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『鳥頭の苦悩』 作者: ぷぷ

鳥頭の苦悩

作品集: 3 投稿日時: 2009/09/23 06:47:29 更新日時: 2010/01/31 01:32:56
・鳥頭の苦悩










1、
「ごちそーさまー。 じゃあ、これお代ね」

ジャラ

「あ、はいはーい。 じゃあ、またのお越しをー」





ある日の明け方。

ミスティアの運営している屋台から、数人の人間が帰ろうとしていた。


「一応注意しておくけど、夜が明けたからと言って、危険じゃないわけじゃないからねー」
「わーってるって」
「人数もいるし、酔いも醒めてきたし、何より霊夢ちゃんに貰った護符がある」
「うわー… 私に使わないでよ」
「まさか」

ケラケラと笑いながら、楽しそうに会話をする人間と妖怪。
ほんの数年前まで、お互い考えもしなかった事だろう。
何せミスティアは、屋台を始める前は、人間友好度は「悪」に分類されていた妖怪である。

「じゃあ、また今度ねー」
「はいはい」

屋台をはじめてから彼女は、襲うだけの対象だった人間に対する感情が、少しずつ変化していっていた。
屋台で彼らの話す昔話は、自分にとってはそれほど昔でないのに、それが200年も300年も前の話の
ように聞こえてくる。 妖怪に比べて短命な人間の一生は、妖怪のそれより深いのかも、とミスティアは
関心しながら聞き入っていたりした。
一部を除き、基本的にお代はきっちり払う。 律儀なものだとミスティアは感心した。

妖怪には無いような感性の持ち主達とのコミュニケーションは、彼女が思っていたより遥かに楽しく、
興味深いものだった。

「よし、と… ちょっと寝たら、夕方前には里に買い出しにいかないとね」

屋台の掃除を終えたミスティアは、一息ついた後、そう呟いた。
タレの材料が尽きかけている。
自力だけでは調達できない食材もあり、どうしても里に出る必要があった。

それまで、夕方まで一眠りするとしよう。
ミスティアは屋台を自分の巣の前まで運び、巣の中へを入って行った。













2、
夕刻、人里。


ピンク色の髪の鳥妖怪が、当たり前のように里の中を闊歩していた。

時折羽をパタつかせ、上機嫌に歩くミスティア。
彼女を見てあからさまに嫌悪の表情を浮かべる者や、不愉快そうに目を反らす者が何人かいたが、
一方で彼女に親しげに声を掛けたり、収穫物をお裾分けしたりする者もいた。

そんな中彼女は、普段利用している店に入った。 ここなら、砂糖を初めとした調味料が全て揃う。

「ごめんくださ〜い」
「ああ、いらっしゃい」

店主と和やかに挨拶する。
ミスティアは5年程前に、この店主を一度襲った事がある。 その時は大層な大喧嘩となり、結局
駆け付けた慧音によって彼女は退治されたわけだが、その当時は、今の関係はとても
想像できなかっただろう。

「お、ミスティアじゃないか」

その慧音である。 彼女も、買い出しに来ていたらしい。

「どうも、慧音さん。 寺小屋はもう終わったの?」
「ああ、今日は午前いっぱいまでだ。 こういう日でもないと、中々買い物に行くタイミングも無いからな」

平日は寺小屋。 そして、人里でのある種のパトロール。
休日に休みを取ろうと思うと、確かに彼女に時間はない。 こういう日は重要なのだろう。

「お前は… タレの材料の買い出しか何かかな?」
「その通りよ。 最近人間のお客さんが多くて、買い出しの間隔が短くなってきちゃったわ」
「ほほう」

そう言うミスティアに、慧音はよかったな、と笑顔を見せた。

「…しかし、お前は変わったな。 すごく。
 ほんの数年前までは、里の人間に迷惑をかける筆頭候補の妖怪だったんだがな」
「全くだよ、慧音さん」

慧音の発言に、店主が笑いながら続けた。
笑いながら続けられる辺り、ミスティアが里の人間にちょっかいを出す話が、如何に過去の事のような
認識を持たれているかがわかる。

