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『妖精釣綺譚』 作者: もくりこくり
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※
捕まってしまった。
頭からすっぽりと袋を被せられたので何も見えない。暗くて息苦しい。
もしや袋が破れはしないかとサニーミルクはしばらくの間暴れてみたが、どうやら無駄らしかった。袋の外からはのんびりとした鼻歌が聞こえてくる。それにしても巫女の袋の扱いは適当で乱暴だ。
サニーは舌打ちをしたい気分になった。スターやルナの能力を過信しすぎてしまった自分に腹が立つ。これから延々と聞かされるであろう巫女の説教を思って、サニーは心の底からうんざりした。
※
どうしよう。どうしよう。
袋に逆さまに詰め込まれたルナチャイルドはいつになく不安を感じていた。何かが普段とは違う、そんな気がしたからだ。ルナ入りの袋を運んでいるのは知らない人間で、非力なのか時折袋を地面に置いて休んでいるようだ。逆さまのままで上下に揺すられるのでとても気持ちが悪い。
牛がみんな鈴を下げているのに早く気が付くべきだった。妖精釣りの常道じゃないか。
それに今日は相手が巫女だけじゃなかった。違うのはそこだけじゃない、いち早く逃げたはずのスターも巫女に捕まってしまった。逃げるのを追いかけてまで捕まえるなんてことはこれまで無かったのに。
そしてルナは幻想郷で囁かれる巫女についての噂を思い出す。曰く、巫女は時に妖怪や妖精を無慈悲に殺戮する。曰く、本当に怒った巫女の姿を誰も知らない、なぜなら出会った人妖は皆殺しにされてしまうから。曰く……。
「きゃっ」
突然地面に叩き付けられ、上から押しつぶされる――どうやら転んでしまったらしい。どうにももう一人の人間は鈍くさいようだ。自分のことを棚に上げてルナはそんなことを考えていた。
※
あーあ、ドジ踏んだわ。
巫女の背に揺られながらスターサファイアは溜め息をついた。最近ちょっと調子に乗ってたからかしら、そんなことも思う。
仕方がなかったのだ。スターには牛と人間の区別はつかない。もちろん見た目で区別はできる。だが牛に紛れて人が近づいてもそれは分からないのだ。最初にちらっと見えたのが魔法使いや巫女ではなく、鈍くさそうな女の子だったのでつい油断したのもまずかった。
――でもわざわざ追って来るなんて、よっぽど怒ってるのかしら。
スターは袋の中で首を傾げる。二人を放っぽって一目山に逃げたのにもかかわらず、スターは霊夢に捕まってしまったのだった。
そうは言っても巫女はあれで意外と淡泊だし、巫女・魔法使い・メイド以外の人間に酷い目に遭わされたことなんてない。巫女たちによるそれだって、酷い目という程のものではなかったように思う。だから、どうせサニーかルナが説教を垂れられる程度で何とかなるだろう、そう考えてスターは悩むのを止めた。
※
妖精釣りの要領で光の三妖精を捕まえた博麗霊夢と稗田阿求は、袋詰めにした妖精を担いで人里へ帰ってきた。
霊夢はぞんざいに二つの袋を土間に投げ出す。袋の中で悲鳴が上がるが気にする様子もない。一方の阿求はようようの体で袋を運んできたが、入り口の敷居にけつまづいて転び、袋を放り出してしまう。結局阿求の袋の中から聞こえた悲鳴が一番大きかった。
一息つくと霊夢と阿求は袋の口を開けて三妖精を順に引っ張り出し、土間に座らせた。
「あんたたち、逃げようなんて考えないことね」
霊夢はそう言うとあっという間に細長いお札のようなもので妖精たちの手足を縛り上げてしまった。見た目は只の紙切れなのに、力を入れて引っ張ってもびくともしない。
完全に身体の自由を奪われるという、これまでにない扱いに驚きつつも三妖精は辺りを見回した。知らない家だ。そもそも人間の里のど真ん中、しかも室内は悪戯がし難いので、さすがの三妖精も普通はそんな所まで入り込むことはない。さらに意外なことに、周囲にはサニーたちを運んできた二人の他に誰もいなかった。家は大きく立派だが、何だかがらんとしている。醸し出す空虚な雰囲気は、単に人気が無い事ばかりが理由ではないようだ。
サニーはそこに見知った顔、魔理沙やアリス、人里の半獣が居ないのに失望した。サニーの認識では、時折痛い眼にあわされたことがあるとはいえ、魔理沙やアリスはむしろ仲間であり、また子供たちに虐められている妖精をしばしば逃がしてくれる半獣は味方だった。それに対して、お仕置きが最も厳しいのは博麗の巫女だったからである。どうやらルナも同じように考えていたらしい。辺りをきょろきょろと見回した後、明らかに落胆した様子を見せている。
助け――と言うよりむしろ茶々やお節介なのだが――が入る望みが費えた今、ルナは霊夢の冷徹な笑顔を見て博霊の巫女に関する数々の噂を思い出し、今後の運命を思って戦慄した。
