Deprecated : Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『魔理沙が来る日』 作者: nekojita
「ん、誰か来たみたいだな」
その朝にとりは呼び鈴の音で目を覚ました。広くはない家のせまいベッドから飛び起きて毛布を蹴飛ばせばちょっと肌寒さを感じる。もう秋も終わりだなと実感しつつ、部屋着の甚兵衛をパジャマの上から羽織った。電灯のスイッチを入れ、水道の水をコップに入れて一杯飲んだ。あまり気持ちのいい目覚めではなかったが、玄関のドアの覗き穴から外を見ると友人の姿。眠気すら消えて気持ちのいい朝になってきた。
「やあ君か、おはよう」
重い鉄のドアを内側から押し開けながら歌うように言う。上機嫌だ。寒かろうと暑かろうと、親友が訪ねてきた朝ほど気持ちのいい朝は無い。
こちらに来て以来普段訪ねてきてくれる友人が彼女だけだとなれば尚更だ。しかも今日はもっといい気分になる出来事まで予定されている。
「ちょうど良かったよ、今日は幻想郷から魔理沙が来る日なんだ。もし時間が有ったら一緒に魔理沙の話を聞こうよ。幻想郷が今どうなっているのか、椛も知りたいだろ?」
言われた椛の後ろから朝の光が射す。
「時間は有るよ、暇だから来たんだし。中で待たせてもらっていい?」
「もちろん。将棋やってようか」
中に入ると椛は、かぶっていたニットの帽子を取った。中に折りたたまれていた白い狼の耳が飛び出す。にとりはそれを見てけげんそうな顔をした。
「ちょっと、今からカーテン開けるんだよ? ちゃんとそれはかぶっとかなきゃ」
「平気平気、誰も朝から人の家の中なんて見ないよ。部屋の中で帽子をかぶっているのも変だし」
「どんな弾みでばれるかわかったもんじゃないんだ。慎重になるに越したことはない。だいたい君は……」
「う、わ、わかったよ。隠しとく隠しとく」
椛がニットをつけなおしたのをしっかり確認してから、にとりはさっと分厚い遮光カーテンを開け放ち、更に窓をばんと開けた。朝の換気。南向きの大きめの窓だ。眼下、少し遠方に人の暮らす村が見える。幻想郷の人里ではない。田舎とはいえ外界なのだ。電気と、ガスと、インターネットに使える電話線が通っている、人間だけが住む村だ。開いた窓から風が吹き込む。田舎とはいえ幻想郷のそれほど澄んだ空気は期待できない。
十分に換気は済んだ。と窓を閉め、カーテンを引いてしまえば、今や室内を照らすのは電灯の明かりだけになった。椛も安心してニットを外す。
「ちょっとシャワー浴びてくるね。着替えないとだし」
研究室兼作業場の方へ行くにとりを椛は黙って見送った。浴室は、作業場で危険な薬品を浴びでもしたときの為に、居住スペースでなく作業場の方に隣接しているのだ。風呂に入るたびに作業場を通らねばならず、その時にまた少し汚れることになるんじゃあないか、と椛は思うのだがにとりはどうやら気にしないらしい。
浴室から聞こえてくる水音と、それにほとんどかき消されるかすかな鼻歌を聴きながら椛は肩を竦めた。
ずいぶん長い時間が経ってにとりが出てきたのは椛がにとり自作の目覚まし時計が鳴りだしたのを止めようと四苦八苦している時だった。爆音を立てる時計を前にいろいろボタンを押したが止まらない。ようやく止まった、と思ったら十秒もするとまたうるさく鳴り出す。それで適当に時計を抱え込んでボタンを叩きまくっていると、うしろににとりが立っていて、ひょいと時計を持ち上げるや側面に有ったスイッチをかちりと下方向にスライドさせた。かくして音は止まった。
「ごめん……」
「相変わらずの機械音痴だね。そんなんでこの現代社会、生活していけてるのかい」
「……」
「ま、別にいいけどね」
飄々として言うにとりに椛の方は言葉もない。にとりが堂々と立っているのを見上げてふと、服装に、何やらとても懐かしいものを感じた。
「にとりその服……」
「ああ、幻想郷にいたときのやつだね」
水色の撥水スカート。上下とも少し大きめなのに、この服を着ると胸の大きさがなぜか強調されるのが椛には少しパルい。リュックは背負っておらず、室内ゆえに帽子もかぶっていないが、その二点をを除けば昔外出していた時とほとんど同じ服装だ。
「魔理沙と会うからね。私だってよくわかる方がいいだろ」
「うん、にとり、いい考えだと思うよ」
今ではにとりは、ツナギ風のラフな服を着ていることがほとんどだ。あまり外出せず家でずっと作業をしているためだ。それが昔のよそいきの服を着るというのは、にとりにとってはささやかながらお洒落の範疇に入る行動なんじゃないか。椛は、そう思って少し微笑んだ。
