無げに、平然と言ってのけた神奈子に、諏訪子は唖然とした。
神奈子は少しだけ笑った後、ポンと手を打った。
「そうだ。ちょうどいい機会だし、話しておこう。これはね、新しい信仰収集の一つなんだよ」
「信仰……?」
「そう。いい? まずだね……」
山の山頂から見える広大な地――即ち幻想郷全てを指し示すように、神奈子は大きく手を広げた。
「幻想郷中から血肉を集めるんだ」
「……」
「ああ、ただし人里からはダメ。あそこが主な信仰の場となるから」
「……神奈子……」
「そして、集めた血肉、死体でもいい。それを人間どもに見せ付けてやる。さあどうなる?」
「……何を言ってるの!? 何を言いたいんだよ!?」
「強力な妖怪、人間の死体を見せ付けられた人間は、恐らく萎縮する。あいつらが死んだのに、自分たちが敵う筈がない、ってね」
「神奈子ッ!!」
「そして言うんだよ。『生き延びたければ我らを信仰しろ』とね」
諏訪子は、言葉を失った。
神奈子は、こんな事を言うような者ではなかった筈なのに。
楽観的で、享楽的で、酒好きで――
早苗の集めてくる信仰が雀の涙程度でも、気にしないで暮らしていたのに。
「強制だろうと何だろうと、信仰は信仰だろう? きっとうまくいく」
「そんなのダメに決まってるだろう! 何人の人間や妖怪を犠牲にするつもりだ!」
「さあ。それは人間の従順さに掛かってるんじゃないかな?」
「神奈子!! 正気に戻れ! 何を考えてるんだよあんたは……!」
「……何? 諏訪子はこれに反対するの?」
「当たり前だ!」
「へぇ。それじゃあ……」
神奈子が手を掲げる。
どこからともなく、御柱が現れた。
「ここで死んでもらうしかないわ」
「な……何を……?」
「信仰の邪魔をする奴はさっさと消しておくべきだものね」
諏訪子の意思など一切無視し、神奈子の猛攻が始まった。
攻撃、防御の両方の役割を果たす御柱が、諏訪子を苦しめる。
あまりに突然の開戦に、諏訪子はろくな反撃もできないでいる。
そもそもこの戦いは、彼女の望むものではないので、モチベーションも上がってこない。
無血での説得に、諏訪子は執着していた。
放たれる無数の弾を必死に避けながら、声を張り上げる。
「神奈子ッ!! 神奈子ったら!! お願い、考え直し……!」
だが、そもそも神奈子に敵わない諏訪子が、戦いつつ相手を説得するなど、到底不可能であった。
おまけにこれは弾幕勝負ではなく、単なる殺し合いだ。
弾の回避に専念していた諏訪子に、一気に神奈子が近づいた。
そして、渾身の蹴りを見舞った。
そのまま諏訪子は、地面へと落ちた。
「うぅ……」
「最後の機会を与えてあげる。諏訪子、私に賛成できない?」
「神奈子……なんで……何があったの? 相談なら乗る。だから……」
「やっぱり反対なのね。仕方ない。ここでお別れね」
話を強引に打ち切り、ふぅ、と息を漏らした後、神奈子が手を掲げた。
再び巨大な御柱が、どこからともなく出現し、垂直に落下してくる。
落下地点は、諏訪子の脚だった。
ズゥン、という重々しい音と共に、境内の地面に御柱めり込んだ。
そしてその中には、諏訪子の細く、小さい脚も含まれている。
脚を粉砕された諏訪子が吼えた。
その様子を神奈子は微笑を浮かべて眺めている。
「かな……かな……こ……ぉ……! なんでよ、なんで――」
涙を流しながら、突然変貌してしまった友人に救いを求めるように手を伸ばす。
しかし、その手さえ、御柱が奪い去ってしまった。
手足を潰されて身動き一つ取れぬまま絶叫する諏訪子の視界が陰った。
まさかと思い、空を仰ぎ見ると、巨大な御柱が頭目掛けて落ちてきているのが確認できた。
落下速度は他のものと変わりが無い筈なのに、妙にその一本だけは落下までの時間が長く感じられた。
その間、様々な思い出が蘇ってきた。
死ぬ瞬間は痛みも無かった。
頭を潰され、即死したからである。
聳え立つ御柱の下から、血がジワリと染み出てきた。
神奈子が御柱を消し去り、胴体だけとなった諏訪子の骸を見た。
