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『『血に飢えた神様』【中】』 作者: pnp

『血に飢えた神様』【中】

作品集: 3 投稿日時: 2009/09/14 10:41:45 更新日時: 2009/09/16 06:47:10
 霊夢が紅魔館に到着した時、既に紅魔館は地獄絵図と化していた。
大量のメイド妖精達の死体が、広いエントランスホールに置かれている。
その妖精の死体の中に一つだけ、大きな死体があった。門番、紅美鈴の死体である。
 殴られたような後が目立つ妖精達の死体と違い、美鈴は体中刺傷だらけで、見るも無残な姿になってしまっている。
 人の型と化した“元”生物が大量に置かれたエントランスホールで、生ける者は五名のみ。
まず、神奈子の異変を探りに行く為に、同志を募ろうと紅魔館を訪れた博麗霊夢。
野暮用でここを訪れ、大量の死体を見せつけられて泣き崩れる、魔法使いの霧雨魔理沙。
そんな魔理沙をどうにか励まそうとしている人形師のアリス・マーガトロイド。
無言で唇を噛み、その様子を眺めている紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。彼女は血塗れだったが、彼女が負った傷は少ない。全て返り血だ。
そして、黙って瞳を閉じ、翼を休めている紅魔館の主のレミリア・スカーレット。
 霊夢は愕然とし、口を開いた。

「……これは……どういう事よ……」
「霊夢」
 咲夜が霊夢の来訪に気付き、魔理沙らから視線を外した。
ふっと軽く息を漏らし、淡々とした口調で語り出した。
「始まりは美鈴からだった。彼女が意味もなくメイド妖精を片っ端から殺していったのが、事の発端よ」
 そう言うと咲夜は、死体の山を指差しながら、紅魔館で起こった惨劇を説明した。
 メイド妖精を殺しだした美鈴に、咲夜は理由を聞いた。しかし、美鈴は悪びれた様子はなく、意味不明な事を言うばかり。
これに激怒したレミリアが美鈴に注意を諭すと、美鈴はレミリアを攻撃しだした。
近接戦においては、美鈴は吸血鬼に勝るとも劣らない程の力を誇っていたようで、レミリアがどうにかこれを鎮圧。
美鈴が落ち着く様子がないので、止むを得なくそのまま殺害した、と咲夜は霊夢に説明した。
 生きている面子をもう一度見回し、霊夢が問うた。
「パチュリーはどうしたの?」
「分からない。これから探しに行くわ」

 魔理沙は相変わらず泣いていた。
平穏で、少しうるさい毎日の崩壊が信じられないのだ。
 それに、普段から男勝りな言動ではあるものの、彼女は人間であり、少女だ。
こんなに大量の死体を見せられて尚、平常を保つのは難しいのだろう。
「魔理沙……」
 掛ける言葉が見当たらないので、その名を呼びながら、アリスは魔理沙の背を撫でる。
「何で……何で、こんな事に……」
 魔理沙の呟きで、霊夢は他所でもおかしな事が起きているのを思い出した。
本来の用件を思い出し、口を開いた。
「そうだわ。話があるの」
 霊夢の一声に、全員が顔を上げる。
「さっき早苗から聞いたのだけど、神奈子がおかしいらしいの」
「神奈子……。山の神ね」
 それまでずっと黙っていたレミリアが、ようやく口を開いた。
霊夢はそれに頷いて応え、話を続ける。
「早苗に言われた事を要約すると、妙に残虐になった、ということなのよ」
 あまりに突拍子も無い話に、その場にいたほとんどの者が困惑した。
更にそれを裏付ける証拠として、処刑による信仰集めを謳いだした事や、それに反対した諏訪子を殺したらしい事も付け加えた。
 魔理沙は、知人がおかしくなってしまったり、知人が知人を殺した事を知り、更に泣く声を大きくした。
アリスの精一杯の励ましなど、全く効果が無いようだ。
「それの原因を探りに守矢神社へ行こうと思って、仲間を集めに来たのだけど……」
「それどころじゃなかった、と言う訳ね」
 咲夜がため息混じりに言った。

「残念だけど、私は行けないわ。外はまだ明るいし」
「私もお嬢様に付き添うから」
 ここに同志はいないか、と霊夢が諦めかけた時だった。
「私が……行く」
 しゃっくり混じりの声を出しながら、魔理沙が静かに手を上げた。
 神奈子と魔理沙は、守矢神社が幻想入りを果たした時から、友好的な関係を築いていた。
狂ってしまったらしい知人を助けたい一心で、霊夢と守矢神社へ行く事を決意した。
「神奈子と弾幕勝負以上の争いをする事になるかもしれないけど、平気?」
「ああ。耐えてみせる」
 ズズ、と鼻を啜り、地面に取り落としたままだった箒を握る。
涙を拭い取ると、震える声を誤魔化そうとしたような声で、霊夢に問うた。
「守矢神社って事は……もしかしたら妖怪の山も危ないかもしれないのか?」
「かもしれないわ」
「……にとりが危ない……!」
 考える時間も無駄と言わんばかりに、魔理沙が飛び立った。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「気をつけて」
「そっちもね」
 軽い対話を終わらせ、霊夢も魔理沙を追うようにして、守矢神社目掛けて飛び立った。

 紅魔館のエントランスホールに残ったのはレミリア、咲夜、アリスの三名。
再び、沈黙がその場を支配した、次の瞬間であった。
 微かだが、爆音に近い音がエントランスホールに届いた。
突然耳に届いたその音に、その場にいた全員が顔を見合わせる。
「地下……かしら」
 アリスがポツンと漏らした。
その瞬間、レミリアが立ち上がった。
「フラン……!」
「行きましょう、お嬢様!」
 即座に動き出した二名。それを追って、アリスも地下を目指して動き出した。




*



 妖怪の山の麓で、また二つの生命が終わりを迎えた。
河童の河城にとりと、秋の女神の片割れ、秋静葉。
死因は巨大な刃物による斬殺。
加害者は、白狼天狗の犬走椛である。
 彼女のすぐ傍に、鴉天狗の射命丸文も立ち会っている。
カメラを持つ彼女の手は、震えていた。
「一体、どうしてしまったと言うのです」
「私にも、何がなんだか……」
 椛は意味無く、二人を殺害した訳ではない。
死んだ二人はどういった訳か、天狗二人を殺そうとしたのである。
 そもそもおかしかったのは、死んだ二人に始まった事ではない。
二人が山の麓にいたのは、仲間の天狗に殺されそうになったからである。
 天狗の山で、突如として仲間同士で壮絶な殺し合いが始まった。
血で血を洗うかのようなそれは、信じられない程の死傷者を出した。
 異変を感じ取った文と椛は一目散に山を降り、博麗の巫女に助けを求める事にした。
その途中、河童と秋の神に出会い、またもや二人は命を狙われた。
おまけに、何を言っても聞く耳を持たないので、椛は二人が斬り殺したと言う訳である。