一方スターは一人奇妙な思いに囚われていた。この家には自分たちと霊夢たち5人以外に生き物の気配がない。でもそれは変なのだ。これほど古い家には何かしらの生き物が住み着いているものだ。森の木々だけではない、古い家も多くの命が棲まう小さな世界をなしているものなのである。どうも何かを意図的に隠しているような気がする。しかしそれが何なのか、スターには分からない。
不安げな三妖精をよそに霊夢と阿求は会話を続けている。
「阿求、協力してくれて助かったわ。これで私も役目が果たせるわ」
「悪戯も最近は度が過ぎているようでしたしね。それに私は縁起の記述――妖精の項目が正しかったことを証明できましたし」
そこで霊夢は三妖精の方を振り返り、にやりと笑うと言った。
「それにしてもあんたたち、見事に引っ掛かったわね」
霊夢の眼はぞっとするほど冷たい光を湛え、ちっとも笑ってはいない。三妖精に言い返す言葉などあるはずもなく、ルナは下を向き、サニーはむくれた。スターは後ろを向いたきりだ。
そんな三妖精の反応を可笑しそうに眺めていた阿求が話を続ける。
「しかし、あれを餌にしたのは大正解でしたね」
「そりゃそうよ、アレにはいつも迷惑かけられているからね、嗜好もよっく分かってるのよ」
「で、どうしましょうか」
「そうね、リーダー格の赤いのだけ預かっていくわ、あとは適当に処分して頂戴」
「わかりました」
「ちょ、しょ、処分って……」
『処分』の言葉を聞いたルナは自分の血の気が音を立てて引いていくように感じた。それに『阿求』の名前もどこかで聞いている。その時の悪い印象が甦る、だが理由が思い出せない。慌ててサニーを見たが、サニーはむくれたままだ。自分だけが説教を喰らうと考え、それが不満なのかもしれない。スターは何を考えているのか分からない。
「そうだわ」三妖精を見て笑っている阿求に対して霊夢が言葉をかける。
「折角来たのだし、例の記録を見せてくれるかしら」
「どうぞ、奥の書斎の文箱の中にありますから、自由にご覧になって下さい」
「ありがと、ちょっと待っててね」
霊夢が席を外す。冷え冷えとした土間に残っているのは、スター見る所の「鈍くさそうな女の子」である稗田阿求一人。「今よ」三妖精は霊夢の不在を幸と、必死に脱出を試みる。だが、お札に拘束された手足は全く動かない。結局ただもそもそと這い回ることしかできなかった。何の弾みか仰向けにひっくり返ったルナは起き上がることもできない。
それを見ていた阿求はサニーの元へゆっくりと歩み寄って顔を寄せると、囁くように話しかけた。
「あなた霊夢さんのところですって、ご愁傷様ね」
「なによっ。霊夢の説教なんて慣れっこだもん」
サニーは強がってみせる。何だかこの人間も怖い。
「あなた、霊夢さんの本気って知らないでしょ」
阿求はくつくつと笑うと続けた。
「本気って、この前河童を酷い目にあわせたとか、そういうやつのこと?」
「違う違う。そんなものじゃあないですよ。そうですね、少し前に紅い眼の妖怪――何だか凄い妖怪だったらしいですが――を退治した時には、その妖怪は灰も残さずに消し飛んだそうですよ。ほら、神社へ行く途中の橋のたもとにうっすら影みたいなのが残っているでしょ。見たこと無い? あれって、その妖怪の『影』らしいわよ。影しか残らなかったんですって。怖いわねー」
「……………」
冷気が胸の中まで這い登ってくる。産毛が逆立つような悪寒がする。
さらに阿求は辺りを見回すような仕草をすると、声を潜めて言った。
「それから、あら、ちゃんと聞いてますか? 例のおっそろしーい花の妖怪を退治した時なんて、神社裏の御神木に逆さ磔にしたらしいです。三年後にあまりの苦しみに耐えかねて、妖怪が殺してくれって懇願したんで、やっと完全に退治してやったそうよ」
冷や汗がつうと頬を伝う。死に対する概念が異なっているからって妖精が恐怖を感じないわけではない。彼女らが怖れるのは「死」ではない、そこにまつわる激しい苦痛や絶望である。そんなものは絶対に味わいたくない。
「そ、そんな話は聞いたことが――」
「あなたも大変ね。そうねぇ、霊夢さんは妖精なんて生き物とも思ってないかもしれないしね。だから」
阿求はにっこりと微笑むと畳みかけた。
「あなたが死んじゃってもなんとも思わないのかも」
サニーが口をぱくぱくしているうちに、霊夢が戻ってきた。
「やっぱり、これで大丈夫そう。紫の出番はなしね」
「大事にならなくて良かったです」
「じゃあね、後の二匹は任せたわ」
「わかりました。ではまた」
阿求に向かってひらひらと手を振ると、泣きそうな表情のサニーの襟首をひっつかんで再び袋に放り込み、霊夢は稗田邸を後にした。
霊夢を送り出して大きな屋敷に一人残った阿求はルナとスターを見下ろすと、楽しそうに言った。