「今でもたま〜に襲うよ? 人間なら。 そして、もれなく屋台にご招待」
「性質の悪い勧誘だ」
「十分良心的よ、死への勧誘じゃないんだから」

苦笑いを浮かべる慧音に、飄々とミスティアは返した。
そして品物を店主の前に並べ、ポケットから財布を取り出した。

「これ、頂ける?」
「はいはい、毎度」

金を受け取った店主は、品物を適当な袋に包んだ。

「最近は、人間でもツケで済ます奴らが多くてね… ありがたい話だよ、ちゃんとお代を払ってくれるのは」

どっちが人間なんだかね、店主が目を細め、機嫌よさそうにミスティアに渡してあげた。

「まあ私は、お金なんて持ってても使い道があんまりないからねー。 屋台始める前までは、こんな
金属とか紙とかに、何も価値を見いだせなかったくらいだし」

よくて物々交換、普通は暴力での物品の奪い合いが日常だった野良妖怪に、通貨といった概念が
なかったのは当然である。

「それが今では、財布を用いてまで管理するようになったもんな」
「ええ、全く」

この金を使えば、今までの生活では絶対手に入れられないような物も手に入るようになった。
他にも、屋台の補修代など、お金がなければ出せる手段がない。
補修相手が人間か、せいぜい河童に限られてしまっているからだ。

「紅白も馬鹿よねぇ〜。 私みたいに、屋台でもやれば金は手に入るのに」
「彼女には無理だ。 あんな怠け者に、商売なんぞできるか。 
 それに彼女は、お前のような女将はできない」
「なんで?」
「彼女の人生は深みがあるが、それを他人に伝えたり、また他人の人生を受け止めたりできる
 甲斐性は持ち合わせていない」
「同族を散々に言うね。 アハハ」
「事実だからな」

ケラケラ笑い合う二名。
幻想郷の非常識である二人の関係は、二人にとっては常識になりつつあった。










「…さて、ちょいと急いで帰りますかね」

予想外の雑談に時間を取られ、既に日は沈みかけ。
ミスティアは少々焦り気味に、屋台へと戻って行った。


その道中。
彼女はある光景を見かけた。
見慣れた光景だったため、初めはスルーするつもりだったが…
ミスティアは目を疑った。

「ひっ! や、やめてくれ…」
「やめるわけないでしょー。 ばっかじゃない?」
「さーて、どこから食べようかな?」

一人の人間が、2匹の鳥妖怪に襲われている。
その人間。 どう見ても、ミスティアの店の常連の者である。

「足がいいよ。 逃げれなくしてから、ゆっくり殺してあげましょ?」
「アハハ。 じゃあ、右足から食べてあげるねー?」
「やめてくれ… 頼む、頼むから…」

見下したような笑みを受けべながら、人間をからかう妖怪達。
人間の方は怯えきっており、ガタガタ震えなている。
見ると、既に彼の身体は傷だらけである。

流石に見過ごせなかった。 慌ててミスティアは、3人の間に割って入った。

「ちょ、ちょっと待って!」
「……ん? ああ、ミスティアか」

良く見ると、かつて交流のあった鳥妖怪達だった。
蟲妖怪や妖精等と交流が生まれたミスティアは、彼女達とまともに会話をするのは、久方ぶりだったが。

「み、みすちー!」

人間はミスティアの方を見て目と丸くした。 そして、一瞬間を置いた後、こう言った。

「た、助けてくれ、みすちー! みすちーの店に行く途中で、こいつらに襲われて…」

彼は必死である。
殆ど死が確定していた状況で、助け船が現れたのだから。
どうやら彼は、護符も持たずに屋台へ向かおうとしていたらしい。
大方、昼間は大丈夫だろうとたかを括っていたのだろう。

ミスティアは溜息をついたが、人間とは言え、常連の死を黙って見過ごす訳にはいかなかった。

「えーっとさ… その人間、見逃してやってくれない?」

遠慮がちに妖怪達に言うミスティア。 

「お腹空いてるんでしょ? 食べ物なら、私の屋台で食べさせてあげるからさ」

近頃は、緑色の髪の巫女が、あちこち妖怪を退治して回っている。
そのせいで人間も狩りにくくなり、結果的にミスティア達のような弱小妖怪の食料調達が難しくなっている。
ミスティアはそのような状況を理解しているので、こう切り出したのだ。

しかし、返事は彼女の予想していたものとは違っていた。


「…何アホなこと言ってんの? ミスティア」

訝しげにミスティアを睨みつける妖怪達。

「…人間と親しくなりすぎて、妖怪の本分も忘れたわけ? アンタ」
「……え?」

怒りというか、呆れを表している、かつての友人達。

「あたしらもアンタも妖怪でしょ?」
「妖怪が人間を襲うのは当たり前じゃん。 腹が減ったから? そんなの二の次よ」
「人間を襲うのが、もっと言えば殺すのが楽しいから殺すんじゃない。 食べるのはその後の話。
 延長線上よ」
「まあアンタは昔っから、殆ど人間を殺さなかったけどさ。 そのとぼけっプリはないんじゃない?」
「……」