「ちょっと、あんた達!!」
 二つの死体を呆然と見下ろしていると、上から声がした。
見上げてみると、霊夢と魔理沙が、二人と二つを見下ろしていた。
魔理沙は何も言っていないが、口を押さえている。
にとりの死に、やりきれなくなってしまったのだろう。
 霊夢が降り立ち、文の胸倉を掴んだ。
普段の霊夢からは想像できないような剣幕で、彼女が吼えた。
「文! これはどう言う事よ!?」
 言い訳のしようがないので、文はこの罪から逃れるのを諦めた。
それよりも今は、自身らを取り巻くおかしな状況を、どうにか霊夢に伝える事に集中する。
「落ち着いて下さい、霊夢さん。確かにこの二人は私達が殺しました。しかし、意味もなくやった訳ではないのです」
 あっさりと殺害を認めた文に、霊夢が一瞬驚いた表情を見せた。
胸倉を掴んでいる手を、文がそっと引き離し、話を続ける。
 その近くで、にとりの死体に縋り付いて泣く魔理沙を、椛は神妙な面持ちで眺めていた。
やむを得なかったとは言え、殺しと言うのはやはり気分がいいものではないようだ。

「私達二人も、この二人に殺されそうになったのです」
「どうして?」
「分かりません。供物が何とかだとか、訳の分からない事を言うばかりで」
「……」
「仲間の天狗達も、一部の者がおかしな事になってしまいました」
「おかしくなった……。そうだわ、神奈子を見なかった?」
「神奈子さんが、何か?」
 事情を知らないらしい文に、霊夢が早苗から受けた説明をする。
文は顎に手を当て、考えた。
「恐怖による信仰……」
「そうらしいの。真偽を確かめに、守矢神社へ行こうと思っているのだけど」
「……さっきも言いましたが、その二人は、供物が何とか、と口々に言っていました」
 横たわっている死体の方に手をやり、文が言う。
「もしや二人は、その神奈子さんの新しい信仰に加担していたのではないでしょうか」
「どうして? 言っちゃ悪いけど、幻想郷中から信仰を集めたとは言い難いわよ、神奈子は」
「そうですよね」
 再び、四人を静寂が包む。
幾つかの可能性が頭を過ぎったが、正解がどれかなど、分かる筈がない。
 思考の海から最も早く抜け出したのは、霊夢だった。
「考えてても仕方が無いわ。一先ず、神奈子に会う事が先決よ」
「同意です」
「一緒に来てくれる? 仲間は多い方がいい」
「勿論。私もそのつもりですよ」
 文がトンと胸を叩いた。
憔悴している魔理沙のみの同行は幾許かの不安が付き纏っていたが、文ほどの妖怪とならば安心だろうと霊夢は思った。
 魔理沙はにとりの死体を抱き、まだ泣いていた。
この状態で、巨悪となっているかもしれない神奈子の元へ行くのは、あまりに危険だと霊夢は判断した。
泣き崩れている魔理沙の肩にそっと手をやり、囁いた。
「魔理沙。あんたは残ってなさい」
 魔理沙は返事をしなかった。しなかったと言うより、できなかった。
彼女の返事を待たず、霊夢は続ける。
「そんな状態じゃ、きっと勝てる相手にも勝てないから……そうだ。私の神社にいるといい。早苗もそこにいる」
 文がそれに頷き、同意した。
「神奈子さんがおかしいのは、ほぼ確定ですから。これ以上、精神を冒す意味はありませんよ。壊れちゃいます」
「神社に戻って休んでなさい。いい?」
「そうだ、椛。神社まで魔理沙さんに同行してあげて。それで、あなたも神社に待機していなさい」
「分かりました」
 文に言われて椛は、魔理沙に手を差し伸べた。
名残惜しそうに魔理沙は、すっかり冷たくなってしまったにとりの手を離した。
 魔理沙の掌から、ポトリと地面に投げ出された小さなにとりの手。
昨日までは、幻想郷の工業技術の一端を担う技術者であったと言うのに、今は物言わぬただの人の形でしかない。
あまりに呆気ない友人の死を改めて感じ取り、魔理沙は再び声を上げて泣いた。
 皆、魔理沙の泣き声に耳をやっていた。
どうしてこんなに悲しい出来事が起きてしまっているのか。
心中が、怒りで満たされていく。
 一頻り泣き終え、ようやく泣き声が小さくなってきた所で、椛が魔理沙の手を取った。
「行きましょう」
 黙ってうなずくと、魔理沙と椛は博麗神社を目指して飛び立った。
それを見送り、霊夢と文は妖怪の山に沿って、上を目指した。





*



 紅魔館の地下室で三人の目に最初に映ったのは、レミリアの妹であるフランドール・スカーレットだった。
右腕に大きな傷を受けている。
その足元で倒れているのは、パチュリー・ノーレッジ。
美鈴のメイド妖精虐殺を受けて尚、姿を見せなかった魔法使いは、どう言った訳かフランドールに殺されていた。
 全く訳の分からない状況を見せ付けられ、レミリアは言葉を失ってしまった。
呆然としているレミリアを見て、フランドールが恐る恐る口を開く。
姉がここへ来るまで様々な言い訳を考えていたが、実際に姉を目の前にしてみると、考えていたものは何も出てこない。
「お、お姉様……これは……その……」
「パチュリー様を殺したのは、妹様なのですね?」
 咲夜の冷ややかな声。
負傷した右腕を押さえながら、フランドールが叫んだ。
「そ、そうだけど! 違うの! パチュリーが、急に地下室に来て、私を殺そうとしたの!」
「何故?」
「分からない、分からないけど……。ほら、怪我だってしたもの! いきなり水の魔法をぶつけてきたの!」
 そう叫び、フランドールは右腕の負傷を見せた。
咲夜には、フランドールが嘘をついているようには見えなかった。
発言を促すつもりで、横目でレミリアを見つめる。
 少しの間を空けた後、レミリアが問うた。
「フラン、パチェは何か言っていた?」
「何かって?」
「何でもいい。聞きなれない言葉とか」
「……贄がどうとかって、言ってた気がする」
「贄……」
 つい先刻、霊夢が早苗から聞いたらしい、神奈子の異変を思い出した。
血と殺戮から生じる恐怖に付け込んだ新たな信仰。
一つは未遂で終わったが、連続して起こった虐殺。
 この二つが関連性が無いなど、もはや考えれなかった。
「美鈴やパチェは、神奈子を信仰していた……?」
 そうだとすれば、今日より以前から神奈子はこの信仰を広め、信者を増やしていた事になる。
いつの間にかパチュリーや美鈴も、神奈子の推し進める新たな信仰に魅せられ、神奈子を崇拝した。
そしてそれが実行に移された今、贄を求めて身近な者を殺しに掛かった。と、レミリアは推測した。
 ここまで考えてもレミリアが分からないのは、一体何故、美鈴やパチュリーが神奈子を崇拝するに至ったのかである。
宴会の席などで話をしている事はあったが、崇拝とまでいくほどの仲だったとは、少なくともレミリアの目には映らなかった。
 崇拝するに当たって、それを助長した存在がある筈だ。