「じゃ、早速一匹ずつ始めましょうか」
※
いつの間にか神社へたどり着いていたようだ。
袋の地を通して感じられていた光が失われ、軋むような音がする。どうやら扉を開閉しているようだ。と同時にサニーは床に転がされた。袋から出たはずなのに、まだ暗い。そこは何となくいがらっぽい匂いがして、サニーは咳き込んだ。
やがて一つ二つ、ぼんやりとした灯りが点された。霊夢が蝋燭を灯したらしい。
「さて、ここがどこか分かる?」
霊夢が尋ねたのでサニーはこわごわ辺りを見回した。見覚えがない。神社へは悪戯で何度も来ている。霊夢の部屋へ忍び込んだことだってある。でも今見る部屋は見たことがなかった。
遙か天井は闇に紛れ、高さの見当も付かない。光の届かない左右も朧である。どうも周囲には絵が描かれているらしい。金泥が使われているのか所々が光っている。とその中に光る目玉を見たように思い、サニーは震え上がった。どうもあちこちから視線を感じる。「どうせ壁板に人とか動物とかの絵が描いてあるのよ」。サニーは必死でそう言い聞かせた。
「ああ、あんたたちは知らないか。ここには入り込めないものね」
霊夢はそんなことを言いつつ、がさごそと何かを漁っている。部屋の奥にはどうも金属製の何かを中心に、何かの植物が飾ってあるようだ。そのさらに奥に扉が見えた。蝶番と閂が蝋燭の炎を受けてきらきらと輝いている。
「ちょっと、私をどうする気!」
精一杯の虚勢を張って言ってみる。
「ああ、あったあった。斧とか儀礼刀なんてついぞ使わなかったものね」
霊夢はサニーの言葉を全く無視して独り言を続けた。やがて両手一杯に何かを抱えてサニーの元へと戻ってきた。どさりと目の前に置かれたものを見て、サニーは凍り付いた。
そこには細い刃の包丁、反りの無い小刀、重そうな斧、やけに長い鉈、妙な形の鎌、大きな玄翁、長い釘、先の尖った釘抜き、鋏、鉄箸、やっとこ、木槌、鋸など、大小様々な刃物や鈍器が並んでいた。
サニーがおそるおそる顔を上げると、そこには霊夢の顔があった。揺れる炎の僅かな光ではその表情は読み取れない。
「さ、お仕置きを始めましょ」
※
「あ、あの」勇気を振り絞ってルナは袋を引きずるように運んでゆく阿求に尋ねる。
「何ですか」
「あなたは、稗田阿求さんと言うんですか?」
「そうですよ」
ああ、ルナは絶望とともに理解した。妖精には珍しく新聞を読む習慣を持っていたルナは、稗田阿求を知っていた。彼女が幻想郷縁起の作者であることも、そしてそこには妖精に対する恨みの籠もったとしか言いようのない記載が溢れていることも。
「も、もしかして阿求さんは、妖精に何か恨みとかあるんでしょうか」
「さて、どうでしょうね」
袋を握る手に力が入ったように感じ、ルナはぞっとした。
「あ、青い妖精さんは別の所へ運びます。では、少し待っていて下さいね」
そう言って阿求は元来た方向へ去っていった。
取り残されたルナの中で、恐怖が次第に膨れあがる。阿求にとって、妖精など日頃の鬱憤を晴らす相手でしかないのかもしれない。しかも霊夢の残していったお札は手足をがっちりと固定していてとても逃げられそうにもない。ルナは先程の阿求の言葉を思い出す。『あなたが死んじゃってもなんとも思わないのかも』いや、そう思っているのはきっと阿求自身なのだ。そうに違いない。
扉の向こうで何かの音がする。何かが吹き出すような音と僅かな熱気――湯を沸かしているのだろうか。『大泥棒は釜ゆでにされたんです』、ふとそんなことが思い出された。いつ、誰に聞いたのだったろうか。そう、盗んだ香炉の鳥が――。
衣擦れの音が近づいてくる。ゆっくりと扉が開く。明るい室外を背景にした阿求は真っ黒な影法師だ。影法師が声を発する。
「あなたがこそ泥の正体ですね」
※
ルナを運んでいった阿求が戻ってきた時にも、まだスターは逃げる方法を考えていた。何と言ってもお札が邪魔だ。このお札が外せないかぎり、こっそり逃げるのはチルノが微分方程式を解くと同じくらい困難だろう。かといって言いくるめたり泣き落としたりするのも難しそうだった。元々スターはそんな芸当は得意でないし、阿求は見た目と中身が違うような気がした。おそらく魔理沙なんかよりずっと老成している。
とにかく運動が得意でなさそうなのは確かなので、隙を見つけてとっとと逃げよう。スターはそれだけを心に留め、面倒なことを考えるのは止めた。
※
かちり、ごと、がちゃり。重い重い金属音がしている。霊夢が様々な凶器を次々と手に取っている。時おり風を切る音も混じる。振り回しているのだろうか。
サニーはだた震えている。『――ご愁傷様ね』さっきの人間の言葉が頭の中を巡る。知らず知らずのうちに歯がかちかちと鳴る。
凶器の物色が終わったのか、霊夢の手が止まる。そしてサニーの方へ振り返ることなく尋ねる。