人間を襲うことを、当然の様に語る妖怪達。
その彼女達に対し、ミスティアは全く反論できなかった。
彼女達の言い分は、至極当然のことである。

妖怪は、人間を襲う。 人間は、その妖怪を退治する。

鳥妖怪達の行いは、ここ幻想郷における、一番基本的なことなのだから。

「う… そう、なんだけどさ…」

ミスティアは困っていた。
かつて彼女達と行動を共にし、一緒に人間を襲っては、それを話のネタにしていたのは事実だ。
襲った人間の数を競争しようと、大暴れをした日もあった。
捕らえた人間を解体し、臓器を一つ一つに分け、遊びの装具として使った等、悪趣味とも言える行いを
したこともあった。

「今は屋台やってて、人間を殺すどころか、襲うこともあんまりやらなくなっちゃってさ…」

今は違う。
人間との触れ合いも楽しいものだと感じた彼女にとって、人間は最早襲撃の対象だけではなく、同時に
友人でもあった。

「本分とか、妖怪の役割とか、そういうのは分かるんだけど…  た、楽しいんだよ、今。 
 人間って、話してみても結構面白いって言うか… 料理とか、褒めてもらえたりとか、あ、あと、
 偶に可愛いって言ってもらえたりとか…」

しどろもどろに自らの言い分を並べるミスティア。
ここ最近すっかり麻痺していた、自分が『妖怪』であるという認識が、自分の中で蘇ってきていた。

「後ね、外の世界の面白い道具を使わせてもらえたこともあ」
「もういい」

ミスティアの発言を遮る形で、一匹の鳥妖怪が口をはさんだ。

「アンタが、野良妖怪としての誇りを失ったってことは、よぉーく分かったよ」

彼女はそう言うと、憎々しげにミスティアを睨みつけた。
もう一匹の鳥妖怪は、すっかり冷めた、或いは見下したような眼でミスティアを見ていた。

「…別に誇りを失ってなんか」
「じゃあ私らの狩りの邪魔をしないでくれる?」
「人間なんかどーでもいいじゃない。 なんなら一緒に食べる?」
「!」

ミスティアに挑発するように吹っ掛ける2名。
それは彼女達にとって挑発であり、同時に勧誘であり、また事実上最後のチャンスを突き付けてもいた。


━━━ 貴方は妖怪の味方なの?

━━━ 貴方は人間の味方なの?


無感情の目で、ミスティアを見る妖怪達。
ミスティアの受け答え次第で、その『無』に喜怒哀楽を埋め込むのだろう。


ミスティアは、青ざめた顔で立ち尽くしていた。

ここで人間を助ければ、鳥妖怪からは確実に、悪ければ野良妖怪全体から爪弾きにされるだろう。
ここで人間を見捨てれば、ミスティアは野良妖怪だと認識され、屋台の常連の人間は皆無になるばかりか、
慧音や霊夢のような人間たちが、彼女を退治しに来るだろう。
…その場合、恐らく之までの比ではない、壮絶な妖怪退治が待っていることだろう。 下手したら、
殺されてしまうかも知れない。



「どうするの?」

どうしよう。

「襲うの? 邪魔するの?」

襲おうか? 邪魔をしようか?

「どうするの?」

どうしよう。

「襲うの? 邪魔するの?」

襲おうか? 邪魔をしようか?


人間の男の震えは、いつしか止まっていた。
代わりに、ミスティアが真っ青な顔をして、ガタガタ震えている。

「どうするの?」
「どうするの?」
「どうするの?」
「どうするの?」
「どうするの?」
「どうするの?」
「どうするの?」
「どうするの?」


俯き、唇を噛んでいるミスティア。
彼女に無表情で迫る、二名の妖怪。
経過をただ見つめている、人間。


均衡を破ったのは、その4名のいずれでもなかった。

「何やってんの?」

銀髪、モンペ、手には鶏肉の入った袋。
藤原妹紅だ。
彼女も焼き鳥屋台を営業している。 どうやら、偶々通りがかったらしい。

「……」

妹紅は4名の一瞥。 そして、大体状況は掴めたようだった。

「あー、そこの二名の妖怪。 その人間を離してもらえないかね〜?」

妹紅は、慧音に誘われて自警団をやっていたり、永遠亭に行きたい人間の道案内をしたりしている。
要するに、人間の味方。 且つ、その辺の妖怪では勝てないような、強力な戦闘力の持ち主でもある。