それから将棋を始めた。ある程度布陣が済み、さてこれから戦いが始まるぞという段になって呼び鈴が鳴った。
「呼び鈴だ。きっと魔理沙だ!」
「うん。じゃあこの将棋は打ち掛けで置いとこう」
将棋盤は椛の手によって注意深く部屋の隅へとどかされる。
一方で魔理沙はにとりが出迎えに行くまでもなくドアを開けて入ってきた。
「よう、にとり。おはよう、久しぶり。元気だったか?」
「元気元気この通り! まあくつろいでってよ」
魔理沙は言うより先にソファに座っている。にとりはにこにことしてオレンジジュースをガラスのコップに注いで渡す。自分の時との対応の差に、椛はまたもほほえましいものを感じると同時にやはり多少の嫉妬心を覚えずにはいられない。魔理沙が来たのがよっぽどうれしいのだろうな。
「幻想郷の様子はどうだい魔理沙」
期待に満ちた声色で言ったのはにとりである。問われた魔理沙はちょっと困ったふうに椛に少し視線を送る。送って、それが返ってきてから答えた。
「自然は、きれいだよ」
「ふんふん、なるほど自然はね。自然は相変わらずきれいか」
「住んでいる人も、みんないいやつだ」
「なるほどなるほど。人も、きれいか。それで……」
「でも、やっぱり不便だね、技術ってやつが足りない」
「そうだろう、そうだろう魔理沙! 外界はそれがいいんだ! 人間の技術の、なんという素晴らしさよ!」
我が意を得たりと騒ぐにとりに、魔理沙は続ける。
「こっちに来て驚いたよ。なんでも電気ですんじゃうんだもんな。こんなにおいしいものだって、むこうには無い」
オレンジジュースを、ストローで少し飲む。
「なあにとり、こっちの世界の様子も聞かせてくれよ」
「こっち? こっちかー。んふふ。よくぞきいてくれましたー。人間は、都会というものを作っている。ここは、私は作業場のスペースがほしかったから都会には住めなくて、それでこんな田舎に住んでいるのだけれど都会というものの素晴らしさったらもう、想像の外だ! 建物の上に建物が有る。そればかりじゃあない。道の上に、道が有るんだ!」
にとりは続けてまくしたてる。人間の技術、すなわち、洗濯機冷蔵庫システムキッチン、電灯電話ワープロそのほかが実際にどのように役に立つのかについて。飛行機、自動車、自転車、電車などという便利な、幻想郷に無い交通機関が誰にいつどのように発明されたのかについて。政権が交代したこと、今年の交通事故の死者数について。
その間じゅう魔理沙は適当に相槌を打ちはしたが、ほとんどにこにこしながら聞いているだけだった。
椛はというとにこにこもせずに、本当にまったくにこりともせずに、その様子は傍から見れば、何度も聞いた話をもう一度聞かされるのが嫌で、先ほどまでしていた将棋の一手一手を検討し直し、失着が無かったか、有ったとしたら、どのようにしたらリカバリーできるかを、じっと考えることに意識を飛ばしているかのようだった。
「と、これはほとんど全部、ラジオのニュースで聞いたんだけど」
ひと段落ついてにとりは作業場の片隅に有るドアを指差して言った。
「あそこがラジオ室。ラジオのニュースはとてもためになるんだ。せっかく魔理沙が来てくれてるけど、とても悪いんだけど、あれを聞き逃す訳にはいかない。時代に遅れてしまうからね。時間には私はニュースを聞きに、ラジオ室に入らせてもらうよ」
その時間はもうすぐだった。思えば長く喋っていた。午前のニュースがすぐに始まってしまう。にとりはその前に一番言っておきたいことを言おうとした。
「魔理沙もこっちに住んだらいいのに」
と。魔理沙はそれを受けて、にとりの顔、椛の顔、そして自分の手のひらを順番に、少しずつ見つめた。
「……私には、こっちの世界で暮らせるような甲斐性は無いよ。……魔法の研究は、幻想郷にいたほうがはかどるだろうと思う。向こうには友達も沢山いるし、霧雨魔法店だって有る。やっぱり、帰らないと」
魔理沙がそう答えると、にとりは複雑そうな、何か信頼していたものに裏切られたけれど、それも仕方ないね、みたいな表情をして、でもやっぱりちょっと落ち込んだ様子で、しばらく黙った。
「……」
魔理沙が、何事かに耐え切れず口を開く。
「なあにとり、」
「あれ、今日ももうすぐ、ラジオのニュースが始まる時間だ。悪いけど、ちょっと待っていてね。あとで、ニュースで聞いたことを教えてあげるよ」
そう言って、そそくさとラジオ室に入って行く。見送ってほうっと溜息をついたのは椛だった。