「あんた自分がやったこと分かってる?」
「……あ、ええと………その」
「はっきり言いなさい!!!」霊夢は同時に手に持っていた鉈を床に叩き付ける。鈍い音と共に震動がサニーにも伝わってくる。
「ひっ。ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
「……………」
怖い、怖い、沈黙も恐ろしい。サニーはこちらを向いていないはずの霊夢の視線におびえた。
「桜の樹を折ったのも、鯉に悪戯したのも私たちです。もうしません。ごめんなさい」
「はぁ、あれもあんたたちの仕業だったのね……」
「え、え――と、それは……」
「明けの明星の神事の時にも何かしたでしょ!」
「は、はい。本当にごめんなさい。あれはま、ま、魔理沙さんにそそのかされたんですよぉ」
「ちっ。どうせそんな事だろうと思ってたけど、本当にそうだったなんて」
「ぐすん。ごめんなさい。もうしないから、許して下さい」
「駄目よ」
そう言うとゆらりと霊夢は立ち上がる。蝋燭の炎によってできた霊夢の影が気味悪くゆらめく。「私が言っているのは、そんな事じゃない。もっと重要なことよ」、霊夢は低く平板な調子で続けた。
「一つは里の人間を殺しかねない悪戯をしたこと――まあ、これは私の立場に関わる問題だからとりあえずは後回しね。そしてもう一つは――」
霊夢がサニーに歩み寄る。手には見覚えのある長く太い針があった。鋭い先端が鈍い光を放つ。
「あんたたち、裏の木を燃そうとしたでしょ」
「あっ」ようやくサニーは理解した。巫女が問題にしているのは、自分の被った迷惑なんかじゃない。もっと根本的なことだったのだ。
何日か前、サニーたちは神社裏に新たにこしらえた家の周りで花火のまねごとをして、小火を起こしてしまった。住処としていた巨木を始め、神社の杜の木々が危うく炎上しかけたのだ。当日こそ慌てたが、誰かが火傷をしたわけでもなく、火も消えたので、すっかり忘れていたのだ。しかし、実はそれが大きな問題を孕んでいたのだ。いつか境界を操る妖怪に言われたことが脳裏に甦る。
霊夢がサニーの前に立った。ゆらめくその影がサニーに覆い被さる。
「悪戯は別に良いわ。それが妖精の生業なのだから。でも、この世界を危うくするようなことは許すわけにはいかない」
「そそそそんな積もりはなかったんです」
「言い訳なんて聞きたくないね。しかも、あんたたちは重要性を知っていてやったのよね」
霊夢の声がひどく遠くに聞こえる。そこでしゃべっているのは誰? サニーが良く知っていると思っていた博麗の巫女はそこには居ない。言葉と共に重さを持った気が発せられているかの如く、空気までが重くサニーにのし掛かる。そして目の前にいる霊夢の姿をした見知らぬ何者かからは、本能的に生命の危機を感じたのだった。当然『忘れちゃってて――』なんて答えはとても口にできはしなかった。
びゅっ。霊夢の手先が僅かに動いたかと思った瞬間、うなりを上げた針がサニーの頬を掠め、床に突き刺さった。息をつく間もなく、七八本の針が次々に身体ぎりぎりに打ち込まれた。おびえたサニーは必死で床を蹴って後ずさったが、すぐに背に柱を負う形になって追いつめられた。
「ひいいいい。ごめんなさい、ごめんな」
ずどん。手斧が頭の上に斬り込まれる。サニーの髪飾りを切り裂いて柱にまで達した刃は、頭からわずか数ミリのところでようやく止まった。
「ご、ごめ、ゆる……、た、たす」もうまともに言葉が出ない、目の前が冥くなる。足元には何だか生暖かいものが――。
「あんたたちがあの木に住んでいる理由をもう一度しっかり胸に刻みつけなさい。そして二度と神社の杜を傷つけるようなことはしないこと!!」
頭の中でこだまする霊夢の声に対してサニーは壊れた人形のようにひたすら頷き続けた。
霊夢は僅かに笑うと大きな杵のようなものを取り出した。蝋燭の炎が反射してぴかりと光る。
「じゃ、最後の仕上げといきますか」
涙で濡れたサニーの頬に硬く冷たいものが押し付けられた。
※
「あなたがこそ泥の正体ですね」
「え」一瞬心を読まれたかと思ったルナは言葉を失い、硬直した。
「あなた、コーヒー豆盗むでしょ」
「そ、それは」ルナはうつむいて口ごもる。
「しらばっくれても駄目よ。色々証言もあるしね」
ゆっくりとルナの周りを巡りながら影法師ならぬ阿求は話しかけた。
「盗みだけじゃないわよね。この里でも随分被害の報告があるもの」
どうやら個人的な恨みつらみや憂さ晴らしだけではないようだ。これはいよいよただでは済みそうもない、ルナはますます蒼ざめる。
「あなたたちの悪戯のお陰で死にかけたって人も一人や二人じゃないの」