 考えに耽っていると、地下室と上階を結ぶ階段から、コツコツと音が鳴り響いていた。
地下室へ降りてくる存在に誰もが警戒し、身構える。
 階段から姿を現したのは――
「おお、いるいる。供物だらけだ」
「吸血鬼、その妹、悪魔の犬……なるほどね」
 二人の鬼であった。

「萃香……」
「どうも吸血鬼。初めまして。星熊勇儀って者だ」
「そう。すごくどうでもいいわ。それにしても、吸血鬼の住む館と知ってて乗り込んでくるとは、結構なご身分ね」
「私を鬼と知ってその口の利き方か。随分なことで」
 只ならぬ雰囲気を感じ取り、フランドールがレミリアのすぐ傍まで前進する。
動いたフランドールの足元で横たわるパチュリーの死体を見て、萃香が口を開いた。
「あーあ。魔法使いは死んだか」
「悪魔の妹なんて狩ろうとするのは見上げた根性だけど……死んでしまっては元も子もないね」
「狩る?」
 レミリアが、核心に迫れそうな言葉を口に出す。
朧げではあるが、勇儀の口にした『狩る』の意味を、彼女は理解しつつあった。
それを確実なものとする為、無知を装い、口にしたのだ。
 レミリアの思惑通り、萃香がそれの意味を語りだした。
「そう。私らは贄を狩ってるんだ」
「贄、ねぇ。神に供える捧げ物の事を指すけど……いつから神を崇拝するようになったのかしら?」
「さあ、いつだったか。でも、私らの崇拝する神は、そこらの退屈な神とは違うのさ」
 瓢箪の中の酒を飲み、一度話を区切る。
「八坂神奈子の打ち出した新たな信仰。知ってる? ああ、知る訳ないか」
「新しい信仰? そうねぇ。うーん。大量虐殺を行い、その恐怖で人間、妖怪達に信仰を強制する、とかかしら」
 白々しく言葉を並べたレミリアに、萃香はククッと笑い掛ける。
「ほう。詳しいんだねぇ」
「そんな古臭い信仰集め、誰でも思いつく気がするけど」
「古き良き信仰集めじゃないか」
「下らない」
 レミリアは鼻で嗤った。
「そんな下らない信仰のせいで、友人と沢山の部下を失ったのよ。どうしてくれるの」
「知らないよそんなこと」
「信者だからと言って、知らないで済むと思うな!」

 溜め込んできた怒りを、全て力に還元する。
悪魔の翼が大きく開かれ、禍々しい妖気が地下室に充満する。
ポツポツと、レミリアの使い魔であるサーヴァントフライヤーが姿を現した。
 鬼すら身じろぐすさまじい殺気を纏った紅い悪魔が、超高速で鬼達に近づく。
荒々しく、そして出鱈目な破壊力を誇る、怒れる幼き吸血鬼の猛攻。
発達した身体能力による脅威の速度。
狭い地下室を縦横無尽に飛び回り、跳ね回り、鬼達を圧倒する。
 主が普段見せることのない真の実力を目の当たりにした咲夜は、ただその姿を呆然と見るばかりだった。
手助けの必要性すら感じなかった。
 完全に取り残された状態の三人は、鬼達と吸血鬼の戦いを眺めるしかなかった。
 しかし、その三人の内の一人が、密かに行動を開始していた。
“劣勢”を感じ取ったのだ。


 戦いを見ていた咲夜の脚に、不意に激痛が走った。
何事かと痛む箇所に目をやると、小さな人形が、小さな武器で脚を貫いていた。
 足を負傷し、咲夜がその場に倒れこむ。
 突然の従者の負傷を受け、レミリアの猛攻が止まった。
「咲夜!?」
「動かないで」
 レミリアに言ったのは、アリス・マーガトロイドだった。
見れば、フランドールの首筋にも、咲夜に怪我を負わせた人形と同じ物が武器を構えて浮かんでいる。
指に巻かれた操り糸を操作しながら、アリスが不適に笑む。
「動いちゃダメよ? 従者や妹がどうなってもいいなら構わないけど」
「あなた……最初から?」
「勿論」
「助かったよ、アリス」
 萃香が手を振る。
 レミリアが妙な行動を取ると感じたら、アリスは人形を爆発させるつもりでいた。
咲夜は人間だから即死だろうし、フランドールは即死とまではいかないものの、頭と胴が離れてしまえばたちまち無力化してしまうだろう。
「レミリア。あなたの推測は正解よ。今日は記念すべき、神奈子の行う新しい信仰の始まりの日なの」
 楽しそうに言うアリス。
背後からは、鬼二人がニヤニヤと笑みながら歩み寄ってくる。
恐らくレミリアは、攻撃は愚か、反撃すら許されないのだろう。
「吸血鬼ってのは甘ちゃんなんだね、レミリア」
「妹と従者を人質に取った途端、この様か」
 勇儀がレミリアを殴った。
反撃しようと思えばあまりにも容易な、隙だらけの一撃。
しかし、レミリアは反撃できない。
 その様子を見て、萃香と勇儀は更に笑みを深くする。
「最高の供物が得られそうだ」




*



 博麗神社で一人、霊夢や神奈子の無事を願い続けていた早苗は、外で鳴った物音に体を震わせた。
「だ、誰ですか!?」
 震える声で叫ぶ。
戸を開けて入ってきたのは、椛と魔理沙だった。
見知った顔だったので、ホッと早苗は一先ず安堵した。
しかし、何故ここへ来たのかが気がかりだった。
「お二人とも、何故ここへ?」
「霊夢さんの指示です。魔理沙さんを休ませてあげて下さい」
 椛に手を引かれた魔理沙が、ペタリと畳に座り込んだ。
 そのまま暫くの間、力無く俯いていた魔理沙だったが、不意にゆっくりと顔を上げた。
早苗と目が合う。
すると、蚊の泣くような声で、魔理沙が早苗に問うた。
「なあ、早苗」
「何でしょう」
「本当に神奈子はおかしくなったのか?」
「え……」
「見間違いとか、夢とか、そんなんじゃないのか?」
「……すみませんが、間違いありません」
 早苗も、初めは見間違いだと信じていた。
しかし、現に諏訪子は目の前で殺されてしまった。
言い訳などできる筈がない。
 真実だと言う事が確定してしまうと、魔理沙は再びがっくりと項垂れた。
 誰もが無言のまま、ただ、時間だけが過ぎていく。