「うわ……これはさすがに……」
口ではそう言いつつも、その表情はなんとも満足げであった。
物陰から全てを見ていた早苗は、その場で朝食を全て戻した。
神奈子様がおかしい。おかしすぎる。
普段の生活の様子なんかは全くおかしな所など無いが、その思想があまりに狂っている。
まるで別人のようになってしまっている。
「れ、霊夢さんに……」
「早苗ー」
神奈子の暢気な声。
早苗はビクリと体を震わせた。
体の震えが止まらない。神奈子が恐ろしいのである。
諏訪子を殺害した瞬間を見ている事を、神奈子は知っているのだろうか。
呼ばれたのは気付かなかった事にして、早苗はどうにか遠くへ逃げようと思った。
しかし――
「そこにいるのは分かってるんだよ、早苗?」
全てばれていた。
体の震えがより一層激しくなる。
歯がガチガチと鳴り、視界がぐるぐると回る。
気を緩めると失禁してしまいそうだった。
平常のまま、神奈子と接する事ができる気がしなかった。
もたついている早苗に業を煮やし、神奈子自ら早苗に歩み寄ってきた。
神奈子と目が合う。
すると、神奈子は微笑んだ。
一体、自分は今、どんな表情で神奈子と向き合っているのだろう。
早苗はそれすらよく分からなかった。
「なあ早苗」
「は、はい、何でしょう……」
「さっきの、全部見てただろ?」
神奈子は笑顔を崩していないが、その笑顔すら恐ろしかった。
恐怖に耐え切れなくなった早苗は、地面に額を付け、懇願した。
「お願いしますお願いします!! だっ、誰にも、言いません! 絶対に誰にも言いませんから命だけは……!!」
どんなに無様な姿を晒しても、早苗は生きたかった。
諏訪子のように、胴体以外の部分を御柱で押し潰されて死ぬなど、真っ平ごめんだったのである。
早苗の必死な態度とは逆に、神奈子はひどく落ち着いていた。
「他言は別に許すよ。どうせ最後はみんなに知れ渡ることだ。だがね、早苗」
顔を上げることもできない早苗の前で屈み、神奈子が耳元でそっと囁いた。
「あんたが私の信仰集めに反対ってなら話は別さ」
「……!」
「ねえ早苗? 賛成? 反対? どっち?」
「……ぁ……わ……わた……し……は……」
「うん」
「さ……んせい……」
「よしきた! さすが早苗だ!」
神奈子はより笑顔を深め、早苗の頭を撫でた。
神奈子に腕を引かれ、どうにか早苗が立ち上がる。
「やっぱりあんたなら賛成してくれると思ったよ! いやあよかったよかった」
「は、はい……」
「それじゃあ早苗。がんばっておくれ」
「え?」
「血だよ、血。たくさんいるんだから」
「ち……? え? 血?」
「死体を持ってきてくれてもいい。ただ、そこらの雑魚妖精や妖怪じゃあ、示しがつかないから、敵は選んでね」
神奈子が肩をトンと叩く。
早苗は、生物の殺害を命じられているのだ。
視界が真っ暗になり、卒倒しかけたのを、神奈子が止めた。
「さあ、行ってきな」
*
殺したい訳ではないが、殺さねば自分が殺されるので、他人を殺す事に早苗は決めた。
そもそも普段の食事だって、様々な生物を殺してそれを食って生きている訳だから、殺す相手が魚や牛や鳥や植物から、人間や妖怪や妖精に変わっただけなのだ。
そう自分に言い聞かせながら向かったのは博麗神社だった。
あの暢気な巫女なら、自分にだって殺せるかもしれない。
それに、妖怪なんかを相手するよりは人間を相手にした方が幾分か楽な気がした。
しかも獲物が博麗霊夢であるならば、大手柄だろう。
博麗神社を訪れてみると、いつも通り、霊夢は暢気にお茶を飲んでいた。
「霊夢さん」
「あら、早苗。どしたの」
「……少し、お話がありまして」
「ふーん」
「ちょっと、いいですか?」
「いいよ」
失礼しますと一礼し、早苗が神社に上がる。
一体、どういうタイミングで殺せばいいのか、早苗はよく分からなかった。
そもそも、どうやって殺せばいいのかも分かっていなかった。
凶器が無い故に、素手でやらねばならない。
素手ででもきる殺害の方法など、絞殺か撲殺くらいしか思い当たらないが、早苗はそんな事をする筋力を持ち合わせていない。