確かに危ない悪戯を仕掛けたこともあった。でも、命に関わるようなことまでやった覚えはない。そもそも三妖精にはそんな度胸はない。巫女や半獣の介入を招いて良いことなんて何もない。だからそれは他の妖精か妖怪の仕業に違いない。ルナはそう言おうとしたが、同時にふと別の考えが浮かび、言葉は発せられることなく飲み込まれた。相手の人間にとっては『死にそうな』ことだったのかも知れない。他者の気持ちなんて誰にも分からないのだから。
「あなたにもその恐怖を味わってもらうべきかしら」
私たちは罰を受けるべきなのだろうか――混乱したルナの思考は不安の中で浮遊する。そんなルナの逡巡をよそに、まるで世間話をするような口調で阿求は続ける。
「ああ、でもそんな思いだって妖精はすぐに忘れてしまうんでしたっけ。――じゃあ顔にでも消えない疵を作ってあげれば、毎日思い出してくれるのかしら。うふふ」
ルナの不安は今や恐怖としてはっきりと形を現した。眼前の恐怖におびえるルナの自我は顔に焼き鏝を当てられている自分の姿を幻視し、その幻覚にさらにおびえた。そんな恐怖の連鎖の中でも、ルナは仲間を思い出した。巫女に連れ去られたサニーは、そしてこの屋敷のどこかに居るスターはどうなってしまうのだろう。
「ええっと、妖精除けの方法は――片方だけの靴をプレゼントするでしたっけ。うーん、もしかしてこれって足を切り落とすぞって脅しなんでしょうかね。それとも脚が一本なのが本来の妖精の姿ってことでしょうか。まさか妖精って足一本ぐらい無くなっても平気なんですか? そうだ、試しにちょっと取ってみましょうか」
ルナはその言葉を聞き、発せられた雰囲気のあまりの軽さに怖気だった。この阿求なら、妖精の脚を切り落とすことくらい虫の脚をもぐより簡単にやってしまいそうだった。
「ここには月光は届かない、傷を負ったら酷く苦しいのでしょうねぇ」
恐ろしい怖ろしいおそろしいオソロシイ。誰か助けて。
室温が上がったのか、気付くと全身じっとりと汗をかいている。怖い怖い怖い。膨れあがった恐怖がルナの自我を覆い尽くそうとしていた。
「あなたは何がお好きかしら。そうそう、あの黒い髪の娘にもしてあげなきゃね」
「黒い髪、それは大事な――」恐怖の黒雲に覆われた中から、ルナの理性がかろうじて光を放つ。絞り出すようにルナは声を発する。
「………ってください」
「え? 何か言いましたか」
「お、お願いです。せめてスターは許してあげてください。スターは、あ、あの青い服を着た黒髪の妖精ですけど、盗んだり、幻覚を見せたりしてないんです。コーヒーを盗んだのは私です。それからサニーも……」
「変ですね」阿求はルナの言葉を遮ると、やや強い口調で問いかけた。
「妖精は他人――あら、他妖精と言うべきかしら――のことなんて気にしないはずです。とにかく第一に自分が楽しいこと、それが行動原理のはずです。それなのにあなたは他の妖精のことを気に掛け、心配している。何故です?」
「そんな――仲間なんです。当然じゃないですか」
「当然じゃないですね。やっぱり変です。あなたは本当に妖精なんですか?」
「わ、私は」
「あなたは不自然です。妖精にしては残酷だし、その一方で周辺世界や仲間に対する考え方が普通じゃない。残酷で理屈っぽく、不自然な妖精、そんなの存在している方が変だとは思わない?」
なんだか急に自分が孤独に思えてくる。身近なはずのサニーやスターの存在が何だか遠く感じる。
「あなたがいつも貧乏くじを引かされているのは何故かしら。瞞されて、いいように使われているだけなんじゃない?」
阿求の言葉が頭の奥底で響く。どこかで同じようなことを聞いたような気がする。汗が額を伝い、ぽたりと床に落ちる。それでは私は。
いつの間にか顔を寄せた阿求がルナにささやきかける。
「あなたはむしろ妖怪なのかもね。だとすると――あなたは退治されるべき存在なのかもしれないわ」
もうこれ以上何も聞きたくない。しかし、意思とは関係なく言葉は流れ込んできた。
「あなたの存在はこの世界の脅威になるかもしれない。そう、あなたはここに存在すべきではない。そう考えてみれば、あなたを抹殺することも、自然を正しいあり方に戻すためと思えばむしろ当然すべきことのように思えるわね」
ルナの身体が震えている。汗をかいているはずなのに震えが止まらない。……彼女はもう、広大な世界のなかにたった独りだ。そう、ただ独り。
「新聞を読んで、珈琲を飲んで――もしかしてあなた、人になりたいの?」
ルナの頭の中は真っ白になった。見開かれた眼から涙が一筋流れた。
部屋の湿度と温度は確かに上昇していた。どこかでしゅーしゅーと音がする。
「さて、泥棒さん。あなたにはこれがお似合いよ」
朦朧とした意識の中で、ルナは阿求の言葉を聞いた。意識を失う寸前、ルナの目に映ったのはさかんに蒸気を吐き出す機械だった。
※
絶対に何かいる。スターは直感的にそう思った。その小屋の雰囲気、周辺の様子、何れからも中に生き物がいることが感じ取れる。だが、スターはそこに生き物の存在を感知することができない。