 永久に続くかと思われた静寂が、戸を叩く音で破られた。
全員が出入り口の方に視線を向ける。
 間隔を置き、再び戸が叩かれる音。
「私が出るよ」
 魔理沙が立ち上がった。
出入り口の戸に歩み寄り、戸を開こうと手を掛けた。
 その途端、戸を貫通し、鈍く輝く細めの刃が姿を現し、魔理沙の左腕を貫いた。
あまりに突然の攻撃に、魔理沙は一瞬何が起きたのか理解できていなかった。
左腕の激痛と、溢れ出る血を見た途端、絶叫した。
 それと同時に戸が蹴破られ、血の付いた刀を携えた少女が入り込んできた。
半霊の剣士である魂魄妖夢だ。
部屋を見回し、生物の数を確認する。
「三人、か。悪くない」
 目をギラギラと輝かせた妖夢が、すぐ傍にいた魔理沙に止めを刺そうと刀を振り上げた。
それを見て、即座に椛が動いた。
大きな盾を構えながら体当たりし、妖夢を吹っ飛ばすと、すぐさま魔理沙を救い出した。
殺されかけていた事に魔理沙は気付いていないらしく、できたばかりの傷を押さえながら泣き叫んでいる。
 立ち上がった妖夢が憎々しげに表情を変える。
「どいて」
「殺しの場面を黙って見過ごせると思う?」
「どいてと言っている」
 それだけ手短に言い終えると、妖夢が攻撃を開始した。
二本の刀を器用に用いて、椛を集中的に攻撃する。
連続する恐怖でヒステリックを起こしてしまっている魔理沙と、元々殺し合いなどには参加できそうもない早苗。
この二人は完全に戦力外と判断し、椛を殺してから二人を殺そうと決めたのだ。
 鉄製の刀と盾がぶつかり合う音が幾度も響き渡る。
防戦一方の椛だが、戦意は消えていない。
ハッと軽く嗤って見せた。
「亡霊の主がいなくても、なかなかできるんだね」
「あんな奴、もう知った事じゃないよ。斬ってみたって、血も肉も残らず消えてしまったわ」
「……主を殺したのか」
「殺したんじゃない。贄にしようと弱らせてみたら死んだだけ。……ああ、死んだ、と言うより成仏した、かな」
 事も無げに言ってのけた妖夢。
それでも攻撃の手は一切緩めない。
続く連続攻撃を懸命に盾で防ぎながら、椛は反撃の隙を窺っていた。
 攻撃が全て防がれて徒労に終わっている事にイラついたのか、先に根負けしたのは妖夢の方であった。
小刻みな攻撃から一転、一発ほど大振りな攻撃を仕掛けてきた。
その動作の変化の際に生じた一瞬の隙を、椛は見逃さない。
 体勢を低くし、妖夢の懐へと飛び込む。
放たれた大振りな攻撃は虚空を切り裂く。
攻撃の反動で、密接した状態の椛への追撃は困難だ。
 一方、目の前に敵の腹部がある状態の椛は、拳を突き出すだけでよかった。
幼さの残る妖夢の腹に拳がめり込む。

 しかし妖夢は、胃液を吐き出しつつも、反撃を怠らなかった。
同行している半霊が、空中から椛の頭を強打した。
一瞬、視界が真っ白になったが、どうにか椛は意識を繋ぎ止める事ができた。
だが、昏倒を辛うじて防いだような状態の彼女に反撃の余裕は無く、地に伏せないのが精一杯であった。
 動くことができず、膝を地に着けている椛を見下ろし、妖夢は口元を吊り上げた。
そしてそのまま、無抵抗の椛をバッサリと切り伏せた。
肩から腰にまで及ぶ巨大な切創から夥しい血が流れ、畳を真っ赤に染め上げた。
 負傷によるパニック状態からようやく脱した魔理沙は、椛の敗北を知り、慌てて八卦炉を取り出した。
 だが、今度は早苗がおかしくなってしまった。
頭を抱えて首を振り続ける早苗の肩を、魔理沙が揺する。
「お、落ち着け、早苗!」
「もう嫌です、嫌です! いやだ、いやだ!! いやだぁ!!」
 度重なる異常な事態に、早苗の精神は白旗を揚げた。
魔理沙の手を跳ね除けると、即座に立ち上がり、妖夢と椛の横を全力で駆け抜け、博麗神社を飛び立った。
魔理沙の叫び声など、もう早苗には届いていない。
 彼女は、大好きな二柱の元へ向かった。
――きっと、全ては夢なのだ。
 何の根拠もない希望を胸に、妖怪の山の山頂を目指した。


 取り残された魔理沙に、妖夢がにじり寄る。
腰を抜かしながらも魔理沙は八卦炉を妖夢へと向ける。
妖夢が一瞬で魔理沙を斬り捨てるのが先か、魔理沙の八卦炉から放たれる魔法が妖夢を消し飛ばすのが先か。
 しかし、八卦炉から魔法が出るまでには、ほんの僅かな時間がある。
それを考えるとこの状況は、妖夢に分があると言っていい。
 酷く落ち着いた様子の妖夢に対して、魔理沙は心臓が暴れまわって治まらない。
「そ、それ以上動くなよ! 撃つぞ!?」
「どうぞ?」
 脅しも効かないようだった。
 銃と剣が争えば、十中八九は銃がリーチの差で勝利する。
しかし、距離さえ詰めてしまえば、もはや銃も剣も変わりはない。
打開策を失った魔理沙が、やけっぱちの魔法を放とうとした瞬間、妖夢の後ろで何かが蠢いた。
 戦闘不能だとばかり思っていた椛が、妖夢に不意打ちを食らわせたのだ。
妖夢も、まさか椛が立ち上がるとは思っていなかったらしく、無表情だった顔にようやく変化が生じた。
背中から突き立てられた椛の剣は、妖夢の体を通り抜け、胸から再び外の世界へとその尖端を露にしている。
「ぐぅ……小癪な!!」
 後ろに立つ椛に、妖夢が肘打ちをぶち当てる。
その一撃は椛の顔に直撃し、鼻の骨を折るにまで至った。
よろめいた椛に、妖夢が狂ったように追撃を食らわせる。
 白い服も、髪も、見る見るうちに血で赤に染まっていく。
だが、椛は倒れない。
 防御を忘れて攻撃を続ける妖夢に向かって倒れ込むように剣を突き立てた。
捨て身の一撃は、妖夢の喉を穿った。
 途端に妖夢の攻撃がピタリと止み、そのまま仰向けに倒れた。
噴水の如く血を噴出す妖夢が動く事は、それ以降無かった。
 一方、満身創痍ながら妖夢を下した椛も、前のめりに倒れた。
一撃目の切創も去ることながら、妖夢の連続攻撃による損傷も相当酷いものであった。
 魔理沙が倒れた椛に擦り寄る。
「も、椛! しっかりしろ!」
 返事は無い。
恐らく傷の状態から、もう助からないであろうと魔理沙は思った。
だが、ここまで戦わせておいて見殺しにする事など、できる筈がなかった。
「ま、待ってろ! 今から永遠亭に薬を貰ってくるから……!」
 周囲を見回し、妖夢の服を引ん剥き、即席の包帯の様にして椛の体に巻き付け、申し訳程度に止血を施す。
そして、一目散に永遠亭を目指した。