「くっ…」
「…よりによって、なんでアンタが出てくるのよ」

彼女がとんでもなく強いという事は、この辺りの妖怪の間では周知の事実だった。
中には文字通り『焼き鳥』にされた者もいるくらいだ。

「無駄な戦いはしたくないんだ。 とっとと何処かへ消えてくれない?」

妹紅が手に火を灯し、攻撃の準備を整える。
今度は、妖怪達が顔を青くする番だった

「わ、わかったわよ! 消えるよ、消えるから!」
「あーもー! 久々に人肉にありつけると思ったのに…」

悪態をつきながらも、妖怪達は去って行った。



「…大丈夫?」

妖怪達が去って行ったのを確認すると、妹紅は人間にそう声をかけた。

「ああ… ありがとう、妹紅さん」

男はそう答え、ヨロヨロと立ち上がろうとした。

「ああ、ダメダメ。 私が肩を貸すから、そのまま里の医者に行こう」

妹紅が彼に肩を貸す。

「…永遠亭より里の方が近いかな?」
「流石に偶然居合わせた相手に、永遠亭の行き帰りの面倒を見るのは、メンドくさい」

こちらの仕事の仕込みもあるしね、と妹紅が言うと、違いない、と男は苦笑して頷いた。



「…じゃあ、私はこの人を連れて里に戻るわ。 貴方は行っていいよ」

男に肩を貸し、里の方面に歩き始めようとした妹紅が、ミスティアにそう言い放った。

「…あ、うん… わかった、妹紅さん」
「私が見回りしている時は、人間は襲わないようにしてね。 色々とめんどくさいし、貴方を退治するのは
 なんか気が引けるし」

そう言えば妹紅は先ごろ、『二名の妖怪』という表現を用いていた。
二名とは先の妖怪達のことであり、ミスティアは頭数に入っていない。
妹紅の中のミスティアは、そういうイメージなのだろう。

「えと、さ。 みすちー」

男が不意に言葉を発した。

「…ん?」
「その、なんだ… ごめん、迷惑かけたね」

申し訳なさそうな顔をして、顔を伏せる彼を前に、ミスティアは

「あ、いや… 気にしなくていいよ」

と言うのが精一杯だった。



二人は、ゆっくりと里の方へ向かって行った。
ミスティアは立ち尽くし、しばし呆然とそれを眺めていた。













3、
深夜。
白だけでなく、黄色や赤と言った星が空から地上を照らす、そんな天気の良い深夜。


夜雀の営業する屋台は、相変わらず盛況であった。

妖怪は、八雲紫、八雲藍、橙。
人間は、霧雨魔理沙。 今日は一人のようだ。

優雅に晩酌を楽しむ紫。
おでんを熱いまま口に入れてしまい、涙目の橙に慌てて水を渡す藍。
それを見て意地の悪い笑みを浮かべながら、酒の肴にする魔理沙。

ごく普通に、普段通りに彼女達が振舞う中、一人元気のない妖怪がいた。

「どうした? ミスティア。 元気ないな」

何時も喧しいくらいに歌うじゃないか、と魔理沙がミスティアに尋ねた。

「あ… そ、そうかな?」

頭を俯かせ、お酌さえせずにボーっとしているミスティア。
鰻を焦がしてしまったり、日本酒と焼酎を間違えて出してしまうなど、今日の彼女は散々の出来である。

「絶対おかしいって。 なんかあったのか?」

怪訝そうに言う魔理沙。
彼女なりに、ミスティアの心配をしているのだろう。

「ああ、うん。 何でもない、ちょっと疲れちゃってるんだと思う」

ミスティアはそう言い放って、作り笑いを浮かべた。
尚も懐疑的な表情を魔理沙が浮かべていると、そこへ紫が横槍を入れた。

「女将さん」
「は、はい? 何でしょう?」
「お客さんよ」

紫に促されて屋台の外を見ると、二名の人間がいた。

先頃襲われていた男と、退魔士のような格好をした男。

男は申し訳なさそうに、退魔士は睨みつけるようにミスティアを見た。

「やあ、みすちー」
「…うん、いらっしゃい。 えと、そちらの方は…」
「妖怪に名乗る名などない」
「は、はぁ…」

常連客は夕方の一件の謝罪にでも来たのだろうか? 手に土産を持っているようだった。
退魔士の方は、初対面でありながら、随分と攻撃的な姿勢だった。

「そんなこと言わないでくれよ。 みすちーはただの野良妖怪とは違うんだからさ…」
「どうだか。 妹紅の到着が遅かったら、貴方はこの鳥妖怪の餌食になっていたかもしれないんですよ?」
「そんな事はないよ! …ああいや、仮にそうなったとしても、みすちーに責任はないよ」
「あるに決まっているでしょう。 そして、それを未然に防ぐのが、私の役目です。 その為に、貴方を警護
 しながら、この屋台にまで来たのではありませんか。 会ってみれば案の定、知性のなさそうな
 顔をしている。 典型的な、信用できない妖怪だ」
「……!」
「ちょっと! 警護してくれたことには感謝するけど、今回は俺が悪いんだから、あんまりみすちーを
 悪く言わないでくれねえか!」