何か凶器を持って来ておけばよかったなぁと、早苗はお茶の横に置かれた大福餅を眺めながら思った。
大福餅の横にフォークが置いてあった。
きっと外界から入ってきたものを、霊夢が使っているのだろうと思った。
「(フォークを喉に刺せば死にますよね……)」
これしかない、と早苗は思った。
「あるお呪いを試したいのですが」
唐突に早苗はそう言った。
「おまじない?」
「はい。ちょっと後ろを向いてもらえますか?」
「仕方ないなぁ。早くしてよ」
渋々、霊夢は早苗に背を向けた。
その隙に早苗は、皿に置かれたフォークを手に取り、袖で隠して持つ。
大きく深呼吸し、気を落ち着かせる。
霊夢の生命を絶とうとしているのにこんなにも落ち着いていられる自分が信じられなかった。
きっともう自分は狂ってしまっているのだろうと早苗は思った。
「では、いきますよ」
「うん」
フォークの柄を握り締め、尖った方が自身――同時に霊夢の方を向くように構える。
そして、後ろから霊夢を羽交い絞めにするように覆いかぶさり、フォークを喉へと向けた。
後は思い切り手を引けば、霊夢の喉にフォークが刺さって死ぬ予定だったが……
「ッ!!?」
紙一重の所で霊夢に感付かれた。
早苗の手を霊夢が受け止めた。
「早苗!? あんた何やってんのよ!?」
「……!!」
「うう……! やめな……さいっ!!」
霊夢の渾身の肘打ちが、早苗の腹を捉えた。
フォークを手放し、仰向けに倒れる早苗。直撃だったらしく、呼吸が苦しそうだ。
すぐさまフォークを蹴っ飛ばし、凶器を遠ざける。
腹を押さえる早苗に、霊夢が声を上げる。
「何のつもりよ早苗!? あんた、私を殺そうとしたの!?」
「ごめんなさい……!! ごめんなさい!」
極度の緊張から開放され、早苗が泣き崩れた。
そして早苗は、朝から先ほどの惨劇を全て霊夢に話した。
神奈子がおかしくなった事も、諏訪子が殺された事も、血肉を集める為に殺生を強制された事も、包み隠さず話した。
この話を受け霊夢は、これを異変として捉えた。
「相手は神奈子になる訳ね……」
「はい……」
「分かった。すぐに解決してあげるから、安心しなさい」
「私は……どうすれば……」
「あんたはここにいなさい。神奈子相手じゃ、戦えないでしょ?」
霊夢は、できる限りの準備をし、博麗神社を飛び立った。
目指すは、頼れる仲間が多くいる紅魔館である。
*
「はぁ」
四季映姫が、小さなため息をついた。
一先ず、仕事がひと段落着いた証である。
瞼を軽く押さえ、眼の疲れを癒していると、聞き慣れた声が響いた。
「四季様ー」
「……小町?」
本来、聞こえてはいけない筈の声だ。
姿を現したのは、死神の小野塚小町である。
「お疲れ様ですー」
「こんな所で何をしているんです、あなたは」
「いえいえ。しばし休憩をですね」
「全くもう。普段から休憩だ休憩だと言って遊んでばかりいる癖に。信憑性が薄いです」
「そう怒らないでくださいよ」
小町が苦笑いしながら映姫に近づいていく。
「じゃあサボりついでに、肩でも叩きましょうか?」
「……一体何を企んでいるんです?」
「あはは。気まぐれですよ」
「全くもう……せめて継続してくれれば褒めてあげるのに」
「三日坊主が怖いものですから。どうも継続と言うのは苦手です」
言いながら小町は映姫の後ろに立ち、肩を叩き出した。
ぶつくさと文句を言いつつも、映姫もまんざらではない様子だ。
「ところで四季様」
「何です?」
「今日は異常ですよ」
「何が?」
「死んだ者がです」
小町の声色は、神妙だった。
映姫も自然と声を潜めてしまうほど。
「……詳しくお願いします」
「まず、風見幽香の魂が来ました」
「風見幽香……?」
「そして次に、山の上の神社の神様である、洩矢諏訪子も死んだみたいです」
「な、何故!?」
小町は映姫の質問には答えなかった。
肩叩きの手を止め、小さな声で囁く。
「花の妖怪や神様が死ぬなんて、異常ですよ」
「そうですね……」
「幻想郷の強者達が、相次いで死んだのです」