小屋の前までスターを引きずってきた阿求が不審顔のスターに話しかける。
「あなたはレーダー役なんですよね」
「ええっと、レーダーって何のことか分からないんですけどぉ」
「まあどうでも良いわ」
「???」
「あなたは主に見張りを担当、手を下すのはあなたじゃないし、逃げるのも速い」
「う、うん。そうなのよね。そ、それじゃ、私を解放して。いいでしょ」
「……………」
トラブルを引き起こしているのが私じゃないってことを分かってもらえれば、許してくれるかもしれない。そんな希望を抱いたスターの口は言葉を過剰につむぎ出す。
「ほ、ほら、いつだか里の人間が道に迷ったのはサニーが幻を見せたからなの。サニーは光を屈折させて、人に虚像を見せることができるのよ。そ、それから、よくコーヒー豆が盗まれるでしょ。あれはさっきのルナの仕業。ちょっと変わった嗜好を持っててね。だから、どれも私じゃないの。それから……」
そんな饒舌なスターに対して、阿求はふうっと息を吐き出すと、真っ直ぐにスターの瞳を見つめた。思っても見なかった反応にスターは言葉につまり、なぜかどきりとする。彼女は他人の目を見つめたりすることが苦手だ。なぜかは分からない。思えばサニーやルナと話している時にも、いつも一歩下がって視線を泳がせている。阿求はしっかりとスターを見つめたまま、言葉を継いだ。
「妖精は自分勝手なもの。それが性だもの。でもね、あなたは行き過ぎている。思い出してごらんなさい。仲間がどれだけあなたを助けてきたことか。そして想像してみて、仲間のいない世界を」
そう言うと阿求はさっと視線を外し、もうスターの方を見ることはなかった。
「哀れな妖精。一人では生きて行くことさえ難しいことに気付かない。今の状況をよく考えてご覧。あなたの能力では逃げも隠れもできない。あなたが仲間を裏切れば、もう誰もあなたを助けてくれない。たとえ奇跡が起きてこの一度は逃れてたとしても、友のいないあなたに未来はない」
二人のいない世界?
スターにはそんな世界を想像することはできなかった。それは当たり前のことだったのだ。ずっと一緒にいたのだから、そしてこれからもずっと一緒に……。
「そんなあなたには罰を与えなければならないわ」
「な、何をするの!!」
「友の大切さを思いながら死ねばいいわ。いくら思っても、もう遅いけどね」
『違う、違うの』、スターは心の中で必死に反駁する。ずっと罪悪感はあったのだ。でもそれを口に出すのが怖かった。もし、もし口に出してその結果自分が拒絶されてしまったら……。それが怖かったのだ。
それに、明日も、明後日も、その後だって、同じように三人で楽しく過ごせると思っていたのだ。そう、それは当然だと、朝太陽が昇るように当たり前のことだと、そう思っていたのに。それが、こんなにも壊れやすく、大切なことだったなんて。
「ただでは殺しません。ふふふ。実はこの小屋の中には大型犬をたくさん飼っています。狼や熊なみのやつです。あなたを中に入れてあげます」
帰りたい。二人の元へ、今すぐに。二人に会いたい。会いたい。
「お願い、止めて。二人の元へ返してください」
「二人ですって? あなたのことを待ってくれているとでも思っているんですか? 一人で逃げようとしたあなたを?」
阿求のせせら笑う言葉がスターの心をえぐる。
「ええ、大丈夫ですよ。餌は一応やってあげてますから、すぐに喰い殺されることはありません。もっとも、遊びのつもりでじわじわなぶり殺されちゃうかもしれませんけど」
そう言うと阿求はスターの顔に布を巻き付けた。視界がふさがれ、周りの音が聞こえなくなる。
「はい、目隠しと耳栓です。あなたは動物の気配が分かるんだから、それで十分ですよね」
続いて阿求は小屋の扉の上に張り付けてあった護符のようなものを剥がし、スターを引きづりながら小屋の中へと入っていった。
「こうして気を禁じていたのですよ」、阿求の言葉はもうスターには聞こえない。
護符を剥がした次の瞬間、スターは小屋の中に大型の生き物がたくさん息づいていることに気が付いた。屋敷を奇妙に感じたのは当然だ。生き物の気配が意図的に消されていたのだから。
これは前々から周到に準備された自分用の罠だったのだ。見も知らぬはずの相手の人間が既にスターの持つ能力について良く知っていたこと、そして小屋に入念な仕掛けが前もって施されていたことからもそれは明らかだ。これから相手の思惑通りに自分に降りかかるであろう運命に思い至り、スターは絶望した。
結局スターは拘束された両腕ごと縄でぐるぐる巻きにされ、そのまま小屋の梁に吊されてしまった。視覚と聴覚を閉ざされているので、自分がどの位の高さに吊されたのかさえよく分からない。阿求はスターを吊し終えるとさっさと小屋を出て行ってしまったらしい。周囲には、ただ大きな生き物が動き回る気配だけがある。