 トップスピードを維持したまま、魔理沙はあっと言う間に永遠亭に辿り着いた。
 荒々しく扉を開く。
その先にいたのは鈴仙だった。
「あら、魔理沙さん。いらっしゃい」
「永琳はいるか!?」
「あー、すいません。師匠はちょっとここにはいませんよ。どうかしたんですか?」
「大怪我してる奴がいるんだよ」
「大怪我? 私で良ければ診てみますが」
「ああ、頼む!」
「分かりました。準備してきます。あっ、そこにある戸棚から、薬を出しておいて下さい」
 言うと鈴仙は、奥へと消えていった。
 薬を出しておけ、と言われた魔理沙は、すぐさま戸棚の前に立った。
しかし、どの薬を出せばいいのか分からない。
とりあえず沢山出しておこうと、片っ端から薬を棚からテーブルへと移す。
 数分、棚の薬を持ってテーブルへと振り返る作業を繰り返していると、鈴仙が戻ってきた。
「ああ、鈴仙! どれ出せばいいか分からなかったから、とりあえず全部……」
 魔理沙が言い切るより先に、彼女の右腕が吹き飛んだ。
 目の前には、手を銃の様な形に構える鈴仙。
ピンと立った人差し指は、魔理沙を捉えていた。
「え……え?」
 訳が分からないまま突っ立っている魔理沙に、何発もの銃弾が撃ち込まれていく。
次第に肉片が周囲に飛び散りだした。
左足を撃ち抜かれ、魔理沙がバランスを崩して転倒した。
うつ伏せの魔理沙の後頭部に銃弾が撃ち込まれた。
 魔理沙の死後、鈴仙は声を上げた。
「姫様ー。ちょっと出かけてきます。留守番、お願いしますー」
 そう告げると鈴仙は、魔理沙の死体を担ぎ上げた。
その時、飛び散った肉片が目に入った。
「掃除するかな」
 やれやれと小さく洩らし、魔理沙の死体を置くと、鈴仙はその場を掃除し始めた。


 鈴仙の呼んだ、姫様こと蓬莱山輝夜は、鈴仙の凶行を見ることはなかったが、
彼女の行った事を目撃してしまった存在が一つだけあった。
 目撃者である化け兎の因幡てゐは、声を殺し、すぐに永遠亭から逃げ出した。
とにかく遠くへ逃げようと必死に走っている途中、見知った人物に出くわし、足を止める。
「妹紅!!」
「やあ、てゐ」
 蓬莱山輝夜と何度も殺し合いをしてきた、藤原妹紅。
頼れる存在の登場に、てゐは安堵した。
「そんなに慌ててどうしたの」
「鈴仙が、魔理沙を殺して……! それで……」
「それは本当?」
 てゐは何度も首を縦に振った。
遠くにある永遠亭を見つめるかのように、妹紅がてゐの後ろを見る。
「そっか……怖かったろうにね」
 妹紅が、てゐを抱きしめる。
「でも、安心するといい」
「……」
「そんな怖い世界とはすぐにおさらばできるよ」
「え?」
 妹紅の言葉の真意を問う前に、灼熱の炎がてゐを包んだ。
白い肌が、大きな耳が、可愛らしい薄い桃色の服が、あっと言う間に黒い炭になっていく。
しばらくてゐは狂ったように叫び、のた打ち回った。
だが、その動きは時間と共に緩慢になって行き、最後に残ったのは消し炭と骨のみであった。


*


 悲痛な叫び声が、紅魔館の地下室に響き渡った。
姉の名を狂ったように叫ぶフランドールの声だ。
しかし、その声は壁にぶつかって跳ね返り、反響してやかましくその場を飾り付ける以外、何の効果も得られなかった。
妹と従者の命を脅かされ、手出しできないレミリアを甚振る鬼達を抑止する事は叶わない。
 纏っていた白い服はズタズタに裂かれ、青痣や切創が体中に刻み込まれていく。
 そう簡単な事では絶命する事はない吸血鬼も、鬼二人に痛めつけられるのは、さすがに堪えたらしい。
首を掴まれて宙吊りの状態にされても、もうその手を振り解こうとすらしない。
「死んだ?」
「まだまだ。この程度で死ぬような奴じゃないよ」
 萃香の問いに答えた勇儀は、宙吊りにしたレミリアの腹を殴り出した。
レミリアは声一つ上げぬまま、その攻撃を受ける。
実の所、もう骨は原型など留めていないし、意識も薄れ始めていた。
だが、自身のプライドがそれを許さないのか、弱音を吐く事はなかった。

「もう止めて!! 止めてったら!!」
 先ほどからフランドールは叫び続けていた。
この声が、鬼二人の理不尽な暴力に拍車をかけているとは知らずに。
 咲夜は、黙って唇を噛んでいた。
あまりに強く噛んでいた為、口の中は鉄の味で満たされている。
 しかし、ここまでの屈辱を味わわされたて尚黙ってはいる事など、咲夜にはできなかった。。
彼女は、ある賭けに出ようとしていた。
それは、敵の隙を突いて時間を止め、アリスを殺すと言うものだ。
鬼達はレミリアを甚振るのに夢中でこちらの事など気にも留めていない。アリスに任せっぱなしだ。
即ち、アリスに隙を与えてしまえば、どうにかなるのである。
 懐に潜めている懐中時計を取り出し、時間を止め、アリスの背後へ回って首を狩る。
そうすれば人質から開放される。
レミリアがこれ以上戦えるとは思えないし、咲夜も負傷しているので満足には戦えない。
だが、フランドールはまだ無傷だ。
出鱈目な強さを持つフランドールであれば、鬼達を負かす事もできるだろう。
 問題なのは、アリスの隙を見つけるのが困難と言う点であった。
それを咲夜は、主が甚振られるのを見ながら、ひたすら待ち続けた。