「ええ……」
「ですから……」
「……?」
「四季様も一緒に死なれてみてはどうですか?」
振り向くよりも先に、銀色の巨大な鎌が映姫の首元にあった。
即座に小町を突き飛ばし、映姫が距離をとる。
「小町!? 何を……」
「ダメですよ四季様。私から距離をとるなんて」
映姫と小町の間の距離を操る。
距離は大きく短縮された。
結果、小町が映姫に近づく速度は、映姫の想像を絶する速度であった。
距離をつめる段階でついた勢いを利用し、小町が鎌をぶん回した。
手入れの行き届いた巨大な鎌の切れ味は相当なものであったらしく、映姫の体を意図も簡単に二分割した。
一切粗さのない美しい切断面から、これまた美しい赤色の血が吹き出し、そして色取り取りの臓物がボタボタと零れ出てくる。
痛みに表情を歪ませる隙もなく死んだようで、小町の凶行に驚愕した表情の顔をくっ付けた上半身が、ゴロリと床を転がった。
「面倒くさい斬り方しちゃったなぁ。どれ、どっこいしょっと」
零れ出てきた臓物を上半身、下半身に押し込み、二つに分かれた上司を担ぎ上げ、小町は鼻歌交じりでその場を後にした。
お久しぶりです。pnpです。
今回は何を血迷ったか、長編SSに挑んでみます。
本当は長編など挑むつもりはなく、全部書いてから前作の様に分けて投稿しようと思っていました。
しかし、
・えらく長くて3つくらいになってしまいそうな事
・時間を置いて投稿する事で、私生活に余裕を作りたい事
・少しでも話を盛り上げたい!
と言う三つの理由で、このような形式に挑戦する事にしました。
面白い話でないと公開処刑と化してしまいそうで怖いのですが、何事も挑戦ですよね。
それでは、『血に飢えた神様』、最後までお付き合いお願いします。
ご観覧、ありがとうございました。
〜修正箇所〜
・誤字を二箇所修正。ご指摘、ありがとうございました。
・シーンの順番を投稿前に入れ替えた為、それによって生じた不具合を修正。(内容に大きな変化はありません)
・小町の映姫の呼び方を修正。ご指摘、ありがとうございました。
〜お礼〜
前作「躾」に、沢山のコメントをお寄せいただき、ありがとうございました。
今後もどうぞ、よろしくお願いします。
pnp
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2009/09/07 13:25:25
更新日時:
2009/09/22 22:13:56
分類
キャラ多数
長編
グロ
9/9:再び修正。(修正箇所はあとがきに記載)
と言うわけで誤字報告。
>足を引っこ抜き、翼を折り、羽根を抜き、嘴を割り、目を抉り、首を?いだ。
これも二部構成になると考えると続編が待ち遠しいです
しかしお燐とさとりがかわいそうだ…
虐殺してる個人個人の動機解明が待ち遠しい
早苗さんの神奈子や霊夢とのやりとりが最高すぎる。あとゆうかりんとさとりんの株もレーザーのグレイズばりに上昇しますた。
そう、さとりんってそんなに強くないんだよね。それを懸命に護ろうとするお空もいいなぁ。
え?で、鬼達と霊夢は紅魔館に向かったの?続きが超楽しみなんですけど…
紅魔館の住人は正気なんだろうか…?続編待ってます。
早苗がBRよろしく突然殺る気になって即効で死ぬ役じゃなくて良かった(笑)
早苗さんがまともだと違和感があるw
あといくら自由だからと言って
いちいち高三とか言わんでもええわ…
危ないわ
今回は色々と複雑そうな話ですね。
色々伏線が張られているようで続きがとても楽しみです。
果たして紅魔館はどうなっているのか。
続編が非常に待ち遠しいです。
それにしてもえいきっき弱いw
>>3
同じくw
後編期待
さとりの今後が気になる…
続き楽しみに待ってます!
あれ?俺ここに書き込んだんだっけ?
続編が気になりすぎる・・・
幻想郷の妖怪はチキンなんだな
超名作の予感
のんびり続き待ってます
我轍、ヌメ侃ト、ア、゙、キ、ソ、ャ。ュ
メサ場抱、ュ゙z、、ヌ、ェ、ュ、゙、ケ。」