「最後」
「ん?」
「最後。なあにとり、の、後。何を言おうとしたの」
「……」
「それをあなたの責任でやるなら止めないけど、構わないけど……今まで誰も、そういう言葉をあいつに投げなかったと思うかい?」
「………おまえは、ラジオ聴きに行かなくていいのか?」
「冗談。あんなラジオ、何も聞こえやしないんだ。聞こえるわけありゃしない。なにしろ、放送してる人がいないんだから」
魔理沙は残ったジュースを飲みほした。甘いジュースを飲んだのに苦々しい顔をして、
「その病気ってやつが、こんなにひどいとは思わなかった」
と、吐き捨てるように言った。
「かわいそうなんだよ。とても」
椛が言う。にとりについて、二、三の事を。
「ずっと外界に行きたがっていた。それである時、宴会の席だったかな、紫と霊夢に土下座してまで頼んだんだけど、うん、手酷く拒絶された」
魔理沙は黙って聞いている。今度は魔理沙の方も、非常に神妙な表情である。
「それで、だから、自分で結界に穴をあけて外に行こうとした。そのための装置は砂を噛むような苦労の末に……」
その研究を手伝いもしたし、材料の調達では幻想郷を駆けずり回った。実験の失敗に伴う爆発に巻き込まれて瀕死のにとりを永遠亭に運び込んだことなど一度や二度ではない。
「にとりがついに完成させた。ところがそれを使って実際に結界に穴を開けようとした時、その時は横に私も居たのだけれど、結界が割れて向こう側に外の世界が見えて、あとは飛び込むだけ、その瞬間。八雲紫に、見つかってしまった。
まず装置が完全に破壊された。それから霊夢も出てきて、二人がにとりを徹底的にずたぼろにした。私は黙っていたから、手を出されることはなかったが……、あんな形相の巫女を見たのは後にも先にも一回きりだ。異変解決で初めて会ったときですらあそこまでではなかった。今でも、ちょっと見ただけではわからないだろうが、にとりの左腕肘から先と左足全部は、義手義足だ。その開発、調整、リハビリを、私は仕事の合間に手伝った」
魔理沙は先ほど話したにとりの姿を思い出したけれど全く義肢とは思えぬ左腕と左足であった。だがそうだというならそうなのだろう。
「義肢をつけてから。だったらこの世界を少しでも外の世界に近付けてやろうってことで、外の色々な機械を、にとりは一つずつ作っていった。電灯、呼び鈴、洗濯機、冷蔵庫、目覚まし時計……。それをやっているうちに、だんだん、くるってしまったのだ。きっと隙間妖怪の式がずっと見張っていることも、ノイローゼに拍車をかけたのだと思う。それで」
「それで今では体は幻想郷に居ながらにして、心だけは外の世界に暮らしてる、と、いうわけか」
「その、通りだ」
二人から、言葉は失われた。窓を見ようとするとカーテンがかかっていた。これは夕方の換気の時間まで開かれることは無い。椛が何かの理由をつけてそうするように勧めたのだ。空を巫女や、烏天狗、魔法使いなどが飛んでいるのを見ると、にとりはひどく暴れるか、何か支離滅裂な事を言い始めるからである。
二人はしばらく、電灯の明かりを見ていた。にとりは今も雑音しか聞こえない筈の手製のラジオから、政権がどうしたとか、何らかの情報を受け取っているのだろうか……。
やがて椛が口を開いた。
「魔理沙はまだ居るかい?」
「ん、ああ。勿論」
「そうか。じゃあ私はもう帰るよ。用事が出来たようだとよろしく言っておいて」
「わかった」
ニット帽をひっつかんで出ていく椛を、魔理沙は言葉無く見送った。椛は口には出さないにせよ、にとりのことに重く責任を感じているらしい。そんな彼女を、魔理沙は何と言って慰めたらいいか、皆目見当がつかなかったのだ。
しばらくしてにとりが戻ってきた。戻ってくるなりこう言った。
「いやあ、すごいよ魔理沙。新しい法務大臣が、死刑廃止論者なんだ。どうなるんだろうね」
ラジオで聞いたことらしい。続けて、有名な漫画家が亡くなった事や、太陽系外に、主に岩石でできている地球型惑星がはじめて見つかったことなどを喋った。
「あれ、椛はどうしたんだい?」
「あ、ああ。椛は、用事だって。なんか文に呼び出された様子だったけど…」
「ん? 文に呼び出された? 本当に椛が、そう言ったのかい?」
魔理沙は聞いて、表向きの顔色は努めて変えなかったが、心中で真っ青になっていた。
「文はこっちには、来ていない筈なんだけどね」
ここは外界なのだ! 椛ももはや、天狗のコミュニティに属していないことになっていなければ、おかしい!