知性がなさそう、の所でカチンときたミスティアだったが、常連客が怒って反論してくれたため、溜飲が
下がった。

「貴方は、この妖怪に騙されているのですよ。 その土産を置いて、さっさとここから去るべきです」
「いや、だから…」
「えーっと、アンタさ。 退魔士さんの方」

二人の会話を遮る形で、魔理沙が割って入った。

「ちょいと落ち着かないか? 役割を果たそうとするのは立派なことだが、早とちりと素早い決断、
 勇気と無謀は違うんだぜ?」

酒が不味くなるのは御免である。 それに事情は読めないが、ミスティアがとばっちりを食らっているであろう
事は、部外者の魔理沙でも予想がついた。

「私は落ち着いているさ。 霧雨のお嬢さん」
「…申し訳ないが、その呼び方はやめてくれ。 普通に魔理沙でいいよ」
「ふむ… まあ、善処しようか、霧雨のお嬢さん」
「…」

魔理沙相手でも、喧嘩腰の発言は変わらない退魔士。
どうやら彼にとっては、魔理沙は守るべき存在でもないらしい。
普段妖怪とお付き合いが深い人間だからか? 冷淡な反応だった。

その間、常連客はミスティアへ謝りながら、土産を手渡していた。

「律儀ねぇ、貴方」

隣で見ていた紫が、胡散臭い笑みを浮かべながら常連客に言った。

「…いや、彼女には悪いことをしちまったからね。
 妖怪に襲われた人間が、妖怪に助けを求めるなんて、ルール違反だよ」

ばつが悪そうな表情を浮かべ、男は頭をかいた。

「そんな、●●さんは悪くないよ…」

ミスティアは複雑そうな表情だった。
彼もあの時の鳥妖怪達も、自分たちの義務を果たしただけである。
自分の判断の遅れ、交渉術の下手さが、事態を大きくしてしまったのだ。



「渡し終えましたね? ではさっさと帰りましょう」

常連客が土産をミスティアに手渡したことを確認した退魔士が、彼にそう進言した。

「ああ… そうするかな。 また今度ね、みすちー」

曖昧な笑顔を浮かべて、常連客は去ろうとした。

「…ちょっと待ってくれないかな?」

ミスティアは、ここで黙って見送ってはいけない気がした。
なんとしても今、彼と話さなければならない。
そうでなければ、●●と呼ばれた常連客は、もう一生屋台へ来てくれない気がした。

「飲んでいってよ。 ここまで来て、土産を渡してはいサヨナラじゃ、なんか寂しいじゃない」
「ほざくなよ? 妖怪風情が。 そんなもの…」
「…いいのかい? 迷惑じゃないのかい?」
「勿論」

ミスティアの提案をあっさり蹴ろうとした退魔士に対して、常連客は明るい表情を見せた。

「●●さん、貴方何を…」
「実はさっき渡したお酒、元々みすちーと一緒に飲もうと思って買ったお酒なんだよ。
 口当たりがいいから、飲みやすいはずなんだ」
「へぇ〜」

退魔士の発言などどこ吹く風で、常連客とミスティアは楽しげな会話をしている。

「じゃあ一緒に飲まない手はないじゃん! ほらほら、座りなよ。 お酌してあげるから」
「じ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
「ちょっと、●●さん!」

常連客はそそくさと魔理沙の隣に座ると、ミスティアは彼の前にお猪口を出し、彼の土産の日本酒を
それに注いでいった。

「よし、かんぱーい!」
「かんぱーい! 魔理沙ちゃん達もどうだい?」
「お、貰う貰う」
「頂こうかしら」
「橙は、私と二人で飲むか」
「はーい、藍様」
「お猪口追加しますね〜」
「お、気がきくね〜。 流石みすちーだ」

褒めても何も出ないよ〜、と今日屋台で初めて笑顔を見せたミスティア。
呆れ果てる退魔士を尻目に、ようやく楽しい酒盛りが始まった。









2時間後。

輝く星は数を増やし、それは最早数え切れないほどの物となっている。
取分け多かったのは、赤色に輝くもの。 それが、ミスティア達を上から見下ろしていた。

魔理沙は本格的に酔う前に帰る、とのことで、30分ほど前に退席している。
常連客の男はすっかり酔ってしまい、寝ている。
八雲一家は、相変わらずマイペースに飲んでいた。
退魔士もいる。 理由を尋ねると、「●●さんを無事に里にお連れすることが私の役目」とのことで、
彼が飲み終わるのを待っているらしい。 因みに、ミスティアが出すものには、何一つ手をつけなかった。

それにしても、常連客は爆睡状態である。
こんな妖怪達の中で爆睡できるのだから、今日の反省が全くなされていない。
呆れるものだが、それだけミスティアに飲みに誘われたのがうれしく、そして彼女を深く信頼している
のだろう。
同時に、妖怪の賢者の目の前なのだから、下手なことは起きないだろうという打算も、もしかしたら
あるかもしれない。