「大きい」
小屋の中を歩き回っている動物はかなり大きい。仔牛ほどか、いやそれよりもまだ大きいようだ。阿求は犬だと言っていた。もし小屋にいるのが巨大な犬だとしたら、これは脅威である。そこらの狼などよりもずっと大きいのだ。新しい品種なのだろうか、さもなければほとんど妖怪である。人間がそんなものを飼っているとはとても思えないが、博麗の巫女が一枚噛んでいるなら有り得ないことではない。冷や汗が流れる。そもそも妖精は犬が苦手だ。敏感な犬相手には幻術も効かぬ。
やがて一頭の「それ」が近づいて来た。鼻息が掛かる。スターは必死に身を縮こまらせるが、吊り下げられているのでそんなことは全く役に立たない。
吊り下げられている小さな生き物に興味を持ったのか、「それ」らはひしひしと押し寄せてくる。動物の密度が上がり、まるで小屋サイズの巨大な一体の生き物に飲み込まれてしまったかのようだ。
「ひっ!!」
突然「それ」に大きな舌で嘗められた。脚が、胸が、顔が嘗められる。べとべとして気持ちが悪い。だがそんなことよりもさらにスターの心を苛んだのは、いつ喰われるかという恐怖であった。巨大な「それら」は次々と近づいては湿った鼻先で小突いたり、服の端を引っ張ったり、舌で嘗めたりした。そしていつそんな「それ」の気分が変わって鋭い牙や爪で襲いかかられるか、スターには全く分からなかったのだ。
時折「それ」の脚が地面を震わせ、吐き出す息がスターを揺り動かした。見えず聞こえず、されど悪意を持って確かにそこにいる、そんな存在に囲まれていることが、スターに耐えられないほどの恐怖を与えた。
終わりの見えない恐怖に、スターの精神は悲鳴を上げた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
ゆっくりと、だが確実に「それ」が迫ってくる、息づかいが聞こえる。意識が遠くなる。
「助けて。助けてサニー。お願いルナ。助けて」
スターが無意識に助けを求めたのは、二人の仲間だった。
※
※
「ごめんねサニー、ごめんねルナ。ごめん、ごめんなさい」
「……その言葉、忘れちゃ駄目よ」
いつの間に戻ってきたのか、阿求の声がした。
「さあ、真の恐怖を味わうがいいわ!!」
阿求はスターの顔を覆っていた布を取り去った。すると、スターの目の前に迫っていた「それ」が思い切り吠えた。
「も゛おぉぉーーー」「ひひーーん」
「なんてね」そう阿求は続けると、縄をほどいてスターを下に降ろしてくれた。
「……『モー』、『ヒヒーン』って――」と言ったきり絶句しているスターに向かって、阿求が悪戯っぽく笑う。
「こんな大きな犬なんているわけないでしょ。付属屋で飼ってる家畜なんて牛か馬に決まってるじゃない」
「え、じゃ、じゃあ」
「ええ、お仕置きはお終い。途中で言ったことは少々本気だけどね」
「――う」
「もう帰ってもいいわ」いかにもさっぱりしたといった調子で阿求は告げた。
そんな阿求に、おそるおそるスターが問いかける。
「あの、ルナとサニーは……」
「他の二人ならもう先に帰っているでしょう」
その答えを聞いてようやくスターの表情が明るくなる。
「あ、ありがとう。こ、これまで色々と、ごめんなさい」
「それを言う相手は他にいるでしょ」阿求が微笑む。「ま、悪戯もほどほどにね」。
そう言うと阿求は、急いで帰ろうとするスターを呼び止め、何かを手渡した。スターが手を広げてみると、それは淡く輝く二つの鉱石だった。
「これは?」
「今日はさすがにちょっとやりすぎた気もするし、これは私の気持ち。一つは蒼玉の欠片、あなたに相応しいものよ、今度光に当ててご覧なさい。もう一つはトパアズの欠片、多分これからのあなたに必要なものよ。理由は自分で考えるのね」そう言うと阿求は窓を大きく開けはなった。傾いた日が部屋の奥まで差し込む。スターは阿求に向かって何度か頭を下げると、窓から飛び立っていった。
スターは二つの欠片を握りしめ、二人の仲間が待つであろう巨木へと急いだ。
遥か前方に黒々としたその巨体を認めたとき、スターの目頭には熱いものがこみ上げてきた。
※
そして幻想郷の夜は更けて。
「あははははは、だから、巫女に頼まれただけだって」
ほろ酔い気分のサニーがルナの背中をばんばん叩いている。
「じゃあ何でいつの間にか服やら髪飾りやらが変わってたのかしら」
「さ、さあ。何のことかしら。あ、あんただって、何だか眼が真っ赤だったじゃない」
「え、ええと、それは……」
「何はともあれ、みんな戻ってこれたし良かったじゃない」
スターはそう言って巨大な硝子壜からみんなの酒杯に酒を注いだ。洋卓の真ん中にでんと据えられているのは、サニーが霊夢からもらったというお酒である。悪戯で焦げた神社の杜の木々に供えてくれと頼まれたという。