「あはは。見なさい、フランドール。あんたのお姉さん、やられっぱなしよ?」
「こんな卑怯な事するから……! この卑怯者っ! バカ!」
 稚拙なフランドールの罵詈雑言を哂ってかわすアリス。
だが、ひょんなフランドールの一言に、その表情が一変する。
「魔理沙に言いつけてやるんだから!」
――彼女らは、魔理沙の安否を知らない。
この頃、既に魔理沙は永遠亭で撃ち殺された後である。
「何ですって?」
「そうやって卑怯な方法で今までも生きてきたし、これからも生きていくんでしょ? 全部魔理沙に言ってやる! こんな何でも人形任せな臆病で卑怯な奴と関わる必要はないって!」
「この……!」
 魔理沙云々より、フランドールの生意気な口の利き方が気に入らなかったらしく、アリスがフランドールの頭を蹴った。
グラリと頭が揺れ、首筋にいた人形がバランスを崩し、床に転がる。
 それを見ていた咲夜が、即座に懐中時計に手を伸ばす。
その瞬間を、アリスは目撃していた。
慌てて操り糸を操作したが、一歩遅かった。
フランドールの人形を首に戻すか、すぐに人形を爆発させるかの一瞬の判断の遅れが命取りであった。
 痛む足を庇おうともせず、止まった時の中で咲夜はフランドールの近くの人形を蹴り飛ばし、アリスの背後をとった。
太腿に隠していたナイフを握り、アリスの首筋にピタリと当てる。
 時間が動き出すと全く同時に、夥しい血潮が迸った。
鬼達は目を丸くしてそちらを向く。
みると、アリスが膝を地面に付け、前のめりに倒れこんでいるではないか。
 人質が開放されたと知り、すぐさまレミリアを投げ捨て、戦闘の態勢を作る。
しかし、勝負は既に決まっていた。
フランドールの手の中に、“目”があった。
 姉を苦しめた憎き敵を睨みつけながら、その“目”を握り潰す。
同時に、勇儀の体が四散した。
 友人のあまりに突然で、かつ不可解な死に、萃香は思わず悲鳴を上げた。
戦意を喪失した萃香の喉に、唐突に銀のナイフが突き刺さる。
「あぇ?」
 間抜けな声を出した萃香が、痛む喉を手で触れる。
何が起きたのかを理解したらしく、信じられないような表情を浮かべた。
「あ……あぁ……あ」
「いいから早く死ね」
 喉にナイフを刺したのに萃香がなかなか倒れないので、最期はフランドールが下半身を吹き飛ばし、その命を絶った。




「お嬢様!」
 咲夜がレミリアに駆け寄る。
瀕死ではあるが、彼女はまだ生きていた。
安堵し、すぐさま咲夜が立ち上がった。
「妹様、ここで待っていて下さい。お薬を持ってきますから」
「分かった!」
 吸血鬼である上に、傷が少ないフランドールの方が早く動けるだろうが、恐らく彼女は薬の在り処を知らないし、必要な薬も分からない。
ならば自分が行こうと決め、フランドールをその場に残し、咲夜は足を引きずりながら上階を目指す。
 出血による体力の消耗が思った以上に激しく、このまま能力を使うと意識を失ってしまいそうだった。
そんな状態でも、一刻も早く主を助けなければと、懸命に薬のある部屋へと向かう。

 何とか目的の部屋まで辿り着くと、咲夜は薬箱をひっくり返し、必要そうなものを即座に吟味する。
だが、今館にある薬だけでは到底追いつきそうもない。
 あれこれと必死に算段を立てる咲夜。
故に彼女は、背後から忍び寄ってきている人物に気付けていなかった。
それに気付いたのは、その人物が咲夜の背後に立ってからであった。
 ピタリと、咲夜の作業の手が止まった。
そして、後ろを振り返ると――

「こんなに大きな館で暮らして。きっと沢山の仲間に囲まれているのね。妬ましい」
 見知らぬ耳の尖った妖怪が、そこに立っていた。
手には、見慣れない巨大な機械を携えている。
 その妖怪―水橋パルスィは、地霊殿でお燐を殺した後、鬼達を追って紅魔館へ向かっていた。
しかし、彼女は一つ、寄り道をした。
外界の珍しい物が沢山置いてある、香森堂と言う場所を訪れていたのだ。
 そこの店主を殺し、面白そうな物を何個か奪って来たのである。
それの内の一つが、今彼女が手に携えている『チェーンソー』と言う工具である。
外の世界では樹木を切るのに使うと、殺す前の店主に説明を受けていた。
 ゴチャゴチャした機械の一部を引っ張ると、けたたましい轟音が鳴り響き、鈍く光る鉄製の刃が高速回転を始める。
血の足りない頭で、咲夜は状況を理解しようとした。
しかし、そうする前に、高速回転する刃が、咲夜の左肩を抉り始めていた。
「うああぁぁぁあぁあぁぁぁぁっ!!!」
 叫び声すら機械音に遮られてしまった。
左肩から入った刃は、そのまま咲夜を削りながらズンズンと進んでいき、腰の右側まで到達した。
斜めに削り切られた咲夜の上半身の半分がドサリと地に落ちる。
残った上半身半分と下半身も前のめりに倒れた。

 パルスィは、落ちた咲夜の上半身から頭を切り離し、それを持つと館の散策を始めた。
広い広い館の、豪華な装飾、高級そうな家具、風情のある骨董品など、目に映るもの一つ一つにいちいち嫉妬しながら、館内を歩き回る。
 少し歩くと、巨大な図書館に辿り着いた。
巨大な本棚にびっしりと納められた大量の魔導書に、パルスィはため息をついた。
「こんなに沢山の本を持ってるなんて。管理が大変でしょうね」
 いつもの「妬ましい」と言う言葉は出なかったものの、心中で思っていることはいつも通りだ。
 ぶつくさと文句を言いながら、少しだけ図書館内を歩いてみたが、めぼしい物はなかったし、誰もいなかった。
 図書館を出てから、もう少し館内を歩きたいと思ったが、もしも吸血鬼なんかが生きていて自分を見つけたら面倒なことになりそうだと感じ、パルスィは館を出た。
そして、外に置いておいた、香森堂で奪った『ガソリン』と言う液体燃料を死体だらけエントランスホールにばら撒き、館に火を放った。



「咲夜は何をしているのかしら」
 なかなか帰ってこない従者に、フランドールは焦りを感じ始めていた。
この頃、既に咲夜はこの世にいない。それに、彼女は気付けていない。
祈るように階段を見つめ続ける見つめるフランドール。
そんな彼女の下で、突如レミリアが咳き込んだ。咳と一緒に血まで吐き出している。
「お姉さま!!」
 一大事だと感じたものの、どうしようもなく、もどかしくなってフランドールはレミリアの体を抱きしめた。
レミリアが薄っすらと目を開けた。そして、フランドールの綺麗な金色の髪を、優しく撫でてやる。
まるで、心配するなと言い聞かせるように。
 咲夜が薬を持って帰ってくるのを、今か今かと待っていると、ふいに上階から爆発音が聞こえた。
ビクリと身を縮め、フランドールが上階へ続く階段へ向き直す。
――上には咲夜がいる筈なのに、何故爆発音が鳴っているのだろう。
決意を固め、フランドールが立ち上がった。
「お姉さま、待っていて。上を見てくる」
 重傷のレミリアを残し、一人上階へと向かうフランドール。