「…今日は泊まって行った方がいいわね、そのお方」
「そうですね…」

紫が、爆睡中の男を見て言った。
ミスティアも同感だった。 今人間を森の中を歩かせるのは、非常に危険な気がする。

「何を言う。 彼は連れて帰るぞ。 それが私の任務だ」

退魔士は相変わらず敵意むき出しで、ミスティアに食ってかかった。

「…今帰るのは、ちょっとお勧めできないわ」
「自分の食料がなくなるからだろう? お前の考えなど、全てお見通しだ」

普通の神経を持った者なら、いい加減切れてしまってもおかしくないだろう。
ミスティアが●●という人間を大事にしている事くらい、此処数時間で容易に理解できたはずだ。

しかし、ミスティアは怒らなかった。
いや、怒る余裕が無かった。

ミスティアの代わりに退魔士に返答したのは、

「ねぇねぇ、そこの退魔士さん」

橙だった。 彼女は無邪気を装い、退魔士の隣に座った。

「貴方さっきから、随分と調子のいい発言が多いけど」
「多いけど、なんだ?」

面倒臭そうに返答する退魔士に対し、

「本当に強いの? なんか、すっごく弱そうに見えるんだけどな〜」

上目遣いで、完全に馬鹿にしたような目で彼を見る橙。
ミスティアは焦ったが、紫と藍は何でもなさそうに二名の会話を傍観している。

「ほほう。 私の強さを知らないのか?」
「うん、さっぱり」
「私は強いぞ? 慧音さんや巫女を除けば、私が最強候補の一角だ」

退魔士は、そう言って胸を張った。 しかし、

「そうか? 嘘は良くないぞ、嘘は」

黙って見ていた藍が、これまた退魔士を馬鹿にしたような目で見て言った。

「…君の様な強力な妖獣から見たら、我々なぞどんぐりの背比べかもしれないがな。
 しかし、私が強いのは事実であり」
「御託はいい。 君のような者は、どうせ口ばっかりなのさ」

藍が、退魔士の発言を遮った。

「…証明してみようか、今ここで」
「証明だと?」

藍はお猪口の中の日本酒を、グイッと飲み干した。
橙がタイミングを見計らい、彼女のお猪口に日本酒を注ぐ。

「野良の妖怪を狩ってくる。 何、適当に森を歩き回って、襲ってきた妖怪を退治してくるのさ」

退魔士がフフンと言って、袖を捲った。
藍は橙に礼を言い、日本酒を口に運んだ。

「…ほほう」
「そして妖怪を捕まえてきたら、『嘘』ではなく『真実』である事の証明とさせてもらって構わないかな?」

退魔士は不敵に笑った。

「構わんよ。 その時は、非礼を詫びようじゃないか」

藍は今度はお摘みに手をつけ、彼女もまたニヤリと笑った。

「そうだな。 3匹捕まえて来てやろう、3匹」
「…あまり無茶はよろしくないぞ?」
「何てことはない」

退魔士は剣を持ち、スッと立ち上がると、身を整え、森の中へ向かっていった。




「…さて、ようやく邪魔者が『消えそう』だな」
「ですね、藍様。 『消えて』、そして『消えそう』です」

退魔士が去ったのを確認した後、藍と橙がボソッと呟いた。








ミスティアは震えていた。


星が。
ミスティア達を照らし、いや見下ろし続けていた星が、動いた。

赤い星が、黄色い星が。
それぞれ位置はバラバラなのに、なぜか同じ色は二つに並んでいることの多い、星達が。

ゆっくりと、森の中へ向かっていった人間を追っている。

生きた流れ星が、複雑な軌道を描き、森の中へ沈んでいった。



「…今なら、まだ間に合うわよ?」

不意に声をかけられたミスティアが、ビクッとした。

「彼を助けたいなら、今すぐ彼を追って、森の中へ向かうべき」

紫だ。

「これを生きて帰れば、彼は勉強する。 己の弱さや浅はかさを理解し、正しい方向へ進化を遂げて
 いくでしょう。 …そして彼は貴方に感謝し、深い親交を獲得することが出来ると思うわよ?」
「……」

紫は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべ、ミスティアを見つめた。
ミスティアは俯いていた。
●●が来る前の、暗い彼女に戻ってしまった。

「何より貴方は、藍と彼のやりとりを見ていたじゃない。 もしそこの常連さんに、退魔士はなぜ
 無謀な事をしようとしたのかと聞かれたら、どう応えるつもりなの?」
「う… そ、それは…」