「これ、私たちが呑んじゃっていいのかなぁ」
ルナの疑問にサニーが応える。今夜はやけに声が大きい。
「大丈夫大丈夫、ちゃんとお供えをしたら、残りは三人で呑んで良いって言われたんだから」
「ふ、ふーん。こんな良いお酒をねぇ。そんな雰囲気には見えなかったけどなぁ」
そんなことを言いつつ、ルナもお酒にはまんざらでもない様子だ。
「壜が大きくて重くてさぁ、ここまで持ってくるのが大変だったんだよぉ」
サニーはいつもに増して饒舌である。やはり神社で何かあったのかも知れない。ルナとスターはそう思ったが、敢えて黙っていた。
「あはははは。私たちもぉ、幻想郷の大事な一部なんだってさぁ。えへへ、凄いよねぇ」
サニーが楽しそうならそれで良い。二人は顔を見合わせて笑った。
「そう言えば、ルナ、その新しいカップはどうしたの?」
スターは宴会が始まるまでルナが大事そうに抱えていた見慣れぬカップを思い出して尋ねた。見たことのない、アンティークな雰囲気のカップだ。
「ああ、あれはね。あれは阿求さんにもらったのよ」
「あの人間に?」
「うん。あれからこっぴどく叱られてさ。その後珈琲を御馳走になったの。『うちでは紅茶が一番だけど、美味しい珈琲も淹れられますよ』だって。それでカップを渡されて言われたのよ。『コーヒー豆を盗むくらいなら、それを持ってうちにいらっしゃい、いつでも珈琲を淹れてあげます』って」
ルナは一気に言うと、嬉しそうにカップへと眼をやった。そしてサニーとスターを見る。サニーはご機嫌で、スターはニコニコしている。大丈夫、心配なんていらない。阿求さんが最後に言ってくれた通りだ。私は独りじゃない。
ルナは思い出す――『大丈夫よ。妖精は生き方や考え方で差別したり仲間はずれにしたりなんてしないものよ。そんなことは考えもしないわ。だって、そもそも妖精なんて千変万化な存在ですもの。それにね、人も妖怪もみーんな自然なんだから、どっちに近くても遠くても結局自然の一部なのよね。大体あなた自身、そんなことなんて思ってみたことさえ無いでしょ。ほら、それなら大丈夫、心配なんていらないわ』阿求はそう言って笑ったのだった。もっとも、阿求はその直後、敷居につまづいて派手に転んだのだったが。
「へぇ、でも何でカップをくれたのかしら」そんなスターの言葉にルナは我に返った。
「あのお屋敷で飲むのなら、カップはいらないんじゃ」
「……多分、何か思い出すよすがが無いと、私たちはみんな忘れちゃうと思ったんでしょ」
そう言った時だけ、ルナはなんだか少し残念そうだ。
そんなルナの言葉を聞いたスターは、阿求にもらった鉱物の欠片を思い出す。
「ううん、それはきっと証しなのよ。二人の約束のね……」
「証し?」そう言ったルナの表情は、わずかながら輝きを取り戻したように見えた。
そして意を決したスターは欠片を握りしめ、二人に声を掛ける。
「サニー、ルナ」
「なぁに?」「どうしたの」
今までは言えなかったけれど、今夜のスターははっきりと言うことができる。
「ごめんね、サニー。ごめんね、ルナ」
最初驚いた表情を見せた二人は、すぐに笑って応えた。
「あはは、気にしない気にしない。次にもっと上手くやればいいんだよぉ」
「スターはいつも助けてくれるじゃない」
二人の言葉がこれまでになく、スターの心に沁みる。
スターには、硬く冷たかったはずの手の中のトパアズが、何だか暖かくなったように感じられた。
「ほーらほら、もう一回行くよー」
再び三人の杯が酒で満たされる。
「じゃあ、今度は――そうだ、神社の杜の健やかなる成長とぉー、次なる悪戯の成功を祈ってー」
「「「かんぱーい」」」
三妖精の夜はまだまだ終わらない。
反省しない愚かなドーブツ、もくりこくりです。
軽いネタ文章のつもりが何故かこんなことに。
原作の妖精は死ぬこともなく、過去の出来事もすぐに忘れてしまうという設定のおめでたい輩ですが、いやしくも自我を持つ存在である以上自己の存在への悩みがあっても良いのではなどと妄想した次第。
古人曰く、在命のよろこび日々に楽しまざらんや、と。
もくりこくり
- 作品情報
- 作品集:
- 4
- 投稿日時:
- 2009/10/05 18:30:43
- 更新日時:
- 2009/10/06 03:30:43
- 分類
- 三月精
- 稗田阿求
- 博麗霊夢
いい話じゃねーか
そう、釣られたのは俺達だったんだよ!!
ここだから読中の緊張感が倍増したのだろう
うまいことやられた
あっきゅんと霊夢の役者振りが素晴らしくて恐かった。
子供のときに、よくいたずらしては大人から脅されて死ぬほど恐かったのを思い出した。
いいお話でした
産廃だからこそ救いのないラストが想像されて、結末の効果が増してるんだなあと