 上へたどり着いた彼女の目に映るのは、赤々と燃える炎の海だった。
立ち込める煙に一瞬身じろぎ、従者の名を叫ぶ。
「咲夜!! 咲夜!? どうなってるの、咲夜!!」
だが当然の如く、叫び声は誰の耳にも届かない。
 すぐにフランドールは地下室へ戻り、レミリアを抱き起こし、燃え盛る紅魔館からの脱出を図った。
「お姉さま、しっかりして!」
「……熱い……。何かしら……?」
「火事が起きてるの!」
 火事、と言う言葉を聞き、レミリアは目を見開いた。
「……日傘……!」
「え?」
「エントランス……日傘……無いと、外に……!」
 途切れ途切れのレミリアの言葉を紡ぎ、フランドールも彼女の言わんとしている事を察した。
そして瞬時に、その事の重大性を理解した。
もしもエントランスホールの傘立てに置いてある日傘が焼失していたら――
日光に弱い彼女らは、外へ出る事ができなくなる。
この燃え盛る炎の海に呑まれ、焼け死ぬしか道は無くなる。
「急がなくちゃ……」
 怪我人のレミリアに大きな衝撃を与えないようにしつつ、なるべく急いで出口へ向かう。



 エントランスホールへ辿り着いた彼女らは、絶望を見せ付けられた。
 ここへ辿り着くまでに通った部屋や廊下の炎など、まるでお遊戯であるかの如し炎が、エントランスホールを支配していたからだ。
玄関脇に置いてあった傘立てなど、もはや炭すらも見えなかった。
目に映るのは蹂躙する炎ばかりであった。
「あ……ああ……」
 絶望に打ちひしがれたフランドールが、がっくりとその場に膝を着く。
 レミリアも薄れ掛けている意識の最中、唇を噛んだ。
いくら二人が強力な吸血鬼と言えども、迫りくる炎に抗う術などある筈もない。
仮に炎を強引に突破して館外へ出たとしても、、出た先で待っているのは、彼女らの弱点である太陽の光が燦々と降り注ぐ世界である。
 逃げ場を失った恐怖からか、フランドールが泣きながらレミリアに抱きついた。
「お姉さま、お姉さまぁ!!」
「……フラン……!」
 レミリアは、力及ばず、フランドールを苦しめてしまった自分を呪った。
 フランドールは、理不尽すぎる世界を呪った。

 抱き合う紅い悪魔の姉妹を、これまた紅い炎が包み込む。
泣き声か、断末魔かも分からない声を上げながら、二人は炎にその身を焦がされ、そして消えた。




*



 物陰から密かに、厄神の鍵山雛と、秋の女神の秋穣子が、守矢神社の境内を眺めていた。
訳の分からないその状況に、二人とも言葉を失っている。
 早苗が日々懸命に掃除し、清潔さが保たれている境内は、運ばれてくるモノから流れ出る血で赤く染まっている。
ドロドロとした血が地面を伝い、細かい砂と混じり、なんとも汚らしい。
そして、その場を漂う血生臭さが、この環境の異常さに拍車を掛けている。
 運ばれてきているモノとは、死体である。
「何が起きているのかしら」
 呆然としながら雛が呟く。
穣子は吐き気を抑えながら、首を横に振った。
「お姉ちゃんは……どこに行ったんだろう」
 姉妹である穣子としては、姉である静葉の安否が気がかりらしい。
彼女は知らないが、静葉は神奈子の新しい信仰の信者であり、天狗を襲い、返り討ちにあって死んでいる。

 事の成り行きを、二人が固唾を呑んで見守っていると、ふいに後ろから声がした。
「あんた達!」
 二人とも驚き、即座に振り返る。
博麗霊夢と射命丸文が、そこに立っていた。
「麓の神社の……」
「まさかあんた達はおかしな発想を持った奴じゃないわね?」
「何の事です?」
 穣子も雛も首を傾げる。
霊夢は、起こっている事を大まかに説明した。
 彼女らは神奈子と同じ、神様だ。
それ故に、神奈子の考えている、あまりに強引過ぎる新しい信仰集めの手法に驚愕した。
「そんなのって……」
「止めさせないといけないのは分かるわね。私達はその為にここに来たの」
「でも、神奈子さんはいないみたいです」
 雛がそう言い、境内の中央へ視線を戻す。
確かに、様々な者達が死体を置きに来ているものの、神奈子の姿は見当たらない。
 見知った者達の骸が次々に置かれていく様に、霊夢は唇を噛んだ。
だが、嘆いている場合ではないと、気を取り直す。
「とにかく、どうにかして神奈子をとめなくちゃいけない。二人とも、協力してくれる?」
 霊夢の呼びかけに、二人とも首を縦に振った。

「あ、そうだ。霊夢」
「?」
「姉をどこかで見なかった?」
 穣子の一言に、文が思わず目を伏せた。
霊夢も言葉に詰まる。
静葉は、椛と文が殺してしまったからだ。
「姉が朝から見えないの。どこにいるか、知らない?」
 穣子は静葉の死を知らない。
意を決し、文が真相を語ろうと口を開いた。
「実は、静葉さんは……」
「知らないわ」
 文の言葉を遮り、霊夢が強めの口調で言い放つ。
驚いた表情で、文が霊夢を凝視する。
「私達は少なくとも見てない」
「そう……」
「大丈夫。事が収まったらきっと見つかるわよ。それより、今はこの異変解決に集中してほしいの」
 恐らく文が事実を話せば、いかなる理由があれども、穣子は怒り狂うだろう。
この状況で統率が乱れるのを霊夢は回避したのだ。
 文は面目なさそうに、軽く頭を下げた。


「! 神奈子さんが出てきましたよ!」
 雛が声を潜め、三人に告げる。
それを聞き、全員が守矢神社の境内の中央に目をやる。
 神奈子が本殿から姿を現したのである。
信者達の目が一斉に輝いた。
そして口々に、崇拝する神の名を呼ぶ。
その全てに応える様に、神奈子は笑みながら軽く手を振った。
 死体が置かれている中央部まで歩んだ神奈子は、歩みを止めた。
集まった死体を見て、笑みを深くする。
「皆、今日は本当にお疲れ様」
 信者達に向かって神奈子は労いの言葉を投げかける。
「けど、もう少し。もう少しだけ、血肉が必要なの。それらが集まった暁には、すぐに始めましょう」
 手を広げ、宣言した。
「恐怖の信仰を」