もしミスティアが退魔士を助けに行かなければ、彼女は退魔士を見捨てたことになる。
それは彼女が、『屋台を使い、人間を誘って、仲間の妖怪の食料とする』という事をした事と、
同じことと取られてしまう可能性がある。

もしその噂が広まったら、彼女は、ミスティアは…


恐らく、人間側総出での退治の対象となる。
そして、多分死ぬ。
少なくとも、一生歌えない体にはされるだろう。


しかし一方で、もし退魔士を助けてしまったら、彼女は間違いなく鳥妖怪達から異端者扱いされ、今度は
彼らに処刑されるだろう。



ミスティアは座り込んでしまった。 身体は震え、目から涙が溢れ様としている。

「私、私、どうすれば、いいの…?」

自分は楽しいと思ってやっているだけなのに。
妖怪も、人間も、どちらも好きなのに。

なぜ、両方と仲良くしてはならないのか?
なぜ、いずれかを敵に回さねばならないのか?
なぜ、自分には死しか待っていないのか?

「う… うぇ… 」

ミスティアは遂に泣き出してしまった。



そんな彼女の方を、ポンと叩くものがいた。
ミスティアは顔を上げた。
見ると、橙が優しく微笑んでいる。

「泣かないで、店主さん。 さ、席に座って?」

橙がミスティアに肩を貸し、彼女を女将側ではなく、客側の席に座らせた。

「え、あ、あの…」
「よし、私が料理をつくろうじゃないか。 橙、お酌して差し上げなさい」
「はーい」

藍が立ち上がり調理場へ向かう。 橙が酒瓶を持ち、ミスティアの隣に座った。

「ああ、橙。 お酌は私がやるわ。 貴方は、そこの●●さんの肩に、何か掛けてあげて頂戴」

そこに紫が割って入った。
橙の持っていた酒瓶を持ち、そう彼女に促す。

「ん、分かりました、紫様。 えーっと、かける物、かける物っと…」

紫に命令された橙は、屋台の裏手に回り、備品を漁り始めた。

経過を呆然と見ていたミスティアだが、不意にお猪口を持たされた。
振り返ると、紫が胡散臭い笑みではなく、本当に微笑んで、瓶口を彼女に向けている。

「お飲みなさい。 そして、酔い潰れなさい」

ミスティアの持つお猪口に、日本酒を注ぐ紫。

「あ、あの…」
「貴方はね、これから酔い潰れるの」

ミスティアの小言を無視するように、紫は言った。

「屋台の女将はね、これから酔い潰れるの。
 だから貴方はね、何も知らない。 そして、何も見ていない、何も聞こえなかった。
 橙や藍と退魔士のやり取りとか、諸共ね」

瞬間、森の方から絶叫が上がった。
ビクッと肩を揺らすミスティアの右肩に、手を置く紫。
その手は優しいが、同時に酷く重く感じた。

「道が二つに分かれていたら。 その道の先に、二つとも崖が待っていたとしたら」

慣れた手で鰻を焼きつつ、藍が語り始めた。
一方で橙が、●●に大きなマントの様なものを掛けている。

「何もその道を突っ切ろうとする必要は無い。 君の仲間は、その二つの道の案内人だけではない。
 道を舗装する者、橋を建造する者…」

藍は焼き上がった鰻を皿に乗せ、ミスティアの前に出した。

「…道半ばに宿を設ける者。 橋の完成まで、そこで時間を潰すのもいいんじゃないかな?」

藍は退魔士に向けていた顔とは全く違う、母親の様な表情を見せた。

「…宿の主人は私。 今日私は、貴方にお酌する為にここに来たのよ? ミスティア」

紫は再び瓶口をミスティアに向けた。




ミスティアは、一瞬呆然としていた。
しかし次の瞬間、手に持ったお猪口のお酒を、グイッと一気飲みした。

「お、いいね。 いい飲みっぷり」

橙が、●●の肩に手を置きながら言った。

「ささ、もう一杯行きなさい」

お猪口が空いたことを確認し、再びそのお猪口を満杯にする紫。



深夜の屋台に響く音。

トクトクと、お猪口に日本酒を注ぐ音。
鰻を焼く音。



深夜の森に響く音。

グチャグチャ。
ブチッブチ。
ドクドク。
ゴボゴボ。

ほら見てよ、こんなに綺麗に足が切れたよ?
ほら見てよ、こんなに綺麗に腕が砕けたよ?
ああおいしい、腿の肉はとてもおいしい。
ああおいしい、心臓はとてもおいしい。







違う。
私は屋台にいるんだ。
私は屋台の女将なんだ。
屋台の音は聞こえても、森の音など聞こえない。


ミスティアは胃に酒を流し込んだ。
そして、お猪口をスッと紫の前に差し出す。
紫は優しげな目をして頷き、お猪口を満杯にした。


ゴクゴク。
トクトク。
グチャグチャ。
ブチブチ。
ゴクゴク。
トクトク。
グチャグチャ。
ブチブチ。
ゴクゴク。
トクトク。
グチャグチャ。
ブチブチ。
ゴクゴク。
トクトク。
グチャグチャ。
ブチブチ。