いつ混乱に苛まれてにとりが暴れだすかと魔理沙は恐々としたが、そのような様子はなく、「ま、いいや。将棋の続きは今度にしよう」など呟くにとりは至って平静そうだ。そのままの調子で、こともなげに言った。
「ひとつ誤解があると思うんだよ」
「え」
「ラジオ室の壁は魔理沙たちが思っているほど分厚くないから、外の声も断片的にだけど聞こえる」
「!!」
更に衝撃的な事を言った。
「椛は、私の事をくるっていると言っただろう」
それを、知っていながら何故。いやそんなことは。にとりわたしは。はっはっは、にとりー冗談はよせよ。何と言ったら良いのか、どういう発言が、この場で一番正しいのか、求められているのか、わからない。わからないとき、魔理沙は黙る。黙って相手が、次に何を発言するか聞く。情報収集。普段非常に口がぺらぺらと回る彼女だが、実はそういう性質が有った。
注目されているにとりはというと、驚いた顔で固まる魔理沙をいったん不思議そうに見た後、目線を少し下に落として、待望の続きを喋り始めたのだった。
「彼女は、かわいそうなんだよ。本当にかわいそう。私と一緒に外の世界に来たはいいけど、幻想郷の事がどうにも忘れられず、いまだにここが幻想郷の中だと思っている。くるってしまったんだ。ああいう性格だから口には出さないけれど、ずっと、私の方こそくるっているのだと、心の中で思っている。前々から、彼女の態度でそう思っていたけれど今日ははっきりした。
いや無理もない。私も気持ちがわからなくはないんだ。彼女の一番の友達で上司の、射命丸文はこっちの世界に訪ねてこない。魔理沙が来てくれなかったら、椛は居るけれど、それでも寂しさで私も気が変にならなかったか知れない。魔理沙、私は、あんまり外界に興味の無かった彼女を連れてきてしまって、本当に責任を感じているんだ。……今日は、来てくれてありがとう。そして彼女に、調子を合わせてくれて、魔理沙、本当にありがとう」
その河童は、言ってぴっしり、サラリーマンがやるみたいに深々と頭を下げた。かくしてにとりの言葉をすべて聞いた魔理沙は、しかしながら、未だかける言葉を見つけられずにいたのであった。
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2009/09/21 19:18:55
更新日時:
2009/09/22 05:35:07
分類
魔理沙
にとり
椛
グロ無し注意!
でもこーりんとか外の世界に興味ある奴見てると満たされてないというか満たせない悲しさがあるよね
この話のにとりもこーりんと同じように外に行くのを紫に妨害されてしまってるわけだし
不満は向上心に繋がるが欲深き者は身を滅ぼすとも求聞式の阿求の独白にあったよ
それを妖怪が体現しちゃった皮肉な話だね
阻止されるパターンもあると考えていたら、見事にここでそのパターンが見れて良かったです
って訳にもいかないんだろうなぁ
にとりにいい友達がいるのが唯一の救いか
つまり……
この話なかなか深い……
やはりわれらのnekojita先生は格が違った
オブザーバーの魔理沙が居る以上狂っているのはにとりなんだろうが、するとラジオのニュースが怖い
そういえばラジオのニュースってフレーズ、芥川龍之介の「河童」にも有ったよね
でもイヤじゃない!
幻想郷が何だか「地上の楽園」に重なって見えた。
となると狂ってるのはにとりと見せかけて椛のような気がするんですが、考えるほどにこんがらがってきます
でも考えられる作品ってのはよいものだ。
>有名な漫画家が亡くなった事
臼井さん…なぜあんなに早く…亡くなってしまったのか…
電波も物だと考えるならラジオの電波が届き受信できるのかもしれない
パソコンを作ったとは書かれてないからインターネットは使えないのかな?
外の人間と交流があるわけでは無いようだし
歪んでるなぁ
妖怪を出す事で幻想郷全体のパワーバランスに影響が出るかもしれない事、
また幻想郷の存在が暴かれる危険すら有る事、
更には単に面倒くさかった事が理由として挙げられます。
後でにとりをぼこったのは、出るために使った手段が結界の部分的破壊であったため、それによって幻想郷が存亡の危機に立たされる可能性が有ったからです。
このあたりの事を魔理沙と椛の会話で解説しようと当初は思っていましたが、冗長になると思って省いたのです。
長編も待ってますぜ
本当にいい出来だと思う