*



 八意永琳は、人里へと薬を届けに出ていた。
大量の薬を、必要な者へ配り終え、後は永遠亭に帰るだけであった。
しかし、彼女はまっすぐ帰らずに、少しだけ寄り道をした。
彼女の寄った場所とは、広大な鈴蘭畑である。
 毒を出す人形の妖怪、メディスン・メランコリーが住まう場所である。
花の異変から彼女と知り合い、時々毒を分けて貰いに鈴蘭畑を訪れているのだ。
 しかしその日、メディスンは鈴蘭畑にいなかった。
蛻の殻となっている広大な鈴蘭畑で、永琳は彼女の名を呼んでみた。
「メディスン、いないの?」
 いつもなら、訪れると妙に嬉しそうに出てきてくれるメディスンだが、この日は名を呼んでも出てきてくれない。
それは即ち、鈴蘭畑にいないと言うことだ。
 もしかしたら眠っていて、鈴蘭に埋もれてしまっているのかもしれないと、中央部まで歩いてみたものの、やはりメディスンの姿はない。
せっかく足を運んだというのに、無駄骨であったと永琳は息を漏らした。
 ふと目線を落とすと、何かが落ちていた。
色は白く、折りたたんである紙の様に見える。
「何かしら」
 興味本位でそれを手に取り、そっと開いてみる。
中には、長い文章が綴られていた。
どこか幼げなその筆跡は、恐らくメディスンのものだろうと永琳は思った。
 生まれて間もなく、しかも鈴蘭畑からあまり外へ出ない彼女は、少し世間知らずな面がある。
それを克服する為に、自力で字の練習をしているかもしれない。
そう思うと、その長い文章が、妙に微笑ましく思えた。
 文を読み進めてみると、それは一つの物語の形を成しているのが分かった。
メディスンの考えている事が分かるかもしれないと思い、その紙に目を落としている永琳の後ろの空間に、突如切れ目が入った。
切れ目はガバリと上下に開いて大穴となり、そこから何者かの手が飛び出てきて、永琳の襟首を掴んだ。
「え?」
 後ろを確認する暇もなく、永琳は何も無い空間へと呑まれた。
残ったのは薬を入れていた鞄と、つい先ほど拾った紙だけ。


 再び誰もいなくなった鈴蘭畑を、遠巻きに眺める者がいた。
その者は、赤い髪と黒い翼を持ち、悪魔の様な笑みを浮かべていた。


「これで邪魔な奴は消えたわね」

 薄い笑みを保ったまま、その者は鈴蘭畑を後にした。
 こんにちは。
前回の投稿から一週間が経ちましたので、中編を投稿させて頂きます。
(二部編成だと思われていた方がおられるようですが、もう暫くお付き合いお願いします)
 【下】の投稿も、一週間後を予定しています。(来週月曜日は21日。これなら、実質前作である『躾』から丁度二ヵ月後でキリがいいですし)
しかし、果たして一週間で書き上げられるかどうか……。
 今回は少しだけがんばって見直しをしました。しかし、やはり誤字等があるかもしれません。ご了承下さい。

 文章の書き方を勉強中です。しかし、成果が出るには暫く時間が掛かりそうです。



〜どうでもいいこと〜
・このSSの終わり方は既に決まっています。しかし、この結末で読者さんが納得してくれるかどうかと、最近すごく不安になってきました。
・結末の推理なんてできる訳がありません。故に、軽い気持ちで読んでください。
・9/14が誕生日でした。
pnp
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2009/09/14 10:41:45
更新日時:
2009/09/16 06:47:10
分類
キャラ多数
長編
グロ
どうでもいいことに加筆・修正。(どうでもいいです)
1. risye ■2009/09/14 20:48:58
下楽しみにしています。
一週間長くなりそうです。
お誕生日おめでとうございます。
2. 名無し ■2009/09/14 20:58:54
ラストが更に謎を…ゆかりんまで敵なのか!?
そして邪宗に染まった者とそうでない者の区別はどこから?
(パチェは4ボス、妹紅はEXボスだよな。ステージが問題ではないのか…)
メディスンの手紙に何かヒントはあるのか?ううむ、次回が待ち遠しい。
3. 名無し ■2009/09/14 21:07:22
紅魔館唯一の生き残りが…
4. 名無し ■2009/09/14 21:15:16
とりあえずパルは死ね
首と胴を引きちぎられろ
5. 名無し ■2009/09/14 21:22:06
誕生日おめでとう。ケーキでもどうぞ。
いやぁ皆殺し展開はいいですね
6. 名無し ■2009/09/14 21:22:15
>>3
間違いなくアイツだな……
7. 名無し ■2009/09/14 21:34:29
誕生日おめでと
ちょっと中だるみを感じたかな。
前回で異変の最中に表層が見えてきて今回はそれほど進展せずいじめ中心ってことだろうか
まあ今回の中だるみも、最後の決着次第で評価が変わる物だと思うから期待して待ってる。
8. 名無し ■2009/09/14 21:53:14
魔理沙がさくっと死んじゃったのは意外だった
何の容赦もない展開に乾杯!
後編が待ち遠しくて仕方ないぜ

一つだけ気になったのは、レミリアとフランは地下室に戻れば助かったんじゃないかってこと
9. ウナル ■2009/09/15 00:41:28
お誕生日おめでとうございま……もう過ぎてました。なので、お誕生日おめでとうございました。
容赦の無い殺しっぷりに惚れ惚れします。自分にはちょっと真似できないかな。
謎が謎呼ぶ展開に推理力の無いウナルは翻弄されるばかりです。
後編楽しみにしています。
10. ぷぷ ■2009/09/15 01:06:50
面白かったー。続編楽しみ

>この結末で読者さんが納得してくれるかどうかと、最近すごく不安になってきました
俺個人の意見としては、自分の納得できる内容が書ければ、それが一番いいと思います。
11. 名無し ■2009/09/15 02:03:34
魔理沙は主人公補正で最後まで生き残るだろうと思っていたら…あっさり死んで意外だった。
そして流石の鬼コンビもフランには適わないか。
12. 紅魚群 ■2009/09/15 13:46:32
お誕生日おめでとうございました。続編ktkr!
今回結構死んでしまったので、誰がこの先生きのこるのか気になるところです。魔理沙かわいいね。
前作と併せて現在敵の方が圧倒的に多いけど、それがどう展開するか……紫も敵?いや、もしかして…?
超個人的な感想としてはレミリアとフランが正気で嬉しかったですw 姉妹愛って素敵だ。

次で最後かな?結末編も楽しみに待ってます。
13. 名無し ■2009/09/20 15:34:45
みんな、死んじゃうまでの描写がとても活き活きしていていいですね。
ダイヤモンドを焼却場に放り込んだり、一生懸命作った彫刻を叩き壊したりするそんなカタルシスが美しい。
14. 名無し ■2009/10/30 17:51:18
てゐって結構強いイメージあったんだが
即炭化とか爆笑した
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