早く酔え。 酔ってしまえ。
何も聞こえなく、何も見えなく、何も知らなくなってしまえ。


森の一角で響き渡る音。
ミスティアは、それらを耳の中に入れることだけでなく、その存在自体を否定したかった。

ひたすら飲んだ。 ひたすら飲んだ。 ひたすら飲んだ。

人間に比べれば長生きしている彼女だが、目の前の現実から逃避する為に酒を流し込んだのは、
これが初めての事だった。





fin
産廃といぢめスレとで迷ったのですが、こちらへ投稿してみることにしました。
作中のミスティアに限らず、当人同士の仲が悪いが為に不要な争いに巻き込まれる、というのは
よくある事かな、と思います。(ex.中東とアメリカの間の日本)

料理教室ネタは、実は第4話は半分くらい出来上がっているのですが…
なんか作者視点から見て明らかにつまらないので、ネタを練り直すか、開き直って完成させちゃって投稿
するかのどちらかになると思います。
いずれにせよ、テンション低めです。 ごめんなさい。

※090923_16:35
早速修正個所を発見したので、修正。 内容は全く変わっていません。

>nekojitaさん
ありがとうございます。

>2の方
そうです。 そう言えば、いぢめスレでブログのリンク晒したことは無いですね。

>3の方
ありがとうございます。

>pnpさん、5-6の方
ありがとうございます。
因みに6のコメントに関して。
気づいている人も多いと思いますが、藍と橙が退魔士を煽ったのは、邪魔者の始末も理由にありますが、
別の理由として、●●という男を救う目的もありました。
あのまま退魔士と一緒に帰ったら、彼もまず間違いなく食われるので、退魔士一人で森の中へ行かせる
必要があったのです。

>>14
ご指摘感謝。 修正しました。
ぷぷ
http://blog.livedoor.jp/pupusan/
作品情報
作品集:
3
投稿日時:
2009/09/23 06:47:29
更新日時:
2010/01/31 01:32:56
分類
ミスティア
八雲一家
1. nekojita ■2009/09/23 16:23:07
素晴らしい。感動した。
こういう系統の話がもっと増えてほしい。
2. 名無し ■2009/09/23 16:30:19
もしかして、白薔薇の作者さん?
3. 名無し ■2009/09/23 16:32:35
アレ?普通に深くて素晴らしい作品じゃね?
料理教室もいいけどこういうのもいいな
4. pnp ■2009/09/23 16:44:28
現実的な視点で見る幻想郷というか、何というか。
ともかくいい話でした。面白かったです。
5. 名無し ■2009/09/23 16:44:56
今までのぷぷさんからはあまり想像できないレベルで、書けてた。
上から目線になるけど成長したなーって思う
6. 名無し ■2009/09/23 18:22:27
キャラが活き活きしてて素晴らしい。
特に、対魔師をけしかける橙と藍が良い。見下した顔が浮かぶようだった。
7. 名無し ■2009/09/23 22:29:29
こういうのも書ける人だったんだ
いいぞもっとやれ
8. 名無し ■2009/09/23 23:00:47
悩んでいるみすちーがリアリティあって良かったです
9. 名無し ■2009/09/24 00:04:33
いいですね、こういう話
この問題は当事者になったらミスティアじゃなくても答え出せる奴なんか少ないだろうな
10. 名無し ■2009/09/24 00:34:02
実に悩ましい……素晴らしい物語だ。
これだから産廃はやめられない。
11. 名無し ■2009/09/24 02:39:31
イイハナシダナー
とても虐めらしくてw

個人的にはこのSSは虐めスレ向きだと思う
12. 名無し ■2009/09/24 11:52:29
いいお話でした。

この退魔師にはツンデレの素質があると思う俺は異端に違いない
13. 名無し ■2009/09/26 23:48:59
八雲一家をこんなに上手く動かした作家に会うのは初めてかも。
主人公のミスティアの苦悩もとてもリアルでした。
14. 名無し ■2010/01/28 17:49:20
細かい指摘ですが、「語濁」ではなくて「御託」の間違いがではなくて?
15. 名無し ■2010/06/17 04:06:42
色々考えさせられる話だった
妖怪としてのアイデンティティか
妖怪と人間が交流する屋台を舞台においたからこそすごく面白かった
八雲一家の妖怪兼幻想郷の守護者っぷりもいいなー
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